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第一章
第三章
第2章
――天使を、闇で。
 1.
 ダンッ! と相手を畳に叩きつけると、武藤雄介は会心の笑みを浮かべて、低い声で言った。
「背負い、一本だな」
「くっそお、やるなあ」
 組み相手の垣本繁が、座り直して悔しそうに頭をかいた。が、あきらめ気味でもある。
 なにしろ武藤は、入部したての一年生ながら、早くもインターハイ代表の候補として注目されている男だ。身長一七九センチ、体重七十五キロ、肩幅広く、胸板厚く、握力と背筋力の検査では学年一番をたたき出した。
「うーし、乱取りやめ! 十分休憩!」
 主将の声が、プレハブの柔道場に響いた。
「はーい、お疲れさん」
 二年生のマネージャーの女の子、二人が入ってきて、かごに山積みにしたタオルをぽんぽんほうり出した。てんでに座り込んだ部員たちが、それを受け取って顔をふく。
 それを見ながら、雄介は繁に声をかけた。
「やっぱ、女子マネっていいよなあ」
「男くせえのが一発で吹っ飛ぶよな」
「俺の中学、女子マネいなかったんだよ。柔道部そのものが弱小だったから。この学校はその点、県大会でも有力校だろ? いやー、入ってよかった」
「狙っても無理だよ」
 雄介の言葉の続きを見透かしたように、繁が言った。
「高野先輩は千葉先輩の彼女だと」
「国府宮さんは?」
「ほれ」
 繁が指さした先を見て、雄介は額を押さえた。メッシュの茶髪がよく似合う日焼けした肌の国府宮章子マネージャーが、主将奥宮一輝のところにだけ、いそいそと手渡しでタオルを渡しに行っていた。
「……予約済みかよー」
「焦んなって。まだ三年もあるじゃんか。それとも、年上じゃなきゃいやか?」
「そんなこたねえけど……」
 年に関しては、雄介もこだわるつもりはない。ある程度かわいくて、明るければ文句はない。
 いや、もっと言えば、やらしてくれるんなら誰でもいい。――やりたい盛りの高校生だから、心の底にそんな考えもあるのだが、他人にそうかと聞かれたら、首を振っただろう。あくまでも、心の通い合う恋愛として、女の子と付き合ってみたい。付き合えば二人の思いが高まって、やってしまうことになるだろう、というのが雄介の想像であり、また願望である。
 雄介は女の子と付き合った事がない。中学では、まだうぶだったし、それに周りに女子がいなかった。勢い、想像の範囲が限定される。新しく入って来た女子マネージャーぐらいなら、なんとか告白まで持って行けるだろう。同じ柔道部の男子とだったら、競り合って勝てる自信があった。
 だから、理想を言うと、同年か年下の、明るくて可愛い女子マネと付き合いたいのである。夜中にベッドでオナニーするときには、それをおかずにする。
 彼女の真っ白で柔らかな体を、後ろから抱きすくめる。もちろん相手は自分を愛しているから、抵抗しない。やさしくして、と言う。するつもりだが、雄介は自分の腕力を知っているから、そこのところはちょっと自信がない。しかし、なるべくていねいにやろうと思っている。
 柔らかい胸とか、柔らかい尻とかをもんでいるうちに、相手もその気になって濡れてくるだろう。そしたら、ズボンを下げて、彼女の真ん丸な尻の下に自分のものをあてがって、ゆっくりと差し込む。彼女は小柄なはずだから、十分濡れていなくてはいけない。濡れていれば、そう痛がらずに、自分のものを気持ちよく受け止めてくれるだろう。
 そして、動かして、出す。相手も、同時にいく。
 ビデオと本から仕入れた知識しかないから、想像にリアリティやディテールが欠けている。だから、妙なことが気になる。
 触ってから脱がせた方がいいのか、脱がせてから触った方がいいのか、とか。
 ゴムはいつつけるんだろう、つけてる間はどうやって愛撫するんだろう、とか。
 そんなものは知識でどうなるものではない。初体験のときにキスから射精まで完璧にこなす男などいるわけがない。
 ないのだが、そこが男の悲しさで、気になる。男というより、雄介はまだ少年だ。体と性器が一人前なだけだ。
 セックスの技術は、場数を踏んで少しずつ体で覚えていくものだ。最初のうちは、愛撫のしかたなんぞより、心が通じているかどうかのほうが、問題になる。仲がよければ失敗しても笑ってすませられる。
 しかし、幸か不幸か、雄介は、そういう青少年の性行為の正常なステップを踏むことができなかった。
 いきなり、セックスの究極的な快感を知ってしまった。

「あ」
「おっ」
 先輩に命じられた後片付けを終えて、三、四人の仲間と柔道場から帰って来た雄介は、人気の少なくなった部室棟の前で、一人の女子とすれ違った。目が合い、お互い小さな声を漏らした。
 行き過ぎてから、ちょっと考える。今のは、同じクラスのグラディナとかいう女子だ。雄介がひそかに、いいなと思っている女子の一人である。今年の一年二組は当たり年だと二年の先輩からうらやましがられた通り、雄介も自分のクラスは可愛い女が多いと思っていたが、その中でもグラディナは、トップに近いと評判である。
 一位は、中学のころから芸能人として有名な佐々木瞳で、これはほとんどの男が賛成する。二位はちょっと意見が分かれて、グラディナか、優等生の級長佐倉千鶴かというところ。三位以下になると各人の好みが出て、白沢優水、音山朋子、坂井絵里などが上げられるようになる。
 雄介自身のタイプを言うと、千鶴と、明るい天然ボケの篠田美智がタイで一位、次がグラディナだ。
 だから、グラディナを決して嫌いではない。おおいに好みである。ただ、ちょっと謎めいていて近寄りがたいところがあると思っていたのだが。
 彼女が一人きりでいる今は、チャンスじゃないか。
 そう思うと、雄介は立ち止まった。
「悪い、先に着替えててくれ」
「お?」
「なんだ」
「いいから」
 仲間たちを部室に行かせて、雄介は引き返した。部室棟の端までくると、思った通り、黒いセーラー服のグラディナが、人待ち顔で立っていた。
 柄にもなく、ちょっとあがる。どうやって声をかけようかと一瞬迷ったが、ええいままよ、当たって砕けろだ、と雄介は手を挙げた。
「何してんの?」
「あら。ええと、武藤君だっけ。部活、終わり?」
「おう。あと帰るだけだよ。グラディナさんこそ、何?」
「ああ、グラディナでいいから」
 グラディナが、ほほ笑みながら言った。
「みんなに言ってるの。さんをつけると、呼び名が長いでしょ」
「じゃ、グラディナ」
「ちょっとクラブ見学しようと思ってたんだけど……どこから覗いたらいいかわからなくって。それに、みんな終わっちゃったみたいだし」
「運動部系、興味あるんだ」
 言いながら、雄介は信じられなかった。おいおい、すごいチャンスじゃないか、と。
「よかったら、俺が教えようか。もうこの辺、だいぶ慣れたから」
「いいの?」
「いいに決まってるじゃん!」
 舞い上がるような気持ちで、雄介は勢いよくうなずいた。
 部室棟は、ブロック造りの細長い二階建てだ。下校時刻まであまり間がないから、三々五々、生徒達が帰って行き、人気も少なくなりつつある。
 夕日に照らされた部室棟を、柔道着姿の雄介と制服姿のグラディナは、連れ立って二階に上った。
「二階の一番奥がマン研、その次が文学研、鉄道、ECC。文化系は、そこまで」
「ブラスバンドとか、写真部は?」
「その辺は、校舎でやってるから。人数も機材も多いし。見に行く?」
