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要撃天使彼女


 日本中の迎撃学校のクラスと同じように、僕たちの二年三組も定員が三十六人で、半分が男子、半分が女子だ。そして廊下側の三列十八席は、いつもたいていからっぽだ。
 窓側に座った僕たち男子は、退屈な授業を聞き流しながら、日がな一日窓の外のよく晴れた空を眺めて、その空の向こうで交わされている戦いのことを考える。
 休暇はいつも突然だ。なぜなら、戦況の進退は予測がつくものじゃないし、「司令部」は不親切で教えてくれないからだ。たいていの場合、前線後方の町から、クラスの委員長が殺気立った声で学校にかけてくる電話が、休暇の知らせだ。
 そうなると、そのクラスの男子はもう、うきうきして授業どころじゃなくなる。大部屋の休暇室いちめんに布団を敷いたり、ドリンク剤を買ってきたりと大騒ぎだ。
 そうこうしているうちに、十数基分のロケットモーターの乾いた轟音が町の向こうから聞こえてくる。
 僕たちは屋上に飛び出して、降下して来る影を迎える。
 戦いを終えた我が国の兵器――僕たちに抱かれに帰ってきた、クラスメイトの女子たちを。

「ユウジくん、お願い。……いつもみたいに」
 布団の上にぺたんと座り込んだクミが、黒い瞳をまん丸に見開いて、細かく肩を震わせながら両手を伸ばした。僕はその小さな体に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
「うん、いつもみたいにね……」
 僕の顔に触れたざらざらしたほっぺたに、暖かいものが流れ始めた。顔を離して目を見ると、クミは大粒の涙をボロボロこぼしていた。
「ユウジくん、ユウジ……うわあああああああ」
 赤ちゃんみたいに大声で泣き出したクミのほっぺにキスして、硝煙の匂いの涙を吸ってあげてから、僕はとびきり優しくクミの体に触り始めた。僕たちだけじゃなく、休暇室じゅうを埋める布団の上で、みんなが始めていた。
 クミと同じように泣き出した子を、力いっぱい抱きしめてるやつがいる。。反対に、血走った目の女の子にのしかかられて、ズボンを引き裂かれているやつもいる。。ものも言わずにディープキスを交わしながら、互いのあそこをむき出しにして指でいじりあっている二人もいる。
 前線帰りの女の子たちはみんな、神経が焼け切れる寸前で、まともにものを考えられない。それを受け止めてあげるのが、僕たち男子のつとめだ。そのために学校に来ていると言ってもいい。
「クミ、もう大丈夫、大丈夫だから、ね?」
 僕はクミのほっぺや首筋にキスしながら、高G機動で焦げてぼろぼろになったブレザーを、パイの皮をはがすみたいにして脱がせていく。クミは口をのどまでぽっかり開けたまま、わあわあと泣き叫んで手足をひくつかせる。 
 ブラウスを脱がせてブラジャーとショーツだけにすると、クミの戦場の切れはしが現れる。ほこりで汚れた肌に残る、小さなクレーターのような引きつれは、レーザーや侵徹弾が貫通して、自己修復したあとだ。
 今日は、五つもあった。鉛筆よりも太い弾丸が、五つもこの子の柔らかい肌を撃ち抜いたんだ。兵器にされてはいても、痛みは人間のままなのに。かわいそうでかわいそうで、僕は涙を流しながら傷跡に口づける。
 もちろん、撃たれたのはこの子だけじゃない。
 背中に手を回すと、肩甲骨全体を覆うような、もの凄い傷跡が触れる。ひくっ、と震えてクミが叫ぶ。
「お願いユウジくんそそこ引っかいて引きずり出して! あたしあたしの中のそれ出してメチャクチャにして!」
 僕は手の平の温度を移すみたいにゆっくりと、戦闘器官が飛び出したあとの、その傷跡をさする。クミが敵と敵の周りのヒトを何百何千と殺した証しであるその傷跡を、さする。
「優しくしないでよぉ!」
 パン、と僕の頬をはたいてから、クミははっと息を飲んだ。
「あ……ユウジ……くん」
「いいよ」
 そう言うと、逆にクミは僕をにらんだ。殺気のこもった目で。
「よ……よくないよ。怒って、ぶってよ! 殴って!」
 僕はクミを押し倒して、ショーツをひきちぎった。まだ子供みたいにぽってりしたおなかに手を当てて、その下のあそこに指を差し込むと、昂ぶってぐちゃぐちゃになったひだがひくついていた。
「あたしを刺して。いっそ殺して……」
 泣きながら叫ぶクミの腕を押さえ込んで太ももを抱えて、僕はこちこちになったものを無理やり突っ込んだ。ずぬっ、と粘膜がひきつれる感触がして、クミが痛みに顔を歪めながら、「いいッ……」と嬉しそうにうめいた。
「クミ、痛い?」
「うん、うん、痛い……」
「ひりひりする?」
「するよぅ。ちがでるよぅ…… もっとぐりぐり刺して。おなかの奥まで……」
 びくびく痙攣するクミのおなかを押さえて、僕は強引に腰を振った。クミのおつゆがじゅぶじゅぶとあふれて、それでも僕のものを迎えるには小さすぎて、きゅうっとあそこが縮みあがった。
「クミ……出るよ……」
「だ、出して、いっぱい……」
「クミを壊してあげる。きれいにしてあげる……」
「して、してっ!」
 僕はクミを押しつぶすように体重をかけて、思いきり射精した。「ンッ!」と目を閉じて、クミが布団をきつくつかむ。
「来た……ユウジくんの、いっぱい……」
「く……み……」
「だ、だめ。まだ足りない。もっと強く! 思いっきり!」
 まだ射精も終わりきらないうちにクミが体の向きを変えて、びくびく白いものを吐き出しているぼくのものを一心にしゃぶり始めた。
 硬さが戻ってくると、僕はまたクミを力づくで布団に押さえつけて、体力が尽きるまで体を動かし、ありったけの精子をクミに注いだ。
 ぎちぎちにこわばっていたクミの体は、少しずつ柔らかくなって、僕の手のひらを素直に受け取るようになっていった。
 三回目のセックスのあと、やっと僕たちは体を離した。


 シーリンシャン。僕たちが敵について教えられているのは、この名前だけだ。
 意味は分からない。「殺戮者」の広東語読みだって言う男子もいるし、マッハ5ですれ違う瞬間の擦過音から付けられたっていう女子もいる。
 確かなところは分からない。「司令部」に問い返すことはできないから。司令部は少しだけイキなところもあるけれど、基本的には絶対で冷酷だ。
 その司令部の命令で、僕たちはずいぶん長い間シーリンシャンと戦っている。どれぐらい長いかというと、少なくとも僕が生まれたときにはもう、この迎撃学校の制度があったぐらいだ。
 だから、僕もこの年頃になると、素直に学校に組み込まれてやった。どっちみち他に道はない。
 シーリンシャンと戦えるのは女子だけだ。なぜかは分からない。でも戦闘器官は女子だけに発現する。出撃命令が出ると女子たちはその翼を広げて飛んでいく。僕たちは学校でそれを見送り、いつもと変わらない日常を過ごしながら、彼女たちが帰ってくるのを待つ。
 それが僕たちの任務なんだ。戦場で敵を殺し、敵に殺されそうになって、ボロボロになって帰ってきた女子たちを迎えてあげるのが。
 学校には、地面から突然噴き上げる対空地雷も、成層圏からひらひらと覆いかぶさってくる多弾頭胞子も、ギロチンを構えてはいずってくる繁殖個体もいない。やむをえず掃射の巻き添えにした親子連れの死体も、低空飛行で吹き飛ばしてしまった避難民たちもいない。
 学校に帰れば、平和な生活が送れる。
 それだけを頼りに、女子たちは戦い、帰ってくる。


