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前編


懐かしい肌  後編

「んっ……はあっ……むっ……」
 ベッドに隣同士に横たわってキスを交わした。初めてのキスだったが、粘膜がとけ合うほど激しいものだった。
 もう、洗いっこや擬似オナニーに見たててごまかす必要はない。相手に欲情していることを素直に表していいのだ。歯止めがなくなったことが、二人を駆りたてた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
 時未が落ちつきなく指を動かし、もどかしげに幹人のシャツのボタンをはずしていく。胸が現れると、いとおしげに撫でた。すぐに手を下げて、ズボンのファスナーを下げる。ベルトをゆるめてズボンを脱がせる。そういう作業をしながら、しばしば手を上げて胸に戻す。触りたい、脱がせたい、両方の欲望が手の動きを分裂させている。
 唇をむさぼりながら、唾液でくぐもったような声を吐き出す。
「お兄ちゃん、私の潔癖症のこと知ってるでしょ」
「うん……」
「違ったの。きれい好きじゃなかった。自分と同じものにしか触れないだけ。だからお兄ちゃんなら触れる。お兄ちゃんと私は半分同じ肉でできてるんだもの。ああ、早くくっつきたい……」
 兄の体の前が現われると、我慢しきれずに時未はパジャマの前を引きちぎった。最初からブラジャーはつけていない。転がるようにして兄の胸に飛び込む。
 足をからめ、体を押しつけあったとき、自分を包みこむような胸板の暖かさに、時未は震えた。
 ――なつかしい……
 感じるはずはないのに、時未は確かに感じた。これは、同じものからできた体だ。心が震えるほどの安堵を覚える。ナルシスティックな歪んだ欲求が満たされていく。偶然わかれただけの自分の体。
 抑えきれない飢えを感じる。
 はやく、とりもどしたい。
 信じられないほど瞬間的にショーツの中が湿ってくる。待ちきれずに管がうずく。時未は言葉も忘れて腰を押し付ける。
 腕の中で暴れる妹の狂いぶりに、幹人も興奮を隠せない。
 思い出すのは幼いころから見守り続けた時未の姿。水たまりで転んで泣いた二年生の時未、初めて作ったケーキを差し出す五年生の時未、都会へ旅立つ自分を改札口で見守った六年生の時未。そして一足飛びに見た、高校生の時未、そのまるくふくらんだ胸や腰。
 一番近くにいたがゆえに、一度も触れずに生きて行くはずだった少女。その懐かしい肌が、触れられることを待っている。
 幹人は手を下ろして時未のショーツに触れた。布目もわからないくらい粘液が盛りあがっている。幹人も言葉を忘れた。
 時未の片足を大きく持ち上げる。よじれて細くなったショーツを指でかきわける。現われたひだを指でこねる余裕もない。二人とも。
 幹人がたけり立った肉棒を押しつけると、時未ももどかしげに腰を押し付けた。焦りのあまり角度が定まらない。幹人は経験もなかったが、しゃにむに腰を押し上げた。
「ふわ……ぁ」
 時未が口を半開きにした。幹人の全体が柔らかな肉に包まれた。
 妹の、肉。
 あまりの心地よさに幹人はぼうっとなる。単なるセックスの快感だとは思えない。まさに迎えるべき肉に迎えられたような、少しの違和感もない融合感。
「ときみ……すごい……」
「お兄ちゃん、私もっ……」
 時未が酸欠のように口をぱくぱくさせてうめく。
 溶けあうような感覚が強すぎて、射精欲すら忘れた。幹人はただただ、強引に奥深くまでペニスをねじ込んだ。時未も持ち上げた足を幹人の腰に回し、ぐいぐいと飲みこもうとしている。ひとつになりたい、という欲求が完全に同調した。
「……い、いとこ同士は鴨の味って言葉、知ってるか……?」
「知ってる、読んだ」
 早口に答えながら時未が抱きつく。
「これだね、すごくいい、お兄ちゃんもそうなの?」
「そう、そうだ。時未、最高だ。うまく言えないけど、わかるんだ。もとはひとつだったってこと……」
「ひとつ、ひとつなの。お兄ちゃんは私なのっ」
 時未も、性器から体全体が溶けていきそうなしびれに浸されていた。
 洋二を知っているからわかる。あれとはぜんぜん違う。見知らぬ他人に神経だけの快感を与えられるあれは、本当のセックスじゃない。
 これが本当の。体中の細胞が喜んでる。他人じゃない、仲間を迎え入れられる、仲間とひとつになれる。
 矢も盾もたまらなくなって二人は動く。このまま意識を失いたい。時間を止めたい。その先にあるのは絶頂、幹人の射精だ。
 わずかに残った理性が金切り声を上げる。激しく腰を動かし、膣をくねらせて射精を招きながら、時未は押し殺した声でささやく。
「お兄ちゃん、だめだよ、中で出しちゃだめだよ!」
「わかってるよ! 子供できたら大変だよな! でも、でも時未!」