「ううん。運動部系のほうが見たい」
「そう? じゃ、続きね。ここからハンドボールの男女、バスケの男女、あとサッカーとか、野球部とか」
「武藤君のところは?」
 言ってから、グラディナははにかんだように笑った。
「……雄介君、って呼んだ方がいい?」
「ええ? いや、別に、武藤で……」
 女子から名前で呼ばれたことがない雄介は、もごもごと言った。見ていたグラディナが、いきなり笑い崩れる。 
「冗談だって! マジになった?」
「……びびったよ! いきなり言うから……」
やられたな、と思いながら、それでも雄介は気が楽になったのを感じた。思ったより話せる子じゃないか、と好感を抱く。
 意図的にグラディナがそういう演技をしているのである。だが、見抜けるわけがない。二人のキャリアには千年以上の差があるのだ。
「えーとな、それで、後は一階だよ」
 ぐっと打ち解けた二人は、鉄製のらせん階段を降りた。そこで、着替えて来た柔道部の連中と出会った。
「うお? なんだ武藤」「……誰それ?」
「えーと、うちのクラスのグラディナ。グラディナ、こいつら柔道部の一年」
「よろしく。グラディナです」
 礼儀正しくグラディナが頭を下げた。部員たちはクラスが違うので、彼女を初めて見る。あわてて頭を下げ返す仲間たちを見ながら、彼女を紹介してるみたいだな、と雄介はくすぐったい気分になった。
「俺、ここらを案内してから帰るわ。じゃあな」
「おう、じゃあな」「戸締まりしとけよ」「変なことするんじゃねーぞ!」
 悔しそうに叫びながら部員たちが去っていくと、行こうか、と雄介は言った。ナイト気分である。
 今のが最後だったらしく、あたりはしんと静まり返っている。五月の日が暮れ、校門のところで照明がパッとついた。
「一階は格闘技系が多いんだ。空手部、合気道部、剣道部、一番奥が俺らの柔道部」
 部室棟の外れまでくると、校舎の照明も届かない。薄暗い中で、二人は立ち止まった。
「ここが、俺らの部室」
「中、見せてもらえる?」
「いいけど、臭いぞ」
「気にしないから」
 がたつく引き戸を開く。重い鉄製で、窓はない。先に入ったグラディナが物珍しげに室内を見回している。柔らかそうな髪、スカートを盛り上げる尻のふくらみ、裾からすらっと伸びた、細いがきれいに肉の付いた足を見ているうち、雄介はざわっと背筋がそそ毛だつような感じを覚えた。心の底で欲望が動き、雄介は扉を、きっちりと閉め、音がしないように鍵をかけた。
「汗臭いだろ」
「うん。オトコの匂いって感じ。でも嫌いじゃないな」
 何げなく言われた言葉に、またどきりとする。ロッカーと長椅子、それに机がおかれた部室は狭い。向かいの窓は磨りガラスだ。完全な密室に、女子と二人きり。
 嫌でも雄介は、意識せざるを得なかった。
「ね、ひとつ頼んでもいい?」
「な、なに?」
 振り向いたグラディナが、つかつかと歩み寄ってくる。陶器のようにすべすべした白い顔の中で、切れ長の銀色の目が彼を見上げている。
「背負い投げって、どうやるの?」
「え?」
「わたしにやって見せてよ。興味があるの」
「……そりゃ無茶だよ。背骨折るぞ?」
「大丈夫。体、柔らかいから」
 グラディナが、両腕で自分の胸を抱きしめるような仕草をした。セーラーの下の盛り上がりが、はっきりと形を見せてむにゅっと動く。――どんな風に柔らかいんだろう、と雄介は思う。
「……また冗談?」
「ううん、今度は本気」
「ほんとにいいんだな?」
言いながら、すでに雄介は机を隅に寄せ初めている。柔道やっててよかったぜ、と言いかけて寸前で飲み込む。余計なことを言って気を変えられたらもったいない!
 一坪ほどのスペースが空いた。そこに二人は、向かい合わせに立った。
「手を出して、俺のえりと袖つかんで」
「こう?」
 つかまれながら、セーラーのえりと袖をつかむ。こんな至近距離で女子と触れ合うのは初めてだ。ただの組み手だ、と自分に言い聞かせたが、組み手にしたって女子とするのは初めてだ。間近に迫ったグラディナの髪から、ミントに似た甘い香りが鼻に届く。心臓が高鳴るのを押さえ切れない。
「この態勢から、こう引っ張って、腰を下げて、相手を自分の腰に乗せて、ぐるっと」
「こうか。じゃ、やって」
「いいのか?」
 雄介はなおためらう。けがをさせないように投げることはできる。それよりも、投げの姿勢を取れば、グラディナの豊かな胸も細い腰も、自分の体に触れてしまう。いい匂いのする頭も鼻先までくる。それが気になる。
「できない?」
「できるよ。じゃ、やるぞ」
 思い切って、雄介は体を返した。ごくゆっくり――投げようとしてぐっと抵抗にあう。
 あれ、と思って腋の下から相手を見ると、腰を落として両足を床にしっかりつけている。怖がって腰が引けてるのではない。自護体をとっているのだ。
「おい……初めてじゃないのか」
「さあ?」
 いたずらっぽい返事を聞いて、雄介は悟った。また引っかけられたのだ。
「くっそう!」
 照れ隠しに力を込める。ダ、ダン! とグラディナがローファーを鳴らして踏ん張る。こいつなかなか、と思いながら雄介は左右に引きを変えて、相手を崩そうとした。
 そのうち、不意に手ごたえがなくなった。背中の上で相手がふわっと回る感覚。
 しまった! と腕を引っ張って勢いを殺そうとしたが、引き換えに自分の体勢が崩れた。もつれ合うようにして、雄介はグラディナの体の上に倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫か?」
 聞いたとたん、蛇のようにしゅっと両腕が伸びて来た。肩を押される。
 相手の目を見た雄介は、グラディナが笑っていることに気が付いた。体をひっくり返されそうになる。反射的に、柔道家としての習性で寝技の態勢をとる。胸で相手の体を押さえ込み、左手でえり、右手でスカートをつかむ。横四方固めだ。
 二人の体がぴったりと密着した。胸板の下で、つぶれた柔らかなふくらみが上下している。それを意識したとたん、理性の下の本能が目覚めた。そこまでやれば冗談では済まないと分かっていながら、抑えられない欲望に負けて、雄介はあごの下のグラディナの脇腹に、頬をこすりつけた。さらさらしたポリエステルの下に、薄い筋肉と肋骨の感触。息を吸い込む。甘い匂い。
「くすぐったいわよ……」
 ささやくように言いながらも、なぜかグラディナはそれ以上もがこうとしない。どういうつもりなんだ? と混乱しながらも、雄介の体は勝手に動く。
制服の下の体を頬で左右になぞる。左手で抱え込んだ首筋を、わきの下にがっちり抱え込む。接触だけでは物足りない。もっとよく感じられる部分、手で、舌で触りたい。
 スカートをつかんでいた右手を離し、雄介はじりじりとその中に手を差し入れた。指先が、はじかれそうな弾力に満ちた温かい肉に触れた。止められない。
 今抵抗されたら、叫ばれたら、自分は暴行犯人だ。それが分かっていても、雌を求める雄の本能に逆らえない。女の体に対して、雄介は免疫がなさすぎた。床に横たえられた太ももの下に、ゆっくりと手を差し入れていく。
 手の甲に、むっちりと張った柔肉の重みが乗る。
「どうするの?」
「寝技だ、寝技……」
 言いながら、雄介は右手の手のひらを返した。
 しっとりと湿った滑らかな肌を感じて、雄介は震えた。こんなに気持ちいいものがあるなんて、と思った。指の股にとろけ落ちて来そうなみずみずしい太ももの肉を、五本の指をやわやわと動かして、指の間ですりつぶすように味わう。