 給食室から二人分の昼食をもらって来ると、廊下の向こうのシャワー室からやって来たクミと、休暇室の入り口ではち合わせした。
「よっ」「あ」
「お風呂どうだった?」
 僕が聞くと、支給品の新しいブレザーに着替えたクミは、まだ水滴のたくさんついたボブカットをバスタオルで拭きながら、微笑んだ。
「気持ちよかったよ。ごはん、なに?」
「フレンチトーストとか」
「お酒は?」
「――缶チューハイ」
 一瞬返事が遅れた。でもクミは屈託なく笑ってトレイを覗き込んだ。
「えー、ワインないの? あ、でもイチゴだ。イチゴ好きー」
 行こ、とクミが引っ張る。前はアルコールなんか一滴も飲めなかった子なのに、最近はずいぶん好きになった。というより、なくてはいられないみたいな――
 意味のないことを考えるのは止めて、僕はクミと一緒に休暇室に入った。
 もうほとんどのカップルが、最初のセックスを終えていた。あと二組、ケンヤとカオリ、ジュンとサクラコだけが、汗や血やなんかをまき散らしながら、もつれ合っている。
 その周りは、穏やかな憩いの空間だった。開け放った窓から春の日が差し込んで布団を真っ白に光らせ、土の匂いの風が吹き込んでカーテンを揺らしている。そんな中で、みんなが思い思いに、食事したり、話し合ったり、肩を寄せ合って昼寝したりしていた。
 僕たちは部屋の角の自分たちの布団に腰を降ろした。さっき汚した布団はもう、掃除のおばちゃんに取り替えられている。その上にトレイをおいて昼食を始める。行儀が悪いけど、布団を畳んでしまうわけにはいかない。
 食べてる間は、あまり会話がなかった。僕はおなかがすいていたし、クミも腹ぺこだったから。一緒にがつがつと料理を平らげる。まともな恋人らしくおかずの交換とかできるといいんだけど、女子の食事は見た目は普通でも中身はプロペラントのペレットだから、男子が食べるとまずいだけじゃなく命に関わる。
 それでもクミは、食べ終わると満足したように両手を合わせた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
 両足を投げ出して座って、二人で肩を並べる。
 レースのカーテンがふわふわと動いてほっぺたをこするから、くすぐったい。首を曲げて窓の外を見ると、葉桜の向こうのグラウンドで他のクラスの男子がサッカーをしていた。耳に入るのは、ひばりの忙しい鳴き声と、カオリのむせび泣くようなあえぎ声。――あ、今イった。
「ねえ、ユウジくん」
「ん?」
 顔を戻して見下ろすと、クミは真っ赤な顔をして、カオリたちのほうを横目でちらちら見ていた。 
「あの二人、すごい……ね、あたしたちもしてる時ってあんな風なの?」
「そうだよ。クミすごいよ。爪とか立てて」
「やだ……」
 クミは頭からぽわぽわ湯気を立てながらうつむいた。可愛い。
 ドアが開いて、保健の先生が顔を出した。
「メンテまだの子いる? あ、まだやってるの。早くしてね」
 今イったばかりで固く抱き合っていたカオリと、その少し前に、なんだかよそよそしい感じでジュンから体を離したサクラコが、ふらふらと立ち上がって出ていった。帰還してすぐは、精神安定のためにセックスしてもいいけど、少し落ち着いたらすぐメンテしにいかなきゃいけない決まりになっている。クミもさっき、シャワーの前にしてきたはずだ。
 そういえば、クミとセックスし始めてからそろそろ三ヵ月だ。ぼくは聞いてみた。
「ね、もうそろそろかな」
「え、何が?」
「赤ちゃん。クミのおなかに」
 僕たちは、ネクタイの下のクミのおなかを見下ろした。まだ全然、膨らむ兆候はない。
「メンテの時何か言われなかった?」
「ううん。発表まではもうちょっとかかるから」
「そっか。……生理はある?」
「あんまりない。でもあたし、もともと不規則だし……」
 クミは僕を見上げると、笑顔の中に切実な色を見せていった。
「早くできるといいね。ユウジくんの赤ちゃん」
「そうだね」
 きゃあ! と悲鳴が上がった。振り返ると、サクラコたちの隣でずっと見せつけられていたマツオが、パートナーのアイラに飛びついて、服を脱がせようとしていた。逃げようとするアイラを押し倒してスカートをめくり上げる。周りのみんなが笑って、はやし立てたり、自分の相手と熱い目を交し合ったりした。
「マツオ、また火つけられちゃったみたいだね。カオリ、凄かったから……」
「……あたしもだよ」
 振り向くと、チューハイで顔をほんのりとピンクにしたクミが、もじもじしながら、膝にかかったスカートをゆっくりめくり上げていた。
「まだ全然足りない。むずむずする……」
「する?」
「うん。――ごめんね、することばっかり考えてて」
「そんなことないよ。僕もだよ」
 僕たちはお互いに、両手を股間に入れて、さわさわといたずらを始めた。
「ん……もう濡れてる?」
「ずっとなの。あは、ユウジくんもおっきい。したい?」
「うん。クミに入りたい」
「じゃあ入れて……」
 クミは立てひざになって、スカートを脱がずにショーツだけ下ろした。
「みんなみたいに裸になるのって恥ずかしいから……このままでいい?」
「いいよ」
 周りでも、三、四組のカップルがまたセックスを始めていた。みんな大胆に服を脱いで肌をさらしている。それに比べてクミはずっと慎ましい。
「あっ、やっ……」
 クミの両足を持ち上げて、ころりと布団に転がした。花のように開いた紺のスカートから伸びる白い足を、片方だけ持ち上げて腰を近づける。
「み、みんなに見えちゃわない?」
「こっち向きなら大丈夫」
 ジッパーを下げて硬いものを取り出し、僕は斜めによじれたクミの中に、深々と差し込んだ。


 その日いちにちが完全な自由時間で、次の日からはちゃんと授業が始まる。
 そう、何の変哲もない学校の授業だ。現代文、数学、英語、物理。
 なんのための勉強かなんて聞くのはばかなことだ。将来の社会でそれが役に立つかどうか、そもそも社会なんてものがいま成立しているのかどうか、そんなことはどうでもいいんだ。
 詩を朗読したり、黒板に数式を書いたり、先生に居眠りを見つかって出席簿で叩かれたり、通路をはさんだ隣のやつとどうでもいいようなメモを交換したり――そういったことがどれだけ女の子たちの心をほぐしているかは、みんなのいきいきとした笑顔を見れば分かる。それは僕たち男子にも移って、教室中がふんわりした明るい雰囲気に包まれる。
 ただ、そんな楽しい授業の時間にも影はある。みんながごちゃごちゃに集まっていた休暇室では分からなかったけど、教室でははっきり分かる。女子の一番右側の列の先頭――ヤヨイの席は空っぽのままだ。
 戦死したんだ。
 女の子たちは不死身じゃない。撃たれても数時間で回復する強靭な身体を持ってはいるけど、頭を潰されたり、まっぷたつにされたり、蒸発させられたら死ぬ。つまり、ヤヨイは、そうなってしまったってことだ。
 ヤヨイのパートナーだったタクマも、影のひとつだ。僕の右前に座っている、ラグビー選手みたいながっちりした体が、消え入りそうに小さくなっていた。タクマとヤヨイはただの指令カップルで、相思相愛じゃなかったはずだけど、それでも、ほんの二週間前までキスしたりセックスしたりしていた女の子が死んだっていうのは、大きなショックなんだろう。
 まして、好きあっていた二人が引き裂かれてしまったときの、クラスの雰囲気といったら――ぞっとするものだ。僕は、クミが生きて帰ってきたことに心底感謝した。
 授業の時間には、他に二つほど、小さな問題が起きた。
 一つは、カオリのパートナーのケンヤが、妙に調子が悪かったこと。英語の時間にあてられたケンヤは、得意なはずの長文読解がまるでできなくて、最初の一行をつっかえながら何度もくり返して、席に座らされた。体調でも悪いのかもしれない。
 もう一つは、サクラコの発作だ。
 物理の時間に水素の水上置換をやっていて、試験管の中の水素に火をつけてポンと小さく爆発させた途端、サクラコが切れた。
「いやぁハっ」
 サクラコは小さな悲鳴を上げて、頭から床に倒れてしまった。体を丸めてびくびく痙攣しながら、サクラコが床にばらまいた長いきれいな髪は、掃除していない排水口みたいに不気味な感じがした。
 すぐに担任が保健医を呼んだ。サクラコは四人がかりで保健室に連れて行かれた。
 そんなことはあったけれど、昼間のうちは、大体、和やかな感じだった。

 四時からは放課後になる。クラブ活動もちゃんとあるし、行きたければそっちに行ってもいい。女子がいない間の男子はいつもそうする。
 でも、休暇の間は誰もクラブになんか行かない。クラブ活動で得られるような仲間との連帯感は、クラスのみんなからも受けられるからだ。試合やインターハイに出ることは――兵器になってしまった女子たちには望むべくもない。百メートルがコンマ数秒なんだから。
 みんなは学校のあちこちで、思い思いに過ごす。図書室で人並みに勉強したり、屋上で菓子を食べたり。あるいは学校の外に出てもいい。でもその場合は校門で、火器制限用の電磁タグを首にかけられる。
 体を動かすのが禁じられたわけじゃないから、体育館でバレーやバスケをすることもある。むちゃくちゃになるけど。
「行っくよー!」
 ジャージ姿のアカネが叫んで、勢いよくサーブを打った。奇跡的にこっちのコートにボールが飛んでくる。
「クミ、ほら!」
「え、えっ?」
 おろおろしたクミが、顔面レシーブ。真っ赤な顔を押さえてうずくまるクミの頭上に浮いたボールを、ケイイチがジャンプしてスパイク。
「任せろ!」
 稲妻のように飛んでいくボールをトミキがレシーブ、カケルが無言でトス。落下地点にいたのがクラス委員長のチナリ。
「行ったぞ!」「ええ!」
 チナリが華麗にジャンプ。――したけれどそれは十センチにも届かず、勢いよく振った腕は空振りで、前のめりに一回転して派手に落っこちて眼鏡が飛んだ。
「あちゃー……」
 みんなが苦笑して集まる。
「大丈夫か、いいんちょ」「眼鏡」
「あ、ありがと」
 チナリがパートナーのカケルから情けなさそうに眼鏡を受け取る。こっちのコートではクミが泣き声を上げる。
「どうしてあたしは誰も心配してくれないのぉ?」
「おまえの担当はユウジだろう」
 はいはい、と僕はクミに近付いて、しゃがんで顔に触れた。
「大丈夫? ケガしなかった?」
「痛かったよぉ……」
 涙声のクミのぽさぽさの髪に指を入れて、何度も撫でてやった。おーし続きやるぞ! とケイイチが叫んだ。
 無理にセーブしなければ、女子は時速六百キロのスパイクを打てる。クミの肌も拳銃弾ぐらいではへこみもしない。そういうことを全部ないことにして、僕たちは子供のようにボールを追っかける。