「うんうんっ、出したいでしょ? 私も出されたい! でもだめなの、出しちゃダメ、絶対!」
「時未っ、くそうっ、時未いっ!」
 突き上げながら、もどかしさに幹人はうめく。妹の体は完全に幹人を受け入れる態勢になっている。時未の足はがっちりと幹人を加えこみ、粘膜はひくついて浴びせられるのを待っている。
 時未の顔すら。細めた目に涙を浮かべて頬を染めている。子宮を満たされたがっている女の顔だった。拒んでいるのは口だけ。
「最高、お兄ちゃん最高! もっと奥まで、思いっきり! 無理やり!」
「時未、時未っ!」
 せめてギリギリのところまで。絶対に到達してはいけない臨界点を見定め、その直前で踏みとどまるスリルを求めて、時未は体をくねらせ、幹人は凶暴に腰をつきこむ。
 刃物で削られたロープが、細い糸を残すのみになった。
「時未、出る、出る、出るぞっ!」
「本当? お兄ちゃん本当?」
「本当だ、あ、あ、ああッ!」
 その瞬間、時未は思いきり兄の体を突き飛ばした。幹人も弾かれたように腰を離す。勢いよく引きぬかれた亀頭が愛液の海を離れるか離れないかというところで、精液がほとばしった。
「あああっ!」
 引きぬく瞬間の摩擦と、外に浴びせられる安心感が、時未を絶頂に押しやった。胸の前で固くこぶしを握り締めて、体全体を硬直させる。
 それを見下ろしながら、赤く塗れそぼる花びらに精液を浴びせ掛けることで、幹人も深い満足を覚えていた。

 後始末は、シックスナインで済ませた。
 互いの体をきれいにし終わると、二人は寄り添って横たわり、ほほ笑みあった。
 幹人がつぶやく。
「おれ、ひとつわかったよ」
「なにが」
「兄妹同士でするのが禁じられてるわけ」
 妹を見つめて、幹人は言った。
「よすぎるよ、これ。一回やったら、絶対やめられない。――兄妹がこんなにいいってわかったら、誰も他人と付き合わなくなる。それが、社会制度に反するってことなんだろうな」
 時未がくすっと笑った。
「鴨よりおいしい鳥ってなんだろ? ……そんな感じだよね」
「あのぎりぎりの感じもね」
「うん。……出されたらおしまい、だけど出されたらすごく気持ちいい。カッターでまつげ切ってるみたいな感じだった」
「どうするよ、時未」
 髪に顔を押しつけながら、幹人が聞いた。
「おれもう、やめられない。おまえは?」
「私も……」
「この先どうする?」
「……わかんない」
 少しだけ心細げに、時未はつぶやく。
「まさか駆け落ちするわけにもいかないしね。でも……いけるとこまでいこ。お兄ちゃん、付き合ってくれるよね?」
 時未が見上げる。人として許されないことをしているというのに、限りなく澄んだ目だった。幹人に否やはない。
「ああ」
 二人はもう一度抱きしめあった。

 綱渡りのような蜜月が始まった。
 二人はもちろん一緒にいていい。どんなところでも。家では肩を並べてテレビを見た。夜には一緒にコンビニに行った。休日には手をつないで町へ出かけた。
 それを人に見られても、何も問題はない。本物の夫婦の次ぐらいに、自然に受けとめられる間柄だ。
 しかし、二人がしていることは絶対に許されないことだった。どんなところでも。家では母が台所に消えた一瞬にキスを交わした。夜道では公園の茂みで交わった。休日の映画館では声を殺してまさぐりあった。
 許される距離、許されない行為。二つのバランスの危うさが、いっそう二人の情熱を燃え上がらせた。人に知られたら破局であり、最後までセックスしても破滅なのだ。そして快感はその寸前にある。
 絶壁の手前で踊るダンス。
 家の中でもたいして危険は変わらない。あまりにも破廉恥すぎて聞けないだけで、母は気づきかけているのだ。もっともたやすい機会である夜にしても、二人の部屋の壁は薄く、鍵はない。目を覚ました親に踏みこまれる危険は常にある。朝を同じ部屋で迎えるわけにもいかない。
 それでも小さなチャンスはいくらでも転がっていた。二人はそれを最大限に、時には限度を越えて、利用した。
 風呂上りの時未に幹人が抱きついたこともあった。母の電話を長くなると見こんで、帰ってきた幹人に玄関で時未がせがんだこともあった。
 いずれも両親がトイレに来るか来客でもあれば、一発でばれてしまう危うさだった。
 だが、止まらないのだ。どちらかが少しでも意識してしまい、肌を触れたが最後、唇を交わし服の中に手を入れ、どろどろになるまでまさぐり合わないと、満足できない。磁石の両極のようなものだった。決して向き合うことはないが、いったん引きつけ合ったらひとつになって離れない。それほど、兄と、妹と愛しあうということは、蟲惑的だった。
 一度、時未が風邪を引いて学校を休んだ。たまたま幹人も代休を取っていた。
