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ニードル・ニンフェット


 ガシャン! と音を立てて三脚に乗ったビデオが床に跳ねた。
「今さら逃げてんじゃねェよ、汚物のくせに」
 中年の男が濡れたペニスをさらしたまま、後ろ向きに這いずってレフ板を押し倒す。
「どうしたその臭ェサラミは。腐っちまったのかァ?」
 はあ、はあ、とあえぎながら男は手足をばたつかせて逃げる。クスコと内視鏡とカメラが次々と踏み潰される。その周囲に、トラララッ! と光がはじける。
「撮るだけ撮ったんだからもう満足だろうが。とっとと人生完了しやがれこのゴミが」
「た、助けて……」
「助けてェ? アハハハッ」
 氷水のように冷たい嘲笑が頭から浴びせられる。
「てめェのような映像フェチの糞男に、この上一分一秒でも酸素呼吸する資格があるとでも思ってんのか?」
 追い詰められた男は、どんと背中をぶつける。振り向くと、そこには六十インチの巨大モニターが光っている。
 画面に映っているのは、恥じらいながら両足を開くあどけない少女の姿。
 画面と相手とをぎくしゃくと見比べた男は、大きく開けた口からかすれたうめき声をあげた。
「そんな……きみが……信じられんッ!」
「当然。だからてめェはここで死ぬ。死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!」
 男は、はあーっ、と狭窄した気管に息を吸い込む。それが最後の一息だった。
 トラララララッ! と軽快なスタッカートが響く。五十発の十八口径弾がわずか二秒に凝縮されて、美しい光のシャワーを降らせた。男の突き出た腹にたるんだ胸に膨れた顔に一瞬で蜂の巣が生まれ、さらにその後ろのモニターが粉々になってズボッと煙を吹いた。
 男の命は消え、モニターの少女も消えた。
 静まり返った部屋に漂う硝煙の中に、含み笑いのような声が混じる。
「……任務完了。第四十四条補則一項により、Hクリミナル二八一に法的処置執行。検察に追認申請を」
「了解」
「ふふ……ふふふふ……」
 ドアが開き、軽やかな足音が去って行く。


「だから、そのことはもう何度も話し合ったじゃない」
 モペットのサイドシートで可愛らしく頬を膨らませて、ミィナミィナ・リーがぼやく。
「私は納得していません。こんな危ないこと」
 パイロットシートの沙夜・HD9が、悲しそうに言い返す。
「Hクリミナルを処断するにはこれしかないんだってば。愚民院のお兄さんたちが都市法を変えてくれない限りはね」
「でも、あなたがやらなくても」
「あたしには十分な個人的動機があるもの」
「個人的動機で法の不備を利用しているんですか?」
「悪い? それはこの町の人たちを助けることでもあるのに?」
 沙夜は黙りこみ、渦流ではためく長い髪をうるさそうにヘルメットの後ろに回す。
 二人の乗ったモペットは、アゴラ市の裏通りを走っていく。アゴラ市自体、治安がいいとはとうてい言えない町だが、このあたりは特にひどい。路面にはビルから捨てられた生ゴミや排泄物が飛び散り、その中には気晴らしに殺されたらしい犬猫の死体も混じっている。甘酸っぱい腐敗臭が鼻をつき、数分おきに怒鳴り声やパトボットのサイレンが聞こえてくる。
「あら……」
 ヘッドライトの光の中に浮かび上がったものを見て、沙夜はいぶかりながらモペットを止めた。狭い道路に工事用のフェンスが立ててある。
 水道局の制服を着た男が、妙ににやにやした顔で言った。
「すみませんねえ、二十時まで通行止めなんですよ」
「行き止まりですか」
「こっちに迂回してください」
 男はそばの、さらに狭い裏路地を指した。沙夜はわずかに沈黙する。
 司法警察メトロネット経由で都市行政サーバにアクセス。
 現在区画での水道局工事予定をサーチ――ネガティヴ。
 現在区画でのエネルギー局工事予定をサーチ――ネガティヴ。
 現在区画での公衆情報局工事予定をサーチ――ネガティヴ。
 都市行政サーバからイグジット、上位オーバーシーズ・ネットにダイブアップ、帝国行政省による広域サービスにアクセス、並行して第二十課限定コードで機密指定リファレンスにアクセス。
 現在区画での行政省工事予定をサーチ――ネガティヴ。
 現在区画での軍及び特別高等警察工事予定をサーチ――グレイ・ファイル二十八件をヒット、しかし傾向識別により現状にはネガティヴと判定。
 ……一・五五秒後、沙夜は小声でつぶやく。
「正規の工事じゃありません。戻りましょう」
「行って」
「ミィナミィナ?」
「わかりやすいじゃない。むしろHクリミナル相手より、よっぽど楽だわ」
 沙夜はためらいながら、路地にモペットを乗り入れる。
 ものの十メートルも行かないうちに、背後でガシャンと大きな音がした。サイドミラーを覗いた沙夜が緊張した声を上げる。
「後ろ、塞がれました」
「でしょうね。前もよ」
 前方に視線を移した沙夜は息を飲んだ。
 一体どうやって置いたのか、十人乗りの巨大なバンが縦に突っ立っていた。それが狭い路地を完全に塞いでいる。手前に、銃を手にした八人ほどの男たちが立っていた。
 どいつもこいつも、薄汚れたボロのような服をまとい、その上に半分錆びているようなパーツアーマーを身につけ、垢と小便の匂いを漂わせている。ろくでなし、チンピラの類だ。
 モペットが止まると、一人が近寄ってきた。ヘルメットを取ったミィナミィナたちを見て奇声を上げる。
「おう、こりゃ大漁だ! 兄貴、見てみなよ。食べごろのお姉さんと、お人形みたいに可愛いお嬢ちゃんだぜ」
「通していただけませんか」
 無駄だと分かっていたが、沙夜は一応言ってみた。下っ端のチンピラが、たまらないという風に目を細める。
「くうっ、いただけませんかと来たね。そんなお上品な台詞初めて聞いたぜ。ゾクゾクするなあ。……悪いけど、いただけませんのよ」
「そういうことだ」
 兄貴分らしい電子眼球の男が肩をすくめる。
「見たとこ、金持ちのお嬢さんと、そのお付き人って感じかね。運が悪かったな、ここらのガラの悪さはちゃんと考えておかにゃあ」
「どうされるんです」
 ベージュのスーツとタイトスカートを身につけた沙夜の体に、電子眼球の男は、糊を塗りたくるようにねっとりと視線をからませる。
