振り向けなかった顔は  みほが電話に出なかったので、優花里はメールを一本入れてからうちを出た。 「たぶん、大丈夫ですよね……」   秋山理髪店のある住宅街から表通りに出て、三ブロック。一度折れて、一ブロック。日暮れすぎの学園艦を、私服のパーカーの背にリュックを負って、早足で歩いていく。交差点にあるいつものサンクスが見えてくる。  そのサンクスがもう、遊園地へ案内してくれる看板か何かみたいに、楽しいものに思えた。  コンビニだけじゃない。水色のガードレールも、店じまいの支度をしているパン屋さんも。うちからこちらへ向かう道筋すべてが、変に色鮮やかでいとおしい。  その先にみほの家があるからだ。  おかしいな、と優花里は思う。この辺りは前に何度も通ったことがあるのに。みほの家の近くだというだけで、嬉しく感じてしまう。こっちの方角に何百メートル行ったところにみほがいる、そう考えるだけでどきどきする。  好きな人がいるって、なんて不思議なんだろう。  道沿いに立つ茶色のフェンスと植え込みが目に映る。そこだ。何の変哲もない四階建てのアパートが、夜空にくっきり浮き上がって見える。エントランスに入って階段を一歩一歩踏みしめながら登る。  四〇一号室の前で、ちょっと呼吸を整えて、チャイムを押した。キンコーンと音が――しない。 「あれ」  もう一度。さらにもう一度。いつもは外まで聞こえるはずの音がしない。壊れたのだろうか。何の気なしにドアノブに手をかける。  カチャリとノブが回って手ごたえもなくドアが開いた。 「っええ?」  泡を食ってガチャンとドアを閉ざす。女の子一人暮らしのみほの部屋が、施錠されていないなんてありえない。いや、またうっかりして鍵を掛け忘れたのかもしれないけど。  世間の親しい友だち同士なら、こんなときにはさっくりと中へ入っていくのだろうが、優花里は入れなかった。友だちの家そのものに慣れていない。ましてや無断で入るなんて考えたこともなかった。  もう一度、薄くドアを開けて呼びかける。 「みほどの……みほどの! こんばんは、秋山です!」  やはり返事はない。優花里はだんだん心配になってくる。奥の部屋は明かりが点いているようだが、ドアがオフセットしているので直接は見えない。目を落とすと、靴脱ぎに茶色のローファーが揃えてあった。それに白のスニーカーもあるが、どちらもみほの靴のはずだ。  つまり、みほが中にいるのに、鍵をかけていないし、返事をしない。 「ええ? 大丈夫ですか、これ……」  なおも優花里は迷ったが、やがて決心を固めた。  ――大事なみほどのに何かあったら大変ですし……それにもう、こ、恋人なんですから! 「よしっ。みほどの、失礼します!」  気合を入れると、声をかけて優花里は中に上がった。  部屋を覗くと――カーディガンを肩に羽織ったみほが、机にうつ伏していた。 「みほどの?」  歩み寄って肩をつかもうとして、思いとどまる。栗色の髪の中に、プレイヤーのイヤホンコードが這いこんでいた。かすかに音楽が漏れている。横顔は寝息を立てている。 「……なぁんだ」  どっと気が抜けて、優花里は溜息をついた。  少しのあいだ、たたずんで見つめた。寝顔はひどく幼い感じで、抱き締めたいような、守りたいような気持ちで、胸がきゅっとなる。  部屋を見回す。机の横に置かれたかばんの口が開いていて、中で携帯のランプがチカチカと点滅している。道理で電話に出なかったわけだ。ソファにはボコ人形の横にコートが放り出されて、テーブルには雑誌や郵便物が散らばっている。隅のかごから、畳んでいない洗濯物があふれている。  片付いていない、みほの部屋。人が来ると思っていなかったのだ。優花里は気づく。勘違いで押し入ってしまったけど、これじゃただの空き巣だ。出て行かなきゃ。  そう思いながらも、どきどきしてしばらく動けなかった。いけないことをするのはひどく魅力的だった。せめて一息、すうっ……と部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。  春の夜の花の繁みのような、甘く柔らかなみほの匂い。 「くぅ……っん」  ぶるっ、と肩を震わせてから、そっと後ずさりしようとしたとき。 「うぁ」  みほがうめいた。  どきりとして見つめる。みほが頭を横に倒す。様子がおかしい。眉間にしわがよっている。  うなされているみたいだ。 「ん……ぐ」  もう一度首を振ると、カーディガンがするりと床に落ちた。セーラー服のままの肩が現れる。机に爪を立てるような仕草をする。  部屋の暖房はやや弱い。上着無しでは、きっと寒い。優花里はそれを拾い上げて、肩にぱさりとかける。  その途端に、がばっとすごい勢いでみほが起き上がった。イヤホンが跳ね飛ぶ。優花里は息を呑む。 「ひっ」 「あ……」  振り向いたみほの顔は真っ青で、瞳に冷たい涙があった。         〇oooooooo〇    みほは学園艦船腹の長いタラップを降りて、連絡船に乗り移る。春先の海は荒れていて、揺れる船同士がギイギイとこすれ合う。  空は暗い。  振り向かなかった。連絡船の露天甲板を歩くときも、窓際の席に腰を下ろしても、決して来た方向を見なかった。  暗空にそびえる巨大な黒森峰学園艦。その舷側に鈴なりになった、戦車道のチームメイトたち。  その顔を見られなかった。合わせる顔がない、というより、もっと悪い理由だった。  見るのが怖い。   自分一人のせいで優勝を逃がした。好意を向けられるわけがなかった。  怒りに燃えているはず。  軽蔑に冷えているはず。  逃亡を笑っているはず。  すべての理由が重圧となって背中にかかってくる。だから振り向けなかった。  ゴンゴンと判決の銅鑼みたいな重い音を立てて、スクリューが回る。罪人を引き回す馬みたいに連絡船が進み始める。黒森峰を離れて、遠くの違う場所へみほを連れていく。  だが、離れても重さは消えなかった。背中に張り付いていた。あの寒気がする敗北の圧力を伴って、うっそりと、覆いかぶさるように――。  ぱさっ、と背中に触れた。 「ひっ」  ぞっとしてみほは顔を起こす。一呼吸で悪夢から現実に立ち戻る。いまの感触は現実だった。後ろに誰かが――。 「あ……」  振り向くと人がいた。涙を拭いて確かめる。 「優花里……さん?」 「……はい」  パーカーにズボン姿の少女が、おびえた顔で立っていた。       〇oooooooo〇 「あっあのっ……申しわけありませんっ!」  優花里は焦りまくった様子で頭を下げる。 