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ぷるぷるのぷるみ



 野瀬久志が小島冬美と付き合いだした理由は、ちょっと変わっている。
 登校途中にぶつかったからだ。
 それだけなら別に変わっているとは言えない。確かにオリジナリティーのかけらもないきっかけで、今日びそんな事件で付き合い始めるカップルなど、少女漫画の中にも存在しないが、二人の場合は本当に変わっていた。
 その朝、急いでいた久志は、自転車で冬美をひいてしまった。
「きゃーっ!」
 という黄色い悲鳴を聞いて、よそ見をしていた久志が視線を前に戻すと、角からやっぱり自転車で出てきた冬美が、もう目の前にいた。
 がしゃーん、とぶつかった。
 久志はその場でひっくり返って目を回したが、意識が飛んだのは一瞬だけで、すぐにアスファルトの上で正気に戻った。あわてて自分の体を見回してみたが、手のひらを軽くすりむいただけで、たいしたけがはなかった。そんなにスピードを出していなかったのが幸いした。
 次に気になるのは相手のことだ。同じ高校の制服を着た女の子、というところまでは気付いていた。体を起こすと、まだカラカラ車輪が回っている二台の自転車の向こうで、冬美が大の字になってひっくり返っていた。
「うわ……大丈夫ですか」
 声をかけながら近付いた時に、相手の素性にも気がついた。いっこ下の今年の新入生の中で、見た目だけなら結構かわいいと評判の、小島冬美だった。
 久志は二回ほど見かけたことがあるだけだったが、評判通りのかわいらしさのおかげで、すぐに冬美だと見分けがついた。評判通りどころではない。その時の冬美は、あることのせいで、それ以上に見えた。
 くすみひとつない、真っ白なつやつやの肌。
 つやつや、という言葉だけでは表せない。毛穴一つ、うぶ毛一本もなく、肌の下の血管も見えず、手をかざしたらそれが映ってしまいそうな、寒天のような滑らかな肌だ。
 もちろん顔立ちも体つきもかわいらしい。小顔で目鼻立ちは控えめに整っていて、まだ目は閉じられているが、まつげは長い。小さな女の子のようなさらさらの細い髪を肩の高さで切り揃えていて、横向きの頬にかかったひと房も扇のようにきれいに広がっている。乱れていても光を帯びて天使のわっかが見える、それぐらいつややかだ。
 体格も小柄。小柄にも室内犬のようにすばしこそうなタイプや、おとぎ話のドワーフのようなころころタイプがあるが、彼女はそうではなくて、あまり筋張っていない華奢な手足と、控えめながらきれいにまるい胸や腰周りを持つタイプだった。
 しかし、そういう外見の中でもやはり一番に目立つのが、指紋がつきそうなほどつるつるの肌なのだった。
「小島さん……だよね。大丈夫?」
 久志は冬美の頭に手を当てて、軽く抱き起こす。そうしながら目が別のところに行ってしまったのは、元気のありあまっている男子高校生だから、なにぶん仕方ない。
 夏服で、二の腕から先、太ももから下が、明るい日差しの下にさらされている。まぶしいほど白い。そして、誘っているように柔らかそうだった。うわスカート短け、頭抱き起こす前にそっち見ときゃよかったな――などという考えを、一秒ちょっとで無理やり追い払って、もう一度呼びかける。
「小島さん? 大丈夫?」
「ン……あっ、はいはい!」
 ぱちっと目を見開いた冬美は、久志に気付くと、少し大げさなほどの驚きっぷりで、身を起こした。
「だいじょぶですだいじょぶです! けがとかしてませんから、はい!」
「ごめん、ぶつかって。――いや、でも、いきなり出てきたのそっちだったよね」
「そう……ですね。いやだわたし、またやっちゃった。ごめんなさい、けがなかったですか」
 また、という言葉で、久志は彼女にまつわるもうひとつの噂を思い出した。彼女は、ものすごくドジなのだという。多分、こんな具合の失敗が日常茶飯事なのだろう。だから彼女の評判には、見かけ「だけ」はかわいい、というただし書きがついているのだ。