「あんたは俺たちでいただこう。まだ処女か? そうでなくたってあんたほどの上玉ならかまわねえ。ガバガバになって裂けるまで可愛がってやらあ。壊れても使い道はあるぜ。若い女の肉はビーフの百倍の値段がつくんだ」
 沙夜は蒼白になって身を縮める。電子眼球は、ズボンの股間をまさぐりながら、卑猥な口調で続ける。
「……そっちのお嬢ちゃんは入らねえな。肉も取れそうもねえ。……でも、心配すんな? いい人形屋を知ってるんだ。水晶漬けの彫刻にすれば五百万……いや、大脳取っちまってペットにすれば八百万で売れるかもな。喜べよ」
 沙夜はぶるぶる震えながらミィナミィナに目を移す。ミィナミィナは前髪の下に顔を伏せている。
 そばに来たチンピラが、モペットに触れてのけぞった。
「うお、こりゃ……EGEのアイベックスだぜ! 兄貴、これ俺がもらっていいかい? 二百二十馬力の最新モデルなんだ」
「好きにしな。俺はメカフェチじゃねえ」
「サンキュ! へへ、すげえな。しかもカスタムメイドじゃねえか。エンブレムは……」
 モペットの後部のナンバーを覗き込んだチンピラが、硬直した。
 ミィナミィナが、ポシェットに手を入れた。
「兄貴、こっこいつら――司警だ!」
「……なんだとッ?」
 電子眼球が、続いて周りの舎弟たちが、度肝を抜かれたような顔で拳銃を構えた。
 同時に、ミィナミィナが山猫のような素早さで体をひねった。ポシェットから出した超小型のサブマシンガン、M200を構えている。沙夜が現行犯逮捕警告を十六倍の速度で高速宣告する。
「銃器不法所持と殺人傷害未遂であなたたちを現行犯逮捕しますあなたたちには黙秘する権利がありますあなたたちの証言は法廷で不利な証拠になり得ますあなたたちには弁護士を呼ぶ権利とその同席を要求する権利がありますあなたたちに弁護士を雇う費用がなければ市が立て替えます、あなたたちが抵抗したならば現状の緊急性に鑑み我々はあなたたちを射殺します!」
「え?」
 モペットの後ろで銃を抜いたチンピラが、面食らって手を止める。だがその銃口はミィナミィナに向いている。
「警告したわよ」
 にっこり微笑んで、ミィナミィナがトリガーを引いた。
 トララララララッ! とM200が歌った。弾というより針のような鋭い小口径弾が、チンピラの首をズタズタにして引きちぎった。
「野郎ーッ!」
 残りの連中が一斉に発砲する。路地に閃光と破裂音が連続する。
 沙夜はモペットのスロットルを全開にした。大出力モーターの唸りに合わせて後輪が泥水を跳ね散らす。降りそそぐ銃弾を耐爆風防ではじきながら、モペットはチンピラたちの真ん中に突っ込み、一人を轢き殺して残りを分断した。
「さあもっと撃って!」
 楽しそうに叫びながら、ミィナミィナがサイドシートから跳躍する。空中の彼女を銃弾が追う。中にはSMGを持っている者もいたが、それでも連射が遅すぎる。弾と弾の隙間を小柄なミィナミィナの体が抜ける。
「もっと速く!」
 つややかな金髪をなびかせてミィナミィナが身をひねる。わずか二秒の間にM200が五十発を斉射。地上のチンピラの脳天から血の噴水が上がる。
 着地と同時にミィナミィナはエプロンドレスを翻して転がり、転がりながらマガジンチェンジ。その後ろに銃弾が突き刺さるが、かすりもしない。
「もっと狙って!」
 立ちあがりざま扇状に再斉射。一人あたり平均十三発の着弾。弾は軽いがアーマーのない首を狙っている。三人がガクガクと体を折って悶死する。
「甘いぜ!」
 電子眼球と残る一人が、背後からミィナミィナを撃った。クロスする射線が彼女を挟みこんでいる。
 一筋をミィナミィナは背中で避け、もう一筋に沙夜が立ちはだかった。
 百人のパーティー客がグラスを打ち合わせたような、澄んだ連続音とともに、美しい火花が飛び散った。
「なっ……!」
「いた、いたたた」
 顔をしかめてスーツの煙をはたく沙夜の体からは、一滴の血も流れない。電子眼球ははっと気づいて、遅まきながら視覚を可視光から広帯域に切り替える。
 超音波と赤外線が、人の形をした複合材の骨格を浮かび上がらせた。
 勘で気付いた隣のチンピラが叫ぶ。
「クソッタレ、貴様HDか!」
「もっと罵って!」
 体をずらした沙夜の後ろから、ミィナミィナの声と弾丸が浴びせられ、チンピラを穴だらけにした。
 どさっ、とそいつが倒れる。硝煙と沈黙がその場に漂った。ミィナミィナが悠然と再装填をしながら、最後に残った電子眼球の前にやってきた。
 妖精のように愛らしく恐ろしく笑う。
「さあ。……もっともっと、悪いことをしてよ」
「う……あ……」
「あたしと沙夜を、めちゃくちゃに可愛がってくれるんでしょ? ほら……触ってよ」
 ミィナミィナはフリルのついたブルーのスカートを、ゆっくりとめくり上げる。真っ白なソックスに続いて、ほっそりとした膝と太ももが現われる。
 電子眼球の恐慌は極限に達した。速すぎる。強すぎる。それに……美しすぎる。こんな、十歳になるかならないかの小娘が、どうしてこんなに強烈で、こんなに妖艶なのか。
 人間とは思えない。
「うわああああッ!」
 振り上げた五十口径をミィナミィナの額に当てて、引き金を引いた。
 カキン、と軽やかにハンマーが落ちた。――それだけ。弾切れだった。
 ミィナミィナは丁寧にその銃を横に押しのけて、幼い体を娼婦のように押し付け、小さな手を男の股間に当てて柔らかく揉んだ。それが縮み上がっているのを見て、飛びきりの笑顔を浮かべる。
「あなたはHクリミナルじゃないのね。……痛くしないわ」
 腹に押し当てたM200から全弾を叩きこみ、心臓を始めとする内臓を細切れにして背後の壁にぶちまけ、即死させた。
 沙夜がため息を付きながら言う。
「満足ですか、撃ちまくれて」
「うん。マガジン三本使ったのは久しぶりね」
 ミィナミィナはすっきりした顔で、M200をポシェットに収めた。その握力計のような双銃身の特殊SMGは、射程・威力と引き換えに大弾数を確保した、ミィナミィナ専用の武器である。
「でも、全員殺さなくても……」
「法的には問題ないでしょ。沙夜なんか当たったじゃない。弁護する必要ないわ」
「私の場合、正当防衛は成立しません。対戦車砲や爆弾でも受けない限り……」
 HD――ヒューモデバイス、司警所有の人型機械の沙夜は、スーツの下の対衝撃ポリフォームの肌を、むなしそうに撫でた。
