075:『ひとでなしの恋』

 Gはゴブリン、Bがゴブリンリーダー、Cヒトウバン。Nはナーガ、Kのキメラ、Mがミノタウロスで、きたかぜゾンビのZ、Sはスキュラ。
 すっかり馴染んだ幻獣を示すマーカーが、また消える。
「……290、291……293、4、5」
 速水は呟いた。今放ったミサイルで焼かれた幻獣を足すと速水と舞の累計撃墜数は300間近だ。三百の幻獣を狩ったものは絢爛舞踏、と呼ばれるものになる。既に人間と呼べるものではなくなるのだそうだ。
 踊るように華麗に敵を狩る、畏怖と憧憬の対象、絢爛舞踏。そのひとでなしになる為に人の、気付きたくない本性に似た幻の獣を殺す。
 後部座席で舞が笑う気配がした。ずっと2人で戦って来た、公私共にかけがえのないパートナーだ。
「ねぇ、舞」
「何だ」
「もうすぐだね」
「あぁ」
 戦闘中に笑う程、余裕がある。次はどう動き、どう倒せばよいか、考えるより前に判別できる。2人が初めて騎魂号に乗り、戦場へ出たのは3月だった。その時は2人とも、口にできるのは精々管制に関わる短い言葉と、被弾した痛みに上げる悲鳴だった。
 今は5月の最初の週。5121小隊所属のこの騎魂号は、ほんのふた月の間に教官の生涯撃墜数を越し、九州1に、日本と言わず人類でも有数のパイロットになった。それを思うと少し、人でなくなりつつあるのかな、と考える。わざわざ考えなければそう感じない事を、少し寂しく思う。
 親友に自分の存在が怖い、と泣かれたのは2週間前、撃墜数が150を超えた時だった。舞はいつものように「余人を気にするな、我らは芝村だ。」と言ったが、言いながらも目を伏せた。ただの人間は止めた、と普段続くはずの言葉を言わずに言葉を切る。いつもの人を圧する覇気が薄い。舞もまた、自分の親友となった少女に言われたのだ、これ以上殺さず人として生きろと。
 ただの人として、皆と肩を並べて、生を全うする。ヒーローになるにはまだ道半ば、迷いつつも人の領域から踏み出しかけたものに取って、それは抗い難い誘惑であった。
 それを、超えた。
 250を超えた時、明らかに人ではないものから忠告された。ひととして生を全うしろと。
 その言葉も、超えた。
 周りから人がいなくなった。
 諦めるのは簡単だ。本当はいつまでも皆と、サンドイッチを作り掃除洗濯に精をだし、からかいからかわれ、笑って過ごしていければいいとも思う。ただの人として、どこかの誰かに守られるものとして、ヒーローの到来を待つものとして。

 速水は目を閉じ、幾度となく歌った歌を歌いだした。
「……その心は闇を払う銀の剣」
 この1節は「われらは そう 戦うために生まれてきた」で終わる。自分も舞も戦うために生まれてきたのだ、多分。
 速水は騎魂号の動きの入力を終えた。前へ飛び、今度は右へ飛んでキメラの横腹を抉る。撃墜数、296。僅かに動いて隣のキメラの射線から抜けた。次はこのキメラを斬る。計算はまだ続く。それから飛び出して来るだろうミノタウロスを撃ち、その後は建物の間を走り抜けてナーガの頭に一撃を。この戦闘の間に恐らく目標、三百の幻獣を狩り終わる。思ったより速かった。
 絢爛舞踏章を取って、あんた、一体何になるつもりだよ。
 親友と呼んだ同僚の声が速水の脳裏をよぎった。
 記憶の中の声に何も、と答える。何になるつもりもないんだ滝川。守りたいだけだ。自分がここで引いたら、幻獣の牙は僚機に向く。練度の低い友軍の少年兵へ向く。あるいはその家族の家を焼く。見知った顔を晒して飛んで来るヒトウバンなど見たくない。綺麗に飾られた死体が友人だという事態も御免だ。
 全てを守る、一番確かな手段は自分の手で敵を殺す事だと信じたからここまで来た。
 皆の歌声が自分の声に重なる。
「幾千万の私とあなたで あの運命に打ち勝とう」
 止めるのは簡単だが、ここで逃げてしまった事が、「幾千万の私とあなた」を再び死地へ送るのなら。だとしたら喜んで「どこかのだれかの未来のために」と歌いながら突撃しよう。
 今はわかる、ここで絢爛舞踏になる事ができるのは自分だけだ。三百を狩る能力だけなら同僚の2機にも多分、ある。だが幻獣に意志や感情らしきものを感じてなお、絢爛舞踏を成し遂げるには、2人とも優し過ぎる。
 そして狩り続けるのがつらいからと言って、その重荷を他の人へ託す事を自分は善しとしない。
 三百の幻獣を狩ると決め、その力があるのにここでくじけて手を抜いて、それで仲間を見殺しにする事があれば、2度とあの歌を歌う資格は無い。誰が許そうと、それこそ世界が許すまい。
 絵本の主人公のように、自分こそ皆を守る最後の砦と信じよう。既に遠くなった、遠くなったが為に恋うる友と過ごした日々の為に、見ないからこそ恋うる明日の為に、目の前の命を狩ろう。
 ひとでなくなったひとは、ひとのいのちをくるおしいほどにこうる。
「速水」
「ん?」
 舞の声に答える間も人工筋肉は軋り、騎魂号の巨体が素速く横へ飛ぶ。逃げようとするその幻獣を太刀の射角へ入れた。この戦場に残る最後の一匹である。
「300だな」
「そうだね」
 奇しくも、初めて倒した幻獣と同じヒトウバンだった。倒した人間に取り憑き、取り憑かれた人の顔と声で殺してくれ、と叫ぶ幻獣。戦車でなくても倒せる、所謂雑魚だ。2人の駆る騎魂号は太刀を構えた。
「感謝を。1人ではできなかった」
「僕もだ、舞」
 振り下ろす刀に300番目の幻獣が散る。ひととひとでなしの境にしては余りに小さく軽い手ごたえ。その軽さと意味の重さのギャップに速水は小さく笑った。太刀の構えを解き、撤収の用意に入る。