 政府の特配の夕食が終われば、みんなが休暇室で過ごす。これが一番楽しいときだ。
 カードをやる。ゲームをやる。枕投げをやる。パジャマなんてないからみんなジャージ姿で、修学旅行みたいな感じだ。
 煙草は吸いたいやつだけが吸うけど、みんなあまりやらない。そういうのは先公の目をかすめてやるのに意味があるんだ、叱るどころか買って持ってくるようなものをもらって何が楽しい、とこれはケイイチの言い分。
 その通り、担任はいるけれど、何も言わない。学生の僕たちに命賭けで国を守らせているのを、後ろめたく思わない大人なんかいないってことだ。煙草、とひとこと言えばすっ飛んで買ってくる。
 酒のほうは夕食にもついてくるぐらいで、飲みたい放題。こういうところが、「司令部」のイキなところだ。――それを素直に喜ぶ男子たちはあまりいないけれど。自分のパートナーの女の子がそんなもので気を紛らわせているのは、誰だって見たくない。
 そのうちに消灯時間が来ると、セックスする。
 いや、別に時間が決められているわけじゃない。昼間のうちに器具庫やトイレで、こっそりしていたカップルもいたかもしれない。でもここなら、みんなと一緒にできる。逃げられない自分たちにも仲間がいるのを、確かめることができる。
 じゃあみんな、あまり羽目を外さんようにな、と言ってそそくさと担任が帰っていくと、それが始まる。電気を消した休暇室のあちこちで、ずっと開けっ放しの窓から差し込む黄色い月光の下、二人、四人、みんながからみ合い始める。
 僕とクミも、エッチを始めた。横たわって鼻をこすり付けあい、ジャージのごわごわしたナイロンに顔を埋めて、お互いのあったかさと匂いを確かめる。クミが先に盛り上がって、手を出してきた。
「ユウジくん、今日もいっぱい出る?」
 舌を出していたずらっぽく笑いながら、クミが手際よく僕のズボンを下げる。飛び出したものをきゅっと握って、頬ずりした。
「わ、元気ぃ……」
「クミ――」
「あ、いいから。今日はあたしがやりたいんだ」
 そう言うと、クミはいきなり僕の両足を大きく開いてしまった。僕はあわてる。
「ちょっと、クミ! やめろよ」
「ふふん、だあめ。恥ずかしい?」
「は、恥ずかしいに決まってるだろ」
「そういうこと、いつもあたしにしてるんだよ。たまにはユウジくんも味わいなちゃい」
 止めても聞かない。クミは僕の足を押し広げたまま、反り返ったアレの裏側や、その下の袋に、すごく熱っぽくキスし始めた。
「う……クミぃ……」
 めちゃくちゃ居心地が悪い。まるで、何も出来ない赤ちゃんになっておむつを替えられているような感じ。でもそれが気持ちいい。小さなクミに守られているみたいで逆に気持ちいい。そして、それ全部が情けなくて恥ずかしい。
 アレの先からお尻の穴までなめ回すクミの愛撫に声を殺していると、隣の布団から声をかけられてびっくりした。
「なに感じてんの、ユウジってば」
 真っ赤になって顔を回すと、ショートカットの頭を布団に押し付けて、アカネが艶っぽいピンクの顔でこっちを見ていた。もちろんその背中にはヒデユキが覆いかぶさって、バックで力強く動いている。
「女の子みたい。……可愛い」
「う、うるさいな。ほっとけよ!」
「クミちゃんもよくやるよな。そんなにこいつ好き?」
 ヒデユキに声をかけられて、クミが顔を上げ、とろんと目を細めて笑った。
「うん、好きぃ……あたし、ユウジくん大好きだよ」
「しかし普通、タマなめまでする? 見てるこっちが恥ずいんだけど」
「だって……こん中にあるんだよ」
 クミはうっとりと目を寄せて僕の袋をちゅうっと吸う。
「あたしに赤ちゃんくれる粒が……こん中に、いっぱいあるんだよぉ……」
 言いながらぬるりと口の中に袋を入れてしまった。ころころと舌が球に当たって、ぼくは背筋が反るほどの痛がゆさを感じる。
 クミは童顔でペチャパイのくせして、いったんスイッチが入るとものすごくやらしくなる。可愛らしいほっぺたに僕の先走りの汁がこびりついても瞬きもしない。ヒデユキは初めてそれに気付いたのか、アカネとしている真っ最中なのに、ごくっとつばを飲んで言った。
「クミちゃん……そいつで足りなきゃ、俺としない?」
「あたしはユウジくんの!」「あんたは私の!」
 クミとアカネが同時に叫んだ。わりわり、と頭をかくと、ヒデユキはいきなり、アカネのすらっとした足を抱え上げて体位を変え、穴埋めみたいに猛烈に突きこみ始めた。
「あたしはユウジくんのだもん……」
 そう言うとクミは体を起こし、緑のジャージを下げた。雲が出たのか、月明かりがすうっと暗くなったけど、それでも、ブルマの股がじんわりと湿っているのが見えた。
「だから、ユウジくんもあたしだけのだよ……」
 クミはブルマを脱ぐひますら惜しんでいた。僕の腰にまたがって、太ももまで下げただけだった。トイレで用を足すようなその姿勢のまま、僕のものを指で引き起こして、お尻を下げた。僕の腰の上に、クミの滑らかな太ももと、べたべたに濡れた内股が当たった。
「いっぱい出して……ねっ?」
 ずぶずぶずぶと根元まで飲み込むと、ぺたんと僕の胸の上に膝を揃えて、クミは舌なめずりしながら、きゅーっとあそこを引き締めた。
「くっ、クミぃっ!」
 今までさんざん口でじらされていた僕は、一度も動かないまま、びくびくと発射してしまった。クミは嬉しそうに目尻を下げて、強い力のこもったあそこで、何度も僕のものをしごき上げ、精液を搾り取っていった。
「あ、いっぱぁい……」
 クミはきりっと僕の胸に爪を立てて、しばらく体をちぢ込めていたけれど、じきに腰を浮かせて、僕の隣にころりと転がった。ぼくはすかさず腕を出してクミの頭を支えてやる。
 並んで寝転んだクミは、両手を太ももの間に入れて、変に足を丸めていた。
「どしたの?」
「ん……だって、出てきちゃう」
 クミは目だけこっちに向けて、恥ずかしそうにつぶやいた。
「一滴も無駄にしたくないから……」
「――せーし、そんなに好き?」
「違うの。……ユウジくんのだからだよ」
「そっか。僕の……だからか」
「ん」
 二人で小さな笑みを交わし合っていると、クミの顔がぼうっと明るく染まった。見上げると、雲間から金色の満月が出てきていた。
「きれい……」
 その時、休暇室の隅から、途切れのない長いうめきのような声が上がった。最初、僕もみんなも、それを誰かの喜びの声だと思っていた。
 そうじゃなかった。声は急に大きくなって、悲鳴に変わった。
「ぅぅぅぅうううああああああ!」
 みんながぎょっとして振り返った。僕とクミも驚いて隅の暗いほうを見た。そこに、三日月のように曲がった白いものが横たわっていた。下着姿の女子の体だった。
 ひきつけを起こしたようにのけぞって叫んでいるのは、サクラコだった。パートナーのはずのジュンは、情けないほど遠慮がちにその背中に触れてさすっているだけだ。
「さ、サクラコ、どうしたんだ。苦しいのか?」
「何やってるの!」
 窓枠に腰掛けてカケルと抱き合っていた委員長のチナリが、振り向くなり叫んで、駆け寄った。
「タオルとって! そっち、手押さえて! あなたは足!」
 言われるまま周りのみんなが手足を押さえる。僕は手近のタオルを引っつかんで、サクラコが舌をかまないように猿ぐつわをかました。チナリがきつい目でジュンをにらむ。
「何が起こったの? きっかけは?」
「わ、分からないよ」
 ジュンはおどおどと手を振る。
「月が出たと思ったら、急に……」
「サーチライトショックだ」
 つぶやいて、チナリはサクラコの色白の頬を、頭の上から両手で挟みこんだ。
「サクラコ、しっかりして! ここは学校よ。何も怖くないわよ!」
 ふーっ、うーっ、とサクラコはうなる。真ん丸に見開いた目から涙を落として、ぐいぐいと手足をばたつかせる。チナリがもう一度ジュンをにらんだ。
「あなたがしっかりしなきゃ! ちゃんとサクラコを慰めてあげたの?」
「やったよ! やろうとした……」
 ジュンは急に声を低めた。
「でも……怖かったんだ。無理したらサクラコが壊れそうで、優しくしてやろうと思って……」
「それじゃ、あなた」
 チナリは氷の針みたいに冷たい口調で言った。
「サクラコを抱いてあげてないの?」
「……うん」
「ばか!」
 パン、と乾いた音が上がった。チナリがジュンを平手打ちした。
「あなた何も分かってないのね、サクラコは私たちの中でも一番おとなしい子なのよ? この子が戦場の記憶に耐えられるはずがないでしょう! 壊れようがどうなろうが、とにかく忘れさせないとダメなの! そして一日でも早く退役させてあげるのよ!」
「ど、どうすれば……」
 おろおろと目を泳がせたジュンに、チナリは刺すように言った。
「早く抱いてあげて。今、すぐ!」
「今……」
「ぼやっとしてないで! アカネ、サクラコの準備をしてあげて。みんな押さえててよ、暴れても離しちゃダメよ!」
「チナリは?」
 アカネがサクラコのジャージとショーツを下げて、顔を近づけながら言った。チナリはほんの短い間口を閉じてから、ジュンに向き直った。
「脱いで。立たせてあげる。この状況で普通に興奮なんかできないでしょ」
「い、いいんちょ……いいの? いいんちょはカケルの……」
「つべこべ言ってるひまはないの!」
 チナリは一瞬だけ、後ろに来ていたパートナーのカケルを振り返った。カケルがうなずく。それを見ると、チナリは眼鏡を外してカケルに差し出した。
「――許して」
「ああ」
 髪をかきあげて、チナリはジュンにフェラチオし始めた。
「い、委員長……チナリ……」
 戸惑っていたジュンも、次第に力を抜いて体を後ろに倒していく。しばらく続けてからチナリが顔を離し、ごしごし口元を拭きながら言った。
「……もういいでしょ。早くサクラコを」
「う、うん」
 サクラコの体はアカネが口で湿らせていた。そのほっそりとした足の間に、ジュンが体を割り込ませる。それを見せ付けるように、チナリがサクラコの頭を抱き上げて、言い聞かせた。
「サクラコ、見て。今ジュンが犯してくれるからね。中で出してくれるよ」
「ううう……」
「分かる? 分かって。妊娠できるのよ。戦いをやめられるのよ」
 それを聞いたとき、ふっとサクラコの目に光が戻った。んん……とくぐもった声を上げながら、チナリとジュンを交互に見る。チナリが気を利かせて猿ぐつわを外した。
 しゃべれるようになったサクラコは、まだ落ちつきなく揺れる瞳をジュンに向けて、心細そうに聞いた。
「……して、くれるんですか?」
「う……うん」
「ほんとに? ……やっと?」
「待ってたのか?」
「はい。……だって、ジュンさん全然強くしてくれないから、嫌われてるのかなって……」
「そ、そんなこと!」
 見る間にジュンの顔が真っ赤になった。――と思ったら、がばっとサラクコに抱きついた。すごく強いキスの合間に、二人だけの言葉が切れ切れに聞こえた。
「いいの?」「うん」「もっと?」「もっと」「痛くない?」「ううん、全然……」
 僕たちはそっと二人から離れて、自分たちの布団に戻った。チナリが少しぼうっとしていたけれど、カケルが乱暴に引っ張って押し倒した。
 もとの場所に戻った僕は、クミに聞いた。
「サクラコ、向こうで何かあったの」
「ん。……あの子、斥候でさ」
 クミは、今度こそ喜びの細い声を上げているサクラコを眺めながらぽつりと言った。
「対空陣地に真っ先に引っかかる役なんだよね。罠の始まりはサーチライトと照明弾。そのすぐ後に対空個体のHVSAMと爆散衝角。……だから、急な爆発音とか光って苦手なんだよ」
「早くやめられるといいな」
 僕のつぶやきは、僕たち自身に向けたものだった。

