次へ 戻る メニューへ  皇帝陛下は15歳! 最終話 後編

 8

 クリオンはベッドに入るために、戦衣と剣を外そうとしているところだった。――この部屋には大きなベッドや椅子などといった家具があった。それだけではなく部屋の床にはミゲンドラ産の厚い絨毯が敷かれていた。部屋の隅には暖炉代わりの火床が切られ、上着のいらない室温を保っていた。
 ジングリット帝国は、戦陣の君主にそれだけの部屋をあてがう力を、まだ残していた。
 火床にゆらめく炎が、九人の妃たちを照らしている。ある妃は照れくさそうに微笑み、ある妃は生真面目に思いつめた顔している。一度に九人にそんなことを言われたのは、さすがのクリオンも初めてだった。
 最初のひとことは、半信半疑になった。
「みんなに?」
「そうよ、みんなで決めたの」
 珊瑚色のサリーを体に巻いたチェル姫が屈託なく笑う。
「どれか一人を選べってこと?」
「違う、全員とだ。私も異存はない」
 ハイミーナは質素な黒の修道服を身に着けている。イフラ教会と訣別してしまったジングリット軍は従軍僧侶の都合がつかず、ひそかに志願者を募ってにわか神官をでっちあげ、兵士たちの慰めや弔いをさせていた。ハイミーナも戦いの合間にその務めを果たしていた。
「全員とって……今から? 今夜?」
「九人ぐらいでへこたれる陛下じゃないでしょ。一晩に九回って時もあったじゃない」
 大きく裾の広がった若葉色のドレスをまとったエメラダが、嫣然と笑う。翡翠のイヤリングがきらきらと光り、胸元の白い肌に金のネックレスを乗せている。クリオンは笑顔を引きつらせる。
「ひ、一人に九回するのと、九人に一度ずつするんじゃ、全然違うと思う……」
「心配するな、クリオンは強い。フウが保証する」
 フウが後ろ手につかんでいる槍から、言葉が伝わってくる。彼女は胸から太腿あたりまで、チェル姫にもらったサリーを適当に巻きつけている。この半人半獣の娘は、とうとうまともな人間の衣服というものを受け付けなかった。
「そんなこと言うけど……第一、きみたちだって今夜は休まないと」
「落ち着かないまま眠るよりも、疲れきるまで抱いていただいたほうがよく眠れます」
 マイラはフウに次いで薄着だった。袖なしの短衣はまだいい。しかし下は、普段なら分厚いズボンの下に履く、膝上までのぴったりしたスパッツだけしか着けていない。スカートが手に入らなかったのもしれないが、鎧が恋しいとばかりに手で肩を隠して頬を赤らめている。だが、言葉はきっぱりしていた。
 クリオンも次第に真剣になって言う。
「ぼくがソリュータを選んだから? もう一度平等に扱ってほしいってこと?」
「そんなわがままを言いに来たんじゃないです、ボクたちみんな、お兄さまが好きなの」
 キオラは、驚いたことに泣いていた。日頃のいたずらな妖精のようなふざけぶりはどこへやら、顔を真っ赤にしてしゃくりあげている。衣装はいつもの白い長袖と短いスカートだが、手首と足首に血の色があった。真紅のブレスレットとアンクレットをつけていた。
 返事に窮するクリオンに、残る三人が言った。
「昼間、陛下も見たでしょ。グルドに矯惑された鳥使い。陛下にあんな風になってほしくないの」
 ポレッカは髪と同じ水色の飾り気のないドレスだ。城に入って贅沢ができるようになっても、彼女はほとんど服を増やさなかった。そのドレスですら、エメラダに勧められておそるおそる袖を通した。
 隣のレザが毅然として言う。
「陛下がグルドに惑わされるようなことは、あってはなりません。将軍たちの務めが陛下の御身を守ることならば、わたくしたちの務めは陛下のお心を守ること。一瞬たりとも敵に気を引かれることのないよう、わたくしたちが骨の髄まで満足させて差し上げます」
 もしサファイアの精というものがいるならば、その姿は今宵のレザと同じものに違いなかった。――南洋の海よりも濃い群青のドレスに刺繍のボレロを重ね、小さな銀のティアラをつけ、レースの手袋とガラスの靴で完璧に装いを整えていた。
「それと」
 ちらりと隣に目をやる。
「わたくしたちが諍いをしていては、陛下もお心安らかでないでしょう。ですから、認めることにしました。……ソリュータを正室になさること」
 いつもと同じ黒いワンピースのソリュータが、静かに目を伏せて頭を下げた。
「みんなに許してもらいました。私……幸せものです」
「ソリュータ……」
 彼女が進み出て、クリオンの前に立った。少し悲しげなまなざしを向ける。
「クリオンさま。私たち、これが最後のつもりでご奉仕します」
「最後って……きみがそんなことを言うの」
「あえて、言います。それぐらいの覚悟がいると思うんです。だって、だって……」
 ソリュータは目頭に手をやって、つぶやいた。
「ベルガイン陛下は……戻らなかったじゃないですか」
 妃たちはしんと静まり返る。ソリュータの小さな嗚咽だけが響く。
「かなうものならお引き留めしたい。みんなでクリオンさまを遠くへお連れしたい。……でも、できません。そうしないのがクリオンさまだから。みんなが好きになったのはそんなクリオンさまだから」
「ソリュータ」
 彼女の頬に手を当てて、クリオンは顔を上げさせた。日差しのように暖かい笑みを向ける。
「言っておくよ。ぼくは必ず戻る」
「クリオンさま……」
「決して最後なんかじゃない。だからそのつもりで――きみたちが恋しくなってぼくが戻ってくるように、楽しませてほしいな」
 九人の顔に笑みが広がる。この上ない信頼にあふれた笑顔。
「お尽くししますわ、皇帝陛下」
 レザが片足を下げてドレスをつまむ。
 皆がいっせいにそれに倣った。 

「私、最後にさせていただきます」
 ソリュータがそう言って後ろに下がったので、クリオンは少し戸惑って彼女と他の娘たちを見比べた。ソリュータがはにかんでみせる。
「私はプロセジアでたくさんしていただきましたから……その間、みんながお預けだったでしょう」
「聞きましたわ」
 レザが憮然とした顔でぼやく。
「三日三晩、お楽しみだったのですって。わたくしたちの誰も、それほど続けてお相手していただいたことはないのに……それだけでも、今宵のお情けからは外してやりたくなるところですわ」
「レザさま、もう文句は言わないって決めたでしょ」
 チェル姫が頬をふくらませてレザの裾を引いた。はいはいわかってますわ、とレザはそっぽを向く。
 短い沈黙ができた。――クリオンが事を始めるべきなのだろうが、さすがに九人に並ばれると、何をどう始めていいものやらわからない。反対に娘たちのほうにもためらいの雰囲気がある。この中の半分は他人が見ている前で事に及んだ経験がない。
 口火を切ったのはエメラダだった。彼女はため息をついて進み出ると、クリオンの前に立った。
「やっぱりここはあたしの出番かな。みんなちょっと固くなってるし」
「エメラダ」
「まあ待って。一人占めなんてわがままは言わないわよ」
 声をかけたレザに言い返すと、んー、と並んだ娘たちを見回して、一人を指差した。
「マイラ!」
「は?」
 まだ先だろうと思っていたらしく、マイラはうろたえた声を上げて自分の胸を指差す。
「わ、私ですか?」
「そうあなた。ちょっと来て」
「しかし」
「いいから! どっちみち全員するのよ」
 マイラはおずおずと前へ出てきた。エメラダと並んで立つ。二人ともクリオンより背が高い。クリオンは気圧されてしまう。
「どうするの、エメラダ」
「どうするのじゃなくって、陛下がどうするかでしょ。……まあいいわ、一対九じゃ怖じ気もつくわよね。それじゃまずは、気分をほぐさなくっちゃ」
 そう言うとエメラダは両腕を広げ、左からクリオンを抱きしめた。華やかな香水の香りが鼻をくすぐり、豊かな胸が彼の腕に当たる。――クリオンが何かしようとする前に、エメラダが声をかけた。
「ほらマイラ、そっちからぎゅっと」
「あ、はい。……失礼します」
 クリオンの右から、マイラがそっと抱擁した。しなやかな筋肉を秘めた腕がクリオンの腰に回され、エメラダよりも少し硬い感じの乳房が肩でつぶれた。
「へーいかっ」
 楽しげな声とともに、頬に唇を押し付けられた。ちゅ、ちゅっ、と口づけが跳ねる。そちらを向くと、明るい草色の瞳が見つめていた。
「楽にしてね。んっ」
 しっとりとした柔らかな唇が頬をつつく。一見、あつかましいほどの仕草だ。
 だが、クリオンはエメラダの細心の気配りを感じ取る。彼女はわざと軽薄な役を演じているのだ。頬に当たる唇が湿っていない。本気ならもっと遠慮なく舌を出してくる。
 その意味はすぐにわかった。突然、右耳にちろりと生暖かい感触が触れ、クリオンはびくっと体を震わせた。
「陛下……」
 熱いささやきとともに、マイラがクリオンの耳たぶをついばみ始めた。最初は遠慮がちに、すぐにたっぷりと唾液を乗せて。――濡れた舌に耳の中をくすぐられて、クリオンは立て続けに震えた。
「マ、マイラ、そこ……」
「おいやですか?」
「……ううん、気持ちいい」
「よかった……」
 マイラの腕に力がこもり、引き締まった体が強く押し付けられる。横目でそちらを見たクリオンはぞくっと愉しさを覚える。マイラは目を閉じ、早くも夢中になっているようだった。舌が耳から頬に移る。
 クリオンの顔越しにそれを見ていたエメラダが、小さく言った。
「マイラ、陛下をベッドへ」
「ん……はい」
 クリオンは二人に押されるようにしてベッドに腰かけた。両側に陣取った二人の娘がキスを続ける。エメラダがちらりと壁際を見ていった。
「みんな、もっと近寄って。ぼーっと立ってても仕方ないでしょ」
「え……」「う、うん」
 七人が集まってきて、思い思いに絨毯に腰を下ろした。彼女たちの眼差しも、三人に釘付けになっていた。
 クリオンの耳元で、エメラダが小さくささやく。
「成功♪」
「……エメラダ、上手だねえ」
 返事の代わりか、今度こそしっとりと湿らせた唇で、エメラダは口づけしてきた。
 彼女の狙いがよくわかった。エメラダ一人では他の娘たちから浮いてしまう。もう一人引き込むことでその場全体の雰囲気を熱くしたのだ。一番きまじめなマイラを使ったのがうまかった。求め始めた彼女の姿には、皆を惹きつける艶っぽさがあった。
 クリオンの左からはエメラダが責める。――彼女のキスはいつも楽しげだ。耳を噛み、頬を舐め、唇に舌を忍び込ませてさえ、どこかからかうような動きがある。ちゅぅっ、と唇を吸ってから、ぽんと音を立てて離すようないたずらをする。
 左のマイラは、対照的に真剣さにあふれている。唇も舌もエメラダより遅い。丁寧に、じっくりとクリオンの肌を味わっている。真剣というよりは、もうとっくに淫靡になっていた。薄目を開けて、飢えたようにクリオンの首にまで舌を送るのだから。
「はふ……」
 クリオンは目を閉じて軽く息を吐き、両手を動かし始める。最初に二人の背を撫でただけで、その違いが面白くなった。猫のように柔らかな肉のついたエメラダの背と、同じ猫科でも豹に近いしなやかさを感じさせるマイラの背。――撫で回し、たまらなくなって両方の細い腰に腕を回してぎゅっと抱き寄せると、申し合わせたように二人が震えた。
 徐々に高まっていく三人の姿を見て、また意外な娘が一線を越えた。
「ふ……二人じゃなきゃいけないってことは、ないですよね」
 ポレッカだった。意を決した顔で膝立ちになり、クリオンの足元ににじり寄ってくる。「ふぁ?」とクリオンが薄目を開けると、膝にもたれかかったポレッカと目があった。
 訴えるような眼差しでポレッカが言う。
「いいよね? シロン……」
「……うん」
 ポレッカはほっとしたように目を細めると、クリオンの両足をまとめて抱いた。――きゅむ、と小さな乳房の感触が膝に伝わってきた。
 ポレッカはやはりポレッカで、そこからいきなり大胆なことは始めずに、クリオンの太腿に顔を乗せて愛しそうに頬ずりし始めた。「シロン、シロンん」とささやきながら、ズボン越しにさらさらと三つ編みをこすりつける。クリオンがまだ腰に下げたままだった剣も、彼女が外した。
 かと思うと、他人から見えないところで思い切ったことをし始めた。自分の膝を小さく開き、その間にクリオンの右足を迎え入れて、内腿できゅっ締め付けたのだ。
 ズボンにも、頬ずりに次いで口づけを始める。つ……つっ、と慎ましいキスが点々と続く。だが、当てているだけではない。小さな唾液のあとを残している。
 遠慮がちでいながらためらいのないのが、ポレッカの愛撫の仕方だった。
 クリオンの鼓動が高まる。右と左と前、三方から加えられる愛撫が温かい湯のように体をほぐしていく。香りと感触が安らぎを興奮に変えた。――鼓動とともに、血液が股間に送り込まれていった。
 クリオンの短衣の前に小さな盛り上がりができた。皆の目がそこに集まる。クリオンは羞恥に顔を赤らめつつも、顔を和らげてそれを見下ろした。
「ふふ……その気になってきちゃった」
 一瞬、妃たちの視線が交錯したが、最初に動いたのは夢中になっていたマイラだった。クリオンの胸を撫で回していた右手を下げ、ふくらみにそっと触れた。
 軽く撫で、じきに手をすぼめて形をはっきり浮かび上がらせる。まだ不確かだった輪郭が、それで急にはっきりした。ズボンの布に、細く硬いそれの姿が浮かび上がる。――こくり、と唾を飲む音がした。誰かはわからないが、複数。
 いきなりエメラダが動いた。クリオンの服の前に手をかけてボタンを外し、子供にしてやるように万歳をさせて脱がす。現れた白い胸に顔を押し付けて力をこめた。クリオンはベッドに押し倒される。
 そのままちろちろとクリオンの乳首を責め立てながら、エメラダはいたずらっぽく聞いた。
「さあ、陛下……最初は誰にしてくれるの?」
「これって……してあげるっていうよりは、されるって感じ……」
「陛下が動かないんだもの。したければ誰でも押し倒していいのに」
「でもこれ、気持ちいい……」
 目を細めてクリオンは震えている。マイラの指が動く時、特に震えは大きい。
 目を開けたクリオンが左右の顔を見比べ、小声で言った。
「でも、このままいっちゃったらだめだよね。――マイラ」
「……はい!」
 息を荒げてクリオンの肩に頬ずりしていたマイラが、さっと顔を上げた。クリオンは彼女の股間にそろりと右腕を差し込む。
 スパッツにぴったりと包まれた肉付きのいい太腿の奥が、十分温まっていた。閉じられた股の間にまで指を進めると、布に湧き出した湿りが感じられた。
 栗色の髪に隠されたマイラの耳に唇を寄せ、ささやきかける。
「きみ、少なかったよね。王都を出てから、まだ一回だけ……」
「南方では時間がありませんでしたから……」
「……最初、いい?」
 それを聞くと、二十五歳の女戦士は初めての乙女のように頬を染め、喉に声をつかえさせて言った。
「わ、私などでいいのですか」
 クリオンは顔を寄せて、ますます小さな声で言った。
「最初だから、多分すぐ出ちゃう。……エメラダなんかにしたら、文句言われそう」
 それを聞くとマイラは表情を変え、年相応の余裕のある笑みを見せた。
「私ならば文句を言わないと?」
「マイラは大人だから……」
「私だって満足させてほしいと思っていますよ」
 きゅ、と股間をつかまれて、クリオンは小さく震えた。しかしマイラは上気した笑顔を崩さずに肩に口づけした。
「一番乗りは戦士の誉れ……嬉しいです、陛下」
「いい?」
「喜んで」
 うなずくマイラに、クリオンはもうひとこと言った。
「このまま、いい? マイラが上になって……」
 それは他の妃の耳にも入った。皆が見守る中、マイラが体を起こしてスパッツに指をかけたので、ため息が起こった。――ハイミーナが誰にともなくつぶやく。
「年齢順……か?」
「まだわからないよ」
 笑って答えるクリオンの横で、皆の視線に多少指を振るわせつつも、マイラがスパッツを脱ぎ終えた。力強いすらりとした脚を見て、ポレッカが身を硬くする。
「あ、あの、始めるんですか」
「させていただきます。お先に失礼」
 マイラが誇らしげな笑顔で振り向き、続けてシャツも脱ぎ始めた。しかしポレッカはそういう意味で言ったのではなかった。目の前であっさりと脱いだマイラに驚いたのだ。
 マイラにしてみれば脱ぐこと自体にそれほど抵抗はない。着替えにてこずっていたら急の出撃に間に合わない。軍人ならば当然の行動である。その意味で、彼女が最初になったのは良かったようだった。ポレッカならば脱ぐだけで半刻はためらっただろう。
 しかし男女のことをしようと思ったら片方だけが脱いでも始まらないわけで、クリオンが言った。
「ポレッカ、脱がせてくれる?」
「ええっ?」
「……そんなに驚かないでよ、こっちが恥ずかしくなる。ぼくのはみんな見たことあるでしょ」
 それはその通り――クリオンの体は、全員が見ている。しかし、クリオンを見ているところを他人に見られる、ということもそれはそれで恥ずかしいのだった。ポレッカはズボンの腰に手をかけたまま、動けなくなってしまう。
「あ、あの……私……」
「そっちで見てたら。あたしが脱がせてあげるわ」
 エメラダに言われた途端に、ポレッカは決心した。他人にやらせるぐらいなら自分がやる!
