優花里さんのいた一週間


　　　にちようび

　後ろ頭をさわさわと包まれて、目が覚めた。
「んん……くふ……ふー……」
　鼻を軽く当てて、すうすうと嗅いでる。バスケットボールを持つみたいに両手で撫でてる。くすぐったくて、きもちいい。髪に染みこむ息の湿っぽさも、きらいじゃない。
　優花里さんは私の頭が好きみたい。形とか、手ざわりとか。
　変なの、と思うけど、お互いさまかな。
　背中から来た手が私の腕をさすって、おなかにまわる。そっとおへそに手のひらを当ててくる。ふに、ふに、と円く撫でる手ざわりがとってもやさしくて。じんわりとしみ込む手のひらの熱さが、とっても心地いい。
　そうして、それはもやもやしてくる。
　ほしいってきもちを意識する。優花里さんが私をほしがってる、きもち。おなかをむやむやと揉む指使いでそれがわかるし、うなじにふむふむと当たる唇の感触でもそれがわかる。
　それに後ろからふんわりと身体が貼りついてくる。
　背中に胸の先っぽが当たって、お尻がふにっと腰の骨で押されて、膝かっくんみたいに膝が重なって。ほしがってるのが体全体に伝わってくる。
　そうするとすごくどきどきして、体がそわそわモードになる。
　身体のくぼんだところや先っぽが火照ってきて、しっかりさわられたくなるモード。
　優花里さんのおなかマッサージは、やっぱりおなかに効いてきて、腰の深いところに何か硬いものが生まれたみたいな、違和感が出てくる。
　意識しちゃうと、むずむずになる。じりじりするみたいな、もどかしいみたいな。
　さわってほしい。でもおなかの下のほうなんて、気軽にさわれないし。
　それと一緒に手の指先もほんわり熱くなって、しんしんしてくる。こっちはさわっても、さわられてもいいところだから。
　おなかにそっと重ねて、ぎゅっと握った。
　優花里さんの手。私より指のしっかりした、器用な手。
　すぐに指が絡む。ぎゅっと握り返される。それから、親指で指の付け根をこしょこしょされて。ほどほどの強さで、きゅきゅっとはずむようにつかまれて。
　おはようございます、だ。
　それに、だいすきですよ、かな。
　指のサインはきもちがくっきり伝わってくる。
　すごくえっちだと思う。
「はぁ……」
　きもちがバターみたいに溶け始めて、思わず声が出ちゃって、この手でいっぱいして、って言いかけたけれど。
　そんな私のうっとりを笑い飛ばすみたいに、いきなり勇ましいマーチが鳴り始めた。
「ひゃっ」
「わ」
　優花里さんの携帯。目覚ましの曲だ。ジョニーのなんとかいうやつ。
「あ」
　引きとめる間もなく指が抜けて、優花里さんが曲を止める。
「あははー、時間ですね、みほどの」
「えっ、優花里さん……」
「だめですよっ、今日は遅刻するわけにはいきません」
　名残惜しくて振り向いた私の髪に、ちゅっと一度だけキスして、優花里さんは勢いよく身を起こす。床に降りてさっさと着替え始めちゃった好きな人の後ろで、私は急に身を包んだ朝の冷気にびっくりして、小さくなっていた。
「はううう、寒いよぉ……」
「動けばあったかくなりますよ。そうだ、走りましょう！」
「うえっ？」
「外、軽く一周。みんなと会う前に二人で。ジョギングデートですよ！」
「デート」
　その言葉につい反応して、ぱっと起きちゃった。優花里さんはえへへって顔をしていた。
　昨日、学園艦が入港したから、今日は一日みんなと陸に上がって遊ぶ約束だ。二人で動けるのは今だけだし、それに優花里さんは走ったら朝ご飯作ってくれるって言う。
　だから私も気が乗ってきた。着替えて顔を洗う。
「行こうか、優花里さん」
「はい！」
　笑顔いっぱいの優花里さんと表へ出ると、さっきまで一緒にいたあったかいお布団のことも、頭から消えていって、また帰ったらすればいいよね、ぐらいの軽い気持ちになったんだ。
　そのときは、あんな一週間になるとは思わなかったんだよ。
　
　
　　　げつようび

　
「新入生……体験？」「搭乗会、ですか？」
「そ。学校見学の一環」
　学園艦の生徒会室。椅子に腰かけてえらそうに足を組んだ角谷会長が、干し芋を振り回す。
「来年大洗の高等部に入ってくる子たちに、今から戦車道の何たるかを教えてあげるの。うちら今年はがんばっちゃったからねー。いっぱい来るよ？」
「それは……いい考えだと思いますけど」「そうですよね、来年は三年生が卒業しちゃうから、戦車も余りますし」「いつやるんですか？」
「今日」
「今日!?」
　私たちはびっくりして声を上げる。会長はいつもみたいにあっけらかんと言う。
「そっだよー。昨日の上陸日に体験搭乗の子たちが陸から来たからね。今日の夕方には連絡船で帰っちゃうから、その前にやることにしたんだ。合わせて中等部のほうにも連絡回したから。その子ら乗せてあげて」
「えっ、でもそれなら、お出迎えの準備とか、戦車の割り振りなんかは」
「あーいいよいいよそういうのは。来た子から順番にポイッと乗せてガーッとそこら走ってくれれば。べっつに試合するわけじゃないんだしさー、簡単でしょ西住ちゃん？」
「ええ、まあ、それなら……」
「決まりだね！　あっでも四時までには済ませてよ。そのあと次期副隊長決定会議するから」
「ふぇっ!?　次期？」
「副隊長ね、河嶋の後釜ってことよ。これは再来年の隊長選びにも関係してくるからねー、よく考えないと」
「あの、新入生乗せた後にそれっていうのは、ちょっと……。明日じゃいけませんか？」
「ダメダメ。明日は、その決めた次期副隊長の育成入るから」
「えーっ!?　そんな、いくらなんでも」
「十二月だよ西住ちゃん？　なんでもパパッとやっていかなきゃ！」
「は、はあ……」
　なんていうか、さすが会長だなあっていうか。
　思い付きで次から次へと仕事を作って来るのがすごい。すごいけど……。
　これは大変なことになりそうだぞ、っていう予感がして。
「えと、みんな、そういうことだから。手伝ってくれる？」
「もちろんです！」「がんばりましょう！」「下級生の世話なら任せといて！」「会議は気が進まんが」
　チームのみんなはそう言ってくれたんだけど。
　結局予感は当たっちゃった。

　戦車のせの字も知らない子たちを、集めて並べて話してみたけど、写真を撮るしおしゃべりするし走り回るしずっこけるしで。デサントさせたら落っこちちゃうから戦車の中に入れてみたら、ハッチに詰まるしあちこち触るし頭ぶつけるし泣くし笑うし。一ヵ所だけでも大変なのに他のチームにも頼んだから始終あちこち走らなきゃで。動いて止まって発砲するたびに轢かれないように撃たれないように、ひっぱって呼び止めて連れ戻して慰めて、迷子を見つけてトイレに行かせて性能を聞かれて車種を教えて、てんてこまいの大騒ぎで、けが人だけは出さないようにどうにかこうにか終わらせたけど。
　それから始めた決定会議はみんながてんでに勝手を言うから、てんやわんやになっちゃって。河嶋先輩は話が長いしあひるさんチームは仲間の子を押してくるし、風紀委員はアリクイさんチームを叱るし歴女チームと自動車部はまぜっかえすばかりで高みの見物だし、結局うさぎさんチームの澤さんに決まったころには、夜の八時を過ぎちゃった。
　そんなこんなでくたくたになってうちに帰ったら、狙ったみたいなタイミングですごい量の荷物が届けられた。
「うわぁ……」
　宅配便の人が押し込んでいった、部屋の半分ぐらいが埋まりそうな段ボールの山。最初はわけがわからなかったけど、伝票を読んだらわかっちゃった。戦車道連盟、戦車道ＯＢ、戦車とか部品のメーカー、熊本の人たち、黒森峰関係の人たち、それに大洗の人たちまで。
　お歳暮の山だった……。そういえば実家にいたころは、この時期ひと部屋埋まるぐらいの荷物が来てた。
「家を出るって、こういうことなんだなぁ……」
　あんまり多かったからぽかんとしちゃって、とりあえず人に話そうと思って携帯を出したら、バッテリーが切れてて。
「あれ、充電器、充電器は？」
　それは山のような荷物のどこかに埋もれちゃってて、見つけられなかった。
　ってことは。
「優花里さんと話せない……」
　がっくり来て、へたりこんじゃった。
　今日の帰りは遅くなったから挨拶だけして別れたけど、それだけじゃない。昨日の日曜日も、みんなと遊んだあとすぐ帰ったから、二人で仲良くできなかったんだ。
　それなのに今日も連絡できないなんて、つらすぎるよ……。
「明日……明日会えるよね。うう、優花里さんごめんね」
　晩御飯も作れないし、荷物を開ける気にもなれないし。
　結局、コンビニへ逃げちゃった。