「加害者側の犯意が問題ですから、犯罪自体は構成されますけど……」
「ほんとに分かりやすい連中だったわ。こういう、その場で殺してもいい奴らばっかりなら、あたしも苦労しないのに」
「本部にボイスレコードとレポートを送信します」
 ミィナミィナが愛くるしい顔を歪めもせずに、酸鼻を極める血まみれの現場を淡々と見回していると、沙夜が顔をこわばらせた。
「鑑識、八分で来ます。それと……新しいHクリミナルの情報です」
「来たの」
 ミィナミィナが振り返る。その顔に、今までの余裕はない。冷え冷えとした憎悪を目に浮かべている。
「K区です。危険度C、ザムメルズフト型のHクリミナル……」
「Hクリミナルに危険度も何もないわ。行くわよ」
「今からですか」
「弾もあるし沙夜もいる。それに、あたしはいつでも……」
「分かりました。本部に出動申請します」
 ミィナミィナはモペットのサイドシートに収まった。通信を終えた沙夜がモーターを再始動する。
 アクセルターンでアイベックスを転回させ、二人は勢いよく路地を出ていった。


 いつものようにチーフをいたぶる方法を考えながら、レンケは安フラットへの帰り道を歩いていた。
 レンケは美容師の見習いだ。まだ免許がないので散髪はさせてもらえない。女性客にパーマをかけたり、切った髪をほうきではき集めたりするのが仕事だ。
 でも仕事自体はきらいではなかった。きらいなのは免許持ちのチーフだ。
 今日もチーフは、レンケを怒鳴り飛ばした。レンケが椅子の隙間に入った髪まで夢中で取ろうとしたので、そんな細かいことはいい、と怒ったのだ。
 いつもそうだった。チーフは、レンケのささやかな楽しみの邪魔ばかりする。
 殺すべきだろうか。いや、やっぱりそれはだめだ。人を殺すと死刑になってしまう。死刑はきっと、ものすごくつらいに違いない。
 だから人殺しは駄目だ。これは忘れちゃいけない。
 殺さずに苦しめるには……
 考えていたレンケは、ふと名案を思いついて、きょろきょろ辺りを見回した。奇跡的に壊されていない公衆端末を見つけて、音声でかける。携帯端末を持つほどの金はない。
 それが済むとまた、ごみごみした裏通りをうつむき加減に歩いていく。
 ふと立ち止まった。
 そこを曲がればフラットにつくという角で、ゴミバケツの陰に、光の塊が落ちていた。
 よく見れば、それは小さな女の子だった。美しいふんわりした、輝くばかりの金髪の少女だ。その子が、しゃがみこんでしくしく泣いている。
 レンケはどきっとした。
 横目でちらちらと少女を眺めながら、その前を通り過ぎる。声をかけたい。触りたい。だがそんな勇気はない。ああ、もう曲がり角だ。
 その時、楽器の音色のように透き通った声が耳に入った。
「……ねえ、ここどこなの?」
 レンケは振り返った。少女が顔を上げている。大きな瞳から流れ落ちた涙が、ほのかにピンクがかったまるい頬を伝っている。その頬に張り付いた一条の金髪。
 レンケは胸の高鳴りを抑えながら答えた。
「ええと……ここはK区の二十一番だよ」
「K区って?」
「……迷子なのかい」
「うん」
 迷子。帰れない子。
「おうちに帰りたいの? お母さん探してるだろう」
「探さないわ。ママいじわるだもん。あたし、家出したの」
 家出。意地悪な母親。探していない。
「……どこへ行くのかな。その、友達のとことか」
「あてなんかない。適当に歩いてただけ」
 誰もこの子を知らない。
 レンケの中で、期待が一気に膨れ上がった。落ち着きなく周囲を見回す。細い路地には、誰もいない。
 でも、ああ、この前のことがあったばかりだ。連続だとさすがにまずいだろう。
「そっちの道を十分ぐらい行くと、警察だよ」
 断腸の思いでレンケは立ち去ろうとした。
 すると、小さな足音がした。背中に温かいものがしがみつく。
「お兄ちゃん、待って」
「う……」
「お兄ちゃん、優しそう。ねえ、あたしを連れてって。警察なんか嫌い」
 春の空を溶かし込んだような、水色の大きな瞳が見上げる。
 考えるより先に手が動いていた。レンケは少女の頭に手を置き、おそるおそる撫でた。柔らかく細い綿のような髪質。街灯に光る天使の輪っか。お菓子のような甘い匂い。肩の下あたりでふわりと広がる可愛い髪型。
 撫でて、からめて、すく。
「……いいよ、おいで」
「ありがとう」
 少女が顔を上げる。ようやく、レンケはその子の髪以外の部分に注意を向けた。
 青い上等のエプロンドレスを着て、絹レースの靴下とエナメルの靴をはいている。手足は小枝のように細くて、無理をしたら折れてしまいそうだ。首には手のひらほどの大きさのポシェットを下げている。金持ちの家の子なのだろうか。
「……名前は?」
「ミィナミィナ。お兄ちゃんは?」
「……レンケだよ」
「よろしくね」
 少女はレンケの腰にしがみつく。その温かさよりも、腕に触れる髪の滑らかさに、レンケは心奪われていた。 
 

 部屋に帰ると、レンケは何気ないふりをしてドアに鍵をかけた。
 狭いフラットの部屋には、家具らしいものはほとんどない。作り付けのキッチンとベッドがあるだけだ。一方の壁にはクロゼット。
「そこ、座って」
 ミィナミィナをベッドに座らせると、レンケはキッチンでお茶を入れ、持っていった。サイドボードにトレイを置いて、ミィナミィナの隣に腰を下ろす。
「飲んで」
「うわあ、熱そう。冷めたらもらうね」
 ミィナミィナは頬にえくぼを浮かべて笑うと、部屋の中を見回した。
「お兄ちゃん、一人暮らし?」
「そうだよ」
「きれいなお部屋ね。男の人の部屋って、もっと散らかってるんじゃないの?」
「なんにもないから」
「ふうん」
 ミィナミィナは立ち上がって、子供らしく好奇心に満ちた仕草で、クロゼットに近づいた。
「この中は?」
「やめろ!」
 びくっとミィナミィナが身をすくめた。レンケははっと口元を押さえて、できるだけ優しい声で呼んだ。
「ごめんよ。……その中、汚いんだ。部屋がきれいなのは全部押し込んでるからさ」
「そうなんだ」
 ミィナミィナはおとなしくベッドに戻ってきた。足をぶらぶらさせる彼女に、レンケは聞く。
「ミィナミィナは、どうして家出なんかしたんだい」
「ママが意地悪なの。それにパパは、お仕事で死んじゃったんだもん」
