「ひみつのぷんぷん作戦です!」  ぐぉん、ぐぉん! とエンジンを唸らせた戦車たちが、でこぼこした武骨な身体を揺さぶりながら前後に動き、ビルの角から交互に顔を出しては、ずどん! どかん! と立て続けに主砲、副砲を撃ち合う。  四号のキューポラから冷静に外を見つめながら、みほが首のタコホーンを押さえて指示を出す。 「敵後方に三突を確認しました、全車ここに来ています! やむを得ません、遮蔽物を利用して持久戦を行います!」 「はい!」 「削り合いではこちらが不利です。敵戦車の装填間隔に注意して、相手が撃った隙に顔を出してください。発砲速度の勝負です。各チーム装填手、がんばってください!」 「カモさんチームが、敵がすぐ隠れちゃって狙えないって!」 「物陰からはみ出した前の転輪を狙ってください。履帯を切れば味方が狙いやすくなります。斜めの角度を保って!」  大洗女子学園戦車道グループ、四対四の殲滅戦ルールで始めた今回の模擬戦は、無人の市街地のど真ん中で両方の主力が出遭ってしまったことで、作戦抜きの殴り合いになった。広場を挟んだビルの角に陣取って、激しい撃ち合いをくり広げている。  前方では装甲の厚いポルシェティーガーが先頭になって出入りをくり返し、その背後から二両の駆逐戦車が撃ってくる。こちらは鈍重だけどそれなりに頑丈なB1が先頭に出て壁となり、三式中戦車とM3リーが狙撃役を務めていた。  あんこうチームの四号戦車はちょこまかと動き回り、相手の視界から外れたところから牽制する。素早く顔を出して一発撃っては、後退して位置を変える。操縦手の麻子は大忙しだ。左右の操縦レバーとギアをひっきりなしに動かしている。 「うぐぐ、筋肉痛になりそうだ……」 「ごめんね、麻子さん。いい動きだよ」 「すみません、みほさん。また弾かれました!」 「大丈夫、華さん。ポルシェティーガーの履帯がよれてます、もうすぐ切れます!」 「ウサギさんチームの左に八九式来てるって!」 「沙織さんありがとう、四号で抑えに行きます!」 「砲弾がどんどん減っちゃいますね。大丈夫でしょうか?」 「ゆか……ごほん、優花里さんはそんなこと考えなくていいの! いいから早く装填してください!」  突然の叱声に、華と沙織と麻子がぎょっとして振り向く。みほがそんなふうに仲間を叱ったことは一度もない。 「みぽりん?」  みほは変に顔を赤らめて外を向いてしまう。こめかみに一筋の汗がにじむ。  いつもの根性で回りこんできた敵の八九式を、ビル陰を急行した四号が、死角から撃って片付けた。その位置から広場の方へ前進して、また別の角度からポルシェティーガーを砲撃する。出ては撃って、出ては撃ってのくり返し。  どかん、ずどん! と砲声がこだまし、がきん! ばしん! と装甲が砲弾をはじく。流れ弾がビルをえぐって、コンクリートとガラスが飛び散る。大変な騒々しさだ。 「やりました、ポルシェティーガーを止めました!」 「五秒後にヘッツァーが出てくる。射線、かわすぞ」 「やばいよ、カモさんチームがやられたって!」 「わかりました、われわれが撃ちまくって残りを引き付けます。優花里さん、装填急いで!」 「はい……じゃなかった、やってますよっ! そんなにわーわー言わないでください!」  三人がまた驚いて振り向く。優花里がそんなふうに言い返したことは一度もない。 「ゆかりん?」  優花里は変な汗を浮かべて、赤い顔で砲弾ラックにかがみこむ。  集中砲火でポルシェティーガーに白旗を上げさせてから、四号はあえて前に出て、攻撃的な動きで敵の目を引き付けた。残りのヘッツァーと三突がずるずると前に出てきたところで、こちらの仲間の三式とM3が横手から飛びだして、装甲の薄い敵側面に狙いをつける。  どん! ずばん! と二発の砲声が響くとともに、敵の二両から火花と黒煙が上がり、白旗が飛びだした。相手チームは戦闘可能車両なし。  味方チームの勝利だった。 「ふう……お疲れさまでした、みなさん」 「おつかれー。でも、勝つには勝ったけどさー」 「妙だったな」  麻子がいぶかしげに見上げる。沙織がみほと優花里を見比べて、苦笑する。 「みぽりんとゆかりん、今日はどうしちゃったの? ケンカでもしたの?」 「ええと、その……」「はい、まあ……」  二人は顔を見合わせかけて、あわてたように目を逸らす。  「ケンカでは、ないと思いますけど……」   ひとり、華だけがおっとりと微笑んでいる。      〇oooooooo〇  ケンカでは、なかった。これは、作戦なのだった。  昨夜のこと。 「あっ、みほどの。ジャガイモの芽はくり抜いてくださいね。ここの輪っかになったところで」 「う、うん。こう?」 「右手は傾けずに、左手でイモのほうを回していく感じですね。そうそう、お上手です!」 「こうかな。ピューラーって便利だね」 「でしょう。それ、差し上げますね」 「えっ、いいの?」 「はい、うちにはもう一個ありますし。包丁だけじゃ不便ですしね!」  優花里がみほに指示しながら、しゃくしゃくと飯盒の米を研ぐ。水を計り入れて、ガスレンジにかける。 「私はお米を炊いておきますからねー。ガスだとすぐですよ」 「炊飯器、あるんだけど……」 「こっちのほうがおいしいんですよ!」  肉とカレールーのパックを開けてから、サラダのレタスを洗う。てきぱきと動く優花里を見て、みほはため息をついた。 「優花里さん、すごいなあ。戦車に詳しいだけじゃなくて、料理もできるなんて……」 「料理って言っても、キャンプ料理だけなんですけどねー!」屈託なく言って、優花里は力こぶを作るそぶりをする。「でもカレーはうちの母直伝です。自信がありますよ」  やがてアパートの部屋にスパイスの香りが立ち込めた。テーブルに運んで、いただきますと手を合わせる。ひとさじカレーを口に含んだみほは、思わず「おいしい……」とつぶやいた。