013:『深夜番組』
※追記:12話放映前に書いたものです。原作と異なる設定になっていることをご了承ください。
夕闇迫るシュテルンビルド。 鳴りわたる派手なイントロに顔を上げれば、ビルの壁面を彩るディスプレイでヒーローTVのライブ中継が始まったところだった。ベン・ジャクソンは少しだけその画面を見上げたが、見続ける事無くまた歩き始める。 「ベンさん、待ってくださいよ!」 慌てて駆けてくるのはベンが再就職した先でできた、新しい部下である。 「見てる暇なんかないだろう。仕事中だ」 たしなめると、まだ若い部下は口を尖らせた。 「だって、気になるじゃないですか。行く途中の道が現場だったら困るし」 「で、場所はどこだった」 「なんか湾岸の倉庫街らしいっすよ。麻薬の取引現場だって」 うんうん、と頷いて、穏やかにベンは言う。 「俺たちの行き先とは関係あるか?ん?」 「……ないですけど」 「じゃぁ行こうな。ヒーロー見てて遅れました、じゃぁ話にならねえ。客が怒る」 はぁい、と部下は面白くなさそうに返事をした。 「ね、ベンさん」 歩いてしばらくすると、部下が話しかけてきた。 「人事の奴に聞いたんすけど、うち来る前ヒーローの管理担当やってたって本当なんすか?」 ベンはため息をついた。誰だか知らないが、随分口が軽い。 「あんまりべらべら喋るもんじゃねえぞ」 「え、じゃぁマジなんですか?誰の?」 「誰だっていいだろう、昔のことだ」 ヒーローの素性は、基本的に極秘である。治安維持に関わる彼らは人気も高いが、恨みも買うし一方的な思い込みの対象ともなりやすい。ヒーローを直接知る者は、そうした者達への情報源とならないことで、ヒーローを守る義務がある。直接知っている、ということを知られることも望ましいことではない。 たとえその管理職を離れても、あいつを守るのは俺の義務だ。 しかし、ベンの心中を察するには部下はまだ若い。 「気になりますよー、誰にも言わないから教えてくださいよう!」 好奇心をむき出しにして聞いてくる部下に、ベンは内心ため息をついた。 「なぁ、ところでお前は誰のファンなんだ?」 聞き返すことで、興味を逸らす。 「え、俺すか。今はやっぱりキング・オブ・ヒーローっすかね」 「あぁ、スカイハイか。あれはいいヒーローだな」 「ねー。強いし、確実だし。ランキングもずーっとトップだし。最近バーナビーも頑張ってるけどやっぱりスカイハイっすよね」 「そうだなぁ、ポッと出のルーキーに負けるようじゃぁキングにゃなれねえだろうよ」 うんうん、と穏やかに話を逸らしながら、ベンは密かに思う。 ポイントランキングなんかでワイルドタイガーの良さがわかってたまるか。 家に帰るのは遅くなった。家族の寝た後のリビングで、ベンは深夜放送のテレビを付ける。 今日のヒーロー達の活躍をダイジェストで見せている番組があった。出動した事件、各ヒーローがポイントを獲得した、あるいはドジをした瞬間の映像、そして現在のランキング。こういった番組で、ワイルドタイガーの出番は多くない。 (まぁ、出番が多くてもなぁ……) ベンはビールを開けて口をつけた。タイガーの話題が多いときは、大抵暴れ損ねて損害賠償が付いたときである。 情けなさそうな顔をして説教を聞いているワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹の顔が思い浮かんだ。 所属先が変わっても、ヒーロースーツが変わっても、虎徹自体に変わりはないだろう。 器用に愛想の振りまける方ではない。頑固だし、融通も利かない。わがままだの自分勝手だのと言われたこともあったっけな。 それでも、とベンは思う。 あれだけ心高く信義に厚く、情の深い男はそうはいない。 全盛期、降るようにあった移籍話に、虎徹は頑として乗らなかった。