N/H/K (前編)
シーン・1【夢の中で】―――――――――――――――――――――
夏の匂い。
雨の上がった、じめっとした匂い。
俺は―――公園に立っていた。
白影に彩られた空間。
胸がチリチリと、焦げ付きそうなくらいの痺れで満たされる。
目の前では、一人の少女―――いや、少年が泣いていた。
声は出していない。ただ、めそめそと手の甲で涙を拭っていたのだ。
ショートボブの、本当に女の子みたいな男。
そして、その女の子みたいな男の周りを、数人のガキが取り囲んでいる。
…俺は、そいつの事を知っていた。
天城ひろみ―――本当は弘海っていう漢字を書くらしいのだけれど。
―――何故、泣いているのか。
ひろみの家は、決して裕福な方ではなかった。更にはあの女顔、華奢で喧嘩の腕も度胸もない…。考えてみれば、クラスの連中からイジメを受けるのは当たり前かもしれない。
酷い話かもしれないけれど。こういうのはいつの時代も変わらない。
そして俺は、そんなひろみを―――
「おまえらぁぁぁッ!」泣いているひろみの前に、一人のヤンチャそうなガキが走ってくる。
ソイツは、ひろみをかばう様にして、ひろみの前に立つ。
ひろみを取り囲んでいたイジメっ子達を睨み付けた。
つまり―――そのガキが俺だ。
別に何があったっていう訳じゃない。まぁただ単に、弱い者イジメってのが昔から好きじゃなかった…っていうのが理由。別に正義感云々なんざ知ったことじゃない。
それに…まぁ、ひろみがあんなだから、どうも保護欲っていうのが働いてしまうらしいのだ。
よく、自分の大切な持ち物に傷を付けられると怒るヤツが居るけど、そんな感じによく似ている。別に、ひろみは俺のモノって訳じゃないんだけど。
ただ、まぁ幼馴染みってヤツで、それこそ赤ん坊の頃からの知り合いだったから。そんでもって、その友達を傷付けるヤツが居たら、そりゃあ怒るでしょう。
ましてや友達がイジメられて、それを静観してられる程に冷静じゃねぇし。
ま、そういう事。
―――そして。
ひろみを護った俺は、例によって例の如く、イジメっ子集団と殴り合いの大喧嘩をするのだった…。
…結果?
んなもん決まってんだろ。
…俺の勝ちだ…ってな。
シーン・2【雪の日に】―――――――――――――――――――――
「―――ん…」
そして沢渡直紀が目を覚ましたのは。
ベッドの中。
隣には、一人の女―――拝島佳織。裸のままで、しかし寒そうに毛布にくるまりながら。
部屋はまだ暗いままだった。ただ、FMの澄んだ音だけが、柔らかく部屋を包んでいただけで…。
部屋の中は寒い。
昨日は雪が降っていた。もしかしたら、積もっているのかもしれないな。
「……」直紀はそう考えると、上半身を起こした。
窓の方を見る。
かけてあった布団が、ぼそっと重い音をたてて彼の身体からずり落ちた。
身体の芯から震えの来るような冷たさに襲われてしまう。
直紀も、何も身には付けてはいない。
そう、服も、下着も。
―――佳織との付き合いは、もう二年になる。
一応の同棲生活。そろそろ結婚を考えてもいい時期にさしかかっているのかもしれない…。
マリッジ・ブルーを考えない訳ではない。ただ、結婚という二文字を口から出してしまうと、何か後悔してしまいそうな気がして、結局まだアプローチはしていない。それに何より、定職に就いていない事を考えると、あまり大胆な事も言えないでいるのだ。
「……」直紀はするするとベッドから降りる。
窓際まで歩いて、ゆっくりとカーテンを開けた。
案の定雪は積もっていた。
夜はまだ、明ける様子を見せてはいない。
「―――」
先程見た夢の事を思い出した。
過去の…小学生の頃の夢。
―――何、思い出してんだか。
思わず苦笑してしまう。
小学校を卒業した後、直紀は家の都合で引っ越しをする事になった。
つまり、ひろみとの付き合いは小学校まででストップしている。
そんな思い出をぶり返してしまうとは。
大学を卒業し、フリーター生活に入って数ヶ月しか経っていないとはいえ、その間に過去の事―――つまりは中学や高校時代の事など、微塵も思い返した事はなかったというのに。
「……」窓からうっすらと見える月を見た。
―――元気でやってんのかなぁ、ひろみのヤツ。
俺がいなくなって苛められる様になったんじゃないだろうか、今は元気に暮らしているのだろうか…。
思い返すたびに、心配ばかりが脳裏をかすめて、そんな自分に少し呆れてしまった。
ふいに。
「―――直紀…?」彼の背後から、女性の声が聞こえた。
佳織のものだ。
「あ、悪ぃ。起こしたか…」カーテンを閉めながら、直紀は佳織の方を向く。
「うんん、別に構わないよ」
暗闇の中で、佳織の存在が微かに見える。
もぞもぞっと動いたのが分かった。
「それよか、電気点けてよ」
「いいのか? 寝なくて」
「もう六時だしね。あんまり寝てらんないし」
「そうか…」微かに呟くと、直紀は手探りで電気のスイッチを探した。
しばらくあって。
パチンっという音の後、幾度か光が点滅して―――そしてゆっくりと部屋に光を灯した。
「っ…」佳織はいきなりの光に目を細めてしまう。
淑やかそうな女性が、ベッドの上に座っていた。
黒髪の艶のある、ロングの髪。まるで日本人形の様な儚いイメージがあり、ガラス細工の様に繊細なニュアンスがあった。
上半身を起こして、布団で前を隠している。
佳織は目をこすると、ゆったりと直紀の方に視線を移して、微笑んだ。
「…おはよ」
「あぁ、おはよーさん」
***
「―――はぁ?」直紀は、思わず自分の耳を疑ってしまった。
朝。
目の前の卓では、味噌汁と白御飯が湯気を立てている。
点けっぱなしにしたテレビからは、朝の情報番組のレポーターがひっきりなしに喋っている。
「そんな顔しないでよぉ」そんな直紀の表情を見て、バツが悪そうに佳織が言う。
「いや…。それよりも、本当なのか?」
「嘘ついたって仕方ないでしょ?」味噌汁をすすりながら、佳織は返した。
「しかし、二週間も旅行に…ねぇ」気を取り直して、直紀も箸に手を付ける。
「マジでゴメン。有美にさそわれちゃったのよ」
「で、行き先は何処?」
「グアム」
「いいねぇ、グアム」
「それ、皮肉?」苦笑を浮かべて。
「うんにゃ。マジで羨ましいんだよ。だって俺、いまだかつて外国になんざ行ったことねーし」味噌汁をすすりつつ。
