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ぽけっと・ぶらざー



 スロウジャズの漂うプールバーのカウンターで、一組の男女が見つめ合っている。
 男は眉の濃い、苦みばしった顔の好男子だ。ポール・スミスのスーツと袖から覗く防水のオメガは、彼が金に不自由していないことを表している。ひょっとしたらダイビングかヨットのようなスポーツをやっているかもしれないことも。
 申し分のない二枚目。
 隣の女も、釣り合いが取れていた。肩をむきだしにしたエナメルグリーンのベアトップ、その裾は太ももにかかるかかからないかという大胆な短さだが、顔立ちは派手な衣装に決して負けていない。長いまつげの下で憂いを含んだ大きな瞳がまたたき、すっと細い鼻梁の下に花びらのような唇が息づいている。髪は癖のないストレート。
 その場所、その組み合わせ。いかにもこれから一夜を過ごす風の、大人のカップルだった。
 だが、絵に描いたような恋の光景に、不意にひびが入った。
 男が優しげに女に話しかける。しかし女は首を振る。一方通行の言葉の流れがしばらく続いたあと、男が女の手に触れた。
 その途端、女が電撃を受けたように手を引っ込め、立ち上がった。
 呆然としながら男がなおも声をかけるが、女は何も答えず、背を向けて歩き出した。
「ミハネ!」
 男の叫びは、閉じたバーのドアに跳ね返った。
 男は肩をすくめ、水割りをあおる。女は、ネオンの輝く町を、うつむいたまま歩く。
 これもそれなりに、よくある破局の風景だった。
 女がこうつぶやきさえしなければ。
「またやっちゃったわ……いつになったら捨てられるのかしら」
 小塚美羽音、二十歳の女子大生。学部で一番の人気を誇る彼女の悩みは、この年にしていまだにキスすら知らないことだった。

「で、どうだった?」
 翌日の夕方、大学のカフェテリア。その日の受講を終えた美羽音は、ゼミの友人の綾香に問い詰められていた。
「畑中さん、いい人だったでしょ? あたしの知り合いのオトコの中でも、とっときの人教えてあげたんだから」
「だめよ、あんなの」
 エスプレッソの紙コップを見つめながら、美羽音はぶっきらぼうにつぶやく。綾香が目をむいた。
「だめ? あの人でも?」
「ええ」
「はあ……」
 綾香は顔を押さえる。
「畑中さんでだめとなると、あたしはもうお手上げよ」
「何よ、頼りないわね」
「えらそうに言うんなら、自分で探してよ。美羽音だったら、そこらを歩くだけで、底引き網引いたみたいに男が採れるじゃない」
「だから、それは」
「あーはいはい、素性の知れないのはいやだって言うのよね。それはまあ一理あると思うけど。あんたの去年のストーカー騒ぎはあたしも知ってるし」
 その一件で、美羽音の吸引力は伝説にまで高まった。
 去年の十二月、彼女のアウディのトランクから、男の死体が発見されたのだ。見つけたのは月曜の朝、大学に着いたときで、その前にトランクを開けたのは、土曜の朝、やはりキャンパスでだった。どうやら男は、土曜の昼までにトランクに忍び込み、美羽音の自宅までついていきはしたものの、中からトランクを開けられず、まる二日間真冬の気温にさらされて凍死したらしかった。
 もちろん美羽音はその車を即座に叩き売ったが、恐怖の記憶まで消えるものではない。おかげで、正体のよくわからない男のことを警戒するようになってしまった。
「でもさ……」
 綾香が不思議そうに聞く。
「あんなことがあったから、男が苦手だっていうのはわかる。なのにどうして、美羽音は男漁りしてるの?」
「漁ってなんかいないわ」
「食ってないってのは知ってる。でもみんなはそうは思ってないよ。――やっぱり、その年で処女っていうのが恥ずかしいわけ?」
 美羽音は思わず顔を赤らめた。綾香にだけはそのことを話している。言われたとおりで、美羽音はゼミの全員から、経験豊富な恋愛のエキスパートだと思われている。外見と正反対の超オクテだと知られたくないという気持ちは、確かにある。
 とりあえず、うなずいておく。
「うん……ま、そうだけど」
 本当はそれだけではない。実は、綾香にも言っていないわけがある。
 だがそれを口に出すことはできないので、美羽音は話をそらそうとした。
「でも、もういい加減疲れちゃったわ。あーあ、いっそのこと綾香に乗り換えようかな」
「あたしに?」
「どう? 綾香ちゃん。なあんてね、ははは、は――」
 軽く笑った美羽音は、途中で声を飲み込んだ。綾香が急に顔を赤らめて、そわそわし始めていた。
「……み、美羽音が寂しいんだったら、あたし……」
「え?」
「そういう趣味とかないけど、ちょっと仲良くなるぐらいなら」
「なに、どうしたのよ、マジになって」
「え、なに、冗談なの?」
 はっと顔をあげた綾香は、あわてたようにぱたぱたと手を振った。
「も、もちろんあたしも冗談よ? 当たり前じゃない」
「今の、とてもそうは見えなかったけど」
「……だって」
 綾香は手を止めると、軽く頭をかいた。
「女の私が言うのもなんだけど、美羽音さ、時々異常に色っぽいんだもの。……男が寄ってくるの、なんとなくわかるな」
「あ、そう」
 弁解するように綾香が続ける。
「なんていうか、雰囲気? フェロモン? そんなの出てるよ、美羽音は。ほら、周り見て」
 見るまでもなく気づいていた。カフェテリアにたまっている男子学生たちが、ぽーっとした視線をこちらに向けている。
「わけのわかんない誘引物質出してる上に、そんな真っ赤なきわどいボディコン着て歩くんだから、ストーカーついても仕方ないよ。自覚してる?」
「してるわよ」
 美羽音は憮然とした顔で言った。
「だからこそ、早く彼氏見つけたいんじゃない……」
「え、どういうこと?」
「うちはみんなそうだってこと」
 綾香が何か聞こうとしたが、そのとき美羽音の携帯が鳴った。バッグから出して受ける。
「はい。……ああ、翼? うん、大学よ。あんたは?」
 聞いた美羽音は、いきなり立ち上がった。
「助けて? なに、どうしたの? 中央公園の西トイレ? ……待ってて、すぐ行くから!」
 あわてて上着を取った美羽音に、綾香が聞く。
「誰?」
「弟! ちょっと行ってくるから」
「え、行くって、今日も合コンの約束してたじゃない」
「キャンセル!」
 ヒールを鳴らして駆け出して行った美羽音を、綾香は呆然と見送った。
 ふとつぶやく。
「うちはみんなそうって……つまり、あの子の弟も?」

