エルフガードの伝令見習い   プロローグ  兵士はいつだって飢えてる。まず勝利に飢えてるし、名誉、金、食い物、それに女に飢えている。戦いで鉄と血の匂いにまみれて帰ってくると、甘い匂いのする女の優しい肌に、むしゃぶりつきたくてたまらなくなっている。  僕は戦わない兵士だけれど、それでも兵士の端くれではあった。だからやっぱり女がほしかった。けれど、そんな宝物が手に入るなんて思ってもみなかった。  それなのに――。  「入れるよ、ジルナ」  僕はささやきかけて、褐色の美しい脚を大きく押し開き、濡れてかすかに輝く赤桃色の小さなひだのあいだに、いきり立ったものを、ぐっと挿入しようとしていた。  そこは熱く潤んでいたけれど、狭かった。腰が押し戻されるような抵抗感がある。「んっ……」と女が歯を食いしばる。僕はひとつ息をついて、もう一度、じんわりと力を込める。  ずるり、ときつい肉の門をくぐり抜けるような感触がして、僕は熱い内奥に入りこんだ。 「んぐうっ……!」  恋人のジルナが、形のいいおとがいを上げて、うめいた。  僕は動きを止めて見下ろす。確かに入っていた。つながっていた。  つかの間、遠い感慨がふっと頭をかすめた。とうとう女を抱いてしまったんだ……。  エルフの村の奥にある、秘密のあずまや。兵団の仲間の兵士たちも、村のエルフたちも、僕がここにいることを知らない。僕が、長い銀の髪と褐色の肌の、尖り耳をへなへなと柔らかく倒した、見たこともない不思議なエルフの娘と二人きりでいることを、誰も知らない。  その子とはつい数日前に出会ったばかりだった。でも短いあいだに何度もキスを交わして、お互いを誰よりも近い人だと感じるようになった。  そうして、服を脱ぎ、生まれて初めて愛の行為を交わしている。  我ながら信じられない出来事だけれど、まぎれもなく現実の光景だった。  魔法のホタル火の光のもとで、薄物をはだけて、黒蜜を塗り付けたみたいに輝く豊かな乳房をあらわにしたジルナが、美しい銀のまつ毛をしばたたかせて、余裕のない低い声でささやく。 「ミ、ミキル……硬い……。うう……殿方って、こんなに硬いの……?」  ふーっ、ふーっ、と懸命に息をついている。たっぷりと愛撫を交わして、お互いに気持ちが高まったところでとうとう結ばれたのだけれど、それでもつらいものはつらいらしい。  僕はすぐにも動き出したい衝動をこらえて訊く。 「やめようか? 無理なら……」 「だめ、動かないで、少しだけ待って……やめたくない」  ジルナが目を上げて、無理に笑みを浮かべる。 「だって、ようやくできたんだもの……こういうこと」  ようやく? それはちょっと不思議な言い方だ。会っていくらもたたないんだから。それとも、僕が初めて女を知って嬉しいように、エルフの彼女もそのことが嬉しいんだろうか?  ジルナには秘密がある。でも今の僕はそんなことを考えていられない。頭の中はジルナの素敵な感触でいっぱいだ。僕と同じぐらいの背丈の、柔らかく豊かな肢体。目の前で上下に息づく大きな丸い乳房と、僕が吸い立てて堅くした、暗い桃色の乳首。押し開いた太腿のたっぷりした肉付き。そして、こわばりを包んでいる濡れ穴の熱さ。 「続けて……ゆっくり……」  ジルナがまた目を閉じる。深呼吸して、懸命に痛みを逃しながら。 「あたしに、あなたを教えて……」 「ジルナ」  僕は雄の動きを始める。徐々に快感が立ち昇る。腰が抑えられなくなる。「あっ、あっ、ミキル、ミキル……!」とジルナが声を上げる。今まで妄想していたよりももっとすごい、濃密な甘酸っぱい汗の香りと、焼けるように熱い肌の感触に、体ごと溶けて飲み込まれていく。  じっくり味わったり、態勢を変えて楽しんだりする余裕なんか、どこにもなかった。僕は初めて知る女の味に酔いしれていた。普段は体の奥底に隠している欲情をむき出しにして、ジルナをむさぼってしまった。  あっという間に背骨の底から、あの強烈な押しとどめることのできない衝動が突きあげて、僕を、言葉をしゃべることもできない獣にした。ジルナの豊かな胸に覆いかぶさるようにして、「あっあっ、くっあ、ジ、ジルっ、あっ」とただうめきながら、がくがくと腰を動かして一気に登りつめていく。  そのときジルナも激しく突きあげられながら、僕の状態を察したみたいだった。「ミっ、ミキル待っ、はっあぅ、待って――!」と声を漏らし、僕の肩を押さえて上へ逃れるような動きを見せる。  そんなことでは押しとどめられなかった。僕はその瞬間、彼女のすべてを支配したような気持ちになっていた。これは僕のもので、僕が好きにするんだ――そんな気分でいっぱいになり、ぎゅうっと抱き締めて、彼女の言葉も動きも押し潰してしまった。 「ジルナっ!」  しっかりと彼女を捕まえたまま、びゅるるるっ! と溜まり切ったどろどろの火の液を、ためらいもなく体奥に注ぎ込んだ。寝椅子の座面に爪先を突っ張って、腰を力いっぱいジルナの股間に密着させ、がちがちのこわばりを肉の中にぐりぐりとねじ込む。 「やぁっ、ミキルぅっ!」  悲鳴のような声を上げて、僕の腕の中で、か弱い体がぐいぐいともがいた。 「ジルナ、ジルナ、ジルナぁ……」  頭の中が喜びと愛しさで塗りつぶされて、僕は頬に当たる彼女の首筋に何度もささやきかける。そうしながら、最上の愛し方だと信じて、尻の筋肉にぐいっ、ぐいっと何度も力を込めながら、雄の種汁をびくびくと止めどもなく放ち続けた。 「ジルナ……はぁっ、はぁ……」   激しく燃え盛った分、あっという間に燃え尽きてしまって、僕はジルナの胸の上でがっくりと脱力した。すると、「ミキル、ひどぉい……」と怒っているようなひずんだ声が聞こえた。  はっとなって顔を上げると、ジルナは目尻に涙を浮かべて、泣き出しそうな顔で、はあはあとあえいでいた。 「待ってって、言ったのに……こんなにめちゃくちゃにして……」 「ジルナ、ごめん」僕はあわてて体を起こす。「痛かった? 僕、がまんできなくて……」 「痛いのもあるけど、そうじゃないのよ、はぁ、もう……」 「ごめん……」  僕はすっかり我に返って、謝りながら体を離そうとした。すると、「待って」と手を押さえられた。 「急におとなしくなっちゃったのね。気が済んだの?」 「う、うん……」  気が済んだというより、ことが済んだから落ち着いたのだが、ジルナはまだそれがわからないみたいだった。「おかしいわ、別人みたい。動物みたいに盛ってたのに」と、くすりと笑って、くいくいと肩を引いた。よくわからないまま、僕はそっと彼女を抱きしめる。 「ん……そうしていて。こういうミキルが好きよ」 「そ、そうかい」僕は戸惑って聞く。「怒ってないの?」 「ちょっとは怒ってるわ。だって、あっという間だったもの」 「それは僕、初めてだから……」 「あたしだってそうよ。初めてだから、ゆっくり愛し合って思い出にしたかったのに……」 「そんな余裕、なかったんだよ。ジルナがあんまり可愛くて、気持ちよかったから」 「よかったの?」くい、と首をかしげて彼女が聞く。「あたしみたいな女でも、あなたはよかったの? ミキル」  ジルナみたいに魅力的な女の子がそんなことを言うのは、やっぱり不思議だ。でも僕は「よかった、すごくよかったよ。溶けちまいそうだった」と熱心にうなずいた。 「そう……よかったのね。だったら、あたしもよかったわ」 「でも、君はいかなかったんだろ?」 「いくって? ああ……気持ちよかったってこと? ううん、いいのよそれは」首を振って、ジルナはちゅっと僕の唇にキスをする。「最初からそんなの無理だって、聞いてたし。あたしは、あなたと一つになれただけで十分」 「ジルナ……」  僕は胸が詰まって、キスをし返す。「もうあんな乱暴しちゃだめよ? ミキル」とジルナは優しく頭を抱いてくれた。  そのあと僕たちは、仲良く抱き合ってキスをして、まるで何もかもうまくいったみたいな親密な時を過ごした。僕の不様な初めての行いは、彼女のおかげでさんざんな終わり方にならずに済んだ。ジルナは僕にはもったいないような、素敵な恋人だった。  彼女と別れて帰る道すがら、僕は改めてこれまでの成り行きを思い返していた。彼女と出会った時も、今夜みたいな感じだった。僕がへまをやらかして、彼女が許してくれる。あのとき、僕は恋に落ちたんだ。それでも、今みたいな関係になれるなんて、思いもしなかった。  あんなに可愛くて優しい子が恋人になって、僕が来るのを心待ちにしてくれる。  それは、ただの伝令見習いの僕にとっては、信じられないようなことだった。   1  険しい峠道を登りつめると、キシュルの谷が見えた。深い森に囲まれた緑の耕地と清らかな湖、それにとんがり屋根の並ぶ整った町並みを目にして、へとへとになりながら岩だらけの道を登ってきた兵団が歓声を上げた。 「見よ、我らの第二の故郷だ! あと一息で帰り着けるぞ!」  巨体のドンベス兵団長が馬の上から励ましの声をかけると、隣に並んだエルフの軍監、トーラン卿が付け加えた。 「いや、もう第一の故郷と思ってくださってけっこうですよ。皆さん」 「おお、そう言って下さるか」 「ええ、心から」銀細工の胸甲を身に着けたトーラン卿が、とがり耳を振り立てて微笑む。「村が守られたのはあなた方のおかげです。領民一同、諸手を挙げて歓迎しますよ」 「聞いたか、皆! キシュルは大歓迎してくれるそうだ。酒と食い物が待ってるぞ。ぶっ倒れるまで飲み食いしてやれ!」 「はっはっは、一番強い酒を開けましょう。飲み切れたらたいしたものです」  トーラン卿の声を、再びみんなの喚声がかき消した。  ただの兵団じゃない。人間の男たちに混じって、トーラン卿のようなとがり耳の優美な男たちもいる。人間とエルフ、異なる種族が入り混じった部隊なのだ。  それらがみんな、同じぐらい傷つき、同じぐらい疲れている。助け合って戦い、助け合って帰ってきた。今は村を見下ろして、兄弟のように肩を抱き合っている。  その様子は、落ち込んでいた僕まで胸が温かくなるような、素敵な眺めだった。 「前進!」  団長の声で、兵団は再び歩き出す。  山道を下って町に入ると、すでに物見がこちらを見つけていて、村人たちが総出で待ち構えていた。魔法の花火が打ちあがり、二つの種族の旗が振られる中、押し寄せたエルフの人波が、僕たちをもみくちゃにした。  エルフと人間は仲が良くない。昔からそう言われていたし、実際にもそうだった。僕たちの兵団が最初にこのキシュルの村に着いたときは。  盟約を守るために訪れた部隊だった。僕たちの国王陛下と、エルフの女王が結んだ攻守同盟だ。それは、欲深な皇帝に支配された東の邪悪な大国、ザルーパが攻めてきたので、結ばれた同盟だ。  キシュル村は王国の土地ではないし、戦線のど真ん中というわけでもない。けれど北回りの商路の途中に位置する重要な土地で、そこが占領されれば王国はひどく不利になる。だから国王陛下は軍勢を割いてこの地を守ることにした。それで差し向けられたのが、ドンベス兵団だってわけだ。   この地に到着した僕たちは、ザルーパとの峠の手前に砦を築いて、防備に当たった。エルフが物資を用立ててくれた。  最初はどちらも嫌々だった。ここは兵士たちの故郷ではないし、エルフも僕たちのことを得体の知れないよそ者だと思っていたからだ。  けれどザルーパの攻勢がここまで及ぶと、嫌々だなどとは言っていられなくなった。敵は迂回路を開くために本気でこちらを狙っていて、激しい攻撃が何度もあった。兵団は最初だけ義務感で戦い、すぐに生き延びるために必死になった。死傷者が何人も出ると、エルフたちも事の重大さを飲みこんでいった。  そしてある夜、砦を迂回したザルーパの奇襲隊が村を襲ったときに、決定的なことが起こった。  ドンベス隊長が彼らの一番大事なものを守ったのだ。  エルフの一番大事なもの、それは子供だ。彼らは人間よりもずっと寿命が長く、年老いて死ぬことが滅多にない。そのため食い扶持が増えないように、子供をあまり作らない。  つまり、今いる子供は、これから何百年も生きる宝物だということだ。彼らはそれを生みの親に限らず、一族ぐるみで大事に育てる。  奇襲隊が家々に火を放ってエルフたちを右往左往させているときに、隊長はそのことに気づいた。敵が子供をさらうつもりだと。だから彼はキシュル村の「幼子の館」に駆けつけて、ほんのわずかな手勢だけで敵を迎え撃ったのだ。  一夜が明けてみると、十二軒の焼けた家と、三十人もの敵の死体と、かすり傷ひとつ負わずに済んだ子供たちが残っていた。そして、満身創痍で血まみれになったドンベス隊長たちを、エルフの女王が膝をついて抱き締めたのだった。  その日からエルフたちは見違えるように協力的になった。僕たちは盟約の部隊ではなくなった。キシュル村を守る一つの軍隊になったのだ。  半年にわたって僕たちは村のために戦った。長く苦しい戦いだった。けれども僕たちは一歩も引かなかった。村を捨てて逃げようと言い出すものは一人もいなかった。  そのうちに風向きが変わった。南の主戦線で国王陛下の本隊が敵を打ち破り、押し返し始めたのだ。  それに合わせて、北の商路からも敵を挟撃せよという命令が届いた。それを受け取ったとき、ドンベス隊長は再び、エルフたちの思いもよらないことをした。――彼らの王館に出向いて、頭を下げたのだ。 「我らはこれから王命により峠を越える。この地にはまだ敵の残党や別動隊が潜んでいるかもわからず、防備を怠るわけにはいかないが、しかし率直に言って、我が手勢は多いとは言えない。憎きザルーパの奴らに追いすがり、とどめを刺すために、部隊の全員を連れていかねばならぬ。どうか許してもらえないだろうか」  女王の答えは、腹心のトーラン卿の率いる百人のエルフの男たちと、山ほどの武備糧秣を僕らの兵団に加えることだった。  二つの種族の三百人の兵団が、峠を越えて出かけていった。そして陛下の本隊と連絡を交わし、荒れ果てた東の地で、持ちこたえようとする敵軍の側面を強力に突いた。  効果は絶大だった。予想外の方角から攻撃を受けた敵は浮足立った。けれども反撃も激しく、僕たちは大きな被害をこうむった。  全滅寸前のところで王国の総攻撃が始まり、敵は散り散りばらばらになった。ザルーパの兵団がいくつも壊滅し、将軍たちが討ち取られ、そしてとうとう、親衛隊とともに逃げ出そうとしていた皇帝まで捕えることができたのだ。  僕たちは完勝した。人間もエルフも大勢亡くなり、兵団の三分の一が帰らぬ人となったが、とにかく勝ったのだ。  そしてその知らせを携えて、エルフの故郷、キシュル村に帰ってきた。 「……だけどやっぱりここは俺たちのふるさとじゃねえよなあ」  テーブルの向かいで酒杯を片手にくだをまくのは、兵団に入ったときからの戦友のカッチャーだ。この夜の祝宴の場となった王館の前庭には、ホタル火が灯されて大きなテーブルがいくつも並べられ、山盛りのご馳走を前にした男たちが飲み食いしている。 「いくら歓迎してくれてるっても、しょせんは人間とエルフだもんな。王都の女の子たちみたいに一緒に酔っぱらって踊ってくれるわけじゃねえ、にこにこ笑って遠くで手を振ってるだけの高嶺の花だ。なあ、悔しくねえか、ミキル」 「ああそうだね、カッチャー」 「そうだねじゃねえよ、俺たち下っぱ兵士へのご褒美つったら、酒と食い物よりまず女だろ女! 美女! そういうもんここにあるか? ああ?」 「そういうもんはここにないけど、酒も食べ物もずいぶん楽しんでるじゃないか、カッチャー」 「そりゃおまえあるなら食うよ。あるならね」  うなずいてテーブルのご馳走をがつがつとたいらげる。カッチャーは自称・槍隊一の男前だ。男前かどうか僕は知らないけれど、戦場で鼻兜をかぶって押し出していくこいつは確かに勇敢だった。そこらの仲間にちょっと声をかければ、こいつがいかに戦って、自分がいかに戦ったか、酒がなくなるまでしゃべり倒してくれるだろう。ここが王都なら確かに女の子たちが放っておかないに違いない。  僕にはそういう勇敢さを誇る場面はなかった。 「確かに飯はうまいよな。あれだけの戦いの後でこんだけ肉だの果物だの出てくるってのは、さすがにエルフの……おいミキル、おまえ食わんのか?」 「食ってるよ」  僕は笑って骨付き肉を噛み切ってみせたけれど、カッチャーに嘘をつくことはできなかった。酒杯を置いて身を乗り出す。 「まあよ、おまえの気持ちはわからんでもないよ。俺たち槍隊はザルーパの妖馬隊を相手に斬ったり突いたりがあったし、逐一副長たちに見てもらってた。それに引きかえおまえは……」 「抜かなかった」 「……うむ」 「一度も剣を抜かなかった。一人も敵を倒してない」  僕が表情を動かさずに言うと、カッチャーは揚げ物をほおばった口をもぐもぐと動かした。そうやって時間を稼いでから、はあ、とため息をついてうなずいた。 「仕方ねえじゃねえか、伝令なんだから。そういう役回りだったんだから」  そう。僕はドンベス兵団の伝令兵なのだ。  正確には伝令見習いだ。部隊の動きを左右する伝令という大事な役割は、ふつう将校がやるはずで、僕のような農民上がりの下っぱ兵は、そもそも伝令をやらせてもらえない。ただ、この兵団にはとにかく人間が不足していたし、たまたま僕が故郷で馬の乗り方を身につけていたので、そういう役割を任されたのだ。  それはカッチャーたちの働きとはまるきり違っていた。他の誰とも違っていた。  いま、傷の大小はあれ、一人残らず武勲を競い合っているようなこの場では、それが何よりも重く僕の心にのしかかっていた。ついでに言うなら、そんなことを気にしている自分自身も気に入らなかった。 「まあ、まあよ。俺たちは勝った! 村を守った! エルフの姉ちゃんや兄ちゃんたちに涙を流して喜んでもらった! それが何よりの勲章じゃねえか。な? あと隊長もちゃんと気にかけてくれるって」  カッチャーがテーブルを回ってきて、僕の肩を抱き、木製のカップに酒を注ぐ。さっきこぼしていた愚痴と丸っきり正反対のことを言っているが、こいつの笑顔には屈託がない。うだうだと考えず、怒るときは怒り、笑うときは笑う、素直な性格なのだ。僕のような面倒くさい男も疎んじない。こういうやつを気のいいやつというんだ。僕はこいつが好きだ。  こいつほど気の良くない仲間たちは、そもそもこのテーブルにいないのだが、そんなことを考えるのは性根曲がりというものだろう。僕は弱々しく笑って、酒杯を打ち合わせる。 「ああ、そうだね。勝利に乾杯」 「乾杯!」  ごつんと酒杯をぶつけてごくごくと飲み干すカッチャーの後ろにふっと人影が立った。鈴の鳴るような澄んだ声。 「あの……カッチャー、だったわね? お帰りなさい、ケガはなかった?」 「おっ、ルメイラ」  振り向いたカッチャーが相好を崩す。現れたのはエルフの若い娘だった。いや、エルフだから若いかどうか外見では分からないのだけれど。  とにかくきれいな女の子だ。三分ほど銀色の混じった、流れるような長い金髪と、涼しげな目鼻立ちに、夏の草の葉のようにするりと尖った耳。ほっそりした体に、小川のせせらぎを形にしたような青いドレスをまとっている。エルフたちのいつもの服装じゃない。白い腕やすらりとした脚をあらわにした、魅力的な姿だ。ひんやりした薫り高い花の匂いが漂う。 「おお、無事に帰ったよ、この通りピンピンしてる。それにしても、いやー、いやあ、今日はずいぶんきれいだな。取っておきかい?」  目を丸くして美しいエルフ娘の姿を眺めながら、カッチャーが肩にふれようとするが、途中で手を引っこめる。 「っとと、うかつに触ったりしたらまた引っぱたかれちまうな」 「あら、覚えてたの?」 「そりゃ忘れねえよ。なあミキル、ミキルってば! このルメイラはな、前に砦に食い物を届けてくれた時に、俺のほっぺたをひっぱたいて一回転させた子だ。たいした戦士なんだぜ!」 「あれはあなたがブカの実をつまみ食いしようとしたから……」 「それと、何か軽口を叩いちゃったからじゃなかったか? ねえ、ねえ、君はもう恋人がいるの? ってな」  言ってからカッチャーは不意に声を潜めてささやく。 「で――実際いるの? 今誰か好きな人が」 「もう!」  ルメイラはさっと片手を振り上げたが、ひとつ息を吐くと、「今夜は許してあげるわ」と微笑んだ。 「おっ、そうなんだ。こりゃあ嬉しいな、脈ありかな? わざわざ俺のところへ来てくれたってことは」 「お話を聞きに来たのよ」カッチャーが肩に回そうとした腕をひらりとかわして、ルメイラは言う。「どんなふうだったの、戦いは。――私の妹の家を焼いた奴らの最期は?」 「話す、話すよ。そうこなくっちゃな」カッチャーは二つの椅子を引き寄せて片方を彼女に勧めながら、ふと僕を振り返った。 「そうだ、ミキルの話を先に聞いてやってくれよ。こいつは大事な役目を仰せつかって働いてたんだから」 「そうなの? あなた……ミキル?」ルメイラが目を向ける。「聞かせてもらえる?」  不思議な眼差しだ。興味があるようでいて、僕でない何かを見ているように焦点が合わない。やはり、エルフの娘だ。  求められているのかどうか自信がないまま、僕は口を開く。 「僕は……伝令をしていた」 「ええ」 「隊長や副官の指示を聞いて、馬に乗る」 「ええ」 「言われたところへ走っていって、伝言を伝える」 「ええ」 「そして、返事をもらって、別のところへ行く」 「ええ」  ルメイラがうなずいている。僕はカッチャーみたいに何か勢いのいいひと言を付け加えようとしたが、何も思いつかなかったので、「その繰り返し」と言った。  ルメイラはしばらく待ってくれたが、じきに「敵に出会ったら?」と言ったので、僕はカップの酒を思い切り飲み干した。 「敵には出遭わなかった! そういうふうに走ったからね。ひょっとすると敵の姿すら一度も見ていないかもしれない。動くものがいたら避けたから」 「まあ……それは」 「ごめん。ちょっと用足しに」  僕はカップを置いて席を立った。背後でカッチャーが、「いやあいつはたいしたもんなんだよ! 敵に出会わないってのもなかなかできることじゃないんだ。俺がやっても道に迷ってうろうろするだけだろうな! 代わりに俺たちがやっていたのは――」と話すのが聞こえた。  彼が好意で僕を立てようとしてくれたのはわかったけれど、今のは放っといてほしかった。そして、そんなふうに思ってしまう自分がまたいやになった。  気が付けば、宴席のあちこちに、森から現れた美しい精霊のようなエルフ娘たちの姿があった。気位が高くて乱れることを嫌う彼女たちは、人間の娘のようにべったりとくっついてくれはしないけれど、彼女たちなりに、騒々しくて野蛮な人間の男どもをもてなそうとしてくれているみたいだった。  それだけの資格が、みんなにはある。  僕にはどんな資格があるんだろう。  手洗いに行ってからもすぐ席に戻る気になれず、僕は当てもなくふらふらと歩き回った。  伝令だって兵士だから、必要があれば戦うよう命じられる。――が、僕の場合はそうじゃなかった。この役に任じられたとき、ドンベス隊長自らが僕と軽く手合わせして、お前は戦ってはいかん、と言いつけたのだ。敵を斬れる男じゃない。馬術と地形の見立てはそこそこのようだから、とにかく逃げろ。敵に見つからないように、走り回れ。  腰抜けと言われたようなものだけれど、悔しいことにその通りだと思ってしまった。だから僕は村についてから最後の追撃戦まで、この戦役のあいだじゅう、ひたすら逃げ回りながらあちこちに命令を伝えていたのだ。  それで結局、一度も戦わなかった。みんなが体を張って斬り合っていたときに。物陰をこそこそ走り回り、ちょっとでも敵の気配がしたら回れ右して逃げ出した。  そんな兵士は、ほかに一人もいない。  歓迎の心で一杯のエルフ娘たちにかまってもらえない兵士も、ほかに一人もいない。  結局それだということ、誇らしい勝利を勝ち取ってきたのに、単に女の子の前で格好をつけられなくていじけていること、それ自体がどうにもみじめで、うんざりして、僕はそのまま兵舎に戻って寝てしまおうと、やけくそ気味に腹を決めた。  エルフたちがともした青緑の神秘的なホタル火の群れから離れて、帰り道へ向かう。  ――向かったつもりだが、気が付くと道がなくなっていた。いつの間にか、見たこともないほど太い樹木がどしり、どしりと何本もそびえる、ひと気のない一帯に迷い込んでいた。  ああ、これは――と僕は気づく。「幼子の館」の近所だな。エルフの聖域だ。奇襲隊の事件があったとき、伝令に走ったことがある。王館の正門とは反対の方角だ。  ああいう非常時ならともかく、普段からみだりに人が入っていい場所じゃない。エルフの習俗を侵すな、とドンベス隊長も厳しく言っている。咎められる前に、さっさと出ていこう。  回れ右して歩き出そうとしたとたんに、「だあれ?」と声をかけられた。  女の声だった。やや低めの、落ち着いた声。  反射的に思い出したのは、女王の声だ。  キシュルのエルフの女王は威厳に満ちている。女の身で、しかも数では大きく劣るエルフたちを統べながら、僕たちの国王陛下と対等の盟約を結んだ君主だ。ドンベス隊長が出陣を申し出たときには、咎めるどころか兵士を差し出したぐらいの度量をみせた。僕のような下っぱでもその声は忘れていない。一声でその場の者たちをひざまずかせる力があった。  その声に似ていたが―― 「だれなの? そこにいるのは」  いや、これはきっと別人だ。柔らかく、おとなしい。咎めるような調子もない。ただ無心に尋ねているだけの声。  相手がどちらにいるのかわからないまま、僕はその場に片膝をついて、声の主に言った。 「ドンベス兵団の伝令補、ミキルと申します。間違えて入りこんでしまいました。申し訳ありません、すぐ出ていきます」 「あら……伝令さんなのに、迷っちゃったの?」  声は後ろからした。振り向くと、向こうの宴席のホタル火を背に、大樹の陰からゆらりと人影が現れた。  そっちが帰り道だったか。  僕が立ち上がってそちらへ向かうと、その人と相対することになった。木陰から抜け出したその人の髪が、ガラス細工のようにほんのりと白く透けた。  そこにいたのは、見たことのない不思議な姿のエルフ女性。  髪の色は金ではなく、染める前の絹のような、はかない銀白色だ。長いまつげも白ならば、身を覆う神官の祭服のような長衣も、透けるほど薄い白の紗。くったりと親しげに垂れたとがり耳は、南の漂民の肌のような深みのある褐色。ふっくらとした二の腕、たっぷりと盛り上がった乳房と大らかにくびれた腰、油を塗ったように艶めく長い太腿も褐色――銀のサンダルから覗く足の爪だけが白に近い桜色。  目の前に立ったその人を、僕は呆然と見つめていた。  これは誰だろう。ううん、何者なんだろう。  僕の見たことのあるエルフは、すべて金の髪に白の肌だ。