RO   top page   stories   illusts   BBS


Prontera Strikers!  ――第一話 地底の悪夢――
 

 アンデッドのひしめくピラ3の空中回廊で、虚無の谷間のむこうへ向けて、キャップ姿の女が、一心に角弓を連射している。
 目を細め、矢を番え、弦を引き、放つ。動作のすべてが流れるようで、遅滞はまったくない。機械のような精度とリズム。タン! タン! と遠く命中音が返る。
「溝撃ちウザー」
 背後を通りかかった盗賊が、顔をしかめてののしった。弓手はしばしば、ピラミッド三階通路の、間の溝を越えて隣の通路の敵を攻撃するが、それは対岸の他人とのタゲかぶりや、ラグの原因となるゴミアイテムの散乱を招く。そういうことをする弓手は、他の職業の人間からだけでなく、仲間にも嫌われるのが常だった。
 女は無言。ただ黙々と矢を連射しつづける。
「…」  
 あきれたことを表すエモーションを頭の上に出して、盗賊はその場を去る。
 ――ああいう厨房やキチ外人は、なに言っても無駄なんだよな。
 やがて盗賊は、駆け寄るマミーやけたたましく吠える犬を黙らせながら、回廊の外周へと回っていった。アイテムを呑みこんだポポがのんびりとはねている。グラディウス片手にダブルアタックをかけようとしたとき、突然それが起こった。
 周囲で続けざまに湧くグール。その数、一、二、三、四!
 ――やべ。
 グールは遅いが、体力と攻撃力だけは異常に高い。ポポも合わせて五匹との同時戦闘は、レベル六十一のその盗賊にとっても、かなりの無理だった。
 群がるグールに噛みつかれて、たちまち盗賊の頭上に赤いダメージ数字が立ち昇る。メーターが恐ろしい速さで減っていき、自動いものPOTが発動する。だが、今回は黄ポも白ポも持って来ていない。赤だけなので、到底、凌ぎきれなかった。盗賊は周囲に助けを求めて、汗のエモーションを出す。
 その瞬間、唸りを上げて銀矢が飛来した。
 二九八、二九六、二九九、三〇一、とんでもない威力を表す白数字がグールの頭上に立ち昇る。しかも速い、三秒に五発は撃っている。一匹をあっさり倒し、間髪入れずもう一匹にタゲを変える。どちらも盗賊がタゲっていないものだ。赤の小瓶を立て続けに飲み干しながら、盗賊は矢の飛来した方角を見る。
 ――誰もいない?
 溝を越えた隣の通路から、矢は飛んでくる。しかしそこには、湧いたばかりのマミーが一匹、所在無げに体を揺らしているばかりだ。弓手はおろか、弓手以外で弓を使える職業の盗賊すらもいない。
 ――妙なこともあるもんだな。
 そう思いながら、盗賊は最後のグールに斬りかかった。包囲がなくなったので盗賊に回避力が戻り、グールはMISSを連発する。もうやられはしない。盗賊は頭上に♪を踊らせる。
 ぴたりと矢は止まった。
「食らえ!」
 最後のDA。無念のうめき声を上げてグールが沈む。盗賊は一息ついて座りこむ。ショートカット窓を調べると、赤の残りはわずか四つだった。
 もう一度、矢のやってきた方角を見る。相変わらず誰もいない。しかし、ROの世界でバグは珍しくない。あまり聞いたことはないが、こういうケースだってあるだろう。
「……重力にメールするかな」
 盗賊は、誰にともなくつぶやいた。

 だがそれは、バグなどではなかったのだ。
 歩いてモロクに帰るつもりで、階下への階段へと向かった盗賊は、人の集まる階段前から少し離れた内周通路で、一人、弓を射続ける女に目を留めた。さっき注意した溝撃ちだった。
 ――ふん、まだやってやがる。
 何気なくそばを通り過ぎようとして、はっと気づく。
 あの位置、まさか……!
 盗賊は振り返り、女のそばに近づいて、おそるおそる対岸を見た。そして、驚愕のエモーションを放った。
 対岸には数匹の犬がいる。女はそのどれ一匹として狙っていない。それらの間を縫って、さらに遠い、溝二つ分向こうの外周通路の敵を撃っているのだ。
 そしてそこは、まさについさっき、自分が助けられた場所だった。
「あんた……」
 思わず盗賊は声をかける。
「かなりの廃だな。そんな溝撃ち、初めて見た」
 女は撃つ手を止めない。次々とタゲを変えながら、短く聞いた。
「無事?」
「無事だよ。これからモロクに戻る。まあ、その……」
 一応は命を助けられたわけだった。しぶしぶ盗賊は言う。
「ありがとう。助かった」
「np」
 外国人を相手にするような、ノープロブレムの短い返事。そのそっけなさが気に障って、思わず盗賊は余計なひとことを言った。
「でも、溝撃ちはやめとけよ。あまりよくないぞ」
「他人がタゲってる奴は撃たない」
 言われて、盗賊は思い当たった。確かにさっきは、自分が狙っていないグールだけが彼女に倒された。しかも正確に、救援を求めた瞬間から、安全宣言をした瞬間までの間だけだ。経験値は吸い取られていない。
 だが、それ以外にも問題はある。
「アイテムだって散らばるし……」
 今度は女は返事をしなかった。行動で示した。遠くの通路に散らばった亡者の遺品や爪、それらをひとつひとつ矢で弾き飛ばす。宙に舞ったアイテムが、溝の底の闇へと消えた。
 女はやっと手を止め、振り返った。
「OK?」
「……あ、ああ」
 盗賊はかろうじてうなずく。
 女は、またふと外周に目を戻した。小さなコウモリを見つけ出して、超高DEXを感じさせる、正確無比の一撃を送りこむ。彼女が短く振り向いたのは、単に撃つべき敵がいなかったかららしかった。
 アイテムを取らず、矢代も惜しまず、敵の経験値の量も気にかけていない。撃つ、ただ撃つ。それだけが、目的とみえた。
 ――何者なんだろう?
