top page   stories   illusts   BBS  


Teardrop Queen

 最初から惚れてたんだ。
 でも、最初からあきらめてた。手に入るわけがない。その人は、GB99の女神だったから。
 ソニア・チェリャビンスカ中尉。
 どれだけの兵があの人を仰ぎ見、崇拝し、狭いコフィンに写真を貼り、圧倒的な大勝を収め、指揮され、守られ、そして死んで行ったか。百人じゃきかない。このGB99の男性兵すべて、いや、女性兵も含めたみんなの、彼女は女神だった。
 おれは、GB99−1stアルコンドーユニット所属、スレイ・キュザック曹長。
 あの人の、忠実な影。

 やつらの正体が何か、目的は何か、兵力はどれぐらいか、そんなことはどうでもいい。わかってるのは、やつらがある日突然、南からやってきたということ、生身の兵士じゃ歯が立たない恐ろしい戦闘力を持っているということ、そして人を食うということだけだ。戦争が起こる理由としては充分。
 南極高地に続くツンドラは接触から一週間でやつらの勢力範囲になり、その後一ヵ月で国土の半分が奪い取られた。政府は赤道方面に首府を移して、このタイガに二百五十の基地を置き、強力な防衛線を張った。
 その基地も、今では半分が音信不通だ。敵は強い。でも、負けはしない。二百万の死者を出した初期のめちゃくちゃな混乱から、軍はやっと立ち直り、効果的な戦術を編み出し、練度を上げつつある。反撃はこれからだ。
 というのが政府の発表。本当はどうなんだか。現場でやつらを見ているおれには、楽天的すぎるたわごとにしか思えない。だが、逃げる気はない。この前線が破られれば、あとは穀倉地帯の平原と不毛の砂漠、そして赤道海が待ってるだけだ。人間は陸から追い出されてしまう。おれは、泳げない。
 だから、今日も戦っている。
 正直すぎる臆病者どものケツを蹴っ飛ばしながら。

「見逃してくれよう、おれはあと半月で結婚するはずだったんだぞ!」
 泣きわめきながら手を合わせるトリンを、おれは思いきり殴り飛ばした。
 食堂が騒然となる。兵士たちが立ち上がる。倒れたトリンはまだ泣きごとを繰り返している。
「もういやだよ、おれ。やつらの真っ赤な爪見るのも、くさい炎嗅ぐのも。なんであんた平気なんだよ、どうかしてるよ」
 おれは無言でトリンの胸ぐらをつかみ上げ、もう一度ぶっ飛ばした。年上の古参兵たちが敵意のこもった目でにらんだ。おれはにらみ返す。
 鼻水をたらすトリンを挟んで、緊張が高まった。
 その時、銀のムチみたいな鋭い叱責が飛んできた。
「そこ、何をしている!」
 男たちの視線が集中する。小柄な影が食堂に入ってきた。迷彩のごつい女性用コンバットウェア、後ろで無造作にしばった髪、いつ見てもかけっぱなしのサングラス。こんな人間は基地に一人しかいない。Teardrop Queen――ソニア中尉だ。
「キュザック曹長、やったのはおまえか!」
 よく通る澄んだ声で言いながら、中尉はトリンのそばにかがみこんだ。はれあがった頬に指を当てる。
「どうした……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
 トリンは体を起こした。中尉を見る目には、憧れと、隠しきれない後ろめたさが浮かんでいる。
「何があった」
「……」
「誰か見ていたものは!」
 皆は顔を見合わせる。が、口を開くものはいない。ソニア中尉が、苛立ったようにおれをにらんだ。
「曹長!」
「なにも。ぶつかっただけです」
「ぶつかっただと?」
 立ちあがりざま、中尉は腰の辺りに右手を滑らせた。避ける気はなかったが、避けたって当たっただろう。
 対人用のHVスピアで横っつらを張られて、おれはそばのテーブルにぶっ倒れた。当然電源は切ってあったが、なんの慰めにもならない。口の中が切れて、錆の味がした。
 中尉は、スピアでおれの片腕を抱えこんで、鮮やかに背中にねじ上げた。
「きさまは、これを『ぶつかっただけ』なんていうのか」
「……単に、手が当たったんですよ」
「なんだと?」
 関節がすごい力で極められた。あの小柄な体のどこにそんな力があるのか不思議だ。脂汗が出てきた。この人は、必要とあれば本当に部下の骨を折る。
「……すみません、足を踏まれたんで、カッとなって殴りました」
「最初からそういえ」
 極めがゆるみ、おれはふらつきながら中尉から離れた。
「おまえがカッとなるなんて珍しいな」
「虫の居所が悪かったので」
「罰だ。今夜中に小隊全機のFCSチェックを一人でやれ」
「……イエス、メム」
「トリン、言いたいことは」
 中尉に見られて、トリンは手を振った。
「いえ、ありません」
「ふん……よし、食事を続けろ! 野次馬に来るな!」
 中尉が命令した。だが、みんな気まずそうに顔を見合わせたまま、動こうとしない。妙な沈黙の中を、トリンがこそこそと出ていこうとする。
 その時、一般兵最古参のブレゲ爺さんがぽつっと言った。
「みっともねえぞ、トリン。そのまんま首府までトンズラこく気か?」
 雷に打たれたようにトリンが足を止めた。その背中に、中尉の視線が突き刺さる。
「……どういうことだ」
「あいつは、今夜の夜間偵察の途中に、一人で逃げ出す気だったんだよ」
 爺さんが、ポークカツをむしゃむしゃ食いながら言った。
「トリンの隊は今日二人死んだばっかりだろ。おじけづくのはわかるが、あいつが逃げりゃ誰かが代わりに死ぬんだ。ちゃんと引き継ぎもしねえで雲隠れするってのは、感心しねえ」
「トリン一等兵! 本当か!」
「へ……へへ……」
 振りかえったトリンは、泣き笑いのような顔をしていた。おれ……となにか言いかける。その顔に、中尉の声が叩き付けられた。
「貴様は軍法会議だ! 営倉に入ってろ!」
 トリンはへなへなとくずおれた。
 食堂は元のざわめきを取り戻す。異議を唱えるものはいない。皆、トリンに同情していたが、それ以上に中尉を尊敬しているのだ。敵陣のまっただなかに突っ込んでいくのは、いつも彼女だったから。
「すまない」
 おれのそばに来て、中尉が言った。
「罰は取り消しだ。ポテトでも食うか」
「いえ。……できればトリンを見逃してほしかった」
「なんだと?」
 中尉はおれをにらみつける。サングラス越しに強い視線の気配。
「殴るぐらいで許してやる気だった。あいつは婚約者がいるんです。兵は、あなたみたいに勇敢な人間ばかりじゃない」
「誰にだって大切な人はいる! すべてを守るために私たちは戦っているんだぞ。勇敢でなくたってやらなきゃいけないことだろう?」
