
27. 完全なる馬鹿 松野陸二
私がこの世に生を授かって22年。その大部分を過した学園生活。その間,私は何を体験し,何を会得したのだろうか。
私は馬小屋に生まれたキリスト同様ある運命を背負って牛小屋に生まれた。その運命のいたずらがあるときには私を悲しみのドン底に突き落とし(迫害,差別,軽蔑)又あるときは私に光明を与えてくれた(忍耐力,向学心,夢をなくしてまたひろい明日は咲こうとする心)。特に馬鹿話は私の奥底にある苦しみに和らぎを与え,同時に生きる喜びを与えてくれた。構造力学や何よりも私にとって馬鹿さ加減は生涯重要なことだと信じている。
そこで笑みをさそう身近な例をいくつかあげてみたが,読者にわずかでも心の和らぎを与えることができたなら幸いである。
金欠病 ―――
のみしらみ音になく私の虫ならば
我ふところはむさし野の原 (良寛)
禁酒 ―――
ある夜,茶碗でグイとひっかけているところへ友だちが来て,「貴様,禁酒したという話だったが。」「そうさ。事情があって1年の禁酒を誓ったが,2年に延ばして昼の間だけやめ夜はお許しとした。」「どうせ延ばすんなら3年の禁酒にして,夜も昼も飲むがいいや。」 (江戸の小話)
落馬 ―――
「八や。お前どこに行ってきたんだ。」「おお,上野へ花見にいって来たのよ。」
「桜はどうだった。」「もういけねえ。花はみな落馬する。」「これ,お前よほど無学だなあ。落馬とは馬の死んだことだ。」 (江戸の小話)
彼女 ―――
「いよいよ一人前の看護婦さんですね。ひとつ病気になってあなたのこころの病院に入り,あなたのような可愛い看護婦さんの看護を受けるのだったら病気もまた楽しいのではないかと思います。」 (三助)
出産祝い ――
赤んぼうが生まれたそうでお目出とうございます。しかも男の子だそうで,尚更結構です。名前はまだつかないんですか。1月2日に生まれたから正二はいかがですか。安々と生まれたから安丸(ヤスクウマレル)ではいけませんか。双児かと思ったら一人だから一人(カズト)はどうです。大分待ったから長松は変ですか。高田老松町で生まれたから高松ではおかしいですか。」 (漱石)
美人――
「4人とも然る美人である。このシカルベキ4美人が,目刺の如く並んだ寝姿を私は寝台から否応なく見なければならんのである。ゲニゲニ人格者にはなっておくべきである。」 (珍々丸)
裸――
病みつきの賭奕で裸になり,しょうことなしに二階に上って寝てみたが,裸では寒くて寝られない。おいおい。何か掛けるものはないか。」下で女房が「そこらに折れた釘があるじゃないの。」 (江戸の小話)
結語
よき人のよき笑いは,困難を軽く処理し,問題を簡単にして人の和を計り,一日の生活を明るくして人々に希望をもたらす。