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 肉と脂肪でできているわたしは、ときどき心も揺れてしまう。
 雨のゲフェン。軒の外は冷たい水分を含んだ灰色の霧。彼を湯気が覆っている。地獄のように熱くなった金床と、彼の肌に雨が触れて。
 カン! カン!
 強靭な腕が鋼を叩く。硬い金属も彼の前では従順に形を変える。触れた雨がちゅんちゅんと嬉しげにささやいて蒸発する。鼻をつく金臭さと、彼の汗の匂い。
 納屋の中から眺めていたわたしは、立ち上がった。足枷を引きずって彼の前に行き、手首を差し出す。
「行っていいですか?」
 七、八分、彼は振り向きもせずハンマーをふるっていた。金髪に宿るいくつもの滴を、わたしは両手を突き出したまま見つめた。
 水に入れて、じゅうっと武器を焼き鈍すと、彼は顔を上げて煙草をくわえた。わたしは素早く火種を取り出して火をつける。深々と吸い込んだ煙を雨に向かって吐き出すと、彼は言った。
「またか」
「何度でも」
「好きにしろ」
 彼は振り向き、わたしの手錠と足枷と首輪の鍵を、次々と外した。シャツの内側に見える彫り物の入った胸板から、わたしは平静を装って目をそらした。
 数週間ぶりに自由になった両手を軽く振っていると、不意に彼が顔を突き出した。わたしのおなかの前で目を閉じ、くん、と鼻を鳴らす。
「薄いな。……薄れるから逆らうのか、反抗する気になると薄れるのか」
「なにがですか?」
「まだ自覚がないのか」
 わたしを見上げると、彼は澄んだ灰色の目を細めて、くっくっと笑った。
「行ってこい、さっさと。俺はずっとここにいる」
「もう、来ません」
「ああ、そうだな。前もそう言った」
 彼が手のひらを差し出した。無数の傷のある、太い骨の入った指。
 わたしはその手を無視して、足早に立ち去った。

 この数週間、彼に許された首輪つきの短い外出を繰り返す間に、一人の男の人と知り合った。
 クルセイダー。片手剣の扱いに秀で、分厚い鎧に身を包んだ、攻防兼ね備えた達人。最初の臨時パーティーで、その腕前はすぐにわかった。今では性格もわかってきた。――温厚で紳士的、礼儀正しくて情熱的。
 待ち合わせの場所につくと、その人は顔をほころばせた。
「取ったんだ」
「え?」
「首輪。……解放してもらえたんだね」
 わたしは首元に手をやり、涼しいそこを撫で回した。
「はい。出てきたの」
「よかった」
 その人は嬉しそうにうなずき、しばらくわたしを見つめた。
 視線の意味はわかっていた。男の人がみんなそういう目をするから。不愉快じゃなかった。それを期待してさえいた。
 その視線に、行動が追いつくことを。
「狩り、行きましょう」
 なかば誘うようにして、わたしは身を翻した。風をはらんだ僧衣のスリットから、素足が見えたはずだった。
「うん……」
 彼が生唾を呑む音が聞こえたような気がした。