ちなみに、佳織の職業は小説家である。それほど人気があるという訳でもなかったが、一応はそれで食べていけるくらいの実力はある。
普通の会社に勤めているのとは違い、気まぐれで二週間程、ぱっと旅行に行ったところで、仕事に何の支障があるという訳でもない。ただあるとすれば、それは期日が迫っているというのに一行も物語が書けていなかったりする事であるとか…。
「お土産買ってくるから、それ期待しててよ」御飯を口に運びながら、佳織は薄い笑みを浮かべた。
「ま、てきとーに期待してる」
直紀もつられて、笑みを浮かべてしまった。
「おっけ」
「…で、何時行くんだよ?」
「明日」
「明日ぁ?」相変わらずな佳織の言葉に、思わず直紀は怪訝な顔をした。
「だからゴメンってば、ね?」
「…まぁお前の普段の性格を考えると、おおかたの予想も出来るけど、とりあえず訊くが…なんで今まで俺に言わなかった?」味噌汁の椀に口をつけながら、じとっと佳織を見る。
「あ、え…。ほら、よくあるでしょ?」直紀の視線に気まずくなって、思わず目を泳がせてしまう。「まだまだ先だと思ってた大きなイベントがさ、まだまだ、まだまだって思ってたら、気が付いたら、その日の当日だったり、前日だったり…」
「お前だけだよ、そんなバカな真似すんの」心の中で【やっぱり】と呟きながら、直紀は返した。
佳織は確かに美人で、淑やかな女性である。おまけに頭のいい大学も出て、所帯染みるという部分は難あれど、器量も性格もいい女性だった。
ただ、何処かヌボーっとしている部分があり、所々頭のネジが抜けてしまっている様な行動も目立っていた。
いわゆる【天然ボケ】といわれる種類の女性だったのだ。
「ごちそーさん」空になった椀を卓に置くと、直紀はゆっくりと立ち上がった。
「今日もバイト?」
「今日も明日も明後日も…」そして、ぐぐっと背伸びする。「ふわぁぁぁ…。俺ぁバイト詰めだっての」
「ふふ、ご苦労様」そんな直紀の毒をもさらっと受け流す感じで、佳織は薄くはにかみながら。
「ちぇ…」直紀は苦笑すると、自分の食器を持った。
そしてそれを流しまで持っていくのだった。
***
直紀のバイト先というのは、【星の船】という喫茶店だった。
大学時代によく通っていた喫茶店で、店長とも顔なじみであったから、案外すんなりとバイトに採用してもらう事が出来たという。
こぢんまりとした雰囲気で、あまり人の多い所は好きではないという直紀にとっては、この落ち着いた雰囲気だけでも居心地が良かった。
稀に、あまりにも落ち着いた空気が流れている為に、ついうとうととしてしまう事もあったという。特に、今日の様に寒い日になると、暖房が入る為に夢見心地になってしまう事もあるとか。
今日は雪が降っていた事もあり、あまり客が来るという事もなかった…。
お客が居なくなった後、直紀はテーブル拭きを始める。
「…ふぁ」カウンターに居るマスターに悟られない様に、直紀はあくびを噛んだ。
「ふふ、眠い?」しかしマスターは、そんな直紀の行動を見て、面白そうに笑みを浮かべて。
カウンターでグラスを磨きながら。
「―――うっ。へ…? なんですか?」マスターの言葉にビクッとなって、直紀は思わず彼女の方を向いた。
マスターの名前は仲居美佐子、今年で三十五歳になるとかならないとか。
夫は現在単身赴任中で、二人の小学生の子供が居る。
実質、彼女一人で、この喫茶店【星の船】を切り盛りしているという。
美人で何かと世話焼きな人柄が特徴で、【星の船】の固定客の半数は彼女目当てであるといっても過言ではなかった。言い寄る男も多いらしいが、実際、直紀が知るところでもない。
美佐子はくすくすっと苦笑すると、かぶりを振った。「うんん、なんでもない」
「…そうっスか?」
そう呟くと、直紀は気を取り直して、テーブル拭きを再開した。
相変わらず外は、寒そうな純白に支配されている。
直紀は思わず、その美しい白の世界にみとれてしまった。
―――その時に。
直紀のズボンのポケットの奥で、ブルブルっと、何かが震えた。
「…?」携帯だ。
思わず直紀は、そちらのポケットに手を突っ込むと、ちらっと美佐子の方を伺い見た。
タイミングが悪く、ちょうどマスターとの視線がぶつかってしまった。
どきりっとする。
「ふふ、どうしたの?」
「あ、いえ…その…」
「電話?」あいもかわらず、優しい笑みを浮かべたままの美佐子。
「あ、はい…まぁ」気まずくなって、思わず視線を外す。
「出なさいな」
「へ?」
「どうせ今、客も来てないんだから…ね?」
「…はぁ」恐縮してしまう。
思わずぺこっと頭を下げて、外へと出て行った。
外は、身体の芯に突き刺さりそうなくらい、尖った冷たさで満たされている。
先程まで暖房の効いた中に居た直紀は、思わず身体を震わせた。
吐く息も白くくもっている。
とりあえず早く済ませてしまおうと、ポケットから携帯電話を取り出した。
「…れ?」
コールが止まっている。
「…ったく」仕方がないから着信履歴を調べてみた。
ピッピッ…と携帯を操作すると、その液晶画面に電話番号と名前が浮かぶ。
その電話番号を見て。
「…実家からかよ」急に拍子抜けしてしまった気がした。
無視しときゃよかったかな…と、直紀は思わず毒づいた。
気を取り直して、【星の船】の中に入ろうとした時―――
また、携帯電話が震え出したのだ。
「あー…もぉ」軽く舌打ちすると、通話ボタンを押して。「…はい、もしもし」
“あぁ、直紀かい?”
聞こえてきたのは、母親の声だった。
「…母さんか」何度も何度もかけてくる…確かに母さんはしそうだ。と心の中で軽く呟いた。「で、何か用?」
“実はね、アンタに同窓会の知らせが来てたんだよ。それ言っておこうと思ってねぇ”
「同窓会?」
“小学校の時の、だって”
その母のフレーズに、思わずどきりとしてしまった。
何の気なしに見てしまった、今朝のひろみの夢―――そして同窓会の知らせ。
偶然にしては出来過ぎている気がしなくもないが、少なくとも謀って出来る事でもないだろう。
“で、アンタは出席すんのかい?”
「俺は…」何故か、ガラにもなく胸が高鳴った。「何時だよ?」
“えーっとねぇ、今度の…土曜日だってさ”
「今度の土曜ぉ?」直紀は思わず、怪訝な声を出してしまった。「…ちょっと待てよ」
“どうかしたん?”