 女子が迎撃兵器をやめる方法はひとつだけ。――妊娠すること。
 これは「司令部」の規則だから逆らえない。大人たちはそれに沿った上で、なるべく女の子たちの負担が減るシステムを作り上げた。それが迎撃学校だ。
 一クラス三十六人のうち男子と女子が十八人ずつ。男子の役目は女子に平和な日常を提供すること。そして、できるだけ早く妊娠させて、退役させてあげることだ。
 そのために僕たち男子は十八人ずつ集められて、女子と一対一のカップルになった。
 僕は今でもはっきり覚えている。初めて会ったときの、クミの頭の固さを。
「よっよろしくお願いします!」
 そう言って二人とも真正面から礼をして、ごちんと頭をぶつけた。
「あっつー……」
 涙目で見なおすと、クミも頭を押さえてしゃがみこんでいた。初めて同級生の女の子を見た僕は、彼女が迎撃兵器だなんて信じられずに、思わずその頭を撫でていた。
「大丈夫? たんこぶできた?」
「えっ……だ、だいじょぶです……」
 クミは照れくさそうに僕の手を避けて、さらりと言った。
「脳は耐衝撃四万Gのソリッドになっちゃってるから……」
「え?」
「あ、その、すっごい石頭ってことです。大砲当たっても大丈夫みたいで……変ですよね」
 伝染病だと告白するような、おびえた顔をしていた。そうだ、この子は今は人間じゃなくて、人権もないんだ――そう思うと、かえってかわいそうになって、僕はもう一度クミの頭に手を当てていた。
「でも、痛みはあるんだよね」
「……はい」
 不思議そうにうなずいたクミに僕は笑った。
「痛かった?」
「すっごく痛かったです!」
 僕たちは頭を押さえて、たははという感じで笑いあった。
 その時から、僕とクミは付き合い始めたんだ。指令カップルとしてだけじゃなく。
 不思議なことに、セックスのパートナーとして引き合わされたはずなのに、それを強制する決まりは何もなかった。だから当然、会ったばかりの僕たちは、全員、一度も休暇室を使わないまま、最初の出撃を迎えた。
 一週間後に彼女たちが帰ってきて分かった。女の子たちはみんな、心も体もぼろぼろになっていて、それを受け止めるためには、視線や言葉なんかじゃ全然足りなかった。わざわざ規則で強制されるまでもなかった。
 抱いてあげるしかなかったんだ。
 僕もクミと初めてのセックスをした。最初、クミは目に刃物みたいな光をちらちらさせながら僕にのしかかり噛みつき、しばらくすると赤ん坊みたいにわっと泣き出して僕にしがみついたままいつまでも離れなかった。それは、昔の戦争の兵士たちと、一緒の反応なんだと思う。迎える僕たちは慰安婦だ。――慰安夫、かな。
 それ以来、僕たちは女子の休暇のたびに、盛大にセックスしている。
 女とやりたいよなあ、と仲間うちでふざけて言っていた頃が懐かしい。今は女子がいさえすれば、一日何回でもエッチをする機会がある。それは全然愉快じゃない。とにかく問答無用でセックスしなければいけないというこの環境は、皮肉にも僕たちをずっと品行方正でストイックにした。
 女子は援助交際やコンパなんかしている余裕はない。そんな浅い付き合いでは癒されない。必死になって僕たちを求める。僕たちも遊び半分でそれを受けられるほどスレてない。全身全霊を傾けて女子たちを迎えてやる。一生懸命彼女たちを妊娠させようとする。相手できるのは一人がせいぜいだ。だから大部屋一室でセックスしながら、乱交には絶対にならない。――たった一人のパートナーでさえ、泣き喚いて血を吐いて暴れまわることがあるのに、二人も三人も抱く余裕なんか誰にもない。
 ここにあるのは、安っぽいマンガや小説からはかけ離れた世界だ。女の子の弱みを握った男子たちが、集団でその子を輪姦する――そんなことはありえない。現実は逆だ。女子が男子を計る。女子が襲う。女の子が犯しに来る。それだけ追い詰められておびえている。
 高まった恐怖が、今回も噴出した。
 休暇の四日目、学校の一階西側男子トイレがグラウンドに向かって爆発した。
 爆心にはカオリが立っていた。駆け付けた僕たちと担任は、服が炭化して裸になったカオリが、ぐずぐずの白い陶器みたいなものを胸に抱いているのを見た。
「か、カオリ、それは?」
「んーん? これえ? ふふ、ごみだよ。ただのごーみ」
 カオリは、いたずらが見つかって開き直る子供みたいな、ささくれだった笑い声で言った。
「役立たずのごみ。いつまでたっても私を妊娠させてくれないごぉみ」
 十八分後に「司令部」から工兵大隊のヘリが来て、ひっきりなしに笑い続けるカオリにエポキシ樹脂をぶちまけて、高さ三メートルの即席のピラミッドに仕立て上げて、生乾きのまま大急ぎで回収していった。それきりカオリの音沙汰は途絶えた。
 そう……兆候はあった。今回の休暇で帰ってきたとき、カオリは誰よりも長くケンヤにしがみついてセックスをせがんでいた。その後ケンヤは、授業もまともに受けられないほどうろたえていた。
 早く妊娠したい、妊娠して退役したい――そういう思いばかりが先走って、カオリはケンヤにせっついたんだろう。応えてやれない不甲斐なさにケンヤは動揺し、カオリは切れてケンヤを殺してしまった。
 でも、そんなことがあったにも関わらず、僕たちはほとんど動揺せずに、それぞれのパートナーと、表面上は楽しげな休暇の生活を送った。
 他人事だと思ったわけじゃない。僕たち男子だって全員、自分のパートナーが、カオリと同じように高圧の不安を溜め込んでいると、とっくに気付いている。ただ――自分たちは好きあっているから何も起こらない、そう信じようとしているだけだ。
 それに、いま始まったことでもない。
 半世紀前の学生が醤油をがぶ飲みして徴兵を逃れようとしたみたいに、今の女子たちもなんとかして戦いから逃れたいと思っている。カオリみたいな子は初めてじゃない。今までに何人もの男子が、女子に殺されたり、さらわれたりした。
 僕たちはそういうことに、とっくに慣れて、麻痺していたんだ。

