top page   stories   illusts   BBS   RAGNAROK


ノーナンバー・ストライク    前編

 緑したたるフェイヨン森の木陰を、白い寛衣をひるがえして、見習い僧の少女が駆けていく。
 茂みをかきわけ、木の根を飛び越えて走る彼女を、獰猛なうなり声が追う。この森を根城とする狼だ。かっと開いた口からよだれをしたたらせた獣が、恐ろしい勢いで走ってくる。一頭ではなく、何頭もいる。それも、少女が走るにつれ数を増している。
 狼は群れで獲物を襲う。
 走り続けていた少女が、はっと足を止めた。正面に、そして左右にも崖。袋小路に入ってしまったのだ。振り返った彼女の目に映るのは、無数の牙、牙、牙。
 ガウッ!
 狼群が咆哮をあげて殺到する。少女は引きつった顔でメイスを握り、せめてもの抵抗とばかりに先頭の一頭に叩きつけた。
 人間の足音が近付いてきたのは、その時だった。
「大丈夫!?」
 木陰から飛び出したのは、女の騎士だ。くすんだチョコレート色の髪を肩で切り揃え、小さなリボンをつけている。子供のように幼く見えるが、上級職の騎士である以上、それなりの手練であるはずだ。
 囲まれた少女は、次々と飛びかかってくる狼を無言で殴りつけていて、返事をしない。騎士は立ち止まってその様子を見守る。すると、騎士の後ろからもう一人が現れて、状況をひと目見るなり、少女にヒールの魔法をかけた。
「インテ、BBだ」
 僧侶の上級職である、プリーストの男だ。落ち着いた命令口調の言葉が、オールバックの銀髪と黒いサングラスによく似合っている。命令に続けて速度増加の魔法を少女にかけ、回避力を高めてやってから、やはり本人には断りもせず、骸骨の杖片手に狼に殴りかかった。
 騎士の娘は戸惑ったように聞く。
「でもメトロ卿、いいんですか?」
「早く!」
「はい!」
 はじかれたように娘は飛び出し、群がる狼をかきわけて少女を背にかばってから、ブロードソードを大きく振り上げた。
「ボウリング・バッシュ!」
 爆風が膨れあがり、十頭近くいた狼を紙細工のようにまとめて吹き飛ばした。一撃ですべての狼が地面に転がり、きゃうーん、と悲しげな断末魔の声を上げた。
 剣を収めて、娘は少女に尋ねる。
「大丈夫?」
 はあはあと肩で息をしていた少女は、その声で我に返ったように顔を上げた。
「だ、大丈夫です……」
「横殴りだったけど、よかったですか?」
「は、はい。助かりました……」
 少女はメイスを腰のホルダーに収めようとする。が、手ががくがくと震えて、うまくしまえない。プリーストの男がその手に指を添え、丁寧に手伝ってやった。
 それが済むと、ようやく人心地がついたようにため息をつき、少女は頭を下げた。
「ほんとに助かりました。もうぜったい死ぬって思った……」
「狼は仲間を呼ぶ。未熟なうちは手を出さないことだな」
「間違えたんです。茂みの中にいたから、ポリンだと思って叩いちゃって」
「チェインが使えるレベルになるまでは、砂漠あたりで頑張ったほうがいいだろう」
 男の言葉に、少女は素直にうなずいた。それから、二人を憧れの目で見上げた。
「強いんですね、プリさんも、騎士さんも。レベル聞いてもいいですか?」
「私は75です」
 騎士の娘はそう言ったが、男は知らん顔でよそを向いていた。しかし、娘のレベルを聞いただけで、少女は感動したようだった。
「75! すごいなあ、上級ダンジョンなんかにも行けるんですね?」
「ええ、一応……」
 娘は微笑む。少女は上気した顔をますます輝かせ、早口でまくしたてる。
「いいなあ、強くって、それに二人でパーティー組んでるんですよね。仲いいんだろうなあ、うらやましいな」
「あなたもすぐ仲間が見つかりますよ」
「なかなかいないんです。あなたたちはどこの方ですか?」
 少女はそう言って、二人が服に縫い付けているギルドエンブレムを見る。
 NNS。
「NNS……何の略ですか?」
「深い意味はないんだ。気にしないでくれ」
「あの、できれば私も……」
「済まないが、身内だけのギルドなので」
 男に言われて、少女は落胆したようだったが、じきに屈託なく笑った。
「無理言っちゃいけませんよね。助けてもらっただけで感謝しなくちゃ。あなたたちのこと、忘れません。ありがとう!」
「気をつけて下さいね」
 振りかえり振りかえり去っていく少女を、二人は手を振って見送った。
 少女が見えなくなると、男が娘を振り返った。そして、ひとこと言った。
「このノロマ」
 別人のように冷たい声だった。口元に浮いていた微笑も、あとかたもなく消えている。
「あの子を殺すつもりだったのか? なぜさっさとBBしなかった?」
 言われた娘は、とたんに身を縮めて、泣き出さんばかりに言った。
「だ、だって、返事もエモーションもないから、自分から集めてると思ったんです〜」
「ダメージと身のこなしで、低レベルなのは一目瞭然だっただろう。あんな初心者が戦闘中に答えられると思うか。そんな判断もできないくせに、おだてあげられてやにさがっているとは。レベルがいくつだって? あきれてものも言えん」
「そりゃ82のあなたに比べたら低いですけど……」
「低いから隠せと言ってるんじゃない。無駄に頼られる手間を省けと言っている」
「メトロ卿、あんまりいじめないで下さいよぉ……」
 涙を浮かべて男にとりすがる。騎士の誇りも上級職の威厳も感じられない。これもまた、先ほどとは別人のような姿だった。
「助けられたんだから、いいじゃないですか。すごく喜んでくれてたし」
「あれは興奮していただけだろう。初心者が奇跡的に強力な敵に勝つことができたら、誰でもああなる。――インテ、昔のおまえと一緒だ」
「そういえば……」
「もっとも彼女は、おまえと違って度を越したりはしないようだったが」
「メトロ卿!」
 叫んだ娘の顔は、一瞬で真っ赤に染まっていた。ただ単に昔のミスを蒸し返されたための羞恥ではないようだった。実際、この娘――インテグレーテルは、あの時、人にはとても言えないようなことをしてしまったのだ。
 メトロ卿ことカーディナル・メトロは、インテの動揺などどこ吹く風といった顔で、下草の上に腰を降ろして、煙草をくわえた。
「そう気にするな。おまえのクセは、別にマイナス要因じゃない。あれだけの血の昂ぶりがあるからこそ、レベル不相応の敵にも勝つことができるんだろう」
「……冷静に分析しないで下さい……」
「それが俺の役目だ。おまえに手綱をかけ、おまえを引きずり、おまえをけしかけ、おまえを縛る。不満かもしれんが手加減はせん。文句があるならどこへなりと行け」
「行けるわけないじゃないですか、NNSが私の最後の居場所なんだから!」
「だったら四の五の言わずに従え。それがおまえの役目だ。俺に従い、俺を守り、俺とやつらを――」
 メトロは煙草をつまんだ指を、ぴくりと止めた。木立の奥に鋭い眼差しを向ける。
「――ノーナンバーを、潰せ」
「メトロ卿?」
「おでましだ」
 はっとインテは振り返る。二人の前に、茂みを押し割って異様な生物が現れる。
 人の腕ほどもある太い触手を無数に振り立てた、毒々しい緋色のイソギンチャク。インテが少しだけ肩の力を抜く。
「なんだ、ヒドラ……」
「――いや、違う。ヒドラが動くか?」
 メトロの緊張した声に、インテは敵を見つめなおした。その生物は、確かに自力でこちらへ這いずっていた。海底に住むヒドラにそんな能力はないはずだ。
「ぺ……ペノメナ……」
 インテが喉の奥から声を絞り出す。それは時計台の地下に巣食う、ヒドラの上位種にあたる生物だ。毒を持ち、攻撃力はヒドラの十倍以上であり、ヒドラと同じく十歩も先から攻撃してくる。
 棲み家である時計台で出会っても鳥肌が立つような怪物だが、生命のあふれるこの森では、さらに異様さが際立っていた。
 メトロが煙草を投げ捨てて立ち上がり、薄い笑みを浮かべる。
「これはまた大物が来たな。通報を聞いたときはマンドラゴラの見間違えかと思ったが……どこかの馬鹿が古木の枝を使ったか、『管理者』のミスでバグ湧きしたか」
「あ、あれを私が倒すんですか?」
「倒せ。ノービスもいるようなフェイヨン森で、あんな奴を生かしておくことはできん」
「そんなあ!」
 言い合っていた二人の間に、突然、地面を突き破って触手が飛び出した。メトロは素早く飛びすさって避けるが、Vit型のインテは回避しそこねた。ムチのようにしなった触手が、顔をかばったインテの腕に強烈な打撃をよこす。
 メトロはさらに後ろへ下がり、ブレスと増速をインテにかける。ぬらつく触手に鳥肌を立てて、インテが悲鳴を上げる。
「ち、近寄れません! ニューマください!」
「悪いがニューマは取っていない。おまえこそインデュアはないのか?」
「片手剣と両手剣、両方強化しちゃったからないんですよぉ!」
 それぞれ、遠距離攻撃を防ぐスキルと、敵に攻撃されても止まらず進める、痛覚麻痺のスキルだ。二人はペノメナに対して有効なスキルを持っていなかった。
 メトロが仕方ないというように命じる。 
「耐えろ、おまえは生半可なことでは死なん。それだけが取柄だ、忘れたか」
「は、はあい!」
 触手に粘液を浴びせかけられながら、歯を食いしばって近付いていくインテの背後で、メトロが強化魔法の詠唱を始める。漏出した精神力の光が立ち昇り、神の守護が請い招かれる。
「エンジェラス!」
「いィいやあァァーっ!」
 二人の頭上で鐘が鳴り響き、肉体の強靭さを引き上げる。
 インテが気合の叫びを上げて剣を振り下ろす。


 二人が出会ったのはここより少し北の森の中、フェイヨンの町のすぐ外だった。
 その時、インテは文字通りの初心者で、ノービスとしてフェイヨンの町を発ったばかりだった。この世界のことを何も知らない彼女は、遊び半分で、ポリンやファブルなどの可愛らしいモンスターを叩きまわっていた。
「あ、これがゼロピーか。やっと出た〜♪」
 鼻歌交じりに歩いていたインテが、次に目を留めたのはピンク色の可憐な蝶だった。好奇心に任せて軽くそいつを叩いてみたインテは、反撃を受けて戸惑った。
 蝶は口吻を勢いよく伸ばし、インテの胸を叩いた。バシッと強い音が上がり、インテを体ごと後ろへ吹き飛ばした。地面に投げ出されたまま、何が起こったのかもわからずにまばたきする。
「え、今の……?」
 骨に響いた苦痛の感覚と、迫りくる蝶の姿が結びつき、急速に恐怖が大きくなった。悲鳴を上げて逃げ出そうとする。
「いっ、いやーっ!」
 つんのめりながら走り出した肩の上を、シュッと口吻がかすめた。次に当たれば間違いなく死ぬ、と本能が告げている。
 必死に足を動かしたが、蝶は速かった。追いつかれ、再び口吻が迫り、インテを前のめりに叩き伏せた。
「あうっ!」
 インテは死を覚悟したが、不思議なことに、意識が途絶えることはなかった。バシッ、バシッ、と蝶は続けざまに攻撃してくるし、そのたびに激しい痛みが走るのだが、同じペースで体が輝き、開いた傷が一瞬でふさがれているのだ。
「これ、何……?」
「立て、倒せ」
 顔を上げると、サングラスをかけた白い僧服の男がインテを見下ろしていた。
「ヒール!」
 男が叫び、再びインテの傷が治された。彼が回復してくれているのだ。思わずインテは這いずって、彼の足にしがみついた。
「た、助けて! こんなに強いなんて知らなかったんです!」
 見習のアコライトであるとはいえ、聖職者であるはずの彼は、静かにインテを見つめて、信じられないことを言った。
「倒してはやらん」
「そ、そんな……あぐっ!」
「ミスではあっても、手を出したのはおまえだ。クリーミーはおまえを即死させるほど強くはない。自力で勝ってみろ」
「ひいっ! じ、自力で?」
「そうだ」
 知能の低いクリーミーは、最初に攻撃したインテに、執拗な反撃を続けている。インテは悟る。倒せなければ、死ぬしかないのだ。
 インテの腹に、熱い塊が生まれた。生きたいという痛切な望みと、無慈悲な男に対する怒りだ。死にたくない。死なない。勝って、この人を見返してやる。
「負ける……もんかーっ!」
 跳ね起きたインテは、クリーミーに飛びかかった。
 時計台や古城を渡り歩く旅慣れた冒険者から見れば、それは滑稽な戦いだったろう。彼らはクリーミー程度の敵なら、攻撃を百パーセント近く避け、一撃で屠ることができる。
 だが、インテにとっては凄絶な死闘だった。
「このっ、うあっ、うぐっ、食らえっ!」
 体にぶち当たる口吻を払いのけ、素手のほうがマシなほど貧弱なただのナイフで切りかかり、飛び回るクリーミーにしがみつくようにして少しずつダメージを与える。腕に腹に顔に傷を負い、赤ポットをぶちまけたように大量の血が吹きだし、男のヒールがすぐさまそれを治しても、傷跡が消える前に傷跡が重なる。
「こいつ、死ねっ、死ねっ、死ねっ! しねえぇぇぇぇ!」
 気が遠くなるほどの格闘の末、冗談のように唐突に、クリーミーが羽ばたきを止めた。枯れ葉そっくりにはらはらと地に落ち、動かなくなる。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
 肺そのものを吐き出しそうなほど激しい呼吸をくりかえし、インテは立ち尽くした。心臓が胸を壊しそうに鳴っていて、全身の筋肉が燃えるように熱く、頭は真っ白だった。
 男がぱちぱちと三度ほど手を叩いた。
「見事だ。いい根性だ。ノービスとは思えなかったぞ」
「かっ……た……」
「助けてやらなくて済まなかったな。俺はカーディナル・メトロ。よければおまえの名前も聞きたいが――どうした?」
 インテはメトロの言葉など聞いていなかった。強敵の骸を見下ろし、膝をついて手で触れた。それは薄れて地に還っていく。自分がこいつを倒したのだ。ひ弱な、ポリンにも苦戦するような自分が!
