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サテライト・ワルツ

 1

 百九十六時間の最終教練飛行の最後に、一番血の気の多いシーザーがディジーズを見つけてしまったのが、四九九飛行小隊の不運だった。
「ボギー、R40、U85、アクティヴ、CMOコンバットマニュバリング・オープン!」
 シーザーがそう叫んでサリックスを反転させても、小隊の五人はしばらくの間、反応できなかった。シーザーは訓練の帰り道に、よくそうやってふざけ半分に迎撃機動を取ることがあったし、そうでないにしても、まさか「本物」が現れるとは思っていなかったからだ。
 候補生の昼ヶ野翔里も例外ではなかったが、列の先頭を飛んでいたグリーン教官のサリックスが、シーザー機を追って素早く反転上昇に移るのを見て、直感した。
 訓練じゃない。
 翔里が同じ機動を取ると同時に、グリーンの緊張した声がヘッドセットに飛び込んできた。
「実戦だ。迎撃する。敵は一体。両翼に展開しろ」
「イ、イエッサ!」
 動揺まるだしの震え声で四人が答え、二人がグリーン機に、二人が翔里機についてきた。
 側方噴射で孤を描いて上昇する翔里機を追尾しながら、チームメイトの馬鳳鳴マー・フォンミンが聞いてくる。
「ショーリ、実戦ってほんとかしら? これでいいの?」
「本当だろ。黙ってろ」
 答えながら、翔里は最初にシーザーが叫んだことを思い出す。敵機、相対方位右四十度、相対仰角八十五度、攻撃意思あり、戦闘開始。――これがせめて、アクティヴでなくてムービングだとかエスケープだとかなら、黙ってやり過ごすこともできたが、こっちに向かって来ているのだから、迎え撃つしかない。しかもシーザーがCMO宣言して鼻づらを敵に向けてしまったから、もうどうしようもない。
 暗黒・真空の宇宙空間を、七機の宇宙戦闘機アームドボード「サリックス」が、クワガタの顎のような二つの孤を描いて、駆け上がる。レーダー反応から再構成した合成視界の中央に、ターゲットコンテナが踊り出て静止した。目を凝らした翔里は、コンテナの中に幾何学的な形をした敵の姿をとらえた。
 多角球の頭部と、筒状の頸部、点対称の八本の関節足。直線と平面で作り上げたタコのような形だ。翔里は叫ぶ。
「――いた! ディジーズだ! タイプ『T2セル!』」
「正解だ、足の中央から核ブラストを撃ってくるぞ。単発で短射程だが威力は大きい」
 グリーンの冷静な声が小隊に響く。
「全武装起動! スイッチング・クロスアタック三連でぶち抜くぞ。間違っても制動かけるな!」
 その声が終わらないうちに、小隊は交戦距離に突入した。
 まずシーザー機がH&A。二・五六秒の間に、九ミリ無反動機銃三百五十五発を発砲、六発を当てて瞬時に通過する。T2セルに軌道擾乱は発生せず。効果はなし。
 続いてグリーンと翔里の三機ずつが、左右から交互に射撃する、スイッチング・クロスアタックを行った。
 右、左、右、左、右、左。隕石に匹敵する運動エネルギーをもつ、有質量弾の嵐が敵を挟み込む。T2セルはそのたびに頭を振って照準を変更しようするが、武装を核ブラスト一門しか備えていないため、照準完了できず、発砲が間に合わない。そのように敵を惑わせるための機動が、スイッチング・クロスアタックだ。
 熟練した正規ドライバーのチームなら、その攻撃は成功しただろう。しかし、初めての実戦で動揺している、訓練途中の候補生たちには、荷が重すぎた。
「い、いやーっ!」
「いかん、鳳鳴フォンミン!」
 翔里側三機の最後尾にいた鳳鳴フォンミンが、急速に近付く敵影に恐怖して、制動をかけてしまった。サリックスは逆噴射炎を吐きながら急減速する。
 敵がそれを逃すはずがなかった。T2セルは回頭し、タコの口にそっくりの核ブラスト発射口を鳳鳴フォンミン機に向ける。
鳳鳴フォンミン!」
 翔里はとっさに、百八十度の定進回頭を行って、姿勢だけを背後に向けた。九ミリでは間に合わない。機の腹のX線レーザーを発砲する。
 レーザーは光速で届くが、瞬間の破壊力は有質量弾に劣る。T2セルのケイ素系外皮を破壊できない。しかしそれが目的ではない。有機系素材でできた脚部関節が目標だった。
 狙い通り、T2セルの足の一本が、高熱で爆散した。爆発の反動でT2セルはぐらりと回転する。その瞬間核ブラストが発射され、秒速三万キロの熱粒子流が、鳳鳴フォンミン機の二百メートル横を、まばゆい光の槍となって通過していった。
 すべては十秒にも満たない間のことだった。編隊はT2セルを通り過ぎて飛び続ける。
鳳鳴フォンミン、無事か?」「なんだよ、全然当たらないよ!」「これって本当に実戦なのか?」「当たるわけねえんだよ、ソロのボードだけのチームで!」
「静かにしろ、赤ん坊ども。リミッタ外せ、全速で逃げるぞ」
 グリーンの声で、喚きたてていた小隊は途端に静かになった。ひとり、シーザーだけが裏返った声で叫ぶ。
「リアタックの許可を! もういっぺんやれば倒せます!」
「馬鹿いえ、おまえたち、弾は残ってるのか?」
 言われてFCSを見た候補生たちは、シーザーも含めて全員が、真っ青になった。訓練後も八割は残っていたはずの機銃弾が、軒並みゼロになっていたのだ。
「十発でも残ってるやつがいたら、全員に晩飯をおごってやる。どうだ?」
「……」
「トリガー引きっぱなしだったろう。そんなもんだ」
 翔里は、データリンク画面に表示されている、グリーン機の情報を見る。さすがに教官だけあって、彼はいまだに四百発近い弾丸を残していた。
「教官、教官なら倒せますか?」
「無理だな。シュミットが言ったが、私たちは所詮、ソロボードの集団だ。一機ではどうにもならん」
「じゃ、このままやられるしか……」
 候補生たちは沈黙する。ディジーズたちの最も恐るべき点は、人類の宇宙機の遠く及ばない、その凄まじい機動性能だ。T2セルは能力が低いほうだが、それでも、全力で逃げる単発エンジンのボードに、楽々と追いつけるぐらいの推力はある。
 翔里は後方視界を見る。思ったとおりだった。T2セルは核ブラスト放射を最強パワーで放出して、ぐんぐん追いすがってくる。
 だがグリーンが、場違いに明るい声で言った。
「いや、助けが来る。さっきメイデイを出した」
「メイデイを? いつのまに?」
「シーザー、おまえが馬鹿な自殺行為をした一秒後にさ」
 軽く言ってシーザーを黙らせ、グリーンは続けた。
「私たちは幸運だった。たった五千キロの距離に最適ベクトルの友軍機がいたんだから。――しかもペアボードだ」
「ストレプターが来るんですか!」
「ああ。――ほら、もう来た」
 言われた候補生たちは、レーダー画面に忽然と現れた光点に見入った。
 はるか後方からすばらしい速度で飛来したそれが、T2セルの至近で猛烈な制動をかけて減速した。その減速能力から、高い脅威度を持つ新たな敵の出現と判断して、T2セルがターゲットを変更する。ペア機に向けて、核ブラストを発射。
 ペア機は途端に、はじかれたように左右に分かれた。大型と小型、二機に分裂したのだ。核ブラストを避けざま、小型機が機銃を撃つ。
 T2セルは核ブラストを断続発射。攻撃しながらめまぐるしく位置を変え始める。鳳鳴フォンミンが叫ぶ。
「ブラウン運動モードだわ!」
 それは攻撃行動だが、同時に回避行動でもある。エンジン兼用の大出力核ブラストを、方向を変えて撃ちまくることで、自分の位置をも急激に変えてしまうのだ。このモードに入ったディジーズは、通常のアームドボードではほとんど攻撃できない。宇宙機の反動噴射では、その凄まじい移動を追いきれないのだ。
 しかし、それを倒すために人類が作り出したのが、ペアボードだった。
 ペアの小型機が、複雑な運動を始める。次々と飛来する核ブラストを、旋回し、ホップし、バックし、からかうように避けていく。その軌跡は、時に直角に近くなる。およそ反動制御でなしえる動きではない。T2セルの変幻自在な動きすら上回る機動だ。
 大型機はあまり動いていないが、T2セルはそちらを狙わない。その理由はわかっている。ディジーズは脅威度の高いものから攻撃するという、厳格なルールを持っているのだ。そして大型機は何一つ武装をもっていない。
 だが大型機は、単なるはりぼてではない。これがあるからこそ、小型機が高機動できる。そのユニットネームが表しているが、小型機を振り子ペンデュラムとするならば、大型機の役割は、支点ファルクラムなのだ。
 二機は、極めて強度の高い単分子ワイヤーで結ばれている。小型機のおよそ十倍の質量をもつ大型機がその支点となる。小型機はこのワイヤーによって引かれ、振り回され、放り出されることで、高機動を行う。
 それが、ペアボードのシステムだ。
 理屈として知ってはいても、候補生たちが実際にその有様を見るのは、初めてだった。そして彼らは、今までに見せられた教習用の映像が、まさに教習用の無味乾燥なものでしかなかったことを知った。
 それはダンスだった。小型機が回り、滑り、狙われる。大型機がワイヤーボビンを勢いよく回し、引き戻し、ボビンを逆転させて放り出す。宙をかすめた核ブラストの脇をすり抜け、二機が互いに巡りあいながら、コルク抜きのようならせんを描いて、敵へと突き進む。
 敵の射撃をかすらせもしない。危険なときには大型機が素早く小型機を引き回す。チャンスがあれば決して逃がさない。大型機が小型機を最適な射撃直線に乗せ続ける。そういう大型機の意図を小型機が正確に汲み取って、短く激しく撃ちまくる。
 息の合ったペアスケーターの動きを思わせる、優雅な三次元のダンス。
「すごい……」
 鳳鳴フォンミンが息を飲む。他の候補生も、グリーン教官さえも、言葉もなく見入っている。
 T2セルが、ついに動きを止めた。連続発射による過熱に、自分自身が耐えられなくなったのだ。翔里の合成視覚の中では、T2セルの多角球の頭部が放つ赤外線が、まぶしく輝いて見えた。
 その瞬間、小型機が美しい円軌道に乗った。T2セルと大型機を結ぶ線を半径とする円だ。そのように大型機がワイヤーの長さを調節している。
 半径両端からの円周角は、常に直角である。それはつまり、小型機が、移動しながら、決して変化しない安定した射撃角度を手に入れたということだった。
 発射された五十発の九ミリ弾が、T2セルの頭部のわずか三十センチ四方に集中した。ケイ素外皮が破断し、T2セルは核ブラストを保持する磁場を失った。
 あふれ出た核融合炎の火球が、一瞬にしてT2セルを飲みこんだ。
 全天の星々の光をかき消す光球が消える頃には、すでにペア機は一体に戻っていた。大型機の大出力エンジンを動かし、素晴らしい加速で基地へと戻っていく。
 グリーン教官が、夢から覚めたように言った。
「……シーザー、彼らからメッセージだ」
「俺に?」
「君にじゃないが、迂闊にディジーズに手を出した候補生に。観劇料は出世払いでいいそうだ。パスツール基地第四防空隊、ウラジミール・フラニスキイ&シャロン・レム」
「あれ、ゴールドカップルの二人だったんですか!」
 シーザーが悲鳴のような声を上げる。年間最多撃墜賞を獲得した、基地で最高のエースたちに、自分たちは助けられたのだ。
「みっともねえところを見られたなあ。よりによってあの二人に……」
「ちょっとでも懲りたなら、慎重さってものを学ぶんだな。さあ、帰るぞ」
 グリーンに促されて、小隊はベクトルを基地に向けた。
 翔里の耳に、一対一のPtoPコールが鳳鳴フォンミンから届く。
「私たちもあんなカップルになれたらいいわね」
「おれが? 君と?」
「ばか。私はシーザー狙ってるの。腕さえ磨けば、頼れそうじゃない? ――私が言ってるのは、あなたの心配よ」
「そうか……」
 翔里はつぶやく。彼にしても、内気で引っ込みがちなところのある鳳鳴フォンミンは、パートナーにしたいタイプではない。といって、他にペアを組みたい異性も、今のところ見つけていない。
 自分と組むのは、誰になるんだろう?
 