「あいつは十分戦いました」
「――だからこそだ。そんな有能な兵に抜けられてたまるか」
 中尉はそう言うと、離れていった。
 最後の言葉は、いくぶん建前じみていた。それを口にしながらどんな顔をしていたのかはわからない。
 ソニア中尉は、サングラスを決して外さないから。

 珍しく暖かい日だった。誰かが植えたように整然と突っ立つカラマツ林の中で、おれたちはしゃがみこんでいた。
 シダの茂みが姿を隠している。だが、そんなもの気休めにもならない。やつらは熱を見る。氷に閉ざされたタイガでは、おれたちの機体が放つ熱は白鳥の群れの中のカラスみたいに目立つだろう。
 放熱をゼロにすることはできない。物理学の掟だ。それが、初期のころおれたちが苦戦した最大の理由だった。夜中だろうが吹雪の最中だろうが、やつらは正確におれたちの位置を見ぬいて攻撃をしかけて来たのだ。
 やつらに赤外線視覚があるとわかってから、軍は全力をあげて機体の放熱を減らす工夫をした。その成果のひとつが、機体の背中にくくりつけられている液体窒素タンクだ。熱は消せないが、より低温のものに移すことはできる。これでラジエーターを冷やすのだ。
 だがそれは逆に、おれたちの機体に、液体窒素切れの危険という新たなリスクを加えた。どっちみち発砲すれば高熱が出るのだから、たいして危険は変わらないが。
 その機体というのは、「モブ」のことだ。
 軍編成上の名称は、密林戦用高機動歩行機体、FoHMWV、フォーモーヴ。だが、そんなあやふやな発音の造語で呼ぶやつは誰もおらず、簡単に「モブ」と呼ぶ。暴徒、とはぴったりくる愛称だ。
 早く言えば足の生えたロボットだ。やつらが現われるまで、こんな兵器があるなんて軍はおくびにも出さなかった。西の隣国との国境に戦車の入れないジャングルがあるから、そこで使うために開発したんだろう。今は対戦車ライフル並みに量産されている。気温が五十度も違うタイガ用に転用するため、だいぶ苦労したみたいだが。
 それが八機、おれの周りに展開していた。
「まだ来ませんか」
 左手四十メートルから、まだ十九歳のシェルミーナ・プランテ二等兵が超音波メーザーを飛ばしてきた。おれは望遠でちょっとそっちを見る。ワニのような四足の細い機体が、雪をかぶってうまく隠れている。彼女のモブは、狙撃用のスパイラルbis。機動力は皆無だが、長砲身の150ミリソリッドドライバーを持っていて、八百メートルの距離から「マンモス」の頭蓋骨をぶちぬける。
 若いから焦れているのだ。おれはなだめる。
「待ってろ。情報軍は確かに、こっちへやつらの群れが向かってるって言ったんだ」
「来ない方がいいよな」
 前方三十メートルからメーザー。比熱の高いセラミックの盾を構えた格闘戦用の二足歩行モブ、フォックストロット・マーク[。乗員はセバスチアン・ズーリット一等兵。殴り合いなら右に出るものがない三十前の肉体派だ。
「いい天気じゃないか。ドンパチさえなきゃ、ピクニックみたいなもんだ」
「お弁当は持って来た?」
「野いちごのシロップがある。シャーベット作ろうぜ」
「子供じゃあるまいし」
 小隊員たちの声が聞こえてくる。超音波メーザーは拡散しないが、ウェブネット方式ですべて中継されているので、聞こえるのだ。
 待機中の私語は、煙草みたいなものだ。禁止されているが、止めるのは野暮。
「静かにしろ」
 もちろん、ソニア中尉は別だ。中尉の一言で、全員が押し黙る。
 おれは、少し前に立っている中尉のモブを見つめる。華奢な機体の要所に装甲をほどこした、軽格闘戦用のカスタネット37。
 あのトリンのことがあった日から、中尉とは話をしていない。ブリーフィングの時には普通に見えたから、問題ないとは思うが。
 その時、ヘッドホンの中で警戒音が鳴った。前方二キロに設置してある、無人の「さえずりロビン」の呼び出しだ。全員が聞き耳を立てる。
「ボギー、ボギー、T1452ロビン192。『マンモス』歩行音を確認。座標524-809、ヘディング225、ノット8、Wポイントまで280カウント。勢力分析中」
「オールパイロット、オープン・リキッドバルブ」
 中尉の指令で、全員が液体窒素冷却装置を始動させる。これから大体三十分が戦闘可能時間だ。昔風に言うと、ライフルのセイフティを外した、という感じか。各機がシュウシュウと窒素の蒸気を漂わせ始める。
 さっきまでとは打って変わって、緊張した短い声が返ってくる。
「P2、グリーン」
「P5、グリーン」
「P6、ストラグル一機リキッドNG。他グリーン」
 おれたちだけじゃない。左右四百メートルに、六小隊、四十八機のモブが三日月陣を敷いて展開しているのだ。今回は、かなり大掛かりな待ち伏せ作戦だった。
 もちろん、1stアルコンドーユニット――第一攻撃偵察小隊のおれたちが、一番先頭にいる。
「南無阿摩照州」
 いつも通り、突撃砲兵のヨシノのまじないが聞こえた。ズーリットがからかう。
「熱力学の神よ、我らを守りたまえ」
 いつもならそこで中尉の叱声が飛ぶのだが、それより先にロビンの第二報が入った。
「レポート2、レポート2、T1453ロビン192。敵勢力概算。『マンモス』35、『ジラフ』44、『グリズリー』21……」
 顔から血の気が引いていくのがわかった。
「『ユニコーン』60乃至70、『サーベルタイガー』80乃至100、『ジャッカル』100以上。六群十六プライドを確認。『渡り』と推測。警告、戦力比大」
 聞き終わる前に中尉が怒鳴った。
「増援要請、戦術空軍にサイレンスを出させろ! ガードベースにも至急電!」
「了解、TASQ、GB99、GB178、GB59に増援要請」
「GB212にもだ、あそこは弾道スクランブラがある」
「了解」
 超音波回線を開きながら、おれは必死に考えた。一番早いのはTASQのサイレンスだ。あのグライダー部隊なら、七分でここまで来る。乱戦にさえならなければ、垂直弾で半分は片付けられる。
 残り半分をどうするか。四十八機のモブで戦えるのは、せいぜい三群、総数百五十以下の群れだ。GBからの応援がかけつけるまで二十分、そのころにはおれたちの液体窒素は切れかけている。
 部隊員たちが早口に言い交わす。
「情報軍の偵察機はなにをやってたんだ、たかだか六小隊でやれる数じゃないじゃないか!」
「多分オーバーフロー現象だ。ストラトソアラーのルックダウンスキャナーは、一へックスあたり百個体までしかカウントしないから――」
「理屈はどうでもいいんだよ!」
「中尉、撤退を提案します!」
「サーベルタイガーが多すぎる。やつらは森の中を六十ノットで走るぞ。背中からまっぷたつにされたいか?」
