8.我がイメージを向上させんが為の記  川村逸郎


 人,我に向いて土方と言う。人,我が高倉健,アントニオ猪木を好み,焼酎を飲する一面を持って あたかも古代九州の熊襲族かの如く見る。 されど我が真実は何人たりとも知らざりし。一見土方風,熊襲風の男の胸深く,熱き血潮の一筋の恋心のうつうつたりしを,誰が思いはかることが出来よう。されば我が胸の秘めごとの一端をば吐露し,我がイメージの向上を計らんとす。  我,彼の女の存在を知りしは,いつの日か。左様,あれは8年前のことなりき。時あたかも春,春とはいえど,現在の我が春にはあらず。「野菊の墓」を読みては,大粒の涙を両の頬に,はらはらと流せし多情多感な15の春であった。所は西海の浪静かな 内海のほとりの,空青く 澄み渡った大気の下の我が故郷である。高校入学前の開放された気分を味わんとて,映画館に赴き,その中でまさに,我は彼の女の姿を,人の背中越しに間接的に かいま見たのである。その時の彼の女のセーラー姿程,美しく清けきものを,我は以後見ざりし。以来彼の女の姿は,わが胸の奥深き所に 刻み込まれ,決して消し去ることのできない存在と化したのである。その後,我は平凡な高校生活を送り,彼の人は風の便りに聞けば大学へ進学したとの事。平々凡々たる高校時代のある朝,さっと 開いた朝刊の下の方に,まさしく彼の人のあの優しく,微笑みを浮かべた姿を 見い出した時,我はえも言われぬ笑みを浮かべ,思わず知らずに 何の為にか頭を下げたくなったことを,記憶せり。 その後,我はこの殺伐たる北九州,浪漫と言う2字のどこにも存在する余地無き所で,むくつけき 情趣と言うものを 全く解しえない輩どもと生活を共にせしが,彼の女に対する浪漫の炎は,消え去ることなくわが胸の奥深き所にて 灯り続けたのである。  あれは大学2年の春であったか,彼の女が,小倉へ来たると言う報せを 他人より伝え聞き,少々恥ずかしき感はせども,意を決して 何としてもひとめなりとも直接に 相まみえたいとの一念にて小倉まで赴けり。されど皮肉なりしは恋の女神よ。限られたる人のみし会うこと能わずとて,我はただただ虚しく建物の外より,彼の女の 肉声をば,聞き得たのを,唯一のなぐさめとて,帰途につけり。その時の気持のわびしきこと,「君の名は」の後宮春樹の気持もかくばかりと思いし。以来,我はいまだかって 直接には彼の女に相まみえること能ず。されど年を経れども 彼の女に対する想いは つのる事はあれど薄らぐこと,いささかもなかりし。わが胸のこの熱くほとばしる恋心をば彼女に打ち明くる術も知らず。ただひたすらに忍ぶ心の悲しさよ。むくつけき輩どもではあれど,友よ聞き給へ,この胸の内!!  汝の瞳の暖かさは   夜の太洋にこぎいでし漁師に 家路を指し示す北極星のそれであり。 汝の瞳の美しさは 山高く 天近き所にて 澄み切った 色濃く青き 水をたたえた摩周の湖のそれであり, 汝の瞳の愛らしさは  山深き祖母山系の谷間の道の崩れた崖に咲く黒百合のそれであり, 汝の瞳の利発さは 一見土方風 熊襲風の男に真実を見出すそれである。  我 汝に祈る。とこしえ永遠に汝の瞳の輝きを失うことなかれ。 されば我は,汝が年老いて 容色劣えたりと言えど  汝に向いて呼びかけるであろう。ただ一言。 「小百合ちゃん!!」と。 左様 彼の女とは 吉永小百合ナノダ!!  

目次に戻る