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(※このままでも使えるので公開しましたが、諸事情により執筆を一時中断しています)


Servant's Monarch


 1

 ソファで長野まゆみを読んでいた優理くんが、いつものように半ズボンの前をさすり始めている。
 午後五時、私の部屋。レースのカーテンの外は十二月の雨で暗く塗られている。リビングからも物音はしない。お母さんの画廊が閉まるのは三時間後だ。
 頬杖ついて微積分の教科書に視線を落とし、赤ペンを回しつつ、私はプリーツの裾あたりに注がれる優理くんの視線を味わっていた。
 勉強机はもともと勉強机じゃなくて、お母さんがジュネーヴで買って来た時計細工師のデスクだ。引き出しに小人が隠れていそうなどっしりした片袖が右側にあるけど、左側には細い脚が立っているだけ。つまり左から見ると、椅子に座った私の半身がすべて見える。そして、ソファはそっちにある。
 六年生の優理くんが、似合わないお父さんの傘を差して、氷の針のような雨の中を学校から帰ってきて、うちのチャイムを鳴らしたのが一時間前。本を読ませてほしいという口実を信じたふりをして、優しく家の中に入れるだけは入れた。だけど、それ以上奥の扉を簡単に開いてやる気はもちろんなく、私の好きな「夜間飛行」を手渡しただけで、あとはほっといて勉強に取り掛かった。服装は学校の制服のまま。本当はそんなにずぼらじゃないけど、この格好のほうが優理くんが憧れてくれる。
 思った通り、三十分もしないうちに、優理くんは文庫で隠したつもりの視線を私の脚に送り始めた。当然、内容なんか読んでいない。三十ページあたりから同じページをくり返し手繰っているだけだ。
 ――エッチな子。
 とはいえ、私だって偉そうなことを言える立場じゃない。優理くんのようにほっぺたを赤くしたりは決してしないけど、胸の奥ではとっくに心臓が暴れ出している。息は意識して抑えているし、ショーツは湿って食い込んでしまった。
 私は、視線を向けずに優理くんを見る。
 子猫のように華奢で脆そうな少年だ。男の子なら子犬なんじゃないかと言われそうだけど、子犬のはじけそうな茶目っ気なんてどこにもない。奇跡みたいにすり傷のない両膝をきっちり揃えて座って、顔の前に高めにかざした本で鼻から下を隠して、そうっと、そうっと、脅えいっぱいの瞳でこちらを見つめている。どう見たって犬よりも猫だ。
 服装は、私の通う私立高校の初等部の、セーラージャケットと半ズボンの制服。長袖の白い手首を巡るスカイブルーのラインと、同色のネクタイが破壊的にまぶしい。これをデザインした人間は予知能力があったに違いないと思う。悪口と鼻水とおしっこを憎たらしく垂れ流す、何千人かの小学生にその服が着られても、いつかは優理くんという本当の主人が現れて、完璧に着こなしてくれるってことを知っていたんだから。
 そこまで言うぐらいだから、顔も申し分ない。申し分ないというか……私が生きているうちに、こんな美少年を見ることができるなんて思わなかった。
 今見えているのは、栗色でストレートの前髪がわずかにかかった目だけだけど、とても大きくて澄んだ瞳に、長いまつげが慰めたくなるような影を作っていて、それだけで見とれそうになる。
 本に隠れているけど、鼻と口も細筆で描いたみたいに輪郭がはっきりしている。ほっぺたは普段、雪を伸ばしたように白く透き通っているけど、今はそこに季節外れの桜の花びらが溶け込んでいるはずだ。もしどちらかの状態を選べと言われたら私は真剣に悩む。どちらにもキスしたい。
 そんな、何かの間違いで男に生まれてしまったような可愛らしい子が、春に隣に引っ越してきて、夏に遊びに来るようになって、秋に特別な関係になってしまって、今は誰もいない家の中に一人で座っている。
 それだけじゃなくて、私に視線を、特別な意味をこめた視線を、他のものを見ることを忘れてしまったように、じーっと注いでいる。しかも、こっそり片手を太ももの間に挟みこんでいる。
 これで濡れないほうがどうかしている。
 数学の予習を三ページ目でやめた。どうせやらなくっても授業では答えられる。答えられるけど、優理くんをじらしたくてわざわざやっていたのだ。それもそろそろ限界だった。
 もう、始めてもいいだろう。
 私は赤ペンをパシッとノートに叩きつけて、前を向いたまま、裁判官のようにはっきりと言った。
「ゆうり・くん、何してるの」
「はっ……はい」
 優理くんが蚊を叩くみたいに勢いよく、本を膝に降ろした。その本で、足の間の片手を隠す。
「何してるのって聞いたの」
「本……読んでました」
「プラチナの親友は?」
「えっ……」
「主人公の。一ページ目で出てくるのに。それも忘れるほど上の空だったのね」
「ご……ごめんなさい」
「趣味に合わないのは仕方ないわ。でもそれなら、別の本を読めばいいのに。ずっと持ったままで何をしてたの?」
「えと……考えごと」
「ふうん」
 優理くんが曖昧に笑って言ったので、私はいきなり立ち上がり、大またに近付いて、さっと本を取り上げた。
「そういうことを考えていたのよね」
 ファスナーの金具が突き出して見えるほど、優理くんのそこは元気になっていた。すでに手遅れなのに、優理くんは泣きそうになりながらぱっと両手で覆った。そこといい、ほっぺたにはっきりと広がっていく桜色といい、この子はほんとに分かりやすくて、いとしい。
 私は、本で軽く優理くんの頭を叩きながら、体を折って彼の顔を覗き込んだ。 
「見てたでしょ」
「……何を?」
「何をじゃないの。私を見てたでしょ」
「……はい」
「私のどこを見てたの」
「……」
「正直に言いなさい。ほら……」
 耳に唇を寄せて、羽毛を吹き払うように優しくささやいてあげた。優理くんがほんの少し肩の力を抜いて、万が一の助けにすがるように私を見上げた。
「みき……未輝お姉ちゃんの、脚です……」
「そう」
 私は顔を離し、予備動作なしで文庫本を彼の頬に叩きつけた。
 バシッ!