 オープントップの2シーターを路駐して、美羽音は中央公園の中に駆け込んだ。
 一度も来たことのない場所だったが、サイクリングコースもある広い公園だった。トイレがどこにあるのかわからない。美羽音は辺りを見回して、ジョギング中の男性に声をかけた。
「すみません、西トイレってどっちですか!」
「西トイレ? それなら」
 言いかけた中年の男性は、美羽音を見てぐっとつばを飲み込んだ。
「……ええとね、トイレなら東の方が近いけど、案内しようか」
 美羽音はうんざりした。こういう反応には慣れきっている。美羽音を見た男たちは、十人中九人が一瞬で理性を失って彼女を口説き始めるのだ。
「案内はいいから! 西がどっちかだけ教えて!」
「あっちだけど、二百メートルぐらいは……」
「どうも!」
 会話を打ち切って、美羽音は駆け出す。
 足が長いので走るのも速い。ジョガーや犬の散歩中の人々が思わず振り返るような見事なフォームでサイクリングコースを回って、美羽音は公園の西側に向かった。細い通りに面していて、樹木が多く、暗い感じのする一角だ。
 木陰に隠されているようなコンクリートの小屋を見つけると、美羽音は男子トイレに駆け込もうとした。寸前で、女子トイレの入り口の掃除中の立て札に気づく。
 ピンときた。
「翼! いるの?」
「お姉ちゃん!」
 声変わり前の甲高い、切羽詰った叫び。美羽音は立て札を蹴倒して女子トイレに入った。
 そこに、二人――いや、三人の少女がいた。二人は立って、こちらをぼんやり見つめている。もう一人は個室の中に半身が隠れていて背中しか見えないが、床にしゃがんでいるらしい。服装に見覚えがあった。翼と同じ中学のセーラー服だ。
「何してるの!」
 言いながら美羽音は近づき、二人の少女に構わず個室を覗き込んだ。そして凍りついた。
 洋式の便座に、一人の少女が腰掛けていた。肩にかかる栗色の猫毛、こぼれそうに大きな黒目がちの瞳、乳色の柔らかな頬。
 少女ではない。中学二年生の、弟の翼に間違いなかった。
 だが、彼は座っているのではなかった。座らされていた。セーラーの前ははだけられ、シャツは引き裂かれて、薄い胸板が透明な液体に濡れていた。さらに足元にはスカートとショーツが無造作にまき散らされ、あろうことか、その前に一人の少女が座り込んで、翼の下腹部に頭を押し当てていた。
 真後ろからなので見えない。だがその頭の動きの意味は一つしかない。黒髪を肩で切りそろえた少女は、美羽音の声が聞こえなかったはずがないのに、それを完全に無視して、一心不乱に頭を前後に動かしていた。ちゅぷちゅぷと露骨な音が美羽音の耳に届く。
「何……を……」
 美羽音はうめくようにつぶやく。その目の前で、翼が切なそうにつぶやいた。
「お姉ちゃあん……ぼく、ぼく、もう二回も……」
 美羽音ははっと振り向いた。三つ編みとロングヘアの二人の少女が、陶然とした顔で翼を見つめ、ひざ頭をもじもじとすり合わせている。
 ――もう、この二人に!
 視線を戻した途端、翼がふるふるとまつげを震わせたかと思うと、きゅっと目を閉じて腰を突き上げた。
「ああっ、吸わないでっ!」
 びくん、びくん、と少女の頭ごと翼は腰を震わす。強く顔を押し付けた少女の両手の指が、翼の腰にぎゅっと食い込んでいることに、美羽音は気づく。信じられないほどの渇望。
 うつろな目をした翼からむさぼるようにして精液を吸い取ると、少女は顔を離した。ごくりと口の中に残った粘液を飲み込み、低いしゃがれ声でささやきかける。
「おいしい……翼くん、最高……ねえ、もっと、もっとちょうだい……」
 言いながら翼の腰にまたがろうとする。短いスカートの中から、つうっと糸が垂れて光った。
 前触れもなく弟の絶頂を見せつけられて、金縛りになっていた美羽音が、我に返った。
「やめなさいよ!」
 少女の肩に手を当てて、思い切り引く。まるで美羽音にまったく気づいていなかったように、いともあっさり少女は転倒した。ガターン! とドアが大きな音を立てる。
 その音が、辺りに立ち込めていたねっとりとした雰囲気を砕いた。三人の少女がいっせいに瞬きして、頭を押さえる。
「あ……れ……」「私……?」「ど、どうして」
「どうしてじゃないわよ!」
 気を失いかけている翼を背にして、美羽音は叫んだ。
「あんたたち、どういうつもりなの? 三人がかりで翼にいたずらするなんて!」
「翼……くん……」
 ようやく正気を取り戻したような顔になって、少女たちは顔を見合わせた。
「私たち……」「翼くんを襲っちゃった……の?」
「とぼけるんじゃないわよ。私の弟をこんな目にあわせて!」
 少女たちは脅えたように身を寄せ合った。
「すみません……」
 憑き物が落ちたようにおとなしいそぶりだった。美羽音はいくぶん冷静になる。
「どうしてこんなことしたのよ……あんたたち、翼の同級生?」
「三年生です。翼くんとは同じ委員会で」
 ボブカットの娘が、戸惑いながら立ち上がって言った。
「今日、委員が終わったあと一緒に帰ってきただけなんです。その途中でお菓子を買ったから、公園によって食べようとして……あれ、それがなんで……」
 首をかしげているボブの娘から視線を外して、美羽音は弟に向き直った。頬に手を当てて呼びかける。
「翼、翼」
「ん……お姉ちゃん」
「服、着なさい。どこも痛いとこない?」
「うん、大丈夫」
「ポッキー食べてるうちにふざけて口移しを始めて、そうしたら翼くんとキスみたいになっちゃって、翼くんがあんまり可愛いからそのままキスして、三人ともキスして」
 薄れた記憶をたどるように、少女がぶつぶつとつぶやいている。それを聞き流しながら、美羽音は翼の着付けを手伝った。胸に塗りつけられた唾液をハンカチで拭き、散らばったショーツとスカートを拾ってはかせようとする。
「キスしたらとろけそうにおいしくて」
「キスがおいしいなら体もおいしいだろうって思って」
「一緒にトイレに入って試してみたらほんとにおいしくて」
「我慢できなくって裸にして」
 三人の少女が言葉をつなぐ。そのテープレコーダーのような無機質な声に、美羽音は冷たいものを感じて振り返った。
 ぞっとした。
 正気を取り戻したはずの少女たちが、再び熱っぽく潤んだまなざしで翼を見つめていた。まだあどけなくすらある女子中学生の顔が、不釣合いな情欲に歪んでいる。そして露骨にも、彼女たちはスカートを半ばめくり上げて、太ももの間に差し入れた片手を、一様にくちくちと動かしていた。
「……翼くんのおつゆ、すごくおいしかったから……」
「……ほしい、またほしいの……」
「浴びたい」
「飲みたい」
「吸いたい」
 ボブカットの少女が、ちろりと舌を出して、唇に残っていた白い粘液を可愛らしくなめた。
 美羽音は振り返った。そして意識してしまった。
 まだ芽が出た程度のはずの少女たちの性欲を、最大まで引き出してしまったもの。弟の、翼の、無防備で華奢な肢体を。
「お、お姉ちゃん?」
 スカートをはき、ショーツをズボンを膝までずり上げたところだった翼が、脅えの表情を見せる。薄くへこんだ腹筋と、濡れて光る親指ほどの小さなペニスをさっと手で隠す。だがそれはもう美羽音の網膜に焼きついている。
 美羽音は両手を伸ばした。
「翼」
「や……あ……」
「翼」
 美羽音の手が、翼の両肩に触れた。
 その瞬間、美羽音は翼のショーツを素早く引き上げると、小脇に腕を抱え込んで、力いっぱい引いた。
「お姉ちゃん?」
「走って!」
 操り人形のように近づく少女たちを突き飛ばして、美羽音はトイレから飛び出した。