　　　かようび


「そういうわけでー、今日は澤ちゃんがこっちに乗るかんね。みんな、可愛がってあげて」
「よ、よろしくお願いします！」
　戦車道の練習前。会長が連れてきた澤梓さんが、四号の前で緊張して頭を下げる。私たちあんこうチームは、笑顔で迎えてあげる。
「よろしくな」「いつもと違うメンバーが来るって、わくわくしますね」「緊張しなくていいよー、いつもの調子でリラックス！」「今日はがんばろうね」
　次期副隊長候補は、Ｍ３リーの車長をやってる澤さんに決まった。育成練習初日の今日は、澤さんを四号に乗せて、隊長の仕事を間近で見てもらうってことになって。
　ということは、五人乗りの四号から一人降りてもらうってことだ。隊長として考えてみると、入れ替えができて私のそばにいられるポジションっていうのは、一人しかいない。
　それと一緒にあることを思いついたから、言ってみた。
「澤さん、それに優花里さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「はい」「なんでしょう？」
「今日は二人の場所を交換してほしいの。澤さんが四号の装填手になって、優花里さんがＭ３の車長になってくれない？」
「えっ、なんでですか？」
「ええとね。まず、澤さんが私のやり方を見るなら、装填手席がいちばん近いから。それと、優花里さんなら戦車に詳しいから、四号と違うＭ３のこともわかると思うの」
「なるほど……」
「それに、Ｍ３の他のみんなにも、一度他の人の指示を受けてほしいと思って。この先、メンバーが組み変わることもあるかもしれないし」
「えーっ、うさぎさんチームがばらばらにされちゃうんですか？」
「ううん、あくまで臨時のことだから……」
　そう説明すると澤さんは納得したみたいで、携帯でＭ３のみんなに連絡を取った。
「そういうわけだから……」と私は目を向ける。「優花里さん、悪いんだけど、今日は澤さんと交替してもらえる？」
「四号を出るのはちょっと寂しいですね……」と優花里さんはつぶやいたけど、すぐ笑顔になって、「了解しました、Ｍ３の車長を拝命します！」と敬礼してくれた。
　駆けていく背中を、私はハッチから身を乗り出して見送る。Ｍ３によじ登った優花里さんを、一年生たちが笑顔で出迎える。まだ信頼とかじゃなくて、物珍しさが勝ってるんだろうけど、不満はないみたい。よかった、うまくやってくれそう。
　――だけど。
「あ」
　昨日のこと、話すの忘れてた。
　あのあと充電器は結局見つかってないし、そのことを優花里さんに言ってもいない。
　戦車の中を覗いて、声をかける。
「沙織さん、あとで携帯の充電器、貸してもらえる？　なくしちゃって」
「えっ？　充電器はうちだけど。預かっておこうか？」
「うん、お願い」
　携帯を渡すと、各車から準備ＯＫの報告が入ってきた。
　頭を戦車道モードに切り替える。今日のチームわけだと、Ｍ３は敵になる。そっか、優花里さんと勝負することになるんだ。
　これはこれで、わくわくする。
「みんな、用意はいい？」
　車内を見回すと、みんながＯＫの返事をする。右下にはいつもと違って澤さんがいて、がちがちに緊張した顔で見上げている。
　その肩を、そっと叩いてあげる。――ああ、肩の感触も違うなあ。
「よく見ててね。小隊長は車長よりもやることが多いから」
「はいっ！」
「それじゃ――パンツァー・フォー！」
　ごうっ、と地響きを上げて戦車が動き出す。


　　　すいようび


「ごめんみぽりん、これ、うちの充電器が刺さらなかったよ」
「えっ……」
　朝、待機室で沙織さんから携帯を差し出されて、ちょっと呆然としちゃった。
「そ、そっか。それじゃ仕方ないね」
「まだ見つからないの？　ていうか壊れちゃった？」
「ううん、うちにあると思う。でも、お歳暮がたくさん届いて、どこかにまぎれちゃって」
「お歳暮!?　そんなの来るの？」
「うん、戦車道関係でたくさん。ありがた迷惑、って言っちゃうと悪いんだけど……」
「来ますよねえ、この季節。お部屋が埋まって大変ですよね」
「埋まるんだ？　どんだけいっぱい来るのよ」
　華さんがうんうんとうなずいて、沙織さんが目を丸くする。そういえば華さんのところもお花の家元だから、うちと似てるのかもしれない。
「携帯使えないとかありえないよね。みぽりん、新しいの買ったら？」
「それがいいよね。うん、帰りに探してみる」
　そう言って受け取ったけれど、やっぱり残念だった。
　昨日は練習の後でなんとか優花里さんをつかまえて、携帯の充電できなかったの、と伝えたけれど、優花里さんは優花里さんで一年生チームの反省会があって、長くは話せなかったから。それにうちは山のような荷物で埋まってるから、呼ぶわけにもいかなくて。
　結局また、二人でゆっくりできてない。みんながいる前で、ぎゅーしたりもふもふしたりもできないし。
　ほんとにつらかった。まるでずっと水を飲んでないみたいに、苦しい気持ちになって来た。
　今朝もだった。
　今日は育成訓練の二日目。小隊長見習いをやった澤さんに、今度は四号の車長をやってもらうことにする。目的はいつもと違う戦車を操ること。
「隊長は自分の戦車だけじゃなく、他のチームの戦車のことも実際にわかってないといけません。今日は四号をじかに指揮してもらいます。そのうち他の戦車もひと通り乗ってみてほしいし」
「は、はい」
「落ち着いて。気持ちはわかるよ、私も黒森峰で先輩に囲まれてティーガーの車長をやったことがあるからね。大丈夫、みんな頼りになるから。ちょっと羽目外すぐらいのつもりでやってみて」
　本当はあのころはプレッシャーで、羽目を外すどころじゃなかったけど。あんこうチームのみんななら、きっと支えて上げられると思うから……。
「澤さんは、とりあえず四号の指揮に専念してください。主砲塔が回転するから勝手が違うと思うけど、それにも慣れてほしいし」
「はいっ！」
　背筋を伸ばす澤さんの隣で、優花里さんが気がかりそうに、みほどの、あのう……と声をかけてくる。
「私のポジションは？」
「今日は、装填手として澤さんをサポートしてあげて。車長を支えるのは優花里さんがいちばん上手だから」
「はい」
「代わりに私がＭ３の車長になって、小隊長をやります」
　一年生チームに向かうと、やっぱり大歓迎してもらえた。全国大会の黒森峰戦で助けてあげてから、この子たちは本当によくがんばるようになってくれた。本人たちはまだ自覚がないみたいだけど、あと一年もたったら、この子たちが大洗の中心になるんだ。今からしっかり鍛えてあげなきゃいけない。
　Ｍ３の車内に入る。西住隊長が車長だ、絶対負けないぞー！　と大はりきり。四号より一人多いだけなのに、ずいぶんにぎやかな感じ。
「みんな、昨日の優花里さんの指揮はどうだった？」
「秋山先輩も頼りになりました！」「あの戦車は装甲のここが薄いとか、あの戦車の主砲は怖くないとか、すっごい詳しかったです！」「でもほとんど覚えられませんでしたー！」「先輩すっごいしゃべってたもんね」
「あはは……」
　ちょっと頼りない。――でも、優花里さんがちゃんと車長をやれたっていうのは、嬉しい。練習中は中盤ぐらいでやられちゃってたけど、がんばってたんだな。
　嬉しいけれど。うう。
　優花里さんと戦車乗りたいよう……。
　