 思ったより大きな音と、手首に反動が来るほどの衝撃があった。優理くんは四十度ぐらい首をねじ曲げて、目を丸くした。その頬が、恥ずかしさ以外の赤に染まっていく。そこを彼は左手でぼんやりと押さえた。――と思ったら、逃げ出すように目を伏せて、細い声で言った。
「ごめんなさい!」
「ごめんなさいじゃないの。痴漢と同じことなのよ」
 本をソファに放り出すと、少しも抵抗せず、本当に逃げ出すわけでもない優理くんを、私は冷酷に叱り付けた。
「謝るぐらいなら見ないでよ。本を読みに来たんだから読んでいてよ。そうじゃないのなら最初から言ってよ。私に嘘をつくってどういうつもりなの。それももう何回目?」
 一言ごとに、彼の横顔を、かばった手の上から何度も叩いた。パシッ、ピシッ、と乾いた音が上がる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 優理くんは顔をかばいながらどんどん身を縮めるだけで、やめてくれとさえ言わない。私の手に、優理くんの細い腕と筋肉の感触が跳ね返る。最後に力をこめて、彼の右の頬に手のひらを振りぬいた。
「いやっ……!」
 という小さな悲鳴とともに、優理くんはソファに倒れこんだ。その瞬間、きゅうっと私の胸が痛んだ。なんて甘い痛み。好きな相手を意のままにもてあそぶ快感。
 私はソファに腰掛けて、覆いかぶさるように優理くんの顔を覗き込んだ。
「前に言ったよね。ぶたれるのが嫌だったら、エッチなことを考えるのはやめなさいって。それなのに、またなの?」
「……はいぃ」
「それはいいことなの?」
「良くないです! 悪いことですっ!」
「そうだよね、とても悪いことだよ。分かってるなら、もう考えないって約束できる?」
 私がささやくと、優理くんはふるっと小さく首を動かした。うなずいたのだ。
「絶対に?」
「……はい」
「じゃ、試すわよ」
「や、やめて」
 さっと優理くんの顔に脅えの色が走った。私は構わず、いっそう体を近づけた。
 床に左足を立て、右足を持ち上げて、優理くんが投げ出した両足をまたぐように、ソファの上に置く。ストッキングははかない主義で、スカートはひざ上十五センチだ。その裾の長さと優理くんの目の位置を、注意深く計算する。
 私の下で、ソファに横たわった優理くんが、両手で半ズボンの裾をぎゅっとつかんで、視線を横に逸らしている。私は静かに声を落とす。
「見なさい」
「……」
「こっちを見るのよ。それとも逃げる気?」
 優理くんは横を向いたまま視線を細かくさまよわせていたけど、じきにあきらめたように、あごを引いてこちらを見た。脅えきった、か細い視線が、私に戻ってくる。
 私はしばらく待った。優理くんはそのまま目を逸らさない。最初の一秒は私の命令だった。でも今は、見たいから見ている。
 私は聞く。
「見てる?」
「はい」
「どこを見ているの?」
「未輝お姉ちゃんの、あし。……ふ、太ももです」
「それだけ? もっと上も見てるんじゃない?」
「み、見てないです! 見えないから……」
「見たい?」
「う……」
 優理くんは小さくうめいて唇を噛む。この子の小さな心の中で、健気な理性と幼い欲望が激しくせめぎあっているのが、手にとるように分かる。意地悪すぎるのは確かだ。優理くんの目には、ほんの一センチ長いだけで私の下着を隠しているスカートの裾と、内ももの腱だけが見えているはずだから。
 その刺激だけでも、この子はとっくに興奮してしまっていた。私はスカートの中が見えないように慎重に右足を動かして、黒のソックスに包んだつま先を、そっと優理くんの股間に降ろした。
 足の裏から、ゴムみたいに硬くなったものの感触が、ぴりっと伝わってきた。触れた途端に私もぞくっとしたけど、優理くんのほうがすごかった。くいっと足の指を曲げただけで、「んーっ!」と長くうめいて、びくびくと腰全体を暴れさせた。こっちが恥ずかしくなるぐらい敏感な、初々しい反応だ。
「ここ、きちきちじゃない。嘘ついてもバレバレよ。素直に白状しなさい、エッチな考えが止められないって」
「と、止めるから! 本当です、僕エッチじゃないです!」
 優理くんが哀願するように言って、その直後、ひぅんっ! と甘い叫びを上げた。私が親指と中指で、おちんちんを強く挟んだのだ。
「嘘は分かるんだってば。いい、もっと試すからね? エッチじゃないなら、ここを小さくしなさい」
「や、やめてぇ……!」
 優理くんは絶望したように叫ぶ。その腕を拾い上げて、私はスカートの裾をつまませた。
「ほら……」
「なっ、なに?」
「ちょっと手を動かすだけで、見られるわよ。私の……下着」
「……」
「エッチじゃないんでしょ? 見ても平気なんでしょ? だったら、見て証明して。なんとも思わないって」
「エッチじゃないなら見たりしない」、そんなことは私は決して言わない。優理くんが、自分の意思で自分を堕落させていくのを見たいから。与えるのは、言いわけだけ。
 優理くんはいつもそれに食いついてくる。今日もそうだった。
 震える指でスカートをつまみ上げる。一ミリずつのゆっくりした、けれども決して止まらない動きで。私の太ももに視線を吸い付かせ、這い登らせ、ショーツへと突き刺してくる。大きな瞳がまんまるに開き、くぅ、くぅ、と潰れたような息を吐く。荒くなる呼吸を一生懸命抑えようとしているのだ。
 スカートの裾が私のおへそまで持ち上げられた。優理くんはもう体を起こしている。五十センチの距離で食い入るように私のショーツの谷間を見つめ、一センチずつ顔を近づけてくる。それを制止するように、私はつま先をぎゅっと押し込んだ。それはずっと優理くんの股間に押し当てたままだ。
「くひぃん……」
 目を閉じて鼻を鳴らし、優理くんはきゅっと肩を縮めた。その拍子に二十センチまで私に近付く。目を開け、立っている私のそこにキスするような自分の姿勢に気付いて、脅えたようにもう一度目を閉じる。
「まだ収まらないの? ここ」
「う……ま……まだです……」
「いつ収まるの? 私のここをもっと見てから、自制心があるって証明するの?」
「……は、はい。証明します。未輝お姉ちゃんのここを見てても、落ち着けるって……」
 疑いもせずに罠に入ってくる。優理くんはおずおずと目を開き、欲望よりも憧れに近いような眼差しで、私のショーツを見つめた。顔を近づけ、もっと近づける。もう十センチも離れていない。私がスカートをつまみ直して手助けしていることにも気付いていない。
 くふ、くふ、と小さな吐息が太ももの肌に当たる。薄い汗の浮いたほっぺたは、夕日が焼きついたみたいな紅色だ。足の指を押し当てたおちんちんは、指と同じぐらい硬くなっている。
 優理くんはメチャクチャに興奮している。二言目には下品な悪口を言うその辺の子供なんかとはわけが違う。畳の部屋なら必ず正座する優理くん、週刊誌のグラビアを見せただけで「不きんしんです」って怒る優理くんが、自分の理性を自分でだまして、私に溺れようとしている。
 ぞくぞくするほど心地いい。
 震えながら顔を近づける優理くんの葛藤が、どんなに激しいものだったかは、ショーツに鼻が触れるまであと三センチのところで、突然分かった。
 貫くように見つめていた優理くんの瞳の焦点が、ふっと飛んだ。
 その途端、優理くんはすーっと顔を前に進めて、私のそこに鼻先を埋めてしまった。
 待ち望んでいた刺激を受けて、体が跳ねるような快感が私の背筋に走った。「ひっ」と短い声を漏らしただけでこらえて、私は優理くんの髪に指をからませた。
「ゆ、優理くん。証明は?」
「くんん、お姉ちゃん、お姉ちゃんっ! 好き、好きぃっ!」
「きゃぅ!」
 限界まで押さえつけてからはじけたバネのような、優理くんの強い力を受けて、私はソファに尻もちをついた。はだけたスカートの中の開いた足の間に、優理くんはしゃにむに顔を押し付けて、あそこや周りの太ももの肌に、キスか甘噛みか分からないような激しい愛撫を降らせる。
「んんっ、お姉ちゃんのっ! これ好きなのっ! おいしいっ、甘ぁい!」
 ちゅっ、くむっ、くぷっ、くしゅっと、肌と木綿を混ぜこぜにするような唇と唾液の音が上がる。腱をはさんだ唇を滑らせて、ショーツの内側にまで優理くんは舌を潜り込ませる。ひだの片方をちゅぅぅっと音を立てて吸われて、私は指先がひきつるほど感じてしまった。「あはッ……!」と喉から声を出してのけぞる。