こんな、夜の闇が凝った妖精みたいなエルフは、見たことがない……。 「何を見ているの?」  気が付けば、手の届く距離で女性が微笑んでいた。  背丈は、男の僕よりほんの指二本分低いだけ。背の高いエルフにしては中ぐらいだろうか。そしてエルフというよりも人間に近いほどの存在感が……肉感がある。体の輪郭が丸みを帯びている。ことにそのおっぱいは細身のエルフとは思えないほど豊かで重そうだ。肩の、胸の、腰の輪郭がうっすらと透けて見えるほどのあでやかな身なりをしている。見ているだけで、ぞくぞくっ、と得体の知れない寒気が背中に走った。  そのとき、どこか動物質の香料を思わせる、甘く熟れた蠱惑的な匂いがどっと押し寄せて、棍棒で打ったみたいに僕の脳髄を叩きのめした。 「あ……」うめくように声を漏らした。「甘い……です」  「甘い?」  くこ、と首を傾げた女性が、くんくんと小鼻を鳴らしてから、不思議そうに言った。 「甘い……かしら? ああ」  うなずくと、女性はいきなりためらいもなく僕の手を取った。僕は抗うこともできずに、ふらふらと引いていかれる。  大樹の陰に、馬一頭をつないでおけるていどの石畳が敷かれて、そこに小テーブルと椅子がしつらえられてあった。宝石がいくつもはめ込まれた、異国を思わせる猫足の華奢な喫茶卓だ。その上から、湯気を立てる磁器のカップを手に取って、女性は差し出した。 「これの匂いでしょう。ザンザールのカスバのヌメル茶よ」  ザンザールもカスバもヌメル茶も、何もかもかわからなかったけれど、そこからは鼻にツンとくるハーブの匂いがした。けれどそれは、さっき僕の全身を包んだあの匂いとは、違う気がした。 「飲む?」  女性が目を細めて顔を覗く。邪気などかけらもなさそうな、童女のような笑顔だ。つられて僕は両手でそれを受け取り――付近に火の気は見当たらないのに、手が痛むほど熱い――ぐびり、と口に含んだ。  女性の肌の色を思わせる、滑らかな褐色の液体が柔らかく舌を過ぎ、喉に流れた。甘い――と感じたので、一気に半分ほど飲み込んだ。  そこでいきなり火矢を突っこまれたみたいに食道が焼けたので、「うがっ!」と驚いて噴き出してしまった。 「がっ! ぶあっ! かふっ……!」 「あははは、引っかかった。ヌメル茶は名前はお茶でも、お酒なのよお。強い強いお酒……」  きゃらきゃらと女性が笑うあいだも、僕は顔を背けてむせ続けていた。油断していたので気管にも入ってしまい、なかなか咳が止まらなかった。 「すみ、ません、ちょっと……えほっ」  カップを落とさないようにテーブルに戻した後も、そばの木に手を突いて咳きこみまくった。それがあんまり長引いたので、女性も笑いを引っこめて、背中をさすってくれた。 「あらあら……大丈夫ぅ? 効きすぎちゃった?」 「いえ……はあ……」  ただのいたずらなのはわかっていたので、怒る気にもなれなかった。けれど、ようやく咳が収まると、今度は強烈なめまいがやって来た。 「うう……畜生」 「あら、そんな言葉……だいじょうぶ? ひょっとして、お酒がダメなヒトなのかしら」 「でもないですが……だいぶ入っていたので」 「ああ、もともと酔っぱらってたのね。そぉかぁ……酔ってなければ、入ってこないものねぇ、こんなとこ……」  こんな女の人の前で情けないと思いつつ、僕が息も絶え絶えにうめいていると、「ちょっと」と女性が僕を引っ張って、椅子に座らせた。 「デッカ! デーッカ! 酔い醒ましを持ってきて、早く!」  どこかに向かって叫んでから、女性は僕の背中を撫でながら、懸命にささやきかけた。 「ごめんなさいね、知らなかったもんだから。吐ける? 吐いちゃっていいわよ。遠慮しないで……」  顔を覗きこんでいた女性が、急にきっと厳しい目をすると、いきなり僕の口に指を突っこんだ。 「ほら、げーって」  喉奥を突かれると、こらえられなかった。えずきがこみ上げて、僕はたまらず一息に嘔吐してしまった。 「うげえぇっ……!」  びしゃびしゃと汚物が噴き出し、地面にはじける。女性の細い指を濡らした汁が手首まで流れる。なんて不様なんだ。  それにも構わず女性は僕の口をまさぐり、「全部出しちゃったがいいわよ、ほらぁ……」と背中をさすり続ける。  不意に、間近でカッと靴音がした。視界の隅に黒いブーツが映ったけれど、涙でよく見えない。 「これは一体……その者は?」  男の声は鋭い敵意を含んでいたけれど、「迷子! あたしがからかったから悪酔いしちゃったの! 賊なんかじゃないわ、ほらそこに置いて。水で溶いて!」という、張り飛ばすような女性の声の前に、かき消された。  カチャカチャという音の後、「しかし……」とまた男の声がしたが、それも吹き飛ばされた。 「大丈夫だってば、あたしを誰だと思ってるの! 溶いた? 溶いたらさっさとどこかへ行って! 今夜は掟忘れの夜でしょ?」 「ですが、お嬢様――」 「デッカ・テン・レン、お行き!」  無言の抗議が感じられたが、またカッと足音がして、気配が消えた。  そのあいだ僕はうつむいてはあはあと息を荒らげたままで、ついに相手の顔を見られなかった。名前からしてエルフの男が来たらしいとはわかるが、何者なのかはわからない。  いや、わかることもある。あいつはこの女性をおおいに心配していた。この人は貴人なのだ。そしてやつはきっと忠実な従者で、僕のことをお屋敷に迷い込んできたろくでなしの馬の骨だと思ったことだろう。  どう思われても否定しようがない。今のぼくは掛け値なしのろくでなしだった。人の庭で酔っぱらってげろを吐き散らすなんて……。 「もう出ない? いい? じゃあ、ゆっくりとこれを飲んで。ゆぅっくりとね……」  体を起こすと、ささやき声とともに口元にカップが当てられた。注ぎこまれたのは冷たくてとても苦い液体で、けれどもそれが胸の中に広がると、暴れていた炎がすーっと消えていくような気がした。  エルフの秘薬だったに違いない。いくらもたたないうちにめまいが収まり、人心地がついてきた。僕は椅子の背にもたれて、深呼吸をくり返した。 「大丈夫かしら……ごめんなさいね、本当に」 「いえ」唾を呑みこんで顔を向ける。「僕のほうこそ、申し訳ありません。醜態をさらしてしまって……お詫びのしようも。ああ」  女性の汚れた右手が目に留まる。 「こんなに汚してしまって……」  僕はテーブルに目をやって、酔い醒ましを溶いたらしい水のポットをつかみ、女性の手を取って丁寧に洗い流した。  それでも気が済まなかった。ハンカチなんて気の利いたものはないが、軍装のスカーフを喉に巻いている。それを引き抜いて、女性の手を引いた。 「あらちょっと。いやだわ、そんな上等の布で」 「拭かせてください。せめてこれぐらいしないと」  エルフが本気になれば、細い見た目に反してかなりの力を出せるはずだが、女性の手は柔らかくて弱い気がした。指を開いて、丁寧に拭いた。 「いいかな……」  手のひらは甲よりもいくぶん色が薄い。隊長の机にある琥珀の文鎮のような色。まだ汚れていないかと、すん、と匂いを嗅いだところで、はっと我に返った。これはちょっと、お礼にしてもやりすぎだ。  ところが顔を上げると、女性は暗色のおもてを夜目にもわかるほど赤く染めて、ぼうっと見つめていた。 「あ……あの」手を離す。「すみません。つい……無礼なことを」 「い……いいのよ、そんな。あたしなんかに、ねえ」  手のひらを持ち上げた女性が、まぶしいものでも見るように目を細める。  「こんなにしてもらうなんて……初めて……」  なんと言っていいかわからず、僕は彼女を見つめていた。  女性が目を合わせる。よく見たら、あなたけっこう……とつぶやく。 「名前、なんと言ったかしら?」 「ミキルです。ドンベス兵団の伝令補」 「ミキル。家名は?」 「……ありません。その、僕は農民の出で……」  どう見ても高い身分の女性に向かってそれを言うのはつらかったが、嘘もつけなかった。僕はうつむき、蔑みを覚悟して答えた。  ところが、恐れたような言葉はかけられなかった。 「農民ね。大地を耕す身分で、馬に乗る伝令になって……ということは、あなたは手柄を上げて、取り立てられたのかしら?」 「いえ……」首を振る。「最初から兵団に、たまたま伝令のなり手がいなかったのです。それで僕がこのお役目を」 「最初から? じゃあ、ずっとやってきたということね。それはたいしたものじゃない」  僕は顔を上げた。女性はどこかで見たことがあるような、懐かしい、優しい顔をしていた。 「敵に見つからないように駆けずり回り、間違いなく知らせを伝える……あれはつらくて難しい仕事だと聞くわ。そのうえ、伝わって当たり前、伝わらなければ厳しい罰を下される。そういうお仕事をしているのね?」 「――はい」 「立派じゃない。そのうえ、この勝利の日まで生き抜いた。あなたが軍団を勝たせてくれたのね。これは、お礼を言わなければいけないわ。ありがとう、ミキル」 「いえ」  手を取られたけれど、僕はうつむいてしまった。今度は、吐き気のせいではなかった。  それよりもっと恥ずかしいものを、見られたくなかったからだ。   2  その瞬間は、僕が続いてほしいと願っただけを越えて、ずっと長く続いた。手に柔らかいものがすりすりと当たる。また顔を上げると、女性が頬ずりしてくれているのだった。 「あの……」 「決めたわ。あたし、ちょっとだけ思い切ってみる。あの……あのね」  すう、と女性が息を吸った。 「あたしの名は、ジルナ。ジルナルテン・キ――ううん、ジルナだけで」 「ジルナ……お嬢様?」 「いやだ、もう」ぱん、と僕の手をはたいてはにかむ。「そんな呼び方はしないで。ジルナ」 「ジルナ、さま」 「さまもなし」 「……ジルナ?」  女性の瞳に、僕の知らないさざなみのような震えが走った。  顔を寄せて、「もう一度……?」と言う。 「ジルナ」 「はい」  目を閉じて嬉しそうにうなずくと、女性は――ジルナは、背後の王館のにぎわいを指し示した。 「あちらに、ね。娘たちが大勢出ているでしょう」 「はい」 「一族の娘は、普段ああいうことはしない。あたしたちは身持ちが堅いからね。でも、今夜は戦に勝った喜びの夜だから……掟を忘れていいことになったの」 「掟忘れ、ですか?」 「そうよ。今夜は掟に縛られず、好きな殿方と話していいの。あれが楽しそうで、うらやましくて、あたしもこんなところで一人、眺めていたのだけど、あたし……」  少し首をかしげて目を逸らしたりしてから、ちらっとジルナはこちらへ目を流した。 「あなたと……お話しして、いいかしら?」  それからすぐにあわてたように、「その、無理にとは言わないわ。あたしなんか……し……だし、こんな姿だし、あなたも嫌かもしれないけれど、もしよかったら……ね?」  途中で彼女がごにょごにょと小声でつぶやいたところは聞き取れなかったが、何を言われているのかは分かった。信じられなかった――僕が? この……素敵なエルフの女性と? 「ぼ、僕でいいんですか?」 「あなたがいいのよ」  すがりつくように手を握られる。僕は信じられないような気持ちで、立ち上がって、手を握り返していた。 「僕は……あの、はい、僕でよければ喜んで……」   ジルナが真っ白なまつ毛に縁どられた目を見開き、にこっと可愛らしく細めた。 「嬉しい」  そして手を握ったままテーブルの横を回って、僕を引いた。 「来てちょうだいな。あたしの隠れ家に案内するわ」 「隠れ家?」 「ここはみんなが見てるもの。デッカが四の五の言ってくるかもしれない」  みんなが見てる? 僕は周りを見回したが、立ち並ぶ大樹の梢は闇に閉ざされており、たとえ誰かが隠れていても気配すら感じられなかった。 「ね、早く」  くい、くいと子供のように軽い力でジルナが引く。僕は歩き出した。  薄闇の中を、ほんの少し歩いただけだと思う。けれども、ただ歩いているだけで唐突に景色が変わることが、途中で何回もあったような気がする。  広々とした野原や、人々でごった返す都市の雑踏や、深い海の中のような青い洞窟を抜けたかと思うと、ふとまた、木々のあいだに出た。  といっても今度は深い森の奥ではなく、水辺だった。木々の連なりを土の岸辺が断ち切り、黒い水がひたひたと押し寄せる浜から、細い桟橋が延びている。少し先の水上にあずまやが浮かんでいた。 「エス・ルウメ」  ジルナが手のひらを掲げて、ホタル火を空中へ放った。飼いならしたコウモリみたいにひらひらとついてくるその光に照らされながら、僕たちはコトコトと靴音を立てて桟橋を渡った。  水の匂いに覚えがあった。 「ここは……キシュルの湖ですか」 「そう、水源よ。四度も跳び渡って、まさか地元も地元の水源へ戻ってくるなんて、トーランお抱えの遠透かしでも考えの外でしょうね。ましてここは部屋ごと珠に吹き込んである」  言葉の意味は分からない。でも何か、とんでもなく大掛かりな魔法を使っているらしいことは見当がついた。  だってここの夜空は、晴れているのに星がない。  エルフは魔法を使うけれど、こんな仕掛けは見たことも聞いたこともなかった。空恐ろしいような気がしたけれど、僕は腹をくくっていた。  ジルナに握られたままの手が、ぽかぽかと温かい。それに先を行くジルナの剥き出しのふくらはぎが、とても柔らかそうでなまめかしい。――それどころか、裾に覆われたもっと上まで見えてしまっている。  薄い、本当に霧よりも薄い紗をまとっただけの、彼女のふっくらした豊かなお尻が……。 「さ、ここよ」  あずまやは柱だけで壁のない、そよ風の吹きこむ場所だった。六角形の組木細工の床に小さなテーブルといくつかのクッションが置き散らされ、一片に沿って大きなゆったりとした背の低い寝椅子が置かれている。とんがり帽子のような屋根が深々とかぶさって、昼間の世界と人の目から、小さな休み場を守っている。  隅に立っている角灯に、ひらひらとホタル火が収まる。示された寝椅子に腰を下ろすと、適度な涼しさと静けさに身を包まれた。僕はいっとき、胸の高鳴りを忘れて深々と息をついた。 「いいところですね」 「でしょう」  テーブルをコンと叩いてもてなしの品を板面から浮かび上がらせながら、ジルナが得意げにうなずいた。  冷たい、今度は喉を焼かない飲み物がひと瓶と、宝石細工のようなお菓子がひと盛り。僕が礼を言ってつまもうとすると、ジルナが先に取って「あーん?」と差し出した。僕がぼんやりしていると、ジルナが口をぱくぱくして示したので、口を開けて入れてもらった。なんだかむやみと甘ったるいやり取りで、顔が火照る。そんなことはしたこともされたこともない。  仕掛けたジルナのほうも頬を染めていた。目を合わせていると、自然にくすくすと照れ笑いが漏れてしまった。僕が真似して「あーん」をしてやると、小さな歯の並んだ口で、ぱくりと食いついた。 「はぁぁん……」ジルナは小さな女の子みたいに頬を押さえて首をぷるぷるさせる。「すてき……殿方とこんなこと……」 「初めて、って言ったけど」  余計なことかもしれないと思いつつ、僕は聞く。  「ほんとに?」 「どうしてそんなことを聞くの?」ジルナはむっとして口をとがらせる。「あたしがあなたに、嘘をついてるとでも?」 「だって、君はすごくかわいいじゃないか……誰も、その、男が誘わなかったなんて、信じられない」 「かわいい……」  ジルナは膝を抱えて、真っ赤な顔をうつむかせる。 「いやだ、もぉ……」 「かわいいよ」一度言うと歯止めが外れるんだな、とどうでもいいことに気づきながら、僕は繰り返す。「ジルナはかわいい。無茶苦茶かわいい。僕のほうこそ信じられない。こんなかわいい子が、隣にいるなんて……」 「じゃあ、ミキルは女の子に好かれたことがないのね」 「それは……そんなことも」 「あるの?」  僕は顔を背ける。その頬をツンと突いて、ジルナがくすりと笑う。 「ないんだね。こんなにかわいいのに」 「かわいい? 僕が?」 「ええ、かわいいわぁ」 「やめてくれよ……」ふと気になった。ジルナって、何歳なんだろう。  まじまじと顔を見つめ返す。ジルナが視線を受け止める。女に歳を聞くなと男たちはよく言っているけれど、エルフに聞くのは……まあ、やめたほうがいいんだろうなあ。  でもさっきからの幼なぶった物言いといい、どうもあまり力がなさそうなところといい、あまり成人っぽくないのだが……本当にわからない。  それに、見つめていると歳なんかどうでもよくなる。ジルナはルメイラみたいな他のエルフと違って、高貴すぎない。やさしげで、気圧されるところがない。そして理性を目覚めさせるような冷たい香りではなく、逆にこちらをどきどきさせる、あのねっとりした熟れた匂いを振りまいている……。 「ミキル」  うっとりとジルナがささやく。僕は何を言えばいいのかわからなくなる。こんなふうに女性と親しく並んだことも、好意を持たれたことも、一度もないから……でも、していいことを、さっき一つ教わった。  手を取って、握りしめる。ジルナもきちんと握り返してくれる。緊張してにじみ出した汗を気に掛けるでもない。ううん、ジルナの手もしっとりと湿っている。この子もどきどきしながら、緊張しているんだ。  指と指をからませて、強く弱く、こすり合わせた。ぎゅっ、ぎゅっと力を込めると、ジルナも同じようにしてくれる。それどころかさらさらと、ねっとりと、指の股や腹に自分から指先を割り込ませてくる。ジルナの柔らかさ、いたずらっぽさ、好奇心やどんどん強くなる好意がジンジンと伝わってくる。  手をつなぐだけの簡単なことで、こんなに豊かな語り合いができると、僕は初めて知った。それはびっくりするほど心地よかった。 「ジルナ……」「ああ」  いつしか僕たちはすっかり体の力を抜いて寝椅子にもたれかかり、手の握り合いに酔いしれていた。たっぷりしたおっぱいの美しい女性が、すっかりくつろいでそばにいる、それだけでも素敵なひと時だったけれど、それだけでは済まないことだとどんどんわかってきた。  体がうずいてたまらない。もっとジルナに近づいて触れたい。ジルナも同じだということはよくわかった。長い脚をもじもじとさすり合わせている。  膝頭が触れて、僕はジルナの脚を挟みこんだ。ジルナは逆らわず、お尻を滑らせて近づいた。腰の骨がぐっと密着する。 「ジルナ、たまらないんだけど……」 「あたしもよ、ミキル」 「その……いい?」  ただでも上気していたジルナの顔が、さあっと真っ赤になった。「それは……その……」とうつむいて僕の親指をもてあそぶ。 「男女の……そういうことなのかしら」 「だと思う。いや?」 「いや……というか」消え入りそうな声。「あたし、知らないもんだから」 「初めてだものね。僕も……まあ、そうなんだけど。だから、うまくやれるとは約束できないけど……」 「う、うん。それはいいのよ。ただ……」 「ただ?」 「わ、わからない」目をつぶって首を振る。「いやだもう、頭がぐちゃぐちゃで……ものが考えられない。自分がこんなに混乱するなんて」 「じゃあ、キスしていい?」  目を上げたジルナが、自信なさげに、こくりとうなずいた。  僕は首を伸ばして、ちょっと届かなかったので体ごと近づいて、ジルナのふっくらした唇に、口を押し付けた。 「ンッ……」  湿ったぷにぷにした感触と、漏れてきた小さな声。それが、僕が初めて知った口づけの味だった。ジルナの息は溶けた砂糖と唾の匂いがした。なまめかしくて寒気がする味。ジルナも僕の息を吸っている。嫌がらずに受け入れてくれている。それがなんだかものすごく嬉しかった。  キスはぞくぞくするほど気持ちよかった。触れている唇だけじゃなく全身の肌までぴりぴりする。頭を傾けたままじっと唇を合わせていたので、少しつらくなってジルナの頭に手を回して支える。指にまとわりつく細い銀髪。僕の手のひらがジルナの後ろ頭の丸みを知っていく。僕とジルナはためらいがちに、はむ、はむと唇を動かして触れている嬉しさを伝えあう。息は、どちらからともなく鼻でゆっくりとするようになっていた。  僕たちは接吻と題された男女の彫像みたいにじっと体を動かさないまま、深呼吸いくつ分ものあいだ、互いの唇の遠慮がちで心地いい吸い付きを味わい続けた。  とても満ち足りた気持ちだった。ジルナもそうだと思っていた。だから彼女のほうから体をそっと押し離されると、僕は寂しくなった。 「ジルナ……?」  ジルナは顔をそむけて、はー、はーと肩で息をする。不愉快だったのか、と心配したけれど、そうじゃなかった。 「あたし……キスしちゃった……」むこうを向いたジルナの髪の毛から飛び出した尖り耳が、美しい赤褐色に染まっている。「殿方とキス……」 「僕も、女の子とキス」子供っぽい勝利感がこみあげる。「すごくよかったよ。飛び上がりたいぐらい」  ちらりと目だけで振り向いたジルナの様子が少し変だった。迷惑そう、というほどではないけれど、困ったような感じ。 「とうとう……ううん……もう、いいかしらね……」 「ジルナ?」  しばらくぶつぶつ言っていたジルナが、ひとつうなずいて向き直った。瞳は潤んでいたけれど、前よりもなにかはっきりとした意志を浮かべている気がした。 「ミキル、あのね。一つだけお願いがあるの」 「うん、何?」 「あたしのことは、誰にも話さないでくれる?」  それは、理解できる頼みだった。身分違いだ。種族も国も違う。ジルナは、こんなことを人に明かせない立場なんだろう。  僕のほうは……正直に言ってカッチャーや仲間に自慢したい気持ちはあったけれど、そんなのは我慢できることに思えた。 「うん、約束する」 「絶対よ。もし明かしたら……あたしは魔法が使えるからね?」  エルフの魔法でどんな目に遭わされるのか、僕は知らない。でもこの子なら、どんなとんでもないことでもできるだろう。ちょっと怖い気がして、「う、うん」とうなずいた。  するとジルナは目を落として、ああだめだめ、そうじゃない、とつぶやいて、僕の肩につかまった。 「ごめんなさい、今のは忘れて。脅すつもりじゃないの。ただ、あたしは、約束を守ってくれる人を好きになったと信じたいの」  好き、という言葉に心臓が跳ねる。 「信じてよ、ジルナ。誰にも言わない。絶対に」 「二人だけの秘密よ」束の間目を閉じて、ジルナは甘い飴を味わうように口の中で繰り返した。「二人だけの、ひみつ」 「ああ、秘密だ」  目を開けたジルナに、僕は再びキスした。  砦に戻って、酔っ払いどもがいびきをかいたりうめいたりしている雑兵小屋に入ると、狭い寝棚の下段でカッチャーがあぐらをかいて腕組みしていた。 「どうしたの、カッチャー。景気の悪いつらして」 「お、戻ったかミキル」  ちらりと目をくれたカッチャーが、難しい顔で言う。 「いいところまでいったんだがな……何が悪かったのか……」 「ルメイラと?」 「ああ、けっこう長く一緒にいたんだよ。嫌いじゃないって言われたし。だが二人で抜けようって何度誘っても、くすくす笑って話を変えられちまって……どうもいけなかった。これという一発が入らなかった」 「一晩じゃ無理だろう。何か贈り物でもあげたら?」 「おっ、それだ。考えてみりゃ今まで何もあげていなかった。ちょっと心当たりをまわってみるか。――あれ、ミキルおまえどこにいたんだ?」 「君たちの邪魔にならないようにふらふらしてたんだよ。おやすみ」  言い置いて僕は服を脱ぎ、寝棚に登ってどっと体を横たえた。 「ふう……」  目を閉じると、ジルナの魅力的な笑顔やためらい顔が浮かんでくる。まるで一夜の夢みたいだけれど、夢じゃない証拠に、右の袖をくんくん嗅ぐと、そこに肌を当てていたあの甘いねっとりした彼女の体臭がかすかに感じ取れる。  一晩では無理だった。  あのあずまやで僕とジルナは何度もキスをしたのに、体に触れることは許してもらえなかった。けれども嫌がられたわけではなく、こう言い聞かせられた。 「あのね、ミキル。あたしもあなたにもっと触れられたいって思ってる。でも、あたしにも支度というものがあるの。今夜は、こんなことになると思っていなかったからね。だから日を改めてちょうだいな。もしあなたが明日も来てくれたら、会ってあげる。入り口を作っておくからね」  拒否ではなくて、ほんのちょっとだけの、お預けだ。それなら文句はない。僕は高まっていた欲望を抑えこんで、飼い犬みたいにおとなしく帰ってきた。支度ってなんだろう、ともやもやと想像を巡らせながら。  そういえば――僕はハッと身を起こす。男と女がベッドに上がったら、具体的に何をどうすればいいんだ? 肝心のところだけは知ってるつもりだけど、そこに至るまでに何をどうしたらいいか、特に、女性に何をしてもよくて何がいけないかなんて、まるで知らない。今夜ジルナに触れて思い知った。  誰かに聞くか調べるかしたい……けれども、ああ、それはできないのだった。カッチャーなんかに言おうものなら、誰とどこでどうするんだと根掘り葉掘り聞き尽くされるだろう。他に聞けそうな友達もいない。  だめだ。バタンと堅い寝棚に倒れこむ。誰にも聞けない。それどころかカッチャーみたいなお土産も渡せそうもない。僕より身分の高い女性に、何を渡せばいいっていうんだ? 「よし、明日はキスだ。絶対キスまでいってやるぞ! なあ、ミキル!」  うるせえぞカッチャー、と周りの起きてるやつが罵る。 「キスの味を聞かせてくれよ、カッチャー」  あれは、女の子によって違うんだろうか?  僕は毛布をひっかぶった。   3  日暮れ過ぎに王館の横を回って森へ向かおうとすると、黒衣の剣士が待っていた。  エルフの男だ。見た目は二十五歳ほど。背が高くすらりとした体つきで、剣を提げて上等のマントを羽織っている。凛々しい黒手袋とブーツ。  そして険しい顔で腕組みしてにらんでいる。僕が目当てのようだった。  身分の差は明らかだ。僕は馬から降りて名乗った。 「ドンベス兵団の伝令補、ミキルです」 「何をしに来た」  名乗りもしないでぶっきらぼうに言う。その声は、あのデッカと呼ばれた男のものだ。僕はむっとしたが、こらえてジルナに言われた通りの口実を告げた。 「貴い方に命じられて、薬草を採ってまいりました」  嘘じゃない。教えられた西の谷にある採集場所で、一袋採ってきた。ついでに言うと隊長にもこう伝えた。エルフとの付き合いを大事にする隊長は、失礼のないように、と馬まで貸してくれた。 「見せろ」  僕が袋の中身を見せると、デッカはフンと鼻を鳴らした。 「打ち合わせ済みか……貴様、なんと言ってジルナルテン様に取り入った?」 「そんな方は存じません」  こいつは僕がジルナに会いに来たのを知っているが、誰にも言わないと約束したからには、僕はこいつにも言うつもりはない。ふうんと気のない返事をして、デッカはぐるりと僕の周りをまわった。 「どういうつもりか知らんが、貴様も貴様だ。