 柔道着の股間は、すでにきばりきっている。雄介は腰をもぞもぞさせてそれを床に押し付ける。冷たいコンクリートの床で動いているだけで、射精しそうだ。
「ん……」
 首をねじ曲げて雄介はグラディナの顔を見た。目を閉じ、細く空いた唇から吐息を漏らしている。嫌がっていないと分かると、ためらいが薄くなっていった。やっていいんだ、もっとしていいんだ、と思うと、急速に興奮がエスカレートしていく。
はいつくばったまま体を回して、雄介はグラディナと平行になるように体を動かした。両脇の下に手を突っ込んでも、グラディナは抵抗しない。人形のようなその無抵抗さが、雄介の頭から思考能力を拭い去る。グラディナに万歳のような姿勢を取らせて、雄介は彼女の両腕ごと、その頭部を抱きしめた。すぐ下に来た彼女の顔に向けて、わずかに残っていた理性が、ささやかせた。
「縦四方だぞ……」
「縦四方は……足を曲げなきゃ……」
 言われたからといって、そうするつもりはない。伸ばされたグラディナの両足にぴったり重ねて、自分の両足を伸ばす。胸からつま先までが、隙間なく密着した。
 グラディナの豊かな胸が、くびれた腹が、丸い太ももが、小さなひざ頭が、いっぺんに感じ取れる。その快感にためらいを溶かされ、雄介は最後まで浮かせていた部分を、押し付けた。
 堅くなった股間だ。そこが堅くなったことを知られるのは、男の自分にとっても、今までは恥ずかしいことだった。興奮しているということを知られるということだから。
 だが、今は、知られてもかまわない状態なのだ。そんなことはもうとっくにばれているだろう。知られてもいい、いや、むしろ知らせてやる、教えてやる、というつもりで、雄介は股間をグラディナの下腹に押し付けた。
 間に四枚の衣服を隔てていても、グラディナの腹の柔らかさがわかった。同時に、彼女にも自分の堅さが伝わっただろう。もう完全に冗談ごとじゃない。感じてくれ、俺はこんなに興奮しているんだ、そんな思いを伝えるように、雄介はごりごりと股間を押し付けた。「武藤君……硬い、硬いわ……」
 ぞくっと背筋をたまらない快感が走る。それが雄介を暴走させる。矢も盾もたまらず、雄介はもどかしげに自分の下衣のひもをゆるめ、トランクスごと脱ぎ捨てた。鉄のように堅くなった肉棒を、グラディナのスカートをまくり上げて、わずかに開かれた太ももの間にそれを進める。
 張り切った先端の両横がまず太ももの肉に、そしてついに、鈴口が布に触れた。雄介は目を開いた。押さえ付けたグラディナが、少し目をそらし気味に天井の方を向いている。上気した桃色の頬と少し潤んだ切れ長の瞳が、えもいわれず美しい。こんな綺麗な女子のパンティーに、自分のごつごつしたものを押し付けている、その認識が、感動に近い大波で彼の心を揺さぶった。
 こすりつけている場所がぬらぬらになっている。自分の先汁か、それともグラディナの愛液か、そんなことはどっちでもいい。そのぬらつきのお陰で快感がさらに高まる。
 ぐいぐいと押し付ける先端に、布の中の構造がうっすらとわかる。この下に、びしょびしょのアソコがあるんだ、こんな可愛い顔なのに、股の間にはいやらしい穴があって俺を待っているんだ、そう思うとたまらない。
「グ、グラディナっ!」
 接触の刺激よりも心の興奮が彼を絶頂に導いた。雄介は、力任せにグラディナの体を抱きしめながら、射精した。最初のほとばしりで、あてている場所が粘液びたしになる。そのぬるぬるの谷間に向かって、雄介は射精しながら肉棒をこすりつけ続けた。
「はあっ、はあ、はあ……」
 一つの丘を越えて、雄介はぐったりと力を抜いた。下敷きになっているグラディナの体が、まるで柔らかなベッドのようで、心地いい。だが、股間のものはまだ猛っている。刺激が少なかったので、中につまったものを吐き出し切れていないのだ。
 すると、グラディナが動いた。もぞもぞと彼の体の下からはい出る。やや理性を取り戻した雄介は、引き留めようとした。とんでもないことをしてしまった、という罪悪感がわきあがっている。
 ごめん、つい……と言おうとして、雄介は言葉を飲み込んだ。グラディナは、立ち上がったものの、出て行こうとはしなかった。
それどころか、婉然とした目付きで彼を見つめると、腰に手をやって、スカートのホックを外したのだ。
 床に落ちたスカートの後を、紺色の布が引き継いだ。グラディナは、下にブルマをはいていた。はちきれんばかりの丸いふくらみを覆いきれずに、尻の下ではその布が太ももに食い込んでいる。体の前では、セーラーの中から出たキャミソールの端のレースが、股間近くまで垂れているが、三角形の中心ははっきりと見えた。そこは、いま雄介が塗り付けた白い粘液で、どろどろだ。
 凝然と見つめる雄介の前で、グラディナはこれ見よがしに上着を脱いだ。白いシルクのキャミソール姿になる。
 その姿で、グラディナはややふらつきながら、隅に押しやられた長椅子の所まで行って、床にひざをついた。上体を椅子の上に延べ、尻を突き出して、顔を隠しながら言う。
「武藤君……わたし、変な気になっちゃった……お願い、して」
 すべては、計算づくの事だった。これが、雄介がもっとも望む形の交わりなのだ。グラディナはそれを読み取っていた。わざわざブルマをはいてきたのも、彼をいきり立たせるための小細工だった。
 そんなことはわかるはずもない。雄介は、呆然と目の前の同級生を見つめた。一度は射精までしておきながら、まだ信じられなかった。
「そんな……グラディナ……いいのか」
「イキたいのは男の子だけじゃないのよ……わたしも、今は……」
 半なえだった性器が、またむくむくといきり立った。雄介はごくりとつばを飲み込んだ。初対面に近いのに、とか、こんな場所でいきなりするのか、とか、細かい疑問がぐるぐる頭の中で回ったが、だからといってやめる気にはなれなかった。
 雄介は、グラディナの尻の前にひざをついた。目の前に、柔らかな髪がうずまく細い肩と、こわいほど腰の辺りがくぼんだ背中と、中心が濡れて光るブルマに包まれた形のいい尻があった。彼が焦がれるほど見たいと思っていた光景だった。
「じゃ……するぞ……」
「うん……」
 指をかけて、ブルマを下着ごと下げて行く。紺の布の下の、下着の白が目を射た。黒と白の交じった布の帯を丸めながら下げて行くと、染みひとつない双球の間に、小さなつぼまりと、その下の輝くようなピンクに染まった唇とひだが見えて来た。
「……俺……俺、初めて見たよ……」
 興奮のあまり言葉が震える。昼間、すました顔で友達としゃべっているグラディナの姿が脳裏に浮かぶ。決して人に見せない、見られることのない場所を、俺は今、触れそうな近くで見ている――。
「触っても……いいわよ」
 言われて、雄介は顔を近づけた。指で触るなんてもどかしいことはしていられない。クンニしてやる、と雄介は鼻を近づけた。
 匂いを、以前から想像していた。漠然と、いい匂いなんだろうと思っていたが、それは違った。いいとか悪いとか言える匂いではない。一番近いのは、自分で自分のものを触ったときの、手の匂いだ。ただ、それほどどぎつくはなかった。舌先で唇に触れる。柔らかいが確かな手ごたえ。匂いも感触も、カマボコみたいだ、と雄介は思った。
 不愉快ではない。不愉快かどうかを気にしていられるほど冷静ではなかった。初めて会ったときのことが浮かんだ。さっきまで歩いていたときのことも。
 よろしく、武藤君。
 雄介君って呼んでいい?