 休暇には、女子の定数を揃えるっていう意味もある。
 うちの女子の隊は、ヤヨイが死んで十七人になった。その補充が来たら休暇が終わるはずだった。でもカオリとケンヤもいなくなったから、その分も補充する必要ができて、少し休暇が伸びた。――教室にぽっかり開いた穴は、コンビニの棚に商品が並べられるように、こともなげに埋められる。「司令部」にはそれをごく機械的にやってのける力がある。でも、穴が埋まるまでの日数は着実に長くなっている。――それは全国の学生の残り人数を表しているのかもしれない。
 今回ヤヨイの補充が来たのは十日目だった。それほど遅れたのは今までにもないことで、おかげで初日の検査の結果発表と重なってしまった。
 生暖かい薄曇りのその日、担任が見慣れない女の子をつれて教室に入ってきた。くるくるカールした髪型の気の強そうなその子は、エリコです、と短く挨拶すると、あとは無言で席についた。
 その後の発表で、教室が沸いた。
「今回は陽性が一人いたぞ。――チナリ、おめでとう」
 がたん、と椅子を倒してチナリが立ち上がった。目をまん丸に見開いたまま、委員長らしくもなくどもり気味に言う。
「わ、わた、私がですか? ほんとに?」
 みんながくすくす笑った。アカネがチナリの背中を叩いた。
「おめでと」
 わあっ、とみんなが声を上げた。拍手と口笛の嵐。チナリは戸惑ったように教室を見回して、カケルと目を合わせた。カケルが片手を軽く上げていた。
 それを見ると、新婚のお嫁さんみたいにほっぺたを明るく染めて、嬉しげにうつむいた。
「可愛い赤ちゃん産めよ」「いいなあ」「元気でね」
「ありがとう……」
 そんな騒ぎの中に、そっけない声が投げられた。
「きっも。信じらんないわ、無理やり妊娠させられて喜ぶなんて。なに考えてんの」
 歓声がすっと消えた。みんなが見つめたのは、さっき来たばかりのエリコだった。
 エリコは机にひじを突いてかったるそうによそを見ながら、もう一度言った。
「馬鹿じゃないの。大人に迎合しちゃってさ」
「……ちょっとあんた、何が言いたいの」
 アカネがにらみつけた。エリコは鼻先で笑う。
「あんたたち、忘れたの。ここで男とやるのは大人の命令だからでしょ。なに喜んでんだか。おめでとうだなんて虫酸が走る」
「命令だからやってるわけじゃないよ!」
 叫んだのはクミだった。エリコのすぐ横から立ち上がって身を乗り出す。
「あたしはユウジくん好きだよ? 好きだからエッチするんだよ、赤ちゃんほしいんだよ! みんなもきっとそうだよ!」
 なんだこいつは、という顔でクミを見て、エリコはひとこと吐き捨てた。
「……お子様」
「おっ、お子様じゃないもん!」
「なんでもいいよ、それじゃあんたは好きにすれば。私はしないけどね」
 そう言って、気掛かりそうにエリコを見ているタクマを、冷たい目でにらむ。
「私は、セックスなんかしない。あんただっけ、私のパートナー。残念だったね、やれなくて」
「……ムッカつくう、なにその偉そうな態度!」
「待って」
 立ち上がりかけたアカネを、チナリが押さえた。
「エリコ、だったよね。あなた、ソーティー数は?」
 面食らったように顔を上げて、すぐにエリコは視線をそらした。
「……まだよ。ここが初めて」
「まだなの?」「実戦経験ゼロ?」
 女子たちが驚いたように言った。エリコは唇をゆがめて言い返す。
「わ、悪い? 馬鹿にしたかったらしろよ。でもそれとこれとは関係……」
 言いながら女子たちを見たエリコが、ふっと口をつぐんだ。
 女子たちの視線が変わっていた。敵意じゃない。軽蔑でもない。うらやみと憐れみだった。
「そっか、まだ知らないんだ」「じゃあ仕方ないか」「すぐ分かるよ」
「分かるって何が! 分かりたくもないよ!」
「分かりたいかどうかなんて関係ないの」
 アカネまでなんだか優しい顔になっていた。構う必要もないとばかりに、エリコからチナリに目を向ける。
「でも、ここにルーキーを送ってくるなんてひどいよね。「司令部」も何考えてるんだろ」
「そうね。やっぱりそれだけ余裕がないってことじゃ……」
 そう言いかけて、チナリはくるっと窓を振り返った。
 同時に、アカネとサクラコとクミとユカリとレイカとチエとハルミとミヤとツキエとアイラとナミカとリクとナギサとミノリとサキが、完全に揃った動きで窓を見た。
 そんなことは初めてだった。僕たち男子は驚いた。鈍い担任が半笑いで聞く。
「なんだ、ジャズダンスか何かの練習――」
「サクラコ?」
「聞こえる。レンジエイティー、エンジェルナイナー、マックスリーポインセブン、ヘディングワンオーワン。機種不明、分解能限界」
「連動。サキ、チエ、ミヤ、アイラ、干渉計測」
「ツー・ワン・マーク」
「ブリップスリー、ティーイーヴィーブラック、C.L.S.タイプフォアツー、C.L.S.タイプツーワン」
「Order! Dolly to GCI, Motor open, Arms open, Scramble!」
 チナリの言葉の最後は完全な英語だった。それを聞くと、女子たちは一斉に両腕を広げた。知ってる。僕たち男子は反射的に教室の前と後ろに走った。
 ライトブルーのブレザーを破って、女子たちの背中から、巨大なイルカのひれのような湾曲した翼と、ロケットモーターが突き出した。担任が腰を抜かす。僕たちも息を飲む。いつも出撃の日に屋上で見る飛行変態。それを教室で始めるなんて、一体何が……
「クミ、どうしたの!」
「C.L.S. approaching our wararea base....しっ、シーリンシャンが来てるの!」
 あわててクミは言い直したけれど、もう日本語のほうがぎこちなかった。クミの背中には翼に加えて、雨傘ぐらいあるメッシュのパラボラアンテナが生え始めている。
「避難して! もう一分ぐらいで来るから!」
「それほんと?」
 エリコだった。彼女だけは姿を変えないまま、信じられないような顔で、変態する女子たちを見ている。
「わた、私はどうすれば……Wing Armed!」
 言ってから、はっと自分の口を押さえた。意識せずに言ってしまった、という感じだった。それを見ると、チナリがかすかに微笑んだ。
「出撃準備完了なのはいいけど、あなた、まだ私たちのスコードロンに入ってないよね。データリンクも聞こえてないでしょ。……入る?」
 エリコは助けを求めるように周りを見た。でも、彼女がすがれる相手はいなかった。いるのは、見守るだけの男子と、僚機でしかない女子。
 逃げ場はなかった。エリコはつばを飲み込んで、小さくうなずいた。
 チナリがつぶやく。
「ERIKA joinup our SQDN. Dolly make, Squawk 3215, Order snipe....前衛はまだ無理。長距離支援に徹して」
「...Wilco.」
 緊張した顔でエリコはうなずいた。――その背中から、めりめりと音を立てて、翼と長い砲身が現れた。
「みんな、早く!」
 アカネに声をかけられて、僕たちは戸惑った。こんな内陸までシーリンシャンが来るなんて、聞いたことがない。訓練でしか入ったことのない防空壕に、ほんとに逃げるべきなのかどうか……
 窓の外がかげった。そちらを見た僕たちは、腹の底まで震えた。
 減速の衝撃波がどんと校舎を揺さぶった。太陽の光を遮って、自動車ぐらいの速度で悠然と上空に侵入してきたのは、間違いなく、テレビや新聞で何度も見たことのある、あいつらだった。
 魚のような流線型のボディを、カブトムシそっくりの色つやの肌で覆い、頭部から尾部までずらりと並べた三列の衝角をうごめかせ、小さな単眼でじろじろと見下ろす、三十メートルほどの二体――格闘捕食型の第四種シーリンシャン。
 そして、その二体に挟まれている、家ぐらいの肉団子を数十個連ねたような、百メートル近い体長の生白いやつが、指揮爆撃型の第二種シーリンシャンだった。
 昆虫の女王のように守られて校舎の上を横切りながら、そいつは体節の最後のひとつを自切した。白い塊が隕石のようにグラウンドに降って来た。――と思った瞬間、女子たちが一斉に飛び出して、僕たちの前の窓際に立ちはだかった。
 ザザーッ! と砂利を鉄板の上にあけたような音がした。思わず顔をかばった僕たちがおそるおそる目を開けると、信じられないような事が起こっていた。
 窓ガラスはかけらも残さず砕け散っていた。その手前に、ユカリとハルミとナミカがこちら向きに立っていた。アゲハチョウみたいに大きく翼を広げていて、彼女たちが振り向くとその表側が見えた。ガラスとシーリンシャンの散弾がびっしりと食い込んでいて、ぞっとするような状態だった。
 校舎中からすさまじい悲鳴が聞こえてきた。
「みんな、大丈夫?」
 僕たちはかくかくうなずいた。チナリが出口を差した。
「早く逃げて。あいつらをやっつけに行くから」
 そう言ってから、チナリはちょっとだけ微笑んだ。その次に言った言葉に、女子のみんながうなずいた。
「ほんとは、このクラスだけ守っていたい。……でも、そうはいかないから」
 僕はクミを見た。クミは崩れ落ちた窓から身を乗り出して空にアンテナを向けていたけど、まるで僕の視線を感じ取ったように振り向いて、えへへ、と笑った。
 僕たちは廊下に駆け出した。間髪入れず教室から、十七人分の固体ロケットモーターの乾いた爆音があふれ出してきた。