あんな醜態をさらした後で、のこのことまたやってくるとは……恥というものを知らんのか?」  頬がかっと熱くなった。ジルナに嘔吐の世話をしてもらったのも恥ずかしいが、こいつに言われるのは輪をかけてつらかった。彼はきっと、僕とジルナの関係なんか屁とも思っていない。  だが言い返さずにこらえた。揉め事を起こしたらジルナにも迷惑がかかるかもしれない。 「恥ぐらいは知ってるようだな」  黙って突っ立っている僕をじろじろと眺めると、デッカはなぜかふうとため息をついた。 「こいつは見立てを間違えたな。どんな小狡いねずみかと思ったら、ただのお使いか。俺も焼きが回った……通っていいぞ、小僧」  小僧扱いには腹が立った。僕は思わず口を開いた。名前を聞くのは多少無礼だが、許されないほどじゃない。 「あなたは何者なんですか」  するとデッカは肩をすくめて、意外に気さくな口調で言った。 「私はデッカ・テン・レン。キシュル王館の……まあ尻拭い役といったところだ。お嬢様に何か粗相があったら私に言ってくれ」 「お嬢様、が、粗相?」 「人間に迷惑をかけるわけにはいかんからな」  そう言うとデッカは身をひるがえして軽く跳んだ。そして風に溶けこむようにフッと消えてしまった。 「人間に……迷惑だって?」  不思議な言葉だった。まさか僕たちのほうを気に掛けてくれるなんて。  気を取り直して馬を進める。王館の側面の柵が切れてからしばらく進むと、若々しいシラカバの木が二本並んで立っていた。まわりは巨大な広葉樹がそびえ立っている。この二本は特別な門なのだ。  そのあいだに入ると、周囲の景色がまた流れるように変化して、湖畔に出た。 「ミキル!」  馬を降りてそこらの木につないでいるあいだにも、コトコトと桟橋を鳴らしてジルナが駆けてきた。「ジルナ」僕が両手を広げた目の前で、ジルナは最後の一枚の踏み板にけつまずいて、前のめりになった。 「あっ」  どさりと抱きとめる形になった。僕たちは息を詰めて見つめ合う。  肌の色の濃い可愛らしい恋人が、目を細めて言った。 「ありがとう、ミキル……」 「転ばなくてよかった」 「それもだけど、来てくれて。昨日のことは夢みたいな気がしていたの。あなたはもう来ないんじゃないかって……」 「そりゃ来るよ。来ないわけないだろ。でも、そこでデッカという人に止められた」 「ああ、そうでしょうね。彼は護衛なの。何か不愉快なことを言われなかった?」 「大丈夫、君に言われた通りにしたら、通してくれたよ」 「よかった。彼もここには入れないわ。誰も来られないの。安心して」  僕たちは寄り添って桟橋を渡った。昨日は気が付かなかったけど桟橋はだいぶ古くなって、板があちこち反っていた。 「ここは危ないね。足元、気をつけなきゃ」 「そうね、もうずいぶんになるから……それに走ったのなんか、いつぶりかで」 「そんなに会いたかった?」  うきうきと話しながら、僕はあずまやに足を踏み入れた。  今夜のテーブルには、昨夜より時間が早いからか、食事が用意してあった。宴席の料理よりも豪華なご馳走だ。「晩はもう済ませた?」と聞く彼女に、ごくりと唾を呑みこむことで返事をする。 「靴を脱いでね。ここに座って。お酒は軽いのにしたから。鳥が好き? お魚?」  甲斐甲斐しく世話をしてもらいながら、僕は料理にかぶりついた。 「うん、すごくおいしいよ。悪いね、こんなに」 「いいのよ、食べてもらうの、嬉しいし」 「ジルナも食べなよ。どうせまだなんだろ」 「じゃ、ちょっとだけ。そんなに食べないのよ」  二人で舌鼓を打ってたいらげた。おなかが膨れると、僕は尋ねた。 「支度って、これのこと?」 「え? ううん、こんなのは指一本よ。そうじゃなくて……」 「あ、そうだ。僕も支度をしてきた」  まず薬草を渡してから、僕は物入れを探った。興味津々のジルナの前に、コトリと音を立てて親指ほどの大きさの堅い円柱を置く。 「これ、君に……あげたい」  リスの頭を縦に重ねた意匠の、小さな小さな大理石製の彫像だ。 「ザルーパの戦いの戦利品だよ」 「戦利品……」  ジルナの顔から笑みが消える。僕は不安な気持ちで眺めた。  兵団には戦利品の制度があって、兵士が敵から手に入れたものは一度すべて回収されてから、あらためて分配される。望みの物が手に入るとは限らないから、仲間同士で売り買いしたり交換することはよくある。カッチャーがやろうとしていたのはそれだ。でも僕はこれを持ってきた。これは、僕がこの手で手に入れて、そのまま僕に分配されたものだからだ。  見た目はちょっとかわいらしい。とはいえ、お世辞にも高価なものだとは言えない。はっきり言って自信がなかった。  ところがジルナは不満を漏らしたりはしなかった。手洗いの水鉢に指を入れて、親指で作った丸の中にレンズ豆のような形の水の幕を作ると、それを透かしてじっと像を見つめ始めた。裏を見て表を見て、舌先でぺろりと舐める。 「……喜んでる」 「ジルナ?」  ジルナは水を床に捨てると、「あなたが敵から奪ったの?」と僕を見た。 「一応。……でも倒したんじゃない。任務中に一度追われたとき、森の中で追っ手が木の枝に首をぶつけて、勝手に死んだんだ」  言ってしまってから口をふさぎたくなった。余計なことだ。せめて何か武勇伝っぽく言い換えればよかった。僕ってやつは。  でもジルナはそれを聞くと納得したようにうなずいて、小像をコトリと僕に向けて置き、両手で包んだ。 「ありがとう、ミキル。とても嬉しいわ」 「ごめんよ、変なもの持ってきちゃって。もっと上等な、指輪とか首飾りとかにしたかったんだけど、そういうのは兵士への分配前に、陛下や隊長が持ってっちゃうから。はは」 「ううん、お付き合いで言ってるんじゃないの。本当に嬉しいのよ。ねえミキル、これがなんなのか、知ってて持ってきたの?」 「え、知らないけど……なんなの?」 「これはキシュルの古い家族のトーテムよ」  ジルナは重なったトカゲの頭を指でなぞる。 「五頭のリスの、三つめの目が開いている。……ラトラン家の三男ね。エシヤ、いえエルスロだったかな」 「キシュルの? つまり、エルフの家族票を、敵が持っていたの?」 「奪われたんだと思う。キシュルは以前にもザルーパと戦ったことがある。そのとき討ち死にした男から、ザルーパが奪って、向こうで受け継いでいたんでしょうね」 「彼らの戦利品だった……?」 「そう。ところがそれを、今の代になってあなたが奪い返した」 「へえ……不思議な偶然があるもんだね」  よくわからないまま僕が言うと、ジルナは首を横に振って、僕の手を握った。 「偶然ではないの。これは賛意なの。ラトラン家はもう絶えている。絶えた人々が、あなたの手を借りて村へ帰ってきたということなのよ。それがどういう意味かわかる?」 「いや、さっぱり……」  僕がばつの悪い思いで苦笑すると、ジルナは言葉にならない様子で自分の胸元をかいてから、僕の首に両腕を回して、熱っぽいキスをくれた。  んっ、んっ、と強く何度も唇を押し付けてから、ジルナは顔を離す。その瞳は皇帝の冠でももらったみたいな喜びに輝いていた。 「あたし、正直に言うと、少し迷っていたの。一時の情熱に流されていいのか、この出会いは何かの間違いなんじゃないかって。……でも、今はっきりしたわ。あたしたち、祝福されているのよ……!」 「そ、そうなの?」 「ええ」うなずいてから、ふと、ジルナは恥ずかしそうに目を泳がせる。「一体なんであたしなんかのところへラトランが帰ったのか、ちょっと変だとは思うけど……きっと、トーテムが分かる人のところがよかったのよね」 「そうだね、きっと」僕は話を合わせる。「これがなんなのか、一緒に従軍したエルフの男たちも知らなかったもの」 「あ、そうだったの?」 「うん。でも、君はエルフの歴史に詳しいんだね? だから、そういう目利きの人の手に渡るために……このトーテムは戻って来たんじゃないかな」 「そ、そうよね。その通りよ」  なぜかうろたえたみたいにこくこくとジルナはうなずく。 「違うの?」 「違わないわ。きっとそう」 「そうか……祝福とか一族のトーテムの話はよくわからないけど、ジルナが喜んでくれたなら、よかったよ」 「ええ、あなたはそれで十分だと思う」  ジルナの話し方はどこか不自然で、秘密があるのが感じ取れた。それは心地いいことじゃなかった。どんな秘密があるにしろ、それはどうせ、僕たちの間の壁になるようなことだ。身分違いの人間とエルフ、話せば話すだけ隔たってもおかしくない。  だから僕はそんなわだかまりなんか踏み越えてやるつもりで、ジルナの両肩に手をかけた。 「ジルナ」「あ……」  昨日と同じ薄い紗に包まれただけの体を引き寄せ、今度はこちらから口づけする。ジルナは抗わなかった。彼女も同じ気持ちならいいと思った。  腕を回して抱き締める。桟橋ではとっさのことだったけれど、今は座ってくつろいでいる。ジルナに離れる余地はなかった。離すわけがなかった。肉付きのいい熱い体を、今度こそしっかりと腕の中につかまえた。 「ミキル、待っ」「しゃべらないで」「んう」  重ねた唇を吸い立てて、舌を伸ばす。昨日の初めてのキスのときには緊張でわからなかった衝動を、今はしっかりと自覚していた。この可愛らしい甘ったるい女の子を味わいたい。欲情のままに触れ抜きたい。  ジルナは許してくれた。ううん、応えてくれた。唇のあいだをつつくとうっすらと口を開け、僕の舌を受け入れて……デザートの甘い味のする舌先でちょんと触れ、ぬるぬると自分から絡ませてくれた。 「ん、んんっ……ミキル……ん……」 「くふ……ジルナ……んむ……」  目を閉じて互いの口の中だけに没頭する。唾液と吐息をたたえた生温い粘膜の深穴。コツコツと歯をなぞり、ざらざらした口蓋を舐め上げる。んーっ、んーっ! とジルナがくぐもったうめきを上げる。嫌なのかと思ったけれど、舌を縮めたとたんに彼女が舌を入れてくる。僕の歯をこすり、ねろねろと口蓋を舐め上げ、こくっと混ざり合った唾液を飲んでから、たっぷりとこちらにも押し込んでくる。 「んはっ、はぁ、はぁぁ……うぷっ」  口を離して短く息を継ぐあいだも、泡立った唾液が二人の唇をつないでいる。再び押し付けてぬるぬると塗り付けても、拒まない。同じように押し当てて、むぐむぐとついばみ合って……上ずった声でささやく。 「ミ、ミキル、素敵……こんな……」 「ジルナ」 「ひぅっ」  見つめ合ってまたすぐに吸い付いた。切り上げ時がわからない、というより、いつまでだって続けたい。濡れた敏感なところのこすりつけあいで、あの全身を縛るようなぴりぴりした心地よさが際限なく高まっていた。心臓がどくどくと痛いほど高鳴り、僕の、ズボンの中のあれが、隠しようもなくいきりたって、ずきずきとうずく。  むさぼるような激しいキスを続けながら、僕はジルナの体を寝椅子に押し倒していた。胸の下でたぷたぷと柔らかな肉が潰れる。薄い紗の服からあふれそうなほど豊かな、あのおっぱいだ。あの人が腕の中にいる、あの人が腕の中にいる。その事実を頭の中で繰り返すたびに興奮が高まり、肩を抱く腕に、くびれた腰に回した手に、力を込めてしまう。 「ミキル、待って、待って――お願いよ、待ってちょうだい!」  のしかかって追い詰めるようなキスに、とうとう顔を振って抵抗した。僕は顔を離して息を荒ららげる。仰向けのジルナの浅黒い顔は熱病にかかったように真っ赤だ。くしゃくしゃの銀髪が座椅子に散らばっている。  はぁ、はぁと湿った息を吐いて、陶然と目を泳がせた。 「に、人間の男の子って……こんなに激しいの……」 「子供じゃないよ、僕は……エルフはもっとおとなしいの?」 「知らないわよぉ……」  ささやいてふるふると首を振るジルナの可愛らしさに、ぞくぞくする。  一瞬も離れたくない。僕は再び顔を近づけようとするが、ジルナがか弱い手で押し戻して、「服を脱いで……」と言った。 「ああ……」  僕は伝令兵の紺の上着を脱ぎ捨て、肌着をめくり上げた。上半身をあらわにすると、ジルナが食い入るように目を見張った。「……なにか変?」と聞くと、ううんと首を振って、両手を僕の胸に当てた。 「胸……殿方の、胸……」 「珍しい?」 「だから、あたし初めてなのよぉ……」  胸板をさわさわと撫で、腋をきゅっとつかむ。筋肉を確かめているみたいだ。  僕の体格は兵士にしては中の下といったところだと思う。ジルナはそれがいい、ということなんだろうか。 「かたぁい……ねえ、あまり力を入れないでね。あたし、壊れちゃう……」 「わかってるよ」  僕は早く彼女を抱きしめたかったけれど、そのうちに不思議な気持ちになってきた。触れられるのが気持ちいいのだ。ジルナの優しい手が軽く押すように触れてくれると、その部分からシンシンとさざ波が走る。「きれい……強いわぁ……」と腕や肩をなで回されると、ぞくり、ぞくりと心地よい震えがおき、「はぁぁ……」と熱い声がこぼれた。  ジルナがそれに気づいて、「いいの?」とささやく。 「うん……気持ちいい。魔法?」 「魔法? いいえ、何もしてない……」ジルナがにっこりと微笑む。「そう……殿方も、触れられたいのね。女が触れられたいように」 「ああ……」  鼓動は収まっていない。どくどくと胸が鳴り、同じようにズボンのこわばりも脈打っている。そう、本当はそこに触れてほしい……けれども、そんなことまでは口にできない。  代わりに手を伸ばす。 「僕も触らせて、ジルナの……体」  ジルナがためらいがちに、こくりとうなずいた。  男ならだれでもほしくなってしまいそうなジルナの胸に、とうとう、布ごと下からすくい上げるように触れた。  大きい、というより、ずっしりと重かった。酒袋みたいに、とぷん……と波打ち、両手に収まらない肉がふるふると揺れる。柔らかすぎて指のあいだからこぼれてきそうだ。  思わず息を呑んだ。 「すごい……ジルナのおっぱい、大きい……」 「えっ」とジルナが変な声を上げた。戸惑ったような顔をする。 「お、大きいって」 「うん、とても……」 「そ……そんなことを言うの? 今になって?」 「ジルナ?」なにかが変だと僕は気づく。「そんなことって? それは……」 「大きいのは、ひと目でわかってたでしょ。わかった上で、気にしないでくれたんだと……」 「気にしないでって……無理だよ、それは。こんな」 「無理なのね。じゃあ、いいわよ」  ジルナは僕の手を押しのけようとする。傷ついたように顔を曇らせている。なんだか誤解されたみたいだけれど、どういうことだろう? 「待って、ジルナ。気に障ったなら謝るよ。でも、なんで?」 「なんでじゃないでしょう。比べたんじゃないの?」ジルナがすねたような目でにらむ。「宴席にいた娘たちと……ああいう、楡の木みたいなほっそりした女の子がいいんでしょう? あなたも」 「ほっそり? いや、そんな」わかってきた。「比べてないよ。あの子たちなんか目にも入ってないよ。なんでそう思うの? ジルナのほうが断然素敵じゃないか」 「素敵ですって? どこが?」両腕でぎゅっと乳房を押さえて、涙声で言う。「こんな、だぷだぷのみっともない体が?」 「だ、だぷだぷだなんて」僕は懸命にその手をつかむ。「全然逆じゃないか。何を言ってるんだ。君は最高だよ。――ひょっとして、エルフって胸が小さいほうが偉いの?」 「そんなわけないでしょう?」ジルナが目を吊り上げる。「そんなわけないじゃない、偉いとか、なんとか……」 「じゃあ、もてるんだ。やせ気味のほうが」 「もてる……って何よ」 「男に好かれるってこと。……うん、エルフって細い人ばかりだよね。そっちの方がいいと思ってる? ジルナも?」  ジルナはまた戸惑いの目を僕に向けて、「人間は違うの……?」と言った。 「違う」言い張るならそこしかない。僕は力を込める。「枯れ木みたいなひょろひょろの娘たちなんか、話にならないよ。人間の男は――僕は、ジルナのほうがずっと好きだ。この――」まあるい豊かな、二つの大きな涙のしずくみたいな乳房を手で示す。「柔らかくて、やさしいおっぱいが、大好きなんだよ。何よりもだ」 「ほ……ほんとに?」 「本当、絶対本当」ジルナがまた心を開き始めてる。「傷つけたなら、ごめん。でも僕はジルナが、本当に素敵だって感じてる。見て見ぬふりなんかじゃない。こういうジルナが好きなんだ」  ジルナが、半信半疑の様子で、ゆっくりと腕を開いて、また胸を見せた。  僕は用心深く両手を広げて、ふくらみに触れた。 「さわりたい……さわっていい?」 「……無理してない? 気持ち悪くない?」 「とんでもない。君は僕の胸にさわるのが気持ち悪かった?」 「いいえ……」ふるふる、とまた首を振る。「がっしりして、逞しいなって……」 「それと同じで、ふっくらして、可愛いなって僕は思ってる。それに……気が狂っちまうぐらいきれいだよ」  はっ、はっと小さく息をついていたジルナが、紗の服の胸元をとじている紐を、するするとほどいた。ごくりと唾を飲み、恥ずかしさに目を伏せて、ぶるぶると指を震わせながら、布を左右に開いた。 「これを見ても……まだ言える?」  一瞬、何も言えなかった。――もちろん、嫌悪なんかじゃなく、感動で。  首元にくっきりと浮かぶ大人びた鎖骨の下から、なだらかに盛り上がる雄大な二つの丘。乳房の上面は黒蜜を塗り付けたみたいな、褐色の広い斜面だ。汗ばんだ肌がほのかに光っている。  その頂に、ぷっくりとした薄赤の乳首。少し大きな輪の中で、人差し指の先ぐらいの尖りが震えている。丘の下辺はどっしりとした丸みを描くせり出しだ。肉の重みでたっぷりと張って艶めき、おなかに黒々とした影を落としている。  これが、人間の男にとってどんなに素敵で神々しいものなのか、ジルナは全然わかってないんだ。  僕は顔を寄せて、胸の谷間に口づけしながら、両手で寄せ集めた乳房で、頬を挟んだ。 「ミキルっ……」  とぷん、とぷんと乳肉を持ち上げて、右と左、かわるがわる頬ずりする。肉を支える手首にぐっと重さがかかる。汗ばみ始めた肌からあのねとついた甘い体臭が濃密にあふれだし、蜜のように僕の鼻孔を浸す。強烈な食欲がこみあげて右の乳に食らいつく――けれど、決して痛くしたりはしない。唇で歯を隠して、はぐはぐと甘噛みを加える。  とろり、と鼻の下にこすれた左の乳首からかすかに脂っぽい乳臭がした。乳首ごとがっぷりと口に収めた。コロコロと押し付けた舌の上で、乳頭がうっすらと固くしこり立った。 「ミ、ミキルミキルっ! うんっ!」  ジルナが鼻を鳴らして悶える。肩に手がかかったけれど、押しのけたいのか押し付けたいのかはっきりしない。爪を立てて、ぐいっ、ぐいっとつかんでくる。 「だめ、そんなにしちゃ、だめ、だめっ……」 「だめだよ、ジルナ」はぁはぁと息をつく僕も必死だ。「僕はおっぱいが大好きなんだ。君は堂々と僕にくれなきゃいけないんだ。恥ずかしくなんかない。ここが君の一番素敵なところなんだよ」 「いやっ、ひや、やぁぁ!」  抵抗してもジルナの腕力は弱い。だいたいそれは抵抗なんかじゃなかった。とろけた嬉しそうな声がそれを示していた。僕の背中を引っかき回し、体を左右にくねらせて足をばたつかせるジルナは、間違いなく、感じたことのない気持ちよさで混乱しきっていた。  右と左のおっぱいを、吸い痕だらけ、唾液と汗まみれにして、肉がふにゃふにゃに緩むほど揉み立ててから、僕はようやく顔を起こした。  ジルナはとんでもないありさまになっていた。可愛い顔は泣き喚いて涙まみれ、袖から腕が抜けてお腹も太腿も丸はだけになり、息も絶え絶えの様子で、びくびくと震えてしまっていた。 「ジルナ……」  やり過ぎたかな、と顔を寄せると、うつろな目をゆっくりとこちらに向けて、「あ……」と手を上げた。頭を押さえられるままに近づくと、「ミキル、ひどい……」とかすれた声が聞こえた。 「も、もう、だめ、体、がくがく……死にそう……」 「……ごめん」 「な、なんとかして」  彼女が腰に手をやる。見下ろすと、女性の一番大事なところを守っている下着に指をかけて、下げるようなそぶりをした。――手ががくがくして、示しただけだったけれど。 「最後まで、して」 「……ジルナ」 「し、して。いいから」ジルナは美しい銀のまつ毛をしばたたかせる。「心、決めてきた。どうするのかって、調べてきたけど、も、もうだめ」  僕を見て、手を上げてゆっくりと顔を隠した。 「こんなにだなんて知らなかった……もう、何もわからない。ミキルがなんとかしてちょうだいよね……!」  ぶるぶるっ、と発作を起こしたみたいに僕は背筋を震えた。もちろん怖気づいたわけじゃない。  あんまりジルナが魅力的過ぎて、頭が破裂しそうな気がしたんだ。 「わかった。任せて」  ズボンを脱いで下半身のものをあらわにする。僕のものは恥ずかしくなるほどいきり立っていた。ジルナの下着を、丁寧に脱がせる。二人とも生まれたままの姿だった。来る前は、こんな場面になったらうまくやれるだろうかと心配していたけれど、もうそんな気持ちは吹っ飛んでいた。ジルナは何も知らないまま、身も心も任せてくれている。僕は僕の思うように、ただジルナを大事にすることだけ考えて、やればいいんだ。  女の柔らかい腹にじかに触れて、どっしりとした肉付きのいい太腿を開かせて、秘められた場所を生まれて初めて目の当たりにした。ピンと浮き出した内腿の腱のあいだの、ぷっくりとした丘に、縦長の小さな切れ込みが走って、柔らかそうな赤桃色のひだがのぞいていた。そっと触れると、ひだのあいだに宿り始めていた粘液が、つぷりとこぼれて熱く指を濡らした。  気持ちよくしてやろうと思ってくちゅくちゅと撫でると、「いじらないで……もう、して……」とジルナがささやいた。  それで僕は腰を進めて、両脚を思い切って抱え上げた。  ジルナが顔を隠したまま、尻を動かして体勢を合わせてくれる。自分の先端でぬかるみをしばらくまさぐり、その場所らしいくぼみ見つけた。獣じみた衝動が渦巻いてしゃにむにぶち当てたかったけれど、無理やりやってはだめだという自制も同じぐらい強く残っていた。  ジルナの両脇に肘を置いて、幅の狭い女の肩を包むようにつかみ、最後のささやきをかけた。 「君を僕のものにするよ。いいね?」 「はい」  小さくうなずいてから、ジルナがそっと目を覗かせた。 「あたしでよければ」  僕は生まれて初めてやる雄の動きで、ぐっと腰を進めた。 「んぐぅっ……!」  そうして僕たちは一つになった。   4  ドンベス兵団につらい知らせが届いた。国王陛下の討伐を逃れたザルーパの残党が、まだかなりいるので、当分キシュルの守りを続けよというのだ。  王都や故郷に帰るのが先延ばしになったので、多くの兵は落胆の溜息を漏らした。  そうでない兵も、少しはいた。カッチャーは知らせを聞いて咆哮を上げ、喜びを表した。 「よぉぉっし、望みが出てきた! やってやる、俺はやってやるぞ!」 「今んとこどこまでやったんだよ、カッチャー」  狭苦しい兵舎の寝床で尋ねると、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにカッチャーは身を乗り出した。 「手だ!」 「手」 「おお、手を握らせてくれた! あのルメイラがだぞ、エルフがだぞ! こいつは脈がある、絶対脈がある! やっぱりあの贈り物が効いたんだ!」 「何あげたんだっけ」 「孫の手だ!」カッチャーは叫ぶ。「ザルーパの妖馬隊の隊長から分捕った、めっきの孫の手だ! 滅多に手に入るものじゃないからな。珍品だ!」 「次はルメイラが孫の手で背中をかいてくれるかもしれないね」 「背中ぐらい自分の手でかいてほしいが……いや、孫の手でも、それはそれで」  悪くないなあ、悪くない、とカッチャーは想像して悦に入る。それから僕に目を向ける。 「おまえ最近、エルフの貴人にこき使われてるな。どうなんだ、王館で脈のありそうな子でも見つけたか?」 「さっぱりだね」 「そうか」急に真顔になる。「自慢ばっかりして悪かったな。よかったら今日にでも一緒に来るか。ルメイラの友達が備蓄小屋に何人かいるぞ」 「ありがとう、でもいいよ。僕はなんにも贈り物がない」 「そんなの気にするな、俺の見るところじゃ、おまえもいい線いってるぞ。最近なんだか男前になってきた」 「君ほどじゃない」  別に皮肉でもなんでもなく、僕はそう答える。カッチャーのように火の玉になって好きな女の子に突っこんでいくような気概が、からっきし僕にはない。他の女性の前になんか出たら、木彫りの人形みたいにぼけっと口を開けて突っ立っているのが関の山だろう。  ただ偶然、運が良くて、これ以上ないほど相性のいい女性と出会ってしまっただけだ。  守備続行の命令に内心で喜びながらも、そのせいで逆に悩みに襲われてしまう、性根の座らない男が僕だった。もし帰還命令が出ていたら、どうしただろう? どうすればいい?  馬に乗って魔法で隠されたあずまやへ行く。もう何度目かになるのに、回を重ねるほど期待が増す様子で、ジルナが出迎えてくれる。王館から兵団へ連絡が行って、僕の薬草取りは正式な任務の一つだということになった。 「ミキル! いらっしゃい」  銀髪をなびかせてジルナが駆け寄る。僕は馬を飛び降りて抱き締める。彼女は年頃で健康そうな見た目に反して、足が弱いのか目が弱いのか、走ったりするとよく転びかける。 「誰かに見つからなかった? 王館の衛兵に咎め立てされたり?」 「いやたまに見つかってるよ。でも堂々としてれば何も言われない」 「うふん、ミキルって勇気があるのね」 「だって君が許可してくれてるし」  僕は彼女が水に落ちないように、しっかりと手をつないであずまやへ渡る。 「お仕事、ご苦労さま。二日ぶりね」 「西のハーロウ庄の兵団に回状を送ってきたんだ。待たせちゃったね」 「あら、いいのよ。しょうがないわ」 「ドンベス隊長にはあまり無理も言えなくて。馬一頭、ほとんど貸し切りにしてくれてるし」 「ドンベスはいい人ね。あなたを配置換えしないだけでも感謝してるわ。さあ、お食事を召し上がって」  僕は毎日来られるわけじゃない。任務で何日も出かけることがある。それでもこうしてやってくると、連絡もしていないのにジルナは手厚くもてなしてくれる。きっと僕が来ない日にも、支度をして一人きりで待ってくれているのだ。愛しさで胸が痛くなる。  でもジルナはそれを恩着せがましく言ったりせず、逆にこんなことを言う。 「おいしい? もっと食べる?」 「おいしいよ。大魚になってテーブルごと呑みこみたい」 「呑みこんじゃって、ミキル。まだまだあるわよ」 「ほんとに、んぐっ、いいの? 僕はなんにも出せないのに、こんなに良くしてもらって」 「気にしないでって言ったでしょ。あたしはこういうことができて嬉しいのよ」  僕ががつがつ飲んだり食べたりするのを、にこにこと眺めて給仕してくれるのだ。  