「コーヒーでいい?」
「ん……」
 まっしぐらに帰ってきた自宅。ソファでぐったりとなっている美羽音の生返事を聞いて、翼はコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 背後から美羽音が聞く。
「あの子たち、前から?」
「ううん、先輩たちはいつもは優しいんだよ。時々からかわれるけど……」
「それじゃ、また要注意な相手が増えちゃったわけね」
「……うん」
「これで何人目? あなたにいたずらしたの。幼稚園の保母さんから数えて――百人越えてるんじゃない」
「数えてないよ、そんなの」
 はあ、と美羽音のため息が聞こえた。また心配かけちゃった、と翼は胸を痛める。
 本当は、人数を数えていた。今日の三人で、百十四人。それが、今まで翼を犯そうとした男女の人数だった。
 翼は小さい頃から、そういう風に狙われることが異様に多かった。
 初めて裸にされたのは幼稚園の年長組の時。相手は二十歳過ぎの保母。
 最初は撫でたり抱きしめたりしてくるだけだったが、じきに他の大人のいないときに服の下を触られるようになり、最終的にはトイレに連れ込まれて服を全部脱がされ、半裸のその保母に抱きしめられているときに、同僚の保母に見つかって、発覚した。
 以来、翼はいやというほど襲われた。それだけ可愛らしかったのだ。
 通学路や塾への通り道で翼を待ち伏せていた変質者などはまだ対処のしやすいほうで、近所の人妻、コンビニの店員、新聞配達の学生、はては警官や教師にまで触られた。そのたびに転校を重ねたが、五年生頃からはそれも無意味になった。ませた興味を持ち始めた同級生たちに狙われるようになったからだ。
 六年生の時には、クラスの男女十人あまりに、放課後の教室でおもちゃにされたこともあった。
 学校に通わせている限り防げないと判断した両親は、翼を家において家庭教師をつけたが、それも無駄だった。
 男の教師は、理性を保てなくなるという理由で三人が立て続けに辞め、四人目は親が目を離した五分の間に翼を襲った。ならばと女の家庭教師をつけたが、結果は変わらなかった。
 両親は最後の決断をした。中学生になった翼を私立の女子校に入れたのだ。今までの経験から、男はまず間違いなく危険であり、女でも大人は信用できないとわかっていたからだ。
 もちろん、男の翼を女子校に入れるなど常識はずれなことだったが、小塚家は資産家で、父親はその学校の理事と二十年来の付き合いだった。
 そして何よりも、女子校の制服を着た翼の姿が、決め手となった。――県の教育委員、校長、PTA会長の三人が、彼を見てこう言ったのだ。
「妹さんですか。それで、問題の翼くんはどこに?」
 事実を知った彼らは一様に納得した。少なくとも、小塚翼という男子が、自分たちの学校の大事な女生徒たちを襲ったりすることはありえないということを。――その逆の事態が起こるなどとは、彼らの想像の埒外だった。
 翼は女子校に入学した。そしてその対策は功を奏したようだった。
 一年生の間、翼はたった三回しか襲われなかったから。セーラー服を着たことでますます愛らしくなった翼の魅力が、女子校の厳重なセキュリティで守られた差し引きが、その数字だった。ゼロにすることはもはや望むべくもなかった。
 三回とも、相手はいずれも女子。つまり翼が自力で逃げ出すことができる相手だったので、実害もなかった。
 そして二年生になった翼は――またしても襲われたのだった。
「大丈夫? お姉ちゃん」
 襲われた翼よりも落ち込んでいる美羽音の前に、二つのコーヒーカップを置いて、翼は心配そうに覗き込んだ。
 美羽音が沈んだ声で言う。
「……ちょっと、ショックだった。あんたが襲われてるところ、初めて見たから」
「ぼくなら大丈夫だよ」
 顔を傾けて笑った翼の肩で、栗色の髪がさらさらと流れた。同級生たちに溶け込むために、伸ばした髪だった。
「三人がかりだったから、ちょっと怖かったけど」
「逃げなさいよ、あんなことされたら」
「無理だよ」
 美羽音の隣に座ると、翼はあきらめたように言った。美羽音は顔を上げる。確かに、彼の華奢な体には、三人の先輩を振り払う腕力はないかもしれない。
 だが、翼は違うことを言った。
「あれ、いったんされちゃうと、逃げられないもん」
「どうして」
「気持ちいいから」
 さばさばした口調で翼は言った。美羽音はあきれる。
「何よそれ。無理やりされてるのに気持ちいいもないもんだわ」
「しょうがないじゃん、そういうものなんだから。お姉ちゃんは知らないだろうけどね」
「……余計なお世話よ」
 美羽音は顔を赤くして横を向いた。
 そんな姉の姿を、翼はひそかな思いをこめた視線で見つめる。
 お姉ちゃん。
 ずっとぼくを守ってくれたお姉ちゃん。お月様みたいにきれいな顔。すべすべで長い手と足。ブラジャーとパンツが見えそうな色っぽい服。この格好でお姉ちゃんは、毎晩オープンカーで出かけて、男の人と遊んでくる。すごく大人だ。
 それに、この匂い。――翼は目を閉じて軽く息を吸い込む。
 お姉ちゃんの、蜂蜜とミントが混ざったみたいな甘い匂い。ほんのちょっと鼻に入っただけで、胸がどきどきする。きっとお姉ちゃんと遊ぶ男の人たちは、みんなこの匂いに引き付けられるんだ。
 でも、ぼくは知ってる。
 お姉ちゃんは、その人たちといっぺんもしたことがない。ぼくがさんざん襲われたのを知ってるから、男の人が怖いんだ。一生懸命慣れようとしているけど。
 まだどこも汚れてない、お姉ちゃん。
 ほのかに熱い視線を向けていると、美羽音が不意に振り向いた。翼はあわててコーヒーカップに目を落とす。
「翼」
「う、うん」
「それ、どんな感じなの」
「それって?」
「されると。人に」
「ああ……」
 姉にそんなことを聞かれるのは初めてだった。翼は赤くなって答える。
「腰が溶けちゃうみたいだよ。すごく熱くて。何も考えられなくなる」
「……ふうん」
 美羽音はごくりとコーヒーを飲んだ。
「溶けちゃうみたい、か……」
 カップの中を見つめる姉に、つい翼は聞いてしまった。
「してみたい?」
「……何言ってるのよ」
「ぼく、知ってるよ」
 翼は言ってしまった。
「お姉ちゃん、まだしたことないんでしょ」
 きっと翼をにらんでから、美羽音はすぐに肩の力を抜いた。隠しても仕方ない、という顔だった。
「そうよ。私まだよ。悪かったわね。――ええ、してみたい」
 最後の一言は、切実な願望というよりは、あてのない夢を語るような気のない言い方だった。だが翼はそれを逃がさなかった。
「……ぼくじゃだめ?」
「は?」
「ぼくが、お姉ちゃんの初めてもらっちゃだめ?」
「……えーっ?」
 美羽音はちょっと体を引いて、苦笑しながら手を振った。
「何言ってるの、お姉さまに向かって」
「だから」
 翼は身を乗り出した。
「きょうだいだから、ぼくが一番、お姉ちゃんの匂い浴びてるんだよ」
「……」
「お姉ちゃんもわかってるでしょ。ぼくが他の人に寄ってこられるみたいに、お姉ちゃんも人をおかしくする匂いを出してるんだよ。ぼく、ずっとそれを吸ってたんだよ」
 翼は正面から美羽音を見る。美羽音がはっきりと身を引いた。
「翼……本気?」
「本気。ぼく前からお姉ちゃんが好きだった。お姉ちゃんだけはぼくを襲わないもん。他の人みたいにぎらぎらしてない。だからお姉ちゃんに触りたい」
 押し込めていた気持ちを言葉にしてしまったことで、翼は急速に美羽音のことを意識し始めた。かぐわしい香りを放つ、危険なほど無防備で近い体に、視線を食い込ませる。
 腕に、胸に、マイクロミニからのぞく白い太ももに。
「お姉ちゃん」
 手を伸ばした。二の腕に触れた途端、美羽音がびくっと身を引いた。
 それで火がついた。今までそんな風に翼から逃げる相手は、一人もいなかった。
「お姉ちゃん!」
 翼は一息に美羽音を押し倒した。コーヒーカップがはね飛ぶ。
 自分より大きな柔らかな体に、起伏を押しつぶすようにして全体重をかけ、ソファのひじ掛けに姉の頭を押し付けて、唇を近づける。
 美羽音がその額に手を当てて、押し戻そうとした。
「やっ、やめて! 翼落ち着いて!」
「お姉ちゃんこそ落ち着いてよ! ぼく初めてじゃないから、大丈夫だよ!」
「だからって!」
「痛くしないから! 大事にするから、ね?」
 垂れ落ちた自分の髪に隠された空間で、翼は強引にキスを重ねた。温かい唇に触れた途端、快感が蛇のようにうねりながら背筋を落下し、腰の中で白く凝結した。
 たちまち、幼い股間が目覚める。プリーツスカートに覆われた腰を、翼は美羽音の腹に押し付ける。
「お姉ちゃん……」
 ちゅっ、ちゅっとキスを繰り返していた翼は、次第に姉の腕から力が抜けていくのを感じた。耳に唇を寄せて聞く。
「いい……よね」
「……」
 美羽音は答えない。何も言わないのだ。翼はぞくっと震える。許可などなくても、それで十分だった。
「お姉ちゃん、ありがと……」
 そういうと翼は、今まで様々な相手から苦痛とともに刷り込まれた快感を、正反対の優しさで伝えようと、美羽音の体を愛撫し始めた。
 耳を、かむ。おとがいを、吸う。腕を持ち上げて脇に顔を寄せると、くらりとした。毛穴一つ見えないほど手入れされていたが、汗腺までは塞げない。あの魅惑的な匂いが鼻の奥をくすぐる。犬のように息を荒くして、はあはあと翼はそこに舌を当てる。
「いい匂いー……」
 宙にひじを曲げた美羽音がぶるぶる震え出すほどそこをなめてから、翼は胸に顔を移す。
ベアトップを引き下げると、乳房がまろび出る。真上を向いて、どちらにも流れずに、平たくつぶれたふわりとした丘。半ば愉しみ、半ば愉しませるため、翼はそこに指と舌を思い切り遊ばせる。
「柔らかあい……お姉ちゃん、八十六あったよね。埋まっちゃいそう……」
 谷間に口づけすると、ふわふわの膨らみが頬を挟んだ。いっそう濃い香りとともに。翼は際限なく理性をなくしていく。
 わずかに意識していた姉弟だというこだわりももはやない。片手を下げ、かきあげる必要もない短いスカートを、軽くめくった。それだけでシルクのショーツが蛍光灯の下に現れる。
 太ももにすべすべと手のひらを這わせてから、思い切って性急にショーツに指をかけた。ふちに指をかけ、だが奥までは入れない。腰周りを巡らせて背中まで回してから、尻のほうから下げた。そうよ後ろから、と淫靡につぶやいていた小学校の女性校医の言葉を思い出している。
 そのまま一気につま先までショーツを下げて片脚を抜き、体を割り込ませて脚を開かせた。普通の中学二年生には不可能な、翼にしかできないスムーズな略奪。
 見ずに触れた。そして驚いた。あるはずの茂みが綺麗に剃られていたことにではない。そのすべらかな丘の下で、閉じたひだを押し広げるほどの泉が湧き始めていたのだ。
「お姉ちゃん、濡れてるよ」
「……」
「ほんとに初めて、だよね? やった、ちゃんと気持ちよくなってたんだ……」
 翼が指を押し込んだ。それが決壊の引き金になった。指に押し出された愛液が、とめどなくあふれ出して、美羽音の尻の下に染み込んでいった。
「たくさぁん……お姉ちゃん、すてき……」
 翼は、汗を浮かべた顔を真っ赤に染め、つるつると唇で美羽音の乳首を引きながら、手を動かし続ける。そして姉の顔を見上げる。
 美羽音は両腕を交差させて顔を覆っていた。表情は見えない。わずかに覗く頬が赤らんでいること以外は。
 依然として制止せず、といって積極的に脚を開くでもない。やや閉じ気味に力を入れたまま、しかし時折ぴくりと鋭く震える。翼が粘膜の中心に触れるたびに。
 もう迎えてもらえる、と翼は思った。そうでなくても、我慢できなかった。腹の下に垂れたプリーツスカートの中では、小さなペニスがきゅうっと絞り上げられたように硬くなり、ショーツを持ち上げて染みを作っていた。
「もらう……お姉ちゃんの……」
 ひとりごとのようにつぶやいて、翼はごそごそとショーツを太ももに下げた。跳ね起きたペニスをつまみ、美羽音の股間に腰を寄せる。自分のスカートで美羽音の下腹ごとすべてが隠されるが、見もせずに角度を合わせる。女の作りは何度教えられたかわからない。
 入れようとしたときだけ、美羽音がぱっと腕を下げて翼の腰を押した。姉が抗い、弟が引き剥がす戯れが数回。外されては押さえ、どかされては抵抗する美羽音の腕が、翼はわずらわしくなって、無理やり腰を押し付けた。
 先端がぬめりに包まれた途端、美羽音は腕を落とした。唇をかんで目を閉じる。翼は昔話を聞かせるように優しく言った。
「全然、痛くないからね……」
 そして押し込んだ。
 ぐにゅう、と翼の槍が美羽音の肉を押し開く。小学校の同級生にすら犯された――女子にまたがられたという意味で――ことのある翼には、それがまったく苦痛を伴わないものだと推測できた。思ったとおり、二十歳の美羽音の体は、翼の控えめなペニスを、壊れることもなく飲み込んでいった。
 だがそれは締め付けがゆるいという意味ではない。処女の膣が初めての男に脅えて痙攣している。今にも搾り出されそうな震えに、翼はあごを胸にうずめて耐える。
 奥まで届いた。あくまでも、翼のものがすべて入ったという意味だが。底には到底届かない。だがその分、亀頭の先に自分の液を受け入れてもらえる空間があるような錯覚を、翼は覚える。
 注ぎたい。
 股間に集中するために閉じていた目を、翼は開く。姉が、片手で口元を押さえて、泣くのをこらえるような顔で横を向いている。乱れた長い髪が半面にかかって、凄惨なほど美しい。
 もらっちゃった、と翼はつぶやく。こんなに綺麗なお姉ちゃんの初めてを、ぼくがもらっちゃった。
「お姉ちゃん、つらい?」
「……」
「もうちょっと待ってね。出してあげるから。……そしたら、きっと気持ちよくなるよ」
 その行為が妊娠につながることも、ただの妊娠ではなく禁じられた子を作ることになることも、今の翼は頭にない。ただ、自分が男に教えられた受精の快感を、姉に伝えてやることだけを、一心に想っている。
 ぬめる粘膜の中で翼は動き出す。すぐにそれが速くなる。ペニス全体を包む温かみに耐えられない。こすりつけて味わいたい。
 ぬぱっ! ぬぱっ! ともうごまかすことも出来ない音が立ち上る。それがつかの間途絶えるのは、翼が一番奥でぐいぐいとねじ込んでいるからだ。そうまでしても先端に圧力はかからない。だが美羽音の尻が翼の骨盤の間で形を変える。その弾力が楽しい。
 翼は美羽音の腰をつかむ。豊かな乳房の下、肋骨が途絶えて硬いもののなくなった、くびれた柔らかい腰。ワンピース越しにそこに食い込ませた指を、左右から中央へとずり動かす。やがて、へその周りのふかふかした腹筋に、翼は手のひらを深く押し当てた。その内側に、暴れる翼を受け止めてくれるものがある。
 もう、出して上げられる。
「お、お姉ちゃん……待った?」
 荒い息の隙間から翼はささやく。
「もう、出るよ。今、出すからね。……んっんっ、んんっ!」
 翼は腰を押し付けて息を止めた。手のひらの下の体の中で、断続的な爆発が始まっている。
 とくりとくりと翼は細く鋭い液塊を撃ちだす。自分の射出に合わせて美羽音も収縮しているのがわかる。美羽音の体から、えもいわれぬ甘酸っぱい芳香がぱあっと広がって翼の鼻腔を刺した。翼は直感する。
「お姉ちゃん……今、いったよね?」
 翼は美羽音の胸に倒れこむ。深い満足感が体を包む。一度目を出し尽くしたから、それだけではない。憧れの姉と一緒に絶頂できたという感動のためだ。
 突っ込んだまま翼は余韻に浸る。だが気持ちは鎮まらない。美羽音が体中から搾りだした絶頂の香りが、濃厚に二人を包んでいる。
 強烈な誘惑を受けて、翼のものに再び血流が流れ込む。
「お姉ちゃん、次は後ろからしてあげる」
 翼は起き上がり、美羽音の体を裏返そうとした。その時だけ、美羽音がいやいやをするように首を振った。翼は手を止める。
「……いやなの?」
「……」
「いいよね。ほら、お尻見せて。もっともっと気持ちよくなるよ」
 姉の長い手足を巧みに取りまわして体を裏返すと、翼は後ろに膝立ちになった。真紅のマイクロミニの裾がかかった、まぶしいほど白い尻の間から、うす桃色のひだをわけて、今注いだばかりの白い粘液が垂れている。
 それを先端ですくいあげて、自分のものを突きつける。
「じゃあ、力抜いて……」
 美羽音は力を抜かない。だが翼は構わない。再び、姉の柔らかい肉の中に沈んでいく。

