44. 新入社の思い出           佐々木昭士


   「さて,MS(電気雷管)と桐と松(ダイナマイト)を使って,心抜きで一度に………」 「心抜きは3本いや5本」 「最小抵抗線は……Hauxerの公式でと,岩石係数は………」 これは大学出たての新入社員が「1,2抗を連結して既存の運搬施設を合理化する案を作れ。」と課長に命ぜられ,「好きなようにやって良いよ」と言われたものの資料を見せて貰えず殺風景な独身寮の一室で試験勉強まがいの独白である。本箱の中にある専門書は勿論,ノート,プリント総動員令をかけてあっちこっちと捜してはメモ,捜してはメモ,同僚達は夕食後の散歩で1杯2杯と杯を重ねているに違いない。畜生!! 火薬係数は一つにしてくれよ,最大と最小は二倍近い違いだ。何故神は岩石を均一に作りたまわないのか。あちらこちらと当りちらしてやっとでっち上げた装薬量,やれやれと製図したさく孔計画図に込め始めるとあらあら不思議,火薬長がさく孔長より長い。又やり直し。かくして計算尺の中尺とスケールは再度往復開始。 真に馬鹿と言うか。あはれというか坑道と積込み施設予定地の開さく計画に三晩もかかり申した。 新入社員出来たての計画案の一部に御満悦で係長に下検分とあいまった。係長,学歴こそ尋常小卒なれど経験と記憶力では抜群の通称「メモの××」,頭を下げて実はと提出した計画書を一見して天を一動,「大学の計画はさすがにきれいだ,うん,火薬は一寸少なめに二割増だ。こんな孔はくりやせんよ。彼らは好きに掘るさ」 ガタガタと頭が下がって行く,新入社員の計画書は一体何なのだ。三晩は徒労だろうかと心中真に波高く,今一度横波あらばと………… そこで,係長チョイチョイチョイとメモをしたため 「君これで,大学のほどきれいじゃないがね。はっはっはっ………」 渡された紙切れには見事計画草案が書かれている。かくして,計画書の中心は係長の御手によると数分で仕上げられた次第である。新入社員赤面の一席をかくして計画書なるものは一月余りで誕生したが,専門の開さく計画でこの始末,まして運搬施設,照明,動力、排水と枚挙に暇のない苦渋の末やっと仕上げた。 最後に課長の手許で「君,人件費が安いよ。これは特別工事だ,手当がいるよ!! 五割増しだね。」 かくして,新入社員の計画書工場課長会議提出時には見事主要図面だけは無傷だけ予算はなんと二倍近くの高騰ぶり。最後に課長曰く「骨は残ったね。」 ああやんぬるかな。

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