 目を閉じたまま帯をほどいて、一息にズボンと下着を下げた。恐る恐る目を開けるととんでもない光景が見えて、ポレッカは一瞬で真っ赤になった。
 ――こ、こんな風になってるの……
 寝そべったクリオンの足元のほうから裸の股間を見ることなど、ポレッカは初めてだった。
 さらにその上にマイラが長い脚を動かしてまたがってくると、もう呼吸もできなくなった。見てはいけないようなものを見ている気分で――実際、庶民にとってはそのとおりなのだが――凍り付いてしまう。
 すると、彼女の隣にフウが四つんばいでのそのそとやってきて、特等席とばかりにあぐらをかいた。目を皿のようにして二人の股間を見つめ始める。あまりの恥じらいのなさにポレッカが口をぱくぱくさせていると、ちらりとそちらを見て、チュルン・ヴェナの柄でこつりと突いた。
「おまえもやるんだぞ」
 自分も見られる! ――もし他の妃たちへの対抗心がなければ、ポレッカは恥ずかしさで卒倒していたかもしれなかった。
 足元のそんなやり取りも知らず、クリオンはマイラを見つめている。汗ばんで油を塗ったように光る肌が美しい。引き締まった腹筋の上に、輪郭のくっきりした見事な乳房が揺れている。いつもキリッと吊りあがっている眉は少し緩み、いたわりに満ちた鳶色の瞳が見下ろしていた。
 彼女の腰が降り、秘所が触れ合った。とろとろと濡れた感触がクリオンを上下する。それだけで衝動が高まり、ぶるっ、ぶるっとクリオンは大きく震える。横からクリオンの薄い胸を舐め続けているエメラダが、残念そうに言った。
「あーあ、陛下の最初の、マイラのものかあ……」
「す、すぐ済むよ……んんっ!」
「でも、最初だとたくさん出るでしょ。……注いでほしかったな」
 エメラダのあけすけな物言いに、マイラとクリオンは軽く息を呑み、目を合わせた。――それからマイラが股間に手を伸ばし、クリオンのものを引き立てながら熱っぽく微笑んだ。
「たくさん、ですか?」
「うん、きっと……ふわぁっ!」
 マイラが一息に腰を落とし、飲み込んだ。熱く溶けた肉がクリオンを包む。最初は思ったほどきつくなかった。
 しかしマイラが軽く息を吐いて腰をひねり始めると、たちまち変化が起きた。クリオンのものを弱いさざなみのような震えがくすぐり、ぎゅっ、ぎゅぅっと力が加わる。――マイラは意識して力を加減したのだ。少なからぬ経験のある彼女だからできることだった。
 クリオンが目を閉じ、拳を強く握って体を引きつらせる。触れているエメラダや、手で顔を隠しながらまじまじと見ているポレッカだけでなく、誰の目にも彼が耐えていることがわかった。マイラが嬉しそうに目を細めて腰を弾ませている。クリオンは彼女をできるだけ楽しませようとしている。
 しかし、その逆のことが自分の務めだと心に命じている娘がいた。――レザがクリオンの右に這い登り、きっちりと膝をそろえて座りながらも、クリオンの右手を取り上げた。
 硬質の美貌にかすかな笑みを浮かべてクリオンの顔を覗く。
「陛下、申し上げたでしょう? 骨の髄まで満足していただくと」
「はぁ……レ、レザ?」
「つながるだけでよろしいのですか。手は、足は? ……触れる肌ならいくらでもありますわ」
 言いながら、幾重にも重なったドレープの内にクリオンの手を導きいれた。――象牙よりも滑らかなレザの脚が触れ、反射的にクリオンはそこに爪を立てた。
 んっ、と眉をひそめたレザが、すぐに微笑む。
「そう……もっとむさぼって下さいませ」
 エメラダが、フウが、すぐにそれに倣った。まるでこごえた人間を温めるように、クリオンの手足を自分の柔らかな肌に触れさせ、しっかりと抱きしめる。
 クリオンのすべての感覚が娘たちの感触で埋め尽くされた。気を逸らそうにも、どこにも意識のもって行き場がなかった。そしてマイラが、クリオンの腹に当てた手のひらにぎゅっと力をこめてきた。
「へ、陛下……無理せずに放ってください。私、それで十分……」
 ぐいっと深くクリオンを飲み込んだマイラが、強烈に締め付けてきた。もうクリオンはこらえ切れなかった。
「くぅんっ!」
「ひあっ!」
 腰を鋭く跳ね上げてクリオンは達した。それを受けた瞬間マイラも。二人の体が共振したように、びくっ、びくっ、と痙攣した。――マイラは肩を狭めて唇を噛む。
「こ、こんなに……っ!?」
「うわ、いいなあ……」
 マイラの下腹を見つめて、エメラダが羨ましそうにつぶやいた。――それは足元側からだと、よりはっきりとわかった。ポレッカの手の届くところで、白く濡れそぼったひだを貫いたクリオンが、根元をひくひくと痙攣させていた。その光景が、自分も覚えている注入の感覚と鮮烈に重なる。
「す……ご……」
 息を呑んで見つめていると、肩に触れるものがあった。――隣のフウが、なぜか肩を押し付けていた。サリーに覆われた彼女の股間を見て、ポレッカは目を疑う。そこが大きく盛り上がっていた。
「ポレッカ」
 フェリドの金の虹彩がポレッカを射抜いた。金縛りになったポレッカを両腕が抱きしめ、抵抗する間もなく押し倒した。
「おまえも興奮してる。雌の匂いがする」 
「ひ……?」
「心配するな、交尾はしない。――毛づくろいだけ」
 言ってからフウは熱烈な口づけでポレッカの唇を塞いでしまった。
 クリオンは忘我の状態で脱力していた。その胸に重い乳房が乗り、唇に小さな口づけがあった。目を開けるとマイラの満足げな笑顔があった。
「確かにいただきました、陛下。……光栄です」
「ぼくも……よかったよ。吸い込まれちゃうみたいだった……」
「私など、年です。さ、もっと素敵な皆様にお情けをお与えください」
 そう言うとマイラはさらりと身を離し、ベッドの端に行った。吹き付けて去る風のような引き際のよさだった。
 クリオンは体を起こし――足元で起こっている騒動に目を見張った。ポレッカを押し倒したフウを、キオラやソリュータが引きはがそうとしている。呆れて声をかけた。
「フウ、何してるの」
 フウはポレッカの首を噛む片手間に槍をクリオンに押し当て、答える。
「この娘は身持ちが固い。クリオンが犯しやすいようにほぐしておいてやる」
 そういうわりには激しいキスを何度も繰り返し、露骨に股間を押し付けて、楽しんでいるだけのようにも見える。しかしクリオンは放っておくことにした。
「みんな、フウはそのままでいいよ。――万が一の時だけ、止めて」
 ソリュータは心配そうに、キオラは面白そうにフウから離れた。
 クリオンの横からレザが手を出した。準備のいいことに、濡らした手拭いを持っている。クリオンの股間を拭こうとする。
「ごめんあそばせ、清めてさしあげ……え、エメラダ?」
「今夜はそんなことしてる場合じゃないと思うわ」
 レザの手を押しのけて体をかがめたエメラダが、クリオンの股間に顔を埋めた。クリオンとマイラ、二人の体液で汚れている性器をためらいなく口に収めてしまう。
「んふ……いいの? エメラダ」
 小さく震えて尋ねたクリオンに、エメラダは息継ぎしながら微笑みかけた。
「もちろん、次はあたしにしてほしいわ。いちいち布で拭くのなんか待ってられない……」
「エメラダ、はしたないわよ!」
「お行儀を気にしてたら、どんどん後回しになっちゃうわよ」
 ちゅぽ、と出したクリオンのものに横から口づけしながら、エメラダは挑戦的な目でレザを見上げる。彼女の唇の前で、くったりと萎えていた性器が、たちまち赤く染まって持ち上がり始める。
「こ、この……慎み知らず! はねかえり! 踊り兎!」
「なんとでも言えばあ?」
 エメラダがもう一度口を開けたとき、レザが動いた。
「れ……レザ?」
 エメラダの反対側から幹に口づけするレザを、クリオンは呆然と見つめた。
 ――それもつかの間で、いきなり両手を伸ばすと、二人を小脇に抱え込んで、思い切り引き上げた。
「きゃ!?」「わは♪」
「もう、二人とも……けんかはおしまい!」
 蒼玉の髪と翡翠の髪を持つ二人の姫を、クリオンはまとめてベッドに押し倒した。

 ソリュータは火掻き棒で薪を動かす。空気が入り、炎が少し強まった。
 火床から室内に目を戻す。フウがしつこくポレッカをからかい、クリオンは二人いっぺんに相手を始めている。そのうち脱がしてしまうだろう。窓の外の闇に雪がちらついている。暖かくしておくに越したことはなかった。
 机から盆をとって、服を着終わったマイラに近づいた。銀茶のカップを渡すと彼女は穏やかに笑った。
「ありがとう、ちょうど喉が乾いた」
「頑張っていたものね」
 熱い飲み物にふうふうと息を吹きかけて、マイラはそっと口をつけた。ゆっくりと飲みながらつぶやく。
「不思議な気持ちだ。こんなことになるなんて」
「楽しくない?」
「いや、幸せだ。大きな家族ができたみたいで……暖かい」
「あなたはもう家族がないものね」
 戦士と侍女は目を合わせる。この二人は南方樹海での一件以来、年の差を越えた親友になっていた。
 マイラは腹にそっと手を当てる。
「たくさん、注いでいただいた。出すぎたことかもしれないが、陛下に御子を産んで差し上げたいと思った。そうすれば本当に家族になれる……こんなことを言うとあなたは不愉快かな」
「いいえ。だって私もだもの」
 ソリュータも同じように片手で腹を撫でたので、マイラは瞬きした。
「そういえばあなたもだった」
「みんなそうなるのじゃないかしら。ね、考えてみて。ここにいる皆がクリオンさまの赤ちゃんを産むの。にぎやかになると思わない?」
「チェル姫たちも?」
 小さな姫とキオラはベッドの端に顔を乗せて、クリオンたちを食い入るように見つめている。二人は苦笑した。
「まあ、全員は無理かな……」
「今日つけられた種なら、聖人になるかもしれない」
 ハイミーナがそばに来た。マイラの隣に腰を下ろしてソリュータから銀茶を受け取る。
「聖人?」
「今宵は昔の暦にある聖夜だ。いつだったか教会の禁書で見た。偉大な聖人が処女の母の胎内に宿されたという夜……いや、生まれた夜だったかな」
 首をひねるハイミーナに、マイラがからかうような言葉をかける。
「そんな薀蓄を垂れていていいのかな、ハイミーナ」
「どういうことだ」
「顔が赤いぞ」
 一途な尼僧は、はっと頬に手を当てた。確かに血の気が上っている。マイラがくすくすと笑う。
「可愛がっていただいたらどうだ」
「まだ順番が来ない」
「誰が決めた? 割り込み御免だぞ。陛下がだめとおっしゃらなければ何をしたって」
 そう言われるとハイミーナはクリオンたちを振り向いた。――レザとエメラダはすでに半裸にされ、クリオンの交互の愛撫を受けてあられもなくあえいでいる。
 ハイミーナはごくりと唾を飲みこむと、カップをソリュータに返してベッドに上がっていった。二人はそれを見送って小さく笑った。
 マイラがううんと背伸びをする。
「陛下もたいしたお方だ。これだけ性格の違う私たちをすべて満足させてくださるんだから」
「あの……マイラにとっても、クリオンさまはお上手なの?」
 ん、と振り向いたマイラが包み込むような笑みを浮かべる。
「あなたは陛下お一人しか経験がないのだったな」
「ええ。あ、気を悪くしないでね、他の人としたことを責めてるわけじゃ」
「わかってる。……そうだな、クリオン陛下は必ずしも技巧派というわけじゃない。でも、いつも自信がおありだ。それがいい」
「自信? それは……主導権をとってくださるということ?」
「もっとすごい。こちらに主導権があるときでも、陛下は心の底で自分が主人であることを自覚なさっているんだ。ほら、陛下は男性に抱かれたこともあるとおっしゃっただろう。……あなたの兄上に」
「ええ」
「あの年でそんなことをされたら、普通は寵童になりきってしまうと思わないか?」
 ソリュータは曖昧な笑みを浮かべた。普通はなどと言われても、ソリュータの人生にそのような知識を得る機会はなかった。
 それがわかったらしく、マイラはサークレットに指を突っ込んで軽く髪をかいた。
「わかりにくかったかな……じゃ、こう言おう。陛下は私にとっても魅力的なお方だ」
「そう。……そうなんだ、クリオンさまは……」
 ソリュータはくすぐったそうに首をすくめた。
 改めて皆を見回す。
「それにしても、おかしな夜ですよね。私、みんなのこんな姿を見ることになるなんて、思ってもみなかった」
「私もだ。まさに聖夜の奇跡といったところかな……」
 二人は窓に目をやる。雪が強くなっていた。

 並んだドレス姿の姫を一度に抱きしめると、たっぷり空気を含んだ布の中ではずむような肢体が身動きして、両腕からあふれそうだった。
 しかしクリオンはどちらも逃がさず、離れようとする二人を巧みに引き寄せて、複雑な造りの衣装に手をかけた。
「陛下、お待ちを、せめて一人ずつ」
「二人がいいならポレッカか誰かにしてよ、よりによってレザなんて」
 最初は単なる拒否と戸惑いの声が上がった。まだクリオンの手が肌に届いていなかったから。レザのショールとボレロは胸元を守る鎧に等しかったし、エメラダのスカートに至っては寝転がっても内側のパニエで大きく膨らんでいる。どだい、そのままベッドに入れるような服装ではないのだ。
 だが、クリオンは慣れていた。片手でレザのボタンと紐を外してするりとショールを抜き取り、胸元を開かせる。もう片手をエメラダのスカートの中にやり、衣装の細い骨格に指をからませた。自分のスカートからごそっと引き出されたパニエを見て、エメラダが目を丸くする。
「ど……どうやってるの、陛下!?」
「コツがあって」
「コツってそんな、普通取れるものじゃ……んんっ!」
 エメラダは目を閉じてうめく。クリオンの指が下着に届いている。
 その隣ではレザが動き回るクリオンの右手を懸命に押さえようとしていたが、形勢は明らかに不利だった。胸を守ればティアラが外され、頭に手をやれば腰紐をほどかれ、両手を使えば隙の空いた首筋にキスが来た。それを押さえようとしても、唇が胸に滑っていくのを止められない。力もクリオンのほうが強い。
 胸を思い切りはだけられ、なめらかな二つの丘をさらしてしまった。クリオンの舌が軽やかに滑る。くうっ! と声を漏らしてからレザはあえぐ。
「へ、陛下。わたくし、他の娘に見られるのは……」
「だって、いろいろ付いてるとお互い痛いでしょ」
「痛い? ――きゃっ!」
 悲鳴は、クリオンが二人をもう一度抱き寄せたからだった。こつんと頭が当たり、エメラダは、レザは、体に寄り添う相手の肢体を感じ取る。その上にクリオンが長々と寝そべって、微笑んだ。
「やっとくっつけるようになった」
 二人はそろって顔を赤らめた。いつの間にか装飾品やドレスの骨の類はほとんど取り外されて、薄い布地しか残っていなかった。――祭壇に散らばる供物に取り囲まれた、無力な生贄。それが今の二人の姿だった。
 生贄の乙女たちをクリオンは楽しげにもてあそび始める。
 レザのおとがいにキスし、エメラダの鎖骨に頬ずりし、レザの二の腕に指を這わせ、エメラダの豊かな乳房を奏でるように揉む。体を左右に動かしながら、不思議にも忙しそうには見えない。そのあいだ両足も使っている。エメラダの股間を膝で揺すり、レザのタイツに包まれたふくらはぎを足の甲で撫でる。
 少しの手抜かりもない愛撫が、娘たちの体から力を奪い、代わりに温かい安らぎを注ぎこんでいく。ついエメラダはつぶやいてしまう。
「陛下ぁ、い、いつの間にこんなに上手になったのよぉ……」
 言ってから隣を見て、ふと胸を打たれた。レザも顔を真っ赤にしてあえいでいる。潤んだ切れ長の瞳がこちらを見て、同じような間の悪い笑み浮かべた。
「どうしようもありませんわね、へ、陛下をお育てしたのはわたくしたち……ひんっ!」
「んふ、あなたでも我慢できないんだ……はぁっ! 陛下、素敵だもんね……」
 抱かれるということは、自分の底をさらすこと。互いに見られたくないと思いつつ、愛撫に抗うこともできずに、二人は相手に悶える自分を見せてしまう。
 クリオンが楽しんでいるのは、それだった。二人が体をくねらせて目を合わせる都度、恥ずかしさに顔をゆがめ、共感に微笑みあっている。なんとも言えず嬉しくなってきて、エメラダの手を取った。
「ほら、触ってみて……」
「え?」
 エメラダの手に、しっとりと汗ばんだつややかな肌が触れた。――レザの乳房。
 はっと息を呑む二人に、クリオンが蟲惑的ですらある微笑みを近づける。
「撫でて。素敵だよ、レザの胸」
「え……そんな……」
「女同士だといや? でも大丈夫、二人ともぼくのだから……」
 おずおずと力のこもる指のしなやかさと、指に伝わるかすかに生硬な柔らかさを、二人は呆然としながら受け入れていった。
「レザ……あの……」
「エメラダ、もう少し……強く」
「う、うん。……こう?」 
「ええ……指、きれいなのね」
 指を見つめるレザの瞳が急速に熱を帯び、それを見つめるエメラダも恐ろしく真剣な顔になっていく。クリオンはその間に、二人に残ったドレスをそっと体を持ち上げて脱がせていった。
 三人、一糸まとわぬ姿になる。クリオンがレザの胸元に戻ると、エメラダは半身を起こして、魅入られたようにレザの乳房をまさぐり続けていた。クリオンはエメラダの肩に腕を回し、引き寄せて一緒にかがみこむ。
「キスするの。こう……」
「こう?」
 くちゅ、と二つの唇がレザの乳首を含んだ。レザが強く目を閉じる。
「くふ……っ!」
「ほら。レザって可愛いでしょ?」
「……うん」
「体もとてもきれいなんだ。雪の彫像みたい」
