Mobile:2001年のPDA事情

◆Palmの雲行きが変わってきた◆

2001年の上半期、それまで快調に突っ走ってきたPalmやVisorの経営が苦しくなったことが伝えられた。確かに次世代機種が思ったほどのペースで出ないし、ユーザの求める高機能化に対応しているように見えないのだが、実はPalmユーザは「自分の望む機能を、自分でソフトウェアを選んでいく」ところに歓びを覚えるわけで、そのこと自体はあまり問題ではないのだと思う。

ただ、ある程度、需要が一巡してしまうと、がんがん売れなくなる。言ってみれば、PDAというのはまだパーソナルコンピュータと違い、ニッチな市場だ。もちろん、今後延びることを証券アナリストらが予測している分野だが、まだみんなが使うところに至っていない。ノートで十分という人も多いし、日本では携帯電話がおそろしく普及している。

Palmの発展も、メモリがある程度潤沢になり、小幅な速度向上が行われ、スケジューラやアドレス帳として使ってきた人にはじゅうぶんな性能が実現されてくる。つまり、今まで「次はメモリがおっきいんですよ!」などと言いながら順当に買い替えてきた人々も、そろそろ落ち着いてくる頃だ。
そして、これは、Macintoshなどが今まで経験してきたことだ。

拡大路線を突っ走れると思っていた経営陣と、そうでないユーザの間の齟齬が生じたわけだが、Visorはともかく、Palmは一時、深刻な状態に陥ってしまった。
これも、Macintoshなどが今まで経験してきたことだ。(くどいって)

安くなったPalmマシンはそれなりに売れているようだが、ひとまずOS会社とハードウェア会社に分離し、OS会社は買収したBeOSを母胎に次世代製品を開発するという。BeOSは軽くて面白い製品だ、うまくいってほしい。

◆Microsoftの鼻息◆

一方、Microsoftの鼻息は今までにまして、荒い。

けなされ続けたWindowsCEも、PocketPCとして再生してきた。iPAQ人気が大きかったのかもしれない。最初の版が出て以来、WinCE 3.0まではぱっとしなかったのだ。これをHandheldPC用(小型のキーボード搭載型端末)と、PokectPC(Palmキラー)の2系列にはっきりと分化させ、単なるPCコンパニオンでなく、単体でも使えるものへと変貌させた。そのPocketPCにCOMPAQが乗り、軽くてかっこいいマシンに仕立て上げた。日本では東芝も気合いの入ったマシンを出してきた。

今回も三度目ならぬ、四度目の正直だ。PC用のWindowsが3.0で人気を高め、3.1から普及し始めたのと似ているか。PocketPC2002からは、東芝だけでなく、NECも加わり、富士通まで出す予定がある。日本の主要メーカーの揃い踏みとなるわけだ。
毎度のことながら、この会社の粘り強さには驚くべきものがある。

Palmが弱くなるスキに、PocketPCの仲間を増やして普及させて・・・なんだかNetscape Navigatorのシェアがじわじわと落ちていく時のことが、思い出されてしまう。

ただし、だ。PocketPCと名乗ったマシンを初めて店頭で触れた時、私はちょっと驚いた。CASIOのマシンだったのだが(そして、それはSharpのZAURUSキラーの期待を担っていたのだが)、搭載されているソフトウェアの空気や動作に、デジャヴュがあったのだ。

Newton MessagePad

たとえば、起動時に、ユーザ登録をしたり操作のガイドを行うソフトウェア。タッチペンで行うタップ動作(パソコンのマウスクリックに相当する)のガイド、それを修得させるのに最適なユーザ登録操作画面など、コンセプトがすごくよく似ている。
ダブルクリックをしなくて済むようになり、簡素な操作にしたところも、特にそのような印象を生むのだ。

さらに、CASIOが添付したオリジナルの名刺ソフトなど、そっくりとまでは言わなくても、非常によく似ている。

そう言えば、AppleのNewtonチームにいたメンバーで、Microsoftに移籍したメンバーもいたはず。

もしかして、Newton MessagaPadの夢は、PocketPCで開くわけ?

◆PDAというもの◆

PDA、すなわちPersonal Digital Assistantは、AppleがNewton MessagePadを出した時に始まる。それまでは電子手帳、Electoric Organaizerなどと呼ばれていた製品に対して、通信が可能で、テキストや図や音を無造作に放り込んで活用でき、そのためにインテリジェントな操作体系を持つもの、という位置付けだった。
だが、Appleが最初にPDAを投入した1991年は、インターネットもまだ普及以前であり、パーソナルコンピュータの普及率も今ほどでなかった。早すぎた、としか言い様がない。

結局、機能は低くても速度で勝るPalmに負け、AppleはNewton事業をたたんだ(大好きだという人も多かったが、事業として成立するかはまた別だ)。その市場はPalmへと移った。日本には古くからザウルスがあったが、横型に固執してPalmに市場をとられると、2000年に縦型で非常に高機能なMI-E1を投入、市場を回復していく。

そこへ食い込みたいMicrosoftには、旧Newtonチームか、それに関連した人がいる。なんというか、皮肉なものだ。Newtonは元々高機能を試行してハードウェアが追い付いていなかったが、最近になってそれを払拭できる環境が整ったと言える。

PDAの今後を考えると、通信がまず挙げられる。Palmでインターネット接続をするには、ある程度の予備知識が必要だ。本体の機能は軽くしてあるため、通信機能は自分で追加する必要がある。つまり、ユーザが自分で携帯電話/PHS/モデムなどを選択して、自分でソフトウェアをインストールしないといけない。SONYのCLIEはこのあたりをクリアしている。
ザウルスもそれをクリアしやすい環境を作っているし、PocketPCも同様だ。この2つは高機能指向であり、元々インターネット接続を考慮に入れている。

しかし、もっと先を考えると、第3世代以降の携帯電話がPDA化していくことも考えに入れる必要がある。単体の携帯電話にBluetoothを搭載し、PDAと無線接続することを夢見ている方々も多いはずだが、それは30代〜40代のパソコン世代が中核ではないだろうか。むしろ、一体化されたPDAのほうに人々が流れる可能性も高い。

無線の世界は、政府や通信事業者(NTT DoCoMoのような携帯電話会社のこと)が力を振るう世界であり、ここは政治原理が大きく動く。メーカだけでは話が進まないし、政治が事業の方向性に色濃く反映される。通信事業者が許可を出さないと接続もできないし、日本では商品自体も通信事業者が行う。
そして、個人の嗜好から行動から通信パターンもすべて含めて、マーケティングデータとなり、その売買ができる人々とできない人々にかっきり分離していく可能性がある。(というか、もうとっくにそういう方向を目指して走っている。)

情報機器は、パソコン以上にpersonalな部分を持ちにくくなる可能性がある。そうして、PDAは相変わらずニッチ市場のまま、ということも考えられる。

Palmはこういう市場を相手に製品を開発するのか、それとももっと多くの人々に使ってもらおうというのか。他の会社はどうなのだろうか。

そして、何よりユーザはどういう世界を望んでいるのだろうか。


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