食べ終わると寝椅子でもたれあって、ゆったりと話し合う。 「僕の友達がね、カッチャーっていうんだけど、ルメイラにぞっこんなんだよね。本人はいけそうだって言ってるけど、どうなのかなあ」 「ルメイラ・スク・メイレンかしら。あの子だったら、望みはなくもないと思うけど」 「そうなの?」 「掟忘れの夜に誘ったんでしょ。掟忘れの夜というのは、戦明けに設けられる祭日なのだけど、ちゃんと意味があるの」 「どんな意味?」 「戦では、男が大勢亡くなるから……村の人手が減る。減った分、普段よりも子作りの機会を増やしましょうということよ」 「そうか。エルフは子供が少ないから……増やそうと思ったら、意識してやらなきゃってことか」 「逆に子供が多いときには、厳格に子作りを禁じられるのだけどね」  僕はその話の表すことを考えて、寝椅子に身を起こす。 「待てよ、僕と君が出会ったのもあの夜だ。じゃあ君は、最初から僕と子作りするつもりで……?」 「まさかそんなことにはならないと思っていた、というのが本当のところだけど」ジルナは照れくさそうに顔を背ける。「ちょっぴり、期待はしていたかも。それで本当にこうなってしまったから、とても嬉しく思ってるわ」  そう言ってから、僕を見て眉をひそめる。 「……ミキルは違うの? そうじゃなかったの?」 「いやちょっと待って」  そうじゃなかった。人間の男は時として何も考えずに一夜の火遊びをするんだ――と言いかけたが、どう考えても言わないほうがよさそうだった。それに、真面目な話、僕はそれについて考えるべきだと思った。 「ひょっとして、考えてなかった?」ジルナの声が沈んでいく。「あなた、まさか故郷に許嫁がいたりする? 従軍した農民だって言ったわよね? だからあたし、後継ぎじゃないだろうと……」 「うん、後継ぎじゃない、四男だよ、許嫁どころか幼なじみの子もいやしない」僕はあわてて否定しながら、考える。「将来の定めなんか何もない」 「だったら……?」 「少し待って」  悩ましいところだったけれど、これが、兵士にとって考える価値もない先のことに目を向ける、貴重な機会なのも確かだった。 「……うん、いいよ。いい」 「いいって?」 「僕は……君の子供の、親になるよ」 「本当?」  ジルナがぱっと顔を輝かせたけれど、僕は手のひらを突きつけた。 「待って。その場合、生まれてくる子供はどうしよう。どうすればいい? 君は育てたいんだよね。僕は君と……結婚、できるのか?」  ジルナと自分、どちらにも向けた問いだった。 「僕は兵士だ」 「それはね、ミキル。あなたが嫌でなければ、その……」ちょっとためらってから、ジルナが言う。「例えばの話だけど、あたしは、あなたを王国から買い取れると思うの」 「買い取る!?」  仰天して叫ぶと、ジルナはあわててぱたぱたと手を振った。 「言い方がわからないの。人間の兵団では、お金で契約を結んで部下になったり隊長になったりすることがあるでしょう? そうやって、あなたの契約を外せるんじゃないかと……」 「ジルナは僕が王国への忠誠を忘れて、はいはいとお金で買われるような男だと思ってるのか?」 「そ、そういうことを言ってしまったのよね、あたし」ジルナは失言に気づいて、おびえたように身を縮めた。「ごめんなさい、取り消すわ。ミキル、あなたを軽んじたわけじゃないの。許して」 「ふん……」  ジルナを怖がらせたりなんかしたくない。僕はふてくされて黙りこむ。  そして考えているうちに、自分には偉そうな態度を取れる資格もないと気づいた。農民出だからじゃない。性根が座ってないからだ。 「……実は僕も、迷ってた」 「ミキル?」 「帰還命令が出たら、どうしようかって。命令に背く覚悟なんかない。でも、君ときっぱり別れて王都へ戻ることを考えたら、そんな命令は来なければいいと思ってた。……ごめんよ、ジルナ。僕の忠誠なんて、その程度のものだ。君が買ってくれるっていうなら、喜んで、って言うべきなんだ。君を許したりしないよ、僕のほうこそ許してもらわなけりゃ」 「じゃあ……売り買いっていう言い方はやめましょう。ただ、あなたがここにいられる方法があるならば、それを選んでもいい。これなら、うんと言ってくれる?」 「ああ」何か吹っ切れた気分で、僕はうなずいた。「うん、だ。僕は君といたい!」 「よかった」  ジルナは微笑み、付け加えた。 「キシュルの村はこれからも人間の王国の味方よ。だから、ここに留まっても、また王国に報いる機会はきっと巡ってくるわ」 「そうか、そうだよね」  僕はうなずいた。  そして気が楽になると、次の疑問が浮かんだ。次のと言うよりも、一番重要そうな疑問だ。 「そうして子供が生まれたとしたら……それって、大丈夫なの?」 「何が?」 「その子は人間とエルフ、半々の血を引くことになる」 「あら、エルフになるのよ」 「なんだって!?」  またしても僕は驚いた。けれどもジルナは軽やかに笑って言った。 「うふふ、知らなかった? エルフって人間よりずっと血が強いのよ。あいの子でも、その子がまた人間と番っても、生まれる子はエルフ」 「嘘だろう?」 「だって、そうでなくてどうして、人間より数の少ないエルフの血脈が続くの? ずっとずっと昔から、エルフは人間の近くに住んできた。血が混じることでエルフでなくなるなら、とうの昔にエルフは全部人間になってしまっていると思わない?」  それは驚くべきことだけれど、言われてみれば当たり前に思えた。 「そうかぁ……じゃあ、もしカッチャーがルメイラと結婚したら」 「やっぱりエルフが生まれるわ」 「そうなんだ。まあそんなことはないと思うけどさ……」  僕がどっと寝椅子に背中を預けると、ジルナがぽつりと言った。 「そうしてエルフと人間が結ばれても、いつかはその幸せは終わってしまうのだけどね。……あたしたちは、人間よりずっと長く生きるから」  目をやると、ジルナは寂しそうな横顔を見せていた。 「ジルナ」  僕は手を取って抱き寄せる。ジルナはおとなしく腕の中に入ってくる。 「僕は君のそばにいるよ。……いてもいいんだよな。たとえ君が、何十年か先に、僕を失ってしまうとしても」 「何十年……」目を上げたジルナが、どういうわけか、クスッと笑った。「大丈夫よ、ミキル。それはあなたが心配しなくてもいいこと」 「どうして? 今言ったじゃないか。君は僕よりずっと長生きだって……」  そのとき、恐ろしいことに気づいた。思わずジルナの両肩をつかんでしまう。 「まさか、違うのか?」 「えっ――」 「病気なのか? 君は。どこか体を悪くしていて、そのせいでもう長くないんじゃ……足が弱かったりするのも、そのせいなんだな? 教えてくれ!」 「ああ……」  ちょっとだけ硬い顔になったが、ジルナはすぐにふんわりとした笑みを浮かべる。 「そんなんじゃないのよ。あたしは病気じゃありません」 「ほんとに?」 「ほんとよ。この通り、ぴんぴんしてます。急に怖い顔をするからびっくりしたわ」 「それならいいけど……」  つかの間の恐怖が薄れて、僕はどっとため息をつき、目を閉じた。  ジルナがとすんと僕の胸にもたれて、くすくすと笑う。何が面白かったんだろう。この女性はたまに、さっぱりわからないときがある。 「健康だし、楽しいこともできるわ。――ミキル?」  この声の調子はわかる。僕は目を開ける。 「ね?」  ほのかに美しく頬を染めて、彼女は僕の腕をつかみ、自分の体に回す。  僕は彼女を後ろから抱き締める。腰は細い、まわした手で自分の手首をつかめるほど。胸は大きい、乳の下に僕の腕がすっぽり隠れてしまうほど。 「ジルナ……」「ん、ミキル……」  自分から紗の服の前を開けて、ジルナは生の乳房を揉ませてくれる。肌をあらわにした瞬間から、はっ、はっと息が早くなっているのは、まだ大きな乳房の存在そのものが恥ずかしいからだろう。それでも、逢瀬を重ねるにつれて抵抗しなくなり、だんだん僕の望み通り、触らせてくれるようになった。  いや、今では彼女のほうが望むようになっている。  腹側で交差させた両手で乳房をわしづかみに、十本の指をやわやわと蠢かせて揉みしだくと、指の間で乳肌がにゅるにゅるとこすれる。指が食いこみ、呑みこまれてしまいそうなとほど柔らかい。こすれる指の間で、濃色の肌よりも明るい色の乳首がこりこりと尖り立つ。指で挟んでしごくと、「ンンッ、ンンッ」とジルナが頭をのけぞらせる。 「痛くない?」 「ううん、ううん」 「痛かったらやめるよ」 「痛く……ないっ」 「おっぱい、好きになってきた?」 「うん……ミキル、うんっ……」 「おっぱい好きって言って」 「お、おっぱい」目の前の尖り耳が、さぁーっと朱に染まっていく。「おっぱい、いじられるの、好きぃ……」  二人の間に挟まっている僕の股間が、ぐいぐいとこわばり立って存在を主張する。それを感じたジルナが大きなお尻をぐりぐりと押し付ける。 「ミキル、硬いわ……」 「うん。僕、ジルナとしたい」 「い、言って、ミキル。あたしと、何をしたいの?」 「愛し合いたい。子作りしたい。つながりたい」 「もっと言って。名前、呼んでっ」 「ジルナ、ジルナ好きだよ、ジルナを抱きたい。ジルナにこれを突っこんで、子種をぶちまけて孕ませたい……!」 「はくっ……」  ぞくん、ぞくんっ! とジルナの背が反る。恐ろしく艶っぽくささやく。  「は、孕ませちゃうのぉ……?」  エルフは子作りに厳しい。それが掟忘れのおかげで解禁されて、子作りのひと言でことさらに興奮するんだろう――僕は想像して、同じように興奮する。  胸からジルナの腹に手をやる。ふっくらとした腹にぎゅっと手を当てて――実はジルナは腰まわりも他のエルフ娘よりだいぶ大きい――下腹をぐるぐると撫でる。 「ここだ。ジルナのここに、僕の子を宿させる。ジルナ、受ける? しっかり呑みこんでくれる?」 「あたしは……赤ちゃん、なかなかできないわよ」肩越しに振り向いたジルナが、口づけする。「ミキル、孕ませられる?」 「できるよ。絶対できる」  寝椅子にうつぶせに押し倒して紗の裾をめくると、磨いた銘木みたいな色艶の大きな尻があらわになる。一抱えもありそうな尻たぶの間は、少しだけ色の薄い一筋の谷間だ。僕はちょっと驚き、含み笑いして尻を撫でる。 「ジルナ、下着は?」  はぁ、はぁと荒く息をしながら、振り向いて「忘れちゃった」と笑う。 「いやらしいな、ジルナは……!」 「いや、そんなこと言わないで、いや」  ジルナは首を振るが、恥ずかしいすぼまりの下の、ひくつく縦長のひだのあたりを手のひらで撫で回すと、「ふうううっ、ううんっ!」と激しく鼻を鳴らして肩を震わせる。 「くすぐっ……たいぃ」 「やめる?」聞くとすぐ首を横に振る。 「丸見えだよ……僕はこんなところ、見たことないんだよ、今まで」 「見て、ミキル、見て……」 「すごくいやらしくて……きれいだ。薄赤色で、ぴくぴくして、溶けそうに柔らかくて……」 「あ、あたしも初めて見せてるの、ミキルが初めてなの!」  そろえた指で軽くぴたぴたと叩いただけで、ひだのあいだからぬらぬらとぬめりがこぼれてくる。手のひらを押し当ててぐちゃぐちゃと揉みこむ。「聞こえる? ぬちゃぬちゃだよ」と言い聞かせてやる。ジルナは座面に顔を突っこんで声を殺している。 「もっと見てやるから……ジルナのあそこ……」  ぐいと尻を引いてホタル火の方向へむけ、うっすらと照らされたひだの真ん中を、指で割り開いた。健康だから、と彼女が言った通り、そこはそのまま生で食べてしまいたいほど美しい血肌の色だ。奥へと続く暗い小さな穴に、口づけする。むせ返るほどの濃厚な体臭と粘膜の塩辛い味。都会の洗練された人なら眉をひそめるかもしれない、でも農民出の兵士にとっては獣のような興奮をそそられてやまない、生々しい雌の香味だ。 「んっ……ジルナ……んぷむっ……ジルナぁ……」 「だめっ、だめっ、ミキル、ひどいっ……」  ジルナの「ひどい」は、最高に気持ちいい、の意味だ。  ガチガチにいきり立った僕の雄が、入れる前さわる前からもう暴発寸前まできてしまった。もどかしくズボンを脱ぎ捨てて膝立ちになる。高さをあわせようと押し下げると、大きすぎる尻肉がゆらゆら揺れて、ぺたりぺたりと竿が触れる。 「こら、ジルナ、じっとしろ!」 「入れてって、言ってるの。入れて、入れて……」  甘える声がたまらない。片手でがっしりと腰をつかむと、僕は狙いを定めて、一気に貫いた。 「食らえっ!」「いっ……ん!」  じゅぷぷっ、と音を立てて、濡れ穴がひと突きで奥までこわばりを呑みこんだ。  ぞわぞわっ! といきなり衝動が僕の背を駆け上る。雄器官を包みこんだ柔穴は無上に気持ちよかった。内側のざらざらした溶けひだが、待ちかねていたようにぬるぬると蠢いたかと思うと、一体になって、きゅうっ……と奥へ締めしぼる。  自分の根元がびくっ、びくっと脈打って暴れたのを感じた。放出をなんとかこらえたのは、我ながら上出来だった。 「ジ、ジルナっ!」  僕はジルナの背に覆いかぶさる。長い銀髪に覆われた女の背中は、最高の抱き心地だ。 「か、加減してよ! 漏れるっ!」 「漏らしてぇ、ミキル漏らしちゃってぇ」 「だ、だめだっ、まだ入れたばっかり――」 「だったら出してから楽しんで、何度だってしていいからぁ」 「こ、このっ……いやらしい、男食いのエルフ女め!」 「違うのぉ、ミキルだからっ、あたしミキルにどくどくされたいのぉっ!」  恥じらいも何も投げ捨てたジルナの淫らな言葉が、ガンガンと耳を打つ。やけくそでずちゅずちゅと激しく腰を使うと、「ひんっ」と顔を伏せて、ぞくぞくと背筋を震わせた。つながるときに痛がっていたのは、最初の二夜だけだった。今では何をしても喜ぶようになってきてる。だったら意地を張ってこらえたって仕方がない。 「くううっ、もう、出すぞっ、ジルナ!」 「うんっ、うんんっ!」  喜ぶジルナの背中から腕を回して、重く垂れた乳房を手のひら一杯にわしづかみにすると、「うぐぅぅぅっ!」とこわばりをねじこんで、一気に解き放った。  どびゅうっ、ぐびゅっ、どびゅぅぅっ、とほとばしりの響きが脳天まで駆けあがる。顔を覆う乱れた髪の香りがこの上なく甘苦しい。ギュッ、ギュッ、キュウッ……と肉穴が縮み上がる。ジルナが背中を硬くして、「ミキルうぅぅぅ……!」と天国まで届きそうな甲高い声を上げる。  愛しさが猛烈に高まっているおかげか、出しても出しても途切れなかった。びるびると精を撃ち放ちながら、鼻先で銀髪をかき分けて、耳を探り出す。長い柔らかな耳たぶを歯でコリコリと噛み、耳孔に息を吐きかける。 「ジルナ、可愛い、可愛いぞっ」 「だめっそこっ、耳噛んじゃだめ、跡ついちゃう、きゅうんっ」 「じゃあ腹だ、腹につけてやるっ、ジルナ、孕めっ、孕み腹になれっ!」 「はい、はいぃっ、ミキル、はいぃっ!」  下腹でごくごくと精汁を飲み干しながら、がくがくとジルナがうなずく。 「孕む、絶対孕むからぁっ! 注ぎ尽くしてっ!」 「ふんんっ」  最後のひと突き、根元までぐりぐりとねじ込んで尻を押し潰さんばかりに体重をかけると、「ひっ、どいっ……!」と細く絶叫して、ジルナはとうとう白目を剥いた。  ずるずると引き抜いた僕の赤黒い器官は、根元から先の口まで粘液にまみれている。ふう、ふうと鼻で息をしながら後ろに尻もちをついて、しばらく休んだ。 「か……は……」  ジルナは突き上げたままの尻を、どさっ、と寝椅子の背もたれに預ける。二つの丘が汗と体液でてらてらと光り、真ん中の赤桃色の肉穴は半開きになったままだ。ひくひくと息づくたびに、僕が口まで注いだ白濁が、こぷっ……とあふれ出してくる。とんでもなく淫らな眺めだ。したばかりなのに、またむらむらしてくる。  ジルナの肩の向こうに顔が見える。ぽっかりと口を開け、手ひどく乱暴されて気を失ったみたいな、無残な顔をしている。  そう見えても、実際は魂の底まで喜んで受け入れたはずだけれど……。  いや? 「ジルナ……ジルナ」  肩をつかんで覗きこむと、ジルナの顔色が白っぽくなっていた。呼びかけにも答えない。僕はちょっと怖くなって、テーブルのお酒を小皿にとって、彼女の口元に寄せた。 「飲んで、これ……」  口元を濡らすと、反応があった。こくこくと酒を飲んで、しばらくするとふうっと大きな息が戻った。 「ミ……ミキル」 「大丈夫?」 「ええ……」  苦しそうな姿勢のままだけれど、彼女の顔は安らいでいるように見えた。まだ突き上げたままの、尻を、ぴくっ、ぴくっ、と時おり震わせる。 「満たされていたの」 「……ジルナ?」 「ミキルが注いでくれた熱いクリームが、とぽ、とぽ、っておなかの奥に染みてきたの。……もうあたし、この世に思い残すことはない、なんて思った……」 「何言ってるんだ、ジルナ」僕は苦笑して彼女のお尻を揺さぶる。「僕たち、まだまだこれからじゃないか。こんな中途半端なところで終わっちゃったら、思い残すことだらけだよ」 「……そうね。その通りだわ」  ジルナはずるずると足を延ばして横寝すると、ふあぁ、と満足そうに伸びをした。それから少し宙に目をさまよわせて、片手を股間にやった。 「んっ……あ、あら……あらあら……」  股を覆うようにした手のひらの下から、みるみる精液があふれてきて、太腿を伝った。ジルナが照れ臭そうに目を細める。 「こんなに出してくれたの? ミキル。長いなとは思ったけど……」  そんなジルナは、自分の顔の前に腰掛けている僕に気づくと、ぎょっとして目を見張った。  じっと彼女を見下ろす僕の股間で、隆々と男根がいきり立っていた。 「し、したばっかりじゃない!?」 「そうだけど、さ……」自分を抑えようとしているので、声が平板になる。「まだ終わってないよ」 「え、えええ……」  ジルナは困ったような笑みで僕を見上げた。 「まだ、なの?」 「もう、ってところかな」  僕は鼻の横をかく。こんなにのべつ幕なしに盛り立ってしまっているのは恥ずかしい。でも、ジルナはとてつもなく艶っぽくて、興奮せずにはいられない。 「もっと君を食べたい。……でも、少しは待つよ。疲れたんだろ」 「も、もおぉ……そんなにあたしを?」  両手で頬を押さえて恥ずかしがると、ジルナは、天に向かって直立する僕のものを見つめて、はぁー……と嬉しそうなため息をついた。彼女が純粋に好意の目で見てくれるので、僕も恥ずかしさが薄れて、ちょっと得意な気持ちになった。 「エルフは違うの?」 「エルフは寝屋では明かりを消して、慎ましく愛を交わすのよ。実際見たわけじゃないけど、羽目を外しすぎることはないと思うわ」 「へえ。じゃあ、こういうのは常識外れ? 見苦しい?」  見つめていたジルナは、ちょっと目を外して、僕の裸の腰に、んっとキスした。 「そういうことになってる……けれど、実際あたし、もう常識やしきたりなんか、とっくの昔に蹴散らしちゃってるわ」 「おてんばさんだ」 「あは……だから、ねえ? ミキル。あたしもうひとつ、羽目を外していい?」 「どんな?」 「あのね、あたし、んっ」ちょっと声を詰まらせるのが可愛い。「それ……触ったりしてみたい」 「何度も触ってるじゃないか」 「それは服の上からとか……でしょ。そうじゃなくて。それ、今見ていたら、手で触りたいなって……」途中でほっぺたを押さえる。「いやだ、あたし何言ってるのかしら。人間でもしないわよね? そんなこと」 「さあ、僕も知らないけどさ、するかしないか」ジルナとこういう話をするのは楽しい。「僕も今、羽目を外したい気分だよ。君と同じで」 「……じゃあ、してもいい?」 「うん。――あのさ」髪をかき分けて尖り耳にささやく。「なんでもしていいことにしない? 僕たちだけは」 「なんでも……」  どんなことを想像したのか、息を詰まらせてから、ジルナはわくわくした様子で僕の膝に這い上がってきた。 「んっしょ。ごめんくださいな……」  欲情でみっともなく膨れ上がった僕の男根の前に、ジルナの美しい顔がにじりよる。ちょっと信じられない光景だった。 「わあ……すごい……」  視線を食いこませながらジルナがそれを眺めまわし、ちょん、と指でつつく。渇きかけの粘液がこびりついたままのそこが、僕は気になる。 「あ、手が汚れるよ……先に拭こうか?」  ちらりとこちらを見上げて、股間に目を戻したジルナが、内腿にまたちゅっとキスをしてから、ささやいた。 「これは、あたしの体がつけちゃった汚れでしょう。……ミキルが遠慮なんかする理由、ないんじゃない?」 「えっ、ジルナ、うっ!」  顔を寄せたジルナは、そのまま僕のそこにキスをした。  まさか用足しをするところを、ジルナの可愛い口に触れさせてしまうなんて――という抵抗感を、ふっくりした唇の心地よい感触が、塗りつぶす。 「ジルナっ、だめだよ!」  「大丈夫……」ジルナは目を閉じて、両手の指で支えたそこをちゅぷちゅぷと吸い立てていく。「あたし、気にしない。……ううん、あのね。ミキルの体って汚いと思えないの……んむっ」  赤黒く張りつめた先端を、くぷりとジルナはくわえこんでしまった。「ジルッ……!」と僕はのけぞって寝椅子にもたれる。  そこからは淫らな夢の中の出来事みたいだった。「んむ……んう」と先端を舐め回したジルナは、唾液を分泌しながらさらに顔を進める。えらの下のくびれ、きばり立った胴のところまで、むぐむぐと唇が這い進み、ぬらぬらと舌が這い回る。 「ジルナ……だめだって……うっくっ」  裏筋を舐め上げる舌の感触が気持ちよすぎて、根元が勝手にびくっと引きつってしまう。じゅくり、と汁がこぼれだしたのがわかった。ジルナの口に排泄してしまった。 「ん……」  形のいい細眉をジルナがかすかにひそめる。口を離して霞のかかったような目で先端を見つめ、「今、達してしまった?」と聞く。 「ううん、違う、今のは透明なやつ……だと思うけ、どっ!」  ど、で跳ねてしまったのは、可愛い舌でぺろりと先端を舐めるところを目の当たりにしたからだ。 「ねえ、殿方って、女の外でも子種を出すことって、できるの……?」 「で、出るっ、ずっとされてたら、出ちゃうよっ……!」 「じゃあ……出して、って頼んでもいい?」ジルナが欲情で歪んだような微笑みを浮かべる。「あたし、見てみたい。人間の男の子が、子種を出すところ。……なんでもしていいんでしょ?」 「それはっ、つまり」興奮で心臓が破れそうだ。「僕は、ジルナのく、口にぶちまけてもいいってこと……?」 「だって、あそこはもういっぱいだもの」  そんなこと言ってにっこり笑われたら、もう歯止めが利かなかった。  あむ……と口にくわえて動きを止めたジルナに、「あの、手でしごいて、気持ちよくなると出るから……」と諭さなければいけなかったけれど、必要な教えはそれだけだった。 「ああ……こすり続けていると、自然にこみ上げてしまうのね? お小水とは違うのね」 「そ、そうだよ」  ジルナは片手で僕をこすりたて、すぐに強さも速さも呑みこんで、指を絡ませるようにして上手にしごくようになった。「それ、いい……」と僕が心地よさに負けて何もできなくなってしまうと、しばらく楽しそうに手を動かしたが、ふと目を落として、ささやいた。 「ミキル、ひょっとして……」 「え? うふぅっ……」  男根の下の袋の部分にまで、てろりと舌が触れ、ぞわぞわするような感覚に声が漏れた。 「やっぱり、ここも? ……このあたり全部、気持ちいいのかしら?」 「わ、わからない。そんなこと今まで」 「自分でもわからないのね?」そういうジルナの声は、とても嬉しそうだった。教える側に回った喜びかもしれない。「ミキル、もっと足を開いて。一番気持ちいいところ、探してあげる」 「僕で遊ぶなよぉ!」 「あら、あなただってあたしの全部を見たじゃない?」  ジルナは大股開きにした僕の股間を、竿の先から袋の裏まで舐めて回り、僕自身も知らなかった急所を見つけ出した。竿の付け根に当たる袋の裏側に、コリコリと固いところがあって、そこを舌で舐められると、恐ろしくぞわぞわして気持ちいいのだ。「そ、そこっ、そこいいっ!」と僕は女の子みたいな声を上げてしまった。 「ここなのね……きっとこの中に、ミキルの種がパンパンに詰まってる。さあ、出てらっしゃい……」  そしてジルナは唇の輪で先端をすっぽりと覆うと、ねっとりと舌を這わせながら、根元から半ばぐらいまでのあいだを、ぬぷぬぷと手でしごき立てた。  僕はどんどん追い詰められて、寝椅子の座面に指を食いこませながら、切れ切れの声で訴えた。 「も……だめ……だよ……い……の……?」 「んう」  くわえたままでジルナがうなずく。  限界まで張りつめていた我慢の糸が、とうとうぷつんと音を立てて切れた。 「ごめ、出――」  びくん、びくっ! と根元の部分が勝手に縮み上がって激しく中身を噴き出し、僕は理性を全部持っていかれた。ジルナの艶やかな唇のことを目いっぱい意識しながら、その中へ、奥へと熱いとろみをぶちまける。「あっ、っぐ、んあ」とうめきながら、座面に爪を立ててがくがくと腰を跳ね上げる。全身が射精のための機械になったみたいに、足の先から舌先までこわばって動けなくなった。 「んふ……」  ジルナは興奮の頂点に達しながら、じっくりと僕の絶頂を感じ取っているみたいだった。びゅくびゅくと暴れる僕のものを丁寧に吸い立て、どぷどぷと注ぎこまれる精液を、目を細めて口蓋と喉で受け止める。ぬちゃぬちゃになった狭い口内でねろねろと何かが動いている。舌をくまなく粘液にまみれさせているのだった。 「ふうっ、んんっ、くう……」  びくっ、びくっ……と間歇的に痙攣しながら、僕は弱々しく脱力していく。ジルナがそれに合わせて動きを緩める。僕のものが跳ねなくなると、根元まですっぽり口に含んだままで、くふー、と満足そうに鼻息を漏らした。  ごくり、と動く感触がした。 「うっ?」  僕が見下ろすと、驚いたことにジルナは、口を離さないままで、んくっ、んくっと喉を鳴らして口内のものを飲み下していた。ぬるぬる、つぽっと萎えたものを引き抜いてから、口元を手で押さえて、なおもむくむくと顎を動かす。  薄目を開いて息を吐いたときに、まだ口内に残っていた白濁が見えた。 「はふ……すっごく濃かったわ、ミキル……」 「うわぁ……」  僕はぞわぞわした気分で、どさりと背もたれに身を預けた。  ジルナは飲み物で口をゆすぐと、今度は僕のために杯を持って寄り添ってくれた。 「ミキル……さ、これを飲んで……」  頭を抱き上げて、飲み物を注いでくれる。僕が喉を鳴らすと、たぷたぷしたおっぱいに埋まるほどぎゅっと強く抱きしめて、ささやきかけた。 「ありがとう、ミキル。すごく疲れたのね。こんなに汗だくになって……」額に貼りついた髪をかきわけて、何度も口づけされる。「あなたが精を放つところ、しっかりと教えてもらったわ。