パーソナルコンピューターの
来し方、行く末

1997年の今、Macintoshについて考えてみる


「パーソナルなコンピューター」という夢

ちっぽけなチップと、BASICなどの開発言語をまとめて、 パーソナルコンピューターとして、最初にパッケージングして 売り出したのは、確かにApple社だった。

70年代後半、当時のミニコンに比べてもおもちゃのようなCPUを用いた、組み立て式のキットが出始めており、専門家は何もできない マシンだと取り合わなかったのを、一般の科学マニア達が興奮して 買い求め、そこに80年代以降の未来を見い出していた。自分で コンピューターを所有できるという喜び、それが発展したらどう なるだろうかという夢。

こういうマシンに対して、BASICインタープリターを提供して、 ソフトウェアがビジネスになることを見い出したのは、Bill Gates だった。逆に、天才技術者Steve Wozniakを得て、マシンとソフトの両方をパッケージングして、パーソナルコンピューターという概念を 確立するSteve Jobs。現在の「パソコン」が普及する、土台を作った 男達だ。

特に、個人の所有できるコンピューター、という概念をきっちり 打ち出したのはJobsだったかもしれない。それが、個人の力を いかに増幅するか、という発想をしっかり持っていたのも、Jobsだったかもしれない。Gatesはプログラマブルということに魅せられて、そのことの面白さと便利さがビジネスになると考えた男だったし、Wozはエレガントなマシン設計が仕事になる喜びを見い出した男だったが、Jobsは彼らと違って、パーソナル コンピューターという概念自体に、独特の価値を見い出していたのではないかと思う

「パーソナル」コンピューターの「オフィス」での発展

80年代に入る。パーソナルコンピューターは急激に動き始める。 Apple II の全盛、IBM-PCの誕生とGatesのDOSへのこだわり、 ビジネス市場でのAppleの低迷、Macintoshの誕生と苦戦、 Jobsの追放劇、LaserWriterとカラー化によるMacintosh蘇生、 その後のMac対IBM/Mac対MSの構図…こんなことは、たくさんの雑誌や 書籍に書かれているから、繰り返さない。

しかし、たった1つ繰り返したいのは、Jobsは自分の思い描く 概念やデザインにこだわり、オープン・アーキテクチャだったAppleIIに対して、Lisa/Macintoshをクローズ・アーキテクチャにした点。

彼にはかなり確固とした「パーソナル」という概念への 固執があり、コンピューターは計算の道具だけではなく、 文を書き、絵を描き、そうした作品群を他人と共有してコミュニ ケートして、といった頭が当初からあったに違いない。 "Computer, for the rest of us"という詠い文句は、多くの人が 何度も繰り返し、Macintosh community とまで呼ばれた。

 

その一方で、IBM-PCという名前も、まさにパーソナルコンピュータ だった。もっとも、それはオフィスの表計算と文書化の道具として 普及した。IBMの場合、「個人のためのコンピュータ」ではなく、 「1度に1人だけが使えるコンピュータ」であり、それをオフィスに導入して、汎用機ではこなせない業務をこなすための道具だった。

しかし、いったんオフィスでその利便性に触れた人々は、 それを個人所有するようになる。個人事業者が、オフィスだけでなく、 自宅にも置くようになった。残業を持ち返ったりする人々が出た。 さらに、アメリカのような税金の申告をすべて個人で行なう国では、 めんどうな税金申告を楽にするマシンとして、年に1度の大騒動を 鎮めるために普及したりした。仕事で使ううちに、やっと本当に 「パーソナル」に所有されるようになった

もちろん、Jobsが考えていた、さらに以前にAllan Kayが構想したような ものとは、まったく違ったものだったろう。でも、パッケージング がはっきりしない、オープンアーキテクチャの半完成品だったから こそ、様々なオプションの組合せや追加が可能であり、それゆえ多くの 人々の依頼に答えることができた。また、プログラマブルであること にこだわるGatesとそのブレーン達により、常に様々な開発言語が搭載され、できるだけ楽に開発できるような製品が生み出され続け、 ちょっと飲み込みのいいユーザーが勉強すれば、自分の業務用ソフトを書けるような環境が生まれていった。

この点は、実は重要なのだ。プログラマーよりも、ある業務の専門家が作ったソフトの方が、当該業務を行なう人々にとってはより便利な ソフトが手に入る確立が高い。そして、実際にそうなったからこそ、 様々な業務用ソフトが噴出するように生まれた。

ハードの安価さ、様々な組合せを許すルーズさ、プログラマブルな環境、詳しいユーザーがいれば常におこぼれに預れる状況。こういったことが、雪だるま式にシェアを伸ばしていくことになった。 ここにはパーソナルということよりも、とにかく便利になりたい という貪欲さがあり、それをかなえる世界があったということだ。業務の世界はこの路線で溢れかえっていった。