 そのまま全てをあげてしまいたくなるような快感を、私は三十秒だけ味わった。それからものすごい努力をして目的を思い出し、我を忘れている優理くんのさらさらの髪の毛を強く握り締めた。
「だ……めっ……て……言ってるでしょ!」
 思い切り顔を引きはがして、横に放り投げた。優理くんはソファの上からムートンの絨毯に落ちる。彼が身を起こす前に私は立ち上がって、大きく後ろに引いた右足のつま先を、肩口に叩き込んだ。
「くふっ!」
 どすっという鈍い音とともに、優理くんが短く息を漏らした。間を置かず、私は立て続けに蹴りを食らわせた。
「うそつき! エッチじゃないって言ったくせに! こんなことするなんて最低よ!」
 脇腹を、肩を、腰を、おなかを蹴るたびに、三十四キロの優理くんの重さが、じぃんとつま先に残る。細い体が、陸に打ち上げられた小魚のように、絨毯の上で跳ね回る。この子は蹴られているときでも体をかばわない。手をぎゅっと握り締めるだけで、無防備に横たわっている。だから蹴っても骨に当たったりしない。とても柔らかくて気持ちいい。
「分かってるの!?」
 十数回蹴って、最後に、横を向いた体の背中に強いのを入れようとした。その時、優理くんが息継ぎをするように顔を上げて、少しだけ逃げた。
 彼の顔の前に、椅子の足があった。後ろから蹴ったらもろに顔がぶつかってしまう。一瞬だけ私は脅えた。つま先を肩甲骨の間に食い込ませる寸前、わずかに力を抜いた。
 衝撃とともに優理くんは絨毯を滑って半回転した。椅子の足は彼の髪の毛をかすめた。
 内心で安堵しながら、私は蹴りを終わらせた。深呼吸して息を整えながら、うつぶせになった優理くんの顔の横にひざを突き、両脚を折って座り込む。
「……優理くん」
「うう……」
「優理くん、認めなさい。自分がエッチだって」
「……はい。僕、エッチです……」
 優理くんがこちらに顔を向け、目に涙を浮かべてうなずく。その焦点がぼやけたままなことを私は確かめる。期待通りだ。優理くんは冷静になってなんかいない。壊れたままだ。
「分かるわね、今のはお仕置きだって」
「はい。悪いのは僕だから……」
「そうよね。だから、罰を受けなきゃいけないわよね」
「……もっと蹴るの?」
「蹴られたいの? 違うわよ、あなたに自分がエッチだって、はっきり示してもらうわ」
「どうすればいいんですか?」
「ズボンとパンツ、脱いで」
 ひくっ、と優理くんは肩を震わせた。けれど、私がじっと見つめると、ころりと仰向けになった。白い半ズボンのボタンとファスナーを外して、両手を腰にかける。
 観念したように目を閉じて、両足から衣服を抜いていく優理くんに、私は言い聞かせる。
「今、何をしてるか分かってるわよね。女の子に向かって、自分の恥ずかしいところを見せようとしてるのよ」
「……はい」
「誰かに見られたら、どんなに謝っても言いわけしても済まないんだからね。そんなことになったのも、あなたが悪いんだからね?」
「……はいぃ」
 本当はどうなんだろう、とちらりと思った。高校二年生の女の子の部屋で、下半身裸になる六年生の男の子。私が彼にいたずらしているのか、彼が私にせがんでいるのか。どっちでもあるのだけれど、他人が見たらどっちだか分からないだろうし、どっちにしろ後がないぐらい厳しく叱られるに違いない。
「脱ぎ……ました……」
 ズボンとパンツを体の横に置くと、祈るように両手をおなかの上で組んで、優理くんは涙の溜まった目でじっと私を見上げた。
 私は、冷静に見えるよう願いながら、優理くんのあそこに目を注いだ。
 日焼けしていないすらっとした太ももがぴったり合わされ、その付け根で細身のおちんちんがおなかに食い込むほど反り返っていた。しみもほくろもない透けるようなピンク色で、いちごみたいに真っ赤な先端に半分ほど皮がかかっている。毛はもちろん一本も生えていない。
「……エッチなんだから……」
 からかうようにささやくと、優理くんは今にも泣き声を上げそうに、きゅっと唇をゆがめた。
「手で、しなさい」
 優理くんは左手を下ろして、くっと幹を握った。おなかから斜めに持ち上げて、くにくにとしごき始める。私はそちらへ身を乗り出しながら聞く。
「いつも手でしてる?」
「……し、してないです」
「ほんとに?」
「ほんとですっ!」
 多分本当なんだろう。手の動きがぎこちない。私といる時以外は、優理くんは本当に真面目なのだ。
「むき方もまだ知らないんだから……」
 そう言うと、私はどきどきしながら優理くんの手に自分の左手を重ねた。親指で皮の余りを引き下げてやる。「んっ」といううめき声とともに、つやつやの先端がつるりと顔を出した。
「さ、触らないで……」
「痛いの?」
「痛いし……恥ずかしいです、そんなとこ」
「罰なんだから、しょうがないでしょ」
 拒んでいることをするほうが楽しい。私は人差し指で、おちんちんのあちこちに触れ始めた。先端、その裏側、それに根元。どこもはちきれそうに硬くて、痛々しいほど脈と熱を放っていた。
 少しでも触れると、優理くんのお尻がビクッと浮いた。つつくたびに面白いぐらい忠実に痙攣する。そこが神経の塊みたいに敏感になっているのが、すごくよく分かった。
 私の頭もくらくらして、貧血になりそうだった。子宮が妙にぞわぞわして、ショーツがキュッと音を立てるぐらいたくさんの液を、あそこに降ろしていた。たまらず腰を浮かせて姿勢を変えようとしたら、ぺたりとスカートの内側からショーツがはがれる感触があった。スカートに届くほどあふれている、そう気付いたら、我慢できなくなった。
 私は腰をあげて、優理くんの顔をまたいだ。
「お、お姉ちゃん?」
「罰のおまけ。私を気持ちよくして。エッチなことを見せて私までエッチにしちゃった責任、ちゃんと取るのよ」
「は、はい」
 くぷぅ、と私のそこに尖った舌が食い込む。かき回されると、一つにつながった長い快感が、ゾクゾクッと背筋を昇ってきた。じわりと液が増えたのが分かる。「お姉ちゃあん、こんなにたくさぁん」と優理くんが嬉しそうに鳴いた。
「喜んじゃだめだってば!」
 叱りながらも嬉しかった。優理くんは私のあそこを本当にいとしそうになめる。汚いなどとは少しも思っていないのだろう。彼は私が相手だからほしがっている。
 猛烈にお返ししたくなる。でも優しくはしたくない。いじめてもついて来てくれるから好きなのだ。今さらご機嫌をとる気なんかない
 してあげるのは、私がしたいことだけだ。そう自分に言い聞かせる。
 逆向きにまたがった私の目の前で、優理くんがおちんちんをしごいている。その下に、太ももの間から押し出されたような袋がある。おちんちんと同じようなピンクで、しわも少なかった。私は両手の指で、それを挟んでみた。
「きゃうんっ!」
 優理くんが甘い悲鳴を漏らして、私のあそこに強く顔を押し付ける。私は言った。
「こんなところまで触ってほしいの?」
「は、はいっ」
「優理くんの頭、もうエッチ一色なのね。情けないわ」
「情けなくっても……そこ、声が出ちゃうんです」
「そんなにいいの?」
 私は十本の指で袋をもみしだいた。二つの球とたっぷり詰まった中身の、ぷにぷにの弾力があった。すると、袋の付け根がぴくぴく震えて、「くぁ、んふぅん」と優理くんが太ももまで震わせた。おちんちんをしごく手が一段と速くなった。
「今……どうかしたの?」
「な、何か送られたみたい。おちんちんの奥に溜まってくの……」
「出す準備なのね……優理くん、もういきそう?」
「は、はい。もうすぐ……もうすぐですっ」
 優理くんが夢中になって顔を動かす。舌がうんと突き出されて、私の奥深くまで入り込む。おなかを内側からくすぐられるようなジリジリした快感に、私は体を丸めてしまう。
「やはっ、そんなに奥まで……」
「お姉ちゃんのここ……おなかの入り口好きなのっ。ここっ、ここに僕……」
「おちんちん入れたいの? そんなのダメに決まってるでしょ」
 優理くんにもだけど、うずいてたまらない自分の体に言い聞かせた言葉だった。優理くんの精子だったら、赤ちゃんを作りたいとさえ思う。でもそれは許されないことだし、許されるとしても早すぎる。この子が舌をくれるだけで満足しないといけない。
 けれど、セックスができなくても、精子をもらうことはできる。
「ゆうり……くんっ……さ、最後の罰よ……」
「な、なに?」
「私のそこになんか、させてあげない……このまま出すのよ。あなた、私のここを汚しちゃうのよ」