「えらく急な話だろうに。だいたい、何時その話がまわって来たんだよ?」
“えー…と、ねぇ…”母親は答え難そうに語尾を濁した。
なんとなく分かっている。
おおかた、1ヶ月程前に連絡は来ていたのだろうが、なぁなぁのままでいた為に今まで連絡出来ずにいた、と。
「…もういい」カリカリっと頭を掻いて、直紀は言った。
***
今まで同窓会といった類のものには参加などしたことはなかった。
理由はただ一つ、めんどくさいから。
元々、出不精であった性格の所為もあり、例えどれほど会場が近場であろうとも、気が乗らなければ殆ど参加もしていなかった。
ただ、今回だけは違う。
何故か無性にひろみの、今の様子が気になったから。
会って、一言二言、ただ話をしたかった、それだけ。しかしそれだけで、直紀の心の中は、すっかり同窓会に行った気になってしまうのだ。
もしかすれば、ひろみは同窓会に参加しないかもしれないというのに。
電話を終えた直紀は、ゆっくりとした動きでドアを開けた。
刹那、ふぅ…っと、暖かい空気が首筋をかすめる。
「あー…さみ」ぽそっと呟いて、すぐにドアを閉める。
「おかえり」そんな直紀を、マスターの美佐子は笑顔で出迎えた。「で、誰からだったの?」
もう食器拭きは終わっているのか、カウンターの席で雑誌に目を通していた。
その何気ない素振りだけでも、自然…それでいて充分過ぎるくらいの色っぽさが伝わってくる。
人気が出るのも頷けるよな、と直紀は考えてしまった。
「あぁ、母親からです」
「へぇ…。何て?」
「あ…いや、同窓会の事でちょっと…」思わず直紀は言葉を濁してしまった。
土曜、日曜にも、一応はここで働く事になっていたから。
見ての通り、バイトをしている人間といえば、今の所直紀のみである。
特に土曜日や日曜日の昼となると、そこそこ人で込み合ってしまうのだ。いくらなんでも、美佐子一人に任せっきりになるのは心苦しいと思えた。
「へぇ、同窓会かぁ…」パタンと、読んでいた雑誌を閉じて。「いいじゃない。何時あるの?」
「あ…今度の土曜にあるんスけど―――」
「行って来なさいな?」直紀の言葉を遮って、美佐子が優しく言った。
「え?」思わず耳を疑って、美佐子の方を見る。
彼女はカウンターのテーブルに肘をついて、優しい笑みを見せていた。
「ここで一生懸命働いてくれるのも嬉しいけどさ、たまには昔の友達と遊ぶのも悪くないんじゃない?」
「あ、いや…でも…」
「まぁ、こっちは大丈夫だからさ」直紀の言わんとする事が解ったのか、美佐子は苦笑を混じらせた。「君が来る前だって、私一人で切り盛りしてたんだし、ね?」
「はぁ…」
「何なら、今週一週間はお休みにしちゃう?」美佐子は悪戯っぽく言ってみせた。
「そんな…悪いっスよ」今度は直紀が苦笑する。
「まぁいいじゃない。沢渡君もまだまだ若いんだから、たまには外に出て色々するべきよ? 部屋の中でじっとしてるのも、悪くはないけどさ」
「あ、はぁ」
何となく、反論も出来なかった。
優しい雰囲気だけじゃなく、美佐子の言葉には包容力と説得力があって、その言葉の一つ一つには重みがあったから。
「じゃあ…」そして、直紀は薄い笑みを見せた。「お言葉に甘えさせてもらいます」
***
佳織が出発する前日―――つまりは、この日の夜。
部屋の中は、騒々しい空気に包まれていた。
翌日からグアムに行くというのに、夜、寝る直前になるまで、その事をすっかり忘れてしまっていたという。
佳織らしいといえば、佳織らしいが。
そして今現在、大慌てになって用意をしているのだ。
「ったく、お前は…」大慌てで走り回っている佳織の様子を見て、直紀は呆れていた。
そんな直紀の目の前では、とにかくも無造作に、鞄の中に下着や服を積め込んでいる佳織の姿があった。
「見てないでちょっとくらい手伝ってよー!」直紀の方を見て、恥ずかしそうに佳織は怒る。
「手伝えつったって…ナニすりゃいいんだよ?」
「歯磨きセットとか買って来てくれない? ほら、お泊りセットっていうの」
「お前なぁ、向こうにもあんだろうに。歯ブラシとか」
「ナニ言ってんのよ」妙に真剣な顔つきで、佳織は直紀を見た。「向こうの歯ブラシとかは持って帰るから、使わないの」
「…節約したいんだったら、普段使ってるヤツ持って行けよ」
「もぉ、解ってないなぁ!」冷静な対応を見せる直紀を、じとっと見据える。「お泊りセットを持って行って、向こうの備え付けの歯ブラシを持って帰る、これが旅行の醍醐味じゃない」
「…はぁ、そんなもんかね」
とりあえず、低レベルな議論をする気にもならないので、佳織の言う事を特に否定もしなかった。
「でさ、直紀には悪いんだけど、コンビニまでちょっと買いに行ってもらえないかなぁって…」
「俺が? 雪の中を?」
「ごめん、一生のお願い」ぺこっと頭を下げて。
「…はいはい」もう反論する元気も起こらないらしく、重い溜め息を吐きながら。
そして、コンビニまで行くのだった。
***
言われていた通りのお泊りセットと、そして週刊誌、あと缶コーヒーを買った。
とりあえずはコンビニの中をうろついた後、これといって買い忘れもなかったので、外へ出た。
「あー…さみ」外に出た直紀に、容赦なく冬の空気が吹き付ける。
思わず直紀は、身を小さくさせてしまった。
冬の景色は静かで、そして純粋だった。
夏や春の様に浮ついた空気はなく、澄んでいる。
落ち着いたこの空気が、多少苦手ではあったものの、嫌いではなかった。
コンビニの灯りがまだ残っている駐輪場で、直紀は缶コーヒーを取り出した。
パキッとタブを返すと、そのまま一口、飲み込んで。
「…ふぅ」全身を伝うコーヒーの温かさに、思わず直紀は心地よい溜め息をつく。
全身が、安堵に包まれた。
言葉ない時間が、幾らか過ぎて行く。
そして。
そんな時だった。
直紀のポケットから、電子音が響き出したのは。
「…?」携帯電話が鳴り出した…?
缶の中に残ったコーヒーを全部飲み干すと、ポケットから携帯電話を取り出した。
液晶画面には、見覚えのない電話番号からの着信。
「…誰だ?」とりあえず通話ボタンを押して。「…はい、もしもし?」
“あ、あぁ。沢渡君…だね?”
聞き覚えのない男の声だった。
「…はい、まぁそうですけど…」
“あ、覚えてないかな…? 俺、吉村幸治っていうんだけど…”
「ヨシムラ…コウジ?」聞き覚えのある様な、ない様な。
そんな感覚だった。
“ほら、小学生ん時に一緒だった…”
「…あぁ、小学校の時の」とはいえ、それ程記憶に残っているという人物でもない。「って事は、同窓会の事…かな?」
“そうそう”
「とりあえず俺の方は行くつもりはしてるけど…他の参加者って、誰が居る?」
“誰って…結構いっぱい来るけど?”
「あ、いや。その…ひろ―――じゃなくて。天城は来るのか?」
“天城…? あぁ、君塚君ね”
「…君塚?」思わず怪訝な顔になって、幸治の言葉を反芻してしまう。
“あぁ、君塚―――天城君ね、中学の頃っつってたかなぁ、両親が離婚しちゃったみたいで、で母方に引き取られたらしいんだ。で、その君塚っていうのが、母方の名前なんだってさ”
「…そう、だったのか」微妙に気が重くなる。
ひろみが元々、幸の薄い人間であったというのは解っていた。しかし、何年経っても変わらないものなのだなぁと、思ったから。
“で、君塚君が何か?”
「いや、アイツも来るのかなぁって」
“…あぁ、そういや沢渡君は君塚君とは幼馴染みだったらしいしね”
「ま、まぁ一応」
“君塚さんは…っと。うん、来るみたいだね”
「そっか…」微かに、直紀の表情に安堵が浮かんだ。「来るのか…アイツ」
“…君は?”