 男の匂いって感じ。でも嫌いじゃないな。
 体、柔らかいから……。
 ほんのさっきまで、一緒に歩き、話し、笑う同級生でしかなかった女の子の、スカートの下の下着の中の体の奥まで見ている。匂いだの味だのを考える前に、雄介はそこにむしゃぶりついていた。
 どこが何かを気にする余裕はない。ただ鼻を押し付け、舌を突き刺し、やたらになめ回した。猛り狂っているだけに近かったが、徐々に形が分かって来た。一番外側に少し固めの唇、その内側にゼリーみたいに柔らかいぬるぬるの唇。うんと前の方にツンと固まった肉の芽。粘膜の一番奥に、とろとろと蜜を流し出している穴。すべてが熱く、くにゃくにゃと柔らかい。
「はあっ……」
 熱いため息が聞こえる。感じてる、とはっきり分かった。ビデオで聞いたものよりももっと興奮を誘う、聞いただけで耳の穴がこそばゆくなるようないやらしい声だ。
 尻をつかみ、指がめり込みそうな柔肉を跡が付くほど握り締めながら、雄介はグラディナの性器をなめぬいた。汚いものを出すところだ、という意識はどこかへ消えていた。三つの穴すべてを、中にまで舌を差し込んで、ニスでも塗るように唾液を塗り込んで行く。ひと通り済めば、二度、三度と繰り返した。
「はあ……そんな……奥まで……」
カタカタ歯を鳴らして体を震わせながら、グラディナがうめいた。雄介の興奮は最高潮に達した。
 雄介はぬっと立ち上がった。へその舌の茂みの中から、絶え間なくとろとろと先汁を垂らしながら、赤黒い雄の武器が最大限にいきり立っている。目をぎらぎら光らせながら、雄介はグラディナのわきの間に両手をついた。
「……入れるぞ」
 こくこくとグラディナが言葉なくうなずく。その性急な動きが、いかにも突っ込んでほしくてたまらない、と言うように見える。
 雄介は、天を向いている肉棒を、手で押し下げた。その分圧力が高まり、ますます堅さが増す。緊張で萎えるようなこともなく、雄介はそれをぐちゃぐちゃになったグラディナの肉の園に向かって近づけた。
 ぬちゃっ、と先端が触れた。いよいよだ、と雄介は口の中に残っているグラディナの露とともに唾を飲み込む。童貞卒業だ。それも、こんな可愛い女子と。夢なら頼むから覚めるな、と思いながら雄介は腰を押し進めた。グラディナが高さを合わせる。
ぬるぬるっ、と雄介のものは体内に吸い込まれた。おう……と息が漏れた。
 指でつかむのとは比べ物にならない。先端から根元まで、ほんのわずかの隙間もなしにぴったりと包まれている。それも湯で暖めたような熱くぬめぬめした肉でだ。軽く引くと、中の粘膜が歪んで彼のものを引き戻そうとし、逆に押し込むと、狭くなった内部に満ち満ちた粘液がじゅぶっと音を立てて吹き出した。
「くうっ……」
 グラディナの顔が歪むが、痛がっている様子ではない。
「は……初めてじゃないのか?」
「ええ……いや?」
「そ、そんなことないよ」
 気にはならない。かえって気が楽になる。
 初めて味わう女の子のあそこは、自分のものの堅さとは正反対の柔らかさだ。こんな柔らかいものを突き貫いていいのか、痛くはないのか、と不安になる。
「武藤君……」
 グラディナが、顔をねじ曲げて見上げた。
「早く……動かして……待たせないでよ……」
 突いていいのだ。それを待っているのだ。否も応もない。雄介は弾かれたように動き出した。
腰をがくがくと揺すぶるうちに、初めての雄介にも分かって来た。腰だけを動かすんじゃない。体全体を前後に動かせばいいんだ。グラディナが角度を合わせているのも、不慣れな彼の動きを助けた。
 グラディナの膣は少しきつめだ。手で絞るときのような容赦がない。一刻も早く満たされたい、とそこ自体が訴えているかのようだ。だが、痛くはない。内蔵がむき出しになっているような柔らかな粘膜が、圧力を全体に分散している。雄介が突きまくるにつれて、内部が微妙にうごめいた。性器の神経一本一本がくすぐられるようだ。この子の意志じゃない、女の体がそうなっているんだ、と雄介にも分かる。
「いい……気持ちいいよ! グラディナの中、最高にいい!」
 性器を合わせるだけでは足りない。グラディナの背中に覆いかぶさって、体を密着させた。体重をかけないように、などと言う配慮はもう頭にない。むしろ押し潰したい。
 胸板を押し付けると、くうっとグラディナが息を漏らした。それがサディスティックな破壊欲を煽る。両手を彼女の体の下に入れ、乳房を握り、そして押し潰す。指先と腕の力、そして体重で、つぶさんばかりに雄介はグラディナを圧迫した。それで彼女が苦しくてもかまわない。すでに急所を貫通させているのだ。残る全部の体も抱きしめて押し潰して、自分のものにしたい。
 グラディナの粘膜がはぎとれてしまいそうなほど強く雄介は突き送る。摩擦でひっかかるようなことはない。あふれ出すグラディナの体液がそれを滑らかにしている。雄介の肉棒の周りにまとわりついたそれが、何滴も床に落ちて灰色の染みを作った。しまいには、一条の細い糸となって、股間から床まで垂れるようになる。
 捕らえた獲物を抱きすくめながら一打一打止めを刺して行くのは、指先まで溶けてしまうようなすさまじい快感だった。あっと言う間に射精欲が高まる。エロ本を見ながらのオナニーとは違う。最初の組み手の時から興奮が始まっているのだ。続く接触と愛撫で、興奮は高まりっぱなしだ。一度目の疑似セックスさえ、それを和らげるどころか、強くしていた。
 我慢できない。出したい。射精したい。
「出るっ、出るぞ!」
 外に出さなければ、と頭では分かっていてもそうしたくない。このまま中に注ぎ込みたい。この美しい女の子を自分の卑しいところから出る液で中から染め抜いてやりたい。板挟みになっている間にも、袋の奥が震えて、今にも出そうになる。
「抜かないで!」
 鋭い声が耳を打った。
「中で出して!」
「で、でも……」
「いいから! お願い! あなたの精を入れてちょうだい!」
 安全日だからか、それとも別の意味か、聞く余裕はもうなかった。ただ、拒まれない、と分かっただけで十分だった。
「うっ」
 短く息を詰めて、雄介は性器の奥の筋肉をゆるめた。一条の光の塊が尿道を突っ走って外へ出て行く。注いでやる、中まで汚してやる、と雄介は性器を可能な限り奥までグラディナにねじ込んだ。根元にためられていた精液が続けて何度も門を通り、グラディナの体内深く刺し込まれた針の先端から、壁に包まれた小さな部屋の奥へと飛び出して行った。
 収まらない。精液が止まらない。四回、五回、六回、七回と脈動が続く。
「あ……凄い……こんなにたくさん……」
 グラディナが肩を震わせながら喜びの声を上げる。
「はあっ……」
 雄介は、息を吐いた。長い長い射精だった。精嚢が中のものを出し尽くしてきゅっと縮み上がっている。出し尽くした精液に、ちょっと柔らかくなった自分の肉棒がくるまれている。それが心地よくて、雄介はしばらくじっとグラディナの体内に止まっていた。

「よかったわ」
 制服を着終えたグラディナが、にっこり笑った。雄介はまだ、トランクスさえはけずに、床にあぐらをかいてぼーっとしている。初めて精通を経験したときのように、足がガクガクして立てないのだ。それほど、グラディナを犯すことは気持ちよかった。
「グラディナ……よかったのか? 中で出して」
「もちろん。嬉しかったわ、たくさん出してくれて」
 えげつないほど直接的な言い方が、臈たけた美貌と対照的だ。座ったまま、雄介はぶるっと体を震わせた。当然、グラディナのもちろんは彼が期待したような意味ではない。だが、彼に知るすべはない。
「それで……グラディナ……」
「悪いけど、お付き合いしたいわけじゃ、ないの」
 グラディナは、軽く首をかしげて見せた。
「ただ、あなたとしたかっただけ」
「……そうか……」
 それでもいい、と雄介は思った。無茶苦茶いい初体験だったじゃないか……。
「でも、またしたくなるかも」
 部室から出て行き際、グラディナは言った。
「そのときは、もっといろいろしましょ。まだまだやってないこと、あるわよね」
 ドアが開き、しまった。
 口で、胸で、後ろで……ぼんやりと雄介は、まだしていないことを考えた。

 2.