二度目なのにあんなにいっぱい……一生懸命で可愛いかった」 「あんまり可愛い可愛い言うなよ……」 「可愛かったもの」 「僕だってもう十八の男なんだぞ」  それを聞くとジルナがふと体を硬くした。「じゅ……十八?」とつぶやく。 「ああ、十八と半年ぐらいだよ。五つや十の子供じゃないんだから、可愛いなんて言われても……どうしたの?」  ジルナは横を向いていた。まさかそんなに……とぶつぶつ言ったかと思うと、振り向いて微笑む。 「いえ、なんでもないわ」  でもその笑みは貼りついたように不自然だ。僕は身を起こす。 「いくつだと思ってたの?」 「それは……その……」目を逸らしてぽつりと言う。「三十歳ぐらいかな、と……」 「三十!? そんなわけないじゃないか。見てわからない?」 「ええ、わからなかった。人間ってエルフと全然違うんですもの。ごめんなさい……でもそれだけ成熟して見えたってことよ」 「それなら可愛いはやめてくれよ」ため息をついてから、僕は聞く。「じゃあ、代わりに君の歳を聞いてもいい?」 「それは、ちょっと」またぎこちないほほ笑み「あなたよりは年上。……それは分かってたんじゃない?」 「それはね、まあ」しぶしぶ僕はうなずく。「いくらかは、年上だと思ってたよ」 「あの、ほんとにわからないのよね? 人間は。エルフの歳」 「ああ、わからない。全然」 「歳を気にする?」  僕を見つめるジルナの目には、笑みの中にどこか切実なものがあった。  僕は、そこで嘘をつかなくていいのが、嬉しかった。 「気にしない。ジルナが何歳でも、僕は好きだよ。ちょっと聞いてみただけだ」 「……よかった」  ほっと溜息をつくと、ジルナはうっすらと開けた目で僕を見た。 「じゃあ、あたしも気にしないことにするわ。いい?」 「……うん」  また子ども扱いされるかもしれないと思ったが、僕はうなずいていた。  あずまやの一方には湖面へ降りる階段があり、べたべたになってしまった僕たちは、裸のままそこを降りた。夜の湖なんかに降りたら溺れてしまいそうで心配だったけれど、深さは腰ぐらいまでしかなく、水底ははだしの足の裏に心地いい、よく締まった砂だった。ほのぐらい天空から降りそそぐ薄明かりが、黒い水面をちらちらと輝かせ、その下に青く揺らめく白砂底が遠くどこまでも広がっていた。  溺れる心配がないとわかると、今度は誰かに見られることが気になって、僕はなんとなくしゃがみ込んで首までつかった。ジルナは真似をするように隣で体を丸めると、「どうしたの、ミキル。小さくなって」と笑った。 「うん、やっぱり外で裸になるなんて、恥ずかしくってさ」 「そうね、知らないとそうかもしれない。でもここは魔法でしっかりと隠されているところだから」 「誰もいない? この辺り、エルフの水場なんだろう?」 「ええ。だから、いるけれど見えなくなっている、というのが正しいわね。あたしたちはこのあずまやごと、幽霊のように透けてしまっているの。同じように、岸辺にいるかもしれない人たちも、あたしたちからは見えない。だから」  ざばっとジルナは立ち上がる。暗い色の美しい体の丸みに沿って、湖水が水晶の糸のようにキラキラと流れ落ちる。 「思い切って、見せてしまって。気持ちいいのよ?」  僕がおずおずと立ち上がると、ジルナが手を引いてしゃんとさせてくれた。「洗っていい……?」と聞くので、うなずく。水をすくった手がぱしゃぱしゃと腰に、尻に、胸に当たり、撫でまわすようにして汗を流してくれる。 「堂々として……まっすぐ立って。ああ、素敵……」  首筋に、二の腕に。真心のこもった手のひらが滑る。ジルナの目は熱い。若い僕の体を本当に気に入っているようだ。僕も気が大きくなり、腕を上げ、向きを変えてジルナに身を任せる。柔らかな乳房が腋にあたり、張りつめた太腿が腰に触れる。 「僕も」  二人で水をすくい上げては相手の体に注ぎ、長々と撫で回しては唇でふれ、陰の部分や谷間をさすりあった。うすうすわかっていたけれど僕の情熱はまだ底をついておらず、そのうちに股間のあれが三度むくむくと首をもたげてきた。それに気づいたジルナが、指先で竿をくにくにと挟みながら、「ミキル、あんなにしたのに……」と困ったようにつぶやく。 「まだ、したいの? あたし、また上げなきゃいけない……?」  実のところ僕のほうは、再び勃ち上がっては来たけれど、出しすぎでひりひりして痛いような感じだった。それでも「どうか、な――」とジルナに抱き着こうとしたら、いきなり顔にバシャッと水の玉をぶつけられてしまった。 「お預けよ、ミキル! 一本の木から年に二度も実は取れないわ!」  スルリと手を逃れたジルナが、水をかき分けて走っていく。闇に溶け込みそうな褐色の肌が、濡れてうっすらと輝きながら躍動するのは、狩りの本能をかき立てられるような眺めだった。「待てよ、ジルナ!」と僕は追いかける。助けてっ、とジルナは黄色い悲鳴を上げる。 「来てよミキル、ほしかったら! 態度で示して、捕まえて!」  ジルナは振り返り振り返り水をすくっては、こちらへ飛ばしてくる。手で投げるのではなくて、風か何かの力で丸い玉にして、ぶんぶん吹っ飛ばしてくるのだ。また一発、顔に食らって「わぷっ」とひっくり返ったけれど、次は手で払いのけた。当たってもいたくもなんともないし、よく見れば狙いだって全然いい加減だった。 「こんなの効かないぞ!」  左右に避けたり手で払い落したりしながらバシャバシャと駆け寄って、次を投げようとしていたジルナの両脚に飛びつき、ごぼう抜きに持ち上げた。きゃあっ、ミキル! と叫ぶのを、お姫様を抱くように両手で支えて、思い切り投げ飛ばした。尻からバシャンと落ちて、盛大な水しぶきが上がった。――かと思うと、銀の髪が水中をゆらゆらと近づいてきて、今度は僕の足元で水を爆発させた。僕は背丈の倍ぐらいまで空中に吹っ飛ばされた。 「うわっ! このぉっ……」 「女を投げ飛ばすなんて乱暴をするからよ! あぷっ」  僕たちは水をぶっかけてはひっくり返され、投げ飛ばしては逆さまに振り回され、力いっぱい戦った。  少しするとジルナが「待って、待って待って! あたしもうだめ、体力が――!」と手を振り回したので、抱き着いて引きずり倒した。それから底砂にあぐらをかいて彼女を抱え直し、貼りついた髪の毛を拭いあげて、キスをした。 「つかまえた。降参?」 「んっ……降参、あたしの負け……んんっ」  浮力でふわふわする体を抱き支えて、僕たちはキスと息継ぎをくり返した。  誰の目も気にせずにすっぱだかでじゃれ合うのは、気がせいせいした。大きく息を吐きながら、僕は「だけど――」と聞いた。 「手加減してたろ? あの水の弾……あんなの本気じゃなかっただろ」 「ええ、それはね。本気でやったら、あなた死んじゃうもの」 「すごいな、ジルナは」僕はまわりを見回す。「この人払いの魔法とか……こんなことができるなら、これでキシュルの村全体を守ればいいんじゃないの? 見つからなければ敵に襲われないだろう」 「ここは特別なのよ。霊地だし、あのあずまやと、あたしたち二人を隠しているだけだから、見た目よりは小さな規模の魔法なの。でも村全部なんてのはとても無理。……それにザルーパにも術破りはいるし」 「ザルーパにも魔法使いがいるの?」  冷えてきたのでぎゅっと腕を回しながら聞く。ジルナがうなずく。 「いるわ。妖馬隊や蛇騎士たちを見たでしょう。四ツ脚魚や鼠大工どもといった、自然の理から外れた不浄な連中がいる。人間とエルフが手を結んだように、ザルーパも魔法を知る種族と同盟している……数は多くないし、あたしたちほど達者ではないけれどね」 「戦の最中には見なかったけれど」 「それは気になるところね。まだ倒していないということだから……何か企んでいるのかも」  ジルナの言葉に、周りを囲む闇が急に身に迫ってきた。 「戻ろう、ジルナ」「ええ。でも、ここは大丈夫よ?」  僕のおびえを感じたように笑うジルナと、手をつないであずまやに戻った。  ジルナが用意してくれた乾いた布の温かみがありがたかった。生成りの肌着を身につけて、熱いぶどう酒片手に寝椅子にもたれると、ホタル火の明かりの中で、闇への恐れが退いていった。「くうん……」と隣のジルナが肌をすり寄せる。冷えた肌と肌の間に、またほんのりと熱が溜まっていく。 「さすがに、疲れてしまったわ。少し寒い……」 「もう寝る?」 「ん……温めて」  横たわったジルナに添い寝する。眠そうに目を閉じているので触れるのはどうかと思ったが、温めようと背中をさすってやると、「もっと……」と心地よさそうにつぶやいた。僕は寝袋にでもなったようなつもりで体を伸ばし、ジルナを両腕で抱き包んだ。  軽く口づけしながら、くりかえしくりかえし背中を尻まで撫でおろしていると、冷たかった体がまた温かくなり、それを通り越して熱くなってきた。股間の奥底、男の袋の付け根のあたりに、じくじくとした小さな疼きを覚え始める。二度、搾り出されて空になった液溜まりに、新しい精液が一滴また一滴と分泌されているのだ。僕の頭が静かな触れ合いを楽しんでいるときでも、僕の肉体はジルナの甘く粘い匂いを嗅ぎつけて、獣の反応を起こしている。  ジルナの腹の上で、僕の肌着の中のものが、ひとりでにじんわりと硬くなっていった。僕はせいぜい呼吸を乱さないように、落ち着いた愛撫を続ける。  一本の太い薪になったみたいに、ぴったりとくっついて抱き合っていると、やがてジルナがもじもじと脚を動かして、僕の太腿のあいだに膝を深く入れた。うつむきがちに小声でささやく。 「ミキル……まだ、するの?」 「ううん、ジルナ、疲れただろ。こうしているだけでいいよ」 「そう? でも、もし……まだしたかったら」  くい、と彼女の腰が動く。肌着越しの下腹が、ぎゅっと僕のこわばりを押し潰す。 「好きにしていいから……。その、控えめに、なら」  それで僕は、疲れたジルナにできるだけ無理をさせないよう、片脚だけを抱え上げるような姿勢で、あそこに自分のものをこすりつけた。ジルナの谷間はさっきのようにぐしょぐしょに濡れてはいなかったけれど、耳たぶみたいなふにふにしたひだの奥に、つぷりと熱い潤みが溜まっていて、僕のものを迎え入れられるように思えた。  だから、余力を示して硬く尖り立った僕の先端を、ぬかるみに押し当て、ぐっ、ぐっと慎重に押し込んだ。 「そっと……そっとね、あ痛っ」 「ごめん」 「うう……だ、大丈夫。入れて、ゆっくり……」  片方の太腿をまたぐような形で、お尻をじっくりと抱き寄せて、時間をかけて僕たちはまた、奥深くつながった。 「はふ……ミキルぅ……」 「ジルナ」  穏やかで満ち足りた結合だった。汗を洗い流した肌はさらさらとして快く、べとついた獣じみた気配はもうしない。裾をめくり上げた肌着の影の部分だけで、深く一つに溶け合っている。  僕の膝裏にひっかけた片脚を、くっ、くっ、と力ませて、ジルナが安心したようなため息をついた。 「これ、落ち着くわ……本物のエルフの夫婦になったみたい」 「さっきは人間の男が好きって言ってたくせに……でも、こういうのもいい」  ぬめりに包まれたこわばりが、ジンジンとうずく。ひく、ひく、といななかせてみると、ジルナがキュッキュッと締め付けて応える。小さくかすかにひねったり、じんわりと力を入れて奥に当てたり。同じように動かずにぎゅーっと締め付けたり、ゆすゆす、と軽く押し返されたり。  猛り立っていた一度目には気づかなかった静かな一体感を、僕たちは長く寝かせたワインを味わうように、楽しんだ。  ジルナがもぞもぞと腹に手を下ろし、子宮の下あたりを手先で押さえる。その圧力が快くて、僕のものはぐうっと背伸びするように硬くそびえる。  ジルナが、長い旅の後で家に帰った旅人のように微笑む。 「ねえ、あたし幸せよ……あたしの中に、こんなにしっかり、殿方がいるんですもの……」 「僕も……女の子とこんなにぴったり抱き合っていられるなんて、信じられない」 「人間の男なんて乱暴で奪っていくばかりだって、エルフの間では言うのだけど、ミキルはこんなに優しく繋がっていてくれる……あたし、本当に、あなたと結ばれてよかった……」 「そうやって、僕が何をしても喜んでくれるの、不思議なぐらいだよ」 「ミキル」  肩に腕を回されて、彼女の精一杯なんだな、とわかるぐらい強い力できつく抱き締められた。 「あのねミキル、このまま、そおっと、そおっと……動いてくれる? 綿毛を丸めるみたいに。子猫を撫でるみたいに。そうやってあたし、受け止めたい……」 「うん、任せて……」  僕はお互いの息が荒くならないぐらいの丁寧さで、ゆっくりと腰を前後させていった。ジンジンとしたうずきが、こすられる快感に変わっていき、最初はねばつく程度だったジルナのそこが、とっぷりと溶けて滑らかになってきた。 「ああ、いい、これいい、ミキル、すてき、本当にすてき……!」  上気して、熱く甘い吐息をゆっくりと何度も吐きながら、ジルナが夢見心地でささやく。今日、三度目になる僕は、せっぱ詰まって焦ることもなく、ジルナの吐息ひとつひとつを胸に受け止めるような気持ちで、大きくうねるように、下半身を動かした。  小さく揺する程度だった出し入れが、少しずつ大きくなり、やがて、ぬめぬめとひだをこする感触がわかるほどはっきりした、交わりの動きになった。それでも僕は、ジルナのあえぎが激しくなりすぎると勢いを緩め、抜ける寸前まで腰を引いたところで止めて、「いい? ジルナ」と耳元でささやいたりした。 「足、がくがくしてる。休む……?」 「んっく、ううん」ふるふると首を振るジルナの目尻から、涙がこぼれる。「すごくすてき。すり潰されて、消えてしまいそう。これで、続けて。あたしをすり潰して……」  いつの間にかジルナの股間は、あふれ出した露で尻たぶも太腿もとろとろに濡れていた。黄色っぽいこってりした粘液が混ざってるのは、僕がさっき注いだ精汁まで押し出されてしまったんだろう。  ぬるぬるに濡れ過ぎて摩擦が減り、少し物足りないほどになった。そのせいで、こわばりの根元からうずうずと最後の衝動が湧き上がってきたときも、僕はまだ冷静でいられた。ジルナの高く上がってびくつく足を片手でしっかりと抱え、感じ切っている彼女の全身の様子を見て取るぐらいの余裕があった。 「ジルナ、可愛いよ、ジルナ。このまま、いい?」  「ええ、ミキル、来て、来て。あたし、もうだめ、もう……!」 「いいよ、先にいって。待たないで、僕は――」 「だめっ、そんな、だめ、あっ――」肩にしがみついてジルナが、ぐうっと顎をのけぞらせる。「ひどいっ……!」  その瞬間、ジルナに大波が来たとわかった。ぐいとすごい力で肩をつかまれ、全身がびくびくと痙攣する。ぬかるみ切っていた下腹の肉が、ぎゅっ、ぎゅっ、と強く締まって、僕のものを搾り上げた。 「いっ……ぎぃっ……」  歯を食いしばってジルナが絶頂したのを目にしたとき、僕の中でこれまでと違う衝動がこみ上げた。女を満足させた、という達成感。無性に彼女が可愛らしく思え、それと一つになるということがこの上ない喜びに思えた。体の芯が震えるような快さがこみ上げる。  彼女に導かれるようにして、僕も絶頂へ登っていった。 「ジルナ――僕も――」  ぞくぞくっ、と鋭い波が背筋を駆け上がって僕は達した。ジルナの中でぴんとそそり立っていたこわばりが、びくん! と強くいななく。命綱のような白く太い筋がびゅっと走って、僕と女の腹奥をしっかりとつなぐ。 「ひっ、ひっ、ひぃん……!」  放出は確かにジルナに伝わっていた。肉穴が飢えているようにぎゅっと食い締める。力を込めて抱き締めた女の肩はとても細く、肌着からはち切れそうなほど乳房が盛り上がる。腰にぴったりと密着した太腿はどっしりと広くて重い。その中心の赤桃色のぬめりの中で、僕は炉の中の鉄みたいに溶けてしまう。これまでのように子種汁を叩きこむという感じではなかった。逆に、熱い熱いジルナの体に溶かされて、その奥へ飲み干されていくような射精だった。  ぎゅうっ、ぎゅうっ、と二人の体をひとまとめに巨人に搾られるみたいな一体感。混ざり合った蜜の中にまた蜜を注いでいくような溶け合い。  自分というものが溶け消えてしまうような瞬間が訪れて、徐々に去っていくと、僕たちは少しずつ冷えて、二人の男と女に戻っていった。  抑えてやったつもりだけど、最後は激しい絶頂になってしまった。せっかくきれいにした体も汗で蒸れ上がってる。「ジルナ、大丈夫……?」と身を起こそうとすると、涙ぐんだ微笑みを浮かべて、「死ぬかと思った」とささやいた。  そんなジルナが可愛くて、僕は萎えてしまったあとも離れる気になれず、ぬめりの中にあれを押し付けていた。ジルナもそれが嫌じゃないみたいで、むしろ名残惜しそうに脚を絡ませて股を押しつけ、僕に抱き着いてちゅっ、ちゅっ、と熱烈なキスをくり返した。 「好きよ、ミキル……」  ジルナはとても幸せそうな顔をしていたけれど、銀髪がくしゃくしゃに乱れてやつれた様子だった。よく見ると汗ばんだ頬が少し白っぽくなって、目の下にうっすらと陰ができていた。言葉とは反対に、彼女が疲れ切っていることに僕は気づいた。 「切り上げようか、ジルナ。無理させちゃったね」 「ううん、そんなことないわ。ミキルこそ、三度も愛してくれて、疲れたでしょう」 「ちょっとだけだよ。君となら何度だってできるよ」 「うふん、そうなの……?」そう言うとジルナは僕の股間に手を入れて、萎えてしまったものをくにゅくにゅと手で揉んだ。「あっ」と僕は声を上げてしまう。  ジルナはおかしそうに微笑んだ。 「ちっちゃくなってるじゃない……もうおしまいでしょう」 「ああ、いや、時間が経てば……」 「だあめ、今夜はお開き。ううん、そうじゃないわね。やっぱりあたしが限界」  額に光る汗を腕で拭って、ジルナはふーっと息をつく。脂汗かもしれない。 「あなたの精力、ほんとにすごかった……あたし、もう受け止め切れない。くたくたなの、ごめんなさいね」 「ううん、いいよ、ジルナ」 「でも、ほんとによかったのよ」ジルナはうっとりと胸に手を当てる。「さっきは後ろから乱暴にがつがつされちゃったけど、今度は温かく包みながら、大事に大事に、ゆっくり持ち上げてくれた。……最後は中からも外からも、ぎゅううって抱き締めてくれて。上手に、たっぷり、あったかく種付けしてくれた……」  手を下腹にあてて、こちらに微笑む。 「あたし、ねえ……こんなに幸せなことがあるなんて」  僕はなんと言ったらいいかわからなくて、曖昧に笑った。ジルナが望めばこういう体験はもっといくらでもできそうなのに、僕なんかでそこまで喜んでくれると、ちょっと居心地が悪かった。 「まだいくらでも幸せなことはあるよ。次はもっといいよ」  そんなことを言って、彼女の肩にキスをした。  ジルナは、冗談でしょう、というように小さく笑う。 「今日、こんなにしたのに? だめよ、ミキル。そんな無理をしないで。ゆっくり休んでくれていいの。ううん、これが最後だとしたって、あたし恨まない」 「そんなことないって。次に会ったらまたたっぷり愛してあげるよ」 「うそ。それは嘘でしょう、ミキル。エルフならありえないわ。掟忘れの年に、せいぜい一度か二度……いくら人間が旺盛だからだって――」 「いいや、余裕だね。人間の愛情はこんなものじゃないよ。エルフの君が信じられないぐらいたっぷり湧いてくるんだ」 「そんな……だって……あたし、今日だけでも死にそうだったのに……」 「でも生きてるじゃないか。大丈夫、死なないように加減してあげるから。――それとも君は、こんな幸せが毎回続くのは、いや?」  ジルナがごくりと唾を飲みこみ、恐れと期待の入り混じったささやきを漏らす。 「つ……次もこんなに、すごいの?」 「もっとだよ」  それだけは自信を持って言い切った。    三日後に再会した僕は湖畔の柔らかな苔の上で、またジルナにたっぷりと注いだ。その四日後には湖に小舟を浮かべて、またジルナにたっぷりと注いだ。その二日後に、また三日後に、また三日後に、どことも知れぬ砂漠で、庭園で、塔の上で、文字通りあふれるまで注いだ。  三ヵ月のあいだに僕たちは二十五回も会って、その倍もの回数愛し合った。人間の男なんてたいていそうだろうが、僕もいったん空っぽになるまで頑張っても、数日のうちにまた愛情でぱんぱんになってしまい、再会の夜を待ち焦がれた。いざジルナと会うとその前の逢瀬なんかなかったみたいに、力いっぱい彼女を愛し抜いた。  そしてそのたびごとにジルナも、死にそう、もうだめと言いながら、僕の愛を全身で受け止めてくれた。ジルナはそれだけの強さがあった。そして自分でも知らなかったその強さを僕が引き出していくと、信じられないと戸惑いながら、それでも新しい楽しみに目覚めた喜びとともに、進んで身を捧げてくれた。  僕たちは本当に相性のいい恋人同士だった。会っている間は喜びしかなく、それは会うたびごとに大きくなっていった。  ううん、実を言えば、一つだけ気がかりがあった。  その一つが、喜びの影でじわじわと大きくなってくるのを、本当は自覚していた。  それは僕が彼女の何になれるのかということだ。  愛してくれるだけで十分だとジルナは言う。だけど、男ってそういう生き物じゃない。愛する以上のことをしてやらないと気が済まない。自分の力で愛を得ているという手ごたえがないと落ち着かない。  一方的にもらうだけの関係なんて、相手の気が変わったらそれまでじゃないか。  だけど僕がジルナに何を与えられるって言うんだ?  今は何もない。将来子供ができたら、与えるどころかもっと受け取ることになる。僕の子供。そんなのまだ想像もできないけれど、その子の前で胸を張っていなきゃいけないってのは、今の僕にもわかる。でもどんな顔をして? 僕はその子に何をしてやれる?  三ヵ月の逢瀬のあいだ、なんの気兼ねもないような顔をしていたつもりだけれど、僕の演技は、やっぱり薄っぺらなものだったらしい。  少しずつ――本当にちょっぴりだけど――ジルナは気づいたようだった。  気づいたところで、どうしようもないことだった。ジルナに何かしてもらうことが僕の負担なんだから。これは、僕たち二人だけでは手の付けようがない問題だった。  どうにかする方法は二つだけ。  ひとつは僕が突然、強力な敵を倒すとか、財宝でも見つけるとかして、ジルナに釣り合う男になること。――そんな機会が万一あればだが。  もうひとつは二人の関係の終わりを考えることだった。   5 「失礼します、隊長。ただいま王都から帰還――あ」  いつもドアを開けて書き物する、ドンベス隊長の小屋に入った僕は、言葉を飲みこんだ。  机の隊長と差し向かいで、背の高い優美な女性が立っていた。刺繍入りの豪奢なマントと尖り耳。金と銀が入り混じった美しい長い髪。数年前に四百歳の誕生日を祝ったと聞くけれど、若々しくてとてもそうは見えない。  そこに立っているだけで周りの者に頭を下げさせるような、身に着いた威厳を除けば、だが。 「女王陛下……失礼しました」  キシュルの女王を目にした僕は、あわてて下がろうとした。すると「お待ちなさい」と声をかけられた。 「話が終わったところです。ドンベス閣下、それではよろしくお願いします」  僕の前で女王が小屋から出てきた。特に感情のない目でちらりと僕を見て、行き過ぎる。その後から黒髪の剣士、デッカも出てきた。部屋の中にいたらしい。  デッカは僕を見るとちょっと足を止めて、何やら顔を寄せてきた。 「ミキルと言ったかな。ちょっと聞きたいのだが、お嬢様はあんなに毎度毎度お前を呼びつけて、一体何を作っているのだ?」 「作る?」 「薬草を届けているだろう。口止めされているのはわかるが、ちょっとは話してくれんか。あの方はたまに跳ねっ返りないたずらをなさるのだ」 「はあ……」  してみると、僕はいまだにジルナ以外のエルフには、ただの下働きだと思われているのか。まあ、会うたびごとに愛欲に溺れていると、知られているのも嫌だが。 「ええと……主に、エルフの子が強く育つための、強壮薬を作っている、と聞いてます」 「主に? ということは、他にも何か? いや待て、薬を渡すだけで、あんなに長々とお前を待たせているのか?」  さすがにこの男は鋭い。けれども突っこみはちょっとだけ惜しい。 「実はその、僕にその薬を飲ませるんです、毎回」 「ははあ、実験台というわけか」 「はい。何か気に入られてしまって……僕も薬を飲むと元気が出るので、助かってます」 「いやいや」首を振ると、デッカは同情したように肩をつかんだ。「無理をするな。薬の実験など、失敗したらどんな害が出るかわからん。お前も気の毒にな」 「今のところ、これといって害もないので」 「ほどほどにしておくがいい。なんなら私が言ってやろうか?」 「いえ、それには及びません」 「そうか。まあ達者でな」  女王が立ち止まって待っている。デッカは足早に彼女に追いついた。  薬の嘘は、もちろんジルナが考えた。彼女はデッカが聞いてくることなんて、お見通しみたいだ。  けれども、どうも妙な気がする。いくらエルフの貴人と人間の雑兵とはいっても、男と女が密会しているのだ。ちょっとは勘繰りそうなものなのに……まるっきり疑う様子がない。デッカはよほど人がいいんだろうか?  考えながら丸木作りの武骨な小屋に入ると、「おう、届いたか。寄越せ」とドンベス隊長が熊みたいな手を伸ばした。  封緘した手紙を渡すついでに、僕は思い切って尋ねる。 「女王陛下でしたね。何の御用だったんですか」 「いや、たいしたことではない。このたびの出陣で、また我が兵団が総がかりで出かけるから、励ましと差し入れに来てくださった。こっちから挨拶に行こうと思っていたから、ちょうどよかった」 「やっぱり出陣ですか」 「うむ、すぐ命令を出す」  返書があるかもしれないので、僕は立ったまま、隊長が手紙を開くのを待つ。王都の将軍の名で差し立てられた手紙に目を通すと、ドンベス隊長はおうと声を上げた。 「帰還命令だ。やっと来たか」 「王都に帰るんですか!」 「うむ。だが行き違いになったな。ミキル、お前に渡した書状……」隊長は指を立てる。「このたびの出陣を知らせるものだったのだがな。戦の結果次第では、帰還命令も取り消されるかもしれん。まだそこらで言いふらすんじゃないぞ」 「はい」 「下がってよし。あ、おまえは留守隊だ。砦に詰めとけ」  僕は一礼して退出した。  ザルーパとの国境の山に臨む砦は、あわただしい雰囲気だった。ドンベス隊長の言う出陣のことは、もうみんなが知っている。山と反対の方向、キシュルの谷から西へ半日の森で、斥候が真新しい野営のあとを見つけたのだ。三、四十人もの武装した者たちがひそんでいる。このあたりに王国兵が移動しているという話はない。ザルーパの残党である恐れが強く、兵団は山岳戦の準備を命じられていた。  