優花里が得意げに言う。 「仕上げに牛乳をちょっと入れたでしょう? あれがコツなんです」 「お母さんのレシピなんだっけ。いいなあ」 「みほどののところは――料理はあんまり?」 「うち、お手伝いさんが作ってくれたから……」もぐもぐと食べながら、みほは笑って手を振る。「あ、でもほったらかしだったわけじゃないよ。お母さんも、外食にはよく連れて行ってくれたよ。家族で一緒に」 「そうですか。じゃあ、今度帰った時に、作って差し上げたらどうですか?」 「私が?」びっくりしてスプーンを止める。「お母さんに?」 「はい。お母さんも、喜ぶと思いますよ?」 「優花里さんのカレーを、私がお母さんに……」みほは顔をほころばせる。「わあ、それ、いいかも。今度やってみるね!」 「私のカレーっていうか、もうみほどののカレーです!」 「二人の共同作業だよね」  何気なく言ってから、目を合わせる。テーブルの角を挟んだ優花里が、スプーンを口に入れたまま、ほんのりと赤くなっている。 「えへ、へへ、みほどのと共同作業ですかぁ……」  みほは、自分の言ったことに気づいて、頬を染める。 「うん、その、そうだよね。初めての共同作業……?」 「おいしいですね!」 「うん……!」  二人で照れくさがってむぐむぐとカレーをほおばりながら、みほはちょっとだけ、後ろめたい思いをする。  私たちだけこんなに仲良しで、いいのかな……?  今日は学校で、明日の模擬戦に備えて戦車の整備をした。そのあとで恒例のお食事会を提案したが、沙織の親が学園艦に来ていて今日は抜けるというので、五人で食べるのは明日にしよう、ということになった。  そうしたら、帰りに優花里がこっそり誘ってくれたのだ。  麻子と華をいっしょに呼んでもよかったけれど、明日も会うんだし、と自分を納得させて、OKした。それで二人でスーパーへ寄って、夕飯の買い物をしてきた。  食べ終わって皿を戻すと、優花里もエプロンをつけて、いっしょに洗ってくれた。「飯盒は後片付けがちょっと面倒なんですけどねー」と言いながら、セーラーの袖をめくって金たわしでごしごしとこする。 「それ、終わったら貸してくれる?」 「はい。あ、塗りのお椀はたわしじゃだめですよう。剥げちゃいます。スポンジでどうぞ」 「そうなんだ。私なんにも知らないなあ……」 「戦車の装甲ぐらい頑丈ならいいですよね! ちょっと手どけてもらっていいですか?」 「あ、うん」 「後で忘れないようにこっちに立てかけて……あ、飯盒一つ置いてっちゃっていいですかね?」 「いいけど……優花里さんが来たって、すぐばれちゃう」 「じゃあ、いっそみほどののマイ飯盒ってことにします?」 「マイ飯盒?」 「二つあるので。あっ、それだとペア飯盒になりますね! っと、お尻すみません」 「飯盒がペアっていうのは、ちょっと……はは」  ワンルームのキッチンは二人で動き回るには狭い。優花里の肘やお尻がしょっちゅう当たる。彼女は沙織や華のように優雅にひらひらと避けず(幽霊のようにゆらゆら避ける麻子とも違って)、手も体もさっさっと直線的に動かすからだ。  でもこれは言わないほうがいいな、とみほはこっそり思う。直してほしくない。  ふと気づくと、優花里が止まってみほの手元を見ていた。「優花里さん?」と振り向く。 「いえ……」  意味もなくその場でぐるりと一回りした優花里が、「あ、私ちょっと」と部屋に向かった。リュックから取り出してきたのは歯ブラシだ。 「まだデザートあるよ?」 「えーっと、はい。でもカレーでしたし」  よくわからないことを言って洗面所に向かい、しゃこしゃこし始める。なんだろ? とみほは首をかしげる。  皿洗いが終わると、エプロンを外して冷蔵庫からデザートを出した。テーブルに持っていくと、先に座っていた優花里が、何やらぽーっとした顔で見つめていた。目が潤んでいる。 「ん、なに?」  腰を下ろすと、優花里が首をすくめがちにして言った。 「えっとですね……こうやって、お皿を洗ったり手を拭いたりしてるみほどのを見ていると、なんだか、お嫁さんみたいだなって思っちゃって……」 「お嫁さん……」 「あっ、深い意味じゃないんです。そんな、大それた意味じゃ……やはは」  しきりに頭をかく優花里を見ていると、みほは恥ずかしくなってきて、「もう……」と彼女の袖を引っ張った。 「それなら優花里さんだってお嫁さんじゃない?」 「えっ? 私って……そんなふうじゃないですよ」 「そういうお嫁さんもいるよ、きっと」少し目を閉じてみほは想像してみる。「優花里さんがエプロンしておたま持って玄関から出てきて……お帰りなさいって言ってくれるの。うん、お嫁さんだ。優花里さん、かわいいお嫁さんになるよ」 「やぁー、そうですかね……」しきりに照れてから、優花里はふと目を細めて見つめた。「私が……お嫁さんですか?」 「うん」と軽く言ってから、流れに気づく。「う……ゆ、優花里さんが……?」 「えへへ……」  優花里がきゅっと両手で手を握った。わ、とみほは息を詰める。また私たち、すごいこと言っちゃってる……。  優花里はもじもじとこちらを見ている。自分で言いだしておきながら、そんなふうにためらいがちになる優花里が、とてもかわいく思える。胸の中がとくとくと音を立て始めている。優花里さんをお嫁さんに……しちゃってもいいのかな……。  膝を寄せて腕を引くと、優花里はすなおに体を近づけてきた。かすかに開いた唇からミントの香りがする。その肩に手をかけて、抱き寄せようとして――。 「あっ」  みほはいきなり立ち上がった。「みほどの?」と見上げる優花里に背を向ける。 「ごめんっ、私も歯磨きさせて!」 「あ、はい……」  笑っている優花里の声を背中で聞きながら、そういうことか、とみほは顔を赤らめて洗面所に向かった。  すっきりして戻ってくると、優花里はケーキのパックの文字を読んだりしていた。