 あまり責めてもかわいそうなので、久志は軽く流すことにした。
「ん、おれは別にないから。気にしないで」
「よかった」
 それを聞くと、冬美はにっこりと笑った。最近あまり見ないような、素直な笑顔だ。
 ただ、その笑顔の中に、かすかに脅えのような影が混じっていたことに、久志は気付いた。
 そのまま何も起こらなければ、彼女が何に脅えていたのか、久志はずっと知らないままだったろう。しかし彼は、知ってしまった。
「じゃ、わたし、もう行きますから……」
 そう言って立ち上がりかけた冬美に、何気なく手を貸そうとした久志は、ぎょっとしてつぶやいた。
「あの……小島さん、手」
「手? ――あ」
 冬美の右手は、手首が外にくにゃりと曲がっていた。
 三秒ほど、二人は黙ってそれを見つめた。
 冬美は左手でくいっと右手を直すと、立ち上がって、少し無理のある笑みを浮かべた。
「治りました。それじゃ」
「治り……ましたって、おい!」
 普段あまり怒鳴ったりすることのない久志だが、さすがにそれを見ては黙っていられなかった。無理やり冬美の手を引いて手首を見ようとする。
「あのだいじょぶです! だいじょぶですったら、あっ!」
 冬美はなぜか、激しく抵抗したが、男の久志の腕力にはかなわなかった。腕をつかまれて、動けなくなる。
 動けないのに無理に動いたせいで、墓穴を掘った。
 つかまれた右腕が、今度はひじから、こくっと逆に曲がった。
「あ」
「え」
 今度こそ二人とも、引きつった顔で硬直する。
 曲がった腕をつかんだまま、しばらく久志は阿呆のように突っ立っていた。しばらくしてから、おそるおそる聞く。
「痛くないの?」
「いえ……まあ」
「なんで。なんでだよ! 小島さんこれ、どうなってるの? 関節外れても平気なのか?」
「いえ、その、関節とか……ないんです」
「関節が、ない?」
「……はい。その、骨も」
「骨も」
「……はい」
 徐々に声を小さくして、どんどんうつむいていく冬美の顔を追いかけるように、久志は覗き込んだ。
「骨がないって……人間じゃないのか?」
「あの、私……」
 冬美は、いちごのシロップを垂らしたミルクプリンのように、白い頬を赤く染めて、小さな小さな声でつぶやいた。
「スライムなんです」
「……スライム?」
「はい」
 そこは日本で、二人は高校生だった。
 でも冬美はスライムだった。


「遅い」
 自転車置き場に集まった生徒たちがあらかた帰ってしまった頃、待ちくたびれた久志の前に、ようやく冬美がやってきた。
「いつまで待たせるんだ、もう日が暮れるぞ?」
「ごめんなさ〜い」  
 相も変わらず気弱そうな顔で、冬美がうつむいて謝る。最近ではもう遠慮する間柄でもないので、久志はざくざく文句を言う。
「今日は何やってたんだよ。ゴミ捨て押し付けられたか? プリント運ばされたか?」
「OHP、倉庫にしまってました……」
「冬美が係じゃないんだろ? ほんとにさあ、断れよ」
「ごめんなさい……」
 冬美は気が弱い。頼まれるといやだと言えない。それが周りに知られてからは、頼まれることすらなくなって、あれやって、と命令されるようになってしまった。いじめられっ子の一歩手前である。
「でも、それだけじゃないです」
 手前ではあるが、本当のいじめられっ子にならないように、主張はする。今もした。
「校舎の昇降口が通れなくって」
「通れなかった? なんで」
「ねこが……」
「猫?」
 猫がなんだったのか、すぐにわかった。
 校舎から、三毛猫が一匹、ちょろちょろ走って来たのだ。学校の近辺に居ついている名物猫である。それがいたから、通れなかったのだ。
 いただけだ。いただけで、冬美は止まる。怖いのだ。走ってくる猫を見て、か細い悲鳴を上げる。
「きっ、きたきた、来ました! 野瀬さん、早く!」
