雨で。濡れる日  2  手を洗っているうちに、どうしても我慢できなくなって、リビングに叫んだ。 「優花里さん、私ちょっとシャワー浴びる! 着替えといて!」 「え?」  先に戻った優花里さんの返事を聞かずに、洗面所に入って下着を脱いだ。バスルームに飛びこんで蛇口をひねる。  ――優花里さんがくんくんしたいのはわかるけど、私、夜中にお手洗い行ってから洗ってなかったよ……!  ダメダメの一日にするって言ったから、多分また、優花里さんとそうなっちゃう。汗もかいたのに、このままもう一度されるなんてちょっと困る。恥ずかしすぎ。  ……あんなこと……。  思い返しちゃって、ぎゅっと目を閉じる。私の好きなところをばーっと数え上げてから、手をかごうとした優花里さん。私は子供のころ、物の匂いなんか嗅いだりするのはお行儀が悪いって言われてきたけど――ううん、優花里さんだって普段やたらとあちこち嗅いだりしないから、それは一緒なんだろうけど。私の前だと、すごいことする。  ……お行儀の悪いことでも……恋人同士だったら……。  胸の間にしゃーっと温水がかかってる。その流れを手で追いかける。みぞおち、おなか、そして――あそこ。  ……優花里さん、きっともう気づいてるんだろうなあ。  流し終わって、洗面所で体を拭いていると、ドアの外から「あのぉ……」って遠慮がちな声がした。 「次、私もいいですかね」 「え? うん、もちろんいいよ」  出ると着替えを抱えた優花里さんが背中を向けてた。私から微妙に離れる感じで、回りこんで洗面所に入っていった。  リビングで新しいシャツとスカートに着替えると、ほっとした。そして、うーん、って考えこんじゃった。  いつものことだけど、えっちの後は、なんだか微妙に気まずい。好き好き、って気持ちが収まってきて、普通のことしようか、って切り替えるあたりが。  そういうのって、どうすればいいんだろう。  えっちを始めるのも、まだうまくない。先週は私が失敗しちゃった。  優花里さんの部屋で戦車の動画見てるときに、M1は右手で装填なんですよー、って仕草でやってくれた優花里さんが急に素敵に見えたから、きゅっと腕に抱き着いたら、えっ、て顔をされて。 「あれ、右腕じゃだめですか? 左腕装填のほうがいいとか……あ、え? え?」  あわてたみたいに振り払われて、戦車、戦車の話ですよ今? って苦笑いされちゃった。  反対に、その前の週は、格納庫のトイレを二人で掃除してたら、いきなり優花里さんが肩つかんできて、 「キスしていいですか?」  って言うから、びっくりして、えっ今? だ、だめだめって手を振って、優花里さんを落ち込ませちゃった。  そして今日だけど―― 「上がりましたー。どうもです……」 「あ、うん」 「すみませんでした……あっ、ご飯。ご飯ですよねっ、ただちに」  頭をかきかき、決まり悪そうに出てきた優花里さんが、取って付けたみたいに冷蔵庫を覗いてる。ふわふわ浮いてる髪の下の水滴のついた首とか、ショートパンツから伸びる白い素足なんかがどうしても目に留まって、無理にそっぽを向く。  ――難しいなあ。  立ち上がってパンを焼いたりお皿を出したりしながら、私は考えちゃっていた。ほかの人ってこういうときどうしてるんだろう。映画やドラマの登場人物はなんでもなさそうな顔してるけど。  もっと大人になったら、落ち着いていられるのかな。  そんな気がかりも、パンとベーコンの焼ける香ばしい匂いがし始めると、いつのまにか消えちゃった。 「いただきます!」  ベーコンエッグとトーストとヨーグルト。二人分のお皿を並べて座るころには、優花里さんにも笑顔が戻ってた。パンにがしがしジャムとバターを塗ってかぶりついてる。うん、食欲って助かる。頭の中の余計なこと、追っ払ってくれる。 「今日、どうします? 予定なかったですよね」 「うん、考えてなかった。お休みだといつもはお掃除とお洗濯するんだけど、それじゃあね」 「普通すぎますよね。ダメダメでもないですし」 「あの……あのね。そんなにダメダメでなくても、いい……よね?」 「へっ?」  きょとんとする優花里さんに、私は手を止めてうつむきがちに伝える。 「ダメダメでもいいけど、普通のこともしていいよね? さっきはその……つい、口が滑っちゃって」  口が滑ったってなんだろ、あれは本心だったのに、ないことにしちゃうなんて――と気がとがめたけど、優花里さんは、もぐっと卵を呑みこんでから、あっはい……ってうなずいた。 「もちろんです! みほどのがダメダメじゃないほうがいいなら、当然そのほうがいいです!」 「う、うん。そうする。むぐっ……」  優花里さんがこだわる性格じゃなくてよかった。私はほっとしてトーストをたいらげた。 「そぉですねー、私はやることがなければ、戦車ー! かプラモー! なんですけど、四号のほうはパレード用にピッカピカにしましたから、今日はもういじるところもないし、みほどの向けの手頃なキットも、今ちょっとうちにないですし」 「取ってきてもらうのもなんだしね。ピクニック……って天気でもないしね」  でも優花里さんだったら雨でもキャンプするんじゃない? と聞いてみたら、したことはありますけど、としかめっ面になった。 「戦争は晴れの日にだけやるものじゃないですし、試しに雨天露営もやりましたよ。でも」はーっとため息をついて、「大変でした。テント張った後も炊事のときに濡れますし、バーナー持ち込んで中でやるのは火事に気を使いますし、景色は見えないし寒いですし髪もぐしょぐしょになりますし。何より出入りが!」 「うん」 「キャンプ場って基本、地面が土ですから、雨降るとドロドロになっちゃうんですよね。靴なんか真っ先にぐしょ濡れです。濡れた靴って脱ぎにくいじゃないですか、履きにくいし! それをぐちゃぐちゃの靴下で脱いだり履いたりして出入りすると、テントの入り口が泥だらけになっちゃって」 「うわあ……」 「あれが一番気が滅入りました。雨のキャンプは、お勧めしません。第一次大戦の塹壕戦の兵士の気持ちを知りたいっていうなら別ですけどね」 「あはは……それは大変だったね」 「一枚だけ大事にとっておいた乾いた靴下が、宝物みたいに思えました……」  戦場から戻った兵士みたいに首を振って、優花里さんが苦笑した。 「すみません、なんか辛気臭い話になっちゃいましたね」 「ううん、面白いよ。むしろ一回ぐらいならやってみたいかも? 二人だったら楽しいんじゃない?」 「かもしれませんけど――あっ、やっぱりだめです」 「どうして?」 「みほどのが行ったら、きっと泥で滑って顔からバシャーンってなっちゃいますから」 「えーっ? 私、そんなにドジだと思われてる?」 「ならないって言い切れます?」 「うう……」言われると、肩を縮めちゃう。「言い切れ……ないかも。確かに私、変なところで転ぶし……」 「ですよね? 失礼ながらみほどのは――」つまんだバターナイフをひらひらさせて言いかけた優花里さんが、んむっ、と急に口を閉じた。ナイフを置いてもじもじと笑う。「いえ、言いすぎました。大事なところで転んだりはしませんよね、みほどの」 「そうだよ! 私だって転ぶ時ぐらいわきまえてるよ! っていうのも変だけど……」 「また晴れの日に……どうですか。もう寒いって季節でもないですし」  もじもじもじ、とおとなしくなっちゃった。ちょっと調子に乗りすぎた、って思ってるみたい。優花里さんらしいなあ……。 「そうだね、晴れたらね」  私は笑ってうなずき返した。  食後のコーヒーを飲みながら外を眺める。カーテンを開け放った窓の外は灰色の空。優花里さんが淹れてくれたコーヒーはいい匂いで、気持ちがほんわりするけど、さあこれから何かやるぞ、って盛り上がる感じじゃない。 「お買い物とか……」 「確かにパレードは潰れても、何かやってるかもですけど、出歩きたいです?」 「あんまり……」 「ですよね。あ、UNOします?」 「二人でやっても……」 「で、ですよね! 二人でUNOはないですね……」  なんか気を遣わせてる空気になってきちゃった。うーん、そんなことしなくていいのに。  自分の趣味のなさが、申し訳なくなっちゃう。一人だけなら勉強したり作戦立てたり、それにボコのビデオを見たりするんだけど、それじゃ楽しくないし、優花里さんに無理させちゃうし。