 その時はひどかった。孝子が買い物に出かけた四時間の間、二人は狂ったように交わり合った。一度も肌を離さなかった。発熱した時未の汗と、動きつづけた幹人の汗、そして二人の体液で、布団はぐっしょりと濡れ、部屋にはむっとするほどの淫靡な香りがこもった。それをごまかすために、時未はおねしょをしたという信じられないような言いわけまで使った。そのあと三十九度の高熱に襲われた。
 そうまでしても、二人は互いをむさぼりあった。いくらでも交わった。いくらしても足りなかった。
 できうるならば、ひとときたりとも離れずに、つながったまままどろみ続けたい。
 そんな妄想を二人がともに抱くとは、やはり近親姦には魔力があるのかもしれなかった。
 一ヶ月の間、二人はひそかな逢瀬を重ね続けた。その一ヶ月の間に、幹人は小さな計画を進めていた。
 そして、夏の初め、それを両親に告げた。
 一週間の海外旅行のプレゼント。初任給とボーナスを使った恩返しということで、名目は立った。
 二人は素直に喜び、父親は休暇を取った。それに合わせて幹人も早めの夏休みを取った。両親には秘密にできたが、会社に対してはそうもいかない。だが、お盆に取るはずの休みの前倒しという理屈が、かえってすんなり承認された。
 休暇の始まりは七月二十四日。
 高校一年の時未の、夏休みの始まりだった。

「ただいま」
 夏服の時未が玄関にかけこんで来たのは、終業式からわずか四十分後だった。少しはあったクラスメイトからの誘いもすべて蹴った。洋二とはもう口もきいていない。
 二人だけの一週間、最高の一週間。一秒でも削りたくない。
 ドアを閉じ、しっかりと鍵をかけた。振り向くと、Tシャツ姿の幹人が立っていた。
「お帰り」
 幹人も期待を隠せずに笑っている。額に汗を浮かべた妹の、半袖のセーラー服姿。旅行にでも行くかのようにうきうきと学校を飛び出していったこの子が、頭の中で育てている考えは、自分と動物のように交わりたいという欲望だけ。教師もクラスメイトもそれを知らない。
「早かったな」
「走ってきちゃった。汗びっしょり」
 靴を脱いだ妹が、案に相違して、すっと横を通りすぎた。台所に向かい、冷蔵庫を開ける。
 からかうように幹人は言う。
「あれ、落ちついてるな?」
「だって、水分の補給――」
 ペットボトルをラッパ飲みした時未は、動きを止める。
 後ろからスカートがめくられている。見なくてもわかる。下着に突き刺さる兄の視線を感じる。
「ほんとだ、びしょびしょ」
 幹人はしゃがんで、柔らかなまるいふくらみを見上げている。女子高生のぴんと張った太ももの上、つややかな尻に食い込むショーツの張りつき具合は、汗のせいだろう。だが、中心の細くなった木綿の湿りは、そのためだけではない。あふれて光るほどの愛液。
「喉も乾くよな」
 時未は、押しつけられた幹人の顔を感じる。肛門に鼻が食い込んでいる。それを止めもせず、ごくごくとお茶を飲む。飲み終わると、震える声で言った。
「私も我慢できなかった。いいよ、好きにして。これから百六十八時間、私はお兄ちゃんだけのもの」
「時未……」
 感極まったような声とともに、時未は両足を抱きしめられた。バランスを保てず、床に倒れこむ。
「時未、時未」
 背中を這い上がってきた幹人の顔が肩に現われる。振り返って時未はキスで受ける。下着が押し下げられ、ろくな愛撫もなく、幹人が後ろからペニスを押しこんできた。もう石のように固い、そして時未も海のように濡れている。
 着替えもしないまま、布団もない台所の固い床に押し倒されて、幸せそうに顔をゆがめる妹。その柔らかい尻の間の性器にペニスをつき下ろして、幹人はうめき声を上げる。
「ねえ、前から……」
 時未がつぶやき、幹人はいったん体を離した。時未の太ももを大きく割り開いて持ち上げ、正面からに体位を入れかえる。
 細い腰を持ち上げて、より深く挿入できる角度を得ると、幹人は再び動き出した。
「はぁ……お兄ちゃん……」
 時未が服の裾をまくりあげる。小さなへそに続いてブラジャーが顔を出す。背中のホックを外せる態勢ではない。幹人がカップを押し上げると、にじみ出るように乳房のふくらみが現われた。
「触って、いっぱい……」
 まだ輪郭もはっきりしていない乳房を、幹人はもみしだく。つかもうとしてもつかめない。だからこねる。乳首を押しこむ。時未が小さくつぶやく。
「ね、ちょっと張ってない?」
「そうか? そうでもないけど……」
「張ってると思うよ。すごく感じる……」
 どうして、と聞き返す余裕はなかった。絶頂が近い。幹人は眉をしかめて腰の動きに集中する。
「来た……時未、来たよ」
「行きそう? 行きそうだったら言って」
「もうすぐだ、うっう、い、いく!」
 両手を横の床に突いて、幹人は体を離そうとした。
 その瞬間、時未がその手を左右にはじいた。支えを失って幹人はがくんと妹の胸に倒れこむ。同時に、時未の両足ががっちりと幹人の腰をくわえこんだ。
「うわっ?」