　　　もくようび


　目を覚ますと無意識に隣を手探りした。でもそこにはもちろん、誰もいない。
　一人だけのベッドはいやに広くって。
　抱きつきたい、ぎゅーしたい、くんくんしたい……って、ボコを抱いてしばらくごろごろしちゃった。
「うううー……」
　ボコじゃ物足りない。にっこりしてほしい、名前呼んでほしい。
　起き上がると、段ボールの山。昨日の夜また荷物が届いて、ますますいっぱいになった。なのに気持ちのほうは、すかすかのからっぽ。
　……おかしいなあ、前はなんとも思わなかったのに……。
　棚のボコのあいだにちょこんと置いた、Ｐ40のプラモデルを、しばらく見つめちゃった。
　荷物が邪魔で布団を上げられないから、ベッドも畳めない。荒れた部屋でもそもそと支度をして、家を出た。
「おはようございます、西住隊長！」
　登校中に後ろから走ってきたのは、意外な人だった。
「あれっ、澤さん？　どうしたの？」
「今日はぜひお話ししたくて、来ちゃいました！」
「あ、そうなんだ。家こっちだったの？」
「反対側ですけど、うちまでお邪魔しました。そしたらもう出てらしたから」
「そっかぁ」
「電話もしたんですけど、つながらなかったんです」
「ああ、電話はね……」私は鞄から携帯を出して、ぷらぷら振ってみせる。「いまバッテリー切れてるの。きのう充電器買いに行ったんだけど、もうお店閉まってて……」
「そうなんですか。すみません、いきなり来ちゃって」
「いいよいいよ」
　並んで歩きながら、それで、話って？　って聞いてみる。
「やっぱり先輩はすごいです！」
「え、そう？」
「そうですよ！　昨日はアヒルさんと、アリクイさんと、カバさん、三両抜きだったじゃないですか！　私たちのＭ３があんなに強かったなんて、知らなかったです！」
「あれはほら、Ｍ３は副砲塔があるからね。うまいこと敵の二両のあいだに入れば、両方いっぺんに狙えるし、敵は同士討ちが怖くて撃って来れないし……」
「それは私もなったことあるんですけど、普通そんな状況だと、怖くてあわてちゃうじゃないですか。でもみんなに聞いてみたら、西住隊長は全然あわてなかったって言ってて。こう肩を持って、五秒あるから落ち着いて……って言ってくれて、それで一発で弱点当てられたって言ってました！　すごいです！　私もそんな車長になりたいです！」
「あはは……澤さんもがんばってたよね。生徒会のヘッツァーに当ててたし」
「あっ、見ててもらえたんですか？　はい、五十鈴先輩がすごいタイミングで撃ってくれて！」
「初めての戦車で、あそこまで持っていったのはすごいよ。敵を見つけるだけでも大変だからね」
「はい。でも、仕留められなくて……」
「仕方ないって。ヘッツァーは角度悪いとよくはじく戦車だからね。先に履帯切ったほうがよかったかも」
「ですよね！　それあとで思ったんですけど！　試合中はもう必死で、五時方向にヘッツァーいるの見たら、あっ砲塔まわるしって思って、そこでつい発砲命じちゃって！　ほんと、なんで履帯切ってもらわなかったんだろう……」
「大丈夫、だんだん慣れていくよ」
　話してるうちにいつものコンビニに着いて、待ってた仲間が目に入った。
「おはよう、沙織さん、麻子さん、華さん」
「おはよー、みぽりん」「うー」「おはようございます。あら、珍しいですね」
「おはようございます！　昨日はありがとうございました！」
　澤さんが気を付けして挨拶する。私は沙織さんに聞いてみる。
「優花里さんはまだかな」
「寝坊じゃないかなあ。最近寝不足だって言ってたし」
「え、そうなの？」
　五人でおしゃべりしながらしばらく待ってたんだ。
「西住隊長、うちのチームはどうでした？　ウサギさんチームは」
「うん、よくやってたよ。山郷さんと坂口さんは前からよかったけど、昨日は大野さんがすごかったよ。八九式、仕留めてくれたし」
「わあ、ありがとうございます。でも紗希も優季もずいぶん良くなったんですよ！　最初のころとは見違えてます」
「だよねー。あの子たち私にもめちゃメール入れてくるからさー。私最近うさぎさんチームのお悩み相談係みたいになってるよ。あっ、そういえばみぽりん、携帯は？」
「あ、これ。持ってるけど、まだだめなんだ」
「おはようございまーす」
「あっ、ゆかりん！」
　沙織さんが呼んだから、私も携帯を手にして振り向いた。いつものリュック姿で優花里さんがやってくる。寝不足なのは見たとたんわかった。目の下がうっすら黒くなってる。
「おはよう――」
　声をかけようとしたんだけど。　
「みなさん、そろったみたいですね。行きましょうか。あっ、冷泉どの」
　私と澤さんをちらっと見ただけで、すぐに麻子さんと話し始めちゃった。
　あれっ……？
　肩透かしをされたみたいで、私は固まっちゃう。そしたら、後ろから華さんが声をかけてくれた。
「みほさん、大丈夫ですか？　調子がお悪いみたいですけど……」
「えっ？　ううん、そんなことないよ」
「そうですか？」ささやいてから、小さく首を振る。「いいえ、そうじゃありませんよね。わかります」
「そう？」
「あの……」ちょっとためらってから、華さんは真剣な顔で言った。「もし、悩み事があるなら、話してくださいね。誰にも言えないようなことでも、お聞きしますから……」
「う、うん。ありがとう、華さん」
　なんとなくお礼を言って済ませちゃった。
　このときは、どういう意味で言ってるのか、よくわからなかったから……。　
「いこ、みぽりん！」
「それでですね、西住先輩。紗希はぼーっとしてるみたいですけど――」
　沙織さんと澤さんに挟まれて歩き出しながら、私は先を行く優花里さんの背中から目を離せなかった。

　今日は育成の三日目で、ついに澤さんに小隊の指揮をしてもらうことになった。指揮に集中してもらいたいから、戦車はＭ３。ただしアドバイスも必要だから、私も一緒に乗る。そして四号の指揮を優花里さんに任せて、装填手にＭ３の山郷さんを置いてみた。
　なんとかうまくこなしたけど、ずっと朝のことが気になっていた。練習が終わると、私は急いで四号のところに戻ろうとした。
「優花里さーん――！」
「おーっと待った西住ちゃん、まだ仕事は終わってないよ！」
「うぇ」
　ヘッツァーから走ってきた角谷会長に手を引っ張られた。「なんですか……？」と振り向くと、にやにやしながら紙片を振る。
「取材の申し込みが来ちゃったよ。月刊戦車道編集部から」
「し、取材？」
「そうー、うちの戦車道の練習風景をぜひ見たいって。いやー人気者はつらいよね」
「これからですか!?」
「ううん、土曜日ー。さすがに向こうさんも今日の今で来たりしないけどさ。これは当日ぶっつけってわけにもいかないでしょ？　打ち合わせしとかなきゃだよね」
「え、でも、今日は……」
「ん、なんか用事ある？　まあかるーくだから。すぐ終わるから。ね！」
　強引な会長に引っぱられて、ずるずる連れて行かれる。
　あ、あ、みんなが。みんなが遠くなっちゃう。
　優花里さぁん……。