「はぐっ! あっ! ぐうっ!」
 腕の中で、びくびくと痙攣していた体が、やがてぐったりとなった。
 若い娘の体だ。しもべがさらって来たものだけど、どこの誰だか知らない。知る必要もない。ただの、糧だから。
 生気を吸い取り終わると、娘の体は青黒く干からびた干物のようになった。床にほうり出す。ぐしゃりと崩れて粉々の塵になったそれを、空調の機械が吸い込んでいった。
 わたしは、寝台に身を投げ出した。一日に一度、力を得るためにする行いだが、今日はそれをしても気が晴れなかった。
「……御機嫌斜めのようですな」
 しもべの声が響く。
 水無月ついたち。外では梅雨が、世間を灰色の幕の下に閉じ込めている。
 三部屋続きのマンションの室内には、ほとんど何もない。人の動向を知るためのTVと、寝台と、枕元の黒革のかばんだけ。人界の拠点として確保した仮のねぐらだから、それで十分だ。人を呼ぶときには、それなりの幻を用意するが。
 わたしが不愉快なのは、子を得られなかったからだ。
「……あの武藤という男でも、不首尾でしたか」
「生きがいいから期待したんだけど……だめだったわ」
 下腹に収めた彼の精は、死に絶えも吐き出されもしなかったが、かといってわたしの卵と結び付くこともなかった。
 優水の腹に注いだ私の精も同じ。ほかにも幾人かの男女をこの二カ月で籠絡したが、ひとりとして子を成せたものはいなかった。
「……陛下の血と人の血には、根源的な相違があるようですな……どうなさいます。お還りに?」
 陰気な声でブンチェルガッハが訊いた。だが、わたしは首を振った。
「まだ、手はあるわ」
「……なんでしょうか……」
「わたしと人の血が結びつかないなら、人と人の血を結び付ける」
「……と申されますと」
「人の精には、自らのしるしを子に孫にと伝える、長いからまりが含まれている。人の言葉で遺伝子というやつが。……でも、人は、その一割も、自分のしるしを伝えるために使っていない」
「……ははあ」
「残り九割以上は意味のない余計なからまりよ。そこに、わたしのしるしを織り混ぜる」
 ブンチェルガッハは納得したらしい。後を続けた。
「……つまり、人の男の精に細工をして、陛下のしるしを乗せ、人の娘に注ぐわけですな……」
「その通り。からまりを作り替えることなど造作もないからね」
「……しかし……」
 ブンチェルガッハは、気掛かりそうに言った。
「初めての試みですからな。失敗したら苗床の娘の体は……どうなるでしょうな。はじけるか、溶け腐るか……」
「優水では試せないわね」
 しばし考えてから、わたしはある娘のことを思い出した。
「ひとりいるわ。クラスの男どもを惑わし、わたしの為すことの妨げになる娘がね。失敗しても惜しくはないし、成功すれば、邪魔者をわたしの言いなりにできることになる」
 わたしは、その女の名前を言った。

「本番五秒前です! 三、二、一、キュー!」
 とびきりの笑顔を作って待っているわたしの前で、ADさんの合図とともに、カメラにぽっと赤いランプがついた。女のレポーターさんが、明るいはしゃぎ声でしゃべり出す。
「はい、こちらはG県立高校正門前でーす! アイドルの女の子の素顔を生中継で覗いちゃおうという『フツーの女の子?』、今日は、なあんとなんと、今を時めく人気絶頂の美少女タレント、佐々木瞳ちゃんの学校にお邪魔しておりまーす!」
レポーターさんが歩くにつれて、カメラがぐるっとパン、人垣を作ったお友達の前に立っているわたしをフレームに捉える。
「はいこんにちはー! 佐々木瞳ちゃんでーす!」
「こんにちは」
 わたしは頭を下げた。ショートに切った自慢のさらさら髪がおでこにかかる。それをかきあげながら、わたしはカメラに――その向こうの全国の人たちに、笑いかけた。
「今日の瞳ちゃんは、おおっと、普通のセーラー服ですねえ。坂崎さん、どうですか?」
『いつもの可愛い舞台衣装より、かえって新鮮ですね』
 スタジオの局アナさんの感想がイヤホンから聞こえる。レポーターさんが笑いながら突っ込む。
「オヤジの感想ですねえ。でも、ほんとに似合ってます。いかにも、フツーの女子高生って感じですよね。瞳ちゃん、高校生活はどう?」
「楽しいです。お友達もたくさんできたし、みんな優しくしてくれるから」
 後ろのみんなが、ひゅうひゅう言いながら伸び上がって手を振る。
「えーと、部活動は何をしているんですか?」
「水泳部に入りました」
「そうなんです! 瞳ちゃんは泳ぐのが好きだそうで、中学校のころから週に一回、スイミングクラブに通っていたんだそうです。ところで、坂崎さん、今日のお天気は見事な快晴ですよね」
『ええ、そうですね』
「我々スタッフも心配したんですが、神様がうまい具合に梅雨の晴れ間を作ってくれました。実は今日は!」
 ここが見せ場とばかりに、レポーターさんは声を張り上げた。
「この学校、プール開きの日なんです! そこで、瞳ちゃんの水着姿をサービスしちゃうことにしましょう!」
『へえ、そうなんですか。アイドルのスクール水着っていうのは、また新鮮ですねえ』
「またまたオヤジな発言です。では、瞳ちゃんに着替えてもらうまで、しばらく、お待ちください。チャンネルはそのままで! いったんスタジオにお返ししまーす」
「はいオッケーです」
 ADさんの合図で、緊張がとけた。レポーターさんが、いくぶん自然に戻った笑顔でわたしの背中をたたいた。
「さ、急いで! 七分しかないからね」
 マネージャーの吉岡さんが、わたしのサブバッグを持って走ってくる。イヤホンと引き換えにそれを受け取って、わたしは走りだした。
「瞳ちゃーん!」
 男の子たちがはやし立てる。その声援が嬉しい。
 ここの制服はちょっと地味なんだけど、局の人にはかえって喜んでもらえたみたい。人に自分の姿をみて喜んでもらうのって、すごく嬉しい。自分が人に認められるってことだから。
 中学に入るまでは、それほど自分のルックスって、意識したことない。お母さんが映画のオーディションに黙って応募しちゃったときも、わたしなんかにできるはずがないって思ってた。
 でも、今は違う。わたしの顔と姿は、みんながお金を払って見てくれるほどかわいいものなんだ。映画の成功と、その後に出たドラマで、自信がついた。
 力もないくせに、顔だけだ、なんて言われたこともある。でも、いちいち気にしていられない。だって、生まれつき頭がいい人や足が速い人って、いるでしょう? そういう人たちは、ちゃんと世間から評価を受けてる。だったら、うまれつき可愛い女の子が評価を受けるのだって、当然じゃない?