 無重力空間でおしっこをするのは愉快ではない。
 エリザベス・M・プリマスは、ホースにつながった女子用の尿バキュームパッドを、片手でむき出しの股間に当て、もう片方の手を壁のフックに、伸ばした二本の足を床のフックにかけて、顔をしかめていた。
 大便ならば個室の便座が使える。だがそれは三つしかなく、いつも満員で、しかも除菌に手間がかかる。だから十個あるパッドを使うのだが、これにしても少年部六十人の女子の共用だ。いくら毎回紫外線消毒しているといっても、前の使用者の体温までは消せない。
 それに、人が通る。
「EMP、早くしなよ」
「わかってるってば」
 スカートの中に片手を突っ込んだまま、振り返ってエリザベスは答える。
「先に食堂行ってるよ」
 背後の通路を、スカートをひらひらさせながら、ルームメイトの女子たちが泳いでいった。エリザベスは舌打ちする。
 ――っとに、いくら子供で女の子同士だからって、おしっこしてるとこ丸出しにさせるなんて、司令部もどうかしてるわ。
 股間のむずむず感が強まり、エリザベスは小さく息を吐いて下腹に力をこめた。ここではそうしなければ尿は出ない。
「はぁ……」
 排尿する。減圧タンクにつながったホースに、しょろしょろと尿が吸い込まれていった。一年前にここへ来て最初に叩き込まれたのが、このバキュームパッドを使って排尿するやり方だったから、さすがにこぼしたりはしない。月に一人か二人、失敗して尿の球をトイレ内にばらまく者が出て、その子は次の一ヵ月トイレ消毒の係を押し付けられるのだが、エリザベスは一度も――表立っては――そういう失敗をしたことがないのが、自慢だった。
 放出が終わると、パッドのウレタン面で性器を拭いて、それを壁のクリーナーに戻した。クリーナーは高温蒸気と紫外線でウレタンを洗浄消毒し、次の使用者に備える。紙一枚として使い捨てることを許さない、宇宙基地の厳しい環境が、こんなものまでリサイクルさせるのだが、ウレタンで尿を拭くことには、ささやかな問題があった。そのソフトな触感に、感じなくてもいいことを感じさせられて、ともすればそれでマスターベーションする者が出てくる、ということだ。
 少年部のインストラクターを悩ませるその問題に、実はエリザベスも無縁ではなかった。たまにそれを、必要以上にこすりつけてしまうことがある。
 だが今は、のんびりオナニーしている場合ではない。エリザベスは両膝の間で伸びていたショーツとサポーターを手早く引き上げ、トイレを出た。
 通路には、大勢の同じ年頃の少年部員たちが、一方向に泳いでいた。男子はズボン姿だが、女子はスカートである。すらりとした素足で壁を蹴って進んでいく。エリザベスも、ピンチでしばった長い金髪を背中に流して、同じように進み始めたが、いつものことながら、後ろの男子の視線が気になった。
 ――パンツじろじろ見ちゃって。これだから男の子っていや。
 女子がスカートなのは、やはり司令部の苦肉の策だった。男子は、性器をズボンの隙間から取り出すことで、簡単に排尿パッドに差し込める。しかし女子はそうもいかない。ズボンを下げなければ排尿は不可能だ。――そして、軍事宇宙基地のここでは、小便のたびにズボンを脱いだり履いたりするような時間は与えられないのだ。
 糞は仕方ない。しかし小便で時間を食うな。少しでも簡単に脱ぎ着できるようにしろ。そういう要求から、スカートが選ばれた。
 とはいえエリザベスも、スカートそのものが嫌いなわけではない。
 通路の交差点で、フライトウェアを着た一団の大人たちと合流した。その中に、細身の黒髪の青年を見つけて、エリザベスは勢いよく壁を蹴った。
「ショーリ!」
 横から力いっぱいぶつかる。おっと、と警戒しかけた青年が、すぐに笑顔になった。
「リズ、おまえも食堂か?」
「うん。今日、ショーリたちのチームの選抜発表があるんでしょ?」
「そうだ。一緒に行くか」
「イエッサー!」
 敬礼すると、脇に回された腕が、ぐいっとエリザベスの体を引っ張った。エリザベスは力を抜く。抜いて身を任せてもまったく不安感のない動きで、ショーリ――昼ヶ野翔里が運んでくれる。
 同級生とは比べ物にならない、九歳年上の翔里の頼もしさに、エリザベスはひそかに憧れていた。
 翔里の手のひらが、綿のルームウェア越しに、エリザベスの乳房を覆っている。わざとなのか自然にそうなったのか、微妙な触れ方だ。意識してほしいけれど、高まった鼓動を知られたくない。もっと触られたいし、触られたくない。エリザベスは矛盾した思いを抱く。――スカートを好きなのも、そんな思いの一端だ。少しでも翔里に、女として見てほしい。
 でも、とエリザベスは切なくなる。すぐ隣を、翔里のチームメイトの鳳鳴フォンミンが泳いでいる。その大人の女のプロポーションに、コンプレックスを刺激される。――こんな人が周りにいるんだもの。ショーリにとっては、十三歳のわたしなんか子供なんだろうな。
 そのショーリが、候補生から士官になれるかどうかが、これからわかるのだ。エリザベスも無関心ではいられなかった。
 食堂に入ると、すでに天井の席も床の席も満員だった。あふれた人間が壁際だけではなく、そこらの空間にも浮かんでいる。クッカーの料理を食べている者は一人もいない。一八〇〇時からの選抜発表を待っているのだ。四半期に一度ある選抜発表は、エリザベスだけでなく基地中の人間の関心事である。
 少し離れたところから、同級の男子たちが声をかけてきた。
「おーい、EMP! こっちに来いよ!」
「いいよ、わたしは」
「んなこと言わずにさあ! 成績トップの天才は、おれたちとお話しできないっていうのかよ?」
 大声で喚く男子たちを、他の女子が叱りつけた。
「嫌味やめなよ、女の子にかなわないからって」
「あの子はあそこでいいの」
 男子たちは舌打ちしながら静まる。ウインクをくれた女子に、エリザベスは軽く手を振った。その子は、エリザベスが翔里に向ける想いを知っている。今日を限りに、翔里はパートナー持ちになってしまい、エリザベスの恋も終わる。だから気を利かせてくれたのだろう。
 ハッチが開いて、基地指令のフランドル大佐と、少佐級の五人の教官たちが現れた。食堂のざわめきが収まる。
 銀髪の小柄なフランドル大佐は、口を開くと、いつものように単刀直入に話し始めた。
「第四十六期候補生からの、正規防空隊への選抜試験の結果を発表する。例によって断っておくが、この最終判断はわれわれ基地司令部のデシジョンではない。われわれのリサーチに基づいて、太陽系防衛軍総司令部が行ったものだ。基地内の人間の私情によらないものであることを、明言しておく」
 お決まりの前置きに続いて、教官の一人がポケットから赤いディスケットを出した。赤は、一度しか再生できない使い切りディスケットの証だ。それをフランドル大佐が受け取り、携帯式のAVターミナルに差し込んだ。
 画面を見つめる大佐の鋭い声が響く。
「まず、第四九一飛行小隊からだ。ニック・ボウマン!」
「はい!」
 ボウマンがはじかれたように背筋を伸ばす。大佐がちらりと見て、声をかける。
「合格だ。パートナーはイエナ・コーダ」
「はい!」
 アングロサクソンの若者のボウマンが、白い頬を紅潮させて、室内を見回した。赤毛のイエナが、前のほうのテーブルから振り返って手をあげた。ボウマンがそこへ飛んでいく。
「イエナよ。四七五教の『恋人待ち』。ちょっと残念」
「ボウマンだ。残念ってなにが? ぼくじゃ不満かい?」
「私、金髪って好みじゃないの」
 イエナに指差されて、ボウマンは情けなさそうに髪の毛を引っ張ったが、ふとそばのテーブルに目を止めると、やにわにケチャップをつかんで頭にぶっかけてしまった。めちゃくちゃにかき回して、イエナに笑顔を向ける。
「赤毛ならどう?」
「――いっそ、丸坊主にしたら」
 あきれたように目を丸くしたものの、イエナはすぐに笑顔になった。
「うそよ。髪なんかドライバーの腕には関係ないものね。あなた、気に入ったわ」
「イヤッホウ!」
 ボウマンは叫んで、ケチャップをそこらにぶちまけ始めた。内気汚染になるため普段なら訓戒ものの行為だが、この日ばかりは咎める者はいない。
 その間にも、フランドル大佐は次々とリストを読み上げていく。
「第四九三飛行隊、合格者は二名。滝沢美晴! レオナルド・アバローチェ!」
「おっ、四九三教はメイトカップルか」
 一つの小隊から、パートナーになる二人が同時に選ばれた場合、そう呼ばれる。割合的には、それ以前の選抜に合格して、『恋人待ち』をしている者とカップリングされることのほうが多い。
 すぐ隣に並んでいた美晴とレオナルドは、驚いたように見つめあったが、やがておずおずと両手を握り合った。
「期待はしてたけどな。本当に組めるなんて。うれしいよ」
「私も……」
 やけるぜお二人さん! とチームメイトが二人の背中をどやしつける。
 騒ぎは激しくなる一方だが、嫌悪と拒否の声はない。総司令部の決定を拒否する方法は、違約金を払って退役する以外、ないのだ。また拒否する必要もない。総司令部は常に、候補生の心理データまで把握した上で、最も相性の合うカップリングを設定するからだ。
 大佐の発表は進み、最後の小隊になった。
「第四九九飛行小隊、合格者は一名だ。昼ヶ野翔里!」
「――はい!」
 翔里がぴんと背筋を伸ばし、チームの前に出る。エリザベスはその腕をつかんでささやく。
「やったじゃんショーリ! おめでと!」
「あ、うん」
 そしてすぐに腕を離して、両耳を押さえた。翔里を奪う女の名前など、聞きたくない。
 ――これで、さよならだね。
 しかし、フランドル大佐の次のひとことは、誰も予想していないものだった。
「パートナーは……エリザベス・マーシア・プリマス!」
 食堂を人々の視線が交錯した。誰だ、自分たちのチームの人間じゃないな。じゃあ他のチームか。だが、他のどのチームの者も、同じように戸惑った顔をしている。自然に、視線は翔里本人に集まった。
 翔里はまじまじとかたわらを見下ろしている。見られているエリザベスは、軽く目を閉じて、何かに耐えているようだった。
「リズ、おい……」
「え?」
 翔里に肩をつつかれて、顔を上げる。翔里の真剣な視線に気付いて、耳から手を離した。
「どしたの?」
「おれのパートナー……おまえだって」
「やめてよ、そんな冗談」
「嘘でこんなこと言えるか」
 翔里に周りを指差されて、エリザベスはようやく、食堂中から集まる視線に気付いた。まだ喜びには至らない、むしろおびえたような顔で、翔里に問い掛ける。
「ほ……ほんとなの?」
「司令!」
 翔里が叫んだ。
「それは間違いじゃないんですか? リズはまだ少年部員なんですよ!」
「間違いではない。エリザベス・マーシア・プリマス、十三歳、女」
 驚く人間たちの中で、一人だけいかめしい仏頂面を保ったまま、フランドル大佐はAVターミナルからディスケットを抜いた。
「以上で発表を終わる。決定されたペアは、明朝〇八〇〇に私の部屋に来い。それまでは自由、ペア用の個室もただ今から使用可能だ。では、解散」
 それだけ言うと、大佐は教官たちを引き連れて出て行った。
 徐々に、食堂にざわめきが戻る。選抜発表の夜は、それまでの飛行小隊が解散するために、お別れ会も兼ねた宴会になるのが常だ。
 だが、四九九教のメンバーだけは、憮然とした顔を見合わせていた。
「翔里が合格なのはわかるけどよ……」「なんでまた、少年部の子供が?」
 五人の視線がエリザベスに集まる。エリザベスは心細さのあまり、翔里の背に隠れる。
「ショーリ……どうしよう?」
「うん……」
 見上げた翔里の顔も、迷いに満ちているようだった。

 2

 核融合がディジーズを呼んでしまったと考えられている。
 彼らが現れたのは、人類の活動範囲が地球外へと広がり、木星以遠の外惑星に到達した時だった。その頃の太陽系が外から見て変化した点といえば、化学ロケットに代わって実用化された核融合エンジンが、強力なプラズマの炎と光を放ち始めたことだ。それを目当てに彼らがやって来たと解釈するのが、合理的だった。百五十億年を越える宇宙の歴史の中で、誕生してから二百万年しか経ていない人類のもとに、まったくの偶然で客がやってきたと考えるのは無理がある。
 なぜ核融合を目当てにしているかは、ディジーズの目的に照らせばすぐ分かる。彼らはまず木星上層大気にコロニーを作り、そこで木星の水素ガスをむさぼって、自前の核融合を始めた。核融合燃料を欲しているらしい。恒星にはそれがたくさんあるが、その熱と重力はおいそれと近づけるものではない。だから、恒星以外の核融合放射光を出している惑星系を探して、そこなら容易に燃料を手に入れられると判断し、太陽系にやってきたのだろう。
 遠い外惑星はそうやって席巻されてしまったが、彼らがそこで留まるという保証はなかった。人類が最初に行った実用核融合は、月面で採取されたヘリウム3原子を利用したものである。月には、太陽から吹き飛ばされてきたその原子がたくさん溜まっている。その重水素−ヘリウム3反応は、水素−水素反応よりも臨界させることが容易である。ディジーズがこれを見逃すはずがないと思われた。
 そして実際、彼らは内惑星へと進出を開始した。
 目的地は月及び水星。それは、彼らの先遣隊がやってきたことではっきり分かった。まだ数の少なかったそれらを地球人はなんとか撃退したものの、木星で大量繁殖している本隊を追い払うには、既存の宇宙組織ではとても手が足りなかった。
 そこで、全地球の総力を挙げて、太陽系防衛軍が創られた。
 防衛軍は月面に総司令部及び工場を置く。火星にも工場を置いた。そして、火星公転軌道上に、太陽を囲んでぐるりと防衛拠点を作った。木星と内惑星を結ぶ線は常に移動していて、火星の拠点だけではその線を断ち切れないからである。
 それらによって人類は、散発的に飛来するディジーズを迎撃し、辛くもそれに成功している、という状況だった。軍が力を蓄えて木星を叩くのが早いか、それともディジーズたちが木星に飽きて一斉に内惑星にやってくるのが早いか、それはまだ分からない。
 分からないことは他にもたくさんあった。というよりほとんど何も分かっていない。彼らはどこから来たのか、どれだけいるのか、生物なのか機械なのか、知性はあるのかないのか、そういった区分に意味はあるのかないのか。
 外宇宙から忽然と現れたのだから、当然、光速以上の移動手段を有していることになる。また、そのように動く大型の母船が、木星周辺で目撃された記録もある。しかしその方法も分からない。
 分かっているのは、次のようないくつかのことだけだ。
 ディジーズに人類とコンタクトする意思はない。出現以来数十年、ありとあらゆる方法で交信が試みられたが、どれ一つとして成功しなかった。
 ディジーズは敵対的である。敵対意思がないにしても行動がそうである。水星に降りた先遣隊の数体は、周囲のあらゆる地形を覆ってヘリウム3を採取しようとした。人類は水爆でそれを吹き飛ばしたが、放置しておげは水星全土を覆うことは確実だった。もし月面で同じ事が起これば、貴重なヘリウム3を根こそぎ奪われてしまう。そうでないにしても、月面の多くの施設が飲み込まれる。
 ディジーズにはいくつかの種類がある。移動に特化したもの、攻撃に特化したもの、採取に特化したものと、それぞれ機能と形が違う。偶然か必然か、それらの形は病原菌に似ている。
 そういった特徴から、彼らはディジーズと呼ばれるようになった。太陽系を蝕む病根だ。
 迎撃基地の名前が、病魔と戦う医聖たちから取られるようになったのも、それに対応してのことだ。ヒポクラテス基地、ナイチンゲール基地、北里基地、ジェンナー基地。十六ヵ所に建設されたそれらの一つが、パスツール基地だ。
 基地に配属される宇宙戦闘機アームドボードも、医療にちなんだ名がつけられるようになった。偵察機のジギタリス、機雷敷設機のキニーナス、初の本格的戦闘機であるサリックスなど、皆そうだ。
 その中でも最も強力な機種が、ペア専用の分離型アームドボード、「ストレプター」である。その名の由来となった結核の特効薬と同じように、ディジーズを駆逐することを期待されている。
 パスツール基地に駐留するストレプター型は、予備機も合わせて三十六機。
 それが、翔里とエリザベスに与えられた機体である。