　　　きんようび


　朝起きても、酸素がなくて息ができなかった。
　じゃなくって、それぐらい大事なものが足りてない気分だった。
　まるで黒森峰を出てくる直前に戻ったみたいだった。　
　よろよろと家を出てコンビニに着くと、沙織さんと華さんがいたけれど、麻子さんはまだ来ていなくて。
　代わりに起こしに行ったのか、優花里さんと麻子さんが一緒に来て、一緒に歩いていった。
　私には、おはようございます、と目礼しただけ。
　なんだろう、これ。
　怒ってるのかな。
　心当たりはあるけれど。ありすぎるぐらいだけど。まだお話しもできてないし。昨日も充電器、買いに行けなかったし。もういっそじかに会おうと思って優花里さんの家まで行ったけど、いなかった。どこかへ出ちゃってた。
　夜の八時過ぎてたのに、どこへ行ってたの？
　ていうか、優花里さんのほうも、うちへ来てくれない。合鍵まで渡したのに。
　まさか優花里さん、もう……。
　ううん、そんなことない。絶対ない。優花里さんに限って、私のこと嫌いになったなんてありえない。信じてる。
　信じてるけど……じゃあ、これは何？
　わかんない……。
　大洗へ来てからこんなに調子が悪かったことはないってぐらい、最悪の状態で、その日の練習を始めてしまって。
　負けた。
　この日は次期副隊長育成練習の四回目で、Ｍ３に澤さんとサポートの優花里さんを乗せて、一年後にそうなるはずの、次の世代の大洗小隊を指揮してもらって。私が四号で、敵役の小隊を指揮して。四対四で試合を始めて。
　それでぼろ負けした。四号とほかの三両、全部撃破された。澤さんの小隊が二両生き残って、勝った。
　澤さんたちは大喜びだった。本気の構成で、相手を殲滅するところまでやり抜けて、涙を流して感激していた。負けた私たちも、それだけはちょっと嬉しかったけど。
　本当はものすごいショックだった。
　私ってこんなに弱かったんだ。仲間が一人抜けたらぐらいでガタガタになっちゃう人間。
　その日の午後は、明日の取材に備えて戦車の整備をすることになったけれど、あんまりショックだったから、私は待機室で休むことにした。
　他のみんなは、隊長が作戦を考えてるって思ったみたいで、そっとしておいてくれたけど。本当は頭が真っ白で、呆然としてたんだ。
　そしたら、仲間が一人、さりげなく来てくれた。
「みほさん、お疲れさまでした。残念でしたね」
　華さんだった。
　テーブルの向かいに座った華さんに、私は生返事する。
「うん、華さんもお疲れさま。残念だったね」
「澤さんに自信をつけさせるために、みほさんがわざと負けたんだ、って思ってる人もいるみたいですけど」
「そんなことないよ」
「ですよね。今日は本当に調子が悪かったんですよね」
　うつむいた私を華さんはじっと見つめていたけれど、やがて口を開いた。
「一つ、お耳に入れておきたいことがあるんです」
「ん……なに？」
「優花里さんは昨日の夜、麻子さんのおうちにいらしてたみたいです」
「……え？」
　なんのことなのか、一瞬分からなかった。優花里さんが、麻子さんの……？
「それって、優花里さんが麻子さんと会ってたってこと!?」
「その通りのことを今言ったんですよ。やっぱりみほさん、だいぶお疲れみたいですね。お二人は今朝、同じ歯磨き粉の匂いがしてましたから、きっと泊まっていかれたんだと思います」
　泊まった？　優花里さんが麻子さんのうちに？
　え、あれっ、前は麻子さんが優花里さんのところに行ってなかったっけ？
　どうして？　どうして私と会わないのに、麻子さんと会ってるの？
　私が混乱してうつむいてしまうと、待ってください、と華さんが言った。
「誤解しないでくださいね。いまみほさんが考えたような理由じゃありませんから」
「私が考えた理由、って……」
「優花里さんの気持ちが麻子さんに移ってしまったんじゃ……って思いませんでした？」
　ほっぺたが、かっと熱くなった。その通りだった。
　華さんが首を振る。
「当たったみたいですね。でも、そうじゃないんです。そんなことはありません」
「ど……どうしてそんなことが言えるの？」
「優花里さんは今でもみほさんが大好きです。そして麻子さんは」ちょっとだけ微笑んで、「沙織さんのことが、大好きですから」
「それは前からそうなんじゃ……」
「いえ。もうちょっと真剣な意味で、ですね」
　思わず、まじまじと華さんを見つめちゃった。
「そう……なんだ」
「そうですよ。でも、麻子さんは表に出す気はなさそうなので、秘密にしてくださいね。それで……優花里さんと麻子さんは、二人ともちょっと似た立場なんですね。お互いほかに好きな人がいて、でもよそではむやみとしゃべれないっていう感じで。それで、二人だけで話すようになったみたいです」
「じゃあ……昨日、泊まったっていうのは」
「報告会というか？　慰め合い？」長いきれいな指をあごに当てて、華さんは言葉を選ぶ。「そんなところじゃないでしょうか。優花里さん、このところみほさんが忙しくて仲良くできないので、だいぶ悩んでらしたみたいですか」
「報告会……って、悩んでたの？　優花里さんが？」
「みほさん」華さんは他の人なら苦笑しそうなことでも、優しくなだめるみたいに話す。「悩んでないわけが、ないじゃありませんか。みほさんは優花里さんに会えなくて落ちこんでいるんでしょう？　優花里さんだってみほさんと同じぐらい、いえ、もっと相手のことを大好きなんですよ」
「ええっ、でも」つい、声が大きくなる。「だったら言ってくれればいいのに。私はいつだって優花里さんのことを考えてたよ！」
「しーっ、静かに」
　唇に指を立てると、華さんはちょっと首をかしげた。
「そこは不思議なんですよね。優花里さんも昨日や今日の付き合いじゃないんですし、直接みほさんに連絡すればいいと思うんですけど……」
「あ」スカートのポケットを押さえる。「電話。今つながらなくて」
「あら？　まだなんですか？」
「うん」
「充電器を買いに行かれたのでは？」
「行ったけど、お店の空いてる時間に間に合わなくて……」
「それは優花里さんに言いました？」
　さーっと、顔から血の気が引くのがわかった。
「言ってない……」
「ということは、優花里さんからすると、とっくにみほさんの充電が済んでるはずなのに、何度連絡しても返事がないっていう状態……では？」
　その通りだ……。
　いつからだっけ？　水曜日？　火曜日？　最後に優花里さんのメール見たのは!?
「ああ、あっ」
　ガタッと椅子を蹴って立ち上がっちゃった。
「ど、どうしよう！　私ずっと、優花里さん、無視してると思われたかも!?」
「そういえばみほさん、昨日の朝は、わたくしたちの前で携帯を出してましたよね。使えないっていうお話しでしたけど、あれも優花里さんには使えているように見えたのでは？」
「ああ――」
　あのときは私たちと澤さんで携帯出して話してるところに優花里さんが来て。それを見た優花里さんが、さらっと通りすぎて行っちゃって。
　思い返すと、目の前が真っ暗になった。
　そうだよ。
　あれって、どう見ても優花里さんだけ仲間外れにしてる感じだったよ……！
「あ、謝ってくる！　今すぐ優花里さんに謝ってくるから！」
　あわてて駆け出そうとすると、華さんが素早く手をつかんだ。
「待ってください、みほさん」
「待てないよ！　早く誤解を解かないと――」
「落ち着いて。今はまだ周りにみんながいますから、おかしなことを口走らないように。それにみほさんはあわてるとしどろもどろになってしまいますから、気を付けてくださいね」
「華さん……」
　にこっと微笑んで、手を離してくれる。
「ありがとう」
　私はうなずいて、待機室を飛びだした。
　優花里さんを探す。いつだってそれは簡単。どこにいても、人がいっぱいいても、すぐ目に入るから。
　四号のところで履帯の整備をしている姿を見つけた。格納庫の隅に積まれた交換部品を抱えて、運んでる。私は声をかけようとしてから、思い直して、部品をもうひとつ抱えて優花里さんの後についていった。
　戦車のそばにうずくまったところで、ちらっと目が合った。でもすぐに顔を伏せて、結合ピンをいじり始めてしまう。
　工具を取って手渡す。優花里さんがそれを受け取りながら、機先を制するみたいに言った。
「今日はすみませんでした」
「えっ、何が？」
「みほどのの戦車を撃破しちゃって」
「あっ……そうだよ。それ、初めてじゃない？　おめでとう、優花里さん」
　手を取ろうとしたけれど、すっと避けられた。おめでとうって変ですよ、と言われる。
「私は、みほどのより強くなりたいわけじゃありません」
「そう……だけど」
「それにみほどの、本調子じゃなかったじゃないですか。そっちのほうが心配でした」
「わかるんだ」
「わかりますよ」
　私は言葉が出なくなる。見えない壁みたいなものを感じる。
　そうしたら、優花里さんが微妙に声をひそめて言った。
「月曜日に会長に聞いたんですけど」
「う、うん」
「今週は大忙しだよって。みほどのも手が離せなくなりそうだと。その通りになっちゃいましたね」
「うん……」
「私っ」重い履帯ブロックを、ぐっとはめ込んで頬を拭う。「わかってますから、みほどのがお忙しいことは。まだ明日も取材がありますし」
「優花里さん……」
「お休みの日までは、我慢しますよっ」
　機械油で汚れた可愛い横顔を引き締めて、黙々と作業する優花里さんの気持ちが伝わってきた。
　変わってなかった。いつもの優花里さんだ。
　ほうっ……と。胸の中のざわざわした感じが、静かになった。
「優花里さん」
「はい」
「あのね、私まだ携帯使えないの」
「はあ……」
　いぶかしげに振り向いた優花里さんの前に、携帯を出してみせる。
「前に言ってから、いろいろあって、まだ充電できてないの。だから……無視してたわけじゃないの。ほんとだよ」
　それを聞いても優花里さんは、硬い顔のままだったけど、私にはわかった。肩に入っていた力が、少しだけ抜けたみたい。
「そうだったんですか……」
「やっぱり？　使えてると思ってたよね？」
「はい。思ってました」カン、カン、と結合ピンを二、三回打ち込んでから、はーっとため息をつく。
「そういうことだったんですね。了解しました」
「あの、言ってなくてごめんね？　すごくばたばたしてて、つい言ったと思ってて」
「いえ、大丈夫です」首を振ると、優花里さんは少しだけ笑って、手を立てた。「ご心配なく。みほどのはお仕事に専念してください。まだやることありますよね？」
「やることなんか――」
　そう言いかけたそばから、「西住ちゃーん！　どこー？　車長会議やるよ！」と会長の声が飛んできた。
「ほら。行ってください」
　優花里さんがそう言って背を向ける。
　制服を着てるとわからない、他の女の子と同じようにほっそりして見える背中だけれど、私はこの人の裸を知っている。そこにきれいな筋肉が隠れていて、触るととても頼もしいことも、歯を立てるとそわそわと可愛く産毛が逆立つことも知っている。
　だから、今は触られたがってない、ってことまでわかっちゃった。
「うん……じゃあ、あとで」
「はい、あとで」
　振り向かない優花里さんに背を向けて、私も振り向かずにその場を後にした。