――ボコビデオ、優花里さんは付き合いで見てくれるけど、楽しみ方が微妙にズレてるんだよね。がんばったボコが最後にどーんとやられるところで、「行けー、ボコー! ……え、ええ? ここで負けですか?」って、いつも残念そうにしてる。 「えーと、テレビ……は、見たくないですか、見たくないですよね、別に。んー……」  リモコンを取ったり置いたりしている優花里さんの横顔が、なんだかこわばってきた。その顔、知ってる。あれだ。  人と一緒にいるのがつらくなってきたときの顔だ。何かやったり話したりしなくちゃいけないのに、緊張で思いつかなくて、頭の中ばっかりぐるぐる回っちゃってる顔。  黒森峰でよく見た。私のことを西住流のすごい人、って思いこんでる人たちが、一緒の席でよくこういう顔をしてた。そのあとはたいてい、戦車道のものすごく高度な議論を挑まれたりした。  ええー……なんでこんなふうになっちゃったんだろう。私と優花里さん、もう何にも気を遣ったりしなくていいと思ってたのに。  なんでって……それはそうか。私たち、もともと誰かと二人きりでいることなんか得意じゃない人間だもの。一緒の仕事をしていると調子がいいけど、今日みたいに、何もすることがない時間がぽっかりできると、困っちゃうんだ。  だからこれは、ちょっとぎこちないけど、自然といえば自然な感じなんだ。二人でいたいのは間違いないんだから、こういうのにも慣れないと――。  なんて、外を見ながらぼんやり考えていたら、いきなり優花里さんが携帯をつかんで言い出した。 「そ、そうです。武部殿をお呼びましょう!」 「え?」 「武部殿がいればお話も楽しくなりますし、三人ならゲームとかもできますし! どうですか?」 「え、あ、うん……」 「連絡しますね!」  止める理由もなくて口ごもったら、優花里さんがぽちぽちメールを打っちゃった。ああ……って残念に思いながら携帯を見つめる。  二分もかからずに返事が来た。画面を見た優花里さんが、「あ、あー……」って声を上げる。 「武部殿、もう出てるそうです。五十鈴殿と待ち合わせて、ショッピングですって」 「そうなんだ、雨なのに」 「可愛い傘を買ったので、それが使えてちょうどいいって。それと、冷泉殿は寝直したみたいですね。当てが外れました、残念です……」  顔を上げて笑った優花里さんを、私はむーっとほっぺを膨らませて見つめた。 「残念じゃないです、優花里さん」 「はい?」 「残念じゃないの。せっかく二人なんだから、みんなが来なくても残念じゃないですっ!」  テーブルを回りこんで、むぎゅっと抱き着いた。「はわ!?」って優花里さんが固まる。 「優花里さん!」 「はい!」 「あのね、よく聞いて。優花里さん今まで恋人いなかったよね?」 「え、はい。いませんでした、全然。それが……?」 「私もです! 誰かとお付き合いするの、初めて。だからね? 私たち二人とも、慣れてないと思うの」 「は、はあ」 「好きな人と二人のときどうしたらいいかって。一生懸命考えちゃう。考えすぎちゃう。相手が退屈してないかな、飽きてないかなって――そうじゃない?」 「……はい」ことっ、と携帯を置いて、優花里さんがうなずく。「考えてました。すごく考えて、頭真っ白になってました……」 「私もだよ」ふう、と腕をゆるめる。「優花里さんは何が楽しいかなって、考えてた。ああ、そのあいだずっとぼんやりしてたかも、ごめんね」 「いえ、そんな」 「難しいねー……」優花里さんを引っ張ってベッドにもたれさせ、その肩にことんと頭を預けて、ため息をつく。「好きって思ってても、いつもいつも、ぴったりってわけじゃないんだね。お付き合いって、こういうものなのかなあ」 「聞いてみます?」って優花里さんがまた携帯に手を伸ばしかけて、すぐひっこめた。「あはは……だめですね、すぐ人に頼っちゃ」 「うん、正解だよ」私は、軽くにらんじゃう。「今はひとに聞かなくてもいいよ……」 「んー、そうですか。でも、んー……」額をとんとんつついた優花里さんが、こっちを向いて、にへっと笑った。「みほどのも困ってたって聞いて、ちょっとほっとしました。私だけじゃなかったんですね」 「そうだよ。私だって、別に退屈で黙ってたわけじゃないよ。だから、そんなに構えないで。ね?」 「はい。……んんっ」  すりすり、と髪に鼻をこすりつけられた。「ん」と私は手を握って、指をさする。優花里さんの手は少し冷たくなってた。その手を包んで、温めてあげた。 「みほどの……」  ささやいて、優花里さんが顔を覗いてくる。目を閉じて、ちゅっと軽くキスをした。コーヒーの残り香。ぎゅっと抱き締められる。「みほどの……」って腕をさすられたから、手をあげてふわふわと髪を撫でてあげた。  優花里さんが、私のことをすごく好きなのが伝わってくる。受け止めて返してあげたくなる。こういうことなのかな、って思う。言葉を交わしているだけだとぎこちなくなってしまう時でも、こうやってじかに伝えられるから続いていく。  逆に、優花里さんと触れ合わなかったらどうなるのかな――そんなことも考えそうになる。頭を振って打ち消した。 「優花里さん」言ってみる。「戦車の本、持ってるよね。本でも雑誌でもいいけど」 「え? 持ってますけど……」 「見せてみて」  「はい」  立ち上がった優花里さんがリュックを持ってきて、中身をテーブルに出す。一冊、二冊、三冊。わ、多い。四冊、五冊。月刊誌と写真集と大判の専門書みたいな本まで。 「こんなに持ち歩いてるんだ……」 「えへへ、なんと言いますか、マニアの基本装備というか、お守りみたいなもので……」 「よし、じゃあ、これ見ようよ」  私の見たことのない、大砲のイラストが表紙に載っている大判本を手に取ると、優花里さんがあわてて手を振った。 「そ、それはすごくマニアックなやつですよ。それよりこっちの写真集のほうが、まだ可愛いかと」 「三突の写真集は実家にもあったから。でもこっちのは見たことない」 「これは大砲好きな人が独自に調べて書いた同人誌で、去年出たものですから……でも、いいんですか? ムードも何もありませんよ?」 「無理して恋人っぽいことしようとするから、ぎくしゃくしちゃうんじゃないかな?」私は苦笑して、ボコの置かれているラックの下を指さす。「そこにファッション誌あるけど、そっちにする? 優花里さんが好きかどうかわからないけど」 「ファッション誌……みほどののご趣味でしたら、それでも」 「趣味っていうより、参考書って感じかな」ぺろっと舌を出す。「向こうにいたころはそういうの全然見なかったから、こっちに来て買うようにしたの。でも沙織さんなんかに比べると、センスなくてまだまだなんだけどね」 「でしたら勉強、ご一緒します!」 「また構えちゃってる」私は首を振って、大砲の本をぽんぽん叩く。「優花里さんが好きなのは、こっちでしょ? こっち見ようよ」 「そんなにおっしゃるんでしたら、まあ……」  隣に戻ってきた優花里さんが、おずおずと本を開く。わあ、ほんとに字と図面ばっかり。 「砲熕兵器の起源と歴史からですよ……あのう、みほどのぉ」 「大丈夫です!」私はにっこりとうなずいてみせる。お布団の中のことの、仕返しをしてる気分。「私、優花里さんが今まで知ってる女の子じゃないよ。大砲なら三歳のころから撃ってきたもの。思いっきり、熱中しちゃってみて? ついていくよ」 「……みほどの」  優花里さんが横書きの文に目を走らせ始める。しばらくしてちらっと振り返って、「これどっちかって言うと、曲射弾道での間接砲撃のほうが詳しく書いてありますけど、いいですかね……?」と自信なさそうに言う。 「うん、そうだね。戦車はふつう直接目視射撃しかしないけど、でも、場合によっては丘越えの推測射撃のシーンも試合であるんじゃないかな? 覚えておいて損はないかも」 「そ、そうですね。対戦車戦闘はあくまでも砲撃のバリエーションの一つですからね。それに隠蔽状態からの射撃は目視が取れないこともあるので……あ、ここに書いてありますね。合同観測での砲撃支援」 「優花里さんがちょこちょこやってくれてることだよね。偵察に出て、横から角度をはかって目標を教えてくれるやつ。