 きっと名の通った人間に違いない。盗賊は、長い青髪を背中に流したその女の、名前を見る。
 Karnavil
「あ!」
 盗賊は思わず叫ぶ。有名な、どころではなかった。この世界に住む人間でその名を知らぬ者はいない。
「プロ苛撃団……」
 盗賊は畏敬のこもった目で、女の背を見つめた。


「おかえんなさ〜い!」
 カーナヴィルがプロンテラに戻ると、南大通りのカプラ嬢前の木陰で、いつもと同じように露店を出しっぱなしにしたピオリアが迎えた。
「ん」
 短く答えて、カーナヴィルはその隣の芝に正座する。ネコミミ桃髪少女のピオリアが、にこにこと尋ねる。
「ピラ行ったんですよね。カナさんのことだから、アイテムいっぱい出したでしょ? 手数料十パで代売りしてあげますから、くださいな〜」
「なにも」
「……ゼロですか?」
 ピオリアははーっとため息をつく。
「カナさん、その気になれば一回十万は稼げるのに……」
「ごめん。……あ」
 カーナヴィルは、ふとポケットを漁って、ひらひらフリルのついたヘアバンドを取り出した。
「これがあった。すぐそばに犬が湧いたから」
「花バン? これ今、三万五千切ってるんですよね。……ま、いいか」
 ピオリアはそれをカートに入れると、いったん露店の看板を消して、店を出し直した。カーナヴィルは品揃えを覗いてみる。
 花バン、四万。ネコミミ、五万五千。たぬき人形、九千。エトセトラ。
 いつも通りの少女趣味で、いつも通りのぼったくりだった。相場より二割以上高いひどい値段なのだが、ピオリアは笑顔で愛想を振りまいて、それを売りつけるのを得意としている。彼女のモットーは「すまいる0z!」で、その心はタダのサービスならいくらでもする、である。
 その態度はPT内に対しても変わらない。
 探していたものがたまたま露店に出ていたので、カーナヴィルはおずおずと聞く。
「あの……ねこみみ……」
「五万五千です♪」
「手持ちがなくて」
「じゃ、だめです♪」
「次、レア拾ってくるから」
「そしたらその時にね♪」
 にこにこしながらばっさりピオリアは答える。矢代といも代を彼女に頼っているカーナヴィルはあまり強く言えない。うつむいて黙り込んでしまう。――ネコミミを出す狸を狩るのは造作もないのだが、カーナヴィルが狩ると、不思議にネコミミは出ないのだった。今まで一万体以上を狩ったが、出たことはない。
 ――LUK、上げようかな。
 うらうらと日の降りそそぐ、明るいプロンテラの大通り。行き交う人々を見つめながら、ぼんやりとカーナヴィルは考える。
 ――血斧もティアラも取れたのに、どうしてねこみみだけ……
「あ、ソレイユこんにちわ〜」
 ピオリアが言ったので、カーナヴィルはPT窓を見る。リーダーの女剣士、ソレイユが姿を見せていた。場所はなぜか、魔法都市ゲフェン。Hi、とカーナヴィルも短く挨拶する。
 出現そうそう、ソレイユは意気込んだ調子で、ピンク色のPTメッセを送りこんできた。
「みんな、馬狩るわよ、馬!」
「馬って……なんで急に」
「理由はないけど、そういう気分なの!」
 馬ことナイトメアは、ゲフェン塔の地下ダンジョン二階にいる。だから彼女は、遠いゲフェンに居座っているのだろう。ソレイユは万事そんな調子で、ひとつのことに熱中し始めると、とことんまでのめり込む。その熱意だけで、八十二までレベルを押し上げた。
 今日もソレイユは勝手に驀進する。
「いいから来てよ。カナさんはピオと一緒だよね。他のみんなはどこ?」
 カーナヴィルは、PTの他の三人の場所を確かめる。盗賊のクアラットは伊豆、つまり洒落た港町であるイズルード。聖職者アコライトのゼム・ゼロは、アンデッドがはびこるためにアコ定番の狩場になっている、FD三階。そこらあたりは、まず納得できる。
 わからないのが老マジシャンのエルデフォグで、彼はなぜか、砂漠にいた。取りたてて価値のあるモンスのいない場所である。
 ソレイユも不思議に思ったらしい。本人に向かって尋ねる。
「ちょっと、おじいちゃん。なんでそんなとこにいるの?」
「んー? ひよこ狩りじゃよ」
「ひよこ……」
「ひよこは黄ジェムを出すでな。これを売って、食べ物を買うのじゃ。今日はバナナにするかな、それとも肉にするかなあ」
「ご老人、大丈夫だろうか」
