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プロフィール





構造主義との出会い(1)
ロラン・バルト『神話作用』
(2006.10.21/2007.2.15 改訂)

Roland Barthes Mythologies

まだ十代の後半に、ぼくが初めて読んだ文芸批評書というのが、ロラン・バルトの『エッセ・クリティック』だった。高校の頃は、批評書なんていうのは、当たり前なことをこむずかしく書いてあるだけの退屈な書物だと思っていたから、全然興味を持てなかったのに、偶然読んだ『エッセ・クリティック』のおかげで相当にものの見方が変わってしまった。

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ロラン・バルトは、フランスの構造主義・ポスト構造主義を代表する著名な批評家で、日本のシステムについて「空虚を中心に持つ」と述べていることでも有名だ。一般的に、彼の代表作は『テキストの快楽』『恋愛のディスクール・断章』など、後期の著作にあるとされているが、ぼくは、50〜60年代の「テル・ケル」誌などに書いていた頃のバルトからダイレクトに影響を受けている。『エッセ・クリティック』はその頃の短い批評文を集めたもので、バタイユ、ミシュレ、ロブ=グリエ、カフカ、ブレヒトなどについて論じられている。初めてバルトを読んで、というか文芸批評というものを初めて読んで感じたのは、その文章の難解さだった。でも、それは「当たり前なことをこむずかしく書いてある」のとは違うように感じられた。そうではなくて、「いままでにない、何か新しいことをいおうとしている」のだということがわかり、これは退屈ではないと思った。これまでの慣習的なものの考えや権威といったものに対して「新しい何か」を突き付けようとする態度が濃厚なのだ。それに、『エッセ・クリティック』は、若々しいというか、バルトにしてはけっこう戦闘的・挑戦的な姿勢もにじみ出ている。最近の言葉でいえば生政治的なものさえ感じる。初めて読んだのが、もし『エッセ・クリティック』ではなくて『テキストの快楽』とかだったら、また違った印象を受けていただろうと思う。

50〜60年代頃の文学や哲学には、なんていうか、独特の雰囲気が色濃く漂っているものが多い。ポスト構造主義(ポストモダン)の時代になると「人間」というものが言表行為のなかから消え失せていき、80年代にはそんな「空虚」なスタイルが流行した。でも、ぼくは50〜60年代あたりの実存主義が残っていた頃の文学のほうが昔から好きだった。日本の小説でいえば、安部公房や大江健三郎の初期の短編などにみられるような、暗くて乾いた感覚である。暗いのに、乾いているところがいい。こういった小説を高校時代に読んだとき、なぜかすごく懐かしい感じがした。それは、国語の教師が授業で教えていたような「文学」とはまるで違ったものだった。高校時代の授業で、国語の教科書に載っていたある小説を教師がこんなふうに評していたことを覚えている。

「別れは辛いものです。そんな主人公の気持が、ここではとてもよく表現されています。最後のシーンで、主人公が街を旅立ちます。バスが来て、乗り込んだとき、主人公の幼なじみがバス停まで見送りに来ているのを発見する。雲行きが怪しくなってきた空から、雨が降ってくる。やがてバスは走りだし、幼なじみの姿がどんどん小さくなって、霞んで見えなくなってしまう。最初、ぽつりぽつりと降っていた雨が、だんだん酷くなって、豪雨に変わります。ここでは、主人公の哀しみや切なさがこの雨に全部表現されているのです」