あれ、助かるなあ」 「それは作図ができる指揮官殿がいてくれるからです! ミル単位での方向指示が説明なしで通用するなんて思いませんでした」 「それは私のほうもだよぉ。ただでさえ前線観測って、見つからないように敵を見つけるのが難しいじゃない? それに加えて射表の大事さとかとっさの伝え方まで身につけてる人、あんまり見たことなかったよ。優花里さん、すごい」 「やはは、その、私のは独学のやっつけですから、すごいなんてことはないです……ほら、このページとかですね、転移射撃について詳しく書いてあって! 私これわかってなかったんですよ、単に練習して砲の調子を見るぐらいに思ってて」 「転移射撃? 知らないかも……」 「対固定目標での重砲のやり方ですね! 真の目標に向かって修正射を続けると奇襲にならないんで、仮目標で散布の精度を上げてから真目標に照準を移すやり方で」 「零点補正とは違うの? 見せて」 「はい! ここんとこです――」   頬を紅潮させて読み上げる。さっきのおずおずして遠慮がちだった優花里さんとは、まるで別人みたい。  私たちは感心したり笑ったりしながら、本のページからページへ飛び回った。      〇oooooooo〇  二冊目の本を読み終わるころに時計を見たら、もう十一時近くだった。外の雨は止む様子がなかったけれど、私は立ち上がった。 「やっぱり、洗濯機回してきていい? 優花里さんは読んでて」 「あ、はーい」 「一人暮らしだと絶対やらなきゃいけないんだよねー」  洗濯をしてくると流しのお皿が目に入ったから、ついでにそれも洗い始めた。エプロンかけて手を動かしてると家事スイッチが入っちゃって、他にやることあったかな、切れてるものあったかな、って頭が回り出す。そういえばあれ切れてた。あれもやらなきゃ。もう掃除しちゃってもいいかな――。 「あのみほどの」 「ひゃあっ!」  いきなり耳元で声がしたからびっくりしちゃった。振り向くと優花里さんがすぐ後ろに立ってた。 「なに?」 「いえ――」  腰に手を回して、きゅっと抱き着いてくる。わ、わっ? 「どうしたの?」 「なんか――なんか好きで」  え、好き? 肩にすりすりして、ぎゅうぎゅう抱き締められる。なんで? 「その、エプロン、かわいくて、んっ、んっ」 「エプロン? あっちょっと、お皿っ、やっ」  手が泡まみれだから押し離せない。あわあわしてると、「だめですか……?」って優花里さんがささやいた。 「だめ――」って言いかけて、朝のことを思い出した。「だめ、じゃない……うん、ダメダメで、いいよ」 「いいですか?」  背中にぴったりくっついて、ふるるって優花里さんが震えた。あったかい。 「なんか……ですね……戦車のお話、いっぱいできて、みほどのほんとにいいなあ、いいお友達だなって思ってたら、ぱたぱたってお洗濯しに行ったとこは普通の女の子で……だけどただのお友達じゃなくて、こ、恋人なんだって思ったら……すごく、嬉しくなって」 「優花里さん、何言ってるのかわかんない!」  私は苦笑したけど、優花里さんはくっついたまま離れなくて、私ももう、抵抗しない。お皿を水で流しながら、胸をどきどきさせていく。 「だめじゃないんですよね……ダメダメでいいんですよね? じゃ、こ、こんなことは……」  後ろ髪をさわさわかき分けられたかと思うと、ぼんのくぼにちゅうぅっ……て唇が吸い付いた。 「ふぁ!? あ、あぁ……」  いきなりだったから、ぞわぞわぁって髪の毛が逆立っちゃった。気持ち悪い、っていう感覚すれすれ。その気持ち悪さが、気持ちいい。 「だめですか……」 「だ、ダメッ……」 「あ、はい――」 「待って、だめじゃない、だめじゃないから――」 「うふ、どっちなんですかぁ……」  もう一回、そしてまた一回。髪の中に顔をうずめた優花里さんが、ぢゅうっ、ぢゅううぅ……って吸い付く感じがして、柔らかい唇がむぐむぐ動く。ものすごくぞわぞわして、耳たぶが熱くなる。足の力が抜けそうになる。 「だめじゃない……優花里さん、だめじゃないよ……」 「みほどの……」  私は懸命に、最後のパン皿を洗い流そうとする。いつのまにか胸もつかまれてる。ブラを握りつぶすほどじゃないけど、その上からでも指がわかるぐらいにははっきりと、ふに、ふにって揉まれてる。カップの中の先っぽがちりちりとうずいてくる。 「それ……それ……」 「んん、んっ……好きですぅ……」 「はっ……はふ……はぁ……」  洗い終わって、お皿立てに立てて――布巾で拭かなきゃいけないんだけど、もうそんな余裕はなくなっちゃった。優花里さんが体中で伝えてくる、好きの気持ちに呑みこまれそう。呑みこまれたい、すごく。  流しの縁を両手でつかんで、崩れないように体を支えるのが精いっぱいだった。 「し……ゆか……」 「……はい?」 「して、優花里さん……しちゃっていいよ……」 「はい……」  とても嬉しそうにうなずいた優花里さんが、私のお尻に手をやった。  さわ、さわ、さわって、まぁるく撫でる。ぞわ、ぞわ、ぞわって心地よさが広がる。股の奥がきゅうきゅう切なくなってきて、崩れないようにぎゅっと左右の膝を合わせる。 「スカート、めくっていいですか?」 「聞かないで……っ!」  優花里さん、律儀すぎるんだから……! 手が一枚下に入ってきて、パンツ越しにふにふにと揉む。きゅむっとお肉をつままれる。ぴくん、と勝手にお尻がせり上がっちゃう。片手はずっとおっぱいを揉んでる。  斜め後ろから抱き着いた優花里さんが、「すみません……柔らかいです……すみません……」って謝り続けてる。そんな言い方がすごく耳に心地いい。私も優花里さんも、これがいけないことだって思ってる。そうだよ、ほんとはしちゃいけないことなんだよ、二人だけだからするんだよ……って同じことを考える。 「んっ、んんっ……優花里さん……いいよ、いいからね……?」  だめって言ったらすぐやめちゃう優花里さんに、私は何度も何度も言い聞かせる。  さわっ……て、手がお尻の谷間に入ってきた。一番敏感な谷底に指先が触れて、「んくっ!」とお尻に力を入れちゃう。 「ここ……も?」 「うん……うんっ! はあっ……」  するり、するりって手が谷間を滑る。ぞわっ、ぞわっ、て寒気が背中を駆け上って、頭の中が溶けていく。体を支える手が、がくがく震える。おしり、きもちいい。おしり撫でられてきもちいいって、私、なんてえっちなんだろう。  手がうんと深くまで入り込んで、股の前まで来た。指先でパンツの中の形をはっきりなぞりながら、するる、るっ、って後ろへすくい取る。中のほうから一気にとろっとあふれてくる感じがして、がくんと私は崩れ落ちかけた。 「くぅんっ……!」 「あっ、わ」  その場にへたりこみそうになったけど、優花里さんがしっかり抱き止めてくれた。 「優花里さん……」  胸とお尻を手で支えられながら、はーっはーっと息を漏らす。優花里さんが熱い顔を押し当てて、「すみません、つらいですか?」って聞いてくれた。 「わかんないよ……もう、もうすごくて……」 「続けていいです?」  振り向く。優花里さんもほっぺたを真っ赤にして、うっすらと汗をかいてる。焦げ茶の瞳は興奮で涙がちになってて、泣き出す寸前みたいに感情いっぱいの顔してる。  すごく触りたいんだ。私を気持ちよくすることに、この人は夢中なんだ。  私はがんばって足に力を入れて、もう一度、流しにつかまった。この場から動くことなんか、頭に浮かばなかった。 「いいよ……優花里さんがしたいだけ、させてあげる……」 「気持ちいいんですよね?」 「だから、聞かないでよぉ……」  泣き笑いみたいな顔になっちゃった。でも、楽しい。いつまでたっても引っ込み思案な優花里さんと、子供みたいな手探りのえっちをするのが楽しい。 「みほどの……」  優花里さんは真横へ回って、胸を揉むというより体を支える感じで腰を抱いてくれた。それでも、じんじんするおっぱいが下から締め付けられる感じなのが気持ちいい。もう片方の手だけでお尻を触ってくる。無理に踏ん張らなくてよくなったから、自然に脚を開いていけた。  腰の上までスカートをめくりあげられて、丸出しになったピンクのパンツごと、ほっかり温かくなった手でお尻を撫でまわされる。谷間をさすられるたびに、「くふっ、んんぅっ」我慢できないジンジンした気持ちよさがはじけて、自然にお尻を突き出す姿勢になっちゃう。 