top page   stories   illusts   BBS
第二章
第四章
第3章
――光に、背いて。

 1.
「いっ、いくぞ! いくぞ!」
「うん! い、いって! いいっ、ああっ!」
 つながった二人の体が、びくびくっと痙攣に包まれた。少女の尻に腰を打ち付けた男が、天井を仰いで固く目を閉じる。
 射精し終わっても、男はしばらくペニスを突っ込んだまま、ひくひく震える少女の膣内をじっくりと味わっていた。ゴム越しなのでいくぶん興をそがれてはいたが、それでも、十代の肉体の張りと締まりは、嵐のような放出欲が過ぎた後でも、まだ堪能し続けたくなるほど魅力的なものだった。
 やがて、男はほうっとため息をついて体を放した。だだっ広いダブルベッドから腕を伸ばして、サイドテーブルの煙草を取る。一服つけると、男はティッシュを取ってゴムを外しにかかった。
 ベッドに突っ伏したまま、明るい色のソバージュの髪を扇のように広げてあえいでいた少女が、のろのろと体を起こした。ベッドを降りてバスルームへ向かおうとすると、男がその細い腕をつかんだ。
「洗わなくっても構わねえよ。なめてやるから」
「……いいわよ」
「遠慮すんな。おれ、なめるの好きなんだ」
なおも立ち上がろうとする少女を、男は強引にベッドに引きずり倒した。男がぺちゃぺちゃと音を立てて股間をねぶり始めると、少女も抵抗をやめた。
「しかしあれだな、やっぱりコンドーム使うとゴム臭くっていけねえ。おれは、生でおまえの汁なめたいんだけどなあ? おれのザーメンと混じったやつ」
「約束でしょ。ゴムだけはつけるって」
 少女は顔をしかめて横を向いた。
 クンニリングスを続けながら、男がぞんざいな口調で言う。
「おまえよう、金欲しいんだろ。誰か友達つれて来いよ。おれのダチにもやりたがってるやついるからよ。紹介料とって山分けしようぜ。なんなら3Pとか4Pしねえか? 興奮するぞ」
 まともな素性の人間ではないことがありありとわかる下劣な物言いである。言葉以前に、年齢で明白だ。そり残しのひげがあごに残る野卑な顔立ちはどう見ても三十代。普通のいきさつで交わっているカップルではなかった。
 援助交際。二人は、テレクラを介して知り合った客と娼婦であり、法も道徳も届かないラブホテルの一室で事に及んでいたのだった。
 肉棒にかき回されてどろどろになり、それでもまだみずみずしさを失わない若い性器をなめているうちに、男は再びたかぶってきたらしい。やにわに体を入れ替えると、少女の顔にまたがって、まだ精液でぬらついている自分のペニスを顔に押し付けた。
「しゃぶれよ。ラウンドツーだ」
「一回だけって言ったでしょう!」
「これが初めてでもねえくせになに言ってんだ。金は払うからよ」
「……いいわよ、お金なんか」
 ぶっきらぼうに言うと、少女はどす黒いペニスを口に含んだ。やけになったように激しく、亀頭から根元へ、玉袋にいたるまで舌と唇でこね回し始める。
「おおう……いいぞいいぞ。その調子だ。おまえも濡れてきたじゃねえか」
 言いながら男が逆さになった少女の陰阜に顔を押し付ける。確かに、そこからは新たなぬめりがにじみ出してきていた。
 やがて、薄暗い室内に再び男女のうめきが高まっていった。

「ったく、かったりーよホームルームなんかさあ!」
 クラスの中ほどに座っている娘が、聞こえよがしに文句を言った。
 うるさいことはうるさいが、いつものことなので誰も取り合わない。構うと余計やかましくなるのが分かっているのだ。今枝香織だ。こちらへ来て覚えた言葉で言うと、コギャルという表現が適当か。犯してくれと言わんばかりに裾をつめたスカートと、真っ黒に焼いた肌、道化のように塗りたくった派手な顔、からし色に近いほど脱色した髪の毛で、強烈に自己主張している。
 あまりにも落とすのが容易そうなので、今まで手をつけていない。近いうちに犯すつもりではいるが。
 ホームルームと称するクラス会議の最中。議題は、一年生全員が参加する夏の合宿でどこへ行くか。香織はぶつぶつ文句を垂れているが、司会をしているクラス委員の佐倉千鶴と副委員の澄田光一郎は見てみぬふり。教師に至っては隅の机で高いびきだ。この教師はほとんどいないに等しいほど何もしない男なので、私もずいぶんやりやすい。
 しかし、香織は目障りだ。私は、前の席の優水の肩をつついて、ささやいた。
「騒がしいわね、あの子」
「え? なに?」
 居眠りから覚めたようにびくっとして、優水が振り返った。ほかごとに気をとられていたらしい。
「うるさいわねって言ったの。……考えごと?」 
「ううん、別に」
 優水はすぐに目をそらして、黒板を熱心に見つめる。いや、その前の人物をだ。
 優水からはなにも聞いていない。すると、隠しているんだろうか。
 この子が私に隠し事をするとは……いや、まあいい。必要になったらすぐ暴けるんだから、ささやかな秘密ぐらい、守らせてやろう。
「じゃあ、この中から決定します」
 委員の千鶴が事務的に言った。黒板には、いくつかの候補地の名前が書かれている。千鶴は手際よく採決を取って、行き先を決定した。
 佐倉千鶴、飾り気のない黒髪に長いスカート、地味な眼鏡。香織とは対照的な娘だ。私は、四月に千鶴の心を覗いたときのことを思い出した。この子は、今時の小娘にしては珍しいほど頭の切れる娘である。いま決まった行き先は、クラス代表会議で全クラスの意向とすりあわせて本決定されるわけだけど、彼女ならうちのクラスの希望を通すだろう。
 苗床としては、やや痩せぎすなのと、攻め難そうなので、様子見の部類に入れている。
 まあそんなことはどうでもいい。私の関心は、目下、別のところにあった。
 昨夜、しもべから聞き捨てならない報告を聞いたのだ。
「援助交際?」
 ねぐらで私は、しもべに聞き返した。
「なんなの、それは」
「……小娘たちが男を誘い、一晩を共にすることの見返りに、金品を受け取ることだそうで……」
「珍しくもない、娼婦はいつの時代にもどこの国にもいたわ」
「……素人の娘がそれをすると、この地ではそう呼ばれます」
「なぜ売春と言わないの?」
「……口当たりのいい迂遠な言い方を、この地の民は好みますれば」
「呼びかたはどうでもいいわ。それで?」
「……昨日ですが……わたくしめが陛下のいない間、学び舎の部屋でお待ちしておりますと、ある娘が別の娘に、それをしないかと誘いかけておりました」
「私のクラスで?」
 それはひとごとではない。私は問い詰めた。
「誰なの?」
「……それが……」
 しもべは言いよどむ。
「……声だけでしたので、いずれの娘やら……」
「わからないというのね」
「……申し訳ございません。姿を見せることまかりならぬとの仰せつけでしたので……」
「無能者!」
 カッとなったわたしは、思わずかばんの形をしたブンチェルガッハをにらみつけていた。周囲の闇が私の怒りに反応して、一瞬で無数のリボンとなって、がんじがらめにそれを縛り上げた。
 いかな高位の悪魔と言えど、私に刃向かう力はない。現世に表出している構造のみならず、悪魔としての存在核までもをぎりぎりと締め付ける闇の圧迫に、絶え入るばかりの苦痛を与えられて、ブンチェルガッハは苦鳴を漏らした。
「……お許しを……」
「きさまはなんだ! 口先だけで我に取り入る佞臣か? 雑用しか能のない小間使いか? どんな力によってこの魔王の側仕えを許されている、言ってみよ!」
「……身命を……賭して……陛下の御大望を助け奉る……ために……」
 ぐしゃっ、とどこかが潰れる音を聞いて、私は我に返った。闇をゆるめる。
 地に落ちたかばんが、陰気な声で言った。
「……御寛恕かたじけなく……」
「よい、もういいわ」
 怒るほどの事ではなかった。あまり魔力を使うと天に感づかれる。まったく、我ながらおとなげない。頭に血が上るとすぐこれだ。
「手を打たなければ。……そうね、明日あたり、一度娘たちの動きを調べてみましょうか」「……御意に……」
 そういうわけで、私はホームルームそっちのけで女子の動きを見ていた。
 やはり、一番怪しいのは今枝香織か。かがむたびに下着が見えるなんて、娼婦の装い以外の何物でもない。他にも数人、いわゆるコギャルはいるが、あの娘ほど露骨なのはいない。
 私は、香織を調べることを決めた。

