081:『ハイヒール』 カリーナ・ライルは歩きながら考える。さっきの店で見たハイヒールが気になるのだ。 (どうしようかな、買えない値段じゃないんだけど) あのハイヒールには、自分の手持ちの服ではちょっと釣り合わない。もう少し大人っぽい服が必要だろう。 (……でも、あんまり背伸びしておばさん臭くなっちゃうのは避けたいし) そんなことを考えながら歩いていたので、気づくのが遅れた。 おーい、と呼ばれた気がして振り向くと、虎徹が手を振っている。カリーナと目が合うと子供のような顔をして笑った。 「よお。何だ、学校の帰りか?」 「あ、うん。こんなとこで何やってんの。まだ仕事中じゃないの?」 「休憩中」 要するにサボりか。カリーナはこれ見よがしにため息をつく。 「呆れた」 「なーんだよ、どこに何が建ってるとか道がどう繋がってるとか、自分の足で確認しておくのも仕事の為になるんだぞ」 「だってここからあんたの会社までどれだけあるのよ?」 「大した距離じゃねぇだろ、ほらあそこに見えてるんだから」 親指で示す先、ビルの合間にアポロンメディアビルが小さく見えた。 「十分大した距離よ!」 「ま、もう戻るとこだけどな、あんまり空けるとバニーがうるせえし。ドーナツでも買ってってやろうと思ってんだけどお前も食うか?」 「……うん」 こくり、と頷いてカリーナは自分に向けられた目があるのに気がついた。少し離れたところからこちらの様子をうかがってい る、同級生達である。 「ごめん、ちょっと待ってて」 虎徹を置いてカリーナは彼女達のところに駆け寄った。 「どうしたの?」 「あ、いやあたし達カラオケ行くとこなんだけどカリーナもどうかなって……」 言いながら案の定、虎徹の方を気にしている。だからこそ声をかけるのを躊躇っていたのだろう。 「あの人、誰?」 不自然な年齢差のある知り合いと秘密の多い稼業は、こういう時の説明に困る。 「あ、えーと」 「親戚の人?」 「そ、そう!親戚のおじさん!」 無理な言い訳につい声が大きくなった。しまった、と思ったのはその直後である。 「おーいカリーナぁ。おじさんもう帰るからなー」 誰が聞いても普通に親戚のおじさんで通せる声。 「おとーさんとおかーさんによろしくなー」 こんな時だけ完璧なアドリブをだめ押しに付け加え、虎徹はひらひらと手を振ってカリーナに背を向ける。 その背中を見て、カリーナは何だか無性に腹が立った。 「ごめん、おじさん駅まで送ってかなきゃなんないんだ!また今度ね!」 精一杯笑顔を作って友達と別れ、カリーナは虎徹を追う。 虎徹の足は速い。特徴あるハンチングは繁華街の雑踏を器用にすり抜け、早くも人波に紛れかけていた。 逃がすか。 人をかき分けるようにして、見失わないよう距離を詰める。まっすぐ走ることが出来ないのがもどかしい。すぐそこなのに。 「おじさん!」 手の届く距離になって呼べば、虎徹はびっくりしたように足を止め、振り返る。カリーナは勢い良くその左腕を掴み、腕を絡めた。 「うえ?何、どうしたよ?」 慌てる声に、顔が上げられないままカリーナは言う。 「何よ!親戚のおじさんと腕組んじゃ悪い?」 「親戚の女の子は普通そんな怖い顔して飛びついて来ねえ」 全部言い終わる前にカリーナは虎徹の足を思い切り踏みつけた。 「いッッて!」 「余計なこと言わなくていいの!」 ふん、とそっぽを向いて、カリーナは内心残念に思う。 やっぱりローファーの攻撃力はいまいちだ。 大げさに痛がってみせる割にダメージが少ないのは見なくてもわかる。カリーナの腕を振りほどくこともうずくまることもないからだ。 「いいのかよ、友達」 カリーナは黙って頷く。 「ドーナツ位いつでもおごってやるよ?」 もう一度蹴飛ばしてやろうかとカリーナは思った。 決めた。 あのハイヒール、買おう。 埋められない、体格と時間の差を少しでも埋められるよう。 背伸びしていることを悟られないよう。 いざという時の攻撃力もちょっと上げておいた方がいい。 自分の選んだ面倒な恋を、カリーナは少しだけ恨めしく思った。 −−−−−−−−−
バイト用黒ワンピにも合わないハイヒールはきっと緑色。薔薇虎です。 アポロンメディアビルの位置がゴールドステージで繁華街はシルバーステージだったらもしかして見えないんじゃないの、と言う疑問は飲み込んじゃってください。求む資料! こてっちゃんはブルーローズの恋心が本気でかつ一過性のもんじゃないと気がついたら全力でケツまくって逃げると思いますので(大人だからね!)、そのときは追いつける脚力か一撃でしとめる攻撃力が必要になると思われます。勿論気づかれる前に距離を縮めておくことが大事、そして大切だ!頑張れ! えーと、いや薔薇虎好きですよ。名実共に氷の女王に育つ日が楽しみです。(11/06/26) Pro.100txt. |