 クリオンに引き寄せられるのに抵抗せず、エメラダは胸から下も寄り添わせた。その時初めて、クリオンに全裸にされていたことに気づいたが、それを意外に思うよりも、レザの肌の温かみにエメラダは心を奪われた。
 無駄な肉付きのまったくない、それでいてしなやかな柔らかさに満ちた優雅な肢体。ぞくっとエメラダは震える。嫉妬と渇望が同じほどの強さで湧き起こる。思わず片足を絡めるような姿勢で体重を預けてしまう。自分よりもなめらかな肌をもっと感じ取りたくて。
 レザもそれを感じ取る。彼女もエメラダに驚いている。寄り添う彼女のふっくらした乳房や太腿が、母のような温かみを与えてくれる。包み込むようなこんな優しさは自分にはない。
 それに加えて、もう半身にはクリオンの細身の体が覆いかぶさっていた。薄く強い筋肉が、エメラダとは対照的な硬い感触で肌を刺激する。
 柔らかさと強さ、二つを備えた体が全身を覆って、レザの心から余裕を追い出した。
「レザ、あなたって……すごいわ」
「んんっ、んくっ、ふっ二人とも、くぅっ!」
「レザ、エメラダはあったかいでしょ、気持ちいいでしょ?」
 レザは長い四肢をばたつかせてもがくが、二人分の重みで動くに動けない。動けないのが心地いい。そこにクリオンがさらに快感を与える。片手を下ろしてレザの股間に入れた。淡い茂みの下の、ぷつぷつと滴を浮かべている閉じたひだに指を潜らせる。
「――ひぅっ!」
 手足をぴんと長く伸ばして、レザが歯を食いしばった。クリオンは少し驚く。人差し指を包んだひだが断続的に震えている。達した時の反応だ。
「……レザ、まさか?」
 試しに指を曲げて、ひだの上端の小さな粒をつまんでみた。痙攣が倍加し、シーツに食い込んだレザのつま先がさらに伸びた。
「〜〜ッ!」
 声を殺して苦しげな顔になる。声など上げないレザの、それは確かに絶頂だった。
 夢中で乳房を吸っていたエメラダが、ぼんやりと顔を上げる。
「……レザ?」
「レザ、いっちゃったみたい」
「そうなんだ……あっ?」
 痙攣から放心に移っていくレザの上で、クリオンはエメラダを横に押した。緑の巻き毛をなびかせて倒れた彼女を追いかけて、体の上に身を投げ出す。熱っぽい光の浮いた目で見つめる。
「エメラダ、お願い」
 つぷ、と自分のひだに当たる先端をエメラダは感じる。それは限界まで張りつめ、細かく震えていた。エメラダは上気した顔をふわりとほころばせた。
「……もう我慢できない?」
「うん!」
「いいわよ」
 ずぷんっ! と音を立てて腰が叩き付けられた。二人は鋭く震える。
「かたぁい……♪」
「エメラダぁ……」
 今まで余裕を見せていた反動が一気にきたようだった。クリオンは手や口を使いもせず、ただめちゃくちゃに突きこんできた。まっすぐに反り返ったこわばりがぐいぐいと胎内をえぐる。エメラダは歓喜とともに受け止める。
「陛下っ、さいこぉっ! すごく元気っ、可愛いっ!」
「ぼくもいいよ、エメラダ柔らかぁい!」
 ひたすら高ぶらせていた気持ちを叩きつけるのに、エメラダほど心地よい相手もいなかった。はじけそうなほど肉の詰まった乳房がクリオンを支え、たっぷりと脂の乗った太腿が腰をきつく抱えこむ。体ごと彼女に溺れていくような気持ちで、クリオンは渾身の力をこめて抱きしめ、先端を食い込ませた。
「いくね、エメラダ、いくねっ!」
「うん、わかってるわ、わかるからぁ――ああっ!」
 びくびくっ! と腹の中で暴れられて、エメラダは大きく喉を開けた。きつくきつく抱きしめてくるクリオンに絞り出されるようにして声を吐く。
「来てるぅ……」
 クリオンは息も吐かない。乳房に頬を埋めて、包まれる心地よさを夢中で味わっている。
 クリオンが高ぶっていた以上に、エメラダも興奮しきっていたようだった。クリオンが放出を終えても彼女は動き出そうとせず、そっと体を離すとゆるやかに手足を投げ出して、開いたままの口からはあはあと荒い息を吐いていた。いつもの軽口が出ないのは、それだけ満足したのだろう。
 ふとクリオンがそばを振り返ると、僧衣の娘が何か言いたげな顔で座りこんでいた。クリオンは額の汗をぬぐってささやく。
「ハイミーナ……きみもしたい?」
 こくりとうなずく。――そろえた膝の上でぎゅっと拳を握り締め、我慢の限界に近いといった様子だった。
「じゃあ――」
「陛下」
 動こうとしたクリオンは、いきなり横から押し倒された。驚いて顔を上げると、ばさりと群青の長い髪がかぶせられた。
 髪に縁取られた美貌が、見たこともない淫らな表情でささやいた。
「わたくしが済んでおりません」
「だ、だってレザ」
「火をつけただけで放り出すおつもり? 焼き尽くしてくださらなければ満足できませんわ」
 言うなり体を預けて、餌をむさぼる猛獣のように接吻の雨を降らせてくる。クリオンはハイミーナに苦笑を向けた。
「ごめん、もうちょっと待って」
「陛下!」
 その唇もレザに塞がれた。舌が入り込み、唾液が流し込まれる。息もできずに手足をばたつかせるクリオンに、火照った体がぴったりと密着して動いた。――恐ろしく長い口づけだった。クリオンが再びこわばり出すまで離れなかったのだから。
 ようやく唇が離れると、空気を求める激しい呼吸の合間に、クリオンはかろうじてつぶやいた。
「レ、レザ。人に見られたくないんじゃなかったの?」
「かまいません、もうそんな余裕は」
「どうしちゃったの、別人みたい……」
「枷を外したのは陛下ですわ」
 レザがちらりとエメラダに目をやる。彼女はようやく正気を取り戻し、薄く笑いながらこちらを見ていた。信じられないことに、レザも彼女ににこりと笑った。
 またクリオンを見る。
「あの娘に肌まで与えてしまったのに、今さら恥じらっても仕方ないでしょう」
「そういうこと……」
「恨むならご自分をお恨みなさいませ」
 そう言ってレザは、クリオンの股間に手を伸ばしてきた。
 しかし、組み敷かれるばかりのクリオンではなかった。体の上のレザを横に落とし、片足を持ち上げて腰を進めた。彼女が異議を唱える間もなく、先ほどエメラダに入ったばかりの性器を押し当てる。
「遠慮しないよ」
「へい……かぁっ」
 レザの柔らかな下腹の奥深く、クリオンが強引に入りこんだ。
 レザは一瞬で抵抗の気力を捨てる。うずき続けていた体の核にクリオンが届いている。もう不安も不満もない。あとはそこを焼き尽くしてもらうだけ。
 大きく股を開いたしどけない自分の姿も忘れて、レザは並んだクリオンに震える腕を伸ばした。
「ええ、これですわ……待っていました」
「じらしてごめんね」
 鼻に軽く口づけすると、レザは霧のように穏やかな笑みを浮かべた。
 その笑みもじきにとろけていく。クリオンが動き始めている。最初は突き入れたままかすかに、やがてベッドが揺れるほど激しく。バレリーナのように持ち上げられたレザの片足が、がくがくと揺れる。その爪先が次第に引きつっていく。
 腰を動かすだけでなく、開いた片手でレザの頭も抱いた。エメラダでいったん燃え尽くしたクリオンにはそれだけの余裕があった。肩に顔を押し当てて切なげにうめくレザの、髪を梳いてやることができた。
「レザ、いい?」
「ええ、ええ。とても素敵。わたくし、中から溶けていきます……」
「ぼくもだよ。レザ、いい匂い……」
 髪に顔を埋めて花の香りを嗅ぐうちに、再び熱いものが溜まり始めた。ひくん、ひくん、と幹の中をそれが上っていく。
 熱さを堰き止めきれなくなると、レザの硬い頭に頬を当ててささやいた。
「もう、いい? いっても」
「はいっ……お迎えします……っ!」
「それじゃ……」
 すらりとした太腿に指を食い込ませて、レザを十分股間に引きつけると、クリオンは射精した。
「あくぅ……っ!」
 レザが白い歯で肩に噛み付く。その痛みも呑みこむような真っ白な快感がクリオンを襲う。三度目の放出、しかしまだまだクリオンは涸れていなかった。レザのとろけたひだからあふれ出すほど、長く震えながら注ぎこんだ。
 つながりを存分に楽しんでから、クリオンは引き抜いた。足を下ろしてやると、閉じた股間からくぷりと白い粒がこぼれ出した。――すぐにそれは隠される。夢うつつにもかかわらず、レザがドレスを手探りして体にかけたのだ。
 しかしそれが限界のようだった。ほーっと長い息を吐いて、レザは目を閉じた。
「ふふ……」
 乱れた髪をもう一度すいてやりながら、クリオンは微笑んだ。
 振り返ると、ハイミーナが泣き出しそうに顔を赤らめている。そちらに近づいて、クリオンは頬を両手で挟んだ。目を閉じる彼女に軽く口づけしてやる。
「お待たせ」
「お待たせと言われても……」
 ひたりと股間が包まれた。ハイミーナが両手でクリオンの性器を挟んでいた。
「まだ私をほしがってくれるのか? あんなに楽しんだあとで……」
「もちろんハイミーナも好きだよ」
 そうは言ったものの、クリオンはやや困る。ハイミーナは手が汚れるのも構わず愛撫してくれるが、そこは柔らかくなったままだ。がんばらなきゃ、と思いはするが、がんばってどうなるものでもないのがそこだった。
 正面から抱きしめて口づけを繰り返しても、そのわずかな困惑が伝わったようだった。やがてハイミーナはクリオンを押し離して、不満な顔になった。
「無理しなくていい。いやいや抱かれても嬉しくない」
「いやいやじゃないんだけどなあ……」
 クリオンは仕方なく座り込んでハイミーナを見つめる。レザより一つ下で、エメラダと同い年の十八歳、だが体の大きさは九人の妃の中でも一番だ。素手なら強さでもマイラを上回るだろう。
 しかし今の姿は、その強さや体格を感じさせるものではない。腕も足も隠した、漆黒の修道服。首元も白いカラーでぴしりと覆っている。現れているのは、目鼻立ちがくっきりしているのにどこか寂しげな顔と、清らかに透けた長い銀髪だけ。――敬虔・貞潔を絵に描いたような服装だ。
 その厳格すぎる姿にクリオンが多少の抵抗を覚えているのは、事実だった。
 彼の視線を受けて、ハイミーナも気づいたようだった。落ちつきなく自分の体を見回し、しょんぼりと肩を落とす。
「私は……エメラダやレザのように華やかでないから」
「それ、気に入ってるの?」
「まさか。教会ゆかりの服装など本当なら着たくもない。しかし……他にないんだ。鎧の下着でも着てくればよかったのか?」
 クリオンはそれでも別に構わなかったが、ハイミーナにしてみれば精一杯の正装をしたつもりなのだろう。同じ武人でも、その辺りがマイラと彼女の差だった。戦場一筋のマイラは衣装など気にかけない。
 ハイミーナの健気さは、それはそれでクリオンにとって愛しかった。気長に気持ちをほぐしてやるつもりで、もう一度近づこうとした。
「ハイミーナ」
「無理はいやだと言っている」
 そう言ってハイミーナが後ろへ体をずらした時、場違いな肌色がクリオンの目を射た。
「あ……」
 修道服の裾が乱れ、横のスリットから足が覗いたのだった。――ハイミーナは黒い長タイツを履いていたが、それは太腿までで、タイツと腰の間には肌が出ていて、細いガーターベルトだけがかかっていた。
 一瞬現れて、すぐハイミーナが隠してしまったその肌が、クリオンの胸をざわつかせた。収まっていた鼓動がまた高まり、喉が乾いてくる。
「ハイミーナ、あの」
「なんだ」
「足……見せてくれる?」
「足? ……何かいやらしいな」
「いやらしいなって、今それをしようとしてるんじゃない」
「ん。――そうだった」
 うなずくと、ハイミーナは両足を左へ崩し、修道服の前垂れを少しだけ右に引っぱった。――黒一色の彼女の姿に、再び一ヵ所だけ、ぬめぬめと白く光る肌が現れた。
 自分でも淫らだと思ったらしい。そこを見たハイミーナが、伏し目がちに尋ねた。
「こ、こうか……?」
「うん」
 クリオンは四つ這いで吸い寄せられるように近づく。近くで見るといっそう淫靡だった。焼く前のパン生地のようにむっちりと張った太腿に、タイツの縁がきつく食い込んでいる。クリオンは猫のようにうずくまり、ふらふらとそこに顔を当ててしまった。少し冷たい肌が、ひたりと唇に当たる。
「ひっ!」
 驚いて震えるハイミーナに頼みこむ。
「ね、触ってていい?」
「……触りたいのか」
「うん。すごく」
 ハイミーナは顔を背け、頬を染めてつぶやいた。
「……好きにしていい」
「ありがと」
 クリオンは思い切り唇を押し付け、力のこもっていない筋肉の跳ね返るような弾力を味わった。
 じきに手が伸び、布の下に入りこんだ。左手が温かい内腿に滑り、右手が張りつめた尻に回って、たっぷりした肉をつかんだ。ハイミーナが目を閉じる。熱い息をこぼし始める。
 やがてクリオンが尻に回り込むように顔を動かすと、それにあわせてハイミーナも体を倒した。修道服が大きくはだけられ、黒の下着からあふれそうな豊かな腰があらわになった。
 クリオンの股間では、華奢な幹がもうとっくに反り返っていた。

「クリオンさまったら……」
 エメラダたちに銀茶を渡しながら、ソリュータは顔を赤らめて二人を見つめる。クリオンは我を忘れて、母犬の乳を求める子犬のようにハイミーナの体を嗅ぎまわっている。常識を遮断したこの場にあっても、それは淫靡な光景だった。脇で見ているチェル姫は細かく震えだしていて、それを安心させるようにキオラが後ろから抱きしめていた。あの二人には刺激が強すぎるのだろう。
 ドレスをもう一度着るのも億劫なので、ソリュータが持ってきたガウンを身につけたエメラダが、お茶をすすりながら笑った。
「三回した後、すぐああなんだから、ほんとに見上げたものよね」
「そうじゃなくて……」
 ソリュータは顔を逸らしてひとりごとのように言う。
「あの方、黒がお好きなのかしら」
「……あなたも?」
 ソリュータも、普段から黒を基調にした服ばかり着ている。エメラダが目ざとくそれに気づいて、からかった。
「ひょっとして、着たままがいいとか言われたの?」
「そんなことないわ! ……ないけど、まあ、実際」
「されたのね」
 ソリュータは真っ赤になってうなずく。プロセジアのお湯の部屋でのクリオンは本当に激しかった。
 横目でハイミーナを眺める。
「あの方に限って、とは思うけど……単純に服の色で喜ばれているんだったら、なんだか情けないわ」
「目くじら立てるほどのことでもないでしょう」
 お菓子の氷砂糖をかりっと噛んで、レザがつぶやく。
「色ではなくて、格差をお好みなのよ」
「格差?」
「黒は禁欲の色。淫らなこととは無縁なものに淫らさが生じると、大きな格差が感じられるでしょう。殿方はそういう見た目を好むと学んだわ」
「じゃ、あたしも黒を着てみようかな」
 顔を輝かせるエメラダに、ガウンにくるまったレザは微笑む。
「あなたではあまり効果がないわ。いかにも間に合わせという感じだもの。いつも通り肌を見せていたほうが魅力が増すわよ」
「ちぇ、そっか……」
「ソリュータやハイミーナのような慎ましい娘だから引き立つのよ。だから、ソリュータ」
「はい?」
 顔を向けたソリュータに、レザは柔らかい笑みを見せる。
「心配いらないわ。陛下がお好みなのは、服ではなく服を選んだ娘よ」
 ソリュータはしばらくレザを見つめて、不思議そうに言った。
「レザ様、少し変わりました?」
「そうかしら」
「優しい感じ……失礼ですけど」
「そう」
 レザはつぶやき、茶のカップをソリュータに返すと、目を閉じて隣のエメラダにもたれた。
「慈雨、千田を均す」
「なんですって?」
 振り向くエメラダに――というより、これもひとりごとのようにレザは言う。
「東方のことわざ。大きな雨が降ると千枚の田も一枚につながって、どれが誰の土地かもわからなくなってしまうという意味よ。わたくし……つなげられてしまったわ」
「なにそれ」
 エメラダがつぶやくが、レザは何も言わない。ただひっそりと、エメラダの肩に頭を預けている。
 エメラダとソリュータは肩をすくめた。
 その時、どたんと音がした。
「ふーうっ!」
 フウがポレッカを放り出したのだった。何か気に入らないことでもあったのか、ポレッカをにらんでふうふう唸っている。ソリュータがあわてて駆け寄った。
「ポレッカ、大丈夫?」
「は、は、ソリュータさぁん……」
 ポレッカは大変な状態だった。――多分、服の中が。
 顔は真っ赤な上にフウの口づけを受けまくってべたべたで、胸はソリュータが服の上から触れただけでわかるほど敏感になり、手足は熱病にかかったようにふるふると震えていた。抱き起こしたソリュータに泣きながらしがみついてくる。
「わた、私っ、フウに三度も……ひどいです、助けてくれないなんて」
「ご、ごめんなさい。なんだかくすぐったがってるだけに見えたから……」
「我慢してたんですっ! フウの、あんなに、あんなに」
 指差す先を見て、ソリュータも顔を引きつらせる。フウの股間は布を押しのけんばかりにそそり立っている。あんなものをこすり付けられていたら、おかしくもなるだろう。
「ふうーう!」
 彼女の不満げな様子に思い当たるところがあって、ソリュータは近づいてみた。槍を手にしたフウがソリュータの腹を小突く。
「犯したい。ポレッカも犯してほしがってる!」
「やっぱり……」
 額を押さえてソリュータはため息をつく。
「だめでしょ、ポレッカはクリオンさまのお妃。あなたもそうなのよ?」
「ううー……」
 ぎりぎりと歯を噛んだポレッカが、やにわにベッドに飛び上がった。

 クリオンの妃たちは、一人一人が異なる個性を持っている。容姿や性格はもちろんのこと、服の趣味、好きな食べ物、歩き方など。それらはクリオンや周りの人間、娘たち同士が互いに知っていることで、声や香りなどもその範囲に入る。