「か勝手に入っちゃいましたけどその、ドアが開いてて、いえ開いてたから気安く入ったんじゃなくてですね、チャイムが壊れて、いやっ壊れてるかどうかはわからないんですけど、押してもアレで、呼んでもご返事がなくて、それに電話にも出られませんでしたし、ひょっとしたら病気とか、誰かが中にって、心配でそのっ」 「優花里……さん?」  みほは手を伸ばして、わたわたと手を振る優花里の手首を握る。引き寄せて肘をつかんで、腕、肩、そして頬に触れていく。 「……ほんものだ」 「はいっ、本物です! すみませんー!」 「ほんものの優花里さんだ」  そう言うとみほは優花里の肩にどっと両手を預けた。 「よかったあぁ……」 「はう……」  息を詰めた優花里が、おずおずとみほの肩に触れて、「あの、大丈夫ですか?」と訊く。 「うん。いま、ちょっといやな夢見ちゃってて」 「いやな夢……」 「昔の」立ち並ぶ黒い人影。頭を振って忘れる。「ううん。もういいんだけど……」 「お疲れなんじゃありませんか。今日の練習はちょっと失敗しちゃったし」 「そうかも。反省会してたら寝ちゃったみたい」  机のノートに目をやる。今日の戦車道の練習で、味方が撃破された時の状況をまとめようとしていた。眉間を揉む。 「なんか、ぐったりしてる。今日はもうやめとこうかな」 「無理はしないほうがいいですよ。あ、もしかして夕ご飯もまだなんじゃありませんか?」 「うん……」 「でしたら、ご一緒しませんか。うちから持って来たんで」言ってリュックを下ろした優花里が、風呂敷包みを取りだした。「みほさん一人じゃ寂しいだろうって、母が作ってくれたんですよっ」 「あ」みほは微笑む。「みほさん、って」 「そっ、それは母がですね!」  優花里がちょっと顔を赤くした。  みほは玄関を出てチャイムを押してみた。確かに音はしない。ドアにしっかり鍵を閉めて戻り、ソファに腰を下ろす。優花里が中腰で様子を見ている。 「うん、チャイム鳴らなかったね」 「はい……」 「鍵も閉め忘れてた。私ってうっかりだなあ……」 「いえっそんなことは」 「優花里さん!」 「ひゃい!?」  いきなり抱きついたので優花里がまた固まってしまった。その頬にぐりぐりと頭を押しつけて言う。 「優花里さんでよかったよぉ〜! 誰か知らない人が入ってきてたらどうなってたか! 想像したらすごくこわい……!」 「こ、怖いですね、それは」 「優花里さんなら入って来てもいいからね。気にしないで」  そう言うとみほは、あっそうだ、と机に向かった。引き出しをごそごそあさって、小さな銀色のものを取り出す。 「これ」  手のひらに渡されたものを見て、優花里が目を丸くする。 「これ……合鍵ですか? 部屋の?」 「優花里さんが持ってて」 「こ、こんな大事なもの、もらえません!」 「いいの」手を包んで、鍵を握らせる。「優花里さんなら、入ってきてもいいもん。ううん……いつでも入ってきてほしいの。預かってくれる?」 「みほどの……」  目を潤ませた優花里が、ぎゅっと胸元に鍵を握りしめた。 「大事に使わせてもらいます!」  みほはうなずいた。  優花里の母が作ってくれたのはちらし寿司だった。みほはそれに合わせて、手早く味噌汁を作って出した。いただきますと食べ始めたが、味噌汁を口にしたとたんに優花里が固まった。どうしたの? と聞くと、いえっおいしいですと掻きこんだが、様子が変なので問い詰めると、困ったように白状した。 「あ、甘いんですね、みほどののお味噌汁……」 「えっ、そう?」  間違えて砂糖でも入れてしまったかと飲んでみたが、別段おかしくもない、実家の味噌汁の味だった。しかし、大洗学園艦に来てからひそかに抱いていた違和感を思い出して、はっと気づいた。 「もしかして、こっちのお味噌汁って普通にあんなに辛いの? お塩入れてるんじゃなくて?」 「辛いって言いますか、普通ですけど……」 「うちはこれが普通だったんだけど。あれ?」  みほはわざわざキッチンから味噌のパックを持ってきて優花里に見せた。ひと口なめた優花里が、ああーとうなずく。 「味噌から違うんですね。これ、ご実家の仕送りですか。聞いたことがあります。九州のお味噌は甘いって」 「そ、そっか……うちのやつ、甘かったんだ……」ショックを受けてみほはよろめく。「ごめんね、優花里さん。口に合わなくて」 「口に合わないなんてことはないです、おいしいです! さっきのはちょっとびっくりしただけで。みほどののお料理なんですから、私が合わせます!」  身を乗り出して優花里が力説したので、みほは押されつつ手を立てた。 「わかったよ。でも、ちょっといろいろ試してみるね。二人ともおいしいお味噌汁、作れないか」 「二人ともなら……はい」 「それより、お寿司いただこうよ。こっちはとてもおいしいよ!」  お重に詰めてきたちらし寿司がきれいになくなった。   食事が終わると、優花里が勉強道具を取り出して、宿題やってっていいですか、と尋ねた。みほはちょっと考えて、じゃあ私はさっきの続きを、と答えた。 「調子も戻ってきたし、一緒にやろう」 「はい!」  テーブルの角を挟んで、キッチン側がみほ、ソファ側が優花里。味噌汁を作って出したのは初めてだったけれど、二人でこのテーブルにつくのはしょっちゅうで、いつの間にか位置まで決まってしまった。  卓上に食後のコーヒー、カップはみほのものと、間に合わせのを一客。大事なもらいもののティーカップは五人の時に使うから、そのうち別にお揃いのを二客買いたい。  広げた問題集と作戦ノート。砲弾型の消しゴムと普通の消しゴム。優花里は太くて濃い字を書く。そのくせ消す時には目を寄せて消しゴムの先っぽを持って、こちょこちょと念入りに消す。  問題に詰まると頬杖を突いて目を横に泳がせて、ふーん、と唸る。二の腕を掻く。唇が尖るのが可愛い。ペン先で癖毛をくるくると巻く。  ふとこちらを向いて、びくっとした。 「な、なんですか?」 「ううん。――別に」  見てるだけで楽しいなんて言ったら、優花里のことだから、過剰に意識してぎくしゃくしてしまう。小さく笑ってみほは自分のノートに集中した。  今日の戦車道の練習は、川べりの一本道での遭遇戦で――考えてみれば、あの時の一戦と同じだった。だから思い出してしまったんだ。お姉ちゃんもみんなもとっくに許してくれたみたいだけど。負けたときのあの気持ちっていうのは、いくら許されても消えるものじゃないみたい。 「みほどの」 「――ん?」 「今日、その。……泊めていただいても、いいですかね……」  みほは目を向ける。優花里が机の隅を見つめて息を詰めている。