 学校が終わった。
 少女は、トイレの中で携帯電話を確かめた。メッセージが入っている。
 PM5時 南町通り 喫茶店シルバー
 じっとその文字を見つめる。
 最初は一度だけのつもりだった。けれど、やってみるとその背徳の味が忘れられなくなった。最初の日から一週間後に二回目を、その四日後に三回目を、その次からはほぼ一日おきに、この禁じられた仕事をするようになった。
 テレクラで最初に会った男とは、ずっと続いている。だが、途中からは他の男を紹介されて、その相手をするようにもなった。そういう場合は、紹介料と称して割増の金をとり、最初の男がそれをピンハネした。
 じきに、自分がなにか大きなものに巻き込まれたことに気づいた。
 男の背後には、どうやらいかがわしい組織が続いていたらしく、いつのまにか、別の男たちが自分を呼び出すようになった。誰でも同じことだから、少女は言われるままに町へ出た。呼び出した男と寝ることもあれば、その男の紹介で、別の男と寝ることもあった。どちらにしろ金銭のやり取りは続いた。
 相場は、一回五万。しかし少女は、一夜で二回以上犯されても、余分な金を取ろうとしなかった。同じことだからだ。
 客は様々だった。最初の男のようなやくざ崩れ、あるいは本物のやくざ。全身がヤニとセメント臭い土方の男や、やけに時間を気にしていたトラック運転手。銀行の重役、これは最初猛烈にさかっていたくせに、終わると酔っ払いのげろでも見るような目で少女を見つめた。小学校の教師。匂いにこだわるレストランの店長。ボーナスが出た普通のサラリーマン。彼だけは、なんのつもりか最後に、本当はこんなことしたくないんだろ、と妙に優しい声で言った。吐き気がするほど腹が立って、少女はそいつの服をホテルの便器にまとめてほうり込み、逃げ出した。
 それでも、やめる気はなかった。
 少女は、携帯をポケットに入れて、トイレを出た。

 夕方近くに、他の生徒たちに交じって、香織が校門を出て行った。私は、かばん片手に何食わぬ顔で後をつけた。
 歩いて五分の駅に入る。私はこの国の通貨を持っていないが、人をあざむくのと同じぐらい、機械をごまかすのはたやすい。ホームに入り、ひとつ後ろの箱に乗る。
 市街地に向かう方角だった。四駅め、車窓からたくさんの楼閣が見える繁華街で、香織が降りた。私も降りたが、雑踏が激しく、見失ってしまった。
 魔力で追うこともできなくはない。しかし、四時半、日はまだ高い。闇を使うには夜を待たなければいけないし、しもべを呼ぶには人が多すぎる。
 改札を出たところで、はたと私は立ち止まったが、そこに聞き覚えのある声がかけられた。
「おっ、グラディナじゃん。どうした?」
 野太い声と大柄なたくましい体。武藤雄介だった。そばにもう一人、小柄な男子をつれている。武藤は、私が振り向くが早いか、好色さを隠しきれない視線で、じろじろとセーラー服の中の体を値踏みしてきた。あの部室での一件以来、彼とは寝てやっていない。さぞかし悶々としているのだろうが、今は暇でもないことだし……
 そう思ったとき、ふと予感が働いた。彼が必要になるかもしれない。いや、考えてみれば利用価値がある。
 私は微笑を作った。
「武藤君こそどうしたの?」
「いや、こいつとさ。服買いに来た」
 武藤はかたわらの男子を指した。
「紹介するよ。鍵田恭一。小学校一緒でよ。中学別だったけど、今度また同じクラスになった」
 言ってから、大ざっぱにガリガリと頭をかく。
「同じクラスなのに紹介もへちまもねえなあ」
「は、初めまして。鍵田です」
 鍵田恭一は、律義に頭を下げた。彼は、入学式のときにちょっと縁のあった男子だ。背丈は普通より少し低いぐらい、柔らかな質のやや長い髪と子供のような顔、全体にきゃしゃな手足のせいで、男と言うより娘のような雰囲気がある。半袖のカッターシャツから伸びる腕もずいぶん色白だ。例の毎朝やっている仕事は、新聞配達なる仕事だとわかっている。繊細な見かけによらず足腰は強い。おあつらえ向きかもしれない。
「武藤君は澄田君といつも一緒じゃなかったの?」
「それが、最近あいつ付き合い悪くてよ。どうも彼女ができたみたいで」
 武藤がごつい顔をしかめる。ふむ? するとやはり。
 まあそれも今はいい。とりあえず、この鍵田も使える。
「あの、ちょっと聞いていい?」
「おう、なんでもどうぞ」
「この近くで、待合茶屋みたいなところ、ある?」
「はあ?」
 武藤が妙な顔をした。――いけない、流れからして誤解されてる。
 いやいや、そうではない。今のこの国では、待合などという言い方はしないのだった。
「ええと、ラブホテル」
「ら、ラブホ……」
 たちまち武藤がなにか大きな塊でも飲み込んだような顔になる。私は付け加えた。
「私が行くんじゃないの。人を捜しに行くのよ」
「ああ、そうなのか……」
 ほっとしたような残念なような顔をして、武藤は鍵田と顔を見合わせた。
「この駅でラブホテルっつーと、あれだな。南町通りだな」
「そうだね、四、五軒固まってたと思う」
「連れていってくれない? 道わからなくて」
「いいけどよ……」
「僕は服を買いに行きたいんだけど」
「うっせー黙れ! そんなもん今度だ今度!」
 くそ真面目に言った鍵田を武藤が怒鳴りつける。私も横から援護射撃した。
「なんならまた今度、私が見つくろってあげるから。今日はお願い。ね?」
 鍵田は私の顔を見ると耳まで真っ赤になって、うなずいた。
「う、うん……それでいい」
「うしゃ! じゃ行くぜ、グラディナ」
「ええ」
 私たちは、駅を出た。

 少女は、コーヒーグラスをテーブルに置いた。向かいに男が座った。
「おお、待たせたな。忙しくってよ」
 今日の相手は、いつもの男だった。趣味の悪い真っ赤なポロシャツを来て、胸にゴールドのネックレスをちゃらちゃらさせている。十五分遅れだが、いつもに比べるとまだ早い方だ。どうせパチンコでもしていたのだろう。
 ウェイトレスにアイスコーヒーをオーダーするのに続けて、男は臆面もなくけろりと言った。
「今日な、3Pだ」
「……」
「参ったぜ。うちの組の兄貴がよ、おまえのこと話したらちょっと味見させろって言い出しちまってよ」
「……ホテル、三人も入れるの?」
「人数は七人だな」
 またもやけろりと、男は言った。
「兄貴のほかになんとかいうプロダクションの連中が来る。いや、心配すんなよ。いきなりSMとか撮るわけじゃねえから。普通にしてりゃいい」
「……撮るって?」
「ビデオに決まってんだろ。AVだ」
「聞いてない」
「いつもとおんなじだよ、やることは」
 男はいらいらと煙草に火をつけた。
「ギャラ出るぜ。二十万だ。文句ねえだろ?」
 少女は、しばしの沈黙の後、うなずいた。二十万でも五万でも、お金がいくらでも同じことだ。
「よし、それじゃ先にホテル行って準備しとけ。この先のルネサンスってホテル、おれの名前で予約してあっから。おれは、兄貴たち待ってから行く」
「……わかった」
 少女は、席を立った。

