誰もしらない帰りみち 「うーん、これはちょっとパンパンだねえ」  通信手席のハッチから身を乗り出した沙織が、四号戦車を見回して苦笑する。戦車の中には幼稚園児たちが五、六人も詰まって、すごいねせまいねはやくいこうよとわいわい騒いでいる。 「ほかの戦車はもう空いていませんか?」  華の呼びかけに、まわりのウサギさんチームやカバさんチームから、無理でーすと答えが返ってくる。みほが困った顔をする。 「このまま走り出すのはちょーっとまずいかな……」 「こっちにも入らないぞ。レバーに触られたら事故になる」  子供が苦手な麻子がしかめっつらで言った時、優花里が手を上げた。 「じゃあ私、歩きます! 降りていきます!」 「えっそんな、無理だよ。駅まで十キロぐらいあるよ?」 「大丈夫です、来るときこの下にバス停がありましたから! バス乗って追っかけますよ」  優花里が笑顔で言うと、「あっ、それなら私も!」とみほが声を上げた。 「優花里さんが歩くなら私も付き合うよ。もう一人ぐらい降りたほうが余裕ができるしね」 「みぽりんも降りちゃうの?」 「戦車は三人でも動かせるから。華さん、車長お願いしていいかな? ぶつからないように周りを見て」 「それぐらいでしたら、まあ……」  みほと優花里が降車して、手を振る。 「みんな、気を付けてね!」 「はーい」「隊長もがんばってくださいねー!」  土煙をあげて大洗チームの戦車が走り去る。ポルシェティーガーの長い後部の上で、幼稚園の園長と保育師さんが頭を下げていた。 「じゃ、行こうか、優花里さん」 「はいっ!」  晴れ渡った夏空のもと、二人は演習場の出口へ歩き出した。  夏休み前の練習の一環。学園艦から上陸して、本土の演習場で訓練をした。近くの町の幼稚園児たちが招待されて、戦車の雄姿を見物した。  けれども帰る段になって、幼稚園バスが暑さでオーバーヒートしてしまった。  園長は代わりのバスを呼ぶと言ったけれど、来るまで時間がかかりそうだった。だから戦車に分乗させることにした。  チームのメンバーに加えて、三十人あまりの子供たちを収容してパンパンになった戦車が走り去って――あとには優花里とみほが、残ったのだった。 「やー、にぎやかでしたね、子供たち」 「うん、すごく元気だったね。それにとっても喜んでた」 「あの笑顔が見られただけでも満足です、って言いたいですけど……」 「ふふ、疲れた?」 「ええ、まあ。ちょっぴり? ついカッコつけちゃいました」 「あは、私もだよ」  山中にある演習場からの帰り道。木々の間を縫って走る林道だ。梢を差しかける豊かな森の奥から爽やかな風が吹いてくる。木立が途切れるとまばゆい夏の日が照り付ける。 「あっつーい」 「西住殿、これをどうぞ!」  二人ともセーラーの夏服姿だが、優花里はいつもの大きなリュックをしょっている。取り出したのは軍用のベレー帽で、すぽりとみほの栗色の髪にかぶせた。「ありがとう」と言ったみほが、目顔で尋ねる。優花里は「私はこれを」と横にぶら下げていた鉄帽をかぶった。 「……それ、かえって暑くない?」 「だいじょうぶですよぉ」  答えたものの、もしゃもしゃ髪に鉄帽をかぶると、てきめんに蒸れてきてしまった。でも、そのていどのことはなんのその、だ。  大好きなみほと二人で歩いているのだから、苦労なんか感じなかった。 「大丈夫じゃないよ、熱中症になっちゃうよ……あ、あそこ寄ってこ!」 「ひー、救いの神、ですね」  林道を降り切ったところで、国道との交差点にコンビニがあった。二人は歓声を上げて駆け込んだ。  ギンギンの冷房に一息ついて、店内を見回る。コンビニといえばいつもはみほが根を生やしてしまうのだが、今日は窓際の雑誌棚で優花里が引っかかった。  「おおっ、月刊戦車道。あっ、タンクマニア誌。あーっ、季刊・陸上火力にユーゲントマシーネンに機関紙・弾道まで! これ一般書店にも置いてないんですよ?」 「な、なんかすごい品揃えだね」 「演習場最寄り店だからですかねえ、さすがです〜」  うきうきと手に取る優花里。その間にみほは別の棚へ行く。  ついつい立ち読みしてしまい、しばらくたってからはっと気づいて、あわててみほを探した。 「すみません、思わず……」「いいよいいよ」  先に会計を済ませていたみほは、なぜかちょっと赤い顔をしており、優花里も急いで雑誌とドリンクを買って、店を出た。 「バス停は?」 「先へ一キロぐらいですかね」  再びてくてくと歩き出した。  一面の水田を突っ切って三桁の国道が走っている。輝く水面に青々とした苗が揺れている。山裾の農家の瓦屋根がギラギラと輝き、抜けるような青空にむくむくと白い夏雲がそびえていく。「見てくださいすごい雲! 金床雲ですねえ」「熊本を思い出すなー」声を上げる二人の足元で陽炎が揺れている。  さあっとトラックが追い抜いていき、それきりだ。車もほとんど通らない。  アスファルトの照り返しで顔が焼かれるようだ。せっかく冷えた肌にもじわじわと汗が噴き出してきて、優花里はべとつくあごの下を拭う。フライパンの上みたいな熱がスニーカーの靴底から伝わってくる。服の下のブラが湿って貼りついて、腋の下も股間もじっとりしてくる。  それがどうにも気になってしまう。  ……西住殿も、そうなんでしょうか。汗臭くないかなとか、パンツの中身がぐにょぐにょするとか、私みたいにつまんないことを考えてるんでしょうか……。  ちらりと盗み見たみほの横顔は、思わず見とれるほど爽やかだ。整っていながら幼げでかわいらしく、なめらかな頬は汗ばんでつやを帯びている。こめかみから一筋、つっと透明なしずくが流れて、水晶のように輝いた。 「ん?」 「いえ」  目が合いそうになり、ごまかし半分でアクエリアスをぐびっと飲む。  みほが言う。 「暑いね」 「はいぃ……やっぱりあっついです」 「アイス溶けちゃうなあ」 「アイス買ったんですか? 食べちゃったほうがいいんじゃ」 「カップだから。バスの中で食べようと思って」 「はあ、バスまで持てばいいんですけど……あっ、あそこです!」  陽炎の先、左手からせり出して来た木立が道路に接するあたり。バス停の標識とぽつんとたたずむ道端の小屋が見えた。  たどり着いて時刻表を見た優花里は、「あーっ……」と尻すぼみの声を漏らした。 「じ、十分前に出てます……」 「次は?」 「それが……二時間先で」  泣きそうな顔で振り向いた。 「すみません、私が雑誌なんか読んでたばっかりに……」 「あはは。しょうがないよ、私だってお菓子のとこ見てたから、おあいこだよ」 「どうしましょう。歩きます?」 「まだけっこうあるんでしょ?」 「八キロちょい……ですね。