「勝った……はは、あはっ、勝ったぁ。勝ったぞこいつめ! は、あはははっ!」
 死骸の消えた地面に拳を叩きつけ、涙を流しながら笑う。未熟な胸をうんと反らして天を仰ぎ、力いっぱい勝ったと叫ぶ。その勢いのまま立ち上がって駆け出そうとした彼女を、メトロが引き戻した。
「おい、どこへ行く?」
「決まってるでしょ、次の敵やっつけるんです!」
 振り返ったインテの目の光に、さすがに冷静なメトロもぎょっとする。濡れた瞳が異様に強く輝いている。頬は紅に染まり、額には汗と血で前髪が張り付き、つかんだ腕がぶるぶると震えている。興奮ではちきれそうになっていた。
「やめろ、死ぬぞ」
「死ぬ? あははっ、そんなわけ! あいつに勝てたんですよ、他のモンスターなんか!」
「落ち着け」
 強い力で引き戻され、頬が両手で挟まれた。インテはサングラス越しに、メトロの目を見た。真剣な眼差しだった。先ほどの恨みは蒸発したように消えて、なぜか、逆らってはいけない、という気がした。
 しかしそれは、頭で考えただけだ。このまま世界の果てまで駆けていけそうな体の昂ぶりは、とても抑えられない。メトロの両手をつかんで、インテは首輪につながれた子犬のように体を揺する。
「行くなって、それなら、どうしたらいいの……」
「何がだ?」
「こんなに熱いのに、こんなにドキドキしてるのに……これ、どこにぶつけたらいいんですか? どうやったら冷ませるんですか!」
 汗が冷えていくのがとても不愉快だ。気がつけば、股間もじっとりと濡れていた。そこも熱くうずいていて、消え残りの熱で膝がかくかく笑っていた。
「いや、いやぁ……もっと、もっとドキドキしたい。まっしろのままでいたい……」
 吐息は熱く濃く、にじんだ汗で体臭まで甘く変わっていた。子供じみたおかっぱの少女が発散する、不釣り合いなほど妖艶な雰囲気に、メトロは舌打ちした。
「ちっ……来い」
「え、どこへ?」
「そんな顔でそこらを歩いたら、モンスターに殺される前にタチの悪い手合いに食われるぞ。名前つきで全世界にさらされたり、ギルドで飼い殺しにされてもいいのか」
「よくわからないけど、どうなってもいいです! こ、これなんとかしてくれるなら!」
 町に連れ帰って水でもぶっかけようと思っていたメトロは、足を止めてインテをにらみつけた。その程度では収まらないと気付いたのだ。手に余って放り出したくなったが、そうもいかない。彼女をこんな風にしたのは自分なのだ。
「くそっ、こっちだ!」
 腕をつかんで引きずり、反対方向の森の奥へ向かう。体を火照らせたまま、おぼつかない足取りでインテはついていく。人の来ない木陰に引きずり込まれたときには、彼女も気がついた。
「メトロさん、もしかして……えっちなことをするんですか?」
「しろと言っているのはそっちだ! イヤならとっととどこかへ行け!」
「でも……メトロさんだってイヤじゃないんでしょう?」
 言われたメトロはインテの視線に気付き、唇を噛んだ。僧衣の前のわずかなふくらみを、彼女が目ざとく見抜いていた。
 驚いたことに、インテは自分から手を伸ばして、そこに触れた。ミトン越しのささやかな感触だったが、メトロは小さくうめいた。明らかに初めてのはずの少女がそこまで興奮しているということに、彼自身も冷静ではいられなかったのだ。
 インテは唇からちろりと舌をのぞかせて、上目づかいに見上げた。
「私、知ってます。これってすごくドキドキするんでしょう。そっちでもいい。なんでもいいの」
「俺は……赤の他人だぞ?」
「あんなに何十回も助けておいて、今さら他人なんて!」
 叫ぶが早いかインテはミトンをはぎとり、素手を僧衣の下に差し込んだ。ズボンを持ち上げる固さを包んで、上気した顔を輝かせる。
「すご……い……これなら、ものすごくドキドキできそう……」
「おまえ、名前は」
「インテグレーテル。インテです。メトロさん、覚えて。他人じゃないんだから」
「インテ、本当に俺と……」
 メトロの声は途中で消えた。インテが顔を突っこんで、唇を押し付けたからだ。
「うぁ……男の人のだ……私、すっごいことしてる……」
 自分で自分の行為に燃え立たされ、インテは熱に浮かされたように頬ずりとキスを続ける。たまらずメトロは後ろに下がりつつ、苔の上に腰を降ろす。それを追うようにしてインテは横たわり、ぎこちなくも性急な手つきで、ズボンを引き下ろそうとした。
「後になって恨むなよ……」
 メトロもとうとう覚悟を決めた。腕を伸ばしてインテの腰をつかみ、力ずくで引き寄せる。半回転したインテの体が、上下逆さまに隣に横たわった。前垂れをはねのけ、すらりと細い脚の付け根、膝上丈の半ズボンの股間に指を押しこんだメトロは、驚きの声を上げる。
「おまえ、これ……」
「くぅ……は、はい。もうそんなになってるんです。こんなの初めてで、どうしたらいいか……」
 厚手の布地がじゅくじゅくになるほどの湿りがあふれていた。内もものつやは汗のせいではない、そこまで垂れているのだ。
「初めてじゃないのか?」
「初めてだから! あんなに強いの初めてだったから! はぅんっ」
 うめきは歓喜の声だった。メトロが指を食いこませたのだ。布を押しこみ、指を動かし、ごわごわした布地の下の溶けるほど柔らかい丘を揉みつぶす。電撃を食らったようにびくっ! と腰を震わせて、インテが大胆に両足を開く。
「んくーっ……そ、それすてき……もっとして……」
 きつく目を閉じたまま、インテはしゃにむにメトロのズボンを引きずりおろした。はねあがったメトロのものを、ろくに見もせずに唇で挟む。
「うく……い、インテ……」
「はぷ、はむっ……あぁ、これですね、これなんですね、えっちなアレって……」
 常の自分だったら想像もできないようなことをしているのだが、自分が何をしているのかわかっていない。半ば生存本能だけで敵を倒したのと同じように、心の一番底にある盲目的な力で、ただ興奮できることだけを求めている。
「手加減は……いらんようだな」
 メトロも、隠しきれない興奮を吐息ににじませてつぶやく。インテの膝をいったん揃えると、両足のブーツを脱がせるのももどかしく、一息に半ズボンを抜き取った。
「うぁん……」
 いったんどさりと苔の上に投げ出された両足を、インテはすぐさま再び開く。まだ全然鍛えられていない華奢な両足を膝立てにし、腰を滑らせてメトロの顔に近づける。
 メトロの目の前に、無垢な少女の細い腰周りが突きつけられる。濡れて色の変わった白い下着の中に、栗色の薄いしげみが透けていた。肌に浮き出した腱の間の、そのぷっくりとしたふくらみに、メトロはためらわずに唇をつけた。
「あはぁぅ……♪」
 息継ぎに顔を上げたインテが、嬉しげに息を吐いた。ぬるぬるした下着の布をついばんでいるメトロの唇の下で、腰をひねるインテの動きに合わせて、ひだが左右によじれる。そのたびに潤みがしぼりだされ、ますますそこを濡らしていく。
「気持ち、いい……声出そおっ……あくっ……」
 森の冷たい空気で体を冷やしたくない。インテは息をためようと、口を固いものでふさぐ。メトロのそれはとても熱い。それにこりこりするほど固い。味や匂いなどはわからない、ただその感触だけが舌から脳天を突き上げる。
 舌のたどたどしさなど関係ない。包まれているのがあどけない唇だということが、メトロにとってすべてだった。ぬめらかになめ回される快感を何かにぶつけたくなる。ぶつけるものは目の前にある。
 ぐっしょりと染みた下着の、股のクロッチ部分を指でかきわけた。にこ毛はささやかでむしろ可憐だった。その下のひだは少しのくすみもない、美しい白桃色だ。真っ白な太ももから滑らせた指を、そのホワイトピンクに乗せ、色の濃くなる谷間へとめりこませる。つぷつぷとあふれた露が指を温める。
 かぎに曲げて開くと、鮮紅色の切れこみがたっぷりと液をたたえていた。ほとりには小さな粒が輝き、底のほうには折り重なるひだの間に暗い洞が見える。そのすべてをじりじりと指でなぞると、激しく全体がひくついた。インテがもだえているのだ。
 食べずにはいられなかった。メトロは唇を押し付け、すすり、甘噛みし、舌ですくい、深々と突き込んだ。潮の香りとかすかな酸味が口に満ち、ちぎれて溶けそうなほど頼りないひだが、唇のあいだでにゅむにゅむと逃げた。挟んで吸い上げるように味わってやると、同じ感触が自分の股間にも帰ってきた。
 陽光も届かないほど重なったこずえの下の暗がりで、少女と青年は我を忘れてからみあった。もうノービスでも聖職者でもない。生まれて初めての興奮に理性も何もかも失った雌と、その初々しく香わしい体に狂わされた雄だった。葉ずれのささやきで隠しきれないほどの音を、ちゅぷちゅぷ、くちゅくちゅと立ち昇らせて、言葉もなく互いをむさぼり続けた。
 舌で内部をまさぐっていたメトロが、やがて低い声でうめいた。
「インテ……も、もうやめろ。耐えられん……」
「んむ、ぷはぁ……え? 何がですかぁ……?」
「おまえに……浴びせてしまうぞ」
「浴びせてって……あれを?」
 インテは唾液でどろどろにしてしまったメトロの股間を、しげしげと覗きこむ。赤黒くいきりたった幹の根元で、柔らかな袋がひくついている。それを唇でくわえて、あむ、と押してみた。途端にメトロがびくっと震え、両手の指をインテのつややかな尻に食いこませる。
「や、やめろ。冗談ごとじゃない」
「ほんとだ……この中に赤ちゃんのもとがあるんですね。それが出ちゃうの?」
「そうだ」
「そんな、だめです」
 当然の返事だと受け取って、メトロは腰を離した。手を添えて、自分でそばの地面に吐き捨てようとする。と、インテがするりと体を引き、向きを変えて横たわった。
 緑の苔の上に仰向けになって、膝の裏を両手でつかみ、足を胸まで抱え上げる。ぴんと引き伸ばされた内ももの白い肌の真ん中で、白っぽい液のあふれた小さなひだが、薄く口を開けた。
 これ以上はないほど無抵抗な姿で、切り揃えられたブラウンの髪をさらりと揺らして顔を背け、目を閉じてインテは言った。
「ちゃんとしてくれなきゃ……最後まで燃えられません」
「おまえ……わかってるのか?」
「聞いたことなら……中に注いでもらえば、イクっていうのになれるんですよね」