「これはちょっと、とんでもないところね……」
 表通りから一本入った細い路地で、私は周りを見て嘆息した。
 武藤は四、五軒と言ったが、とんでもない。それは目立つ光看板を掲げている大きいホテルにかぎった話で、十室ていどの小さなところや、旅館、風俗店をあわせると、何十軒という日陰の商売の店が立ち並んでいた。
「……色街ですな……」
 しもべがぼそぼそと言った。あの二人には他を手分けしてもらっているから、聞かれる気遣いはない。
「これは……夜を待って闇を使うしかないわね」
「……その時には事が済んでいるかもしれませんぞ」
「わかってる」
 私は苛立ちながら周囲を見回した。数十の店の名が書かれた縦長の看板を出す、五階建てていどの雑居楼、人二人が並ぶのがやっとの細い路地、うなぎの寝床のように奥へと続いている間口数歩の旅館、年季の入った酒場。自分の居所も分からなくなりそうなごみごみした一画だ。すでにほろ酔いの酔漢やかしましい客引きたちが出ていて、この中から一人の娘を探すのは容易ではなさそうだ。
 だが、その時、見覚えのある白い夏服が目に入った。
 私は小走りに近づいた。路地の壁に近いところを、手にさげた紙袋を通行人から守るように歩いているのは、間違いなく私の学校の制服を着た女子だった。後ろから追いついて、声をかける。
「ちょっと……」
「えっ?」
 長い黒髪を揺らして、驚いたように娘が振り返る。違う。香織ではない。
 意外にもそれは、クラス委員の佐倉千鶴だった。およそこの場に似つかわしい娘ではない。
「佐倉さん? 何してるの、こんなところで」
「それは……グラディナさんこそ、何を?」
「私は今枝さんを探してるんだけど」
「今枝……香織さん?」
 わずかな表情の動きを、私は見逃さなかった。切り込む。
「何か知ってるの? ここらで見かけた?」
「……ええ」
「どこで?」
「私も、彼女を探してるの」
 意外なことを千鶴は言った。
「昨日、あの子から変なことを聞かれたから」
「それはもしかして、一緒におかしなことをしようって誘われたんじゃないでしょうね」
「どうして知ってるの?」
 さっと千鶴の顔に狼狽の色が走った。間違いない、これで確定だ。私は、千鶴の質問をひっぱずして聞いた。
「それであなた、承知したんじゃないでしょうね」
「まさか!」
 千鶴は首を振った。
「私、止めに来たのよ」
「そうなの……」
 私はうなずいて、顔を寄せた。
「私も目的は同じよ。一緒に探さない?」
「……いいわ」
 千鶴がうなずく。私たちは、一緒に歩きだした。
「確かこっちだったと思う」
 千鶴が私の手を引く。言われるままついて行った。
 夏の日が暮れるにはまだずいぶんあるのに、一体何が目的なのか、無数の人間が行き交っている。派手な化粧をした女や目付きの悪い男たちの中で、私たちの制服は目立ったらしい。好奇のまなざしを向けてくる者や、あからさまに声をかけて来る男もいた。
 そのたびに、千鶴は脅えて体をすくめた。私がそいつらを追い払いながら、迷路のような裏路地を渡って行く。
 二十分ほども歩き回ると、千鶴が立ち止まって疲れたように言った。
「もう無理よ。グラディナさん、帰らない?」
「そうね……」
 私は考え込んだ。人の数はますます増えている。このままあてもなく歩き回っても成果はないだろう。しかし、帰るわけにもいかない。
「じゃあ、武藤君たちを探しましょう」
「え? どうして」
「手伝ってもらってるのよ。今まで会わないけど、どこかその辺にいるはずだから……」
「でも、もう帰ってるかも。それ頼んだの、いつなの?」
「四十分ぐらい前だと思うけど……」
「待ち合わせは?」
「しまった……してないわ」
「じゃあ、きっと帰ってるわよ」
「佐倉さん?」
 私は、妙な雰囲気を感じて彼女の顔に目をやった。
「武藤君、苦手?」
「そういうわけじゃないけど……」
「彼、悪い人じゃないわよ」
「そうなの」
 そう言ってあたりを見た千鶴が、視線を止めた。そちらを見ると、武藤と鍵田、それにもう一人、制服の娘がこちらへやって来るところだった。
「あら、噂をすれば……」
 その時突然、千鶴は身をひるがえして走りだした。
「佐倉さん?」
 止めるいとまもない。脱兎のごとく走りだした千鶴は、人にぶつかってよろけながらも、あっと言う間に群衆の中へ消えてしまった。
「あれ、誰だ?」
 そばに来た武藤が、猪首を伸ばしてうかがいながら言った。
「佐倉さん」
「はあ? 佐倉って、うちのクラスの? なんであんな真面目なやつが?」
「あなたを捜しに来たのよ」
 私は、おかしな顔で立っている、もう一人の娘に言った。――今枝香織だった。
 香織は、携帯電話のストラップを指でもてあそびながら、私を見た。
「わたしを探してた? なんで?」
「止めに来たに決まってるじゃない」
「何を?」
「言ってもいいの?」
 私は、ちらりと二人の男子に目をやって言った。ところが、香織の返事は予想に反したものだった。
「わたしこそ、佐倉を捜しに来たんだけど」
 一瞬、わけが分からなかった。
「どういうこと?」
「どうもこうもないよ。あいつ最近援交してんだよ?」
「そ……マジかよ?」
 武藤が私の代わりに驚いてくれた。
「ほんとだよ、だってわたし、あいつに誘われたもん。一緒にやらないかって」
「私は、あなたが誘ったって佐倉さんから聞いたんだけど」
「げー、嘘つくなよあいつ」
 香織は顔をしかめた。
「誘って来たのはあいつの方だってば。わたしは断ったんだよ」
「じゃあなぜ追って来たの?」
「それがさ、気が変わって」
「……やめなさい、そんなこと」
「信じられるかよ! あいつって根っから品行方正なんだろ?」
 武藤がうなるように言った。それはそうだ。まだ香織がやっていると言われたほうが説得力がある。
 だが、決定的な証拠が現れた。
「あの、これ」
 鍵田が、おずおずとデパートの紙袋を差し出した。
「さっき、佐倉さんが落としてったんだけど」
「彼女が?」
 私は、それを開けた。
 中から出て来たのは、ソバージュの金髪のヘアウィッグと、箱入りの避妊具だった。