 美羽音は耐えていた。
 痛みにではない。そんなものはかけらもなかった。そうではなくて、自分から我を忘れてむしゃぶりつきたい衝動に耐えていたのだ。
 翼にささやかれたときからそうだった。キスをされると求めたくなった。体をついばまれると、本当に気が狂うほど弟を抱きしめたくなった。
 すべて翼の香りのせいだった。美羽音がそうであるように、翼も人を呼び寄せる不思議な芳香を漂わせているのだ。男の汗から、押し付けがましさだけを消したような、ハーブに似た涼しい香り。
 普通の人間には雰囲気程度にしか感じられないようなその香りは、姉弟の間でだけは濃密な香気として感じられるらしかった。美羽音もずっと、翼が物心ついたぐらいの時からそれを吸っていた。そして、彼と交わりたくなる気持ちを必死に抑えていた。
 彼女がなんとしても恋人を作ろうとしていたのは、そのためだったのだ。
 だが、その願いもはかなく消えた。ついに、恐れていたことをしてしまった。恐れながら望んでいたことを。弟に抱かれることを。
 そしてそれは今、泣きたくなるほど心地いい。
 一度目の絶頂、あのときに美羽音も翼の絶頂の香りを吸い込んでいた。脳髄が揺さぶられるほど強烈な香りだった。精液の匂いなのかもしれない。そうでないのかもしれないが、イメージはつながってしまった。もう、ほしくてたまらない。
 ソファに四つん這いになった美羽音を、背後から翼がぐいぐいと犯している。小さいくせに焼けた釘のように熱く硬くなったペニスが、ごりごりと胎内を削っている。処女であることは何の障害にもならなかった。頭の中でなら、美羽音は何度も翼に抱かれている。
 夢見た器官が、自分の中にある。たまらなく愛しい。たとえ裂けて血が出ても、優しく包みぬいて慈しんでやりたい。そしてあの香りを自分に染み付けてほしい。
 そこまで愛していながら、美羽音はそれを口に出せず、態度に表せなかった。当然なのだ、彼女には理性も常識もあるのだから。香りに負けて弟に抱かれてしまっている自分を、許すことなどできない。
 だがそれでも、美羽音は逃げ出すことすらできないのだ。振動のやってくる背後を、肩越しにちらりと振り返って見る。
 セーラー服を着た少女がそこにいる。膝頭をすり合わせる可愛らしい立ち方で、華奢な腕に精一杯の力を込めて美羽音の背にしがみつき、初めて味わう姉の体を思い切り堪能しようと腰を押し付ける翼が。
 頬もまだまるい子供子供した女の子のような顔に、陶然とした表情を浮かべている。美羽音がちょっと身動きしただけで、その刺激に眉を寄せ、びくっと頭を震わせる。するとあごの先から汗が滴り、浮いたボブの髪からまた一陣、香りが広がる。
 美羽音が恐れる陵辱者の姿からはかけ離れていた。むしろ、これ以上可愛らしい存在に犯されることは望めないほどだった。
 だから美羽音は、切望してしまう。もっともっと翼に注がれることを。
 翼の腰がいっそう速まり、深く強くねじこんでくる。
「お姉ちゃん……次、いくよ」
 前を向いて、美羽音は表情を隠す。安全日でよかったという安堵を悟られないために。
 背筋を焼く快感が極限に近づいたとき、翼が叫んだ。
「お姉ちゃん、ほら! ああっ!」
 腰に指が食い込み、腹の中で矢が放たれた。一度目にも増して強い、断続的な攻撃。
「ああっ! ああっ! あっ!」
 ぐいっ、ぐいっ、と尻が持ち上げられるほどの押し付けとともに、膣壁に射精がしぶく。下腹の奥が熱く満たされていく。鼻腔だけでなく胎内からも匂いを感じたような気がして、美羽音は五感のすべてで快感の炸裂を受け止める。
「くっ……う」
 指が折れるほど強くひじ掛けをつかんで、声だけは殺した。
「あーっ!」
 その背後では、弓なりに背を曲げた翼が、鼻の頭にしわを寄せた愛くるしい顔で、股間からほとばしる体液の感触を愉しんでいる。
 二度目の絶頂が過ぎても、二人の体は離れなかった。
 一時間後、両親が帰ってくるまで、美羽音は犯され、翼は犯し続けた。
 