さすがにこの炎天下では無理ですか。コンビニ戻ります?」 「うーん、それより――」  みほが手を引いて、道端のバス待ち小屋を指した。 「ちょっと座ろ。ね?」  トタンの波板張りの、古い古い小屋。斜めに張り出した軒の陰に入ると、凶暴な熱気がふっと失せて、鉄錆と雨水の匂いがした。端が割れたフジカラーのベンチに、仲良く並んで腰を下ろすと、はーっとため息が漏れた。  左右の壁には「おいしいですよ!」とドリンクを掲げたおじさんや、一粒三百メートルのグリコのブリキ看板が貼られていて、それもこれも壁も赤錆びて穴が開いていた。鉄帽をわきに置いて見回しながら、一体何十年前の場所なんだろう、と優花里はぼんやり思う。  でも。これはけっこう、いい場所っぽいです。 「なんか、ちょっとレトロでいいね」  隣を見るとベレーを脱いだみほが微笑んでいる。自然にこちらも笑みになった。  カサカサとビニール袋をあさったみほが、カップアイスのふたを取り、スプーンですくって「はい、あーん……」と差し出した。優花里はあわてて手のひらを立てる。 「わ、私のせいでバス逃がしちゃったのに、とんでもないです。どうぞ召し上がってください」 「んん? そんなこと言うの?」  ちょっとだけ唇を尖らせたみほが、すぐにくすっと笑って、ぱくりと自分でスプーンをくわえた。――と思ったら、二匙目をすくって、また差し出した。 「じゃあ、優花里さんのほうが後攻ね」 「後攻、って……」 「スプーン一本しかないもん。私が舐めちゃったあとだけど……いじっぱりの、罰だよ」  プラスチックの上でミルクアイスがとろとろと溶け、うっすらと細めた目が見つめている。優花里はごくんと唾を飲みこんで、口を開く。 「罰……なら」 「ん」  唇にとろりと滑りこんだ冷たい塊は、アイスより甘いぬめりに包まれていた。  それも十分刺激的だったけれど――。 「代わりばんこ……ね」  続いてすくったもうひと匙を、みほがためらいもなく口に含んだことのほうが、優花里の胸をざわめかせた。  背後の木立でうるさくセミが鳴き立てる。破れ壁に囲まれた小屋は不思議に静かだ。光に満ちた夏の日の小さな物陰で、一本のスプーンが二人の少女の口を往復する。嬉しそうに微笑む少女の口へ、熱に当てられたように舌を見せる少女の口へ、また楽しそうな少女の口へ――。  空になったカップを横に置いて、みほが傾けた顔を寄せた。 「優花里、さん」 「西住どの……」  膝にこぶしを置いて身を硬くしたまま、唇を重ねた。 「ん……」  ぴったりと唇を貼り付けながら、舌は遠慮がちに先端だけを触れ合わせた。冷たく甘くいたずらに動く器官を、ちろちろと試すようにくすぐりあってから、ほっ、と息を漏らした。  短いキスだった。流れで、ノリで、ついしてしまったみたいな。  でも、そうではない。誰にも言っていないけれど、二人はもうちゃんと、キスに意味のある関係になっていた。この夏が来るまでに互いに思いを打ち明けて。秘密の夜も、二度過ごした。  真夏の今日、間近のみほから、寝ぐせ直しのレモンの香料と、より生身を感じる汗の芳香、少し濃い息の匂いがする。それを意識しないようにしていたのは、先月までだ。  今は、意識する。していいし、相手もしているはずだ。  頭にめちゃめちゃ血が上ってきた。 「に、西住どの……」 「優花里さん」みほが期待を押し隠しているような小声で言う。「二人っきり、だよ」 「はい――」うなずいたものの、優花里は正面の道路に目を流して、舌をもつれさせる。「でっでも、外です。人が通りま」ゴーッ! とダンプトラックが通過して肩を縮めた。 「ひっ」 「……もう」  軽く息を吐いて、みほが体を離した。優花里はものも言えずに小さくなる。  ――すみません、西住殿。私、こんな、小心者で……。  関係ができたと言っても、日常からそこに入るきっかけが、まださっぱりわからなかった。自分をみほに近づけてきた敬愛が、ここまで近くなると逆に邪魔をする。切り替えのうまくできない自分がもどかしい。  突然下腹部に圧迫感を覚えた。今日は出すほうは汗任せでろくにトイレに行っていなかった。緊張のせいだとわかっているけど、だから収まるものでもない。 「えっと」立ち上がって、「コンビニ――は」遠い。行って戻ってくるのは手間だし、みほを歩かせるのも離れるのもいやだ。「なくて」腰を降ろして、「でも近くに――」また立ち上がって、小屋を出る。  当たり前ながら、右にも左にも都合よく便所があったりはしなかった。 「優花里さん?」とみほが出てくる。「どうしたの?」 「いえ――ちょっと」 「あっ。わかった。お手洗い?」 「は、はあ……」  振り向いてしゃもしゃもと頭を掻く。髪を掻く癖、落ち着きがないみたいで、自分ではあまり好きではない。 「裏はどう?」  小屋の後ろへ回ったみほが、いいんじゃない? と戻ってきた。 「私、人来ないか見てるから。うん、誰も来ないと思う」 「あ、すみません、その……それじゃ」 「大丈夫。これも戦車道、だよ」  それはその通りなのだが、試合中にさっとしてくるのと、二人きりの時にすぐそばでするのとでは、大違いだ。とりわけ、つい今しがたまでいいムードだったのだから、なおさらだ。  情けない気持ちで優花里は小屋の裏に回る。草いきれのあふれるそこは、木立との間の草むらで、見張ってもらわなくても人目の心配はなさそうだった。下着を降ろして、しゃがみこむ。実は自宅で一人の時は男子のように立ったまま済ませることもあるのだが、今それをやるのは無神経な男のやり方みたいで、いやだった。  落ち着かない気持ちで排出を済ませたが、手を洗いたくて仕方なかった。洗えないままの手を隠すようにして表へ戻ると、みほがとんでもないことを言った。 「済んだ? じゃあ、私も」 「えっ」 「二時間も待てなさそうだから」  そう言って裏へ行く、だけならよかったのだが、優花里の手首を握った。 「来てもらえる?」 「なっなんでですか!?」 「だって。優花里さんがした場所わかんないと」 「ああっ」 「……踏んじゃうかも」 「ですね。それはまずいですね。えっと」  自分がした跡をみほが踏んでしまうなんて、とんでもなかった。優花里は草むらにわけいって、「この辺なら大丈夫ですっ」と示した。 「ん」  うなずいたみほがその場でスカートに両手を入れたので、あわてて背中を向けようとすると、はっしと袖をつかまれた。  「待って。そこにいて」 「うええ?」 「山から何か出て来たらこわいから……」  木立の中は見通せない。確かに人や動物がいてもわからないだろうが――。 「でもですね西住殿? こんなすぐそばだと、その」 「優花里さん」不満そうというよりも、寂しそうな目で見つめられた。