「あらまあ……これはすごいですねえ」
「でしょ。ほんと、どこから手をつけたらいいか」
　入ってくるなり声を上げた華さんに、私も苦笑するしかなかった。
　夕方、荷物だらけの私の部屋。今日こそ来てほしかった優花里さんは、自動車部と一緒に明日のための整備を続けると言い張ったから、結局また別れることになっちゃった。代わりに華さんが、片付けのお手伝いをしましょうか、と来てくれた。
「それにしても、これだけあると、片付けようにも片付かないんじゃありません？」
「うん、だからあんまりお付き合いのないところからいただいたものは、まとめて実家に送っちゃおうと思って」
「それしかなさそうですよね。じゃあ……みほさんは残すものと送るものを分けてください。わたくしがこっちに寄せていきます」
「一応、差出人だけでも記録しておきたいんだけど……」
「でしたら、伝票の写真を撮っていけばいいんじゃありません？」
「そうだ。それがいいね！」
　方針が決まって、作業を始めた。私は華さんの携帯を借りて、伝票を撮っていく。華さんがキッチン前の壁際に段ボールを積んでいく。
　しばらくは黙って進めていったけど、じきに華さんが言った。
「昼間は、あのあと、どうでした？」
「あ、うん……お話し、ちゃんとしたよ。伝わった、と思う」
「でも、今夜は来てくれませんでしたね」
「う」思わずがっくり手を突いちゃった。「そ……そうなの。まだダメみたい。電話のことは、わかりましたって言ってくれたのに」
「そんなに急には気持ちが切り替わらないってことでしょうか？」
「わかんない。お休みの日までは我慢しますって言ってたけど。我慢なんかしなくたって……」
「あら、じゃあ明日までの辛抱なんですね。それならそんなに心配しなくてもいいかも」
　振り向くと華さんは笑っていた。「そうかな？」と聞くと、「そうですよ」と両手をグーにしてうなずいた。
「そうかなあ……」
　ゆらゆらと頭を揺らした私は、ふと聞いてみた。
「華さん。華さんって……どうしてそこまで心配してくれるの？」
「それは、仲間だからですよ」
「仲間だって言っても……」そういえば、前からちょっと気になってた。「私と優花里さんがお付き合いしたり、それから麻子さんが沙織さんを……見てたりするのって、考えたら、華さんは気になるんじゃない？　気になるっていうか、ちょっと居づらかったりしない？」
「あら、遠慮なんかしなくてもいいんですよ」
「遠慮っていうかね……ええと」
　言葉にしづらくて考えていると、ふっと華さんが微笑んで、私の前に腰を下ろした。
「みほさん」
「は、はい」
「わたくし、前に言いましたよね。ここでしか咲けない花もある、って」
「うん」
「わたくし、あんこうチームのみなさんを見ているうちに、思ったんです。ここのみんなが、戦車という花器に集まり立った、花々なんだって。お花というものは挿し方ひとつで生きも死にもするもの。寄せ方が悪ければケンカもしますし、一輪だけ孤独になってしまったりもします。もし、このチームが一つの花だとしたら、わたくしにできることは何か。そう考えたら……それは、このきれいな花々がそれぞれ引き立て合って、一輪も萎れずに咲き誇るようにすることだと思ったんです」
「お花……」
　つぶやいて、私は苦笑しちゃう。
「お花にしては、みんなお行儀悪いよね。大きいのも小さいのも、明るいのも暗くなっちゃうのもあるし、変にくっついちゃう同士もあるし……」
「いいえ、みほさん。大丈夫です」
　華さんは首を振る。
「華道の歴史をご存知ですか？　それは昔から、古くなって固まってしまった決まりを、新しいやり方で打ち破ることの繰り返しでした。むかしむかしの挿花という素朴なやり方から、立て花というものが生まれ、立て花から抛げ入れ花というものが生まれ、生花というものが生まれ、文人生というものが生まれ、さまざまに形を変えてきました。それと同じです。あんこうチームのお行儀が悪くて、ケンカしたり変にくっついたりするのだとしても、だからまとまらないということにはなりません。むしろそれは、新しい形のお花が生まれてくるようで、見ているわたくしからすれば、素敵な、わくわくするようなことなんですよ」
「華さん……」
　華さんは私の手を取って、しみじみと握る。
「みほさん、優花里さん、麻子さん、沙織さん。四人とも、とても素敵です。可愛らしくて、元気で、型破りで、ちょっぴり泣いたりするときもあって。わたくしはこの四人を上手に生けようと思うんです。それが楽しいんです。――だから、ちっとも心配しなくていいんですよ？　ね、みほさん」
　胸がじーんとした。そういうことだったんだ、華さんが、なんでも相談してって言ったのは。
「ありがとう……すごく気が楽になったよ」
「よかった。それじゃあ、仕事を続けます？」
「うん」
　うなずいて、手近の箱を動かしたとき、その下から黒いコードを見つけた。
「あ、あった！」
　携帯の充電器。これを見つけるために、片付けを始めたんだ。
「ちょっとごめんね」
　かばんから取り出した携帯を急いでつなぐ。ひさしぶりに電源を入れて、受信ボタンを押してみると……。
　ずらずらずらっと流れてくる、いっぱいのメール。
　他の人の名前が埋もれちゃうぐらい、いっぱいの［優花里さん］。　

　　
　　［今日はお疲れさまでした！　新入生は可愛かったけど大変でしたよね　みほどのもご苦労様です　戦車道やってくれる子がいるといいですね　また明日！］

　　［おはようございまーす　会いに行きますね！って普通に学校行くだけですけど］

　　［お疲れさまでした！　澤さん装填手ちゃんとやれてましたか？　私はＭ３に乗れて楽しかったしうさぎチームのみんなも頑張ってくれました（あっさりやられちゃいましたけど）　今日行っていいですか？］

　　［おやすみなさい　みほどのまた携帯見るの忘れてます？　ちょっとさみしいです〜］

　　［ぎゅー　すりすり］

　　［おはようございまふ　あんまり寝れなくて眠いでふ］

　　［澤さんがんばってますよー　Ｍ３の車長やってたのは伊達じゃないですね　ってみほどのこれ見るの明日になるのかな］

　　［車長がみほどのじゃないって不思議な気分です］

　　［うー・・　みほどのー］

　　［おはようござます　みほどのお忙しいみたいなのでこれ受信してもスルーでいいです　今甘えちゃうと気がゆるんじゃいますよね］

　　［澤さん素直でやる気があっていい子ですよね］

　　［すみませんひとつ前のメールなしでお願いします］

　　［なんかちょっとイラッとしちゃって　申し訳ありません］

　　［うあーみほどのー！　あーうー　あー］

　　［今夜はちょっと冷泉どののところへ行ってくるので　もしうちに来られるなら連絡ください］

　　［メールしないほうがいいですかね］

　　［ぐじぐじ送ってすみません　ちゃんとお話しするまでやめときます］

　　［私は普通に待ってるので大丈夫です］

　
　23時48分。７時１分。12時50分。18時15分。夜に自分の部屋で。朝ご飯を食べてすぐに。お昼ご飯のあとでみんなから離れて。夕方とぼとぼ帰りながら。
　一週間一日中どこでもかまわず、一人でぽちぽちと私にメールを打っていた優花里さんが、そこにいた。
　一度も返事をもらえなかったのに。
「華さん」
「はい」
「悪いけど、ちょっとだけ外出ててくれるかな」
「でしたら、今日はこれで失礼しますね」
「ありがとう、ごめん」
　そっと立ち上がった華さんが、元気出してくださいね、と声をかけて出ていった。
「ゆがりざぁん……」
　携帯を握って体を丸めて、床に突っ伏してしまう。
　通話ボタンを押してから、まともな声を出して話せるまで、ずいぶん時間がかかった。