 その翌日も、翼は美羽音を求めた。翼の体に目覚めたはずの三年生の女子たちが、なぜか翼に手を出してこず、欲望がたまったせいでもあった。
 だが、美羽音は危機感を抱いていた。一晩きりならまだしも、続けて交わったら、たとえ安全日であっても、妊娠してしまうかもしれない。
 その晩、二階の廊下でせがんだ翼を、美羽音は拒んだ。
「だめなの?」
 パジャマに着替えた翼が、悲しげに見上げる。美羽音は目をそらす。――拒否のためではなく、惹きつけられるのを防ぐため。
「自分が何をしたか、わかってるの」
「うん……」
「うんじゃないわよ。大変なことなのよ」
「……でも、お姉ちゃんだって」
「私が何よ。昨日のはただの間違い。もうやめましょ」
「……」
「さあ、寝なさい」
 すごすごと翼は部屋に入り、ドアを閉めた。美羽音はネグリジェの裾を翻して自分の部屋に戻ろうとする。
 だが、足を止めた。目を伏せて考える。両親は階下でテレビの映画を見ていて、深夜近くまで上ってこない。自分の行動を咎める者はいない。
 廊下の照明を消し、いったん自分の部屋の前まで行って、強くドアを開閉した。バタン、と音を立ててから、足音を殺して翼の部屋の前に戻る。
 しゃがみこんで、閉じたドアに耳を押し当てた。
 ちょうつがいの隙間から、光と音が漏れている。明日の支度をしているのか、しばらく紙の音が聞こえた。それが止むと、蛍光灯が消され、ギシッという木の音がした。ベッドに横になった。
 待つまでもなかった。いったん消えた室内の明かりが、オレンジ色になって再び隙間から漏れてきた。ベッドサイドのライトだ。翼は、寝ながら何かを見ている。
 そして、美羽音の予想通りの音が聞こえた。ティッシュを箱から抜き取る音。
「お姉ちゃん……」
 つぶやきに重なって聞こえ始めたベッドのきしみ音に、美羽音は顔を赤らめた。
 きしきし、かさかさ、と音が連なる。間違いなかった。翼は、オナニーしている。他の誰でもない、美羽音のことを想いながら。
 拒んだのに。他の女の子を犯してもいいのに。
 ひたむきな弟の想いに、なすすべもなく美羽音は惹き付けられる。体が熱くなる。ショーツが湿ってしまう。
 思わず、ドアを薄く開けた。廊下は暗く、翼はライトの下に集中している。見つかりはしない。
 室内には露骨な光景があった。薄闇の中で、ズボンを少し下ろした翼の腰だけが白い。顔の前にかざした写真を凝視しながら、まっすぐ天井に向かって、ティッシュをかぶせたものをしごき上げている。
「お姉ちゃん、お姉ちゃあん……」
 セパレートの水着を着た美羽音の写真。去年の夏に海へ行ったときのもの。それに鼻をこすりつけながら、翼はかなり速い速度で手を動かしている。
「触りたいよ……出したいよ……あんなによかったことがもうだめなんて、ひどいよ」
 すすり泣くようにして翼はうわごとを漏らす。糸で引かれたように体が前へのめって、美羽音はあわてて手をつく。だが限界が近い。
「おねえ……ちゃんっ!」
 翼がぐいっと腰を突き出し、細い体でブリッジを描いた。その勢いでティッシュなどひとたまりもなく破れた。ぴゅっ! と吹き出した精液が天井近くまで飛んで、落ちてくる。部屋いっぱいに翼の匂いが広がる。
 恐ろしいほどの衝動が美羽音を襲った。飛び出していって、抱きしめて、彼が満足するまで飲み干してやりたい。胸でも脚でも、好きなところを好きなだけ味わわせてやりたい。
 理性が溶け切る寸前、美羽音は行動した。もはや力が入らなくなっている足を動かして、無理やりその場を離れ、はいずるようにして自分の部屋に戻って、ベッドに倒れこんだ。
 そして、狂ったようにオナニーした。鼻の奥に残る翼の香りで、いくらでも絶頂できた。
 あの子と同じだ、と思った。
 腕が痛くなるまで淫戯を続けて、さすがに情欲の炎が下火になった頃、綿のようにぐったりした体をベッドに沈めて、美羽音は考えた。
 もたない。このまま翼を拒み続けたところで、我慢できなくなるのは目に見えている。きっとまた抱かれる。下手をしたら自分から襲ってしまう。
 もう認めるしかない。自分も、心底あの子がほしいんだ。
 でもそれは許されることではない。なにか――せめて、なにか一つぐらい、言いわけがほしい。二人が結ばれるための免罪符が。
 でも……
「そんなの、あるわけないじゃない……」
 美羽音は一人、泣いた。

 だがそれは意外なところにあったのだ。
 翌日大学に出た美羽音は、綾香に無視された。
「――え?」
 ゼミ室の前ですれ違った美羽音は、違和感を感じて振り返った。いつもなら、たとえこちらが人ごみにまぎれていても、向こうから声をかけてくるのに。
「ちょっと、綾香」
 美羽音は戻って、綾香の肩をひいた。誰よ、と言わんばかりにうさんくさそうに振り返った綾香が、目を見開いた。
「あ、美羽音? 美羽音だよね」
「当たり前じゃない。気づかなかったの?」
「全然。そういえば今すれ違ったね。変なの、目には入ってたんだけどな……」
「何それ。嫌がらせ?」
 美羽音が口を尖らせると、綾香は妙に眉根を寄せて、美羽音に顔を近づけた。じろじろ見つめる。
「……美羽音じゃないみたい」
「何が」
「オーラがない。今日の美羽音、そこら辺にいくらでもいるただの美人だよ。周り見てみて。男も全然注目してないよ」
「地味だったかな」
 なんとなく美羽音は自分の体を見回したりしてみる。今日はへそ出しのタンクトップの上にウインドブレーカーを羽織り、足の付け根に食い込みそうなきついカットジーンズを履いている。相変わらず大胆な服装だ。もうイケイケを装う必要もなくなったのだが、そういうものしか服がなかった。
「地味どころじゃないよねえ。でもなんだか、影が薄いんだよね。風邪治ってないんじゃない」
「風邪なんかひいてないけど」
「でも昨日休んだじゃない」
「休んでないわよ! 同じ講義でいたでしょ?」
「そ、そうだっけ? 昨日はほんとに一度も見なかったような気がしたから……」
 ふと美羽音は気づいた。昨日の前の晩は――翼とあのことがあった日だ。それが何か関係あるんだろうか。
「ごめん、別に無視してるんじゃないからね? 気ぃ悪くしないでよ」
 一生懸命弁解する綾香のことも忘れて、美羽音は考え続けた。