 ミィナミィナが、レンケの肩にことりと頭を寄せた。レンケは軽く震えて、ちらりとそちらをうかがう。
「あたし、寂しいの。……またパパに抱っこしてもらいたいな」
「そうか、かわいそうだね」
 レンケはおずおずと腕を伸ばし、ミィナミィナの頭を軽く抱いた。不思議そうにミィナミィナが見上げる。
「慰めてくれるの?」
「うん。僕も寂しいんだ。気持ちはわかるよ」
「ありがと……」
 腕の中で無防備に力を抜いた少女の頭を、レンケは高ぶる心のままに抱きしめた。
 梳けば梳いただけ指の間を流れる、さらさらの髪。顔を埋めるとほのかに甘い体臭でむせそうになる。なんて丸くて完璧な頭骨。
 ぐっ、と握り締める。
「あん、痛い……」
 ちょっと顔をしかめたミィナミィナが、体を反してレンケの胸に入ってきた。
「髪の毛ばっかり引っ張らないで。ねえ、抱っこして……」
 預けられるまま、レンケはほっそりした体を抱きしめる。体重がかけられて、ベッドに寝そべった。
「あったかあい……」
 ミィナミィナが幸せそうに目を閉じて、レンケの胸の上に横たわる。髪と一緒に、レンケはその背中も撫でた。抱きしめたら両腕が余ってしまうほど華奢な体。
「ねえ、ぎゅってして……」
 閉じかけの目で見つめられて、レンケはこの降って湧いた幸運に震えながら、ミィナミィナの体を強く抱いた。
 だがレンケは、じきに警戒し始めた。「あの気持ち」と一緒に、よくない気持ちも湧き起こってくる。温かい少女の体を求める気持ち。卑しい動物の本能。
 それが、股間に集まる。
 レンケが体をずらす前に、ミィナミィナが気づいた。
「お兄ちゃん……なんか、熱いよ?」
 体を起こして、レンケの股間を見ている。すうっと頭から血が下がったような気がした。
 だめだ、知られてしまう。
 だが、レンケが想像したようなことは起きなかった。ミィナミィナは悲鳴もあげず、気持ち悪そうな顔もしなかった。
「これ、おちんちん……だよね」
 レンケのズボンを見下ろして、ミィナミィナはふっと柔らかい微笑を浮かべた。
「もしかして……あれ? お兄ちゃん、エッチなこと考えたの?」
「か、考えてない!」
「いいよ、触っても。……痛くしないなら」
 再び優しく体を寄せるミィナミィナを、レンケは呆然と見つめた。
「き、きみは……」
「あたしだって知ってるわ、それぐらい。男の人は女の子に触りたいんでしょう?」
「ぼ、僕は違う!」
「とぼけなくても、お兄ちゃんならいいよ。やさしいし。パパに似てるし……」
 ミィナミィナはそっと体を押し当てる。少女のマリのように柔らかい下腹が、レンケの股間に当たった。
 卑しい気持ちでレンケは爆発しそうになり、悲鳴をあげた。
「やめろ! そんなこと、そんなことを僕にさせるな!」
 ミィナミィナを突き飛ばして立ち上がり、ベッドの下の引き出しを開ける。中からつかみ出したのは、散髪用のはさみだった。機械には任せられない芸術として現代でも残っている、美容散髪のための、鋭いはさみ。
「僕が欲しいのは肉体なんかじゃない、もっと美しい、昇華されたものなんだ!」
 叫びながら、ミィナミィナに踊りかかる。ミィナミィナは顔を引きつらせて避ける。
「お兄ちゃんどうしたの? 落ち着いてよ!」
 ブンとはさみを振るとミィナミィナがベッドから落ち、スカートがひらりとめくれて、蝋のように白い足が付け根まであらわになった。レンケの頭にかっと血が上り、股間がズキンとうずく。
「見せるなあ!」
 本能に従ってしまうのは屈辱だった。レンケは絶叫してはさみを振り回す。
「やめて! お兄ちゃん!」
 悲鳴をあげてミィナミィナが壁際に逃げる。レンケが踊りかかった。とっさにミィナミィナは、クロゼットのドアを引きあけて中に飛び込もうとした。
 ざわざわざわっ、と洪水が起きた。
「……何これ……」
 自分を埋めた奔流を、ミィナミィナは呆然と見回した。
 黒、茶色、金、赤、銀、それに染色した青やピンク……
 それらは、膨大な量の髪の毛だった。
「そうだ……僕は生身の体に惑わされたりしないんだ。きみの、きみのその美しい髪を!」
 両目を充血させて、レンケはミィナミィナに手を伸ばした。避けようとする彼女の浮いた金髪を捕まえる。
「いやあ!」
「痛くないよ、すぐに済むよ!」
「やめて、そんなのいや!」
 暴れるミィナミィナの髪にレンケがはさみをくぐらせようとした時。
 ジーッ、と玄関ブザーが割れた音を立てた。
「……ちっ」
 レンケは一瞬そちらに目を走らせたが、すぐに無視してミィナミィナに向き直ろうとした。
 だが、ドアが激しく叩かれた。
「レンケ! いるんだろ、おれだ! クスリ屋のジャッコだ!」
「……ジャッコさん?」
「開けろよ、例のモン持ってきたぜ。それに面白い土産があるぞ!」
 レンケはちらりとミィナミィナを見てから、何もできないと高をくくったのか、玄関に向かった。ドアを開ける。
 入ってきたのは、でっぷりと太ったツナギ姿の男だった。それともう一人、予想外の相手がいたので、レンケは驚いた。
「ジャッコさん、その女は?」
「ああ、表で捕まえた。おまえの部屋をうかがってやがったんだ」
 ジャッコは下品に笑って、後ろ手に関節をねじあげた女の顔を覗き込んだ。
「おまえが捨てたスケか? 生身の女には興味ねえと思っていたが、宗旨替えしたのか」
「いや……そうじゃないです。多分……」
 レンケが示した背後を見て、ひゅう、とジャッコは口笛を吹いた。
「子供じゃねえか。えらく可愛いなオイ。こんな小さなガキまでさらって来るとは、おまえも行くところまで行ったな」
「違います。家出した子がついてきたんですよ」
「どっちにしたってあれだろう。おまえ自慢のゲージュツで、丸坊主にしちまうつもりだったんだろ?」
「……そんな卑俗な言い方はしないで欲しいですね」
 レンケがはさみを見つめながら低くつぶやいたので、ジャッコはあわて気味に手を振った。
「いやいや、おまえの趣味に口出ししたりはしねえよ。おまえは金を出す。おれは安定剤を売る。それだけの付き合いだろ?」
「……分かってればいいです」
 背を向けたレンケに、エセ芸術家め、とジャッコは毒づいた。
 それから、気を取り直したように捕まえた女の顔を覗き込んだ。
「するとこの女は、察するにそのガキを捕まえにきたか見張るかって役目なんだろうな。どうなんだ、おい」
「……ええ、そうですよ」