 言いながら、ぬるぬるになった優理くんの先端に唇を押し当てて、その下の袋をくいっと指の腹で押し潰した。「ひぁあ、いやぁぁぁん!」と優理くんが悲鳴そのものの叫びを上げた。
「だ、だめぇっ! そんなことさせないでっ! お姉ちゃんのお口を汚すなんていやぁ!」
「いやなら我慢すれば? このままずっとエッチに手を動かしてればいいじゃない!」
「そっ、そんなの無理ですっ! は、早くやめて! 僕、外に出すだけでいいからぁ!」
「んぷ……うそばっかり! だったらなんで押し付けるの! 私にどぴゅってしたいくせに!」
「シ、したいけど、そんなのだめぇ! お姉ちゃんは、お姉ちゃんはキレイでいてよっ!」
「だから、んっ、んぷっ、うぇ、あなたのせいよ、あなたが悪いのっ!」
「僕、僕がそんなに悪いなんて……やっ、やだっ、いやぁ、いやぁぁ、いやぁぁーっ!」
 優理くんが、びくんっ! と腰を跳ね上げた。唇を突き破って入って来た先端が、膨れ上がってはじけた。その瞬間、私の頭は真っ白になって、舌の上で暴れるおちんちんの脈動しか感じられなくなった。
 どぴゅぅっ、びゅるぅっ、びゅるるっ、びゅるっ、びゅっ、びゅくっ、びくっ。
 震えとともに、何度ものどの奥が叩かれる。味や匂いなんて少しもわからない。優理くんが夢中でおちんちんをしごいて私の中に絞りだしていること、好きな私を自分のエッチな液で汚したくてたまらないこと、それが物凄く気持ちいいんだってこと、だからこそ死にたいぐらいの罪悪感を感じていること、そんなばらばらの感覚だけが、胸いっぱいに流れ込んできた。
 勢いよく何度も、それから優しくとろとろと精液を吐き出した後、おちんちんはおとなしくなった。優理くんが手を止めたのだ。それでもまだ私は迎えてあげたかった。口いっぱいのミルクの中に、さらにおちんちんを吸い込んで、残りの数滴を逃がさず吸い尽くしてあげた。
「んふ……ぅ」
 余韻のようにぴくぴくと腰を震わせて、優理くんがとくっと最後の一滴を撃ち出した。それを受けてから、私はそっと唇を離した。閉じきれずにあふれた分がとろりとあごに垂れた。
 のどまで埋める口の中のとろとろに舌を泳がせる。さっきはああ言ったけど、汚されたなんて少しも思わない。甘みと苦みの混ざった温かい粘液が、頭がぽうっとなるほど私を幸せにしてくれる。遅まきながら感覚が戻ってきて、私もすごい絶頂を感じていたことに気が付いた。
 だけど、そんなことを優理くんに教えちゃつまらない。優理くんは謝っているときが一番かわいいんだから。
 息ができる程度に精液を飲み下してから、私は優理くんの体から降りて、向き直った。薄く唇を開けて、たぷたぷの口の中を見せる。
「優理くん、こんなに出されちゃったよ……?」
「あ……お、お姉ちゃん」
 優理くんは、溜めていた涙をとうとうほっぺたにこぼしてしまう。
「そんなぁ……や、やめてって言ったのに」
「私だって、我慢してって言ったのに。もう、どろどろよ……」
「ごめん……ごめんなさい、お姉ちゃん!」
「謝るぐらいなら、きれいにしてよ。キスして、吸い出して」
「は、はい!」
 力の抜けた体を必死に起こして、優理くんが顔を近づける。私の液で汚れてしまった、きれいな顔。手を伸ばして、袖で拭いてやった。
「ばか、そのままじゃ私につくでしょ」
「あ、はい。ごめんなさい……」
 自分の袖で拭こうとする。優理くんの服を汚したくない。内心あわてて押しとどめて、私は自分から唇を押し付けた。
「んっ! ……ん、んぷ……くん……」
 ちょっとだけ驚いてから、優理くんは従順にキスを受け入れた。泣きたくなるほど丁寧な舌の動きで、私の口の中の粘液を、ためらいもなく吸い出していく。
「んく、んぅ、んぷぅ……」
 支えるためのような仕草で、優理くんの頭に手を回した。ほんとはいとしくてたまらなかったからだ。でも教えない。自分の精液を飲ませるという陵辱のような行為が終わると、我慢してすぐに腕を離した。
「ぷはぁ……」
 酸欠気味のぽやんとした顔で、優理くんはへたりこむ。私は口元を拭って、背を向けた。
「ズボン、履いたら。いつまで出しっぱなしにしてるの」
「あ、はい!」
「今ので帳消しになったなんて思わないでね。あなた、私にとてもひどいことをしたのよ。おちんちんを押し付けて精子飲ませるなんて、普通やることじゃないでしょ?」
「は……はい……」
「私が恥ずかしいんだから、絶対誰にも言っちゃだめよ」
「はい……」
「これからは、来るたびにお仕置きだからね。もう、今までみたいに、手で優しくなんてしてあげないから。……それでもいいなら、また来れば」
「……はい」
 落ち着いたのと落ち込んだせいで、優理くんの声は消え入りそうだった。私は背中を向けたまま、冷たく言った。
「さあ、もう帰って。気が済んだでしょ」
「はい……」
 優理くんが立ち上がる気配。足音がムートンをさらさらとこすって、最後に戸口で止まった。
「でも、未輝お姉ちゃん……僕、お姉ちゃんが好きです。お願いだから、嫌いにならないでね……」
 パタンと扉が閉じた。
「あぅ……ごめん、ほんとにごめんなさい、優理くん!」
 私は頭を抱えてソファにつっぷした。もう少しで、振り返って飛びついて抱きしめるところだった。そうしてやったら、優理くんはどんなに喜ぶか知れない。でも、そうしたら、このスリリングな遊びは終わりになって、甘ったるい恋人生活だけが残ってしまうのだ。
 脅えない優理くんなんかつまらない。そんな自分勝手な理由だけで、今日も優理くんをもてあそんでしまった。
「もっといい出会い方があったのかなあ……」
 こんな風になってしまった優理くんとのなれそめを思い出して、私はため息をついた。

 2 

 私が最初に優理くんを見つけた場所は、駅からの帰り道にある本屋の、雑誌コーナーの、ビジネス書の列の前だった。
 ――あれ、うちの子だ。
 一度目に見たときは、そう思っただけだった。初等部のベレーとセーラーを身につけた、ちょっとかわいい顔立ちの男の子。棚の前に中腰になって、真剣に何かを見ている。ちらりと目に留めただけで私は通り過ぎ、目当ての板東眞砂子を探しに行った。
 文庫のコーナーに「狗神」はなくて、ハードカバーはあったけど高すぎた。しばらく迷うつもりで何気なく店内を歩いていると、またあの子が目に止まった。さっきと同じ場所で同じ姿勢をとっていた。
「……?」
 通り過ぎてから違和感を感じて、私は振り返った。首だけ出して通路を覗く。
 その子の前に、ニューズウィークやタイムや四季報や経済人が並んでいる。似合わない取り合わせだった。小学生が読むような本じゃない。
 それも違和感の原因だったけど、もっと変なのはその子の姿勢だった。
 その列の棚は、何型というのか知らないけど、上半分がひな壇の雑誌架になっていて、その軒下に増刊やムック本が並び、手前に平台があるタイプの棚だった。その子は、平台の奥の増刊の背表紙を見つめている。――数分前からずっと。
 私は、そばの同じ形の棚を、似たような姿勢で覗き込んでみた。すると、向こう側の通路が見えた。棚に背板がないのだ。
 あることを思い出して、私は棚を回りこんだ。
 隣の通路は女性誌のコーナーで、男の子の正面に当たる位置に、三十歳ほどの女の人が立っていた。その人も少し前からいた。
 ウールのタートルネックセーターとデニムのロングスカートを身につけて、髪を腰あたりまで伸ばした落ち着いた感じの人で、読んでいるのはヴォーグだった。その人は母親らしく、五歳ぐらいの女の子が、半ばぶら下がるようにしてセーターの裾をつかんでいた。
 退屈した女の子がぶら下がったり床に座ったりするたびに、女の人はしゃがみこんで何か言い聞かせ、手を引いて立たせていた。デニムの巻きスカートはおよそ色っぽいようなものじゃなかったけど、留めているのは腰骨の上に刺した二つの安全ピンだけで、女の人が足を折るたびにスリットが長く開いて、脚の白い肌が、ひざよりだいぶ上まで見えた。
 最初は信じられなかった。でも、女の人が別の雑誌を探して横に動くと、棚の向こうの男の子も同じように横移動した。間違いなかった。あの子は、書棚越しに覗きをしているのだ。
 そうと分かると、私は急に恥ずかしくなった。覗かれている女の人に同情したからじゃない。他人のエッチな考えに、こんな形ではっきり気付いてしまうなんて初めてだったからだ。それも、あんな幼くておとなしそうな男の子の本心を見抜いてしまった。鼓動が強くなる。
 どんな子なんだろう。どれぐらい興奮しているんだろう?