 幹人はあわてて股間を引き締めようとした。だが遅かった。時未の甘美な吸いつきに、耐えられなかった。
「お兄ちゃん、出して!」
「や、やめろっ!」
 悲鳴を上げながら幹人は射精した。だがそれは半分以上喜びに染められていた。初めての膣内射精、初めての本当の結合。待っている洞の中に注ぐ快感が、一瞬でためらいを忘れさせた。二度目の痙攣からは、自らねじ込んだ。
「あ、ああっ、ああっ!」
 時未が口を大きく開いて声を吐き出した。
「出てる、出てるよぉ……」
 幹人の袖をつかみながらかすれた声を上げる。むせび声のような、今まで一度も聞いたことがないほど嬉しそうな叫びだった。
 その数秒、幹人は我を忘れて注ぎ続けていた。至福の一瞬だった。
 だが、波が引いた後に襲い掛かってきた巨大な後悔が、彼を打ちのめしそうになった。
「時未……」
「……ん?」
「おまえ、なんてこと……いや、おれも悪かったけど……」
 そうだ、こうなることはわかっていた。あの瞬間の強すぎる誘惑に、いつまでも耐えられるわけがなかったのだ。一歩先に、完全な快感があるという誘惑に。
 越えてしまった。時未は、子供を孕むかもしれない。
 自分の子を。
 ぞくりとした。それはおぞましい想像だったが、同時に不気味な悦びを含んでいた。半分にわかれた自分たちの血を再び結びつけることで、もう一度一つになったものを作れるかもしれない。
 気がつくと、時未が口元に笑いを浮かべていた。
「できちゃうかも」
「……ああ」
「作りたくない?」
 幹人はつばを飲みこんだ。時未も同じことを考えている。
「お兄ちゃんと私の子供。それで私たちは完全になれる気がする。難しくないよ、むしろ楽しい。注いでもらうの、死にそうによかった。お兄ちゃんもそうでしょ」
「……そうか」
 幹人は暗い覚悟を決めていた。
「これが、兄妹ですることの本当の意味なんだな。だからしちゃいけないんだ……」
「しよ、お兄ちゃん。いけないこと……」
 挿入したままだったペニスが、妹の膣内でまた固さを取り戻す。誘われるまま、幹人は再び、そのどろどろの管の中で動き始めた。

 法律も道徳も倫理もかなぐり捨てた一週間だった。
 最初の日、台所でしてしまった後、そのまま服を脱いだ。それから二人はシャツ一枚の裸に近い格好で、一度も表に出ることなく、肌を重ねあった。
 性欲が冷めるときはあった。腹が減るときや排泄したくなるときもあった。もちろん眠った。だがその間、二人が手を離したことは一度もなかった。すべて一緒に済ませたし、可能な間はつながり続けた。
 そして数十回、注ぎ注がれあった。
 家中に食べかすやゴミや体液がこぼれていた。理性をなくしていた二人はそんなことには目もくれなかった。服が汚れれば代わりを出して着るだけだった。じきにそれもなくなって、汗じみたシャツを着て歩き、互いの動物のような匂いに興奮して、また抱き合った。
 幹人はとっくに限界を迎えていた。妹に受けとめてもらえる、という喜びに駆りたてられて、本当にあふれるまで注いだ。だからしまいには、ペニスは勃起しても精液が出なくなった。
 時未も濡れなくなった。間断ない膣内射精のせいで、歩くと絶えず垂れて来るような状態になったが、潤いはそれだけになりつつあった。粘膜は腫れかけていた。
 それでも、つながりたかったのだ。
 底無し沼のような一体化の欲望に二人は取り憑かれていた。食料が切れて動く体力がなくなっても、二人は横たわったまま互いをまさぐりあった。幹人はなにも出ないペニスを押しつけ、時未は秘所にクリームを塗ってそれを受け入れた。抽送もせずに、そのまま抱き合った。
 日が暮れたあとの明かりもつけない薄暗い部屋で、一つにくっついた影が、もぞもぞと蠢いていた。
「お兄ちゃん……」
 幹人の腰にまたがった時未が、ぞっとするほど低く涸れた声でささやく。身につけているのは汗臭いタンクトップとほこりまみれの靴下だけ、髪はばらばらに乱れ、吐息はジュースの甘ったるい匂いに満ち、額や鼻の頭には汗が脂のように光っている。
「私……きたない?」
「ああ……」
「気持ち悪い?」
「普通の人なら……そう思うだろうな」
 答えつつも、幹人は汗で布地に貼りついた時未の乳房に顔をうずめる。鼻の奥にツンとくるほど強い垢の匂い。成長期の娘だから、成人男性のヤニ臭い獣臭とは違って甘い。それにしてもえげつなさすぎる。
 にもかかわらず、幹人は嫌悪を覚えない。自分の唾液に吐き気を感じないのと同じ。自分の匂い。
 布の上から唾液をまぶして、震える時未の乳房をしゃぶりたてていく。
 ぴったりくっついた腹の間には汗がたまり、いくつもの筋を引いて下腹に流れている。虫が這うようなその感触に、時未はつかの間考える。
 ――もし、洋二くんの汗がこんな風に私の体を流れたら。
 ぶるぶるっ、と時未は震えあがった。そんなおぞましいこと!