 ズーリットの提案を中尉は一蹴する。
「落ちつけ、見つからなければ手はある。スナイパー各員! 弾頭をカッターメッシュに変更、雑魚の数を削れ! 大物は白兵要員が刺せ!」
「そんな、マンモスにブレードで挑めって言うんですか?」
「目か性器を狙えば刃が通る。外しさえしなければやれる!」
「来ました!」
 もっとも目のいいシェルミーナの声に、おれたちは静まりかえる。
 深い深い森の中から、薄黒い影がいくつも涌き出てきた。
 肩高八メートルはある巨大な六足獣、マンモス。
 高い首をカラマツのこずえに伸ばす四足獣、ジラフ。
 悠然と歩く大型獣の周りを、中型、小型の獣たちが、狂ったように駆けずり回る。一ツ目の狼・ジャッカル、サファイアの角を持つ俊敏な二本足・ユニコーン。
 極寒の地からやってきた魑魅魍魎、獰猛無比な獣たち――「ワルプルギス動物群」。最初に全滅した基地の名からつけられた名称で、正しく調べて命名されたものではない。だが、ぴったりだ。サバトのはげ山からやってきた魔物たち。
 ズシン、ズシン、と地面が揺れる。体重三十トンを越えるマンモスの歩行音だ。中には、長老特有の白く変色した擬腕をぶら下げている奴もいる。斥候やハンティング・チームじゃない。間違いなく、一方面の社会群まるごとの大規模な「渡り」だ。
「まだ撃つな、引きつけろ!」
 三百体を越える魔獣たちが、おれたちの陣の中に入ってくる。ズーリットのほんの十メートル先を、一メートルもあるダイヤモンドの牙をかざして、さっさっさっとサーベルタイガーが横切る。これだけたくさんの動物がいて、鳴き声がまったくないというのが不気味だった。やつらは鳴かず、耳を持たない。真空の宇宙からやってきたのではないかという学者もいる。
 その代わりに電波と赤外線を感じ取ってしまうから、無線通信は使えない。
 群れはおれたちの小隊の前を横切って、包囲陣の中央に近づく。しめた、とおれは思った。絶好の位置だ。いっせいにカッターメッシュ弾を撃てば、やつらを包みこむことができる。雑魚だけではなく、マンモスたちも包んでしまうことができるだろう。
「狙撃カウント、10。9、8……」
 中尉が数え始める。
「5、4」
 その時だった。ひときわ大きなマンモスが、ドドン、ドドン、とリズムをつけて足を踏み鳴らし始めた。背筋が凍る。あの長老マンモスだ! なんで気づいた?
「撃て!」
 ビュウイッ! といくつものタングステンの網が打ち出された。マッハ三の速度で襲いかかった刃物の網を受けて、ジャッカルたちがばらばらに吹き飛ぶ。
 だが、ほんの少し遅かった。サーベルタイガーたちがばね仕掛けのように散開した。まさに、あの長老の警告でかわされたのだ。
「統制解除、オールファイアオープン!」
 叫びながら中尉のカスタネットが走り出した。この距離では、もう指揮などしている余裕はないのだ。小脇に抱えたドラムガンがガアッと唸る。五秒間で千五百発の弾幕を食らって、ユニコーンやジャッカルが蜂の巣になる。だが、ジラフやグリズリーの厚い皮膚にそれは通じない。
 中尉はHVブレードを抜き、かたっぱしからサーベルタイガーを切り飛ばし始める。
 おれも撃ちまくっていた。おれの乗機のディグニティラは、分厚い装甲と八脚の足を備え、通信設備と予備パーツや弾倉を積んだ、完全なバックアップ用の機体だ。機動力はまったくないが、ジャッカルやユニコーンの角や爪なら内部まで届かないし、弾薬は腐るほどある。四つある短砲身の60ミリラピッドガンを振りまわして、文字通りタマの雨を降らせる。
 劣勢だった。ものすごくまずかった。相手より数の少ない包囲陣なんて、包囲陣じゃない。紙袋で水を受けるようなもんだ。
 やっと来た空軍のサイレンスは、あまりにもおれたちが交じり合っているため撃つに撃てなくて、そのまま帰ってしまった。
 おれたちは、五倍も六倍もの数の敵に囲まれて、食いつぶされていった。
 3rdユニットのボーマンが、スパイラル型の自機から引きずり出されていた。5thユニットのネスチェフは、マンモスに踏み潰されて肉片を飛び散らせた。
 どちらにもジャッカルたちが猛然と顔を突っ込んで、がつがつと食い漁っていた。それをマンモスが擬腕で振り飛ばし、邪魔がなくなったところで、ゆっくりと獲物を口に運んだ。
 ボーマンは片足をなくしながらまだ生きていた。口がぱくぱく動いて、助けを呼んでいた。マンモスにくわえられ、閉じる口を弱々しく片手で支えようとしたが、圧倒的な力を持つ顎が、それをへし折った。
 風船が破裂したように、赤いものが飛び散った。
「やめてーッ!」
 シェルミーナが叫んで、雪の中から飛び出した。彼女のスパイラルはこんな乱戦にはとても耐えられないのに。
 150ミリを続けざまにマンモスの群れにぶちこむ。徹甲DU弾は部隊最強の火器だ。五頭ほどのマンモスが頭からきらきら光る不凍液をまきちらして、重々しく崩折れた。
「ボーマン、仇は取ったわよ!」
 それだけが、シェルミーナの成果だった。
 ゆらり、とジラフの一頭が顔を向けた。三つの口を大きく開く。
 そこから、ものすごい勢いで青白色の炎が吹き出した。燐化水素の火炎放射だった。スパイラルがその炎に撫でられる。ボンッ! と背中で何かがはじけた。
 高温に耐えられなくなった、液体窒素のボンベだった。
「きゃあっ!」
 シェルミーナは叫び、機体を巡らせて逃げ出そうとする。
 だが、駄目だった。擬装を失った彼女の機体に、周りじゅうの獣たちがいっせいに群がった。今までやつらは、チラチラまたたく銃火を頼りに、めくらめっぽう襲いかかってきていたようなものだ。それが、初めてはっきりと見える標的を見つけたのだ。
 二十匹以上のジャッカルたちがスパイラルに飛びつき、動きを封じた。装甲の薄い脇や頚部からかみ破っていく。
「離して! やめて、た、食べないで! ぎゃアッ!」
 内部に達したのか、鋭い悲鳴が上がった。
「あっ、あっ、はアッ、アアッ!」
 絶頂の時のあえぎ声にも似た断続的な悲鳴を、超音波回線が無慈悲に伝えてくる。背景に不気味な咀嚼音。オープン回線だからカットできない。もうやめてくれ、と叫びたくなったとき、サーベルタイガーが慈悲の一撃を振り下ろした。
「いやあーッ!」
 貫かれたシェルミーナの断末魔が、長く長く続いた。ハッチがもぎ取られ、サーベルタイガーが彼女の体をばきばきと噛み潰した。
 あちらでもこちらでも、ボンベをやられたモブが、雲霞のような敵にしがみつかれて、倒れていった。おれはソナーで周囲を探った。ソニア中尉は?