 グラストヘイム、カタコンベ。新ダンジョンがいくつも見つかった最近では、もう恐ろしい狩り場じゃない。でも、わたしたち二人ぐらいのパーティーには最適な場所だ。
 快調に狩りを続けた。職業柄か、彼はそんなに攻撃的じゃなかったけど、敵をよく見て、よく当てた。後ろに立つわたしに、そつのないデボーションを切らすことなくかけてくれた。安心して狩りができた。
 一時間ほど過ぎたころか、少し多めの敵が湧いた。彼もわたしもミスをしなかったけど、完璧とはいかなかった。五回ほどわたしはヒットされ、六回目の直前、デボーションが切れた。脇腹に打撃が来た。
「あうっ!」
「退こう!」
 彼が叫び、わたしの手を引いて駆け出した。引き際も見事だった。実力と性格の釣りあった人だった。
 物陰に隠れると、わたしは傷にヒールしようとした。彼がそれを止めて、座るように言った。
 座りこんだわたしに顔を寄せ、傷を覗きこむ。乳房のすぐ下だった。傷を見せるには重たい乳房を持ち上げるようなことをしなくてはいけなくて、それは少し恥ずかしかったけど、彼が望んでいるのがわかったから、そうしてあげた。
 彼が手を伸ばして、傷にかざした。
「僕がやる。君は魔力を温存して」
「はい」
「ヒール……」
 光の宿った手のひらを、彼が傷に押し付けた。熱が生まれ、強いかゆみが起こった。脂肪と肉と皮が再生する感覚。じわじわと傷がふさがる。
 それが収まっても彼の手が離れないことは、予想していた。彼は魅入られたようにそこを見つめ、ぴったりと手のひらを貼り付けていた。
 布越しに指が動く。――優しく、いやらしく。
 わずかな動きだけで、彼の飢えがほとばしるように伝わってきた。わたしは抑えきれず、口に出した。
「あの」
「えっ?」
 はっと我に返って彼が引っこめようとした手を、素早く引き戻した。
 顔は、淫らになっていたと、自分でも思う。
「かまいません」
「それは……」
「わたしがほしいんですよね。どうぞ――早すぎだと思わなければ」
 彼が、今度こそはっきりと喉仏を動かして、かすれた声で言った。
「いいんですか」
「あなたのものになるつもりで来ました」
 ばさりとマントを広げて彼がわたしを包んだ。そのまま蝶の羽。痛快なほどの思い切りのよさ。
 この人なら、とわたしは期待した。

 それなのに――
 恋人たちの定番、アルベルタの屋敷。密室のベッドの上で彼の手に触れられつつ、わたしはもどかしさにさいなまれていた。
 彼は、聞いてくるのだ。
「触れていいですか?」
「ここ、いいですか?」
「脱がしても……?」
 律儀なほど丁寧に確認しながら、わたしの乳房を撫で、腰に触れ、僧衣をかきあげる。さらり、さらりと乾いた肌が滑る。あくまでも優しい。鎧を外した彼の体にも、柔らかさがあった。柔らかさと温かみを伝えようとしているみたいだった。
 わたしの背に腕を回し、抱きしめる。――遠慮がちな抱擁。もしわたしが暴れたら、乳房の弾力ではね飛ばしてしまいそうなほど頼りない。その通りなのかもしれない。拒まれたらすぐやめる気なんだ。
 つ、と頬に小さく口づけして尻を撫でる。
「ああ……夢みたいだ、あなたが僕の腕の中にいるなんて……」
「もっと……」
「はい?」
「もっと、自分を出しても。抑えなくても、いいです……」
「そんな」
 くい、と少しだけ指が尻に食いこんだ。じぃんと弱いしびれが湧く。肌の下がむずがゆくなるよう。すぐに指が離れる。
「あなたはこんなに柔らかくて、頼りなくて……乱暴にしたら壊れてしまいそうです」
「そう?」
「はい。でも大丈夫、これからずっと僕が守ってあげるから――」
 守るというより、守ってもらいたがってるみたいな、子供っぽい顔がわたしを見つめた。
 わたしはつい、手を伸ばした。彼の足に触れ、股間へ。ズボンの上に形が浮き出していた。手のひらを当てると、彼がびくっと腰を震わせて、後ろへ引いた。
 彼の瞳に気後れの色が浮かぶ。
「す、すみません。こんな風になっていて……あなたがあんまり魅力的だから」
 ざわざわと背筋が寒くなってきた。悔しさと、それとは正反対の恋しさが、痛いほど胸を締めつけた。
「……ごめんなさい!」
 わたしはするりと彼の抱擁から抜け出し、焦り気味に身支度した。
 戸口を出るときに振り返ると、彼が悄然と肩を落としていた。焦りすぎた、と思ってるんだろう。それが普通だ。何度も会って話して、少しずつ肌を合わせていくのが普通の恋人。
 わたしは普通じゃない。いつもいつも思い知らされるその苦い事実と、そのたびに戻る場所があるという嬉しさに駆られて、わたしは駆け出した。