　　　どようび


「では」
　こほん、と咳払いした沙織さんが、クラッカーのひもを引いた。
　ぱぁん！　と爆音がして、部屋中に紙吹雪が飛び散った。
「これより一週間おつかれパンケーキパーティーを始めまーす！」
「わーい」「ぱちぱちぱち」「どんどんぱふぱふー」
　台詞は棒読みだしクラッカー以外に鳴り物もないけれど、みんな笑顔だ。一応。ちょっとやつれてはいるけれど。
　ハードだった一週間がようやく終わった午後。沙織さんの家にみんなで集まったんだ。
「さーどんどん作っちゃうからね」
　沙織さんが優花里さんとキッチンでごにょごにょしてきた、秘密のパンケーキ種をおたまでホットプレートにとぽとぽ入れる前で、私たちはシロップとかフルーツとかお皿を渡し合う。
「いやーでも大変だったよねーもう全然遊ぶひまなかったし」
「搭乗会に育成練習に会議に会議に整備に取材とくる、怒涛の殺人スケジュールでしたからね」
「澤さんはすごく成長したけどな」
「あっそれは思う」「だよね」「戦車にも詳しくなりましたね」
「いっそのこと、澤さんを取材してもらえばよかったのでは？」
「それだよー！」「いいですねそれ！」「あはは……」
「取材は二度とごめんだ……。デモ走行で履帯切るかと思った」
「麻子さんに限ってそれはなくない？」
「いやでも冷泉どの寝てましたよね？　超堤走行のとき減速してませんでしたよね？」
「あれもやばかった……はっと気づいたら溝に突っこんでた」
「そうだったんですか？　わたくしはああいう演技だと思ってました」
「あんなぐらっぐらのところから当てる華がすごいよ。またそのあとで、いつもと同じですって平然と言ってるし！」
「締めにインタビューっていうのがまたきつかったですよね。私なんか四号のスペック言い間違えちゃいました」
「私も無線の周波数まちがえたー！　もー適当言ってると思われたら男の人に馬鹿にされちゃうよ……」
「慣れないことをぺらぺらしゃべるからだ。『ぐー』のひと言で十分」
「あれは麻子ずるいよ！」
「ずるくない。寝てるのが私の真の姿だ」
「それはやっぱりずるいよ麻子さん、おかげで私が麻子さんの分まで話さなきゃいけなくて……」
「そうですよ、みほどのが大変でしたよ！　でもみほどのはご立派でした！　きちんと高校戦車道の理念と大洗の方針と今後の展望まで説明されて」
「あはは……あれ、朝急いで考えたんだけどね。きちんとできてた？」
「できてた」「かっこよかったよ！」「とても凛々しかったです」
「えへへ、そう？　じゃあ……一枚目もらっていい？」
「もっちろん！」
　部屋中に香ばしい匂いが立ち込めて、おなかが鳴りっぱなしだった。
　沙織さんの特製レシピで、クッションみたいにふんわり焼き上がったチーズ入りパンケーキをお皿にもらう。そこに生クリームを山盛りにして！　ブルーベリーとキウイとチェリーとバナナをどっさり乗せて！　チョコソースとメイプルシロップをたっぷりかけて！
「ふわあああ、すごーい……」
「ケチケチしない！　自分へのごほうび！　カロリーとか考えない！」
「あっこれだめだ、私一人じゃだめ、幸せを食べきれない。優花里さん、包丁を取ってください！　分断してみんなで撃破します！」
「イエス・メム！」
「あら、おいしい」「おいしー！」「フワッフワのサックサクですね」「でしょ？　でしょ？」「いけるな。沙織、代われ。食べろ」「いい？　うっわーやだ何これ私天才！」
　きゃあきゃあ騒ぎながら、どんどん食べて、どんどん焼いて。
　甘い甘いパンケーキを口いっぱいに頬張ると、たまった疲れがはじけて消えていくみたいだった。
「はあい、二杯目終わり。みんなまだいける？」
「わ、私はもうお腹いっぱいでふ……」「私も」「私はもう一枚ぐらいは……」
「みぽりんがまだいけるってことは、三杯目行っていいかな。華？」
「種作り、お手伝いしますね」
「これだよ。ほんと、私たち残り物の心配だけはいらないよね！」
　結局、ボウル三杯分の材料をきれいに使い切っちゃった。
　パンケーキが終わって、食後の紅茶をいただくと、私はちょっと目配せした。優花里さんがうなずいたから、二人で立ち上がる。
「それじゃ、私はこの辺で」「私もおいとましますね」
「え、もう帰っちゃうの？　もっとゆっくりしてってよ」
「うちのお歳暮、日のあるうちに片付けたいから。まとめといて、明日宅配便のトラックを呼ぶの」
「私も手伝おうか？」
「ううん、人数来てくれても入らないし。優花里さんだけで、ありがとね」
「そっか、じゃあ行ってらっしゃい！」
　沙織さんたちは、笑顔で送り出してくれた。
「はー……」
「おいしかったねー」
「はい、いっぱい食べました」
　並んで歩きだすと、冬の冷たい風が気持ちよかった。コートに染みついていたシロップとバターの楽しい香りが飛んでいく。
　そして代わりに、二人の空気が私たちを包んだ。
　横に並んだ優花里さんの右手を、きゅっと握る。
　ぎゅっと握り返してくれる。
　横を見る。目が合う。垂れ目気味のやさしいまなざし。びゅうと吹いた風でふわふわ髪が頬にかかって。手がかばんでふさがってるから、つないだ方の手で髪を払ってあげる。
「つかまえた」
「みほどの……」
　ほっぺたをほんのり染めて、優花里さんが嬉しそうに肩を縮める。
「やっと……やっと会えました」
「うん」
「私っ、あの……これ、なんて言ったらいいか」
「うん、うん。私もおんなじ気持ちだよ」
「……うーっ！」
　ぎゅっと目を閉じてぶるっと震えた優花里さんが、どん！　と肩を押し付けてきた。
「あは」
　どん、と私も押し返した。ぐいぐい肩を押し合いながら歩いていった。
　昨日、電話でちゃんと話した。
　ほっといてごめんねって何度も言った。変なメール送ってごめんなさいって何度も言われた。どっちも相手が大好きなのに、どっちもちょっとだけ疑った。まるで国語の教科書の、必死に走るあの話みたいに、お互いに謝って、許し合った。
　そして今日はみんなと一緒に仲良くパーティーしたけど。
　それとこれとは、別。それだけじゃ、足りない。
　私たち、恋人同士なんだから。言葉や心じゃなくて、体がほしい。
　だからもう、その帰り道は、何も言わなかった。ただ頭の中、胸の奥、相手のことでぱんぱんに膨れ上がった感じで、しっかり手を握って歩いていった。
　優花里さんの手、ほっぺた、唇、肩、おなか、胸……。
　アパートの階段を登って、部屋の前に立つ。鍵を取り出す手が震えちゃった。ちらっと横を見ると、優花里さんも首まで真っ赤。食い入るみたいにじっと私を見て、はー、はー、と白い息を吐いてる。
　ものすごく、ほしがってる。
　なんて可愛いんだろう……。
　カチャリと鍵を回して、ドアを開けた。
「わ」
　強盗みたいにぐいっと優花里さんが私を押しこんだ。どさっとかばんが落ちる。バタンとドアが閉まる。ぎゅうっと横からしがみつかれる。はっはっと息づく唇が首筋にぶつかった。
「みほどのぉ！」
「ゆか」
　っふ、と言葉が途切れた。ぎううう、とすごい力で抱き締められて息ができない。頬を伝ってきた唇に塞がれて、声も出ない。　
「んっふ、ん、む、く」
「む、ふく、ん、ぷ――」
　唇をこじ開けて舌を吸われる。息も唾液も吸い取られる。なぜか目元にも熱い水がかかる。涙。優花里さんの涙が目に入ってくる。
　何も見えなくなったけれど、今は何かを見る必要もなくて。
　頭に片手を回す。自分の唇を預けたまま、髪に指を埋める。櫛の通りが悪そうなくしゅくしゅした髪を、握って、梳いて、逆撫でして。後ろ頭を包んで。
　さす、さす、さす、と精一杯やさしく撫でてあげた。
「うああ……！」
　もどかしい思いで靴を脱ぎ捨てて、抱き合ったまま廊下に踏みこもうとして、積んであった段ボールに足を取られて、がくんと後ろへつまずいた。「ひゃっ――」と悲鳴を上げかけると、だん、と踏みこんだ優花里さんが傾いた体を抱き留めてくれて、そのままごぼう抜きに胴を持ち上げた。私のお尻を支えて胸に顔を押し当てながら、足探りで部屋に入っていく。「あ、鍵っ！」聞いてない、優花里さん聞いてくれない。ベッドまでずかずか進んで私をどさりと横たえると、全身で覆いかぶさった。
「大好きですよぉっ……！」
　頬に頬を当てて姿勢なんか構わずにぎゅっと乱暴に抱いてから、手足を置き直してしっかりと胸と腰をくっつけて、今度はなすりつけるみたいに深々と、ぎゅううっ……と身体を締め付けてきた。
「はぁ、あ、ああ……」
　気持ちがどっと幸せなあふれ出す。顔も体もとろけちゃう。頬ずりする髪の香りで胸がいっぱいになる。これ、この夏草みたいな濃い香り。
「すてき……」
「み、みほどの」
「うんっ、優花里さん！」
　すうっ、すうっ、と優花里さんが胸元を嗅ぐ。私はその頭にめちゃくちゃに顔をこすりつける。リュックもコートも制服も邪魔で、手を入れてボタンを外していくけど、その途中で我慢できなくなって、またがばっと顔を埋める。おでこにキスする。コートを剥ぎすてる。鎖骨にキスされる。リボンをひっぱり抜く。腰を浮かせてあそこをこすりつける。ジッパーを引き開けて制服を頭から抜く。
　下着とスカートと靴下だけになって、半分ぐらい肌が出ると、もうそれ以上脱ぐのももどかしくて、また抱き合った。お互いの背中と頭にしっかりと腕を回して、二人のあいだの隙間を塗りつぶすみたいにぐいぐいと揺さぶり合って、脚の付け根と膝とかかとまで何重にもからめ合って、深々とキスをした。