「みほどの、かわいいです、かわいい……」  耳の横に垂れてる髪を鼻先で押しのけて、優花里さんが頬にキスする。見られてる感じがして、「やっ、やあっ」と首を振っちゃう。おしりの谷間を、っていうより、もう後ろへ突き出してるみたいなあそこのふくらみを、そろえた指が覆って、くしゅくしゅと揉む。そのうちに湿り気が染み出して、くちゅくちゅって滑り出したから、すごく恥ずかしくなっちゃった。 「ふゅ、優花里さん、ごめんね、そこ……」 「はい」 「ぬ、濡れちゃ、あっ、濡れて来ちゃっ、あっ、あ」 「はい……!」  くちゅくちゅくちゅ、ちゅぷちゅぷ。音まで聞こえる。布の裏がべとべとになって、あそこの合わせ目をぬるぬる滑ってる。気持ちよくってしかたがない。  頬にキスする優花里さんの匂いに顔を押し付けたい、抱き着いて身を預けたいけれど、それができなくてもどかしい、立ったままなのがいやらしい。ベッドの上じゃなくて、お料理するキッチンでしてる。ほんの数歩しか離れていないけど、いつもと違うところでえっちしてる。  今度お皿を洗うときにも、きっと思い出しちゃう。 「ゆっく、ゆかりさ、いい、いいよぅ」  声が漏れて、あごが上がって、背中がせり上がるみたいな気持ちよさがびんびんひびく。あそこはもう溶岩みたいに溶けて、くつくつじりじりうずいてて、布越しにこすられるだけじゃ物足りない。もっと強くしてほしい。めちゃくちゃにされたい。 「もっと、お願い、もっと……!」  かすかに優花里さんの体がかたくなった気がして――ふっと離れた。  お尻の後ろにしゃがみ込んだ優花里さんが、腰からするするとパンツを下げていくあいだ、私はふっふって息を殺して目を閉じてた。見られるのは初めてじゃないけど、今日の優花里さんは一緒に高まってくれる感じじゃなくて、自分を抑えて冷静に攻めてくる。それがすごく頼もしくて、恥ずかしかった。 「みほどの」 「……はいぃっ!」 「すごい……です」 「知ってるっ……!」 「みほどのが、私の手で、こんなに……なんて」  太腿に息がかかってる。視線、痛い。お医者さんにも見せたことないような、くたくたにダメになっちゃってるあそこを、大好きな人の目の前にさらけ出してる。  膝までずるっと下げられたパンツに、つうっと垂れたのがわかった。足首をそっとつかんで持ち上げられる。私は、されるがままに片足を上げる。全部見てもらうために、靴下の爪先をパンツから引き抜く。  もう一度脚を開いて立って、どきどきが激しすぎて痛いぐらいの胸の奥から、声をしぼり出した。 「これ優花里さんのせいだから……優花里さんがなんとかしてね……」 「……はいっ……」  喉がからからになってるのがわかる、かすれ声が聞こえて、両方の太腿をつかまれた。  はぷっ、とひとくちに食べられる。 「――ひんっ!」  お尻を蹴とばされたみたいにびくんと跳ねた。全身がぎゅっと縮んで、あそこからさらにじゅっと噴きこぼしちゃう。ごめん、って言いたかったけど声にならない。焼かれたみたいに気持ちいい。 「んふ……んむっ、はふむ、ん、むぁ……」  あったかくてぷにぷにした優花里さんの唇が、ソフトクリームをくわえ取る時みたいに、はむぅっ、と唇をすぼめてしぼる。とろとろっとあふれるおつゆを、ちゅるっ、と吸い取る。舌を伸ばしてねろねろとえぐってくる。今までもどかしかった内側の細かなうずうずを、すみずみまで根こそぎなぞり回して、可愛がってくれる。 「くひっあ、ひ、んゅっ」すごく変な声が漏れて、必死に口を押さえる。だめ、腕の力が。がくんっ、と肘が折れて、流しの縁に伏せちゃう。「いぅ、ゆ、ゃあ、にあぁぁ……!」こぼれる。舌が出ちゃう。  ぷは、と息継ぎの吐息を当てて。「強すぎます?」と心配そうに聞く優花里さん。  そのちょっとした休憩も待てない。「強くないっ……!」って首を振っちゃう。 「すごくいい、そのまま……なめて」  なめるって言葉、とうとう言っちゃった。私も優花里さんも、どんなにえっちな気分のときでも、いやらしい言葉をそのまま言うことはほとんどない。まだまだ、そんなこと言うのは恥ずかしすぎるから。  でも、今は言わずにいられなかった。優花里さんがそれを好きだって心から信じられるから、そんないやらしいこともそのまま口に出せた。 「なめて、優花里さん。私のそこ、いっぱいなめて。私……全然いやじゃない、から」 「はい……!」  腕で顔を隠しているのに、後ろの優花里さんがぱあっと喜んだのがわかる。ああ、どれだけ私が好きなのかな、この人。私のどんなところも嬉しそうに受け入れてくれる。こんなきたないところや恥ずかしいところ、隠さなきゃいけない、隠したいのに。底なしに見せちゃいたくて、歯止めが利かない。怖いぐらい。 「んっ、んっ……ふむ、くむ、くふぅ……」 「ひっ……ひゃああ……あむっ、うぐっ……んぐうぅ……」  こらえようとしても声があふれて、歯がかちかち鳴る。気持ちよすぎて自分で触るのも気が引けるところを、いくらでもしつこく、ぞっとするほど深く、優花里さんがなめてこね回してくれる。あそこの入り口も奥もひっきりなしにひくひく、うずうず震えて、がまんも何もできない。お漏らししたみたいにあふれまくってるのがわかる。きっと優花里さん、顔も首もべとべとに汚れちゃってる。 「ごめ……ごめんっ……ゆ……よくて、私、よくてっ……」    優花里さんが顔を左右に動かす。 「で、出てるけどっ……す、すごく、出ちゃってるけど……いいよね? 続けて、もらって、いい……?」  優花里さんが顔を縦に振る。  もうぺったり床に座りこんじゃって、両手で腰を支えてくれている優花里さんが、またぷはっと顔を離した。かと思ったら、とがらせた唇が、私のくっきり顔を出している粒に、本当に優しく、ちゅむ……って吸い付いた。  そこで、止まる。唇も舌も止めて、それどころか息も止めたままで、そっ、そっ、と左右の内腿に頬ずりしてくれた。  ――いいですよ、って。 「……くううぅぅん……!」  ダメだった、大波が来ちゃった。お口で激しくしてもらってる最中よりもすごい気持ちよさ、ううん、安心感と愛しさみたいなものが、お尻から背中を伝って頭のてっぺんまで、ぞくぞくぞくっ! て駆け上って、意識を吹き飛ばされちゃった。 「あっ、はぁぁあ、は、やぁぁぁ!」  頭をのけぞらせて、肘をぎゅっと狭くして。もう声をかみ殺すのもやめて、口を開けた。あそこには、最初のぞくぞくを感じ取った優花里さんが、すぐにもう一度、深くキスしてくれてる。  そのお口に自分からぎゅっと押し付けて、いっぱい感触を味わいながら、私は真っ白な気持ちよさのてっぺんに、繰り返し何度も頭を突っ込んだ。  体中の筋肉をぎゅーっと引きつらせて、ぶるぶる、ぶるぶるって震えを繰り返して、真っ白の中に出たり入ったりして――。  それでもしまいには力が尽きて、最後にふるるっと揺れた後で、足場が外れたみたいにすとんと落っこちた。流しの縁にがっくり伏せる。  指も腰も力が入らない。脚なんかとっくにがくがくで、完全に優花里さんにまたがっちゃってる状態。流しにつかまってるのもつらい。だめ、と思ったけどどうしようもなくて、ずるずるずる、って崩れ落ちちゃう。 「うわ、とと……」  優花里さんがさっと後ろへ身を引いて、ぐにゃぐにゃの私を膝の上に、どさっと抱き留めてくれた。  そうなっても私は、糸の切れた操り人形みたいに動けなくて。ごめんねって言葉ひとつ出せずに、ぐったりうなだれたまま、はふ、はふ、はふって必死に息だけを吸い込んでた。 「みほどの……んんっと」  腕で自分の顔をぬぐった優花里さんが、肩越しに覗きこむ。「大丈夫ですか?」って声をかけてくれる。嬉しい、嬉しい。私、優花里さんのおかげであんなに気持ちよくなれて、お返しは何一つしてあげてないのに。私のことだけ心配してくれる。 「ふぁ……まっ、て」  しゃべりたくない。まだ正気に戻りたくない、っていうのが本当。優花里さんの腕の中、膝の上。今でもまだ優花里さんがくれた気持ちよさが、手先や太腿やうなじをジンジンと走り回ってる。ゆっくり味わいたい。  そんなことまでくみ取ってくれたのかどうかわからないけど、休みたいっていうのはわかったみたい。