 それからおかしくなった。おぞましいのはむしろ私たちだ。恋人であれ誰であれ、こんな風に相手の分泌物までいとしくなるなんてこと、普通はない。
 彼氏に飲まされちゃってさあ、げっ最悪、というクラスメイトの女子たちのお喋りを思い出す。優越感。私にそんなこだわりはない。どんなものでも愛せる相手が、私にはいる。
 このひとのからだはわたしのもの。
「お兄ちゃんも最悪だよ」
 時未は愛しげにつぶやく。
「髪の毛、ぎっとぎと。くさすぎるよ……」
 そう言いながらも、時未は幹人の頭に鼻を押しつける。思いきり吸いこむと、脂くささにめまいがした。酒に酔ったような陶酔を感じて時未はごりごりと顔をこすりつける。
「んん……いい匂い……お兄ちゃんの匂い、すてき……」
「時未も……うまいよ……」
 味と匂いを交換するだけではない。挿入は始めからしている。
 しかし、もう動かなくてもよかった。性器を摩擦で興奮させる必要などないのだ。二人は体の奥までぴったりつながっている。互いの粘液がどろどろにまとわりついて溶け合っている。考えられないほど長い間硬さと熱さを保って下腹にくい込みつづけている兄のペニスを、時未はすでに自分の臓器のように感じている。
 ――ここは最初から、これを受けとめるためのところ。
 時々幹人が腰を動かして感触を楽しむたびに、時未もきゅっと締めつけて応えるだけだ。
「お兄ちゃん……」
 幹人の顔を押し離し、時未は額にくちづけする。それから徐々に下へさげていく。顔の脂を丁寧になめとり、あごの下をくすぐり、首から胸へ、兄を押し倒しながら汗を吸い取りつづける。
「時未……ごめんな。ごめんな」
 幹人の罪悪感は無限に高まっていく。青春の門口に立ち、これから友人や恋人に囲まれた明るい世界へ踏み出そうとしていた時未。その妹に、知ってはいけない肉の味を教えてしまった。
 もう時未は変わってしまった。男の、しかも兄の自分の体を全身で求めずにはいられないほどの獣に。風呂にも入っていない男の汗をうっとりした顔で味わい、手のひらで自分の体になすりつけるようなあさましい女に。
 破戒が情欲を加速する。
「時未……おれにも、おれにもくれよ……」
 覆いかぶさる妹の背中へ、尻へ、太ももへと、まるで肉をつかみとるようにして幹人は指を食いこませる。ぬるりと濡れたつややかな肌。冷たい汚泥のようだ。
 それすらもそそる。幹人はすくいあげた時未の汗を口に運ぶ。塩からい。
「時未……からい」
「私、からい?」
「うん。もう女の子じゃないな、おまえ……」
「そうだね。ハムみたいなものかも。しょっぱい血と汗が詰まっただけの肉……」
 何者でなくてもいい。ただこの人とつながっていられれば。
 幹人がしきりに時未の足をつかみ、膝や足首を曲げ伸ばしして筋肉のしなりを楽しむ、それを感じて時未も操られる快感を覚える。
 やがて、遊びだけでは物足りなくなる。
 もう何十度目か、幹人が強く腰を押し付け始めた。異常に張り詰めた亀頭が子宮口を圧迫する。隙間などない、そこはもう今までの精液で満たされている。それでもなお幹人は本能に駆られて押しつける。
「また? お兄ちゃん」
「ああ……」
「猿ね、まるで」
 優しく冷ややかに言い放つ時未を、やにわに幹人は押し上げる。体を返して、時未を横向きに押し倒した。彼女の両足をはさみのように前後に開かせて、片足を抱えこむ。
「とき……み……」
「あ……ぐ……」
 ピストンですらない。ただ猛烈に強くねじ込んだだけだ。時未が口を開けて呼気を逃がす。
 幹人は持ちあがった時未の膝に頬を押し付けた。しなやかな膝裏に指を当てた。そのまま指と視線を滑り下ろさせた。ふっくらと柔らかい時未の内ももの付け根で、充血したひだが引き伸ばされながら幹人のペニスを包んでいる。
 幹人はそこに指を当てる。薄くなった膣口を揉みこむ。輪ゴムにペニスを通すように、ひだごとペニスを指で包み、自分の裏筋を押さえ上げる。
 一滴も精液を逃がさないように。
「出すぞ……」
 そして、流しこんだ。射精ではない。鋭い絶頂がない。放精という感じだった。魚のように空虚な受精のためだけの行為。
「んん……」
 時未は目を閉じて、ペニスの震えを味わう。
「少ないよ……あんまり出て来ない。お兄ちゃん、いってないの?」
「……いったよ。でももう、出るか出ないかなんてどうでもいい……」
 幹人は体を倒し、時未の上半身を強く強く抱きしめた。
