京都旅行2001年秋

10月2日

●出発

日程が短いので、出張客がぎりぎり少なくなってくる午前の便を選んで、早めに出発。朝7時台の電車は久しぶりだ。満員電車を覚悟したが、意外にも極度な混雑ではない。よく考えてみれば、本当の通勤ラッシュは8時すぎから9時前にかけてだろう。とは言いつつも、サラリーマン時代からフレックスを利用して満員を避けていたので、まったく定かではない。いずれにせよ、荷物が大きいので助かる。

東京駅で弁当とお茶を購入、新幹線改札を通る。乗り込むと、既に満席に近い。新横浜に止まらない便だったせいだろう。出発とともに朝食をとる。食事が一段落すると、あとはゆっくり読書を開始。だが、何となくそわそわして読み進めない。

そわそわの理由。家を出た頃はやや雨っぽいかと思っていたが、どんどん雲が消えていく。富士山は無理だったが、空が青みを増し、窓から入る光が力強くなる。旅の予感が膨らみ、流れ去る車窓の景色を見たり、本に目をやったりと、落ち着かない。

名古屋に到着する頃に、J-フォンのステーションがご当地の天気を知らせてくれる。そう、天気予報の自動配信を登録してあるのだが、行く先々の天気が出てくる。これは面白い。

●到着

午前中に京都に到着。澄んだ空気がさらりと身体を撫でる。すぐさま烏丸口へ出て、京都市観光局のカウンターに行き、二日乗車券を買う。

「路線図もいただけますか」

「はい、二日券なので、何かとたくさん乗るようにね」

言われなくてもそうします。

市バスで四条河原町へ。そこから徒歩でホテルへ向かう。チェックインにはだいぶ早く、まだ入れないと言われたので、荷を預けて昼食へ出る。四条をぷらぷら歩いて、木屋町あたりで曲がってと思っていたら、四条木屋町のすぐ北にフェミニンな装飾がある。フレンチレストランらしい。黒板に書いてあるメニューを見ると、フレンチなのに、パスタがある・・・迷う。東京ではこういう場合、ハズレる確率が高い。だが、場所も違うし、冒険は一人ならでは、試しに入ってみることにする。

白を貴重にした清潔な店内は、女性が多いのは確かだが、男性客もいる。奥の落ち着いた席に案内され、シェフお勧め限定20食、というランチを頼む。また、オードブルを一品添えてもらうようにする。店の雰囲気が女性向けだし、他のテーブルの皿を見ても量が少なめだからだ。オードブルはすぐに出てくる。鴨肉、まぁまぁ。これならまずくはないでしょう、と思いつつ、メインがやってきた。確かに、牛肉とアスパラとベーコンのソテー・・・だが、串焼きの状態でやってきて、びっくりする。これを喜ぶ人もいるだろうが、要するにきのこの入った照り焼き風のソースで、バーベキューを作ったようなものだ。まずいわけはないのだが、料理としては物足りなかった。残念ながらデザートを追加する気にはなれない。

面白かったのは、最後まで満席にはならなかったこと。東京の繁華街の昼食難民が彷徨う様子とだいぶ違う。よく考えると京都のオフィス街は烏丸通、四条河原町近辺は買い物客の方が多く、このへんは昼食難民が少ないのだろうかと想像しつつ、出る。

散歩をしてホテルに戻る途中で、鍵善良房本店を覗く。売り場は混雑しているが、さすがに平日だけあって喫茶はそう混雑していないようだ。飛び込んでデザートをとることにした。まだやっている葛きり、黒蜜で。この日は晴れて暖かかったために、妙においしい。あっという間に平らげて、やっと満足する。

宿に戻り、正式にチェックイン。まぁ悪くない部屋なのだが、何となくお香が欲しくなる。ホテルを出て斜め前、お香の京都愛山堂に飛び込む。白檀の「清々」を入手。禁煙の部屋で灰皿もないため、皿も買う。部屋に戻ってから1本焚くと、やっと清々しい気分になった。手荷物を整理すると、本腰を入れて出かける。