 それが、あたしの自身のよりどころ。いい気になってるとは思わない。
 この体のおかげで、いろんな人と知り合えた。一番の収穫は山吹さんと友達になれたことかな。俳優の山吹博貴さん。撮影所で知り合ったんだけど、おもしろくてかっこいい人。あの人には、ちょっと危ないことまで教えてもらった。Hなこととか、葉っぱとか。でもわたしはバカじゃないから、深入りはしない。ほかにも二、三人、関係しちゃった人もいるけど、ぜんぶ秘密にしてある。わたしのイメージが壊れちゃったら、悲しむ人がいっぱいいるもの。  
 水着になるのは――そりゃちょっとは恥ずかしいけど、見られて困るような部分はないんだもの。手足も細いし、おなかも出てないし、胸だってちゃんと人並みにあるし。可愛くない子が恥ずかしがるのはしょうがない。わたしは、堂々と見せる自信があるもの。
 欲を言えば、先週買ったブルーのの水着を着たかったけど。そこまでやったら、他の女の子たちがかわいそうじゃない。引き立て役みたいでさ。
 クラスの女の子たちは、もう着替えてプールサイドで待ってる。わたしは、更衣室にむかって急いだ。

 彼女がぼくの前を走って行く。
 入学して二カ月たつけど、まだ信じられない。あこがれの佐々木瞳が、同じ高校の、よりによって同じクラスにいるなんて。
 初めて見たのは、「堕天使のくちびる」のTVコマーシャルでだった。見た瞬間、ぼくは固まってしまった。ビルの屋上から今にも飛びおりようとしている彼女の、つややかな黒髪、磁器のような真っ白な肌、汚れのないまなざしで切なそうにこちらを見つめる、清純そのものの顔。堕天使じゃない、天使だ、と思った。もちろんその映画は封切りの日に見た。その後も、何度も。
 二年の間に、彼女はおしも押されぬアイドルタレントになった。今では三つのCMに出て、ドラマのレギュラーもつとめている。全部録ったし、ポスターも集めた。グラビアだってちょっとでも写真が載っていれば逃がさず買った。インタビューの記事で、同じ県内に住んでいると知ったときは、ここからほんの数キロのところで彼女が毎晩眠っているんだ、と思って息が止まりそうになった。それから、窓を開けて深呼吸した。ひょっとしたら、その空気には、彼女が息をしたものが、風に流されて含まれているかもしれない。そう思うと、死にそうにどきどきした。
 だから、入学式のときには本当に驚いた。まさか、彼女と同じ部屋で三年間も暮らすことができるなんて。
 でもぼくは知っていた。彼女は別の世界の人間なんだ。ぼくのようなちっぽけで薄汚い人間が近づくことはできない。話しかけることなんか思いもよらない。あたりまえだ、彼女は天使なんだから。
 このまま、見つめることができるだけでいい。そう思っていたのに――
 知っているわよ。
 あの女子が――黒い髪と黒い服の、奇妙な女子が、そう言った日に、ぼくは変わった。
 皆が帰った男子トイレに引きずり込まれて――ズボンを下げられて――あの子が腰にまたがって――気を失いそうなほど気持ちよかった瞬間と、その後の、何かを体に押し込まれるおぞましい感覚。
 あなたに資格をあげる。
 あの子は、便座にまたがったまま下半身がしびれて立てなくなったぼくに、ささやいた。 彼女を、あなたのものにする資格を。
 あんなことが現実にあるはずがない。夢だ。でなければ、ぼくは――おかしくなったんだ。
 ぼくは正気じゃない。正気だったら、そんなこと考えるわけがない。
 彼女を――あの天使を、汚したいなんて。

 更衣室の中は薄暗く、しかも湿っぽくて蒸し暑かった。ちょっと前に着替えた十数人の女子たちの体臭と、半年放っておかれたほこりっぽさ、プール特有の塩素の匂いが入り交じった空気が立ち込めている。顔をしかめて、瞳は奥に進んだ。
 資金のある私学と違って、県立のG校では、設備もあまり豪華ではない。プールの女子更衣室も、ブロック壁の狭くて暗い作りだ。
「んっとに、早く建て替えればいいのに。今時ロッカーにふたもないなんてさ」
 木造のただの棚のようなロッカーが、すのこ張りの床の両側に立っている。クラスメイトたちの、丸められた白い下着やいいかげんに畳まれたセーラー服が詰め込まれたロッカーに、空いている所を探し出すと、瞳は手早く服を脱ぎ始めた。
時間はあと五分ほどしかない。上着とシャツと靴下を脱ぎ、スカートを外して上下の下着だけになる。そこでちょっと辺りを見回す。
「ま、いいか。誰も見てないし」
 瞳はパンティーに手をかけた。高く突き上げているような腰高のヒップから、汗にほんのり湿ったきめ細かい肌に滑らせて、それを下げる。片足ずつ浮かせてつま先から抜き取るとき、足が開いて、手入れしたヘアの中の褐色の花びらが少し開いた。
 背中に手を回して、ホックを外す。肩に掛かったストラップを下げると、Cカップに押し込められていた丸いふくらみがぽろんと現れた。蒸れていた小豆ほどのピンクの先端が空気にさらされ、こころよい。
 一糸まとわぬ白い体をさらしながら、瞳は散らかした服をひとまとめに丸めて、ロッカーに押し込んだ。
 サブバッグを開けて水着を取り出そうとしたとき、後ろに人の気配を感じて、瞳はぎょっと振り向いた。
「うわさどおり、きれいな体ね」
「グ、グラディナちゃん?」
黒いセーラー服姿のクラスメイトが、窓からの光が届かない影の位置に、腕組みして立っていた。
「でも、乙女じゃないわね」
 言われたことが理解できずに、瞳は瞬きした。ハダカを見られてる、と気づいてあわてて前を押さえる。
「あんまり見ないでよ。――着替えないの?」
「ええ」
 端正な顔に薄い笑いを浮かべて、グラディナがうなずく。貫くように見つめてくる銀色の虹彩にたとえようのない圧力を感じて、瞳は聞いた。
「じゃ、なにを……」
「あなたを犯しに」
「え」
 瞳は、瞬きした。グラディナのまわりにわだかまっていたかげりが、動いたような気がしたのだ。
 いや、それは錯覚ではなかった。音もなく影が床とロッカーをはいずって、するすると瞳のまわりに集まって来た。瞳はぎょっとして後ろに下がろうとした。だが、間に合わなかった。
ひらりと周囲からはがれた闇が、瞳の四肢にまつわりついた。それは布切れのような薄さからは想像もできないほど強い力で、瞳を壁に縛り付けた。
「ちょ、ちょっとD」
 一糸まとわぬ姿で、いけにえのように両手両足を広げたまま冷たいブロックの壁に押し付けられて、瞳はパニックに陥りながらせわしなくあたりを見回した。テレビ局のいたずら? ううん、そんなはずない。深夜番組じゃあるまいし、昼間の生中継でこんなシーンをオンエアしたらとたんに視聴者から苦情がくる。
「何するのよ!」
 仕組みはともかく、グラディナがやったということだけははっきりしている。瞳はかみつくように叫んだ。笑顔で売るアイドルの仮面も忘れている。
 だが、返事をしたのは黒衣の少女ではなかった。
「違うよ、そんな風にわめくのは……」
 とがめるような声とともに、グラディナの後ろからもう一人の人物が現れた。詰め襟のカラーをきっちり止めた、眼鏡をかけた小柄な男子。
 男に見られた、と思った瞬間、アイドルとしてのプライドやそれ以前の女の本能的な恐怖がないまぜになって、瞳は叫んだ。
「見ないで!」
 ほおを打たれたように少年は顔を背けた。
「ご、ごめんなさい。……そうだよね、ぼくなんかがじっと見ちゃいけないよね」
「そんなことはないわ」
 瞳は愕然とした。グラディナが、優しい笑顔を浮かべて言ったのだ。
「あなたは今までのあなたじゃない。……言ったでしょ? あなたには、彼女に触れる資格がある」
「……」
 すがりつくように見上げる少年に、グラディナが優しくさとして聞かせる。
「それに、彼女もいつもの佐々木瞳じゃないわ。ガラスの箱からやさしく微笑むあなたの彼女は、あんな風に悲鳴を上げたりする?」
「……しないよ。彼女は天使だ」
「でしょう。今の彼女は、特別なの。そう、堕落した偽物よ。あなたにも触れることができるわ」
 少年が、おずおずと顔を上げる。その目に、異様な光をともなう自信と欲望がふくれ上がっている。目の前で学生ズボンの前がはっきりと怒張し始めたのを見て、瞳は今度こそ、プライドも怒りもかなぐり捨てて悲鳴を上げようとした。
 その口を、頬を回りこんだ闇のひとひらが押さえ付けた。
「……んーっ!」
 悲鳴は声にならない。瞳は恐慌に陥る。両の手首と足首を押さえ付けられたまま、まだ自由な太ももや上体をあられもなく動かして、壁の上で暴れる。
「あなた、彼の名前を知っていて?」
 グラディナが、笑いを含んで言った。
「どうせ名前も、ひょっとしたら同じクラスだってことも知らなかったでしょう。――知るべきね。あなたに子をはらませる人なんだから」