 それから十日ほど経った日曜日、翼は姉に呼ばれて、電車で郊外に向かった。
 ついたところは、カーレースのサーキットだった。全日本なんとか選手権の本戦の日で、よく晴れていたこともあって、会場は黒山の人だかりだった。入場口からコースまで観衆の男女が並び、スタンドにも大勢の客が詰め掛けていた。
 昔から人ごみは苦手である。ジャケットにジーンズ、サングラスにアポロキャップという、芸能人の変装のような格好で警戒して出てきたが、それでも姿を隠しきれていないらしかった。すれ違う若い男たちの視線を痛いほど感じる。いや、女のものも。同じほど多い。
 別にレースを見に来いと言われたわけではない。翼は観客の列から離れて、オフィシャルの建物のほうに向かった。関係者以外立ち入り禁止のゲートで美羽音に渡されたパスを見せ、トンネルをくぐってパドックに向かう。
 地上に出ると、すぐ背後のコースから凄まじい轟音が聞こえて、翼は飛び上がった。振り向くと、何台もの流線型のレーシングカーが、千馬力を越える高出力エンジンの咆哮を上げて、弾丸のように駆け抜けていった。スタンドからわあんと歓声がこだまする。観客の熱気を翼は感じる。
 しかし、車を見に来たわけでもない。防火ツナギのピットクルーやヘルメットを抱えた選手たちの間を抜けて、翼は探した。
 そして見つけた。
 ロゴ入りのトレーラーが四台も止まっているパドック。参加チームの中でも名門らしいそこに、他とは雰囲気の違う人の輪ができていた。
 中心にいるのはツナギ姿のドライバーらしい男だ。リタイアしたのか出番待ちなのか、パイプ椅子に体を預けてコースのほうを見ている。
 だが、その周りにいる手すきのクルーやスポンサー、カメラマンの男たちが見つめているのは、ドライバーではなかった。
 ドライバーのそばに立っている女だ。
 匂い立つ水仙のように美しかった。髪をアップにまとめてうなじから肩まで余すところなくさらし、ぴったりしたエナメルのワンピースで体の曲線を隠すというより誇示している。その裾は股の下端より一ミリ下で容赦なく途切れ、さらに両サイドのスリットは腰骨に迫るほど深い。
 ホワイトのボディを目の覚めるようなエメラルドグリーンの稲妻が一周している。同色のブーツを履いた脚は、片方を斜めに引いた見事なパニオン立ちの角度を作り、これも同じ色のパラソルを楽隊の指揮者のように肩に添えている。その下のドライバーがまるで添え物のようだ。
 レースクイーンに扮した美羽音だった。
 他の女たちの視線すら集める、圧倒的な存在感だった。当人は微笑こそしているものの、誰にも視線を向けていない。それがまた男たちを魅入らせていた。メカニックの一人など、視線を釘付けにされたまま、とっくにネジ山のつぶれたボルトをいつまでも回している。
 ――お姉ちゃん、ほんとに女王様みたい……
 近寄りがたい雰囲気に、翼はためらった。すると美羽音のほうが彼を見つけた。ぱっと明るい笑顔を見せる。
「あら、やっと来た。こっちいらっしゃい、翼」
 おずおずと近づくと、美羽音は翼の腕を引っ張った。スポンサーの中年男が聞く。
「ミハネちゃん、それ妹さん?」
「違いますよ。弟の翼です。ほら、とっちゃえとっちゃえ」
 帽子とサングラスを外された。それから、後ろからぎゅっと抱きしめられた。Eカップのバストの柔らかい感触と蜜の香りがいっぺんに翼を襲う。
「ね、可愛いでしょ?」
 頬を並べて美羽音が男たちを見回すと、ほうっとため息のような声があがった。艶然とした女の魅力を放つ美羽音と、少年というより男装の少女のような可憐な翼の取り合わせ。カメラマンが感極まったようにカメラを構える。モータードライブのさえずりとともに、閃光が連なった。
 広報の男が生唾を飲んで言う。
「み、ミハネちゃん。キミよかったらずっとうちのコンパニオンやってよ。今日だけのアルバイトなんて言わないでさ」
「ごめんなさい、この子に見つかっちゃったからだめなの」
「ならその子も引っ張り込んじゃえ。可愛いからマスコットになるよ。ね」
「沼田さん、何言ってるの? 男の子よ、この子」
 美羽音の言葉に、男は目を白黒させる。だが周りの人間は笑いもしない。美羽音と同じほど翼にも引かれている。ただ、かける言葉が見当たらないだけだ。
 周りの戸惑いを見て取ると、美羽音は広報の男に言った。
「撮影会まで、まだありますよね。ちょっと中で休んでいいですか」
「え、うん」
「いこ、翼」
 翼は、手を取られてパドックを出た。更衣室になっているトレーラーの一台に入る。
「どういうつもり? お姉ちゃん」
 翼は責めるように美羽音を見つめる。美羽音は軽く答える。
「ん、別に? 友達の綾香にちょっと紹介してもらったのよ。目立つアルバイトないかって」
「そんなこと聞いてるんじゃないよ」
 姉がよそで派手なことをしているのは知っていた。でもそれは、楽しんでやっているのではなかったはずだ。
 今日の美羽音は変にうきうきしている。
「お姉ちゃん、ひどいよ……」
 翼はうつむいて漏らす。
「ぼくにはお預けしたくせに、そんな格好見せびらかすなんて。男の人にちやほやされて嬉しいの? お姉ちゃんだけはそういう人じゃないと思ったのに……」
 翼はしゃくりあげた。そんな彼を美羽音はじっと見ていたが、静かに言った。
「そうね、みんな優しくしてくれるわ」
「下心だよ」
「うん。あなたも最近、学校で似たような扱いされてるでしょ。おとついはまたあの三年生たちに閉じ込められかけたって言ってたし。でもね」
 美羽音は翼に歩み寄って、正面から肩に手を置いた。
「思い出してみて。あの日、私たちがした次の日、その時もそうだった?」
「え……?」
 翼は戸惑う。
「あの日って……お姉ちゃんがぼくを追っ払った日?」
「そう。あなた、あの日はやけに寂しそうだったわよね。それって、学校で誰にも相手にされなかったからじゃない?」
 翼は不思議そうに顔を上げた。
「そういえば……そうかもしれない。一度も話し掛けられなかったんだ。こっちから声をかけたら、普通に相手してくれたけど」
「やっぱりね」
 うなずくと美羽音は、いきなり翼の頬を手で挟んで、口づけした。
「ン……!」
 翼は目を見開く。姉の甘い唇が触れ、しかも舌が積極的に入ってくる。挨拶や冗談などではなくはっきり愛撫であることを示して、口腔がこそぎ上げられる。
 突き放そうとした。だが腕力ではとてもかなわない。顔を強く押さえられて、身動きもできずにむさぼられる。じきに逃げる気もなくなる。もともと望んでいたことだ。
 唐突に、しかし滑らかに、二人は愛撫を交わし始めた。立ったままで背中を抱きしめあい、唾液を交換する。興奮とともに立ち上る互いの誘いの匂いを、息を荒くして吸い込む。
 一度触れてしまうと止まらず、翼は十分近くキスを味わい続けた。そして美羽音もそれを拒まず、長いキスを心から嬉しそうに受け止めた。
 ガンガン、とトレーラーのサイドハッチが叩かれる。二人はびくっと体を離す。
「ミハネちゃん、ホットドッグ食べない?」
「ありがとう。私、いいです」
「そう? あと三十分だからね」
 邪魔者が去ると、翼は切なそうに美羽音を見上げた。今ので途切れてしまうなんていやだった。ただの遊びであってほしくなかった。
「お姉ちゃん、なんで? なんでこんなことするの?」
「試してみるの」
「試す?」
「私たちが結ばれることに意味があるのかどうか。協力してね」
 そう言うと、美羽音は胸を覆うつややかなエナメルに翼の顔を押し付けて、きゅっと抱いた。
「ごめんね、意地悪して……お姉ちゃんに翼の、くれる?」
「い、いいの?」
「うん。飽きるまで出して」
 美羽音は背を向け、アルミの壁に手をついた。 
「床は痛いから、このままして。時間もないし」
「ここで? 帰ってからじゃだめなの?」
「ここじゃないとだめよ。あなただって今すぐしたいでしょ」
 美羽音は尻を突き出す。それだけでワンピースの裾からショーツの大半が見えてしまう。衣装と同じ生地の見せるためのショーツだが、ストッキングを履いていない。下着と何も変わらない。
「この格好、自信あったんだけどな」
 肩越しの上目遣いで見つめられて、翼はあっさりためらいをなくした。
「……うん、すごく綺麗だよ、お姉ちゃん」
 翼はそっと手を置き、尻のまるみを撫で回した。しっとりした豊かな肉が手のひらに張り付く。
「みんな見てたよ。お姉ちゃん実感ないでしょ。あれ、どうやってエッチしてやろうかって考えてる顔なんだよ」
「分かってるわよ。でもさせてあげないの。翼にだけなの……」
 あの人たちに勝てる。幼い優越感に突き動かされて、翼はショーツに手をかけた。
 白い布を引き下げて、驚いた。美羽音の桜色のひだから、ショーツの股の部分を何本もの光る糸がつないでいた。もう濡れそぼっている。
「こんなにびしょびしょだったの……」
「あなたが来てからずっとね。分からなかったでしょ。そのためのパンツだもの」
「じゃあもう、入れるよ」
「ええ」
 またお姉ちゃんに入れる。喜びに息を荒げながら、翼はもどかしげにジーンズとブリーフを下ろし、爪先立ちになった。脚の長い美羽音の体をよじ登るように、性器の高さを合わせる。
 そして、ゆっくりと挿入した。
「うわあ……あったかあ……」
 ぬるぬると吸い込むように動くひだの感触を、翼は腰をくねらせて味わう。押しかぶさるように美羽音の背に体重を預け、ノーショルダーのワンピースを力任せに引き下げて、ゆらりと垂れた乳房をつかむ。
 壁の段に指を引っ掛けた美羽音がうめく。
「翼、重いわよ……」
「だって、お姉ちゃん高いんだもの」
 ブーツのせいでさらに高くなっていることを忘れていた。もっとしっかり挿入してほしくて、美羽音は膝を折った。なんとか足が床についた翼が、力強く押し込み始める。
「はあっ……気持ちいー……お姉ちゃん柔らかい……」
「翼も……素敵よ。ごりごりして、強いよ」
 口の端から細く唾液をたらしてうめく美貌のレースクイーンを、童顔の少年が必死になって責め上げる。いや、二人の体格は逆の雰囲気をかもし出している。責めているのは前になった女、吸い取られ、責められているのは後ろの小柄な少年。
「ああああ……もう出るっ!」
 ぎゅっと美羽音の乳房をつかみ上げながら、翼が激しく腰を震わせた。どくどくと流し込まれる絶頂の証を受けて、美羽音も体を引きつらせ、どっとばかりに体中から汗を搾り出す。
 たちまちにして甘い香りが昇華し、トレーラーの荷台を満たした。精液のたゆたう管の中でほんの少し安らいでいた翼は、半ば強制的にもう一度ペニスを呼び覚まされてしまう。
 額の汗を振り落として、美羽音がささやく。
「翼……続けて。まだ一回じゃない」
「でもぼく、足がガクガクだよ」
 できるものなら翼ももっと犯したい。股間のうずきは始まったばかりだ。尽き果てるまで流し込みたい。だが足に力が入らない。
「……んもう」
 美羽音が腰をひいて、向き直った。すとんと床に立たされた翼は、あ……と不満げな顔になる。
 その翼の前に膝をついて、美羽音は微笑む。
「大丈夫、やめたりしないから。あなたのを全部出させないと、意味がないもの」
「え?」
「時間ないから、急ぐわよ」
 言うが早いか、美羽音は翼のペニスに吸い付いた。「うわ……」と倒れそうになる翼の尻を手で支えて、唇を押し付ける。
 フェラチオなど初めてだから、美羽音も勝手が分からない。だが、口内に満ちた翼の味と香りが、そんな細かいことなど忘れさせた。技巧など何もなく、ただほしくて、美羽音は翼のものを一心に吸い上げた。
「いや、いやあ……」
 美羽音の額に、ぽろぽろと温かい粒が当たる。翼が泣いている。顔を離して手でもてあそびながら、美羽音は聞く。
「どうしたのよ」
「だって……お姉ちゃんがおちんちんくわえるなんて……だめだよ、そんなことしちゃ。お姉ちゃんが汚れちゃうよ」
「そんなことないわ。翼のだったら、ちっとも汚くない」
「そんなあ……」
 憧れていたものを壊す罪悪感で翼はおののき、それもすぐに快感に変わる。
 前立腺に生まれた熱さが、ジンジンと響きながら高まり始めた。二度目の爆発が近づいている。
「また出るぅ……お姉ちゃん、避けてよ」
「んや」
「だめだって、かかっちゃうよ! 服が汚れちゃう!」
「んん……いいの、かけて! べたべたにするつもりで!」
「もう、もう……」
 涙目であえいでから、翼は首を振った。
「知らないからっ!」
 ちょうど唇を当てているところだった。美羽音の唇を押し破って、喉にぴしゃりと液弾が当たった。顔を離すと、目元からあごにまでへばりついた。
 とっさに美羽音は立ち上がった。急角度で突き立つペニスをめちゃくちゃにしごき上げる。
 むき出しのままの美羽音の乳房に、ワンピースの胸に、腹に、裾に、びゅるびゅると精液が弾けていく。それが収まる前に、美羽音は前の裾をめくりあげて、下腹の素肌にもそれを受けた。翼は目を疑う。まるで全身を精液で染めてしまうような行為。
 そしてそのまま、抱きしめられた。美羽音の柔らかい下腹に押しつぶされた状態で、翼は最後の数滴をとろとろと吐き出す。
 ほう、とため息をついて美羽音が言った。
「これで、いいかな」
「お姉ちゃん……どうしちゃったの?」
「翼、全部出した? もう出ない?」
「出ないよぉ……お姉ちゃんめちゃくちゃ引っ張るんだもん」
「あは、ごめんね」
 ぺろりと舌を出すと、美羽音は体を離した。そして、さらにおかしなことを始めた。
 体の前半分に盛大に飛び散った粘液を、手で伸ばし始めたのだ。顔だけはタオルで拭き取ったものの、乳房には手でまみれさせ、首筋に塗り込み、脇に伸ばす。それから乱れた胸元を直してショーツを上げると、あろうことか、ワンピースの布地にまでそれを広げていく。
 翼は呆然とつぶやく。
「お姉ちゃん……」
「スキンケアクリームみたい。……かぴかぴするって聞いてたけど、あなたのはやっぱり違うのね」
 白と緑のエナメルに薄く広がった粘液は、あまり目立たなくなった。少しつやが違って見える程度。美羽音は体をひねる。
「どう、わかる?」
「見てもわかんないけど、でもお姉ちゃん!」
 翼は羞恥で赤くなって叫ぶ。
「そんなの、匂いですぐわかるよ! ぼくとエッチしたってばれちゃうよ、脱いで!」
「さあ、どうかしら」
 美羽音は謎めいた笑みを浮かべると、パラソルを手にハッチに歩みより、いきなりそれを開いた。翼はあわてて自分のズボンを引き上げる。
 顔を上げると、もう姉は外に出てしまっていた。後を追ってハッチを出て、並んだトレーラーの間から前に出る。
 最初は、美羽音が消えたように見えた。
「え……?」
 辺りを見まわす。サーキット独特の熱気に満ちた喧騒の中を、色とりどりの服装のスタッフが歩き回っている。そこに、美羽音の姿はない。
 いや、ないのは人だかりだ。姉が歩くところには、常に人の輪ができる。翼はついそれを探していた。
 しかしよく見れば、くるくる回る白と緑のパラソルが、人々の間を遠ざかって行くところだった。――誰もそれを気にしていない!
 翼はぽかんとし、すぐに駆け出した。
 パドックの中で追い付く。美羽音は、打ち合わせをしているドライバーとエンジニアのすぐ後ろに立っていた。誰にも気付かれずに。
 近づいてささやく。
「お姉ちゃん! これどういうこと?」
「中和作用って言うのかな」
「……中和作用?」
「詳しいことはわからないけど」
 美羽音は振り向いた。その顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。
「私たちが今まで出してたのは、欲求不満の匂いだったのよ。私の匂いがあなたの匂いで満たされると、もうそれ以上香りを出さなくなるみたいなの」
「あ……」
 翼は思い出した。逆に自分も、生まれて初めて美羽音と抱き合った翌日、珍しく誰からもちょっかいを出されなかったことを。
 そういえば、今ここまで歩いてくる途中も、誰にも声をかけられなかった。美羽音に精液を浴びせきって満足し、彼女の香りを受け止めたせいで、自分の匂いが消えているのだ。
「だから、念入りにエッチしてお互いの匂いを打ち消しあえば、数日間はいやらしい目で見られることもなくなるってわけ」
「それお姉ちゃんが調べたの?」
「まさか。勘よ」
「勘だけで試さないでよ……」
 美羽音がつけているとんでもない化粧品のことを思い出して、翼はぞくりとする。
「……なんでそんな風なのかな。ぼくたち」
「さあ。犬や猫はおしっこの匂いで縄張りをつけたり、ライバルの縄張りを打ち消したりするわよね。私たちも、むやみと知らない相手を引き寄せないように、家族同士で守りあう仕組みがあるのかも」
「じゃあ、これが普通の状態ってこと?」
「だったら困る。――って思うわよね、普通の人間なら」
「……え?」
 翼は不安を覚えて美羽音を見上げた。パラソルで周りから顔を隠して、美羽音が見下ろす。
「姉弟でセックスするのが普通の状態だなんて、異常だと思うけど。……私、その異常な人みたい。言いわけができたって喜んでる」
 翼は、ゆっくりと顔を明るくした。はにかんでいるような姉に向かって微笑みかける。
「ぼくも、普通じゃないよ。うれしい」
「ありがと」
 暖かい視線を交わしあう二人に、ふとピットクルーたちが気付いた。
「ああ、ミハネちゃん。もうすぐ出番だ、け、ど……」
 けげんそうに二人を見つめる。
「あれ……ほんとにミハネちゃん?」
「はい」
「だよな。おかしいな、妙に……」
 男たちは顔を見合わせる。美羽音は苦笑した。
「すみません、ちょっと気分が悪いんです。帰っていいですか?」
「そりゃ困るけど」
「バイト料、帳消しでいいですから」
「うんまあ……他の子もいるし、いいか」
 お疲れさま、とあっさり美羽音を送り出してから、男たちは首をかしげていた。二人は笑いながらその場を離れた。