 いた。信じられなかった。あの長老マンモスにむかって、たった一人で切りつけようとしている。むらがる獣たちを踊るような動きでかわし、蹴飛ばす。ほとんど美しいとさえ言える驚異的な戦闘能力だったが、数が違いすぎる。
 中尉のカスタネットの背後から、若いマンモスが突進してきた。中尉は気づいていない。このままだと弾き飛ばされる!
 おれはとっさにセレクターを動かして、ラピッドガンのひとつをNAP弾に換装した。残り三つをオートで撃ちっぱなしにしたまま、NAP弾をマンモスたちに向け、撃ちまくった。
 連中の体に炎の点がいくつもできる。マンモスたちは、ほんの数秒、うろたえたように動きを乱した。NAP弾は油脂焼夷弾だ。その熱はやつらの目を狂わせる。知能の高いやつらはすぐに囮だと気づいてしまうが、今はその数秒が大事なのだ。
「いいぞ、キュザック!」
 おれの意図に気づいたようだ。中尉は機体の倍もあるような巨大な長老の体にむかって、思いきり跳躍した。皿のように巨大な目の真ん中に、HVブレードを柄まで押しこむ。大きく震えて、長老はひざを折った。
 だが、それまでだった。中尉はもう、なにひとつ武器を持っていなかった。その機体に、マンモスたちがのしかかろうとする。
 その瞬間だった。
 キイイッ、と空から降ってきた音が、続けざまにマンモスたちに突き刺さった。徹甲DU弾。おれは空を見上げた。
 パラシュートにぶら下がった数十機のモブが、降下しながら150ミリを撃ちまくっていた。
「GB212グリグソン中尉、以下五十二機だ! 援護する!」
 弾道スクランブラ――カタパルトでモブを打ち出す装置を使った緊急展開部隊が、間に合ったのだ。
 おれは、思わず敬礼していた。手のひらが、汗でべとべとだった。

 結果は辛勝だった。三百七十五体の獣たちを、おれたちは完全に殲滅した。
 だが、失ったものも大きかった。おれの隊でも、シェルミーナとヨシノがやられた。シェルミーナのコフィン――パイロットシートの中には、かろうじて彼女の栗色の頭髪と、なぜか片方の乳房が残っていた。寝たことはなかったが、聞いたことはあった。噂通り、きれいな乳房だった。
 ヨシノはウェルダンだ。黒焦げになった機体から、鼻が曲がるような燐化水素の臭気が漂っていて、徹底した火炎放射を食らったことがわかった。
 部隊全体では、十九機のモブがやられ、十七人が死んだ。未帰還率、実に三十五パーセント。モブの導入以来、一度の戦闘でそんなに死人が出たことは、初めてだった。だが基地の中隊長は、よくやった、とだけ言った。空軍の大規模な爆撃に頼らず、地上戦で「渡り」集団を全滅させた部隊は、全軍を通じて他になかったからだ。
 その手柄は、すべてソニア中尉に帰するものとなる。だが、中尉は出て来なかった。
 ハンガーに戻されたカスタネットの中から。
 みんなが呼んだが、中尉はコフィンを開けようとはしなかった。戦闘記録をまとめている、一人のほうが集中できる、というのがその理由だった。みんなあきらめた。中尉の言葉を信じたわけじゃない。信じたのは伝説のほうだ。――ティアドロップ・クイーン。
 デブリーフィングが終わって、飯と風呂が済んで、消灯時間になっても、中尉は現われなかった。
 で、おれはハンガーに向かった。
 激しい戦闘があった日の常で、ハンガーでは整備員たちが徹夜で修理を続けていた。その喧騒を避けるように、ソニア中尉のカスタネットは壁際に立っていた。おれはタラップを上って、コフィンをノックした。
「……誰だ」
「キュザックです。メシ持って来ました」
「いらない」
「じゃあ、せめてそこから出てください。いつまでたっても整備ができないって、メカニックが怒ってますよ」
 直立型のモブのメンテナンスは、寝かせて行う。中尉がコフィンに座っていたら、寝かせられない。
 ややあって、コフィンが開いた。おれはその時を待っていた。中尉の顔をじっと見つめる。伝説を確かめたかったのだ。
 だが、相変わらずのサングラスのおかげで、よくわからなかった。口元を見た限りでは、無表情のようだったが。
「おうい! こいつも頼む!」
 おれは整備主任に声をかけて、ドーリーを呼んだ。中尉の気が変わってしまったら困る。
「……どいてくれ」
 中尉がおれをおしのけてタラップに飛び降りた。本当に小さい。身長百五十二センチ、体重四十三キロ。おれと三十センチも違う。肩幅だってまるで子供みたいだ。もっとも、そのおかげで中尉のコフィンは他の誰のものよりも小さく、被弾面積を下げることができているのだ。だから中尉は自分が小さいことを自慢している。
 今日はその体が、とても自慢できるものには見えなかった。
「どちらへ?」
「部屋に戻る」
「戻っても、メシありませんぜ」
「……キュザック?」
 振り向いた中尉に、おれはジャンパーに隠した紙袋と瓶をちらりと見せた。
「ディナーとワイン、取り揃えてます。付き合ってもらえませんか」
 おれが笑うと、中尉はまじめな口調で聞いた。
「いい店なんだろうな」
「折り紙つきですよ」

「そうか、ここか……」
 中尉は意外そうに言って、窓から周囲を見まわした。
 GB99の戦術管制室の裏から、細い階段を上った哨戒塔。高さ二十メートルで、全周がガラス張りの小さな部屋だ。半年前に監視強化のため基地の四隅に新しい哨戒塔が作られてからは、使われていない。
「展望レストランにようこそ。お気に召しましたか」
「うん」
 うん、なんて返事は初めて聞いた。中尉って何歳だっけ。
「メニューは?」
「ズーリットの実家から送ってきた鴨のハム、おれが部屋で焼いたスコン、レーションを秘伝のレシピで調合した特製シチュー、それに……シェルミーナのザックから出てきた、キャビア」
「シェルミーナの……」
「遺品です。心して食ってください。それと酒のほうは、ヨシノとバーター取引した『槍ヶ岳』。四十二度です。覚悟いいですか」
「アラートがかかったら」
「乗る機体がないでしょうが。今夜は隣のベース任せですよ」
「……よし。じゃあまず、ヨシノに乾杯」
 中尉はやにわに「槍ヶ岳」の一升瓶をわしづかみにして、ぐっと口に当てた。二口、三口、勢いよく飲み込む。
「ぷはぁ……」