教師はチョークをつかむと、黒板に「雨=内面の象徴」と書いた。いや、あるいはそんな話をしただけだったのかもしれないが、「雨=内面の象徴」という言葉はいまだに忘れられずにいる。というのも、雨が内面の象徴だなんて、ぼくには理解できなかったからである。非リアルというか、空想じみた発想だとしか思えなかった。雨はじめじめして、洗濯物が乾かず、外に出るには不自由な傘をささねばならず、服が濡れ、水たまりに足を滑らせたりする。雨はイヤなものだけど、それが「雨=内面の象徴」だということになったとして、ああ、そんなものかと大勢の人たちは素直に納得するものなのだろうか? 試しに、朝、起きて空を見上げ、大粒の雨が落ちてきたら、「内面の象徴が降ってきた」と声に出していってみればいい。そのとき、哀しみや切なさが胸にこみあげてくるだろうか。なんの抵抗もなくこれができればある意味スゴイかもしれないが、でも大概の人たちは、心のどこかでバカらしいと感じるに違いない。それならどうして、国語教師は「雨=内面の象徴」などと授業で教えたのか。理由ははっきりしている。「雨=内面の象徴」とは文学なのだ。文学とは人間の本質を表現する偉大な試みであり、芸術的・文化的に崇高な価値を伴った特別な行為である -- なんてことを本気で信じてはいないけれど、常識には従ったほうが無難である。雨が哀しみや切なさであるというのは文学的な表現だから文句をいうのはよそう。ただし「文学」と「現実」とは別物だ。若いころは誰だって、ハシカにかかるように小説なんかを読む時期があるが、それだけで事足りるほど現実は甘くない。

こんなふうに割り切れる大人は自称リアリストである。でも、ぼくはリアリストではなかった。というのも、ぼくは文学とは人間の本質を表現するための試みであると単純に考えていた。そこに描かれている本質は、当然、現実を反映しているはずで、そうでなければ本質とはいえず、ただの作り事である。だからこそ、「雨=内面の象徴」という言葉がまるで実感できないことに、ちょっとしたショックを受けたのである。これは現実とは違う。なのに、教師はそのとき、これをリアリズム的な手法であると説明した。彼の話は、リアリズムとは現実を表現する代わりに、現実によく似た作り事の世界を仮構することであり、その作り事を現実だと自分に納得させることが小説を読むという行為なのだ、といっているかのように聞こえた。本当は別のことをいっていて、ぼくがそのように曲解しただけかもしれないが、これにはある種、切実な実感があった。作り事を現実だと納得すること -- これは、当時ぼくが世界に対して抱いていた違和感そのものだった。自称リアリストは、雨が内面の象徴だなんて信じていなくても、信じるふりをしている。彼らに「王様は裸だ」と叫んでも無駄なのだと思った。そんなこと、彼らは知っているのだから。知っていながら「王様は素晴らしい服を御召しになっていらっしゃる」と口にできるようになることこそ、リアリストとしての態度だ、と彼らは信じているのだから。

          ※

とまあ、以上は高校時代のエピソードだが、ぼくが「雨=内面の象徴」なんてものから解放されたのは、ロラン・バルトを読んだからである。解放されたなんて大げさだが、とにかくそんなものから相当に自由になれた。これは、『テキストの快楽』などの頃よりも、初期の、構造主義的な手法を使っていた頃の著作のおかげである。すなわち、分析的・科学的な方法論を駆使して文学を解読していた頃のバルトだ。「哀しみや切なさ」といったものは、情とか感性などと呼ばれる類のものだ。これらは大切なものではあっても、限りなく主観的な見方を軸にすることになるから、もしそういったものだけが文学の本質だなんてことにされたら、誰かの身勝手な主観を押し付けられるのと同じことになる。ここから解放されるためには、分析的・科学的な方法が必要なのである。具体的な著作でいうと、『物語の構造分析』と『神話作用』の2冊だった。「物語分析」なんて現在ではありふれた考えのひとつになってしまったけど、小説なんていう得体のしれないものを科学的な手法で明解に分析しているところが、当時はとても爽快だった。もしかしたらロラン・バルトでなくてもよかったかもしれないが、ぼくの場合、たまたまバルトがきっかけで、そういった新しいものの見方を得ることができた。だから、バルトは、ぼくにとって一番深く傾倒した人というよりも、新たな考えを得る契機になった人である。何ごとにつけ、はじめての体験というのは後々まで強く影響を及ぼしたりする。その意味でロラン・バルトには多大な影響を受けている。あくまでぼく個人の話ではあるが。

(続)

(注)この文章は、以前「はてなダイアリー」(2006.10.21)に書いたものに加筆訂正したものです。


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