「はい……」って優花里さんは、そっと私のおなかを抱いて、待ってくれた。  残っていた気持ちよさが薄れて消えていく。なくなっちゃって寂しいって感じじゃなくて、背中の優花里さんの温かさに置き換わる。目を閉じていると、静かな森の中のひだまりで木にもたれているみたい。深い安らぎが湧いてきた。 「ゆーゆ……」舌足らずな赤ちゃん言葉が、自然に出てくる。「すきぃ……」  あは、と小さく笑った優花里さんが、前のことを思いだしたのか、耳元でささやく。「みぃみ?」 「ん。ゆーゆぅ……」  おなかに巻かれた手を取って。甲にキスする、んっんっ、て頬ずりする。 「ゆー、ゆー……」  手のひらを広げさせて。両手で包んで口元に押し当てて、キス。優花里さんの、ほかほかした素敵な手のひらに、キス。 「ん、んっ……んふふっ……」 「み……みぃみ」  くむ、と口元をふさがれた。もやっとして少ししょっぱい、自分の匂いがした。すぐ湧くはずの恥ずかしさが、ぼんやりして遠い。今この人にさんざん味わわれたばかりで、恥ずかしさがすり切れちゃった。  手を添えて、自分でも嗅いでみる。お母さんやお姉ちゃんの顔がうっすらと頭を横切る。前の学校をやめてから、いろんなことをして昔の私から離れてきたけど、また少し、遠いほうへ一歩進んだ気持だった。こっちのみんなと、私と優花里さんだけのほうへ。 「ん……みぃみ……みぃみ」  優花里さんが頬ずりして、私の口元とおなかを撫でまわす。後ろからぴったり抱き着かれてる。私はくふくふ笑って、口を覆う手の中で言う。 「ゆかりさん……よかったぁ。すごくよかった……」 「そう? えへへ……よかった、です」  だんだん落ち着いてくると、濡れたところが冷えてきた。私たち二人とも、汗とかいろんなものでべちゃべちゃ。「ね、あらお」と指をひっぱって立ち上がった。  洗面所で服を脱ぎながら、ちらちらと目を交わして微笑み合った。照れくさいけど、不思議にもう、気まずくない。えっちしてるあいだに重なった気持ちが、まだくっついてるみたい。ショートパンツを下げてすらっとした脚を抜いてる優花里さんの、お尻をむにっとつかんでみた。「ひょわ」って面白い声をあげて、片足で倒れそうになったから、腕を回して、今度は私が抱き留めてあげる。 「ゆか・さん」  横から髪にふさふさ顔をこすりつけて。背中からお尻をなでなでする。私より色白でさらさらした優花里さんの背中、今は少し汗ばんでるけど、鼻の奥がすっとするようなさわやかな匂いがして、目の裏に染みる。  さっき抱き着けなかった分、手でぎゅっと腰をつかんで、背中に何度もキスをした。ちゅっちゅ、ちゅっ。肩甲骨の飛び出したところを、唇でぐりぐりするのが、気持ちいい……。 「みぃみぃ……」  優花里さんの首のうしろの産毛が、そわそわぁって逆立つ。気持ちいいんだ、ううん、くすぐったいのかな? 「いや?」 「いいえ……ぞわぞわしますぅ……」 「うふ……好きだよ、ゆーさん」  呼び方を口先で変えてみたり。肩の骨のあいだにぺったりキスして、背中の温かみを顔で味わう。奥からとくとくと音が聞こえる。回した腕の中に体の厚みがある。ここにいるっていう確かな実感。元気でかわいい優花里さんの肋骨、おっぱい、薄く筋肉のついたおなか。 「さっきはちょっといじわるだったよ。私だってぎゅーしたかったのに」 「あれは……すみません、すごくしたくて」 「優花里さん、気持ちよくなってないよね。私もしちゃおうかな……」 「それは、あの」  右と左からきょろきょろ後ろを振り向こうとしながら、優花里さんが急に声を低める。 「変なこと聞きますけど……みぃさん、下、剃っちゃったんですか?」  わ、みぃさん? じゃなくて。 「あっ、うん……へへ、きれいにしちゃいました……」  ちょっと照れながら答えると、ふぁぁ……って、優花里さんも驚く。 「それって、やっぱり」 「うん、優花里さんがそこ、好きみたいだから、お手入れしとこうかなと思って」  実はお母さんとお風呂入ってた小さいころに、そういうエチケットを聞いたことがあって……まほもみほも大人になったらするんですよって……それを最近思い出して、やってみたんだ。 「へ、変だったかな? うちでは普通だったんだけど」 「変じゃないです、ぜんぜん変ではないです!」ぐるっと振り向いた優花里さんが肩をつかむ。「きれいで、とてもかわいかったです!」 「え、そう? あはは」そんなことほめられるのは、嬉しいけど、やっぱり照れくさかった。 「じゃあ、これからそういうふうにするよ……」 「やっぱり意識的にやってくれてたんですね。はぁー……でも私は」 「うん?」 「私のほうは、そういう準備は全然なので、その、なんというか、無理に口でしていただかなくてもですね」 「ん、ん? どういうこと?」優花里さんが決まり悪そうに目をそらす。わかった。「気にしちゃった? お手入れしてないの、恥ずかしい?」 「わ、わあ、えっと、まあ、はい」手のひらを立てて逃げ腰になる優花里さん。「私がみほどのにお口でするのは全然かまわないっていうか、むしろ嬉しいんですけど、していただくのはちょっと、むさ苦しいっていうか」 「そんなことないのに。優花里さんだって全然かわいいのに」 「そう言っていただけるのはほんとに嬉しいですけど、は、恥ずかしいです! 無理です!」赤くなって首ぶんぶんする優花里さん。「私けっこうもしゃもしゃですし、そんなとこみほどのに、なんて、前に触ってもらっただけでうああってなったのに――」  手で顔を隠して、「むり……」って縮こまっちゃった。 「ううん……」  嫌がってるのを無理にしたくはないけど。さっきはほんとに気持ちよかったから……私も、優花里さんにしてあげたい。  私は、洗面台に手を伸ばした。小物入れから道具を取る。 「じゃあさ……同じように、する?」 「え?」  びっくりして目を見張る優花里さん。私は女子用のT字かみそりを自分の腋に当てるそぶりをする。 「こっちと同じだから。痛くないから。してみない?」 「え、ええええ……」  あ、ちょっと引いちゃってる。そんなに抵抗あるのかな。ひょっとしてほかのうちでは全然やらない? 友達と話したことないから、わからないけど……。 「ていうか、やりたいです」私は、少し強く出てみる。「優花里さんをきれいきれいしてみたい。……だめ?」 「ダメですよぉ、そんなの……」優花里さんは洗面台の横まで後ずさっちゃったけど、私がじーっと見つめたら、仕方なさそうに目を向けてくれた。「ダメですけど……どうしても、ですか?」 「大丈夫、さっぱりするから! かわいくなるから!」 「ふええぇ……」  泣き笑いみたいな顔をして、優花里さんはこくんとうなずいた。 「わかりましたよぉ……でも絶対笑わないでくださいね?」 「もちろん!」  お風呂で二人ともシャワーを浴びてから、優花里さんを浴槽の縁に座らせた。やっぱり怖いみたいで、しばらく膝をそろえてためらっていたけど、道具を渡して、刃を見たり腕に当てたり試させてあげたら、踏ん切りがついたみたいだった。 「あの、最初は自分でやっていいですか……?」 「ん」  私は優花里さんの横に、浴槽の方を向いて腰かけた。反対を向いた優花里さんが、うつむいて先を丸めた小バサミを使ってる。しょきしょきって音がして、「お」とか「こうかな……?」って声がする。 「できました……」 「見ていい?」 「えと……はい」  私が流し場にぺたんと座ると、優花里さんはおずおずと脚を開いてくれた。 「こ、こんな感じです……」  私は顔を寄せてそこを見つめた。  うっすらと筋肉の浮き出したすべすべの太腿のあいだに、優花里さんのかわいいあそこ。縦長のお口がちょっぴり開いて、お湯で洗った淡いピンクの中身が光ってる。あんまりお肉がついてなくて、前にも思ったけど、私のよりもちょっと子供っぽい感じ。  ちっちゃな赤い粒の上に、焦げ茶のふさふさ。ハサミで大体済ませたせいで、子猫のおでこみたいに狭い。 「……優花里さん、さ。もしゃもしゃってさっき言ったけど、全然そんなことないと思うよ?」  言いながら見上げると、優花里さん、すごい顔してた。  ぎゅーっと目を閉じて、ほっぺたと鼻の頭、真っ赤にして、じっとり汗を浮かべて。後ろにひっくり返らないように、お風呂の縁をつかんでるんじゃなかったら、きっと手で顔を隠してたと思う。 