 2.
「……どういうことだよ」
 武藤が頭を抱えて言ったが、私にはもう見当がついていた。
「彼女は本当に売春をしていたのよ。知られるのがいやで私に話をあわせたのね」
「売春って、グラディナ……」
「なにか違って?」
 私は武藤をにらみ上げた。
「援助交際なんて得体の知れない言葉でごまかしても、やってることは同じでしょう。はっきり言うべきだと思うんだけど」
「そりゃそうだけど……」
「今枝さん。あなたもやめておきなさい」
「んっだよいーじゃん、自分の体をどう使おうが勝手じゃんか。悪いのは買う方だよ」
「セックスは繁殖のためにするものよ」
 ぽかんとした目で、三人が私を見た。――失敗した。ちょっと今の言葉は私の演技に合っていなかったか。
 なにか言って取りつくろおうと思ったとき、だしぬけに別の声が割って入った。
「こんなとこにいやがったかこのガキ!」
「いって!」
 いきなり香織の腕をつかんだのは、三十がらみのすさんだ印象の男だった。
「ホテルで待ってろって言ったろうが!」
「なにすんだこのヤロー!」
 香織が身をひねって逃れる。男はなおも香織を捕まえようとしたが、不意にぽかんとした顔になった。
「あれ……違うな」
 真っ赤なポロシャツと金のネックレス、濁った目と乱暴な話し方。典型的なちんぴらだ。私は香織の前に出て言った。
「乱暴はやめてくれる?」
「わりいわりい、制服同じだから間違えちまってよ」
 男は、下品に笑って言ってから、しげしげと香織を見つめた。
「お、あんたも好きそうだな。どうだい、ちょっと小遣い稼いでみないか」
「はあ? なに言って……」
「ちょっと待って。制服が同じってどういうこと?」
 私は聞いたが、男のポケットで鳴った電子音にかき消された。ちんぴら特有の傍若無人さで私たちを放りだして、男が携帯電話を引っ張り出す。
「もしもし? あー、兄貴。こっちはまだっすよ。いや、サボっちゃいませんて。代わりにものになりそうなやつ一人見つけたんで……はあ? そっちで見つかった?」
 どら声を張り上げて頓狂に驚く。
「ホテル行くんすか。そりゃよかった、そんじゃおれも行きます。はい、それじゃ」
 電話をしまうと、男はいそいそと歩きだした。私は呼び止めた。
「待って! 今なんて言ったの?」
「あーいいからいいから」
 男はしまりのない愛想笑いを浮かべて手を振った。
「お騒がせしたね。あんたらにゃ関係ないから。また今度」
「待ちなさい」
 私は走って、男の腕をつかんだ。「あ?」と、うって変わって凶暴な目で男が私を見る。「いそがしいんだよ。離せ」
「佐倉さんね。千鶴のことでしょう」
「なんだ、知り合いかよ」
 男は、私を振り払って言った。
「あきらめな。あいつはもうずっこんばっこんにやられちまってるから。ついてくるとおまえもヤッちまうぞ」
「武藤君!」
 私は叫んでから、あたりを見回した。うまい具合に、人気のない路地がある。
「こいつ、やっつけて!」
 武藤が戸惑ったような顔をした。勝てるかどうかはともかく、見るからにヤクザじみている大人に手を出すのは不安なのだ。
「武藤君!」
 もう一度叫んで、私は彼の目を見た。
 すでに一度彼はわたしと交わっている。言わば魂の底を私にさらけ出したことがあるのだ。これはもう、契約を交わしていなくても、私のしもべになっているに等しい。
 彼の心は、好きな女から必死に頼まれた、という受け取り方をしたのだろう。命じられたとも知らず、大股に歩いて男の腕をつかんだ。
「待てよ」
「離せや、コラ」
「うるせえ」
 うむをいわさず路地に引きずる。あっけにとられている鍵田と香織を置いて、私はその後に続いた。まだ開いていない酒場が連なる細い路地で、武藤が男に組みつく。
「おい、ホテルってどこだ。教えろよ」
「てめえ、自分が何してるかわかってんのか。おれの兄貴は三鬼会の幹部だぞ」
「だからなんだ。おれは次のインハイの全国候補だ」
 言うが早いか、武藤は見事な足さばきで、男に大外刈りをかけた。自称全国候補は嘘ではなかった。
「ぐあっ!」
 瀝青の路面に叩きつけられて、男が悲鳴を上げる。私はそのそばにしゃがみこんだ。
「言いなさい」
「なんだてめえら! ふざけんな!」
「武藤君」
 体重を乗せたこぶしが男のみぞおちに入る。ぐぼっ、と男が臭い息を漏らした。
「もっと。手加減せずに」
 続けて数発、蹴りと殴打を受けて、男はぐったりとなった。
「どこなの?」
「……ルネサンスってホテルだよ。四〇一号室だ」
「嘘だったら殺すわよ」
「嘘じゃねえ。毛利って名前で取ってる」
「そう」
「覚えてやがれ! てめえらの名前と学校、死んでも忘れねえからな!」
「死んだら、あちらでもう一度殺してあげる」
 私は、静かに言った。
「武藤君、むこうに行って。二人と一緒に、こっちを見ないで」
「……おう」
 武藤が路地から出て行くと、私は言った。
「ブンチェルガッハよ。この者をズンデの白刃森林へ」
「……御意……」
 かばんが開き、閉じた。

 路地から出ると、香織が言った。
「あいつは?」
「追い払ったわ。後のことは気にしないで」
 気味悪そうに香織と鍵田は顔を見合わせたが、私は取り合わなかった。
 千鶴の居場所は分かった。一人で行けば取り返すのも簡単だ。しかし、せっかくこれだけクラスの人間がいてお膳立てもあるのだから、ここは使わない手はない。
「これから千鶴を助けに行くわ」
 私は宣言した。
 別に親切で助けるわけではない。私のクラスの娘たちは、みな大切な苗床だ。他の男の子をはらまさせるわけにはいかないからだ。
「あなたたちも来てくれる?」
 武藤がうなずく。それを見て、鍵田もおずおずと首を縦に振った。香織はこう言った。
「なんかおもしろそうだね!」
 それで決まった。

「はあっ、あはっ、くあっ!」
 ごつごつした肉棒に腹の底を突き上げられて、千鶴は快感と苦痛の入り交じった悲鳴を上げた。ベッドに押し付けられた千鶴の後ろから、たくましい体のサングラスをかけた男がのしかかり、しきりに膣内をえぐってくる。そのさらに後ろには、無機質に光るビデオカメラのレンズ。
 周りに陣取ったスタッフの中から監督が声をかける。
「いいよ、久米田さん。もっとガシガシやっちゃって」
「ううっ……こいつきつくてよ。で、出ちまいそうで……」
「何言ってんの、千人斬りの久米田さんが。なんなら男優になる?」
「おれは……この稼業が気にいってんだよ……毛利に言ってやれよ。あいつのが女落とすの得意だぜ」
「遅いね、毛利さんも。早く来ないと久米田さんのザーメンでこの子ぐちゃぐちゃになっちゃうよ」
「やっぱ生に限るよ、な!」
「ひうーっ!」
 子宮を押し上げられると同時に小さな胸をつかみ潰されて、千鶴は悲鳴を上げてのけぞった。その頭に、久米田が鼻を押し付ける。
「いいぜ……もっと鳴きな。鳴いてる女の匂いはいい」
 細い千鶴のあごを指でつまみ上げて、無理やりキスする。
「気づいてるか? おまえ、ヤられるメスの匂いプンプン出してるぜ。いいメスはな、いい匂いを出すんだ。おまえは素質がある」
「うーん、サディスティックですてき」
 監督が指示を出す。
「ヨッちゃん、もっと顔アップに。そう、その子の涙が分かるぐらいに。原ちゃん、もっとあそこ寄せて! モザイクだらけになっちゃう? いいんだって、これ裏でノーカットで流すんだから。びらびら分かるぐらいに!」
「はっ、はっ、はあっ」
 息もたえだえに感じ続けている千鶴に、久米田がささやいた。
「いくぜ、しっかり受けとめな。熱いのぶっかけてやる!」
「はああっ!」
 その瞬間、バン! と部屋のドアが叩きあけられた。全員が反射的に振り向く。
「おおっ?」
 不自然な姿勢になった久米田のペニスが、ぬるっと千鶴の膣から抜けた。はねあがった怒張から、びゅっと精液がほとばしり、千鶴のへこんだ背中にぱたぱたと飛び散った。
「くそっ、中で出してやるつもりだったのに!」
 絶頂後の虚脱にもおちいらず、怒りに任せて、久米田がベッドが飛び降りた。
「毛利! てめえ間が悪いんだよ!」
「違うわよ」
 男たちは立ちすくんだ。
 うっそりと一人の少女が入って来た。切り揃えられた黒い髪、しわひとつない黒いセーラー服、黒革のかばん。神々しいまでに白い肌、凄烈な美しさをたたえる顔立ち、伸びやかで完璧なバランスの肢体。
 少女は、背後に向かって「待ってて」と言うと、ドアを閉じた。
「なあに、あなた?」
 監督が困ったように聞く。スタッフたちも久米田も、少女の美しさに呑まれたように黙り込んでいる。その沈黙の中を少女は横切って、ベッドのそばに立った。
「佐倉さん」
「ん……グラディナさん?」
 とろんとした顔だった千鶴は、はっと体をこわばらせてシーツを引き寄せた。
「いや、見ないで!」
「どうしてこんなことしたの?」
「そ……それは……」
「あなた、そんな子じゃなかったでしょ? 私は知ってるけど、あなたまじめないい子だったじゃない。学校でも優等生で。よく教会へ行ってたでしょう。神様を信じてるんじゃなかったの?」
「わ、私……」
 なぜグラディナがそんなことまで知っているのか、それを考えられるほど落ち着いた状態ではない。一番見られたくないところを見られた動揺で、ただ聞かれるままに、千鶴は答えた。
「神様なんか……いないもの。助けてほしかったのに、誰も助けてくれなかったもの」
「何かあったの?」
「父さんが……私、父さんに」
千鶴は、嗚咽した。
「父さんにひどいことされたのよ!」
 悲鳴だった。それにどう刺激されたものか、監督が小声で言った。
「カメラ止めないで。続けて」
 かまわずグラディナは千鶴の肩に手を置く。
「……犯されたのね?」
「いいのよ私なんか! もう汚れてしまってるのよ! 穢れた女なのよ! だからそのことを父さんに見せつけてやろうと思ったのよ! 落ちるとこまで落ちて!」
「あなたはまだ落ちていないわ」
「……え?」
 顔を上げた千鶴に、グラディナは妖しく微笑んだ。
「もっと深い淵がある。もっと恐ろしいことがあなたにはできる。それをしてみない?」
「……どんな?」
「私に任せて」
 青ざめた顔でグラディナに見入っていた千鶴が、やがてぎこちなくうなずいた。
「……教えて」
「いい子ね」
 千鶴の頭を優しくなでると、グラディナは振り返った。
 サングラスをかけたすっぱだかの男、小太りの監督、三人ほどのスタッフ。男たちが、突然の闖入者であるグラディナを見つめている。一人ずつ見回していったグラディナは、股間にだらしなく萎えたペニスをぶら下げたままの久米田に目をとめた。
「あなたが、千鶴を?」
「おう」
「もう済んだの?」
 言ってから、グラディナは重ねた。
「この子の腹の中に精を出した?」
「なんだおまえは。そいつのダチか?」
 言うことも行動も、普通の女子高生とは思えない。久米田が戸惑ったように言った。
「中出しし損なったよ、おまえのせいで。……いい体してるな」
 グラディナを見ているうちに、徐々に久米田は戸惑いから別の考えに移ったようだった。サングラスを外して、グラディナの衣服を通してその下の肢体を透かし見るように、じっと見つめる。
「代わりにおまえでもいいな。上玉だ。ヤリ甲斐がありそうだ。……監督、いいな?」
「もちろん!」
 監督も含めて、男たちはこのアクシデントを歓迎していた。ビデオのプロダクションとはいっても、全員一皮むけば久米田と似たりよったりのごろつきぞろい、モラルのかけらもないような連中だった。
「援助交際の友達を助けに来て逆にやられちゃう女の子……しかもモデル張りの美形じゃない。そそるシチュエーションだなあ。久米田さん、やっちゃってやっちゃって!」
「やられるのはあなたたちのほうよ」
 凍りつかせるような声で言って、グラディナは千鶴の頭をベッドに押さえつけた。
「目をふさぎなさい。耳も」
 そして、グラディナは命じた。
「ジャービー、ザルチゾ。まかり出でよ」
 続いて起こった出来事は、男たちの人生の最後を飾る人知を越えた悪夢だった。
 ばくんと開いたグラディナのかばんから、二つのものが飛び出した。黒い炎。緑の水煙。二つの塊は熊のように巨大にふくれ上がって、おぞましい悪魔の姿をあらわにした。
「は……?」
 監督が間抜けな声を上げる。グラディナがうっすらと笑いを浮かべながら命じた。
「ジャービー、あやつを丸焼きに。ザルチゾ、男どもを腐らせよ」
「あいよ!」
「はい……」
 地獄絵図が巻き起こった。生きながら焼かれる監督の絶叫。手足が溶け落ちていくのを味わわされるスタッフたちの狂った笑い声。
 阿鼻叫喚の中で、ベッドの上で腰を抜かしている久米田の前にグラディナは腰掛けた。嫣然とほほ笑む。
「あなたには、私の口づけを」
 輝くばかりの美貌が迫る。久米田は、グラディナの唇を感じた。今まで味わったどんな女よりも甘美で、蠱惑的なキスだった。
 やがて、吹き込まれた息に腹の中が切り刻まれていくのを、久米田は恍惚としながら感じた。