 

それゆえ、Macの世界は常に「クリエーター」の世界だった。 面倒なルーチンワークを抱えなくても済む人々、突発的な企画を常に抱える人々、そのような企画を書類にして取引先を説得しなければならない人々。そんな人々は、会社の中でも5〜10%程度、社会全体でもその程度なのかもしれない。 その意味でMacのシェアは、社会状況にふさわしい数字が続いていたと いえる。

パーソナルコンピューターの拡散

そして、90年代に入り、パーソナルコンピューターがそこそこの普及をした今、時代はインターネットを中心に動いている。 インターネットは個々のネットワークをいもづる式に連結して、 全世界をぐるりとめぐるネットワークに成長した。今ここにいて、 ちょっとした操作だけで、目の前に様々な情報が現れては消えて いく。

「パーソナル」であることにこだわっていたコンピューターは、 むしろネットワークで積極的に接続する方向へと舵をきり始めた。 自分が所有するマシンを、サーバー化する。あるいは、サーバーと契約して、自分が公開したいデータをサーバーに置く。そして、常に 誰かに向けて何かを公開し、返ってくる様々な反応からさらに、 交流が起きたり、公開する内容を発展させたりする。

DOS/Win3.1までは、標準となるネットワーク・カードなどが確立 しなかったこともあって、PC互換機系列のマシンはサードパーティ の力によらなければインターネットに接続しにくかった。この反省 から、Windows95では当初からインターネットも含めたネットワーク のサポートが行なわれるようになり、インターネットが弱点といわれたWindows系列の汚名を返上しようとした。便利なものはなんでも取り込む、 Gatesの面目躍所といったところか。

こういったことは、一見Macintoshに向いているように見えるが、実は そうでもないのだ。「パーソナル」であることにこだわっていた Macは、簡単に知人や事務所内での情報交換をするのに向いた LocalTalkは備えていても、不特定多数との接触はあまり考えられて いなかった。LocalTalkを通じて、UNIXサーバーなどにアクセスする ことで、当初は確かにクライアント・マシンとしての安定度は あった。しかし、パフォーマンスが決して高いとは言えない上に、 ハイパフォーマンスの接続手段であるOpenTransportの投入に かなり苦労した(バグだらけだった)ため、印象を悪化させてしまった。 さらに、サーバーとなるべきマシンはどんなことができるべきか、 という問題に非常に不慣れな面もあり、この点で古参のUNIXや新興の WindowsNTなどに遅れをとっている。

そう、時代はむしろ、ハイパフォーマンスでネットワーク指向の WindowsNTやUNIXへと流れており、そのクライアントとしてなら、 安価なWindows95を選択する、という方向へ流れてしまった。 この兆候は90年から見えており、しかし、熱狂的な固定ユーザーを 抱えたMacintoshは、逆に変貌が難しくなっていたのだろうか。 いってみれば、時代は「パーソナル」を終えて、「ネットワーク」 即ち「パーソナルコンピューターの拡散」へと移っていって しまった。

Macは「パーソナル」な仕事になりがちな、グラフィック・映像・ 音楽関係のクリエーターらが、コンテンツ作成のために使うことが中心になりつつある。最初からネットワークを内蔵していたMacだが、時代にあわせた方針変更が遅かったがゆえの悲劇か。

拡散の後に来るもの

そして、Windows自体も、この「パーソナルコンピューターの拡散」 から逃れられないだろう。

マシンをどんどん速く安くしても、もう昔の上り調子のようには 売れない。同様に、どんどんソフトを拡張しててんこ盛りにしても、 もう昔のように売れない。そこそこよければ、それでいい。むしろ、 ワードプロセッサー、表計算、データベースなどの諸機能を含めて、 「読み・書き・そろばん+諸整理」を簡素に扱うための機能、いわば、 コンピューター・リテラシーはどうあるべきかが、むしろ問われる ようになっている。また、そのような機能を移動中でも自宅でも、 どこでも使えるほうがいい。さらに、自分のマシンになんでも 情報をためこまなくても、サーバーに接続すればとってくることが できるほうが効率もいい。Gates自身はそのようなユーザーは少ない、みんなパーソナルコンピューターに必要なものを詰め込んでいると言っている。しかし、どんなにそう言い張っても、現実がそういう方向へながれているし、 したたかな彼はきっと対処をする。

NetPCや情報家電、モバイル・ブームなどは、いわばこういう路線が 自然に現れたものだ。かつての「パーソナル」なものは、むしろ手帳や大学ノートのサイズにおさめて常に携帯し、デスクトップやネットワークなどにある、濃い専門的な情報との連携をいつでもとれること が大事になっている。安いデスクトップと、サブノートPCがよく売れて いるのも、この方向があるからだろう。