「そうですよか。レンケ、どうする。放しちまっていいのか?」
 レンケはじっと二人を見比べて、つぶやいた。
「今、僕の芸術を実践するところだったんですよ。……その人はこの子の捜索人でしょう。放してしまっては都合が悪い」
 レンケは、薄い笑みを浮かべた。
「一人も二人でも同じです。ジャッコさん、また例の薬を売ってもらえますか」
「何に使うか言うなよ。聞いたらおれも共犯だ。……もっとも、記憶を消すぐらいしか使い道のない薬だけどな」
 ジャッコは、狡猾そうな笑みを浮かべた。
「するってえと、この女はもうじき腑抜けになっちまうんだ。何をしても覚えていないわけだよな」
「何をする気ですか!」
「いいことだよ。いいこと」
 ジャッコは乱暴に女を放して、部屋の隅に突き飛ばした。女はミィナミィナの隣に倒れる。
 一瞬、二人の目が合う。――そう、沙夜だった。
「応援を?」
「待って。まだチャンスはある」
 小声の会話は、レンケたちに届いていない。
「つうわけで、俺はあの女をいただくよ」
「汚らわしい。……どこかよそでやってくださいよ」
「ああん? 偉そうな口を利くな。サツにばれてないことまでバラしちまっていいのか?」
 口をつぐんだレンケに、ジャッコは笑って見せた。
「このまま連れ出したら泣き喚いて目立つだろうが。どのみち二人とも、しばらくここに置いとくしかねえんだ」
「……じゃ、さっさと例の薬を使って下さいよ」
「今は持ってきてねえよ。おまえ、さっき別のクスリ頼んだろうが」
 そう言って、ジャッコはポケットから包みを出した。
「ほれ。なんに使うつもりだったんだ? 筋弛緩剤なんて」
「仕事先にね、理解のない上司がいるんですよ。体の自由を奪ってやっても当然のやつがね……」
 不気味なレンケの笑いから目をそらしてから、ジャッコはふとつぶやいた。
「おい、それ……今度にしねえか」
「え?」
「もっと面白い使い道があるじゃねえか、なあ」
 ジャッコのいやらしい視線が、沙夜とミィナミィナに向けられる。
「ここら辺じゃ探しても見つからねえような綺麗どころが二人だぜ。こいつらに使えば……なあ」
「勝手にしてください。僕はそんなの必要ない」
「おう、勝手にするとも」
 ジャッコは、欲望の光を目に浮かべてやってきた。沙夜の腕を乱暴につかむ。
「やめて!」
「なあに、怖くねえって。ちっとも体に悪くなんかねえからな」
 沙夜は迷うような視線をミィナミィナに向ける。が、ミィナミィナはかすかに首を横に振った。
「おら、口開けな。……開けろっつってんだよ!」
 強烈な平手打ちが沙夜の頬にはぜた。沙夜は目を閉じ、震えながら口を開ける。
「飲め! 吐くんじゃねえぞ」
 包みから出した粉末を、ジャッコは沙夜の口に流し込んだ。周りを見回して、レンケのお茶の残りをつかみ、続けて沙夜に含ませる。
 沙夜がつややかな頬に涙を流しながら、喉を動かした。ジャッコはその体をベッドに持ち上げる。
「へっへ……すぐだぜ。ふわーっと気持ちよくなるからな。天国の感じだ」
「あ……う……」
 うめく沙夜の瞳から、急速に意思の光が消えていく。散らばった長い黒髪と同じように、彼女のすらりとした手足も、力なく伸びるだけのモノになった。
「よし、いただくか……」
 ぐったりとなった沙夜の体にジャッコが襲い掛かり、ごつい指で思うさままさぐりながらスーツをはぎ取り始めた。
 その狂態から目をそらしながら、レンケがミィナミィナに近づく。脅えて声も出ない、という様子のミィナミィナの前にしゃがんで、はさみをきらめかせた。
「おとなしくするんだ。すぐ済むから……」
「やめて、髪だけは……」
 ミィナミィナは声を喉に詰まらせながら哀願する。
「パパが、パパがほめてくれた髪なの。これだけは切らないで……」
「わがまま言っちゃ駄目だよ。きみみたいな可愛い子が」
「やめてっ!」
 ミィナミィナがレンケに抱きついた。意外な行動に、レンケは動きを止める。
 大きな目に涙をためたミィナミィナが、レンケを見上げた。
「お兄ちゃん、そんな人じゃないよ」
「ミィナミィナ?」
「ひとの髪の毛だけをほしがるなんて、間違ってるよ。お兄ちゃんも本当はひとのあったかさがほしいんでしょ?」
「……」
「あたし、わかる。お兄ちゃんは優しい人だって。今まで人にあっためてもらったことないから、髪の毛を集めたりしてただけなんだって……」
 今まで経験したことのない優しさを与えられて、レンケは戸惑う。
「ねえ、分かって。お兄ちゃんがしたいのはそんなことじゃないでしょ」
「そ、そんな……」
 レンケはミィナミィナの小さな頭に手を置いて、迷いながら聞く。
「でも、どうすれば……僕には分からない」
「うん……」
 同じように困惑した顔のミィナミィナが、ふと横を見た。
 そこでは、沙夜がジャッコに犯されている。謹厳なグレーのスーツは半分がた破られ、胸元からは白い乳房があふれ、タイトスカートはまくり上げられて、大きく足を開かされている。脂の乗った豊かな太ももの間にジャッコが入り込んで、激しく腰を動かしていた。
 ミィナミィナはその惨状にさっと目をそらし、ちらりと横目で見て、一度こくりとうなずいてから、再びレンケを見上げた。
「お兄ちゃん……あたしに、あれして」
「ミィナミィナ?」
 驚くレンケに、ミィナミィナはひたむきに訴えた。
「あれすれば、お兄ちゃんもひとのあったかさが分かると思うの。あたしでそれを感じて……」
「僕はそんなこと!」
「したくない――っていうのは、お兄ちゃんのこだわりなんだよね。でも、あれってほんとは好き合った同士ですることなんでしょ。ちっともいやしいことじゃないと思うの……」
 ミィナミィナは、レンケの腕を取って胸に抱いた。
「お兄ちゃんなら、ちゃんと優しくできるんじゃない……? あたしも、あの人みたいにひどいやり方だったらいやだけど……」
「ミィナミィナ……」
 レンケは少女のふっくらした頬に手のひらを当て、夢から覚めたようにつぶやいた。
「きみは……なんて優しいんだ」
「分かってくれた?」
「ああ」
 うなずいたものの、レンケはふと不安になる。
 彼が今まで、女の髪を切るだけで一度も犯さなかったのは、美意識のせいと、もう一つ、それが罪を避ける方法だったからだ。無理やり女を犯せば、重罪は逃れられない。