 カーナヴィルは、エルデフォグ本人に届かないオープンチャットで、隣のピオリアにつぶやいた。「ひよこ」、つまりピッキは、雑魚もいいところの激弱モンスである。今さら自分たちが狩るような相手ではない。黄ジェムにしたところで、売ってもたかだか五百。
 エルデフォグのやっていることは、夜中にふらふらとさまよって残飯のバケツに顔を突っ込む、徘徊老人のようだった。
 ピオリアはにこにこと答える。
「さあ? まー、黄ジェム買い取るぐらいはしてあげますけどねー。五百十で」
 わずか二パーセントの上乗せだ。冷酷もいいところである。しかしエルデフォグはそんな仕打ちにも文句をいわず、ピオリアに頭を下げるのが常だった。およそ高レベルの冒険者らしくない。カーナヴィルは首をかしげる。
「あの人、レベルいくつなの」
「知りませーん♪ AGIだけは高いかな? いつもあんまりダメ食らわず逃げまわってるから。でもそれだけじゃないかなあ。ほとんど魔法撃ちませんしねー」
「不思議な人だ」
 カーナヴィルはつぶやいた。
 待ちきれなくなったように、ソレイユが催促する。
「ねえ、行くの、行かないの! クアラット!」
「おまえが壁やるならな」
 冷酷なことではピオリアにも劣らないクアラットが、ソレイユにダメージを引き受けるよう注文をつける。怒り半分にソレイユは答える。
「いやだって言ってもやらせるんでしょ!」
「いやだって言いながらFA取るからだ。猪突猛進のおまえが悪い」
「わかったわよ、壁やるから! で、ゼムは!」
「あー? 馬ァ?」
 フェイヨン地下ダンジョンで、少女キョンシーのムナックをボコりながら、ゼム・ゼロが柄の悪い返事をよこす。
「っだよかったりー、馬ってアンデッドじゃねえだろ。悪霊系だからこっちの被ダメ、でかいんだよ。やだね」
「あたしが壁やるって言ってるでしょ」
「あんたがやったって同じことだ。どうせ死にかけて俺がヒールかけるはめになるんだから。一回一K払うか? んん?」
「……払うわよ! 払うから来てよ!」
「しゃあねえなー」
 これで二人のOKは取れた。ソレイユはさらに説得の手を伸ばす。
「ピオも来て。POTタンカーのあなたがいると心強いから」
「うーん、じゃ、行こっかなー。あ、でもお店開いちゃいますからね♪ 売れたらおしまいってことで」
「いいわよそれで」
「あー、待っておくれ、ピオちゃんや。わしの黄ジェムを買いとってほしいんじゃが……」
「おじいちゃんもこっち来なさい! いもぐらいあたしが買ってあげるから!」
「いもは堅くて、歯がのう」
「だったらミルクでも飲ませてあげます! で……」
 最後に、声がかかった。
「カナさんは?」
 呼ばれて、カーナヴィルは考えこむ。
 馬。馬は大型で遅いから、撃ってもあまり鍛錬にならない。だが高レベルモンスであることには違いない。パラメータをAGIに振ったカーナヴィルがヒットされれば、ダメージは一撃百二十を越えるだろう。手ごわい相手だ。
 だが、怖くはない。彼女は死を恐れてはいない。ピラ3での溝撃ちは攻撃を避けるためではなく、遠距離の狙撃の鍛錬をしたいからだ。他の場所では敵が近づいてきてしまう。彼女の意欲は、より遠くの、より狙いがたい的を、より速く射貫くこと、その一点に向けられている。
 馬はあまり最適な相手ではない――しかし、危険は大きい。大きな危険に身をさらすこともまた鍛錬になると、カーナヴィルは知っていた。
 だから答えた。
「行く」
「決まりね。じゃ、あたしはゲフェン一階で毒きのこ狩ってるから」
 これで、六人全員がゲフェンに集まることになった。
「さ〜てと。行きますか〜」
 ピオリアが露店を閉めて、立ち上がる。カーナヴィルが一緒に、プロンテラの北にいる転送屋に向かおうとすると、噴水前でピオリアが振り返って、指差した。
「カナさん、ゲフェンへの道はあっち♪」
「え、でも転送屋……」
「プロからだと四百かかりますよ。あるの?」
「……あの」
「あげません♪ 貸しません♪」
 にっこり笑って、ピオリアは転送屋にいってしまった。
 カーナヴィルはため息をついて、ゲフェンへの長い道を歩き出した。
 
「おっそーい!」
 叫びつつも、まだソレイユは毒キノコをしばいていた。
 ごついとげの生えた紫色の傘を、四匹の毒キノコがガツンガツンとぶつけている。並みの冒険者なら、助けを求めるか落ち逃げしてしまうところだが、ロングスカートにプレート姿のソレイユはものともしない。ともに百を越えるずば抜けたVITとSTRに物を言わせて、頭の上に赤い1の数字を立ち昇らせながら、長大なツーハンドソードで斬りまくる。