「何をしている」
 騎魂号のコクピットを下りて腰を下ろし、自分の手をしげしげと眺める速水に舞が声を掛けた。
「別に、あと一匹倒したからって何か変わる訳じゃないね」
「当たり前だ」
 傍らに立ったまま、事も無げに舞は言う。ポニーテールが血なまぐさい風に揺れた。
「だがその一匹を積み重ねずば三百にならぬ。だから倒さなければならなかった。それだけだ」
 そう言って舞はまだ自分達と騎魂号を迎えに来ない同僚を振り返る。累計撃墜数300の指す意味がそこに見て取れた。まだ撃墜数が100に満たない頃は全員の無事を喜びながら、待つまでもなく迎えに来てくれたものだ。
「感傷に浸ってる暇はないぞ、速水。探さねばならぬ」
「そうだね」
 よいしょ、と速水は腰を上げた。絢爛舞踏の別名は人類の決戦存在。その存在は人類と雌雄を決するに相応しい最強の幻獣を呼び寄せるという。人類の勝利を決定付ける為に、見た事もなければ資料も残っていないその最強の幻獣、「竜」を探さなければならない。
「面倒だなぁ」
 速水の口からつい、本音がこぼれた。隣で舞が苦笑する。
「仕方あるまい、それも芝村の……否、ヒーローの仕事と心得よ」
 探す事自体は面倒でもない、その幻獣は探すまでもなく向こうからやってくるというからだ。すぐ近くから現れるという事は、自分達の周り、つまり同じ小隊のクラスメイトに誰か幻獣を呼ぶ存在がいるという事で、聞いてみるべき心当たりもいくつかある。
 撤収の作業班はまだ来ない。
「舞、僕は皆がとても好きだよ。でも片思いだね」
 舞は少し考えるように黙り、それから言った。
「思いを返さぬものよりも隣のものを見たほうが建設的ではないか?その、まぁ何だ」
 人の情に絡んだ事を口にする時頬を染めて視線を外す、その仕草は出合った頃から変わらない。
「私はそなたが好きだ。我が民の全てをまとめたのとそなたと、重みにさして違いはあるまいと思う」
 口籠り、1人で赤くなったりこちらを見たり目を伏せたりして舞は段々小さくなる声で続ける。
「まぁ……それでそなたが不足ならその私は」
 速水は微笑んだ。愛しく恋しい人類の、代表とも言う存在が傍らにある。だからここまで来る事ができた。舞がいなければ、きっと人も幻獣も全てを憎んで狂っていた。
「ありがと。」
 抱きしめるならウォードレスじゃない方がいいなぁ、と本人が聞いたら真っ赤になって怒りそうな事を思いながら速水は舞を抱き寄せた。このひとの為になら人外でも何にでもなろう。
 ひとでなしの、恋。

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 ひとでなし=人外=絢爛舞踏。芸が無いと言えば無いこの主題を決めたのはガンパレードマーチプレイ中だったかプレイ前だったか。人外はともかく「恋」の部分が難題でありもした。
 ちなみに私3周目終了現在いまだに絢爛舞踏取れてません。常にAランク。無念。(03/03/14)

Pro.100txt.