 しかし、これだけは娘たち本人も知らない、クリオンだけが知っている、ということがあった。――味、がそれだ。
 ソリュータの蜜はさらさらとしてほのかに甘い。レザはほとんど透明で海の味がする。エメラダは同じ透明でも柑橘の酸味。マイラは少し苦くて爽やかな草の香り。ポレッカはちょっと変わっていて、雨に似た素朴な匂いのとろみ。
 同じ娘でも場合によって異なり、クリオンの気のせいもあるのかもしれないが、それでも妃によって違いがあるのは確かで、そのどれもがクリオンは好きだった。
 ハイミーナはというと、濃い乳を湯で伸ばしたような感じだった。
 仰向けに横たわったクリオンの顔を彼女がまたいでいる。修道服の裾がすっぽりかかって外からは見えないが、中のクリオンはふっくらとした尻を目の当たりにしている。ほの白い肉は黒の下着でぴったりと覆われているが、細くなった股間の部分は少しゆるんで浮いている。少し前まで冷たく湿った内腿に挟まれてくしゅくしゅと顔を押し付けていたが、股布を指でずらしたのでその下の作りが現れた。
 盛り上がった唇に挟まれた紅色の谷間。舌のようなひだが少しだけ覗き、下の端には真紅の芽がぽつりと尖り、全体が濡れて艶を帯びている。クリオンが頭を上げて伸ばした舌は、ぬるりと抵抗もなく入っていき、そこから――乳のような蜜が漏れてきた。
 こってりと白く濁って、濃い味わいのある蜜。押し付けた唇に、とろりとろりと少しずつあふれてくる。頭を寝かせて尻を両手で抱えると、ハイミーナがうまく腰を下げ、けれども体重をかけないようにほんの少し浮かせて、クリオンが吸いやすいようにしてくれた。
 そうやって股間を与えながら、ハイミーナは長い背を丸めてクリオンの股に顔を埋めている。重さで伸びた乳房をクリオンの腹に乗せ、ぴんとまっすぐに伸び上がった性器をすっぽりと口に含んで、あまり動かず、口の中でだけ激しく舌を蠢かせている。
 クリオンの細い姿はハイミーナの黒衣に覆われて、ほとんど周りから見えない。ただ華奢な両足だけが、突っ張ったままぶるぶる震えている。それはやはり、子犬が大きな母犬にしっかりと守られているように見えた。
 硬く張りつめた幹をころころと舐めまわしていたハイミーナが、わずかに顔を離して腹のほうに尋ねる。
「苦しくないか?」
「大丈夫……もっと押し付けて」
「重かったらつねってくれ」
「いいよ、重いのが気持ちいい……んぷ」
 ハイミーナは、また少しだけ体を押しつける。日頃自分でも持て余している六フィート近い長身が、今は逆にクリオンを喜ばせていると知って、くすぐったいような嬉しさを覚えている。
「んく……くふ……」
 周りの視線をあまり意識したくないという思いもあって、ハイミーナは顔を深く埋め、愛撫に専念する。整った唇でぴったりと包み、ゆっくりと丁寧に上下させる。次第に大胆に乳房も腹も乗せていき、股間の柔らかい肉でしっかり顔を包んでやる。そうしていると、小柄な少年を二重の意味で守っているようで、自分にあるとも思っていなかった母性が呼び覚まされる気がした。
 それに、秘部でちろちろと動き回る舌が心地いい。クリオンは噛んだり傷つけたりしないと完全に信じられる相手だ。体中でもっとも神経の集まっているそこを安心して与えられる。その怖いほどの敏感さが逆に快感を生んでくれる。
 腰から体中にじんじんと広がる心地よさが、とめどない潤みに変わってあふれ出していくのが、恥ずかしくも嬉しい。クリオンがそれを欲しているから。
 大胆さがまた一つの線を越え、ハイミーナを突き動かす。
「クリオン……こうさせて……」
 彼にしか聞こえないささやきとともに、ハイミーナの腰がほんのわずかに動き始めた。口を塞ぐひだが、ぬるっ、ぬるっ、と円を描く。刺激してほしがっていることが露骨にわかる動きだった。クリオンはそれに合わせ、舌を尖らせてひだの隙間や小さな芽をこする。
「いいっ……!」
 幸せそうな震えとともに、またとろりと蜜がにじみ出した。ちうっ、と頼りないひだごとクリオンはすすりこむ。ねっとりとした乳臭さが口の中に広がった。
「ハイミーナ……」
 このままずっと守られていたいと思ってしまうほど甘美な抱擁だったが、そういうわけにもいかなかった。もうクリオンは四度目の放出の準備ができていた。このまま達しても心地よいだろうし、ハイミーナもそれを受け入れてくれるだろうが、それでは彼女を満足させたとは言えないだろう。
 クリオンは顔を離して腕で拭うと、身をよじってずるずると頭のほうに脱け出した。あん……と残念そうに振り向くハイミーナに、背後から声をかける。
「この向きでするよ」
「……犬みたいに?」
「そう、犬みたいに」
「……」
 潤みきった瞳でしばらく見つめてから、ハイミーナは頭を垂れて尻を突き出した。
「それでもいい……私はクリオンの犬だ」
「可愛いわんこ♪」
 クリオンは修道服をめくり上げて、現れた大きな丸みに腰を寄せ、下着をかき分けて押し込んだ。
「はぉ……ん」
 舌よりも深く入り込んだものを感じ取って、ハイミーナが四つん這いで背を逸らせる。その背に彼がかぶさってきたので四肢を踏ん張る。崩れたらクリオンがやりにくい、そう思って腰を支え続けたのだが、足の長い彼女がそうすると、クリオンの膝立ちでは届かせるのが難しくなった。
 だからクリオンは、ハイミーナにすっかり体重を預けてしまった。膝を浮かせて広い背中に抱きついた。
「ハイミーナぁ……」
 甘えるような声とともに、一番体重がかかっているクリオンの腰が尻を押しつぶす。それはそのままハイミーナの胎内が押されることだった。ぐうっと突かれる感触とともにむずがゆいような尿意を覚えて、ハイミーナは細かく尻を振る。
「く、クリオン……それっ……」
「気持ちいいでしょ……?」
 ぞるっ、ぞるっ、と中がこすられ始めた。クリオンが体ごと前後している。さらに両手を乳房に回してきて、ぎゅっと指を食い込ませた。体を動かす手がかりにしてしまう。
「はっ、はっ、はぁっ」
 尿意をこらえる彼女の吐息が、クリオンには犬のあえぎそっくりに聞こえる。守ってくれた時と同じように、支えてくれる今もハイミーナが頼もしい。遠慮しなくていい、という気持ちになる。我慢しなくていい。
 蜜に濡れた彼女を音を立ててかき回していると、すぐに限界がやってきた。へこんだ背中に頬ずりして、クリオンは陶然とささやいた。
「は、ハイミーナ……いく……」
「待って、この姿勢は――」
「――んうぅっ!」
 ハイミーナのへその内側を突き上げながら、クリオンが熱いものを叩きつけてきた。びくっ! びくっ! と大きく膨れ上がるものに腹の中を圧迫されて、ハイミーナは滑り落ちるように理性を失ってしまった。
 ――しゃあぁっ
「あ……あは……」
 口を大きく開けてハイミーナは痙攣する。下腹部に取り返しのつかない解放感があった。注ぎ込まれる脈動に合わせて、溜めていたものを放つ快感。出してはいけないとわかっていたが、出すのはどうしようもなく快かった。
 クリオンの下で、しっかりと支えてくれていた体躯がくたくたと崩れ落ちる。それに合わせて腰を離したクリオンは、膝の下を濡らす液体に気づいた。見下ろして目を見張る。
「ハイミーナ、これ……」
「う……わ、私……」
 ひくひくと体を震わせながらも、ハイミーナは自分のしたことを理解していた。這いずるように向きを変えて、温かい水たまりの上に修道服をかき合わせる。
「あまり良かったから……止められなくて……」
 今にも声を上げて泣き出しそうな様子が、クリオンの胸を締め付けた。笑う気にもなれずに振り返る。
「ソリュータ、ちょっと――」
 その時、背後から伸びた腕がクリオンを抱え込んだ。
「うわ!?」
「ふーうっ!」
 フウだった。彼女は重なったハイミーナとクリオンを後ろからずっと見ていたのだ。それが何を引き起こしたか、聞かなくともクリオンはわかった。
 自分の尻にぐいぐいと押し付けられる熱いものの感触。
 両性具有のフェリドは、チュルン・ヴェナを周りに突きつけて叫んだ。
「ふー、わうぅうっ!」
 ――もう我慢できない、クリオンを犯す!
「ちょっと、フウ!」
「今それどころじゃ!」
 ソリュータやエメラダが近づこうとしたが、フウは槍を振り回して威嚇する。頼りになりそうなマイラは、手洗いにでも行ったのか見当たらない。一番フウに対抗心を持っているハイミーナはといえば、失態に落ち込んでいて、止めるどころではない。
 クリオンを押し倒して、フウは尻に顔を突っ込んできた。四連戦をこなした直後のクリオンはろくに回復しておらず、欲求不満で爆発しそうになっているフウに抗うことなどとてもできない。
 仕方がないので、クリオンは身を任せることにした。不本意ではあるが、身の危険はないはずだった。押し倒されたまま言う。
「ソリュータ、ハイミーナの面倒を見てあげて」
「で、でも」
「いいから。ぼくは大丈夫」
「……はい」
 心配そうな顔をしつつも、ソリュータはハイミーナを抱き起こし、水たまりにガウンの余りをかけてから彼女を外へ連れていった。
 その間、クリオンは目を閉じてフウの動きを感じていた。唾液を乗せた舌を何度も差し込み、くちくちとほぐしている。ふとそれが止まると、心配そうなうなりが聞こえた。
「んふーぅ?」
 ――土のくぼみは使ったか?
 用を足したか、と聞いているのだった。クリオンは顔を赤らめて振り向く。
「どうしてもぼくにしたい?」
「ふー!」
「他に相手がいないって……フウ、女の子になるんじゃなかったの」
「うふーう!」
「ぼくが遅いから、ね。……最初にしなきゃいけなかったか」
 ひんんっ! とクリオンは跳ねる。フウが指を差し込んだのだ。ぐにぐにと内部をかき回されると、あの危険な甘い快感が湧いた。普通なら生じないようなしびれが腰を溶かしていく。
 制止する声がなくなっている。どうして、と薄目を開けたクリオンは情けなさに顔をゆがめる。エメラダもレザも、キオラもチェル姫も遠巻きに見守っている。ポレッカは床にへたばってぼんやりとしている。――止めると自分に矛先が向くから口を出せないんだ、とクリオンは思った。
 実際のところ、それだけではなかった。皆、見惚れていたのだ。金の髪を散らして細い手足を泳がせるクリオンの姿には、妃たちが見たことのない背徳的な美しさがあった。これからどうなるのかという抑えられない期待が、彼女たちを包んでいた。
「も、もう……みんなの前でこんなことぉ……ああっ?」
 涙を浮かべてはあはあとあえいでいたクリオンは、急に引き起こされた。乳色に朱を混ぜた薄い胸が妃たちの目を射る。その姿勢のまま、後ろにぐいっと持ち上げられた。――フウはあぐらをかいていて、その股間に獲物を待つ罠のような鋭い男性器があった。
 自分の前からそれを見下ろして、クリオンは唇を震わせる。
「あ、あ、あ……」
 両腕ごとがっちりとフウに抱かれていて、クリオンは身動きもできない。肩の後ろで、フウがにやりと笑った。
「――んふぅ♪」
 クリオンはゆっくりと落とされ、すぼまった肉の中にフウを迎え入れてしまった。
「んあああ……!」
 ぎちぎちと筋肉をかきわけて腰の裏に異物が入ってくる。目で見たよりも何倍も大きく感じられるその圧迫が、クリオンの理性を押し潰す。貫かれたそこだけしか、貫いているそれだけしか考えられなくなる。
 ぐんっ、と腹の奥を押し上げられて、クリオンはひずんだ嬌声を上げてしまった。
「ぃあぁん……!」
「ふ、ふうぅん……」
 フウも目を細めて震えている。彼女とあと一人だけしか知らないことだが、娘としての反応を始めたクリオンは、犯すほうが我を忘れるほど魅力的だった。
 フウの腕の中で川魚のようにみずみずしい体がわなないている。きめ細かな肌に舌を当てると澄んだ潮の味がする。さらさらと揺れる金髪からは陽だまりのような暖かい匂い。そして性器をくわえた洞は、硬さからほど遠い甘い締め付けをくれる。
 フウは肩を噛みながら抱きしめた体を上下させる。くむっ、くむっ、と自分の先端を包む弾力が快い。クリオンの腹の中身をかき回しているという感覚がある。雄の本能、そして狩猟生物としての本能がフウをかきたてる。
 フウのそんな凶暴な情念は、クリオンにもじかに伝わっている。獲物として扱われているという思いが、羞恥と恐怖と、そして暗く熱い泥沼のような快感を湧き起こさせる。
「み、みんな、見ないでぇ……っ」
 涙を振りまいて首を振るクリオンを、しかし娘たちは息を詰めて容赦なく見つめる。彼の紅に上気した顔、大きく上下する胸から目を離せない。それにその下、うっすらと筋肉のついた腹に、張り付くほど反り返ったクリオンの性器から。股の陰でフウのものが飛沫を散らして出入りすると、まるでその延長のようにクリオンのものもびくびくと跳ねる。
 エメラダが目を離せないままレザにつぶやく。
「見てあれ。陛下、きちきちになっちゃってる。……気持ちいいんだ」
「中の袋が押されているんですわ。……えげつないこと」
 レザは軽く顔を背けているが、それでも目は逸らしていない。
「ひっ、ひはっ、ひぃっ」
 クリオンは息をはずませつつ、股間の根元に意識を集中してこらえていたが、その必要はなかった。この行為は、クリオンが感じている以上の快感を陵辱者に与えていたのだ。
「ふっ、ふうっ、ふうっ――ふあぁぁぁんっ!」
 はふはふと息を吐いていたフウが、一声高く鳴いてぐいっとクリオンを抱き落とした。差し込んだものをぐりぐりとひねりながら、猫に似た尾をぴんと立て、ぶるるっ、ぶるるっと頭の上の耳を震わせる。「あうっ!」とクリオンが悲鳴のような声を上げたので、見ている者にもわかった。ベッドの端で見つめていたキオラがつぶやく。
「フウ、いってる……」
「うん……」
 彼に後ろから抱かれていたチェル姫も、何か神秘的なものでも見たような顔でうなずいた。
 ただ、それは片方だけの絶頂だった。クリオンは目を閉じて体を引きつらせたものの、ほとばしらせることはなかった。その一歩手前だったらしく、真っ赤に充血した性器が、ひくひくっ、と切なげに震えていた。
「は、はぁ……フウ?」
 額に前髪の張り付いた顔でクリオンが振り返ると、心地よさげに顔を逸らして震えていたフウが、くふっと息を吐いて腕をほどいた。――クリオンはベッドに投げ出され、つぷりとフウのものが抜けた。
 振り向いて訊く。
「おわ……り……?」
「んふー♪」
 フウは両手を後ろについて、満足そうにうなずいた。
 途端に、反撃が始まった。
「それじゃあ、今度はぼくの番だよね……?」
「ふ?」
 ぱちくりと瞬きしたフウを、クリオンは勢いよく押し倒した。
「ふぁう! ――ふ、ふひゃんんっ!」
 愛撫も何もない。未成熟のフェリドだけが備える二つの性器の一つを無理やり貫いてしまった。ぶるるっ! と雷に打たれたように震えたフウが、腕を突き出して抗おうとするが、両手でそれを押さえ付けて胸に巻いたサリーをがっちりと噛んだ。
 力任せに引っ張ると布が抜けてふるりと乳房が現れた。すかさずクリオンはそこに噛み付く。蜂蜜色によく焼けた素肌を強く吸い立てると、蘭の匂いのねっとりとした汗が舌に乗ってきた。
「ふうん、ふうぅん! うーぅっ!」
 フウが開いた両足をばたつかせてクリオンの腰を横から蹴飛ばしたが、すでに挿入されてしまっているのに力が出せるわけがない。逆にさらに強くねじ込まれてしまい、うくぅっ! と唇を噛んで爪先をびくつかせた。
 フウが膂力を出せないように巧みに押さえ込んだまま、クリオンはぴっちりと閉じていた肉の中をじゅくじゅくとえぐる。
「きみが悪いんだからね、お妃のくせにぼくを犯したりするから……」
「ふひん、ひぃっ!」
 フウがいやいやをして、押さえられたままの手で槍に触れた。手首を回してクリオンの脇腹を小突く。
 ――待って、フウはまだ出したばっかり、中が腫れてて――
「痛い? ふふ、ぼくだって痛かった」
 クリオンを腰を深く沈め、性器を急角度に立たせてフウの男性器の内側をえぐり上げる。放出が済んだばかりで萎えていなかったフウは、血の詰まった根元を押し上げられて危険なほど勃起する。
「ふひぃぃんっ!」
 抵抗の力が一度に抜ける。がくっと脱力した隙を逃がさず、クリオンは体をずり上げてフウの頭を抱えこんだ。巻き乱れた野性的な金髪に頬を当て、ピンと立った三角の耳をぱくりとくわえる。すると驚くほどの効き目があった。
「ひぅーっ!」
 聞いたこともないような高い鳴き声を上げて、フウが首をすくめた。直感的にそこが弱点だと気づいて、クリオンは厚めの耳朶にあふれるほどの唾液をしみこませ、しゃぶりたてる。ひんっ、ひうぅっ、と泣きわめいたフウが、突然射精した。
 びゅううっ、とクリオンの腹に熱い精液が浴びせられる。一度目に出し切れなかった分が残らず絞りだされたらしく、下腹部全体が覆われるほどの量だった。何度も放出しながら体を震わせて、フウは人形のようにぐったりしてしまった。クリオンは満足してささやく。
「わかった……? きみがぼくのものなんだからね?」
「ひん……」
「じゃ、これが証拠……」
 クリオンがどくどくと射ち放った体液を、フウはもはや鳴き声も上げずにおとなしく受け止めた。弛緩した顔にうっすらと愉悦の色が浮いていた。
 ――やっぱり、クリオンのほうが強かった……
「よく覚えといてね」
 仕上げにカリッと耳を甘噛みして、クリオンは異族の娘から体を離した。