どことなく深刻に見えたので、みほはその意味を取り違えた。 「あれ……お母さんとけんかでもしたの? ううん違うか、お寿司作ってくれた。お父さんと?」 「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」  ぐぐ、とシャーペンを握る手に汗がにじんでるみたいだ。「そのっ、そ、あの」と何か言いかけようとする。  しかし、みるみる耳まで真っ赤になったかと思うと、「なんて言ったらいいんでしょうね……」とうつむいてしまった。 「え、なに? 優花里さん。どういう――」  みほが顔を覗きこもうとしたとき。  優花里がペンを置いて手を握り、「みほどのとしたいです」と言った。 「へ」  思考が止まった。優花里が口をきゅっと結んで、真剣な目で見ていた。  出し抜けに完全に意味がわかって、どきんと心臓が跳ねた。 「しっ、あ、えっち?」 「っ、ふぁい」 「そ、そっか。えっちかー。家出じゃなかったね」  はは、とみほは笑おうとしたが、頬が熱くなってうまく笑いそこねた。みぞおちの奥もぎゅっと堅くなる。優花里の手の汗ばみがはっきり感じられて、それを覚えている全身の肌がざわついた。 「えっちしたい、んだ」 「はい」うなずいてから、「すみませんなんか、こんな言い方で。私、ムードとかわかんなくて」 「いいよ、うん……私もそういうのは、よくわかんないから」眼差しが熱すぎて受け止めきれない。こちらも横へ目をやってぼそぼそ答える。「でも、優花里さんの言い方は、いやじゃないよ」 「そうですか?」 「うん。それに――付き合ったんだもんね。えっち、するよね……」  それをみほは、なかば自分に聞かせるために、何度も言っていた。実家では口にもできなかったような言葉。それをこっそりと口にするのが楽しい、ということに気づき始めていた。 「いいよ……えっち。私もしたい、よ」 「わぁ」  優花里が顔を輝かせた。そのままぐっと手を引かれたので、あわててみほは顔を上げた。 「待って優花里さん、まだっ、まだ宿題!」 「う……宿題ですか」 「そう! 他にもいろいろあるから! 先に済ませよう? 済ませたらね、えっち、いいから!」 「そ、そうですね……」  エンジンのかかりかけていた優花里が、手を伸ばして、離した。なんとか落ち着きを取り戻そうとしながら、「わかりました、全部済ませてからですね」とうなずく。 「うん」  うなずき返しながら、みほは手をテーブルの下へ持っていって押さえた。優花里に強く握られたところが、いやに熱くて心地よかった。  ――やっぱり優花里さんの手、強い……もっと握られたくなっちゃう。 「すみませんみほどの、集中しますっ。しばらく黙ってやりますね!」  がりがりとシャーペンを走らせ始めた優花里から天井に目をやって、ほ、とみほは息を吐きだす。  おかしなことにというか、当然というか。それから二時間、二人は指一本触れ合わずに雑事を片付けた。二人とも集中すると強いタイプだった。何も考えずにふらふらすべてをこなしていく麻子や、すぐ気が散る沙織が一緒にいたら、こうはいかなかっただろう。  先に宿題を済ませた優花里が作戦の話にも加わって、みほの仕事も終わらせた。夜が更けるころにノートを閉じて、一息ついた。 「あー終わったあ」 「疲れましたね……ていうか、みほどのいつも、これ一人でやってたんですか?」 「うん。今日はいろいろミスっちゃったから多かったけど」 「頭が下がります……」  とんとんとノートをまとめてリュックにしまうと、優花里はちょっと考えて、携帯を取り出した。メールを打ってから電源を切る。 「家に言っときました。あ、もともと泊まるかもって言ってあるんで」 「じゃあ、大丈夫だね」 「あ、みほどのも、電話のほうを……」 「ふぇ?」 「ほら、途中でよそからかかって来たら、気まずいじゃないですか」 「そ、そうだね」   途中で、のひと言にも意味を感じてしまう。ぎこちない手つきで、みほは携帯の電源を切った。  電話を置くと動作が途切れて、目が合ってしまった。 「えーっと……準備。寝る準備、しよう」わざとらしいと思いつつ、そ知らぬふりで立ち上がる。「優花里さん、着替えある? あ、下着だけ? じゃあパジャマは貸すね」 「ちょ、ちょっと失礼しますね」  リュックを探った優花里がポーチを持って洗面所へ向かう。同じだなあ、とみほはくすぐったい気持ちになる。お互いのしたいことはわかっているけれど、入り方がわからない。  ベッドを整えてテーブルを片付けると、みほも洗面所に向かった。しゃこしゃこやっていた優花里の横から手を伸ばして自分の歯ブラシを取る。なんとなくお互い背中合わせになって歯を磨く。すると背中やお尻がもぞもぞと当たった。ちょっと嬉しくて、わざともたれた。 「あの、みほどの」 「んに?」 「やりづらい、でふ」 「私も」  口をゆすぐとき、先にコップを手にした優花里が一瞬止まってから、おずおずと水を口に含んでいた。鏡に映るその姿を、みほは目を細めて見ていた。 「どうぞ」  使い終わったコップを渡して戻ろうとした優花里の肩を、みほはつかんだ。 「待って」  自分の口をゆすいでから、目を見てささやく。 「おふろ、はいろ」 「あ、そうですね。じゃあみほどのから――」 「一緒に、はいろ?」  ぎくっ、と音が聞こえそうなほどはっきり、優花里が立ちすくんだ。  かすれた声で、「一緒に、ですか……」とつぶやく。 「うん。……だめ?」 「いいえ」即座に優花里が首を横に振る。「うれしい、です……でも」 「でも?」 「二人で、はだかになっちゃう、ってことですよね……」 「なりたくない?」  優花里が真顔になり、額にじんわりと汗を浮かべる。 「みほどの、今夜はすっごく、えっちです……」 「優花里さんが言い出したんだよ?」 「は、はい。そうでした……」  優花里は目を落とす。そわそわと心地よい寒気がみほの背筋を走る。この人は自分の知らないことを教えて気持ちよくしてくれるけど、それとは反対に、自分のひと言で嬉しくも情けなくもなってしまう。  心がやわらかにほどけていく。この人には何もかも見せたいという気持ちになる。 「待ってね」  バスルームの浴槽に栓をして、湯を溜める。いつもは一人なのでシャワーで済ませているが、今日はそれでは足りない気がした。  外へ出ると優花里の手を引いて部屋に戻った。カーテンがきっちり閉じていることを一緒に確かめてから、これで二人っきりだよね、と見つめ合う。 「あのね優花里さん、私、前はえっちなこと全然知らなかったんだよ」 「はい……」 「いけないことだって思ってた。