「逃げなくても。かわいいじゃないか」
 必死に自分の背中に回り込もうとする冬美を押さえて、久志は無理やり前に押し出した。彼女の腕をもって、足元にやって来た猫に突きつける。
「ほら、撫でてみなよ。かあいいぞー」
「やだやだやだっ! ――あう」
 かまれた。
 猫が、ぱっくり冬美の右手をかんでいた。がじがじと歯を突き立てる。
「いたいいたいいたい〜」
 泣き顔で叫んでいる冬美を見つめて、久志は、はあっとため息をついた。
「やっぱ、だめか」
「だめです〜。生き物、苦手なの。は、早く助けて」
「しょうがないなあ……」
 久志は猫に目をやると、ぺんっ、と頭をはたいた。
「こら、やめろ」
 やめない。猫はますます、がじがじかむ。冬美はもう、息も絶え絶えな様子でうめく。
「野瀬さん、わたし、もう……あと少ししか〜」
「こら!」
 あと少しでどうなるのか知っている久志は、やむなく猫の両あごをつかんで、強引に口を開かせた。持ち上げて放り出す。
「わりーな。冬美はおれのなの。食べられちゃ困る」
「野瀬さん……」
 ほっと安堵の吐息をついて、冬美が久志に寄りかかる。
「ありがとうございます。やっぱり、野瀬さん優しいんですね」
「……おい、甘えるな」
 熱いまなざしで見上げる冬美を、久志は冷ややかな目で見下ろす。そのそばに、体操服とブルマ姿の女子の一団が通りかかった。中の一人が、声をかけてくる。
「あっ、ぷるじゃん。その人、彼氏?」
「中野ちゃん」
 バレー部の女の子たちだった。声をかけてきたのは冬美のクラスメイトらしい。手足が引き締まってすらりと長く、肌は小麦色で、いかにも活発そうな印象がある。
 冬美が卑屈っぽく答える。
「か、彼氏っていうか、なんていうか、そんな感じのひと、かな」
「へー、ぷるに彼氏いたんだ。意っ外ー」
 そう言って女子たちは笑った。どう受け取っても失礼な言葉なのだが、冬美は、ははは、と笑っているだけである。
 別の一人がさらに言った。
「ぷる、部活入ってないの?」
「うん、わたしは帰宅部」
「入ればいいのに。ぷるは潜在能力あると思うよー」
「そ、そう?」
「潜在能力はね! 潜在しっぱなしだけどね」
 また女子たちは笑う。冬美は泣きそうな顔でうつむいている。久志はちょっと同情する。潜在能力なんてものがあるかどうかはともかく、万一冬美がバレーボールなどやって、スパイクの直撃を食らったりしたら――大変なことになってしまうから、彼女は部活動に入れないのだ。
 だからかわいそうだとは思うのだが、そんなことをやたらと冬美に教えて元気付けるほど、久志は善良な性格ではない。ただ、自分の彼女を笑われて、腹が立ちはした。
 そのどちらの感情も顔には出さず、淡々と女子たちに聞く。
「ぷるって、あだ名なの? なんで冬美がそんな名前に?」
「ぷるぷる震えるからですよ。ふゆみだからぷるみ。それが縮まってぷる。ぴったりでしょ?」
 面白そうにそう言うと、女子たちはさっさと行ってしまった。馬鹿にしているという感じではない。冬美を笑うのが当然のことのように思っているようだった。
 それはそれで、久志もわからなくはない。
「ぷるか」
「……野瀬さん?」
「いくぞ、ぷる」
「野瀬さんまで〜」
「いいから乗れよ」
 半泣きの冬美を自転車の後ろに乗せて、久志は走り出す。親密さだけなら、それぐらいにはなっている二人である。


 帰り着いたのは久志の自宅だ。直行で冬美を送り届けたりはしない。そうしていいと分かってからは、遠慮なく久志はそうしている。
 またそれは、冬美にとってもそれほど嫌ではないようだった。
「ただいま」
「……おじゃまします」
 二人は誰もいない野瀬家に上がる。共働きの両親は帰りが遅い。夜の九時まではやりたい放題である。それを存分に利用して久志はやりたい方題やる。
「ぷる、お茶」
「……やっぱりぷるなんですか?」