　舌がぬるぬると入ってくる。懸命に受け入れる。太腿で挟んだ太腿にずっくりとあそこを押し付ける。胸の柔らかみを胸の柔らかみで包みこむ。手のひらで背中を感じる。頭の後ろをくしくしと指先が撫でる。どくどく、どきどきって二人分の鼓動が聞こえる。心臓が二つになったみたい。
　一週間ずっと、欲しくてたまらなかった、好きな人の柔らかさ、強さ、湿り気、熱さが、すべての感覚に流れこんできて、私の中を優花里さん一色に染め上げた。
　うれしい、うれしい、おいしい、気持ちいい……！
「んんううんっ」
　優花里さん、と舌だけで言ってぎゅってして。ぎゅっ、ぎゅっ、と何度も力を入れ直して。同じように舌だけでんーんー言いながら、優花里さんが首や肩や腋を、一つずつしとしととつかんでくれて。
　それは私の肌をあっためて湿らせて、心地よくしてくれるさわり方で。力まかせのぎゅーも嬉しいけれど、その何倍も好きな気持ちが伝わってきて。
　もういっぱいに好きって伝えてるのに、それ以上に伝えたくて、んむ、んむって何度も唇を押し付けちゃった。
「はあっ……」
　口を離して頬を当てる。見るのを忘れていた目に、うっすらと光が戻ってくる。溜まっていた、とにかくほしい、抱きつきたいっていう飢えた気持ちが、ぴったりくっついていることで、ようやく少し収まった。今、優花里さんはここにいるから。今は、焦らなくていいんだ。
「ほしかったよ、優花里さん。ずーっとね、昨日も一昨日もその前も、こんなふうに優花里さんがほしかった」
「私もですぅ……」貼り付いたほっぺたから直接声が伝わってくる。「寂しかった、寂しかったですよぉ！」
「うん、うん。寂しかったね、優花里さん」胸の奥が、きゅうっと甘く痛む。「よくがまんしたね。えらかったね」
「ひっ、一人でいるの、つらくって。みほどの、私のこと考えててくれるかなって」
「考えてたよ、ちゃんと優花里さんのこと考えてた」
「ほんとですか、私の思い込みじゃないですか、一人じゃなかったですか」
「そうだよ、思い込みじゃないよ、私はいっつも優花里さんを思ってたよ」
「ふぐぅぅ」ぐりぐりっと頬を押し付けられる。「んぅぅぅ！」
「優花里さん」ありったけのやさしさをこめて、頭を撫でる。「かわいい優花里さん」
「んーっ、んううう！」
　言葉になってない。動物みたいに唸りながら優花里さんがうなずく。言葉なんかなくてもわかる。力いっぱい喜んでる。うれしいうれしいって体中で言ってる。
「ごほうびだよ、優花里さん。私がここにいるよ。好きなだけくっついて。味わって、甘えて……」
「んっ」
　またキス。頭を押さえてむさぼられる。ねじ込んだ舌で口の中のすみずみまで。自分の舌で返事をしようとしても、それもろくにできない。舌で舌を押しつぶされるし、包まれるし、吸いこまれる。優花里さんのほうが上なのに、唾液を飲まれちゃう。ずっとお預けされていた水を飲むみたいに、んくんくと口の中から汲み取っていく。
　口の離れる短い息継ぎの瞬間に、私もねだる。
「だめ。飲ませて」
　はっと息を吸って、優花里さんがとっぷりと唇をかぶせる。一転して、静かな押しつけ。ちろちろちろ、と舌先が歯を数えていく。それを追って奥からとろとろと温かな水が垂れてくる。優花里さんの口から落ちてくる。かすかな甘みを含んだそれが、舌の付け根に、喉に、頭の奥に染みこんでいって、ちりちりと意識を白くさせる。
　ほんとに、キスってなんて気持ちいいんだろう。二人の境目がなくなって、溶けあっちゃうみたい。
　ねっとりと私の口の中を浸し終えた優花里さんが、はあ、と口を離して私の肩に手をかけてブラジャーを外し始めた。されるがままに手を上げて取ってもらってから、私も優花里さんのブラを脱がせる。
　そして二人で胸を合わせた。
　むにむにとつぶれる柔らかい感触。優花里さんのほうが汗ばんでいて、肌がぬるぬる滑る。先っぽと先っぽがくりっと引っかかってすれ違う。そのたびに、じんっというしびれが耳に響く。優花里さんもその感触が好きみたい。目を閉じて、少しあごを上げて、はっ、はっと息をしながら胸をこすりつけてる。
　そのあいだに、脚の付け根の股のところも、ぐいぐいと私の太腿に押し当てていて。スカート越しにも、そこの熱さが伝わってきてた。きっとパンツの中もあそこも、赤く腫れてえっちに開いて、とろとろに濡れきってると思う。
　私も、そうだから。優花里さんが押し付けるたびに私のそこもこすられて、ジンジンと響いていた。ううん、それより前、道を歩いてた時から。優花里さんと二人になれると考え始めてからずっと、私の体の奥はうずいていた。
　前にそのことを考えたのは、日曜日だった。一週間も優花里さんとしてなかったなんて、改めて考えると、信じられなかった。
　そっと手を優花里さんのスカートに入れて、股間をさわっと撫でる。可愛いお尻がびくっと跳ねて、動きが止まる。女の子だから、そんなとこをいきなり触られたら、びっくりしちゃうのは当たり前。
　でも今は、そういうことをしていいとき。ぬるぬるになった下着を、手の甲でぐりぐりとこすってあげたら、びくびくっと腰を躍らせて、自分からぎゅっと押し当ててきた。
「あは……きもちいい？」
「はいぃ……」
「手だよ。優花里さんの大好きな、私の手」
「み、みほどのの、手……」
　ぎゅっと抱き着いた優花里さんが、私の手の上で、ぐい、ぐい、きゅっ、とお尻を左右に振ってあそこをこすりつける。うっとりして目をとろんと泳がせて、手の甲の硬さに夢中になっているのが、食べちゃいたいぐらい可愛い。くにゃくにゃにとろけたあそこが、布の中でひくっひくって喜んでるのが、手に伝わってくる。
「ああ、あ、いいですぅ……！　きもちぃっ……！」
「優花里さんっ、わた、私もっ」
「はいっ」
　優花里さんはショーツをかき分けてじかに触れてきた。うずきすぎてヒリヒリしていたあそこが、くちゅりと握られると、叩かれた音叉みたいにジィンと震えた。
「そこ……強くっ」
「んっ！」
　食い込んできた指が愛しくて、太腿をぎゅうっと閉じて捉まえた。がっちり挟まった手先だけが内側でくにくにと細かく動いて、内緒話をしているみたいにひそひそと心地よくしてくれる。
「はっ、く、んううっ」
　しがみつきたくなって、優花里さんの頭を抱きしめて。こっちの手も下着の中に入れてとろとろの奥へねじ込むと、優花里さんも内股になってぎゅーっと締め付けてきて。
　お互いの指先が、杭みたいに体の中心に食い込んだまま、赤い顔で見つめ合って、舌を伸ばして。んっんっ、と舌先でねぶり合いながら、一番いけないところをぐにぐにとまさぐりあった。
「はっ、はっ、はわぁ……」「んっ、ふぁ、ゆ、ああん……」
　目を合わせたままでするのは、死ぬほどえっちだった。いじりたい気持ちも、いじられて感じているのも、丸のまま全部見られちゃう。優花里さんに内側の天井をこりこりされて、ぷしゃっとこぼしちゃったときの顔。優花里さんの小さな粒が可愛くて、しつこいぐらいつむつむといじってる間のやらしい顔。あからさまにみんな見られた。
　それは優花里さんのほうもおんなじで。私にいじられて、歯を食いしばっていやいやしてる顔も、私の中をいやらしくぬちゅぬちゅまさぐる興奮した顔も、逃さずにしっかりと見ちゃった。
　しまいにはどっちもとろけて、顔を見つめる余裕もなくなって、お互いの大好きな顔と身体を、ぺろぺろなめ合って好き勝手にいじり倒しながら、津波みたいに何度も押し寄せる気持ちよさに身を任せるだけになった。
「みほどのぉ」
「優花里さんっ……」
　それから何十回呼んだかわからない。呼ぶことそのもので耳も心も気持ちよくなるんだから、止まるわけがない。さわりたいだけさわって、キスしたいところ全部にキスをした。撫であって嗅ぎ合ってなめ合って抱き合って……とにかく、お互いの体じゅう、飽きるまですっかり、自分のものにしちゃった。
　延々と続いた求め合いがおしまいになったのは、とうとう私が疲れ果てて、動けなくなったとき。優花里さんはまだちょっと体力が残ってたみたいだけど、体じゅうひりひりして、喉が渇いて気が遠くなってきたから、さすがにもう無理って思って、お願いした。
「ゆかり、さん、まって、お開き、もう終わり……私もう、空っぽ……」
「は、はい……」
　すっぱだかで、あお向けとうつぶせになって、はあはあと胸を喘がせて時計を見たら、十時すぎだった。
　十時!?　びっくりして外を見たら真っ暗で。ほんとだ、もうとっくに日が暮れて、夜になっていた。
「夜だよぉ……優花里さん」
「はい……」
「すっごいしちゃった……時間気にしてなかった……」
「はい……」
「喉いたい……優花里さん、のみもの……」
「なんか……あります？」
「れいぞうこ……」
　ふらふらと立ち上がった優花里さんが、ミネラルウォーターを持ってきてくれた。ごくごくとラッパ飲みして渡すと、優花里さんもごくごく飲んだ。
「はぁ……」
　飲み終わるとボトルを横へ投げ出して、優花里さんはどさりとまた横たわった。すぐに私は手をつないだけど、それ以上なんにもせずに、しばらくぐったりと寝転んでいた。
　そうしたら、だんだん今この場の様子が身に染みてきて、不思議な気持ちになった。
　くしゃくしゃのべとべとになったシーツ。脱ぎ散らかした服とブラジャーとパンツ。回し飲みしたお水。片付け途中の段ボール。開けっ放しのカーテン。放り出したかばん。閉めてない鍵。
　そして、赤いキスマークだらけでお尻出したままの、ぐったぐたの優花里さん。
　西住の家にいたころから、大洗学園に来てからを合わせても、私が一度も経験したことがない、めっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃになった部屋がそこにあった。