 覗き方がいかにも気弱そうだった。その気なら、この店の二階に上るらせん階段の下に行けば、こんなささやかで一瞬の露出どころじゃない、まるのままの光景を見られるはずだ。さっきから私みたいな女子高生が何人も上り下りしている。
 その子の年頃なら、たとえあからさまに真上を見ていたって、笑われるぐらいで済むだろう。一回だけなら親も呼ばれないと思う。
 なのにその子は、金庫破りみたいな犯罪をしているように、息を詰めてこっそりと年上の女の人の足を見ている。見かけどおりおとなしい子なのに違いない。それに多分、甘えん坊だ。
 今から思い返すと、そんなことを考えて書棚の角から男の子をうかがっていた私も、かなり不審な姿だったと思う。でもその時は自分の様子にまで気が回らなかった。それほど、優理くんが興奮している姿は、魅惑的だったのだ。
 そのまま彼を見ていたいという思いを、彼の世界に入ってみたいという思いのほうが上回ってしまった。私は自分がどんなつもりなのかも分からないまま、ふらふらと――足取りはもちろんはっきりと――その子のそばに近付いて、小さな声でささやいた。
「難しい本を読むのね」
 その子の反応は強烈だった。電撃を食らったみたいにびくっと震えて、手を置いていた平台の小冊子を横に滑らせてしまった。何冊かがどさどさと床に落ちる。
 私はその一冊を拾って、差し出した。
「はい、どうぞ。これ見てたんでしょ」
「……です」
 聞き取れないぐらいの小声で何か言って、その子は小冊子をひったくった。顔は伏せていたけれど、ベレーの端から見える耳の先が嘘みたいに赤かった。予想したよりずっとすごい恥ずかしがり方だった。
 私の胸がざわっと震えた。
「……エッチなんだから」
 その一言が、彼の落ち着きを吹き飛ばしてしまったみたいだった。ひゅっと音が聞こえるほど鋭く息を呑んで、その子はかちかちに硬直した。指一本触れただけでも、こなごなに壊れてしまいそうだった。
 それでもかろうじて、その子は抵抗した。
「な、何のことか分かりませんっ」
 言うなり、ぎくしゃくと手足を動かして逃げ出した。私は黙ってそれを見送った。あることを期待したから。
 レジの店員は列になった客の相手にてんてこ舞いだった。彼女の視線の半分の高さのところを、男の子が足早に通り過ぎて、出口の自動ドアをくぐった。
 私は駆け出した。店を出て、歩道の少し先をせかせかと歩いてた男の子に追いすがる。声なんかかけずに二の腕をつかんで、まだ準備中の居酒屋があるだけの細い路地に引きずり込んだ。
 男の子は精一杯の力をこめた目で見上げたけど、何か言う前に致命傷を与えてやった。
「万引きしちゃったね」
 戸惑い、理解、驚愕。表情の鮮烈な変化が見ものだった。最後に呆然と目を見開いて、その子は自分の片手に目を落とした。――手でつかんだままの、小冊子を。
「う……うあぁぁ」
「全部見てたわよ」
 信じられないというように小冊子を見つめているその子の耳に、私は容赦なくささやいた。
「女の人のスカートを覗いてたでしょ。その時私に声をかけられてびっくりして、混乱しちゃったのね。そのまま本を持って出てきちゃった」
「はっ……はぅ……」
 その子は声にならないうめきを漏らしてから、突然、汚いものに触ったように手を振り回した。小冊子が飛んで居酒屋の看板に当たり、地面に落ちた。
 私は思わず、手を出していた。
「今さら捨てたって遅いのよ!」
 ぱしっ、と平手打ちの音が路地に響いた。その子は頬を押さえもせず立ちすくんだ。それから見る間に顔をくしゃくしゃにして、わあっとものすごい声を上げて泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさぁい! 僕が悪かったです、ほんとにごめんなさいっ!」
 泣きながらだけど、その謝り声にはきちんとした意志が戻っていた。店の中で私が声をかけた瞬間からの、壊れそうな危うさはなくなって、どこか安心したような素直さがあった。
 私はぼんやりと、平手打ちした右手を見下ろした。反射的にやってしまったけど、それが正しかったのだと分かった。あのまま穏やかに話を続けて、見逃してやったりしたら、この子は胸に後悔と恐怖を抱え込んだまま、それに押し潰されてしまっただろう。言いわけを許さない絶対的な正義の一発をもらって、その場で罪を清算されることを、多分彼も望んでいたのだ。意識はしていなかっただろうけど。
 止めどなく泣きじゃくるその子の前にしゃがんで、私は頬に手を伸ばした。
「あなた、名前は?」
「わかえだ、ゆうり……若枝優理です」
「私はほんじょうみき、本城未輝よ。制服分かる? 聖命の二年生。あなたは初等部の生徒よね?」
「はい……六年生です」
「同じ学園の子が犯罪をしたなんて許せなかったから、ぶったの。分かるわね?」
 犯罪、という言葉を聞いて優理くんはまた顔をゆがめたけど、なんとかうなずいた。
「そう、ちゃんと分かってるんだね。でも、同じ学園の生徒だから、見捨てたりもしないからね」
「……はい」
「お店に戻って、きちんと謝るのよ。私も一緒に行ってあげるから」
「……あの女の人にも?」
 脅えた顔だった。私は笑おうとして、やめた。全部許してあげるのは、なんだかもったいないような気がしたのだ。
「そんなこと言ったら、謝っても済まなくなるわよ。お母さん呼ばれるわね」
「お母さん、いないです」
 それにはちょっと胸を打たれたけど、私は冷静に続けた。
「そう? だったら先生だね。警察も来るかも」
「け、警察……」
「だから、言っちゃだめ。胸にしまっておきなさい。そして、心の中でずっと謝るの」
「でも……でも、いやです。僕きちんと謝りたい……」
「甘ったれるんじゃないの」
 ぱん! と私は無造作に優理くんの頬をはたいた。思わずのけぞった優理くんの鼻先に、顔を近づける。
「それ、楽になりたいだけじゃないの。そんなことをしたら相手が不愉快になるでしょ? 向こうは気付いてないんだから黙ってなさい。それとも何、お巡りさんに、素直な子だねってほめられたいの?」
「うう……」
「虫のいいこと考えないの。私が助けてあげるのは、万引きのことだけよ」
「はい……ありがとうございます」
 優理くんは小さくうなずいた。ここで「ありがとう」だなんて。この子は本当にお行儀のいい子なんだ。
「ほら、本拾って。涙拭いて。さっさと行くわよ」
 そっけなく優理くんに言い捨てて、私は歩き出した。

 その子が隣の家の子だったのはすごい偶然だと思うけど、ありえないほどの幸運でもなかった。例の本屋は商店街の終わりにあって、その先の分譲住宅の空きは一軒しかなくて、それが私の家の隣だったから。一キロ先の学校に子供を入れるつもりで四月に引っ越してきた家族があれば、その住居は自動的にそこになる。
 あの事件から少し後で、真面目だけが取りえのような銀行員のお父さんに連れられて、うちに挨拶にやってきた優理くんは、私を見てなんとも複雑な顔をした。恥ずかしさ、後ろめたさ、反抗心、それに甘えと懐かしさの入り混じった表情。
 引越しのどたばたと仕事の都合でこんなに遅れてしまいました、と彼のお父さんがうちのお母さんに挨拶する間、私たちは他人のようなそうでないような間合いで見つめ合っていた。
 その時はそれきりだったし、それからしばらくも付き合いがなかった。ただ、近所の噂と窓から見える様子で、彼のことが知るともなしに少しずつ分かった。
 彼は一人っ子で、兄弟がなかった。お母さんもいなかった。亡くなったのではなくて離婚らしかった。そのせいで、お母さんの暖かみを知っているのに、与えられていないという状態だった。転入したばかりで友達は少ないようだった。というよりいないみたいだった。あの引っ込み思案さじゃ無理もない。
 趣味は、何度か書店で見かけたから分かった。といっても以前と同じ店じゃなくて、商店街のもう一軒だ。彼はそこでよく本を探していた。つまり私と同じ読書が趣味。それにはちょっと好感を抱いたけど、数ヵ月は私も生徒会で忙しくてあまり書店に行けず、たまに出向いてもクラスメイトと一緒だったから、声をかけることもなかった。
 優理くんがずっと機会を待っていたことは、七月に分かった。
「あの……未輝お姉ちゃん」
 期末試験が終わった日に、友達がみんなカラオケに流れて、私だけあぶれた。久しぶりに一人の時間を楽しもうと思って足を向けた書店で、優理くんに出会った。
「何?」