「馬鹿! どこでそんなことを……」
「いいんです、私……」
 幼さを恥じるように、ぽつりとインテは言葉を落とした。
「まだ、せいり、ないから」
 このときばかりはメトロも恐れた。ひざまずいて懺悔したくなったが、もう手遅れだ。すでに深すぎるとこまで来てしまったし、ここで止まることもできない。今止めてもお互いの情欲を消せない。背中を向け合って自慰でもしない限り。そんなのは滑稽もいいところだ。
「わかった」
 すべて背負う、という覚悟のこもった一言を口にして、メトロはインテの上に覆いかぶさった。目を伏せて恥らっていた少女が、ふと顔を向けて、下のほうを見た。かすかにその頬がこわばる。正面から自分をにらみつける幹の先端を目にしているのだから、怖がりもするだろう。
 それを隠すように、メトロはインテの頭を抱いて顔を近づけ、唇を奪った。目を見開いて驚く彼女の胸から、強引に息を吸い上げる。熱をもった呼気が流れこんできて、それ一度でインテの目がぼやけた。酸欠で立ちくらみと同じようになったのだ。
 その瞬間、メトロはぬめりの中心らしきところに先端を押し付け、腰に力をこめた。
「……んぐぅっ……!」
 インテの細い体が力なく痙攣する。今さら逃がしはしないというように強く頭を捕まえて、メトロはインテの処女を貫いた。
 ぐぷっ、と先端が硬い締め付けをくぐり抜けた。「ぃーっ……!」とインテが声にならないうめきを吐く。構わずそのまま、全体重をかけるようにして、メトロは一息にこわばりを押しこんだ。内側のぬめりと熱のあまりの心地よさに、思わず尻に力をこめた。その場でぶちまけそうになったからだ。
 それはメトロには心地よくても、インテにとっては少し乱暴すぎる侵入だった。「くっ……」とうめいてメトロが顔を離したとたん、インテが細い悲鳴をあげた。
「ひ……た……い……さ、裂けちゃいます……っ!」
「済まん……止まらない……っ」
「も、もっと上手に、してっ……」
「無理だ、俺も、は、初めてなんだから」
「そんな!?」
「俺は聖職者だぞ?」
 その自覚があっても、メトロは耐え切れなかった。インテを求める体のうずきが強すぎる。自制しようと思いながらも、腰が勝手に動く。少しでも快感を得ようと、幹がひだの中に甘えてしまうのだ。
 深くつながったままの二人の部分が、ぐに、ぐに、と微妙に形を変える。インテは地面の苔に爪を立て、石のように体を硬くしたまま言葉を失っている。メトロは理性の片隅で小さな考えを思いついた。効くように祈りながら、腕を後ろに回してインテのそこに手のひらを当てる。
「……ヒール……」
 癒しの力が放たれた感触とともに、「はぁ……?」とインテが薄目を開けた。
「あれ……なんで……?」
「効いたか?」
「痛く……ない……しびれてるけど……」
 こんなことにまで神が力を貸したもうたことに驚きつつも、これは許しだ、とメトロは思った。私心だけはなかったことを、認められたのだ。
「メトロさん……本当です、これ、いいかもしれないっ……」
 腰の動きはインテのものになっていた。尻をもじもじとくねらせて、しきりにメトロを招くような仕草をする。試しに少し力を入れてみた。ぐりっと押しこんだ先端が固い手応えに当たると、インテは「んうぅ……♪」と甲高いうめきを鼻から漏らした。
「そこっ……メトロさん、そこだと思いますっ!」
「そうか」
 腰を引いた。きついとも優しいともいえる甘美な締め付けがぬるぬると幹を滑り、絞り上げた。腰を進めた。きゅうっと肉が引き締まり、無視してもいい拒否を示した。
「いいですそうっ!」
 細かく震えながら早口でインテが叫んだ。 
「こうだな……」
 メトロはこつを飲みこみ、次第に動きを速くしていった。くぷくぷと音を立てて、硬い槍が柔らかな肉を貫き続けていく。メトロは思わず、インテのへこんだ腹部に手を当ててみた。肌を通して中の様子に触れられるような気がしたのだ。もちろんそれはふっくらとした腹筋に遮られたが、触れようとして幹を上向きにこすりあげたことが、インテに強く響いた。
「きゃうんんっ!」
「痛むか?」
「ち、違いますぅ!」
 インテの腰の動きでわかった。そこは飛びぬけて心地いいのだ。メトロはそれを汲んでやり、持ち上げるようにしてインテの腹の裏側をこすりたてる。インテは愛くるしいほど澄んだ声で鳴きたてる。
「あぅ、あぅ、それぇ! お、おしっこの中のとこ、ジンジンって!」
 この少女にはもう何をしてもいいのだ、とメトロは気がついた。触れる場所すべてで気持ちよくなれるほど、インテは交わりに溺れている。コットンシャツの裾に手をかけ、一息に首の下まで剥いた。まだ育つ途中でしかないうっすらとした乳房が現れた。
 顔を押し当ててなめ回し、吸いたてた。「ひゃはぁ……ん!」と叫んで、インテがいやいやをした。
「そこも? そこもなんですかぁ? そこもイイなんてぇ……!」
 嬌声を吐く唇のはしからよだれが垂れる。瞳はどこにも向いていない。見るための意識をすべて体内に向けている。体中から放たれる快感をとても受け止めきれず、その奔流に思考をすべて押し流されている。口にしている言葉は虚飾のかけらもない、生の感覚の垂れ流しだ。
「気持ちいいの、キモチイイのッ! からだ、ぜんぶ、まっしろで、イイのぉっ!」
「いいぞ、俺も、溶けそうだ……!」
 メトロもそれに感染する。インテを貫き回し、乳房をなめ溶かしてしまうかのようにめちゃくちゃに味わいながら、インテの耳に快感を受け渡す。
「おまえの中で……溶かされるっ……インテ、許せ、俺は……おまえに溶けたい……!」
「メトロさんもっ? メトロさんもまっしろなのぉ?」
「そう……だ……もう……すぐに……」
「いいです、いいですよぉ! いっしょにまっしろに、なってっ……!」
「いいな? 本当に、いいんだな?」
「いいっ、いいイっ……ひくぅ!」
 しゃくりあげるように喉を鳴らした瞬間、インテはつま先をピンと伸ばし、地面の苔を力いっぱいつかんだ。ほっそりした体全体が、細かく震えながらちぢこまった。
 その収縮に、メトロはしぼりあげられた。暴れ狂う濁流が瞬間的に幹を駆けのぼり、針のような鋭さでインテの腹の奥に撃ち出された。
「吸い取れ、インテっ!」
「はひぃ……ん!」
 絶頂の中でもインテはそれを感じ取ったらしかった。メトロをはさんだインテの膝頭が、ぐいっ、ぐいっ、と狭められる。メトロを包んでいる下腹部をうごめかせているのだ。努力ではなく望みであることはありありとわかった。引き絞れば引き絞るほど、インテの顔が陶酔に染まっていくのだ。
「んぁあ……溜まる……おなかに……いっぱぁい……」
 どくん、どくん、と腰の奥を振動させて、メトロはインテを満たしていく。多すぎる注入で膨らむ最奥の、圧力さえ先端から伝わってくる。それがインテを飽和させている。そのことが楽しくて、さらに、うつろになるほど、溜まっていたものを吐き出す。
「ひくっ……」
 最後の一滴をしぼりだすのと、インテが硬直するのが同時だった。つながったまま二人は動きを止め、ただふるふると震え続けた。
 体中を浸した汗が冷たくなるまで、二人はそうやって重なっていた。やがてメトロが息を吐き、ゆっくりと体を離した。インテの隣に腕をつき、支えられず、がくりと死んだように倒れこむ。
 そのあとも少しの間、インテは姿勢を変えずに震えていた。森の風がそよいで冷えていく乳房を撫でる。わずかに開いたままの真っ赤なひだの間から、こぽりと小さな音が湧き、泡を作りながら粘液がとろとろとあふれた。
 絶頂を過ぎ、余韻も過ぎて二人が我に返るまで、長い時間がたった。やがてメトロが体を起こし、生真面目な顔と仕草で、インテの肢体をハンカチで拭い始めた。
「は……ぁ……」
 インテが力を抜いた。つぼみが開くようにゆるゆると手足が伸びた。つま先を地面に下ろし、しかしまだ股間を拭うメトロの手には気付かず、ぼんやりとつぶやく。
「ほんとにまっしろでした……」
「俺もだ。済まん、こんなに……」
「メトロさんも……って、ああっ?」
 ようやくインテは、秘密の部分をさらしっぱなしの自分の姿に気付いた。しびれた体を懸命に起こし、股の間のメトロをうんと力をこめて押し離す。
「じ、自分でやりますから……」
「いいのか?」
「いいじゃなくって、してほしくないんです! そんな、男の人に拭いてもらうなんて……」
 言いながら再び赤面する。メトロは無言でうなずき、少し離れて自分の始末をした。
 背中を向けてはいるが、裸の小さなお尻をまだ隠せず、ぺたんと座り込んで必死に身だしなみを整えているインテに、声をかける。
「収まったか?」
「……何がですか」
「すっきりしたかと聞いてるんだ」
「すっ……しましたっ! しましたから、もう聞かないで!」
 後ろからでも赤くなった耳たぶが見える。そこまで恥ずかしがるということは、昂ぶりは収まったのだろう。だがメトロは、もう一言言わなければいけなかった。
「俺は、NNSのカーディナル・メトロだ。おまえを奪ってしまった以上、おまえのすべてに責任をとる。一緒に来るか」
 インテが肩越しに振り向き、小さな声で尋ねた。
「それ……結婚しろって言ってるんですか?」
「結婚?」
 いささか面食らってメトロは聞き返した。
「いや、そんなつもりは……」
「じゃ、どうやって責任とってくれるんですか。これの責任とるって言ったら、それしかないでしょ」
「それは……うむ……」
「いいです。別に」
 向こうをむいて、インテはそっけなく続けた。
「私だって、まだ結婚なんかしたくないし。まだ赤ちゃんもできないはずだし。誘っちゃったの私だし。なかったことにしていいです」
「それはさすがに……」
「心配いりません、後悔は、してないから」
 素早くズボンとブーツを履いて、最後の身づくろいを終えると、インテは立ち上がり、振り返った。あつつ、と下腹を押さえかけて、見られてなるかとばかりにさっと手を戻す。
「悪くない初めてだったと思うから。いいですよ、ほっといても」
「そもそも俺がおまえに声をかけたのは、仲間になってもらいたかったからなんだが……」
「それこそありがた迷惑です。私、もっといろんな人に会ってから、ギルドとかパーティー決めたいの」
「……そうか」