今でもまだ、思ってる。すごく恥ずかしい……でも、優花里さんと二人だけなら、いいよね?」 「はい」 「おんなじ気持ち? 誰にも見せないこと、したい?」 「し、したいですっ」  優花里が強く手を握る。  きゅう、と甘く胸を締め付けられながら、みほはそれまで形にしたことのなかった願望を、口にした。 「脱いで」 「は……」 「ぜんぶ。上も下も」  夕日の色に顔を染めて、口をはくはくさせた優花里が、ぎゅっと目を閉じると、「はいっ……!」とうなずいた。  みほはベッドに腰かけると、目で促した。  優花里が服に手をかけた。  パーカーを落とし、長袖のシャツを頭から抜き、モスグリーンのブラに手をかける。一度指を滑らせたものの、ぎこちない手つきでそれも脱いだ。ぷるん、とささやかな乳房が現れる。かすかな産毛の残る、乾いた白色の素肌。頬や首筋や胸元はぼうっと美しいリンゴ色に染まり、体内で高まる熱が透けて見えるみたいだ。  みほは動かない。愛おしむような眼差しを向けている。優花里が、はー、はーと息の音を聞かせながら、迷彩ズボンに手をかける。ベルトを外してすとんと落とす。うっすらと腱の浮き出した内腿。ブラと同じ色のショーツ。腰に指をかけて、動きを止めた。  懇願するような目。問い返すように小首をかしげるみほ。観念したように目を閉じる優花里。  両手でお尻からするするとショーツを下げると、内股になっていやに女の子めいた仕草で、片脚ずつ引き抜いた。淡い茂みと、薄紅のあそこ。最後に黒のソックスを脱ぎ捨てる。  散らばった衣服の上で、前を手で隠して、優花里は生まれたままの姿で震えた。 「脱ぎました……」 「優花里さん、きれい……」  明かりはつけたままだ。いつもの自分の部屋の真ん中に、裸の優花里が立っている。学校の大浴場で脱ぐのとはまったくわけが違う。形よく筋肉のついた二の腕も、すんなりと伸びた脚も、人目を気にせずに、熱のこもった目で見られる。  非現実的すぎて、心臓が止まってしまいそうだった。魅入られそうになって、懸命にこらえる。 「お風呂、行っててくれる? 私も行くから」 「はい……」  洗面所へ歩いていくしなやかな背中と、形よく引き締まったお尻が、目に焼き付いた。  後を追って立ち上がろうとしたとたんに、よろけた。裸を見ただけで体ががくがく震えていた。興奮が収まらない。  深呼吸して、着たままだった制服を脱ぐ。いつものようにきれいに畳んだりはせず、優花里の服の上に乱雑に脱ぎ散らかした。  タオルの用意をしてから、バスルームのドアを開けた。 「入るね……」  湯加減を見ていた優花里が立ち上がった。温気の中に入って、みほはドアを閉ざす。ものすごい閉塞感だった。一人用の狭い空間に、肌をあらわにした体が二つ。湯船から立ち昇る湯気がまとわりついて、二人の匂いを蒸しあげて、すみずみまで行き渡らせる。目も逸らせないし、逃げも隠れもできない。空気が濃すぎて、目がしぱしぱする。  ――優花里さんの中に入っちゃったみたい。 「みほどので、息が詰まりそうです……」  緊張にこわばった顔で、優花里もあえいだ。  抱き合って唇を重ねた。汗ばんだ乳房と乳房が、柔らかく押し合ってつぶれて滑る。そのとたんに優花里の激しさが暴発した。ぎゅううっ、と背中を抱かれて舌が入る。んっ、んっとみほは喜びに鼻を鳴らす。おなかの下でさわさわと茂みが絡む。その奥の部分は、いつのまにかねっとりと湿っていて、ちょっとでも触れられたら、すぐさまそのことがばれてしまいそうだった。お風呂にしてよかった、と思った。  んっんっ、んっ、と、唾液の音すら漏れないほど深々と口を重ねて、互いに混ぜあい飲み下してから、ほんのわずかな息継ぎの隙に、みほは優花里を押し離した。 「待っ――て――」 「みほどの」 「まって。おふろ」  腰の横の壁をまさぐって、シャワーの蛇口をひねる。  シャアッ! と勢いよく冷水が降りかかった。びくん! とあわてて離れようとする優花里を、逆に抱きとめる。濡れながら手探りして、ほどよい温度に合わせた。びくびくともがいていた優花里が、ぬるま湯になるとおとなしくなった。 「いい?」 「はい。……ちょっとびっくりしました」 「ごめんね。洗おうね」  もう今夜は髪の心配をする気もなかった。抱き合ったまま交互に頭からたっぷりと湯を浴びた。それにつれて、欲情の最初の激しい峠が過ぎていき、遅れてきた愛しさが追い付いた。自分の頭ではなく、相手の髪に指をかけて、揉み洗った。シャンプーで目を開けられなくなると、くしゅくしゅという泡の揉み心地だけが感覚のすべてになった。 「優花里さん、髪多すぎだよ」 「すみませんね、もしゃもしゃで!」 「洗い甲斐がありすぎるよぉ……あっ、それでかな」 「何がですか?」 「いっつも、優花里さんって髪の匂いがするの。あれ、面倒で毎日洗ってない?」 「うあ。……そ、そうですよ……」 「あっ、へこまないで。私、匂い好きなんだから!」 「みほどのが好きでもですね……」 「ごめん、忘れて? ほら、じゃーじゃーしよ?」 「じゃーじゃー? あ、はい」  ハンドシャワーを取って優花里の髪を洗い流すと、ぶるるっ、と彼女が犬みたいに頭を振った気がした。見えてはいないのでよくわからない。  すると肩を押さえてしゃがまされた。「なに?」と聞くと、気配が背後に回った。 「こんなことする機会はないと思ってたんですけど……みほどの、秋山スペシャルいっちゃいますよ?」 「あきやまスペシャル?」 「うちが何のお店だと思うんです?」  言葉とともに、泡立った頭皮へ十本の指が潜りこんだ。とたたたたっ、とピアノの速弾きのように小さな刺激が跳ねまわる。 「ひっ、やぁっ!」 「うふふふ、いいでしょう。うちの親直伝の必殺技です」 「やっ、はぁっ、ひぅんんっ……!」  くすぐったさと紙一重の快感に、みほは首を振って悶えてしまった。  秋山スペシャルの効果は相当なもので、みほが次に気が付いたのは、ゆすぎの後のリンスまで済んでからだった。自信に満ちた指が、髪の毛をひと房ひと房挟みながら揉み洗ってくれた。 「はぁ、はぁ……優花里さん、うますぎ……」 「えへへ、ありがとうございます。みほどのだけのサービスですよ!」 「うん……」  洗髪が済むと、みほはスポンジを泡立てた。振り向いて、膝立ちの優花里を押し留める。視界がすべて優花里の体だ。そっと首筋に押し当てる。 「洗うね」 「じ、自分で洗っちゃ……?」 「洗わせてくれない?」  優花里は感極まったようにぷるぷると震えて、「どうぞ……」と身を任せる。  首の後ろから前へと滑らかに往復して、肩を丸くなぞるようにして。