 妃たちを次々と征服していくクリオンのかたわらで、ひそやかないたずらが進んでいた。
 チェル姫とキオラ王子。古い友人であり、夫婦でもある十歳の少女と十四歳の少年は、並んでクリオンの様子を見ていた。最初にマイラが彼にまたがり、次に彼がレザとエメラダを押し倒したころ、二人はそれを始めた。
 キオラが先だった。床に膝を立ててベッドに体を乗せた姿勢で、左隣にいたチェル姫の腕にそっと手を乗せた。
 さらさらと撫で始める。じきにサリーの中に手を進めて胸に触れる。まだほとんど乳房の膨らんでいない少女だが、乳首は小さく立っていた。そこを手の甲でころころと転がして、前を見たままささやいた。
「お兄さま、すごいね」
「うん……」
「どきどきしてこない?」
「……する」
 脇から入れた手を下げて柔らかい腹をさわさわと撫でると、チェル姫も応え始めた。彼女の右手がさりげなくベッドから降りて、キオラのスカートの中に入ってきた。
 きゅ、とつかむ。
「キオラさまも、おっきい」
「うん。どきどきしてる」
 キオラは手を抜き、チェル姫の膝にやる。サリーの下から手をもぐりこませてペチコートの中へ滑らせる。――狭い股間に指を入れると、んんっと小さく鼻を鳴らした。
 そうやって二人は、誰にも知られないまま愛撫を続けていった。
 クリオンがエメラダに放ち、レザにも注ぎ、次いでハイミーナと体を重ね始めた頃には、二人はもうこらえ切れなくなっていた。下着の中のキオラのものはきちきちに硬くなり、チェル姫の幼い谷間も、お漏らししたように潤んでキオラの指を濡らしていた。
「ん……キオラさま……」
 チェル姫が開いている左手で、キオラの右手をぎゅっと握った。二人とも目はクリオンを見ていたが、意識はもう互いだけを見ていた。これが初めてでもなく、お互いに求め合っていることがわかっていた。
 だからキオラは前を向いたまま、そっとチェル姫の後ろに移り、自然な感じで軽く抱きしめた。――だがスカートとサリーの重なったところでは、互いの秘密の場所が細かく震えていた。
 その二枚を、周りから見られないように少しだけたくし上げる。つむっ、と細いものがチェル姫の小さな尻に触れた。すべすべの肌を左右に動いて探したキオラが、じきに中心を見つけてつるりとなぞり上げた。
「ふぁ……」「あん……っ」
 一つになれる、その期待に二人が小さなあえぎを上げた時、背後でどたんと音がして、フウが叫び、「ポレッカ、大丈夫?」とソリュータが通り過ぎた。
 二人はびくっと身を硬くする。フウが何か喚き、二人のすぐ横を通ってクリオンのそばへ行った。ポレッカでは我慢できなくなったのだろう。ハイミーナを犯すクリオンの後ろに陣取って遠慮なく見つめ始める。
 チェル姫がささやく。
「チェルたち、クリオン陛下のために来たのよね」
「……うん」
「待ってなきゃだめよね」
「……うん」
「キオラさま……」
 キオラもわかっていた。わかっていたが、我慢できなかった。腕の中に小さく熱い姫の体があって、左右に縛り上げた黒髪から喬木の甘い香りがして、性器に当たっている可愛らしいひだがひくついていた。
 だからキオラは、チェル姫の言葉に答えず腰を動かした。
 ちぷっ、ちぷっ、とこすり付けるたびに湿り気が増え、狭いひだが緩んでいく。摩擦と挿入の境目ははっきりしなかった。入り口が十分にほぐれたときにそれは自然に起こり、キオラは一度押し込むごとに少しずつチェル姫の中に入っていった。
 シーツにあごを乗せた姫が、次第に力なく頬を傾けながら、うっとりとささやく。
「キオラさま、だめって言ったのに……」
「しっ……ばれちゃうよ」
「だってぇ……きもちぃ……」
 あまり激しく動くことはできず、小刻みな震えになる。それでもキオラは幹の半ばまで押し込むことができた。それ以上は姿勢が合わなくて入らない。
 浅い挿入だったが、未熟なチェル姫にとってはそれがかえって心地よかった。キオラのこりこりとした丸い先端が、股の中でくぷくぷと動いている。下手に激しくかき回されるよりずっといい。体をとろかすような甘いしびれにくったりと身を任せる。
 キオラも幸福感に包まれている。右を向いても左を向いても美姫ばかりの世界で、チェル姫だけは気を許せる相手だ。無邪気で真剣な愛を向けてくれる少女が、腕の中で小さく身を縮めて受け入れてくれている。自分にも守れるものがあるということが嬉しい。
 フウがクリオンに抱きつき、周りでばたばたと妃たちが動いても、二人は別世界にいるように交わりを続けていた。――傍目からは、クリオンたちを見て興奮した小さな二人が、体をもぞつかせているだけに見えただろう。
 チェル姫の肩越しに顔を出したキオラは、ぴたぴたと頬を押し付けながら、姫と視線を並べてクリオンを見つめる。今、ベッドの上では、フウがクリオンを抱きすくめて貫いたところだった。目の前にクリオンの股間が大胆にさらされ、突かれて跳ねる性器のひくつきがまざまざと見えている。――姫のこぶしを、キオラがぎゅっと握って意思を伝える。
 これと同じことを、自分たちもしている。
 頭が焼け付いてしまうほど刺激的な考えだった。キオラのものがきゅーっと限界までひきつり、チェル姫のぽってりとした腹の中にはっきりと鼓動を伝えた。
 その時、フウが高々と鳴いて身を振るわせた。彼女のものが断続的に痙攣していた。
 キオラはつぶやく。
「フウ、いってる……」
「うん……」
 目を見張ってうなずいている姫を強く抱きしめて、キオラはかすかな声でささやく。
「ボクも、いい?」
「……うんん」
 同じ小ささで姫がつぶやいた時、キオラは堰を開け放った。
「ん! ん! ん!」
 二人とも目を開けたまま、息を殺して声を抑えた。キオラのものが断続的にふくれ上がって、とくり、とくり、と姫の中に精液を送り込んでいた。
 音叉が共鳴するように、じぃん、と体に広がっていく快感を、二人は身動きもせず味わった。それが収まったあとも二人はぴったりとくっついたまま、熱く湿った相手の体を楽しんでいた。それは、クリオンが拡大させていく大きな輪の中にできた、小さな秘密の輪だった。
 だが、十分抱きしめ尽くして満ち足りた頃、キオラは一つの問題に気づいた。
「姫」
「ん……なあに?」
「どうしよう、離れられない」
「あ……」
 二人は赤い顔でうつむく。どちらもあふれすぎてしまっていて、今離れたら床にたっぷりとこぼしてしまいそうだった。
 動くに動けないでいる二人に、声がかけられる。
「姫、キオラ。こっちに来ない?」
 見ればクリオンは、いつの間にか立場を変えてフウを犯し、しっかり征服してしまったようだった。数えて五人目の相手なのに、まだ気力を失っておらず、それどころか吸い込まれるような輝きを瞳に浮かべ、汗に濡れた肌から、独特の匂い立つような精気を立ち昇らせている。――二人はぞくっと震える。ままごとのように交わっていた自分たちなど、足元にも及ばない強い雄がそこにいた。
「どうしたの、来ないの?」
 そう言ってクリオンが近づいてくると、蟲惑的な精の香りがふわりと鼻をくすぐった。二人はどきりと胸を高鳴らせる。金縛りにあったように彼を見つめていると、見下ろしたクリオンが、あ、とつぶやいた。
「……二人とも、しょうがないなあ」
「きゃん!」「いやっ?」
 エメラダたちにしたように、クリオンはキオラとチェル姫をまとめて抱き上げてしまった。体が離れる時に濡れた音がして、クリオンの膝にぽたぽたと白い液体が垂れ落ちた。
「もう済ませちゃってる。そんなに我慢できなかった?」
 右にキオラ、左にチェル姫を抱いて、クリオンがいたずらっぽく笑う。そういうときの表情は本当に優しい。猛々しさと柔和さ、矛盾する二つの特質をなんの違和感もなく内包しているのが彼だった。
 彼に見つめられて、二人は恥ずかしげにうつむいた。その耳にクリオンがさらにささやく。
「もう満足してる? ぼくとしたくない?」
「……お兄さまは?」
「したいよ」
 ぎゅむ、と二人は抱きしめられた。二人いっぺんに頬ずりされる。
「きみたちもぼくの大好きな妃だもの。……妃、でいい? キオラ」
「は……はい」
 キオラは思わずうなずいてしまう。クリオンは知らないが、キオラがそんな風になるのは彼の前でだけだった。他の誰かに抱かれたいと思ったことはない。
 ただ、ソリュータたちへの遠慮はあった。
「でも、今だけにしてくださいね……」
「きみがよければね」
 唇をついばむような軽いキスを受けると、とたんにキオラはひくっと背筋を震わせた。クリオンの唇が首筋に滑っていくにつれ、あ、あ、と抑えた声でうめく。自分で言ったとおり、妃としての反応を始めていた。
 その彼をぽうっとした顔で見つめて、チェル姫がささやく。
「キオラさま……なんだかかわいい」
「キオラは可愛いよ。そうか、姫にはまだ見せたことなかったね」
 そう言うと、クリオンはゆっくりとキオラを押し倒して、チェル姫にちらりと笑ってみせた。
「見ててね、すごいよ」
「……キオラさまも陛下みたいにあれが入っちゃうの?」
 横たわったキオラを見下ろして、姫はなんともいえない楽しげな顔になる。
「見てみたぁい……」
 彼女を横において、クリオンはキオラの愛撫を始めていた。
 白の上衣の前をはだけ、口づける。下のほうのあばらが浮いて見えるほど胸は薄い。その分神経は敏感で、てろり、てろりと舌が滑るたびに、ふるっ、ふるっ、と胸全体が震える。小さな乳首を唇で覆ってちろちろと舌を動かすと、しゃくりあげたように腹筋を動かした。
「ひくぅ……っ」
「女の子より気持ちよさそうだね」
 ささやくクリオンを、キオラは顔を上げて見下ろしている。細めた目の長いまつげに涙が宿り、小さな唇がかすかな吐息を漏らしている。亜麻色の長い髪が一筋かかった頬は薔薇に染まり、探そうとしても少年らしさが見つからない。それは手足の曲げ方に至るまでそうだ。スカートから伸びる足は外側へ折っている。
 だが、クリオンの唇がみぞおちからくぼんだ腹へ滑っていくにつれ、まごうかたなき少年の証が現れた。ナイフで軽く切れ込みを入れたような、可愛らしいへそをつついていたクリオンが、ふとそばを見て微笑む。
「ここも正直」
 スカートをくっきりと持ち上げて、中のものが起き上がっていた。クリオンは手をかぶせ、丸めた手のひらで優しく包んだ。
 きゅっきゅっとひねるように動かしながら、顔をそこから遠ざける。次に口づけした場所は腕だった。長袖に包まれたままの二の腕に顔をあて、はむ、と布ごと筋肉を甘噛む。唇ではさみ、しごくようにそこを刺激してから、反対の腕に移って同じことをし、次はといえば足に移った。
 うぶ毛も生えていない硬いすねからふわふわしたふくらはぎまで、ぐるりと唇をめぐらせ、隣の足で同じことをする。さらに膝、その裏、少し降りてアンクレットの揺れる足首のアキレス腱まで噛んだところで、とうとうキオラが音を上げた。
「お、お兄さまっ! 意地悪しないでぇっ!」
 四肢を回るキスの間、クリオンはずっとスカートの丘を撫で続けていたのだ。そこはもう手のひらの幅ほども盛り上がり、頂上にうっすらと染みをにじませてすらいた。
 クリオンはにこりと笑ってキオラの足から離れた。スカートを持ち上げ、細く引き伸ばされた女物の下着に顔を寄せ、息を吹きかけるようにして言う。
「四つから、選んで」
「……四つ?」
「ぼくの口にする。ぼくが口にする。ぼくのお尻にする。ぼくがお尻にする」
 キオラだけでなくチェル姫も、かあっと頬を赤らめた。そんな……とつぶやいたキオラが、こくっと息を呑む。
「お兄さま、それこそ意地悪です」
「どうして?」
「ボク、お兄さまを喜ばせたいんです。ボクがしてもらうんじゃ逆になっちゃいます!」
 瞳の涙が増えていた。はっとクリオンは気づく。さっき一列に並んだ時、キオラだけは泣いていた。自分だけが同性だから。クリオンの本物の妃になれないから。
 喜ばせたい、という気持ちは二重の意味で本当に違いなかった。他の妃と違って、キオラが抱かれることのできる時間は限りがあるのだから。
 そんなキオラが安心できるように、クリオンは微笑んで言った。
「じゃあ五つ目。――ぼくが口でする」
 ちぎれるほど持ち上げられていた下着をぱちんと引き下げて、現れたキオラの性器にクリオンは口づけした。ひゅっ! と快感に息を呑んでから、キオラが悲鳴を上げる。
「そっ、そんなのダメです! 逆っ、ボクがよくなっちゃうっ!」
「そんなことない、キオラにしかできないことだよ……」
 かぷりと横から噛んだ幹に舌を当ててから、薄く口を離して、クリオンは妖しい美しさをたたえた顔でささやいた。
「ぼくに飲ませて」
 ぞくぞくっ! とキオラが大きく痙攣した。彼のこめかみに一筋の汗が流れた。意識しないように心の底に閉じ込めていた思いが奔騰していた。フィルバルト城でクリオンを誘い、何度も自分の口で奉仕していたときに抱いた思い。
 ――お兄さま、気持ちよさそう。お口ってそんなにいいんだ。
「ほら、ここに……」
 クリオンの形のいい唇が言葉をつむぎ、そのままキオラの艶の浮いた先端にかぶさって滑り落ちた。ぬるぅっ! と耐え切れない温かさがキオラの意識を包み込んだ。
「――ご、ごめんなさいぃっ!」
 絶叫しながらキオラは射精した。少女の姿の五体が激しく波打ち、少年の証をしぶきのように噴き上げた。
「……んふ」
 クリオンはわずかに鼻息を漏らしただけでそれを受け止めた。まだ起伏のない喉がこくり、こくりと動いて、吐き出された粘液を体内に招き入れた。
 狂ってしまいそうな底知れない快感の中で、その舌の動きだけがキオラを慰めた。義務感などかけらもない、本当に優しい動きが幹をなぞり上げていた。白く消えていく意識の中でキオラはつぶやく。
 ――お兄さま、おいしいんだ……
 安堵に包まれて、キオラは失神した。
 キオラがベッドに体を沈ませるまで丁寧に吸い出し、ちゅぷりと顔を離したクリオンを、チェル姫が夢でも見ているような顔で見つめていた。
「陛下、平気なの……?」
「ん。……とろとろでおいしかったよ。チェル姫も知ってるでしょ?」
 顔を向けられて、チェル姫はこくりとうなずく。彼女自身、キオラのものは何度も味わった。
「でも……ほら」
 クリオンが腹の下を指差したので、姫はくすりと笑った。クリオンのものもまた大きくなっていた。
「陛下もしたくなっちゃったのね」
「うん。姫……いい?」
「はい。陛下を入れてあげる♪」
 屈託なく言うと、チェル姫は腰を支点に足を浮かせて、んしょ、とペチコートを脱いだ。それから両膝を立て、サリーをかき上げた。
「どうぞ……」
 心持ち開いた膝に顔を乗せて、幼い姫は秘所をこちらに向けた。美しい褐色に光る細い腿の間に、白く濡れたひだが見えた。こういう思い切ったことは他の妃たちにはできない。まだ手管を知らないチェル姫だからできることだ。
 クリオンは姫の肩を抱きしめながら、頭を支えて押し倒した。香を染ませた二房の黒髪が翼のようにベッドに広がる。腕に力を入れかけて、クリオンはいつにも増して注意する。姫の体はつぶれてしまいそうなほど小さい。
 入っていくのも、いつもなら相当手加減がいるのだが、この時は当てた先端がくぷりと飲み込まれるように入った。窮屈な肉の隙間をこってりした粘液が埋めてくれている。んはぁ……と不似合いな喜悦の色を姫が浮かべたので、クリオンはささやいた。
「キオラのだね……」
「そうよ。キオラさまがとっても柔らかくしてくれたから、チェル、痛くない」
 小さな手でぎゅっとクリオンの背に抱きつきながらそう言うのだ。健気さに胸がいっぱいになって、クリオンは小さな鼻やまぶたに何度も唇を押し当てた。
 腰の動きも、キオラが彼女にしていたのと似たようなものになった。決してえぐらず、かき削らず、開いたひだの分だけ前後させる。それでも血が止まりそうなほど狭かった。こんなの、姫は苦しいだけじゃないか、そう思っていると、姫がいやいやをするように首を振ったので、やっぱりそうかとクリオンは腰を止めた。
 するとチェル姫は大きな黒い瞳を開いて言った。
「陛下……ふく、服ぬがせて」
「服?」
 言われてクリオンは、姫とつながったまま彼女のサリーをするすると抜き取った。そうすると浅黒い肌のやせた体が現れて、ますます痛々しくなった。
 しかしチェル姫は苦しくて首を振ったのではなかった。生まれたままの姿になると、両手を胸に添えて、包むような仕草をした。
 試すような上目遣いで言う。
「ほら……チェル、おっぱい大きくなったのよ。すてき?」
 言われてみれば乳房があった。――薄焼きのパンケーキを並べたようなほほえましいふくらみではあったが。
 しかしそこに胸を押し付けると、以前の彼女にはなかった柔らかさが確かに伝わってきた。クリオンは今さらながら彼女の肢体に手を伸ばす。肩にも腰にも、ほんのわずかだがうっすらと肉がつき、小さな姫が娘へと育ちつつあることが伝わってきた。
 クリオンに確かめられるのが嬉しいというように微笑んで、チェル姫は言う。
「陛下、名前を呼んで」
「チェル……姫?」
「違うの、ほんとうの名前。でないとお嫁さんになれないわ」
 それを聞くと、クリオンはテルーニュの夜に聞いた不思議な響きの言葉を思い起こした。姫の耳元で答える。
「チェルゲンナーデ・エレクラウニー・ビッセルミオ……ぼくのお嫁さんになって」
「はい……♪」
 大きな目を糸のように細めて、チェルはうなずいた。
