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TOMONA! ―― Mar.14 ――

 高校生で、野球部で、三月十四日といったら、新体操部の二月十四日と並んで騒がしい日である。
「ったく、どいつもこいつも……」
 朝練の後、副部長の鴫山が、部室の机の上を見てうらめしそうに言った。
 積んであるのは小箱の山である。それぞれ部員たちが家から持って来たものだった。鴫山の副部長命令で全部提出させたのである。
「横井がふたつ、栗木がよっつ、仁杉がひとつ……大沼は?」
「……ゼロっす」
「許す! 見習え、おまえら!」
 一年の大沼をがしっと抱きしめて、鴫山はおいおい泣き始めた。下級生たちがぶうぶう言い始める。
「もういいっスか?」
「授業の前に渡したいんスけど」
「うるせえ、このままここにおいてけ!」
「そんな無茶な!」
「やめとけよ、自分が渡す相手いないからって」
 部長の陽一が、うんざりした顔で止めた。鴫山はにらむ。
「おまえも出せ」
「いやだ」
「副部長命令だ!」
「部長権限で却下」
「提議! 国城の部長権限を今日一日剥奪!」
「賛成!」×十五
「うわ、やめろこら!」
 あっというまに陽一は取り押さえられ、かばんの中身があらためられた。――小さな箱が一個。
「ひとつー? おめーバレンタインの時にダースでもらってなかったか?」
 ベテラン刑事のような顔で睨み上げる鴫山のそでを、下級生が引っ張った。
「部長、本命ひとりっすから」
「他はみんな、謝った」
 そっけなく陽一は言う。鴫山は叫ぶ。
「本命って誰だ!」
 全員が、アマゾンの珍獣を見るような目で鴫山を見た。
「な、なんだ、その馬鹿にしきった目は……」
「本命って……マネージャーに決まってるでしょ」
「なにー! と、友菜ちゃんと? きさまいつの間に!」
「知らなかったんスか……」
「おれだって、おれだってエースなのによう! この右肩で何人ランナー刺したと思ってんだ! 不服か、不服なのか?」
 ごわー、と暴れ出した鴫山を下級生が押さえつける。やれやれ、と陽一は教室に向かった。

 放課後。
「あー、来た来た来た!」
 二年四組の教室。廊下に出ていた偵察の女子が大声を上げた。ぴりぴりした雰囲気だった教室(の半分)が一気にざわめく。
「誰? 島津先輩?」「違うそれさっき来た」「野田さん? 野田さんでしょ!」「ぜったい敷島先輩! ぜったい!」
「国城さん!」
 女子軍団の視線が一箇所に集まる。その中心は、もちろん友菜だ。
 入り口に、陽一の長身の姿が現れた。
「よう」
「……あ、はい」
 友菜が立ち上がる。周りでは女子たちがこぶしを握り締めて天を仰いでいる。
「サッカー部の野田さんもいいけど……」
「男バスの敷島先輩もすてきだけど……」
「見さかいなくお返しばらまくあの人たちに比べて……」
「ひとり! たったひとりにしかプレゼント渡さない国城さんって……」
「もう最高! 最低なんだけど最高!」
 ばしばしと友菜の肩を叩く。殺意と羨望と優しさが混じっている。その外で男子たちが地団駄を踏んでいるが、これはどうでもいい。
「ほれ」
 室内の異様な雰囲気に押されたか、陽一は顔を背けながら小箱を突き出す。友菜が顔を輝かせてそれを受け取る。
「あ、ありがとうございます……」
「期待するなよ、考えると頭痛くなったから、おんなじチョコにした」
「開けて、いいですか?」
「後にしないか?」
「……なんか、みんなに見られてるの、ちょっぴりうれしいかな、って……」
「……いいよ。ま、なま物だから早いほうがいい」
 友菜は箱のラッピングを解く。ふたを開けると、中身は四角い板チョコだった。横から友菜の友達の洋子がのぞきこむ。
「あ、ハート型じゃないんだ。先輩らしいって言えばらしいね」
「……」
「友菜?」
 板チョコに、白いとろっとしたものがかかっている。みるみるうちに、友菜の顔がぽーっと上気し始めた。陽一の顔を見上げ、口をぱくぱくさせて、なにか言おうとする。
「せ、せんぱい、これ……」
「ん?」
「……そんな、こ、こんなものにあれ……うれしいです、けど……」
「……どうした?」
 怪訝そうにのぞきこむ陽一の前で、友菜は急におなかを押さえて、ふらふらと後ろに下がった。そのまま手近の椅子にすとんと腰掛けてしまう。あれ、と陽一は気づく。この仕草は……
 洋子があわてて聞く。
「と、友菜、どうしたの?」
「ううん、別に、ちょっとだけ……」
 言いながら友菜は腹の前に小箱を抱えてうつむく。陽一にはわかる。陽一だけには。
 スカートが持ちあがってしまうのだ。
 そう気づいた途端、友菜の誤解が理解できた。
 陽一は苦笑しながら前に出て、友菜の耳元にささやいた。
「練乳、そんなに好きか?」
「れ、練乳?」
 友菜があわてて箱をのぞきこんだ。白い粘液を指にとってぺろりとなめる。
「……ほんとだ、違う……」
「好きだろ?」
「す、好きです! 練乳大好き!」
「……どしたの? 友菜」
 洋子がうさんくさそうにのぞきこむ。友菜は頭から湯気を立ててぶんぶん首を振る。
「なっ、なんでもないの!」
「おなかは?」
「治った治った! ちょっとちくっとしただけ!」
 そう言ってから、友菜はふと、何かに気づいたような顔をした。陽一の顔を見上げて、さらに小さな声で言う。
「せんぱい……お返ししたいです」
「お返しって……もう先月もらったけど」
「またしたいんです。今日。すぐ!」
 そう言って、陽一だけにわかるかすかな笑みを浮かべる。
「今日は、わたしにも資格あるでしょ……?」
 陽一は、さりげなくのどに手を当てる。つばを飲みこんだことに気づかれないように。
「ねえ、資格ってなんだよう」
 洋子が不思議そうに聞く。まわりの女子たちも首を傾げている。教えられるわけがない。でも、二人の間では通じる。
 ごほん、と咳払いして、陽一は頭をかいた。
「ああ、それじゃ……一緒に帰るか。今日はグランド整備だし……」
「はい!」
 友菜は勢いよくうなずいた。
「じゃあ……」
 陽一は、友菜が立ち上がるのを待った。――が、友菜は潤んだ目で陽一を見つめたまま、動こうとしない。やがて、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
「友菜?」
「……先に行っててください」
「……どうした?」
「……」
「ちょっと友菜、ほんとにまずいんじゃないの?」
 洋子に手を当てられて、友菜はぱっと顔を上げた。泣きそうな顔で叫ぶ。
「せんぱいがそばにいると……立てないの! はやくあっち行って!」
「へ……」
 あわてて、陽一は背を向けて飛び出した。後ろで、女子たちの叫び声がどっと巻き起こった。
「ちょっと、どうしたの友菜!」
「あんな言いかたないんじゃない?」
「そうだよ、果報者のくせに! 立て、立つんだ!」
「あーん、ちょっと待ってお願いー!」

 その後一週間で、野球部マネージャーはフリーになった、というデマに惑わされて、十指に余る男子たちが玉砕したという……


   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


 ホワイトデー&一万ヒットお礼特別編。
 白=アレ、というのは単純すぎるので、少々ひねりを。二時間で書いたので、たいした出来ではありませんが。
 本編と関係のないアナザーストーリーです。受験はどうしたとかOBじゃないのかとか、ツッコまないで下さい。


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