 メトロはため息をついた。立ち上がり、インテと向き合う。
「気が向いたらいつでも来てくれ。俺たちはプロンテラの城にいる」
「お城に? NNSってなんなんですか」
「ノーナンバーストライク。それじゃあな」
 その言葉を最後に、メトロは背を向けた。今はこれ以上誘えないと判断したのだった。
「のーなんばー、すとらいく……?」
 よくわからないまま、インテはつぶやいた。自分から望んだとはいえ、心構えもないまま初めての相手に犯されてしまったことで、複雑な気持ちだった。

 それからかなりの時間が流れ、インテは首都プロンテラにいた。
 どれぐらいの月日がたったのか、正確にはわからなかった。わからないというより、うまく数えられない。花壇にもたれて座り、だらしなく足を前に投げ出したインテは、空腹のあまり朦朧としていたのだ。
 日にちはわからなかったが、レベルならかろうじて思い出せた。レベル54、すでにノービスではなく剣士だ。手にはノービス時代のミトンの代わりに篭手をはめ、半ズボンもロングスカートに替えている。しかし、それ以外の持ち物といったら、腰に下げたカタナだけだった。鎧も兜も、それどころかポット一本、いも一個も持っていないのだ。
 力なく石壁に頭を預けて、インテはぽつりとつぶやいた。
「私、このまま死んじゃうのかな……」
 目の前を通りかかった一団のパーティーがちらりと振り返り、気味が悪そうに歩みさった。
 そこは、およそインテのそんな台詞のふさわしい場所ではなかった。街の中央にある噴水の前である。東西南北の門から入ってきた人々がひっきりなしに行き交い、数知れない露店が、通り抜けるのもひと苦労なほど密集して並んでいる。
 つわものらしい騎士とやり手の商人が、とんでもなく高価なカードの商談を、丁々発止と交わしているかたわらを、少女と少年のノービスが、腕一杯のかぼちゃを抱えて行き過ぎる。どんな品物でもあり、どんな人間でも相応の商品を買える、世界中のあらゆる富の集まる場所、それがここだった。
 その豊かな街の真ん中に、動けないほどおなかをすかせた娘がいるとは、おかしな話だった。通行人が気味悪がるのも無理がなかった。
 だが、およそ半日ほどもそこにいると、とうとう話しかけてくれる人が現れた。
「お嬢さん、ケガをしているのかね。それとも眠っているのかね」
 顔を上げると、煙突のような軍帽をかぶり、槍を手にした兵士が、直立不動の姿勢のまま、目だけでこちらを見ていた。昼夜を問わず噴水前に立ち続けている、案内役の兵士だった。ただし、彼に道を聞くような田舎者はほとんどいない。
 二人とも、石ころのように無視される存在だった。それからしばらく、二人だけの会話が続いた。
「どっちでもないです」 
「じゃ、何をしているんだね」
「何も。おなかが減って動けないだけ」
「何か食べさせてあげようか」
「ありがとう、でもいいです」
「そうか。では名前を聞いてもいいかね」
「インテグレーテル」
「インテグレーテル。ふむ、インテグレーテルね。なるほど……」
 何かを思い出すようにちらりと空を見上げてから、また兵士はインテを見た。
「行くあてはあるのかね」
「別に……」
「何もないということはなかろう。どこの生まれにしろ、わざわざこの町までやって来たんだから」
 お城、という文字が頭の中に浮かんだ。深く考えずにインテはそれを口にした。
「お城に行きたい」
「ほう。では行きなさい。ここからまっすぐ北だ」
 兵士にそう言われると、不思議にも、ほんの少し力が湧いた。インテは立ち上がり、ふらふらと歩き出した。礼を言う余裕もなかったが、兵士はずっとインテを見ていた。
 北の大通りを抜け、世界各地へ飛んでいく人々でにぎわうポータル広場を過ぎると、堀にかかった橋に突き当たった。プロンテラ城の入り口だった。
 門番はいたが、誰でも通れるらしかった。インテは橋を渡り、そこで力尽きて、再びへたりこみ、城の石壁に背中を預けた。その頃になってようやく、ここを訪れるために首都へやってきたということを思い出した。それどころではなくて忘れていた。
 なぜここにきたのかは、はっきりとはわからなかった。わからないのではなく思い出したくなかったのかもしれない。その記憶は、一人の男への、嫌悪と好意の入り混じった、ややこしい感情とともにあったから。
 しかし今はそれしか頼るものがない。VIT型のインテの長く苦しい修行期間の間には、それなりの出会いもあったが、彼ら彼女らにはついに、他人と違うインテの苦境がわかってもらえなかったのだ。疑いの視線がつらくて今では臨時パーティーにも入れず、こうして一人でいるのだった。
 ただ、インテの運は完全に枯渇したわけではないようだった。最後のよすがとばかりにやって来たここで、彼に出会うことができたのだから。
「何をしている」
 最初は幻聴だと思った。もう何度もそれを聞いていた。しかし目を開けると足が見え、顔を上げると、真新しい黒の僧衣に身を包んだ銀髪の男が、こちらを見下ろしていた。
 その表情は相変わらずサングラスに隠されている。だがその声は記憶にあるものと同じだった。
「メトロさん……」
 あは、とインテは機械的に笑った。プリーストになったあの男が、口調を変えずに言った。
「インテグレーテル。ここで、何をしている?」
「動けなくて」
「なぜ?」
「おなかすいて」
「……なんだと?」
 メトロがしゃがみ、怪訝そうにのぞきこんだ。インテはぽつりぽつりと話した。
「三日も何も食べてないんです」
「買え。野菜ならたかだか12zだ」
「お金ないんです」
「狩れ。背伸びせず弱い敵を」
「アイテム出ないんです」
「レアを望むな。虫の皮でもなんでも集めろ」
「出ないんです。本当に」
 インテは自嘲的に笑った。
「虫の皮も狼の牙も、それどころかゼロピーだって滅多に出ないんです。私が狩ると全然出ないの」
「信じられん」
「でしょうね。でも本当。今までお金が手に入ったのは臨時に参加したときだけ。そのうちにレアなしのインテって呼ばれるようになって、入れなくなっちゃいました。アーマーも売りました。ヘルムも売りました。売れるものはみんな売りました」
「ふむ……」
 メトロは背後の広場に目をやった。
「あそこで一言ひもじいと言えば、千や二千の施しは受けられるだろう」
「いやです。私、乞食じゃない。だからこのカタナも売れない。これを手放したら、私、剣士じゃなくなっちゃう。恵んでもらって生きるぐらいなら、これを抱えて死にます」
「根性は変わっていないようだな」
 メトロは二度ほどうなずいた。サングラス越しに、目を細めて笑っているのが見えたような気がした。
 メトロは立ち上がった。
「来い。何か食わせてやる」
「……それは、施しですか?」
「安心しろ、俺たちはそんなにお人よしじゃない。おまえを使う。その見返りだ」
「それなら……行きます」
「中だ」
 メトロは手も貸さずに城の中に入っていく。冷たい人だと思ったが、不快ではなかった。インテは力を振り絞って立ち上がった。

 十以上も部屋のあるプロンテラ城の奥まった一室に、数人の男女が集まっていた。インテはそこでいくらかの食物を与えられ、がつがつとむさぼった。
 腹の虫が収まると、周りを見る余裕ができた。そこにいたのは、予想した通り、メトロと同じNNSというギルド章をつけた人々だった。興味深そうに見守っているメトロに尋ねる。
「このギルドに入ればいいんですか」
「そうだ」
「何をするギルドなんですか?」
「一つのことを除けば、他のギルドとそれほど変わらない。敵を倒し、アイテムを持ち帰る。おまえにアイテムは期待できないようだが、別に構わん。戦えればいい」
「その子が、貴方が言っていたノービスか、メトロ卿」
 壁際で黙然と座禅を組んでいた長髪のアサシンが、うっすらと目を明けて言った。メトロ卿、という敬称をインテは初めて聞いたが、それよりもアサシンの言葉に驚いた。
「メトロさん、あなた――話したんですか?」
「俺たちは常に新しい戦力を必要としている。その候補として話しただけだ。……余計なことは言っていない」
 メトロが顔を背けて言うと、アサシンと別の女鍛冶師が含み笑いした。
「余計なこととは、何かな」「かたぶつのメトロ卿にも秘密があるのね」
「黙れ、越天斎、カーラヴェーラ」
「そう激するな」
 越天斎と呼ばれたアサシンは軽く手を振ると、値踏みするような目でインテを見た。
「剣士殿、名はなんとおっしゃる」
「インテグレーテルです」
「Integratel、ふむ、睦まじく融和するいう意味だな。なるほど人当たりは良さそうだが、それだけをもって判断するわけには行かぬ。我らは戯れ合いの集団ではないのだ」
「……どういう意味ですか?」
「貴女の力を試させていただきたい」
「越天斎!」
 メトロが立ち上がった。
「こいつは三日も何も食べていなかったんだ。いきなりそんなことをさせるのは無理だ!」
「剣士殿なら、体力回復の技能があろう。まさかそれまで忘れられたか」
「いえ、もう使えます」
「武装がない! インテはカタナしか持っていないんだぞ」
「これは異なことを。昔、鉄棍一本で食屍鬼を倒し、我らを驚かせた服事もいたではないか。――他でもない、貴方だ」
「こいつは、女だ!」
「いえ」
 インテはメトロの言葉を遮った。越天斎をにらみ返す。
「戦えます。――戦えと言っているんでしょう?」
「ほら、当人がああ言っている」
 越天斎が愉快そうに笑い、メトロは黙りこんだ。異存ないなと念を押してから、アサシンは立ち上がった。
「この場でよかろう。では……」
 懐からねじくれた木の枝を取り出し、なにやらつぶやく。すると木の枝が光を放って消滅し、代わりにぼんやりと大きな影が湧き出した。インテは驚く。
「古木の枝? あれは、室内では使えないはずじゃ……」 
「NNSは異法を狩る部隊。敵にできることなら僕たちにもできるさ」
 マントにすっぽりと体を埋めて座っていた、猫耳の少年ウィザードが、歌うように言った。アサシンがうなずく。
「ホルスの申す通りだ。我らはいささか、変わっていてな。――そら、現れる。備えはよいか、インテグレーテル殿!」
 影が明瞭な輪郭を得た。インテはごくりと唾を飲み込む。