みほは元の場所に腰を下ろして、「んっ」とうなずく。  優花里が手を取って、「私は気にしませんでしたけど……?」とささやく。みほは「私が気になるの!」と苦笑してから、顔を寄せて唇を重ねた。 「ん……」  目を閉じて、顔を少し傾けて。つむ……つむ、とやさしく触れ合わせる。両手を滑らせてお互いの肘をつかみ、距離を決める。じっと押し当て、少しくむくむと動かし、ちゅっと軽く吸って、こぼれる息を吸った。  顔を離す。 「優花里さぁん……」「みほどのっ」  頬ずりを交わし、もっと近づきたくなって、テーブルの同じ辺に入った。互いの腰に手を回して、前になった手の指をしっかりと組み合わせた。 「はぅぅ……」肩に頭をもたせかけて、みほは深呼吸する。「幸せだよぉ、私……」  「私もです」頭のつむじに、優花里がふむふむと唇を押し当てる。「みほどの、大好きです……」 「こんなに幸せでいいのかなって思っちゃう……」 「いいんですよっ。みほどのはいっぱい苦労してきたんだから、幸せになっちゃえばいいんです」 「ん、優花里さん、ありがとう」  そう答えたものの、みほの胸には、さっきの心配がまた浮かんできた。 「あのね、優花里さん。私、ひとつ気になることがあるんだけど……」 「なんでしょう?」 「私たち、こういうことになっちゃったよね。女の子同士で、お……お付き合い。でも、みんなにはまだ言ってないよね」 「はい」 「これ、どうしようかと思って……」  みほが困り顔で笑ってみせると、はっと優花里の顔がこわばった。 「そう……ですよね。みほどのがお困りになるのも当然です。なんて言っても、お立場がお立場ですし」 「うん。……え?」 「全国大会優勝のリーダーで、西住流家元のお嬢さま。憧れる人は山ほどいますよね。どこへ行ったって引っ張りだこでしょう。それどころか……あっ、私、大事なことを聞いてませんでした!」 「な、なに?」 「みほどのって」ぐぐっ、と心配そうに優花里が顔を寄せる。「まさか、婚約者……とか、いたりします?」 「ふぇえっ?」思わず変な声を上げてしまった。「い、いないいない! いるわけないよ! 前に、好きな男の子はいないって、言ったじゃない。どうしてそうなるの?」 「え、だってこれはそういう話でしょう?」当然のように優花里は言う。「みほどのとお付き合いするって、大変なことじゃないですか。それにより大洗学園の今後が変わって来るどころか、高校戦車道、いえ、全国の戦車道の将来さえも左右されかねません! みほどのが変な相手とお付き合いして道を誤ったら……」  並べ立てていた優花里が、不意に首をすくめて、はうぅ……とうめいた。 「言っててつらくなってきました……私なんかがみほどのとお付き合いするなんて、とんでもないことなのかも……」 「優花里さん、優花里さん!」  みほは肩をつかんで揺さぶる。 「なんでそうなるの? そういうのはやめてほしいって、前に言ったよね?」 「はい、でも……」 「でもじゃないよ!」思わず、口調が強くなった。今までほとんど感じたことがない気持ち。「西住じゃなくて、ただのみほでいてって、優花里さんが言ったんじゃない! だから私、好きになったんだよ。さっきだって、お、お嫁さんって言ってくれたじゃない。私、あれ……嬉しかったのに」 「みほどの……」うつむいてしまったみほの手を、優花里は握り直す。「すみませんでした。なんか、弱気になっちゃって……」 「優花里さん。優花里さんは、素敵な人なんだから!」まだ収まらない。なんだろう、これ。「優勝とかそういうのだって、みんなで出した結果なんだよ。もっと自分のことだと思って。全部私に乗せないで。せめて私と優花里さんで、半分こにして!」 「はいっ」ぎゅうっ、と優花里が強く手を握る。「そうでした! みほどの、半分こです!」 「はあっ……」  そうされると、一気に力が抜けてしまった。みほはぐったりとソファに身を預ける。 「びっくりしちゃったよ……優花里さんが、前みたいなこと言い出すから……」 「あは、すみません。私も、もっとしっかりしなきゃですね。なかなか慣れなくて」優花里はそう言うと、少し体を起こしてみほを眺めた。 「みほどの、大丈夫ですか」 「大丈夫……だけど?」 「怒ったら疲れたんじゃありませんか?」 「怒って……」 「怒りましたよね、今」優花里が小さく微笑む。「みほどのって、絶対怒らない人かと思ってましたけど、やっぱりちゃんと怒るんですね。私、みほどのを怒らせちゃいました。えへへ……申し訳ありませんでした」 「……そっか」  怒りだ、とみほは目が覚めたように気づく。いま私、怒ってたんだ。  長い戦車道生活で、どんなときにも冷静であるよう、徹底的に仕込まれた。指揮官がうろたえたらみんなが崩れる。カッとなっても怖くなっても、絶対に顔には出さないこと。そう刷り込まれて、自分にはそれができると思い込んでいた。そういう人間なんだって。  でも、そうじゃないんだ……私は、こういうことで怒っちゃう人間だったんだ。 「そっかあ……」  みほはすがすがしい気分になって、身を起こした。 「うん、怒ってたよ。こんなにぷんぷんしたの、子供のころ以来かも。大洗に来てから初めてだったな」 「あは、初怒りですか」優花里が笑う。「じゃあ、またいつでも怒っていいですよ! 私はみほどのにだったら、怒られても大丈夫です!」 「それはちょっと……違うんじゃないかなあ?」  応えない優花里の性格を見せつけられて、みほはまた少し困ってしまった。 「でも、みほどの。話を戻しますけど、外聞の話じゃないって言うなら、何が心配なんですか?」 「それは、ほら」みほはラックの写真立てに目を向ける。「チームのみんなのことだよ。みんなっていうのは世間のことじゃなくて、沙織さんと、華さんと、麻子さんのこと」 「ああーあ」優花里が間延びした声を上げる。