腋の下をぬぐって、腕を取って骨に沿ってしっかりと滑らせて。硬い肘先をコリコリと削って。広げた手のひらと指を、一本一本包むようにして。  優花里の体を構成する部分を、ひとつも余さず楽しんでいく。それが丁寧極まりない愛撫となって、溶け落ちそうなほどに優花里を心地よくさせる。 「みっ、ふぁぁ、みほどの、みほどのっ……」 「くすぐったい?」 「きもちいいですっ! こんな、こんなっ……」 「きもちいいのは私だよ……」  両手から胸へ。これ以上ないほど優しく、乳房に円を描いて。おためごかしに洗うだけではなく、空いた左手にもたっぷりと泡をつけて、もう片方の乳房を包む。谷間へ寄せて、ぎゅうっ……と押しあげて。ぽつりと小さな乳首も、指の腹でふにふにと揉みこねて。 「は、はぁっ……んんっ……」  優花里の顔は真っ赤で、目の焦点が飛んでいる。鼻血を出さないか心配になるぐらい。でなくても湯あたりしそう。こちらへ倒れかかってくる前に、みほはあひる座りで膝を進めて、胸を抱きとめた。 「溶けちゃって、優花里さん。いーっぱい気持ちよくなって、いいからね……」 「ふぁ、はぁぁ……」  はーっ、はーっと優花里の肺が大きく収縮している。どれだけ興奮しているか、ぬるぬると重なった乳房から直接伝わってくる。愛しい気持ちのこもった手をその背に回して、うなじにスポンジを当てる。ここからは少し力をこめる。ぎゅっ、ぎゅっと背中をこすり落とす。肩甲骨のごりごりした手触りが心地よくて、ぐいぐい撫でまわしてしまう。 「んふ……」  腰のくびれまで洗い下ろすと、身体を左手で支えて前を開かせる。「脚、伸ばして」。通じるかなと思ったけど、まだかろうじて優花里は聞いていた。曲げていた足を、ずるりと横へ伸ばす。「そっちにもたれて……そう。いい子だよ、優花里さん」言い聞かせながら体を離す。  浴室の明かりで蜂蜜色に輝く濡れた太腿を、長々と拭い下ろす。膝小僧が少し突き出しているのに微笑んでしまう。昔の傷跡もちょっとあったりする。男の子みたいに飛んだり跳ねたりしていたのがよくわかる。膝を持ち上げて、裏側も。ふくらはぎを握りつぶすような感じで、ぎゅうっと先まで絞って、アキレス腱へ。足。かかとをつかんで、甲から爪先まで小さな輪をいくつも書く。足指の股にまで指先を潜らせる。「みほどのっ……!」と優花里が小さな悲鳴を上げる。 「あ、足なんて、そんな……」 「爪、かわいいよ?」  白い爪がやや伸びている。切ってあげたい。今は無理だけど。湿った指の股をひとつずつ拭って、足の裏までこすり抜いた。  そこから遡る形でもう一本の脚も仕上げた。骨盤からおへそへ進んで、贅肉のないすっきりしたおなかをとてもきれいだと思いながら拭ったところで――優花里が手をつかんだ。  目が合う。まさか、というような顔。はっきりと怯えていた。  その頬にキスをした。 「全部」 「いやですぅ……!」 「したいの」 「でも、でも……!」 「聞いて、優花里さん。……このあとは、私が洗ってもらうから」  優花里は追い詰められた小動物みたいに瞳を濡らしている。でも絶対、したいはずだ、とみほは確信していた。 「私の体、全部洗っていいから……ね?」  耳元でささやきかけると、やがて優花里がこくりとうなずいた。  みほは手に泡を乗せて優花里の股間に入れる。ささやかな茂みをくしゅくしゅとかき混ぜてから、さらに下の秘密の場所へ。何度かさわったことはある。でもそれは愛撫の時だった。洗うためじゃなかった。洗うには、すみずみまで調べなきゃいけない。  太腿を大きく押し開いて、そこをあらわにさせた。「やぁっ……」と目を閉じる優花里に、「大丈夫、暗くてよく見えないよ」と嘘をつく。室内灯に照らされても、優花里のそこはほとんど色がないように見えた。小ぶりな白い秘唇が閉じていて、指で割ると中に桃色がある。優花里さんはちょっと子供っぽいのかな、と乏しい知識で想像する。でも、自分でしてるって言ってたから、さわっても大丈夫なはず……。  尖った莢とその中の粒は小さかった。みほはそろえた指に乗せた泡を丁寧に揉みこんでいく。びくん、と腰が震える。ちゅぷちゅぷ、と小さな水音がする。指先に細かな感触が伝わってくる。粘り気やぬめり、薄い粘膜のくねり。自分のそこよりもさらに柔らかくて頼りない感じ。  ぐい、ぐい、と声を殺して優花里が身悶えする。内ひだに沿ってすにすにと人差し指で拭うと、「んんう……」と背中を反らせた。ぴしゃっ、としずくが飛ぶ。優花里さんのおつゆ……と、熱に浮かされた目でみほは見つめる。  真ん中につぷりと開いている小さな穴には、指を入れない。そこまでは石鹸を入れちゃいけない。今まで二人とも、深く指を入れたこともない。その周りを注意深くなぞるだけに留めた。 「も、もう……?」  優花里が薄目を開けたが、みほは首を振った。そしてさらに下へ指を進めた。 「あう……」 「だめ」  閉ざしかけた太腿を、強引に押し留める。そして谷間のさらに下の薄暗がりへ、暗い赤桃色のすぼまりにまで三本の指を進めて、指の腹でぬりぬりと揉みこんだ。 「ひ、やぁんっ……!」  優花里は聞いたこともないような艶っぽい声を上げた。押さえる手を跳ねのけて股を閉じ、みほの肩にしがみつく。「やめて、やめてくださいっ……」と哀願する。それでも、みほが差し込んだほうの手は抜けていない。太腿に挟まれて、まだ股の奥にある。みほは指先をゆっくりと辺りに這わせる。優花里のお尻の谷間を、前から入れた手で細かく探る。「ひや、あ、ああっ……」と口を開けた優花里が、あぐっとみほの二の腕に噛みつき、すぐにはっと口を離して、代わりに自分の手の甲を噛んだ。 「お尻、いや?」と、みほはぼんやりした口調で聞く。 「んっ、ううっ、ぐっ」と優花里は手の甲を噛んだままいやいやをする。 「私、ここさわったら、変だったの。なんだかむずむずして、切なくて……」 「うんっ、うんっ」優花里が激しくうなずく。 「ひょっとして、気持ちいいのかなって思って。……どう?」 「んんっ」優花里が口を離して、息も絶え絶えにうめく。「ぞ、ぞわぞわするんですぅ……!」 「いいよね。もっとする? ……今日は好きなだけできるよ? お泊まりだから……」 「やっ、だめ、くぅぅんっ」尖らせた指先で中心を押すと、優花里がすごい力でぎゅうっと手を締めつけた。「そんなところ、だめですってぇ……! お、お尻……っ」  びくついた足が浴槽のパネルを蹴って、ガタンと大きな音がした。その音で、みほはちょっと我に返る。確かに、夢中になってすごいところまで触ってしまった。 