「これだけは言える。総司令部の選抜判断が間違っていたことは、少なくともカップリング判断が有益でなかったという例は、今まで一件も報告されていない」
 発表の後、朝を待たずに司令官私室に押しかけた二人へ、フランドル大佐はそう言った。それから、真面目な顔で付け加えた。
「そして私の見るところ、君たちがその最初の例になるということも、なさそうだ」
 つまり二重の太鼓判を押されたわけだった。
 結果として、翔里とエリザベスのカップリングは変更されることもなく、二人は正規ドライバーだけに与えられる、個室に収まっていた。
「広いね」
「ああ、広い」
 二人は芸のないことを言って、部屋を見回した。広いといっても空間の限られた宇宙基地だから、たかが知れている。床面積は四メートル四方もない。だが、無重力の空間ではすべての壁と天井が床になるから、有効面積としてはかなりのものである。しかも仕切りがあって、ベッド、デスク、クロゼット、AVターミナルなどが設置され、二人分のパーソナルスペースが完全に確保されていた。今までは二人とも、同じ容積の、しかも仕切りのない空間に、六人ぐらいで詰め込まれていたから、かなりの待遇アップである。
 だが、部屋よりも調度よりも、部屋の隅の電話ボックスほどの閉鎖空間が、エリザベスを驚喜させた。
「見て、ショーリ! トイレがある!」
「ほんとか? そりゃすごい」
 エリザベスの頭越しにボックスを覗いて、翔里はうなった。便座型のきちんとしたトイレだ。しかも便座を覆うセパレーターの板がある。頭上には蜂の巣状の穴。つまりここは、シャワールームにもなるのだった。
「すごいね、ショーリ。専用のトイレまであるなんて」
「それだけ、ストレプターのペアは期待されてるってことだよな」
「うん、頑張らなきゃね」
 エリザベスがそう言って、肩越しに振り返った。目が合い、翔里は彼女の顔を見つめる。
 名前の通り、イングランド系の血を引く少女だ。そばかす一つないミルク色の真っ白な肌、地球の青空のようにブルーの瞳、額で分けて後ろにしばった長いプラチナブロンド、すべてが濁りなく澄んでいる。
 百七十八センチの翔里のあごに届く程度の背丈で、その身長の女の子の平均よりも、ややほっそりした体つきだ。無重力で長く暮らすと誰でもそうなるとはいえ、エリザベスの四肢はやはり細い。
 カットソー型の空色の上衣から出る腕にも、膝上丈の白いプリーツスカートから伸びる脚にも、女らしい肉付きはほとんどない。まだ胸と腰にわずかにまるみが出た程度で、おなかはぺたんこ、体を反らせば肋骨や骨盤のほうが出て来るほどだろう。
 そうは言っても、その年齢においてはたぐいまれな美少女であることは間違いなかった。成績だけではなく容姿においても、少年部で最優秀だという評価を、翔里もあちこちで耳にしていた。
 そう言った観察が、少し長すぎたものか。エリザベスは急にさっと顔を逸らすと、翔里の脇をすり抜けて飛びながら、わざとらしいほどの明るさで、両手を広げて言った。
「ほら、部屋の中で宙返りができるよ!」
 言いながら回転した拍子に、輝くように白い太ももの付け根に、空色のサポーターが見えた。下着でないとはいえ、翔里は思わず目を背ける。
 だが、動揺しているのは翔里だけではないようだった。エリザベスはそのまま反対の壁に泳ぎ着くと、今度はAVターミナルを意味もなく操作し始めた。共用のものなら以前から使い慣れているはずだから、目新しいものでもないのに、だ。
「へえ、アクセス制限ずいぶん少ないんだ。わお、アダルトチャンネルなんかある!」
 空回り気味なエリザベスのはしゃぎっぷりを見て、翔里はようやく、今の雰囲気がどういうものなのかに気付いた。
 これはつまり、旅先の宿で初めての夜を過ごすカップルの状況と似ているのだ。――似ているどころか、まったくその通りである。エリザベスが、普通の成人女性だったなら。
 そうでないのが問題だった。これは少し話し合う必要があるな、と翔里は思った。それも真っ向正面からだ。
「リズ」
「なに? あ、新しいメールアドレスも支給されてるよ。もうメール来てる」
「ストレプターのペアが個室をもらえる本当の理由、知ってるか」
 翔里がそう言うと、ディスプレイを見ていたエリザベスの肩が、目に見えてこわばった。軽くため息をついて、翔里はソファ兼用のベッドに腰掛けた。
「ちょっとおいで」
「……うん」
 エリザベスが振り返り、斜めになって飛んできた。差し出した翔里の手を取らず、ぎくしゃくとした動きで隣に座る。浮いてしまうが、無重力用のインテリアにはあちこちにストラップがある。それで膝を押さえて尻を落ち着ける。
 数センチを隔てて並ぶと、翔里が口を開くより先に、エリザベスが床を見つめたまま言った。
「え……えっちなことするため、だよね」
 少しのどにつっかえるような言い方だったが、聞き間違えようはなかった。翔里はうなずく。
「やっぱり知ってたか。ま、おれも少年部に入ってすぐに聞いたしな。その通りだよ」
「だからわたしたち……えっちしないといけないんだよね」
 エリザベスが振り向いた。美しい青い瞳をしっかりと翔里に据えて、真摯に言う。
「翔里がわたしに……するの?」
「まあ待てよ」
 翔里は額を押さえて目を隠しながら、軽くエリザベスの肩を叩いた。
「いきなりそういうことする前に、いろいろ話すことがあるだろう。他の部屋の連中だって、まず自己紹介から入ってるさ」
「自己紹介なんか、いらないじゃない」
 エリザベスはこわばった顔を無理にゆるめて、笑った。
「わたしたち、一年も前から友達なんだから」
「うん、友達だな。それは間違いない」
 翔里はうなずいた。
 エリザベスは、ちょうど一年前に、将来の基地スタッフとなることを期待されて、パスツール基地の少年部に編入してきた。その時にちょっとした事件があって、翔里と親しくなった。
 以来、年も仕事も違うとはいえ、週に一度は一緒に食事をとる友人となった。聞いて驚いたが、彼女の家はコーンウォルの名のある貴族だそうで、幼い頃から英才教育を受けていて、それゆえに、優秀な子供ばかりの少年部で、瞬く間に成績トップの座に登りつめることができたらしかった。
 対する翔里は二十二歳、日本出身の純粋な日本人である。こちらは英才教育というほどの教育は受けず、普通に中学までいって、その後、月面にある国連の高校に入り、才能よりも根性で防衛軍の候補生となった。
 生まれも育ちも違うのだが、並みいるライバルと競り合って勝ち残ってきたという点は一緒である。明るく元気で物怖じしないエリザベスの性格は、有能な人間を認める翔里の性格にもぴったり合った。それに、二人が直接のライバルとはならない立場だったのも幸いして、友達関係は良好である。
 しかしまさか、パートナーになるとは思っていなかった。
「……なあ、なんでおまえがおれのパートナーになったのかな」
「総司令部がわたしの才能を認めてくれたんでしょ」
 エリザベスは当然のように言う。
「候補生以外からパートナーが選ばれることは、ないわけじゃないじゃない。フランドル大佐だって認めてくれたし。手違いなんかじゃないわ」
「ほんとにそうかな? ストレプターのペアが何をするか、総司令部は分かってないんじゃないか?」
「そんなわけないと思う。だって……えっちしないと、ストレプターは動かせないんだから」
 エリザベスが小声でつぶやいたことは、事実だった。
 ストレプターの二機を操るには、それこそペアスケートのカップルに見られるような、両機のドライバーの緊密な連携が必要だ。それも、ただ友人として理解しあっているというようなレベルでは足りない。ストレプターは感覚制御だ。機体の全機能を体感覚とすり替えて操縦する。通信機を口と耳で、レーダーを目で、姿勢制御を胴で、舵を腕で、推進器を足で、まるで自分の体そのもののように自在に操る。そのようにドライバーと同化した僚機を完全にサポートするためには、パートナーの肉体をも完全に熟知していなければいけない。
 つまり、生まれたままの姿で、互いの体の隅々まで知り合う必要があるのだ。
 エリザベスの言うとおり、総司令部がそれを知らないわけがなかった。分かっていて命令を出したのだから、それはつまり、エリザベスとそういうことをしろという意味なのだろう。
 エリザベスはまだ十三歳なのに。
「信じられない……子供とそんなことしろだなんて。地球じゃ、結婚できるのって、男も女も十八歳からだろう」
「結婚以前に、淫行罪で捕まっちゃうよ」
 エリザベスがいたずらっぽく笑った。翔里は頭を抱える。
「おまえも分かってるんじゃないか。どうしろって言うんだ」
「冗談だって。捕まらないよ、軍の命令なんだから」
「軍はよくても、おまえの親に顔向けできないよ」
「そんなこと心配してたの? でもそれ、大丈夫みたいよ」
 エリザベスはストラップを外してふわりと飛ぶと、つけっぱなしだったAVターミナルのディスプレイを示した。
「さっきのメール、お母様から。ちょっと見たけど、わたしがショーリとペアになること、一足先に総司令部から知らされていたみたい」
「もうバレてるのか? やめろって言われただろう?」
「ううん。頑張りなさいって」
 唖然としている翔里に向かって、エリザベスはぺろりと舌を出した。
「わたし、前からショーリのことお母様にメールしてたもの。その人なら任せてもいいって思ってくれたみたい。――えっちしなきゃいけないなんて具体的なことは知らないと思うけど、まあそんなの、早いか遅いかってだけの問題だし」
「リズ」
 翔里は、進退きわまってうめいた。
「さっきから聞いてると、なんだか誘ってるみたいに聞こえるんだが、冗談でもそういうのはやめてくれ」
「誘ってるの」
 エリザベスはふわりとベッドに戻ってくると、正面から翔里の両腕をつかんで、じっと見つめた。
「もっと早く気づいてよ、鈍感。わたし……ショーリとなら、してもいいな」
「落ち着けよ、そんな成り行き任せでしちまっていいことじゃないぞ?」
「成り行き任せなんかじゃないもん!」
 エリザベスが叫んで、翔里をにらみつけた。青い瞳が潤んでいることに翔里は気付いた。
「言うね、今なら言える。わたし、ずっとショーリが好きだったんだよ」
「九歳も違うんだぞ」
「だから。わたし、ぐずでやらしい同級生なんか嫌いだもの。年上だから好きなの。ううん、ショーリだから好きなの。EMPなんて物理の単語みたいに呼ばない、リズって言ってくれるショーリが」
 エリザベスは泣き笑いのように顔をゆがめた。
「ショーリとペアになれて、ほんとにうれしい。総司令部やフランドル大佐やお母様が、していいって言ってくれてうれしい。なのにショーリは……いやだっていうの?」
 エリザベスはふと、顔に恐れの色を浮かべる。
「それともショーリは……やっぱり、わたしみたいな子供じゃいや?」
「リズ……」
 翔里は、両腕を押さえるエリザベスの腕を片方ずつ引き剥がすと、あらためて腕を伸ばし、金色の頭をそっと抱いた。
「いやじゃない」
「……ほんと? わたしやせっぽちで、鳳鳴フォンミンみたいにグラマーじゃないけど、それでもほんと?」
「本当だ。だから……抵抗してたんじゃないか」
 翔里は腕を下げて、エリザベスの背中を撫でた。その手のひらが細い腰を過ぎて、お尻のふくらみにたどり着いた。初めてのセクシャルな接触に、エリザベスがぴくりと震える。
「白状すると、たまに見てた」
「……あは、見てくれてたんだ」
「見せてたのか?」
「ショーリだけにね。うわあ、うれし。ちゃんと意識されてたんだ。ねえ、鳳鳴フォンミンとかとどっちがいい?」
「……変なこと聞くなよ」
「わたしって言ってくれないんだ」
 エリザベスはすねたように少し頬を膨らませたが、すぐに明るい笑顔になって、翔里の額に頭を押し当てた。
「ううん、いいわ。宇宙基地の男の人って、あんまりえっちができないから溜まってるんだよね。だからわたしみたいなひょろひょろでも見ちゃうんだよね。……それでもいい。翔里は、同級生みたいにやらしく言わないから。紳士だから」
「溜まってるって、分かったようなことを言うじゃないか」
 翔里はエリザベスの頭を押さえて、鼻先にキスを始めながら言った。ちろりと舌を出して翔里の唇をなめながら、エリザベスが艶っぽくささやく。
「分かるわよ。わたしだって溜まるもん」
「……そうなのか?」
「そうだよお? 少年部だからって馬鹿にしないで。女の子だって溜まるよ。夜とか、すごいよ。我慢できずに女の子同士でしちゃう子もいるぐらい……」
「すごいこと言うな。おれも我慢できなくなるぞ」
 言うより先に翔里のブレーキは壊れ始めていた。片手でしっかりと押さえたエリザベスのくっきりした鼻や、つやのある頬や、さくらんぼ色の唇に、強く長いキスを立て続けに押し付けている。エリザベスもそれを受け入れる。甘噛みを交えたキスを返しながら、浮かんでいた体をしっかりと翔里の体に沈め、胸のかすかなふくらみをさらさらと翔里の胸板にこすりつける。
「あは……気持ちいい」
 エリザベスは、ルームウェア越しに乳首に伝わる感触に、背筋を震わせる。好きな人の体、好きな人の体温。それだけなのに、指で細かく触れるオナニーの時よりずっとすごかった。しびれて快感以外わからなくなるほど気持ちいい。――さらにそこに、ぴりっと電気が走った。見下ろすと、翔里が片手で乳房を包んでいた。
「リズ、これ……硬くなってる」
「ん、分かる? そうだよ、ショーリに触っただけで、わたしそんなになるんだよ……」
 翔里が触れようとする力よりも、エリザベスが触れさせようと胸を押し付ける力のほうが強い。子供だと思っていたが、子供どころではない。この少女はもう感じることを知っている。翔里は驚きながら喜ぶ。フライトウェアの股間が熱くこわばってくる。
 むさぼるようなキスと愛撫がどんどん濃くなり、エリザベスはベッドに腰掛けた翔里の足の間に、しっかりと体を密着させていた。下腹に当たる硬いものに気付く。
「わあ……ショーリ、すごいよ」
 面白そうにつぶやいて、へその下あたりの柔らかな腹筋で、さらにぐりぐりと翔里のものを感じ取った。硬さばかりか、熱まで伝わってくる。エリザベスは目を閉じて、感動したように肩を震わせる。
「ほんとだ、ほんとにショーリがしたくなってる。わたしにしてくれるんだ……」
「ち、ちょっと待て、リズ」
 ここへ来て、翔里がややあわてたようにエリザベスを引きはがした。どうしたの、と不満げにエリザベスは唇を尖らせる。
「おまえ、初めてだよな?」
「当たり前でしょ」
「じゃあ全然分かってないんだな。初めてって、ものすごく痛いんだぞ」
「そんなの覚悟してるわ。ショーリのだったら我慢する。それに、痛いのは最初だけで、すぐ気持ちよくなるんでしょ」
 エリザベスは目元をほんのり染めてつぶやく。
「わたし、すごく楽しみだったの。ショーリのこと考えてしながら、本当にしたらどんなにいいんだろうって……」
「おまえ、オナニーまでしてたのか」
「悪い? 男の子だってしてるんでしょ」
「いや、そんなことはいいけど……ちょっと、リズ」
「あ」
 翔里の右手が、エリザベスのスカートの中に入り込んできた。細い太ももの間の隙間に滑り込み、サポーターの上から中心に触れる。
「あああ……」
 内ももの腱の間を測るように指が広がる。そして細くなって、中央を押す。二枚の布の中の小さな粒とひだに、硬い感触が滑る。自分のものでない指は、怖くなるほど心地よかった。きゅん、と粒が凝ってきて、じわじわとひだの間が湿り始めた。染み出しちゃう、ショーリにばれちゃう、でももっと濡れて、ショーリを迎える準備をしたい、エリザベスは、そんな矛盾した思いを短く抱く。
 だが、翔里が手を抜いて、意外なことを言った。
「ううん……リズ、やっぱり無理だ」
「……えー? どうしてぇ?」
「どうしてもなにも……おまえ、まだ子供なんだよ。入らない」
「やってみなくちゃ分からないわ!」
「分かるって。あそこが小さすぎる。おれは一応、三人ぐらい経験あるから……」
「そんなぁ……」
 エリザベスは、開きかけていたドアを目の前で閉じられたように、落胆した。ぎゅっと翔里の肩を抱きしめてつぶやく。
「せっかくショーリがその気になってくれたのに……わたしもしたかったのに。わたしが大人だったらよかったのに!」
「……いや、そんなにがっかりしなくてもいいと思うぞ」
「……ふぇ?」
 不思議そうに顔を上げたエリザベスに、翔里がいたずらっぽい笑みを見せた。
「何も最後までする必要はないってことさ」
「それじゃ物足りないわ。わたしは最後までしたいの」
「おいおい、思い出せよ。おれたちが抱き合うのは、パートナーとして分かりあうためだろう? セックスそのものが目的じゃないんだ。リズ、そんなにセックスしたいのか?」
「したいよ! パートナーとかストレプターとかのことは、どっかその辺に置いといてよ。わたしはショーリと気持ちよくなりたいの!」
「なんだ、ほんとに好きなんだな、リズは……」
 呆れたような顔をされて、エリザベスは少しうつむいた。ちょっとやらしすぎたかな、と反省する。これじゃ、えっちなだけの猿みたいだ。
 だが、翔里に嫌われたわけではないようだった。
「もちろん、気持ちよくだってなれるさ。おまえがそこまで言うんだから、おれももう、遠慮はしないよ。思い切りやってやるから」
「……うん。して」
 エリザベスは、ブルーの瞳を期待できらきらさせてささやく。翔里もそれに応えた。
「それじゃ、そこに座ってみな」
「うん……」
 エリザベスは翔里の前から体を離し、ベッドに腰掛けた。その前に翔里が膝をつく。今までと逆の位置だ。
「まず、胸からな」
「ん」
 エリザベスはジッパーを開けて、カットソーの前を開く。基地内は完全空調だから防寒の必要はない。上衣の下がすぐに、ワイヤーの入っていないジュニアブラだ。
 翔里はそれを押し上げた。まだ鳩尾との間に境目のない、ささやかな乳房が現れる。手のひらを伏せたほどの小さなふくらみの上に、白桃色のビーズのような乳首がぴんと尖っている。そこに顔を寄せる。
 心臓の鼓動が耳に聞こえるほど興奮しながら、翔里の精悍な顔を見下ろしていたエリザベスは、唇が触れた途端、思わず息を漏らした。
「ひ!」
「……リズ?」
「ん、続けて。びりって来た……」
 翔里が乳首を吸い、舌を動かし始める。それにつれてジンジンと広がり始めたしびれに、エリザベスは瞬く間に溺れていった。
「んああ……いい、気持ちいいよう。ショーリ、あったかぁい……」
「後ろ、ちゃんとシーツにつかまれ。浮くぞ」
「浮く、浮いちゃうぅ……すてき、ほんとにいい……」
 胸をはだけた少女が、首をのけぞらせていやいやをする。長い金髪のおさげが宙にサインカーブを描く。血管が透けるほど澄んだ白人の肌に、うっすらと汗が浮かんで光り始める。押せばすぐ肋骨が感じられるほど薄い、けれども確かにふんわりとした柔らかさのある乳房に、翔里は目を閉じて鼻まで押し付け、唾液をたっぷり出して舌と唇をこすりつける。
 もだえるエリザベスの腰を片手で抱え込んで、翔里は徐々に顔を下ろしていった。小さな縦長のへそにぎゅっと鼻を食い込ませると、ふかりと腹筋が沈んだ。下に骨がない分、乳房よりも頼りない。頬ずりしながら翔里は聞く。
「おへそもいい?」
「ん、胸ほどじゃないけどね……」
 荒い息をついて、目を細めながら楽しそうにエリザベスが答える。翔里はうなずいて、エリザベスの白いスカートの上から股のところを示した。
「次はここ行くぞ」
「……ん。足、広げるの?」
「うん」
「ちょっと恥ずかしいな……」
 言いながらも、エリザベスは両足をゆっくりと開いた。
 しゃがんだ翔里が、その間に顔をもぐりこませる。スカートに遮られてわずかに暗い。エリザベスのほっそりした太ももの間の、水色のサポーターに顔を押し付ける。
 シャワーの代わりに使う清拭スポンジの花の香りと、かすかにツンと来る汗の匂いがした。それとも尿か。どちらにしろ不快ではなかった。かえって、妖精じみた美しさのエリザベスの肉体が、身近に感じられる。
 鼻と唇でこすり続けると、布の中の頼りないひだの感触に、潤みが現れてきた。くちくちと湿った音がするようになる。
 自分の足の間で動いている翔里の頭を見下ろすうちに、エリザベスはたまらなく切なくなって、かすれた声でささやいた。
「ショーリ、脱がせて」
「……見ていいか?」
「うん。ほんと言うと、それすっごく楽しみ。ショーリの唇、指よりもっといいんだもの。あそこにキスされたら、多分とけちゃう……」
 翔里はマグネットシューズを召使のように丁寧に脱がせると、従順そのものに腰を浮かせるエリザベスの腰から、サポーターとショーツを下げ、すらりとした両足から引き抜いた。改めて彼女の膝の間に分け入る。
 大人の女を相手にした時みたいに、ちゃんと興奮するかな、というのが小さな心配だったが、無用だった。十三歳のエリザベスが初めて見せてくれたそこは、息を飲むほど美しく、しかも淫らだった。
 透けて見えないほど薄い金の茂みが、真っ白な腹の下にわずかに集まっている。その下に、すっと縦に一筋、ルビー色の切れ目が走っていた。上端には小さく芽が顔をのぞかせていたが、他に輪郭を乱すものはない。――しかしその芽だけでも、翔里の頬がかっと熱くなるほど、刺激的な眺めだった。
「ショーリ……早く……」
 エリザベスが細い声で言って、腰をくねらせる。
「見られてるだけだと恥ずかしい……」
「キスするぞ」
 そう言うと、翔里はエリザベスの太ももを両肩にかけて、尖らせた舌を、ぽってりしたひだの中に押し込んだ。熱くぬかるんだ肉が舌先を包み、潮の味が乗った。
 そのまま翔里は顔を進めて、唇で谷間を覆ってしまった。歯で粒を掻き、重なり合った薄いひだのすみずみまで舌を進めて、唾液を行き渡らせ、にじみ出る潤みをこそぎ取っていく。
「んやああぁん……」
 エリザベスが長い吐息を漏らして、のけぞり始めた。
「ひやん……あふ……いい……やだぁ……」
 体が勝手に縮まるほどの、くすぐったさと快感がないまぜになったしびれが、腰の奥から背筋に走る。もっと押し付けたい、でもくすぐったくて逃げ出したい。両方の思いがせめぎあって、びくん、びくん、と腰を痙攣させる。ただ潤みだけは、きりがない。後から後から熱いものがあふれていく。
 翔里にどう応えていいのかわからなくなって、手がシーツから離れ、空中に何かを探る。束縛がなくなって、エリザベスは宙に浮いてしまう。
 それを支える翔里も、エリザベスとともに宙を漂いだしていた。ゆっくりと回転しながら、エリザベスの腰だけは離さず、休まずに彼女の中心を責め続ける。
「ショーリ……気持ちいいよぉ……ほんとに、ほんとに、すごくいい……」
 つかまるものをなくしたエリザベスは、ただ一つだけの手がかりである翔里の頭に、しっかりと両手の指を食い込ませた。それはますます刺激を強める結果になる。幼い体を中から爆発させそうな快感の圧力で、エリザベスはつま先から頭まで、細い肢体を一直線にぴんと伸ばす。
「はあっ、はあ、はあ、は、あはンッ!」
 エリザベスは言葉も出せなくなった。真っ赤な顔で半開きの口から舌と熱い息を吐き出し、うつろな瞳で頭の上の壁を見つめながら、精神をあそこだけに集中させている。もう、翔里が注ぎ込む快感をむさぼることしか考えていない。オナニーの時のように、高まる白いしびれを使って心を絶頂に飛ばそうと、無意識に体のあちこちを震わせている。腰のわずかなひねりで、一番触れてほしいポイントを翔里に示し、反り返った素足の指をひくひくと震わせる。
 呑み込まなければ息が詰まってしまうほどあふれて来る、エリザベスのしずくの中で、狭い肉の奥をざらざらとこすっていた翔里は、その舌に最後の震えを感じた。
 はっきり発音すると快感が逃げてしまうとでもいうように、歪んで詰まった声で、エリザベスが細くうめいた。
「ひぃ、い、いくッ、はひぃん――」
 きゅうっと翔里が顔を当てていたひだが絞られて、ぴしゃっと小さく液体がしぶいた。両手で押さえ込んでいるお尻の筋肉にも、断続的な痙攣が走っている。イッたな、と翔里は悟る。その通り、エリザベスは強く目を閉じて歯をかみしめ、すべての筋肉を力いっぱいつっぱらせて、体内を染めた純白の快感を思うさま味わっていた。
「――ぃぃい……い……は……あ」
 かなり長い間体を硬直させていたエリザベスが、ようやく口を開き、薄く息を吐いた。引き潮のようにゆるやかに消えていく快感の中で、安堵とともに体の力を抜く。大きく抜き、少し抜きすぎてしまった。
「はああ……」
「リズ?」
 翔里は驚いて顔を離した。その頬をかすめて、しゃあっと透明な液体が勢いよく走る。唖然として見守る前で、液は一本の直線となって放出され続け、壁近くでようやく勢いを失い、親指の先ほどのたくさんの球となって、ふわふわと漂い始めた。
 エリザベスはしばらく、半分意識を失った状態で、宙に浮かんでいた。それが我に返ったのは、アンモニアの匂いがツンと鼻を刺したからだ。何度か瞬きをして目をしっかり開け、膝を抱えて顔を起こす。
「……ショーリ?」
「リズ、おもらしは勘弁してくれよ」
 翔里が苦笑気味に、バキュームで空中の水球を吸い取っていた。飲み物や粉塵をこぼした時のために、それはどこの部屋にもある。
 自分の下腹の感覚ではなく、その光景と匂いで、ようやくエリザベスは状況を理解した。
「……わたし、おしっこ漏らしちゃったの!」
「気付いてなかったのか」
「気持ちよすぎて……」
 エリザベスは真っ赤になって、抱えた膝の間に顔を埋めてしまった。
 ――わたしったら! よりによってこんな時に、赤ちゃんみたいなこと……
「あン!」
 まだ剥き出しだった性器に冷たいものが触れて、思わずエリザベスは声をあげた。目を開けると、翔里が清拭スポンジで股間を拭いてくれていた。
「あんまり気にするな。初めてだったんだから」
「……ごめん」
「いいよ、慣れてる。二度目じゃないか」
 エリザベスははっと目を見開いて、翔里をにらみつけた。
「そのことは言わないでってば!」
「いいだろ。考えてみればあれのおかげで、おれたちは仲良くなれたんだからな」
「……うん」
 エリザベスは目を伏せながら思い出す。
 それは、パスツール基地に来てすぐの頃だった。無重力に慣れていなかったエリザベスは、深夜に一人で入ったトイレで、誤って尿をこぼしてしまったのだ。
 そこらじゅうに漂いだした汚物の球に囲まれて、どうしていいか分からずパニックになっていたとき、たまたま廊下で物音を聞きつけて、助けに来てくれたのが、翔里だった。
 ――まったく、ロマンチックさのかけらもない出会いだったけど……あれで免疫つけてくれたんなら、よかったかな。
 エリザベスは無理やり自分を納得させた。実は今までにも、オナニーがうまく行きすぎた時に、無意識に少し漏らしてしまったことが何度かあった。そういう時でもシーツにしみを作る程度だったから、油断していた。まさか翔里の愛撫が、おなかが空っぽになるほど排尿し尽くしてしまうほど、気持ちいいとは思ってもいなかった。
 そう、実際、想像よりもずっとすてきなことだった。
「……ショーリ?」
 エリザベスは体を伸ばして壁を蹴り、スポンジをしまっている翔里の背中に飛びついた。そっと胸を押し付けて、耳元にささやく。
「ありがと、すごくよかったよ」
「どういたしまして」
「ショーリはどうだったの?」
「気分よかったぜ。パスツール基地一番の美少女が、おもらしするぐらいイッてくれたんだから」
「ばかっ! もう……」
 軽く背中をはたいてから、エリザベスは優しく翔里の体を抱きしめた。腕を前に回して股間に当てる。
「こら」
「あ、やっぱり」
 そこはまだ、熱と硬さを残していた。
「ショーリはまだなんじゃない。こっち向いて。してあげる」
「してあげるって、分かってるのか」
「分かってるわよ、同級生の男子、わたしたちに聞こえるところで、そういう話ばっかりするんだから。手でこすってあげればいいんでしょ?」
 言ってから、思いついた。
「……それとも、口でしてあげようか?」
 翔里がくるりと体を回して、からかうように笑った。
「言ったな。それなら遠慮しないぞ。やってもらうからな。いいのか?」
「いいわよ。ペアドライバーは、お互いを知り尽くさなきゃいけないんでしょ。翔里の体、全部触ってあげる。脱いで」
「よし、じゃあベッドだ」
 エリザベスは半回転してベッドに戻り、先にシーツの中に潜り込んだ。寝ている間に体がエアコンに吸い寄せられてしまうといけないので、無重力でのベッドはシーツの両端が固定してある。シーツそのものはゴム入りで、伸縮して人間をベッドに押さえ込むつくりだ。
 翔里がフライトウェアを脱ぎ、たくましい腕や胸、堅く強力な腰と脚をあらわにするのを、エリザベスはわくわくしながら見守った。最後に残ったブリーフを指差して、意地悪くささやく。
「それも。全部脱いで」
「おまえは服着たままだったろう」
「わたしは見たいの。触りたいの。ショーリの胸もお尻も、それも」
「……分かったよ」
 降参、というように両手を上げて、翔里が全裸になった。思い切りよく、前を丸見せにしたままベッドに飛んでくる。
 シーツに滑り込む翔里の体を途中で押し留めて、エリザベスは彼の性器を見つめた。自分の親指よりもずっと太くて大きく、色が変わるほど充血して脈打ち、へその下に張り付くようにそり返っている。正直なところ、少し怖いほどだった。
「これが……ショーリのペニスだね」
「そんなこと口に出すなよ」
「確かにこんなの、入らないかも……ごめんね、まだわたし、あなたを受け入れてあげられない」
 つや光る先端にささやいて、エリザベスはそっと両手でそれを包み、キスした。獣臭いような汗の匂いがしたが、翔里がエリザベスに思ったように、エリザベスもそれを不快には感じなかった。
「だから、代わりのことをしてあげるね……」
 エリザベスは、いったん翔里を肩までシーツの中に呼び入れて、鋭い目を持つ彫りの深い顔立ちの青年の顔に、丁寧にキスを並べた。
 それから体を返してシーツの中にもぐりこみ、翔里の体の隅々まで、指と唇を這わせていった。途中から翔里もエリザベスの服をすべて剥ぎ取り、同じように愛撫を返し始めた。
 頼もしく愛しい男の体を好きなだけ味わうと、エリザベスは息を整えて、翔里の性器を口に含んだ。その間にも、翔里の指が自分の股間を調べている。
 そうやって高めあった末、エリザベスは、男の射精という現象がどんなに激しくて無防備なのかを、舌と喉でしっかりと覚えこんだ。