「そっちでしたか。私はまた、てっきり……」 「優花里さんが好きになったの、ってみんなには言いたいんだけど、それってどうかなあって気がして……。あ、相手が優花里さんだから恥ずかしいとかじゃないよ? ただ、みんなに気を遣わせたちゃったら悪いよね」 「うーん、どうでしょうね……」優花里は眉をへの字にして考えこむ。「少なくとも武部どのはびっくりしそうですよね。女子としては間違ってる、ってまた言われそう」 「沙織さんは優しいから、本気でだめだとかいやだとは言わないと思うの。他の二人も……」 「それはそうでしょうね」  言いながらも、二人は顔を見合わせる。 「でも、やっぱり……」 「ちょっと、心配ですね」  うーん、と頭をもたれ合わせた。 「もうしばらく、黙ってましょうか。何か、切り出すきっかけができるまで」 「そうだね。そうしよっか」  うなずくと、みほはテーブルに目をやった。 「ね、デザート、食べちゃわない? 怒ったら甘いものがほしくなっちゃった」 「そうですね、あー、もう温くなっちゃってますね……」  ショートケーキをフォークで口に入れると、幸せな甘みが舌に溶けた。優花里は三角のベイクドチーズケーキをぱくついている。茶目っ気を出して、みほはチーズケーキの堅い縁のところを、さくりと割って食べてしまった。 「ちょっと味見」 「あ、あー! そこ、楽しみでしたのに!」 「えっ、尖ってるとこ最初に食べてたよね」 「そうですよ、尖った甘い端から食べていって、最後に甘みの少ないミミのところで締めるのがいいんです!」 「あ、そういうこだわりだったんだ。最初に好きなところ食べるのは、沙織さんだっけ」 「知りませんけど、そうなんですか?」 「うん、そうだよ。沙織さんはいつも一番いいところからいっちゃうの。麻子さんはどこでもいい派。華さんは……三つ目ぐらいが一番おいしいみたいかな、顔からすると」 「みほどの、そういうのよく見てますよね……」 「じゃあ……」みほは自分の生クリームの乗ったケーキの残りをフォークに刺す。「甘いところは、もういい?」 「えっ」優花里は瞬きする。「いえっ、よくないです。いいんですか?」 「はい、あーん」 「あ、あーん……」  口の中にすぽりと入れると、優花里はほっぺたを押さえてむぐむぐと味わった。 「おいひいですぅ……!」 「ふふ、食べてる優花里さん、かわいい」 「おびゃ」  手の上からほっぺたを押すと、優花里が変な声を漏らした。 「わ、私もみほどのに……」  優花里がフォークで差し出したチーズケーキのかけらは震えていた。「あん」と開いたみほの唇の端に当たって、転がり落ちてしまう。 「あっ、すみません」 「ううん」  かけらは優花里の太腿に落ちた。みほはそれをつまんで、ついでに肌についたチーズクリームを、小指でつるりと拭った。  かけらと口に入れて、小指を舐める。 「んっ、おいし」  微笑むと、優花里は薄口を開けて固まっていた。「ん?」とみほは小首をかしげる。 「今のは……ちょっと、どきっとしました……」 「え?」  ワンテンポ遅れて、みほは「あ、うん」と気づく。 「えっと、なんかナチュラルに……しちゃった。はは」 「みほどのぉ……」  優花里がフォークを皿に置いて、遠慮がちに手を伸ばしてきた。  みほの緑のスカートから覗く膝へ。ちょっと触れてから、おびえたように手を引っこめ、顔を覗きこむ。 「私も、さわっていいですか……?」  みほは息を呑み、小さくうなずく。 「う……うん。いいよ、優花里さん」 「はいっ。……えへへ」  相好を崩した優花里が、ぺたりと手を置いて撫で始めた。 「んっ……」  慈しむような手つきが心地よい。みほは小さく身を震わせて、身を任せた。  テーブルを押しのけて、曲げていた足を伸ばす。優花里はかがみこんで白い太腿をさわさわとさすり、膝のまるみを手で包む。胸が高鳴り、息が浅くなってくる。 「みほどのの脚、つやつやで柔らかくて……いつもほんとにきれいです。歩いていても、立っていても……」 「いつもって……そんなに見てたの? んっ、膝くすぐったい」 「はい――見てました、すみません。最初はただ、みほどのの全部を見てたんですけど……なんだか、目が吸い付いちゃって」 「戦車の中でも……?」 「せ、戦車の中では、変な気持ちではないです! 戦闘のほうが大事ですから!」  優花里は懸命な様子で振り向くが、みほが尋ねるような視線を向けていると、申しわけなさそうにうつむいた。 「ほんとは、少しだけ……たまに、ごくたまにですけど」 「見てたんだ」  たっぷりした優花里の髪から覗く耳が、ぼうっと赤くなる。みほも思わず、首をすくめて恥じらった。 「そんなこと言われたら、戦車に乗るとき意識しちゃうよぉ……」 「すみません……次から、見ないようにします……」  優花里は照れているというより、ほんとに情けないと思ったみたいだ。戦車道もみほも、彼女にとっては一番大事なものだから、罪悪感が湧いたのだろう。  みほは優花里の髪をかきわけて、血が昇った耳たぶにふれる。すん、と優花里が鼻を鳴らす。さらさらと撫でつけるように手を当て、小さな耳の穴に、すぷっと人差し指を入れると、んはっ……と、艶っぽい声が上がった。 「戦車の中では、見ちゃだめだよ、優花里さん」 「は、はい……」 「ん、いいこ。……その代わり、今はいいからね?」 「……はいっ!」  ぶるぶると肩を震わせると、優花里はぬかずくように頭を下げて、ちゅ、ちゅ……とみほの太腿に口づけした。 「みほどの、ありがとうございます……!」  頬ずりして、また唇を押し当てて、それだけでなく、当てた手をずっと下まで滑らせていく。膝の裏、すね、黒のソックスに包まれたふくらはぎにまで……すんなりと投げ出された脚を、ふにふにと揉む。 