086:『肩越し』
※ちょっと流血描写があります。苦手な人はゴーバック。
大怪我というものは、最初は意外と痛くないものだ。 もちろん全く痛くない訳ではない。が、痛みよりは何か押し込まれる違和感の方が強く、青島は肩越しに振り返った。 あぁ、被疑者のお母さん。 自分の身体から引き抜かれたものが包丁であるのを見て、「そっか、刺されたんだ」ということを妙に冷静に理解した。次の瞬間に激痛が走り、血と一緒に力が抜ける。 すみれの悲鳴。今、この部屋にいる警察官が自分と彼女の2人だけという状況が、途端に不安を帯びて感じ取れた。複数人いる犯人が逃げる気を起こせば、彼女1人では抑え切れない。 逃がさないように牽制しつつ、誰か来るのを待つしか方策はなかった。 (……ていうか、早く来て室井さん) 青島は呟いた。一番近くにいるはずの和久は高齢の上、頼ろうにも怪我人だ。じりじりと流れ出て行く自分の血に少なからず焦りがつのる。 それがつい、一昨日の話である。 思い返せばあの時は相当にピンチだったのだなぁ、と青島はぼんやり考えた。睡眠不足が解消されたことだけは有り難いが、傷はまだ痛むしリハビリにもまだ早い、という身ではすることもない。 頭に浮かぶことは、自ずと嵐のような3日間のことになってくる。 あの場で犯人が部屋から逃げていたら。もう1度とどめに刺されていたら。それこそ最悪の事態に繋がる道とも、ほんのひと足も違わなかったのだろう。綱渡りだったのだ。 それを思うと寒気がする、というより青島はむしろ自分の強運に感謝した。自信を備えた前向きな姿勢は良しも悪しくも青島の持ち味である。図々しいとも言う。 (死ぬかと思ったもんなぁ) 病院へ運ばれる車内で口走ったことも、大体は覚えている。後から思えば恥ずかしいことも、言わないでいいことまで、よくまぁ言ったものだと思う。 「後で何言われるかわかったもんじゃないじゃんねぇ」 声に出して言ってみれば、苦笑の形になった。 事実、かなり危ない所ではあったのだそうだ。出血はひどかったし、適時の応急処置が出来た訳でもない。小型の包丁とは言え、刃渡りの殆どを押し込まれたのであるから傷は深い。 手を伸ばして傷の辺りに触れてみた。筋肉が引っ張られたのか、ぴしりと痛む。 「いて」 肩越しに覗き込もうとすれば、更に痛む。 動けなくて暇だから、取り留めのないことも考えるのだ。 あの錯乱状態の母親が、刃物を構えてぶつかってくる高さや角度、力は相手が誰だって同じだろう。ということは、刺されたのが例えば和久なら同じくらいの場所に、室井ならもう少し上の辺りに傷を受けたことになる。 そして、もし刺されたのがすみれなら。傷口から頭ひとつ上の位置に触れてみた。 「………。」 青島は眉をしかめた。身体の中心からやや左寄りの胸郭部。解剖学的な知識が無くても、その辺りに何があるかはわかる。想像の上だけでも寒気を伴う嫌な気分がした。 その場では感じなかった殺意と、実際押し込まれた刃の感触が改めて脳裏に蘇る。 ほう、とため息をつき、青島は力を抜いた。口元に笑みが浮かぶ。 「俺で、よかったぁ……」 はは、と小さく笑った拍子にまた傷が痛んだ。今は肩越しに振り向くだけで痛む傷。それでも、親しい誰かが同じ目に合う位なら、これでいい。 早く治して、早く復帰しないと。部屋の隅、まだ触れないリハビリ用の松葉杖へ目を走らせ、青島は目を閉じた。 −−−−−−−−−
踊る大捜査線・THE MOVIEより。刺されてからEDまでの間っていうイメージで書きました。 ていうかあのEDって刺された何日後なんだ。あの鯵切り包丁根元までの刺し傷ってどの位の深さまでいってて、どう処置して全治にどれ位かかるものなの(無知)。 でも思うんですけど、ひとりで怪我の心配しつつ牽制しつつ頑張ったすみれさんや、上司に思い切り喧嘩売って現場来てみたら煽った張本人が血まみれで寝てた室井さんだって、死ぬ程いっぱいいっぱいでしたよね、きっと。 少なくとも土地勘なさそうな場所でハンドル握って病院まで行こうとしちゃったりそこにツッコミ入れる余裕も無い位には。心臓に悪いですね。 しかも見舞い行ったら蹴り入れて追い返されちゃうんだぜ室井さん。入院中の青島の仕事はすみれさんにしわ寄せ行くんだぜ。なんかこう、がんばれ。(05/04/28) Pro.100txt. |