「グラディナ……?」
 ドアを開けてやると、武藤たちがおそるおそる入って来た。室内を見回す。
「誰かいたんじゃないのか?」
「追い払ったわ」
 窓を指さして、わたしは簡潔に言った。もちろん嘘で、床と壁に飛び散った痕跡ごと、まとめてしもべに飲み込ませた。しかし話す必要もない。香織があてが外れたように漏らす。
「なあんだ、つまんねー」
「そうでもないわ」
 わたしは、寝台をさした。そちらを見た武藤と鍵田は、棒を呑んだように硬直した。
 シーツで胸まで覆っただけの千鶴が、やや伏し目がちに、それでも肩もあらわに、じっと座っていた。
「お、おい……」
 そう言ったきり絶句した武藤に代わって、香織が妙に呑気に言った。
「やられちゃってた?」
「間に合ったわ」
 わたしは、ドアを閉じながら言った。
「武藤君、鍵田君。――目をそらさなくてもいいのよ」
「ええっ?」
 鍵田がすっとんきょうな声を上げる。場慣れしてなさそうな彼のことだ。この光景はちょっと刺激が強いかもしれない。
 でもそれに負けてもらっては困る。まだまだこれからなのだから。
「で、でも、とりあえず何か着てもらって……」
「いいんだってば。ここをどこだと思ってるの?」
 二人の男子は、わけがわからないと言った顔でわたしを見た。
「ここはそういう場所なのよ」
 日ごろの妄想のたまものか、武藤が先に理解した。ごくり、とつばを飲み込んでわたしと千鶴を交互に見る。
「それじゃ……まさか」
「問題はあなたね」
 わたしは、香織を見つめた。しかし、それほど懸念はしていない。ストレートな持ちかけ方で構わないだろう。
「どう? ここでセックスしない?」
 予想は当たった。ちょっと驚いたように目を見張ったものの、すぐに彼女はうなずいた。「んー、別にいいよ。メンツも悪くないし」
 そう言って、二人の男子を見る。
「ガテン系とショタ系かあ。……わたし、こっちのボクの方がいいな」
 言ってから、考え込む。
「でもちょっといきなりだね。なんつーか、もう一つノリにとぼしい気がする」
 変なところでこだわる娘だ。わたしは軽く笑っていなした。
「ならまずわたしから。そこで見ていてちょうだい」
「ちょ、ちょっとグラディナさん!」
 鍵田が目をいっぱいに見開いて上ずった声で叫んだ。
「なんでそうなるの? だ、だめだよ!」
「あら、いや?」
 わたしは、すっと彼の肩に腕を回した。ざっと好みを読み取る。鍵田少年の性欲は、武藤などに比べてはるかに具体性にとぼしい。きれいな年上の女性に、導かれるまま体の触りあいをし、ごく普通に欲情を高ぶらせたすえ、ひとつになる。曖昧だが、要するに子供なのだ。子供だって問題ない。射精さえできればかまわない。
 年上が好きというなら、わたしでちょうどいい。もっとも、年の差は二桁に達するのだが。
 軽く胸を押し付け、ズボンの間に太ももを割り入らせて股間を刺激すると、すぐに反応してきた。下着の中のものがそれなりに大きくなってくる。
「ぐ、グラディナさん……」
「考えてみてよ。わたしたち高校生が男女で密室にこもれる機会なんて、めったにないと思わない?」
「そ、それだけが理由なの?」
「わたしにはそれで十分よ」
「意外だなあ、あんたもっと堅い子だと思ってたけど」
「こういう女よ」
 香織に答えてから、わたしは鍵田の手を引いて寝台に導いた。武藤も手招きして呼ぶ。
「い、いいのか?」
「ええ。ほら、鍵田君も」
 わたしは、一度に二人の手を自分の体に引き寄せた。じっと見ている千鶴に目をやる。
「見ていて。あなたの知らない、本当にすてきな交わりを見せてあげるから」
 それから、二人の男に言った。
「好きに触って……」
 真っ先に武藤が手のひらを押し付けてきた。服の上から一番に胸を触りにくる。一度与えているからためらいがない。ごつい手で胸を包み絞ろうとするが、指が届かずふるりと逃げる。それがたまらないらしく、形を変える私の乳房を追いかけるように、武藤はさわさわと布地の上にまさぐり続ける。
 本当に渇望していたんだろう。もう表情にまったく余裕がない。獲物を追い詰めた狩人のように、我を忘れて力を加えてくる。すぐに服の下に手を入れて、肌に指を滑らせてから直接ふくらみをつかみにきた。ブラジャーはつけていない。
 それに比べて、鍵田はずっと内気だった。もじもじと手をすりあわせて、ためらいがちにわたしを眺めるだけだ。やりたがっているのは一目でわかる。ただ、まだ踏み切れないのだろう。
「おいで」
 わたしは言って、寝台に投げ出した両足を斜めに開いた。太ももを見せるととうとう我慢できなくなったらしく、こわごわと触れてきた。
「触っていいの?」
「いいのよ。キスしてもいい。何をしても」
 ぺたりと太ももに触れてから、ゆっくりと鍵田はわたしの足をなで始めた。すぐにふらふらと顔を近づけて、暖かみを計るように頬を押し付けて来る。わたしの肉体に一度触れて理性を保てる男などいない。
「んは……」
 吐息が漏れた。武藤の愛撫が、乱暴ななりに心地いい。両脚には敬虔な信徒のように口づける鍵田。二人に一度に愛されれば、わたしだって感じる。素晴らしい女の体を与えてやっている見返りとしては、申し分ない。
 体のしびれが高まるのを感じながら、わたしはソファに腰掛けていた香織に目をやった。男と寝た経験はあっても、じかにこう言った場面を見たことはないだろう。呑気で物怖じしない彼女でも、平静ではいられなくなったらしい。日に焼けた顔をさすがに赤くして、見てはいけないものでも見るように横目でこちらを見ている。
 場に冷めた人間がいると房事はやりにくい。わたしは、若干の暗示を込めて香織を呼んだ。
「いらっしゃい。あなたも一緒に」
 どうやら待っていたらしい。香織は素直にこちらへ来ると、あえいでいるわたしの前に手をついて身を乗り出してきた。
「なんかドキドキするよ。こんなの初めて」
 わたしは手を伸ばして彼女に口づけようとした。すると意外にも、手を突っ張って香織は拒んだ。
「レズはやだよ」
「じゃあ、触るだけ……」
 わたしは両手を伸ばして、白い夏服から伸びる香織の腕の、ひじの内側へつっと指を走らせた。それだけでぞくっと香織は震える。からめ取るように腕を引いて、横たわらせると、肩とわきをわたしは愛撫していった。
「あ……すごい、気持ちいい……」
 香織が息を吐く。未経験の優水をもたやすく陥落させたわたしの指だ。ふっくらと肉の付いた上腕から乳房までくりかえし愛撫してやると、香織はぶるぶると肩を震わせてつぶやいた。
「あんたメチャクチャうまい……彼氏よりずっといいよ」
「ふふ……そう? あん!」
 その指もともすれば乱れがちになる。いつの間にか武藤はわたしのセーラーをずり上げて、まろび出た乳房にじかに吸い付いていた。スカートははだけ上げられ、鍵田が夢中で内もものくぼみをなめ上げている。
「グラディナさん……パンツ、濡れてる……」