 3

「S28F、動きがトロいぞ、何やってる!」
「分かってます!」
 教官のプレスベリー少佐に怒鳴り返しながら、エリザベスは懸命に体をひねり、宇宙を見回した。銃弾のような勢いで周りを周回する翔里のペンデュラムの軌道を見極め、左手の握力を微妙な加減で変える。
 できる限り正確にやったつもりだったが、それでもペンデュラムの噴射とタイミングがずれた。二人をつなぐ単分子ワイヤーの伸張が間に合わず、ペンデュラムをガクンと静止させ、あさっての方向に引っ張り戻した。
「絞りが甘い、吐き出しが遅い! サーモンのトローリングのつもりでやれ!」
「トローリングってなんですか!」
「地球のレジャーだ、そんなことも知らんのか?」
 さんざん罵倒された末、慣熟訓練は終了した。結果はマイナス一という惨憺たるものだった。――エリザベスが支えていた翔里のペンデュラムが、二十機の標的機を一機も撃墜できなかっただけではなく、味方を一機、レーザーよりも鋭い単分子ワイヤーで切り刻みそうになったのだった。
 ペンデュラムとファルクラムが一体化し、ドラムを巻いたくさびのようなフェリー形態で基地へと戻るストレプターの機内で、エリザベスはため息をつきながら言った。
「……ごめん、ショーリ。足手まといだったね」
「気にするな、まだ二度目の訓練だ」
「でも、他の人たちはもう戦果を出してるのに……」
 エリザベスは背中の真後ろや、足の裏の真下、頭の真上などに視線を向ける。視覚に同化した全天レーダーが、普通は見られないそういった方向の映像を供給する。見た方向には、以前の発表で同時に選ばれた、レオナルドやニックたちのストレプターが飛行している。
 候補生から士官へと昇格した彼らだったが、ストレプターをペアで飛ばすためには、まだまだ慣熟訓練が必要だった。それが今回で二度目なのだが、エリザベスたち以外のペアは、誰もがすでに、二機や三機の標的機を倒していた。
「わたしたちは、まだゼロ」
「……リズ、こっち来いよ」
「いい?」
 エリザベスは感覚同化を終了させた。コクピットの中にいる自分の体の感覚が戻ってくる。天井のハッチを開けると、同期して開いた数枚の隔壁の向こうに、逆さになっている翔里が見えた。緊急時に互いのコクピットに避難できるよう、フェリー形態のストレプターではペアが行き来できる構造だ。
 シートを蹴って隔壁を抜け、エリザベスは翔里の腕の中に飛び込んだ。狭い空間にこもっていた翔里の体臭と体温が体を包む。ほんのわずか離れていただけなのに、もう寂しいほど懐かしい。翔里の首に抱きついて、何度も唇を押し付ける。
 優しく支える翔里の腕に体を預けながら、エリザベスは先ほどプレスベリー教官に言われたことを思い出した。
「ねえ、トローリングって何?」
「釣りだよ。船で海の中に餌を引きずるんだ。魚がかかったら引きずり回して疲れさせて、釣り上げる」
「釣りか……」
 エリザベスはうなずいた。確かにストラプターの操縦は、釣りに似ている。ワイヤーを引き過ぎればテンションで切れる。緩めすぎればペンデュラムがふらつき、再びそれが張った時にとんでもない力を与えてしまう。緩めず引き過ぎず、相手を引き回さなければいけないのだ。
「ううん、そんなことが問題なんじゃない……」
 エリザベスは首を振った。
 ワイヤーの力加減などは、ただの技術的な問題だ。翔里の言うとおり、慣れでカバーできるだろう。
 それよりも、ペンデュラムの動きを予測できないことのほうが問題なのだ。
 翔里がどちらへ行きたがり、何を狙っているか、それが分からなければ、ワイヤーを引くも緩めるもない。相手の視線、姿勢、目的、それに驚きや怒りまで察して、助け、あるいは抑えることこそ、パートナーに求められることなのだ。
 エリザベスにはまだそれが感じられない。戦う翔里の顔が見えない。
「リズ、どうした」
 翔里に顔を覗き込まれて、エリザベスは物思いからさめた。首を振って笑顔を見せる。
「ううん、なんでもないよ」
 心配かけちゃいけない、とエリザベスは心の中でつぶやく。わたしがショーリのことをよく分かってないからいけないんだ。もっともっと触ったり触られたりして、ショーリのことを知らなくちゃ。
「ね、触って」
 言いながら、真新しいフライトウェアの胸をはだけた。翔里が眉を上げる。
「ここでか?」
「いいでしょ、帰りはオートだもん」
 吸汗素材の柔らかいインナーに、翔里が顔を押し付けてきた。エリザベスはきゅっとその頭を抱きしめた。


 帰還後のデブリーフィングでは、プレスベリー教官にこっぴどくミスをあげつらわれたものの、エリザベスは甘んじてそれを受けた。指摘は妥当なものばかりだったし、教官も、エリザベスと翔里との関係にまでは、くちばしを突っ込んでこなかったからだ。
 そしてこのペアのミスは、明らかにエリザベスの経験不足が大きな原因になっていて、翔里には目立った落ち度もなかったのだが、それでも、当の翔里は、エリザベスを責めようとはしなかった。
 理由は、彼の側にもわだかまりがあったからだ。
 デブリーフィングを終えて、作戦室からぞろぞろと出て行くドライバーたちの中で、一人だけ小柄なエリザベスが、すいと宙を滑って翔里に並んだ。腕をつかみながら軽く頬をこすりつけてくる。ペアになって以来、隙があればやるようにしている、スキンシップだ。
「終わったね。装備置いて来たら、夕食、食べに行く?」
「いや、いっぺん部屋に戻ろう」
「ん。――ううん、それより」
 通路の角で、エリザベスが腕を引いた。脇を流れる他のドライバーたちが離れていくと、気密隔壁の影に隠れて、すぐさま細い足を翔里の脚にからめてくる。
「今ちょっとしよ」
「ここで?」
「いや?」
 整った白い顔を寄せてエリザベスが翔里の首筋にキスし、しなやかな太ももを翔里の股間に押し付ける。フライトウェアは男女ともにズボンスタイルで、それは熱を通さないのだが、エリザベスの体の柔らかさは、はっきりと肌に伝わってくる。
 しばらく彼女の好きにさせたのは、それを感じていたかったからだ。だが翔里は、じきに彼女を押し離した。エリザベスが少し首を傾ける。
「だめ? スカートじゃないといやかな?」
「あわてるなよ、装備室に行く間ぐらい、我慢しろ。部屋に戻ってからゆっくりできるだろう」
「――そうだね。じゃ、部屋で」
 翔里のあごに軽くキスすると、手を振ってエリザベスは離れ、女性用の装備室に飛んでいった。それを見送りながら、翔里は複雑な思いを抱く。
 エリザベスに好かれていること、積極的にアピールされることは、嬉しい。
 だが、それを受け止める自分の心に、自信がないのだ。
 以前、エリザベスにも言われたことだが、基地の男性は、こと性欲に関して、慢性的な飢餓状態に置かれている。任務が最優先の軍事基地では、望みの恋人を探しているひまなどないから、仕方ない。
 自分がそれに負けて、単なる欲望でエリザベスを受け入れているような気がすることが、翔里の悩みだった。
 鳳鳴フォンミンや他の女たちを、愛しているわけでもないのに欲情の対象として見たことがあった。別に自分に限った話ではなく、他の男たちもそうだと分かっているが、そういう時は極端な話、女なら誰でもいい。誰でも、文字通り、少年部の子供たちでもだ。
 それだけでも情けないことなのだが、エリザベスと肌を触れられるようになってからは、より深刻になった。子供でも、どころか、子供だから、という気持ちすら芽生えてしまったのだ。エリザベスの未発達な体に、自分でもおかしいと思うほど欲情してしまう。
 彼女の細い腕に。うぶ毛の残るうなじに。ルージュもつけない唇に。骨の浮き出た腰に。つかめもしない乳房に。発毛もまばらな性器に。翔里は自覚したが、成人には求めようのない、未発達だからこその美しさが、エリザベスには間違いなくあった。
 そういう危険で異常な思いだけに突き動かされて、彼女を抱いているような気がするのだ。
 欲望が強すぎて、本当に彼女を愛そうとすることができているのかどうか、分からない。それはつまり、翔里もやはり、パートナーとしてエリザベスの心を汲むことが、できていないということだった。
「ち……おれがしっかりしなきゃいけないんだ」
 舌打ちすると、ガン、と必要以上に強く壁を蹴って、翔里は男性用の装備室へと泳いでいった。