「あ、このへんにしよっか……」  小さく微笑んで手を引き抜いた。   ハンドシャワーで全身を洗い流す。優花里はまるで熱のある病人みたいに、はー、はー、と赤い顔でぐったりしていた。やりすぎちゃったかなと、みほは心配したが、やがて優花里は、ぐっとひとつ息を呑みこむと、身を起こした。  無言でみほの顔を見る。肩を抱いてキスする。ちゅむ、ちゅむ、と二度ほど唇をつけると、とろんした目で言った。 「みほどの」 「ん?」 「すごいこと、しましたね」 「うん……いっぱいしたくて……」 「全部、ありなんですね」 「うん。優花里さんとは、なんでも……」 「じゃあ、私もいいんですね?」  みほは軽く息を呑む。 「う……うん」 「じゃあ……しますね。私もしたいこと、あったんです……」  にこっ、と優花里は笑った。どんなことをされるんだろうと、どきどきした。  優花里はおもむろにみほを壁にもたれさせて、足元に回った。みほはスポンジを渡そうとする。 「これ」 「要りません。まだ」  そう言うと優花里は、みほの足先にぬかずいて、うやうやしく片足を取ると、キスした。 「優花里さん?」 「引かないでくださいね、全部って言ったんですから……」  足の指を、つぷり、と口に含んだ。 「ひゃ……!」  ちゅぷちゅぷとおしゃぶりが始まる。ぬるぬるした舌が指の股を這う。くんくんと鼻先が足の甲を嗅ぎまわる。ぞぞっ、と羞恥がみほの背を駆け上る。手を伸ばして押し留めたくなる。 「だ、だめ優花里さん……そんなの……!」  「だめじゃないです」  心なしか楽しそうに言うと、優花里はみほの足首をつかんで、爪先全体に思い切り頬ずりした。 「みほどのっ……!」 「やぁっ……!」  想像もしなかった優花里の求め方に、みほは真っ赤になって顔を押さえた。 「これ、したかったんですぅ……!」  柔らかな土踏まずに唇を押し当て、左右のほっぺたにかわるがわる足の甲をなすりつけて。鼻の下に小指から先の側面を押しつけて、くんくんくんと嗅ぎなぞって。優花里は夢中になってみほの足を味わう。ゆすいだだけで、まだ洗っていない足を。  指の裏全体に舌を這わせて、汗の残り香を舐めとっていく。  恥ずかしい、気持ち悪い、やめてほしい。そんな感情が渦巻くいっぽうで、舌のぬめりと唇の感触が、神経に絡みつくようで心地いい。自分の足がそんなに敏感だなんて知らなかった。そういう直接的な感覚が、お行儀のいい普段の感情を、塗り替えていった。  ……そんなに嫌じゃないかもしれない……。  優花里の愛くるしい顔が、大好きなおもちゃにじゃれつく子犬のように、嬉しい、嬉しいと無垢に喜びながら、自分の足にまとわりついている。自分だって、優花里の頭の匂いや体の感触が好きでおもちゃにしていた。こういうのは、自然なことなのかもしれない。好きな人の体の一部に惹かれてしまうこと。  自分のそこは、この人が欲しがるものだったんだ。人に見せられずに我慢してきたことを、自分がいいと言ったから、見せてくれることにしたんだ。  そう思うと――自然に、もう片方の足も上げていた。 「優花里……さん?」  右足に頬ずりする優花里の頬に、左足の甲をぴたりと添える。ぱっと顔を輝かせた優花里が、そちらの足も握りしめて、代わる代わるキスした。 「みほどの! すてきです……!」 「あし……そんなに好きなんだ?」 「はいっ」 「じゃあ、こういうのは……?」  左足を伸ばして甲で頭の後ろを支え、右足の甲で顔を掃くように、するり、するりと撫でた。「あは、みほどの、みほどのっ」と嬌声を上げて、両手を床についた優花里があごを上げ、顔でみほの足を追い回す。 「こう……しちゃったら?」  鎌にした左足で頭を引き寄せて、床に寝かせ、右足で優しく、きゅっと……と顔を踏みつけた。「んっ……あ、ああ!」と優花里が言葉にならない声を上げる。 「ふみふみ、する?」 「は、はいっ」 「こう……?」  ぐっしょりと濡れたこげ茶の髪を、床に広げて横たわった優花里の顔を、みほは両足で交互に撫で回し、ぎゅう、と足の裏で押さえつける。「最高ですぅ……!」と優花里が細い声を漏らした。 「そっか……優花里さんは、こういうの好きなんだね……」 「ごめんなさい、ごめんなさいっ」優花里は泣き声みたいな声をこぼしながら、顔の周りでうごめくみほの白い足を抱き寄せて、ぺろぺろと舌を這わせる。「みほどのがほんとに好きなんですぅ……き、嫌いにならないでくださいぃ……」 「大丈夫だよ、優花里さん」くふ、と足指で鼻を押さえつけて、みほは小さく笑ってしまった。「そんな優花里さんも……ちょっと可愛いな、って思っちゃった」 「あ……ありがとうございますぅ……!」  顔を上げて潤んだ目で言うと、優花里はみほの右足に抱きついてキスした。  そして促した。 「そこ、座ってもらえますか」  浴槽の縁に手をかけて言う。「ん、こう……?」と言われた通りに腰かけて、正座で見上げる優花里を見下ろしたとたんに、何をされるか分かった。  ――そういうこと、したいんだ……。  そろえた膝を、優花里に押し開かれる。お腹の下端に目を注がれるのに耐える。足の指を嗅がれたときと同じ抵抗感を覚えたけれど、それはもう、端から興奮に溶けた。  恥ずかしいことを、される。それを止められない。私だって、洗ってない優花里さんの髪を嗅いだから。  優花里が湯を洗面器にためて、手でみほの腹にすくいかけた。透明な流れがへその下へ流れて茂みを貼りつかせる。そこから手でたぷたぷとすすいでいき、やがて紅色のひだの覗く丘を、下から包んで濡らした。  指がそっとひだに分け入る。「んっ」とみほは肩をびくつかせる。ぱしゃぱしゃと何度もお湯をかけてひだをゆすがれていく。  脚やお尻の筋肉へと心地よいしびれが走り、それで力が抜けてふらつきそうになるのを、後ろの浴槽の壁側の縁に手をついて、必死に支えた。 「みほどのはお花みたいに甘くて涼しい匂いがするんですけど」  丁寧にみほの秘所を湯洗いしながら、優花里が上気しっぱなしの顔で語る。 「そうじゃないところもあるんです。そういうところは、どっちかというと海の匂いです」 「うん……」 「あったかい潮溜まりみたいな匂いです。私……それも、すごく好きなんです」 「うんっ……!」  何を言っているのかわかる。お互い、そこにはもう何度か触れていた。相手に見られないようにその指を味わったことがあったし、相手もそうしているのをうすうす察していた。 「それを」ゴトッ、と洗面器を横へどけて、優花里がみほの股間にひざまずいた。「じかにさせてもらいます。していいですよね?」  自分の股間に、優花里のふわっとした微笑みがある。