「いや……かな?」 「い、いやじゃないですけど……」 「じゃあ、お願い」 「は――はひぃ……」  道路のほうを向いて、バッキンガム宮殿の衛兵みたいに直立不動で立ちながら。  ……しいいぃぃぃ……。  五十センチしか離れていないみほが立てる音を、全身が耳になったみたいに聞き取るのを、優花里はこらえられなかった。  ――聞こえちゃってますよぉ、西住殿……。 「は……ふ」  締めくくりの息遣いまで聞こえて優花里が真っ赤になっていると、さらなる難問を押し付けられた。 「優花里さん。紙、ってどうしたかな?」 「紙ですか!?」 「ん。捨てちゃうのもなんだか……」言いかけたみほが、あ、とつぶやく。「優花里さんて、もしかして紙使わない?」  バスを逃がしたときよりも情けない気持ちで、「はい――」と優花里はうなずいた。「私は、小さいほうのときは……」 「そうなんだ。それって便利かも……」  自分の変わった体質のことを便利と言われるのも妙な気分だし、それ以上に、みほとこんな会話をするのは正直に言ってデリカシーがないと思ったが、言わなければ仕方ないことなので、「えっとですね」と優花里は早口に言った。 「キャンプなんかのときだと、できれば燃やした方がいいんです。紙は環境中に残ってしまうので。でもやたらと考えなしに火をつけると、山火事を起こしてしまうことがあるので、素人はやらないほうがいいです。だからつまり、穴ですね、穴掘って埋めればいいと思います」 「そっか、穴か」 「はい」 「んっと、んっんっ」  ごそごそとしばらく気配がして、やがてバサリとスカートを払う音がした。 「お待たせ。いいよ」 「はい……」  ようやくほっとして歩き出そうとした優花里は、並んだみほに右手を握られて飛び上がりかけた。 「にっしずみどの!?」  あわてて手を振り払おうとしたが、ぎゅっと握られている。「あっあのっ私、だめっだめです」と無理やり引き抜こうとすると、みほが顔を寄せて、「どうして?」と言った。 「どうしてって」泣きたい気持ち、ではなくて本当に泣けてきて、優花里は手を引き続ける。「私、手洗ってないです。だめです、西住殿」 「私も洗ってないよ。だからおあいこだよ」 「おあいこじゃないんです! 私の場合は――」 「わかってる」  はっと優花里は見つめなおす。みほが真剣に見つめていたが、ちょっと自信なさそうに首を傾けて、「わかってる――と思う」と言った。 「優花里さんは、おしっこのとき手で触っちゃうってことでしょ」 「そ――」息が止まりそうだった。「そう……です」 「ん。だいじょぶ、それでも」言って、優花里の手をにぎにぎして見つめる。「こういうときは、ね。ご飯の前だったら別だけど……」 「こういうときって言われてもですねえ!」  泣き声を上げて引き抜こうとして、固まった。 「好きだから」  みほが、なんだか拗ねているように地面を見ながら、つぶやいたのだ。 「私優花里さん好きだから、そういうの、いいの。優花里さんちょっと自分のそういうの気にしすぎだから。私優花里さんの体、体とか匂いとかいろいろ、好きだから。その……」  拗ねてるんじゃ、なかった。  自信がないのだ。自分が、あまり変なことを言いすぎているんじゃないかって。 「もっと、遠慮しないでほしいです……」  反応をうかがうようにちらりと見上げる顔が、あまりにいじらしくて可愛らしかったので。 「は……はい……」  優花里は、力を抜いて、手をみほに任せてしまった。  つないだ片手を目の高さに持ち上げて、みほが鼻を当てる。 「私の手は……いや?」  ぶんぶんぶん、と優花里は思い切り首を振る。「いやじゃないですきれいですっ」と力説する。 「そっか」ふわっ、かたい結び目がほどけたように、みほが笑った。「よかった」  ベンチに戻って座る。手はつないだまま。なんとなく会話はなくなってしまった。優花里は左を見る。トタンの大きな錆穴から道の先が見えるけど、遠くの水田で農機が動いているだけで、等間隔でならんだ電柱以外、立っているものは何もない。  右に目を移す。みほはむこうを向いていた。そっちの壁にもあつらえたみたいな穴が開いていて、やっぱり誰も歩いておらず、もちろんバスはまだまだ来ない。   サアッ、とまた車が通りすぎた。八十キロ近く出していそうだ。こちらに目を向けたとしても、顔もわからないだろう。  輝いていた正面の水田が、じわりと暗くなった。遠くの空で岩が転がるような音がした。  優花里は右手がひどく気になってくる。みほにしっかりと握りしめられた手。  手のひらは汗でじとじとだった。みほの指は細く柔らかいけれど、それを自分の汗で汚してしまうのが冒涜みたいに思えて仕方がない。なのにみほは離してくれない。しっとりと温かな手のひらを、はっきりと意志をこめて重ね続けている。振りほどきたいのに、その握り締めが無性に嬉しい。  そっと横顔を見る。何を考えているのか顔つきは少しぼんやりして、額に前髪が貼りついている。その額を指先で軽くぬぐうと、腕から甘酸っぱい汗が香る。大洗の白いセーラーの胸がゆっくりと息づき、肩は穏やかに低い。ずり、と片足を地面に伸ばす。スカートから伸びる白い膝には、車長席で軽くぶつけたピンクの打ち身。そのけがをした瞬間も自分は見ている。  リラックスした無防備なたたずまい。言葉にならない想いで胸が詰まる。頬の白い筋はさっき流れた汗のあとだ。それを舐めたい、という思いが浮かぶ。髪に隠れがちな小さな耳たぶを噛みたい。腕を回して抱きしめたい。  自分はすでにそれをやったことがあるなんて、とても信じられない。いつか見た夢を勘違いしてるんじゃないかと思えてくる。 「なに?」  不意にみほが振り向いた。明るい色の瞳が見つめる。  優花里は呼吸が止まってしまう。頭の中のいやらしい考えを見透かされたような気がした。罪悪感。目を伏せてしまう。小屋がますます暗い。  すると、歌うようなささやき声が耳に届いた。 「ゆーかーり、さん?」 「はい……?」 「いま、どんな気持ち?」 「えっ、と」焦りが出て、自分の髪をつまむ。「ちょっと……どきどきしてます」 「緊張、してる?」 「はい……いえ。なんか、信じられなくて……」 「何が?」 「西住どのが、いるってことが……」 「いるよ? 私」手のひらを、ぎゅっと。「優花里さんのそばに」 「はい……えふふぅ」変な笑い。嬉しくて。「いるんですよねぇ……」 「うん。――ね、あのね? 優花里さん」 「はい?」 「なんでそんな可愛いの?」  ぐっ、と顔を寄せられた。くすぐったくて首が縮こまってしまう。 