「文句ある? ぷる」
「……ないです」
 久志がさっさと二階に上がってしまうと、冬美は自分の家より使い慣れてしまった野瀬家のキッチンで、麦茶を出して久志を追う。
「お茶です〜」
 盆を持って入ると、久志は床に腰を降ろしてベッドにもたれ、帰りがけに買って来た雑誌を開いていた。ん、そこ置いて、とそばの座卓を指差す。
 むやみとえらそうな態度なのだが、この二人はそれで普通なのだった。言われたとおり盆を置いて、冬美はぺたんと床に座り、主人の指示を待つ子犬のように、久志をじっと見つめる。
 ややあって、久志がつぶやいた。
「暑いな」
「クーラーあるといいですね」
「悪かったね、おれの部屋にクーラーなくて」
「いっいえ、そんなつもりで言ったんじゃないです」
「窓開けて」
「はい」
 冬美は窓を開ける。初夏の夕方の、じっとりした鈍い風が入ってきて、カーテンをかすかに動かした。たいして涼しくもならない。
 すると久志がまた言った。
「まだ暑いな。……ぷる、こっち来い。いつもの」
「……はい」
 その返事は、今までより少し嬉しそうなものだった。
 冬美は久志の前にひざをついて、彼のカッターシャツのボタンをすべて外す。胸板が現れると、くるりと背中を向けて、彼の体にそっともたれかかった。
 久志が当然のようにそれを受け止めて、ぎゅっと自分に押し付ける。しかし、まだ雑誌は放さない。あくまでも冬美のことはおまけだとでも言うように、平然とページをめくる。
 ややあって、冬美が振り向いた。
「あの……これでいいんですよね」
「ん。涼しくなった」
「よかった」
 冬美はほっと表情をゆるめた。
 その顔が、不意にこわばる。耳元をかすめる不快な音を聞いたのだ。きょときょと周りを見てつぶやく。
「やだ、なんか……」
「ん?」
「蚊がいます」
「そりゃいるさ。夏だから」
「じゃなくって……蚊に刺されたら、わたし」
「……ぷる、あのね」
 いささかうんざりしたように、久志は冬美の髪の毛をかき回した。
「いくらおまえでも、蚊の一匹や二匹じゃどうにもならないだろ?」
「自信ないんです〜」
「もっと自信もてって、いつも言ってるだろう」
「だってわたし……」
「言うなって。それはわかってるから」
「でもわたし、スライムなんですから〜」
 とうとう冬美はそれを口にして、久志にしがみついた。
 冬美はスライムである。
 いわゆるロールプレイングゲームに登場する、最弱の生物だ。魔法は使えず装備もない。ぷるぷるするだけで芸は何もない。ヒットポイントは7しかない。軽く殴られると死んでしまう。バレーのスパイクなど食らったら、それだけでアウトだ。
 そんな生物がなぜ日本にいるのかは、考えても仕方のない謎だった。現にいて人間のふりをして学校に通っている。本人にだって分からない。分からなくても問題はない。スライム風情に重大な秘密があるわけがないからだ。
 だから久志も詮索はしない。冬美が弱いスライムで、どうとでも好きにすることができる、それだけ分かったら、後のことは無責任にも放り出した。
 そしてまた、スライムにはスライムで、いろいろと面白いことがある。それが久志は、ひそかに気に入っていたりする。
「おまえ、ちゃんと役に立つじゃん。まず、こういう暑い日にさ」
 久志はきゅっと冬美を抱きしめる。お菓子めいた甘い匂いのする体は、ひんやりと冷たく、セーラー服越しに、久志の熱気が吸い取られていく。冬美を気に入っている理由の一つだ。スライムの冬美は体温がない。
「……わたし、ただの冷房装置なんですか」
「んなことないよ」
 すねたように言う冬美の体に、久志は両方から腕を回して、片手で胸を、片手で太ももを抱え込んだ。雑誌は放さないまま、そのまま床に倒れこむ。
「抱き枕にもなる」
「んも〜、そんなのやですう」
 久志の腕の中で、軽いなりに存在感のある冬美の体がもぞもぞ暴れる。暴れてもスライムだから全然力がない。久志は平然とした顔を取りつくろったまま、そのぴちぴちした動きを楽しむ。