 ストレプター搭乗時にフライトウェアの上に装着する、予備の生命維持装置や反動銃や救難キット、それに吸尿タンクなどを装備室に返して、翔里が個室に戻ってくると、エリザベスは一足先に帰っていた。
「ショーリ」
 ドアの開閉の音を聞きつけて、奥の彼女のプライベートエリアから、エリザベスが漂い出てくる。ルームウェアのスカート姿だが、それよりも、マグネットシューズを脱いで素足になっていることが、彼女のつもりを現していた。まだ食堂には行かない、その前に一度したい、という意思表示だ。
「お帰り。夕食遅くなってもいいよね」
 空中ブランコの人間がやるように、エリザベスは翔里の首に腕をかけて、くるりと周りを巡った。それからそっと顔を寄せて、頬にキスしてきた。
「ねえ……しよ」
 基地のシャワーには脱臭成分も含まれているが、フライト後のエリザベスは再び彼女の体臭を取り戻していた。内分泌系が大人のそれに変化していない少女の、砂糖のように甘い汗の香り。それが、翔里の周りを輪になって巡る。
 やや性急過ぎるような感じで、エリザベスが聞いてくる。
「してくれる? それとも、わたしが先にする?」
「……リズはどうしたい?」
 翔里のその問いは、自分の欲望よりも、少しでもエリザベスの希望を優先してやりたい気持ちの現れだったが、彼女の返事は、その努力も無にしてしまうのだった。
「……ショーリを気持ちよくさせてあげたいな」
 首にしがみついたエリザベスが、上目づかいにつぶやく。そんないじらしすぎる彼女の態度に、いつも翔里は流されてしまう。
「じゃ、してくれ」
「うん……」
 エリザベスは嬉しげにうなずき、新婚の幼な妻のように、丁寧に翔里のフライトウェアを脱がせていく。
「触りたかったら、わたしに触ってね……」
 ささやきながら翔里を全裸にさせたエリザベスが、くるり、くるりと体を回して、むき出しの腕や足を見せつけながら、翔里の肌にキスし始める。
 肩をなめたエリザベスが、小さくつぶやいた。
「しょっぱ……」
「おれも汗かいたから。……そうだ、リズ。おまえも脱げ」
「やっぱり先に触る?」
「一緒にシャワーだ」
 その新しい提案に、エリザベスはぱっと顔を輝かせた。おもしろそう、と言って、いそいそとルームウェアを脱ぎ始める。
 シャツやスカートやショーツを衛星のように周りに飛ばして、エリザベスは壁面の化学灯の光の下に、生まれたままの姿をさらした。翔里はしげしげとその体を見つめる。
「そういえば、おまえの裸を見るのは、初めてだな」
「ショーリ、いつも脱がさずに触るんだもの。……貧弱なこと、隠してたほうがいい?」
「おまえのは、貧弱じゃなくってシンプルだよ」
「おんなじよ……」
 すねて顔を反らしたエリザベスに近付き、曲線に乏しい少年のような体を、翔里は抱え込んだ。
「入ろう。二人は無理かな?」
「シンプルだから入れます」
「気にするなってば。おれは好きだよ」
 じゃれるように言い合いながら、二人はトイレのボックスを開け、セパレーターを倒して便座を隠した。中に入って、ドアを閉める。
 皮肉にも、エリザベスの言葉通りだった。シャワー室となったトイレは、翔里が両肘を左右に張ることもできないほど狭い。翔里ひとりで埋められた空間の、わずかな余りにエリザベスが詰め込まれた、という感じだ。
 しかしそれは二人にとって、ベッドのシーツの中とはまた違う密着感を与えてくれた。
「リズ、ヘアカバーは?」
「あ、忘れた。……まあいいよ」
「水出すぞ」
 タッチパネルに触れると、天井の穴から温水が吹き出した。床になったセパレーターの吸気口が排水を吸い込む。もちろん一回あたりの水量は制限されているし、温水自体に乾くと蒸発する洗浄剤が含まれているので、すすぎの分も出てこない。
 だが、乾く前の洗浄剤の適度なとろみと温かさは、二人の興奮を十分に高めてくれた。
「ショーリぃ……」
 球になって吹きだして来る湯滴を乳房に塗り広げ、エリザベスが翔里の胸に押し付ける。細い彼女の両腕を翔里がつかんで、上下させる。ぬるぬるの洗浄剤が、肌の間できめ細かい泡になる。ごつごつした男の体を感じながら、エリザベスがつぶやく。
「んうん、堅いスポンジ……」
「おれのスポンジは、柔らかくって気持ちいいよ」
「感謝してよ」
 くすくす笑いながら、二人は腕や足を細かく動かして、相手の体を洗っていく。
 翔里の性器はすでに勃起している。エリザベスのふっくらした腹にそれを押し付けているうちに、翔里はたまらなくなってくる。
「リズ……一度、いいか?」
「ん……こする?」
「いや、このままで……」
 翔里がエリザベスの腰の裏を引き付けて、性器を強く腹に食い込ませた。エリザベスを体ごと上下させて、間接的なオナニーのような行為に没頭していく。
 自分の肩口を軽く噛みながら、目を閉じて味わっている翔里に、エリザベスが熱っぽい声で尋ねる。
「わたしのおなか、気持ちいい?」
「いいよ……柔らかい……おれのが包まれるみたいだ」
「おなかだけでいいの? 想像して。その中に、わたしの子宮があるんだよ」
 言いながらエリザベスが翔里の耳たぶをかんだ。その強烈な誘いに、翔里は激しい妄想を喚起される。
 エリザベスの、すべすべした腹部。その中にこの少女の生殖器がある。ほんの数センチの厚みの肌と脂肪が、間を隔てているだけだ。エリザベスがさらに危険なことをささやく。
「もし今、ショーリが力いっぱいペニスを突き刺したら、子宮まで刺さっちゃうかも……」
「り、リズ、リズっ!」
「刺したい? 入れたい?」
「リズ、ああ、入れたいっ!」
 思わずそう口走りながら、翔里は暴発気味の射精に達してしまった。
 エリザベスの腹の上で硬いものがびくびくと暴れ、密着した肌の間に、熱い粘液を吐き出した。エリザベスは目を閉じて、その明白な結果をじっくりと味わう。
 ――ショーリ、わたしのおなかに流し込むつもりでイッちゃった。やっぱり入れたいんだ。
「はあ……」
 翔里が息を吐き、腕の力を緩めた。わずかに離れた二人の腹の間で、ねっとりと精液が糸を引く。すでにシャワーは止まっていて、それを洗い流す湯はない。
 エリザベスは潤んだ目でそれを見下ろして言った。
「ショーリ、足開いて。間にわたし入るから」
「ん、うん……」
 翔里の股の間のわずかな空間に、エリザベスはしゃがみこんだ。こわばりをなくした翔里の性器が、それでも重力がないために、ゆらゆらと上を向いて揺れている。それが吐き出した粘液に舌を伸ばして、エリザベスはつぶやく。
「ショーリのザーメン……」
 翔里の腹一面に広がった精液を、エリザベスは丁寧になめ取っていく。腹が済むと、陰毛にこびりついた分まで残さず吸い取って、さらに性器に移った。萎えた柔らかい肉の管を頬に収め、時間をかけてくちゅくちゅと舌に転がす。
 ようやく意識のはっきりしてきた翔里が、下を見下ろした。人形のように整った顔立ちの少女の唇に、自分の汚れたものがすっぽりと吸われている。目を閉じているエリザベスの額に指を当てて、張りついた金髪を左右にかき分けてやりながら、翔里は声をかける。
「無理するな、汚いよ。おれもむずがゆい」
「ひいの、おいひいよ。もういっへんかはくなれは、きもひいいれひょ。はやふなっへ」
 唇を離さずに、鼻でエリザベスが答える。
 献身的なそのフェラチオのおかげで、翔里は常より早く、わずか数分でまた欲情を覚え始めた。血流が性器に流れ込み、エリザベスの口内をかたく埋め尽くし始める。
「また立ったね……」
 顔を離して、親指と人差し指の輪で優しくしごき上げながら、エリザベスがねだった。
「次はわたしの番だよね?」
「ああ……ベッドに行こうか」
「ううん、まだここでいいよ」
 エリザベスは立ち上がり、もう一度翔里の正面に浮かび上がった。先ほどよりも少し体を上に上げて、真上を向いた翔里の性器の先端に、またがるような位置についた。
 そのまま片手を下ろして、つるりとした先端をつまみ、自分のひだの中にくちゅくちゅと押し付ける。翔里がからかうように聞いた。
「口じゃなくて、そいつでくすぐってほしい?」
「ん……そうじゃなくてね」
 ちらりと翔里の顔を見たエリザベスが、思いつめたような顔で言った。
「わたし、試してみる」
「なにを――」
 言いかけた翔里は、驚いた。エリザベスが翔里の両脇に手を入れて、彼を持ち上げるような仕草をしたのだ。
 逆に言えば、翔里の体を使って自分を押し下げるような行為だ。そして、その圧力は、たった一つの点に集中した。――翔里の性器の先端を覆っている、エリザベスのひだの中に。
 こわばりが折れてしまいそうなほど強く、小作りなひだを押し付けてくるエリザベスを、あわてて翔里は止める。
「やめろ、無理だってば」
「無理でも……やるの……」
 エリザベスはきつく目を閉じ、唇を噛んでなおも力を加える。翔里はエリザベスの脇に手を入れて、彼女を押し上げようとした。だが、わずかに遅かった。
 みちっ、と何かが裂けるような感触とともに、翔里の先端がひどく窮屈な隙間に潜り込んだ。途端にエリザベスが、翔里の脇に爪を立てる。
「いつっ……!」
「リズ!」
 翔里はエリザベスの顔を覗き込む。少女の顔からは血の気が引いていた。目を閉じたままぶるぶる肩を震わせて、細い声でうめく。
「い……あ……」
「大丈夫か?」
 翔里は、食い込んでしまったものを引き抜こうと、わずかに力を加えた。その途端、ついにエリザベスが本物の悲鳴を上げた。
「痛いーっ!」
「リズ……」
「う、動かさないで!」
 はっはっと浅く速い息をつきながら、エリザベスが薄目を開けた。
「し、ショーリ、痛いよ……こんなに痛いなんて……」
「だから言っただろう!」
「我慢するつもりだったけど……や、やっぱりだめ……おなかがまっぷたつにされるみたい……」
「ちょっと辛抱しろよ」
 声をかけると、翔里は思い切ってエリザベスの体を一気に引き上げた。ぷつりと吐き出されるようにして翔里のものは解放されたが、その痛みに、「んぐっ!」とエリザベスがまたうめいた。
 翔里は視線を下ろした。濡れたペニスの周りに真紅の細い糸がまとわりついていた。エリザベスの薄桃のひだの周りにも、数滴の血の球が引っかかっている。
「どうしてこんな無茶をしたんだ」
「……装備室で鳳鳴フォンミンに会ったから」
鳳鳴フォンミンと?」
「言われたの! 子供に乗れるわけがないって!」
 エリザベスは悔しげに叫んだ。
「まともにセックスもできないくせにストレプターを飛ばせるのって言われた。だからしたのよ!」
「……リズ、気にするな」
 ヨーロッパ人らしく激しい怒りを見せるエリザベスの体を、翔里はそっと抱きしめた。
「彼女はねたんでるだけだ。自分が選ばれなかったもんだから」
「サリックスの操縦ならわたしのほうがうまいのに! シミュレーターで何度もやってみたもの!」
「落ち着けよ」
 翔里はエリザベスの湿ったお下げを何度も撫でてやりながら、ささやいた。
「そんな目的のためにセックスしても、本末転倒だろう。無理なものは無理なんだから。気持ちよかったか?」
「……全然」
「おれのことが何か分かったか?」
「……ううん。硬いだけだった」
「だろ。おれもかわいそうで、気持ちいいどころじゃなかった」
 翔里は微笑んで、エリザベスの額にキスした。
「入れて出すだけがいいとは限らないんだ。そんなことしなくても、おれたち二人は分かり合えるんだって、鳳鳴フォンミンに思い知らせてやろう」
「どうやって?」
 膝の頭をすり合わせながら、エリザベスが聞いた。翔里はそれを見下ろす。
「練習するのさ」
 そう言うと、翔里はエリザベスの体を持ち上げながら、今度は自分がしゃがみこんだ。目の前に、鮮血のしずくがついた、エリザベスの切れ込みが来る。
「言葉を交わさなくても、相手の考えが分かるように。リズ、おまえは今、ここが痛いからどうにかしたいんだろう?」
「う、うん」
「聞かなくても分かったよ。だから……」
 翔里は顔を埋めて、そこを舌で湿らせ始めた。血の味がしたが、それはわずかで、もう出血は止まったようだった。
「痛い?」
「ちょっとしみる……でも、だいぶ収まったよ」
 答えながらエリザベスは、翔里の体に視線を注ぐ。
「ショーリは今、どうしたいの?」
「当ててみろよ」
 一通り破瓜の汚れをなめ取ると、翔里は唇を押し付けたままエリザベスの体を這い登り始めた。いつもよりも露骨に手のひらを押し付けて、狭い背中やかすかなふくらみを撫で回す。
「わたしのおなかにザーメン出したいんじゃなかったの?」
「それはさっき。今は違う。よく注意してみな。――ここじゃ狭いな」
 翔里はボックスのドアを開けた。二人の体は室内に漂いだす。ゆっくりと宙を滑りながら、翔里はエリザベスの細い肢体のあちこちに指と唇を這わせる。
 木にからまるツタのように、自分の体を登ってくる翔里をじっと見つめていたエリザベスは、彼の左手に目を留めた。それが、捕まるもののない空中でひらひらと泳いでいる。寂しそうだなと思って、その手を取り、自分のお尻に当てた。
 何気ない行為だったが、翔里が満足そうにうなずいて、柔らかい肉にぎゅっと指を食い込ませた。
「そうだ。今、そっちの手を振ると反動で離れそうだったから、動かせなかった。――リズのお尻を触りたくってさ」
「……こっちも寂しそうだよ」
 エリザベスはそう言うと、片足の甲で、翔里の性器を彼の腹に押し付けた。ころころと刺激する。
「男の人、ここ触られてないと気持ちよくないんでしょ?」
「うう……その通りだ。でも、もうちょっと優しくやってくれ」
 心地よさそうに目を細めた翔里が、大きく腕を動かしてエリザベスのうなじに触れた。握れば折れてしまいそうなほど細いエリザベスの首を、触れるか触れないかの微妙さでくすぐる。
「ふわン……」
 ぞうっと気持ちのいい寒気が首筋に起こって、鳥肌が立った。体の下のほうばかり触られるので、ちょうど背中が寂しいと思っていた。
「うん、そこがいい……」
 快感を堪能しながらも、エリザベスは今までのようにそれに溺れなかった。常に心の一部を翔里に向け、彼がどこを触れてほしがっているか、どこに触れたがっているのを、注意深く見つめた。
 そして翔里も。肌も脂肪も薄いせいで敏感すぎるエリザベスが、自分の愛撫で感じているのか、それとも痛がっているのか、細大漏らさず感じ取ろうとしていく。
 エリザベスの脇の下を吸う。すると「んひっ」と彼女がうめく。いや、喜んでいるのではない。そこはくすぐったすぎるのだ。逆に、とろとろとほころんだ性器のひだを手の甲でこすり上げると、「くうん……」と目を細めて鼻を鳴らした。もう痛みではなく心地よさを取り戻しているのだ。
 触れるうちに翔里には分かってきた。確かに自分は、エリザベスの幼さに必要以上に惹かれていたが、それは単に未熟な体に惑わされたからではない。大人の女のような隠し立てをしない、素朴で直接的な反応に魅力を感じたからだ。エリザベスは、思いつめるあまり無理やり処女を捨てさえした。そういう一途で鮮烈な感情が嬉しいのだ。
「リズ……分かってきたか?」
「うん、分かるよ。ショーリの手、ショーリの口……こんなにえっちだったんだね」
 エリザベスは翔里の片手を持って、指を一本ずつ口に含みながら、細く目を開けて微笑む。
「ほら、わたしの舌つまんだりして……どれだけ触れば気が済むの? まるで、わたしの体全部を味見しようとしてるみたい……」
「そうしようとしてるんだよ」
 翔里はふた周りも小柄なエリザベスの体を、輪にした腕の中で回転させた。スケートのスピンのようにくるくると回りながら笑うエリザベスを、適当なところでぎゅっと抱きとめ、また手のひらの愛撫を再開する。
 エリザベスは、気付いた。今日の翔里は、その大きな体の全身で自分を包み込もうとする。少しでも広くエリザベスの肌に触れたがっているのだ。
 どうすればそれに応えてやれるかを考えて、エリザベスは翔里の腕を押し離した。
「ちょっと待って」
「ん?」
 首をかしげる翔里の前で、右に半回転して、エリザベスは背中を向けた。背伸びのように足を伸ばしてきゅっとお尻を引き締め、翔里に向かって突き出す。
「この格好で、して」
「してって……」
「ショーリのペニス、下から当てて。ううん、もう無理に入れたりしないよ。こするだけ」
「……どうしてこの格好で?」
「それが一番いいんでしょ?」
 エリザベスは肩越しに、はにかんだような笑顔を向けた。
「分かるよ、わたしとぴったりくっついてイきたいんでしょ。前からだとセックスになっちゃうから、これが一番、くっつけるんじゃないかな」
「……ご明察」
 軽く笑って、翔里が後ろからエリザベスを抱きしめ、股間に性器を押し込んできた。エリザベスは内ももの肉の薄さを、両足をクロスさせることで補って、ぴったりと硬いものを包み込む。
「S28ペンデュラム、ドッキング完了ですか?」
「完了、姿勢安定。S28ファルクラムにジョイントを保定された」
 くすくすと笑って、二人は動き始めた。
 つるりとした小ぶりなエリザベスの尻の下に、持ち上げるようにして性器をこすりつけると、その奥のひだが、ほのかな温かみと絶え間ないぬめりを与えてくれた。振り向いてキスを求めるエリザベスに唇を押し付けながら、背を反らした彼女の突き出た乳房を、片手で楽器のように弾いてやる。
 エリザベスも両手を使う。片手を翔里の尻に回して前後運動を助けつつ、もう片方の手をぴったり合わさった自分の股間に差し込んでいる。目的は、規則的に突き出してくる翔里の先端を手のひらで包んでやること。膣の奥の子宮口のようにふたをするエリザベスの手のひらを、こつこつと亀頭がノックする。
 それだけではなく、足先もからめている。重ねて伸ばしたエリザベスの両足の甲に、後ろから翔里がかかとを引っ掛けている。そこと腕とで、弓と弦のような二人の動きを可能にしているのだが、重ねた足の指そのものもからみ合わせて、互いに指の股をくすぐっている。
 文字通り全身のあらゆる部分で、翔里はエリザベスを味わった。それが彼の一方的な陵辱でないことは、やがて証明された。
「ショーリ、いきそうだよね? わたしもいくよぉ?」
「いいぞ、おまえも、リズっ!」
「んくーうっ!」
 エリザベスがきゅうっと体を硬くして、翔里の尻を引き付け、足指を強くはさみこみ、内ももで締め上げた。ほとんど同時に翔里も達して、エリザベスの尻がつぶれるほど強く押し込みながら、おびただしい精液を打ち出した。
「ショーリっ!」「リズ!」
 しばらくの間、二人は原子一個も間に入れないほど密着して、動きを止めていた。
 やがてエリザベスが息を吐き、股間にやっていた手を上げて広げた。
「うわあ、こんなにいっぱい……押さえててよかった」
 指の間からあふれ出すほど大量の粘液を、ぺろぺろと舐めとってから、振り向いて微笑む。
「ねえ、ひとつ当てるよ。今のって、すごくよかったでしょ?」
「……ああ。どうして?」
「一回目よりいっぱい出たもん。図星?」
「図星。……だけど、おまえはいかなかったんじゃないか」
「え、どうして」
 怪訝そうに言ったエリザベスの額を、翔里は軽くつついた。
「お漏らししなかったから」
「あ、ほんとだ……」
 エリザベスは首を傾げたが、すぐにうなずいた。
「ショーリを気持ちよくしなきゃって、力入れてたからだと思う。――ううん、ちゃんといけたよ? しかも一人だけでいくのよりずっとよかった」
「ああ、いってたんだ。おれの読みは外れか……」
「外れでもいいよ。だって、初めて同時にいけたじゃない!」
 エリザベスはまた体を回して、嬉しげに翔里の顔に頬ずりした。
「よかったよぉ。ねえ、これからする時は、最低一回は一緒にいくことにしようね!」
「最低一回って、毎回毎回、何ラウンドもするのか?」
「はい、また当てるよ。――それもいいかなって思ったでしょ」
「やれやれ、進歩はおまえのほうが早そうだ」
「当たりね? だったらさっそく実行よ。ほら、三回目!」
 その夜、二人は結局、夕食を食べ損ねてしまった。