 だが、一途なミィナミィナを見ていると、そんなためらいも消える。
「ああ……僕が真人間になれるかどうか、きみで試させてくれる?」
「うん、いいよ……」
 抱き合う二人の横で、獣じみた叫びが上がる。
「おっ、おおうっ!」
 ジャッコが腰を叩きつけ、沙夜の三日月のようにへこんだ腹腔の中に、力ずくで欲望を流し込んでいる。だらりと四肢を投げ出してはっはっと浅く速い息をつくだけの沙夜の上で、ごりごりと腰をねじ込むと、ジャッコは深く息を吐いた。
「うふう……まずは一発ってとこだ。レンケ、おまえも結局やるのか?」
「一緒にするな!」
 鋭く叫ぶと、レンケはそっとミィナミィナを抱き上げた。
「ぼくらはあんな野蛮なことをするんじゃない……そうだよな?」
「うん、そうよ」
「へへっ、まあ好きにしな。こっちはこっちで続けさせてもらうぜ」
 ジャッコは沙夜の片腕を引きずり上げると、強引に体を裏返して腰をつかみ上げ、まろやかな尻に唾液を塗りたくり始めた。
「お兄ちゃん……」
「ミィナミィナ……」
 二人も、唇を重ねて愛撫を始めた。


 陵辱と交歓、二つの交わりが、奇妙にも同じ場所で開始された。
「うむう、具合のいい女だな、こいつめ……」
 抱え込んだ沙夜の尻にぱちぱちと腰を叩きつけながら、ジャッコが感激の声を上げる。すでに一度沙夜は胎内を汚され、再び放出のときが迫っている。
「ミィナミィナ……」
 対照的に、レンケは慎重すぎるほど丁寧な愛撫を施している。ミィナミィナを横たわらせ、スカートをおずおずと引き上げている。
「お兄ちゃん、ほら……」
「わ、分からないんだ。初めてだから……」
 唇をかんで屈辱的につぶやいたレンケに、ミィナミィナはそっと手を伸ばす。
「それでいいと思うよ。あたしが……あたしで喜んでくれれば」
「いい、のか……」
 レンケは徐々に、ミィナミィナの美しさに目覚め始める。
 スカートをすべて引き上げると、細い膝こぞうとガラス細工のように透き通った白さの太ももが現れた。クリーム色のショーツの中の尻や腰は、盛り上がるほども肉がなく、余った布が少し波打っているほどで、痛々しささえある。
 壊れそうだ、と思っていると、ミィナミィナがささやいた。
「触って……」
 片膝を立てる。くしゃりとしわになる股の部分にレンケの目は吸い寄せられる。卑しい――! と思いかけて、そうじゃないんだ、と否定する。
 自分は、それを味わわないといけないのだ。
 レンケは顔を寄せて、ミィナミィナの内ももに口づけした。少女の肌は卵の薄皮のように薄く、ぴりっと熱い。バニラのような匂いが鼻腔に入り、陶然となる。
 それだけでレンケは魅せられた。
「ミィナ……ミィナ」
 レースのソックスに包まれた小魚のような足の裏をつかんで、レンケはミィナミィナの足を大きく広げた。内ももに当てた頬を滑らせ、細い布に覆われた秘密の部分に近づく。
 押し当てた。ぴくっ! とミィナミィナが動き、芳香が少し甘酸っぱくなった。
「噛まないでね……」
 恥じらいの声が耳に届き、レンケはあえぐ。噛まなければいい、そうなのか。
 布の上から唇ではわはわと甘噛みすると、ゼリーのような手ごたえが動いた。くんっ、とミィナミィナが切なげに鼻を鳴らす。たまらずレンケははさみを手に取り、その部分を切り裂いた。冷たい感触にミィナミィナが叫ぶ。
「やっ、お兄ちゃん!」
「だ、大丈夫、パンツだけ……」
「でもやめて、怖い!」
「……わかったよ」
 レンケははさみを放り投げた。それから、目を戻した。
 顔の前に拳を握ったミィナミィナが、隠しもせず大きく股を開いている。彼女の呼吸に合わせて、桜色の小さな花びらが息づいていた。
「きれい……だ……」
 レンケはそこに顔を寄せ、ためらいなく唇をかぶせた。かまなければ、いいんだ。
 まだわずかな裂け目でしかない。その間にかすかにひだが見えている。レンケは舌を突きこみ、未熟なひだを引き出し、唇で挟んで、ちゅるちゅると唾液にくるんだ。
 それに、蜜が加わる。
「ふわあああ……」
 ミィナミィナが喉を大きく開けて肺からあえぐ。ひくひくと彼女の腰全体が震え、精一杯のぬめりで応え始める。濁りもなく、生臭さもない清浄な蜜。レンケはストローのように舌を突きこんでそれをすすり上げる。
「ミィナミィナ……おいしいよ……」
「いやァ……恥ずかしい……」
 燃えるように頬を火照らせてミィナミィナが鳴く。
「くおうっ、ふんんっ!」
 耳障りな吠え声が上がった。朦朧としながら二人が見ると、ジャッコが二度目の絶頂を果たしつつあった。力のこもっていない沙夜の体を後ろから抱きすくめ、形よく真下を向いた乳房に指を食い込ませながら、節くれだった性器を突っ込んでどくどくと射精している。
 薬の効き目が薄れたのか、かすかに眼球を動かして、沙夜があえいだ。
「やめて……せめて外に……」
「はっはァ! 悪いな姉ちゃん、もう一発出しちまってるよ。だからもう嫌がっても意味ねえんだ」
「そんな……ひどい……」
「今ので二回目だ。しかしそんなにいやなら趣向を変えてやる。オラ!」
 またも強引に沙夜の腕を引くと、今度は顔をこちらに向けさせた。美しい黒髪を無残に払いのけると、よだれのこぼれる口元に汚れた肉棒を突きつける。
「こっちなら心配ねえよな!」
「う、うぶっ……」
 苦しげな表情に逆に誘われたのか、ジャッコは沙夜の整った唇を力任せに押し割って、性器を呑み込ませた。
「噛むんじゃねえぞ!」
 ボールか何かのように頭を抱えてぐいぐいと腰を動かしだす。この男の精力は底なしのようだった。
「お兄ちゃん……あたしは優しく……ね」
 はっとレンケが顔を戻すと、ミィナミィナが不安を押し殺すような笑みを浮かべて、両手を差し伸べていた。
「ああ、もちろん」
 レンケは体を浮かせて、ミィナミィナの上に押しかぶさった。柔らかいエプロンドレスに包まれた、子猫のように小さな体を抱き、豊かな髪に顔を埋めると、あの甘い匂いが一度に香った。理性がはじけ飛ぶ。
 レンケに少女趣味はない。だが清らかなものを愛する心はあった。そしてミィナミィナは、何よりも清純だった。
「来て。あったかいよ……」
 その清純さが、無償でレンケに捧げられていた。レンケは感動する。
 だが、同時に、自分の感動が純粋なものではないとも気付いた。それはやはり、どろどろと濁った性欲だった。
 だから? 今さら?
