011:『柔らかい殻』 「暑ぃ──…………」 べとりと机に伏す虎徹に、バーナビーは冷たい視線を投げた。 「言ったら涼しくなるんですか」 「言わなかったら下がんのかよ、気温」 言い返す虎徹の声はだらしなくくぐもる。 「少なくとも空気中の酸素は減りませんし、聞かされる側のストレスは上がりませんね」 「このしんどさを分かち合おうって気はねえのか相棒」 「そんなもの分かち合わなくても十分暑いじゃないですか」 うんざりした様子でバーナビーはキーボードを叩く。 現在アポロンメディアは企業イメージ向上のため、省エネルギーキャンペーン中である。本業の、どうしても削減できない消費エネルギーを確保し、かつ一般市民の来る商業フロアの利便性も減らさず、削減目標を達成するにはそれ以外の部署に転嫁される削減目標を大きくする必要がある。結果、出動のない時間のヒーロー事業部ではエアコンの代わりに扇風機、しかも管理職が優先的に使うことになっている。 「さっきトレーニングセンターで涼んできたところでしょう」 「なんか涼んできた分余計に暑い気ぃすんだよなー。動いて汗かいちまったし」 伏したままでは暑かったらしく、虎徹は半身起こして書類を団扇代わりにあおいでいる。 「大体あなたは見てるだけで暑苦しいんですよ」 「ひっで!そこまで言わなくてもいいだろ、自分だって人のこたァ……」 跳ね起きた虎徹は、言いかけた文句を飲み込んだ。 「何ですか」 涼しげな営業スマイルを浮かべるバーナビーの顔に、さっきまで浮かんでいた筈の汗は無い。その変わりっぷりは役者のようだ。 虎徹は大きくため息をついて椅子に背を預けた。 「暑くねえの、お前」 「鍛え方が違うんですよ、虎徹さん」 「ちぇっ、お前さんも一度ネクタイ締めて仕事してみりゃいいんだ」 「無意味に作業能率を下げることはしたくありません。そんなに暑いなら外せばいいじゃないですか」 「うーるせー」 書類でなけなしの風を作りつつ、虎徹はぼやく。 「あーもう、いっそアンダースーツ着て仕事してえ」 「……言ってることの意味が分かりません」 「え?」 きょとん、と目を丸くして虎徹はバーナビーを見る。 「あ、そっか。お前のまだなんだっけ」 「はい?」 今度はバーナビーが怪訝な顔をする番だった。 「いや、ちょっと前だけどさ、プラント火災に出た時あったろ。ヒーロースーツ着てても死ぬ程暑かったじゃねえか。」 「あぁ、あのときですか」 バーナビーは頷いて先を促す。 化学工場で原料の強燃性物質から出火した炎は爆発と共に燃え広がり、燃料備蓄施設へ引火する寸前までに達していた。 耐熱性の高い装甲型のヒーロースーツを着ているタイガー&バーナビーコンビは、炎の中をかいくぐっての探索救助活動と消火活動を割り当てられていたのだけれど、ファイアーエンブレムの操るものに匹敵する高温の炎に炙られながらの活動は、今思い出してもげんなりする程暑かった。 「そーそー、だからさぁ斉藤さんにちょっと頼んでみたんだわ。いやぁ頼んでみるもんだね、改良型アンダースーツすげえ快適」 「僕は何も聞いてませんが」 蚊帳の外なのが面白くなくて、少し不満げにバーナビーは答えた。虎徹は気にする様子も無く、あっさりと返す。 「開発中だからだろ。俺で実験してお前のに反映するんだってさ。そろそろお前のもできてくるんじゃないかね」 「……はぁ。」 「何だよ、もう少し楽しみにしろよ。試作品であれだから完成品もっといいぞ」 「今目の前に無いものの話をされても、実感がわきません」 「んなこと言ってっから物が出来るまで斉藤さんお前に話さねえんだよ」 得意げに虎徹は笑う。余計に腹立たしい。 「別に、それで不都合は無いからいいですよ」 「拗ねんなよ」 「拗ねてません。どこに拗ねる要因があるんですか」 「あ、そう」 虎徹は首をすくめて団扇に使っていた書類に目を落とした。 「あと斉藤さんなぁ、ヒーロースーツの関節部分も耐熱性上げてくれるって」 バーナビーは顔を上げる。話のつながりがわからない。 「アンダースーツの改良も併せればあの位の火の中、なんてことないようになるってよ」 言って、虎徹はちらりとバーナビーに目を移す。 「あんとき、火傷してたろお前」 バーナビーは、目を閉じて息を吐いた。 「大した火傷じゃありませんよ」 ヒーロースーツの耐久性は優れているが、やはり関節など高い駆動性が必要な部分は柔らかい素材で出来ている分だけ防御性能が落ちる。 ヒーロースーツとアンダースーツの二重の殻を越え、肌に残った火傷は関節の裏と脇から背にかけて、数カ所。 軽度の火傷だったし、黙っていればわからないだろうと思っていた。 「だからって黙ってるこたぁねえだろう。言えよ」 「至って軽度でしたし、あなたはなんともなかったのに僕だけ火傷したなんて言えますか」 「んなもんたまたまだろうが。俺の方が皮丈夫なんだろうよ。」 「面の皮ならわかりますが」 「大丈夫、それはバニーちゃんの方が絶対頑丈だから」 「だから僕はバニーじゃなくて」 「はいはい、バーナビーですよね!」 強引に被せられて、会話は切れる。 「………だめだ、暑ィ」 再び虎徹がぼやき始めるまで数分足らず。 「少しは仕事する振りくらいしてください」 −−−−−−−−−
ガワが大好きです。あそこまで入手困難になってると買う気が失せるのだけど、正直フィギュア欲しいもの。 わかってる、「柔らかい殻」には無理があったことはわかってる。でも他にこのお題合わせられるもんないねん……!(11/07/03) Pro.100txt. |