洛北・極私的概略

 

洛北のイメージ

洛北は、有名観光地を数多く含む洛東・洛西とはかなり異なる側面を持っているように感じています。

洛東は、東山の麓として、雰囲気にある種の一貫性があります。繁華街と接触しているエリアが非常に大きく、そこからわずかに東山に逸れた、自然と人間界とのせめぎ合う場所に、多くの観光地が存在しています。その北側はまさに比叡山麓の空気を背負っています。洛西はと言えば、衣笠山から西へ伸びて嵐山に至るゾーンは繁華街ではない分、東の賑やかさとは対照的な、穏やかで広々とした空気がありますし、小倉山を背にする嵯峨野あたりもひなびて空が広い雰囲気はいくらか共通しています。もちろん高雄あたりの山中はまた違いますし、洛東・洛西のいずれも、各スポットごとに違うのは当然ですが、「洛東」「洛西」というイメージから得られる空気は、比較的イメージしやすい。

そこへいくと、洛北は各地域ごとにまったく違う顔になると感じています(洛南については、そちらで改めて)。スポットごとに、まるで別の場所になり、洛北という一言ではくくれないものがあります。

私個人の好みとしては、大徳寺周辺、鞍馬山、大原は割合足が向きやすく、他の地域はそう頻繁に訪れてはいなかったりします。

大徳寺周辺、鷹峯、文化ゾーン

大徳寺のあたりは、紫野という美しい地名を持っています。実際、水田や野原があったわけですが、今は市街地になっているのは周知の通りです。ここに、多数の塔頭を伴う寺町を形成しているのが大徳寺です。北大路の北側に、白壁に囲まれた広大な寺が建ち並ぶのは、妙心寺と双璧、なかなか圧巻。

塔頭で常時公開は、大仙院龍源院瑞峰院高桐院の4つ。他に、特別公開が季節によって行われることがありますが、毎年内容が違います。また、大徳寺本坊は、京都観光バスのコースでのみ見学できます。行く前に、JRや京都市観光局の出す情報をチェックしておいたほうが、コースを組み立てやすくなります。

ここは、壁の中だけで完結してしまう観光スポットでもあります。もちろん周辺には、二百年以上の歴史を数える老舗がありますが、それらを含めても本当にこの周辺だけがぽつりと不思議な風格を漂わせ、それに惹かれて人でにぎわっています(にぎわうといっても、南禅寺周辺の比ではなく、もっと静か)。大徳寺ゆかりの一休禅師が、当時の型破りなカリスマ型文化人だったこと、お茶で栄えたことなどから、壁の中に突如、文化ゾーンが保存されているようなイメージ。

こういう場所なので、バスでやってきて、バスで次に移動するほうが楽でしょう。北大路を西へ進めば、金閣寺に至りますので、禅寺散策という手もありますね。なお、大徳寺の近くには今宮神社(あぶり餅とやすらい祭りで有名)があります。

その今宮神社から北西へ進み、徒歩圏にぎりぎり入るのが、鷹峯のあたり。そうは言っても、千本通りをかなり歩きます。

鷹峯は江戸期の文人達が集った芸術村として有名。その名残が光悦寺として保存されています。周囲には源光庵常照寺などがあります。ここまで上ってくる人は少ないので、比較的空いているコースになります(特に真夏、真冬は)。

上賀茂神社と北山

大徳寺より東、上賀茂神社より西(つまり、大徳寺と上賀茂神社の間)に、小さいながら鋭い意匠で有名な正伝寺があります。住宅や畑のあるところに、ぽつんとある小さなお寺。庭はつとに有名。

上賀茂神社は平安京以前から祀られている古い神社です。さらりと一周するだけだと短時間になりますが、境内の広さと、神殿周辺の空気感の違いは独特で、真剣に見れば1時間以上かかります。

東へ進むと太田神社京都民族博物館。南へ下ると、京都府立植物園に辿り着きます。植物園に面する北山通りは、植物園がデートコースであることや、ノートルダム女子大が近いことなどもあり、ファッション・雑貨の店やカフェが並んでいます(以前は畑の真ん中に現代的な建物が突然出現して、シュールな光景だったが、最近はビルが増えて気にならなくなった)。

また、上賀茂神社の入り口から、賀茂川に沿って下る案もありますが、私は未経験。この道でも植物園に辿り着きます。さらに南へ下れば、下鴨神社です(かなり歩きます)。

総じてこの一帯は、上賀茂神社が突出した聖域で、南へ下ると京都の典型的な市街地になっていく印象。

下鴨神社は京都繁華街の北端

下鴨神社は、上賀茂神社同様、平安京以前の神社。上賀茂からはだいぶ離れていますので、セットで廻るなら時間配分を考えたほうがいいでしょう。賀茂川(上賀茂から流れてくる)と高野川(比叡山の方から流れてくる)が合流して、四条大橋の下を流れる鴨川へと至りますが、この鴨川の合流地点に建つのが下鴨神社。平地に突如現れる、こんもりした森です。