昼前に正式に出陣の命令が出た。わらわらと砦の庭に出てきた仲間たちの中に、カッチャーの姿もあり、僕がそばに行くと「ルメイラに証を立てろって言われたんだ。何かぶんどってきてやる」と息巻いた。  号令がかかり、部隊は出発する。先行する斥候の馬が立てる土埃を追って、男たちは谷へ降りていった。  僕は砦に残った少数の仲間とともに、留守番の副長の指揮下に入った。当直が割り振られ、僕は馬の世話と午後の見張りを命じられた。将校の伝令ならそんなことはしないが、僕は下っぱだ。言われた通りに働いた。  険しい山と緑の谷を見渡しながら、僕は帰還命令のことを考えていた。ジルナに僕を買ってもらうというあの話が、とうとう現実になるかもしれない。前からそれは嬉しいと思えなかったが、みんなが勇んで戦いに出ていくのを見送った今では、さらに疎ましい考えに思えてきた。  彼らは手柄を上げ、僕は指をくわえて見守る。なのに僕はたまたまつかんだ幸運に頼って兵団を抜ける。みんなはどう思うだろう、カッチャーはどう思うだろう。  考えているうちに日が暮れて、当直が終わった。僕は寝てもいい休息時間に入る。寝てもいいと言われたらぶっ倒れて寝てしまうのが兵士だ。僕もそうしたかった。  だけど、ここ数日は王都へ往復したのでジルナと会っていなかった。いつになく気が進まないまま、僕は副長に言って砦を出た。  僕の気が塞いでいるせいか、宵のキシュル村はいつになく静まり返っているように思えた。秘密の門を抜けて湖畔に出ると、出迎えてくれたジルナが、「あら、元気がないわね」と目ざとく気づいた。  白い薄絹に身を包んだジルナは、今でも変わらず美しい。いやむしろ、出会った三ヵ月前よりももっと美しくなった。初めて会ったとき僕を笑った唇は、僕が何度も口づけしてふっくらと湿って優しくなった。初めて会ったとき直視できなかった大きく丸い乳房は、僕が会うたびに撫で回してすっかり僕の手になじんだ。初めて会ったとき僕が薄絹越しに目を奪われた豊かな腰回りは、僕が何度も貫いてますます優美で柔らかな肉がついた。 「うん。――後で話すよ」  食事を少しとってから、帰還命令のことを話した。ジルナは真顔になって、「ミキル、どうするか決めてくれた?」と言った。 「聞きたいことがある」と僕は言った。「エルフの王館に、人間にもできそうな仕事はあるかい」 「まあ……仕事なんて、あなたが考えてくれなくても」 「必要なんだ」僕は強く言った。「君の好意は嬉しい。でも、それに甘えるだけでは、僕はだめになっちまうんだよ。僕を買うなら、務めをくれ。エルフのお嬢様のそばにいる男にふさわしい、任務を課してくれ!」 「任務なんかやらなくたって、あたしはあなたを愛せるわ。人目が気になるの? そんなの無視すればいいじゃない」 「君はいいよ、身分も、魔法も、美しさも持ってる。誰かに何か言われたって無視できる。でも僕はちっぽけなただの男なんだ。仲間に蔑まれるなんて耐えられない……!」 「あたしならそれに耐えられるっていうの? ええ、耐えるわよ。言ったでしょう、あたしは決めたって。それは同じ意味なのよ?」 「同じなもんか!」 「同じよ! ううん、多分もっと――」ジルナは言葉をのどに詰まらせる。何か言おうとして言えず、苦し紛れのように言葉を継ぐ。「難しいこともあるのよ。それでも耐えるって言ってるの。あなたは耐えてくれないの?」 「難しいことってなんだよ! エルフのしきたりか? 何があるっていうんだ、言ってくれよ!」 「それは――」 「言えないのか? やっぱりじゃないか。君はどうしたってエルフなんだ! 僕とは違う種族なんだ!」  吐き捨てるように言ってから、僕は、はっとした。  ジルナの顔は、仮面のようにこわばっていた。大きな目の端から、滴がぽろぽろとこぼれた。 「ジルナ」  伸ばした手は空を切った。ジルナは立ち上がって背を向け、水辺に立った。 「そんなことを言うの?」  うつむいた肩から、抑えた細い声がする。 「たった一つの秘密を持ったぐらいで、エルフだから、人間だからってあなたは言うの?」 「ジルナ……」  肩をつかもうとすると、コン、と硬い手ごたえに阻まれた。二人の間に見えない壁ができていた。 「ジルナ、開けてくれ」 「勇気があるって思ったのに。運命だって思ったのに」 「僕が言いすぎた。ジルナ」 「種族の壁なんか、枯草みたいに踏み越えてくる人だと思ったのに!」  彼女が振り向くと同時に、ホタル火がフッと消えた。 「臆病者」  耳を尖らせて、瞳を青白く輝かせて、古く誇り高い種族の影が言う。 「あたしはあなたに全部捧げた。あなたはそれでも足りないと言った。あたしは自分の種族を捧げた。あなたはそれをぶち壊して、砂利の山にしてしまった」  僕は立ち上がる。この女性がどんなに悲しんでいて、どんなに怒り狂っていようと、恐れることだけはしたくなかった。 「悪かった、ジルナ。僕は臆病者だ」 「出ていけ」  影の指が桟橋を指す。僕は涙をこぼした。申し訳なさでいっぱいだった。  それでも、身を投げ出してすがりついたりはしなかった。ジルナが見てくれる僕の最後の姿を、そんな不様なものにはしたくなかった。 「さよなら、ジルナ。君と君の子供がいついつまでも健康でいるよう、心から祈ってる」  僕は重い足を引きずって、桟橋を渡っていった。  二本のシラカバの木のあいだを馬に乗って抜ける。僕はまっすぐ歩くこともできない気持ちだったけれど、馬は仕事を分かっていた。僕たちはとぼとぼと王館の横を抜け、人通りの少ない道を選んで村を抜けていった。  悪い夢を見ているような気分だった。ほんのついさっきまでは、何よりも大事なものを手にしていたのに、今では全部落っことしてしまった。そしてこの悪夢は決して覚めない。砦へ帰って一晩眠っても、次の朝から永遠に続く。  ジルナを失ってしまった!  そうなるかもしれないと想像したことはあった。でもいざそうなってみると、どうしてそれを許せたのかさっぱりわからなかった。仕事がほしいだの、男の誇りだの、なんでそんなことにこだわっていたんだろう。僕は世界一の愚か者だ。  そんな深い悲嘆に身を浸していたから、何かがおかしいと気づいたのは、エルフの村の出口まで来てからだった。  馬が足を止めてぶるるっと首を振る。腹を蹴っても進もうとしない。「カーニス?」と僕は声をかける。名前は変だが、従順だし頭もいい、僕にはもったいないほどの伝令馬だ。理由もなくへそを曲げたりはしない。 「なんだっていうんだ……」  頭を巡らせた僕は、奇妙なものを見つける。  村の出口の木柵のかたわらに立てられた、人の背丈の倍ぐらいもある鉄の棒。木の実か球根のような紫色の球がずらずらと何百個もぶら下がっており、倒れないようにするためか、地面に杭を打って何本もの鎖でつなぎ留めてある。  上端はT字になっており、そこに拳ぐらいの白っぽいものが釘で打ちつけてあった。  頭骨だ。上あごに二本の鋭い牙があり、下あごは外れてがっくりと開いている。まるでこちらを嘲笑しているようだ。  ざわっ、とうなじの毛が逆立った。  なんだこれは。見たこともない。――いや、さっき砦から来る時にも立っていたような気がする。考え事をしていて通りすぎてしまった。とにかく昨日まではなかったものだ。  エルフが立てた魔法の仕掛けか? それにしてはエルフらしくない代物に思えた。彼らはもっと目立たない、洗練された形で魔法を使う。これはそれよりだいぶ野蛮な道具だ。  そしてひどく禍々しい気配がする。  胸騒ぎがして、馬首を返した。 「おーい、誰か! ……誰かいませんか!」  呼ばわりながら走り回ったが、なんの返事もない。この時刻ならいつもはまだ人通りがあるのに、おかしなことに誰もいない。とんがり屋根のエルフの家々は、どこもかたく扉を閉ざして静まり返っている。それだけじゃない。日暮れとともに家々や四辻に灯るはずのホタル火が、一つもついていない。薄闇が村を覆っている。  僕はだんだんそら恐ろしくなる。何かが起こってる。  そして僕はとうとうそれを目にした。  暗い軒下や路地裏をすばやく走る、不気味な影。子供のように小さいが、人間やエルフの子供とは似ても似つかない。頭と背中が奇妙な形をしている。明かりのない家の戸口にいくつもむらがって、トン、カン、と音を立てて、何やら作業をしている。 「誰だ!」  僕が叫ぶと、キキッと耳障りな声を上げてあっという間に逃げ散った。  道を横切るそいつの姿を星明かりが照らし、石炭みたいに真っ黒な瞳が一瞬チカリと光った。僕はぞっとした。――そいつは、薄汚れたくしゃくしゃの帽子をかぶり、ゴミ袋みたいな粗末な背嚢を背負ったばかでかいネズミだった。なんと二本足で歩いている! 「なんだあれは!」  僕はやつらがいた家の戸口に駆け寄って調べる。暗くてはっきりわからないが、金属製のちょうつがいの部分がノミか何かで打たれていた。強盗でも企んでいたのだろうか。しかし悠長に扉を壊して入ろうとしたら、すぐさま住人や隣人が出てきて追い払われそうなものだが――。  馬を降りて格子窓から中を覗きこむと、事情が分かった。住人は椅子や床の上でぐったりとして動かなくなっていたのだ。窓を叩いて呼ばわったが、答えない。胸が上下しているから息はあるのだろうが、深い眠りに落ち込んでいるようだ。 「おーい! 起きてください! 起きて!」   叫びながら家々を回っていた僕は、路地裏で何かにつまずいて転びかけた。  見るとそこには、死体が横たわっていた。――ノミでひと突きされたらしい喉の穴から、あたりの地面に黒い血を広げる、物言わぬ体。  金髪と尖り耳。エルフが殺されている。  愕然として立ちすくむ僕の耳に、しじまを突いてそこらじゅうから硬い音が聞こえてくる。  トン、カン、トン、カン、トン、カン……。  やつらだ。四方八方にいる。村ごと眠り込んだエルフたちを突き殺し、家の中に押し入ろうとしている……。  悲鳴を上げて逃げ出す寸前、僕はもっとも大事なことに気が付いた。  ジルナもエルフだ。彼女が危ない!  僕は馬に飛び乗って一散に駆けだした。いくつものエルフの死体を見かけた。剣を持っている者もいるが、抜きもせずにやられている。みんな眠り込んでからやられてしまったらしい。  道の真ん中で今まさに残忍な行いをしようとしているネズミどもを見かけた。僕が喚きながら馬を突っこませると、そいつらは手向かいもせずに逃げ散った。どうやら臆病なたちのようだ。  馬を止めて見下ろすと、倒れているのはあの黒衣の剣士、デッカだった。周りを見回すと、物陰で黒い瞳がチカチカと瞬いている。 「くそっ」  僕は馬を降りてデッカの様子を調べた。よかった、まだ傷はない。間一髪で間に合ったようだ。  放っておけば殺される。火事場の馬鹿力を振るって大柄なデッカを馬の鞍に乗せて、僕は手綱を取った。自分の足で走り出す。 「ジルナーっ!」  王館の衛兵も倒れこんでいた。助けてやりたいが、手が回らない。エルフは大勢、ネズミどもも大勢なのに、僕はたった一人だった。どうすればいいかわからない。  頭が混乱して前後の事情を忘れていた。彼女を激怒させたことを思い出したのは、二本のシラカバの木の門を通った瞬間だ。周囲の景色が流れるように変化して、ぴりぴりとした空気がどっと押し寄せた。 「これは……」  一帯の空気すべてを満たすような、激しい雰囲気に圧倒された。それがなんなのか、誰に言われなくてもわかった。  轟くような怒りと、驟雨のような悲しみ。ジルナの感情だ。この秘境のあるじの気持ちが、森と湖の空気すべてに満ち満ちていた。 『何をしに来た』  年老いた巨人のような低いしゃがれ声が響き渡った。他の人間ならわからないだろうが、僕にはジルナの声だとわかった。僕は湖に向かって両手を広げる。 「ジルナ、無事か! 君は眠っていないんだな?」 『……眠ってなどいない。眠れるとでも思ったのか』 「よかった、それなら大丈夫だ! 聞いてくれ、大変なことが起きた!」 『大丈夫……大丈夫だと……何が大丈夫なものか……』  突然、ザアッ! と音を立てて凄まじい豪雨が始まった。雷鳴がとどろく。僕は驚いて悲鳴を上げかけたが、その声すらかき消されてしまった。ぴしゃあん! と間近に稲妻が突きたち、声が響き渡る。 『戻ったかと思えば謝りすらしない。しかもそこに、デッカを連れている。聞いたな。デッカに聞いたのだろう』 「いや、待てよジルナ!」  颶風が轟々と叩き付け、頭上の木の枝がバサバサと振ってくる。ジルナは怒り狂っている。  僕は切り出し方を間違えたのだ。彼女は僕を待っていた。恥を忍んで謝りに来るのを。ところが戻ってきたうすら馬鹿は、謝るどころかさっきのことなんかどうでもいいと言わんばかりに、わけのわからない話を持ち出した。  僕って男は。それに女ってやつは!   気づいたところで後の祭りだ。 『おまえの顔など見たくない。出ていけ。むこうへ行け。行ってしまえ。二度と戻ってくるな……』  陰々たる怒声とともに突風が渦巻き、湖水と草葉が吹き付けてくる。勢いよく顔に飛んできた木の枝を、すんでのところで片腕で跳ねのけたと思ったら、すぐ後で来たもう一本にガツッと音を立てて額を打たれた。僕は後ろへひっくり返る。 「……くそっ!」  僕はすぐに立ち上がって進む。額を拭うとべっとりと血が付いたが、その程度のことにかまってはいられない。エルフの村の運命がかかってる。いや、かかっているのはそれ以上のものだ。少なくとも僕にとってはそうだ。今それがわかった。 「ジルナーっ! 話を聞けーっ!」  木の枝、石くれ、大小の皿に、湖の魚まで飛んできた。重騎士の盾ぐらいあるばかでかいやつで、僕は薙ぎ倒されてまた転がった。それでも立ち上がって前に進む。「ジルナ!」 ずがん! と音を立てて桟橋の欄干がすぐそばの巨木に突き刺さる。木が木にぶっ刺さるなんて、どれほどの勢いなんだ。ジルナはもうめちゃくちゃだ。頭にきて加減がわからなくなってる。  それでも僕は勇気づけられた。殺す気がないと信じられたからだ。ジルナが本気なら、あれを僕の口に叩きこんでくる。 「わかった、謝る! 這いつくばって謝るよ! 裸で村を一周してやる! だから聞いてくれ! お願いだ、ジルナ!」 『聞くものか、絶対聞いてなどやるものか。おまえの話などどうでもいい――』 「違う、その話じゃない、さっきのケンカだ! 僕が全部悪かった! 兵団も仕事もどうでもいい! ジルナ――」  嵐の中で思い切り息を吸って。 「君が好きだ! 他のものなんかどうでもいい、君が何より大事なんだ! 僕の腕に戻ってくれ! でなけりゃ、この場で叩き殺してくれ!」 『――ミキ――』  息を詰まらせたみたいに、轟く大声が途切れる。  けれど僕は一瞬だけ、遅かった。  メキメキと柱から外れて持ち上がったあずまやの六角形の屋根が、紙細工みたいにふわりと浮いて、ぐるぐる回りながら吹っ飛んできた。まるで巨大な回転刃だ。それがまっすぐ、僕の胴体へ向かってくる。  最後の瞬間に僕は怒鳴った。 「やってみろ、ジルナ! 僕は逃げないぞ!」  ぶうん、と唸りを上げて目の前に六角屋根が迫り――。 「馬鹿者!」  横から突っ込んできた黒いものが、僕を地面に押し倒した。  髪の毛をかすめて頭上を薙ぎ払った六角屋根が、後ろの巨木にぶつかって、凄まじい音とともに砕け散った。僕がはあはあと荒い息をついて瞬きすると、黒いものが顔を上げて叱りつけた。 「あんなのを真に受けるやつがあるか、愚か者が! 貴様はお嬢様を人殺しにする気か!」 「――そんなわけがないだろう、デッカ」  僕は血まみれの顔で笑って、前を指さした。  荒れ狂っていた強風が見る間に収まっていく。屋根がなくなったあずまやから、床板が半分ぐらい吹っ飛んだ桟橋をよたよたと渡って、白と褐色の人影がやってきた。 「……ミキル!」  僕のジルナが腕の中に飛びこんできた。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、「ミキル、ミキル! 大丈夫だった? あたし、あんな、あなたを真っ二つにするつもりは――」としゃくりあげ、わっと泣き出してしまう。  なんて可愛いんだろう。僕はその肩をしっかり抱き締めてやる。 「いいよ、大丈夫だよ、ジルナ。わかってるって」 「ごめんなさい、ミキル、ごめんなさい!」 「な」  僕が振り返ると、デッカは唖然として口を開けていた。二人を指さして、「おま……お嬢……まさか……そんな……」と、言葉にならない様子だ。僕とジルナの関係に、今ごろ気付いたらしい。こいつ、なんでこんなに鈍いんだろう。  意外に間の抜けたエルフの貴公子をわきに置いて、僕は恋人に声をかける。 「ジルナ、落ち着いて、顔を上げて。ああ、ひどい顔だ。拭いてあげるから……さ、泣きやんで。謝るからさ。ごめんよ、な?」 「うん、うん、あなたが悪いんだから、あなたのせいで、あたしカッとなって、あんなひどい、ああ」 「大丈夫、大丈夫だから――」  まだ取り乱しているジルナを懸命になだめていると、横からぽつりとデッカが、「お嬢様、これは、その……」と何か言いかけた。  するとどういうわけか、ジルナはぴたりと泣き止んで、デッカに怖いような目を向けた。 「黙って」 「いや、しかし――」 「その話は、あと。あなた、まだ言ってないようね、ミキルに」 「何を?」  僕がきょとんとして聞くと、ジルナとデッカが揃ってこちらを振り向き、また見つめ合った。――しばらく、おかしな沈黙が続いた。 「と、とにかく……ええと、話。そう、ミキルの話よ! 何があったの? デッカをここへ連れてくるなんて」  無理やり話題を変える感じで、ジルナが僕に顔を寄せる。気にはなったが、渡りに船だったので、僕もそれに乗ることにした。 「キシュルの村が襲われてるんだ。人間の子供ぐらいの大きさのネズミどもが大勢うろついて、家に押し入ろうとしてる。道を歩いてたエルフたちが、眠り込んで殺されちまってる。デッカも危なかったから連れてきたんだ」 「なんですって!」「おまえが私を……?」  デッカが目を見張る。ジルナは性急な口調で、「それは本当なの? どこの家? 何軒?」と聞く。 「何軒もだ。村中全部だよ、たぶん王館も」 「大変じゃない……! なぜ早く言ってくれなかったの!」 「言おうとしたよ! でも君が」 「ああ、あたしが取り乱していたから! でもまさかそんなことだなんて思わなくて……いえ、落ち着きましょう」  胸に手を当てて呼吸を整えると、ジルナは真剣な顔で言った。 「それはきっとザルーパの鼠大工よ。ずっと南の土地に住む生き物で、臆病で非力だけれど、数が集まると馬鹿にならない。陰湿でエルフや人間を憎んでる。きっと戦争でこちらへ連れてこられたのね。他に兵士はいた?」 「見かけなかった。確かに連中は腰抜けみたいだった。でも数が多い。それにエルフはみんな眠り込んでるんだ。あれは一体?」 「やつらも魔法を使うのよ」いまいましげにジルナは言う。「得意とするのはまどろみの術。フラウザの球根を大量にあしらった汚らわしいトーテムを立て、住人を眠らせて人家に押し入るの。……ミキル、トーテムを見なかった?」 「軍旗のまがい物みたいなT字型の標識だったら、村の入り口で見かけた。それのことか?」 「見たのね。壊してはくれなかった?」 「そのときはなんだかわからなかったもんだから。それに、あれを壊すのは一人じゃ無理だよ。分隊がひと仕事しないと。丈夫な鎖がたくさんかけてあった」 「標頭の骨は? 骨が打ち付けてあったでしょう?」 「蛇、だったと思う。鋭い毒牙が生えていた」 「蛇はエルフの敵。それよ」ジルナはうなずく。「やつらは狙いをエルフに絞った。それで、村中を眠らせることができたんだわ」 「臆病で非力なやつらかもしれないが、眠らされてしまったら手も足も出ないじゃないか! こうしている間にもみんながやられてる。早くなんとかしないと……」 「落ち着いて、ミキル。やつらは本当に偉大な魔法は使えない。できるのは安っぽい小細工だけ。エルフの家は頑丈だから、そうそう入れはしないわ。また、みんなもそうだと直感して、術のかかり始めに閉じこもったんでしょう。逃げ遅れた人は多くないはず……そう信じたい」 「そういえば、君は眠り込んでいなかった。君には効かないのか?」  ジルナは首を振って、悩ましげに答えた。 「それはこのあたりが珠に吹いてあるから。前に言ったでしょう、ここは隠してあるって。でもここから出たら、あたしだって、どうなるかわからない」 「君も魔法使いなんだろう? 何か手はないの?」 「なくもないわ。魔よけの水をかぶっていけば眠気は防げる。すでに眠っている人も起こせるでしょう。でも村人を起こそうと思ったら、まず家に入れてもらわないと」 「それじゃだめだ。まず村人を起こさなきゃ入れてもらえない」 「ミキル、兵団は?」ジルナがすがるような目を向ける。「あなたは眠っていない。人間は術の範疇にないのよ。ドンベス兵団が来てくれれば、鼠大工どもなんか敵ではないわ」  僕は口を閉ざす。デッカが首を振って言った。 「お嬢様、ドンベス兵団は昼から残党狩りに出ているのです。今ごろは西の森で野営中かと……」 「そんなことになっていたの? あたし、ずっとここにいたから……」 「いや、これは丸ごとやつらの策略なんでしょう。人間とエルフの両方を眠らせることができないから、人間だけをおびき出したのです。我々みんな、まんまとはめられたわけです。あなたの手落ちではありません」 「そうなると厳しいわね……」  ジルナが唇を噛んだ。 「とりあえず、魔よけをかぶって三人で王館へ行きましょう。あたしは鍵を持っている。起こせるだけの人を起こして、やつらに備えないと」 「しかし、館じゅうの者を起こしても、四十に届きません。とても村全体を守るわけには」 「王館の周りだけでも守らないと。村のことはそれからよ」  ジルナとデッカが言い合っているのを見て、僕はあることを思いついた。 「呼んでくる」  二人が振り向く。僕は身を乗り出す。 「僕が兵団を呼んでくるよ、全速力で。そして戻ってくる。荷物を置いてこさせれば速いはずだ。君たちは待っててくれ」 「一人で?」ジルナがぎょっとして目を見張る。「だめよ、危険だわ! やつらはきっと待ちかまえているわ」 「そうだ。これだけの罠を仕掛けたやつらだ。人間とエルフの連絡は入念に断とうとするはずだぞ」 「だろうね。でも僕は伝令だ」  二人が短く息を呑む。僕はにやりと笑う。 「警戒をかいくぐって走るのが仕事なんだ。こういうのは慣れてる」 「でも、ミキル……!」  ジルナが手を取ろうとしたが、それを押しとどめたのはデッカだった。 「そうか……ドンベス兵団一の伝令兵だったな、君は」 「一番かどうかは知らないけど」 「いや、ドンベス閣下がそう言っていた。道に迷わず速く走る、いい兵だとな。これは天の助けだ。ミキル、ぜひ行ってくれ」 「デッカ……」  彼は腰の黒い剣を外して、鞘ごと差し出した。  「これを使え。命を救ってくれた礼だ」 「ありがとう」  僕は剣を受け取ると、立ち上がった。「待って」とジルナが自分の薄絹を歯で包帯のように引き裂き、僕の顔を拭いて、額の傷を覆うように頭に巻く。 「ここは大丈夫? 吐き気がしたりしない?」 「かすり傷だよ」 「あなたがこんなことを言い出すなんて、あたし、あの、なんと言っていいか……」 「わかってるって」 「わかってない!」  首に抱きついて唇をぶつけるようにキスすると、ジルナは濡れた目で僕を見つめた。 「ごめんなさい、あんなことを言ってしまって……あたし、あなたに何ができるか、わかっていなかった。今あたしたちを救えるのは、あなただけなのに! ああ、愚かすぎて自分の頭を割ってしまいたい……」 「それは、この後にしてくれ。何ができたのか、はっきりしてからね。そしたら……頭なんか割らなくていいからさ」  僕は腰帯に剣をかけると、額を押し当てて彼女の目を見つめた。 「また、いいことしよう。ね?」  ジルナが嬉しそうにうなずく。後ろでデッカが目を丸くして見ていた。  僕は馬のカーニスのもとに戻って――感心なことに、あのジルナの大嵐の最中にも、逃げ出さずに待っていた――鞍に飛び乗った。駆け寄ってきたジルナが背伸びをして、馬の両目を手のひらで撫でた。 「夜目を強くしてあげたわ。これでこの子は決してつまずかない」 「やつらは飛び道具を使ってくる。気を付けろ!」  デッカが助言してくれる。 「わかった。真夜中までには戻る!」  僕は叫んで、馬の腹を蹴った。  枝葉も見えない夜の森を、馬は素晴らしい速度で駆け出した。シラカバの門を出てあっというまに王館の横を過ぎる。  そのあたりは足もとに気をつけねばならないのだが、まるで真昼の平地を行くみたいに、馬はまっすぐそこを駆け抜けた。ひづめが大地を蹴るたびに、柵や花壇や水路らしきものが、びゅんびゅんと足元を吹っ飛んでいく。僕の目にはぼんやりした黒い輪郭しか見えず、背筋が冷えっぱなしだった。 「すごい曲芸だな、見料が取れるぞ」  村の大路を風のように疾走していくと、左右の闇からキイ、キイ、とかん高く呼び交わす声が聞こえた。嫌な気配がしたので、僕は剣の柄の位置を手で確かめる。  村の入り口を抜けて、トーテムのそばを通りすぎたときだった。前方の街道わきにチカチカと二つ組の小さな光が瞬いた。目玉だ。やつらだ! 「カーニス!」  とっさに手綱を思い切り引っ張った。やつらが走る馬を止めるつもりなら、きっとあの手を使ってくる。  馬脚が緩むが早いか、僕は跳びおりて剣を抜いた。目玉が見えた位置に突っこんでいく。剣技なんかろくに使えもしないが、相手は鼠だ。それに気持ちが高ぶって怖いと思わなかった。  キイキイとわめきながら鼠たちが逃げ散った後に、地面に打ち込んだ杭と、街道に低く張り渡したロープが見えた。馬の歩幅を考えて何本も張ってある。思った通りだ。鼠大工と呼ばれるだけあって、こういう仕掛けはお手のものらしい。 「こんな手に引っかかるかよ……!」  剣を振るって一本残らず切り払った。ちょっと驚いたことに、デッカの剣はまったく重さが感じられなかった。腕の長さぐらいある長剣なのに、まるで決闘用の細剣みたいに軽々と振り回せる。  その剣が、大きく振り上げたときに、ひょろりと勝手に動いた。 「おっ……」  バン! と板を叩くような音がして、勢いよく何かが飛んできた。その軌道を長剣がさっと横ぎったかと思うと、ガキンと鋭い手ごたえがした。  鈍い音とともに地面に突き刺さったのは、短い矢だ。  僕はハッと目を上げる。闇の中にちかりと黒い目が光り、バン、バン! と弦が跳ねる音が打ち重なった。ひらり、ひらりと剣が自ら向かおうとする場所へ、僕は力を込めて切りつける。飛来した矢が次々に叩き落とされた。  この弓勢、鼠の腕力じゃない。