「ん……もっと……」
 唾液をはね散らかすようなキスが続く。硬い挿入も続く。


 七日目に幹人が目覚めると、きちんと服を着せられていた。
「……?」
 幹人は体を起こした。場所は昨日気を失った一階の座敷だったが、ゴミや服がきれいに片付けられていた。時計を見ると、昼過ぎだった。
 最後に時計を見たのは夕方の六時だったから、十八時間近く眠ったことになる。そんなに疲れていたんだ、と今さらながら悟ったが、寝ただけあって、体力も回復した気がした。
 時未がいない。
「おーい!」
「あ、起きた?」
 妙に活発な声だった。掃除された室内と同じように、ここ数日の人間離れした雰囲気がきれいになくなっていた。
「今ごはん持ってくね」
 待つほどもなく、ガラスのボウルを抱えた時未がやってきた。意外なことに、きちんとセーラー服に着替え、リボンを結び、ソックスを履いていた。
 ボウルをテーブルに置いて、腰を下ろす。当然のように幹人にぴったりくっついたので、少し安心した。
「久しぶりだからまともな物作ろうと思ったけど、冷麦しかなかったわ」
「いいよ、これで」
 二人は冷麦を食べ始めた。幹人はちらちらと時未の姿に目をやる。
 髪を結い直していた。ヘアピンが涼しげに光り、眼鏡のレンズの曇りもきれいにふき取っている。ほのかにシャンプーの香り。風呂にまで入ったらしい。
 時未の基準だと、これはよそ行きだ。幹人は聞いてみた。
「どっか行くのか?」
「うん」
「じゃあおれも……」
「私だけでいいよ」
「どうして?」
 まるで子供だな、と思いつつ、聞かずにはいられない。
 返事に驚いた。
「産婦人科だから」
「え?」
「私、できちゃってるの」
 幹人は箸を止めた。じわじわと複雑な思いが湧き上がってくる。
「そ、それならなおさら……おれもいかないと」
「ううん。――お兄ちゃんの子供じゃない」
「なに?」
「私、前に彼氏いるって言ったよね」
 小鉢を置いて、時未が幹人を見上げた。
「その人のだと思う。避妊してなかったから。時期を考えても合うし。お兄ちゃんのが出来るにしては、早すぎるよ」
「そ、それは……」
 混乱する頭をなんとか整理して、幹人は聞いた。
「いつからわかってたんだ?」
「実は、一週間前」
 ぺろっと時未は舌を出した。
「生理がなかったから、判定薬、試してみたのよね。そしたら当たりだったの」
「どうしてそのとき言わなかったんだ?」
「試したかったから」
 時未は幹人を顔を覗きこんだ。
「赤ちゃんができちゃうおそれがあっても、お兄ちゃんが私を愛してくれるかどうか、試したかったから。そしたら、本気で愛してくれたよね。――嬉しかった」
「……試すなよ」
 それが、幹人に言えた精一杯のことだった。
「で、どうするんだ」
「堕ろすよ、かわいそうだけど……。あの人の子供なんかほしくないもの。まだ九週だから、手術できるはず」
「やっぱり付き添うよ。お金とかないだろ」
「うん、ありがと」
 時未は笑って、幹人の肩に体を預けてきた。
「ああ、言ったらほっとした。けっこう怖かったんだ、怒られるかもって」
「怒る資格がないよ、おれは」
 幹人は苦笑する。
「同じことしてたんだから……でもおまえ、知ってたなら途中で言えよな。この一週間、複雑な心境だったぞ」
「安心した? お兄ちゃんの子供はできてないよ」
「うん、安心した」
 正直な気持ちだった。甘美な破局と、無難な日常。選べるものなら後者を選びたい。
 ふと気付く。今なら。
「時未……手術したら、やれなくなるよな」
「え」
「生で」
「……そうだけど」
 怪訝そうに言った時未の肩を、幹人はつかんだ。
「時未、ずるいぞ」
「なにが?」
「おまえは一週間、おれの子を妊娠しないって安心したまま、楽しんでたんだろ。なのにおれは、ずっと悩んだまましてたんだぞ」
「……ちょっと、またしたいの?」
 両肩をつかまれて、時未が身を引いた。
「あんなにしたのに。大丈夫?」
「寝たし、いま食べた。やれるよ」
「だめだってば、今したら、お医者さんに見られちゃうよ。せっかくお風呂でお兄ちゃんの洗い落としたのに」
「いいよ見られたって。それに……」
「きゃ!」
 幹人に首筋を甘噛みされて、時未は小さく悲鳴を上げた。
「その服見たら……我慢できなくなった。ずっとシャツだけだったろ」
「こ、これは出かけるから着ただけ! 誘ってるわけじゃないって! 他の服、汚れてるから!」