「そんなぁ、私は――」  そのときいきなりパリパリパリドカーン! と空がぶち割れて、紫の閃光が電柱に突き刺さった。 「ヒーッ!?」  飛び上がってみほに抱き着くとゴロゴロと余韻が響き、さあさあという音が冷たい風とともに小屋に吹き付けて、バタバタバタッと激しく屋根を叩き始めた。アスファルトの土埃がばちばちとはじけ飛ぶ。ギャアギャアと鳴きながら鷺が飛んでいく。 「あ、雨……」 「夕立だ」  あっという間に空の底が抜けた。ゴーッと肌に響くほどの音を立てて驟雨がトタンの屋根を掃き、灰色の幕が周りの景色にかぶさった。  軒からばたばたと落ちる水滴の向こうで、ごうん、ごごんっ、と雷鳴がとどろく。「あっ、うあ」とさらにぴったり抱き着いていると、むしろおかしそうに、みほが言った。 「雷、苦手なんだ?」 「えっ、いえ、まあ」 「戦車の大砲の音は好きなのに」 「戦車で勝てないじゃないですか、雷さまは!」 「ふうん、あっ、でも」楽しげな声は耳のすぐそばで。「すっごく、いいタイミング」  はっと気づくと前髪どうしが絡んでいた。触れることすら気が引けていた、夏服に包まれた体が腕の中にある。  頬は、舌の届く距離だった。 「んむっ――」  優花里のほうからむさぼった。  のしかかるように顔をかぶせて、肩を強く抱いて鼻息も抑えずに。顔を上向けたみほがそのほかの体の力を全部抜いてキスを受け止める。握りしめた手だけは離さない。  ふむっんむっむむっ、と清らかな唇も嬉しそうにくねる舌も蹂躙する。白い健康的な歯並びを前歯から奥歯まで舌でこそぐ。喉が渇いて潤いが足りない。ひどくねっとりとしたこね回しになって、それでもみほはちっとも嫌がらず、優花里の背中に手をかけたかと思うと、ぎょっとするほど強く抱きしめてきた。 「んんいんっ……!」  歯に伝わってくる呼びかけだった。  舌を絡めて、舌をひっぱりあって。足りない唾液は相手の口から汲み出して。むぐむぐと、顔をねじりながらキスを続ける。キスしてる、という意識すら、ともすればかき消えた。もやもやと溜めこんできた、この人に近づきたい、触れたいという気持ちの純粋な噴出。胸の内の思いが堰を切って、降り注ぐ豪雨のように、お互いの呼吸となって肺へ流れ込んだ。 「っくっ、はぁっ……!」  酸素がなくなって思い切り息継ぎをしたが、指は深々と髪に埋めていた。みほのさらさらとした栗色の髪、優花里のふしゅふしゅの焦げ茶のくせ毛、どちらにも相手の指が入って、梳き混ぜていた。  半日の演習と炎天の外歩きで、汗と脂の染みついた髪。好きな相手の匂いをたっぷりと蒸らし込めた髪が、こんなに近くにあるのだから味わわずにいられるわけがない。そのさわさわの部分に、唇を離した顔をしゃにむに押し付けて、鼻の頭ですうすうと嗅ぎまわして、唇にからまる幾筋かを遠慮もなく舐め引いた。 「っしずみどのっ……!」 「ふあう」  互いのうなじに吸い付くようにして首と首を絡ませて、優花里は抑えていた言葉をようやく口から出す。「好きですぅ……!」 「んっ」ぢゅうぅ、と優花里の首に噛むようなキスをして、みほが口走る。「わたしっ、も」。 「西住どの、西住どの、西住どの……」  後ろ髪に隠れて誰もふれるどころか、見ることすらかなわないみほのおくれ毛のあたりを、優花里はちゅむちゅむといじましく吸い立てる。 「はあぁぁ……食べちゃいたいですぅ……」 「た、食べてよ、優花里さん、食べて」  ぐいぐいと頭を入れてくる優花里に押し負けて、のけぞりながらみほが声を震わせる。 「食べてほしいよ、優花里さん。いつも待ってるんだよ。遠慮ばっかりして……」 「だって、だって西住どの」 「優花里さんって戦車なんだから。硬い殻に閉じこもって、じっと外をうかがってて。なかなか撃ってくれないんだから。私、待ちくたびれちゃうよ……」 「う――撃ちますよ私だって! ひっ?」  突然悲鳴を上げて顔を上げたのは。  みほが、優花里のスカートに手を触れたから。  スカートの前をむっくりと持ち上げた、下着の中のものに手のひらをかぶせたから――。 「これ」  みほが熱くささやいて、丸い先端をさわさわと撫でる。 「優花里さんの、これ。私には隠さなくていいんだよ……?」 「ああああ」  片腕でみほに抱き着いたまま。  敏感な部分のジンジンとした心地よさに縛られて、優花里は動けなくなってしまう。 「戦車な優花里さんの、ひみつの大砲……」キュッ、と握りしめてみほが微笑む。「わ、かたぁい」 「に、し、ず、みどの……」 「がちがちだよぉ……えっちな気持ち?」 「ふっ、ふいっ」早くも、甘えるように無力になってしまって、こくこくとうなずく。「えっちな、きもちです……っ!」 「ふふっ、優花里さん、えっちな優花里さん……」くしゅくしゅくしゅ、と握力をほとんどかけずにしごいて。「きもちいいの?」 「っ、きもちいいですぅ……!」  ざんざんと雨は続いている。ごろごろと雲は低く鳴り響き、シャーッと水を跳ねて車が通り過ぎるが、その色もわからない。土砂降りの中にぽっかりと空いた、小さな穴倉みたいな暗いバス亭小屋で。誰も来ないのをいいことに、栗色の髪の少女が、焦げ茶の髪の少女のスカートをやさしくまさぐっている。 「ねえ、優花里さん、優花里さん?」 「はひ……」 「私ね、優花里さんのこれ、初めての時から、ずっと好きだよ」 「そんっ、な……」 「可愛くて。おねがいおねがい、って言ってるみたいで。優花里さんのきもちが、すっごく出てて」 「きもち、って……」 「引っこみがちな優花里さんも、ここだけはとっても素直で。キンキンにとんがって、でも触るとあったかくて。それで……さわさわすると、優花里さんとっても喜んでくれて」 「へああぁん……」  みほの肩につかまった優花里の背中は、落ちる寸前の吊り橋みたいにたわんでいる。際限なくさわさわとしごかれて、腰がとろけそうになってお尻を後ろへ引いている。スカートの前は消臭スプレーの缶が入ってるみたいに高々と持ち上がって、もうあと少しで先っぽが裾から飛び出してしまいそうだ。  愛犬の頭を撫でる飼い主みたいなやさしさで、みほがそっとささやく。 「きもちいい?」 「ひんっ!」 「言って?」 「きもちいいですっ」 「すごくいい?」 「はいっ、しゅ、すごくいいれすっ」 「もっと言って。何度も言って。聞かせて、優花里さん」 「きもっ、きもちっい、いひっ、んっ」先の丸みをすっぽり包まれて、ぐりぐりぐりとこねられて。肩をびくつかせ、つま先をカタつかせる。「きもちいい、きもちいい、きもちよくて溶けそうれす、死にそうれすにしずみどのぉ!」  涙顔で訴える優花里に、ぞくぞくぞくっと鳥肌を立てて、「かわいい、かわいいよぉ、優花里さん……!」