このような方向では、Macintoshも活躍の場はあるが、MacがLibrettoほどの小さな(使いにくさを承知の上の)マシンを作るとは思えないし、そのLibretto自体発展途上である。実際、小さなMacはかなり無理が出るだろう。逆に、Newtonや Zaurus、WindowsCEなどを徹底的に発展させる路線も続いており、こちらはノートPCなみのことができるようになってきた。 小さなマシンとノートPCの領域は、限りなく近付いてきて いる。

一連の流れが起こることに気づいてきた企業は多く、実はApple社もその 1つではあるが(でなければNewtonを作らなかっただろう)、実をなかなか結んでいない。インターネット、それに伴うJavaの普及後、 やっとこの流れが結実しつつある。みんなが「パーソナル」だけの時代では ないことにやっと気づいた、その起爆剤が、インターネットとJavaだったと言っていい。逆に、それ以前に出た路線は、成熟する 前に中途半端になってしまいつつある。

 

Microsoftは、Windows95を出すまではかなりの勢いがあった。 Macintosh不要論と、Windows95未成熟論が出たが、数字的に 圧勝したのはWindows95のほうだった。しかし、その後の路線 というか、コンセプトがくっきりと出てこない。

Microsoft自体も、いわゆる「パーソナルコンピューター時代」の 終わりが見えており、WindowsCEを使ってROM化したOSで家電を指向したり、 サーバー向けの大規模OSを考えたりしている。その一方で、 NetPCを前にして、JavaOSを普及させず、Javaを単なる開発言語に位置付ける ために苦労しており、現在の路線を穏やかに延命して時間を稼ぎ ながら、次世代技術と方針を見定めつつ、開発資源の布石をしている ように見えてくる。

一方で、Jobsが復活したAppleは、ここへきて、原点回帰の様子を見せている。 Macクローンを排除してOSライセンスをこれ以上増やさないようにし、 Macintoshが一番最初にとっていた、閉じた開発と経営へ戻るつもりに 見えてくる。

 

JobsはAppleを追放されてNeXTを興した時、ソフト開発の容易さと、高速ネット ワークの意義深さを問い続け、UNIXを中核に据えた。しかし、それは なかなかうまくいかず、むしろPixar社での事業が当たっているくらいだった。時代を読んでいたはずのJobsは、逆にちょっと早かった だけに時代に裏切られ続けたのだが…Appleに戻ってからの一連の動きは、時代への逆行なのでは ないか。

それとも、ここまでコンピューターが普及した今度こそ、本当に パーソナルなコンピューターの時代が来る、と読んでいるのだろうか。 確かに、Macintoshの当初の形であった「本体+MacWrite+MacPaint」 というセットと似た内容のマシンは、様々なメーカーから小型化されてよく売れ始めている。ノートPCしかり、PDAしかり…。 しかし、それはパーソナルコンピューターのような大げさな仕掛けなどもういらない、という発想から売れ始めているのだ。

パーソナルコンピューター、とりわけMacintoshに関しては、 本来のコンセプトから大きく外れて、高機能と貪欲な利便性を 採り入れつつWindowsと競い、そのために疲弊を起こしている。 いったんここまで大きくなったMacintoshを、簡素で扱いやすく、 互換性を保った上で、今後もソフト的な拡張性を保たせるのは、 非常に難しい。だからこそ、MacOSの次が求められ、現在のMacOSは歴史的な役割を終えて、静かな老後に 入りつつある。

NeXTとMacの融合したRhapsodyが、本当にWindowsNTや他のUNIXに 対抗できるのか。そのような用途に適する、オープンアーキテクチャ の、豊かで速いマシンを、本当に提供できるのか。それとは逆の方向で、 もっと簡素で可不足のない、ソフトと一体になった小型のマシンを提供 できるのか。

しかし、今Apple(というよりも、Jobs)がやっている互換機排除路線も、 Newton(これこそ、当初のMacのようなマシンだったではないか!) の分社化も、明らかな流れへの逆行だ。

 

パーソナルコンピューターの拡散が、今の業界全体を塗り変えつつある。 Jobsが本当のところどう考えているかわからないが、彼はそこにあえてこだわり、本来のパーソナルなコンピューターの復権に挑戦しているように見える。そんな人がいるのは、確かに面白い。ただし、ナポレオンの復活は、100日天下だった。

もちろん、歴史は時計の針が進んでみなければわからないし、 必ずしも「歴史は繰り返す」とは限らない。しかし、今のままなら、 Macintoshというアーキテクチャは、その個性を必要とされなくなり、 解体されていくように私には思える。もちろん、Macintoshのもたらした 精神は何らかの形で継承されていくだろうが。

 


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