「んん……みほどの、すてきです……」  好ましげに自分の脚を撫でさする優花里を見つめていると、みほは軽い幻滅の混じった興奮に包まれて、ぞくぞくと背筋を震わせる。優花里さん、ちょっといやらしい感じ……と思うとともに、この人も無邪気な戦車好きなだけじゃないんだ……という、薄暗い親近感のようなものも覚える。  みほ自身にも、そういうところがあった。耳をいじっていた手でふさふさと髪を持ち上げて、うなじを覗く。ぼんのくぼから背中へと続く腱が、襟のところからのぞいている。  そこに手を滑りこませて、背中を、肩を撫でる。 「あっ、ひんっ……」  優花里の首筋の毛がぞわぞわと逆立つ。背中の筋肉がもぞもぞと動く。みほはさらにもう片方の手を伸ばして、優花里の鎖骨から肩甲骨にかけてを、セーラーの上からも下からも、広くゆっくりと撫でまわした。 「優花里さん、かわいい……どんな感じ?」 「か、体を洗われてるみたいで、ぞくぞくしますっ……!」 「ん」手を引き抜いて、少し嗅ぐ。「いい匂いがする」 「だ、だめですよぅ、そんなことしちゃ……!」  手をかけて制止する優花里は泣きそうな顔だ。ううん、とみほは優しく首を振る。 「私は、優花里さんのこういうところが好きなの」  少し膝を立てて、前屈するみたいな姿勢で、ばふっと優花里の頭に覆いかぶさる。分厚い髪の層に、くんくん、くんくんと鼻先を潜らせていき、背中を包むように抱き締める。意識が、優花里の爽やかな香りと温かい体の存在感で、いっぱいになる。  みほの膝に頬を乗せた優花里が、あっ、あっ! と声を上げて、縄で縛られた捕虜みたいに動かないまま、肩をびくつかせた。 「だめ、だめですってばそんなに……汗くさいですって……!」 「脚なんかにキスしちゃうからだよ。お返しっ……」 「み、みほどのぉ……」  細い声でうめいた優花里が、両腕でみほの両脚を抱き寄せると、二本まとめてぎゅっと抱き締めた。 「止まらなくなっちゃいますよっ……!」  うずうずと脚の付け根が切なくなって、みほは肩を縮めた。 「止まらなくなったら、どんなことしちゃうのかな? 優花里さん……」 「や、やめてください、みほどの」はー、はー、と太腿のあいだを、優花里の熱い息が通り抜ける。「私たちには、まだ早いことですからっ……」 「……さわったり、するの?」 「そんな程度じゃないんですって!」  とうとう優花里ががばっと顔を上げた。半分泣き顔で、半分くやしげな哀願の顔だ。あ、やりすぎちゃった、とみほは小汗を浮かべる。 「ご、ごめんね。優花里さん。まだ加減がわからなくて……」 「みほどの、可愛すぎるんですから、そういうのやめてください……」  目頭をこすって優花里がつぶやく。好奇心を抑えきれずに、みほは小声で訊く。 「あの、ちょっとだけ聞かせて? ……全部脱いじゃう、とか?」  ぱっと優花里が顔を向けて、「もっとです!」と怒ったように言った。 「も、もっとなんだ……」  想像もつかなくて、みほはなんとなく両脚をぎゅっと閉じ合わせてしまった。  すー、はー、と深呼吸すると、優花里はぶるるっと頭を振って、またいつもの人懐こい笑みを浮かべた。 「みほどののペースで、やっていきましょうよ。私も、そのほうが嬉しいですから」 「……ん」  ちょっとだけ残念に思いながらも、みほは素直にうなずいた。  優花里に少しだけ教えてもらったけれど、まだみほには、恋人同士が相手をどんなに深く求めあうのかのイメージが、ない。ふれ合って溶け合いたいという漠然とした思いがあるだけ。――優花里はもうちょっと激しい思いを抱いているみたいだけど、こっちに合わせてくれるならそのほうがいい、と自分に言い聞かせた。 「じゃあ、また……」肩を抱いて引き起こし、目を合わせる。「前みたいに、しよっか……?」 「はい」  腕を回して抱き合い、唇を重ねる。――右手は相手の腕の上から。左手は腋に差し入れて。互いのあいだをふかふかと埋める乳房が柔らかい。お尻の横をすり合わせて、下着の奥のむずつきに突き動かされるように、もっと強く足を押し付ける。  くちゅ、と音を立てた舌と舌のあいだに、ささやきを滑りこませる。 「あ、ケーキ味……」 「んふ……ここ、スポンジケーキの味ですね」 「優花里のさんのお口、チーズの味……」  ぴったりと抱き着いて、それでもまだ近づきたくて、爪先をもぞつかせる。優花里が片足を重ねてきた。みほは足首で挟んで、ぎゅっと圧迫する。優花里の足の裏がくるぶしを撫でた。みほは優花里の足の甲を、自分の足裏でむにむにと踏む。  お互いのソックスのほんのりと温かい湿り気が、しみ込んで混じり合うみたいだった。足の指一本にいたるまで、小さく動いてこちらを求めてくる。こちらが指を動かすと相手ももぞもぞと反応する。普段人に当てたりしない部分の絡ませあいが、ひめやかで楽しい。 「みほ……どのっ!」 「優花里さぁん……」  ぞくぞくと鳥肌を立てる優花里を追いかけるように舐めつきながら、たぶん、私たちってすごく相性がいいんだ、と気がついた。  体の芯のうずきが、しくしく痛むほどになってきた。最後に残った場所、おなかの下あたりもさわり合いたくてたまらない。みほは無意識のうちに腰を起こして、膝より上まで脚をからめようとする。 「ゆか……りさ……は……ぁ……」  優花里もたまらなくなったらしく、みほのおなかのあたりに手を置いた。ゆっくりと円を描いてから、下へ滑らせていく。 「いいですか、みほどの……?」 「うん」小さく、でもはっきりとうなずいて、みほは意思を示す。「さわって」  スカートの上からいったん軽く撫でてから、プリーツの布の下をくぐって、優花里が太腿のあいだに手を差し入れた。  ぞくん……と、甘くて重い快感がにじみ出した。 「ふ……」  みほはしっかりと抱きついて優花里の肩にあごを乗せ、彼女の目から表情を隠す。そうすると、知ったばかりのその恥ずかしい行為に、しっかりと集中できた。  