キイキイと後ろへ下がっていく鼠どもは、弓に似た不格好な機械を抱えている。 「……ボウガンか!」  待ち伏せにはもってこいの武器だ。僕はぞっとした。こうなると、鼠風情なんて侮ってはいられない。  追いかけようにも、居場所も頭数も暗くてわからない。踏みこんで囲まれたらおしまいだ。闇の中から、キリキリキリ、とボウガンの弦を巻き上げる音がする。ここは逃げの一手だ。  僕はあわてて馬に飛び乗った。やつらが二射目を準備するか、それまでに射程から逃れるかの勝負だった。「急げ!」と馬を急かすと、また疾走を始めるが、弓矢の速さにはかなわない。  背後からまた、バン! と音がした。 「くそっ!」  振り向きざま、一か八かで剣を振るった。またあの不思議な力が働き、カァン! と乾いた音がして、夜空のどこかへ矢が飛んでいった。   それきり、鼠どもの気配は背後に消える。僕はほっとため息をつく。デッカのやつを拝みたいような気持ちだった。間抜けだなんて思ってしまって悪かった。  そのときまた、抜き身の剣が勝手に動いた。今度は前だ。立て続けに弦の音がして、導かれるままに腕を振ると、左右二本の矢が吹っ飛んだ。  左からさらにもう一本!  ドッと左の上腕に衝撃を受けて、「ぐあっ……!」とうめいた。  前方を見た僕は呆然とする。  チカチカ、チカチカと目が輝く。十、二十。とっさには数えきれない。  吹き付ける走行風で顔が引きつって、笑いの形になった。止まれば死ぬと直感した。進むのも決死だ。ほとんど見えもしないが、ロープだって張ってあるに違いない。  だが、ジルナの助けを受けたこの馬なら。  腹をくくるひまもなかった。僕は剣の平で馬の尻を引っぱたいて、喚き声をあげた。 「カーニス、行け! 絶対に止まるな、跳べ!」  突撃する馬上で僕は剣を振り回す。バ、バン! といくつもの弦の音が重なって響いた。   エピローグ    「おいッ、ミキル! おいッ、この野郎聞けッ!」  ものすごい剣幕で怒鳴りながら病室に入ってきたのは、もちろんカッチャーだ。僕のベッドのそばへずかずかとやってくる。 「静かにしてくれよ、周りの迷惑だ」  僕は周りを示した。  そこは砦の中にある病棟で、相部屋なので他に三人ほど負傷兵がいた。多くはない。鼠大工どもの掃討戦は拍子抜けするほど簡単だった。やつらは待ち伏せはできても、組織的に動く人間の軍隊の前では敵ではなかった。  部屋を見回したカッチャーは「わかってる」とうなずいて声を潜めた。 「大声で話せることじゃないからな。非常に重大な要件だ。いいか、内密に頼むぞ……」 「待った」  僕は、読んでいた革張りの古い本を横に置いて、起き上がった。 「それなら外で話そう。もう歩ける」 「そうか、すまんな。読書はいいのか?」 「式までに読めばいいんだ」  僕たちは病棟を出て歩いた。砦の中は兵士たちが行き交い、ざわついていた。出陣じゃない。守備隊の交替が決まって、半分ほどが王都に帰ることになったのだ。  カッチャーは残る組となった。そして昨日までそれをえらく喜んでいた。今はとうてい喜んでいるようには見えない。  倉庫裏の目立たないところへ来ると、材木にどっかと腰を下ろして、カッチャーはうつむいた。僕は包帯を巻いた左腕を抱えて、ぶらぶらとそこらを歩く。話の内容は聞く前から分かっていた。  彼は昨夜、ルメイラに会うと言って北の森にある隠れ家の洞窟へ向かったのだ。  それでこの深刻な様子ということは――。  いつまでたっても彼が口を開かないので、僕は水を向けてみた。 「だめだった?」 「いや、やった」 「……へえ」  意外な返事だったが、それに続いて彼は首を横に振った。 「万事、滞りなく済ませた。俺にできる精いっぱいのことをしたし、ルメイラも喜んでいた……ように見えた。それなのに、ことが終わったら、なんて言われたと思う」 「後ろからじゃなくて前からが良かった、とか」 「おい、ミキル! ふざけないでくれよ、そんなんじゃない」カッチャーは声を上げたが、すぐに沈んだ口調で、「そんなんじゃないんだ。彼女に言われたんだよ。こんな目に遭ったのは初めてだ、しばらく会わないでくれるかって」と、うなだれた。 「俺はやらかしちまったのかな。三ヵ月も頑張ってきたんだが。一夜の失敗で、全部水の泡ってわけか。ミキル、どうすりゃいいと思う?」 「まあ待てよ」  僕は落ち込むカッチャーの肩を叩いてなだめた。なんとなくだが、誤解があるような気がした。 「聞くけど、ちゃんと手順を踏んだんだよな」 「当たり前だ。贈り物をして優しくして口説いて、エルフは奥手だって話だから、突撃したいのを我慢して外堀を埋めて櫓を寄せて、なんとか開城までこぎつけたんだ。こちとら隊長にまで聞きに行ったんだぞ。寝床のエルフはどう扱えばいいかって」 「君にそんなことができたのは驚きだっていうか、え、隊長ってそんなことまで教えてくれるのか?」 「そりゃそうだろ、あの人は誰よりもエルフに詳しいぞ」 「そんなら僕も聞けばよかった。いや、それはともかく……向こうも子供じゃないんだから、十分考えてのことだったはずだ。君とルメイラだって、掟忘れの夜に付き合い始めたんだから、向こうもきっとそうなることは考えてた」 「掟忘れの夜ってなんだ?」 「しきたりだよ。エルフは子供を作っていいときと、いけないときがあるんだ」 「そんなのがあるのか」 「ああ。彼らは寿命が長いから、むやみに子供を増やさないようにするんだ。でないと、そこらじゅうエルフだらけになっちゃうからな。戦があって数が減ったときだけは、解禁して男女の夜を過ごす。……だから、そういう経験が少ない。エルフが奥手だってのはそういう意味だ」 「へえ。詳しいな、ミキル」 「うん、まあ雑学だよ」  僕は軽く流しつつ、質問した。 「ルメイラは、こんな目には遭ったことがないって言ったんだよな?」 「ああ、そうだ」 「それって、君にひどい目に遭わされたって意味なのかな?」 「なんだって? いや、そんな意味じゃないと思うぞ」 「どうしてそう言えるんだ」 「ひどい目に遭わされたりしたら怒るからだよ、ルメイラは。彼女はおっとりとした静かな子だが、怒るときはきっぱり怒る」 「昨夜は怒ってたか?」 「昨夜は……いや、そういえば、すごく怒ってる感じではなかったな。ちょっとそっぽを向いて、困った感じでぼそぼそっと言われたんだ。目も合わせてくれなかったから、ああやっちまった、と思ったんだが」 「カッチャー、彼女は正確にはなんて言ったんだ? ひょっとして……」なんだか急にうんざりしてきたが、途中でやめるわけにもいかない。「こんなによかったのは初めてだって言ったんじゃないか?」 「あ、ああ?」カッチャーは面食らう。「なんだ、逆の意味だって言いたいのか? じゃあ、なんで会わないなんて」 「そりゃ予想外だったからだろ」以前にも経験があったのかもしれない、と言うのは控えてやった。「エルフの営みって、地味でつまらんものらしいよ。それに比べたら君は……その、なんだ、情熱的でよかったんじゃないの?」 「だったらそう言ってくれりゃあいいのに」 「言えないんだよ。慎みってやつだ。どう言ったらいいかわからなかったのかもしれない。ものすごくよかったから明日も明後日もやりましょうって、言うような子か? ルメイラは」  ジルナだったらきっと言うが、それは彼女が特別だからだ。 「言わん……な。彼女は」 「じゃあ彼女は今、別の言い方を考えてるのかもしれない。ちょっと様子を見てみろよ。君これまで押して押しまくる一本槍だったろう。ここらで少しやり方を変えたらどうだ。そうだな……何か簡単な頼みごとをしてみたら? ほしいものがある、とか言って」 「押して駄目なら引いてみろってやつか」 「そうだ。それで彼女が乗ってきてくれるなら、まだ脈ありだ。攻め手に戻ればいいんじゃないかな」 「ほーう。ほうほう……」  感心してしきりにうなずくと、カッチャーはいきなりバンと僕のけがをしたほうの肩を叩いた。 「いって!」 「素晴らしい助言だ、ミキル! おおいに元気づけられたぞ。礼を言おう!」 「それはよかった。じゃあ僕はこれで」  立ち上がろうとすると、カッチャーに引き戻された。 「待てよ、まだおまえのほうの話があるだろ」 「なんのことだよ」 「なんのことじゃねえよ、水臭い。あの子のことだよ。あの戦いの晩に王宮から駆け出して来て、みんなの前でおまえに抱きついてちゅっちゅっちゅ……」  そう言ってから、カッチャーはあの場の出来事を思い出すみたいに、遠い目になった。 「すげえこと言ったな、彼女」 「ああ」 「あれ本当なのか?」 「まあ、ね」 「っかーっ!」  額を叩いてカッチャーは天を仰いだ。 「てことは、俺がルメイラと手をつないだ、贈り物をしたって、ガキみたいに騒いでる間に、おまえは涼しい顔をして、夜な夜なあの子と、あんなことやそんなことや、もっとすごいことをしてたってわけか?」 「確かに黙ってたのは悪かった。謝る」 「否定しないのかよ!?」  僕は苦笑して、肩をすくめた。  するとカッチャーは僕の肩に腕を回して、「聞かせろよ、そこら辺を……」と迫ってきた。 「ジルナって言うんだって? あれ無茶苦茶な美人じゃねえか。なんだあのでかいおっぱいは、とんでもないお尻は。とうていエルフとは思えん。あの銘酒みたいな色の肌も南国風でたまらん。おまえがいろいろ詳しいのも、あの子に教わったんだろ。どうだったんだよ、初めてはよ……」  カッチャーのにやにや顔がこれほどうざったかったことはない。 「そっちのほうがいいなら、ルメイラに断っといてやろうか」  僕がちくりと言うと、カッチャーは真顔になって焦り出した。 「いや待てよ、それはナシだ。な? 勘弁してくれ」  僕は笑った。  しかし、水臭いと言われればその通りだ。僕はもうひとつ、助言してやることにする。 「カッチャー、エルフの女性についてひとつきわめて重大な注意点がある。聞いてもらえるか」 「お、おう。なんだ。教えてくれ」  僕はカッチャーの腕を外して言った。 「この先、ルメイラのおっぱいとかおなかとか、大きくなることもあるだろうが、『絶対に』、胸すごいな、なんて言ってはいけない」 「……なんでだ。誉めちゃいかんのか?」 「いかん」僕は兵団の前方に一万の大軍がいることを告げるような顔で、首を横に振った。「エルフの女性にとって、体がむちむちふっくらになってくるのは、まったく別のことを意味している。もし人間の男が不用意にそれを指摘したならば――」 「したならば?」 「恐ろしいことが起こる。気を付けろ。じゃあな」 「お、おい。ミキル! 恐ろしいことってなんだ?」   僕は立ち去った。  日暮れ時に砦を出る前に、ドンベス隊長の小屋へ出頭すると、王館への書簡を託されてから、おまえ残らんか、とざっくばらんに言われた。 「先日はいい働きだった。あれなら士分に取り立ててやれるぞ。俺も手元におまえを置きたい。悪い話じゃないと思うが」 「ありがとうございます。喜んで、と言いたいところですが……」僕は微笑んで答える。「僕の功績はジルナのおかげですし、僕が働いたのもジルナのためでした。兵団にいたら、王命で遠くに行かされることもあるでしょう?」 「それこそ栄達の道だぞ」 「わかってます」  ひげ面の巨漢隊長は僕を見つめて、フンと鼻を鳴らした。 「決意は固いというわけか。ま、立身出世も男の道なら、女に尽くすのも男の道――好きな道を行け。おまえの功だ」 「失礼します」  一礼して退出するときに、ふとあることが頭に浮かんだ。 「隊長ってエルフの女性にもお詳しいんだそうですね。ひょっとして、以前にキシュルで……?」 「誰だ、カッチャーか。あいつめ」ドンベス隊長は苦笑してあごひげを撫で回した。「縁はあったが、すれ違いばかりだったよ。まだ今ほど人間とエルフが近くなくてな。ほんの二晩……それだけだ」 「まさかジルナじゃないでしょうね」 「うん? ああ、おまえの相手か。だったらどうする?」 「本当ですか?」 「冗談だ、別の娘だよ。その後、エルフの男と結婚したそうだ。いずれにせよ過去の話だがな……ああ、ミキル」 「はい?」 「返書は明朝でいいぞ」  隊長が真顔なので、その言葉の含みに気づくまで、少し時間がかかった。 「ああ……はい。ありがとうございます!」  隊長が戸口に向かってあごをしゃくる。僕は部屋を出た。  エルフの女王に会いに行くのはちょっと気まずかったが、僕はまだ今のところ一兵士に過ぎないから、命令には従うしかなかった。馬に乗って王館に向かった。  水路と柵に囲まれた、木々と草花の生い茂る王館に入っていくと、デッカがどこからともなく現れて、僕に付き添った。彼の腰にはあの魔法の長剣がある。先日の件でのお礼は、お互いにもう済ませている。  ただ、建前としては、よそ者である僕の行動を監視するのがデッカの役割であるはずだが、本当は反対の目的で同行してくれるようなところがあった。彼はジルナ個人の忠実な召使だからだ。つまり、必ずしも女王への服従を優先しない。 「陛下、ドンベス兵団のミキルです。お目通り願います」  口上を述べるデッカに続いて、僕は女王の内庭に入った。噴水のある露天の場所で、女王は腹心のトーラン卿と、小冊子片手に打ち合わせのようなことをしていた。エルフの王館には、仰々しい謁見室なんてものはない。  僕は進み出て王都の将軍からの親書を渡し、口頭でも、兵団の兵力が入れ替わることを告げた。気のない顔で口上を聞きとった女王は、隅に控えていた書記に声をかけ、返書をしたためさせて、僕に渡した。 「お預かりいたします」  僕が頭を下げると、金銀半々の髪の女王はじろじろと僕を見て、おっしゃった。 「典礼の勉強は進んでいますか」 「はい、しっかりと」 「文字が読めるというのは助かりますね」  露骨な嫌味だったけれど、聞き流した。ジルナのいわゆる身内の困難の一つだけど、こんなのはなんでもない。鼠大工の矢の響きに比べたらそよ風だ。  けれど次のひと言には困った。 「生まれる子供の名前は、もう考えて?」  答えられない。まだ考えていなかったし、どんな名前を付ければいいのか見当もつかない。 「我々のしきたりでは、早くから名を決めて、聖なるものとして清めていくのですけれど」 「それは……その」  僕が冷や汗を流していると、デッカがさりげなく前へ出て、言ってくれた。 「ただいまミキルはお嬢様と検討している最中です。決まりましたらば、陛下にも」 「そう」  女王は顔を背け、ちらりと出口に目をやる。僕たちは引き下がった。  邪険にあしらわれはしたが、そんなに悪い気持ちにはならなかった。あの襲撃の晩、エルフの女王はやはり眠り込んでいて、ジルナとデッカに起こされてからも、村を助けに行けずにやきもきしていた。それを、僕が連れてきた兵団が救ったので、真っ先に外へ出てきて、礼を言ってくれたのだ。  彼女は人間に助けられたからといって、ひがんだり面子を気にしたりするような、狭量な人ではなかった。――まあそのあと、目の前でジルナがとんでもないことを言ったので、すっかり態度を変えてしまったのだが。  外へ出ると空気がうまかった。何度も深呼吸しているとデッカが首を振り、「やっていけそうかね、ミキル」と尋ねた。 「なんてことはないですよ」 「我々エルフは長く生きる。長生きだということは、皆が皆、身内のしきたりや典礼に詳しくなって、新たな仲間に教える機会がない、教えなくてもいいと思いこんでしまうということだ。この先、いくらでもこういうことはある」 「それはちょっと大変そうですね……でも、そのしきたりの中に、ジルナのような人と僕のような人間が結婚するときのやり方ってのは、あるんですか」 「ない。君に渡した古書も一般的な典礼書で、今回は当てはまらないことが多い。君も困ってるんじゃないか?」 「困るも何も、目が滑りっぱなしですよ。出だしからいきなり、一族の長の助けを得て諸家族のしきたりを折り合わせれば婚儀の万端は整う、でしょ。僕の身の上には、領主の次男に嫁いだ大伯母さん以外に、一族の長も諸家族なんてものもありゃしないし、ジルナに至っては……」 「――まあ、手間が省ける、とも言える」 「そう思ってくれる人が僕のほかにもいて心強いですよ」  馬を引いて王館の裏まで行くと、シラカバの木の手前でデッカは足を止めた。「来ないんですか」と聞くと、「水入らずの邪魔をするほど野暮じゃない」と言った。  僕は前から気になっていたことを聞いた。 「デッカ、あなたは……ジルナのことが気にならないんですか? ほんとにちょっとも?」 「ん? それはどういう……ああ」  言外の意味を汲み取ってくれたらしく、デッカは笑って首を振った。 「まったくならない。安心してくれ」 「ジルナはあんなに可愛いのに?」 「君は故郷の大伯母さんが気になるのか?」 「ええ? いきなりそんなことを言われても……」  考えこみかけて、僕はまじまじとデッカを見た。  ようやく、彼がなぜあんなに鈍かったのかわかった。 「では、な」  デッカは手を振ると、跳び上がって風の中に消えてしまった。  シラカバの木の門を通り抜けると、黄色いうわっぱりを着て馬鹿でかい木の背嚢を背負った、いかめしい顔の男とぶつかりそうになった。僕はそのエルフと、あの晩に一度顔を合わせていた。 「ああ、先生。失礼しました」 「いや、なんの」  彼は医者で、僕の矢傷を手当てをしてくれたのだった。今も傷の具合を聞かれたので、おかげさまで化膿もしてません、と答えた。 「それより、先生はどうしてここに? まさか、ジルナに何か?」 「いや、別になんでもない。ただ、ちょっと確認にな」  エルフの医者はうなずくと、さっきの女王みたいにじろじろと僕を見て、「人間というのは、なあ……」と感慨深げにつぶやいた。 「なんですか。何か文句でも?」 「いやいや、文句なんかではないよ。ただ、なあ……」 「物好きだって?」 「なんというかな、うむむ」彼は言葉を濁しつつ、「お嬢様はすこぶる快調だ。若い君のおかげだな」とごまかすように言った。  僕はむっとしたが、黙って一礼して彼と別れた。  彼もカッチャーも似たようなものだ。余計なことをいちいちつついてくる。僕もジルナもそんなことは気にしていないのに。  僕が気にしているのはちょっと違うことだ。それを顔に出さないようにしなけりゃ……と自分に言い聞かせながら歩いていった。  馬をつないで湖畔に出ると、あずまやが見えた。屋根と柱は吹っ飛んだままだが、瓦礫は片づけられ、桟橋も直してある。寝椅子にジルナがもたれかかって、目を閉じていた。  いつもと違って、飾り気のない清楚な白いドレス姿だった。  僕が桟橋を渡っていくと、靴音に気づいたのか、ジルナが身を起こした。「ミキル、いらっしゃい」と柔らかく微笑む。 「ただいま。休んでた?」 「ええ、ちょっとお医者に診てもらっていたのよ」 「そこですれ違ったよ」 「あなたのけがは大丈夫?」 「うん。もう触らなければ痛まない」 「よかった」  僕は立ったまま、ジルナは座ったままで微笑み合った。それからジルナが「あ、お食事を出すわね」と立ち上がり、「いいよ、座ってて」と僕が押さえようとして、すぐ手をひっこめた。ジルナが出方を見計らうような顔で、ためらいがちに言った。 「お夕飯、まだなのじゃないの?」 「あ、うん……じゃあ、頼んでいいかな」 「ええ」  僕は寝椅子に腰かけて、彼女が机のひと打ちで取り寄せた皿を並べるのを眺めながら、何を言おうか考えていた。  ここ何日かで、王館のほうでは幾度もジルナと会って、公的な話をしていた。でも、ここで会うのは、あの夜以来、初めてだった。 「どうぞ……」  ジルナがスープをよそってくれる。僕は名のある熟練の料理人に給仕されているような気分だった。二、三口すくって、「これはおいしいね」と言った。店に来た客みたいな返事だと思った。  食事が終わるとジルナがうろうろとその辺を歩いて、「このあずまやも直しておけばよかったわね……」と言い、突然意味もなくテーブルの上に、花々が咲き乱れる花瓶をポンと出して、「これでちょっとは華やかかしら?」と笑った。 「いいんじゃない?」 「いいかしら」 「うん。君のそのかっこうが引き立つよ」 「あ、これは……」ジルナが豊かな胸を首元まできっちりと覆った、膝丈ぐらいの白一色のドレスに手を当てた。「もうあまり、肌を見せたりしないほうがいいかしら、と思って……」 「そうなの?」 「ええ、その……ミキルはどう思う?」 「それも似合ってると思うよ」 「そう……」   僕が目顔で隣を示すと、ジルナはこぶし一つ分離れて腰掛けた。僕は口を開けたが、何を言ったらいいかさっぱりわからなかった。 「ジルナ……その」 「ええ」 「今日は……そう、カッチャー! カッチャーがね」 「ええ、カッチャーね。ミキルのお友達の」 「ルメイラとついに思いを遂げたそうなんだけど、そのあとで何かすれ違っちゃってね。振られたみたいだって落ち込んでいたから、エルフと人間のちょっとした習慣の差だよ、って教えてやった。やつはきっとうまくやると思う」 「それは、ルメイラもまだ若いから、勝手がわからなかったのかもしれないわね。おいおいうまく行くといいけど」 「そうなんだ、ルメイラは若いんだね。いくつ?」 「百三十一」 「ひゃ」  僕は二の句が継げなくなった。ね? というように微笑んでいたジルナが、顔をこわばらせる。 「……やっぱり、気になる?」 「いいや? 全然」僕は素早く強く言った。ちょっと強すぎた。「まったくたいしたことはないね。普通だよ普通。カッチャーもそんなの気にも留めないよ。あいつは年なんか口にしたこともないし。うん、大丈夫」 「ミキル……」 「そういえばさ! やつもルメイラから何か記念の品でもほしいらしいんだけど、エルフってどういう――」 「ミキル!」  びくっとして見つめ直すと、ジルナはすがめた目に涙を浮かべていた。 「気になるのね」 「ならない」 「わかってる。人間の百三十一歳なんて、とっくのとうにおばあさん。気にならないわけがない。エルフですら歳を気にするんだもの。無理してるでしょう?」 「してない。そんなことない!」 「じゃあ、どうして」みるみる涙が盛り上がって、ジルナの顔はくしゃくしゃになった。「どうしてそんなに、取って付けたみたいな態度なの! キスの一つもしてくれないなんて! はっきり顔に書いてあるわよ、あなたがほんとはどう思ってるか――」 「違う、これは」 「七百歳の大おばあちゃんなんか、願い下げなんでしょう!」  とうとうジルナはわっと声を上げて泣き出してしまった。 「ジルナ……」  僕は寝椅子にもたれて、深々とため息をついた。  それがジルナの、最後の秘密だった。  僕が知ったのは、あの襲撃の夜のことだ。  鼠大工たちを一掃した兵団が、王館前に集まったあのとき、傷を負った僕の姿を見て、ジルナは矢も楯もたまらずに駆け寄って抱き締めてくれた。  その場には女王やトーラン卿を始め、エルフの貴人たちもいて、僕たちのことを見られてしまった。隠し立てできなくなったジルナは、とうとうみんなの前で秘密を打ち明けたのだ。 「聞きなさい、皆の者。ミキルは村を救ってくれた恩人よ。そしてあたしの愛する人です。ジルナルテン・キシュル・ルキシュルは、掟忘れの夜の許しのもとで、この人の子供を産みます!」  来るものが来たという気分で、僕はその叫びにうなずいていた。当然、エルフたちには驚かれるだろうし、怒られるだろうと覚悟していた。彼らが大事に隠し育ててきた愛娘を奪ってしまったものだと思っていたのだ。  ところが、彼らの反応は予想もしないものだった。 「あれはお嬢様か?」「ジルナルテン様だ」「今なんと、仰せられた……」「掟忘れだと? あの御歳でか?」  ジルナに向かって頭を下げたものの、ざわめきを抑えられない尖り耳の人々の中で、女王が愕然として叫んだ言葉が、僕の耳に残っている。 「お、大伯母様、お気を確かに! 木々より古い貴女が何をおっしゃるのです!?」  ――大伯母様。聞いてしばらくは、まったく意味が分からなかった。エルフのしきたりに即した、単なる敬称だろうぐらいに思っていた。  それが、ただの呼び方というだけでなく、まったくの事実だと知ったのは、王館で女王とジルナと三人、膝詰めで話した時だ。  七百八歳。彼女はキシュルの村でもっとも永い時を生きてきたエルフだったのだ。  ジルナが現女王の祖父の姉であることを、僕は当の二人の口から聞かされた。  エルフは村の人数が減ったときにしか子供を作らない。それは、若い女エルフのすべてが結婚できるわけではないことを意味する。ジルナがまだルメイラのように若かったころには、たまたま長く戦のない平和な時代が続いた。公平な選定があって、幾人かの女エルフは結婚した。しかし、その選に漏れた者も出た。  時が流れて、また戦が起き、結婚が奨励される時代になった。しかしそのときには、より若いエルフが大人になっていた。彼女たちが結婚し、以前に選に漏れた者は後回しにされた。  そうやって、本人の意志や魅力にかかわらず、ただ運命に翻弄されてついに誰かと愛し合うことが出来なかったのが、ジルナだったのだ。  人間でもそうだが、独り身のままで長く暮らした人は、若いころの呼び方で、ずっとそのまま呼ばれることがある。デッカや医者が使った、お嬢様という呼称はその種のものだ。彼女がうら若い令嬢であることを表していたわけじゃない。彼らにしてみれば自然な呼び方なのだろう(そのデッカは二百八十歳ぐらいで、ジルナに仕えていた先代、先々代の呼び方を引き継いだだけだそうだった)。  彼女がデッカなどから、まるで恋愛の対象だとみなされていなかったのも、道理だった。呼び方とは無関係に、すべてのエルフたちは彼女を、尊敬すべき長老であり、すでに隠棲した過去の貴婦人だとして扱っていたのだ。  そんな人が、愛だの子供だのと言い出したのだから、これはもう、エルフと人間、貴人と平民の道ならぬ恋なんていう、月並みな話じゃない。  大醜聞だ。一族の誇りも威厳も丸つぶれ、心ある大人は眉をひそめ、無邪気な子供たちまで笑い転げる、とんでもない話だということだった。  人間でいえば、揺り椅子で編み物をしている、恋愛どころか家事からも引退したしわくちゃのお婆ちゃんが、若い男の夜這いを受けたようなものだ。それをやった僕は、物好きの変人というか、はっきり言えば変態だとみなされた。まさかそんな扱いを受けることになるとは思わなかった。  話をさらに面倒にしているのは「エルフから見た人間」の観念だった。彼らにとって人間は、血気盛んだが幼稚で手のかかる子供、という感じであり、三十歳、四十歳という壮年になってから、ようやく少しは使える若者になってきたかな、という扱いになる。  ところが僕は、十八歳だ。エルフ的には大人どころか、若者ですらない。ただのちっちゃな子供だ。  