トップマグのヒーロー事業部は大きくなかったから、条件が良かった訳ではない。 「損害賠償で迷惑かけっぱなしなのに行ける訳ないでしょ。俺、そういう計算苦手だし」 そう言って、虎徹は情けなさそうに笑うのだ。 「あー、でも。愛想が尽きたんだったら、しょうがねえけど……。全部ベンさんに任すから」 全部任せる、と言って本当に自分の身柄を全面的に任せてくれる奴は、多くない。現場の振る舞いに口を挟ませない代わり、契約条件からスポンサーの選択まで全部、虎徹から何か文句を言ったことは一度も無い。 嫌いな筈のファンやスポンサーへのサービスだの取材だのも、ベンが断りきれなかった分の話はきちんと受けてくれた。勿論上手にこなすことはできなくて、もめ事を起こしてくることも一度ならずあったから、その律儀さが特にありがたい訳でもないのだけれど。 価値観がはっきりしていて、任せるといったことは本当に任せてくれる虎徹の管理は、大変だけれどある面ではやりやすかった。 虎徹の人柄が好ましく、全幅の信頼はうれしかった。 自分がいい上司だったのかはわからない。 後方支援の十分でない、例えば新しい装備ひとつ満足に開発できない会社で、虎徹のヒーローとしてのピークタイムを無駄に過ごさせてしまったのかもしれない。 今、ワイルドタイガーのランキングは相変わらず下位だけれど、獲得ポイント自体は地道に増えている。ベンが映像から見積もる限り、損害賠償額も減っている筈だ。 新しい装備に依るところは大きいだろう。 相手との距離を素早く詰める手段があれば、物を壊して投げつけなくても事足りる。だからハンドレッドパワーの制限時間を、必要な動きに割り当てることができる。その上パワードスーツ型の装備なら、ただの人である時間の活動能力を増やすことができる。 虎徹のことを思うなら、もっと早くにそういう金のかかる装備を開発できる会社に移籍させてやるべきだったのかもしれない、と今になれば思うのだ。 トップマグのヒーロー事業部がなくなる日まで、ベンは虎徹にそのことを言わなかった。 ならば今期で辞めるとか、自分ひとりで移籍はしないとか言い出して決めた話を壊すことがないように、という予防線でもあったのだけれど、もうひとつ。 1秒でも長く、ワイルドタイガーの関係者でいたかった。やっぱり、自分はいい上司ではなかったのかもしれない。 ベンは缶ビールを飲み干した。 なぁ虎徹、俺の就職先は思ったより早くに見つかったぞ。ワイルドタイガーのマネジメントをしていた、っていうことは俺やお前が思っていたよりずっと値打ちがあったらしい。面倒な話をまとめてくる交渉力と、誠実さを買うって言われたよ。お前が助けてくれたようなもんだ。 ヒーローとは関係がない仕事だけれど、むしろその方がいい。 俺のヒーローはワイルドタイガー、お前だけで十分だ。 画面に映る、まだ見慣れない新しいスーツの虎徹は相変わらずちょっと情けないような顔をして笑っていた。 −−−−−−−−−
捏造だなぁ、ベンさん再登場してきたらどうする気だよ、という話でした。 (追記:書いて上げたのは11話放映後12話放映前。出てきちゃいましたね12話……タクシードライバーでしたねベンさん……。) いや、ちょっと話をぼやーっと見ているうちに、虎徹ちゃんベテランのくせにヒーロー業界の中でどっちか言えば世間知らずつーか箱入りつーかなんじゃなかろうか。という気になったのです。じゃぁ箱に入れたのは誰だって考えたら、前の会社の直属上司たるベンさんしかいなかろうと。 デビュー以来ずっと面倒見てきたとかでいいと思います。親子程年が離れてる訳じゃないけど、父親のような存在だといいと思います。 そんで多分、ベンさんワイルドタイガーが好きすぎてアンチバーナビー。その位でいいと思う。(11/06/12) Pro.100txt. |