「お見事」
「貴様も飲め。そうだな、この線まで」
「死んじまいますよ、三分の一もイッキしたら」
 まっくらな監視所の真ん中の作戦卓に食べ物を広げ、端に尻を乗せて、おれたちは小学生のままごとみたいな晩飯を食べた。全部軍律違反の品だったが、中尉はこごとひとつ言わなかった。こういう風に生死に関係ないところでは、規則を忘れているらしいのだ。兵たちに人気があるゆえんだ。
 ソニア中尉だって歴戦の猛者だから、酒には強い。でも、水のように澄んでいるくせにストレートのスコッチより強い「槍ヶ岳」は、さすがに応えたらしかった。料理を食べ終えるころには、体を半分ひねった姿勢で、卓に手をついて体を支えていた。
 ふと気づくと、中尉は女だった。
 もちろん普段から女だ。その姿は廊下を歩いていても白兵戦の時でも、変わらず美しい。三年間この人に仕えて、おれはずっと見ていた。でも、それは硬くて尖った刃物の美しさだ。
 頬を夕焼けの色にして、斜めに首を傾け、額にかかった髪をかきあげる腕の、ひじが低い。張っていない。ほぅ、と息をつく。気合がない。まるく柔らかい女の仕草だった。
 言葉はまだ、硬かった。
「そろそろ言ったらどうだ」
「……え?」
「用があるんだろう? おまえが、タダ飯おごるタマか」
「……泣いてましたか」
 ソニア中尉はサングラスをおれに向けた。
「ティアドロップ・クイーン、涙の女王。戦闘の後は怖くて泣く、みんなそう言ってます。女に勝てないやっかみですがね。本当ですか」
 中尉は黙っておれを見つめた。それから、意外なことをした。
 サングラスを外したのだ。
 中尉の瞳は、若葉のような鮮やかな緑色だった。基地中の兵士たちの想像通り、ちょっと吊りあがった、切れ長のきれいな目だった。
 その目尻に、白く塩が乾いていた。おれは驚いた。
「本当だったのか……」
「いや」
 サングラスを置くと、中尉は微笑んだ。
「外れだ。戦いなんか、怖くない」
「なぜ?」
「私には恋人も身寄りもない。ツンドラにあった家はやつらに踏み潰された。死ねばみんなに会えるから、怖くはない」
「じゃあ、なぜ泣いたんです」
「嘘をついてるからさ」
 中尉は物憂げに体を傾けた。
「私は部下を戦場に出す。怖いのはみんな同じだと言って。でも、そういう私はちっとも死を怖がってないんだ。私はみんなの心をわかっていない。そんな私に、兵を殺す権利があるのか……」
「殺す? 何を言うんです。あんたは兵を助けてるんです」
「シェルミーナやヨシノは」
「むしろ生き残ったおれやズーリックのことを考えてくださいよ。いや、基地のみんながあんたに助けられてるんだ」
「……」
 中尉の顔は晴れなかった。
「さっき、実際に戦闘記録を調べたんだ。なぜ長老に気づかれたか。おまえのディグニティラのマルチバンドセンサにヒントがあった。私たちは、冷やしすぎたんだ」
「冷やしすぎた?」
「そうだ。思い出せ、今日は妙に暖かかっただろう? 五度を越えていた。液体窒素のボンベを抱えた私たちは、逆に冷たすぎる点としてセンサに映っていた。気づかなかったのは、味方の数の多さに油断して、戦闘前に相互チェックを命じなかった私のミスだ」
「……」
「そうなんだ、兵が死ぬときは、いつも私がミスをしている。みんなはそれに気づかない。私を信じたまま死んでいく。……私は、ひどい嘘つきだ」
 中尉のつややかな頬に、一筋の涙が流れた。おれは思わず言っていた。
「じゃあ、嘘じゃなくすればいいでしょう」
「……どうやって」
「簡単です。自分が生きる気になればいい。そうすれば戦闘が怖くなるし、投げやりな指揮でミスを出すこともなくなる」
「ははっ」
 中尉は自嘲的に笑った。
「どこが簡単なんだ。私には、失うものなんか何もないのに」
「おれは?」
 中尉が不思議そうにおれの顔を見た。
「おれがそれになります。中尉、おれの女になってくれ」
 それは一線を越える言葉だった。三年の間に作られた、指揮官と部下としての一線。口に出してから、この三年のソニア中尉の姿が浮かんだ。殴り、命令し、撃ちまくり、千を越える敵を屠ってきた無敗の女神。基地中の男女が恋焦がれている、神聖な処女。
 酒のせいだ。自分の無謀さに、舌打ちしたくなった。
 だが、中尉は笑いも怒りもしなかった。
「おまえだけだな、生きているのは。……配属当初に私を笑っていた男たちは、みんな死んだ。キュザック、おまえだけが生き残ってる」
「……丈夫が取り柄ですから」
 無理におどけて言うと、中尉はうなずいた。
「おまえなら、好きになってもいいかもしれない。その代わり、死なないと約束しろ」
「おれを殺すのは、あんただけです」
「よし、私をやってもいい……」
 中尉は顔を寄せ、おれの頬に唇をつけた。そんなことあるはずがなかったし、酒くさかった。二重に信じられなかったが、現実だった。ソニア中尉が、おれにキスを。
「中尉……」
「中尉?」
「ソニア」
 おれは、ソニアの体を抱きしめた。彼女の圧倒的な存在感とは裏腹に、細い、本当に折れてしまいそうに華奢な体だった。
 夢かもしれない。なら覚める前に。おれは思いきり大胆に、ソニアの唇をむさぼった。柔らかい。顔を離してしげしげと見つめる。彼女の顔が、幼いとさえ言えるほどまるいのに気づいて、おれは驚いた。サングラスの下に、こんな少女のような顔が隠れていたなんて。
「ソニア……年は?」
「二十五。ふふ、おまえのほうが上だ。でも……」
 ソニアが手をおれの股間に伸ばした。おれは身をすくめた。勃起していることを知られる。
 でも、ソニアは驚かなかった。ズボンの上からあれをさすって、笑う。
「処女じゃないんだ。入隊前には男がいた。その後も、一夜限りのことなら何度か」
「……」
「幻滅した?」
「いえ……気が楽になりました」
「勝手だな、男は」
 ソニアは楽しそうに笑う。無邪気な笑顔だ。誰も見たことのない笑顔。
 それを好きにできる。
 おれはソニアの手の横から、ソニアのズボンへ手を伸ばした。股の間に滑らせ、上へと揉みこむ。ごわごわの木綿越しにでも、感触がはっきりわかる。ばねのような筋肉の詰まった太ももと、内股に走る腱。その間の柔らかな谷間。
