寺町二条界隈

●歩くに楽しい街のサイズ

東京で生まれ育ったの人間が、よその土地へ赴いて最初に感じるのは「ここも山が見える」。

冗談ではないんだよ、これが。関東平野はだだっ広い。東京23区内なら山は見えない。群馬や多摩のあたりに至ると「あぁ、平野が終わるところまできた」と思うくらいだ。晴れた日に少し高台に行くと富士山が見える、それが東京(というより江戸)にとっての山。あちこちに富士見台という地名があることを見ても、富士山が見えることをとても喜んでいたらしいことがわかる。

もちろん他を回れば、日本はそういう場所のほうがむしろ少ないことがわかる。どこかに山が見えているのが日本の都市だ。

繁華街が東に寄っている京都では東山三十六峰が目立つけど、もちろん西にも北にも山が見える。盆地なんだなとわかる。京都を都に定めた桓武天皇は四神相応の地であることに重きを置き、北の山を背に南を向き、左右を山並みと川に抱かれた土地を選んだと、風水の流行る近年、よく言われるようになった。ただし、こういう考え方は後代(中国で10世紀、日本で12世紀以降)のものらしい。奈良時代に選んだ都は東西南北にきちんと目立つ山があることで、四神相応とはいうものの川や池が対応する明確な記述はないという(「陰陽道の講義」嵯峨野書院)。

自然に守られて閉じた場所とでもいえばいいか。京都は奈良に比べるとかなり小さくまとまっている。奈良朝で盛んに行われた遷都と大墳墓建築は、平安京以降なくなる。経済的・政治的な理由もあるだろうが、この都市のサイズが日本人の生活にマッチしたのかもしれない。

実際、古くは牛車や馬、今なら自転車・バイクやバスなどで動き回るのにちょうどいい。少し乗っては徒歩、そしてまた乗り物で少しで移動、といったリズムにあう。あちこちにちょっとずつ、面白そうな、入ってみたいような店や名跡が見つかる。電車に乗ってがーっと移動するような効率の良さはあまりないけれど、歩いてちょこちょこ楽しい。

●明るく歩きやすく楽しい

東京から行く人にわかりやすく、そういう楽しみを感じることが出来るのは、寺町二条界隈かもしれない。

寺町通は南北に伸びる通りで、河原町通と丸太町通の間にあり、河原町通に近い。二条通は東西に伸びる通りで、三条通の北に大きな御池通と京都市役所があって、その北にある。寺町二条界隈とは京都市役所の西北裏手、と言えばわかりやすいか。河原町四条の繁華街から北上して御池通に達すると、京都ホテルオークラ(旧京都ホテル)と京都市役所にぶつかる。ここから少し西に寄って、市役所の西側から上がってみよう。もちろん、寺町四条から続くアーケードを北へ進み、鳩居堂を通り過ぎて御池通に出たら、そのまま信号を渡って北上でも同じ。

昔ながらの古道具屋があったり、ちょっとフレンチ風のカフェがあったり、酒屋があったり。カフェsinamo、スペイン料理屋も見える。そうそう、反対側には町屋を利用したギャラリーも。高い建物の圧迫感がなく、通りを横切るたびに東と西に山が見える。なんとなくほっとするんだ、繁華街から来ると。

そして、右手に果物屋(梶井基次郎「檸檬」由来の店として有名)、その向いに喫茶と骨董の大吉にたどりつく。東山から二条通が伸びてきて、一度寺町通に突き当たってから、少し南側に折れて再び続いている。二条通折れ曲がりの角に雑貨屋、その右手に見えるのがビストロ・ブション。正確にはここからが寺町二条だけど、寺町御池を渡ったあたりから何となく連続する空気があったでしょ?

いわゆる繁華街じゃない。ビルも少ない。派手な店もない。でも、なんとなく落ち着いたいい感じの佇まい。古い店、古い建物のよさを活かした店が多く、ビル化されてもうるさい感じがない。

しかも、寺町二条を上がっていけば、洋菓子の村上開進堂(入り口のクラシックなこと!)、日本茶の一保堂、紙の専門店である紙司柿本のような有名店、さらに革の専門店HATA革包や様々な雑貨屋、サブカル系書籍の品揃えが独特な三月書房など。単なる買い物からお土産、散策まで、意外な楽しみを見出せる通りだ。そのまま歩いていくと、下御霊神社を右手に見て、丸太町通に出る。御所の南端だ。

明るく開放感のある通りを歩きつつ、全国区に名を響かせた店をちらちら覗く。この感じは、横浜の元町などを少し連想させるだろうか。でも、あんなに混雑していないし、もっと地味だ。下手するとやぼったくなりかねないのに、そんなことはまったくない。やっぱり比べられるところはないだろう。

●それだけじゃない奥の深さ

ちなみに、夜はとても静かになる。午前から明けて、夜の7時を過ぎると閉まる店が多い。午後、あるいは夕方あたり、ちょっとお茶しつつ歩くのが楽しい。神社仏閣を早めに切り上げて、ちょっと歩くのもいい。また、寺町通から二条通を東に進めば、ブションを筆頭にフレンチやイタリアンの店が少し、また和食のふじた二条など、飲食店もあり。夕食も楽しめる。

東京の大規模な商店街に慣れた目には地方商店街に映る人もいるかもしれない。でも、派手な広告もなく、かといってつっけんどんで入りにくい店もないこのあたりで、普通の店がまっとうな品物を扱う様子を見ていると、なんでもビルにして有名ブランドで塗りたくっていく街とは違い、よきものを変わらぬ形で商いするってすてきなことだと素直に思える。

ちなみに、寺町二条から少し北でさらに続く二条通を西に入ってみる。そして、次に南北に伸びる通りが御幸町通。日本旅館御三家の炭屋、俵屋、柊屋が面するのもこの通り(場所は御池通〜三条通のあたりになるけど)。ここを南下していくと、カフェみつばがある。ちょっと'60〜70年代風のデザインを取り入れた、インテリアに遊びのある店だが、カフェ好きの女の子から地元のおじいさんまで年齢層を問わず和んでいたり。奥が深いなぁ。

逆にもうちょっとかっちりした感じなら、河原町二条まで出てすぐ北にある、IBEX Coffee。ここは店の空気からコーヒーやパスタまで、すっきりしている。スーツでもカジュアルでもオッケー、リラックスしつつもガラス張りで外の視線もちょっと意識。

しかし、どこでお茶しても、様々な年齢層に出会う。これも京都の特徴かもしれない。


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