「あなたが……はあっ、うまいからよ……」
「さ、触っていい?」
「いいわ」
 シルクに触れる指の感触。しゃりしゃりと茂みがこすられる音。布の下でひだと芽がもみあげられ、あふれた愛液がしみだしていく。わたしが濡れるのは羞恥からではない。人間を籠絡する征服感からだ。
「あったかい……グラディナさんのここ……」
「いやじゃない? 指、汚れて」
「ううん……きれいだと思う」
 そこが大人との境目だ。少年は欲情に目覚めつつある。
「グラディナ……俺もう、我慢できねえよ」
 武藤はさっきから、ズボンの中に手を突っ込んでしきりに性器をこすりたてている。痛いほど彼の欲望が伝わって来る。出したくて出したくてたまらないのだ。
 彼が鍵田を押しのけて突っ込んできそうになったので、わたしは制止した。
「待って、あなたはこっち」
 起き上がって、姿勢を変える。四つ這いになって顔を突き出し、唇を指さす。不満そうな顔をした武藤に、わたしは淫靡に笑ってみせた。
「鍵田君はまだだもの。教えてあげたいの」
「でも……」
「それとも、わたしの口を犯すの、いや?」
 その一言の効果はてきめんで、武藤はもどかしげにベルトをはずし始めた。焦るさまが子供のようだ。わたしは後ろを向いて、鍵田に声をかけた。
「そろそろ入れたいでしょ。来て」
「で、でも、どうやったら……」
「香織、教えてあげて」
 わたしの愛撫に満足していたのだろう。香織はけだるげに体を起こすと、鍵田を膝立ちにさせてズボンを下ろした。そこで鍵田にも興味が向いたらしく、ブリーフを下げると、生白い彼の性器をぱくりとくわえ込んだ。
「あっ!」
 鋭い悲鳴を鍵田が上げる。放出されては手筈が狂う。わたしは止めた。
「待って、最初はわたしに。香織は後でね」
「童貞食うの好きなんだけどなあ」
 渋々ながら、香織は口を放した。
「グラディナ……」
 武藤が猛り立ったものを突き付けてくる。軽く口づけしてから、わたしはそれを唇の間に迎えた。滑らかな先端、えぐれた首、そして剥けきった包皮が唇を過ぎていった。わたしはたっぷりと溜めた唾液と舌でそれを包み込んでやった。
「う……すげえ……」
 感極まったうめきを武藤が上げる。そのまま強引に前後させようとしたので、わたしは手で押し止どめて調節した。ゆっくり出し入れしながら、ねっとりと茎に舌を這わせ、大切な精の詰まっている袋を指でていねいに揉みしだいた。
 後ろでスカートがまくり上げられる。下着を下げられて、尻が空気にさらされた。
「ほら、ここ。このぬるぬるの一番後ろね」
 香織が手慣れた様子で言った。やがて蜜のあふれたひだの間に張り切ったものが触れた。粘膜を拓いて、ゆっくりと恐れるように、それが胎内に侵入して来る。
「んんん……」
 鍵田は可愛らしく鼻を鳴らしてわたしの管の内部を味わっている。じきに腰を揺すり始めた。動き出すと、思った通り彼の腰の力は強く、さして大きな陽物でもないのに、わたしの尻の間の奥深くまで先端を届かせるようになった。
「ふうん!」
 塞がれた口の代わりに、鼻から息が漏れる。鍵田の幼い器官が、初めて味わう女の体内に喜んでわたしの子宮を強くえぐり上げて来る。突かれるたびに頭の中に火花が散る。叩きつけられる人の雄の激しい生命力が快くて、わたしも平静を保てなくなった。獣に戻ったような喜びを感じながら、股間に蜜をあふれさせ、肉幹をむさぼり吸って、二人の精液を呼んだ。「ふあっ!」
 二人の絶頂は同時だった。武藤ががっしりわたしの頭を押さえ付けて、喉の奥に激しく噴きこぼした。体内では鍵田の先端が熱い液を放つ感触。わたしの意識が白く染まる。
 絶頂のしびれを感じながら、ただちにわたしは二人の精の改編を始めた。それが目的なのだから快感に溺れてはいられない。口内と子宮で、億を越える極小の細胞すべてを捉え、最奥に陣取るからまりをより分けて、わたしの持つしるしに書き換える。
 それが済むと、逆に二人の体内に戻してやる。
「う、ううっ?」
 武藤が目を見開いてうめいた。萎え始めた肉筒をわたしが逃さず捕らえて、無理やり精を逆流させたのだ。濡れそぼつ蜜壷から逃げて行こうとする鍵田のものもきゅっと締め付けて、同じことをする。
 すべて終わって放してやると、苦しんでいるような顔で二人は寝台に尻もちをついた。「グ、グラディナ。最後に何やった?」
「ちょっと小技をね。痛かったかしら」
「痛くはねえけど……」
「その代わり、次の絶頂でも同じぐらい気持ちいいはずよ」
 精液を雌に注ぎ込むのが雄の本能なのだから、それを歪められて気持ちいいわけがない。まあそれは、次に娘二人に思う存分ぶちまけることで解消させてやろう。
 私は体を起こした。口元も股間も男女の体液でべたべただが、構っていられない。これからが肝心だ。
 千鶴が食い入るように私を見つめている。衣服の乱れも直さず、私は広い寝台を横切って千鶴の手を取った。
「どうだった?」
「グラディナさん……あんなことされていやじゃないの?」
「どうして? されたんじゃないわ。お互いにしたのよ。対等な交わり。すてきじゃない?」
 私は、千鶴の薄い胸に手を当てた。心の臓が激しく脈打っている。指を下げて太ももの間に触れると、シーツまで濡らす熱い湿り。彼女も私たちのからみ合いに魅せられていたのだ。
「あなたもしたいでしょう? どこの誰とも分からない男に身を任せるのとは違う。みんな仲間よ」
「……したい、わ」
 かすかに震えを帯びた声で千鶴は言った。私は振り向いた。武藤が信じられないような顔で見ている。取り澄ました顔でクラスのまとめ役を果たしている千鶴しか知らないのだから無理もない。私は彼を引き寄せて、ささやいた。
「ほら、これが佐倉さんなのよ。信じられる?」
「……ウソだろ」
「嘘じゃないわ。犯してほしいって。どうする?」
「どうするって」
「一人にこだわるあなたじゃないでしょ。別の女の子もつまんでみたくない?」
「いいのか?」
「あなたが望むなら。よければ次に香織とも」
 言ってから、気づいた。彼は、私が嫉妬するんじゃないかと思っているのだ。笑いかけたが、彼を傷つけることもない。
「私も見たいの。あなたがたくましく他の子を抱いているところ」
 許された、と思ったのだろう。武藤はカッターシャツとズボンを脱いで、裸になった。それをじっと千鶴が見ている。
「大丈夫、彼、いい人よ」
 小さなささやきだけで、彼女のおびえも消すことができた。
 香織は、私たちが交わっている間、スカートの中に手を突っ込んでしきりに指を動かしていたが、とろんとした顔で脱力している鍵田を見ているうちに我慢が限界に来たらしい。ものも言わずに小柄な鍵田を押し倒すと、シャツをぬがしながら唇を鎖骨に押し付けて、自分から襲いにかかった。派手な顔立ちに似合わず、母性本能の働くタイプらしい。男臭さのない鍵田のあられもない姿に刺激されたのだろう。
「佐倉……」