 一通りあたりの敵をしばき倒すと、小さく息をついて、ソレイユはやっと振り向いた。
「もう、待ちくたびれちゃったわよ」
 そう言って金髪をかき上げ、汗の玉を飛ばした。
 ソレイユは鉄壁の防御力を誇るVIT型剣士である。だが、分類から連想されるような武骨さとは無縁の、伸びやかで豊かな肢体を持つ美人でもあった。パンツスタイルではなくスカート姿で剣を振り回す姿は、ほれぼれするような華麗さにあふれている。性格も野性的であけっぴろげだ。一部の男女から異常な注目を集めているピオリアを除くと、このPTの中では最も人々に人気がある。
 彼女をリーダーと仰ぐこの六人組PTこそが、ラグナロク世界にその名も知れ渡る、プロンテラ苛撃団である。
 今、薄闇の大地と天井を持つこのゲフェンダンジョン一階に、その六人がようやく集まったところだった。
「なんでこんなに遅れたの? いい加減POTもなくなってきちゃったわ」
「そうですよお、ピオもお店、飽きちゃいました」
 そういうピオリアは、そばで露店をひらきっぱにしていた。二番目に到着したので、敵の掃討をまるごとソレイユに任せて、高みの見物を決め込んでいるのである。
 三番目のクアラットと、四番目のゼム・ゼロの顔を順番に見て、ソレイユは次のエルデフォグをにらんだ。
「おじいちゃんでしょ。またどっかで誰かと茶飲み話してたのね」
「いやー、そんなこともないんじゃが」
「違う、私だ」
 少し離れたところに立って、超然とした顔で言った女弓手を、ソレイユは意外そうに見つめた。
「あら、カナさんが遅れたの?」
「歩いてきたから」
「歩いてって、なんで……あっ」
 事情に気付いたソレイユは、ネコミミ少女を怖い顔でにらんだ。
「ピオー。こういう時ぐらい払ってあげなさいよ!」
「プロ、高いんだもん。伊豆からだったら出してあげますけどねー」
「だったらあたしに請求回しなさい! っとにもう、この子は金欲の権化なんだから」
「はーい」
 ぺろりと舌を出すと、ピオリアは露店をたたみにかかった。
「そろそろ行きましょー。みんな準備いいですよね?」
「うーす」「ああ」「どっこらしょっと……」
 男性陣がそれぞれの返事をして、戦闘準備を始めた。アコライトのゼム・ゼロは、象牙色の寛衣から、およそ僧侶用とは思えない凶悪なソードメイスを取り出す。エルデフォグもなにやら杖らしいものをマントから出すが、彼のそれは普通のマジシャン御用達のアークワンドとは違い、むやみと年季の入った黒光りする正体不明のスタッフである。そしてシーフのクアラットはといえば、いつものジャケット姿のままで、取り立てて身構えはしない。しかし敵を前にすれば、その懐から電光の速さでグラディウスが閃くことになる。
 カーナヴィルが角弓を手にし、ピオリアがワーハンマを重そうに抱えるのを見て、ソレイユは勢いよく叫んだ。
「ようっし、しゅっぱーつ!」

 ゴーレムや毒キノコを狩る、中級の冒険者でごった返す一階を抜けて、二階に下りる。
 そこには一転して、静かで広大な空間が広がっていた。
 階段のある、名前すら失われた古い貴族の館から出ると、ガアッ! と死を告げるようなカラスの鳴き声が六人を迎えた。その声は暗い谷間に吸い込まれていく。底の見えない谷に挟まれた台地に、腐った肉の匂いのする瘴気が流れ、その合間から、腕の覚えのある少数の高レベル冒険者が、まばらに座り込んでいるのが見えた。
「あ、ソレイユさん」「クアラットー」
 顔なじみの数人が声をかけるが、六人が揃っているのを見て、遠慮がちに言葉を切る。それを不思議に思ったのか、ツアーで二階にやって来た駆け出しの剣士が、壁役の友人に訪ねた。
「あの人たち、知り合いなんでしょう? 行って混ぜてもらえないかな」
「無駄だよ。手を出す前にあの人たちが敵を瞬殺しちゃうから」
「そんなに強いんですか?」
「まあ見てろって。――ほら」
 六人の前方に、三体のグールが湧いた。見守る冒険者たちの前で、プロ苛撃団の戦いが披露された。
 一番手は青い髪の女弓手だった。鷹のような視線を画面端のグールに据えるが早いか、角弓を構えざま銀矢を撃ち放つ。立て続けの連射で、グールはその場に釘付けになる。その間に弓手の隣では、老マジシャンが呪文詠唱のゲージを緑に染めていく。