 ソニアは拒まない。おれたちは抱き合ったまま、片手で互いの性器を愛撫しつづけた。ごそごそと押し殺した音。息がはずむ。
「キュザック……」
「スレイって」
「スレイ、私としたいか?」
「はい」
「したいだろう? こんなに硬くなって……色気のない私の体でこうなるなんて、よっぽど飢えてるんだな」
「違う、ソニアはすごくきれいだ」
 おれは少ない経験を総動員して、ソニアのあそこに指を使う。ソニアが唇を引き結んで「んっ」とつぶやく。耳を疑うほど甘ったるい。女神のあえぎ声。
「みんな憧れてる。みんな、夜はソニアでオナニーしてるぞ」
「そうか……?」
 嬉しそうな返事。おれは止まらなくなる。
「ソニアは? ソニアはしたいのか?」
「うん……」
 ソニアは少しずつ股を広げる。腰をせり出して、愛撫を求めてくる。
「ここ触られるの、好きか?」
「好きだ……」
「胸は?」
 言いながら上着のボタンを外す。シャツとブラの上から、張り詰めた乳房をこねまわす。ソニアはおれの手に手を重ねて、自分から胸をこね始めた。
「しよう、スレイ。……セックスするんだ。私、燃えてきた……」
「ここでするのか。用意なんかないぞ」
「構わない、もう止まらない。今日ならいい。スレイ、私の中にスレイがほしい」
「ソニア……」
 ぞくぞくした。犯していいなんて。
「じゃあ……口でしてくれるか?」
「口で?」
 ソニアは戸惑いがちに見上げた。どきっとするほど幼い。
「おれ、もうシャワー入ったから……」
「……したこと、ないんだ」
「だめか」
「だめというか……」
 困った顔をしながら、ソニアがおれのペニスをこすりつづける。
「やり方がわからない。手じゃだめか」
「訓練より実戦、って言ってなかったか」
「……そうだな」
 あっさりうなずいて、ソニアは作戦卓から降りた。そんな素直なそぶりがどれだけ刺激的か、彼女はわかってないだろう。
 おれの前にひざまずいて、ファスナーを下げる。おれは自分でペニスを取り出した。整ったソニアの顔に突きつけるのは部下を殴るより罪悪感があった。でも、許されているんだ。興奮で痛いほど勃起する。
「大きい、な……」
 目を見開いて、ソニアは手を添える。いつもグリップを握っている硬い指に、やさしい気づかいがこもっている。それだけでおれは軽く震えた。
 こすり出す。おれはうめく。ソニアがちょっと面白そうな顔をした。
「男って、本当に弱いな」
「いいから、早く……」
「けっこうグロテスクだぞ、これ」
 言いながら、ソニアはそっと亀頭にくちづけした。それから、薄く唇を開いて、ゆっくり飲みこんだ。
 酒でねとついた粘膜がおれのものを包みこんだ。舌が亀頭をくるくる巡る。実戦派の彼女らしく、始めるとためらいがない。顔を前後させ、裏筋をくすぐり、根元を指でしごき上げる。摩擦をなくすために、たっぷりと唾液を出してくるむ。
 軽い気持ちなんだろう。おれの興奮を教えられればいいのに。自分がどれだけ兵たちに聖化されてるか、わかっていない。おれのような男のものをしゃぶるなんて、許されないことなのだ。
 そんな貴い女の口に、おれは性器を突っ込んで味わわせている。優越感が快感になり、声も出ない。
「これでいいか……?」
「さ、最高だ」
「ふうん……なんだか、私も……」
 真っ赤な顔で幹を横ぐわえにしながら、ソニアはかちゃかちゃと焦り気味に自分のズボンの前を開ける。そして、手を滑りこませて、触り始めた。
「ソニア……興奮してるのか?」
「最近セックスしてないから、ずっと想像でしてたんだ。本物に触ったら、むらむらしてきた……」
「想像でって、まさか、ソニアがお、オナ……」
 しまった、という風にソニアはぺろりと舌を出した。猛烈にかわいい。
「するさ、兵士だもの。じゃないと耐えられない事もある」
「ど、どれぐらい」
「機密事項だぞ。……週に一度ぐらい」
 ソニアがふとペニスに目を止めた。いたずらっぽい目付きになる。おれが、ソニアの言葉でますます猛っていくことに気づいたのだ。
「どうやってしてるか、知りたい?」
「し、知りたい」
「上着を脱いで、ベッドに仰向けになって、足を開いて……」
「う、うん」
「片手を下着に入れて、もう片手で口を塞ぐ」
「どんな風に?」
「こんな風に……」
 ソニアはひざまでズボンを下げて、パンティを見せつけた。おれは身を乗り出してそこをのぞきこむ。
 ブルーのパンティを持ち上げて、指が動いていた。四本の指が複雑にうごめいて、ソニア自身しか知らない快感のポイントをえぐっていた。男のオナニーとはかけ離れた、優雅で淫靡なタッチだった。
「見えてる?」
「ソニア、上手だ……いつも見せるのか」
「ううん、初めて。こんなこと、したことがない。スレイのこれのせいで、変になるんだ……」
 口調まで崩れている。どんどん無防備になっているんだ。破裂しそうなおれのものを、ソニアはぺちゃぺちゃと音を立ててなめ上げる。
「すごく感じる……これだけでいけそう。もっと、しゃぶらせて……」
 ソニアが指を速めながら、めちゃくちゃにおれのものをしゃぶりたてた。もう限界だった。おれは思わずソニアの頭を押さえこんだ。
「ソニアっ、出るっ!」
 ドクッ、と精液が飛び出した。ちょうどソニアの口蓋の裏に押し付けた時だった。反射的に引きぬこうとしたが、ソニアは顔を離さなかった。
「ん、んーっ!」
 指をあそこに食いこませている。イったのだ。その絶頂に夢中で、おれの射精すら受け入れている。むさぼるように激しく吸いつかれて、おれの自制心も切れた。そのまま口の奥に突っ込んで、何度も遠慮なくほとばしらせた。
「はあ……」
 あそこの指をかぎに曲げたまま、ソニアは口を離した。こぽっ、と唇から白いものが垂れた。
「ソニア……おれのやつ、飲んだぞ」
「……え?」
 ソニアは口元に手をやって、舌を動かした。顔をしかめる。
「スレイ……ひどい」
「あまり気持ちよかったもんだから……」
「確か、毒じゃなかったな」
 それで割り切ってしまったようだった。この人らしい、けれど大胆すぎる言葉だった。
「スレイ、もう収まったか?」
 やや正気を取り戻した感じで、ソニアがおれのペニスをもてあそんだ。もの欲しそうな顔をしている。
「収まったかって」