C.L.S.IV-1、C.L.S.IV-2、C.L.S.II-1の三体による
第15258戦域防衛拠点受襲時における
戦域要撃飛行隊クライベイビー・ブレッシド
(15258thWAB_32ndSQDN_squawk3201-3218,3203D)
の緊急要撃記録

作 戦 参 加 機 体
指揮機 
副指揮機 

斥候機 
斥候機 

要撃機 
要撃機 
要撃機 
要撃機 
要撃機 
要撃機 
要撃機 
要撃機 

支援機 
支援機 
支援機 
支援機 
支援機 

遊撃機 
3208チナリ
3204クミ

3206サクラコ
3210ナギサ

3202アカネ
3203カオリ (D)  
3209ツキエ
3211ナミカ
3212ハルミ
3213ミノリ
3216ユカリ
3217リク

3201アイラ
3205サキ
3207チエ
3214ミヤ
3215ヤヨイ (D) → エリコ

3218レイカ


・C.L.S.三体の感知識別同定と同時に、第三十二飛行隊クライベイビー・ブレッシドの3201から3218は迎撃変態を開始。欠番は3203カオリ、3215ヤヨイ。ただし3215は即時補われた。飛行隊内及び地上要撃管制とのデータリンクを確立、全機体の武装と機関に異常なし。

・C.L.S.三体は高度千でWAB上空に侵入、うちC.L.S.II-1が五トン級スプラッシャーを投下。民間人死者六十九、負傷二百五十九。第三十二飛行隊に損害はなし。

・C.L.S.三体のローパス後、第三十二飛行隊は作戦行動を開始。
 指揮機3208チナリの配下で、長距離支援機の3201アイラ、3205サキ、3207チエ、3214ミヤ、3215エリコ、斥候機3206サクラコ、及び遊撃機3218レイカが急速上昇、上空展開。八十ミリ速射砲による誘導砲撃を開始。市街地への流弾による民間人死者五。

・緩旋回中だったC.L.S.三体のうち、格闘型C.L.S.IV-1、C.L.S.IV-2が反応。八十ノットから二百ノットに増速、3208以下八機に対して、爆散衝角弾による散発砲撃。遊撃の3218レイカが膜状アブソーバ展開、衝角弾を無効化、同時にC.L.S.IV-2を包囲して一時的に盲目化。C.L.S.IV-2は百五十ノットで市街地に不時着、民間人死者十二。

・C.L.S.IV-1への一点集中攻撃。3208らは砲口径を拡張、上空3206サクラコの弾道計算に従い、百ミリAPDSにて二キロの距離から、C.L.S.IV-1の単眼中心の直径二ミリの水晶体を狙撃。六十二発目が命中、水晶体破壊。C.L.S.IV-1は自爆シーケンス作動。

・市街地から駆逐するための誘導砲撃を行う直前、六キロ離れたC.L.S.II-1から攻撃精子約三千七百万体が飛来。3208らはC.L.S.IV-1への誘導砲撃を断念、砲種をナパームブロワーに変更、火炎放射にて攻撃精子を焼却。

・C.L.S.IV-1、河川敷上空にて自爆。爆散衝角弾は大部分が無人地帯に着弾。民間人死者十五。

・C.L.S.IV-2、アブソーバを破壊して再離陸。この際3218レイカが接触、右主翼及び上腕破損。機能停止百三十秒後、自力で再始動。

・C.L.S.IV-2、索敵後3208らを発見。増速六百ノットにて無砲撃接近。3208らは火炎放射中につき、有効兵装なし。

・3208から四百メートルの地点で、高速接近するC.L.S.IV-2に向かって、低空迂回していた別働隊がビル陰の地上から垂直砲撃。奇襲成功、C.L.S.IV-2の爆散衝角の約三十パーセントを破壊。C.L.S.IV-2は損傷を受けて反転、退避三キロ。

・別働隊が上昇、追撃。構成は3202アカネ、3209ツキエ、3211ナミカ、3212ハルミ、3213ミノリ、3216ユカリ、3217リクの要撃機七機。上空二万四千に滞空する斥候機3210ナギサがGCIとの中継を確保。指揮は3204クミ副指揮機。

・C.L.S.IV-2は退避しながら爆散衝角を成長組織ごと自切。活動状態を維持したままの衝角は空中で超急速適応、飛行能力を会得。計二十六体が3204クミらとドッグファイトを開始。3211ナミカが接触し墜落、胸郭及び骨盤破損。機能停止五百四十秒、自力で再始動。ただし、激突した都市高速橋脚の残骸から抜け出すのにさらに百五秒。
 飛行衝角に対し、3204らは固体ロケットモータの増数と副翼展開で対処。最大三十五Gの高機動で回避しつつ、二十ミリ機関砲にて飛行衝角の体皮を切削破壊。三分四十二秒後、二十六体全体撃墜。消費弾数五十八万四千二百十五発、跳弾・流弾による民間人死者三十四。都市ガスタンク炎上一基。

・C.L.S.IV-2本体は逃走を開始。高速飛行形態に回帰、千三百ノットに増速。3204らはスクラムジェットブースターを形成、超音速飛行。追跡八分後、高度八万二千にて再捕捉。反動兵器を使用すると姿勢維持が不可能になる高度だったため、X線レーザービーマを形成。C.L.S.IV-2の単眼を焼却、自由落下後に自爆させた。高出力レーザーの発振熱により3202と3216が十秒から三十秒間、機能停止。他の機体も外観に著しい欠損を生じた。
 後、三百十五キロ離れたWABへ全力帰投。

・3204クミらがC.L.S.IV-2を追撃する間、3208チナリらは残るC.L.S.II-1に阻止砲撃を敢行。C.L.S.IVの三倍の体長を持つC.L.S.IIは、支援機による長距離砲撃では撃墜できない。C.L.S.II-1は旋回しながら二度体節を投下。民間人死者五百六十八。

・十分二秒後、3204クミらが帰還。全十七機にてリフォーメーション。鎌形に展開、前衛に要撃機七機、後衛に支援機五機が配置。側方移動しつつ総力攻撃。支援機は百ミリHEATと六十六ミリ高運動ミサイル全発同時発射。要撃隊は主翼のプラズマガスバーナを点火して波状突撃。

・C.L.S.II-1、部隊に向けて体節を投射。要撃隊は回避、迂回後にC.L.S.II-1第一から第八肢翼に接触攻撃。第二、三、八肢翼の切断に成功。ただしこの時、後方の支援機らは体節回避のためポジションを失っている。

・C.L.S.II-1、その時点での最終体節を、自切しないまま・・・・・・スプラッシュ。支援機からの情報がなく、3204と要撃七機は予測していなかった。反射行動を起こし、翼面を機体に巻き付かせて防御、散弾に耐え切る。が、飛行能力を喪失。
 自由落下する八機に、C.L.S.II-1、残った肢翼による打撃攻撃。衝撃加速度四万二千G超。3209と3217が機能停止十八秒、幼稚園園舎に墜落、民間人死者四。

・支援機3215エリコ突出。要撃機らの防御のため機能外の膜状アブソーバを生成しようとし、変態器官のジャミングを誘発、操舵能力喪失。C.L.S.II-1から二百メートルの距離で無回避直線飛行。

・C.L.S.II-1、攻撃精子射精。約二万五千体。

・指揮機3208チナリ、ロケットモータ全点火。3215の防御ポジションに入ってナパームブロワー発射。回頭間に合わず、攻撃精子被弾。二万四千体焼却、残千体を吸収。
 3202アカネ他要撃五機、主翼バーナを最大出力で加熱して接触攻撃、衝撃で全機主翼脱落、墜落。続いて支援四機、百ミリAPDSを限界初速で斉射、反動で全機墜落。
 C.L.S.II-1、頭部を切開された瞬間に内部水晶核にAPDSを被弾。即死、墜落。残八体節がスプラッシュ、直下より半径三百メートル内の人工物は全損。ターミナル駅、デパート等の崩壊により、民間人死者七千二百五十一。

・3215エリコ、3208チナリを空中回収。が、3208は攻撃精子によって著しく娠蝕され、回復不能。3215、行動放棄。

・3204クミが合流。3208、指揮権を3204に委譲後、自決宣言。
 3204、C.L.S.II-1の繁殖防止のため、主翼バーナにて3208を切断、同時に焼却。


・以上で第三十二飛行隊クライベイビー・ブレッシドの作戦行動は終了。戦果三。
・第三十二飛行隊は小破十六機、全損一機。
・敵戦略目標は第三十二飛行隊そのものと推察される。よって作戦戦果判定は中勝。
・全軍戦況に対する戦略的利得度は千分の四。