「恥ずかしい?」  うん、ってうなずく。「恥ずかしいですよぉ……こんな、こんな丸見えで……」 「優花里さんもさっき私の、見た」 「だから、我慢してます……」左右の尖ったお膝が、ふわーっと閉じかけて、またぐいっと開く。我慢してる。「お任せします……私も、何されてもいいですから……」 「わ」どきっとする言葉。私も言ったけど、言われると、すごい。「リラックスしててね。そーっとやるから……」  けれど、まだ残ってる優花里さんのふわふわも、なんだかとても可愛くて、私は思わず、そこにぽすっと顔を当てちゃった。「わわっ」てあわてた声。 「きれいにしてからにしてくださいっ!」 「もうきれいなのに……」  茂みからふわっと、煮詰めたジャムみたいな甘酸っぱい匂いがした。おしっことは違う匂い。あ、優花里さんが好きなの、こういうのか……って、ちょっとわかっちゃった。  一瞬やめてもいいかなって思ったけど、せっかくだし、って気持ちが勝った。だって、お揃いだから……。  シェービングフォームをぷしゅーっと手に出して、くしゅくしゅに塗り付ける。目を近づけて、かみそりを当てた。「脚、もっと広げて……」って頼むと、優花里さんは思い切りぐいっと前を開けてくれた。 「だいじょうぶ……だいじょうぶだからね」  絶対に痛くしないように、息を詰めてちょっとずつやったせいで、少し時間がかかったけど、じきに見えてるところは全部きれいになった。 「ちょっと洗って水かけるよ。冷たいからね」  お湯で泡を流してから、温度を下げて水で引き締める。指が先っぽに触れると、内腿がぴくっ、て震えるのがとてもえっちだった。  できあがったのは、赤ちゃんみたいにつるつるのつやつやになったあそこ……毛穴はもう全然見えなくて、おなかのミルク色がぷくっとした丘の谷間のイチゴ色へ移っていく色合いが、とてもきれい。まるで上手なパティシエさんが作った生菓子みたい。 「うわあ、可愛い……いただきますっ」 「みほどの、あ、あっ!」  あんまりきれいだから、何か言いかけてたけど、聞かずにかぶりついちゃった。  最初は、はむ……ってお口で全体を包む。舌を当ててもなんにも味がしない。ただ柔らかくて、ぷにぷにしてて、水の冷たさで縮んじゃってる。包んで、温めてあげる。  もむもむ舌を動かしながら、唾液を出して塗り付けていく。外側のぽてっとした蓋、内側のふにゃふにゃのひだ、奥まで続く穴、その上のくにゃくにゃしたへこみと粒。歯を当てないように気を付けて、痛くないように、びっくりしないように、優しくなぞって、大事に吸う。 「み……みほ……んう……うう」  優花里さんがお尻をもじもじひねって、前後に揺れる。変なきもち、ぬるぬるしておかしな感触って、思ってるんだ。うん、うん。わかるよ、優花里さん。こんなこと自分じゃできないから、なんだかわかんないって思うんだよね。  これね、すぐに、どんどんすてきでたまらなくなっていくから。   「ぷは……優花里さん、挟んで」後ろへひっくり返っちゃったら困るから、左右の足を肩にかけてもらう。「頭、つかまっていいよ。髪ひっぱらないでね」 「は、はい。はぁっ……!」  髪に指が入ってきて、両手が頭を包む。抱かれるみたいでちょっとすてき。お尻を抱きしめて、またはむはむと、キス。ついばんだり、舌を伸ばしたりして、じっくりとおしゃぶり。  あそこがだんだん温まって、熱くなってくると、耳たぶを舐めてるみたいだった最初とは違って、味がしてきた。ほんのりと酸っぱい気がするとろとろが、中身のひだを覆っていく。当てている舌に、ちろちろと湧きだしてからんでくる。 「ん……」  嬉しくなってくる。自分と同じだから、わかる。これは、気持ちよくて嬉しいときの味。優花里さん、気持ちよくなってる。漏れちゃってる、って思ってるはず。  いつのまにか、もじもじ揺すりが止まってた。両足で私の背中を引き寄せて、優花里さんがしっかりと頭を抱えこんでる。私のお口を、あそこに押し付けてる。 「みほど……みぃみ……んん……」 「ん、ゆーゆ、ん……」  いったん温まると、奥から濃いねとねとがいっぱいあふれてくるようになった。ちょっとしょっぱい。優花里さん、さっき私にしているあいだも、ずっと興奮してたから。洗い残しが溜まってたんだ。  嬉しいし、楽しい。おかしいような、当たり前みたいな、不思議な感覚だった。きたないって感じが全然しない。ここは優花里さんが気持ちよくなれる、かわいいところ。出てくるぬるぬるも、汗や唾液といっしょ。ちょっと場所が違うだけ。  それに何よりも、私自身が気持ちよかった。唇にキスするときとおんなじ。舐めたり吸ったりするのが、舐めてもらってるみたいに感じる。ぷにぷにして、くにゃくにゃして、気持ちいい。毛が引っかからないのも、ちょっとよかった。  んぷ、んむ、はぷ……っておしゃぶりしてから、口を離して。「ゆかりさん、きもちいい……」 「は、いっ。きもち、いいです……っ」 「ううん、きもちいいの。もっと、もっとさせて……」 「んっ、うううっ」  かっぷりくわえたときに、上の歯がコリッと当たっちゃったんだけど。途端に優花里さんが、「それっ!」て叫んでびくんと腰を跳ねさせた。  そのままのけぞって、後ろへぐるんと倒れそうになったから驚いた。「はわっ」とあわてて両手で太腿を引き戻す。ぐいんと戻った優花里さんが私の頭に突っ伏して、「ふわ、おお……」驚いた声を上げた。 「び、びっくりしました……すみません」 「ごめん、歯が当たっちゃった」 「いえ、それはいいんですけど。やっぱりこの姿勢、ちょっと不安定で」 「そうだね、頭打つところだったし」  外でしよ? と誘ったら、首を振って、   「一緒にしちゃ、だめですか?」 「一緒?」  流し場に降りた優花里さんが、私の膝を引いて向き合わせて。ぺたんとあひる座りしながら、「えっと」とお互いのおなかの下に目をやって。 「みぃさんのそこと、私のここ、くっつけてみたいなって……」 「ふええ……ここと、そこ?」  はい、ってうなずく優花里さんの顔、照れくさそうだけど、もう遠慮してる感じじゃなくて。一緒に新しい遊びをしましょう、って誘ってるみたいだった。 「う、うん。やってみる。ええと……こう?」 「はい、両足こっちに乗せてもらって……こう、とか」  大きく脚を開いた優花里さんの左右に、私の両足をかけて、腰を近づけてみた。でもちょっとくっつかない。自分の太腿がじゃま。 「あ、挟んだらどうかな?」 「そ、そうですね。んっしょっと」 「ううん、こっち下に、こっちの脚、わっ」 「あっと! 気を付けてください、滑るから」 「そうだね、焦っちゃった、えへへ……」  支えの手が滑って、倒れかけたり、壁に爪先が引っかかって、持ち上げてもらったり。なんだか組み体操みたいだけど、二人の距離はすごく近くて、肌がぺったりこすれてるし、いろんなところが見えちゃってるし、息がかかる。普通じゃない。心のブレーキをずっと外しっぱなしにしたままの、えっちで楽しい遊びだった。 「こんなふうかな?」 「あっ……はい」  後ろの手で体を起こしながら、相手の左足を自分の右足でまたいでみた。もちもちの太腿をお互いに挟みこみながらお尻を押し出すと、ふにゅっと柔らかいところがぶつかった。 「んっ」「あは」「あ、当たっちゃったぁ……」  ぎゅっ、と当ててみる。ぬりゅっ、とこすれ合う。二人とも剃っちゃったからじゃまなものがない。それに優花里さんもぬるぬるだけど、私もさっきからとろとろになってたから。二人分のおつゆがくっついて混ざる中で、ぷにぷにのひだが触れ合うのがわかった。  じぃん……って気持ちよくなって、おなかがぞわぞわして――薄目を開けると、優花里さんがうっとりと目を細めてあごを上げてた。 「優花里さん」「はいぃ……」「わかる?」「はいっ……!」  くっ、くっ、と押し出してひだにひだをからませる。口でするキスと同じ、気持ちよさの伝え合い。くいくいと細かく動かして、ぷっくりした丘の上をこすり合う。興奮してこりこりに硬くなってる粒と粒がくすぐり合う。おでこの内側にキンキン響くぐらい気持ちいい。 「ゆ、ゆかさんっ、いい、いいよね? これすごくっ」 「はいっ、かた、硬いですっ。