とみほが頬ずりした。  手つなぎを離して左手でぐいっと腰を抱き寄せ、夏服に包んだ体をしっとりと押し付けて、「出るとこまでしちゃって、いい? 優花里さん」と耳元にささやく。 「はっ、ひゃい……」  快感と期待でわけがわからなくなりかけている優花里が、幼児のように他愛なくうなずく。 「わかった。――パンツ、きついよね」  スカートをかき上げて太腿をあらわにする。薄いショーツが中から突き上げられてピンピンに突っ張っている。汁気が丸くにじんだ先端に指をかけて、クイと引き下ろすとビンと反り返ったものが跳ねた。完全に皮がむけてつやつやに張り詰めた、ラズベリー色の果肉のような先っぽが雨空を指す。  みほが目もとをほのかに染めて見つめる。 「こんにちは、優花里さん。――いい?」 「あっ、だめ」 「さわるね?」 「だめ、だめで――」  じかに見られた、という羞恥を、じかに包まれる快感が押し流した。 「はあああぅ……」  ――西住どのだめですきたないです汚れちゃいます指、可愛いきれいな指が私の私のそんなところに直接ぎゅって、ぎゅってさわさわしてコリコリしてなんてやらしいやさしいきもちいい、やさしいです素敵ですそのキュッて挟むのキュッキュてするの、あっもう一度キュッてしてあっ先っぽふにふに、ふにふにすごくジンジンしてでもそこじゃなくて根本のとこ、もう一度キュッてしてもう一ああっ! それっそのキュッがすごくあっ西住にしずみどのそれっそこっ、 「――ここキュってするの、いいんだ?」 「はいいぃい……!」  思い切りうなずいてしまって情けなさで頭の中がどろどろになって、それでもどうしようもなく気持ちよくて、スカートをぐしゃぐしゃにして尻をびくびくともぞつかせた。  ゆったりと手首が上下に動き始めると、まっすぐ座らされたばかりなのに、たちまちまた斜めに崩れてしまう。恥ずかしさで閉じ合わせていた両膝を、次第にあられもなく開いていき、優花里は真っ赤な顔をみほの肩に預ける。  くし、くし、くしとしごかれるに連れて根元を張り詰めさせ、えらを硬くして、先端からちぷちぷと露をこぼし、「あふれてきたよ……」とささやかれると、いやいやをして半袖のすそを噛んだ。 「は、恥ずかしいですぅ……!」 「こんなに大きくなって、真っ赤になって……それでも死ぬほど気持ちいいんだ?」 「はっ、はい、はひっ」 「不思議だね……」  抱き着くというより、溺れかけの人みたいにみほの体にしがみついて、自分の下半身から目を背けながら、優花里がかすれ声をこぼす。 「なんでか、こうなんですっ。に、西住どのを想うとっ。ごめ、ごめんなさぁい……!」 「いいよ、優花里さん。いいの。大好き、優花里さん。ね? 私いやがってないよ」 「はいっ、はぁ、くぅぅぅ……!」 「苦しい? つらい?」 「ちがっ、くて」苦しげにふるふると首を振る。「いい、いいんですっ、そ、そのまま、そのまま速くっ」 「そんなに気持ちいい?」  もう、優花里は答えられない。両足の爪先を内向けてピンと突っ張るように伸ばしていき、ひっひっと細い息をしながら、みほの肩にむやみと頬ずりするばかり。 「もう出ちゃいそう? びくびくーってなる? うんうん……必死なんだね、優花里さん。言葉、わかんないんだ」 「ひっ、ひぃんっ、んっ」 「すごいね、可愛いね、優花里さん――」ぎゅっと目を閉じてぶるぶるとこらえる優花里の頭に、みほは深く口づけする。「いいよ、優花里さん。撃っちゃって。いっぱい、いーっぱい、気持ちよくなってね」 「ひ、ひくっ、んっ、んぃぃっ!」  歯を食いしばった優花里が、しがみつく手に力を込めて、全身をぎゅうっと石のようにこわばらせた。 「ぐっ――!」  びゅっと白い線を撃ち放つ。みほの手の中から雨の中へ高く。  快感が優花里の脳天に突き刺さって意識をひっさらう。スニーカーのかかとを強く地面に食い込ませて、びくっびくっと激しく尻を跳ね上げる。焼けた鉄みたいに硬くなったこわばりが、指の輪を何度も何度も貫く。一日の暑さで濃厚に煮詰められた少女の精力が、止めどもなく辺りに吐き散らされた。 「すごいよぅ……」熱っぽく目を潤ませたみほが、はぁはぁと曇った息を漏らす。「優花里さん、すごい量。こんなになんだ……んっ」  暴れる優花里の先端が手のひらにぶつかり、そこでも遠慮なくびゅっとしずくを吐き出した。ほんの少し眉をひそめただけでみほはそれを受け留める。やたらと動いて指の腹や指の股にまでぬらつきを塗りこんでいく優花里の幹を、おとなしくなるまで手で包み続けた。 「はぁっ! ……ふ」  最後に思いきり腰を突き出した優花里が、数瞬ふるふると硬直したかと思うと、魚雷で大穴を空けられた船みたいに、どっと体を沈めた。はーっ、はーっと全力疾走のあとのような荒い呼吸をして、全身くたくたになってみほにもたれる。 「……おつかれさま」  絶頂後に一気に立ち昇った汗の匂いを楽しむように、みほが優花里の肩をすうっと鼻で撫でた。  短いあいだ、意識が真っ白になっていた優花里が目を開けたのは、ぽん、ぽんと肩を叩かれるのを感じたからだった。みほが赤ん坊を寝かしつけるように左手でやさしく叩いてくれている。右手は顔の前に掲げて、絡み付いた白い粘りをしげしげと見つめていた。 「う……あ」  けだるい体に力を込めて、優花里は身を起こそうとした。ポケットからティッシュを取り出して、みほの右手をつかむ。 「す、すみません、すみません、こんな……」 「いいよ、優花里さん」 「だめですっ!」  酸でも浴びせてしまったみたいに、手を取って必死に拭いた。自分だけはよく知っている、激しい興奮の後のいつもの自責の念がずっしりのしかかって、泥の中に身を投げたくなっていた。 「私いつもこんな……自制しようって、せめてうまくしようって思ってるのに、西住殿に触っちゃうと、すぐだめになって……今も、かけたいって思って。わざと、わざと手にぶっかけてました。すみません、すみません……!」  謝り続けながら指の一本一本を執拗にぬぐっていると、「優花里さん……」と困ったような声がした。 「何べんも言ってるのにな……私、優花里さんのなら、いやじゃないんだよ」 「そんなはずないでじゃないですか」ぶんぶん、と強く首を振る。「私、女の子なのにこんなのついてて、こんなぬるぬる出しちゃって……こんなのかけられたら、いやに決まってます。気持ち悪いのが普通じゃないですか」 「あのね、優花里さん。――あの、もういいから」  手を引き抜くと、涙目の優花里の顔を覗きこんで、みほが語りかけた。 「私ね、こういうこともあると思ってたから」 「こういうことって……」 「戦車道やってたら、あれのついてる女の子に会うこともあるってこと」真面目な顔でうなずく。