 4

「待てよ、EMP」
 その日の訓練を終え、着替えを済ませて翔里と別れたエリザベスは、通路を泳いでいる時に、いきなり後ろから引っ張られた。抵抗する間もなく少年部の部屋に引きずり込まれる。
「なによ!」
 叫んで振りほどく。見回すと、そこには四人ほどの男子たちがいた。十三歳の元同級生たち、それも、あまり素行のよくない連中だ。エリザベスの体にねっとりしたいやらしい視線を向けてくる。
 挑戦的に彼らを見返して、エリザベスは言った。
「なんのつもり?」
「訓練の成果を見せてくれよ」
「正規ドライバーのフライトログは機密よ」
「そっちじゃないさ。あの日本人の兄さんの訓練のほうだ」
 アメリカ出身のグレッグが、にやにや笑いながらエリザベスの右腕をつかんだ。
「おまえも運が悪いな。あんな東洋人とくっつけられちまって。おれたちのほうがずっといいぜ」
「そうだよ。EMPのきれいな肌には、おれのほうが似合うだろ」
 オーストリア人のヨハンが、エリザベスの反対の手をつかんで自分の腕に並べた。彼の言うとおり、四人は全員白人だった。
「ちぇっ、あの黒髪の野郎が、おまえを好きにしたんだよな……」
 エリザベスの両足も、残る二人にしがみつかれてしまった。四人は一斉に、エリザベスの柔肌に手を這わせ始める。二の腕やふくらはぎを揉みしだく彼らの顔に理性はない。四人がかりということが、ためらいを打ち消しているようだった。
「な、いいだろ? もうやられちまったんだから、ちょっとぐらい触っても」
 返事はない。それを脅えか、あるいは承諾と見て、四人はさらにエリザベスの体の中心に這い登ろうとする。
 だがエリザベスは脅えて黙っていたのではなかった。比べていたのだ。
 ヨハンがいよいよルームウェアのスカートに手をかけた時、エリザベスはため息とともにつぶやいた。
「……へったくそ」
「なに?」
「四人がかりでこれ? 濡れるどころか肩こりも取れないわ。マッサージの才能はないみたいだから、放してくれない?」
「ば、馬鹿にしやがって!」
 叫んだグレッグを、エリザベスはぐいっと引っ張った。
「うわっ」
 グレッグの頭をヨハンの顔に打ち付けて放り出し、足にしがみついた二人を、振り回して壁に叩きつける。無重力のケンカでは、体重があることよりも四肢を巧みに動かす能力のほうがものを言う。そしてエリザベスは、ストレプターの訓練と翔里との練習で、少年部員たちとは比較にならないほどの能力を身につけていた。
「いってえ……」
 ぶつけたところを押さえて丸まった四人に、エリザベスは毅然と言い放った。
「わたしの体は、髪の毛一本までショーリのものなんだからね。あんたたちなんかにあげるもんですか! それにわたしはEMPじゃない、エリザベスよ。エリザベス・マーシア・プリマス!」
「核電磁パルス並みじゃねえか、その凶悪さは」
 負け惜しみを言ったグレッグをもう一度けっとばして、エリザベスは颯爽と通路に出た。
「ふん、お子様」
 不愉快ではあったが、すぐに気にならなくなった。最近はそれなりにストレプターを動かせるようになったし、なんと言っても、さっきの異種合同訓練では、鳳鳴フォンミンのサリックスを出し抜いて、初めて標的機を一機、撃墜することができたのだ。
「もう鳳鳴フォンミンなんかに四の五の言わせないんだから」
 気分も軽く、壁に生えているフットバーを蹴って泳いでいく。
 だが、途中で考え込んだ。
「……そうは言っても、まだ、たった一機なんだよね……」
 成長しているとは言っても、同じ正規ドライバーのニックたちにはまだ及ばない。彼らは最近では、基地周辺三万キロの一級防空圏内でだが、準実戦レベルの哨戒飛行まで任されているのだ。
 教官の評価にひいきがあるとは、エリザベスも思わない。扱いの差は純粋に能力の差を反映したものだ。
「早くニックたちに追いつけるといいなあ……」
 つぶやきながらエリザベスは、食堂に入った。
 時刻は1730、そろそろ夕食時で、客は八分の入りというところだった。ルームウェアやフライトウェア姿の隊員たちが、隅のクッカーでトレイに粘性食を注入し、床と天井に並んだフットバーに移動して、小鳥のように足を引っ掛けて、スプーンでかきこんでいた。
 いつも一緒の翔里は、ペンデュラムのソフト更新に立ち会うため、少し遅れるはずだった。エリザベスは一人だ。クッカーから食事を出して、フットバーの空きを探していると、背後から声をかけられた。
「ハイ、EMP。ご一緒していい?」
「わたしはEMPじゃ――」
 振り返って言いかけたエリザベスは、思わず息を飲んだ。そこに浮かんでいたのは、エリザベスより一周りほど年上の、琥珀色の髪を短く切り揃えた、涼しげな美貌の女性だった。
「……れ、レム中佐……」
 ゴールドカップルの称号を持つ、パスツール基地最高のドライバーの片割れは、親しみの感じられる微笑を浮かべた。
「シャロンでいいわよ。EMPって呼び方、好きなじゃないのね。知らなかったわ、ごめんなさい」
「いえ、中佐ならどう呼んでも」
「ベスって呼んでいい?」
「……どうぞ」
 顔を寄せて言われて、エリザベスは少し頬を赤くしてうなずいた。
「そこがいいわ、対流の通り道よ。ごめんなさい、ちょっと詰めてくれる?」
 シャロンが士官の一人に声をかけると、彼は一も二もなくうなずいて横に移動した。質問ではなく命令なのだが、ごく自然な権利を行使しているという感じで、いやみがない。揺るぎない自信に支えられた余裕のある態度を見て、エリザベスはうらやましそうに言った。
「シャロンて、生まれた時からベテランだったみたい」
 ビーフシチューのペーストをすくい上げながら、シャロンは面白そうに言った。
「生まれは月よ。赤んぼの時にティコの基地でエアロックに這いこんで、破裂死する寸前で助けられたそうよ。――最初はみんな失敗ばかりよ」
「それをわたしに言いに?」
「ベスが煮詰まってるみたいに見えたから。老婆心だけど」
「……ええ、ちょっとだけどね」
 エリザベスは素直にうなずいた。他の人間ならいざ知らず、このエースに意地を張ってみせるのが無意味なことぐらいは、分かっていた。
「正直に言って、悩んでる。見ての通り、わたしは子供だもの。何かアドヴァイスがあれば、聞かせてくれない?」
「そうね……」
 シャロンは上品にヌードルをすすり込みながら――すぐ液の散るそれをきれいに食べるのは神業に等しいほど難しい――、ちらりと横目でエリザベスを見た。
「あなたと昼ヶ野翔里は、当然、もう寝てるのよね」
「……はい」
 小さくなうなずいたエリザベスは、シャロンの次の言葉に驚いた。
「でも、まだ最後までは、いってないわね」
「分かるの?」
「半分は、体格差から考えた推理。でももう半分は――似てるから」
「似てる?」
「私に」
 シャロンは軽く舌を出した。意外なほど少女じみた初々しい仕草だった。
「実は私も、最初はウラジミールとできなかったの。お互い初めてで、痛くて。しばらくはセックスせずにシンクロしようと、あがいてたわ」
「それ、わたしと一緒……」
 ベテランの彼女らしからぬ話を聞いて、エリザベスは身を乗り出した。
「どうやったらいいの?」
「それは、どうやれば完璧に同調できるかっていう意味? それとも、どうやれば痛くなくなるかっていう意味?」
「後のほう! どうやればセックスって痛くなくなるの!」
「ベス」
 シャロンが軽く顔を引きつらせた。エリザベスがはっと気付くと、周りじゅうの隊員たちが、ぎょっとしたような顔で見つめていた。
 赤くなって身を縮めるエリザベスに、シャロンが笑いをこらえながらささやいた。
「ふふ、よっぽどしたいのね」
「……そんなことないけど……」
「いいってば。私だってあなたぐらいの頃は、頭の中そういう妄想でいっぱいだったわよ。あれ、いいよね」
「……シャロンも?」
「腕のいいドライバーはあっちも一流なの。――大声で言いふらしたりはしないけど」
「ごめんなさい」
「気にしないで」
 軽く手を上げると、シャロンは真顔に戻った。
「さっきの質問も、結局は同じことね。やっぱり、本当にセックスしてないと、どうしても心に負い目ができるから……」
「そうだよね。わたしが操縦ミスるのも、翔里をちゃんと満足させてあげてないことが気になる時だから……」
「あら、女の子だけの問題じゃないわ。男だってそれを負い目に感じるものよ」
「負い目に? 不満じゃなくて?」
 不思議そうに聞いたエリザベスに、シャロンはくつくつ笑いながら言った。
「そうよ。男って、ちゃんとしたセックスで女の子をいかせられないことを、ものすごく気にするからね。『子宮を鳴かせたい』のよ。あれで案外、単純でかわいい生き物よ。――また、それぐらいの征服欲を持ってないとドライバーは務まらないわ。自分だけいって満足してるような奴は、三流」
 美貌の女があけっぴろげに語る、大胆な話を聞くうちに、エリザベスは胸がどきどきしてきた。つい、あまり関係ないようなことまで聞いてしまう。
「その……シャロンは、『子宮で鳴』いたりするの」
「……するわよ」
 琥珀の髪を軽くかき上げて、切れ長の目でエリザベスを見つめる。
「ウラジミールのあれ、熱くってほんとにすてきよ。頭も体も、とろけちゃうのよ」
「なんか……シャロン、すごくきれい……」
「想像してる? ……ふふ、私もちょっとしちゃった。ベスが鳴いてるところ、見たいかもしれない」
 熱いまなざしを注がれたエリザベスは、ぞくりと甘い震えを背筋に感じてしまった。――同性の自分にこんなこと思わせちゃうぐらいなんだから、ベッドのこの人はほんとにすごいんだろうな、とエリザベスはさらに考える。
「……で、でも、最初はできなかったんでしょ? どうやったの?」
「簡単よ。裏技を使ったの」
 そう言って、シャロンはあることを口にした。思わずエリザベスは叫びかける。
「そ、それって医学規定に――!」
「しっ。大丈夫、定量の三分の一しか使わないんだから。それで十分効くんだけど、あなたの場合は、それでもちょっとつらいかな」
「……ううん、やってみる」
 真剣な顔で何度かうなずいてから、エリザベスはふと言った。
「シャロン、いろいろ教えてくれてありがとう。でもそれって……わたしを気に入ったからなの?」
「実を言うと、それもあるかな。……どう、ベス。今度、一晩過ごさない? あなたみたいに若い子って、初めて」
 シャロンは艶っぽい顔でささやいて、エリザベスのあごに手を伸ばしてきた。軽くひとなで、そこまではエリザベスも許した。
 しかし、すぐにその手を押し戻した。同性とセックスすることも、恋人以外の人間とセックスすることも、防衛軍内ではよくあることだったが、エリザベスは断った。
「わたしは、まだショーリ一人で十分だから」
「あらら、私じゃ不満?」
「恋人っていうよりはお母様みたいな感じかな。お母様がベスって呼ぶの」
「どう呼べばいい?」
 エリザベスは笑って手を振り、その場から泳ぎ去った。
 彼女をその呼び名で呼んでいいのは、一人だけなのだ。