 ……暗い防空壕の中にただ一基置かれた外部監視用のカメラで、僕たちはガタガタ震えながら戦いの有様を見ていた。
 とてつもなかった。野生動物みたいに体をくねらせて空を駆けずり回る、巨大なシーリンシャンを相手に、女子たちは一歩も引かなかった。戦車みたいなものすごい大砲を何度も撃ち、機関砲の奔流を空に走らせて、白い衝撃波の輪をいくつも突き破りながらマッハで翔け、赤茶に光るシーリンシャンを叩き落した。
 飛び去ったかと思ったら戻ってきて、白い巨大なボスに一斉に襲いかかった。砲撃、ミサイル、翼の刃……反撃も強烈だった。自分の体の一部を爆発させたり、バスケットコートぐらいある翼を叩きつけたり。女子が吹っ飛ばされ、ハチの巣になるたびに、いてもたってもいられず僕はおびえにおびえた。
 最後にチナリが白いねっとりした煙みたいなものを浴びてからは、すごかった。女子の半分が真っ白に熱した翼で総攻撃して、もう半分が、自分が逆に吹っ飛ぶぐらいの威力の弾を撃ちこんだ。シーリンシャンのボスは墜落して、粉々になった。僕たちは歓声を上げた。
 そして防空壕を出てから、知ったんだ。
 奇跡的に残った学校の回りは、一面の瓦礫の山だった。後で分かったことだけど、七千九百五十八人が死んだ大惨事だった。それよりもなによりも、僕たちはクミからショックを受け取った。
 空からグラウンドに降りてきた女子たちが音を立てて翼をしまう。その中心にいたのは委員長のチナリじゃなくて、クミだった。出迎えた僕の前にうつむきがちにやってくると、クミはそのまま僕の手を引いて、休暇室のある校舎の方へ行こうとした。
「クミ? 委員長は?」
「……言わなきゃ、いけないよね」
 足を止めると、クミは振り返って、カケルのほうを見た。嫌な予感がした。
「……チナリ、死んだよ」
 カケルが全身をこわばらせた。僕も思わず聞いた。
「死んだって、どうして? 勝ったんじゃないの?」
「勝ったよ。みんなが必死にやったから。……でも、チナリはその前に攻撃精子に犯されちゃった。ほっとくと幼生が生まれてチナリを食べちゃうから――」
 クミはせき込むように短く言った。
「あたしがコロした」
「……クミ」
 僕はクミの頭を抱きかかえた。そばにカケルがやってきた。クミを見下ろして、どす黒い力のこもった視線を突き刺す。
「クミ……おまえが……」
「待てよ、カケル」
 ヒデユキが後ろからカケルの肩をつかんだ。同じように苦しげな顔をしていた。
「おまえもカメラ見てたろ。いいんちょ、誰かをかばってシーリンシャンの前に出たんだよ。悪いのはそいつだ」
「……誰だ?」
 カケルが女子たちを見まわした。おかしなことに、誰も答えなかった。みんなうつむいて、それでも目は逸らさずに、じっとカケルを見上げている。
 一人だけ、目を逸らしていた。カケルは気づいてしまった。
「そうか。……おまえだな、エリコ」
 ぴくっと肩を震わせて、おずおずとエリコは顔を上げた。
「……そう、私のせい、かな」
「なんだと?」
 カケルは大またにずかずか歩いて、エリコの胸ぐらをつかみ上げた。エリコは目をきつく閉じて顔をそらす。でも逃げようとはしない。
 今にも殴ろうとこぶしを固めたカケルに、今度は別の人間が声をかけた。さっきエリコとケンカをしたばかりの、アカネだった。
「カケル、やめなよ。エリコだってふざけたわけじゃない。近づきすぎた要撃機の援護をしようとして突出してきたんだ」
「要撃機って、誰だ!」
「私。私とあと六人いるよ。その私たちは前衛に出てチナリたちを守ろうとしたの」
「じゃあ、じゃあ誰の責任なんだ! もう少しで退役できたチナリを、俺のチナリと子供を殺したのは誰なんだ!」
 叫んだカケルに、アカネは首を振ってみせた。
「誰にも。誰にも悪意なんかない。みんなが必死にやって、それでも犠牲が出ちゃっただけ。ここはそういう場所で、私たちはそういう戦争をしてるの。……早く分かって。これが私たちの日常」
「くそっ……くそおお!」
 カケルはがっくりと膝を突いて、大声で泣き出した。それを見下ろしながら、エリコも虚ろな声でつぶやいた。
「なんだよこれ……こんなのひどすぎるよ。なんで私たちが、こんな……」
「生き残っただけマシだろ」
 誰かの声に、エリコはぼんやりと振り向いた。
「そうだな。生き残っただけ、マシ……」
 両手の手の平に目を落とす。
「人殺しになったことぐらい、たいしたことじゃない……私……私が!」
 声をのどに詰まらせて、エリコはうめいた。
「私殺したんだよ、下に人間がいっぱいいたのに構わず撃ちまくって、何十人もズタボロにして殺したんだよ! 殺しちゃうんだどうしても! 私がこの手で……」
 手の平を見つめてぶるぶる震えているエリコに、男子たちの中から誰かが近づいた。ヤヨイを失ったタクマだった。タクマは手を出さず、ただ聞いた。
「エリコ……耐えられるか?」
「……ううん」
 エリコは手の平から目を離して、タクマの顔を見上げた。まるで触れると相手を汚してしまうと思っているみたいに、両手を少し引いた。
 タクマはその手を追いかけて、しっかりと握り締めた。
「ヤヨイと一緒だ。……あの子も、手についた血を洗いたがってた」
「お……お願い。どうにかして。私……気が狂いそう」
 エリコはタクマの胸に進み、タクマがそれを抱きしめた。
 クミも僕の腕に顔を押し当ててきた。ぎゅうっと抱きついたまま、服に染みこませるみたいにつぶやいた。
「ユウジくん、また……お願い」
「うん」
「チナリがね、チナリが……震えてたの。死にたくないって子供みたいに怖がってた。でも逃がすともっと苦しんで死ぬことになる。あたし、泣いてるチナリをまっぷたつにしたの」
 クミはがじっと僕の袖を噛んだ。
「……いや。いやいやいやいや。早く、早く忘れさせて」
「うん、うん」
 僕たちは雪に震える羊の群れのように固まって、休暇室に向かった。