優花里の四本の指が、ふにふにふに……とショーツの上から秘所を揉みほぐす。今どの指が真ん中に来ているのかすら、はっきりわかる。自分のそこは、そんなにも敏感だった。優花里がそれを教えてくれた。 「みほどの」小さな子供を寝かしつけるように優しく、優花里がささやく。「きもちいいですか?」 「うん……」じわじわじわ、と指の動きが快感を流し込んでくる。「とってもきもちいいよ、優花里さん……」 「痛くないですか?」  くりっ、と人差し指が尖りを引っかく。ヒリッと軋みが走って、「ンッ! ……ちょ、ちょっとだけ……」とみほはつぶやく。 「これぐらい……?」 「そ……そう、それぐらい」 「硬いですよ」 「そう……そこね、なんかキュッてなるの……」  薄毛に包まれた尖りの莢をくにくにと押し潰しながら、ひだのふくらみをくしゅくしゅとマッサージされる。少しずつ、少しずつ圧迫が強まってくる。みほはその刺激に追いついていける。ずっと小さなころ、鉄棒や戦車の砲身にまたがった時に感じた、どこか後ろめたいようなむずがゆさの意味が、ようやくわかってきた。 「優花里さん、上手だよ……」 「あは……ありがとうございます」  すりすり、と頭の横に頬ずりされる。みほは、閉ざし気味にしていた両脚を、少しずつ開いていった。 「み……見ないでね……さわっていいから……」 「わかってます。みほどのにさわれるだけで、私も気持ちいいです……」  指の動きが少しずつ変化する。股間の柔らかなところ全体をほぐすようにしていたのが、いつのまにか谷間を狙ってくる。薄布を押して中指が食い込み、谷底をぐいっ、ぐいっと指先がこする。つぷ、つぷ、と大粒の粘りがあふれ出していく感触がする。このときがいちばん恥ずかしい。お願いして、見ないでもらっているのに、そこが溶けていくのがはっきりばれてしまう。 「優花里さん……優花里、さ……」 「強すぎます?」 「ちが、あ」すごくいいところを、ぞりっとこすられて、内腿がビクッと跳ねた。「いいの。すごくいいの。ほんとすき……」 「ここですね」  谷間に隠れている小さなひだを、園庭を一周するみたいにくるっとなぞられた。ぞうっと寒気が走って、こぷりと一気にあふれ出した気がして、「はあ……っ!」と優花里の背に爪を立てた。 「いつつ……みほどの、指、入れていいですか?」 「ふぇ?」もうすでにいっぱいいっぱいになっていたみほは、聞き違いかと思ってしまう。「指……入れるの?」 「パンツの中、直接触ったほうが……」 「やぁ、だめ、そんな」ふるふるとみほは首を振る。「そんなの、おしっこついちゃう……」 「ほら」少し気が抜けたような声。「みほどのって、まだそうなんですから……」 「だめ、だめだから」  優花里は、逆らった。鼠蹊の線で股布をつまみ上げて、くるりと内側に指を入れたのだ。  ぬるぬると潤み切っていたひだの上に、横から指がとろりと潜りこんできた。くっきりとした熱い輪郭が谷間に沈む。 「や……あっ!」  声を上げてみほはぎゅっと太腿を閉じたが、痛みや不快感のせいではなかった。とうとう、溶けた自分のそこを直接知られてしまったという、鋭い羞恥のせいだった。自分でもろくにさわったことのない粘膜の上で、ざらざらした異物が細かくうごめく。一瞬、今どこにいるのかもわからなくなるぐらい、生々しい刺激だった。 「ゆ、び……優花里さんの……」 「爪、切ってますから」空いた手で、憎らしいぐらいやさしく、背中を撫でてくれる。「怖がらないでください。痛いこと、しませんよ」 「う、うん……」 「女の子同士ですもん」頬ずりされて、ちらっとだけ、視線を感じた。「恥ずかしいことないですよ、ね、みほどの」 「うんっ……!」  優花里への信頼をありったけかき集めて、みほはうなずいた。  指は、やさしく谷間のあちこちを訪ねてくれた。くちゅり、くちゅり、と小ひだが潰れてよれる感触も、次第に羞恥から快感へと変わっていった。時おり前のほうへ這い登って、小粒を下からぐにぐにと練り回されると、「んっ……ぐぅっ……」と歯を食いしばってしまうほど心地よかった。今まで一度も感じたことのない、額に突き抜けるような露骨な快感だった。 「ちょっと下げますね……」  途中で優花里の言ったことの意味も、もうわからなくなっていた。胴を抱き上げて、浮いたお尻から下着を引き抜いたのだが、腕の力強さに酔っただけだ。片脚からショーツを抜かれて、あそこが空気に触れた。すかさず優花里の指と手のひらが来て、夕立の後の花みたいに濡れたそこを覆ってくれた。  くちゅくちゅ、ちゅぷちゅぷとかき回す音が響き続けていたはずだけれど、そんなのはもう背景の音としても聞こえなくなった。聞こえるのはどきどきいう自分の鼓動の音と、抱きついた優花里の体から伝わる、ふーっ、ふーっという強い呼吸音だけだった。  その体が大好きだった。戦車の指揮をしているときは誰にも頼ることができないけれど、今はひたすら、しがみついていればいいのだ。頼もしかった。嬉しかった。心の底から甘えていられた。 「みほどの……きもちいいですか? 怖くないですか?」  そろえた三本の指でぐるぐると内側をなぞる感覚が、頭をいっぱいに満たしている。指の邪魔にならないように、足は大きく開いてしまった。答える余裕はもう全然ない。どこかへ滑り落ちそうな錯覚が、ひらひらと意識の中ではためいている。 「だめっ……ゆかっ……落っ、ちゃう……!」 「いいですよ、みほどのっ……!」  こめかみに鼻を押し当てながら、嬉しくてたまらないように優花里が言う。 「落ちちゃってください――そのまま」 「はっ――あ……んんッ……!」   ガクンと落ちかけて、かろうじて踏みとどまって、次に尖りを押し潰された途端に、とうとうするりと底が抜けた。 「んんん……んんんーっ!」  大好きな香りのする肩にしがみついたまま、みほは心地よい深い穴の中へ滑り落ちていった。  