「ショー・リっ」
 ドックのハンガーに固定されたペンデュラムの中で、新しい航法ソフトのセッティングを進めていた翔里は、インカムに呼びかけられて、顔を上げた。
「リズか? もう少しで終わるから、待っててくれ」
「待てない。だから来ちゃったよぅ」
「外にいるのか?」
 翔里は驚いて床面の外部ハッチを開いた。金色の頭がぴょこりと覗いて、エリザベスが中に入って来た。その格好を見て、翔里はあきれたように言った。
「フライトウェアじゃないと、ドックは立ち入り禁止だぞ」
「大丈夫だってぇ。今、この機しかいないもーん」
 言われて、翔里は光学で外を見てみた。三十六機のストレプターを格納できる広大なドックは、がらんとしていて、隅に整備待ちと予備の数機が、エンジニアにも囲まれず置かれているだけだった。
「他は全部哨戒。整備部門も当直交替で、あと三十分は来ないよん」
「そうか……」
 翔里はキーボードを叩く手を休めて、シートに体を預けた。広くもないコックピットに這い登ってきたエリザベスが、ふわりとスカートを膨らませ、膝を折って翔里のももの上に座った。小首をかしげて可愛らしく笑う。
「仕事の邪魔だった?」
「いや、もう流し込むだけだ」
 翔里はキーを一つ押した。プロセッサが新しいデータを食い、電装が一度落ちてから再起動した。色とりどりのカラーホロが周囲に輝き始める。
「これで終わり。なんならこのまま散歩に出るか? 周りにファルクラムもくっついてるから、二分で出られるぜ」
「んふ、散歩はあと。今日は大決心して来たんだからぁ」
「なんだ、大決心って……」
「ショーリに、わたしの全部をあげるのぉ……」
 言いながらエリザベスが翔里の首に腕を回し、キスをせがんでくる。それを受けて翔里はしばらくキスを返していたが、少し顔を離したとき、彼女のおかしな様子に気付いた。
 もとから色白の顔が彗星のダストをあざむくほど白く抜け、とろんと潤んだ両目の瞳は、針の先のように虹彩が小さくなっている。欲情しているにしては、血の気がなさすぎる。
「リズ?」
 翔里はいったん、彼女の腕を押し放そうとした。エリザベスはそれに抵抗するように、翔里の腕を何度か逸らそうとしたが、その動きも、変にぐにゃぐにゃしていて、力がこもっていない。
「リズ、変だぞ。酒でも飲んだのか」
「違うよぉ……」
 いつも歯切れのいい英語でしゃべる彼女が、幼児のように舌足らずに言って、すっと体を下げた。
「何も変じゃないよ……」
 ささやいて、翔里のフライトウェアのジッパーに手をかける。首元から股間までキチキチとそれを下げて、エリザベスはインナーに顔を押し付けた。
「んふ、ショーリの匂い……最初はお口ね」
 首を振って左右の頬をさらさらと押し付けながら、エリザベスは顔を下げ、インナーの下端の合わせ目に指を差し込んできた。直接的すぎる求め方に翔里は戸惑うが、どうおかしいのか、まだよく分からない。体を動かさずに様子をみる。
「ふふ、こんばんは」
 エリザベスは細い指で翔里の性器をつまみ出した。まだ少しも目覚めていないそれを、つるりと唇に吸い込む。それから翔里の腰に両腕を回して体を固定すると、鼻が茂みの中に食い込むぐらいぴったりと顔を押し付けて、舌を使い始めた。
 まだ柔らかいそれは、エリザベスの小さな口の中にもすっぽり収まる。訓練を終えてから休みなしで作業を続けていた翔里は、疲れもあって、その温かい包み込みに身を任せていった。次第にそこに血が集まり、エリザベスの喉の奥を突き上げ始める。それにつれてエリザベスは収められなくなり、太く張り始めた幹を唇から押し出していく。
 翔里が完全にそそり立つと、幹の三分の一ほどが覆われるだけになった。その先端と首周りを、献身的な熱意でエリザベスがくすぐり回し、多すぎるほどの唾液でたっぷりと濡らした。
 元より愛する少女の奉仕だから、その部分だけの刺激でも翔里は高まってしまう。徐々に背を丸め、エリザベスの頭を抱え込むようになった。遠慮はいらない相手だから、興奮のままにささやく。
「リズ……出していいか」
「んは……だ、だめぇ」
 意外にも、エリザベスは顔を離して制止した。するりと翔里の体を登ってきながら、手をスカートの中に差し込んでショーツを脱ぐ。それから指を股間に折り込んで、確かめるような仕草をした。
「ん……わたしも、準備できたかな」
「準備って」
「言ったでしょぉ。今日は、全部上げるって」
「まさか、また鳳鳴フォンミンに何か言われたのか?」
「違うよぅ」
 エリザベスはとろんとした笑顔を浮かべて、軽く翔里の頬をたたいた。
「逆よ。シャロンにいい方法を教えてもらったの」
「シャロンって……レム中佐か?」
「そう。……ほらぁ、分かる? ここに入れるんだよ」
 くちゅり、と小さな音がした。スカートの下のエリザベスのひだが、翔里の先端を包み込んだのだ。中心に洞を持つ、誘い込むようなその柔らかさに、翔里は唇を噛んで耐えようとする。
「前にだめだったろう。忘れたのか!」
「大丈夫。ほんとに大丈夫なのよ。だから……ショーリ……」
 エリザベスが、翔里の肩をつかんでぐっと力をこめた。ぬちっ、と翔里のものに圧力が加わる。以前エリザベスが悲鳴を上げた地点だ。
 だが、エリザベスは苦痛の様子を浮かべなかった。軽く目を閉じて、深呼吸している。
「ほら、ね。大丈夫。……ほんとだ、シャロンの言ったとおり……」
「い、いいのか?」
「うん……来て……」
 翔里はためらいながら、エリザベスの腰をつかんでゆっくりと下に下げた。
 みちみちと音が聞こえるほど窮屈な狭間が、次第に深く翔里のものを飲み込んでいく。以前の時に済んでしまったのか、処女を破る感触はもうなかったが、それでも翔里の血流がせき止められるほどきつく、その分ひどく熱くて容赦がない。
 翔里は気が気でなくエリザベスの顔を見つめていたが、彼女は呼吸を整えているだけで、眉ひとつひそめなかった。信じられないことだが、じきに翔里のものを根元まで飲み込んでしまった。
「くふ……ああ、入ったよ。うれしい……わたしでも、ショーリを迎えられたんだあ……」
「本当に……大丈夫なのか。何をやったんだ?」
「……救難キットのモルヒネ」
「モルヒネだって? 打ったのか!」
 翔里は呆然としてエリザベスの顔を見つめた。エリザベスが焦点の定まらない目を細めて、薄く笑った。
「心配しないで、たった二ミリグラムだよぉ。完全に無感覚になったら、ショーリのが分からなくなっちゃう……」
 つぶやくとエリザベスは目を閉じ、自分の薄い腹部に手を当てて、愛しそうに撫で回した。
「ちゃんと分かるよ。わたしの中に今、ショーリのがぎゅーって入ってるのが。やっぱりショーリのって、おっきい。先っぽが当たって、中がつっちゃってる……」
「リズ……」
「ねえショーリ、わたし、最高に幸せなんだよ。ショーリと一つになれて」
 エリザベスが翔里の顔に頬を押し当てて、舞い上がりそうな震え声で言った。
「ショーリも喜んで。楽しんで……」
 それでもまだ翔里は信じきれずに、おずおずと腰を少しだけ動かしてみた。真空吸引のようなかたさでひだが食いつき、ずるっと引きつれていくのが分かるが、エリザベスはやはり苦痛を表さない。ふーっ、と大きく息をつくだけだ。
「ね。……ちっとも痛くないよ。だからぁ、遠慮しないで動いて……」
「リズ、そこまで……」
 彼女の決心がどんなに強いかを感じ取って、翔里はようやく、ためらいをなくした。
「分かった。……しような、本当のセックス」
「して……」
 翔里はエリザベスの小さなお尻に両手を回し、少しずつ動き始めた。潤いは少なく、限界まで引き伸ばされたエリザベスの肉は痛いほどきつかったが、もともと翔里は彼女の口でギリギリまで高められていた。いくらも立たないうちに、こわばりの根元に溜まりきっていた精液が、びくびくと暴れて、出口を求めた。
「リズっ!」
 短い言葉しか吐き出せないほど、絶頂は突然だった。翔里の性器は生物の本能そのままに、それをせき止める強い締め付けを押し破って、少女の熱い体内におびただしい粘液を吐き出した。腰が跳ね上るほどの快感に満たされて、翔里は目を閉じてうめく。
「くうっ……」
「あ、きてるっ……」
 エリザベスが短くつぶやいて腕に力をこめる。
「今、ショーリいったよね」
「感じたのか?」
「ばしゃってね。まだいかなかったけど、あったかかったよ。……んふぅ、これがそうなんだあ……ふうん……」
 翔里の肩の上で何度もあごを乗せかえて、エリザベスが嬉しそうに胎内の感覚を味わっている。その様子がたまらなくいとしくて、翔里も彼女の頭を強く抱き、髪をかき回した。
「満足か?」
「ショーリは?」
「もちろん最高だよ」
「そお? でも、まだこの子は満足してないみたいだよ……?」
 エリザベスがぐっと腰を押し付け、自ら奥にまで食い込ませた。
「まだ、かちかち……」
「それはおまえがきついから……」
「でも、もっとしたいでしょ? わたし、みんなみたいにピルも飲んでるから、好きなだけ出していいんだよ。ショーリが空っぽになるまでして」
「おまえがいきたいんだろ?」
「……ん、そう」
 エリザベスは、いつのまにか赤く染まり始めた頬を、翔里の顔に押し付けた。
「これでいきたい。シャロンが言ってたみたいに、とろとろに溶かしてほしい……」
「ようし……」
 翔里は再び、エリザベスの腰を動かし始めた。一度目よりずっとなめらかになっていることに気付く。ペニスをぬめりが包んで、きつい合わせ目を滑らせている。
「リズ、濡れてきた……」
「ショーリのザーメンだよぉ……いっぱい出すから、あふれちゃってる……」
 その両方だった。エリザベスの搾り出す幼い蜜に、翔里の大量の粘液が混ざって、外に飛び散るほどの潤みを作り出していた。
 とぷっ、とぷっ、と濡れた音がスカートの中から響く。一度萎えて締め付けに引き伸ばされていたようなペニスが、ゆっくりと堅さを取り戻して、エリザベスの胎内を中から突き破りそうなほど猛々しくなる。
「広がる、広がっちゃうぅ……」
 一度翔里の絶頂を受けて、ようやくエリザベスの未熟な体もほぐれ出していた。締め付けの筋肉がしなやかに伸び、適度な圧力を覚え始める。それにつれてエリザベスも快感を見つけていた。今までとは比べ物にならない高密度のしびれが、突かれるたびに激しく弾けて、体中を震わせる。
「いい、これいいっ」
 エリザベスは軽い体を翔里の腕に任せて、自分は胸を翔里に押し付ける。最初からブラを着けてこなかったふくらみの先端で、小さな乳首が布越しに翔里のたくましい胸を感じて、こりこりになるほど硬く尖っている。実際、それは翔里にも感じ取れるほどで、愛しい少女の全身に快感が行き渡っていることが分かり、翔里も無性に嬉しくなる。
「ああっ、来る、来るよぉっ」
 ばら色に染まった頬を激しく左右に振って、エリザベスがきつく翔里の背に爪を立てた。こわばりを包む肉がきゅんと引き締まり、尻をつかんだ翔里の手の甲を、折り曲げられた脚のふくらはぎがぎゅうっと挟み込んだ。
「ショーリぃっ!」
 ひくっ、ひくくっ、と何度もエリザベスの全身が痙攣した。一度の短いものではなく、続けざまにびくびくと震えながら、その合間にエリザベスが叫ぶ。
「来て、いっぱい来てぇ! わたしいってるから、ここに来てーッ!」
「ああ、い、今行くぞ!」
 叫びながら翔里も、もう一度激情を解き放った。小さなエリザベスの体を隅々まで満たしてしまうぐらいのつもりで、どくっ、どくっ、と腰の底から濁流を注ぎ込む。
 それがエリザベスを、今までよりはるかに高い絶頂に押し上げた。
「ひううううんっ!」
 頭のてっぺんに抜けるようなハイトーンの悲鳴を上げながら、少しでも理性が残っていたら絶対に出せないほどの衝動的な力で、エリザベスが強く強く翔里の体を抱きしめた。目覚めたばかりの性器が、一滴も逃がさないというように縮み上がって、翔里の放出と同じぐらいの貪欲さで、奔流を飲み込んだ。
 腰を中心にエリザベスと一つに融合してしまったような一体感が、翔里の意識を飛ばした。鋭く激しいその快感はやがて収まったが、そのあとでも、体をすべてエリザベスに吸い取られていくような甘美な虚脱が、ずっと翔里を包んでいた。
 エリザベスの体の硬直が、徐々にとけていく。翔里のこわばりも少しずつおとなしくなっていく。やがて硬さときつさがなくなり、力を失ったペニスがとろりとくるまれているだけになったが、それでも翔里は離れたくなかった。温かなエリザベスの中に、ずっと包まれていたかった。
 それはエリザベスも同じだった。翔里の肩にがくりと頭を押し付けたまま、熱く湿った息の合間に、切れ切れのささやきを漏らす。
「いま……わたしたち、一つだったよね」
「ああ……おまえの中にすっぽり入ったみたいだった……」
「こんなの良すぎるよぉ……わたし、もうだめ。こんなの知ったら、もうショーリと離れられないぃ……」
 押し付けた腰をもじもじと動かして、エリザベスは惜しそうにつぶやく。
「終わっちゃったのに、まだじんじんして気持ちいい……ショーリのペニス、中でたぷたぷしてる……これ、放したくないな」
「おれも。ずっとおまえの中にいたい」
「ショーリ……」
 顔を起こして、かぐわしい汗に光る紅色の顔を、エリザベスは何度も翔里に押し付けた。
「ん、んふ、んふ……」
 いくつもキスを交わす。二度も絶頂しているので、さすがに翔里の欲情も燃え上がらない。幸福な温かさにひたされたまま、舌と唇を交わしつつ、エリザベスの狭い背中を優しく撫で回してやるだけだ。
「はぁ……」
 長い後戯のあとで、ようやく体を起こして、エリザベスは正気に戻った顔で微笑んだ。
「このままずーっとつながっていたいけど……」
「そうもいかないな」
 二人はゆっくりと体を離した。翔里のものが弾力のあるひだの間から、つぷりと吐き出される。んっ、と目を細めて、エリザベスが得意げに言った。
「ショーリの、もーらった♪ 無重力だから、出て行かないよ。ずっとわたしのおなかの中……」
「……それどうなるんだろう」
「……さあ?」
 それはちょっとした問題に思えたが、首を傾げたものの、すぐにエリザベスは笑顔に戻った。
「なくなってもいいもん。薬、もう抜けてるみたいだけど、痛くないよ。これからはいつでもできるよね」
「……そうだな」
 うなずいた翔里は、不意に、額を押さえて笑い出した。
「これからはって言うけどな……」
「なに?」
「おまえ、よすぎ。……おれ、今日はなんだか止まらない感じだ。このままもっともっと、おまえを抱きたい……」
「ショーリ」
 エリザベスが、照れたように顔を傾けた。
「そんなに良かった? うれしいけど……まだできるの?」
「さあ、なんだかそういう問題じゃないんだ。こいつはもう満足してる感じだけど、おれの気持ちのほうが収まらない。体じゃなくて心でおまえとくっついていたい」
「ショーリ、それわたしとおんなじ……」
 つぶやいた二人は、顔を見合わせた。
「そうか、これが……」「分かりあえたってことかな」
 そのまま笑い出しかけた二人は、出し抜けにコックピットに響いた音を聞いて、飛び上がった。
 断続的な鋭いサイレン。基地内の全通信機に割り込む非常警報だ。防空オペレーターの緊張した声がそれに続く。
『緊急警報、緊急警報、要度A、要度A。第四象限、距離二万五千に未登録オブジェクト出現。数量四。防空全部隊は迎撃準備に入れ』
「二万五千? 一級防空圏内じゃないか! 長距離哨戒部隊ロングフットは何をやってたんだ、ディープスペース・サーベイは?」
『……長距離哨戒部隊及び深宇宙走査機構からの報告なし。敵は未確認のステルス型ディジーズと推定……』
 翔里の叫びに答えるように、アナウンスが続く。
『現在、防空哨戒のサリックス部隊が迎撃中。なお、ストレプター型は基地周辺にいない。最短到着時間は二千九百秒後と予想。到着まで砲隊各員は奮励せよ……』
「ステルスの新型をソロボードで迎撃できるのか?」
 つぶやいた翔里は、はっとエリザベスを振り返った。
「……出番だ」「そうよ。わたしたちがいるわ!」
「行け、ファルクラムを起こせ! クリアランスはおれが取る!」
 すぐさまエリザベスは跳ね上がり、天井のハッチを開いてファルクラムのコクピットに飛び込んだ。そのあとに、忘れ物だ! と翔里が脱ぎっぱなしのショーツを投げつける。
「やだもう!」
 笑いながらそれをつかんで、手早くはきながら、エリザベスはシステムを立ち上げにかかった。感覚制御のヘッドギア型アクセプターを頭にかぶりながら、ふと上を見上げて、心配そうにつぶやく。
「……勝てると思う?」
「勝てないと思うのか?」
 翔里が管制に回線を繋ぎながら笑う。
「さっきの続きをやるんだよ。これこそ、体が疲れ切っててもできるセックスだろ? きっと最高だぞ。――パスツールタワー、こちらS28! 昼ヶ野翔里とエリザベス・マーシア・プリマスのペアで出撃準備完了! 出るぞ!」
『……S28、貴機は実戦レコードがないが、やれるか?』
「当然!」
 答えたのはエリザベスだ。管制官の声に期待がこもる。
『S28、出撃を許可する。頑張って!』
「行くぞ!」
 叫んだ翔里とサムアップサインを交し合って、エリザベスはハッチを閉じた。
「やれるに決まってるわ。……ショーリとだったら」
 つぶやく声の震えは、恐怖のせいではない。武者震いだ。
 感覚同調開始。エリザベスはファルクラムになる。機体全系統に神経がつながり、ドラム型の胴体に抱え込んだスマートなペンデュラムを、胎内に迎えた翔里そのもののようにはっきりと感じ取る。
 ドックの固定クランプが解放。コンベアーが唸り、機体をカタパルトホールに流し込む。隔壁閉鎖、与圧放棄、電磁ドライバー充電開始。ストレプターは大砲の弾丸として発射の時を待つ。
『S28、射出は十秒後。設定加速度は十二G。耐ショック姿勢どうぞ。……三、二、一、ゴー!』
 内臓が背中を突き破って後ろに飛び出すほどの加速度をかけて、リニアパレットが凄まじい勢いでストレプターを射出した。アクセラレータゾーンを出るとともに、基地を覆う対荷電粒子用の電磁シールドがベクトル変更をかけ、ストレプターの針路を最適会敵ポイントに向けてねじ曲げる。
 それが終われば、あとは遮るもののない宇宙空間だ。伸ばした足で力いっぱい駆けるように、大出力エンジンに核融合の炎を燃え上がらせて、エリザベスは叫ぶ。
「行くよ、ショーリ!」「おう!」
 ストレプター28は一本の矢となって飛ぶ。
 