 その後、翼は普通の共学校に転校した。何も知らない両親は、ぱったりと翼の周りの変質者たちが消えたので、手放しで喜ぶだけだった。彼らを裏切ったことになるが、美羽音はさほど悩まなかった。先祖返りだかなんだか知らないが、自分と弟はそういう体質に生まれついてしまったのだ。自然の成り行きにしたがっているだけ。悪いことをしているとは思わない。妊娠にさえ気をつければいいだろう。
 大学の駐車場に止めたシルバーのS2000に戻る美羽音を、綾香が呼びとめる。
「ああ、いたいた。最近めっきり存在感ないんだから……美羽音!」
「なあに?」
 オープンカーのそばで美羽音が振り返る。近づいた綾香は、目をぱちぱちさせる。
「美羽音……どうしたの、その格好」
「ん、心境の変化」
 長袖の白いブラウスに、足首まであるデニムのロングスカート。以前とは別人のような、清楚でおとなしい姿だ。
「今日、ちょっといい?」
「今日はレポート出しに来ただけなんだけど」
「そう言わんとさ。いつかの畑中さんが、もう一度会いたいって言ってきてるんだけど。あんたまだひとり身でしょ」
「ううん、彼氏持ち」
「え?」
 綾香はS2000の助手席に気付いた。小柄なので見逃していたが、可愛らしい男の子がちょこんと座っている。
 少し戸惑ってから、すぐ納得した。
「ああ、噂の弟くんか。翼くん、だっけ?」
「初めまして」
 翼が会釈する。もう髪は伸ばしていない。とりあえずうなじのあたりでおとなしく切っている。
 行儀のいい子だな、と思っただけで、すぐに綾香は視線を離した。
「だめなの? 今日は翼くんとデート?」
「ええ。悪いけど、もう会わないって伝えといて」
「そうか。まあいいんじゃないかな。これだけあんたの雰囲気が変わってると、向こうもびっくりするだろうし」
「じゃあね」
 綾香に手を振って、美羽音は車に乗りこんだ。
 走り出してから、翼が笑う。
「本当のデートだもんね」
「ええ」
「でもこの車、狭いよ。中でエッチできないじゃん。S−MXかエスティマにしない?」
「私にも似合わなくなっちゃったしね」
 もともと、前のアウディを叩き売ったあと、人が入れないほどトランクの狭い車を探して買ったものだった。今の美羽音は、そんな心配をする必要もない。
「RVもいいな。ハリアーなんかどう? お父さんに頼もう」
「似合わないってば」
「そんなことないよ。お姉ちゃん雰囲気変わっても、かっこいいのは元のままだもん」
 はしゃぐ翼を、美羽音は暖かく見守る。翼はずいぶん男の子らしくなったようだった。
 なにも車に興味を持ち始めたことだけではない。
「あれ、持ってきたよね」
「ええ。チームからもらったワンピースも、ニットのチューブトップも、タイトもあるわよ」
「やった」
 以前のきわどい服を、翼はベッドの中だけでは求める。綺麗なお姉ちゃんはぼくだけのものだよ、とささやいて。
 そして後ろから犯す。美羽音をベッドに押しつけて真っ白な尻を突き出させ、ミニスカートをめくり上げて無理やり犯すのが、よほど気に入ったようだった。
 美羽音も、期待に震える。セックスの最中は立場が正反対になる。いつも素直な翼が、こちらの言うことなどまったく聞かずに、今までの豊富な経験を生かしたテクニックで責め立ててくる。
 翼は、これ以上ないほど安心できて、これ以上ないほど巧いパートナーなのだ。
 その倒錯をよりいっそう味わうために、普段の美羽音は六歳年上の余裕を見せて、いかにも大人のように振舞う。
 平日の混んだ大通りで、赤信号が灯った。美羽音は車を止め、誘う。
「今日は海に行かない?」
「泳ぐの?」
「ばか。見るだけよ。そして散歩するの」
「なあんだ」
「その後はシーフードね。ワインは赤と白、どっちか知ってる?」
「ええと……」
「勉強しなさい。間違えたらホテルはお預け」
「嘘ばっかり。どっちみち行きたがるくせに」
「こら」
 軽く頭をつつくと、翼は舌を出した。そんな顔をするとやはり幼い。
 まだ信号は赤。だが左右の道に車はいない。美羽音はクラッチをつなぐ。事故さえ起こさなければ、別に法律なんて。
 ためらいなくアクセルを踏む。