つまりジルナのほうも、エルフたちから見れば、ろくに毛も生えてない幼児と事に及んでしまった、あきれた色ぼけお婆ちゃんだということになるのだった。  僕が十八歳だと言ったときに、ジルナがためらいを見せたのは、そんなわけだった。……でも、僕なんかはむしろ、あれを思い出すと自然に笑いがこみ上げてしまう。  僕のジルナ、美しくて素敵なジルナは、あのとき、手を出したら年功も威厳も吹っ飛んでしまうとわかっていながら、あどけない小さな男の子に熱烈に言い寄られて、ついふらふらと年甲斐もなくよろめいてしまった、お婆ちゃんだったんだ。それは、エルフたちが言うような情けない姿なんかじゃない。むしろなんだか、親しみがわくじゃないか。  これが僕の偽らざる気持ちだった。まわりのやつらはやいやい言うけど、そんなのは関係ない。七百歳なら七百歳で、むしろそんな歳で泣いたり笑ったりするんだからなおのこと、可愛くて仕方ないと思えてしまうんだけど……ジルナ自身が、エルフとしての常識から、まだちょっとそれをわかってくれない、というのが悩みどころだった。  いや、そんなにすっかり物のわかった境地でもない。それならジルナをこんなふうに泣かせたりしない。  僕の未熟が全部悪い。  頭をかいて反省しながら、僕は「ジルナ、ジルナ」と肩を揺さぶった。 「聞いてよ、ジルナ。泣かないでさ。僕は誤解させちゃったんだ。なあ……」 「いやだ、もう。あっちへ行って、ばか」 「駄々をこねるなよ。ちっちゃな女の子じゃあるまいし」  僕は彼女を抱き寄せて、頭にキスした。びくっとジルナが体を固くする。髪に鼻を埋めて肩を撫でてやると、すぐに柔らかくなってきた。「ミキル……」とこっちへ寄ってくる。最初からこうすればよかったんだ、僕のばかめ。 「君がそんな、改まったかっこうをしてるからだよ。なんで肌を見せてくれないの? 他人みたいに見えたんだけど」 「それは……だって、あたしはもう恋をする女だって、みんなの前で言ってしまったんだもの。男女のことなんか関係ないような顔をして、無神経な格好で出歩くことはできないわ。誰も見向きもしないようなこんな体でも、せいぜい隠すわよ。恥ずかしいけれど」 「それ、そういうつもりだったの? 今まではどうでもいいから透け透けで歩いてたのか。人間とは反対……いや、そうでもないかな」故郷の村にも、確かにぐだぐだの格好で暮らしてるお婆ちゃんはいた。「ともかく、僕は元のほうがいい」 「そうならそうと言ってちょうだいよ! 似合ってるなんて言わずに!」  顔を上げたジルナがにらむ。 「あたしが素敵だって言ってくれるの、村ではあなただけなのよ? それを信じるのは、ほんとに大変なんだから……!」 「ごめん。でもさ、ジルナ」  濡れた銀のまつ毛。きつい眼差しでそんなことを言われるのは、ほんとに可愛いとしか思えない。 「君は王館じゃ一声命じるだけでエルフたちみんなをひれ伏させたし、その後も会うたびに、ややこしい慣習だの典礼だのばっかり教えてくれたじゃないか。正直、別人みたいで気圧されちゃったよ。僕だって、君が本当はこんなに可愛いってのを忘れずにいるの、けっこう苦労なんだよ」 「それは……そうかもしれないけど」 「年上の余裕を見せてほしい。僕はおっぱいが好きな赤ちゃんなんだ」 「何よ、それ」  ジルナが噴き出して、僕の肩を叩いた。そして、二の腕にぎゅっと胸を押し付けると、小首をかしげてていたずらっぽく言った。 「これがいいの? ミキルぼっちゃんは、こんなたぷたぷのお肉がお好きなの?」 「ああ、好きだね。大好きだよ、おばあちゃん」 「んんっ?」  怖い顔してにらむジルナに、僕は強引にキスをした。  エルフ離れしたぽってりとした唇と、ねっとりとした舌が絡みつく。花の香りのエルフとは思えない動物じみた濃密な甘い体臭が鼻をくすぐる。それもこれも、ジルナが時を経て醸し出したものだ。色の抜けた銀の髪も、肌を染める暗く深い色も、時の試練に耐え続けることで自然にそうなったものだった。  腰に腕を回して、お尻をなで回す。ドレスは絹らしくて、布というよりも平たい水面に触れているよう滑らかさだ。でも僕は絹よりも手触りのいいものを知っている。 「ジルナ、触りたい」 「あなた、けが人なのに、大丈夫……?」 「そんなの忘れたよ。ねえ」 「んっ、待って、脱ぐ……」  顔を離さずにちゅぷちゅぷと唇を重ねたまま、ジルナが背中に手を回して、しゅるしゅると紐をほどく。ドレスの後ろが割れて、はらりと前に剥がれ落ちた。下着もいつもよりしっかりした豪奢なものだった。淡い色の縁取りのレースと掛け紐が、褐色の肌にくっきりと食いこんで、乳や腋の肉をぎゅっと盛り上がらせている。明暗の落差で目がくらみそうだ。下のほうはもっとすごくて、細い布が腰骨と股間に食いこんでしまっている。一気に興奮が高まって、体がかっと熱くなる。 「さっきの、取り消し。この格好もいいかも、ジルナ……」 「何言ってるのぉ、こんなのがいいの?」  恥ずかしそうにそう言いながらも、ジルナは包まれた重い乳房を触らせてくれ、布の下に手をぐいぐい潜りこませるのを許してくれる。乳肌はしっとりと湿っていて、ぼうっと熱を帯びていた。むらむらと強烈な飢えが湧いて、指を立てるようにして揉みしだいた。  下着の中でありあまる肉が行き場をなくして、きゅむきゅむと谷間の方へ盛り上がる。「ちょっと、きつい……」とジルナが顔をしかめた。胸が大きすぎて、下着の大きさが足りていないみたいだ。 「外して」 「ミキル、あなたも脱いで。ううん、脱がせていいかしら?」 「ん、いいよ……」  手を離すと、ジルナが胸当てを外してから、僕の体に手をかけた。ボタンを外し、袖を引き抜いていきながら、あからさまに息を荒くする。左腕の傷にだけは気を付けながら、肌着を抜き取って僕の胸があらわになると、はあはあと見つめて、「キスしていい?」と言った。 「う、うん……」 「んっむ」  ジルナはしゃぶりつくように僕の胸に顔を押し付けた。ちゅむ、ちゅむ、と唇を触れさせ(唾液の濡れた感触がぞくぞくする)、舌を伸ばして、胸の筋肉の輪郭をとろとろとなぞっていく。  初めて見るジルナのそんな姿に、僕は妙な興奮を覚えてしまい、「ジ、ジルナ、それいいの……?」と、少し子供っぽい口調で聞く。  ちらりと見上げるジルナの目は、熱に浮かされたみたいにぼうっとしている。「こういうの、はしたない……?」と聞く。 「ううん、いいよ。好きにしてくれて……」  その言葉は何か琴線に触れたらしく、半裸のジルナは目を細めて、ぷるっと肩を震わせた。「い、いいのね……こんなこと、しても……」と嬉しげに言って、無心に顔を押し付ける。  ジルナはちゅくちゅくと僕の乳首を吸い(ぬるぬるした舌の動きで、ぞわぞわした)、鎖骨や首筋を舐め回し、さらに腋の下へ行って、ふぐふぐとしきりにそこを嗅いだ。押し倒されて僕は寝椅子に仰向けになり、ジルナはさらに銀の髪をふさふさと流しかぶせてぴったりと僕の横に寄り添い、夢中になって腋の下や肩回りを舐め回した。  腹のあたりにたぷたぷとこすれる乳房の感触と、彼女のうっとりした顔と、何より、女にそんなに求められるということに当てられて、僕まで頭がぼうっとなってしまった。 「ジ、ジルナ、これ、何か、すごい……」 「いいの? ミキル。気持ち悪くない?」 「ない」ふるふると僕は頭を振る。「何か、子犬にでもなったみたいだ。ふわふわする。体じゅう舐め回してほしいかも……」 「体じゅうって……」  ジルナが、くぅんっ……と勘に耐えたように鼻を鳴らして、僕の胴をぎゅうっと抱いた。 「あのねミキル、言ってしまうわね……秘密よ?」 「う、うん」 「あたし、ずっと、ずうっと、こういうこと、したかったの。殿方に愛してもらう、っていうのはもう無理かもしれないけど、あたしがちょっと何か手を使えば、男の子の体は手に入るかも……って」 「ジルナ」はあはあと息を荒らげて、僕はうめく。「君、それじゃほんとに子供食いの妖魔みたいだよ…………」 「ぞっとした?」 「ん」ごくりと唾を飲む。「それがほんとの君なんだろ……いいよ、して。僕だって君を好きなようにしたし……」 「ミキル……素敵……あなた、好き……」  興奮に目を輝かせたジルナが僕の唇や耳の穴まで舌を這わせて、ぬるぬるにしていく。それは、僕がジルナを本当に満足させた、あの三度の交わりの夜みたいに、相手の体の心地よいところを徹底的に愛撫していくやり方と同じだったけれど、心づかいの度合いは、ジルナのほうが僕よりもまだ上だった。  僕が女のおっぱいや、頬や、おなかや、太腿が好きなことをジルナは知り抜いていて、必ずそういう柔らかいところを押し当てて包むようにしながら、濡れて細かく動く唇と舌を僕の敏感なところに這わせまくり、腕も起こせないほどふやふやのがくがくに、僕の体をほぐしていった。 「ジルナっ……ジルナぁ」  上半身のくぼみというくぼみを愛し尽くされて、僕の興奮は頂点に達していた。股間はズボンが突っ張るほど盛り上がり、下着の中では充血したものがガチガチにきばりきっていた。 「ま、まだ? 下は……」 「下? 下って……ここかしら? ミキル」  ぬめぬめの油袋みたいな乳房を、僕の顔にとぷとぷと押し乗せながら、添い寝したジルナが手を下ろす。  ぴんと反ったものの裏筋を、きゅうっ、と射精そっくりの快感が駆け登った。 「ひいっ?」  僕は腰を跳ねさせる。ズボン越しに指をあてたジルナが、一本線を引くみたいに、なぞり上げたのだ。 「かっ……たぁぁい、ミキル……」  ぞくぞくと肌を震わせて、ジルナが触れるか触れないかの絶妙さで、竿を包んだ手をさわさわと上下させる。 「かちんこちんよ、石の刀みたい。白いのでパンパンなのね? 出したい……?」 「だっ、出したい、出したいよ、ジルナ!」  哀れな顔で懇願するのが、逆におそろしく気持ちいい。僕のほうもジルナと同じように、普段とは真逆のこの遊びに酔っていた。今は男として女を満たす責任はないのだ。むしろ子供に戻ったみたいに甘えていい、甘えてほしいと、女が欲している……。  ジルナのほうがずっと年上だということが、今の僕たちを強く支えていた。 「じゃあ、出させてあげるから、脱がせていい? あなたの下を……裸にしちゃっても、いいかしら?」  声が上ずって濡れている。ジルナは誰にも言えなかった、本当にしたいことをしている。エルフのくせに、なんていやらしいんだろう。 「脱がせて、ジルナ。僕を裸にして……」  ジルナが動き、下肢に夜風が当たる。僕はすっぱだかにされてしまった。 「はあ……ミキル……」  期待した愛撫はすぐには来なかった。ジルナは体を起こして僕を見下ろしていた、いや、鑑賞していた。 「いやだ……もう……こんな……どうしようかしらぁ……」  裸の僕を上から下まで舐めるように見回して、ジルナは体をくねらせる。僕は羞恥で熱くなってしまう――そしてぼくのあそこは、ジルナの視線を喜ぶみたいに、びくっ、びくっと反り上がって、先端から露を漏らす。 「ねえ、ミキル、どうしましょう、あたし我慢できない。キスしていい?」 「い、いいよ……」 「いつものキスじゃないのよ。あ……」ごくりと唾を飲んで、下を指さす。「あそこに、キスしても?」 「いやらしすぎるよ、ジルナ……」 「ごめんなさい。ミキル、ごめんなさい、許してね……?」  詫びの言葉を口にしながら、ジルナは顔を寄せて、ふうっ、と息を吹きかけた。 「ふんっ……」 「跳ねた。可愛いっ……ねえ、ミキル、したら出ちゃう? 白いのをびゅって、出してしまう?」 「が、我慢する……」 「なあに、いいのよ? あたしの前で、出してしまって。あたし、ミキルにいっぱい出されるの、ほんとに好きよ……?」  甘すぎるささやきとともに、ねろり、と舌が裏筋に触れて、舐め上げた。 「うくぅっ……」  反射的に袋の裏がびくついてしまって、僕は歯を食いしばる。出されたら、完全に負けだ、という気がした。そして、完全に負けて出してしまいたい、という衝動が強烈にこみ上げた。  ねろり、ねろり、と温かみが何度も這い上がる。ただくすぐっているんじゃなくて、唾液をたっぷり出して味わっている。洗ってもいないのに、そこを汚いと思う気は少しもないらしい。 「しょっぱい……ミキルのここだって、いやらしいわぁ……はぁう、あたしだめ……なんてことをしてしまってるの……」  心の底から幸せそうに、ジルナがうわごとを漏らす。竿の周りにねろねろと唇を巡らせ、手で支えて、ぢゅーっ、と強くキスする。目いっぱいの愛情というか、欲情が伝わってきて、こみ上げが根元でびくびくと暴れ回る。我慢するのがつらすぎて、歯がカチカチと鳴った。 「ジっ、ジルナっ! だめっ! それ、だめだっ!」 「んん、我慢して。好きなだけ我慢して。あたし、楽しみにするから。ミキルが我慢できなくなるところ、見たい……」 「ひっ、ひいっ、ぎっ」  下の二つの袋をもむもむと唇で挟まれると、おぞましいような快感がいっぱい駆け巡って、足を爪先までピンと突っ張ってしまった。もういくらも持ちそうになかった。がくっ、がくっとこらえている尻のあたりの力が抜けかける。 「出ちゃうかしら、もうだめかしら? 見せてちょうだい?」 「ジルナっ、出、出るっ、出るよっ! 口っ、口で吸ってっ!」 「だあめ、今日は見せて。あたしの目の前で出してっ」  ジルナがぬめぬめの竿を手で握って、熱心にしごいた。  開いた爪先をわななかせながら、僕はぎゅっと顔をしかめて、達してしまった。  びゅっ! びゅっ! と何もない空中へ粘りが飛び出していく。「んっ、ふぐぅっ!」と僕は何もない空中にこわばりを突き上げる。その瞬間をジルナが目を輝かせて見ている。鼻先で男根がいなないて放出するのを、その向こうの僕の顔とともに目に焼き付けている。 「いって、ミキル、いって、いっぱいいって」  宙に舞った汁ひもが、ぱたぱたと僕の腹に落ちる。ジルナにぎゅうっと根元を押し潰された。「んおおお……」とうめきながら、僕はどろどろを出し尽くしてしまった。  僕はぐったりと身を沈める。ジルナが手拭きを取ってきて、そっと隣に横たわった。優しく撫でまわすようにして、僕の腹の上を拭く。 「よしよし、がんばったわね、ミキル。いっぱい出せてえらかったわ……」  そう言うと僕の首に腕を回して、しっかりと抱きついた。「ん――ん」と鎖骨や首にキスして、抑えられないみたいにすりすりと顔をこすりつける。足を絡め、豊かな胸やすべすべしたおなかをしきりに密着させて、全身の重みをぐっとかけてくる。甘えているというのとはちょっと違う。まださっきの、飢えたような気配が続いている。  なんとなくわかったような気がした。ジルナは今、若い男の子の体を全身で味わって、至福の気持ちでいるんだろう。  僕のほうもいったん欲情をたっぷり放出してしまったので、休んで息を整えたい気分だった。ジルナに身を任せて、しばらく好きなようにさせてやった。  やがて首元でジルナが大きく息を吐いた。 「はあ……はあ、いいわ……まるで夢みたい……」 「ジルナって、よくそれ言うよね」 「だって、本当にそういう夢ばかり見てきたのだもの……長く生きてると、現実よりも夢のほうが楽しみになってしまうのよ」 「こんないやらしい夢ばかり?」 「んふん。ばかりじゃないわよ……」ジルナは顔を起こす。胸に散らばっていた銀の髪がさらさらと引いていく。「こういうのはたまによ、たまに。でも、ミキルはあたしの夢そのものだわ」 「買いかぶりじゃない? 僕ぐらいの男は掃いて捨てるほどいる」 「でも王館の奥まで来たのはあなただけ。ラトランのトーテムを村へ帰してくれたのも、鼠大工から救ってくれたのもあなただけ。そして今は、かつてなく人間とエルフが和合している時代。まさに今、あなたが来てくれたから、あたしはこの幸せに恵まれたの」  ジルナはちょっと遠い目をして言う。 「永い人生の黄昏のこのときに、ようやく。……この気持ちはあなたにはわからないわ」  七百年も生きた後の気持ちなんか、僕にはわかりようがない。それよりも、言葉の前半分が気になった。 「黄昏なんだ、ジルナは今」 「――ええ」 「いつか君は言ったよな。エルフが人間と恋をすると、人間のほうが先に死んでしまうから、いずれはどちらも悲しまなければいけない。でも、僕がその心配をする必要はない、って」 「ええ」ジルナは真顔でうなずく。「言ったわ」 「それって、そういう意味なのか? つまり……君はもうすぐ寿命が来てしまうのか? 病気なんかじゃなくて」  口に出すとぎゅっと胸が痛んだ。彼女のこれまでの様子は、すべてそれを表しているような気がした。体格のわりに力が弱いこと。足元が確かじゃないこと。疲れやすいこと。 「いやだ、ジルナ」  僕は彼女の肩をつかむ。 「君が僕より先に死ぬなんていやだ、ジルナ。せっかく好きになったのに。僕の子供を産むんだろう? 死んじゃだめじゃないか。もっと生きてよ。一緒に子供を育てよう」 「そういうところ、あなたこそ子供っぽい。ふふ……」  ジルナは小さく笑うと、寂しそうな顔になった。 「ええ、そうよ。あたしはもうじき死ぬ。だからこそ、子供を残すことにしたの。それがかなって、嬉しいの。わがままを言わないで、ミキル」 「わがままなもんか! そんな、悟ったようなことを言うなよ! 心配するなって、そういう意味だとしたら、それこそ心配でしょうがないよ! 子供だけ残されたって嬉しくない!」 「決まったことだもの」ジルナは首を振る。「魔法を使う者は訪れる死の気配がわかる。いつ来るかは人によりさまざまだけど、それが見えたら、もう逃げられない。おとなしく受け入れるしかないの」 「そんな……そんなことって」僕は彼女の顔を覗きこむ。「いつ来るんだ? 君はいつ死ぬんだ、来年? 再来年? もうじきって……」 「知りたい?」  僕は固まる。そんなの聞きたくない。だが、知らずにいるのは耐えられなかった。 「知りたい」 「五十年後ぐらいかな」  僕はぽかんと口を開けた。「五十……年後?」 「そ」ジルナは笑っている。引っかかった、という顔だ。「五十年。これまでに比べたらほんのわずか。もうじき……よ」 「こっ……のやろう!」  僕はジルナをつかんで逆に組み伏せ、腋の下を思い切りくすぐってやった。「きゃあ、やめてミキル、あはは!」とジルナが叫んで悶える。 「ほんとに五十年後なんだな? 嘘じゃないな?」 「嘘じゃないわ、嘘なら子供なんて作らないわよ、それぐらいは余力があるから、産もうって気になったのよ!」 「五十年もあったら、やっぱり僕のほうが先にくたばっちまうかもしれない」 「わからないわよ。あなたしぶといから生きられるわよ。うまくすれば、ぴったり一緒に死ねるかも」 「そんなのって……」抱き締めずにいられない。「最高じゃないか……」 「ええ、最高よ。だから心配なんかしなくていいの」 「ジルナ……!」  僕は彼女と口づけした。 「しよう、ジルナ。子作りしよう」 「まあ、ミキル。もういいの?」 「数えて十日ぐらいしてないじゃないか。一度や二度じゃ済まないよ」 「そういう人よね、あなたは……」  うなずくと、ジルナが肩を押さえて、ささやいた。 「続きも、あたしにやらせてくれないかしら?」 「え?」 「そのまま横になっていて……ね?」 「う、うん」  ジルナは腰に手をかけ、自分の最後の薄物を引き下ろす。僕が仰向けになると、こちら向きに体をまたいで四つん這いになった。座面に膝を突き、腹の上に首をもたげている僕のものの上に、ぺたりと腰をおろす。 「うっん……」  いつの間にかすっかり濡れていた秘所が、僕の裏筋に張り付いた。ジルナが体重をかけて腰を前後に滑らせると、ぬめぬめとむずがゆいような快さが生まれる。 「んん……気持ちいい」僕は両手でジルナの膝頭をつかむ。「入れて、ジルナ……」 「ええ、ミキル。あのね、ひとつ言っておきたいことがあるの……」 「なに?」  ジルナが腰を浮かせて、僕のものをつまんで立たせる。「ん……」と先端を入り口に当ててくにくにと位置を合わせてから、こちらを向いて、ちろりと舌を出した。 「あたし、もうお腹に赤ちゃんがいるの」 「え? んんっ!」  ずぶり、と濡れ穴に呑みこまれて、僕はピンと足を突っ張る。腰をむずむずと動かして奥へ受け入れていきながら、ジルナはささやく。 「お医者に確かめてもらったの。あたし、とうとうあなたの子を宿したわ」 「ちょっ、それ本当? って、なんで今言うんだ?」 「教えておこうと思って。んん、気持ちいい……」支度のできていた胎内に、僕の猛りが深々と収まる。のしり、と座りこんで、具合を確かめるようにひくひくと穴奥をうごめかせながら、ジルナは言う。 「普通のエルフの夫婦なら、もう愛し合うのを控えるところだけど、あたしははしたないエルフだから、まだまだあなたのこれがほしいの。どう、ミキルは……?」 「ほ、ほしいに決まってるだろ! くーっ……」  またがって僕を犯したジルナは、寒気がするほど魅力的だ。僕は突き上げたくてたまらない。けれども、ずっしりと体重をかけた褐色のエルフ娘が、それを許してくれない。腰を両手で押さえて、ふるふると、小刻みに尻を揺する。 「だと思った。でもね、これからは加減をしてくれなくちゃいけないわ。乱暴に、ゴンゴンッてぶつけたら、赤ちゃんがびっくりしてしまうからね……?」 「そ、それならそんなに、焦らすなよっ……」 「あら、練習よ。こうやってほしい、ってこと……」  ジルナは体を前に傾け、背中を反らしてたわわな乳房をさらしながら、ぐいっ、ぐいっと腰を前後させる。あそこを念入りに締め付けているみたいで、ぬるぬる、ぬるぬると竿を包んでしごきあげる肉ひだの感触がくっきりとわかる。 「いい? 人間の坊ちゃん。こうやって、大事に大事に、こすって……?」 「こ、こうだな?」  僕は彼女のお尻を抱えて、弓なりに腰を浮かせて突き上げる。彼女がやるみたいにじんわりと勢いを殺して、その分こわばりに力をこめて、意識的にがちがちに硬くして、ぬらつく内壁をずりゅ、ずりゅ、と削り上げる。 「あんっ、そう、上手よ、ねっとり、じぃっくり、ね?」  ジルナは首をすくめて気持ちよがる。その彼女よりも、包み込まれて搾られる僕のほうが気持ちいい。僕はせいぜい負け惜しみの声をかける。 「んっ、くっ、教えるのが上手じゃないか、おばあちゃん。ついこの間まで、おぼこだったくせに」 「んふ、ただのおぼこじゃないのよ? 七百年ものの初物だったんですからね? ……あっ、やっ!」  ジルナの好きなところなんてもうわかってる。もともと強く突くよりもじっくりされる方が好きな娘だ。尻肉を目いっぱいがっちりつかんで、押し込んだこわばりでこね回すようにぐねぐねと動かすと、他愛もなく鼻を鳴らして喜んだ。 「ジルナ」  僕は体を起こして彼女を抱きしめる。あぐらをかくと大きなお尻が腿の上にいい感じに落ち着いた。「ミキルぅ」と嬉しそうに両脚を巻きつけてくる。角度が変わって、つながった部分があつらえたみたいにぴったりと馴染む。 「あ、は、ミキル、これいい……!」  首にきつく腕を回して、ジルナが震える。ちょうど僕の胸の前でたっぷりとした二つの丘が押し潰れて、心地がいいのだけれど、はっきり言って抱くのに邪魔なぐらいだ。腕を下げて細腰に回して、汗だくの背中と尻をがっしりと抱き寄せた。この上ない一体感。僕と彼女はもともと一つだったみたいに具合よく溶け合った。 「これ……ちょっと奥すぎる……かな?」 「そ、そうよね。加減、しなきゃ……」  腕を緩め、ぬるりと離す。見つめ合い、互いの瞳を見つめて息を浴びる。 「……ミキルっ!」「ジルナ!」  だめだった。むさぼるように口づけして、再び体の奥まで深々とつながってしまう。 「ミキルぅ、だめ、だめだったらぁ」 「き、君が加減しろよ、ジルナっ」  尻をつかんで揺さぶり上げようとするが、離れない。ぐい、ぐい、とカマキリの腕みたいに力いっぱい膝を曲げて食らいついてくる。僕のものはもう、さっきと同じぐらいまでギチギチとこわばりきっている。嬉しそうにひくつくぬかるみが、先端に粘りついている。 「あ、赤ちゃんがびっくりするんじゃ、ないの?」 「だ、大丈夫、まだ大丈夫だから、ね? ね?」 「言ってること違うだろ!」 「だって、はぁん、だってぇ!」  ジルナが僕の肩にぐりぐりと顎をこすりつけていやいやをする。柔らかな尖り耳がぴたぴたと僕の頬をはたく。 「七百年知らなかったんだもの、七百年で初めてだもの、こんなの……!」 「ああもうっ、ほんとに君は!」  七百年もの、か。彼女がこんなに長いあいだ生きてきてくれて、本当によかった。   「じゃあ死ぬ前に覚えといてよ。これが、これが人間のっ……」 「覚える、死んでも覚えてるからぁ! ミキルっ!」  喚き立てる彼女の唇を捉えて、思い切り吸い付いたとき、背骨の底からぞくぞくぞくっ、と強烈な震えが這い登ってきた。ぴったり同じ瞬間に、ジルナの背中も激しく震えた。 「んくぅぅっ……!」  どびゅるるっ、と大波みたいなしぶきがほとばしって、彼女の体奥にはじけた。加減しようと思っても、できなかった。ジルナが全身で絡みついているから。絶頂したジルナが、たぶん自分でもだめだと思っていながらもこらえられずに、しっかりときつくしがみついてしまったから。 「んんんんっ、んんん!」  硬く伸びた舌が重なり合う。半眼のまつげがひくひくと揺れる。ジルナは掛け値なしに全身のすみずみまで快感に貫かれていた。きゅう、きゅうと激しく収縮する肉管もそれを示していた。  びゅるる、びゅるるっ、と僕はとめどなく粘りを撃ち出し続ける。いつかの夜みたいに、僕の奥にある袋と彼女のおなかを、ほとばしる真っ白な快感のひもが結びつけたみたいだった。  荒波が過ぎ去っても、僕たちは離れなかった。過熱してどくどくと鳴る心臓も、汗だくでべとつくお互いの肌も、消耗してはあはあと吐き合う息も、離れる理由にはならなかった。僕たちは今、七百八年と十八年の人生の中で、最高の瞬間の最中にあった。これからの五十年ではどうだか知らないが、今は他の何もかもよりもこのときが大事だった。 「ミキル……ん」 「ジルナ……」  お互いの名前以外、言葉も口にしたくない時間だったけれど、やがてジルナが残念そうに顔を離して言った。 「ミキル、そろそろ……あなた、帰らなければ」 「帰らないよ」 「え?」  僕は脱ぎ捨てた服に手を伸ばして、女王の返書をつまみ出した。 「明朝でいいってさ、隊長」 「……まあ」  ジルナの表情は、思っていた通りのものだった。大きな喜びと、ちょっとの心配。 「じゃあ、あの、まさか一晩中?」 「が、いい? それとも一緒に眠る?」  僕たちは見つめ合い、にんまりと笑った。  そしてまた言葉を捨ててキスに熱中し始めた。  相談することなんて、もう何もなかった。 (おわり)