 止まるわけがない。どす黒い欲望だと認めながら、レンケは腰を進めた。
 慎ましやかな花びらに当たる。押しこむ。割り開く。ねじ込む。
「んくっ……」
 ミィナミィナの苦痛の表情に、ゾクゾクとした喜びを覚える。ジャッコと同じだ。しかし、かまうものか!
「ミィナミィナ……」
 少女の体の硬い弾力がレンケを包んでいる。その熱さきつさに、レンケは叫びたくなる。目を落とすと、その有様が見えた。ミィナミィナのつるりとした小さな下腹に、自分の赤黒いものが突き刺さっている。なんて卑しさだ。でもなんて心地いいんだ。
 ミィナミィナがきつく目を閉じて耐えている。
「お兄……ちゃ……」
「ほら!」
「あぐっ!」
 突き上げると、ミィナミィナが歯を食いしばった。無抵抗に、弱々しく。
 凄まじい征服感。
「ほらっ!」
「んあっ!」
「どうだ?」
「い、いあっ」
「うおっ」
「やめっ、いたっ!」
「そらっ!」
「ひゃはッ!」
 レンケは残忍に突き入れる。硬い自分の槍でもろい少女の体を突き壊していくような快感。つかんだ太ももにはぬるぬるした脂汗が浮き、目の焦点が飛びかけている。悲しげな反応が嬉しい。
 いや、ミィナミィナの性器は逆に。乱暴な挿入に耐えるためかあふれるほどの蜜を分泌している。そのぬめりは腰がとろけてしまいそうなほどだ。純粋にそこだけでも心地いい。
 レンケは今や、野獣と化してミィナミィナを攻め上げた。耐えきれずに逃げようとする少女の肩を押さえつけ、エプロンドレスを引き破って、薄い肩やわずかなふくらみに噛みつき、血流が止まるほど太ももの肉をつかみ潰し、激痛の矢でミィナミィナを突き荒らした。
「いやあっ、お兄ちゃんやめてえッ!」
「おま、おまえが悪い、おまえが誘うから、から」
「痛い痛い、死んじゃうよっ!」
「痛がれ、泣けよ!」
 熱い肉を貫いていた性器に、徐々に震えが集まる。びくっ、びくびくっ、という不規則な痙攣を感じたのか、ミィナミィナが半狂乱で叫んだ。
「だめだよっ、出したらだめだよ! そこまでしていいなんて言ってない!」
「だ、だめだ。もう僕、僕はおまえを」
「やめて、待って! お願い汚さないでぇっ!」
 汚す、という言葉を聞いた途端レンケは切れた。やっぱりこの子は、僕を汚いものだと。
 腹の底から怒りが込み上げる。
「よ、汚してやるッ!」
「だめぜったいー!」
 涙をまき散らして叫んだミィナミィナの顔が、はっと空白になった。レンケは脳天に突きぬけていく快感の中、それを見下ろす。
 ビクッ、ビクッ、と体を震わせながら、ミィナミィナがうつろにつぶやく。
「出てる……」
「出てるさ!」
「いっぱい……あたしのおなかに……」
「おまえの子宮に!」
「お兄ちゃんの……せいしが……」
「そうだ!」
 次の瞬間起こったのは、レンケが想像だにしなかった恐怖の出来事だった。
 ミィナミィナがポシェットに手を入れ、U字型の何かを取り出した。それを向けられた途端、肩に凄まじい衝撃が走った。
 コマのようにきりきり舞いしながら、血煙をまきちらしてレンケは吹っ飛んだ。ミィナミィナがゆっくりと立ち上がる。
 甘い声が、猛烈な毒を含んだ。
「とうとう中出ししやがったな、この性犯罪者がァ」
「……ミィナミィナ?」
「しゃべんなド畜生! その腐った口で二度とあたしの名を呼ぶんじゃねえ!」
 再びミィナミィナの手が火を吹いた。トラララッ! と軽い音を聞いたと思ったとたん、反対の肩にも激痛が走った。
「な、なにを……」
 レンケはようやく悟る。自分が何か、恐ろしい過ちを犯したことを。
 ベッドの上で驚愕していたジャッコが、はっとポケットに手を突っ込んで拳銃を取り出した。 
 その腕が逆巻きこみに極め倒される。ジャッコは呆然とする。関節技をかけたのは、まだ一時間は指一本動かせないはずの、沙夜だった。
 沙夜が冷たく言い放つ。
「動かないで下さい。私はHDなのであなたに強姦罪はありません。――強姦は親告罪なので。しかしミィナミィナの邪魔をすれば公務執行妨害を加罪します」
「え、HD!」
「筋弛緩剤は効いていません。その不法所持に関してはあなたも有罪です。後ほど逮捕します」
「し、司法警察……まさか、ニードル・ニンフェットか!」
「それが第二十課特務班を指す俗称であるなら、答えはイエスです」
 ジャッコは蒼白な顔で動きを止める。レンケは肩の血を止めようともせず、せわしなく視線を動かす。
「な、なんだおまえは! ニードル・ニンフェットって!」
「糞より汚ねえヘテロクリミナル――変態的性犯罪者専門の断罪警察」
 ミィナミィナが、愛くるしい顔を壮絶に歪めて言い放つ。
「クソムカつく現行法の下じゃ、てめえらのような悪知恵の回る連中は裁けねえ。強姦罪は親告罪の上に成立条件が滅法厳しいからな。女を剥いたとき成立するのか、突っ込んだときか、中出ししたときか、フェラやアナルなら成立しないのか。そんな下らねえことをつつき回して、法学者のボケどもは大騒ぎしてやがる。その隙間から大勢のゴミどもが逃げ出してる。中出しこそしてねえが、女をむいてビデオに撮って売ったヤツ、ムチとロウソクでさんざんいたぶり抜いたヤツ、それに――」
 ミィナミィナはちらりとクロゼットの髪の洪水に視線を走らせた。
「シャヘル・レンケ。てめえは四十八人の罪もない女を襲って髪を切り取り、一度はム所にブチこまれた。だが刑期はたった二年だったな」
「そ、それが……」
「短か過ぎんだよカスが!」
 M200が短く叫ぶ。今度は足を撃たれて、レンケは悲鳴を上げる。
「女たちの中には興奮したてめえに顔を切られた娘までいた。だのにおまえは一番重い強姦罪にはならず、傷害なんてチンケな罪で許された。そんなふざけたことが許されるわけがねえ」
 ミィナミィナはM200の空マガジンを跳ね飛ばし、新しいものを音を立てて装填する。
「だからあたしの出番になった。愚民院の寝ぼけたインテリ小僧どもがグウの音もなく有罪宣告を出すように。十歳の娘をレイプしてしこたま中出し。これなら天国のヒゲ爺いだって認めてくれる。間違いなくてめえは強姦犯人だ」
 ちゃきっ、と銃口をレンケの腹に向ける。