 すのこにひざをついて拝跪した少年の肩に手を置く。
「田丸琢也君よ」
 少年が、震える手で瞳のつま先に触れる。
「うーっ!」
 嫌悪に背筋を震わせて、限界まで見開いた目で瞳はそれを見つめた。
 
 ぼくの手の中に、佐々木瞳のつま先がある。
 きれいな足だ。透き通るように白い肌の下で、ぴんと張った腱と骨が動いている。五本の指は小造りで可愛らしい。貝殻のような爪はきちんと磨かれて、そのうえ薄いピンクに塗ってある。精密に計って作ったような整った形をしている。
 ぼくは、顔を寄せて足の甲に接吻した。
 ビクン! と震える。どんな顔をしたんだろう? ……まだ怖くて、見上げることができない。
 それから、足の指を口にふくんだ。ぼくにはその辺りからが似合いだ。いきなり彼女の顔や腕に触れることなんかとてもできない。彼女のからだの一番はしから触れることで、慣れさせてもらおう。
 親指の腹。側面。指の股。くちびるで触れ、それから舌を押し付けていく。ほんのりと汗の味がする。匂いは……少しだけある。作り物じゃない、生きた人間の匂い。花や果物の香りなんかじゃないけれど、彼女の香りだと思えば理屈抜きでいとしい。
 耳元で、あの子がささやいた。
「進めなさい。そんなところで満足する必要はないわ」
 先に進むには、ものすごい勇気が必要だった。
 小さな木の実のようなくるぶし。折れそうに細い足首。それからしわひとつないみずみずしい膝へと、ぼくは舌を進めた。触れているだけでは物足りない。自分を抑えられない。汚したい。汚したい。汚したい。このきれいな天使にぼくを染み込ませてやりたい。頬の中から出した唾液を、ぼくはたっぷりと瞳の肌になすり付けた。ゾクゾクッ、と頭がしびれるような感動が背筋を突っ走る。我慢できなくなって、ぼくは彼女のふくらはぎを両手でわしづかみにした。冷たい果肉のような感触が手のひらにもっちりとあふれる。……最高だ。
 震えている。
 ぼくは唾液を絶やさないように注意しながら、彼女の脚をなめ登った。ぽつぽつと浮いた玉のようなあぶら汗もひとつ残さずなめ取っていく。その塩からさは彼女の細胞が作り出したものなんだ。そう思うと涙が出た。
 硬い骨盤をたどって、薄く肉の付いた脇腹へ、肋骨のおうとつを乗り越えて腋の下へ、ぼくはどんどん登っていった。それから、腕へ移った。できるかぎり背伸びして、柔らかい二の腕から差し伸べられた手先へと行きたかったけれど、ぼくの身長では無理だった。
 ふと気づくと、すぐそばに彼女の頭があった。さらさらのショートヘアが頬を隠している。ぼくはおそるおそるそれをかきあげた。ふっ、と鼻から息を漏らして彼女が顔を背ける。ぼくはその横顔に見入ってしまった。
 目は、細い筆で描き抜いたようなちょっとはね気味の眉の下で閉じられていて、うっすらと涙があふれている。そばかす一つないつややかな鼻の頭には小さな汗の玉。顔の下半分は厚さのない真っ黒なもので覆われているけど、きゅっと引き結んだ唇の整った形がはっきり浮き出ている。――きれいだ。ほかに言いようがない。
 ぼくが気後れしていると、あの子が言った。
「どうしたの?」
「……だめだよ、ぼくは、ぼくには……」
「言ったでしょう。彼女はもう清らかじゃないのよ。すでに五人もの男に体を任せているわ。遠慮することは何もない」
「そんな、嘘だ!」
 ぼくは驚いて振り返った。あの子が、研ぎ澄ました刃物のような笑みを唇のはしに浮かべて言った。
「本当よ」
 ぼくは呆然として彼女を見つめた。見つめるうちに、決心が変わっていった。
 すでに汚れているなら……これからぼくがすることは彼女を汚すことじゃない。反対だ。彼女を、ぼくが清めてやるんだ。
「瞳……さん?」
 ぼくは、手のひらを彼女の乳房にもっていった。もう手は震えなかった。気後れする必要なんかない。ぼくは、手を当てて、その丸いふくらみをぎゅっとつかんだ。
 ぴんと張ったすべすべの肌に包まれた柔らかく重い肉。その暖かみをぼくは手のひらにしっかり覚え込ませた。何度もつかみ回し、こね上げるうちに、にじみ出た汗でそれはぬるぬるになった。小指の先ほどの乳首と乳房全体が、ともすればぬるっと手のひらから逃げるようになった。
 ふと気づくと、足元にあの子がしゃがみこんで、彼女の太ももの間に顔を押し付けていた。そこからぴちゃぴちゃと濡れた音が立ちのぼってくる。ぼくと目が合うと、あの子は言った。
「濡らしてあげたわ。この娘、自分から濡らすどころじゃないでしょうから」
 そういって、彼女はぼくの手を引いた。
「さあ……あなたを注いでやって」
 ぼくは、彼女の正面に立った。吊り下げられて震える真っ白なX字型の裸身の真ん中で、ささやかな茂みの中から赤みを帯びた舌のようなものがのぞいている。彼女の神々しさに、それはふさわしくない。見たくない。はやく、覆ってしまわないと。
 ぼくは、ズボンを下ろした。

 体をはい回っていたなめくじのような感じが離れて、わたしはわずかに息をついた。
 気が狂いそうなほどおぞましい感覚だった。腰の裏や二の腕に鳥肌が立っている。それが一段落して、わたしはわずかな希望を抱いた。ひょっとしたら、これで終わりかも。
 目を開けたら、その希望も打ち砕かれた。
 気弱そうな顔のくせに目だけはギラギラ光らせた田丸とかいう男子が、頬を真っ赤に上気させて目の前に立っていた。上半身は学ランのまま。でも――視線を落としたわたしは、ぐっと変な声を漏らしてしまった。
 学ランの裾を持ち上げて、あれが、男のあれが、真っすぐにこっちをにらんでいたから。普通より少し小さいみたいだし、まだ皮もむけきってない。けれどそんなことより、その真上を向くほどの立ち方にショックを受けた。まるで怒ってるみたいに、赤を越えて黒ずむほどビンビンになってる。
 いやーっ!
 わたしは、悲鳴を上げた。でもそれは口に張り付いたものを破れなかった。
「んんっ、んーっ! んんっ!」
 必死に身をよじるわたしの耳に、グラディナの楽しそうな声が届く。
「もっと下よ。腰を落として。そう、そこ。ゆっくり上げて……」
 ぺた、と太ももの内側に燃えるように熱いものが触れた。ぺたぺたと左右に揺れながら、それがゆっくり上がって来て、わたしのあそこに当たった。
 ぽっちの下に触れた先っぽがつるつるに張り切っているのがはっきりわかる。
「そこよ。思い切り、突き刺すの」
 動くひまもなく、ぞるっ! と一気にあれが入って来た。
「ふんーっ!」
 テクもなにも感じられない。ひだひだを巻き込むように突っ込まれて、先っぽが奥の子宮にぶち当たった。奥はまだぜんぜん濡れてない。痛くて痛くて、わたしは体をこわばらせた。
 はああっ、と息を吐きながら田丸が言った。
「きつ……きついよ、あったかい……」
 目を閉じてうっとりとしながら、めちゃくちゃに腰をすり付けてくる。わたしのおなかの中で熱い肉の棒が上下左右に暴れまわる。初体験なんだ。わたしの粘膜が気持ちよくて仕方ないんだ。
 それでもわたしからすれば、おぞましい以外のなんでもなかった。こいつの、よりによってこんな根暗そうなクソガキのあれを、わたしの中に突っ込まれるなんて! 気が遠くなるほどぞっとして、わたしは夢中で首を左右に振った。
 なんでこんなことされなきゃいけないんだろう。どうしてこんなやつに。信じられない。夢だと思いたい。
 まるで考えを読んだみたいにグラディナが言った。
「あなたは皆の目を引き過ぎている。男は皆あなたを犯したいと思っているわ。それではいけない。邪魔な偶像なのよ、あなたは。だから、壊させてもらう」
 何のことかわからない。何も考えられない。あそこに突っ込んだ田丸の動きが激しすぎる。
「いい、すごくいいよ! ぬるぬるで、熱くて、吸い込まれて……」
 自然にあそこが濡れて来てしまっている。めちゃくちゃに尻を振り回すようなぎこちない動きがもどかしい。もっと真っすぐに、奥まで出し入れしてほしい。腰が勝手に、角度を合わせてしまう。痛くはなくなったけど、悔しくて仕方ない。こんなやつに感じるなんて! 自分が情けない、うらめしい。
「瞳さん、ぼくが、いま、瞳さんを、瞳さんの体を、ぼくが」
 うわ言のように言いながら、田丸がわたしの体をもみまくる。おっぱいを握って、背中をさすって、お尻をつかんで。感触を味わってるだけでこっちの気持ち良さなんか少しも考えてない。殺してやりたい。
 いきなり、頬に顔を押し付けられた。背けようとしたけど無理やり押さえられた。唇も鼻もまぶたもいっしょくたに、べろべろとなめ回される。いやだいやだいやだ! 涙が止まらない。なのにあそこは火がついたみたいに熱くなってる。奥から流れ出した液がこいつの棒にからまって、粘膜の間でぬるぬるに泡立ってから床へぼとぼと落ちている。おかしくなる、狂っちゃう!