みぃさんもカチカチで、これっ、ここ」 「ひっ、いっ! まって、まって! それ刺激つよすぎっ……」 「ま、待ってって、ダメ、ダメです。ごめんなさい、待てませんっ、えっ、えいっ、ん」 「やあぁぁぁ、ひぃぃん! すごいぃぃ……!」 「み、みぃさ、すき、すきっ」  優花里さんが私の太腿と膝の裏をしっかりつかんで、うんと引き寄せて真ん中を押し付ける。気持ちよさのスイッチになっちゃったあそこを、ぐりゅっ、ぐりゅってひねりながら押しつぶされて、そのたびに焼き焦がされたみたいな刺激がじゅうじゅう広がる。体じゅうが気持ちよくて指先までしびれる。  今までと違うのは、一人だけが気持ちよくなってるんじゃないってことだった。私が髪をばさばさ広げて首を振ってるあいだ、優花里さんは私の膝にめちゃくちゃ頬ずりしながら夢中になってる。私が気持ちいいのと同じだけ、優花里さんも気持ちよくなってる。それが一周回って、私をもっと気持ちよくしてくれた。 「ゆかさ、これ、ね、このまま、ね」 「は、はい、はいっ」 「いこ、いっちゃお、私いくから、ゆかさんも、ね、ね」 「はいっ、私もっ、これ、このまま、でっ」  私は壁にもたれて、優花里さんは寝転がっちゃって、お互いの膝を抱きかかえて揺すり始めると、気持ちよさが天井に貼りついたみたいにいっぱいになっちゃった。今までで一番しっかりとつながってる感じ。自分と相手の気持ちよさがぴったり同じになって、相手をいっぱいに気持ちよくしてあげてるから、何にも気を遣わずに気持ちよくなれる状態。 「ゆかさん、んっ、んっ、ん、んんっ……!」 「み、みぃさぁんっ……!」  ぎゅっと太腿で挟み付けて、びくびくっ、と震えが伝わってきて、私も同じようにびくびくして――あそこから、あったかいもの、いっぱいぷしゅぷしゅ噴きこぼして――優花里さんのつま先が、肩の横で何度もぐいっぐいっと引きつって――私は思いきり抱き締められた自分の膝に、優花里さんのキスを感じて――。  また少し、私たちは切り離せないものになった。      〇oooooooo〇  ぱたぱたと雨の音がする。さっきまではもう少し静かだった。その意味を考えているうちに、ぼんやりと目が覚めた。  雨粒が窓に当たってるから音がするんだ。っていうことは、風が変わったのか、学園艦が向きを変えたのかも。どっちにしたって、時間が経ったってことだ。今の時間は……。  テーブルの時計を見ると、午後四時前だった。ああ……。  ずいぶん寝ちゃった。横たわったときは昼過ぎだったのに。  あのあとお風呂から出て体を拭いたけど、二人とも疲れ切ってて、何もする気が起きなかったんだ。ちょっとお昼寝しよ? って横になっちゃったら、いつのまにかこんな時間。  朝も、早かったしなあ。  ころんと寝返りを打つと、隣の優花里さんが目に入った。寝つきのいい優花里さんは、うつ伏せで枕を抱えて、すやすやとよく寝てる。とってもかわいい。  髪はふさふさっていうより、だいぶくしゃくしゃ。ちゃんと乾かす余裕もなかったし。着てるのは大判Tシャツ一枚だけ。お尻がぽっこり見えちゃってる。  私はじっと横顔を見つめる。外は雨だけどお布団はさらさらと乾いてて、部屋は静かであったかい。何より、夏の草みたいなさわやかな優花里さんの匂いがする。  世界のどこよりも居心地がよくて落ち着ける、最高の時間。  このまま何もせずにずっと寝ていたかった。  だけど――座って、肩をゆする。 「優花里さん、優花里さん」 「んぁ……ふぁい?」 「起きて。私、おなか空いたよ」  そうなんだよね、私は、おなかぺこぺこだった。お昼、食べ損ねちゃったから。 「おなかれすかぁ……」目をこすりながら起き上がった優花里さんが、時計に目をやって、わっと言った。「四時!? もうそんなですか?」 「すごく寝ちゃった。ちょっと疲れすぎちゃったね、私たち」 「はあ……」  見つめ合う。思い出す。この人とすごいえっちをした。  赤くなってうつむいちゃった。 「そうでしたね……へはは」 「んふふ」 「はは」  つん、とおっぱいをつついたら、がばっと抱き着かれた。いきなり、ちゅーっとキスされる。 「みほどのぉ……」 「んっ、優花里さん……待って優花里さん、ごはん! おなか減ってるでしょ?」 「ひゃっはい!」  肩をぐいっと押し離すと、ぴしっと気を付けになった。私は、んっ? て顔を覗きこむ。 「それとも、まだ……私のほうを食べたい?」 「ひえいえ……」変な返事をしてぶるるっと震えてから、優花里さんは手をぱたぱたふった。「食べたい……ですけど、ごはんですよね、今は。さすがに!」 「ね」  ほんと言うと私も、もう一回ぐらい仲良くしてもよかったけど、常識に負けちゃった。だって、朝からもう二度もしたんだし。  でも立ち上がると、いっぺんにいろいろなことを思い出した。 「食材が……ないなあ。今日イベントの後で買ってくるつもりだったから」 「あー、私もですね、着替えがないです。ちょっと羽目外しすぎちゃった……」 「ってことは」  私たちは、顔を見合わせる。 「お買い物だ」「ですね」  こまごましたことを済ませてから、制服を着て外に出た。  相合傘で歩道を歩く。雨は止んでなくて、風も出てる。学園艦に吹く、潮の風。  車道側の優花里さんがあっちこっち指さしながら言う。 「道順がですね。先にうち寄っていいですか。食材重くなるでしょうし。いや待てよ、うちで夕食勧められちゃうかな……」 「ドラッグストアも寄りたいな」 「んんー、じゃあそっち先寄って、それからスーパー、私のうち、で」  二軒のお店で買い物をして、ついでに我慢できなくてドーナツ買ってぱくつきながら、優花里さんのおうちへ向かう途中で、突然言われた。 「でもいいですかね?」 「ふぇ? 何が?」 「私このままもう一晩、みほどののうちに泊まる流れで」 「え? いけないの? ああ、お母さんが気にする?」 「じゃなくて、居座っちゃっても」 「ああ……」私はドーナツをごくんと飲み込んで、苦笑しちゃった。「全然いいよ。っていうか、優花里さん?」 「はい?」 「そろそろ、自信持ってほしいな。私は優花里さんと暮らしたいの」 「……ひゃああ」  ほーっとほっぺたを上気させた優花里さんが、「いや、その、私なんて……ふわあ」って頭をくしゃくしゃにした。  「ね、だから、私こそ気になるよ。いつもいつも優花里さんをうちに泊めちゃって、ご両親が心配しないかってね。なんなら、私が泊まりに行こうか?」 「そうですね。あっでも今日は食材買っちゃったし、泊まらせていただきます!」 「ん、そうして」  優花里さんのうちに着くと、思った通り引き留められたけど、今日はうちでご飯にしますから、って押し切った。そしたら荷物にジャガイモとハムが増えちゃったけど、これはまあ、仕方ないかな。  大荷物になっちゃった帰り道、うちの近くの神社の前を通りかかったときに、また突然優花里さんが言った。 「あのっ、みほどの!」 「はい! ……何?」 「ちょっと遠回りしていきませんか?」 「え、どこ行くの? ていうか、荷物」  買い物袋を上げてみせると、それはここで大丈夫です、って神社を指さされた。 「この裏に置いとくと、誰も持っていきませんから。それよりですね、今日このまま帰ってまただらだらしちゃうの、もったいなくないですか? せっかくのお休みに」 「それはそうだけど、雨だし……」 「あっ、はい。濡れて歩くのはお嫌でしょうけど」 「ううん違う違う、それはいいよ。濡れてるのは優花里さんのほうじゃない」  車道側の優花里さんが、何度か車のしぶきを浴びたのを、私は見てた。それに相合傘をこっち寄りに差し掛けてくれていた。  すると優花里さんはにっこり笑って、首を振った。 「みほどののほうこそ、そろそろわかってください。私はそういうことするのが好きなんです」 「……うん」 「それより、二人で歩きたいんです。どうですか?」 「……ん、いいよ。歩こう。今日はジョギングもしてなかったしね」  荷物を隠して身軽になって、私たちは歩き始めた。 「ね、目的地はどこ?」 「うふふ――秘密です。雨の日しか見られないものがあるんですよ」 「雨の日しか?」  わ、珍しい。優花里さんがそんな言い方するなんて。  私はなんだかどきどきし始めた。隣にいる優花里さんに肩を寄せちゃう。  