 クリオンはまた動き出す。今までのように丁寧だったが、もう今までのように弱めてはいなかった。他の妃たちにするように、雄の器官でじっくりとチェルの雌を刺激していく。チェルはそれを受け入れた。ひたすら食い締めるばかりだったひだが、ふるふると心地よさげにわななきだす。
「陛下、熱いの、陛下ぁ……気持ちいいの、しびれるの」
「ぼくもだよ、チェルぅ……」
 額に汗を浮かべるチェルを抱いて、ゆっくりと、深々とクリオンは腰を沈める。奥深くの硬いものはさすがに強く突けなかったが、その手前の隅々までを押しひしいだ。その腕と同じようにしっかりとクリオンを包み込んでいたひだが、じきに切迫した震えを起こし始めた。
「なんか、なんか来る……陛下、来ちゃうぅ……っ!」
「ぼくも……チェルにいくね……」
 片手で頭を、片手で背中を抱きしめて、クリオンは股間に力をこめた。ひくつきながら耐えていた根元が一気に解放され、しとどな流れを隙間のない肉の間にほとばしらせた。
「きゅぅ……んっ!」
 仰向けにのけぞって、チェルが全身をこわばらせる。薄い肌を走った波が体の中でも同じように起こって、引き込むような律動に変わったのを、クリオンは確かに感じた。
 ――やがて身を離したクリオンは、弛緩して長く伸ばされたチェルの四肢が、心なしか長くなっていることに気づく。乳房を大きく上下させて息を吐いていたチェルが、薄目を開けて聞いた。
「わたし……ちゃんとお嫁さんだった?」
「すてきなお嫁さんだったよ」
 クリオンはとびきりの愛しさをこめて、彼女の額に口付けしてやった。

 ばちっ! と薪のはぜる大きな音が聞こえて、クリオンは火床を見た。オレンジの炎が大きく揺らめいている。裸でいることを見越して火を強めてくれたのだろうが、動きっぱなしだったクリオンにとってはかえって暑い。
「ソリュータ。……あれ」
 室内を見回したクリオンは、妙なことに気づいた。ベッドの上ではフウとキオラとチェルがまどろみ、床にはポレッカが横たわっているが、ソリュータ、レザ、マイラ、ハイミーナがいない。道理で横槍が入ってこなかったわけだ。
 代わりにベッドの隅に腰かけていたエメラダが言った。
「何か御用?」
「火を加減してほしくて」
「暑いのね」
 火床に向かうエメラダに、みんなまだ戻らないの、とクリオンは尋ねた。それには答えずに薪を少しかき出してから、エメラダは銀茶のカップを持ってきた。
「はい。のど乾いたでしょ」
「ありがとう。ねえ、ソリュータたちは……」
「すぐ戻ってくるわよ。それより、まだポレッカが残ってるわよ」
「……全員しなきゃいけないのかな」
「何言ってるの。七人にお情けをくれておいてポレッカだけ仲間はずれにする気?」
 クリオンは苦笑してうなずいた。エメラダがやや呆れたように言った。
「わかってたつもりだけど……やっぱり陛下ってすごいわ。この女の子みたいな体の、どこにそんな精力があるのかしら」
 ぷに、と二の腕をつまむ。クリオンは笑い、ポレッカを見てみるよ、と立ち上がった。
 実際、自分でも呆れていた。以前チェルにマーラの魅薬とかいうものを飲まされた時ですら、六人目(今はいないスーミーだ。彼女は特別だったとしても)を相手にしたところで気を失ってしまった。なのに今夜は、体力こそ消耗しているものの、愛欲はちっとも衰えない。それどころか相手を変えるたびに新たな昂ぶりが湧いてくる。
 ぼくってこんなに女好きだったかな、と考えて、そうではないことに気づいた。たとえばここに、城の侍女のジュナやチュロスがいたとしても、抱く気にはなれないだろう。単に妃たちが美しいから抱いてやりたいわけではない。――彼女たちがクリオンと運命をともにしてきたからだ。かけがえのない関係をもう一度心に焼き付けたいから、体を重ねるのだ。
 妃たちは皆、政治的な理由や外交関係などがからんで、クリオンのそばにやってきた。そんな事情があるにしても、今クリオンとの間にあるのは心のつながりだ。
 それがあるから、ぼくはこの子たちがこんなにいとしいんだ――クリオンはそう思った。
 短く物思いしながらポレッカに近づいて抱き起こしたクリオンは、眉をひそめた。彼女はぐったりとして宙に視線をさまよわせている。いくらフウにもてあそばれていたといっても、こんなに正体をなくしているのはおかしい。
 クリオンは振り返って叫んだ。
「フウ、一体何をしたの? この子、大丈夫なの?」
 伸びていたフウが槍を動かして、こつんとエメラダを突いた。通訳を任されたエメラダが憮然として言う。
「なんか弱点をいろいろつついたんだって。獲物をおとなしくさせるところを」
「なんだって……からかってただけじゃなかったの!?」
「それもあるけど、先を越されたくなかったんだってさ」
 エメラダが肩をすくめる。フウをにらんで、こんなことしちゃだめだよ! と叱ってから、クリオンはポレッカを揺さぶった。
「ポレッカ、ポレッカ! しっかりして!」
「う……シロン?」
「大丈夫? どこか痛いところない?」
「目が回ったのと同じですぐ治るって――」
「治らなかったら許さないよ!」
 教えたエメラダに振り返ってもう一度叫んでから、クリオンはポレッカの目を覗き込んだ。
「起きられる? 部屋に運んであげようか?」
「だ、だいじょぶ……ちょっとしびれてるだけ」
 ポレッカはクリオンの手を押しのけて体を起こすと、はい、と背筋を伸ばして座った。前髪を額に張り付かせたまま、にっこりと笑う。
「ほら、平気よ?」
「でも、ポレッカ」
「大丈夫だったら。気にしないで」
「無理しなくても――」
「無理ぐらい、させて!」
 ポレッカが強く言い、クリオンは口を閉じた。ポレッカは笑っている。笑っているが……唇は小刻みに震え、努力して笑っているのだとわかった。
「シロンと一緒にいたいの。無理でも抱かれたいの」
「ポレッカ……」
「それぐらい、いいでしょう? 他のことなんか望まないから、せめて……」
 今にも崩れそうな脆い笑顔を見て、クリオンは気づく。
 ポレッカにはそれしかないのだ。
 彼女だけは他の妃と違う。政治的な事情も、昔からの付き合いも、主従の関係もない。ただクリオン一人の望みで城に入った。クリオンがつなぎとめてやらなければ絆がなくなってしまうのだ。
 それを拒むのは、あまりにも酷だった。クリオンは表情を和らげ、彼女の手を取った。
「わかったよ。追っ払ったりしない」
「……ありがと」
 ポレッカは目を潤ませ、崩れるようにクリオンの胸に倒れてきた。――エメラダがほっとため息をつき、フウがむくれて舌を出した。
 ポレッカはクリオンの首筋ですうっと深く息を吸い、嬉しそうにつぶやく。
「んん、シロンの匂い……よかった、来てくれて。私まで回ってこないんじゃないかと思った」
「そんなことないよ」
「シロンこそ無理してない?」
 撫でられていた頭を上げて、ポレッカは真剣に訊く。
「七人も……でしょう? つらいんじゃない?」
「つらかったらやめていいの?」
「う……」
 唇がまた歪む。クリオンは明るく笑って額を押し当てる。
「つらくはないし、つらくてもするよ。ぼくだって無理でもポレッカを抱きたいんだ」
「んふ……きゃっ!」
 力を抜いたポレッカが悲鳴を上げた。クリオンが彼女の頭と膝を手で支え、横抱きに持ち上げたのだ。
 あわてて首にしがみつくポレッカに、ささやく。
「ベッドでね」
 こくりとうなずく彼女をベッドに運ぶ。キオラとチェルがベッドから降り、場所を空けてくれた。
 硬めのベッドにポレッカが沈む音は、とさっ、と軽かった。クリオンは少しの間彼女を見下ろす。水色のお下げの十五の少女。ドレスはエメラダたちほどごてごてしていない。おとなしめの体の輪郭を表して、すんなりした曲線を浮かべている。
 その線をもっと見ようと手をかけたクリオンは、柔らかいはずの肌が引きつっていることに気づいた。ポレッカは森の小動物のように細かく震え、ちらちらと視線を頭の上に送っていた。
 そちらでは、キオラやエメラダたちが面白そうな顔で見ている。
「……恥ずかしい?」
 すん、と鼻を鳴らしてポレッカはうなずいた。クリオンは少し考える。――このまま皆が見ている前でことを進めても、多分ポレッカは受け入れてくれる。けれど、集中しきることはできないだろう。内気な彼女のことだから、すべてをさらけ出せず、無理をしたままの行為になるに違いない。
 ここにいる中で最後の一人だというのが幸いだった。クリオンは顔を上げた。
「ごめん、みんな。ちょっと外してくれる?」
「えーっ?」「あたしたちはさらしものだったのに?」
「ポレッカ、恥ずかしがり屋さんだから……」
 クリオンは苦笑して促したが、キオラやチェルは口を尖らせて不満の声を上げた。
「ポレッカさんの可愛いとこ、見たかったのに……」
 すると、エメラダが何かを思い出したように立ち上がった。戸口へ行って手招きする。
「みんな、行くわよ」
「見ないんですか?」
「いいから。お互い意地悪しない約束でしょ。それに、ほら……」
 彼女が意味ありげに片目をつぶると、キオラたちも、あ、と声を上げた。フウをひきずるようにしてベッドを降りる。
「それじゃ、出てるね。陛下」「お楽しみに」
 そう言って出ていった。
 扉が閉じ、室内に薪の燃える音だけが残る。ポレッカがほーっと息を吐いて、嬉しそうにクリオンの手を握った。
「ありがとお、シロン……」
「ポレッカに全部見せてほしいもの。……これなら見せてくれるよね?」
 ここまでしたんだからもう遠慮しないぞ、と意地悪めかした笑顔を近づける。ポレッカはほがらかにうなずいた。
「見せるね……私、うんとがんばってみる」
 そう言うと、ポレッカは体を浮かせてドレスのボタンや紐を外し始めた。ある程度ほどいたところで、手を止めて楽しげに尋ねる。
「脱いじゃう? それとも脱がしたい?」
「じゃあ、脱がす……」
「ん、いいよ……」
 ポレッカがふわりと体の力を抜く。クリオンは覆いかぶさった。
 ドレスは首から裾まで縦一文字にボタンで留める造りだった。ポレッカはそれを胸の下まで外していた。クリオンが後を引き継いでさらに下へ開く。へそが現れ、慎ましい白い下着が覗き、膝から下の足は白いソックスに覆われていた。すべて外すと、体の中心線の部分だけが無防備になった。
 小さな下着の下端ににじむ湿り気に、クリオンは目を留める。
「……もうこんなに?」
「それね、フウにされたから……そんなに濡れてる?」
「うん、ほら……」
 下着を持ち上げるふっくらとした小さな丘の下、股のくぼみに指を当てて、クリオンは軽くこする。それだけでくちくちとかすかな水音が上がった。ポレッカは首筋まで真っ赤になり、それでも手で隠そうとはせず、口を半開きにしてあえぐ。
「ほ、ほんと……私、やらしい……」
「抑えないでね」
 含み笑いしながら言って、クリオンはポレッカの両肩に手をかけた。レースの縁取りがついた膨らんだ肩の部分を、左右に引き下げる。首元が開いてくっきりした鎖骨が覗く。それだけでやめずに言った。
「腕、抜いて」
 ポレッカが袖から右腕を、そして左腕を抜く。曲がり、上がる腕はほとんど肉付きがなく、乳色の肌にかすかなうぶ毛が輝いている。やがてあらわになった両肩も、まだ骨格が浮き出している。クリオンが男性の武骨な体格を身につけていないように、同い年の彼女もまだ成熟には届いていない。
 ドレスの前を大きく開くと、そのことがより明らかになった。
 乳房は丸くない。丸みのある薄い丘、という表現が近い。揺れるほどもなく震えるだけのその頂に、暗い桃色の乳首がツンと飛び出している。
 その丘陵のふもとから、こちらもまだくびれの弱い腹が広がる。柔らかそうな肉の乗った脇の線の先に、少し明瞭すぎる腰骨が飛び出している。それを覆うほど尻が育っていない。
 骨盤の線の集まる股間も肉付きがなく、膝がしっかり合わさっているのに内腿には隙間があった。そこから爪先までの線にまるみはほとんどない。膝小僧はくるみのように突き出していた。
 じっと見つめる視線がつらくなったのか、ポレッカが身動きした。
「ねえ……見てて楽しい?」
「そんなこと聞くの?」
「だって私、やせっぽちでしょ。あんまり見ると興醒めしちゃうと思うよ……」
「城ではこんな風にはっきり見たこと、なかったから?」
 うなずくポレッカに体を寄せて、クリオンはささやいた。
「実はエコールの寮で見てた。――見ないふりしてたけど、我慢できなかった」
「そんなぁ……!」
 顔を引きつらせるポレッカの肩口に、クリオンは唇をつけ始めた。
「もっと自信持ってよ。ぼくはポレッカの体すごく好きだよ。なんかね……ほっとするんだ」
 肩から細い腕、腕を持ち上げてその裏側へ。さらに脇へと唇を進め、そこで止めてくぼみに深く口づけした。破れそうに薄い皮膚からポレッカの肌の匂いがする。彼女の特徴の中でもクリオンが好きなものがそれだ。
 香水の派手さが一切ない、雨を浴びた若葉のような素朴な香り。それに呼び覚まされるのは女子寮でのひそかな戯れの記憶だ。まだ男を知らなかった頃の純粋さを、この香りとともに彼女は残している。
 脇を舐めるという行為が恥ずかしいものなのかどうか、わかりかねたのだろう。ポレッカは片腕を高く掲げたまま、止めるでもなしに身を震わせている。クリオンはもっとからかいたくなった。体の下に腕を入れてひっくり返してやる。
「え……ちょっと……」
 背中に舌を当てた。翼のように浮き出た肩の骨と、小さく並んだ背骨に。長く舐め上げ、止まって吸い、脇の敏感なところと往復する。ポレッカはぶるっ、ぶるるっ、と断続的に肩を震わせながら戸惑いの声を上げる。
「そ、それ何……? そういうこともするの……?」
「気持ちいいでしょ」
「い、いいけど、ちょっと変……」
「じゃ、こっちにするね」
 つーっ、と長く唾液を塗って降りると、クリオンは下着に包まれたふくらみに舌を当てた。小ぶりな果実というのがぴったりのそこに、ちぷちぷと口づけを押し付ける。
「あ……お尻……」
 つぶやいたきり、ポレッカは頭を下げて黙り込んだ。そこからすぐの恥ずかしいところに触れられると思い、覚悟したのだろう。だがクリオンはまだ引き伸ばす。
 唇をさらに下げて、右足のふくらはぎからかかとにまで持っていった。ソックスを脱がせ、足を持ち上げて、くるぶしや足の甲にまで口づけしてやる。さすがにポレッカが振り向いた。
「シロン、遊んでるの!?」
「うん♪」
「そんなところ、困る!」
「気持ちよくなかったらやめるよ?」
 ちゅぷ、とクリオンは親指を口に入れてしまった。温かい汗の味がする指に舌を這わせると、「ん、んぅっ?」とポレッカが困惑そのものの悲鳴を上げた。
「だめだってばぁ……ほ、ほんとに困るのっ!」
「足なんかきれいじゃないから?」
「そう――」
「きれいって何? 汗や匂いがしないこと?」
 ポレッカは沈黙する。クリオンは足を離してやり、ポレッカの背に体を重ねた。
「だとすると、ぼくポレッカのどこにも触れないよ?」
 体重の半分ほどを預けて、ポレッカのうなじに鼻を当てる。左右の三つ編みに縛った残りが後れ毛となっている。そこをくすぐり、深く息を吸った。――空色の髪にこもる甘ったるい匂いが胸に流れこむ。
「ほら、ここもポレッカのいい匂いがする……」
「わ……私の……」
 押さえつけられたポレッカは目を見張って震えている。彼女の胸で渦巻く戸惑いが手に取るようにわかる。
 自分なんか、という卑屈な思いが、求められている、という嬉しさに巻き込まれていく渦。
 クリオンはとどめを刺す。
「ぼく、ポレッカのどんなところでもおいしいと思うよ……?」
 ふるるっ! とクリオンが感じ取れるほど激しい震えが、ポレッカを揺さぶった。
 クリオンはゆっくりと再び体を下げ、ポレッカの腰に腕を回して引き上げた。のろのろと尻が突き出される。だが、もう抵抗の気配はない。低く熱い声が――一番になれた? と尋ねたときの声が――湧きだした。
「私……本当においしい?」
「おいしいよ」
「そこ……食べたい?」
「食べたいよ」
「……わかった」
 そう仕向けたクリオンでさえ、目を疑った。ポレッカが両手を腰に伸ばし、白い下着をするすると太腿まで下げたのだ。
 生硬な二つの丘と、その間のくすんだ紅色のつぼみと、真っ赤にぬかるんだ谷間をあられもなくさらして、ポレッカは言い捨てた。
「食べて。気が済むまで」
 クリオンは我知らず身を震わせた。ほとんど恐れに近い感情を覚えていた。ポレッカが抑えている感情の激しさは知っていたが、これほど大胆になるなんて……。
 抑制を超えたポレッカの熱情がクリオンにも感染した。ぶるぶる震える指できつく腰をつかんで、犬のように伸ばした舌を押し付けた。びくっ! と震えたのを皮切りに、クリオンがめちゃくちゃに動かす舌に合わせて、びくっ、びくんっ! とポレッカは恥ずかしげもなく尻を痙攣させた。
「シっ……シロン……気持ちいい……」
「ん……くふ……うぷ……っ」
「狂う、狂っちゃう。私……叫びそう……」
 ポレッカはシーツにきりきりと爪をつき立て、脱がされたドレスの端を思い切り噛みしめている。ンーッ! と食いしばった歯の間から絶叫を漏らしたのは、赤く腫れた小さな粒をクリオンが指で挟んだからだ。そのたびに、ひだの間に小さなあぶくを立てて、濃密な滴を噴きこぼしている。
 肌にびっしりと汗の玉を浮かべ、頭を振りたてて快感に狂う二人の姿は、二頭の若い獣そのものだった。獣であることを二人とも自覚して、その先に進むこともためらわなかった。