 棚を見つめたまま振り返らずに背中で言った。背後の優理くんがためらいがちに聞いた。
「お姉ちゃんも、本が好きなんですか」
「ええ」
「どんなの読むの?」
「こういうの」
 そう言って私は、翻訳書の列から適当に一冊抜き出した。よりにもよってゲーテだったので舌打ちしそうになった。ハッタリにしてもこれはやりすぎだ。私はそこまでインテリじゃない。
 それなのに優理くんは言った。
「ぼ、僕もそういうの読みたいです」
「……ほんとに?」
「はい!」
 嘘だとすぐに分かった。振り返って彼の手を見たら、四年生から、という年齢指定の入った「まだらのひも」が握られていたから。ファウスト博士はホームズほど面白いヒーローじゃない。
 でも、そんな背伸びをしてまで私に話し掛けようとしたってことが、ちょっと嬉しかった。それに古典から入ってるのも気に入った。
 ゲーテを戻して聞いた。
「うちにもっとあるけど、来る?」
「いいんですか?」
「それが目当てでしょ」
 簡単な図星ですぐに赤くなるところがかわいらしかった。
 夏休みの間に、彼が私の部屋に来ることは定着した。――冬休みだったら、その後の展開はまた変わっていたかもしれない。
 うちの住宅街はちょっと小高い丘の上で、風の通り道だった。だから私はあまりクーラーを使わず、窓を開けて涼むのが常だった。冷房しないから重ね着の必要もない。たいていはシャツ一枚にショートパンツとか、薄いワンピースだけとか、夕方でもカーディガンを羽織る程度だった。
 薄着の夏だから、結果的に優理くんを刺激することになってしまった。
 真っ白な入道雲の輝く昼過ぎから、夕焼けの西日で部屋中にオレンジ色が満ちる夕方まで。私がいる日は、優理くんは必ずうちに来て、その長い夏の午後の間、私に触れる妄想を育てていった。
 隠しているつもりなのが微笑ましかった。ソファに並んで、けれど一人分の間を置いて座って、真面目な顔でシートン動物記なんか読みながら、ごくたまに彼が目を向ける。キュロットの裾から細く見える下着とか、ノースリーブのストラップが緩んだときに顔を出すブラとかに、優理くんは礼儀正しいほど遠慮がちな視線を、ちょっとだけ向ける。そしてすぐに本に目を戻す。九十九パーセント普通の顔をしていたって、一パーセントでもエッチな目をすればすぐバレるってことに、おかしいぐらい気付かずに。
 二人でデートなんかしなかったし、海にも山にもプールにも行かなかった。それでも、私のお母さんはイベント満載の夏を切り抜けるために、画廊と画商の店と画家のアトリエに出ずっぱりで、私の部屋にはアブラゼミの鳴き声と、ページをめくる紙の音と、折ったススキみたいな優理くんの汗の澄んだ香りだけが漂っていて、家中にそれ以外のものは何もないぐらい二人きりだった。
 四十日間デートしていたようなものだった。
 四十日も我慢した優理くんは、素直にえらいと思う。
 九月の始業式の日に帰ってきた私は、玄関の大理石の叩きにきちんと揃えられたスニーカーと、キッチンのカウンターに置かれたお母さんの書き置きを見つけた。どちらも、あっておかしいものではない。お母さんは泊まりに出るときでもこれ一枚だし、スニーカーは優理くんのものだ。
 夏休みの間だけのつもりで、優理くんに合鍵を渡していた。いちいち玄関に迎えに出るのがわずらわしいから、チャイムを鳴らして返事があったら入ってきていいよ、と言ってあった。それで何の心配もいらない子だった。
「優理く……」
 二階への叫びを途中で抑えた。今日は遅くなるよ、と言ってあった。生徒会の打ち合わせがあると思ったのだ。でもそれは私の勘違いで、打ち合わせは翌日だった。私が帰ってくるはずの時間まで、まだ四時間もあった。
 留守の間に入ることを許した覚えはない。でも優理くんは、留守だと知っていて私の部屋に来た。
 まともな目的のわけがない。
 カーペット敷きの階段は、忍び足にならなくても足音を消してくれた。階段のすぐ上の私の部屋のドアは開いていた。上から四段目で足を止めて、二階の床に顔だけ出して、部屋の中を覗きこんだ。
 何をやっているのか、すぐには分からなかった。
 南の窓の下にベッドがある。サッシの開いた窓から入る穏やかな風を受けて、不規則に翻るレースのカーテンの下に、白いセーラーの背中があった。ということは学校の帰りだ。優理くんがベッドにうつぶせになっている。
 寝ているのかと思ったけど、違うようだった。全身ではなく上半身しかベッドに乗せていない。シーツのかかったマットレスの、足側の角に覆いかぶさっていて、膝は床についている。私からは、半ズボンに包まれた締まったお尻と、すべすべのももの裏と、おろしたてみたいにまっさらの靴下の裏だけが見えて、顔は見えない。
 背中がゆっくりと、少し大げさなほど上下している。深呼吸しているんだ。確かに、すーっ、すーっ、と呼吸音がはっきり聞こえる。
 呼吸音というより、これは――吸っているんだ。
 階段を一段だけ上がって頭を上げた私は、見てしまった。
「未輝……お姉ちゃん……」
 朝、私が脱ぎ捨てたパジャマ代わりのTシャツを、優理くんは宝物のように抱きしめて、繰り返し匂いをかいでいた。
 夢中で吸いながら、腰をもじもじと動かす。その姿勢の意味も分かった。マットレスの角のところに、股間をこすりつけているのだ。
「優理くん……」
 かあっと頬が熱くなった。またやってる、この子は。誰も見ていないと思って。それも、私を想像して。
 噴水みたいに胸の中に湧き起こった感情の種類に、私は戸惑った。怒りはもちろんだ、無断で部屋に入られてベッドと服を汚されてるんだから。けれど、それだけじゃなかった。優越感だ。やっぱりこの子は私に参ってたんだ、という勝ち誇るような感情。
 そのせいで、どうしたらいいのか、階段に座り込んでしばらく考え込んでしまった。どうしたらいいのかじゃなくて、どうしたいのかを考えればいいと気付くまで、そんなに時間はかからなかった。この状況なら彼の運命は私の胸先三寸だ。どうにでもできる。
 優理くんを……どうしたいんだろう?
 答えは簡単だった。ずっと前から出ていた。七月に私の部屋に招いた時から。いや、それよりも前、四月に書店で秘密の興奮に溺れている彼を見たときから、ずっと思っていたのだ。
 この子を私のものにしたい。
 単に仲良くなるだけじゃもの足りない。もっと深くて強い絆を結びたい。他の誰も割り込めないような、秘密の関係を作りたい。――言い切ってしまってもいい、エッチな関係をだ。
 今なら、それができる。これはチャンスなんだ。
 私はさらに考えた。書店でやったように叱り付けて言うことを聞かせる? ――いや、それはだめだ。優理くんを永久に追放することになる。彼は例の書店に、あれ以来一度も行っていない。この部屋にも来なくなるだろう。恥には敏感な子だ。
 優理くんが否も応もなく私に従って、しかも私を避けないように仕向けなければいけない。つまり、ムチだけじゃなく、アメも必要なのだ。
 この場合のアメは……私が、体を開いてあげることなんだろうか。
 ちょっと怖くなった。経験がなかったから。知識では知ってるし、そういう雑誌を友達に見せられたこともある。興味があるから、優理くんにも関心を抱いたわけだし。でも、エッチさせてあげることは、私のしたいことじゃないような気がした。なんというか、つまり――私はさせるんじゃなくて、自分からしたいのだ。
 させるにしろするにしろ、普通にアプローチしたら優理くんは受け入れてくれるだろうか? ――それも怪しく思えた。彼は仔鹿みたいにすごく臆病だ。エッチなことはいけないことだと固く信じている。その割に今みたいな大胆なこともしているけど、あれは多分、抑えつけているからこその反動だ。その証拠に、一度だけだけど彼の前で着替えようとしたら、やめて下さい、とすごい顔で怒られた。
 正面から誘ったら、逃げてしまうだろう。
「難しいな……」
 慎重に考えを押し進めた私は、やがて、結論らしいものを見つけた。
 彼に、エッチなことをするための言いわけを与えてやる。彼の理性が拒むんだから、理性をだましてしまえばいい。感情のほうは今見たとおり私をほしがっているから、問題ない。
 要するに――
「無理やりやっちゃえばいいんだ」
 私はつぶやいた。一度口に出すと、それはとても楽しいことのように思えた。そんな風に思った自分にびっくりした。高校生が小学生を犯すなんて、犯罪以外のなにものでもない。しかも女の子が男の子にするんだから、よけい変だ。