「俺? 行くよ。勿論な」
“了解”
…そして電話を切った後で。
妙におかしくなって、直紀は薄い笑みを浮かべてしまった。
そして、この数時間後。
佳織が旅行に出て、直紀は一人になった…。
シーン・3【思い出の君と】
光陰矢のごとしとはよく言ったもので、土曜日になるのはあっという間だった。
バイトを休んでいるので、何をするという事もなく、家の中で一日中ゴロゴロとしているだけ。しかしそれでも、気が付けば夕方、というのはままある事だった。
一日二日は何を思うという事もなかったが、さすがに三日目ともなると、居なくなった佳織の事を考えてしまう様になる。寂しくないといえばウソになるが、ただ、寂しいというニュアンスにはほど遠い感覚。
そしてそんな感覚を心の中に残したまま、土曜日になった。
その日は朝早くに起きた。
実際に同窓会が始まるのは夜からだったが、場所が新幹線を使わなければいけない場所であったり、懐かしい場所も色々と見て回りたいという思いもあって。
歯磨きや顔を洗い終えた後、部屋に鍵をかけて、そして出て行った。
まだ空は暗い。
***
新幹線に揺られながら、ひろみの事を考えていた。
幼馴染みだから、性格はよく解っている。
他人想いの、優しい人間だった。
過去に、一度だけひろみが上級生にいじめられていた時、それを例によって例の如く阻止しようと現れたのは直紀。そして直紀は、その上級生をタコ殴りにしたのだが、ひろみは逆に、怒った。
そんな酷い事をするなと。
今まで虐められていたというのに、その人間をもかばってしまうという。
バカのつくくらいに人のいい、優しい人間で、笑顔がとても綺麗だった。
「……」
直紀は、とめどなく移り変わる景色を見つめていた。
―――離婚…したのか。
「アイツ、大変だったんだな…」
もうすぐ会える、という事に、気持ちが高揚する。しかし、同時に憂鬱な気持ちにも陥ってしまうのも事実だった。
過去に。仕方がないとはいえ、ひろみから離れた。
ひろみは今まで直紀に頼りっぱなしであったから。直紀が突然居なくなって、それで元気でやっていたかどうか、と考えると。
確かに転校という関係上、仕方がないといえばその通りなのであるが、しかし、軽い自責の念にかられてしまうのだ。
特に親が離婚したという、ひろみ自身も傷付いた時に励ましてやれなかった事、それが心の中で傷になっていた。
確かに自惚れであるのかもしれないが、ひろみの事を考えると自分を責めてしまいそうになって、それが怖かったから…。
「……」
気が重くなって、直紀は一眠りする事にした。
目的の場所まで、あと二時間弱で辿り着く…。
***
新幹線を降りた直紀は、そのまま観光気分で、かつての故郷を訪れた。
時間の流れというものは怖いもので、過去に覚えていた地形などすっかり変わった姿を見せていた。
バスの中から、外の景色を見る度に「あれ? ここってこんな場所だったっけ?」などと呟いてしまう。
ここまでくると、少々大層な話であるが、ちょっとした旅である。
とりあえず、頼りない記憶だけを頼りにして、小学校や昔住んでいた場所などを巡った。
無理もない、この場所に来るのは小学校を卒業して以来である。記憶から外れた景色が目の前に広がっていたとしても、何もおかしい事などないから。
時間は流れていき、そして景色は、その時間の流れと共に変化して行く。本当にその場所に留まっている普遍的な存在はただ一つ、思い出のみだった…。
時間は、もう昼前である。
二時間かけての【記憶巡り】の末に、小学校に着いた。
思い出が美化されているのか、或いは校舎がさびれたのか…。小学校の校舎は、思いのほか古めかしく感じた。
確か土曜日は休みだったとか。
「…ふふ」思わず直紀は苦笑してしまう。
過去に直紀達が居た時は、土曜日が休みなどとは考えられない事であったのに。
それが今や当たり前となっているこの現状が、妙におかしくなってしまって。
その後。
直紀はふらっと、校舎の周りを歩き出した。
単純に背が伸びただけなのか、全体的に全てのものが小さく感じてしまった。
変な感じがした。
見る視点が違うだけで、懐かしい景色の筈が、全然違う場所の様に思えて仕方がないのだから。
ちょうど、運動場の一望出来る、スロープまで歩いたところだった…。
「…ん?」ふいに、声を上げる。
誰も居ない校舎の中で、一人だけ、人間を見付けたから。
女性。
どう見た所で小学生ではない。
運動場に立って、こちらを見ていた…。
「……」
遠く離れているので解らなかった。
しかし、直紀は思った。視線が重なった、と。
どことなく、こそばゆい様な感覚におそわれる。
「……」その女性が、何故か無性に気になった。
だから、スロープを降りて、運動場まで歩いて行く。
「……」向こうの女性も、自分に直紀が近寄ってくるのに気が付いたのか、直紀の方に歩き出した。
しばらく歩いた後。
二人は、会った。
「…あ、えっと…」直紀は思わず、戸惑ってしまう。
目の前の女性に。
綺麗な女性だった。
少し茶色の、艶のある髪を腰まで伸ばしている。見るからに優しそうな物腰の女性だった。
しかし、見覚えがなかったから。
「…ふふ」直紀の表情を見て、女性はくすっと笑みを見せた。
その仕草に、思わずどきん…と胸が高鳴ってしまう。
優しい女性の声…。
「あ、あの、君って―――」
「やっと、会えたね」戸惑いを浮かべる直紀の言葉を遮って、女性は優しい笑みを見せた。「…ナオちゃん」
どくん…と、痛いくらいの鼓動が、直紀を打った。
ぞくぞくっと、背中にむず痒い感覚が走った。
「…あ、えっと…」しかし、それでもその女性の事を思い出せない。
この目の前の女性は自分の事を知っている。
なのに自分は彼女の事を覚えていないとは。
女性はもう一度、くすっと笑みを見せると、こう続けた。
「幸治君にナオちゃんが参加するって聞いてさ…とっても嬉しかった」どことなく恥ずかしそうな、それで嬉しそうな笑みを見せた。
ぎゅ…っと、心の奥が締め付けられた気がした。途端に窮屈なくらいの気持ちになってしまう。
「で、ね。ここで待ってれば、もしかしたらナオちゃん来るかも…って、そう思ってたんだよね」
「……」
そして、一度満面の笑みを、直紀に見せた。
「久しぶり。弘海…だよ。ナオちゃんの知ってる、天城弘海。思い出した?」
―――こうして、彼らは再開したのだ。
***
とにかくも、直紀は驚いてしまった。
もしかして、ひろみは変わっているのかもしれないと、そういう思いもあった。しかし、当のひろみは、そんな直紀の想いをも飛び抜けて、【変わって】いた。
いわゆる女装。
しかし違和感などない。元々が女顔であった所為もあるのかもしれないし、或いはこの女装をした姿の方が本来の姿なのかもしれない、と、そう思えてしまったから。
つまるところ、それぐらいに自然な姿だと思えたのだ。
直紀達はそのまま、近くの喫茶店に行った。
落ち着いた喫茶店の中。【星の船】よりも少し大きい感じである。
そして彼らは、少し、話をした。
今までの事、そして今の事…。
カフェオレの湯気の奥で。ひろみは喫茶店の窓から見える景色を懐かしそうに眺めながら、一つ一つ、それこそ泡の様に儚い言葉を紡いでいた。
直紀も一緒になって、窓の外の景色を見てしまう。
俺達は、周りから見たら、どんな感じなんだろう。