 いつもの休暇で女子を迎えるとき、僕たちは多少とはいえ、期待し喜んでいた。
 今日はみんなそんな気分じゃなかった。目の前で人や町が壊れていったショックで、呆然となって、苦しくなって、ただそれを忘れたい一心で、無我夢中でお互いの肌を求め合った。
 煤煙で曇った空の下、薄暗い休暇室のざらざらする布団の上で、僕はクミの焦げた服を引きちぎり、クミも僕の背に爪を立てて、いともあっさりとシャツをずたずたにした。
 キスもただのキスじゃ全然足りなくて、唇から顔全体、肩や胸やおなかや、体中全部に唇と指を押し付けまくった。
「クミ……ぺっ、ほこりだらけ」
「ユウジくんも、汗くさいよぉ」
「仕方ないだろ、防空壕暑かったんだから」
「しょっぱい、べたべたする……」
 そう言いながらも、クミは片時も唇を離さずに、僕の鎖骨や乳首をちゅうちゅう音を立てて吸った。そんなクミの頭も鼻が痛くなるほど火薬くさかったけど、髪はまださらさらと柔らかくて、鼻を押し付けるとほんのかすかに、甘いシャンプーの匂いが残っていた。
 それだけで僕は猛烈に欲情した。
「クミ、したい」
 ちっちゃなクミの体を抱きしめて、僕は股間をぐいぐいとおなかに押し付けた。クミの腹筋が震えた。肌越しに直接子宮に突き刺してほしいとでも言うように、自分からぐっとおなかを押し付けてきた。
「し、して。ユウジくんの硬いので刺して……」
 手加減なんかまるで意味がないと知っていた。僕はクミの両足を高く抱え上げて、柔らかいあそこをむき出しにさせた。濡れているかどうかも確かめず、ズボンを脱ぐのももどかしく、そこに力を込めてねじ込んだ。
「ひぐぅ……」
 あごを突き上げてクミがうめく。あそこは泣いているように潤んでいたけど、そのぬめりをこそぎ落とすように僕は突きこんでいた。ぐいぐいと動き出す僕の耳にクミがささやく。
「痛ぁい……よかったぁ……」
「いいの?」
「うん。こんなあたしでも、まだそこは痛いんだよ……」
 見た目と感触だけは普通の女の子とちっとも違わない、ふよふよの太ももを大きく開いて、クミは柔らかくて弱いあそこを僕に押し付ける。
「ねえ、今ならあたし銃弾一発で死ぬんだよ。人間だよね、ただの女の子だよね」
「うん、うん。クミは女の子だよ。すげー可愛い女の子だよ……」
「可愛い?」
「もちろん、めちゃくちゃ、死ぬほど」
「ユウジくぅん……」
 じゅわっと一気にあそこが熱くなった。クミの喜びが分かる。
 細い腕と肩を布団に押さえつけて僕はクミを激しく犯した。おなかとの境目もはっきりしないような小さなおっぱいに歯を滑らせて、噛んだ。泣き声を上げてクミが暴れる。
「いたい、そこいたいぃ……」
「だって、クミ柔らかいんだ。優しいんだよ」
 ふっくらした乳房の脂肪が歯の間で逃げて、薄い肌に犬歯が引っかかった。カリッと傷ができて血の味がした。
「きゅううっ……」
 クミが両手をぐっと握り締めて、ビクッビクッと震えた。その瞬間、僕はどっと息を吐きながら射精していた。
「クミっ、受け止めて!」
「ああん!」
 僕の体をはじき飛ばしそうなほど激しく腰を震わせて、クミがイった。あったかい体の中がひくひく揺れて僕の精液を飲み込んでいた。
「ユウジくん……ありがと……」
 殺されても文句を言えないほどの無防備さで、僕たちは完全に弛緩して抱き合った。僕はクミのうっとりした横顔を見つめた。クミは薄く微笑み返してから、ふと視線を動かした。
 何かを探している。やがてクミが目を止めたのは、窓際でぼんやり空を見上げているカケルだった。
「カケルくん……さみしいよね」
「……ああ」
 答えたものの、僕は自分にできることが何もないと知っていた。カケルとチナリはクラスでも最高のカップルだった。今のカケルは深い穴みたいなものだろう。声をかけたって、全部どこかに……
 クミがするりと起き上がった。
「クミ?」
 クミは汗ばんだ肌をさらしたまま、膝立ちでカケルのそばに近付いていった。振り向かないカケルに、おずおずと声をかける。
「カケルくん……ごめんね」
「……」
「あたしが憎いでしょ。殺したいでしょ。あたしだけじゃなくて、いろいろなもの全部が憎いでしょ」
「……」
「……それ、ぶつけてくれない?」
 カケルはまだ窓の外を見ていた。――だけど、その言葉が届いたことはなぜか僕にも分かった。クミは神様に仕える尼さんみたいに穏やかに言い続けた。
「あたしたち女の子は、いつも男の子に受け止めてもらってる。あたしも今、ユウジくんに犯してもらって、ちょっとだけ落ち着いた。……だから、そのまたほんのちょっとだけど、カケルくんにも元気を分けてあげられるよ」
「……」
「ううん、チナリを殺したあたしにそんな資格ないかもしれない。でも、それなら……カケルくんの怒り、ぶつけることにして。あたしを攻撃して。それが……あたしのおわび」
 カケルがいきなり振り向いた。その目はぎらぎら光って、僕が逃げ出したくなるほどの、本物の殺意を浮かべていた。でもクミは顔を引くことすらせずに、静かにカケルを見上げていた。
 そして、いつものちょっぴり間の抜けた笑顔で、えへへ、と笑った。
「あたしじゃ立たないかな?」
 カケルが殴りつけるようにしてクミの髪の毛をつかみ、一息にズボンを下げてアレを顔に押し付けた。僕は自分をぐっと抑え付けた。クミは逃げずに、カケルの怒り狂ったものをそっと受け止めて、のどまで飲み込んでいた。
「んく……くひ、くひだけでゆふしてね……」
 カケルがものも言わずにガクガクと腰を動かし始める。クミは四つん這いになって従順にそれを受ける。短い息継ぎの合間に振り向いて、僕に目を向けた。
「ユウジくん、お願いいっしょにして。あたしが逃げ出さないように、後ろから……ふきゃっ」
 どぶっとカケルが精液を吹きこぼした。クミの頬に押し付けられた先端から、白いものがはじけ落ちる。クミは素早く顔を戻して、噴出を口に受けた。
「注いで、あたしでよければ……ほんとは嫌だよね」
 びくびくと上下にはねるカケルのものを両手で包んで受け、あふれたものを指で口に押し込む。
「ほんとはチナリに注ぎたいよね。あたしじゃ代わりにもならないよね……」
 がくりと腰を落としたカケルをさらに追いかけて、あぐらをかいた股間にクミは顔を突っ込んだ。
「だから、処理するだけでいいから。カケルくんの中で暴れてるもの、全部出しちゃって。今だけ、あたし使われてあげる……」
 言葉通り、クミはカケルの精液をすべて飲み干そうと、一心にフェラチオを続けた。
 それを見下ろしていたカケルの目に、ようやく人間らしい光が戻ってきた。クミの幼い顔と僕の顔を交互に見つめて、情けなさそうにつぶやく。
「ユウジ……すまん。俺、腹が立って……俺……」
「いいよ」
 僕は立ち上がって、クミの小ぶりのお尻の後ろに膝をついた。
「みんなそうだから、さ。……僕たちのセックス、忘れるためのものだろ」
「悪い……」
「今日はクミに甘えなよ。クミも忘れさせてほしがってる」
「分かった」
 うなずくと、カケルはクミの頭に優しく手を置き、もう一度腰を押し付け始めた。言葉も出せずに体をくねらせるクミの後ろから、僕も体を寄せ、桃みたいにまるい二つのふくらみの間のひだに、深く埋まっていった。胸が震えて、涙が出た。
 部屋じゅうでみんなが泣いていた。うつぶせのサクラコの白い体に、ジュンがぴったりとくっついてうめいていた。ヒデユキにまたがったアカネがわめきながらはねていた。エリコも、タクヤのたくましい体の下で、声と音の混じったあえぎを叫んでいた。
「アはっ、やって、もぉっと、おくまで! きつく、ひィん、殺して!」
「え、えりこっ、ふっ、ふぐっ!」
「んひゃああっ!」
 離れた僕のところからでも、エリコのあそこからどっとあふれたタクマの精液が見えた。二人の震えは完全にそろっていた。
「チナリ……チナリぃ……」
 目を閉じて涙を流していたカケルも、二度目の射精をクミにぶちまけた。ごぼっとクミののどにあふれた精液の音が、体の中を伝って僕のものにまで届いたような気がした。受け止めるクミの痙攣に合わせて、僕もまたたくさんの流れをクミの中に放った。
「クミ……僕のだよ……」
「んふぁ……熱ぅ……」
 ほこりと粘液でどろどろになった顔を傾けて、クミが熱いつぶやきを漏らした。細いクミの体の中ですべての筋肉が何度も収縮して、僕の腰の周りにぴしゃっとあそこがしぶきを噴いた。
 みんなが声を上げていた。
 戦いのさなかには決して人間の言葉を使わない女子たちが、それでも人間であることの証しだった。
 そして、消えていったヤヨイやカオリやチナリへの、男子たちの悼みの声だった。

 出撃は三日後の朝だった。都市部にまで進出してきた敵に対して「司令部」が危機感を抱いたんだろう、欠けた二人の女子と一人の男子の穴は、その三日で埋められてしまった。
 早朝の白い朝日の中、僕たち三十六人は屋上に出た。新しい二人も、たった一度しか戦っていないエリコも、他の女子たちと見分けがつかないぐらいしっかりした顔をしていた。
 エリコはタクマにしゃべっていた。
「私、分かったよ。なんであんたたち男子とあんなことしなきゃいけないのか……必要なんだね」
「……ああ」
「私だけじゃなくて、あんたにも。男子も悔しいんだね。自分たちが戦えなくて」
「……」
「代わりにちゃんとやってくるから。ヤヨイって子に負けないように。……だから、待ってて」
 初日のとげとげしい態度はまだ消えていなかったけど、その下から、素直で強い女の子の顔がのぞいていた。それが、エリコの本当の顔なんだろう。
 最後に彼女は小さな声でつぶやいた。
「ごめん、馬鹿にして」
「いいよ。生きて帰れ」
 二人はしっかり抱き合った。
 僕はクミを見下ろしていた。クミは相変わらずちっちゃくて、頼りなさげで、子猫みたいにぽやっとしていた。
「元気でね」
「うん」
「無理するなよ。危なくなったら逃げろよ。他のみんなに迷惑かけるなよ」
「かけないよぉ。あたし、これでも指揮機なんだよ」
「それが一番心配なんだってば。クミ、すごい方向音痴のくせに」
「う」
 クミはのどに食べ物を詰まらせたような顔をした。それからむきになって手を振り回した。
「ち、ちゃんと指揮できるってば! あたしが迷ってもサクラコとナギサが誘導してくれるって! 絶対、絶対……帰ってくるよ!」
 ほんとに、可愛らしかった。
 校舎のチャイムが鳴った。それは、別れの時を告げる鐘だった。
 僕のキスから離れて、クミが屋上のふちに立った。十七人の女子がその左右に整列する。東の朝日がみんなの髪に透けてきらきら光る。新品のブレザーに包まれたひじが一斉に上がって、一糸乱れぬ敬礼をした。
「第15258戦域要撃基地所属、第三十二飛行隊“クライベイビー・ブレッシド”十八機、ただ今より出撃します。――キョウカ、マリエ、あたしが指揮機のクミです。よろしくね」
 左右の新入り二人が軽くうなずいた。全員が飛行変態を始める。朝日の中に伸び上がる巨大な翼に目を細めて、僕は思う。
 恐ろしい敵、非人間的な「司令部」、無力な大人たち、そんなものに囲まれた世界がここだ。「司令部」を無視して、いっそ反逆して、逃げ出したい時もある。――でも、そんなことをしても敵は消えない。町へやってきてまた大勢の人を殺すだけだ。そしてメンテを受けられなくなった女の子も死ぬ。
 逃げられない。だけど生き残ることはできる。僕たちは生きる。いつかきっと来る平和な日までたどりついてやる。それが僕たちにできる精一杯の反撃なんだ。
 フェリー飛行用のセミラムエンジンの甲高い音が響き渡る。女子たちが次々に浮かび上がる。手を振る僕たちの耳に、口々の叫びが届く。
「行ってきます!」「待っててね!」「浮気すんなよ!」
 その間から、はっきりとクミの声が聞こえた。
「ユウジくん――ずっと、ずっと大好きだからね!」
「僕もだ、クミ!」
 次の瞬間、女子たちはロケットモーターに点火した。どうっと爆風が叩きつけ、僕たちは顔を覆った。
 見上げれば、茜色の空に十八本の真っ白な噴煙が高く高く伸びていく。
 少しだけ、ほんの数日待てば、きっと同じ数の噴煙が戻ってくる。
 戻ってきてくれ。
 僕たちは胸が痛むほど強く願いながら、いつまでも空を見つめ続けた。

―― 了 ――


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