「私が言っちゃだめなんだけど、戦車道ってやっぱり激しい、厳しい武道だよね。やさしくておしとやか、って言うよりは。だから、普通とちょっと違う、男の子みたいな子もいるんですよ、って昔から教わってた。そういう子が何を考えてるのか、どういうことをするのかっていうのも、ちゃんと習った。だから、優花里さんが言うみたいに、変だとか気持ち悪いなんて、思わないよ、私」 「西住どの……」優花里は顔を上げる。「じゃあ、気構えはできてたってことですか」 「気構えっていうか……どっちかというと、身構えちゃってたかな。そういう子が、ゴリラみたいにごつくて乱暴な子だったらどうしようって」 「ゴ、ゴリラ?」 「うん。男の子みたいって、そういうことかなって。でもね、優花里さん、聞いて?」  優花里の脇に手を入れて身を起こさせながら、みほは微笑んだ。 「びくびくしてた私が、初めて会ったそういう子は、全然違ったの。素直で、元気があって、すごく頼りになって……とってもかわいい子だったんだよ!」  優花里はぱちぱちと瞬きする。ゆっくりと、喜びが湧いてきた。 「西住どの……」 「私より戦車道が好きな、私が好きな子が、そういう子だったの。だから私はまた戦車道が好きになれたし、その子をもっと好きになれたの。優花里さんがそういう子でよかった。優花里さんはそういう子でいいんだよ」みほはにっこりとうなずいた。「ほんとだよ」 「うう……西住どのぉ!」  優花里は両手を広げてみほに抱き着いた。 「嬉しいです、西住どの。そこまで言っていただけて。私、もうほんと、なんて言ったらいいか……」 「嬉しい? じゃあ、私の言うこと、聞いてくれる?」 「はい、なんなりと!」 「そっかぁ。じゃあ、あのね? ――気持ちよくして」  優花里ははっとなって、「西住……どの?」と顔を離す。みほは背を向けると、コンビニの袋を手探りして、何かを取り出した。  ラップされた小さな紙箱を両手で挟んで、恥ずかしそうに顔の前に掲げる。 「……実は買っちゃってました」 「こ、これは……」大人のゴム。優花里は目を丸くする。いつの間に――。「あっ、さっき雑誌読んでたとき?」 「はい」頬を染めてうなずく。「今夜いるかな、と思って……」 「て、手回しがいいですね」 「だって優花里さんこういうの持ってないじゃない」もじもじと言ってから、外に目をやる。「雨も、まだ止まないし」 「ここでですか!?」 「うん――あのね優花里さん?」急に顔を上げてみほが迫る。「優花里さん私のこと可愛いとかきれいだとか言って、自分だけやらしいみたいに言うけど、私だってね? あんなにキスしたりえっちなことしたりしたら、自分も、その」 「したく……なっちゃいました?」 「なっちゃいました……」真っ赤な顔でうなずいて、みほは上目遣いに言う。「せ、責任、取ってほしいな」 「西住どのぉ……」  優花里は興奮に息を詰める。童顔のみほが肌を熱くして、夜の小箱を差し出している。頭の中の自制心の線が、七本ぐらいまとめて切れた。しゃにむにもう一度抱き締めてキスをした。 「ふわっ、ぷ――ゆはり、優花里さん。まだ、できる? さっきしちゃったけど、またおっきくなる……?」 「なりますよぉっ!」  なるに決まってるでしょう、と叫びたいような気持ちで優花里はみほをまさぐった。両手で前と後ろから太腿とお尻に触れると、「ひゃっ」と一瞬だけ跳ねたみほが、すぐに「んっ……いいよ」と目を泳がせた。 「今度は優花里さんがさわって……いっぱい、さわって……」  みほの腰回り、太腿、脚。どちらかといえば細身のみほだけど、体育会系のしっかりした体付きではなく、ふわっと柔らかい肉がついていて。戦車の装填手席で優花里が一番目にしているあたりだ。伏し仰いですがりつきたいような崇敬がある。そこに触れてと頼まれている。  欲情を隠すことなく、内腿のスカートに隠れるあたりをきゅむっと握って、一番奥へするりと撫でた。生温かい下着がくしゅりと触れてピクッと震えが指に伝わる。お尻のほうでは踏んでいるスカートを引きずり出して中に手を入れた。尻の下にまで手を押しこむと、思った以上に下着が汗を吸っていて、指を広げて揉むとぐっしょりと湿り気がにじみ出した。 「西住どのもけっこう汗かくんですね……」口づけの合間に、肩にのしかかって優花里はささやく。「そんなにかかないと思ってました」 「だ、だって優花里さん触ってたら、どきどきして、熱くて」 「嬉しいんですけど。私、西住どのの汗だったら、全部なめちゃいたいです――」 「そ、そんなえっちな、ひっ、んんっ」  まるで骨盤から脚までの骨格を確かめるみたいに、優花里は両手でみほの下腹部の前と後ろを撫でまわす。むっちりとした後ろ尻の丸みを揉んだり、どこよりも秘密のはずの股間深くを細かく撫でたりする。  それだけでなく、ショーツの上縁が横切っているふかふかした下腹を、手のひらでそっと押し回したりした。 「ゆ、優花里さぁんん……」膀胱のそのまた奥を狙うような、優花里のじっくりとした揉み方に、みほが戸惑いと喜びの混じった声を上げる。「そこ、何してるの……何してるのぉ……?」 「わかるんですか?」思い付きでやっただけで、効き目があるとは自分でも思っていなかった。「一番大事なとこですから、ごあいさつ、って思って……」 「なんかじんわりくるぅ……」くんなり溶けたみほがもたれかかってくる。「も、どうにでもして……なんかして、優花里さん、は、はやく」  確かめる必要もなかったが、腹からショーツの中へ指を進めると、秘部と座面に挟まれたあたりは、行き場のないぬめりで水溜まり状態になっていた。染みになる前にスカートを後ろへ引き抜くのが間に合ったかどうか、あとで確かめないとと思ったのはほんの一瞬で、今はもう優花里にそんな余裕はない。  完全に受け入れOKになったみほの様子に、自分のスカートの前も、まためくれ上がりそうになっていた。 「つ、つけます」  もどかしく小箱から中身を取り出す。実物は初めてだけど前に好奇心で使い方を見たことがあって、その時の自分の下心にいま心底感謝した。でもスカートの中でごそごそやって、くるくるとうまくつけられたのは奇跡みたいなものだった。  はさりとスカートで、まだ隠す。雨は続いているけれど、もうさっきみたいに激しくない。今のところはまだ誰もいないけれど、前方の水田に農機でも入ってきたら見られてしまう。お願いだからこのまま誰も来ないで――。  目の前の光景を、立ち上がったみほがひらりと遮った。 「西住どの――」  優花里の前に立って、両肩をつかむ。ベンチの座面に右、左と膝をついて、またいでくる。  