ふいに直紀は思った。
親類? 同性? それとも―――
彼女か…? まぁ、今のひろみはそれくらいに美人だから、ありえない話じゃないけれど。
別段に意識をするという事もなかったが、【彼女】と認識してしまうと、何故か胸のつかえが取れた様な気がした。
「…どうかした?」ふいに、ひろみが直紀に訊いた。
どうやら、気が付けばひろみの方を見ていたらしい。
「あ、いや…」何故か恥ずかしくなって、直紀は思わず視線を外す。「…なんでもねぇ」
そんな様子の直紀を見て、ひろみはくすりっと、純白の笑みを見せた。「変なナオちゃん…」
その表情に、どきりっと胸が高鳴ってしまう。
「う、うるせぇよ」動揺で声が震えてしまった。
先程までそうは思わなかったのに、無意識的に意識していた。
同性だと思わなくなってしまったからか、それとも、【彼女】の雰囲気に呑まれているのか。まともに会話をしようとすると、恥ずかしくなって声が続きそうにない。
しかし、相手はひろみだと思うと、そんなうろたえている自分が酷く情けない気がしてならなかった。
ましてや男が相手に…。
ふいに。
「…ねぇ、ナオちゃんも聞いたでしょ?」ひろみは、ゆったりとした口調で話しかけた。
「聞いた…って、何を?」
しばらく時間が空いて。
そしてひろみは、まるで独り言の様に、呟く様に言った。
「…君塚弘海」
「……」
意識的に、その話題を避けようとしていたのは事実だった。
興味だけで首を突っ込むには、少しデリカシーのない話題だと思った。それに、何よりもひろみを傷付けてしまうのではないか、と。そう思えたから。
ある種の壁が出来て、隔たりになっていた…。というと、確かに大袈裟に思ってしまうが、実際はそれほど遠くもない。現在のひろみに対して、少し距離を取っているのも事実だった。
だから、自分から垣根を壊して入って来るひろみに、直紀は少し戸惑ってしまった。
ひろみは、薄く笑んだ。
「やっぱり優しいよね、ナオちゃんって…」
直紀は無言のまま、コーヒーを口にした。
そして。
「…離婚、したんだってな」
「まぁね」
「大変だったんだな…」
「まぁ…ね」
少し、気まずい空気が流れた。
途端に、息がしにくいくらい窮屈に感じてしまう。
カップの中に残っていたコーヒーを飲み干すと。
「…なんで俺に言った?」
「なんかナオちゃん、ちょっと窮屈そうだったから」
「窮屈?」
「そうだね…。なんていうか…。ナオちゃん、私に気を遣ってるのかなぁ…なんて、そう思ったから」
ぎくり。
図星だった。
「別にそんなに気を遣わなくてもいいのにね」直紀の様子を見て、ひろみは口元を苦笑に曲げる。
「…仕方ねぇだろ」
「仕方ないって?」
「そんな事言ったら、またお前が泣くかもしんねぇ…って、そう思ったから」
「……」少し、呆けた様子を見せていた。
「…なんだよ?」
思わず、くすくすっと笑みを漏らして。「うんん、なんでもない」
「……」
「ただ、可愛いなぁって…」
「可愛い、ねぇ」直紀は苦笑混じりに、ひろみの言葉を反芻した。
そしてまた、彼らは言葉を繋げていった。
どこまでも尽きない話題。
時間はあっという間に過ぎて行く。
…そして、同窓会の時間になった。
***
思っていたよりも、同窓会は楽しいものだなぁと、直紀は思えた。
今まで、全く知らない他人と思えていた人間と思っていたのに、実はその人間は他人ではなく―――自分に近い場所に居る人間だと、そう思えたから。
こういう感覚は、ここしばらく感じた事などなかった。
酒も入り、テンションはおのずと上がっていく。
それは直紀もひろみも同じ事だった。
もう同窓会も終わりに近くなった時。
直紀は酔い覚ましに、少し外に出た。
冷たい風。
しかし、酒で火照った身体には心地いいくらいの冷たさだった。
「…ご苦労様」外に出た直紀の横で、声が聞こえる。
ひろみのものだった。
直紀はひろみの方を見る。
「…なんだよ、中に居なかったのか?」
「うん。あんまり中に居ると、お酒を飲まされそうだしね」
「確かに…」
二人とも、少し顔が赤い。
中の騒ぎとはまた違って、この外の空気は落ち着いている。
しばらくはこの静けさを、身体いっぱいに吸い込んだ。
そして。
「…ねぇ?」ふいに、ひろみは口を開いた。
「なんだ?」
「これから、どうする?」
「これから…って?」
「同窓会終わって、それから」
「…さてな」直紀は軽く苦笑を見せる。「あんまりそこんとこ、計画してきたワケでもねーし…」
「…ふぅん」
「多分、これからカラオケ行って、朝まで時間潰すんだろうなぁって、そう思うんだけどな」
「…じゃあさ」
「ん?」
「一緒に飲みに行かない? いいバー知ってんだけどさ」
「いいねぇ、行こう行こう」
「よし。じゃ、決まりだね」
そして。
まだ、もう少しの時間。懐かしい友人達との同窓会を味わった…。
***
そして同窓会が終わった後。
直紀とひろみは、ひろみの知っているバーへと行く事になった。
他の人間を連れて行こうという気にはならなかった。それはお互いがそんな気持ちであったからこそ、口に出さなかった。
もう話す事もないと思っていたのに、案外と喋る事が出来た。
それはアルコールの力であるのか、それとも会話が弾んでいるのか…。
そして、しばらく酒を飲んだ後だった。
「…なぁ?」少しずつカクテルを味わいながら、直紀はふいに、言葉を放った。
「何?」
「…ちょっと、訊いてもいいか?」
「どうぞ」
少しの間があって。そして直紀は言った。
「…お前さ、なんでそんなカッコ…してんの?」
「え…?」ひろみは言葉に詰まった。
ひろみを女性だと、心の何処かでは認識をしていた。
しかし、やはり心の―――別の何処かではひろみは男であるという認識もあったから。
本当は、この言葉を訊くのにもためらいがあった。触れてしまうと、何かが壊れてしまいそうな、そんな気がしたから。
しかし、昼間にひろみの方から垣根を壊してきた様に、直紀もまた、もっとひろみの事を知りたいと思った…だから敢えて訊いた。
しばらくの沈黙。
ただ、このバーに流れる、ムードのある音楽だけが支配していた。
少し驚いた様子を見せたひろみだったが、すぐにいつも通りの、優しい笑みを見せた。
「何から言い出していいんだろぉなぁ…」ひろみはふぅっと溜め息を吐いて、天上を見た。
「……」
と、すぐにカクテルの方へ視線を落として。
「まずは中学の時、かな…」そして話し始める。「…中学の時もさ、やっぱり、虐められてた」
「そうか…」
「で、ね。三年の時だったかな…。強姦…されちゃったんだ」
「ご…強か―――」直紀は言いかけて、思いきって口を押さえた。
ひろみは幸の薄い人間だと解っていたが、まさかこれほどまでとは…。
いきなりといえば、いきなりのひろみの言葉に、ショックを隠せないでいた。
わざとらしい咳払いをした後、気を落ち付けて、直紀はゆっくりと訊く。
「…一体、誰に?」
ひろみはかぶりを振る。「うんん…わかんない」
「……」
「けどさ、学校の人間であったのは確かなんだよね…」カクテルのグラスの淵を指でなぞりながら、呟く。「それと、相手は男だった…っていうの」
「……」
「それから…かな。情けないし、汚いって思われるかもしれないけど…でも、感じちゃってさ…。クセになるって、こういう感覚なんだろうなぁって…」