下鴨神社の南の突端は、京阪本線の北端、出町柳。また、ここを西に進むと、同志社大学、その北には格式高い禅寺、相国寺がそびえています。鎌倉時代から室町時代にかけて、多くの禅僧が学んだ寺としても有名。

このあたりは、部外者が「洛北」という言葉から受ける「北側のやや山寄りの地域」という印象はなく、京都の市街地です。ただ、洛中の範囲が想像以上に小さいことは、地図をみるとわかります。たとえば、繁華街の四条河原町あたりから川端通りに沿って北上すると、終端に下鴨神社が登場して、ここで空気が変わります。京都の地の空気が少しだけ見える感じを受けます。

鞍馬〜貴船

一転して、山です。出町柳から叡山電車でのぼり、終点が鞍馬、終点の一つ前が貴船。鞍馬から入って貴船に出るコースと、貴船から鞍馬山に入るコース。好みで選ぶところでしょう。

鞍馬山はお寺だけでなく、自然科学館があり、このあたり一帯の特徴ある生態系に関する資料も見ることができます。お寺への参拝もありますが、山自体が興味深い場所です。鞍馬駅から山頂の金堂へ、さらに山を下りつつお堂巡りをすると、すべてを味わうことができます。

鞍馬山を下り切ると川が見えてきます。この近くにある貴船神社は、参拝しやすい現在のお社と、奥宮があります。奥宮は、他にない不思議な気を秘めたところ、純粋な気を発していて、静かな気持ちで行きたい場所です。通常は、夏などに川床料理を味わう避暑地として有名ですが、個人的には避暑として行くなら、料理旅館にさらりといってきて、とんぼ返りのほうがいいような印象を受けます。

セットで廻ると、鞍馬の陽、貴船の陰、というイメージもありますが、貴船は水が近く、実際に水の神を祀るから特にそのような印象になるのでしょう。どちらも、他ではまったく味わうことのできない場所であり、寺社名跡を写真に納めるだけでなく、場所の空気を味わって帰るところだと思います。

鞍馬山に行くなら、天候が悪い日や、その翌日は避けるほうが無難。ヒールや、足底の堅い革靴も避けるほうが無難。比叡山より歩きにくいです。

岩倉のあたり

実観光で訪れる人は割合少ない方でしょう。関西在住者が、人が少ないのでデートで使うのでしょうか、混雑していないのに、出会うのはカップルばかりという経験、あり(たぶん、エルマガなどに特集されたのだと思う)。

岩倉を観る際は、まず実相院。宝ヶ池の北、バスで少しいったあたりにあります。東山天皇の御殿を移築した建物、狩野派の襖絵、蹴鞠に使っていた庭など、寝殿的な様式と、桃山文化の広々とした空間性とが同居したお寺。

実相院からバスで南下、妙満寺から円通寺へと廻るのが定番でしょうか。妙満寺は特に訪れる人も少なく、非常に目立つ仏舎利塔の他に、静かな枯山水も落ち着きます。ただし、ここでのハイライトは比叡山借景が一番きれいに見える円通寺の庭でしょう。タクシーの案内なども拒絶されるので、一人でじっくり廻るのが好きな方はまさに落ち着いてゆっくりと鑑賞出来ます。

ここは総じて、宝ヶ池と深泥池という湿地帯の北にあり、本来京都が、水が引いたために現れた盆地であることを実感させる地域にあります。洛中から地続きの市街地とも、洛東の比較的乾いた住宅地ともまったく違った、陰影豊かな地域です。

大原は単に女性的だけでない

大原の里と呼ばれるように、八瀬から高野川沿いをゆるやかに続く道を遡ると開けてくる田園および畑の地域です。そして、そこからさらに山を登ると、三千院に辿り着きます。

田畑ののどかな地域を歩いてたどり着く、寂光院。優美ですてきな場所であり、女性に人気のスポットでもあります。聖徳太子と平家物語ゆかりのお寺であり、小さな庭もすばらしい。

寂光院と反対方向に、山の参道を登っていくと、三千院を中心とするお寺のある地帯にたどり着きます。平安の美を残す極楽往生院を始めとして、大きな寺域に多くの見どころが詰め込まれています。また、周囲には、勝林院宝泉院実光院といった子院もあります。勝林院は声明の根本道場で、仏像も有名。宝泉院の竹林、実光院の茶花の庭なども楽しめます。このあたりにはお土産物、食事どころもあり、大原に行ったら一日ここで過ごす形になるでしょう。ならば、三千院の脇の急坂を上り(夏はものすごくタイヘンです)、来迎院まで行ってみるのもいいでしょう。勝林院よりはるかに静かな佇まいに、静かに声明が流れています(一人だと怖いかもしれませんがね)。

大原は特に女性に人気があり(実際よく見かける)、それは永六輔の歌詞の影響だけではなく、寂光院や三千院の緑豊かな空気もあると思われます。確かに一見女性的、しかし、もとは声明の道場であり、激しい修業の場でもあった、その空気は来迎院の奥、音無しの滝まで歩くことで実感できるかもしれません。

なお、さらにバスで進むと、古知谷に阿弥陀寺もあります。(いつも時間が押してしまい、私は行き損ねている・・・)