 変だからこそ、他人はそんなことありえないと思うだろう。発想の逆転だ。大丈夫、私がこれからすることは、誰にもばれないことなんだ。
「……よしっ」
 私は決心した。
 立ち上がって一気に階段を上がり、部屋に踏み込んだ。没頭している優理くんの背後から近付いて、無言で肩を引き起こす。
「あっ?」
 あまりにも突然だったからか、優理くんは抵抗らしい抵抗もしなかった。顔を埋めていたシャツを体の下に隠そうとしただけだ。それを許さずに私はシャツを奪い取って、両袖をつかんで広げた。
 それで優理くんの顔の前を包み込み、袖を左右から頭の後ろに回して、しっかりと縛った。そのまま優理くんの背中に片手を置いて、うんと体重をかけた。男の子っていっても細身で、力なんかない。それだけのことで、動きを封じることができた。
 あっという間に、優理くんは私に捕まってしまった。
 目隠しの下できょときょと頭を動かしながら叫ぶ。
「み、未輝お姉ちゃん?」
「そうよ、他に誰がいるっていうの。ここには私とあなただけよ」
 まずそう言って、他人にはバレないと分からせてから、私は彼を口説きにかかった。
「今、何してたの?」
「ね……寝てました」
「嘘ついてもだめよ。私、ちゃんと見てたから。私のシャツの匂いをかいで、エッチなことしてたでしょう?」
 腕の下の体がびくっと震えて、彼の脅えを表した。
「名前なんか呼んで……それに、ベッドにあれをこすりつけたりして。エッチじゃなかったらなんだって言うの? お――」
 その言葉はさすがにのどで引っかかった。無理やり押し出す。
「おちんちん、気持ちよくしてたんでしょう」
「……はい」
 優理くんが観念したようにうなずいた。私は追い討ちをかける。
「私の匂いをかいでたってことは、私としたいんでしょ? そのエッチなおちんちんで」
「したいって、別に何も……」
「またとぼける。高校生を馬鹿にしてるの? 女だからって私は知らないわけじゃないのよ。優理くんは男の子なんだから、女の子とセックスしておちんちんで射精したいって思ってたんでしょ?」
 目隠ししてよかった。私の顔も真っ赤だ。でも、恥ずかしがってちゃ先へ進めない。私がさらに責めようとすると、優理くんが戸惑ったように言った。
「し、射精って、大人のするあれですか? 僕、そんなのできません!」
「……できないって、ならどうしてベッドでこすってたの?」
「わ、分かんないの。お姉ちゃんの服が甘いいい匂いがして、それをかいでるうちにむずむずしてたまらなくなっちゃったから、押し付けてただけ。――僕、ほんとに、射精なんてしないです!」
 ということは……優理くん、精通まだなんだ。
 予想外だった。とっくにオナニーとかしていると思ったのに。そんな経験がなくてもエッチなことを考えるなんて。
 でも、と私は素早く考えた。知らずにやっていたなら、かえって好都合だ。
「優理くん、それ続けたら射精しちゃうんだよ」
「……うそ」
「嘘じゃないわよ、授業で習ったでしょ。エッチなことなのよ」
「そ、そんなぁ……」
「でもね、優理くん。それも仕方ないことだわ」
 私はわざと口調を優しくしてやった。ここからが大事だ。
「私、優理くんが女の子を見ちゃうって分かってたのに、ずっと薄着で刺激してたものね」
「――し、知ってたの!?」
「ええ、気付いてたわよ。優理くんが私の手とか足とか、胸とかお尻とか見てたこと……」
 優理くんは、ばさっとシーツに頭を落とした。完全に落ち込む前に、私は言葉を続けた。
「そんなに気にしなくていいわ。私のせいでもあるんだから。私が優理くんに、エッチなこと考えさせちゃったの」
「……だけど……」
「だけどじゃないの、普通の男の子なら仕方ないことよ。それに優理くんは、エッチなことがいけないことだって分かってるものね?」
「……はい」
「おちんちんを押し付けてたのも、知らずにやってたのよね?」
「……は、はい」
「だからね、今度だけは許してあげる」
 ほーっ、と優理くんがため息をついた。――そう、ここまでがアメだ。ここまではうまくいった。
 これから、優理くんを縛り付けてやるんだ。
「でも優理くん、よく考えて。このまま帰ったら、むずむず収まると思う?」
「……え?」
「おうちに帰ったら、もうエッチなことなんか考えられないわよ。お父さん、厳しいんでしょ?」
「は、はい!」
 お父さん、と聞いて優理くんが気をつけしそうになった。そうか、そんなに怖いんだ。
「お父さんに叱られたくないでしょ。エッチな考えでおちんちん大きくなっちゃうとこ、見られたくないでしょ?」
 当てずっぽうだったけど、優理くんはうなずいた。ということは、やっぱりそういう経験があるんだ。ますます都合がいい。
 私は唇をなめて、優理くんの耳にささやいた。
「だから、この場でエッチな気持ちを使い切っちゃいなさい」
「え……どういうことですか?」
「エッチな気持ちは、射精したい気持ちなの。しちゃえばなくなるわ。ここで――射精して」
 雑誌の知識がどこまで通用するのか、はらはらしながら言った言葉だった。救いは、優理くんも詳しく知らないだろうということだった。
 優理くんは、ごくりと唾を飲み込んだ。詳しく知らなくても、ものすごく危険なことを言われているのは分かったみたいだった。細い声でためらいがちに言いかける。
「そ、そんなことお姉ちゃんに――」
「私は手伝ってあげるって言ってるのよ?」
 優理くんの頭をバシッと叩いた。きゃふ、と悲しげな悲鳴を漏らす。
「エッチは嫌なんでしょう? だったら消さなきゃいけないでしょう? これ一度なら許すって言ってるじゃない。この理屈が分かんないの?」
 ひじを優理くんの背中に食い込ませて体重をかけながら、私は自分でも無茶苦茶に思える理由を振り回した。痛い、痛ぁ、とうめきながら、優理くんが首を振る。
「で、でもっ、僕恥ずかしいですっ!」
「何言ってるの、こっそり入り込んで匂いなんかかいでたくせに。そんなこと言える立場だと思ってるの? なんなら近所中に全部バラしちゃってもいいのよ?」
「やっ、それだけはやめて!」
「だったら……やりなさい」
 私はひじを上げて体を離した。はあはあ息を吐いていた優理くんが、やがて、こくんとうなずいた。
 これでいい。いいはず。いったんしてしまえば、気持ちよくってとりこになるはず。――そうであってほしい。
「起きなさい」
 私は、取り返しのつかないことをしているような怖さを感じながら、冷たく命じた。
「ベッドの端に座って。私が後ろに座るから」
「あの……これも取るんですか?」
「取りたくないの?」
 のろのろと体を起こした優理くんが、目隠しのTシャツに手をあてて、うなずいた。
「顔、見られたくないです……」
「じゃ、そのままでいいわ」
 内心ほっとした。私だって見られたくない。こんな自信のない顔見られたら、恥ずかしさで死んでしまう。
 優理くんは手探りでベッドの端を見つけて、足を下ろした。私はその後ろで、足を外へ折って座り、優理くんの背中を抱くような姿勢になった。また命令する。
「ズボンとパンツ、脱いで」
「……」
「早く!」
 変態だ、と思った。こんなの、完全に変質者だ。お願い優理くん、泣いたり騒いだりしないで。私についてきて。でないと私は一人になってしまう。
 優理くんは――従ってくれた。
 腰をわずかに浮かせて、半ズボンとパンツを一度に下げた。お尻、もも、ひざ、足首――白い靴下に包まれたつま先を交互に上げて、床に服を落とした。
 肩越しにそれを見ていた私の胸が、どきっと大きな音を立てた。
 優理くんのネクタイのすぐ下に、セーラーの裾を越えて、それが顔を出していた。
 おちんちん。生まれて初めて見る、男の子の大事なところ。それも、下じゃなくて上を向いている。信じられないぐらいまっすぐに伸びて――勃起して、天井を指している。
 毛も生えていなくて、少し皮に覆われた感じで、ほっそりとしてはいたけど、その硬くなった様子には、女の子が絶対に持てない凶暴な強さみたいなものがあった。
 はっきり言って怖かった。か弱い子供だと持っていた優理くんにこんなものがあるなんて、突き飛ばしたいぐらいだった。この子、まぎれもない男の子なんだ。
 私は金縛りにかかったように凍り付いていたけど、優理くんの小さな声で、我に返った。
「痛いこと、しないで下さい……」
「え?」
「そこ、大きいときは弱いんです。……お願いです」
 弱い?