ひろみの指は、男の指ではないくらいに細く、そしてしなやかだった。
話の内容もあって、何処となく心苦しい気持ちでいっぱいになる。
そして、ひろみは続けた。
「中学もそれ以来、登校拒否になっちゃって、高校にも行かないままで…さ」
「……」
「で、そんな時に両親が離婚しちゃったんだよね」
「……」
「やっぱり家はそんな裕福でもなかったしさ、いつまでも学校にも行ってないのに扶養されてるワケにもいかないから…って、そう思ってさ、仕事を始めようって思ったんだけど…ね」カウンターの席に、うつ伏せになる。「…でも、世間は厳しいよ。中学もきちっと行ってない人間なんか、雇ってくれやしないんだから」
「…そうか」
「でね、最終的にしたのが…売りなんだ」
「……」思わず、気が重くなって、直紀は重い溜め息をついてしまう。
売り…いわゆる売春行為だった。
恐らく、男相手にも、女相手にも―――
「まぁ私の場合、顔が顔だったからね。女の恰好をしてれば、それなりに食いついてくれる人って居たんだよね。そういうのが好きな人だって居たし…」
「……」
「今は、お水関係の仕事に就く事が出来てさ、落ち着いてる…」
直紀の、今見ているひろみの背中が、何故か小さく、ひどく小さく見えた。
儚く、そして本当にガラス細工の様に繊細に思えた。
「……」気が付けば。
直紀はひろみの頭を撫でていた。
さらさらとした髪の感覚が、手に伝う。
「…?」一瞬はビックリしたひろみだったが、すぐに安堵した様子を見せて、その流れに身を任せた。「…ゴメンね、湿っぽい話になっちゃって」
「いや、構わねぇよ」
「うん…」
「大変だったんだな…。ご苦労さん」
「…うん」ふいに、肩が震えた。
「ゴメンな、俺こそ側に居てやれなくてさ」
「うんん、そんな事ない…」言った後で、ひろみはゆっくりと身を起こした。「ずっとナオちゃんは…私の心の中に居たから」
ひろみの頭から手をどけると。
「…ひろみ」直紀はその名前を呼んだ。
「だから、くじけずに居れたんだよね。ずっと、ナオちゃんが付いててくれるんだって、そう思ってたから…」言った後で、思わずひろみは苦笑してしまう。「あんまりにもナオちゃんに依存し過ぎてたって、そう思うんだけど…」
「そんな事ねぇよ…」
むしろ、嬉しかった。
自分は何も出来ないままだと思っていた。
しかし、そんな自分でも、ひろみの勇気になる事が出来ていたと、そう思って。
そして、また二人の間に、静寂が訪れた。
その後で。
突然、ひろみは直紀の手を握った。ゆっくりと。
どくん…と、強い鼓動が直紀を打つ。
「…ひろみ?」
「ねぇ、ナオちゃん…?」ひろみは、直紀の目を見つめた。「…何時、帰るの?」
「あ…え、えっと…」直紀は思わず戸惑ってしまう。
気を許せば、その瞳に魅了されてしまいそうだったから。
こくり…と、喉を鳴らせて。
そして。
「明日、帰るつもりをしてるけど…」
「じゃあ、時間はまだ、少しあるんだね…?」
「ある…っていやあるけど」
「だったら…」こくん…と、ひろみも喉を鳴らせた。「…お願い、あるんだけど、いいかな…?」
「…お願い?」
「うん…」すると、ひろみは恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯いた。「…ナオちゃんが帰っちゃう前に…。私に、もうちょっとだけ、勇気…分けて欲しい」
「ひろみ…」
その言葉が何を指しているのか、直紀は分かっていた。
激しい動揺が、直紀を包み込む。
「…やっぱり、男相手じゃ…無理、だよね」
どくん…と。
胸が高鳴った。
切ない気持ちでいっぱいになってしまう。
どくん…どくんと。まるで心臓が破裂してしまいそうなくらいに、強く波打った。
「―――ッ」気が付けば。
直紀は、ひろみを抱き寄せていた。
ひろみの、甘い髪の香りが、鼓動を早くさせる。
「な、ナオ…ちゃん?」
「ナオちゃん…じゃねぇ」
「…へ?」
「直紀、って。そう呼べよ。いつまでもナオちゃん、じゃ恥ずかしいから…」
「……」
指でひろみの顎を持ち上げて。
そして直紀は―――
唇を重ねた…。
***
倒錯した空気が流れていたなど、微塵も感じる事はなかった。
ただ、目の前のベッドには、服を身に纏ったひろみが、横たわっている。
酔っているのか、それともこれは本気なのか。
頭が狂ってしまいそうなくらい、そのひろみの姿をいとおしく感じてしまったのは。
直紀はベッドに倒れ込むと、寝転んでいるひろみをまたいだ。
二人は…お互いを見つめ合う。
ひろみは、潤んだ瞳で直紀を見て、そんなひろみの瞳には、直紀の姿が映っていた。
「直紀…」自分をまたいで上になっている彼の首に、ひろみは腕を絡めた。
もう一度、ゆっくりとお互いは、お互いの唇の感触を堪能する。
直紀から唇を離すと、優しく笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、心配すんな」
「うん…」ひろみも、嬉しそうにはにかんで。
直紀は、ひろみの唇から頬、そして耳へとキスの雨。
ひろみの柔らかい、いい匂いが直紀を更に刺激する。
そして、キスがひろみの耳を伝った時。
「あっ…」ひろみの身体が、ぴくん…っと跳ねる。
感じている…。
そう考えると、直紀は身体の奥から、何かが突き上げてくる衝動にかられた。
キスは耳でカーブを描き、首筋へと移動していく。
「んッ…はぅ…」ぴくん、ぴくんと微弱に、ひろみの身体が震える。
可愛い。
素直に、ひろみのその姿をそう感じられた。
興奮する。
「ねぇ、直紀…?」直紀に愛撫され、尖った声を短く発しながらも、ひろみはゆっくりと訊いた。
「…なんだ?」首筋から鎖骨のあたりにキスをしながら、直紀は訊く。
「私ね…。ホントはずっと…直紀のこと、好きだった。こんな事出来ればいいって、そう思ってた…。だから、いま、すっごい…すっご―――」
その時、ひろみの頬を、彼女の涙が伝った。
手の甲で自分の涙を拭いながら。
「ホントに…すっごい、うれしい…。幸せ…だよ」嗚咽混じりに、いじらしいくらいに純粋に、その言葉を紡いだ。
「バカ、泣くなよ」急に恥ずかしくなってしまう。
「だってぇ…」
「…服、脱がせるぞ」
「ん…」こくりっと、頷いた。
直紀は、ひろみのブラウスのボタンに手をかけた。ぷち、ぷちっとはずしていくと、その下から、儚いほどに雪の白さを誇った、ひろみの上半身が露わになる。
華奢で、スレンダーで…。犯罪的なくらいに妖しく、そして艶のある、可憐な肢体だった。
「やっぱ、胸…ないよな」
「当たり前だよぉ…」
「そりゃそうだ」思わず、薄い笑みを噛んでしまう。「…じゃ、続けるぞ」
「…うん」
首筋から胸にかけて、なだらかな道にキスの足跡をつけていく。
キスが胸に近付くにつれ、ひろみの反応も大きくなっていく。
そして…。
「…へぇ、ここってピンク色してんだな」直紀は呟いて。
そこ―――胸の頂。つまりは乳首。
「言わないでよぉ…。恥ずかしいから…」
「まぁ、別にいいだろ…?」言って、直紀はそこに唇で触れた。
チュっ…。
「ッひぁッ…ふぅ…」
ひときわ大きな反応が帰って来た。
ビクン…と、ひろみの身体が丸まろうとする。
直紀はひろみの手を、ベッドに押さえ付けた。少し強いくらいに。すると、ひろみの身体は丸くなる事を許されずに、そのまま、直紀になめらかなラインをさらす事になる。