それから三十分、私たちは濡れた猫を見たり、変な看板の出てるお店を見つけたり、水路に流れる葉っぱを追いかけたりしながら、学園艦の路地から路地へ歩いていった。  私の知らない道だった。道順を知らないってことじゃなくて、そんなふうにいろんなものに目移りして、走って笑って言い合って、肩を小突いて髪をタオルで拭いて――雨の日の午後遅くを二人で楽しく歩き回ったのは、初めてのことだった。  無邪気だった子供のころの探検とも違う。前の学校での規律に従った偵察訓練なんかとも違う。そして、大洗学園艦へきてからの一年で体験した、みんなそろってのお買い物や旅行とも違う。  一番一緒にいたい人が、一番一緒に楽しみたくて、私を連れ回してくれるってこと――それが本当に楽しくて嬉しいことだって、初めて私はわかったんだ。  最後に、町中から入った長い地下道を歩いて、オレンジ色の光が差すテラスへ出ると、優花里さんが大きく腕を開いて振り向いた。 「さあ、ご覧ください。これが大洗学園艦の隠れた名所の一、左舷大瀑布です!」 「……うっわあ」  私は目の前に広がった景色に、言葉をなくしちゃった。  ごうごうと音を立てて流れ落ちる滝。ちょっとやそっとの規模じゃない。ものすごく大きい。  切り立った鉄の壁みたいな学園艦の舷側に、学校の格納庫が丸ごと押し込めそうな横長の穴が空いていて、そこから灰色の板みたいな渦巻く水の流れが吐き出されてる。その下は目がくらみそうな絶壁。雨雲越しのオレンジと灰色の混ざった弱い光の中を、太い水の帯が白いしぶきを道連れにしてなだれ落ちてる。五百メートル下の海はざわざわと泡立って、くじらの群れが暴れているみたい。  滝の真横にちょこんと突き出した、屋根付きの小さなテラスが、私たちのたどり着いた場所だった。 「すごい……学園艦にこんなところがあったんだ……」  テラスは細い鉄の手すりに囲まれているだけで、私は足がすくみそうになる。後ろから優花里さんがそっと抱いて、引き戻してくれた。 「すごいでしょう、那智の滝や華厳の滝よりもはるかに大きいんですよ。最大で毎分千五百トンの水が流れ落ちる大瀑布です」 「へえ……」 「まあ正体を言っちゃうと、ただの排水口なんですけどね」 「排水口?」 「はい」肩越しに優花里さんが笑う。「雨が降ってるじゃないですか。学園艦は桶みたいに縁が立ってますから、全部たまっちゃうんですよね。そのままだと沈んでしまうんで、排水するわけです。でも、ほら、いま停泊中でしょう」そうだった。こっちからは見えないけど、町でのパレードのために接岸してる。「埠頭のある側に水を落とすと大変なことになるんでー、海側に全部落としてるってわけです」 「ふぅーん……」 「特に観光用の施設とかではないんで、学園艦の市民でも見たことある人は少ないんですよ! たまたま今雨だったんで、思い出して来ちゃいました……」  そこまで得意げに説明したところで、急に声が小さくなった。 「まあ、そういう感じです。はは」 「優花里さん?」  振り向くと、優花里さんは自信なさそうに人差し指を突き合わせていた。 「雨の日に排水口見に来るなんて、考えたらたいしてムードがあるわけでもないですね。なんかすみません、わざわざ……」 「ええ? そんなことないよ、どうしたの?」私は優花里さんの手を取って握りしめた。「すごいよ、びっくりしたよ! 戦車道のみんなだって、見たことないんだよね? これ。嬉しいよ」 「そうですか?」 「そうだよ! 優花里さん、もう……」  私はため息をついて、優花里さんをテラスに備え付けの何かの台に座らせた。優花里さんの肩を抱いて、撫でる。 「すごい景色だよ。それに、こんな展望台があるのもすごい。二人で来るのにぴったりな感じ……。優花里さんが探検してて見つけたんだよね? 秘密の場所だよね。教えてくれてありがとう」 「昔の機銃座です」そう言うと、優花里さんはようやく笑顔に戻ってくれた。「学園艦にはいろんな面白い場所があるんですけど……クラスメイトなんかあんまり興味を持ってくれないんで、一人で溜め込んでました」 「興味あるよ。すっごく興味ある」野山を駆けずり回っていた子供のころを思い出して、私は大きくうなずく。「他にもいろいろあるの? 全部教えてほしいな!」 「はい……えへへ」 「うふふ……んっ」  微笑む優花里さんに、ちゅっとほっぺたキスをした。  私たちは、日暮れの空にしぶきを飛ばす滝を眺めながら、手を握り締め合う。ずっと向こうに陸地が見えるけど、私たちを見ている人は誰もいない。ここでもやっぱり、二人きり。 「みぃさん」って優花里さんが言う。「あのですね、いいですか」 「なあに? ゆかさん」 「今ですね、私。またしたくなっちゃってるんです」恥ずかしそう、っていうよりは、困った感じの声。「みぃさんと、えっち」 「ふふふふ……」  私は肩をすくめて笑う。指をしっかり絡めてるから、優花里さんの内心までよくわかる。落ち着いてる。 「ぎゅーってしたい?」 「はい……すみません」 「私もだよ。ふふ、今日もういっぱいしたのにね」 「ですよね。はは……なんかもう、ダメダメですよね。私たちまだ高校生なのに、こんなにしちゃって」 「仕方ないよ、好きなんだもん……」  そう言って肩にすりすりしてから、私はぱっと顔を離した。 「でも、今はやめよう? 夜になっちゃうし、荷物も置いてきてるし」 「はい。わかってます」  立ち上がって、また地下道の中へ歩き出した。でも気持ちは離れてない。手はつないだまま、肩も並べたまま。 「帰ったら最初にちょっとなんか食べよ? ドーナツ、どこかに消えちゃったよ」 「その前にもういっぺんシャワー浴びません? 濡れちゃいましたし」 「だめだよぉ、裸になったら、きっとまた……」 「我慢しましょう! このまままたしちゃったら、きっと途中でへろへろになっちゃいます。落ち着いて、冷静に!」 「あはは、落ち着いて冷静に、えっちなことを考えずにお風呂入るの? 学校のお風呂ならそうするけどさ……」  そのとき私は、大変なことに気が付いちゃった。「あ……どうしよう……」って冷や汗をかく。 「どうしたんですか?」 「優花里さん……私、大失敗しちゃったよ。ごめん……」 「な、なんですか? 火の元を消し忘れたとか? それとも玄関の鍵をかけ忘れた?」 「ううん、そんなのじゃなくて。優花里さんのそこ」  スカートの前を指さす。 「つるつるにしちゃったじゃない。それで、私もそうしてるから」 「……はい?」 「学校のお風呂でみんなに見られたら、なんて言い訳しよう〜!?」 「うっ……そ、それは……」  優花里さんが顔を引きつらせた。 「確かに……大失敗ですね」 「うん」 「バレたらすごくまずいですね。戦車道のしきたりです、とか言ってごまかします?」 「無理、いくらなんでもそれは苦しいよ」 「みほどの、ほんとにダメダメです……!」 「あああ、ごめんなさい、優花里さんごめんなさい!」  ぺこぺこ謝ってるうちに、二人とも噴き出しちゃった。 「あはは、仕方ないですね、済んじゃったことですから!」 「優花里さんも、気持ちよかったもんね?」 「よかったですね、はい! お揃いですし、悔いはありません! ちょっとパンツの中がすかすかして頼りないですけど……」 「やだ、優花里さん。そんなこと言っちゃだめ!」 「とにかく隠しましょう、全力で。いいですか、一人ずつ別々にパンツの中見られてもだめですよ、情報が合わさったら疑惑が生まれちゃいますからね?」 「見られないよ、絶対誰にも見せないよ!」  肩を叩いて笑い転げながら歩いていくうちに、出口が見えてきた。優花里さんの傘をさっと盗み取って、私が差す。 「今度は私の番! エスコートさせて」 「はっ、西住大隊長殿のエスコートとは、光栄であります! つきましては、お代はいかほどで?」 「うーん、あっ。お風呂であれやって、秋山スペシャル!」 「いいですね、サービスしちゃいますよ」  ざあっと雨が吹きつける。風はもう冷たい。道は真っ暗。  でも私たちの傘の中は、とっても明るい。 (おわり) ※秋山スペシャルとは、秋山優花里が父から直伝された頭皮シャンプーマッサージ術で、これを施されし者はたちまち極楽の心持ちとなり、居眠りせざることなしと伝えられる奥義である。