 死臭を漂わせて近付く別の一体に向かって、金髪の女剣士が突進した。
「うーらーっ!」
 大地に突き立ついかずちのような、両手剣の激しい斬撃。ハエのたかったグールに噛み付かれるのにも構わず、恐ろしい勢いでざくざくと斬り続け、二百以上のダメージを次々と与えていく。
 かさかさと音を立てて歩み続ける三体目の背後に、いつのまにかサングラスのアコライトが回り込んでいた。
「往生しろやァ、くそ亡者が!」
 口汚くののしりながら、ソードメイスの猛打を浴びせる。そして受けるグールの頭上には、アコライトのものだけではないダメージが、それこそ数字同士が重なるほどの勢いで計数されている。アコライトに重なるような位置に、影のように忍び込んだ銀髪の盗賊が、全ての打撃をダブルアタックにして、快速で切り刻んでいるのだ。
 戦闘はたちまち終了に近付いた。最初に手を出していた弓手がグールを倒し、次に、二人がかりで切りつけていた盗賊とアコライトが敵を屠った。残るは剣士の一体だけだ。彼女の攻撃力も尋常ではないが、AGIがやや足りないらしく、まだ致死量のダメージを与えていない。
 そこに助太刀したのが、可愛らしい少女商人だった。
「えいっ、えいっ♪」
 いちいち音符をつけながらワーハンマで殴りつけたダメージが、ようやくグールの体力を上回ったらしい。死者は肉塊に還って、大地に溶けた。
「はあー……」
 駆け出し剣士は馬鹿のように口を開けて驚く。わずか五秒足らずの早業だった。隣の先輩が、自分のことのように得意げに言う。
「どうだ、すごいだろ?」
「はあ。……でも、あの爺さんは?」
 言われてみると、老マジシャンだけは、まだ一生懸命に呪文を唱えている途中なのだった。
「全然役に立ってませんけど」
「……なんかすごい魔法を使おうとしてるんじゃないか?」
 さすがに先輩剣士も、首をかしげてしまった。

「ったく、みっともねえところさらすなよ、このじじいは。あんなペーペーの連中に突っ込まれちまったじゃねえか」
 闇に覆われた台地を歩きながら、ゼム・ゼロが毒づく。すまんのう、とエルデフォグがあまり済まなそうでもない顔で頭をかいた。 
「ちょっと呪文のレベルを高く取りすぎたようじゃ」
「あんたいつもそうじゃねえか。詠唱まにあわねえか、よそ見してて唱えるの忘れるか、どっちかだろ。ちゃんと援護しねえと、ポタルでぶっ飛ばすぞ」
「やめなさいよ、ゼム」
 ソレイユが割って入る。
「おじいちゃんは呪文は遅いけど、囲まれたって自分で逃げるでしょ。足手まといみたいに言うのはやめてあげて」
「せェな」
 そう言ったものの、ゼム・ゼロはそれ以上つっかかるのをやめた。ソレイユは年配の男に対してはなぜか優しいのだが、年の近い男は容赦なく張り倒す。ゼム・ゼロはこのPTで二番目にVITが高いのだが、それでもソレイユの一発を食らうと目を回してしまう。PK女め、とぶつぶつ言うだけだ。
 三人の少し後ろで、ピオリアが足を止めて振り返る。
「カナさん、どしたの?」
「ん」
 カーナヴィルが後方を見ている。ピオリアもそちらを見てみた。弓手のカーナヴィルほど遠目はきかないのだが、化石樹のように葉のまったくない木の向こうに、すっと人影が消えるのが見えた。
「知り合い?」
「いや。――でも、見たことがあるような」
「ピラの常連さんとか?」
「ううん……そういうのじゃないな。でも、弓手だ」
「へー、ソロでG2歩くなんて、すごい弓手さんがいますねー」
「うん……」
 なおもしばらくカーナヴィルはそちらを見ていた。
 その時、先頭のクアラットが、静かな緊張に満ちた声を上げた。
「ソレイユ、ゼム、出ろ。カーナヴィル、狙え。じいさん、ボルト用意、最強」
 さっと一同は前方を見透かす。そこに――いた、いや、来た。
 一段と濃くなった瘴気が、渦を巻いて集まる。黒から薄い青紫へと濃縮された闇は、徐々に形を備え、やがて四つ足の巨大な獣の体躯を現出させた。
 ブホウ、と腹に響く鼻息の音。カツカツと鳴るひづめ。飛びぬけた悪意をたたえた血走った双眸で、ぎらりとこちらをにらむや、頭上に瘴気でできた鋭い槍を作り上げた。
 悠然と近付く姿は、まさに悪夢に等しい。――ナイトメア、全モンスター中最強を誇る凶暴な悪霊だ。
「きたきたきた……キター!」
 武者震いしながら叫ぶが早いか、だっとばかりにソレイユが駆け出した。それを追って、五人も一斉に攻撃を開始した。