鼻先にきたスカートの中から、動きに合わせてふわりと甘く潮が香る。めくらなくても、中にもう何もはいていないとわかった。横手に残されたコンビニの袋から、押しこみ切れなかったくしゃくしゃの布が覗いている。  薄灰色の空を背にしてそびえたみほが、いやに目を輝かせて言った。 「私、好きにしていい?」 「好きに――」 「今日は、よくなれそうな気がするの」   まだ二回しかしたことがない。以前は二人とも勢い任せで、ことを済ませるのに必死だった。最後に外に出そうと気にかけていて、集中できなかった。  今は――こんなところだけど――なんだかすごくうまく行きそうだった。これまでよりも格段に気持ちいいし、準備があるし、楽しい。 「――はいっ!」  優花里は心からうなずいた。 「出して、優花里さんの……」 「は、はい……」  ささやきに合わせて、優花里はスカートをかきあげ、反り返りを取り出す。薄いゴムでぴっちりと覆ったはずのそれがどんな風なのか、目で見るより先にみほのスカートが覆いかぶさる。優花里は少しほっとする。これなら誰にも見られない――。 「手でまっすぐ、立てて……」 「はい」 「動かないでね?」  ささやきとともに、ぬるっと柔らかいものが先端に触れた。 「ん……」  みほが目を閉じる。つかまった優花里の両肩を支えにして、小刻みに尻を前後させる。それに合わせて、ぬる、ぬる……と優花里の先端がなぶられる。  少し前に言われたことを思い出して、口に出す。 「西住どの……先っぽ、きもちいいです」 「ん、私もだよ。……ここ、かな」  みほが動きを止めた。優花里の屹立に、ぐっと力がかかった。 「はっ……あぁ……」  優花里は、息を詰めてみほの顔を見上げていた。自分の意志で優花里のものを呑みこんでいくみほ。ぬるぬると、きつく温かく締め付けていく、誰にも見えない部分のつながりを、確かに感じているはずのみほ。  その眉間に、んっん、としわが寄って、でも確かに、うっとりと喜び始めているように見える。 「入る……優花里さんの……」 「は、入って、ます」  スカートの中は自分たちにも見えない。けれども何よりもはっきりと感じる。みほのためらいがちの挑戦。きゅぷ、きゅぷ、と少し飲みこんでは戻りながら、一回ずつ着実に深くなっていく結合。 「優花里さん」耳元で、声音をなくしたかすれ声がする。「かたい。つやつやで、かわいい。私の、中を、ちょっとずつ広げてて」 「西住どの、い、言わなくても」 「言いたいの、言わせて」ふさぁ、っと髪に頬ずりされる。「優花里さんも言って。一緒に、気持ちよくならせて。優花里さんのね、きもちいい。ここ、ここに当たって」  みほがぐい、と腰を進める。きゅく、きゅく、と優花里の先端のえらが、内側のくびれでこすられる。 「これっ――きもち、いいの……」 「にし……」  言葉にならない。声を殺して腰を動かすみほの、全身から艶やかさが滴ってくる。優花里は両手をスカートから出してみほのお尻に回す。丸みの下半分を包み支えて、動きを助けるように動かす。  ぬぷんっ、と半ば以上呑まれた。みほの入り口が優花里の幹の半ばをぴったりと締め付け、その先の肉厚の壁が、きぅきぅと引くように甘えてくる。  それでも、奥はもっと心地よさそうな気がする。みほの尻がまだ浮いている。手に力を加えたくて、ぶるぶると震える。 「西住どの――」はくはくと口が動いてしまう。「つ、突いて、突いてもいいですか」 「まって」 「突きたい、突きたいです」 「まって。わかるけど。優花里さんさっきよりすごい、キンキンになってる」  きゅ、と少し強くくわえたみほが、じりじりと腰を下ろし始める。 「入れてあげるから――待って、少しだけ待って、ね?」 「うっ、ううううっう――!」  一ミリずつの挿入/呑み込みがもどかしくてたまらない。優花里は暴れ出しそうな手を、みほの背中へずり上げて抱き着いた。胸にぐりぐりと顔をこすりつける。どっどっとびっくりするほど強い鼓動を感じる。 「おく、奥まで入れたいですぅ!」 「そんなに、なんだ。――うん、優花里さん」首に腕を回されたかと思うと、ふわぁっ、とみほの全身がのしかかってきた。「お、奥――だよ……」 「かっ……は――!」  自分の太腿にべったりと尻が乗って、あれの根元が密着するまで呑みこまれたのを感じた瞬間――優花里は喉の奥から降参の吐息を漏らして、思い切り撃ち放ってしまっていた。  どくんどくんどくんどくん、と脈動が飛び出す。大好きなみほの体の一番奥で。中で出すのも、ゴムをつけるのも、どちらも優花里は初めてだった。だからそれは、直接出しているのと何も変わらなかった。  ――西住どのごめんなさい好きです受け取って――!  お尻に両手をかけて力いっぱい引き付ける。こらえていた分、すごい勢いでほとばしった。「はぁ、はぁぁ、はわぁぁ……」と開けっぱなしの口から胸に息をかける。優花里は歯止めのきかない新兵みたいに撃ちまくってしまった。 「んっ……!」  びくん、とあれが跳ねた瞬間、みほも暴発に気づいていた。優花里がさっき出したとき同じように、体を石みたいにこわばらせながら、びくびくと跳ねてくる。お尻を引き付けて離してくれない。  ――ゆ、優花里さん早いよぉ!  思いながらも、受け入れていた。優花里がまだほとんど童貞と変わらないことは、最初からわかってる。自分だって何をどうすればいいのかさっぱりだ。きっとこれも二人で何度も練習しながらうまくなっていくんだ。  ――つながってるだけで、いいや……。  優花里の体の中で一番好きな肩をしっかりと両腕で抱いて、今はつながりだけを感じようとした。まだ完全には燃え盛っていない下腹の奥で、優花里が何度もしゃくりあげているのが確かに分かった。  ――出してる……。  体より先に心が達する。いま自分たちはちゃんと一つになってるんだと感じて、みほはすくめた肩を震わせた。  逆に優花里の心には、また戸惑いと情けなさが湧き出していた。不完全な絶頂が過ぎるとすぐ、自分のしてしまったことが思い浮かぶ。みほは好きなようにさせてと言ったのに、待ちきれなくて自分だけ勝手に気持ちよくなってしまった。 「西住どの……」合間にはあはあと激しくあえぐ。「す、すみません、今……」 「うん、来てた」みほが穏やかに答える。「優花里さん、気持ちよすぎたんだね」 「はい、でも」優花里はぐっと息を呑みこむ。「私まだ、全然――」 「え……?」  みほは不思議なことに気づく。さっきは出してからすぐに手ごたえをなくしてしまった優花里のものが、今はなぜかちっとも存在感を失わない。自分の中でくっきりと形を誇示し続けている。 「ちっちゃく……ならないの?」 