 私はハンカチを出して手に巻きつけ、優理くんの脇の下から腕を伸ばした。切れ込みのある果肉みたいな先端に、おそるおそる触れる。
 さらっと撫でると同時に、優理くんが勢いよくのけぞった。
「ひんっ!」
「い、痛い?」
「少し……もうちょっと優しく……」
「こう?」
 私は手加減して撫でようとして、思いなおした。もうとっくにルビコンを渡っている。ハンカチなんかで綺麗ぶったって時間稼ぎにしかならない。
 ハンカチを振り捨てて、素手で触れてみた。
 熱くて、肉とは思えないほど硬い棒――それが親指の腹に触れた。
「ひぅ……」
 優理くんが、さっきよりはおとなしめに、背中を逸らした。ただ、悲鳴という感じじゃない。ひょっとして、と思って聞いた。
「気持ちいいの?」
「……は……」
「興奮してるの?」
「……はい。ごめんなさい、僕、今すごくエッチな気持ちです……」
 言って、優理くんはシャツの中にはーっと息を吐いた。
 じわり、と胸が熱くなってきた。
 粘膜は弱そうだったから、その下の幹みたいな棒のところに指を巻きつけて、少しずつ動かしてみた。「くふ……ひぅ……」と優理くんが鼻を鳴らして首を振り、びくびくと腰を浮かせる。だんだん分かってきた。これは凶暴そうに見えるけど、つねっただけで男の子を殺しちゃうような急所でもあるんだ。そして、多分とても気持ちのいい場所。
「はぅぅ……」
 天井を仰ぐみたいに優理くんが頭を逸らせてうめく。その頭が私の肩に乗っている。耳元で、はーっ、はーっ、と荒い息が吐かれている。私の胸が、体がどんどん熱くなる。優理くんが、おかしくなってる。
「どんな感じ?」
「すご……すごいです……お姉ちゃんの手、手が、あったかくって……じんじんして……」
「じんじんして、気持ちいいの?」
「気持ちいいですぅ……こ、こんなの初めて……」
 そこをしごく、ということは知っていた。でも、ぶらぶらしているはずのそれをどうやったらしごいたりできるのか、想像しにくかった。今なら分かる。本当に硬い。思いきりつかんだって潰せない気がする。曲げたら曲がらず折れてしまいそう。すごい。
 いつの間にか、おしっこを出すところだなんてこだわりは消えていた。どうやったらうまくしごけるのか、優理くんを射精させてやれるのか、それだけが気掛かりだった。そんな自分の変わりようもすごいと思った。
 私、興奮してる。女の子だから、男の子を気持ちよくさせるのが嬉しいんだ。
「お姉ちゃぁん……いい、気持ちいいです、いいのぉ……」
 優理くんが片手でシャツを鼻に押し付ける。すうっ、と深く吸い込む音が聞こえた。
「いい匂い……お姉ちゃんの匂い……お姉ちゃんのからだ……手……す、素敵すぎです……」
 額のあたりが、かーっと熱くなった。優理くんはただ触られているからじゃなくて、全身を私に包まれていることで、いっそう感じている。子宮が――初めてだったけど間違いなく子宮だって分かるおなかの奥が――きぅ、と声を上げたような気がした。ほしがられたから反応したんだ、とごく自然に分かった。
 優理くんは、いつの間にか両足を大きく広げていた。そのせいで、おちんちんと袋の全体に触ることができた。
 それは、すべすべの内ももとおなかの真ん中に、場違いなぐらいの唐突さでくっついていた。そんなものなくても生き物が暮らせることは、女の子の私にはよく分かる。それがあるのは射精するためだけ。女の子の中に入り込むための棒と、精子を作るためのぷりぷりした袋。こんなものがあるんだから、男の子がエッチでも仕方ない、と思えてくる。
 そうやって隅々までまさぐられるのが、優理くんはよほど気持ちいいようだった。ますます大きく足を開いて、切なげに体を震わせる。
「もっと、もっと触ってぇ……いっぱい、強く……」
「射精しそう?」
「わ、わかんない。なんか我慢できないの、どうにかしたいのっ!」
 いやいやをするように首を振る。私は精一杯想像する。女の子に入れて動くのが本来のやり方なんだから、やっぱりしごくのが一番気持ちいいはず。
 やり始めは、手を滑らそうにも幹の皮が滑りにくくて無理に思えたけど、今ではなんとなく分かってきた。皮ごと上下させればいいんだ。そうやって規則正しくこすっていると、先端からとろとろと透明な汁があふれてきた。私は頬を押し付けるようにして優理くんに聞く。
「出たの? これが精子?」
「わ、わかんないですぅ!」
 優理くんは、はあ、はあとさらに呼吸を速めながら叫ぶ。まだいったって感じじゃない。このおつゆは精子じゃないのかもしれない。でも、しごくのはいっそうやりやすくなった。
 ふと、このままいかなかったらどうしよう、と不安になった。私もたまにやるオナニーで、そういう経験がある。薄い快感が続くだけでいけないことが。優理くんがそんなことになったら、いつやめたらいいのか分からない。
 でも、そんな心配は無用だった。男の子の体は、驚くほど分かりやすかった。
「お、お姉ちゃん」
「なに?」
「く、クるっ、なんか出ますっ」
「出るの? 射精するの?」
「く、くぅぅ、んく、んくぅっ」
「いったら教えてね?」
「で、出る出る、出ちゃうぅっ!」
 びくぅっ! とすごい勢いで優理くんがのけぞった。思わず力をこめてその背中を受け止めた私は、肩越しに見える正面の光景を目にして、息を呑んだ。
 一本の線みたいにつながった白いアーチが、三メートルも離れた部屋の反対側まで飛んでいった。壁にかけたアイルランドのタペストリーの真ん中あたりにそれが当たって、ぴしゃっとはじけた。
「あぅ、あぅ、あぅぅぅん!」
 優理くんが頭のてっぺんから可愛すぎる悲鳴を放って、何度も私に背中をぶつけてくる。思考が停止してしまって無意識に動かしている私の手にあわせて、精液が何度でも飛んでいく。
「……す……ご……」
「ひぁ……ん……」
 最後に一度、きゅーっと体をのけぞらして、とろとろっと私の手に余りを噴きこぼしてから、唐突に優理くんは崩れた。どさっと肉の塊のように私の胸の中に落ちて、はぁーっ、と長く長く息を吐いた。
「お……終わったの?」
 優理くんは答えない。はあっ、はあっ、と全力疾走の後のように浅い呼吸を繰り返している。ひょっとして苦しかったんじゃないか、と思ってしまった。初めてだと、感覚も育っていないだろうから……
 私は、Tシャツをほどいて優理くんの顔を見た。そして、考えが間違っていたことを知った。
「……よかっ……たぁ……」
 真っ赤に上気して汗にまみれた顔で、優理くんがつぶやいた。とろんと潤んだ瞳とかすかに開いた唇に、身震いするほどの色っぽさがあった。ただでさえ綺麗なこの子の顔が、さらにここまで美しくなるなんて思いもしなかった。
「そう、よかったんだ……」
 しみじみと分かった。この子は今、私が一度も経験したことのないような快感に襲われたんだ。うらやましいとさえ思った。いや、この子に抱いてもらえば、私も……
 軽く頭を振って、私はなんとか自制を取り戻した。ともかく、目的は果たせたのだ。これほど気持ちよかったんだから、この子は間違いなく、また求めてくるはずだ。
 あとは、それをうまく利用するだけ。
 気が付くと、右手はまだおちんちんを包んだままで、どろどろに汚れていた。それを持ち上げて、優理くんに見せた。
「優理くん、汚れちゃったわ」
「え……」
「綺麗にして」
「あ……はい……」
 優理くんはゆっくり体を起こして、テュッシュを取ろうとした。その肩をつかんで、もう一度胸の中に抱きとめた。
「口でして」
「く、口で?」
「汚いなんて言わないでよ、あなたが出したんだから」
「……はい」
 優理くんが舌を出し、子猫のようにぺろぺろと私の指をなめる。指をなめること自体、ついさっきまでならエッチでたまらないことに思えただろうけど、今はそんなことは問題にもならない。なめるものがおちんちんから出た液なんだから。
 そのとんでもないいやらしさにも気付かずに、優理くんはおとなしく私の手をなめた。
 それが終わってもまだやることはある。ひとつひとつ命じながら、私は優理くんに言い聞かせた。
「ほら、済んだらおちんちんもティッシュで拭いて……」
「は、はい」
「その後は床とタペストリーよ」
「はい」
「どう、どれぐらい気持ちよかった?」
「体が溶けちゃうぐらい……死んじゃうぐらいです」
「それでエッチな気持ちは治まったの?」
「……はい」
 ズボンをはきながら、優理くんは満足げに微笑んだ。抱きしめたくなる気持ちを抑えて、私は彼の頬を平手打ちにした。
 目を丸くする優理くんに、意地悪く言う。
「喜んでどうするの、これ一度だって言ったでしょ?」
「は、はい……」
「次に来るときは、エッチなこと考えないのよ? 考えたらぶつからね」
「……はい」
 優理くんはしょぼんと肩を落として、壁を拭きに行った。
 でも、私にはわかっていた。優理くんはまた来る。来たら必ず私を見る。そしてエッチな気持ちになってしまうだろう。
 そのたびに私は、叱りながら彼をかわいがってやるんだ。
 私は、今日はどうにもできなかった体のうずきを我慢しながら、そんなことを考えた。
 そして、それからの数ヵ月は、想像の通りになった。


―― 続く ――



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