それからあと、どんなことを何分続けたのは、もうわからなくなった。覚えているのは、優花里が一度、今夜はまだ時間ありますよ、と言ってくれたことだけ。  彼女の腕の中で、真っ白な熱いお湯みたいな快感の中に浮き沈みしながら、何度も声を上げたような気がする。  繰り返すうちにたまらなくなったらしい優花里の、むさぼるようなキスを受けると、今度は同じことを優花里にもしてあげたくなって、手を伸ばした。彼女のスカートに手を入れて、懸命にまさぐって――自分からしたのは、まだ二度目だったから、うまくできたとはとても思えないのだけど、それでも優花里はめちゃくちゃ嬉しかったみたいで。 「みほどの……みほどのぉ! いいっ……すてきですっ……!」  しがみついて首筋に顔をこすりつけながら、何度も体をピンと硬くして、はあはあともたれかかったと思うと、またすぐにきゅーっと脚をつっぱらせて、みほの手を締め付けた。  しまいには、ソファにもたれてもいられなくなって、ずるずるとカーペットに横たわって、横顔にかわりばんこにキスを返しながら、二人で大事なところを気持ちよくしあった。  手を交差させて、くちゅりくちゅりと指を動かして。相手にキュッとつままれれば、自分も同じようにつまみ返して。そっと奥まで指を入れられたら、自分も同じようにクッと指を曲げて奥を探って。相手の手に手を重ねて、ぐいっと思い切って強くつかませて。  あ、ここは自分と同じなんだ――と発見したり、ここはちょっと違うんだな――と気づいたり。自分はこんなふうになってるんだ――と驚いたり。  言葉のいらないやり取りで、言葉にはならない心地よさや違和感まで、すっかり伝え合った。  そうやっていつまでもふれあっていたかったけれど、じきにみほは、ものを考えられないほど頭がぼんやりしてきたのに気付いた。「優花里さん、ちょっと……」と手を放す。 「どうしました?」 「な、なんか」はあはあと息継ぎして、体を動かそうとするが、力が入らない。「疲れちゃった……興奮しすぎたみたい」 「ああ……こんなの初めてですからね。おしまいにしましょうか」 「うん……」  最後に手を握って身を起こそうとしたが、自分たちがかなりすごい姿になっているのに気付いて、恥ずかしい思いでささやいた。 「ちょっとシャワー、浴びない?」 「そ、そうですね」 「先に使って。私、少し休んでるから……」 「はい。お借りしますね」  優花里のシャワーの水音を聞きながら、みほはしばらくぐったりと横たわっていた。それから起き上がってタオルや着替えを用意した。  交替で体を洗ってさっぱりすると、湯上りのほかほかした気持ちでソファに腰を下ろした。 「はあぁ……すごかったよ。優花里さん」 「よかったですね、みほどの……すてきでした」 「私、あんなの初めてだったよ。恋人同士って、あんなにきもちよくなれるんだ……」 「大丈夫ですか? すごく疲れたみたいでしたけど」 「うん、もうくたくた。このまま寝ちゃいたいぐらい」優花里の肩に身を寄せて、みほは目を閉じる。「優花里さん、泊まってってくれたらいいのに」 「私もそうしたいですぅ……」髪に頬を寄せて優花里がうなずく。「でも今夜は帰るって言ってあるので。また今度、お泊まりに来ていいですか?」 「うん、来て。あっ、それもいいけど、今度は優花里さんのうちに行っていい?」 「もちろんです!」笑顔でうなずいてから、あっと優花里は恥ずかしそうに目を逸らす。「でも、うちではこういうことできないと思いますけど……親がいるので」 「そ、そうだね。じゃあやっぱり、泊まりに来てね」 「はい!」  二人は手をつないで微笑み合っていたが、やがてみほは、うーっと唸って何かをこらえるように前かがみになった。 「やっぱり、こういうのって嬉しすぎるよぉ! 明日また優花里さんと会ったら、絶対にやにやしちゃうよ……どうしよう、模擬戦あるのに」 「あはは、我慢するしかないですね……」 「我慢できる? 優花里さん」みほは顔を上げてにらむ。「私、自信ないよ。戦車の中ではしっかりするつもりだけど、優花里さんの前だと甘えちゃうかも。そうなったら、華さんや沙織さんにもきっとばれちゃう……」 「そ、それは困りますねー」  んむむ、と腕組みした優花里が、やがて振り向いた。 「みほどのも、その気になれば怒れちゃうんですよね。――ケンカ、しちゃいます?」 「えっ、ケンカ? 優花里さんと? どうして?」 「ほんとにするわけじゃないですよ。演技です。仲が良すぎて困っちゃうんですから、わざとケンカしたら、ちょうどいいぐらいになるんじゃないですか?」 「そうか。怒ってれば仲良くできないよね」 「そうですよ。いっぺん、がーっと怒ってみてください。私もがーっと言い返しちゃうので」 「がーっと……」みほは瞬きする。「やったことないや。できるかな?」 「大丈夫です、みほどのならきっとできます! お姉さんの、まほさんになったつもりでやってみたらどうでしょう?」 「お姉ちゃんはがーっと怒ったりしないんだけど……」 「じゃあ、あの人です。黒森峰の逸見どのの真似をしてみては?」 「エリカさんの……」みほは両の拳をぎゅっと固める。「そっか。ああいう感じでやればいいのかな」 「頑張ってください、私も合わせますから!」 「う、うん。やってみる。えーっと、これはひみつのぷんぷん作戦です! 優花里さんも頑張ってください!」 「はい。ぷんぷん作戦、了解です!」  そう言って、優花里は敬礼してくれたのだが――。      〇oooooooo〇  模擬戦が終わり、一同は礼をして解散する。すかさず沙織が袖をつまんで、「え、ちょっと、あの」と戸惑うみほを四号の後ろへ引っ張っていく。 「ねえ、みぽりん。何かあったなら、話してくれない? 私たち、いつも一緒にやってきたじゃない。相談に乗るよ?」 