48. ある母と子             板垣公子


 17才の朝 見知らぬ青春の海へ向って 自らの寝床を母の涙の中に おきざりにしていった若者が 今 ひきちぎれた咽喉ぼとけを押え 薄汚れてしまった旗をひっさげて 払暁の街角を行く のしかかるビルの背後に 赤錆びた空が生れ 数時間後のざわめきに 若者は野犬のように吠える 冬のある日 首をかしげた陽の光の中 馬の目の母が 若者の埋葬に横たわる 寒い夢の中で かじかんだ心臓を抱きしめ 風が生れる 花が乱れる たたんだ内股のかすかなうず疼きが 静脈を浮かせた乳房が 不規則な音をたて続ける 母は39才であった  

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