 時未が弱々しく肩を押す。だが、幹人はそれをはね返す。白いセーラーの襟のかすかなくすみ。髪の毛のシャンプーの香りに混じる、布地の乾いた汗の匂い。清と濁の絶妙なブレンド。
「これだってきれいじゃないぞ」
「仕方ないでしょ! 一週間前脱いだやつなんだから!」
 もがく時未を押さえつける。ただれきったこの一週間にはなかった、日常の雰囲気を身につけている時未に、背徳性が再び呼び覚まされる。
 禁じられたものに手を出したい欲求。
「最後の一回、最後の一回だ、な」
「ちょっと!」
 立ち上がりかけた時未を引き倒す。はだけた短いスカートの中に、幹人は顔を突っ込んだ。垢のくすみのないつややかな太もも、青いほど白い新品のショーツに引きつけられる。指を食いこませ、舌を這わせる。
「や、やだぁ……せっかくきれいにしたのに……」
 時未のもがきが急速に弱くなる。上体を仰向けに横たえて動きを止める。
 つかの間、時未の中で二つの思いがせめぎ合う。だが勝敗は簡単についた。
 ――欲しがってる……お兄ちゃんの肉があたしの肉を欲しがってる。
 その魔術的な誘惑には、この数ヶ月一度も勝てたことがなかった。
 今もそうだった。
 ――あげなきゃ、もらわなきゃ。
「時未……」
 体を回した幹人が、顔の上にまたがった。時未はふらふらとトランクスを下げて、ペニスを取り出した。ぺろりとなめる。自分と同じ汗の味。それで、理性が霜のように消える。
 ――食べたらいけない、自分の肉。
 引きずりこまれるように、二人は愛撫に溺れていった。時未はなかば噛むようにして幹人のペニスをもてあそぶ。幹人も、ショーツの上から恥丘のふくらみを唇で挟みこむ。
「お兄ちゃあん……」
「したくなったか、時未」
「ずるいのはお兄ちゃんだよ……こうなったらやめられないのに……」
「ここ、いいか?」
 くいっと布越しに谷間に指を突きこまれる。ぴくっと時未は震える。
「うん、いい……でも、もう濡れないよ?」
「濡らしてやるさ」
 幹人は下着を横にずらした。白くふっくらした陰阜の間から、少し赤らんだ唇が飛び出ている。そこにキスして、丹念に唾液を塗りこんだ。ちゅうちゅうと耳たぶのようなひだを引っ張る。何度やっても飽きない。かぎ慣れた甘い匂い。ずっと昔から知っている懐かしい肌。
「んん……」
 もぐもぐと唇をうごめかせて、時未がペニスに答える。そう、考えることは同じ。自分と同じ生き物。
 時未の体が応え始める。ぷつりと粘液が湧く。だが、見るからに精一杯という感じだ。幹人は体を離す。
「時未、ハンドクリームは?」
「そこの棚……」
 幹人は体を伸ばしてクリームを取った。振り返ると、時未が体を起こしてこちらを向いていた。
 レンズ越しに飢えた視線を投げかけて。片手でセーラーの中の胸をこねて。両足を開いて。ショーツを脱ぎ落とす手間すら惜しみ、片足の足首にそれを引っかけたままで。
 片手の指で小さな秘唇を広げて、妹が誘う。
「来て……」
 真っ白なソックスに包まれたぴんと伸びたつま先の間に、幹人は押し入る。片手で時未の体を抱きながら、もう片手でクリームをたっぷりと膣口に塗りつける。
 キスを交わしながら時未が聞く。
「お兄ちゃん、ちゃんと出る?」
「出すよ。無理にでもいっぱい出してやる」
「出してよ? 出さずに終わっちゃいやだよ? お兄ちゃん、最後の一回を楽しむんでしょ?」
「ああ」
 押し倒し、こちらを向いたひだの間に、幹人は性器を差しこんだ。
 何物にも代えがたい同化感がまたやってきた。ひだのひとつひとつ、体温のわずかな差さえ、幹人一人のために用意されたようにぴったりとペニスをくるむ。
 時未の両足がしずしずと腰の後ろで閉じる。潜りこみたい、包みこみたいという想いの同調。意識がつながってしまったような熱い接点。言葉が流れこんでくるような気さえする。
 ――おかえり、お兄ちゃんおかえり。
 ――ああ。戻ってきたよ。
 キスを交わし、頭を抱きしめ合う。ぴったりくっついた胸の間でくしゃくしゃと紺サージがよじれ、熱を溜める。押し開いた肉の間で動きたい、だがしがみついている妹の足を振りほどきたくない。ほんの少し困る甘美な選択。
 密着したままで幹人は腰を振り動かす。細く柔らかい妹の下腹を中からえぐり荒らす。背中に当たる時未のかかとがともすれば浮きそうになる。筋肉が勝手に反応しているのだ。
「精液出せる? ……お兄ちゃん」