 通常、この六人は、プロ北以外のたいていのダンジョンでなら、連続で三時間以上も戦い続けていられる。
 しかしこの時に限っては、ものの三十分ばかりで、早々にあごを出してしまった。
「ど、どうなってるのよ、一体……」
 襲われにくい壁際に座り込んで、ソレイユが肩で息をしていた。その隣では、仲の悪いはずのゼム・ゼロが、珍しく並んでへたりこんでいる。
「たった三十分で、馬百体よ。あたしもう、ぼろぼろよ。お嫁にいけなくなりそ……」
「喜べよ、経験値効率、一万五千越えてんぜ。一日続ければレベル上がるぞ」
「冗談じゃないわ、その前にすりきれてなくなっちゃう。ゼム、ヒールお願い」
「悪ィ、こっちもSPすっからかんだ」
 アコライトはマジシャンのようなSP回復スキルを持っていない。がんがん突っ込んでいくソレイユにヒールをかけまくってSPをなくした挙句、壁になれなくなって後退したソレイユの代わりに前に出て、ゼム・ゼロはHPもなくしてしまった。悪ィ、などと謝るのも、疲れの表れだ。
 ソレイユは助けを求めるように振り返る。
「ピオ、POTちょうだい。毒キノコのあと補給してないから、もう底をついてるの」
「……えーと、それがその」
「吹っかけてもいいから。原価で買うわ。白持ってる? まだ全快まで二千もあるの」
「……あのですね」
 ピオリアは頭上に汗マークを出しながら、てへっと笑った。
「売っちゃった」
「……売ったあ?」
「やっぱり上で、みんな待ってる時に。あと赤が二十個ぐらいしか」
「誰かないの?」
 さすがに切迫した顔でソレイユが周りを見回す。が、うなずく顔はない。
「わし、もともと半分じゃから……」
「邪魔だからPOTなんか持たん」
「お金がなくて、買ってない。あと一パーでレベルが上がるから、それで回復はするけど」
 エルデフォグ、クアラット、カーナヴィルの返事を聞いて、ソレイユは頭を抱える。
「……うあー、やば、やばいって!」
 叫び声が呼んでしまったのかどうか。すぐそこにまたしても、瘴気が集まりつつあった。それも二つ。
 クアラットが立ち上がってグラディウスを抜く。
「片方はおれがやる。おまえたち、もう一頭防げるか?」
「ちょい、もうちょい待ってくれ」「あたしも。……馬、防御無視で来るんだもの」
「待てん。ならピオだ。ソレイユがスキルで回復するまで食い止めろ」
「あたしですかあ?」
「そっちの二人で援護しろ。おれは一人でいい。――柄じゃないんだが」
 言い捨てて、クアラットは単身、一頭に突っ込んでいった。雄叫びとともに振り下ろされる瘴気の槍を、超人的な身のこなしで右に左に回避し、刺突の連撃を繰り出す。
「ふえーん、痛いのいやなのに〜」
 泣きながらも、全滅の危機だということはわかっているらしく、ピオリアはワーハンマを振りかざして、必死の形相でナイトメアの前に立ちはだかった。たちまち、凄まじいATKの槍が彼女を打ちのめす。
「いた、いたた! えーいもう、メマーナイト行っちゃいます!」
 滅多に使わない投げ銭の技を、とうとうピオリアは繰り出した。涼しげな金貨の音ともに、敵の頭上に四百を越える数字が浮かぶ。だが、それ一発でピオリアは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。エルデフォグがあわてて詠唱を止め、駆け寄る。
「ピオちゃん、大丈夫か! 死にそうかね?」
「痛いです〜、お財布が〜、メマーってお金使うんだもの〜」
「おめーそんなこと言ってる場合か! それにじじい、詠唱止めてどうするんだボケ!」
「おお、そういえば」
「ふきゃん!」
 ナイトメアの前足の一撃で、ピオリアは吹っ飛んでごろごろと転がってしまった。それきり気絶してしまう。タゲが移り、エルデフォグはそこらを駆けずり回って逃げ始める。
「おじいちゃん!」
 叫んでソレイユが駆けつけたが、タゲを受けたとたんに続けざまの攻撃を食らって、彼女にあるまじきことに、これも昏倒してしまった。その馬は、今度はこちらに向かってくる。
「クアラット! なんとかしろ!」
 いまだに五百に達しない自分のHPに歯噛みしつつ、ゼム・ゼロが振り返って叫んだ。が、絶句する。――いつのまにかクアラットの周りには、さらに一体のナイトメアが出現していた。最強の魔物二体の攻撃はさすがに避けきれず、クアラットは赤数字を立ち昇らせて苦戦している。