 それは、一糸まとわぬ姿の女だった。なめらかな凝脂の肌と豊満な乳房を惜しげもなくさらし、淫猥な微笑を浮かべて越天斎に両手を伸ばす。そこだけ見ればたぶらかされてしまいそうに美しいが、腰から下は人ではない。長くうねくる不気味な蛇体なのだ。
「イシス……!」
 ピラミッドの四階にはびこる、悪魔族のモンスターだった。インテは緊張してカタナの柄を握る。たおやかな外見に似ず、イシスはかなりの強さを持つのだ。
「さあ、始められよ!」
 越天斎は叫びながら、イシスの平手打ちを身軽にかわす。風圧だけで首を持っていかれそうな強力な平手打ちを、一度も食らわずに避けている。イシスが弱いのではなく、彼が強いのだ。しかしインテにとってはまだまだ手強い敵だ。
 意を決して、インテは左手を伸ばした。挑発のスキルを使う。
「……プロボック!」
 幻の小鬼が跳ねていき、イシスを嘲笑した。イシスが振り向き、カッと瞳を光らせた。もっとおいしそうな獲物を見つけた、という喜びがあふれている。
 滑るように近付いてきたイシスが、旋風をともなう平手打ちを叩きつけた。思った通り、速い。思ったよりも速い。
 左の上腕に食らいこんだ。ズバッと音がしたのは服が裂けたのだ。骨まで響く一撃がインテをよろめかせる。しかし倒れはしない、彼女はもうノービスではない。ざざっと石畳に靴を滑らせて、踏みとどまる。
「うりゃあっ!」
 愛刀を両手で握り締めて、横薙ぎに斬りつけた。イシスの裸の脇腹に刃が滑る。アウ! と生き物とは思えない異様な悲鳴をイシスは上げるが、少しのけぞっただけでにやりと笑った。傷が見る間にふさがる。この防御力! 裸の姿は人間を惑わす見せかけのものなのだ。
 回復しなくなるまで徹底的に痛めつけなければ倒せない。インテは続けざまに斬りつける。平手打ちを回避する余裕はどこにもない。食らいながら耐えるしかない。奇しくも、同じ形の攻防になった。
「食らえ! 弱れ! 倒れろぉ!」
 剣と平手、二つの攻撃が果てしなく行き来し、何十回もの打撃音が連なった。インテの服はぼろぼろになり、汗と血の滴がそこらじゅうに飛び散った。スカートがかみそりで裂かれたように割れ、張りつめた太ももがはみ出した。すでに体力は半分以下に減っている。だが逃げない。馬鹿の一つ覚えのようにインテは斬り続ける。
 ……勝てない、かな。
 インテは頭の片隅でつぶやく。イシスと戦ったのは初めてではない。まだパーティーに入れてもらえたころ、ピラミッドで渡りあったことがあった。敵の体力と、一人ではそれをゼロにできないことが、その時理解できた。
 それから少しは成長したが、体力のケタが変わったわけではない。このまま削り合いを続けたらどちらが先に倒れるか、それぐらいは計算できた。
 それでも、仕方ないか。
 すでに食べ物をもらってしまった。借りを返すには続けるしかない。それで斃れるにしても、飢え死によりはマシだ。悪い死に方じゃない。
 インテはそんな考えを浮かべる。気付いていなかったが、それは彼女が今まで一度たりとも考えたことのないことだった。負けを認めるなどということは。
 戦いを見守っていた越天斎が残念そうにつぶやく。
「動きが鈍ってきた。先は見えたな。討ち死にの後、カプラ嬢のもとに召し戻され、それで我らとの縁は終わりだろう」
「……これは不公平だ」
 メトロが低い声でつぶやいた。
「イシスは強すぎる。あいつにさばける相手じゃない」
「貴方と食屍鬼との戦いもそうであったが」
「俺はAGI型で、あの時は運がよかった。不器用なグール相手なら回避することができるし、命中判定は確率によるから運がよければいっそう避ける。しかしあいつはVIT型だぞ。見ろ、一発も避けていない。VITと高命中率の敵の戦いでは、始めた時から終わりがわかっている。越天斎、なぜもっと不器用な敵を召喚しなかった?」
「さて、な……あれは乱数で呼んだものだ。拙者が選んだわけではない」
「見え透いているぞ、このサディストめ!」
 越天斎は何も言わずに口の端をほころばせた。蹂躙される若い娘を見る目に、暗い炎が小さく揺らめいている。
「このっ……まだ死なないの!?」
 顔を狙った一撃をかわされ、お返しとばかりに頬をしたたかに叩かれた。脳を揺さぶる衝撃が意識を一瞬飛ばす。たたらを踏んで粘ったものの、インテはついに膝を折った。カタナを床に突きたてて体を支え、イシスをにらみつける。美貌の悪魔が、二股の舌でちろりと唇をなめた。
 最後の一撃が来る、と覚悟した。
「こっちだ、化物!」
 アウッ? と驚いたような声をイシスが上げた。瞬きしたインテは、蛇体に殴りかかったメトロの姿に、目を疑った。イシスが気を逸らされ、メトロに平手を振り上げる。
「メトロさん?」
「メトロ卿!」
 インテと同時に、越天斎が叫んだ。
「規定違反だ。助太刀は無用のはずだぞ!」
「ノーナンバー狩りは二人組が基本だ。支援なしで騎士を試しても意味がない!」
 チェインをからめてイシスの平手を逸らしつつ、メトロが叫ぶ。
「それにインテを助けはしない。ヒールもブレスもなしだ。立て、インテ!」
 こちらを向いたメトロの死角に、イシスがアンダースローの手刀を振りこんだ。避けそこねたメトロはまともに食らう。インテは愕然とする。一発でノービスのように他愛なく転倒したのだ。
 吹き飛ばされてなおメトロは素早く立ち上がり、声を張り上げた。
「立て、殺せ! インテグレーテル!」
「め、メトロさん! 大丈夫なの!?」
「大丈夫なわけないね、彼はVITがまったくないんだから」
 ホルス少年がけらけらと笑う。
「INT−AGI特化だよ。頭は切れるし身のこなしはいいけど、五発ももらえばくたばっちゃうよ。ばっかだなあ、ろくに叩けもしない支援型のくせに、なに血迷って殴りかかったんだか」
「ば……馬鹿ってなんですか、見てるだけのくせに!」
 怒鳴るとともに、インテの中で熱いものがふくれあがった。遠い記憶が鮮烈に蘇る。あの時と同じだ。怒りと生存本能、ただ一つの自分の礎。
「殺させない!」
 立ち上がるが早いか、インテは背後からイシスに切りかかった。素早く振り向いたイシスが、嘲笑いながら手刀を突きこんでくる。
 手刀だろうが鋭利な刃だろうが、沸騰したインテにとっては紙のこよりも同然だった。
「バッシュ!」
 気力を乗せた重い強打がイシスの腕をはねとばす。
「バッシュ! バッシュ! バッシュぅッ!」
 悲鳴を上げるひまも与えず、インテは怒濤のように強打を乱れ打った。今まで稀にしか成功したことのない、高度な連鎖強打の技だった。美しい肌にいくつもの傷を受けたイシスが、恐怖に顔をゆがめる。回復が追いつかず、闇色の体液が壊れた蛇口のように噴出している。
 インテの最後の一撃は、精神力を振り絞って炎の属性を付加したものだった。
「マグナムブレイクッ!」
 命中した部分から、ズドン! と炎がはじけた。悪魔に火が効かないのはわかっている。だがインテは怒りを表したかったのだ。それは確かにイシスの生命力を打ち砕いた。
 はあっ、と断末魔の吐息を残して、イシスは石畳に倒れた。
「思い知った!?」
 弛緩して伸びた死骸と、壁際の越天斎の両方に向かって、インテは言葉を投げつけた。胸を張っていたが、体力は小さじ一杯ほどしか残っていなかった。酷使のあまりカタカタと震える全身の筋肉を、気力だけで支えて立っていた。
 それでも倒れず、振り返る。
「メトロさん、大丈夫?」
「僧侶をなんだと思ってる。まったく、無茶する娘だ」
 メトロは平然と立っていた。彼が片手を伸ばし、短く祈りの文句を唱えた。インテに輝きが与えられ、四肢に力が戻る。そうだった、回復魔法を持つ僧侶は、即死さえしなければ、精神力の続く限り立っていられるのだ。
「よかった……」
 インテは小さなため息をつき、両手で自分の体を抱え込んだ。怒りは静まりつつあったが、火照りが消えない。極めて激しい戦いの後では、燃えた体がなかなか落ち着かないのだ。これまでにも何度かこういうことがあった。あの最初のフェイヨンの森と同じように。
「す、すみません……どこか、一人になれるところに」
「おまえ……まさか」
 寒気にさらされたように自らを抱きしめているインテを見て、メトロは気付いたらしかった。越天斎を振り返る。
「越天斎、頼みがある」
「認めてやろうさ、勝ちは勝ちだ」
 越天斎は天井のシャンデリアを見上げながら、つまらなそうに言った。
「入団なされよ、インテグレーテル殿。他の者も異存はないな」
「ウィ、賛成」「バッシュとMBを早めに打っていれば一人でも勝てたね。長期狩りのつもりで節約してたんだな。ちょっとした判断ミスだ。――賛成だよ」
 女鍛冶のカーラヴェーラとホルスがうなずいた。まだ名乗っていない他の数人も、賛意を示す。越天斎が振り向く。
「これで満足か、メトロ卿」
「感謝するが、俺の注文は別のことだ。隠し部屋の一つを貸してくれ、インテを落ち着かせる」
「む?」
 越天斎は片眉を上げて、メトロとインテを見つめた。どんな想像をしたのか、その秀麗な顔に、わけ知り顔の薄笑いが浮かぶ。
「よかろう、西の倉庫を使われるがいい。しかし、事が済んだら報告を忘れずにな」
「報告するようなことはない。戻りはする」
 微妙なニュアンスを含んだ越天斎のかまにかかったりはせず、そっけなくメトロは言った。インテに近付く。
「立て」
「は、はい」
 インテは意外に思った。今度は、メトロが手を貸してくれたのだ。

 思考が混濁していたせいで、どのようにしてその隠し部屋に連れて行かれたのかはわからなかった。そこは棚と樽が一つあるだけの、殺風景な小部屋だった。
 ドアの閉じる音を聞くと同時に、インテは床にへたりこんでしまった。顔も胸も下腹も火照っている。うぶだった昔とは違って、今はどうしたらいいのか知っている。燃え尽きるまで指で慰めればいいのだ。
 しかし、ここには他人がいた。
「メトロさん、も、もういいです。外で待っていて」
「以前の、あれか」
「あなたに言うことなんかない!」
 一秒でも早く触りたくて、インテは叫んだ。叫んでから後悔した。初めてを奪われた男だ。だが、命を救われた相手でもあるのだ。
 目の前にメトロがしゃがんだ。
「ならば、なぜ来た」