 全裸になった武藤が、シーツをはいで千鶴の体に触れ始めた。千鶴は座ったままおとなしく彼の接触を受け入れていく。
「細いな……」
 武藤が驚いたように言いながら千鶴の腕を握った。彼女は全体にひょろりと骨細な感じがある。腰回りや胸の肉付きはやや危うい。皮膚も薄くて少しやつれた印象だが、それは今までの心の痛みからだろう。これからはもっとましな体に戻るはずだ。
 武藤はあまり体つきは気にしないようで、むしろ、近寄りがたく思っていた千鶴に触れられることで興奮している。少しずつ、咎められないのを確かめるように千鶴の肌を暖めていく。
「もっと触るぞ」
「……乱暴にしないでね」
「よし、任せろ。グラディナで大体わかってるから……」
 腕から肩に、そして首筋に武藤の唇が進んでいく。あごの裏まで舌を押し付けられると、小さく体を震わせて千鶴はゆっくりと横になった。武藤の大きな体がその上にのしかかっていく。
 つっ、つっ、と武藤が細かく千鶴の唇をついばむ。ちろちろと舌を出した千鶴がそれを迎え入れて、やがて二人は濃厚な口づけを交わし始めた。千鶴の長い黒髪がうねうねと扇形に寝台に広がっている。あのウィッグは、少しでも自分をあばずれに見せておとしめたいという思いで持っていたのだろう。
 手で胸を揉むのとは別のやりかたを武藤が見つけた。自分の胸板を押し付けて、乳首同士が触れあうように、円を描いてこすり立てている。仰向けの姿勢では、千鶴の乳房は小皿を伏せたほどのふくらみでしかない。それでも若い娘の肉の張りは少ないということはなく、武藤の動きに引きずられて上下に柔らかく形を変えていく。高ぶりが集まって固くなった小さな乳首が、ぴん、と震えた。
 上半身に続いて、二人は下半身を互いに押し付け始めた。お互いの足を股間に割り込ませて、ぬかるみ出した性器をこすりつけあう。私は香織たちに目を移す。
 こちらは逆に女が上だった。しかも激しい。少年の着衣を乱暴にはぎとりながら、みぞおちと言わずへそと言わずこわばりと言わず、ところかまわず香織はキスをくりかえしている。
「楽しんでる?」
「うん。こいつ、かわいくってさ」
 香織が上気した顔で鍵田の小ぶりな性器にほおずりしながら言った。ちろっと舌で切れ込みをくすぐると、鍵田が「あん!」と娘のような声を漏らす。
「鍵田君。どう?」
「こんなの、初めてだよぉ……」
 涙を浮かべた目で鍵田があえぐ。「うー、かわいいぞ!」と叫ぶと、香織が下着ごとセーラーを脱いでその上に覆いかぶさった。
 鍵田が夢中でその胸に吸い付く。香織の体は千鶴とは対照的に肉付きのいいふっくらとした造りだ。中身の詰まった重そうな乳房を押し付けられて、懸命に息継ぎをしながらちゅうちゅうと音を立てて乳首を吸う。本当に、子供のようだ。
「先っぽだけじゃなくて、まわりも、ほら……」
 唾液でぬめらかになった乳房の肌を、香織は鍵田の顔に円を描いて滑らせた。必死になって鍵田が舌を伸ばす。ようやくさかり始めたのか、靴下だけ残してむかれてしまった下半身を弓なりに反らせて、いきり立った男根をスカートの中の香織の下着にぐりぐりとこすりつける。
「あは、かたーい……」
 香織が嬉しそうに漏らして体重をかけた。腰を左右に振って、下着越しの割れ目の間に鍵田の硬直を食い込ませる。ぷはっと息をつくと、切羽詰まった声で鍵田が言った。
「入れたいよ、今枝さん! 僕の、中に入れてよ!」
「いいよ! あんもう、我慢できない!」
 下着を脱ぐ手間も惜しいらしく、香織がスカートの下に手を突っ込んでめくらめっぽうに挿入しようとした。だが、初めての鍵田を下着をよけて導くのだから、なかなかうまくいかない。
「待って」
 私は後ろに回ると、香織のスカートをめくり上げた。どこでこんなに焼いたのか、黒く日焼けした豊満な尻が鍵田の腰に押し付けられている。下着は卑猥な赤だ。腰を上げるように促すと、私は鍵田の男根を引き起こして、香織の下着をかきわけた。
 意外につまやかな薄桃色の肉ひだがのぞく。すでにしとどに濡れそぼって、輪郭を失うほどのとろけようだ。ふるふるそこを震わせながら、香織が叫ぶ。
「は、早く!」
「ここよ」
 私が先端をひだの間に押し付けると、待ちかねたように香織がずぶりとそれを飲み込んだ。
「はあん!」
 見事にそろった裏声の悲鳴を二人が上げた。
「よし……もういいな? 突っ込んでいいだろ?」
 いつの間にか千鶴の脚の間に顔をうずめていた武藤が、顔を上げて聞いた。千鶴がうなずく。
「こんなになめてくれなくても、大丈夫なのに……」
「俺、大きいんだよ」
 言いながら武藤が、野太い肉棒の角度を定めた。千鶴はふと、私を見て言った。
「グラディナさん……これが、恐ろしいことなの?」
「そうよ」
「どうして? ちっともそんなこと……」
「分かってないわね」
 私は、千鶴に顔を寄せてささやいた。
「あなたは、私の子供をはらむのよ」
「こ、子供?」
「そう。この魔王の!」
 千鶴が何か聞きかけたが、口から出たのはかん高い悲鳴だった。
「はうっ!」
 武藤が腰を打ち付けたのだ。最初の一突きでじっくりと千鶴の器官を検分するように、武藤は千鶴の骨盤を砕かんばかりに引き寄せて、奥深くまで肉槍をうずめた。
「佐倉……そんなに締めるな……」
「わ、私、そんなこと……!」
 かあっと顔に血を上らせて千鶴は首を振る。自分で分かっていないようだが、彼女の体はあまたの男たちによって娼婦としてしつけられてしまっている。知らないうちに秘管が反応して精を絞ろうとしているのだ。
「くそう……死ぬほどいいぜ。佐倉悪い、俺そんなにもたねえよ」
「む、武藤君……」
 自分がそれほど男を喜ばせていることに、千鶴は戸惑いつつも満足感を覚えていく。ぐっぐっとたたき込まれる打撃に応えて粘液を漏らし、首をうちふってのたうつ。この分では、私の言ったことも忘れてしまうだろう。
 これが究極の罪なのだ。魔王の子を宿すほど邪悪なことなど他にない。
「んっ、んっ、はあっ、はあん!」
「ううっ、ううっ、佐倉、佐倉!」
「鍵田、いいよ。もっと、もっと奥まで!」
「ああっ、すごい、出ちゃう、出ちゃうよ!」
 四人の若い男女が、熱いうめきを上げ続ける。それすらもかき消すような体液のねばつく音と、打ち付けられる肉の響き。寝台の上は乱れ切って嵐のあとのようだ。武藤の突き上げに押し上げられた千鶴が動いていって、香織に翻弄される鍵田に頭をぶつけた。気づいた鍵田は、首を傾けて千鶴の横顔を引き寄せ、接吻した。
「さっ、佐倉さん! 次、ねえ次、いいでしょ?」
「ええ、一緒に、あなたも!」
「ふうっ!」
 二人の責め手が強い息を漏らして、最後にきつく体の奥を打ち付けた。
「あーっ!」
 四人の叫びが部屋を満たした。二本の茎から飛び出したあふれんばかりの粘液が、二つの子宮に受け止められていくさまが見えるようだった。
 私は、深い満足感をもって四人を見守った。