 股間のものを破裂寸前まで育てていたクリオンが、たまらず顔を離して背中にのしかかった。はっはっはっ、と短く速い息を吐いてポレッカが振り返る。
 まるみの残る少女の顔が、艶美な雌の表情を浮かべてうなずいた。
「……んあぁーっ!」
 ばっ、と三つ編みを振り乱して、とうとうポレッカは叫んだ。股に入ってきた熱いものが、叫ばずにはいられないほど嬉しかった。
 その細い体を、腕を回してクリオンは抱きしめる。薄い乳房をちぎれそうなほど強くつかみ、首筋にも歯を突き立てる。その獰猛な求めにポレッカは耐えた。耐えたというより、迎え入れた。
「シロっ、シロンん! いいよぉ、もっとぉ!」
「ポレッカ……すごいよ……ぼくをこんなに……させて……」
 ポレッカのすべてを引き出すということは、クリオンのすべても引き出されるということだった。めったに見せない荒々しさを、彼はすべて解放していた。腰の力の限りを尽くして激しくポレッカの尻を突き、浮かび上がる背中を無理やり抑えこんだ。
 ポレッカの中は、頭も心も飽和していた。クリオンの求めに完全に応えていることが、ただ無性に嬉しかった。恥じらいやためらいはもうかけらもなかった。クリオンに支配されて彼のものになりきることだけが望みだった。
 クリオンが絶頂だけを望んでいるのでないことは全身に感じられた。首に噛み付く彼に陶然と頬を寄せて、ポレッカは誘うように尋ねた。
「ねえっ、シロンっ、私がほしいんでしょ? 全部ほしいんでしょ?」
「うん、ポレッカ、うんっ!」
「あげる、全部あげるっ! 私の中まで全部っ!」
 クリオンの手を乳房から引きはがして、自分の柔らかな腹に押し当てる。
「ここあげるっ! ここでシロンの、シロンの赤ちゃん育ててあげるからぁっ!」
「ポレッカ、そうだよ! そこでぼくのっ、ぼくの赤ちゃん作ってぇっ!」
 叫びがポレッカの腹の中を、きぅーっと甘く引きつらせる。自分がすべての準備を終えたことを彼女は知る。
 目を閉じて頬をこすりつけながら、ポレッカはささやいた。
「いいよ……来てぇ……っ!」
 ぎゅっ! とポレッカを抱きしめてクリオンが硬直した。途端に胎内のものが勢いよく跳ね上がった。
「ひぅっ……!」
 ポレッカは呼吸を止めて激しく背を反らせる。びくっ! びくっ! と跳ねるクリオンを感じ取るのに、その姿勢が一番心地よかった。脊髄に熱湯を流し込まれるような快感が頭を焼く。無意識のうちに体中の筋肉を引きつらせ、注がれたものが決して逃げないように締め付けていた。
 痙攣とともに動きを止めたポレッカを、クリオンは忘我の快感の中で抱きすくめていた。全身で屈従を表している彼女がとても愛しかった。
 今まで激しく動いていた二人が、その十数秒間、時が止まったように静止した。ぴったりと重なった腰のほんのかすかな震えだけが、体の奥底に生まれた結びつきを示していた。
 やがて、ゆるやかに時間が戻ってきた。
「ポレッカ……」
 クリオンがポレッカの頬に手をやり、振り向かせて口づけし、それでも離れる気になれず、つながったまま横に倒れこんだ。まともなキスをまだしていなかった、と今さらながら二人とも気づき、しばらくは息継ぎもせずに夢中でむさぼりあった。
 そのうちに、しびれて溶けていた性器に感触が戻ってきた。クリオンのものはだいぶおとなしくなり、ねっとりと温かいポレッカの中から次第に押し出されている。軽く押し返してポレッカに小声を上げさせてから、クリオンは落ち着いた口調で言った。
「さっきの、本気だからね」
「なあに……?」
「赤ちゃん作って、って。……ポレッカも本気だったでしょ? ここ、ぼくにくれるって言ったの」
 汗ばんだなめらかな下腹に手をやって、クリオンは撫でた。ポレッカは小さくうなずき、しばらくしてから、徐々に目を見開いた。
「私……言ってたよね、そういえば」
「うん。全部あげる、育ててあげるって。それに……気が済むまで食べてって」
 ポレッカはさらに目を丸くした。欲情に艶めいていた表情が一気に幼くなり、冷や汗を浮かべそうな顔になった。
「わ……私……すごかった?」
「うん、すごかった」
 クリオンが軽く笑ってやると、ポレッカは両手で頬を隠してむこうを向いてしまった。――それでも腰を離そうとはしなかったが。
 クリオンは目を閉じ、そっとポレッカを抱きなおしながら言う。
「ね……できそう?」
「……赤ちゃん?」
「日付があるでしょ。月のものの」
 いちにいさん、とつぶやき声が聞こえた。ポレッカが指折り数えていた。
 やがて、あきらめたような顔で振り向いた。
「当たってる……できてもおかしくない」
「よかった」
 クリオンは純粋な喜びを浮かべて、こつんと額を当てた。
「本当だからね……お妃さま」
「シロン……」
 ポレッカの表情もゆっくりと明るくなっていった。幸せそうに目を閉じて額を押し返す。
「がんばるね……皇帝陛下」
 そうして二人でもう一度、つながったところにきゅっと軽く力を入れてから、ようやく体を離した。

「陛下、もういい?」
 エメラダが戸をあけて顔を覗かせたのは、二人が布や何かで体を拭いて、それなりに身だしなみを整えてからだった。クリオンはベッドの端に腰かけてうなずいた。
「いいよ」
「どう、へたばっちゃった?」
「もう一杯お茶がほしいな」
 エメラダは顔を引っこめ、じきに銀茶を持ってやってきた。クリオンとポレッカがそれを飲むと、いくぶん真剣な顔で言った。
「ポレッカ、いい?」
 聞かれたポレッカは何かを確かめているように目を閉じてうなずき、また目を開いた。
「いいわ。……十分、可愛がってもらったから」
「そう。それじゃ始めましょうか」
「何を?」
 訊いたクリオンには答えず、エメラダは背後の廊下に合図を送った。やってきたのはレザ、キオラ、チェル、フウの四人で、それぞれがクリオンの私物を捧げ持っていた。――皇帝の正装である純白の戦衣、緋のマント、黄金の冠、そして聖霊の槍チュルン・ヴェナにぶらさげられた、ズヴォルニク。
「なに……?」
 答えはやはりなく、娘たちは無言でクリオンにそれらを身につけさせた。ポレッカもドレスの袖を通す。
 着付けが終わると、クリオンはジングリット皇帝としてどこに出しても恥ずかしくない姿になった。レザを見る。
「誰か来賓が?」
「もっと大事な相手ですわ」
 そう言うと、レザはクリオンの手を引いて歩き出した。四人の娘が二列になってその後に従った。
 廊下に出て、別の部屋に入らされる。娘たちの誰かの私室だ。妙なことに正面の壁際に台のような平たい木箱が置かれていた。クリオンはその台の前に立たされる。
「レザ、一体……」
 訊きかけてクリオンは口を閉じた。背後で閉じていた扉が、もう一度開く音がしたのだ。
 さらさらと衣擦れの音がし、すっと白いものがクリオンの横に立った。そちらを見たクリオンは息を呑んだ。
「……」
 ソリュータが、額にかけた薄いヴェール越しに無言でほほえんでいた。その姿は普段の質素な黒いワンピースではない。幾重ものレースをあしらった雪よりも白い清楚な衣装。首や腕はぴったりと覆い、スカートの腰から下をりんどうの花のように膨らませ、背後に雪渓のように大きく裾を広げている。
「ソリュータ……」
 絵画から脱け出したような花嫁衣裳の娘は、儀礼用のマントをまとった壮年の男に手を引かれていた。クリオンは彼にも驚かされる。グレンデルベルト侯爵スピグラム・ツインド――ソリュータの父であり、クリオンの育ての親でもある人。
 どうしてここに、という疑問の答えはすぐに浮かんだ。彼も地方領の貴族だから、今回の出兵で領兵ごと召集されたのだろう。しかし、どういうつもりなのかは、すぐにはわからなかった。
 呆然とするクリオンの腕に、ソリュータの手袋をした腕を回させて、ツインドは後ろに下がった。すると、新しい修道服を身につけたハイミーナがハルバードを片手に進み出て、台の上に立った。
「これより、ゼマント・ロフォーデン・ジングラが十八男、クリオン・クーディレクト・ジングラと、グレンデルベルト侯爵スピグラム・ツインドが長女、ソリュータ・ツインドの婚姻式を執り行う。――両名、おもてを向けよ」
 何が始まったのか、クリオンははっきりと知った。言われたとおり正面を向くことはせず、あわてて周りを見回した。
 左の壁際にエメラダとチェルとキオラとポレッカ。右の壁際にレザとマイラとフウ。全員、粛然と目を伏せて沈黙している。クリオンは声を上げる。
「みんな、いいの?」
「いいんだよ、クリオン」
 ツインドが穏やかに微笑みながら言った。
「お妃様がたは、ソリュータが正妃になることを認めてくださった。これはその証なんだよ」
「でも、おじさん。ソリュータだけとするのは……」
「今さら何を言うんだ、ソリュータが一番だと決めてくれたんだろう。それとも口だけか?」
 返す言葉もなくクリオンは口を閉ざす。確かに、他の娘たちを傷つけてまでソリュータを選んだ以上、それを形で示してやるのが、双方に対するけじめというものだろう。
 ツインドが笑みを消し、厳粛な表情で一礼した。
「それに……娘を正式に召し上げてくださるとは、臣スピグラム・ツインド、これに勝る喜びはございません。ふつつかな娘ですが、どうかお側に侍らせてやってくださりませ」
 伏せた眼の端に光るものがあった。クリオンも我知らず背筋を伸ばしていた。
「侯爵……わかったよ。ソリュータをもらうね」
「欣快に存じます」
「では、式を始める」
 ハイミーナが宣言し、クリオンは前に向き直った。
「……天なるイフラの神はすでになく、地なる帝国は災いに満ち、人の行く末も暗く、艱難、汝らを阻む。万民は苦しみ嘆き、千兵は怨み斃れ、百官百将憂悶尽きざれば、帝また安寧為楽を望まざるべし……」
 右手に垂直に立てたハルバードを握り、左手に毛糸で編んだ帯を垂らした黒衣の尼僧が、審判の女神さながらに朗唱する。イフラ神官の祝詞とはかけ離れているうえ、ただの祈祷としてもおよそ例のない峻厳な文句だったが、低く厳しいハイミーナの声音は、それがこの場にもっともふさわしい祈りだと皆に思わせた。
「……されど我らは欲す、汝らの辛苦に怯まざることを。その胸を氷塵にさらし、その足を嶮野に踏み、その腕が剣もて邪を破ることを。死の影差す汀に膝突く時も、見晴るかす力の一掬を持つことを。汝らの全霊を衆生のため投げ打たんことを!」
 ドン! とハルバードの柄で床を突いてから、その穂先をクリオンに向ける。
「皇帝クリオン。汝、女が足折られ血を吐きし時も、これを背に負いて歩き、ともに戦うと誓うか」
 極北の星のように輝く穂先の向こうに、それよりなお厳しい、貫くがごときハイミーナの眼差しがある。クリオンは微動だにせず答える。
「誓う」
 穂先をソリュータに向けてハイミーナが言う。
「ソリュータ・ツインド。汝、男が耳そがれ眼潰されしときも、これに寄り添いて道を示し、ともに戦うと誓うか」
 混じりけのない裁きの眼光を、ソリュータは身じろぎもせず受ける。
「誓います」
 ハイミーナは、ゆっくりとハルバードを振り上げた。丸太を断ち割る重い刃が、天井近くで鈍く光る。
 それが、二人が組んだ腕めがけて、断頭台の凄まじさで振り下ろされた。
「証せよ!」
 ごう! と風が鳴り、妃たちが息を呑んで悲鳴を押し殺した。
 ――銀光が静止した。
 刃が袖に触れていた。その下の腕はきつく絡みあって互いを捉えていた。二人は、これから生涯そうするというように、静かに肩を寄り添わせていた。
 いくつも重なった安堵のため息の中で、ハイミーナは右手の武器を引き、代わって左手を差し出した。初めて見せる深い笑顔で、握った毛糸の帯を二人の間にかけた。
 目をやったクリオンがつぶやく。
「……襟巻き?」
「皆で編んだ。ほんの一、二列だが、私も」
 クリオンは、王都を取り戻した頃に娘たちがそれを編んでいたことを思い出した。手にとって開いてみる。色とりどりの毛糸が二ヤードほどの帯を織り成していた。黒、青、緑、金、茶、水色。細い銀の線も見える。
 高価ではなく、華やかでもなかった。だが、居並ぶ妃たちの想いが重なったこの儀式には、ふさわしい贈り物だった。
 またハイミーナが言う。
「証は立てられた。これより後、時の河の涸れる時まで、クリオンはソリュータの夫であり、ソリュータはクリオンの妻である。我らこの絆を寿ぎ、この絆犯す者を許さず。――クリオンに誉れあれウーレー・クリオン! ソリュータに幸あれウーレー・ソリュータ!」
 叫びとともに、一斉に妃たちが二人を取り囲んだ。口々に言葉を浴びせる。
「おめでと、ソリュータ」
「早く皇妃の自覚を持つのですよ」
「幸せにならないと怒りますよ、もう……」
「お兄さまもしっかり守ってあげるくださいね」
 からかい顔だったり泣いていたりと、表情は様々だったが、声の温かさは同じだった。ソリュータはヴェールの下でうつむく。上気した頬に涙を流して唇を震わせる。
「みんな……ありがとう……」
 クリオンも嬉しさと照れくささで真っ赤になってうつむいていたが、ツインドの声を聞いて顔を上げた。
「まだ一つ、儀式が済んでいないぞ。クリオン」
「え……?」
 養父は細めた目にいたずらっぽい光を浮かべて、ソリュータの顔を指した。
「ヴェールを上げてやるまでは、まだソリュータはわしの娘だ」
「……そうですね」
 クリオンがソリュータの顔に手を伸ばすと、潮が引くように妃たちが離れていった。二人に眼差しを投げかけつつ部屋を出ていく。
 ツインドも出ていき、最後になったポレッカが目尻を指で拭いながら言った。
「ソリュータさん、最後にしてごめんなさい。……それと、シロンを貸してくれてありがとう」
「……ええ」
「お幸せにね」
 にこっと小さく笑って、ポレッカは扉を閉めた。
「ポレッカ……」
 二人はしばらく閉じた扉を見つめていた。クリオンがつぶやく。
「ぼくたち、本当に幸せ者だよね」
「ええ、果報者です」
 それからクリオンはソリュータに目を戻し、薄い紗を両手でゆっくりと持ち上げた。
 ソリュータは、夕刻の雪原を思わせる顔を、わずかに傾けてクリオンに見せた。とめどなく頬を伝う滴に、クリオンはそっと唇を寄せた。
「泣きやんで、ソリュータ」
「無理です、そんなの……」
 塩からい水がクリオンの唇に染みこむ。
 やがて二人は同じように顔を動かし、頬から唇へ吐息を移した。

 部屋に火の気はなく、先ほどまで集まっていた妃たちの温もりだけが暖気だった。だが、たとえ山のような薪が燃やされていたとしても、二人はそれをためらわなかっただろう。
 何枚もの衣服を通してさえ鼓動が伝わるほど、堅く抱きしめあって口づけを深めた。 
「クリオンさま、クリオンさまぁ……」
「ソリュータ、ソリュータ……」
 豊かに隙間を含んだスカートが、ともすれば二人の腰を押し離す。それを押しつぶすように何度も抱きなおして体を近づけた。わずかに唇が離れたとき、ソリュータが湿った息とともにささやいた。
「して、してください、クリオンさま。私ずっと待ってました」
「わかってるよ、いま思いきりしてあげる」
 抱きしめたままヴェールを外し、剣を外し、王冠を外して近づこうとする。靴まで隠すスカートの裾を性急にたくしあげて、腰の周りに手を伸ばした。エメラダのドレスと同じように細い骨組みを持つパニエがスカートを支えている。それを吊り下げているところを指で探りながら、クリオンはふと気づく。
「このドレス、エメラダの?」
「はい、お母さまの。わざわざ王都から」
「後で謝らなきゃね。汚さないのは無理そう……」
 留め具を外して輪になった骨組みだけを床に落とすと、ソリュータが一気に柔らかくなった。腰に腕を回してごぼう抜きに持ち上げ、背後のベッドに押し倒した。
「あは……クリオンさまぁ」
 倒れこむクリオンをソリュータは全身で受け止める。熱く強い口づけを顔中に受けながら、クリオンの体に手を這わせて戦衣を脱がせ、ボタンを外し、紐をほどく。
 クリオンも彼女を脱がせようとしたが、ドレスは上下つながったワンピースで、ボタンはすべて背中にあった。首をきっちりと覆ったカラーは開けたが、それ以上肌を出させることができない。
 そんな場合、普段のソリュータならクリオンを止めて自分でなんとかしようとする。しかし今のソリュータは、わずかな機転も利かせられないほど夢中になっていた。ひたすらクリオンの肌を求め、現れた裸の肩に口づけし、スカート越しにしなやかに足を絡ませて刺激してくる。
 それを抑えて服を脱がしてやれるほどの余裕は、クリオンにもなかった。肩を噛むソリュータの黒髪に隠された耳に、上ずった声でささやく。
「待てないよね、すぐしたいよね?」
「はい、クリオンさま!」
「このまましてもいいよね?」
「してください、このままぁ!」
 腕をぶつからせながら、ソリュータがクリオンのズボンを下げ、クリオンがソリュータの裾をかき上げた。白いタイツとそれを吊るガーターが現れ、桜色の内腿の間でレースの下着が秘所を締め付けている。そこに、やはり下着のままの股間をクリオンが押し当てた時、二人は一時、我を忘れてしまった。
「ソリュ――」「クリオ――」
 言葉も途中で消えるほどの情欲が湧いて、しゃにむにそこをこすり付けあった。ソリュータは細い足から靴を振り落とし、クリオンの腰に絡みつけて股を上向かせる。クリオンが下着から先端がはみ出すほど大きくなったものを押し付けた。レースの谷間に沿って細長いこわばりがごりごりと滑り、もどかしくも激しくしびれを湧き出させた。
 ――ソリュータ、ほしいよ!