「分かったか。分かったら懺悔しな。泣き喚いて命乞いしてもいい。どっちにしろてめえはどんな後悔でも足りないところまで来てるんだ」
 はあっ、はあっ、と荒い息を吐きながら、泣き笑いのような顔でレンケは言った。
「信じられない……」
「当然。だからてめえはここで死ぬハメになった」
 レンケは最期の卑怯さを見せて懐柔に出る。
「きみみたいな女の子が、どうして? 僕なんか殺しても、手が汚れるだけだろう?」
「汚れる? アハハハッ」
 甲高い声で笑うと、ミィナミィナは焼き尽くすような目でレンケを見つめた。
「あたしはなあ、五つのときにとっくに父親に汚されてんだ! だからあたしには、チンポで考えてるような全てのHクリミナルどもを、殺して殺して殺し尽くす権利があるんだよ!」
 ハアーッ、とレンケは息を吐いた。それが最後の呼吸だった。
「強姦の現行犯に対しあたしは被害者特例権利を行使する」
 ミィナミィナが一歩一歩進みながら発砲した。
「てめえに黙秘権はねえ」
 三発の弾が肝臓を貫いた。
「てめえの証言は誰にも聞かれることはねえ」
 五発の弾が胃と膵臓を破壊した。
「てめえに弁護士を呼ぶ権利はねえ」
 十一発の弾が右肺を破った。
「てめえの権利を保障する法律も政府もこの地上に一つだってねえ」
 十五発の弾が顔面と頭骨を粉砕した。
「てめえの戸籍には永久に犯罪者の文字が焼きつけられ、てめえの死体は生ゴミとして腐りはて、てめえの存在と霊魂全ては完全に完璧に完膚なく呪われて地獄の底の糞の海に叩ッこまれて未来永劫一千億年苦しみぬいてもだえぬく!」
 残り二十六発すべてがレンケの股間の濡れたペニスに集中し、跡形もなく吹き飛ばした。
 レンケは、穴だらけの肉塊と化した。
 ミィナミィナの手が、力なく垂れる。
「……はは、また一人……はは」
 沙夜が駆け寄り、その小さな体を抱きしめた。
「ミィナミィナ……」
「ん……やったよ、沙夜。ちゃんとレコード送ってた?」
「はい」
 元のあどけない表情に戻ったミィナミィナに、沙夜はうなずく。突然の変貌に驚きはしない。あれは、引き絞られた弓の発射、あるいはマグマを溜め込んだ火山の噴火なのだ。幼いミィナミィナが凶悪な犯罪者と戦うために作り出した仮の姿、敵の鏡。
 だが、それを生んだ憎悪は彼女本来のものだ。笑顔の底には、決して消えない苦悩をこびりつかせている。
 ミィナミィナは銃を収めると、沙夜にもたれる。
「ちょっと、疲れちゃった……」
 気を失った少女を抱きしめて、沙夜はちらりと振り返った。
 ベッドのジャッコは――固まっている。まず逃げる心配はないだろう。
 パトボットのサイレンが聞こえてきた。


 刑法第四十四条補則一項、通称Hクリミナル処分法に基づいた死刑執行現場に、鑑識と検察官がやってきて現場検証を行っている。
 パトボットに渡された制服を身につけ、モペットに乗った二人の側で、異様に背の高いフロックコートの男が言った。
「君たちのレコードを受信した。君が容疑者を誘惑したと判断されかねない部分については、いつも通り私が処置を施しておく。……ご苦労だった」
「課長……」
 沙夜が思いつめたような表情で、男を見上げた。
「やはり、この任務はミィナミィナには苛酷すぎると思います」
 男は答えず、視線をミィナミィナに向けた。
「リー特務。今のは君の意見かね」
「……いえ。HD9の参考見解です」
「君の考えは?」
「あたしは、やれます」
「結構」
 男はうなずいた。
「今日は休みたまえ。明日は夕刻1600に出頭」
 それだけ言うと、男――性犯罪担当第二十課長のジョン・「ダークハンド」・クレンギンは去っていった。沙夜はその背中を、ヒューモデバイスに可能な限りの反抗心を込めて見つめる。
 ミィナミィナは、第二十課唯一のHDである沙夜・HD9を託され、ほぼフリーハンドに近い強権を与えられたエースだ。だがその待遇は無条件で得られたものではない。
 司法警察はHクリミナルに手を焼いている。法律が壁となって処断できない彼らを、唯一裁けるのがHクリミナル処分法である。しかし、その適用には困難な条件がつく。
 明らかな強姦罪が成立していること。しかも加害者の断罪は被害者が行うように要求される。そんなことが、傷つけられて脅える並みの女性にできるわけがない。
 ミィナミィナは、完璧に条件を満たす貴重な存在なのだった。それを手駒として使うことで、課長の「ダークハンド」は効率的に犯罪に対処している。
 そんなやり方が、沙夜には無性に腹が立つのだ。
 沙夜は気遣わしげな目をミィナミィナに向ける。
「ミィナミィナ……この仕事、やめたらどうですか」
「どうして?」
「あなたが傷つくばかりです」
「いいのよ」
 ミィナミィナは無表情につぶやく。
「あたしが傷つくぐらいで、ああいう連中を始末できるなら、本望」
 沙夜はどうしようもない無力感に襲われる。
 せめて自分のようなヒューモデバイスが強姦罪を誘導できれば、ミィナミィナの負担を減らしてやれる。だがそれはありえない。ロボットを犯しても器物破損になるだけだ。
 だから沙夜は――上司への貢献を最大限に拡大解釈して、この少女を労わろうと思っている。
 モーターを起動しながら沙夜は言う。
「今日、あなたのうちに行きます」
「どうして?」
「一緒にお風呂入りましょ」
「いいわよ。もともと汚れてるんだから」
「そんなこと言わずに、ね」
 しばらく見上げてから、泣きそうな顔で、ミィナミィナはこくりとうなずいた。
 沙夜は優しく笑う。
「きれいですよ、あなたは」
「……ありがと」
 ミィナミィナは、鼻をすすりあげる。
 司警の思惑が卑怯でも構わない、それならそれで利用してやると達観した少女。でも、痛みがないはずがない。
 せめて自分ぐらいは、彼女を包んでやりたい。
 モペットが走り出す。
 ニードル・ニンフェット。――それは、あどけない笑顔の下に灼熱の刃を隠した少女と、作られた愛で愛する人形の、悲しい二人組のことである。


―― 終わり ――

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