―― おわり ――


 可愛いけれど経験豊富な弟と、イケイケだけどウブな処女の姉、という組み合わせを書きたくて始めた話。
 けれど、定番の女装美少年とか、レースクイーンとか、ぶっかけとか、いろいろ入ってしまって、また散らかった。
 また、これは「懐かしい肌」の裏に当たるものとして書いた。あっちが底無しに暗い話なので、こっちは適度に明るくしようとした。しかし、きょうだいものを書くとどうしても「匂い」が入ってしまうらしく、それで濃い雰囲気になってしまった。なぜだ。まあ、いい香りにはしたのだけれど。

 女装美少年的なカタルシスを求める方には、不満だったと思う。女装美少年の最も興奮する扱いは、それをお尻から犯すことだとわかっているのだが、この話にはそれがないから。どっちかというと、姉受けに焦点を当ててしまった。だから女装美少年的観点からは、失敗。
 BSC以来女装コ受けの話をあまり書いていないので、そっちも書かないと。
 しかし、エロ文章の比率がかなり高くできたことは満足。


 ※その女装美少年方面のカタルシスがほしくなったので、急遽、友菜に代打を頼むことにしました。キーワードは「レースクイーンコスプレの女装美少年をやっちゃう」です。ちょっとひねってバドガールにしましたが。
「TOMONA! 第4話」、公開します。合わせてどうぞ。

01/10/25, 26


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