「なんなの……こいつらっ……」
 ダンベルをぶら下げられたような腕の重さのせいで、グラム単位の圧力にも反応するFBL高感度スティックが、鉄の杭のように不動のものに感じられる。
 凄まじい旋回Gに耐えてサリックスの機体を振り回しながらも、それが空しい努力であることは分かっていた。合成視界の端を羽虫のように飛び回るディジーズを、鳳鳴フォンミンは憎悪を込めてにらみつける。
「全然……追いきれないっ!」
 ひゅっ、ひゅっ、と一抱えもある有質量弾が音もなく機体をかすめる。切り返しの連続でかろうじてそれを避けると、鉛直にプラス三Gをかけたまま、鳳鳴フォンミンは最大推力で加速した。サリックスは大きな樽の内側をなぞるような軌道を描いて敵の下腹に回り込もうとする。
 気付いた敵は、だしぬけに定進旋回で真横を向くと、立て続けに有質量弾を撃った。その反動を利用してくるくると目茶苦茶なスピンに逃げ込み、速度過大の鳳鳴フォンミン機をフライパスさせる。瞬間三十Gはかかっているだろう。とうていサリックスのスラスターに出せる力ではない。
「シーザー、そっち行ったわよ!」
「こっちは手一杯だ!」
 周辺では、二小隊十四機のサリックスが戦闘機動を行っていた。しかし、たった四機の敵ディジーズを、まるで押さえ込めていなかった。あちらへこちらへ、稲妻のように移動するディジーズに、連携をかわされ、照準を引っぱずされ、いたずらに旋回を繰り返すばかりだ。
 悔しがる鳳鳴フォンミンを、シーザーの指摘がさらに戦慄させる。
「こいつら……隠密機能に特化した新型だな」
 一直線の頭部・胸部・腹部を持つ、十メートルほどの細長いディジーズの形状を、シーザーがデータ化して送ってくる。戦術コンピュータが確認できた特徴を列挙し、それに「エキノコックス」のコードネームを与える。
「細長いのは投影面積を減らすためだ。胸の部分からは放送局みたいな多周波の電磁波が出てる。これでレーダー波を中和してやがるんだ。頭とケツは他のディジーズより小さい。兵装と推進機関を犠牲にしてるんだろう」
「それじゃあ何、普通よりトロい機体なわけ? そんなのに私たちはてこずってるの?」
「そういうことだ!」
 叫びざまシーザーが機体をひねり、九ミリを一連射した。八十発の高速弾がきらめく雲となってエキノコックスに殺到するが、着弾の千分の三秒前にそいつは真下を向き、凄まじい噴射をかけた。見えない足場を蹴ったような鋭角のターンで、やすやすと弾丸を避ける。
「見な、あのかったるい避け方。T2セルに比べたら、まるでいも虫も同然じゃないか」
 シーザーの言葉には苦い自嘲がにじみ出している。そのいも虫に、自分たちは手も足も出ずあしらわれているのだ。
「撤退して基地の砲台に任せるか?」
「私たちだって……もう実戦要員よ!」
 鳳鳴フォンミンは叫び、必死に敵を追う。ペアドライバーへの選抜に漏れたとはいえ、ソロのサリックスのドライバーとしての資格は得ている。それに恥じるような真似はしたくなかった。
「せめて一機!」
 その思いが、深追いをさせすぎた。敵の一機のわずかな直進飛行を、チャンスと見てまっすぐに追ってしまったのだ。
 それがチャンスではなく誘いであったことに気付いたのは、手遅れになってからだった。
鳳鳴フォンミン、R90!」
 はっと側方を見た鳳鳴フォンミンの合成視界に、別のエキノコックスが放った有質量弾が映った。一度に六発を、散弾のように広く放ったのだ。戦術コンピューターが瞬時に到達予想円錐を描き、サリックスの機動能力ではその中から逃げられないことを算出して、金切り声の警報音を発する。
「いやあっ――」
 悲鳴は喉の奥に押し込められた。背骨もきしむほどの高Gが突然機体を襲い、吊り上げたのだ。
 合成視界の表示がめまぐるしく変化する。敵弾円錐は機の下方を通過。検知された加速度は自機の推力によるものではなく外的な要因。腹部装甲板が過大圧力で損傷。――読み取った鳳鳴フォンミンは、事態を悟る。
「……腹をつかんで持ち上げられた……?」
 はっと見上げた暗黒の宇宙に、大小二つの光点が映った。
「――ストレプター!」
「S28、昼ヶ野翔里とE・M・プリマスだ。鳳鳴フォンミン、大丈夫か?」
 青年の力強い声が戦闘空域に響き渡る。その二人が、ファルクラムとペンデュラムの間に渡したワイヤーで、ぶらんこのように鳳鳴フォンミン機を引っ掛け、勢いよく引き上げたのだ。安堵より先に怒りを覚えて、思わず鳳鳴フォンミンは叫ぶ。
「余計なお世話よ! 恩を売ったつもり?」
「そんなつもりじゃないよ?」
 青年に代わり、少女の弾んだ声が届く。
「減速のために機体の質量を借りただけだよ。ありがと、もう十分」
 鳳鳴フォンミン機を加速させた代償として、自分たちは速度を捨て、さらに逆噴射を行って減速し、ストレプターがサリックスを放り出した。
「やる気なら手伝って。でも、わたしたちだけでできるから」
 エリザベスのその声に、これから楽しい遊びをするとでもいうような余裕が生まれていることに、鳳鳴フォンミンは気付く。言い返すことが負け惜しみになるような気がして、鳳鳴フォンミンは口を閉じた。
 同じように様子を見守る十四機のサリックスたちの中で、翔里とエリザベスは手を握り合った。
「リズ、踊るぞ」
「エスコートは任せて!」
 きゅうっ、とボビンの超伝導モーターがうなり、単分子ワイヤーにテンションをかけた。エリザベスの手に引かれて、翔里は優雅な円を描き始めた。
 カーブして降って来たペンデュラムが、一機のエキノコックスを目指す。その軌道要素から最脅威物体だと判断したエキノコックスは、推進器をでたらめな方向に断続噴射してブラウン運動モードに入りながら、著しく予想の困難なランダム射撃を開始する。
「右上、下!」「その次、左上ね?」
 言葉より先にエリザベスは翔里の意思を読み取っている。エキノコックスの有質量弾の隙間に向けて翔里を導き、そこを抜けたペンデュラムを手放して思い切り加速させる。
 急速接近。エキノコックスは短く砲撃を中止。電磁界強度の急激な上昇をエリザベスは検知。敵は引き付けながら高速の弾を撃とうと力を溜めている。
「ジャンプ!」 
 唱和とともにエリザベスは全力で翔里を引く。ペンデュラムは十七Gの加速度で六十五度のターンを行う。出撃後に服用した体圧調整剤が翔里の意識を保つ。クリアな合成視界の中で、翔里は四倍速の敵弾が側方をかすめるのを見る。ディジーズはこちらの急激な機動に対応できない。
「いまっ!」
 エリザベスの声とともに、脳を締め付けるGが嘘のように消え、ペンデュラムは一・一九秒の間、機首をぴたりと敵機に向けた自由落下に入る。もう何秒も前から、その瞬間が来ることを翔里は知っていた。一ミリ秒たりとも遅れずに、四十発の九ミリを撃ち放った。
 その六割を頭部と胸部の接合部に食らい、エキノコックスは一瞬で二つに破断した。何かの流体の氷をきらきらとまき散らしながら吹き飛んでいくそいつを見て、部隊の回線にどよめきが起こる。
「あいつら、やったぞ!」「初弾撃墜だ!」
「まだまだ、次だよっ!」
 スケートリンクの端を巡るように大きく旋回した二機が、六十キロ離れたまま手をつないで、次の敵機に滑っていく。残り三機のエキノコックスのうち二機が、同時に迎撃姿勢に入った。一機が有質量弾を連射し、その合間にもう一機が、高出力レーザーを数秒間隔で撃ってくる。
「リズムがあるぞ」
「トンタッタ・トンタッタ……ワルツだね」
 エリザベスは楽しそうにうなずき、翔里の手を引き、引き、離す。二機の間隔が四十キロ・二十五キロ・七十二キロとめまぐるしく変化する。ワイヤーボビンのブレーキ強度をエリザベスの指の動きのように感じ取り、翔里は強く足で蹴る。
「スピン!」
 角速度最大でエリザベスがボビンを回し、それに引かれて翔里は勢いよくファルクラムの周りを巡った。軌道半径を漸減させる円運動、しかもペンデュラムの噴射で軌道面まで一緒に回している。そのまま三回転半。
 華麗とさえ言えるトリプル・アクセルの周りを、輝く有質量弾と不可視のレーザーが、無害なイルミネーションのように通り過ぎた。
「エッジ・オン!」
 氷面にスケート靴の刃を突き立てたように、ペンデュラムはぴたりと静止する。あふれた運動量はすべてファルクラムが自転によって引き受けている。最適射撃位置に占位、しかも見事に敵砲撃の合間を捉えた。
 ペンデュラムのX線レーザーが、三秒という驚異的に長い時間、放たれた。二機のエキノコックスが過熱し、爆散した。
「完璧だわ……」
 最後の敵に向かって駆けていく二人を見つめながら、鳳鳴フォンミンは呆然とつぶやく。
「ファルクラムの誘導とペンデュラムの射撃のインターバルが、マイクロセカンド以下ですって……? あれは本当に、別々の人間が操縦しているの?」
「もう別々の人間じゃないんだ」
 シーザーの諦めたような声が聞こえてきた。
「きっとあの二人、したんだよ」
「それだけで……」
 鳳鳴フォンミンは、うらやましささえ浮かべて、つぶやく。
「あんなに分かりあえるなんて……」
「フィニッシュ、いいな!?」
 左右から規則的に体を襲うGの中で、翔里は叫ぶ。
「スイッチングクロス、おまえがダミーだ!」
「分かった、預けるからね、わたしのこと!」
 エリザベスの声と腕が、翔里を揺さぶる。強い牽引で勢いよくファルクラムに近付き、すぐさま解放されて反対側に飛び出し、頂点でまた引かれて、逆方向に戻る。両腕を交互に取り交わして左右に行き交うダンスのように、互いが互いを巡る円が描かれる。
 衛星輪舞サテライト・ワルツを踊りながら二人は滑る。
 射程の寸前、エリザベスが半回転してエンジンを向け、エッジで蹴立てた氷片さながらに、推進炎の飛沫を白くはね散らせた。エキノコックスはそれを攻撃行動と判断、砲をそちらに向けて照準を合わせる。最も脆弱な部分であるエンジンを撃たれれば、エリザベスは即座に爆死する。
 死の砲弾が放たれる寸前、回り込んだペンデュラムが、死神の鎌のような曲線に乗ってエキノコックスに近付き、八百メートルの至近距離を通り抜けざま、九ミリを放った。
「フィニッシュ!」
 全ての高速弾が、あますところなくエキノコックスの頭部・胸部・腹部に襲い掛かり、その体を着弾のきらびやかな光で彩った。推進器の破壊とともに磁場が暴走し、次の瞬間、エキノコックスは核融合爆発の太陽のような閃光に包まれた。
「やったぞ!」
 回線に歓声がはじけた。
「やったよ、ショーリ」「ああ、最高だった」
 エリザベスがボビンを巻き上げ、翔里を腕の中に迎え入れる。その二人を、皆の歓声が包んでいる。一つだけ、疑うような声が入って来た。
「EMP、あなた怖くなかったの」
 鳳鳴フォンミンの声だった。エリザベスは聞き返す。
「何が?」
「最後の瞬間、あなたのファルクラムが敵に推進炎を向けたわね。あれは、敵の砲を引き付けてペンデュラムから逸らす手だったんでしょう。ショーリがコンマ一秒でも遅れれば、あなたは死んでいたわ」
「ショーリが遅れるわけないもの」
 エリザベスの返事には、一片の迷いもなかった。
「ショーリがあの位置に行けることも、それを逃さずに撃ってくれることも、わたしは分かってたわ」
「もし失敗しても本望だった?」
「失敗なんかしない。わたしがそうしてほしいって思ってたこと、ショーリはちゃんと分かってたんだから。――ね?」
「ああ」
 翔里の短い返事も、エリザベスと同じように、揺るぎない信頼にあふれていた。
「おれは分かってたし、リズも分かってた。――そういうことだ、鳳鳴フォンミン
「そう……」
 鳳鳴フォンミンは、シートに深く体を沈めた。敗北感はあったが、納得がそれを上回った。
「偶然じゃないのね。EMP、あなたはショーリの本物のパートナーなんだ」
「わたしはエリザベス・マーシア・プリマス! いい?」
「ええ、エリザベス」
 ドッキングしたストレプターの中で、ハッチが通じ合う。エリザベスがシートを離れる前に、翔里がコクピットに入って来た。
「ショーリ!」
 両腕を開いて抱きとめたエリザベスは、相手が笑っていないことに気付いた。
「どうしたの? 変な顔して」
「いや、いちいち本名を宣伝して回るのはどうかなと思ってさ」
「なんで?」
「いつまでもプリマスのままとは限らないだろ? 「E・M・H」になったらどうするんだ?」
 しばらく首をかしげていたエリザベスは、やがて目を見開き、あきれたように笑い出した。
「それって……語呂が悪いよ。やだあ、そんなイニシャルになるの」
「ほんとにいやか?」
「うそ!」
 ぎゅっと翔里にしがみついて、エリザベスはささやいた。
「きっとだよ。絶対わたしをHにしてね?」
「五年先だけどな。それまでは、ただのパートナーで我慢しような」
「ちっちゃな我慢だけどね。わたしたち、もう完璧なパートナーだよね?」
 その答えがキス以外のものであるはずがなかった。
 決して離れることのない二人を乗せて、一つになったストレプターが、基地へと翔けていく。
 
―― 了 ――


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