 Intermission 3

「澄田君」
 授業後の掃除の時間。廊下をほうきで掃いていた澄田光一郎は、声をかけられて顔を上げた。
 佐々木瞳だった。自慢の美貌は変わっていないが、どこか影があり、やつれたような印象がある。
 六月のあの騒ぎのことは、光一郎も聞いていた。影響は大きく、CMやドラマの出演も中止になったらしい。本人はあの後、二週間ほど休んでいたが、最近はまた登校を始めている。しかし、以前のような女王さながらの自信にあふれたそぶりはもはやなく、周囲からも、遠慮と気遣い、そして好奇の目で遠巻きに見られるだけになっているようだった。
 他ならぬ自分のクラスの女子のことだから、光一郎もなんとかしてやりたいとは思っていたが、問題が微妙なので、手をつかねていたところだった。
「どうしたの」
「ちょっと、手伝ってくれない?」
「なに?」
「洗剤の替えを取りたいんだけど、背が届かなくて」
 言って瞳は歩きだす。光一郎は手近のクラスメイトにほうきを渡すと、後について行った。
 校舎の奥のひと気のないあたりに向かう。階段下にある掃除道具倉庫に二人は入った。瞳が明かりを点け、そして扉を閉めた。
「どれ? ああ、あれか」
 棚の一番上に新品の洗剤が置いてある。背伸びしてそれに手を伸ばした光一郎は、ふと体を固くした。背中に、暖かく柔らかいものが押し付けられていた。
「澄田君……」
 瞳が抱きついているのだった。耳元に熱い吐息がかけられる。
「ねえ……しない?」
 光一郎は手を下ろすと、瞳をもぎ離すようにして振り返った。押しのけられた瞳は、臆することもなくセーラーの胸元に手をやって、リボンをほどいた。
 前のジッパーを外す。ひらりと布地が左右に別れると、レースをあしらったブラジャーが薄暗い白熱灯の下で白く輝いた。なおも瞳は手を動かし、腰のホックを外すと、スカートを床に落とした。張り切った腰回りの肉を覆う細い下着が現れる。
 想像もできないような妖艶さだった。瞳の顔は汗を浮かべて赤らみ、下着の下端は湿りけを帯びて布地の色が変わっている。光一郎は、佐々木瞳ではない別の女を相手にしているような気持ちになった。
 狭い倉庫の中は七月の熱気がこもって暑い。それをさらに蒸し暑くするような吐息をはいて、半裸の瞳は澄田に迫った。
「ここなら、誰も来ないわよ……」
「佐々木さん」
 光一郎が手のひらを突き出す。瞳がすがるような目で言った。
「わたしじゃ、いや?」
「そういうわけじゃ」
「わたしが汚れてるから? わたしが、あいつに犯されたから? 澄田君ならって思ったのに、あなたも、みんなのようにわたしを馬鹿にするの?」
「違う」
 普通の男なら到底抵抗できないような凄艶な姿の瞳を、光一郎は静かに押し返した。
「駄目だよ、やけになっちゃ」
「……」
「あれはひどいことだったと思うよ。でも、そんなことで自分をおとしめることないよ」
「これ以上落ちるところなんかないわ」
 瞳はすすり上げながら言った。
「もうドラマにも出られないし、次の映画の話もキャンセルされたし……マスコミはあることないこと言い触らすし、みんなはみんなで手のひらを返すようによそよそしくなったわ。もう誰もわたしを必要としてないのよ。こんなの、耐えられない」
 光一郎の胸板に顔を押し付ける。
「せめて、抱いてよ。まだわたしに価値があることを教えて……」
「そんな必要ない。君ならやり直せる。まだいくらでもチャンスはあるじゃないか」
 瞳の背に手を回すこともできたが、光一郎はそうしなかった。肩に手を置き、瞳の体を押し離す。
「テレビに出られなくなったぐらいがなんだ。他にもいろいろできることってあるだろ?」「澄田君……」
「忘れなよ、あんなこと。みんなも心配で遠慮してるだけだよ。君さえ気にしなければ、じきにみんなも元のように付き合ってくれる」
「そう?」
 瞳は体を離すと、じっと光一郎の顔を見ていたが、やがてぽつりと言った。
「それじゃあ、キスして」
「え?」
「一回だけ。そうしたら、わたし立ち直れる気がするの」
 瞳が目を閉じた。光一郎はしばし立ちすくんだ。
 そこでキスを受けたら、瞳はなしくずしに彼を押し倒して事に及んでいただろう。だが、それはされなかった。光一郎には、そういったことを避ける不思議な勘があるようだった。「……できない」
「どうして?」
「好きな人がいるから」
「わたしより、すてきな人?」
「僕が好きかどうかは君の価値と関係ないよ。君は君で、誰に言われなくたって、ちゃんと価値があるんだから」
「……本当?」
「本当だよ」
 そう言うと、光一郎はするりと瞳のそばを抜けて、外へ出た。
「元気出しなよ」
 それが、彼が残した一言だった。
 取り残された瞳のそばで、誰かがささやく。
「……しくじったわね」
「ご、ごめんなさい!」
「……いいわ。ひとつ分かったことがある」
 声は、ひとりごとのようにつぶやいた。
「私が手を加えたおまえの美しさに、並の男があらがえるわけがない。……やはりあいつは、ただの人間ではない」
 そう言うと、声の気配はふっと消えた。
 瞳は魂が抜けたように、その場に立ち尽くした。

「おそーい!」
 いつもの書架の後ろに回ると、彼の愛する少女が頬をふくらませて言った。
 光一郎は頭を下げる。
「ごめん、ちょっと掃除が長引いちゃって」
「もうすぐ閉館時間よ。ゆっくり本も選べないよ」
「悪かったよ。そうだ、帰りに市の図書館によろう。それじゃだめ?」
 頬をぷくっとふくらませたまま、優水が顔を横に振った。光一郎はあごをかく。
「参ったな……じゃ、どうすればいい?」
 じっと光一郎を見つめていた優水が、やにわに目を閉じて、顔を突き出した。
「……これで、許してあげる」
「え」
「キスして」
 初めての申し出だった。光一郎は、ぼんやりと少女の顔を見つめた。
 それから、そっとその肩を抱き寄せた。
「いいの?」
「光一郎なら……」
 一瞬、口づけを望む優水に、瞳の姿がオーバーラップして、光一郎はためらった。だが、首を振ってその幻影を追い払う。優水のまつげは小刻みに震え、彼女が精一杯の勇気を振り絞って待っているのが分かった。
「優水……」
 光一郎は唇を重ね、それから細い体を抱きしめた。
 華奢で暖かい少女の体が腕のうちにある。光一郎は、今まで感じたことのない興奮を覚える。この子を、自分のものにしたい。異性とひとつになりたい。
 思ってから、懸命にその考えを追い払う。それは瞳が望んだことだ。それと同じ考えをこの子に対して抱くなんて、冒涜だ。自分たちの愛はそんな動物的なものじゃない。
「ん……」
 唇を軽く押し付けあうだけの幼いキスから顔を離して、優水がささやく。
「澄田君……」
「優水」
「すてき……体、震えちゃう。ぎゅってして……」
 再び優水が体を押し付けてくる。その柔らかさに未知の感覚を刺激されながら、湧き上がりかける衝動を、光一郎は必死に押さえ付けていた。


――続く――

第二章
第四章
top page   stories   illusts   BBS