「ちっ……カナ!」
 他に手がない。やむをえず近付いてくる一頭に立ち向かいながら、ゼム・ゼムは最後の一人に叫んだ。
「なにやってやがる、さっさと撃て!」
 その時、カーナヴィルは、PTから半画面離れたところから、ナイトメアたちのさらに向こうを見ていた。

「弓手……」
 カーナヴィルは、そいつを見つめる。
 激戦を繰り広げるクアラットとゼム・ゼロの向こうに、一人の弓手が立っている。
 女で、髪は青く、キャップをかぶっている。援護をしてくる様子はなく、メッセージも出さず、ただ、たたずんでいる。
「カーナヴィル!」
 叫びを残して、ゼム・ゼロが倒れた。続いて、ものも言わずに、クアラットが。
 それでも、女弓手は手を出してこない。じっと見つめて――
 笑っている。
 まるで、三体の魔物の主人のように。いや、今まで襲ってきたすべてのナイトメアたちの主人のように。
 その女を見つめるうちに、カーナヴィルの心に、じわじわと今までにない感情が浮かんできた。
 喜びだ。
 いつの間にか隣に立っていたエルデフォグに、wisを送る。
「ご老人、時間はご存知か」
「時間とな? それがどうしたんじゃ、まだ食事の時間じゃないと思うがのう」
「DOP時間」
 その一言で、エルデフォグが表情を変えた。悠然とやってくる三体の馬を見つめながら、短い返事を返してくる。
「三十分前じゃ。わしらが来た頃じゃな」
「その頃からあいつはいた。――間違いない」
 カーナヴィルは確信した。
 そいつは、金髪の剣士の姿をしていると言う。
 だが、それが真の姿だと言えるのか。
 そいつは、分身だ。強い人間を認め、自らの姿をそれと同じものに変える。今まではたまたま剣士だったにすぎない。より強い人間を認めれば、それに姿を変えるだろう。
 そして、そいつは――カーナヴィルと同じ姿をしているのだ。
 エルデフォグが聞いてくる。
「やるのかね?」
「やる」
「よかろう。ならば軽く手助けじゃ」
 別人のようにしっかりした声に、思わずカーナヴィルが振り返ると、エルデフォグは詠唱ゲージをゆっくりと溜めつつあった。カーナヴィルをちらりと見て、呪文の合間に笑ってみせる。
「みんな気絶しておるからな。あんたならば見ても口外しまい。わしが本当に詠唱するとどうなるか……とくと見るがいい!」
 足だけは遅い馬の特性が幸いした。三体がやって来る寸前、エルデフォグは杖を天にかざして叫んだ。
「ファイアボルト!」
 ズドドドドッ、と凄まじい勢いで、炎の矢が魔物たちに降りそそいだ。カーナヴィルは目を見張る。五発や六発ではない。実に三十発近い炎の矢が、一体だけではなく三体すべての背に落ちて、総計三千を越えるダメ数字の束を引きずり出したのだ。スキルレベル的にありえない攻撃だった。
「ご老人!」
「年食うと、いろいろ芸も増えるんじゃよ。さあ、雑魚はわしに任せて」
「……はい」
 カーナヴィルは、駆け出した。女弓手も、受けて立つと言わんばかりに動きを合わせる。
 カーナヴィルは始めた。自分との戦い、自分を鏡のように映した存在との戦い――ゲフェンダンジョンの主、ドッペルゲンガーとの戦いを。

 弓手の戦いは、ポジションの戦いだ。
 それは、いかに射線上の障害物を無くし、敵との距離を最適に保つかの頭脳戦である。狙った敵が、射る寸前に岩や壁の向こうに回れば、矢を放つことはできない。
 風のように駆けながら、二人は静かにその戦いを続けていった。
 木の陰から体を現しざま、射る。DEX105のカーナヴィルの銀矢が、一筋の閃光のように宙を貫く。だが相手はカーナヴィルのAGIを備えている。やはり90を越えるその回避力で、敵もそれを避ける。
 敵の銀矢が飛来。それはカーナヴィルの腕をかする。
「くっ……」
 長い髪をなびかせて木の陰に戻り、さらに身を低めて走って、廃墟の壁に回りこむ。隠れたと見せかけて一瞬だけ体を出し、一撃を射る。――かすかな手応え、やはりかすっただけか。
「ふふ……強い」
 壁に背を預けて、カーナヴィルは震えながら笑う。
 敵は、こちらを殺せるほど強い。だから怖い、震える。
 でも敵は、こちらの強さを表している。だから嬉しい、震える。
 望みうる限り最高の戦いなのだ。
 壁から離れて角度を開き、角の向こうの敵を見定める。台地の中央、隠れていない。
 射る!