「……」
 インテは答えられない。メトロがさらに顔を近づける。動悸が速くなる。
「俺に会いに来たんだろう。それとも、俺以外の仲間にもすがったか?」
「……いいえ」
「俺が出て行ってもいいのか?」
「……いいえ」
「俺は他人か?」
 言いながら、メトロが片手をインテの頬に当てた。その手を濡らすように涙があふれた。
「いいえ、他人じゃない……あなたを探してたんです!」
「ならいいだろう。俺は、ここにいる」
「メトロさん……!」
 インテは倒れこむようにメトロに抱きついた。なぜ自分が恨んでいるはずの男のところへ来てしまったのか、やっとわかった。それは最初から恨みなどではなかったのだ。あの交わりは最高だった。けれども、突然すぎたので消化できなかったのだ。
 ずっと異物だと思っていた心の中のしこりが、好意であることに気付いてしまった。もうためらう理由などない。インテはメトロを押し倒すようにしてキスをぶつける。
 インテの急変に、わずかに遅れてメトロも追いついてきた。インテの伸びやかな体を受け止めてしっかり支え、唇に頬にところかまわず降ってくるキスを捕まえて、まっすぐ唇で迎える。
 重なると、舌の交換になった。インテが瞳を潤ませて舌を差しこんでくる。メトロはそれに乗せて、入れ違いに自分の舌を送る。こすり、なぞり、吸い、からめる動きを続けるうちに、インテはますます体温を高めていく。戦いの興奮が、ごく自然に交わりの興奮に変質する。
 ロングスカートの中でもじもじと膝をすり合わせ始めた。それに気付いてメトロが腕を下げる。イシスに切り裂かれたスカートの隙間から手を差しこみ、太ももの裏に触れた。吸い付くように滑らかな肌に手のひらを押し付け、尻と膝の裏との間を往復させる。
 ぷはぁ、とインテが顔を離した隙に、メトロはささやいた。
「育ったな」
「……え?」
「あの時はホウキの柄みたいだった。やっと食べられるほど肉がついた」
「それ……誉めてるんですかぁ?」
 甘ったるい声でささやいてインテは口づけに戻った。鼻息にん、ん、といううめきが混ざる。メトロが指を食いこませるたびにそうなる。触れられて感じている。
 ホウキの柄は冗談だったが、成長したのは確かだった。未熟だった肢体が、剣士としての戦いを経るうちに、しっかりと肉付きを蓄えていた。太ももと尻のラインは以前より明らかに豊かになっていた。メトロの指をぷりぷりしたはじけそうな弾力が押し返す。
 スカートを腰までめくり上げた。両手で左右から尻をつかんで、円を描くように揉み回してみた。むにり、むにりとまるい丘が形を変えた。それにつれて下着がピンと張ったりしわになったりする。その伸縮は、布の中に隠された部分のよじれを示している。
 キスを続けたまま、インテがますますもどかしげに声を漏らした。
「んぷぁ、ほれ、あそほまれ、ほすられひゃいまふぅ……」
 小さなつぼみと前の谷間も、一緒にこすり合わされているのだ。直接触るほどではない微妙な快感が、インテの脊髄をちりちりとあぶっている。
 メトロはもっと確かめたくなった。インテを押し離して、隣の床に横たえる。愛撫が中断されたので、インテが悲しそうに吐息を漏らす。
「はぁ……や、やめないで」
「場所を変えるだけだ」
 足だけではなくインテの体全体も量感を増していた。キスの最中に、乳房のふくらみがメトロの胸を圧迫していた。指で押せば肋骨に触れそうだったノービス時代よりも、だいぶ大きくなったようだった。
 横たえたインテの前垂れを引き抜き、ボタンを外して、胸元を大きく左右に開いてやった。布に引かれて開いた乳房が、ふるんと揺れて前を向いた。
「……ここも鍛えられてるな」
「しかたないでしょ、両手剣振り回してるんですから……あっ」
「冗談だ、わからないか? 筋肉がこんなに柔らかいものか」
 インテの小さな声は、メトロが乳房に口づけしたからだった。言葉通り、柔らかさを確かめるようにメトロは唇を何度も押し当てる。
 服の上からの推測は、まだ足りていなかった。インテの乳房は見事な丘に育っていた。以前が伏せた小皿だとすれば、今は二つに割ったりんごだ。それも大きめの。
 脇の下から降りて胸椎まで昇る、くっきりとした半球の輪郭が生まれていた。下半分は影になるほど豊かだ。その下側に唇を押し当てると、丘全体が顔のほうにぽわりと潰れる。唇を持ち上げると今度は横につるりと逃げる。ぽわぽわと形を変える乳房を追いまわすように顔を動かしながら、さらに舌を押し付けて小刻みに動かす。強く突いたらみっちりと詰まった中身があふれ出してきそうだった。
「メトロさん……あ、遊んでますね……?」
「悪いか」
「ううん……でも……いえ……」
 肯定とも否定ともつかない返事をインテが漏らす。言いたいことはわかっていたが、メトロはもう少し遊びたかった。遊べるほど十分に量を増しているのだ。
 床側から頬を当てると、乳房の重さがわかった。滑らかで温かく柔らかく、汗の甘い香りとかすかな塩味をまとった、真っ白な生きている肉。インテの生命力の入れ物。その奥で動いている心臓の音を聞こうと、メトロは耳を強く押し付けた。すっかり固くなった乳首が耳の穴をつつき、無理に押されて乳房は平たくなった。
 インテがとうとう哀願した。
「もう、いつまでやってるんですかぁ。意地悪しないで早く……」
「聞こえないな」
「なんですか?」
「厚すぎる」
 え、と聞き返したインテに答えず、ようやくメトロは望みをかなえてやった。
 乳首を唇で包んだ。くむくむと挟みながら、ざらついた先端を舌で左右にこすってやった。「んんん!」とインテが嬉しげにうめく。
 吸うことしかできなかった小さな粒が、挟んで噛める薄桃の実に育っていた。メトロはその実を、唇と舌と歯で思うさまもてあそんでやった。片方の乳房だけでじらすのもやめた。手を添えて左右ともに、たくさんの快感が生まれるようにこね回してやった。
「ん、ん、んんーっ……素敵ですぅ、おっぱいしびれてるぅ……」
「俺も楽しい」
「あはっ、いいですよぅ、もっともっと楽しんで……」
 インテを仰向けに横たえてのしかかり、胸全体が唾液で光るまで味わい尽くした。そうしながら、体のあちこちにも手を伸ばしてみた。ほっそりした、という表現はもはや当てはまらない。インテの肢体はすっかり、長さにふさわしい肉付きを得ていた。もう少女ではない。抱かれるために完成した女だった。
 メトロがインテの腕や首や腰を触れて回っていたのは、肝心なところをインテが自分でまさぐっているからだった。スカートを引き上げ片膝を立てて、インテは下着に食いこませた指をくちくちと激しくこすりたてていた。その濡れた音で、彼女がこういい出す前に、メトロはとっくに気付いていた。
「もう、じゅんびできてます……メトロさん、して」
「わかった」
 メトロは余計なことを言わなかった。もう、じらせるほどの余裕が自分にもなかったのだ。
「そこに立って手をつけ」
 部屋の隅の樽を指差す。インテがふらふらと起き上がり、言われるままに樽に手をついた。メトロは背後からスカートをめくりあげた。輝くほど白いつるりとした尻を、逆三角の下着が覆い、恥ずかしげに閉じられた太ももに押し潰されて、秘密の部分がぷくりとふくらんでいた。とろとろににじんだそこを指でこすると、待ちきれないようにインテがあえいだ。
「はふ……ね、メトロさん。ほしいって言ってるでしょ、そこ」
「いやでもわかる。脱がすぞ」
「はい……」
 尻から下着を引き下ろすと、蓋を外されたように粘液があふれた。膝まで下げた下着を追って、際限なく糸を引く。
 尻の間に両手の親指を入れて開く。真っ赤に温まったひだが見えたが、見ている余裕はもうない。メトロは僧衣をかきわけてズボンを下げ、痛いほどいきり立った幹をその切れこみに押し付けた。背中からインテに抱きつき、乳房を両手に収め、おかっぱの髪を唇でかきわけて、耳元に言葉を吹きかける。
「さあ……してやる」
「はいっ!」
 ぐむむっ、と心地よい抵抗感が幹に伝わった。「は、は、はぁ」とインテが熱い息を逃がす。少し高さが足りず、インテが背伸びをする。まっすぐ張り詰めた太ももからふくらはぎにまで、あふれた粘液がたれ落ちる。
「来たぁ……メトロさんのが、来ましたぁ……」
「どんな……感じだ?」
「あそこが、あそこがぐーって広がってます。おなかの中が広げられてる……」
「まだ行くぞ……うんんっ……」
「ふわぁ……あ……あ……」
 インテが魚のように大きく口を開け、喉から呼気を押し出した。忘れたと思っていたあの時の感触を、まざまざと思い出す。
 メトロの炎の棒を、下腹が燃えるほど激しく突き込まれ、体も意識もすべて焼き尽くされてまっしろになった。あの時メトロは本当にたっぷりと注いでくれた。その後一日中、股の奥で揺れていた粘液の重みさえ、インテは覚えている。垂れて出てくるのも不愉快だったが、全部を吐き出さずほとんどを溜めてしまった自分の体のつくりが、心底恨めしかった。
 今はそれが、焦がれるほどほしい。冷静で憎らしいメトロが、我慢できなくなって吹きこぼすそれがほしい。この人が私に惹かれている証がほしい!
「動いて……くださいっ……ひゃうん!」
 頼むまでもなくメトロが動き出していた。ぐいぐいと腰を押し付けてインテの内部を感じ取っている。包んでほしいとねだっているのがわかる。たまらないほど嬉しくなってインテは尻を揺すりたてる。
「インテ……すごいな」
 インテの耳たぶを吸いながら、メトロがうめく。
「こんなところまで……育てたのか……」
「そうっ、そうですよぉ? メトロさんが喜ぶようにっ、メトロさんがたくさん出せるように!」
「言いすぎだ……俺を……おかしくする気か……?」
「なって、なってくださぁい、おかしくなって、好きなだけとぷとぷしてっ!」
「こいつ……なんてことを……」
 ぐりぐりっ、とメトロが頬を押し付けた。すかさずインテも押し返す。欲情しきった娘が放つ濃密な甘い香りを吸って、メトロもますます昂ぶる。十本の指がやわやわと動いて乳房をちぎれるほど握り締める。突き込みがいっそう激しくなり、インテはへその裏側にまで圧力を感じる。頭が幸福感で白くなっていく。
 かわいがられてる、メトロさんが喜んでる!