「その、もう一回……」
「入れてほしい?」
 こくり、とソニアはうなずいた。
「足りないんだ。やっぱり、奥までこないと……」
 射精の後の虚脱感なんか吹っ飛んだ。おれは、ソニアのわきに手を入れて抱え上げた。
「スレイ?」
「第二ラウンドです。今度は攻守交代だ」
 びっくりするほどソニアの体は軽かった。それを、作戦卓に横たえる。
 のどからキスを始めて、胸に顔をこすりつける。ソニアはさっきの小さな絶頂の余韻が残っているように、力を抜いておれに体を任せている。この無防備! 思わずソニアの手を取って、指にくちづけする。スピアでおれを吹っ飛ばした強靭な手が、たらりと無力に預けられた。
「ソニア……あそこ、もらうぞ」
 ソニアの下半身は作戦卓からはみ出ている。おれはすでに下がっていたズボンといっしょに、青いパンティを一気に引き下ろした。脚から抜いて投げ捨てる。
 脚を開いて持ち上げるまでは、ソニアはおとなしくしていた。だが、おれが顔を近づけると、少し慌てた。
「ちょ、ちょっと……」
「ん?」
「まさか、口で?」
「ああ」
「だめだ、私、帰投してからまだ何も……」
「関係ないですね」
 言うが早いか、おれは太ももを大きく開いて、顔をソニアのあそこに押し付けた。むっと強い匂いが鼻をついた。
「こ、こら!」
 ソニアがもがく。両手まで添えて、ものすごい力で太ももを閉じてしまう。だからって逃がしはしない。閉じた太ももの間の細長く盛りあがった肉唇に、おれはしゃにむに吸いついた。
「わ、私、排尿パッドも使ったんだぞ!」
 悲鳴のような声を上げてソニアが後ろへ下がろうとする。だが、姿勢が悪い。宙で足をばたばたさせるだけで、進まない。おれは力いっぱいソニアのむっちりした太ももを抱きしめて、後ろからあそこに舌を這わせまくった。
「やめろ! やめ、だめ!」
「ソニアの小便だったら汚くない」
 内もも全体にこびりついた塩辛い味を唾液で溶かしながら、おれはささやいた。
「ソニア、覚えとけ。あんたは男たちの女神なんだ。女神の体だったら、みんな喜んできれいにしようとする。おれだってそうだ」
「……そんな……」
 ぶるぶる震えながらソニアは抵抗を止めていく。おれはいっそう激しくそこをしゃぶりたてる。太ももを閉じていると恥毛が見えない。少女のようにつるりと光るひだをすすり上げ、かきわけて、中まで夢中でえぐり込む。
 少しずつ愛液があふれ出してきた。舌を動かすたびにねろねろとからみつく。少し強引すぎるかと思ったが、ソニアは萎縮していなかった。逆だった。
 味わいつづけるにつれ、ソニアの太ももがゆっくり開いていった。おれは脚の間からソニアの顔を見上げた。
 あの強気なソニアが、両腕で顔を抱えこんで、恥ずかしげに隠していた。
「知らないぞ……」
 震えるかすれ声が耳に届く。
「おまえが悪いんだ。おまえがそんなこというから……いいんだな、私、きれいじゃないんだぞ……」
「かまわない」
「じゃあ、なめて。味わって……」
 顔を隠して羞恥心を押し殺し、ソニアが大きく股を開いた。おれはソニアの引き締まった足首を両手でつかんでもっと広げると、ありったけの愛しさをこめて正面からクンニリングスを始めた。
 充血したひだをこすり、肉が重なった奥まで舌でこそげ取る。ちゅぽちゅぽと膣口の裏側をかきあげる。塩とチーズの匂い。白く濁った、ソニアの本気の液。薄いヘアがしゃりしゃりと鼻に当たってくすぐったい。
「ふ……ぐ……」
 ソニアは軍装の袖を力いっぱいかみ締めてうめき声を殺している。でも、間違いなく感じ切っている。ぷつっと膨れ上がったクリトリスを吸うと、腹筋がビクビクと動く。つかんだ足が鋭くはねて逃げそうになる。
「だ、だめ……それ以上は……」
 ソニアが息もたえだえの様子で言った。
「またいきそうか? イってくれよ」
「だめだ、いきたくない……スレイの、スレイのあれでいきたい……」
 声と一緒に、ひだがひくひくうごめいた。ソニアが全身でおれを待っている。
 おれは、ソニアを引っ張りながら床に寝そべった。おれの腰の上にずるずるとソニアがまたがってくる。
「ほら……入れてくれ」
「う……ん?」
「指揮官がイニシャティブを取らなきゃ」
 ふわっと微笑むと、ソニアは尻を上げた。おれが指で立てたペニスの上に、股間を合わせる。
「ここでいいかな……」
「初めてじゃないんだろう?」
「前にしたの、一年も前だ。できなくなってるかも……」
 ちら、とソニアの顔に不安げな色が宿る。そんなことあるか、とおれは肩を叩いてやった。
「でも、多分きついぞ……」
 言いながらソニアが腰を下ろし始めた。
 ぬちゃりと亀頭が埋もれた。すぼまった筋肉に阻まれる。なんども腰を動かして、ソニアが少しずつ飲みこんでいった。ずっと男を受け入れていないせいで固くなっていた管が、おれの硬いものにほぐされて、一センチずつ柔らかくなっていった。
 半分まで飲みこんでから、ソニアは一気に体重をかけた。張りついていた粘膜の間を引き剥がすようにして、おれのものが奥まで入りこんだ。まだ奥は濡れていない。生暖かい粘膜のつぶつぶがじかに感じられる。
 締めつけられるようにきつかった。周りの筋肉が強すぎる。
「ソニア、痛くないのか?」
「むずがゆい……」
 言いながら、ソニアはおれの胸に腕をついて、腰を左右に軽く回した。
「少し待って……私、濡れにくいんだ」
「ソニア」
 おれは腕を伸ばして、ソニアの体を抱きしめた。軽く驚いたような顔をしたソニアに、キスする。
「無理しなくていい。このままでも十分だ」
「このまま?」
「出したら終わっちまう。おれは、ずっとソニアとつながっていたい」
「……スレイ……」
 目を閉じたソニアと、おれは再び濃厚なキスを始めた。
 抱くといっそう小さく感じる。美女と野獣だ。女神も体は女の子だった。そんな小さな体で、おれたち荒くれを毎日引っ張っている。今日ぐらい休ませてやらないとな、とおれは考える。せめて体をほぐしてやりたい。
「す、スレイ?」
 ソニアが軽く声を上げた。おれはソニアの体のあちこちを柔らかくつかんでいく。愛撫なんだかマッサージなんだか、自分でもよくわからない。ただ、触りたかったのだ。両腕、背中、尻、太もも、ふくらはぎ。