「な、なりません、なれません」優花里が必死に首を振って、みほの胸元から覗く鎖骨に鼻をこすりつける。「西住どのとこんなにしっかりつながってるのに、やめちゃったりできないです。お願いです、まだやめないで」 「……そうなんだ」  くすっ、と思わずみほは笑ってしまった。優花里も、あのぬるぬるを出すことそのものよりも、自分とつながっているのが嬉しいんだ。 「やめないよぉ、優花里さん」  尻を持ち上げると、ぬるるるっ、と粘膜の滑る感触がした。そこの感覚がすっかり高まって、何をどうすればいいのかどんどんわかってきた。 「私も、気持ちいいもん。っは、あっ。えっちが、わかってきたもん……あは」  ぢゅぷ、ぢゅぷ、ぢゅぷと何度も腰を浮かせては降ろす。ずちゅ、と根元まで呑みこんでからぐりぐりと尻をひねる。ぬめりが優花里の根元まですっかり覆いつくしていて、初めての時のような痛みやひきつれは、もう全然感じない。ただそれの熱さと気持ちよさだけを味わえる。 「あ、あ、これいい、ぐりぐり、来るっ」ちゅっちゅっ、と小刻みに押し付けてから、きゅーっとものすごく締め付けてしまった。もう太腿の内側までべとべとになっている。優花里のスカートも汚してしまったかもしれない。「ごめん、いま私、すごくえっちで。止まんない、んっ」思いきり奥まで呑みこんで硬さを味わいながら、ふーっともしゃもしゃ髪に目いっぱい熱い息を吹き込んでしまう。 「西住、どの」  優花里も喜びと心地よさを覚えている。みほがこれまでに輪をかけて激しく腰をひねり、胸をあえがせて、もたれかかり、下腹をこすりつけてくる。気を使った演技なんかじゃない。本当に気持ちよくなってくれている。 「なってください、もっとなって。ん、んふ」胸の谷間に思いきり抱きすくめられて息が詰まる。それすらも嬉しくてたまらない。みほにこんなに激しく抱きついてもらえる人なんて、他にいない。 「これ、この動き、このまま――」  ぐうっと呑みこんで、こりこりっと押し付けて。腰を浮かせてからまた深々と呑みこんで、ぎゅっぎゅっと締め付けて。その大きな、ややゆっくりした動きがみほは気に入ったみたいで、何度も何度も繰り返す。 「これ、はぁ、はぁ、これっ……! これ、優花里さん……!」 「はいっ」  優花里はまたみほの尻をつかんで、今度こそみほ自身のペースに合わせて、上下させてやる。「うんんん……!」と細く高い声をみほが上げる。「あ、ありがと、それすごくいいよぉ……!」  自分の手に、肩に、しっかりとみほの体重がかかってくる。膝立ちの疲れる姿勢を優花里が支えてやったから、ずっと楽に味わえるようになったみたいだ。自分の腕肩がみほを支えられることが、何よりも優花里は嬉しい。このためにみほの右側にずっと座ってきたんだ、と思う。 「優花里さん、優花里さっ」舌を出してあえぎながら、うつろな目をしてみほが繰り返す。「好き、優花里さん、好き。私ね、あのね、優花里さん、ね」んっんっ、としつこいほどこめかみにキスして、今初めて打ち明けるみたいに、みほがささやく。 「大好き。すごく好き。すごく、すごく、すっごく――」  はい、と言葉にする代わりに、優花里は深々と呑みこまれた自分のものを、思いきり気持ちを込めて硬くした。はりつめきったものが、じぃぃん……とぶるぶる震えて、体の奥に答えを伝える。 「あっ、うんっ! 優花里さんっ、うんっ!」  大きくうなずくとともに、みほがあごを上げて、ぐいっ、ぐいぃ……っと弓なりに背を反らせた。 「あっ……!」  みほの全身の筋肉が、引き絞られたようにぎゅうっとこわばった。こちらを押し潰しそうにのしかかってきた体の内側で、びくびくと見えない脈動が駆け巡るのを、優花里ははっきりと感じ取る。  ――西住どのっ……!  ぶるぶる震える体を優花里は声もなくしっかりと受け止める。 「――ぁあ、あ、あ……」  長い長い一瞬、ひきつりながら震えていた体が、やがてくんなりと柔らかくなり、どさりと崩れた。 「は、は、は、は、はぁっ……!」  脱力したみほが、激しく息を付きながら優花里に身を預ける。力を出しきった四肢が弛緩して、全身の肌から汗が噴き出している。元から湿っていたセーラーとスカートが、まるで雨でも浴びたみたいにぐっしょりと湿っていき、額に、頬に浮かんだ何粒もの汗の玉が、あごへ滑って優花里の襟に染み込んだ。 「ご、ごめ、ゆか、さ、わた、も」 「……いいえ」  優花里はやさしく首を振って、取り出したハンカチで上気した顔を拭いてやった。 「嬉しいです。西住どのが私とひとつになってくれて」  蒸発した粒子が目に見えそうなほど濃くて甘い汗の香りが、つかのまバス停小屋に満ちあふれる。  やがて雲間から差しこんだ光の最初の一筋だけが、唇を重ねる二人を照らした。  キキーッ、とブレーキを鳴らして止まったバスに、優花里が乗り込んだ。「西住どの」と差し出された手を握って、みほが続く。  乗客は前の方に数人だけ。二人は後部の席に並んで腰を下ろした。全開のエアコンの風が頭の上から吹き付る。ぶおん、と揺れてバスが走り出す。  足元にリュックを置いた優花里は、窓から外を眺める。農村の明るい景色が素晴らしいスピードで流れていく。  それがなんだか、寂しかった。  隣でみほが携帯をかけ始める。 「もしもし、あっ、沙織さん? うん、そうバス。いま乗ったとこ。間違えてないよ、本数がなかったの。そっちは、あっもう乗せるとこ? いいよ、そのまま戦車全部乗せちゃって。こっちも出港までには戻るから。大丈夫、間に合うと思う。うん、お願いね」  みんなには心配をかけてしまったみたいだ。待っている仲間のところへ戻れる。それは嬉しいことなんだけど。  電話を切ったみほが、「みんな待ってたって」と笑うのを見ると、急に気持ちが募った。  両手を肩に伸ばす――。 「優花里さん?」  見つめられて、手が止まる。屈託のないみほの顔。まるで、さっきのことなんかなかったみたいな。  優花里は気持ちが萎えそうになってしまう。  でも、思い切ってそのまま肩をつかんで引き寄せた。 「ひゃ?」 「え、エアコンが! 寒いですから!」  目を閉じてぎゅうっと抱き締める。すると――。 「……いっぱい、汗かいたもんね」  そっと体に回された手が、自分よりも強くぎゅうっと抱き締めてくれた。 「西住どの……」 「バスにして、よかったね」明るい色の瞳が、二人だけの意味を込めて微笑んでいる。「ちょっとだけ、帰りたくないかも」 「……私もですぅ」  どっと安堵が湧き出して、優花里はみほの体を抱きしめなおした。 「でも、そう言ってもらえたら、大丈夫です!」 「そうだね。えへへ……帰ったら一緒にお風呂はいろ、ね?」 「はい!」   (おわり)