●散歩

宿を出て、四条を河原町までぶらぶら歩く。風が気持ち良く、四条大橋からの眺めが嬉しい、今日来た甲斐があるというものだ。阪急前から市バスで、五条河原町へ移動。目的はefish。

高瀬川沿いの入り口から覗くと、扉が開け放たれて、すとーんと鴨川まで空気が通っている。そのまま誘われるように、鴨川と東山を望む席へ。夕食が遅くなるだろうから、ここで少し腹ごしらえ。マサラ・チャイと、サンドイッチ(ベーコンとトマト)。ところが、出てきたものは、焼いた分厚いトーストに、たっぷりの中身。これは立派な食事である・・・まぁいいかと気持ち良く風に吹かれながら、ゆっくり食事する。

鴨川を眺める。猫がゆったりと歩み、白鷺が旋回して川面に足を立てる。薄くたなびく雲がゆったりと東から西へ流れる。たなびくという言葉は、東山の雲を見ての表現だと実感する瞬間。空が高々と青く、そこへ風が渡ると、身に付けた不要なものがさらさらと剥離していく。

夕方が近付き、近所の人々が河原に降りて犬を散歩させている。何もせずただ眺める楽しさがあふれ出てくる。

名残を残しつつ店を出る。五条大橋から、祇園行きのバスがあることに気付いた。やってきたので、そのまま市バスへ。途中、清水寺辺りで降りて、歩いて北上しようか迷ったが、そのまま祇園まで乗ってしまった。そのまま歩いて門前通りへ。骨董街をゆっくり眺めつつ、途中で思い付くままに逸れる。白川、巽橋、美観地区、また灯っていないネオン街。そういえば、最近は祇園に足を運んでいなかった。白川のあたりでは、ラフなタンクトップ姿の金髪ねぇちゃんが褒め言葉を全身に浴びながら撮影されている。その割には曖昧な笑顔。たぶん風俗雑誌のグラビア撮影か、そういえば少し歩くとファッションヘルスもあったりする。

ぷらぷら歩きながら、三条京阪、市役所まで辿り着き、周辺のカフェやレストランのメニューを冷やかしたりする。そうこうしているうちに、時間だ。

●今回の旅の目的−−観月会

再び三条京阪へ。知恩院前までバスに乗る。華頂学園周辺を歩いていると、からすの声が聞こえてくる。からすを避けるように、他の鳥達も群れをなして巣へ帰って行く。暮れてゆく空に大小様々なシルエットが舞い、やがて木々に隠れて行く。踏み締める度に暗くなる石畳を歩きつつ、青蓮院へ。少し早かったので、地下鉄東西線の駅まで歩いて、まだよく知らない駅の位置を確認したりする。

午後6時、会場の青蓮院に入る。今日はここで、観月会の奉納演奏「清明の遊び」が行われる。雅楽のユニット、むすびひめと、琵琶や和琴を得意とする横山氏が、青蓮院門跡の寝殿にて、満月の中で演奏する。第1部は、天平時代の曲も含めた、雅な音遊び。第2部は管絃。曲の間の拍手を控えるという前提で、演奏が始まる。

開け放たれた空気の冷たさと、虫の音。徐々に上がる満月。これが天下の名庭園を煌々と照らし出す。門跡は夜の拝観をあまり行わない。しかも、ここは東山の絶好の位置。休憩時に見上げる満月の大きさ。仲秋の明月が満月の一日前であるのは、午後7時頃に東山の端から上がってくる月が最も大きく見えるからだと言う。

また、寝殿造りで開け放つと、寒いのだ。古の貴族がなぜ十二単を纏っていたかが、身体で理解できた。その代わり、琴に遊ぶ竜笛や笙の音は、虫の音や月明かりにそのまま融和して、四方大に世界が広がる。音に同化すれば、天と地を音が案内してくれる。得難い体験だった。

終わってから、演奏者にご挨拶して、少しお話などをうかがえたのも参考になった。ありがとうございました。

とにかく、生まれて初めて本当の満月を観たように思う。寝床についても光を浴びている心地がしてくる。