
2. 真夜中の電話 内海章光
"こんな遅くに電話をかけてごめんね,
寂しくて眠れないんだ…………。"
故郷への定期電話
懐かしい母の声,元気そうなので安心する。精一杯母にゴマをすりながら,俺の全神経はその声から母の機嫌を推し測る。今夜は大丈夫。うまくいきそうだ。そう判断するとおもむろに本論に突入。最近,実験が忙しくてね遊ぶ暇もないんだ。""そう,余り無理をして身体をこわさないようにね。""ところで………で少し送って欲しいんだけどな。"これで用済み,じゃあバイバイだ。だけどこれだけ本を買ってたら今頃俺の部屋は本で埋まっているよ。
以上,夜間,広島,3分以内で84円也。
悪友への電話
無表情に受話器を取り上げ,これまた無表情にダイヤルをまわす。"あの―。Aを呼んで下さい。"" ………。""オッス!まだ生きてたな。""何だ,お前か,アホらしい。"こんな調子で始まり,"うまくいってるか。""まあまあだね。お前は?""………でさ………でよ………だった。フッフッフッフッ…………""フザケルナ"最後は,"いっちょうくりだそうか。"でとまる。思えばこの4年間,友達には恵まれず,ロクな奴と付き合わなかった。後悔の念に駆られつつ無表情に受話器を置く。
電話番号"261"
この受話器には,いろんな人が電話をかけてくる。"モシモシ,出光先生の研究室でしょうか。""ハイ。そうですけど,どなたですか?""N公団のTと申します。"先輩からこれだけ丁重に話しかけられるのは悪くないものである。
"小倉の 書店ですけど,Kさんの注文されました本が入りました。"ヘェー,彼結構勉強するんだねー。
"あのー,Mさんいらっしゃいますか。""今,風呂へ行ってますけど何かお伝えしましょうか。""それでしたら,会社の方へ電話をしてくれるよう言って下さい。"ハイハイ,またHさんからの電話,これこそ全く最もイヤな役。ときには,先生の留守を見計らってコソコソとダイヤルをまわす奴もいる。何せ,ここからかければどこへかけようとタダなのである。
彼女へのラブコール
ダイヤルをまわすこの手のもどかしさ。可愛い声で"遅いわ,もうかけてこないかと思った。イライラしながら待ってたのよ。"ところが彼女が夜遊びをしていて不在の夜はこうはいかない。意に反して母親の声,途端に甘い夢は破れる。なるべく好青年に思われるよう"夜分,恐れ入ります。僕,Uと申しますけどT子さんお帰りになってますか。"歯が浮きだしたくなるほど丁重に挨拶してペロリと舌を出す。"何か御用ですか。"とさらに厳しく追及されるともういけない。まさか"お宅のお嬢さんと明日デートしようと思って………。"等とは言えないのである。
この電話には最近一つ障害が出来た。公衆電話でかけていると,すぐに野暮なブザーが聞こえてきて情け容赦もなく二人の仲を裂いてしまう。冷たい受話器に物の哀れを解せよという方が無理なのだろうか。
近い将来,テレビ電話の時代がやってきたら彼女への電話には,また一つ大きな楽しみができるだろう。そのときには俺のラブコールは必ず真夜中の電話になるだろうが…………。
"…………こんなに君を愛している僕に
君の可愛い声を聞かせてね."