
7. 断片的なあまりに断片的な 鎌野 等
疾走してるときはね,沈潜してる自分を想うでしょう。あるいはその逆。自分のことを書くってのは,どちらでもなく,なんかこう無重力状態だね。不快にして愉快。
恥のみ多かりし4年間の大学生活で<私>とは一体何であったのか。
私,私の眼,私の耳,私の声,私の手,私の血,私の存在,私の記憶,私の死,私の反逆,私の時間,私の虚妄,私のあなた,そして私の………。そこにはまっ白い空間の中をスローモーションで走るようなもどかしさがあるだけだ。
所詮,<生きること>は死ぬまでの暇つぶしでしかない。
山頂からころがりおちてくる物を巨人が全身に汗を流して山頂までおしあげる。それが山頂にとどいたとたんに,ふたたびころがりおちる。巨人はまたそれを全身に汗しておしあげていく。またおちる。またおしあげる。またおちる。
この神話の巨人をシジフォスという,
大学に入学して以来私の思考は,まさにシジフォスであった。しかし,カミュの<シジフォス>程,悲劇的かつ不条理な英雄ではない。即ち,私は<思考>に酔っているのであって,意識に目覚めてはいない。喜劇的にドン・キ・ホーテの如き,自分の悲惨な在り方を知りつつも,無力でしかも反抗するそれであった。深化する孤立無援の思想の中で私は存在するのであった。
ぼくはでてゆく
冬の圧力の真むこうへ
ひとりっきりでは耐えられないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは嘘だから
ひとりっきりでは抗争できないから
たくさんのひとと手をつなぐというのは
卑怯だから
ぼくはでてゆく。
庄司薫の饒舌が私にあったら,言葉の遊びも楽なものだったろうに。「芭蕉って,ホモだったんですって,知ってる?」「大体ね,芭蕉ってのは忍者だったのよ。出身地から……云々。」しかし,私はウツビョウに羅ったように,泥酔することもできず,酔っぱらったふりをして,I` ll rape you!なんて言うこともできないんだ。
私はいろいろなものを知りました。そう何がタブーであるかということまで知ってしまったのです。涙が無性に湧いてとまらないこともありました。私は何もかも知ったのです。
きみはヒロシマで,なにも見なかった。なにも。
私はすべてを見たの。すべてを。だから病院,私はそれを見たの。たしかに。
ヒロシマには病院がある。どうして私がそれを見ないでいられる?
きみはヒロシマで病院を見なかった。きみはヒロシマで何も見なかった。
博物館へ4回………。
俺は殺すことで人をそして俺自身をたしかめようとした。俺の若々しい証し方は血の色で飾られた。しかし他人の血で青空は塗り潰せない。俺は自らの血をもとめた。今日俺はそれを得た。
ぼくはでてゆく
嫌悪のひとつひとつに出遭うために
ぼくはでてゆく
無数の敵のどまん中へ
ぼくは疲れている。
がぼくの瞋りは無尽蔵だ
岡林信康の「オレたちの望むものは」を聞く。ビートルズの「エリノア・グビー」に目を傾ける。ああと嘆息を尽き,煙草に火をつける。藤圭子もいいな。
ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
ぼくの肉体はほとんど苛酷に耐えられる
ぼくがたおれたらひとつの直接性がたおれる
もたれあうことをきらった反抗がたおれる
ぼくがたおれたら同胞はぼくの屍体を
湿った忍従の穴へ埋めるにきまっている
ぼくがたおれたら収奪者は勢いをもりかえす
俺はパスをうけた瞬間から脱兎の如く走れだした。走った。あと10ヤード。もう少し。しかし突然左斜め後から迫って来た者にタックルされ,あえなく倒れてしまった。あと少しだったのに。俺は全力を出し切ったのだろうか。全力を!
だから ちいさなやさしい群よ
みんなひとつひとつの貌よ
さようなら
失恋できなかったことが残念だ。春歌が好きだ。失語症の俺。酒を飲むとすぐ排尿したくなる。さまざまな私を含んだ<私>が夢を追いつつ無味乾燥した文を求めようとした。4年間の恥部という恥部にバンソウコウをはり,包帯を巻きつけて。そんなに血を見るのが恐しかったのか?大学とは何だったのか?大学とは一体俺にとって何だったんだ。断片的な,余りに断片的な思想が私の頭の中をかけめぐる。大学とは………?学問とは………。