47. うそ・まこと            牛島和子


   人のことばはすべて「嘘」と「誠」に2分される。といってはいいすぎでしょうか。 嘘をつくことの方が多い人もいれば,まためったに嘘をつかない人もいます。本人は,まことのつもりでいったことばが実は嘘であったということもあるし,それとは反対に意識的に嘘をついたことが,時間の経過につれて本当のことになったという話もあります。 「人間は生まれつき嘘つきである」とは,さる有名人のいったことばですが全くだと思います。  だが,一概に「嘘」といっても悪いことばかりではないと思います。たとえば,現在この最も大きな課題が「癌」の宣告を本人にするべきか否かという問題です。学会でどのような議論が交されたか私は知りませんが,今の時点では「癌」という病気は不治の病とされていますし,死を意味するものですから本人には告げない方がいいと私は思います。しかし,それがもし自分の身に起こったとなると話は別で,やはりはっきりと宣告をしてもらった方が断然いいという人が案外多いかも知れません。私も実はそういう身勝手なことを考えるものの一人なのです。 私はときどき「嘘」をつきます。うそは楽しく,一種のゲームをやっているような気分でいましたが,最近,ある人の笑えない嘘にぶつかり,それ以来,私はうそをつかなくなってしましました。ここでよく考えてみますと,私のつく「嘘」とは「joke」であり,後者の笑えない「嘘」とはほんとうの「lie」である,ということに気づきました。  エイプリル・フールの日にしろ,日常にしろ,「嘘」はついてもすぐに見破られてゲラゲラ笑われるもしくは苦笑させるような種類のものでなければならないと思います。「うそは泥棒のはじまり」ということわざがあるとおり,一つうそをつくとその嘘をかくすために次から次へと「うそ」の積み重ねをするようになります。 前に述べたある人の嘘とはこのたぐいですが,当人はかくしたつもりでも次々とばれていき,それでも本人はどういう気か知らないがまたうそをつく。全くうそのかたまりというよりほかはありません。 こういう人はめったにいないから,みなさん,安心して話を次に進めましょう。 ショーベンハウエルが「女について」という著書の中でこういうことをいっています。はっきりとは覚えていませんが,男は生まれながらにして女よりも強い力をさずけられており,その代わりとして女は嘘をつくことを授かった。だから,か弱い女のうそは男の体力に匹敵する,と。しかし,私が男性諸君をながめてみると,力もあるし,うそをつくという欲ばりな人も時々いるようです。が,一般にはやはり,男性の方がうそをつく比率が少ないように思われます。 私は2,3年前,とてもつらい「嘘」を経験しました。一つは前に述べた「癌」の宣告をしなかったこと。父を癌でなくした時は,そのつらい嘘が身にしみました。それ以上に母が一番つらかったであろう,と思い出すたびに胸がつまってきます。 もう一つの嘘は,主人が会社を辞め,家でブラブラしていたころ,実家の母が心配するといけないからと思って毎日元気で勤めていますというようなことを云っておりました。こういうつらい嘘をついているときにかぎって,大した用事もないのによく電話がかかり,近況をきかれるので,私は「変わりない」というたった一言をいうたびに身をきられる思いでした。 その嘘は約3ヶ月続きましたが,何かの拍子にばれて,皆から大そううらまれたり(どうして相談しなかったかと),同情されたりしてつらい思いをしたことがあります。 やはり嘘は悪いものであることの方が多い,生まれてから死ぬまで一度も嘘をつかなかったという人はおそらくないでしょうが,私は一生のうちで出会った「うそ」を最小限にとどめたいと思っています。そのかわり, joke は大いにとばしましょう!!               

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