「ううん、そんなたいしたことじゃないんだけど……」 「だったらなおさら言ってくれたほうがいい」麻子もいつものぶっきらぼうな物言いながら、うなずく。「西住さんの調子が悪いと、チームがうまく動かない」 「そうだよ。みぽりんとゆかりん、大の仲良しじゃん。あんな言い合いするなんておかしいよ。どうしたの?」 「ええっと、それは……あのお、うう……」  みほは返事に詰まってしまう。  ――どうしよう、仲良しをごまかすだけのつもりだったのに、なんだか大事になっちゃった。  すると、華に連れられてちょっと離れていた優花里が、「あのっ!」と声を上げてやってきた。 「実はですね! 私が昨日西住どののお宅にお邪魔したとき、誤って大事なものを壊してしまって……」 「大事なもの?」「昨日行ったのか」  沙織と麻子が聞き返したので、あわててみほも口を出した。 「そ、そう! 優花里さんが私の――ボコの。そう、ボコの限定ぬいぐるみ、踏んづけちゃって!」 「そうなんです、つい足が滑って、ぶちーっとちぎれてボロボロにしちゃって」 「それでちょっと、怒っちゃったの。それだけだから!」 「えーっ、そんなことだったの?」  沙織が口を尖らせて、みほをにらむ。 「みぽりんがボコを好きなのはわかるけど、戦闘中にケンカなんかしちゃだめだよ! 仲間のほうが大事でしょ?」 「そ、そうだよね……はは」 「ゆかりんだってわざとじゃないんでしょ? もう謝ったんだよね? だったらほら、仲直りして! ぬいぐるみぐらい、なんだったら私が直してあげるよ」 「あっそれには及ばないんですが」 「いいから、ね?」  沙織に肩を押されて、二人はばつの悪い思いで頭を下げた。 「ごめんね。優花里さん。乱暴なこと言って」 「私こそ、文句を言ったりしてすみませんでした! 戦闘中にあんなこと……」  目を合わせる。私たち、何をやってるんでしょうね、と優花里の顔に書いてあった。  それを見ていると、吹き出してしまった。二人でくすくすと笑った。 「はい、仲直りー。よかったよかった」  手を叩く沙織の横で、麻子が「前より楽しそうだな」とつぶやいた。  華がおっとりと口を開く。 「丸く収まったところで、買い出しに行きませんか? 今夜は五人でお鍋なんてどうでしょう」 「あっ、いいですね、鍋!」「うん、うち土鍋あるよ」「味付けは任せて!」「火加減ぐらいなら見るぞ」  五人は荷物を手にして格納庫を出る。鍋の具について言い合いながら前を歩く沙織と麻子から少し離れて、みほは優花里に肩を寄せる。 「ぷんぷん作戦、失敗だったね」 「そうですね」  そう言って苦笑しあったとき。  後ろからささやき声をかけられた。 「あのう、お二人とも。そんなに無理に隠そうとしなくても、いいと思いますよ?」 「えっ」  驚いて振り向くと、華が微笑んでいた。  みほは焦って聞き返す。 「か、隠すってなんのこと?」 「みほさん、今朝から優花里さんの匂いがするんです」  二人は絶句してしまう。華がにこにこと言う。 「シャンプーが同じというより、優花里さんの香りがみほさんに染み付いたという感じですね。きっと、とっても仲良くされたんでしょう。最近何度か、そういう日がありましたよね」  戦車では同じ砲塔内で並ぶこの人が、チームで一番鼻がいいのだということを、二人ともうっかり忘れていた。 「あっあの、華さん。えっとこれはね? これは、ちょっとふざけ合っただけで、別に変なことをしたわけじゃ、その」  みほは赤くなって弁解を始めたが、その口にすっと人差し指を向けて、華がささやいた。 「お二人は……ひょっとして、将来を誓い合われたとか……?」 「し、将来なんてとんでもないです!」  優花里が身を乗り出してそう叫んだので、みほは思わず、その顔をにらんでしまった。 「とんでもないの? 優花里さん」 「えっ、あっいや、そういうわけでは」  優花里があわてて言い直そうとした。  そして二人ではっと気づいて、華に目をやった。 「やっぱり、そうなんですね?」 「えと……」「その……」  揃ってうつむいてしまう。  すると華はおだやかにうなずいた。 「私は、素敵だと思いますよ。優花里さんはみほさんのおかげで、積極的で開けた感じになって来られましたし、みほさんも、優花里さんの支えがあるから、いろんなことに余裕をもって取り組めていると思うんです。そんなお二人が、お互いを一番大事だって思うのは、自然じゃありませんか」  そう言ってから、ちょっと首をかしげて、いつもの天然な感じで付け加える。 「それとも一時の気の迷いでお互いを求めあってしまわれたとか、手に入らない誰かの代わりに妥協で近づいたとか?」 「そういうのじゃないです!」「そうです、妥協だなんて!」  声を合わせてそう言ってから、でも、とみほは声を落とす。 「こういうことを話したら、みんなに気を遣わせちゃうかなと思って……」 「あら、どうしてですか?」華は明るく微笑む。「仲良くしているお二人を見るのは、楽しいです。あちらのお二人もきっとそうでしょう」 「そうかな?」 「そうですよ。でも、心配だとおっしゃるなら、私からそれとなく聞いてみましょうか?」 「ええと……」  みほが隣を見ると、優花里は意外にも、きっと眉を上げて言った。 「私は、お願いしたいです……!」 「そう? じゃあ、華さん」 「はい」  華はうなずくと、足を速めて前の沙織たちに追いついた。  みほは少し足取りを緩める。頼みはしたものの、怖かった。  その手を、横からぎゅっと握られた。  目をやると、あの頼もしい顔。マウスに遭っても、ティーガーと一騎打ちになっても、たくさんの敵が立ちはだかっても、ひるむどころかむしろ目を輝かせてやる気をみなぎらせていた顔が、うなずいていた。 「優花里さん……」  指をからめて、握り返す。  そうして、仲間たちの背中についていった。   (おわり)