 そのまま雑誌を読み続けるのだから、久志も性格が悪い。悪いというか、人間だからそれぐらいは普通なのである。
 しかし、スライムの冬美は意思も弱く、すぐに我慢ができなくなってしまうのだった。
「……野瀬さん?」
「なに」
「あの、ずっとこのまま?」
「まだ半分しか読んでないよ」
「読み終わったら、するんですか?」
「なにを?」
「なにをって」
「勉強でもする? おまえ知力も低いから、ちゃんとやらないとだめだろ」
「……いじわる〜」
 懸命に体をくねらせていた冬美は、じきに振り向いて、あっさり言ってしまった。
「えっち、するんでしょ」
「したいの?」
「……したいっていうか」
「したいんだね」
「……」
 こくり、と冬美はうなずいた。その頬は、初めて会ったときのように、そして毎回変わらず、ルビーを溶かしたような紅色に染まっている。
 他愛ないその変化が、久志は大好きだった。好きなのだが、やっぱり言わずに、やれやれという感じでささやく。
「仕方ないなあ。冬美はほんとに好きだよな」
「だって……わたし、世の中にこんな気持ちいいことがあるなんて、知らなかったから……」
 冬美は久志の肩口に顔を埋めるようにして、ぽそぽそと言う。
「いつ人にばれて、追っかけられて、やっつけられちゃうかって、びくびくしてましたから……こんなこと、知らなかったんです」
「んで、いっぺん知ったら、抑えがきかなくなったと。この下等生物め」
「下等だなんて、ひどいです!」
 叫んだ冬美に、久志はいきなりキスした。
「ん……!」
 目を見開いて冬美はもがく。そのもがく動きさえ弱々しくて、久志にとっては痛くもかゆくもない。
 そして冬美は柔らかい。唇も、頬も。弾力のあるつややかなその肌と肉だけは、人間の女の子がどうがんばっても身につけられないものだ。つるつるとしたその感触を、なかば口の中に吸い込むようにしながら、久志は唇を滑らせていく。
 抵抗は簡単になくなった。体すら柔らかくなった。思い切り抱いたら、多分そのままつぶれてしまう。それぐらい柔らかい冬美の体を、久志はそれなりに注意しながら、力を強めて抱きしめる。
 意外なことのひとつに、冬美の香りと、それに味があった。甘いのだ。普通の女の子のような石鹸とリンスの香りではなく、明らかになにか、果物の類のそれだった。いちごと蜜の濃密なエッセンス。汗にも塩の味はせず、甘い。なのに砂糖のようにべとつかず、乾くとさらりと消える不思議なシロップだ。
 とろんとした顔で力を抜いている冬美の耳たぶを吸いながら、久志はささやく。
「冬美、おいしいし。スライムってもっと変な匂いかと思ってたら、違うのな」
「……ほめてないですう」
 冬美はまつげを震わせながらつぶやく。
「そのせいでいろんな生き物に狙われるんですから〜」
 考えてみれば、それも当然だった。ゴムや樹脂のおかしな匂いがする生物を、他の生物が襲うはずがない。襲われるほどおいしいというのが自然な理屈だった。
「そんなこと言われても、ちっともうれしくないです」
「おれはうれしいけどね」
「ひっ」
 冬美が目を見開いた。久志がぷつっと歯を立てて、耳たぶのはしを食べてしまったのだ。「いやっ!」
「だめ、逃がさないよ」
 冬美が顔を背ける。それを追って、久志はさらに唇を頬に押し当てる。当てながら冬美の耳を見たが、かじった断面からは血の一滴も出てこない。つるりとした歯型があるだけだ。じきにゆっくりとその部分が盛り上がって、元通りの形になってしまった。――スライムだから痛みもなく血も出ない。そしてすぐ治るのだ。
 だから冬美の叫びは、痛みではなく驚きのせいだった。それがわかっている久志は聞く。
「まだ、大丈夫だよな?」
「は、はい。でも、ちょっとだけにして下さいね」
 まつげを伏せた脅えの顔で、冬美が哀願する。