「リラックスしろ。小娘みたいに固いじゃないか」
「久しぶりだから……」
 キスを続けながら、おれはソニアの体を揉みほぐしていった。そのうち、触る場所が限られてくる。やっぱり、太ももや尻を味わいたい。きゅっとしまったソニアの尻。きついズボンから解放されて、のびやかに張っている。それを指の間でこね潰す。
 ソニアがおどけたように笑う。
「結局、そこじゃないか」
「悪いか?」
「ううん……いい、しびれてきた」
 膣の奥が液体に満たされ始めた。やっと体が感じ方を思い出したみたいだ。おれはソニアの尻をつかんで、少しずつ動き始める。
「んは……」
 ソニアも同調した。手をついて体を起こす。縦になったせいで、おれのペニスがひきつって、より固くなる。
「このほうが奥まで届くだろう……?」
 目を細めておれを見下ろしながら、体をまっすぐに立てて、ソニアはひざの力で腰をはねさせる。じゅぷじゅぷといやらしい音が立ち昇り始めた。おれが頭を起こすと、ソニアの白い下腹の下に突き刺さるペニスが見えた。入ってる。いまさらながら、ソニアと結合してしまったことを実感する。
「は、はあっ、スレイ、どう? 奥、気持ちいいか?」
「自分がくわえたいんだろ、おれのためみたいに言うな。ううっ!」
 ソニアが強くあそこを押しつけて、舌なめずりしながらぐりぐりと腰を動かした。ねじれた膣の強いしめつけに、おれは歯を食いしばる。
「強がり言うな! 出したいくせに!」
「ソニアこそ! うまそうにくわえこみやがって!」
「仕方ないじゃないか、おいしいんだから! スレイの、最高!」
 乱暴で素直な言葉の応酬。たまらない。おれはがっちりソニアの腰をつかんで、連続してがくがくと突き上げる。たちまちソニアはのどをのけぞらせて、「はあああああっ!」と嬉しそうな悲鳴を漏らす。どんどん愛液の量が増えて、おれの腹の上にしぶきが散る。
「前っ、前のほうっ!」
「こうかっ?」
「ひいああァ!」
 明確なGスポットがあった。そこに亀頭をこすりつけると、天井を貫くような声をソニアがほとばしらせる。そこに集中したいのか、うんと体を後ろに反らせる。真上を向いた乳房がぶるぶる揺れる。
「もっと、もっとッ!」
「くおッ、おおッ!」
 おれのももに手をついてのけぞったソニアの腹に、おれは続けざまにペニスを突き刺した。きゅうっ、きゅうっと膣口が激しく収縮する。限界だ。おれもソニアも。
「ソニア、いくか、いくかッ?」
「いく、イクッ! イかせてッ!」
「食らえッ!」 
 狙いを定めておれは最後の一突きをくれた。一番感じるスポットをぞりっとこすり抜いてやる。
「ひゃあんッ!」
 ぎいっとおれのももをつかみざま、ソニアが硬直した。凄まじい筋肉の力が、そのままおれのペニスを締め上げた。突き破ってやる!
「くおうッ!」
 おれは思いきりソニアの腰を引きつけた。ズブッ! と最奥部に亀頭がめり込む。それを見すまして、精液を撃ち放った。
「ふっ、深すぎーッ!」
 絶叫したソニアの子宮の中に、おれは何度も印を刻み付けた。

 翌日、おれたちは修理の済んだ機体を駆って、再び森へと出撃した。
「Wポイントまで二千五百、カウント530」
 おれは小隊のペースを取りながら報告する。間髪入れず、ソニア中尉の声が飛んでくる。
「キュザック、マルチバンドスキャンの後、シャープビームで索敵三回。各機! IRクロスチェック!」
 きびきびした命令。心なしか、昨日よりも張りがある。おれは前を行くソニア中尉の機体を見つめる。
 あのあと、中尉はおれの腕の中で言ったのだ。
「死を恐れるようになると、弱くならないか?」
 子供のように心細げに。おれに頼りきった顔で。
 だからおれも、あやすように答えた。
「怖いからこそ、それと戦うんです。死は時に甘い顔をする。それに引きこまれないためのものが、恐怖です」
「おまえの顔のほうが、甘い」
「……そうですか」
「ゴツいがな。でも、こっちには引きこまれてもいいんだろう」
「よく考えるんですね。どっちに引きこまれたいか」
 答えは出たようだ。カスタネットの動きには、迷いのかけらもない。生への張り詰めた気迫。
「Wポイントまで八百」
「散開! ズーリック以下三機、座標251-489! ヘイワード以下三機、座標255‐451!」
 数字は基地をゼロとしたXY軸の距離だ。仲間たちが、敏捷に森の中へ消えていく。昨日空いた穴は、もう埋められている。
 「さえずりロビン」からのIFFシグナルが入ってくる。
「アンノウン、アンノウン、聴取機体はIDを提示せよ」
「GB99、ソニア・チェリャビンスカ中尉以下八機! 攻撃偵察中、戦力レベルW!」
「コピー、ダイレクトリンク承認。パッシヴ情報ログ送信開始」
 夜間にロビンが収集したやつらの歩行音が送られてくる。おれはすぐにそれを分析する。
「います! 前方1100、ユニコーン25、サーベルタイガー16。警戒休息中!」
「オールパイロット、オープン・リキッドバルブ!」
 指令に続いて、モニタにPtoPコールのサイン。中尉からの一対一通話。
「T2230、座標000-000-002!」
「了解」
 おれは短く答える。夜十時半、平面座標ゼロ、高度二十メートル。この命令に逆らうことなんか、思いもよらない。
 そう、おれはこの人の、忠実な影。

―― 了 ――


   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆




 気の強い女王様を落としたくて書いた話。
 しかし、出来上がってみたら、DOORで一番まともなセックスになっていてびっくり。いかに他の連中がおかしなことをやっているかが浮きぼりに。

「ソニア・チェリャビンスカ」は本当は「ソーニャ・チェリャビンスカヤ」ではないかと思うが、座りが悪いのでカット。別にロシア人でもないし、地球上でもないので。
 また、女神女神としつこく書いておいてなぜ「クイーン」かと言うと、Goddessではやはり響きが悪いので。

 EGコンバット、雪風、アップルシードへのオマージュ。


top page   stories   illusts   BBS