 夢を見ているようなうっとりした顔で、時未がささやく。幹人は力強くうなずく。
「出せるよ……好きなだけ出していいんだよな」
「うん、うん」
「これで終わりになってもいい……いっぱい出すからな」
 全体重をかけて幹人は子宮をえぐり始めた。時未はのしかかられて息をするのも困難になる。それでいい、それが嬉しい。いっそ抱き潰してほしい。
 ハンドクリームが愛液より柔らかい。滑らかすぎる感触に幹人は急速に導かれる。もともと時未はきつい。十六歳は大人ではないのだ。
「ああ、いい、いくよ……」
「うん、来て……」
 時未は下腹に力をこめる。できるものなら子宮の口を開きたい。中に巣食っている他人の胎児を、撃ち貫いてほしい。
 ぐいぐい動いていた熱い槍が、一番奥までねじ込まれた。
「ときみっ!」「お兄ちゃんっ!」
 爆発したようにそれがはじけた。火のような塊が胎内に当たった。高熱の溶岩で焼かれたようだった。鋭い熱気が子宮から体じゅうに走り、時未は金縛りになった。
「時未ぃ……」
 縮み上がった妹の膣の中で、幹人は何度も絞り出していた。溶けていく、染みていく。自分の精が妹の胎内に拡散していく。
 だがそれは錯覚だ。幹人の精は受けとめられていない。
 そのとき二人は悟った。
 もう、後戻りできないことに。放ち、溜めるだけの絶頂の空しさに。
 二つを結び付けたい。一つのものを造りたい。
「時未……」「お兄ちゃん……」
 うつろな目で二人は見つめ合う。同じ想いが宿る目を。
「やっぱり……」
「ああ」
 時未の崩れた笑顔を見つめながら、幹人も無理に笑った。
「これじゃ、足りないよね……」
「うん」
「……行くしか、ないんだ」
 何も言えず、幹人は静かに妹を抱きしめた。時未も、兄の腕の中で苦い幸福感に浸っていた。

「ただいま……」
 帰ってきた時未が、幹人のそばをすりぬけて二階へ上がって行った。残された孝子に、幹人は聞いた。
「どうだった」
「お金はいただいたわよ。でも、それだけで済むものじゃないでしょ」
 硬い顔で孝子は言って、髪をかき上げた。
「向こうの洋二って子、最後まで顔を見せなかったわ。出てきたら引っぱたいてやろうと思ったのに」
「……手術、無事済んだよな」
「それだけは救いと言えば救いかしら。もう、せっかく旅行楽しかったのに、帰ったらこの騒ぎだもの。……どっと老けちゃったわ」
 孝子はため息をついて居間に戻る。幹人は階段を見上げた。
「時未、見て来ようか」
 ちらと振りかえって、孝子はうなずいた。
「そうね。変な気を起こすといけないし……ついててやって。やっぱり兄妹って頼りになるわね」
 階段を上りながら、幹人は苦しい思いで母の言葉を反芻した。いずれ、その母を裏切ることになるのだ。
「時未……」
 ノックもせず、幹人は妹の部屋に入った。時未は、ベッドでうつぶせになっていた。
「大丈夫か?」
「ん……」
 ごろりと時未が寝返りを打った。そのそばに、幹人は腰掛けた。
「母さん、ショックだったみたいだぜ」
「だろうね」
「あれ以上驚かせるのは、見るに忍びないよ。……時未、家を出よう」
 顔を上げた時未に、幹人は言った。
「おまえ、今日のことを使って転校しな。できるだけ遠い学校に。おれがアパートを借りる。おまえの面倒見るって言って、ついてくよ」
「仕事は?」
「なんとでもなる。大学だけはいいとこ出たからな」
 体を起こして、時未が聞いた。
「それ、本当にお母さんを傷つけたくないから?」
「……」
「二人だけになるんだよね」
 そう、本当はそれが目的だ。あの一週間が忘れられない。
 二人が踏みこんだのは、途中では止まれない道だったのだ。もう、最後まで行くしかない。
「いいよ、それでも」
 時未がささやく。人間に必要な何かを失った顔で。
「お母さんとお父さんを失っても。学校行けなくなっても。追われることになってもいい。――お兄ちゃんさえいれば」
「時未……」
「最後までついてきてくれるよね」
 時未は壊れていた。目の光がおかしい。低く熱っぽい声。
 だけど――幹人は思う。それは、自分だって同じだ。
「行くか、一緒に」
「ん……」
 時未が目を閉じる。幹人は顔を寄せる。
 限りなく柔らかい唇が吸いつく。
 懐かしい肌。もう離れられない肌。

―― 了 ――



前編
あとがき

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