「わたし、ヒットポイント7しかないんですからね? あんまり食べられるとなくなっちゃうんですからね?」
「あんまりじゃなきゃ、いいんだよな?」
「やっ、ひっ」
 さらに久志は冬美の二の腕に口を当てて、歯も使わず、唇だけでつるりとその部分を食べてしまった。大さじ一杯ほどの冬美の肉が、久志の舌の上でころころと回り、じきに甘く溶けてのどを滑り落ちていった。骨があるふりをできるほどだから、そこそこかたくて歯ごたえがある。けれども、本体から離れると溶けてしまう。ナタデココに似ているが、味は比べ物にならないほど濃く深い。本当に悪意のある人間なら、そのまま食べ続けて殺してしまうほどの美味だった。
 けれども、久志はそこで食欲を抑える。冬美の半月状の傷口がゆっくり盛り上がって、元通りになるのを、内心ほっとしながら見つめる。
「ぷる、おいしかったよ」
「……ひん」
「喜べよ。ほめてるんだから」
「はい……」
 その声が脅えだけのものでなくなっていることに、久志は気付く。
「……うれしいんだよな、ぷる」
「……」
「ほめられるの、好きだよな?」
「……はい」
 こくりとうなずく顔に、うっすらと媚びるような微笑が浮いていた。
「野瀬さん……だから好きです……」
 どんな形であれ、無力で無能な冬美はほめられることに慣れていない。だから、久志のそんな言葉にも反応してしまうのだった。
「野瀬さんはいつも、わたしをちょっぴり食べるけど、全部は食べないですよね」
「……」
「わたしを心配してくれてるんですよね……?」
「調子に――乗るなっ!」
「きゃあん」
 悲鳴を上げる冬美の服を、久志は次々とはぎ取り始めた。
 セーラーを頭から抜き取り、スカートを引きずりおろし、体をベッドの上に引きずり上げて投げ出す。ブラジャーとショーツだけの姿だ。服を着ていてさえ、はちきれんばかりのみずみずしさを感じさせる真っ白な体が、半裸になって久志の目の前に横たわる。
 そこでようやく雑誌を放り出して、久志は本格的に冬美の体を愛撫し始めた。
 腕に、肩に、鎖骨に、キスの雨を降らし、ところどころを少しずつかじり取る。そのたびに冬美は鼻を鳴らして甘い嬌声をもらす。自分もズボンを下ろし、下着一枚になって、がばっと抱きすくめながら、ブラジャーも外して投げた。冬美の体の中でも最高に手触りのいい部分、ぷるぷるに張り詰めたきれいな乳房が現れた。
「ぷる……一口、な」
「は、はい」
 つややかに光る乳房の、下半分のまるみに唇を押し当てて、ずるりと久志は吸い込んだ。ぽてりと量感のある肉が口の中に伸びてきて、ぷつりと切れた。
「ああっ……」
 冬美はあごをそらしてうめく。その間にも、乳房は震えながらすぐに元の形を取り戻す。喉に染み付くように濃い、コンデンスミルクに似た甘味を味わいながら、久志は乳房の谷間に頬を押し付ける。
「ぷるの、おれの中で溶けてるぞ」
「わたしも、わたしも野瀬さんのほしい……」
 冬美が胸を波打たせて荒く呼吸しながら、潤んだ目で見つめる。
「ちょうだい。野瀬さんのあったかいの、またわたしの中に混ぜて」
「ここか?」
 久志は冬美の下着の中に指を滑り込ませ、ひだを激しくこね回す。「んあ、ふあんっ!」と冬美は声を上げて、激しく首を左右に振る。久志の指にとろりとしたものがからんでいる。それが分泌されてもおかしくない場所だが、愛液ではない。久志の指の温かみで溶けた、冬美の肉なのだ。濡れない代わりにそこだけ特別溶けやすい、冬美はそういう体をしている。
「ここに入れてほしい?」
「ん、違いますぅ……そこにもらっても、おなかにたまるだけだもの」
 冬美は首を振ってつぶやく。
「野瀬さんに出してもらったって、わたし赤ちゃんできないもの。わかってるくせに」
 人間とスライムだから、当然、本物のセックスをしても何も起きない。それ以外につながる方法があり、その方が冬美にとっては、より恥ずかしくて、心地いいのだ。