「…ひろみ、お前の身体…すっげぇやらしい」
別に直紀には、そっちの趣味はないつもりだった。
しかし、今、ひろみの裸を目の当たりにして、興奮してしまっている。何よりも、直紀の男性自身に血液が集まっているのも、自分で分かっていたから。
それくらいに、ひろみの切ない表情、そして声、そして雰囲気は、エキゾチックに感じていたから。そして何時の間にか、直紀はそれに呑み込まれていた。
ズボンの中が、少し窮屈に思えてしまう。はちきれそうなくらいに膨張しているのが分かった。
「直紀こそ…」ひろみは束縛されていない方の手を、すっと、直紀の股間へと伸ばした。「…こんなになって、やらしいよ」
ひろみが直紀のものに触れた時。
「は…ッ」直紀の背筋に、電気が走った。
「…下になって?」
「あ、あぁ…」
直紀は言われた通りに、ベッドに座る。
「…もしかして、私で…こんなになってくれてるの…?」
「……」直紀は答えようとはしなかった。
ただ、恥ずかしそうに視線を泳がせる。
ひろみはくすっと笑みを浮かべると、四つんばいになって、直紀の股に顔をうずめた。
「お、おい…ひろ―――」
「しぃ…」直紀の言葉を遮って、ひろみは彼の唇に人差し指をあてがう。
「……」
すると、にこっと笑みを見せて、こう言った。
「私に任せて…ね?」
「あ…う、あぁ」
直紀が頷いたのを確認すると、ひろみはもう一度、四つんばいのままで、直紀の股に顔をうずめた。
もぞもぞと動いて、それが直紀の自身を刺激する。
「…ッ…」えもいわれぬ、背中を突き抜ける快楽に、直紀は思わず表情を歪めてしまう。
「ふふ、すっごい堅い…。これ、入れたら気持ちいいんだろなぁ…」
「い、入れるって…」
ふいにひろみは、直紀のズボンのチャックをちー…っと下ろし始めた。
怒張した膨らみの所為で、少し開け難かったものの、ゆっくりとチャックが下ろされてゆく。
瞬間、我慢出来なくなった直紀のが、バンッ…と、飛び出てくる。
「…すっごい。カチカチだよ」
「……」
「じゃあ…」そのままトランクス越しに、ひろみは直紀自身にキスをした。
「ッ…」
「んっ…ふっ…」両手で直紀の両内腿を押さえ付けながら、ひろみは彼のものをいとおしそうに口に含み始める。
息が激しくなって。
最初は乾いていたトランクスが、ひろみの唾液によって、徐々に湿り気を帯びる。
ひろみの鼻孔を、男くさい…精液独特の青臭い匂いがついた。
トランクス越しでも、少し塩っぽい感じもした。
濡れたことによって、より形がくっきりと浮かんだ直紀のもの…。
ひろみは、それの形にそって、やわやわっと舌を這わせていった。
「は…ふ…。ふ…む」
「うっ…」快楽が脳天を突き抜ける。
するとひろみは、直紀のから口を離した。
唾液がだらしなく、彼女の舌とトランクスを繋いで。ひろみはそれを払いのけると、直紀のトランクスをも下へとずらした。
同時に、極限まで堅くなった直紀のものが飛び出して、ひろみの頬をぺしん、と打って。
「あいた」
「あ、悪ぃ…」
「うんん、いいっていいって」軽くかぶりを振ったひろみは、飛び出た直紀のものを見つめて。「へぇ、これが直紀の…」
ゆっくりと、それを握り締める。
「ッ…」
手越しに、どくんどくんっという血液の流れがダイレクトに伝わった。
直紀にも、ひろみの細く、少し冷たい指の感触が伝わる。
背が伸びてしまう。
「直紀の…あったかい…」そして、唾液で少し濡れた直紀のシャフトを、ゆっくりと上下させた。
「ひろみ…」
「ねぇ、気持ちいい?」しゅっしゅっ…と、直紀のを上下にさすりながら、上目遣いでひろみは訊く。「私の手、しこしこってしてて…気持ちいい?」
「あ…あぁ。すっげぇ気持ちいい」直紀は早ぶる高揚感に、表情を歪めながら。
「…嬉しいな」
幾度か上下を繰り返した後。
ひろみはこくん…と喉を鳴らせて。
そして、口を開いて、そこに直紀のものを迎え入れた―――
「―――ッ!」直紀の腰が跳ねてしまう。
口独特の、ねっとりとした感触が、直紀の固くなった男性自身を包み込んだから。むずむずと、腰が動いてしまう。
ひろみの鼻息が下腹部にかかってくすぐったくもあった。
そしてひろみは、直紀のものを咥えたまま、口をすぼめて上下しはじめた。
あらかじめ唾液を口の中で溜めていたのか、すぐにくちゅ…ぐじゅっという濡れた音が響き出した。
じゅる…ずるっと、唾液と、そして直紀のものから溢れ出した滴を、音を出して吸い取る。
頭が上下に動いている。
その音だけで、その動きだけで、直紀は軽い射精感にみまわれてしまった。
思わず、ひろみの頭を押さえ付けてしまう。
なおもひろみは、更に口をすぼめて上下に動く。
唇の窮屈さが、直紀の自身にとっては、逆に心地いい。
「んっ…ふっ…はふ…」卑猥な吐息、そして水に濡れた、ぐちゅぐちゅっという音が、エロティックなBGMになって。
ずるるるっと吸いながら唇を離すと、今度は片手で袋の方をマッサージ、そしてもう片一方の手でシャフトを握り、上下に動かしながら。直紀のものの先っぽにキスをする。
しゅっしゅっしゅっと上下させていたのが、ねばっこい水に濡れた様に、にちゃにちゃっといやらしい音を出し始めた。
「はふ…ふぅ…」それでも動きを止めないままで、舌で直紀のものの、鈴口を軽くなぞる。
そのたびに、直紀の身体がピクンっと震えた。
ひろみは、そんな直紀の顔を上目遣いで見やって、薄く笑みを浮かべる。
そのまま、鈴口の延長線上にある―――俗に裏のスジと言われる部分にも舌を這わせていく。
少し男の味がしたのは、直紀のものから先走って出た、それの為であろうか。
そのまま雁首の方も丹念に愛撫する。
微かにひろみの吐息がかかって、くすぐったくもあり、逆に気持ちよくもあり。
幾度となく、棒を上下にしごいた後。
「あ…やべ…」直紀は薄く、そして少し苦しそうな声を上げた。
「…出ちゃう? もう…どぴゅって…出ちゃいそう?」
「あ、あぁ…」
「じゃあ…頂戴? 私の口に…」やわやわと愛撫していた口で、もう一度、直紀のものを頬張る。
今までにないくらいに、激しく、しゃかかっとしごきたてた。
「は―――くッ!」
同時に。
射精感が直紀の脳を、そして全身を突き抜けた。
「うぶッ…!」一気に、放出された。
自分のを咥えたひろみの口を、快楽の蜜で支配させた…。
何度かしごき終えた後、ひろみはゆっくりと、直紀のそれから口を離した。
「…はぁ、はぁ…」快楽が通り過ぎた後の脱力感。
直紀はじっと、ひろみを見つめた。
ひろみは、四つんばいの体勢から、上半身を起こすと、まだ口の中にあった、直紀の分身を、ゆっくりと飲み込んだ。こくん…と。
唇の端から、その液が少し洩れている。
…その姿がたまらなくいとおしく、そしていやらしく思えた。
「ひろみ…」
萎えた筈の気持ちの高揚が、また身体の奥から直紀を突き上げる。
「…ふふ。おいし…」ひろみは嬉しそうに、口元についた直紀の精液を拭う。
「ひろみ…!」
直紀はたまらなくなって、がばっとひろみにかぶさった。
「ッ!」
ひろみもびっくりしたものの、特別抵抗する事もなく…。
***
直紀は、ひろみのスカートをめくって、その下にあったパンストと、そしてショーツをゆっくりと脱がせた。
上も半分脱がせたままで、下も、スカートを着けたままで。