 がくがくになって折れそうな足を必死で踏みしめる。はっはっはっとメトロの息が速くなる。その時が近いのがわかる。子猫のように頬ずりを押し付けて、インテは最後の誘いをかける。
「ぴくぴくしてる……わかります、メトロさんっ! もうすぐなんでしょ? イっちゃうんでしょ?」
「おまえもな……ものすごく……きつく……」
「ほしいから、熱いのほしいからっ! 来たらイけるの、おねがい来てぇっ!」
「い、イく、イくっ……」
 彼らしくもないせっぱ詰まったうめきが、快感の激しさを伝えていた。ひとことひとことと一緒に、インテの中の幹が激しくしゃくりあげ、熱い針を撃ち出した。抱かれた腕にぎゅっと力がこもり、髪に顔を押し付けられた。メトロは全身でインテをむさぼっていた。
「〜〜ッ!」
 抱擁が強すぎて絶頂の叫びも出せなかった。あふれる快感をインテは体内に押しこんだ。下腹の収縮とともに脚の筋肉がしぼりあげられ、高い背伸びとなった。尻がメトロに押し付けられる。
 びくっ、びくっ、とメトロが震え続ける。歯を噛みしめていてもう声も出さない。インテの記憶に間違いはなった。長い、鳥肌が立つほど大量の注入だ。下腹の中が熱い奔流に押し広げられていく。まっしろに蒸発した意識がそれだけを感じ取っている。下腹だけではなく胸の奥まで満たされていくような心地だった。
「く……はっ……」
 メトロがどっと息を吐き、力を抜いてインテの背にもたれかかった。自分より大きな体なのだが、鍛えているインテにとってはちっとも重くない。布団で体を覆われたように、温かいだけだ。
 この人を好きになったんだ、とインテは自覚した。すると自然に恐れが湧いてきた。嫌われることへの恐れだ。どうしたら嫌われないだろう?
 答えは何度も聞いていた。甘えないこと、すがらないこと、誇りを持ち自立してみせること。ものすごく難しく思えた。その逆のことをしたいからだ。
 でも、我慢するしかない。
「……どいてください」
 インテは樽に手をついて体を起こした。メトロが体を離し、背を向ける。しばらくは、互いに見られたくない処理の時間だった。
 それが済むと、インテは振り返り、抑えた口調で言った。
「満足しましたか」
「……ああ」
「そうですか」
「おまえもだろう」
「……勝手に想像してください」
 頬を赤らめてそっぽを向いた。赤くなったことは演技ではなかった。メトロが何か言いかけ、口をつぐんだ。多分、いたわりの言葉を探しているのだ。しかしそれに甘えられなかった。甘えたりすれば、立ちどころに冷たい態度をとられるだろう。経験済みだ。
 話題を変えて気持ちを抑えることにした。
「早く行きましょう。さっきの部屋に戻らないと」
「……うむ」
 メトロの返事はわずかに遅れた。戸惑いらしいものはそれだけだった。

 仲間のいる部屋に戻ると、先ほどはいなかった人物が、越天斎と話していた。金糸の縁取りのある白いワンピースを身につけた少女だ。見慣れないいでたちである。どんな職業の人なんだろうとインテは思ったが、少女の肩のワッペンを見て、緊張した。
 GMという意匠文字が描かれていた。その下に三桁のナンバーとパーソナルネーム。
 二人の話し合いは終わりに近いようだった。少女が何かを頼み、越天斎が薄笑いを浮かべて首を振る。そんなやりとりが何度かあり、やがて越天斎が出口を指差した。少女はあきらめたように肩をすくめ、出ていった。
 インテはおずおずと言った。
「今の、『ゲームマスター』ですよね。初めて見た……」
 それは、この世界の『管理者』のしもべたちのことだった。一般の人間にはない特別な力を使うことができる。世界の秩序を保つ人々ではあるが、逆らえば存在を抹消されることすらあり、恐れられてもいた。
「『ゲームマスター』が来るなんて、何かしたんですか?」
「いつものことだ、お気になさるな。それより、貴女がたのご首尾は?」
 こともなげに首を振って、越天斎が尋ねた。あ、はい、と答えようとしたインテを押しのけて、メトロが前に出、短く言った。
「済んだ」
「……ふん、そうか」
 越天斎は残念そうにつぶやき、インテに目を向けた。
「しからば問題はないな。入団なされるがいい」
「あの、それなんですけど……NNSって、ノーナンバーストライクってなんなのか、教えて下さい」
「まだお聞かせしていなかったのか?」
「今する」
 メトロはしゃがみこみ、インテも座らせて話し始めた。
「ノーナンバーとは、この世界の規律に反したモンスターのことだ。俺たち自身にはわからないが、この世界の人間は、『管理者』によって一人残らずナンバーつきで管理されている。それはモンスターでも同様だ。生まれたモンスターはナンバーを与えられ、死ぬとそれを失う。『管理者』はナンバー別に、モンスターの居場所、ステータス、体力と精神力、保持アイテムなどを見張っている。……ここまではわかるな」
「はい」
「しかし稀に、ナンバーを持たないモンスターが出現する」
「……ナンバーがない?」
 インテはきょとんとして尋ねた。
「そんなの、どうやって『管理者』は見張るんですか?」
「『管理者』が生み出したモンスターじゃないんだ、そいつらは」
「じゃあ誰が?」
「世界の歪みが原因のこともあれば、チーターの仕業のこともある。知っているか、チーターを」
「は、はい。異界の呪法を使ってこの世界の仕組みに介入し、根底から歪めてしまう悪しき存在……ですよね?」
「そうだ。それらによってノーナンバーは生み出される。前者の例としてはゲフェン中央塔にオールドウィローが大量に湧いた記録がある。後者の具体例は公表されていないが、実は古木の枝をある方法で使うと、任意のモンスターを召喚することができる。チーターはそれを倒して、望みのままのアイテムを得ようとする。……他にもいくつかのケースがあって、これらを放置すると、世界の仕組みが狂う恐れがある。だから俺たちは、ノーナンバーを狩るんだ」
「へえ……」
 インテは驚いた。メトロの説明が本当ならば、NNSはただのギルドではない。『ゲームマスター』に近い、超越力を持つ集団なのだ。
「ということは……NNSって、『ゲームマスター』の仲間なんですか?」
「いや。俺たちが仕えるのは『ゲームマスター』じゃない。別のお方だ。それが気に食わないらしくて、『ゲームマスター』どもは文句を言いに来るんだ。世界にとって害のあることではないから、たいていはさっきみたいに引き下がるが、仲がいいわけではないな。くだらん縄張り争いだ」
「別の方?」
 聞き返したインテに、メトロは簡単に言った。
「ルーンミッドガルド王国、国王陛下」
 インテはぽかんと口を開けた。あまり世間に詳しくないインテだが、そのことは知っていた。
「国王陛下って……いないんじゃないんですか? 現にプロンテラ城を隅々まで探しても」
「隅々まで探せば、さっきの倉庫を見つけられると思うか?」
「……さあ」
 切り返されてインテは口を閉じた。見つからんよ、とメトロは首を振る。
「あそこは一般人にとって、ハエの羽根のワープで偶然たどり着かない限り、入れない部屋だ。町のあちこちにもそういう部屋がたくさんある。といっても、陛下がそのどこかにおわすというわけじゃないが、探しても見つからないのに確かにいる、そういう事はあるものなんだ」
「それならどこにいるんですか」
「国王陛下は『非在の王』。その居場所は誰も知らない、ということになっている。あまり詮索するな」
「……はあ」
 曖昧にインテはうなずいた。にわかには信じられないような話だった。
 考えこんでいると、越天斎が手を打ち鳴らして言った。
「さあ、もうよかろう。我らは、インテグレーテル殿がその務めを果たしうると認めたのだ。今後のことを取り決めよう。メトロ卿も申されたが、我らの狩りは二人組が基本。ついては、インテグレーテル殿、拙者と組んでいただけまいか?」
「えっ?」
 突然の申し出に、インテは戸惑った。越天斎と、他のメンバーと、メトロの顔を忙しく見比べる。
「そ、そんなこと言われても、私まだ、皆さんのことを何も知りませんし……」
「おいおいわかろう。拙者のことから申すと、練位七十九の、回避・必殺型暗殺者だ。この顔ぶれの中では最も修行を積んでいる。貴女が不慣れでも、手助けして差しあげるが」
「ええと……メトロさんのステータスは?」
「レベル76、INT先行の回避・支援型。経験からいえば越天斎のほうが上だな。あいつは一応、NNSの世話役でもある」
 メトロは他人事のようにそっけなく言った。インテの心ははっきりしているのだが、ついさっき甘えないと決めたばかりである。メトロの口ぶりも、越天斎を認めるような言い方だ。今の説明を聞いたのにメトロを選べば、逆に断られてしまうかもしれない。
 板ばさみになってインテが迷っていると、面白そうに成り行きを見守っていたゴーグルの女鍛冶師が口を開いた。
「でも、メトロ卿はうちらのナンバーツーだからね。そっちについても面倒は見てもらえると思うよ」
「ナンバーツーって……偉いんですか? BSさん」
「カーラヴェーラよ、カーラでいい。そうね、メトロは偉いってか、頼れるよ。アコん時から、国王陛下じきじきに枢機卿カーディナルの位を賜ってたヤツだからね」
「そうなんですか……あ、あの、カーラさん。あなたのペアは?」
「悪い、もういるの。ろくでもないヤツだけど、こいつ」
 ちょい、とホルス少年を指差す。ホルスがにこにこと笑う。
「ろくでもないって、ひどいなあ。カーラは僕の火力とヒールのおかげで、BSになれたようなものじゃない」
「ビタクリ持ってるからって鼻にかけるんじゃないよ、そういう自慢垂れなところがろくでもないつってんのよ、誰のおかげでDEF40なんていう馬鹿硬いウィザードでいられるのよ。――んで、インテちゃん。他の連中も固定ペアがいるから、選ぶなら越天斎かメトロ卿よ」
 小気味のいいタンカでホルスをやり込めてから、メトロに目を向ける。
「どう、メトロ卿。インテちゃんほしくない?」
 そう言ってから、インテにウインクを飛ばす。彼女には気持ちを見抜かれていたらしい。インテは心の中で礼を言って、メトロを見つめた。
 メトロはサングラスを指で押し上げて、ぶっきらぼうに言った。
「インテ次第だ」
 あんなにかわいがってくれたのに! 怒りを覚えたが、もう言ってしまうしかなかった。
「メトロさん、私と組んでください。……お願いします」
「そうか」
 メトロはあっさりうなずき、ポケットからギルドエンブレムを出して、渡した。
「つけておけ。俺のパーティー名を書いて」
「……はい!」
 誰かがエンジェラスを使い、鐘が鳴った。よろしくな、とあいさつの声が浴びせられる。
 処置なし、というように越天斎が肩をすくめた。

 そんな具合に、二人の旅は始まった。VIT剣士のインテが今まで一人では行けなかった場所も含めて、世界中に足を伸ばした。