 ゲフェンは今日も雨で、彼は納屋の干草の上で寝ていた。
 わたしは足音を殺して歩み寄り、そっと彼のそばにかがみこんだ。息がかかるほど顔を近づけて彼の体を眺め回す。――視線で舐め尽くすように。
 鍛冶の彼は、クルセイダーとは比較にならないほどの薄着だ。体格が表に出ている。がっしりした骨格と整った筋肉。守るとか守れとかの寝言は、口が裂けても彼は言わない。戦闘時の彼は、凶悪で鋭利な武器となって、血にまみれながらただ敵を殲滅する。わたしは死に物狂いで彼をヒールする。ともに戦うんじゃない。彼の生死に、わたしのすべてが自動的に従属する。
 甘さなんか、薬にしたくてもない。
 頬ずりに限りなく近いほど顔を寄せて、彼の肌を追った。ジーンズのかすかな盛り上がりに近づくと、我慢できなくなって少しだけ頬を当てた。布の下に柔らかいものがあった。彼が他の男の人と違うことの、そこが証。むやみやたらに、犯す気もないのに勃起することは、彼は絶対ない。
 ズボンの上から、枝に止まる小鳥のように、そっと口づけした。
「戻ったか」
 低い声が耳に入って、わたしは硬直した。そろそろと顔を回すと、頭を起こした彼と目が合った。彼は満足そうにほほえんでいた。くん、と鼻を鳴らす。
「十分だな。いつにも増して濃い」
「なにが……ですか?」
「雌犬の匂い」
 かあっ、と頬が熱くなった。同時に閃いた。どうして彼が、逃げ出すわたしを毎回止めないのか。
 戻ってくると知っているからじゃない――戻るたびに発情しているからなんだ。
 顔色が彼を刺激したみたいだった。頬を当てたままのズボンが、どくんと脈動した。頬を押し上げるようにどくどくと盛り上がってくる。熱く熱く硬く硬いものが、わたしの柔らかい頬に食いこむ。
 ひとりでに口が開いて、舌と吐息がこぼれた。
「ハァ……ン♪」
「いい顔だ」
 言うが早いか、彼はがばっと体を起こしてわたしを抱き寄せた。体が破れて中身が飛び出してしまいそうなほど、強烈な抱擁。圧迫された乳房がぎゅうっと歪んで、僧衣の前がぱつんとはじけた。
 そのままキス、そのまま押し倒される。熱い息と尖った舌とたっぷりの唾液が流しこまれる。体重がわたしを押し潰す。工具のように硬い指が、わたしの腕を、胸を、尻を、腿を、容赦なくわしづかみにする。
 雷より白い快感がわたしを揺さぶった。ためらいも恥じらいも吹き飛んで、ほんの一瞬で下着にどろりと漏れた。こんなに激しい欲望をぶつけられたら、女なら負けて当たり前。わたしのせいじゃない、わたしが淫らなんじゃない、そんな言いわけを彼が作り出してくれる。
 彼の凶暴さが、弱くて脆いわたしの心にがっしりと食いこんで、確かな型を作ってくれる。
 わたしは溶け果てて熱い肉と化す。彼に刻まれて粘土のように形を変える。はしたなくふくれ上がった乳房で彼の指を呑みこみ、腰をひねって尻を塗りつけるような動作で彼の腰を誘う。
 その尻がへこまされる。――彼のものに。わたしの門を開く、それが彼の鍵。他の場合、他の女の前では現れない硬さ。わたしに対してだけ突きつけられ、突き刺される、純粋で真っ黒な彼の毒。
 服ごと肉をえぐりそうなほど強く押しつけながら、彼は冷酷に頼もしくささやく。
「言え。どうしてほしい」
「い……入れ……」
「違う。本当のことを」
 わたしは命がかかっているようにあわてて裾をたくし上げ、染みの広がった白い下着をさらす。
「ぶち込んでくださいッ!」
 ふ、と彼が笑い――わずかな仕草であれを取り出して、下着の隙間からこじ開けるように突っこんできた。
 灼熱の槍とはがねの枠。腹の奥と体中が、彼の力で歪められる。
「くぅぅんっっ♪」
 硬い彼に縛られて注がれる喜びに、柔らかなわたしはすべてを忘れて鳴く。


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