すらっとした綺麗な足が、スカートから伸びて、そしてその股の間には、確かに男性のものがついていた。
皮をかぶったままの、ひろみのもの。
堅くなっているが、それが剥ける様子もない。
「…やっぱり、お前にもあったんだよな」
「嫌…?」
「…いや、嫌じゃない」
むしろ、それがとてつもなくエロティックに感じれたから。
優しくひろみの頭を撫でてやる。
「うん…」
「じゃあ…いくぞ」言った直紀は、ひろみの小さなものに、手をあてがった。
「っは…ん…」ひろみの表情が、切なく歪む。
少し我慢しているのか、自分の指を噛みながら。
「ひろみ…」言った直紀は、自分の指を差し出す。
「…直紀…」少し驚いた様子を見せたひろみだったが、すぐに直紀の指を持って、笑みを見せた。「…うん」
どきどきとする。
この、倒錯的な雰囲気が。
直紀がくりゅ…くりゅっとひろみのものを弄る。その一挙一動に、ひろみが切なく、そして甘い吐息で応える。
「っふ…ぁ…。いい。気持ちいい…よぉ…」
もぞもぞと腰を動かして。
すらっと伸びた脚のつま先が、ベッドに弧を描く。
耐えかねて、ひろみは直紀の差し出した指を噛んだ。
ビクンッ…と、直紀の全身に電気が走った。
直紀は、今までひろみの、男の部分を愛撫していた指を、そのまま、股の奥へと這わせていった。
「ふっ…! んっ…」その指の動きだけで、ひろみは過敏に尖った声を上げてしまう。
そのたびに、咥えた直紀の指に歯が食い込んで、彼に新たな刺激を与えた。
股の奥まで移動した指は、ひろみの双丘を押しのけて、彼女のすぼまりをつきあてる。
「んっ…むー!」ピーンと、ひろみの身体が弓なりになった。
指は、その菊模様の周辺をやわやわと刺激する。
「俺の…ここに入るんだよな?」
恥ずかしさと気持ちよさに、真っ赤になった顔をこくこくと縦に振る。
しばらく周辺をマッサージした後で。
ゆっくりと指は、ぐちゅりっと…菊門の中へ潜り込んだ。
「ひぁ…ッ! くぅ…ん」たまらなくなって、口から指を離すと、ひろみは直紀の身体に飛びついた。
ぎゅっと、彼の身体を抱きしめる。
「…感じてんのか?」直紀は、そんなひろみを知ってて、わざと悪戯っぽく、耳元で囁いてみる。
「い…いわないで…ひぅ…!」
ひろみの体内に入った指が、その周辺を蹂躙するたびに、ぴくんぴくんっと、彼女の身体が震える。
そして、そのたびにひろみの華奢な肢体が直紀に押し付けられて。
ぞくぞくっと、直紀も感じてしまった。
一度は射精した筈の直紀のものが、また、大きさを取り戻していく。
「あぁ、やっぱ、たまんねぇ」言った直紀は、そのままひろみを押し倒すと、彼女を大股開きにさせた。
彼女の…男の部分と、そして薄桃色をしたすぼまりがあらわになる。
「や…やぁだぁ…」恥ずかしくなって、ひろみは自分の顔を手で隠す。
「すっげぇやらしいよ、ひろみ…」なおも、直紀の指は、ひろみの菊模様を弄んだ。
そして。
「…入れて、いいか?」ひろみを大股開きにさせたままで、身を乗り出して訊く。
「…うん」恥ずかしそうに、でも嬉しそうに。ひろみはこくんと頷いた。
そのまま、ゆっくりと直紀は自分のをひろみの双丘へと押し当てた。
その流れに沿って。やがて亀頭は、すぼまりの前で止まる。
ひろみは、呼吸を整えて。
充分リラックス出来たところで。
直紀のものは、ひろみのずぶぶ…という音と共に、中へと入った…。
「ひっ…ふぁッ」ひろみの身体が跳ねる。
直紀はゆっくり、抱き締めた。
そして、一気に奥まで、突き上げる。
―――二人が重なった。
尻の肉が、ぎゅうぎゅうっと直紀の男性自身を締め付ける。
しかし、苦しくもなく。むしろ腰が溶けてしまいそうなくらいに快感だった。
「お前の中、あったかくて…ちょっとキツくて…すっげぇ気持ちいい」
「私も…直紀のおっきいの…気持ちいい」
直紀とひろみにサンドされる様な感じで、ひろみの固くなったものがある。
「この腹に当たってるの、お前のか…?」
「うん…」
「感じてる?」
「…うん」
「―――じゃあ、動くぞ」
「うん―――」
そして、ゆっくりと、直紀は腰を動かした。
ずる…ずるっと、直紀のものが、ひろみの肛門を出たり入ったりする。
「―――あっ…ん! …ふぅ…んっ…あっ…」
直紀が動くたび。ひろみの奥へ,奥へと侵入していくたびに、彼女の肉の壁が、更にぎゅうっ…と、直紀のものを締め付ける。
気を許せば、一気に昇りつめてしまいそうだった。
そして身体を前後に動かすと、密着していた二人の身体にこすれて、ひろみの男性自身がくちゅくちゅっと卑猥な音を立てて。
「あっ…くぁ…」最初はゆっくりであった腰の動きが、徐々に早くなっていく。
あったかかったひろみの身体の中が、今では熱いくらいになっていた。
熱く、そして柔らかい肉の感触が、きつく押し当てられる。
「あっ…やっ…。来る…ッ!」ひろみは、喘ぎ混じりに、高く、そして甘い声を出した。「来る…来るよぉ…直紀ぃぃ!」
体がこわばっているのが直紀にも伝わった。何よりも、ひろみの、直紀を抱き締める腕の力が、強くなっているのが証拠。
「くっ…さ、先にイけよ」直紀も苦しそうなうめきを上げると、そんなひろみにキスをした。
刹那。
「ん―――ふっ…あぁぁッ!」ひろみの声が、はぜた。
身体が弓なりになって、ピーンと張ったまま痙攣する。
びゅく、びゅくっと。二人の間に挟まれていたひろみのものも、白く濁った液体を吐き出して。
同時に、ひろみの緊張した肉の壁に締め付けられて―――
「っはッ! イくッ!!」
意識が、真っ白になった。
ひろみの中を、直紀の液が満たした…。
***
「…ねぇ?」
「ん…?」
その後の、ベッドの中だった。
ひろみが直紀の腕に抱かれながら、ぽそっと呟いた。
「私を抱いてくれて…ありがと…」
「……」思わず、恥ずかしくなって、頬をぽりっと掻いてしまう。「そんな、礼を言われる事でもねぇよ…」
「…うん」少し、嬉しそうな声だった。
「それよか、勇気…出たのかよ?」
「うん…」ゆっくりと、頷いた。「すっごい、勇気になった」
「…良かった」
「ふふ…」
「なんだよ?」
「うんん…」面白そうにくすくすと笑むと、ひろみは続けた。「ただ、直紀って昔から変わらないなぁって…」
「…そうか?」
「うん、昔から直紀って、優しかったもん」
「そっか…」
「…ねぇ?」
「なんだ?」
「…もしよかったらさ、電話、かけていい?」
「……」
「ダメ…だよね」ひろみは、薄く苦笑を浮かべて。「直紀には…彼女が―――」
「ばーか」ひろみの言葉を遮って、直紀は彼女の髪を撫でてやる。
「…へ?」
「お前と俺は友達だろ、生まれた時から…ずっとな」
「……」
「友達に電話かけるのに、何の遠慮があるんだよ?」
「うん…そうだよね」
頷いたひろみの瞳を、涙が伝った。
ぐず…ぐずっと鼻をすすってしまう。
「お、おい…。泣くなよ」
「だって…嬉しいんだもん…」
「…そっか」直紀は、軽く息を抜いた。「―――じゃあ、泣けよ」
「え…?」
「今まで、辛かったんだろ? …泣いちまえよ」そして、ひろみの身体を抱き寄せる。「…まだ俺だって、時間、あんだから」
ひろみの肢体は酷く華奢で、繊細で、可憐だった。
直紀の言葉があって…そして、その小さな肩が、ふるふるっと震え出した…。
まだ夜明けにはほど遠い、深夜の出来事だった―――