 矢と矢がぶつかり合わんばかりの、双子のようによく似た航跡が交わり、去る矢と反対に来る矢が、カーナヴィルの視界でぐうっと大きくなった。反射的に首を傾ける。
 ざぶっ! と銀矢が髪の毛を突っ切った。指一本分ずれたら頭蓋を貫かれていた。性的なそれに近い真っ白な快感が、カーナヴィルの脊髄を突っ走る。
「はは……あはは!」
 音程の外れた笑いを残してカーナヴィルはきびすを返し、廃墟を回りこんで駆けていく。敵も無傷だ、追って来る。
 冷たい興奮に頭の芯をひたされながら、カーナヴィルは考える。まさに、寸分違わず力は互角だ。この極限の戦いをいつまでも続けていたい。
 だが――続ければ、この戦いは壊れてしまうのだ。
 魔物のドッペルゲンガーはスタミナに限界を持たない。しかしカーナヴィルは人間だ。いつかは疲れて、矢を食らう。
 終わらせなければ。そう、彼女の目的は、綱渡りの末に落ちることではない。渡りきることが目的なのだ。自分を自分で凌がなければ意味がない。
 そのためにはどうしたらいいか――
 再び台地に走り出た彼女の前に、だしぬけに青い姿がふっと生まれた。ソルジャースケルトンだ。それ一体なら意識せずとも避けられる。構わずカーナヴィルはそこを走り抜けようとした。
 その時、あることが彼女の脳裏に閃いた。
「――もらう!」
 からかうような動きではねながら近付いてくる青骨に、カーナヴィルは容赦のない連射を叩き込んだ。わずか四発で、青骨は乾いた音を立てて地に崩れる。
 その瞬間、予想通りのことが起こった。
 カーナヴィルは、起きたことをすばやく利用した。それから、さえぎるもののない台地の真ん中に、静かに立った。
 足音一つ立てず走ってきた分身が、十数パネルを隔てて動きを止める。その表情は人形のような薄笑いだ。勝てると思っているのか、勝てずともよいのか、それすらも分からない。
 どちらでもいい。カーナヴィルは――勝てるのだ。
「来い」
 カーナヴィルは、ドッペルゲンガーは、角弓を構える。
 カーナヴィルは、ドッペルゲンガーは、銀矢を放つ。
 完全に同じ動きだった。二射とも当たるはずだった。
 天地の初めから決まっていたことのように、カーナヴィルの矢はまっすぐに分身の胸を貫き、一撃でそいつを消し去った。
 だが、分身の放った矢は、カーナヴィルの頬に風圧によるくぼみだけを残して、背後の闇に去った。
 目を閉じて軽く顔を傾け、通り過ぎた死の余韻を楽しむカーナヴィルの頭上に、ダメージ数字とは違う表示が出ている。
 Lucky!
 完全回避、運のよさに比例してAGIと無関係に現れる、偶然の助け。
 青骨によって最後の経験値を得て、レベルの上がったカーナヴィルは、Lukの数値を上げたのだ。
 その小さなパラメータの差が、彼女を彼女に勝たせたのだった。

「っとに不思議だなあ」
 プロンテラ南大通り。露店を出してしゃがみこんでいるピオリアが、首をひねる。
「あのあと気づいたら、お馬さん全部消えてて、カナさんとおじーさんだけ生きてるんだもの。……カナさん、一人で全部倒したの?」
「ん」
 カーナヴィルの返事は、相変わらず力のこもらない穏やかなものだ。ぺたんと正座して、空を見上げている。へえー、やっぱりカナさんすごい、と驚いているピオリアには、もちろん話さない。
 あのあと、エルデフォグに教えられたことを。
「……わしの務めはじゃな、おまえさんがたのような若者を育てて、来るべき大きな危機に備えることなんじゃ」
「大きな危機?」
「来れば分かる。来るんじゃ」
「ご老人は、いったい……」
「それも秘密じゃ。ま、あんたのことじゃから、薄々感づいたと思うがの。――わしゃこれでも、あんたがたよりずっとレベルが高いんじゃぞ」
 レベル八十二、いや、一つ上がって八十三の自分よりも、ずっと高いということは――単なるベテランだというだけではない。彼は自分たちの想像を越える何者かなのだろう。
 その彼に、自分たちが必要とされる日が来るという。
 カーナヴィルはつぶやく。
「……続けないと、いけないな」
 ドッペルゲンガーに勝てたのは、正確には自分の力のおかげではなかった。「ひとつ成長した」自分の力なのだ。歩み続けることにこそ意味がある。
 強く、より強く。
 ……そんな思いを顔には出さず、カーナヴィルはやっぱりぼんやりと、空を眺めている。
 ふと思いついて、ピオリアの露店を覗いてみた。そこにはまだ、ネコミミが出されていた。
「ピオリア、これくれないかな」
「え〜? カナさん、お金できたの?」
「お金はないけど、これ……」
 カーナヴィルが差し出したものを見て、ピオリアは目の色を変える。
「せせせ、セイフティリング! これくれるの?」
「うん……だめ?」
「とおんでもない、どーぞどーぞ!」
 あまりにも高すぎて現金による取り引きなど行われていない宝物を、カーナヴィルは惜しげもなく渡して、代わりに念願の品を手に入れた。
「わ……」
 しばらく見つめてから、思い切って身につけ、おずおずと振り向いた。
「似合う……かな」
「似合いますよ〜。カナさん、かわいいっ♪」
「そう?」
 カーナヴィルは、ほのかに頬を染めて、頭の上のネコミミを撫で回す。
 ドッペルゲンガーが落としたMVPアイテムよりも、それが何よりの、報酬だった。


――おわり――




RO   top page   stories   illusts   BBS