044:『バレンタイン』

 今年もまた、あの日がやって来る。レオはため息をついた。
「何ゆーうつになってんのさ、レオ」
 隣へやってきたスギがわざとらしく袋を覗き込む。事務所付けで届けられたファンレター、この季節は特に多い。中身もわかっている。
「やぁモテモテじゃん、レオ」
 今日も大きな紙袋に一杯のチョコレート。2月に入って14日までの2週間、レオ宛の荷物はぎっしりとチョコレートで埋まる。ライブやポップンパーティの楽屋、打ち合わせ先のスタッフ、テレビやラジオに出演した時の差し入れがこれに加わる事になるから、状況を知る友達はこの時期レオにチョコレートは送らない。
「チョコレートが好きだって日頃から言ってるからじゃない?レオ断わらないし」
 ちなみにスギにはレオ程の数は来ない。ホワイトデーに返さないと公言しているからでもある。
「好きなのは事実だからいいんだけど、ね……」
 レオはまたため息をついた。そう、好きなのは事実だ。何は無くてもチョコレートだけは欠かさない日々を送っているのも事実だ。
 ただ、限度ってものがある。
「過ぎたるは及ばざるが如し」
 ぼそ、とレオは呟く。
「レオはチョコのみにて生きるにあらず、だもんね」
 スギは見覚えのないリュックを前に抱え直して嬉しそうに開けたり閉めたりしている。
「リエちゃんからもらった。可愛いだろ?」
「あーよかったね」
 レオはやる気無く返事をした。リュックはシンプルで何にでもあいそうな形で、ものの詰め込み方では底に隠れてしまいそうな所に小さくカエルのマークがアップリケされている。
「気に入ってんならちゃんと返せよ?3月」
「……僕に当るなよ」
 スギはにぃ、と意地悪く口を歪めた。
「そうカリカリしなくてもさなえちゃんはくれるってば」
「な、どうしてそうなるんだよ!」
 レオは思わず顔を上げる。
「あ、それとも僕から欲しいか」
「ス・ギ」
 くすくす笑いながら、さっさとスギは腰を上げた。からかいを含んだ目でぽんぽん、とレオの頭をはたくとくるりと踵を返す。
「んじゃ、お先」
「と言って逃げるんじゃない」
「つかまえてごらんなさーい」
 軽い足取りで振り返って目を細めるスギに、レオが肩を落とした。
「……普通に『もう帰るから一緒に帰ろう』って言えないのか、スギ」
「暗い雰囲気を和らげてやろうっていう心遣いがわかんないかね?」
 レオは小さく諦め混じりのため息をつく。
「わかるもんか」
「そこを何とかわかってもらえないかと」
「無理。ほら帰るよ?」
 大きな荷物を手に提げてレオはスギを促した。

 駅前のビルにチョコレートの宣伝の垂れ幕がかかっている。小さくため息をつくレオの肩をスギが叩く。
「あと3日。頑張れ」
「うん」
「でもさーレオ」
 スギは一度紙袋に目を落として相方の顔を見た。
「それを捨てもせずあげもしないでひと月経たずに無くなるって方が僕は信じ難い」
 これがチョコレートの全量ではないし、3食をチョコレートで過ごしている訳ではないのに、である。
「もったいないじゃないか」
「あぁ、そー」
 レオは決して差し出されるチョコレートを断わらない。これだけ持っていても、尚。季節限定なら自分で更に買って来る。
 ただ好きだとか、もったいないという言葉で済まないものが、ある。
「レオ、実はバレンタイン好きだろう」
「もう少し分散してくれると嬉しい」
 嬉し過ぎてつらい、チョコレートの季節が過ぎるまであと少し。

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 もう片方のネタが36番のアレですので頑張ってあげました。バレンタイン更新にならなかったのは借りたばかりのガンパレードマーチにいそしんでいたからです。
 そもそもチトコさんに差し上げるという名目で書いたのですが。「100題にありましたね『バレンタイン』」と言われた瞬間こっちで使う事に。ごめん。
 後はまぁ……色々あるんですが、まとまった時に。(03/02/15)

Pro.100txt.