それをみほは、奇妙に普通のこととして受け入れていた。まるで戦車が被弾して耳がキーンとなったときみたいに、自分の恥ずかしさが聞こえにくくなっている。  人前では固く閉ざしてきた扉を、優花里に向かってだけは少しずつ開けてきたけど、とうとう扉が開き切って、その外の、わけのわからない解放的なところまで来たみたいだった。  トイレの中でもそこまでしないほど、大きく脚を広げて、コリコリに硬くなったルビー色の先っぽと、白っぽくぬかるんでいる奥を、丸のまま見せた。そこに視線を食い込ませる優花里の顔を直視しながら、気遣って尋ねる。 「これで……いいかな」 「はい……」 「なか、ちゃんと見える……?」 「はい……!」  こくん、とうなずいた優花里が、唇を突き出してそこにキスした。 「わっ……あぁ……」  嬉しい声を上げてしまった。期待通りのぬるりとした感触がきて、ぞくぞくぞくっと背中から首の後ろまで快感が駆け上がったから。キスしたことのある優花里の唇が、指で触ってもらったことのある自分の秘所をはむはむと挟んでいる。どちらの場合よりもはるかにずっと、いやらしくて気持ちよかった。 「みほ……どの……んん」  鼻面を埋めて小粒をくにくにと押し回し、谷間にむぐむぐと舌を這わせる優花里の目元は、穏やかだ。興奮の赤みは続いているけれど、それよりも表情がやさしい。本当に好きなところにたどり着けたという満足感。  舌で舐めて、鼻先でくんくんと嗅ぐだけじゃなく、時に頬まで当てて、ふにふにと柔らかさをこすりつけている。キスも、ただの愛撫じゃない。かぷりと口で覆って、じわっ、と舌で押すようなこともする。こぷこぷとあふれていく蜜を、口に溜めるようなこともする。粒の下の小さな穴をちょんちょんとつつくのは、きっと出してほしいから。自分のおなかのぷくっとした袋に溜まっている温かい水を、浴びせてほしいから。  下腹でむずつく、浴びせたいという衝動を、みほはかろうじて抑え込む。自分に残った理性の最後のひとかけらだった。 「ゆか……りさっ……あっ……」 「みほどの、あし、こうして……」  優花里はみほの太腿を両肩に担いで、いっそう、すっぽりと股間に収まった。ミルク色のすべすべした太腿に顔を挟まれて、嬉々として左右に頬ずりする。その顔にみほは腰を突き出して押しつけ、優花里は両腕をみほのお尻に回した。そこから肘先を立てて、背中を支える。 「奥、いいですか?」 「おく……?」 「ふぁい……その、ここ、です……」  あそこを覆ったぬむぬむとする口腔から、尖った舌がうんと伸びてきた。自分では月に一度しか意識しないひだ穴の入り口を、ぬるり、と押し通る。 「んっ……深……」 「んうむ、んん?」  聞かれたことが直感的に分かった。女の子が一生に一回しかできないっていう、あれだ。 「うん」ためらわなかった。「来て、優花里さん」 「ふぁう……」  ぐっ、と力がかかった。抵抗感と……ちくっ、という小さな痛み。 「ひ」  完全に貫かれたという感じにはほど遠かったけれど、これが自分のそのときなんだ、とわかった。腹の下の優花里の頭を、ぎゅっと両手でつかんで、みほはささやいた。 「来た……よ、優花里さん」 「ん」  舌は引いて、ぬるぬるとしたいたわりの愛撫に変わった。はあはあと速い息をくり返しながら、みほは今の痛みを心に刻み付けていた。  ――あげちゃった、優花里さんに……。  なんだか無性に嬉しくて、声を上げたい気分になって、みほはぐっしょり濡れた優花里の頭をくしゃりと強くつかんだ。 「……ううーっ!」 「ふぃ?」 「優花里さん、優花里さんが私の初めてだよ……!」  それは完全に伝わったみたいだった。優花里の腕にぎゅっと力がこもったかと思うと、頭がぐいと上がって、ふかふかしたおなかにキスされた。 「みほどの、だいすきですっ」 「うん、優花里さんっ……」   みほは腕を回して、その頭を抱きしめた。       〇oooooooo〇    ユニットバスの浴槽は狭い。向かい合って座ったり並んだり、しばらくバシャバシャとお湯を飛ばして試した末に、足を延ばした優花里の胸に、みほが背中でもたれるかたちでまとまった。 「ふー……あったかいね、優花里さん」 「落ち着きますねえ」  熱く激しい愛撫の後で、力を使い果たしてしまったみほの体を、今度は優花里がきちんと洗ってから、湯船に入った。   優花里はみほの体に腕を回して、ふわりとお湯に浮いた乳房をふかふかと揉む。「おっぱい好きなの?」と振り向かれると、「ちょっとうらやましくて……あは」と笑った。 「ん」「んふ」  キスをして頬ずりする。といってもまた激しく高まる兆しはなくて、幕間の穏やかな確かめ合いという感じだった。お風呂でできることはだいたいやり尽くしてしまった。 「はー……」と縁にもたれて、湯をかき混ぜる。 「幸せだねー」 「幸せですねー」 「優花里さん、さ」 「はい」 「昔、何かひどい失敗をしたこと、ある?」 「失敗ですか? そりゃあありますよ。ファッションと芸能人の話してるクラスメイトの中でビショップ自走砲の可愛さ語ってドン引きされたり、ネットで調子に乗って話し相手にライフル砲と滑腔砲の解説してたら、実は相手が本職の防衛技研の人だったり」 「それは恥ずかしかったね。でもビショップは遅くてのろのろ動いてくところが可愛いとか?」 「そ! れ! です!」 「あはは、そっか……」  全力でうなずく優花里に、みほはちょっと笑ってから、静かになる。  優花里が「どうしたんですか?」と聞いてから、「あの、黒森峰にいたころの試合のことですか」と声を低めた。 「うん……」みほは意味もなくお湯を指ではじく。「今は幸せだけど、それでもときどき、思い出しちゃうんだよね……あれ」 「あれですか……」  優花里はしばらく沈黙したが、やがて思い切ったように言った。 「あの、いいでしょうか。今まで聞いてなかったことがあるんですけど」 「うん、何?」 「あれって、誰の作戦だったんですか? お姉さん?」 「あれは――うん、決めたのは隊長のお姉ちゃんだったよ」 「試合中に十分な偵察は出てました? みほどののフラッグ車に情報は来てましたか?」 「来てた、と思うけど。待って、ええと……」みほは額を押さえる。「最初は待機命令が来てたの。でも先鋒が敵に接触して、どうもいきなり敵本隊に当たったらしいって言ってきたから、お姉ちゃんが増援を送るって決定して……それで、黒森峰のほとんどがそっちへ向かって」 「はい。それから?」 「それから、私たちの小隊も、迂回して敵側面を突くよう言われたの。