 冬美は、喉だけを動かすような小さな声でささやきながら、腰を回した。
「わたしのカラダに、野瀬さんのせーえき、混ぜて……」
 白くつつましい下着に縁取られた、輝くほど滑らかな尻が、久志の前に突き出された。
「刺して、ください……」
「……うん」
 久志は下着を下ろし、腹に張り付くほど硬くなった性器を、押し下げた。狙う場所は下着の中ではない。その脇、まるい尻の肉そのものだ。
 押し付けて、強く力をこめた。太ももから孤形のしわで区切られた形のいいまるみが、少しへこみ、そしてぷつりとこわばりを呑みこんだ。
「くっ」
 それは他のどんなことでも得られない、不思議な包容感だった。ひんやりとした弾力のあるゼリーが、久志のものでかき分けられ、裂けながら柔らかくくるみこむ。久志は他の女の子の体を知らないが、そういう普通の相手では、とうていこんな感触を味わえないことは、よくわかった。
 それを受け止めている冬美の感覚もまた、異様なものだった。
「くあ、あはぁん……」
 自分の体の、文字通りの意味で内部に、熱い肉の槍が入ってくる。肌に隠された、決して触れられるはずのない神経に、じかに熱気が伝わり、鳥肌が立つほどの快感がじわじわと広がる。冬美も他人とのセックスを知らないが、もし自分と同じ種族とそういうことをしても、こんな感覚に達せられないことは、本能的に理解できた。相手がスライムなら、こんなに激しく肉の中に入って来たりはしないのだ。
 久志は根元までこわばりを突き刺し、冬美は腰のくびれ近くまで、それを飲み込んだ。どさりと久志の体がベッドに落ち、並んだ姿勢で背と胸をぴたりと押し付けあう。
「は、入ったぞ、ぷる。届いてるか?」
「はい、届いてますぅ。野瀬さんの熱いの、わたしの中でとくとくいってます」
「いいよ、メチャクチャいい。ぷるのお尻、最高」
「わたしもぉ……し、神経ひっかかれてるみたい。もっと、もっとえぐって!」
「いいんだよね? 危なくてもいいよね?」
「いいですっ! わたしを壊しちゃってもいいから! 出してっ!」
 冬美の上半身をきつく抱きしめながら、久志は腰を動かし始めた。冬美が体を痙攣させ、その震えが締め付けとなってこわばりを絞る。絞りながらも、とろりと溶けた肉がまとわりつき、出し入れの動きをますます滑らかにする。
 ぐいぐいと足を突っ張らせて冬美の尻を突き上げながら、久志は冬美の耳元にささやく。
「ぷる、いま体力いくつ?」
「よ、四ですっ、あはっ、いま三になっちゃった!」
「死にそう? これきつい?」
「きついですぅ! わたし、野瀬さんに殺されちゃうっ!」
 そう叫ぶ冬美の顔は歓喜の陶酔の染められている。
 今以外に、そんなに無防備になれる時はない。たった二や三のダメージ、たとえば自転車でぶつかるようなことで、死を恐れて逃げなければならない場合とは違う。ギリギリ一まで体力を減らしてもいいのだ。久志はきっと限界で踏みとどまってくれる。彼に任せればどんなに乱れてもいい。
「刺して、もっとぐいぐいしてっ!」 
「ぷる、中でっ、出すからなっ」
「は、はいっ。そのまま出してください!」
「またおまえの体に混ぜてほしいんだよな、おれの?」
「そっ、そう!」
 それが冬美の一番の喜びだった。この交わりで久志が射精すれば、行き場のない彼の精液は溶けた冬美の肉に混じり、そのまま体に吸収されてしまう。そしてそれは、今に始まったことではない。
 もう何十回も犯された。それによって冬美の体にはすでに、久志の体液が逃れられないほど大量に溶け込んでいるのだ。
「たくさん出して! わたしのカラダ、野瀬さんと同じものにしちゃってぇ!」
「ふ、冬美っ!」
 呼ぶ声に答えて、久志ははじけた。
 ドクッ、と熱いものがこわばりから噴き出す。それを受け止めるのは子宮のほら穴ではない。恋人の体そのものだ。何度も何度も、射ち放つはしから熱い粘液は肉に混じり、すみやかに周囲に溶け込んでいく。