「うわぁ……」
　自分の部屋なのに、思わず口を押さえて引いちゃった。
「どうしました……？」
　顔を上げた優花里さんに、部屋を示してみせる。
「気が付かなかったけれど、すごいことになってるなと思って……はは」
「ああ……夢中でしたもんね」
　優花里さんも、さんざん気持ちを吐き出して、落ち着いたみたい。苦笑してから、ふと私の体を見て、わわっとシーツをたぐって押し付けた。
「みほどの、すごい格好です……」
「えっ？」言われてみれば私も体じゅうに、いろいろなあとが。「うわ。でっでも、優花里さんもだよ！」
「え？　うわわ」
　一枚のシーツでお互いの前を隠しあってから、噴き出した。
「あはは、変だよね。今の今まで平気だったのに」
「ほんとですよね。なんか、急に恥ずかしくなっちゃいました」
「ね。……でも、そうなんじゃない？　今までのは、特別な時間だったんだよ。全部見せてくっつきあう二人だけの時間……それはもう、おしまい」
「はい。秘密の時間でしたね」
　きらきらした笑顔で、優花里さんもうなずいた。
　交替でシャワーを浴びて、散らかしたものを片付けて。残り物と保存食で晩御飯にした。山のような荷物は片づけようがないから、テーブルの片側に二人で小さくなって座った。でもそれがなんだかよくて、顔がゆるんじゃった。優花里さんもそうみたいで、貸してあげたセーターを着た肩を寄せて、嬉しそうな顔をしていた。
「なんか、新居みたいですね」
「私たちの？」
「えへへへ……はい」
　ほんわかした感じでうなずく。二人の新居、って言葉に私もつられかけたけど、はたと気になった。優花里さんは大学も一緒に来てくれるって言った。でも、住むところはどうしよう？　誘えば一緒に住んでくれるかもしれないけど、私たち、意外に趣味が違うし、近いところに部屋二つ借りたほうがいいかもしれない。そのほうが気兼ねしないし、お客さんが泊まりに来たときも便利だろうし……。
「あっ」
　私は大事なことを思いだした。
「優花里さん」
「ふぁい？」
　レンジでチンしたパックのご飯と、残り物のコロッケを口いっぱいに頬張って、もぐもぐしてた優花里さんが振り返る。待って、そのほっぺ可愛い。けど、私は顔を引き締めて訊く。
「麻子さんち、泊まったでしょ」
　ごふっ、と優花里さんが被弾したみたいに揺れた。ご飯ふき出しかけて、ギリギリでこらえてる。
「は、ふぁって、ひ」
「メールくれたのはいいですけど、泊まったっていうのは聞いてないです。そういうのはちゃんと話してください」
　あ、ちょっと戦車道モード入っちゃったかな……自分で思ったより私、気にしてた。
「それは、あの、冷泉どのがちょっとした悩みを抱えてたからで。浮気とか、変なことじゃないですよ。そんなことありえないです！　仲間同士で」
「ほんとにそう言える？」って見つめてから、わかりやすく言わなきゃと思ったから、「私と優花里さんも、仲間同士だったでしょ。でもこういうことになったでしょ。ありえない、はないんです。心配になるようなこと、しないでほしい」
「そ、それを言うならみほどのだって、澤さんと朝、仲良くしてたじゃないですか！」
「あれは泊まってないです！　澤さんが追っかけてきただけで！」
「そんなの見ただけじゃわかりませんよう！　あの日はみほどのが澤さんと一緒に戦車乗りましたし、私だって心配でした！」
「あっ、謝ったくせに！　やっぱり妬いてるじゃないですか！」
「みほどのだって！　私は冷泉どのの悩みを聞いてただけです！　みほどのにはわからないこともあるんです！」
　むーっ、とほっぺた膨らませてにらみあっちゃった。なに、私にわからないことって……。
　あ、そうか。
　華さんが言ってたことだ。麻子さんの悩みは秘密にしたいことだから、優花里さん、それを守ってあげてるんだ。
　それじゃあ……私のほうが折れなきゃ、だめだよね。
「ぷふぅっ」
　腹立ちを吐き出して、すーっと深呼吸した。
「……わかりました。謝ります」
「え？」
「優花里さんを不安にさせた私が悪かったです。責めてごめんなさい」
　そう言って頭を下げると、優花里さんは戸惑って手を振った。
「ま、待ってくださいよ。どうしたんですか、急に。怒ってたのに」
「麻子さんの相談って、沙織さんのことだったんでしょ。それを話せないから、優花里さん困ってたんだよね」
「ふぇっ？　どうしてそれを」
「えへ、それは秘密。でも優花里さん、そういう理由なら私も怒らないよ。ていうか、それを先に確かめなきゃいけなかったね。ちょっと感情が先走っちゃった。ごめん」
「みほどの……」
　私を見つめると、優花里さんも膝をこっちに向けて、頭を下げた。
「お見通しだったんですね。恐れ入りました。私も謝りますっ、ごめんなさい」
「いいよ、優花里さん……」
　目が合うと、二人で噴き出しちゃった。
「あはは……なんだろうね、これ」「そうですね。ふふ……」
　置いていたお箸を取って、また食べ始める。ご飯はちょっと味が変わっていた。さっきまでみたいに、ほんわりしたおいしい味じゃない。パックのプラスチックの匂いがちょっとする、現実の味。
　でも、その現実に、隣の優花里さんがいる。それって、どんなことより嬉しいはずなのに。
　私、知らないうちにすごく贅沢になっていた。
　もぐもぐ食べ終えた優花里さんが、お箸を置いて手を合わせる。
「ふー、ごちそうさまでした。ひあっ!?」
　悲鳴を上げたのは、私がいきなり横から抱きついたから。
「み、みほどの？」
「優花里さん……私、大事にするからね。優花里さんのこと！」
「なんですか!?　いきなり」
「いま私、すごくばかだったから！」肩に顔をすりつける。「私たち、まだほんのちょっと仲良くなっただけで、なんの契約もしてないし、たくさんのみんなに認められたわけでもない。私と優花里さんをつないでるのは二人の気持ちだけなのに、さっきの私は、なんにも考えずにそれを試すようなことしたから！　けんかして、もういいですって優花里さんが出てっちゃったら、それで終わりかもしれないのに！」
「……」
「私も優花里さんも、何もせずほっといたら違う人生へ進む人間だよね？　生まれたところも家族も違う。それを私たち、なんとか捻じ曲げて二人一緒でいようとしてるんだよ。それって、すごくがんばらなきゃいけないことだよ。気を付けて、大事にして……。それなのに私、優花里さんに怒っちゃった。当たり前みたいにそばにいたから。油断して、忘れちゃって……」　
「もう、どうしたんですか、みほどの……」
　ふわっと頭を包まれた。優花里さんの両腕。
「みほどのがそんなことを考えるなんて。あなたほど人生を変えてきた人はないじゃないですか。この先どんな道だって、自分の力で切り開けていけますよ」
「私一人で変えてなんかいけないよ！」またちらりと、大洗に来てすぐのことが思い浮かんで、寒気がした。「あんなの、もういやだよ！　優花里さんとじゃなきゃ、やだ……！」
「あれれ、急に甘えん坊さんになっちゃいましたね……」
　見上げると、濡れた目に笑顔が映った。ちょっと困ったような、でも、とても優しい顔。
「がんばらなきゃいけないのは私のほうだと思ってました。でも、私はある意味で楽なのかもしれません。みほどの一人を目指していけばいいんですからね。きっとみほどのはその他のいろんなものが見えてるんでしょう。……そんなみほどのに余計な心配をさせちゃったのは、悪かったです。私も、誤解されないように気を付けますね」
「違うの、優花里さんが気を付けてっていう話じゃないの」私はけんめいに首を振って、「私は、自分がまたばかなことしそうで怖いの。いろんなものに気を取られているうちに、いちばん大事なことを忘れちゃうのが怖い。電話するの忘れてて、優花里さんを一人にしてたって気づいたとき、ぞっとした。私、そういう人間だから。きっとこの先も、優花里さんをつらい目にあわせそうだから……！」
「大丈夫ですよ」
　優花里さんがあったかくうなずく。
「私は一人に慣れてます。待つのに慣れてます。戦車に乗れる日を、あなたみたいな人が来てくれる日を、ずっと待ってました。それに比べたら、今は。――あは、私も慣れすぎちゃってたみたいですね。ちょっとみほどのが他の人と仲良くしたぐらいで、うじうじして。こんなに近くにいられるのに」
「そんなことない、そんなことないよ、優花里さん」手を頬に当てる。「妬くのは当然だよ。そう思ってくれて嬉しいよ。怒ったときは、そう言ってほしい」
「それはそれで大変ですよ。みほどの、実は武部どの以上にもてもてじゃないですか。学校という学校に友達がいて」
　はは、と苦笑する優花里さんの顔には、でも嫉妬の色なんか全然なくて。
　喜んで、誇ってくれてる。私に、お友達がいっぱいいるのを。
　それに比べて私、なんて小さなことを気にしてたんだろう。優花里さんと麻子さんがちょっと仲良くしたぐらいで、ちくちく叱って。
「うう……」
「あれ、みほどの？」
「優花里さん、やさしい……おっきい……」
「えー？　そんなことないですよ全然。私なんか――」
　言いかけて、言葉を切る。うん。わかってくれてる。私が謙遜なんか聞きたくないってこと。
　ぽっとおでこにあったかい点ができた。柔らかな唇。
「……そうですよ、私は、とことん優しくなっちゃいますよ、みほどのには」
「うん……」
「だから……甘えちゃってください。やきもち妬いて、わがままを言って。ね？」
「うん」
　後ろ頭をさわさわと包まれて、すーっと前髪を嗅がれて、一週間が終わって。
　そしてまた、優花里さんのいる一週間が始まる。

　
　　（おわり）