009:『かみなり』 白ひげ海賊団では、船長であるエドワード・ニューゲートのことを「オヤジ」と呼ぶ。 家長は船長であり、船員は家族。白ひげ海賊団はひとつの大家族でもある。 「てことは、うちの『オフクロ』ってやっぱりマルコ隊長なんすかね?」 いらない冗談を口にした船員は、次の瞬間景気よく蹴り飛ばされた。 「あほなこと言ってる暇があったら掃除でもしてろよい」 いつの間にか後ろに立っていたマルコは、そう言い捨ててすたすたと行ってしまう。 「あ痛〜〜……」 懊悩している部下に、ビスタは笑う。 「大丈夫か?馬鹿だな、後方確認を怠るからだ」 オヤジの片腕として常日頃から忙しいマルコは、何処に居るかわからない。用があるときまで何処に居るかわからない、と部下がしょっちゅう泣いている。 「まぁなぁ、わからんでもねえけどな」 なんとか立ち上がった部下を見ながら、ビスタは口ひげを捻る。 「オフクロってのは大体凶暴なもん、だ!」 ビスタは言い終わる前にガードの構えを取った。 剣と蹴りが交差した点から、波紋のように衝撃波が伝わって壁を震わせる。 蹴りの速度と重さが先程と格段に違うのは一目瞭然であった。 「お前おれには手加減無しか!」 「何を甘ったれたこと言ってるんだよい。腕ぇ鈍ってんじゃねえのかい、ビスタぁ」 売り言葉買い言葉の応酬のようで、アイコンタクトでは別の会話が成立している。 なんだマルコ、今手隙なのか。 おう、ちょっと体動かしたいんでつきあってくれよい。 「ここじゃ何だ、表へ出な。しばらく実戦出てないお前の腕の落ち具合、確かめてやらァ」 「実戦ったってロクな相手と当たっていねえだろうよい。大口叩くんじゃねぇよう」 甲板への階段を上がる2人の後ろで、船員が人を呼びに走る。 「勝負だー!隊長達が勝負するぞー!」 「マルコ隊長とビスタ隊長だ、急げー!」 何せ、隊長職は白ひげ海賊団の中でも無類の強さと人望をもって任じられる皆の「兄貴」である。滅多に見られない隊長同士の対戦カードというのは、中々魅力的な娯楽となる。 甲板の上、場所を確保したビスタとマルコが軽くストレッチなどする内に、ギャラリーが集まりだす。マルコは周りをくるりと見渡して苦笑した。 「やれやれ、うちの船は暇人ばっかりかい」 「おれはともかくお前は珍しいからなぁ。さ、こっちァいつでもいいぜ」 ビスタは不敵に笑って剣を抜く。とん、とん、と軽く跳んで、マルコは頷いた。 「じゃ、行かせてもらうよい!」 軽い様子で跳躍する、その蹴りを剣で受ける。その衝撃は音に変わり、甲板の上で鈍く響く。 その一音だけで観客が沸いた。 蹴りを止めた剣先を足掛かりにマルコがトンボを切って間合いを取り、その着地した瞬間を狙って今度はビスタが仕掛ける。 速度が速い。無駄の無い動きは美しくすらある。仲間内の、言わば遊びに過ぎない範囲の応酬さえ、息を詰めて見守る他ない迫力があった。 ビスタは足を薙ぐ蹴りを後退して躱し、マルコの頭上へ剣を振り下ろす。マルコはその剣を蹴り上げ、そのまま反対の脚を回して隙の出来た胴を狙う。それを剣で受け、ビスタは押した。バランスを崩しかけたマルコは素早く距離を開ける。 「すげぇ」 呻くような微かな声が、甲板のあちこちで聞こえた。 「新世界」に君臨する「四皇」の中でもまずその名が上げられる「白ひげ海賊団」。 その隊長ともなれば、海軍本部中将、或は王下七武海以上の戦闘能力を持つのが当然となる。二つ名を持つ者も珍しくなく、その二つ名に相応しい実力を誰しも認めることになる。 不死鳥マルコ、花剣のビスタ。 二つ名の通り、その戦い振りは強さ以上の華があり、ショー的な側面でも見栄えがした。 つまり、見物人は加速度的に増えていった。 「うちの船はほんとに暇人ばっかりかい!」 攻撃を打ち交わす間にマルコが言った。ビスタが頷く。 「仕事速ぇな1番隊、客席できるのに5分掛かってねぇぞ」 「うちの隊だけじゃねえだろうよい。あっちでオッズ立ててんの5番隊だろ」 距離を取った合間にビスタはちらりとそちらを見る。 「後で締めとく!」 「まかせたよい!」 再度間合いを取る。 まずいな、という感覚は2人の間に共通して存在する。観客が集まり過ぎて、つい切り上げるタイミングを逸している。 だけど、もうちょっと位続けてても大丈夫だよな。 目を交わす度に、そういう合意ができてしまう。既に始めてから15分は経過していた。 まずいな、と思うポイントはもう1つある。 何度目かも数え切れない蹴り技と剣技の応酬を、振り出しに戻すように距離を取る。 ビスタの頬には浅く血の線が走った。対するマルコの脚にも、打撲の箇所を再生するように炎が揺らいでいる。 遊びの域を、超えかけている。 本気の、相手を倒す為の戦闘となれば互いに無傷では済まない。それは勿論避けるべき事態である。 だけど、なぁ。 マルコとビスタはちらりと視線を交わした。 もうちょっと踏み込んでも大丈夫だよな?お前なら! にぃっと笑う表情がその避けるべき事態の楽しさを物語る。 さぁ、もうちょっと。 構えて間を詰めようという、その瞬間だった。 「まったく……どこで油ァ売ってるかと思えば……」 甲板に現れたのは、ひと目でわかるその巨体。 船長、エドワード・ニューゲートはおもむろに息を吸い、拳を握る。やばい、と言う声にならない共通認識が速やかに甲板を覆っていく。 「いい加減にしねぇか馬鹿息子ォ!」 老いたりとは言え「世界最強の男」の一撃は重い。2人の「馬鹿息子」はなす術無く吹っ飛ばされた。 「アホンダラがいつまで遊んでやがる。マルコ!お前ェまで何だ一体!」 怒鳴られてマルコが飛び起きる。 「海軍の監視船について入電してくる時間じゃねェのか!」 「今やりますよい!」 よろめきながらもマルコが走って消える。 「ビスタ!お前ェはここの片付けだ!後の連中も持ち場に戻れ!」 はい、と一斉に答えて、蜘蛛の子を散らすように散っていく。 久々に落ちた、家長の雷であった。 −−−−−−−−−
地震オヤジの雷です。あとは火事が揃えば完璧です。 ……火事……。火拳のエースも混ぜようかと思ったんですけど、見送りました。欲張っちゃいけねえ。(10/11/03) ※言葉足らずのところをちょっとだけ補筆。大して変わりませんけどね。(10/11/15) Pro.100txt. |