 オークの地下墓地に行き、確かにそこにいるのに他の人間が触れられない、幻のようなオークゾンビを倒したこともあった。湧きの激しい場所に出現する、いわゆるゴーストと呼ばれる敵で、これが増えると皆の狩りの障害になるという代物だ。
 ノービス修練場に突如出現し、無力な初心者をかたっぱしから食い殺していたマタを、成敗したこともあった。その恐ろしく素早い暗黒の犬は、修練場に湧くようなモンスターではないのだが、なんらかの方法で修練場に忍びこんだ悪意の者が、古木の枝で召喚したらしかった。
 イズルードの街で大規模な枝テロ事件が起きたときには、越天斎やカーラたちとともに、大勢で駆けつけた。そこは小ぢんまりとした港町で、昔は空間転送の拠点として賑わっていたのだが、最近では、近くの海底ダンジョンに向かう人たちが拠点にする程度の、人気の少ない場所になっていた。そこで二百体以上のモンスターが召喚されるテロが起きたために、市内の人間が皆殺しにされてしまったのだ。
 制圧しようにも、町の入り口と船着場がモンスターハウス状態になり、突入した人間が剣を抜く間もなくたちまち殺されてしまうという有様だった。メトロは、イズルード市内へのワープポータルを持つ僧侶と有志の討伐隊を一般から募るとともに、あまり人に知られていない、旧プロンテラ剣士ギルドからの抜け道を使って潜入する作戦を立てた。討伐隊の指揮は越天斎が執ったが、抜け道から最初に市内に突っ込んで敵をひきつける、最も危険な役割は、その日騎士に転職するはずだったインテの役割となった。
 この戦いは凄まじかった。ベンチが並ぶイズルードの公園にインテが顔を出した途端、無慮二十体ものモンスターが群がってきた。インテは文字通り体を張ってその殺到を食い止め、後続が突入するまでの時間を稼いだのだが、そのわずか数秒の間に、体力が十分の一に減ってしまった。すぐにNNSのハンターが飛びこんできて催眠の罠をかけまくり、かろうじて撃退されることを防いだのだが、あと一秒遅ければインテは死んでいただろう。
 いや、インテは本当に死にかけたのだ。だが、常を上回る力強さが全身にみなぎっていて、奇跡的に耐え切ることができた。それは、突入直前にメトロにかけられた、防御力を高めるエンジェラスの魔法のおかげだった。
 モンスターが一ヵ所に集まった隙に、ポータルを通った討伐隊が一斉にやってきた。その中には、大魔法ロード・オブ・ヴァーミリオンの使い手である、ホルスたち腕利きのウィザードや、アドレナリンラッシュの技で戦士たちの攻撃速度を飛躍的に高めることのできる、カーラヴェーラたちブラックスミスも含まれていた。彼らと連携した前衛職が、速やかにモンスターを制圧していった。
 こうしてイズルードの街は人間の手に取り戻された。しかし、NNSのメンバーは街に満ちた歓声に加わることもなくプロンテラに帰った。できるだけ人目に触れないよう活動することがNNSの旨であり、今回は特別だったのだ。それに、インテの昇格式があった。
 プロンテラ北西の騎士団に着くと、戦闘の余韻を残したまま、モンスターの血や体液を頭から浴びたような姿で、インテは叙勲を受けた。越天斎は似合いだと言い、ホルスはくさいと言った。しかし仲間の祝福に囲まれたインテは、別のことを考えていた。
 カーラヴェーラにもらった真新しい騎士の鎧に身を包み、越天斎がどこかのモンスターから盗んできたブロードソードを腰に下げたインテの前に、メトロがやってくる。インテは小声で、彼に尋ねた。
「メトロ卿、どうしてエンジェラスを覚えたんですか。ほとんど使い道のないスキルなのに……」
「間違いで取ってしまった。キリエのほうがずっと使えたのにな」
 そう言って彼が差し出したのは、小さな紫色のリボンだった。雑魚のコウモリが落とす、たいして高価でもないアイテムである。ありていに言って貧弱なプレゼントだったが、インテは息を飲んでそれを見つめた。
「リボン……ありがとうございます」
「一応、カード付きだ」
「ほんとに?」
 言われて結び目のところを見ると、折り畳んだカードが挟まれていた。精神力を少し高めてくれる、ウィローカードだった。
「おまえは囲まれるのが仕事だから、これでボーリングバッシュの回数を増やすがいい」
「はい」
 そのカードにしても、精神力なら売るほどあるホルスが、こんなのいらないよと皆に押し付けて回っていたものであることを、インテは知っていた。越天斎がからかう。
「どうせ札を挿すなら、溝付きの兜にするべきだったな。騎士の装備はそれが基本だ。値は百万を越えるが、貴方の強さなら手に入ぬわけでもあるまい? メトロ卿」
「いえ、いいんです……」
 本気で嬉しくて、インテはつぶやいた。ヘルムは戦闘装備だ。だがリボンは飾り物だ。メトロが飾り物をくれたのは、これが初めてだった。
 茶の髪に紫のリボンを留め、嬉しさに上気した顔でメトロを見上げた。
「どうですか……?」
「邪魔にはならんようだな」
 およそ色気のないことを言って、メトロが顔を背けた。それでもインテは、心の底からの感謝をこめて、ありがとうございます、と言った。
 それからも二人は、各地を回ってノーナンバー狩りに精を出した。インテのレベルはまだベテランにはほど遠く、彼女を鍛える必要もあった。任務の間には普通の敵を狩って修行を積んだ。
 メトロと二人の旅はインテにとって楽しかったが、一つだけつらいこともあった。それは、彼女の呪わしい特質が少しも治らないことだった。
 騎士になり、彼女のレベルが70を越え、同行するメトロが80になっても、二人が倒した敵からは、一枚のカード、一つのレアアイテムも手に入らなかったのだ。
「レアなしインテ」のジンクスは健在だった。
 にぎやかなプロンテラの噴水前で、花壇に腰掛けて、インテはつぶやく。
「ねえ、兵隊さん。こんなことってあると思います? 私、今までに何万もの敵を倒してるのに、アイテムの最高記録が死者の遺品なんですよ。たかだか数百zの」
「ないわけではないだろうね。アイテムの出には個人差がある」
 数歩先で、軍帽の兵士が答える。十年一日のように突っ立っている彼とは、出会いのあの日以来、時折こうして他愛ない話をする間柄だった。
「けれども、お嬢さんのそれは少しひどいようだ。世界の側の間違いとも考えられる。もしそうなら、ある日突然、具合のよくなることもあるだろう」
「なりますか?」
「なるとも。だから、気を落とさず頑張りなさい」
「……本当言うと、あまりがっかりもしてないんですけどね」
「ん?」
「ほしいものは、ちゃんと手に入るから。これとかね」
 インテは首を傾けて兵士に頭を見せる。さらりと肩で流れたチョコレート色の髪に、ちっぽけなリボンが乗っている。
「だから、このままでもいいや」
「のろけに来たのかね?」
「いけませんか?」
「いや、構わんよ。そういう話は好きだ。ここではあまり聞かないから」
 兵士は、今この瞬間にも数百万zの取り引きが行われている噴水前を見回して、そう言う。インテは尋ねる。
「ここで耳に入るのは、お金もうけの話ばかりみたいですね」
「嫌いじゃないがね。あれはあれで愉快なものだ。わしはここで見聞きするいろんな光景が好きだ。商売や、狩りの相談や、鍛冶が道端で武器を打つ音や、それを通りがかりの僧侶が祝福する様子や――」
「騎士のお姉さん、一人?」
 インテの前に、二人の男がやってきた。剣士と盗賊だ。片方は頭に刺さっているように見える演劇用の剣を、もう一人はなんと、渦巻型の「あれ」をかぶっている。
「一人だったら頼みたいことがあるんだけどさあ、今いいかな」
 口調といい姿といい、軽薄な感じだ。太ももに視線を向けられているような気がして、インテはぎこちなくスカートの裾を引き下げる。騎士のスカートは剣士だった頃よりも短くて、こういうときにすごく困る。
 剣士が盗賊を指差して、べらべらと一方的にしゃべる。
「こいつ俺のツレでさあ、まだレベルが低くて苦労してるわけ。手伝ってやりたいんだけど、てっとり早く強い敵を倒したいなんて言うのね。でも俺はAgi型でまだ完成してないから、壁役やれないわけよ。お姉さん、VIT型?」
「え、ええ。一応……」
「おっ、やったじゃん」
 剣士は盗賊と手を打ち合わせる。盗賊がにやけた顔でインテの体を見つめる。
「だから言っただろ、このムチムチ具合は絶対VITだって」
「むち……あ、あの」
「だな、こんな犯罪的な胸で素早く動けるわけないよな。マジありえねぇサイズだよ、顔はロリっぽいくせに。っていやいやそれは置いといて、壁役頼めない? イノシシ森の奥ならアクティブもいないし、人も来ないし……」
「ひ、人が来ないって何の関係が」
「獲物の取り合いにならなくていいってこと。ほらほら立ってよ。行こうぜ」
「待ってください、私まだ……」
「お若いの、その娘さんはもうパーティーに入っているよ」
 口を挟んだのは軍帽の兵士だった。すでにインテの両手を引いて立ち上がらせていた二人は、うるさいな、と言わんばかりに彼をにらむ。
「いいんだよ、別に公平組むわけじゃないんだから。大体おっさん誰?」
「誰でも良かろう。しかしな、一つ聞いておくが、そのお嬢さんのエンブレムに見覚えはないかね?」
 二人はインテの肩を見た。えぬえぬえす、とつぶやく。そして顔を見合わせる。
「NNSって、まさか……」「イズ陥落テロをたった十人かそこらでぶっ潰したっていう、あの化物ギルド!?」
「化物とはひどい言いようだ。お嬢さんの仲間が聞いたらなんと思うだろうね」
「マジかよ……おい、行こうぜ」
「おう、この姉ちゃんも、可愛く見せかけて、いざとなったらすげえコトするのかもしれんし」
「それはそれでいいけどよ……」
 勝手なことを言いながら、二人はこそこそと去っていった。インテは思いきり舌を出す。
「べーっだ! 誰がすげえコトなんかしてあげるもんですか!」
「――というような一幕もあって、ここは楽しいんだよ」
 澄ました顔で中断された言葉を続けると、兵士は軽く笑った。
「もっとも、今のは災難だったね」
「ええ、ほんとに! メトロさんならともかく……」
「何かね」
「いえっ、別にっ!」
 ものすごい勢いで冷や汗をまきちらして、インテは強引に話を戻した。
「いろいろあるから、兵隊さんはここが好きなんですね」
「そう。中でも一番好きなのが、お嬢さんが聞かせてくれたような話だということだ」
 兵士は空を見上げて、もう一度つぶやく。
「よいものだ! 本物の幸せを知っているということは」
「まだ、すっかり手に入れたわけじゃないんですけどねぇ」
 花壇に座りなおして、インテは兵士と同じように空を見上げ、ため息をつく。


後編  用語解説

top page   stories   illusts   BBS   RAGNAROK