 とどめのひとことをグラディナが言った。
「さ、出して。思い切り、この子の腹の中に」
「瞳さん! いま、清めてあげ――!」
 あ、いや! だめっ!
 田丸が骨を折りそうな強さで抱きしめて、爪が食い込みそうに強くわたしのお尻を引き寄せた。それから、思いっきり突っ込みながらビクッと震えた。
 びしゃっ、と精子が子宮に浴びせかけられた。唾を吐きかけられたようにわたしは総毛立った。逃げられない、避けられない。わたしの一番奥に突っ込まれた憎らしいあれが、喜びながらびくびく震えて、びしゃっ、びしゃっ、と白い液を注ぎ込んでくる。
「んんっ、ふうっ!」
 田丸のおぞましい絶頂の顔を見ているうちに、ふっと意識が飛んだ。

 すのこの上で、瞳は短い気絶から覚めた。
 誰もいない。更衣室の外から人声だけが聞こえてくる。今のことは……夢? 違う、あそこに残っている。
 体を起こして下腹を見ると、ぎょっとするほど大量の白い粘液が、太ももに筋を作ってどろどろとあふれ出していた。
 ことり、と後ろで音がした。ふりかえれば、ロッカーの陰に闇がある。
「ひいっ!」
 一気におぞましい悪夢がよみがえって、瞳はのどから悲鳴を漏らした。いまにもその闇からあの女が出てきそうに思えて、夢中で逃げ出そうとする。腰が立たない。床をはいずる。
「瞳ちゃーん、まだですか?」
 能天気な声が聞こえる。外に誰かいる。誰でもいい。助けて、助けて!
 涙とよだれを、股間から粘液を垂れ流したまま、瞳はがくがく震えるひざでぶざまに這いずって、必死に出口へ向かった。ここから逃げたい。明るいところへいきたい。考えるのはただそれだけ。
 アルミのドアに手をかけて、ノブを回す。
「あ、出て来たみたいですね。さあ、全国の皆さんお待ちかねの、瞳ちゃんの水着姿が――ああっ?」
 開いたドアから、さっと光が差し込む。
 引きつった顔の女子アナ、カメラマン、AD、十数人のスタッフ、数十人の同級生、そして電波のむこうの数百万の人々。
 無数の人々の前にとりつくろいようのない醜態をさらけ出したことも気にならず、太陽の下に戻れたことだけが嬉しくて、瞳はにっこりと笑った。

「喜んでいるわ」
 マンションの隅に置かれた受像機を見つめながら、私は寝台に腰掛けて微笑した。硬直したカメラマンがじっと写し続ける、どろどろの瞳の顔がアップになっている。
「……どうなるでしょうな。あの娘……」
「偶像は地に落ちた。再びはい上がることができれば本物。できなければ、あの娘もやはり、愚昧な民草のひとときの贄に過ぎなかったということよ」
「……して、首尾のほうは?」
「うまくいったようね」
 私には分かる。いま、私のしるしを乗せた田丸の精子が、瞳の腹の中をさかのぼって卵にたどり着いたところだ。拒まれる様子はない。
「……堕胎されるかもしれませんぞ」
「かまわないわ。試しただけだもの。次からはもっと手筈を整えてはらませる」
「……この童は?」
 黒いかばんに言われて、私は振り向いた。ベッドに、精根尽き果てた田丸を横たえてある。
「さあ?」
 私は、笑った。
「ほうっておくわよ。捕まるかもしれない。裁かれるかもしれない。私の知ったことじゃない。本望じゃなくて? 一生かなわない望みをかなえてやったんだから」
「……では、捨てましょう」
「ええ」
 がばりと口を開いたブンチェルガッハが、田丸を丸ごとのみこんだ。送られた先は自宅か学校か。どちらでもいい。あんな不安定な心をもった男をもとに子を作る気はない。もっとしっかりした男を使いたい。
「……次はどうなさいます」
「焦らないで」
 私は、ほほ笑んだ。
「やり方はわかったんだもの。ゆっくりやりましょう……」

 Intermission 2

「白沢さん」
 光一郎は、片手に抱えた大判の本を見ながら、呼んだ。
 声は響かない。天井まで届く棚に並んだ無数の本が吸収してしまう。放課後の図書室だった。受験シーズンでもない七月始めだから、室内にはほとんど人がいない。遠くのカウンターで、図書委員が所在なげに座っている。
「白沢さん」
 もう一度光一郎は呼んだ。ややあって、棚のはしにぴょこんと頭がのぞいた。
「なあに?」
「これ、どこだったっけ」
 光一郎は優水に歩み寄った。手にした分厚い本を見せる。
「実践理性批判? こんなの読んだの?」
「現社のレポートで使ったから」
「こっちじゃないかな」
 つれ立って返却場所を探しに行く。この一月で、二人はぐっとうちとけた。互いに読書好きであることが、大きなきっかけになった。最近はよく、放課後に図書室へくる。
 何列も並んだ書架を巡って、目的の棚を探す。館内は静かだ。ひと気がないことも手伝って、光一郎は深い森の中を二人きりで歩いているような気になった。
 すると、先を行く優水がふと振り返った。
「なんか、ヘンゼルとグレーテルみたいだね。あたしたち」
「あ、僕も同じこと考えてた」
「へえ、奇遇」
 笑いあう。やがて、哲学書のコーナーにたどり着いて、光一郎は本を棚に戻した。
 図書室の一番奥だ。森の中心。だが魔女はいない。光一郎は戻ろうとしたが、優水はなにやら、考え深げに本の背に指を走らせながら、じっと立っている。
 間が持たなくなって、光一郎は前から気になっていたことを聞いた。
「白沢さん、それさ、地毛?」
「え?」
「髪。色、薄いから……」
「ああ……これ?」
 ちょっと気掛かりそうに首をかしげてから、優水は後でまとめている髪の先を、人差し指で巻いた。
「地毛よ。染めたんじゃないかって、生徒指導の先生に怒られたけど……」
 優水は、光一郎の顔を見上げた。
「やっぱり、黒いほうがいいかな?」
「そんなことないよ。それ、似合ってる」
 光一郎が言うと、優水ははにかんだように笑った。
「ありがと。そう言ってくれて、うれしい」
「いや……」
「親切のつもりで言う人もいるから。黒のほうが目立たなくていいって」
「白沢さんには白沢さんの色があるよ。変える方がおかしい」
「あの!」
 突然、優水が弾けるように叫んだ。言ってから、声が大きかったことに気づいて、辺りを見回す。
「あの……白沢さんって、やめてほしい」
「え?」
「できたら……優水、って」
「優水、さん?」
「さんもいらない」
 光一郎は、もじもじと下を向いている優水のうなじを、戸惑って見つめた。すると優水は、そのままの姿勢で、ますます小さな声で言った。
「まだ会って三カ月だし、いきなりだし、こんなとこで脈絡ないし、女の子の方から言うなんてあれだけど、いま言わないと、いま言いたいし、それで……ああ、その、えっと!」「ゆ、み?」
 それを聞くと、ぱっと優水は顔を上げた。真っ赤になったほおで、目を閉じて言う。
「つ、付き合ってください!」
 不意を打たれて、光一郎は絶句した。沈黙が流れる。
 嫌いではない。いや、むしろはっきりと好意を抱いていた。ただ、つきあうにしろなんにしろ、もっと仲良くなってから、自分からどうするか決めるべきだと思っていたので、とっさに光一郎は返事ができなかった。迷っているわけではない。思いがけない幸運に、驚いたのだ。
 そのほんの十数秒が、とてつもない重荷だったらしい。みるみる顔を歪めて、優水は泣きそうな表情で言った。
「だめ……ですか?」
「え、そんな」
 日ごろ冷静な彼らしくもなく、光一郎はぶんぶんと首を横に振った。それからはっと気づいて、しっかりした文を頭で組み立てた。
「いいよ。ありがとう。僕もすごくうれしいよ」
「いいの?」
 優水はぱっと顔を輝かせた。その前に、光一郎は片手を差し出した。
「ええと……よろしくお願いします、でいいのかな?」
「……はい」
 しっとりとした小さな手が、それを握った。  


――続く――

第一章
第三章
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