「きっ……」
 冬美は目を閉じ、きゅうっと体をひきつらせて、浸透してくる久志の流れを味わう。
「来てるぅ……野瀬さんのが……カラダじゅうに……」
「冬美……」
 最後に抱擁しかけて、そっと久志は力を抜いた。冬美は全身の力を失って、ぷるぷると震えていた。聞くまでもなく、命を失ってしまう一歩手前の、体力が一しかない状態だとわかった。

 冬美とのセックスは、後始末もお手軽だった。こぼれた体液は揮発性の液体のように、冷たい蒸気を上げながら空中に消えてしまう。拭く必要もない。
 その手軽さも、蒸気が消えた後の爽やかな甘い香気も、ともに久志は大好きだった。
 大好きではありながら、例によって知らんぷりして服を着ているのだが、事が終わったあとだと、そういう仮面も冬美にはがされがちだった。
「野瀬さん、ほんとにすき」
「……なんだよ」
「最後、ちゃんと冬美って呼んでくれましたね」
「う……いや、あれは」
「いいの。もののはずみだって言うんでしょ。それでもいいです」
 全裸の冬美が、体を起こしてそっと久志の背にもたれる。服着ろ服! と久志は乱暴に体を離した。
「他の子にいじめられても、わたし、野瀬さんがいれば、生きていけます」
「だから、自信持てって言ってるだろ。そんなんじゃ、おれがいない時困るじゃないか」
「いなくなっちゃうんですか?」
「いや……そんなことないけど……」
「でも、そうですよね。あんまりジメジメしてたら、野瀬さんだって嫌いになっちゃいますよね」
 冬美は深刻な顔になって考えこんだ。
「でも、自信を持てって、一体どうすれば……あっ、やん!」
 突然、顔の周りで手を振り回し始めた。なんだ、と久志は聞く。
「蚊です、さっきの蚊! いま体力ぜんぜんないのに! あんもう、えいっ!」
 冬美は、ぱちんと手を打ち合わせた。それから手のひらを開いて、きょとんとつぶやいた。
「あれ、当たっちゃった。……珍しい」
 その時だった。
 突然、トランペットのファンファーレが鳴って、冬美の体がぱっと輝いた。久志は腰を浮かせて逃げようとする。
「な、なんだ?」
「あ……あーっ!」
 自分の体を見回した冬美が叫んだ。悲鳴ではなく、見たこともないほど嬉しそうな顔だった。
「レベルアップです!」
「れべるあっぷう?」
「そうです、いまの蚊をやっつけた経験値で強くなったの! へえー、スライムでもレベル上がるんだ。うわあ、うれしー」
 冬美は両腕で自分の体を抱え込み、座ったままきゃいきゃい飛び上がった。呆然とそれを見つめていた久志が、ため息をつく。
「レベルアップたって……どうせ、少ししか強くなってないんだろ」
「HP、11になりました。ちょっとでも嬉しいですよ〜。わたしだって頑張れば成長できるって分かったんだから!」
「そっか。そりゃよかったね」
「もっと喜んでくださいよ。わたし、今のでちょっぴり自信つきました」
「あ、そうか。……うん、そりゃおめでとう」
 ようやく久志も、小さく笑みを浮かべた。実はそれも小さいふりで、実はものすごく嬉しかったりする。小さなことだが、冬美にとっては大きな転機だとわかったからだ。
 その変化は、二人の関係も、少し変えそうだった。
「野瀬さん?」
「うん?」
 冬美が近付いて、がばっと背中から抱きついた。今までよりさらに柔らかくぷるぷるになったような頬を、久志の顔に押し付けて、色っぽくささやく。
「体力増えたから、前よりちょこっと、力入れてえっちもできると思いますよ。――試してみます?」
「う……た、試す試す!」
 惚れきっている少女にそんな誘惑をされて、我慢できるわけがなかった。とうとう表情を隠せなくなって、久志は再び冬美に襲い掛かった。


―― おしまい ――


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