決めたら全力でぶつかるのが黒森峰だから」 「なるほど……」  優花里はトントンと浴槽の縁を叩いてから、つぶやいた。 「じゃあ……やっぱりみほどのの責任じゃないと思います」 「どういうこと?」  みほは振り向く。優花里は、愛し合っていたときは別人のような真剣な顔で話す。 「あのとき、崖際の道に入ったみほどのの小隊は確か、三号J型、みほどののティーガー217号車、それに四号戦車F2型って構成でしたよね。映像見た限りでは」 「うん……そうだったと思う」 「いっぽう、前から来たプラウダの小隊は、T−34−85一両と、IS−2でした。後ろにまだいたかもですけど」 「うん。よく見てるね」 「はい。それでですね――おかしいでしょ、これ」 「え?」みほは戸惑う。「どこが?」 「だってIS−2って、攻防走揃ったプラウダ最強の重戦車ですよ。向こうの主力じゃないですか。それが迂回路に来てたったことは、お姉さんが向かったほうは主力じゃなかったんですよ」 「……あっ」 「それどころか、あの戦車が突っこんできたってことは、こっちのフラッグの位置もばれてたんですよ。あれは黒森峰の弱点を背後から突く必殺の特攻隊だったんです。それに気づかなかったとしても、小隊長のみほどののミスじゃないですよ。作戦レベルの問題じゃないですか?」 「で、でも、お姉ちゃんがそんなミスをするわけがないよ」みほは懸命に反論する。「別動隊がいるのがわかってて、それでも勝てると確信したから、私を送りこんだのかも……」 「すみません、みほどの、それはないです」優花里は首を振る。「一本道から刺客が来るのがわかってたら、正面から入っていくのは下策です。改めて考えてみてください。この場合の正しい配置は?」 「……道の出口に罠を張って待ち伏せる」 「でしょう」優花里はうなずく。「あの場合は、待ち伏せの命令が下されるべきでした」 「だから私にミスはないって言うの? 優花里さん」  みほは、なおも言いつのる。優花里は自分の味方だ。だから甘い解釈をしてくれているのかもしれない。 「違うよ。あのとき私は前に装甲の薄い三号を出していた。それが滑って川に落ちちゃったから、フラッグが剥き出しになってやられた。あのとき後続の四号も前に出していれば、あんなふうに無理やり崖側からフォローに入ってもらわなくても……」 「じゃあ、そういう順番で並べたのはなぜですか?」  優花里の指摘に、みほは口ごもる。 「それは……」 「それは、行く手の敵が警戒していないという情報があったからですよね。そもそも迎撃を予想していたのならフラッグを送ったりしませんし。あのときみほどのは、一本道を抜けた先で迅速に攻撃することを最優先にして、前衛の三号の次にティーガーを置いた。火力で一段劣る四号は、ティーガーが出たあと、側面のサポートをさせるつもりで後ろにつけた。そうじゃありませんか?」  みほは目を丸くする。 「その通りだよ、優花里さん。……すごい、そこまでわかるんだ」 「戦車のことなら、ですね」  ちょっとはにかんでから、また顔を引き締めて優花里は言った。 「みほどのがああいう順番に並べたのは、そういう情報が来ていたからでした。みほどのの落ち度じゃありません。ついでに言っちゃうと、みほどのの小隊があの道に入らなければ、向こうから来たIS−2が、路肩の弱いところで落っこちてたかもしれません。いえ、三号よりずっと重い戦車ですから、間違いなく落ちたと思います。これらを考えると、結論はこうです。――あれはきっと偵察不足か、偵察車からの連絡ミスです。みほどのは、絶対に悪くないです。もちろん……」  にこっ、と笑う。 「落ちた三号を助けたことも、です」  みほはその笑顔をじっと見つめた。  それから前を向いて、長いこと考えこんだ。  天井で結露した湯気が、ぽつり、ぽつりと落ちてくる。冷たい滴が肩に当たるたびに、少しずつこだわりがほどけていく。  あの時は川に落ちたチームのことと、その後の敗戦で頭がいっぱいになって、考えもしなかった。あれが私のせいじゃなかっただなんて。慰めてくれる人はいたけれど、そんなこと、誰も言ってくれなかった。  でも、そうだとしたら、お姉ちゃんは……。  思い迷うみほの後ろで、優花里は黙っている。みほの肩にあごを乗せて、静かにおなかを抱いていてくれる。  その沈黙が、とてもとても、嬉しかった。  やがて、みほは言った。 「……優花里さん。それ、お姉ちゃんに聞いてもいい?」 「はい。一度ゆっくり、話されるといいと思いますよ」うなずいて、付け加える。「きっとお姉さんも、うまく話せなかっただけなんですよ。偵察ミスだなんて、言い訳めいたこと」 「そうだよね……うん、きっとそうだ」  みほは、ざばっと勢いよく立ち上がる。 「出ようか、優花里さん」 「はい!」  二人で替わりばんこにドライヤーを使って、お互いの髪を乾かした。優花里はみほの替えのパジャマを借りて、こういう可愛いのは初めてです、と照れくさがりながら袖を通した。   ベッドに入って、二人だと狭いね、と頭をこつこつぶつけあって、眠りについた。  夢を見た。   暗い空にそびえる学園艦から、連絡船に乗り移る。背後から突き刺さるたくさんの視線を感じている。肩が縮む。重くて振り返れない。みんなはどう思ってるんだろう。どんな顔をしているんだろう――。  ぱさ、と肩に何かがかぶさった。  ハッと目を覚ます。汗をかいて、心臓がどきどきしている。薄暗い。まだ夢の続きなのかもしれない。  ううん――。 「大丈夫ですか」  布団を肩まで引き上げてくれた人が、背後でささやく。 「また、うなされてましたね」  自分の部屋だ。カーテン越しの光で灰色に明るみ始めている。頬が冷たい。でも体は温かい。  横を向いている自分の背中に、そっと遠慮がちに寄り添ってくれている。  みほは振り向く。  優花里が、遠くへ去る人を引き留めるような顔で、涙を浮かべている。みほの首に手を回してすがりつく。 「届いてくださいよ。みんなみほさんが好きなんです。そばにいてほしいんです」  ああ――と、みほはようやく、思い当たる。  こんな顔だったのかもしれない。  「うん……優花里さん」  くしゃり、とふわふわの頭を抱いた。  きっともう、悪い夢は見ない。   (おわり) 付記:新しくリリースされた劇場版設定資料において、みほの好きな飲み物はミルクティー、優花里のそれはブラックコーヒーである旨が示されたそうです。本シリーズではその前に、みほがモカコーヒーを特に好むという描写を入れましたが、二次創作製作時のやむを得ない行き違いということで、ご容赦願います。