 ――クリオンさま、私も!
 口づけをしていて目も合わせられないのに、はっきりと意思が伝わりあう。茹だってひくつく柔らかいひだが、猛々しく張りつめた熱い幹が、二枚の薄布越しに感じ取れる。
 一度離れてその布を取り除くべきだったが、それすらもできないほど二人は飢えていた。このまま一度、と伝えあう。
 レースに浮き出した小さな芽に、幹の裏側を押し当てて、クリオンは思い切りこすりあげた。
「ソ、ソリュータっ!」「クリオンさまっ!」
 真っ赤に膨らんだクリオンの先から、粘液が勢いよく飛び出してスカートの裾の中に消えた。それが幹の中を通過するびゅくびゅくという脈動が、触れているソリュータにも絶頂を与えた。
「ひぃんっ!」
 スカートにからんだ粘液をはさみ潰して、二人はきつく抱きあった。短い間だけ、互いの震えを味わった。
 それがほんのわずかに収まると、すぐに体を離してもどかしげに下着を下ろした。クリオンはそれができたが、ソリュータはうまくいかない。下着の上からガーターをかけていた。
 クリオンはひとことも断らずにソリュータの右腰で下着を引きちぎった。とろとろに濡れた股布をはがして片方の太腿にずり下げ、再び性器を押し付けた。
 柔らかな粘膜同士が触れると、ようやくいくらかの落ち着きが戻ってきた。くにくにとそこを動かしながら、荒い息の相手に目を合わせて微笑んだ。
「なんだか……抑えられないよね。ものすごくきみがほしい」
「変ですよね……初めてじゃないのに……」
「きっと最後だから――んぷっ」
 言葉を殺して唇が押し付けられる。クリオンの頭を固く抱いてソリュータは吸う。呼気を根こそぎ奪うような吸い込みの後、暖めた息と舌を戻してくる。クリオンの舌が激しく追い回される。
「ん、んぅ、んむぅ……」
 頭がくらくらするほど熱い口づけの後、離れた顔が苦しい笑みを浮かべる。
「戻るって、おっしゃったじゃないですか」
「……そうだったね」
「戻って、また来てください。私の中、こんなにクリオンさまをほしがってるんです……」
 自分の太腿の裏から手を回して、ソリュータは自らクリオンのものをひだの中に導いた。まだ硬さが戻りきっていない幹を飲み込み、両足で腰を引き寄せる。
「ね……?」
 開けている、とクリオンにははっきりわかった。狭いはずの管がひたひたの柔らかさだけで包んでいる。そこの筋肉を弛緩させきってソリュータは迎えている。それがどんなに恥ずかしいかクリオンにもよくわかる。少しでも隠したいと思ったら力が入ってしまうものだ。
 恥ずかしさなどソリュータは捨てていた。打ち消しても打ち消しきれない、最後かもしれないという意識が、やはり彼女にもあるようだった。
 腹の奥までさらすようなふくよかさでクリオンを包んで、ソリュータは背伸びするように両腕を頭上に上げる。
「もう一度できるようになるまで、さわってください……」
 ドレスの上半身は体にぴったりと沿っている。上がった腕に吊られて脇の線が美しく伸びる。くっきりと丸い乳房が真上を向き、その下にはくびれた腹が、かき上げられたスカートに隠れるところまで続いていた。
 最初だけ、クリオンは別のところに触れた。耳から細いあごに至る、ソリュータの顔の涼しげな輪郭に。撫でられた彼女が子猫のように目を細めるのを見て、両手を二の腕へ伸ばした。
 触れるといっそう、ソリュータの肢体はしなやかだった。目の前に見ているのに、指でなぞった線がそれ以上の美しさを伝えてくる。上腕だけでもため息が出るほど流麗だった。指の航跡を布に残して何度も撫でさする。
 そこから脇のくぼみを通って、乳房へ。――布地は一枚だけだった。しっとりとした肌の吸いつきが、布から染み出して手のひらに移る。心の中でエメラダに謝りながら、首元に両手をやってそっと左右に引き裂いた。ぴぃッ、とへその上まで伸びた裂け目を押し広げ、油紙をはがすように乳房を現させた。
 指紋がつくほどきめ細かい肌。指を食い込ませるのが邪悪なことに思える。しかしためらいはしない。ソリュータが目顔でうなずいている。彼女の深い息に合わせて丘が上下する。十本の指の一つ一つを、刻み込むように肉にうずめる。はがすと張り付いてくる肌を、丸めた手のひらで何度も包む。
 顔を寄せ、右の乳首を含んで強く吸った。ちゅぅっと細く伸びてきて、やめても硬さを残していた。ふわり、とふくらみが揺れたのはソリュータが息を呑んだからだ。乳首を吸うたびに彼女は身を震わせて呼吸を止め、肌の上に霧を吹いたように甘い匂いの汗をにじませた。クリオンは舌をぴったり押し付けて汗をすくい、じきに欲情のまま顔全体を押し付けた。
 つぶれた乳首の底から鼓動が昇ってくる。とくっとくっとくっ、と速く強く振動している。愛しい娘の生命が声を上げて喜んでいるように思える。血の勢いが自覚できるほど激しくクリオンは勃起し、内側からソリュータを押し広げる。彼女はほっとしたように包み込みを強め、両腕を下げてクリオンの髪を押さえた。
 夢見るようなささやき声。
「感じます? 私の音……」
「ん……」
「痛いんです。あんまり嬉しすぎて」
 頭を横に倒して乳房の谷間に埋め、両手で脇をつかんで、クリオンは目を閉じた。自分の心臓を押し付ける必要はない。心臓よりもっと激しく脈打つものを沈めている。
 二人は一つの輪になっていた。胸から鼓動を汲み取り、性器でそれを返す。目を閉じているからその感覚しか意識にない。とくっとくっとくっと優しい脈動だけが二人の間を巡っていた。
 クリオンは硬くなったものをなお張りつめさせながら、少しずつ奥へ進めていく。ソリュータの下腹に開いた湿った洞をじわじわと押し広げ、潜りこむ。やがてかすかな硬さのある底に届いた。そこに行くまでに股の骨同士もきしむほど押し付けている。
 クリオンは体を起こし、脇に当てていた両手を下へ滑らせた。あばらを過ぎるとくびれた腰のふんわりとした肉に指が沈む。両手をへそに集めてふわふわと無心に撫でていると、その手に手を当てて、半眼のソリュータが誘うように唇を開けた。
「また、植えつけてください……」
「……ほしい?」
「とても。……素敵だったんです、プロセジアの夜。クリオンさまがずっと中にいてくれるみたいで……」
 クリオンはゆっくりと動き出している。加速はしない。一回一回を記憶しようとしているような丁寧な摩擦。湧き出す泉が跳ね散らされない。熱とともに染みるように幹にまとわりついてくる。
 体の奥を沼のように広げていきながら、腹に置かれた手を次第に強く押さえて、ソリュータがうっとりと喉を反らす。
「いるのが普通なんです……感じたんです……クリオンさまがここにいなくちゃって……そうでないと空っぽなの……」
「ぼくと一緒。……ぼくもソリュータの中がいい……」
 ゆったりと腰を動かしながら再び倒れこむ。今度は口づけをしなかった。腹と胸をぴったり合わせただけで、少しの距離を置いて見つめあい、見えないところのことをささやきあった。
「飲み込みたがってるみたいだね」
「ええ」
「吸われる。きゅうきゅうして、ぼく背中が溶けそう」
「ええ……」
「多分これが最後。残った分、全部出ちゃうよ」
「ええ……っ!」
 とうとうソリュータが目を閉じた。握ろうとする拳に自分の指を折り込んで、クリオンも目を閉じた。
 汗に濡れた頬と頬を重ねて、体の底から湧き上がって来た激しい震えに身を任せる。
「ソリュータ……ぁ……いって……ね……?」
「ええ……きっと……いっぱい……ィッ!」
 ぶるぶるっと尻から起こった痙攣が一瞬で脳まで届き、意識が細い激流になって飛び出していった。先端に当たる感触が的だった。そこにぶつけ、貫き、流れこんでなお染み渡らせようと、本能のままに腰に力をこめた。
「ああ……っ」
 ソリュータはゆっくりと力いっぱい手を握り締めながら、叫びをできる限り抑えて感じ取る。浴びせられたクリオンを。ずっととどめておけるように。
 隙間が埋められていく。じゅうっ、じゅうっ、と熱が満ちてくる。胎内がほんのわずかに膨らまされただけなのに、そこから広がる温かい波が全身を無限に押し広げる。自分と外との境目がわからなくなる。波だけが自分になる。
 ――ううん、違う。この波がクリオンさま。
 その時ソリュータは薄れて消え、茫漠たる海になって、溶け込むクリオンだけを感じていた。
 ベッドに置かれた花束のような、白いドレスに包まれた娘が、少年を乗せてともに震えている。
 二人は結びついたのではなかった。入りこんだ少年が染め抜き、溶かして自分の一部にしてしまったのだった。

 9

 大きな毛布が雪に叩きつけられたような音を聞いて、見張り小屋の兵士たちは小さな覗き窓に目を向けた。
 そこは今のジングリット帝国で、もっとも正確な意味での最前線だった。クルビスク陣地を囲む幾重もの塀と逆茂木の外縁にある凍りついた「死体壁」、そこからさらに五百ヤード北に突出して設置された、板張りの小さな建物。
 晴天ならば疾空騎団が担うべき早期監視の任務が、吹雪のこの夜には見張り小屋の兵士たちに任されていた。クルビスクの動きは彼らが敵を発見するところから始まる。彼らに教えてくれる者は誰もいない。
 小屋の北側三方にあけられた覗き窓に顔を押し当てながら、兵士たちは速い足踏みと手の曲げ伸ばしで、体を温め始めた。敵が来たとなればすることは二つしかない。角笛を吹き、小屋を捨てて全力で陣地へ逃げ戻ること。
 角笛を手にした兵長が緊張した顔で聞く。
「来たか」
「まだ見えません」
 兵士の視界には、小屋の外の一抱えもある篝火に照らされた、前方五十ヤード四方の光景がある。普段なら二百ヤード先まで見えるのだが、間断なく降りしきる雪が灰色のカーテンとなって見通しを遮っていた。
「東もいない」
「西もだ」
 そう言った三人目が、ん? と妙な声を上げた。兵長が言う。
「どうした」
「いや、いま何か柱が……」
「柱?」
 兵士は、視界のぎりぎり端に、太い柱のようなものを目撃していた。篝火の光が届ききらず、のっぺりした灰白色の円筒に見えたそれは、すうっと天に昇っていった。
 兵士は瞬きする。それはフィルバルト城の鐘楼ぐらいの太さがあった。
「柱とはなんだ!」
 兵長が怒鳴った時、ばさり、とまた毛布の音が聞こえた。
 小屋のすぐ裏から。
 三人の兵士と兵長は、一瞬だけ顔を見合わせた。回り込まれた? しかし見張り小屋は左右に百ヤード間隔でいくつも置かれているから、それはありえない。
 もうこの時には、四人とも、最悪のことが起こったのだと感づいていた。数ある見張り小屋の中で、よりによって自分たちがそれに出くわしてしまったのだと。
 そうなったとしても、彼らの仕事がそれほど変わるわけではなかった。――二つだったものが一つになっただけだ。
 兵長がもう一度三人の顔を見回し、無理に笑顔を浮かべた。
「見てこよう」
「兵長……」
「おれたちが最初じゃないさ。それに多分、最後でも」
 兵長は角笛を西の兵士に押し付け、裏の扉を開けた。
 四人ともが、それを見た。
 暴力的に吹き付ける雪風を完璧に遮断する形で、小屋の後ろに幅広の柱が立っていた。
 いや、それは足だった。
 獅子のそれそっくりの、金色のふさふさした毛に覆われた足の裏が、差し渡し十ヤードの雪を踏みしめていた。爪先からは、農夫が小麦を刈るのに使う大鎌のような爪がにゅっと伸びて、深々と雪に食い込んでいる。
 縄で引かれる奴隷さながらに外へ出てきた兵士たちともども、兵長がゆっくりと視線を上げる。太く逞しい足は、小屋のそばの針葉樹の梢を越えて、さらに上空まで伸びている。灰色の曇り空の中に、大天幕のような白い腹がうっすらと見えた。
 そしてその前方で、闇が動いた。高く遠くを見ていたそれが、落し物に気づいたようにゆるりとこちらを向く。深い双眸が、涼しい鼻梁が、典雅な唇が動いて、生と死の謎を問いかけるような薄い微笑を形作った。
 グルドの貌を見た四人は、至福の表情で崩折れた。
 音もなく落ちた角笛を、吹雪が数分で埋め隠した。

「ソリュータ……」
 失った形を取り戻しつつあったソリュータは、クリオンの声を聞いて喉の渇きを覚えた。そっと離れた彼の下から上半身を起こして、そばのテーブルのポットからカップに茶を注ぎ、クリオンに渡す。
「はい」
「ん……」
 少し冷えた銀茶を口にして、クリオンは寒気を感じる。半裸のままでは風邪を引いてしまう。シーツをたくし寄せて、ソリュータが軽く開いた股間を丁寧に拭く。その最中もソリュータがクリオンを拭いた。それから動きにくいと感じたのでソリュータの背のボタンを外し、ドレスを脱ぎ、隅に畳まれていた普段の服を着せて、着た。
 一杯目を飲んでもまだ喉が渇いているような気がして、ポットから手ずから注いだ茶をソリュータに渡し、彼女が喉を動かすにつれて渇きが収まってくると、ようやくクリオンは気づいた。
「ソリュータ?」
「はい」
 ソリュータも不思議そうに瞬きしていた。試しにソリュータが立ち上がるとクリオンも立ち上がり、先に戸口へ行ってドアを開いた。それからソリュータが部屋を見回して床のレイピアを取り、クリオンに差し出したので、ソリュータも確信した。
「ぼくたち……まだつながってる?」
「つながっているというより、重なってるみたいな感じですね」
 ソリュータはおかしそうに笑う。まだいくらか言葉に出して確かめたかったが、そうする必要もなかった。
 相手が何を感じ、何を考え、何をしようとするのかが、自分の中にあった。想像と現実の明確な境界線がない。
「不思議ですね」
「でも当然だよね」
 ごく自然にそれを受け入れていた。魔法のような精神の交流ではないとわかるからだ。これはたとえば、何十年も連れ添った夫婦が、あれはどこだ、それを渡して、と言うだけで相手の意思を察するような、深い理解によるものだろう。それが一度の交わりで起こってしまったというのが、しいていえば不思議ではあった。
 情欲が収まったから、他の皆のことが気になり始めた。廊下へ出てクリオンの私室に戻ると、誰もいなかった。奇妙なことだった。ここにいなければ、他の狭い部屋に集まっているということになる。
「みんなどうしたんだろう」
 付近の部屋ものぞいてみたが、やはり無人だった。衛兵すらいない。明らかにおかしい。警戒し始めて、クリオンは廊下の右手に向かった。ソリュータは左手に行く。
 角を曲がると、出し抜けに片目をふさがれたような違和感に襲われた。思わず立ち止まったが、すぐに事態がわかった。自分の中にあった相手がわからなくなったのだ。――違う場所で違うものを見ているのだから当然だった。普段どおりになっただけのことである。
 寂しさを覚えたが、戻りはしなかった。完全な重なり合いは幸福なものだったが、そのままで生きていけるわけがない。それに、それが可能な相手がいるというだけでも、十分に幸せだった。
 クリオンは本陣の中を歩き回り、やがて、戸口のひとつが開いていることに気づいた。戸外の雪の中に何人かの妃が立っている。そちらへ向かった。
「レザ、ポレッカ。どうしたの」
 戸口を出て彼女たちが眺めている夜空に目をやり、あ、とクリオンはつぶやいた。
 陣中の数千の篝火を受けて、巨大な獣が立っていた。
 それは鐘楼に匹敵する六本の足を動かして、静かに歩いていた。堀をまたぎ、兵舎を乗り越えると、獅子に似た胴がなだらかに上下した。首もとの豊かなたてがみは毛布ほどの大きさの無数のオリーブの葉で、ちらちらと無秩序にざわめいている。尻には蜻蛉を思わせる節のある尾が揺らめき、背中からは、それこそ高すぎて先端の見えない翼が五対十枚伸びていた。羽毛に覆われた黒い翼、赤い血管と骨格の透ける薄い翼、葉脈の張り巡らされた透明な茶色い翼、やはり透明だが白っぽく柔らかそうな翼、毛がなくて肉厚で丈夫そうな翼。
 それはあらゆる生物の特徴を無理やり一つの体に集めた、肩高六十ヤードに達する奇怪な混合物だったが、にもかかわらず、分厚い雪を突いてゆったりと歩く姿には、本物の獅子が備えているような、獰猛な優美さがあった。
 それは顔があった。石灰岩の絶壁に彫り込まれた女神像のような、整った白い顔。興味深げに地上を見回していたその顔が、ゆらりとこちらを向いた。
 そのまま止まらずに陣地をぐるりと見回し、優しい眼差しをあますところなく降り注がせた。
 クリオンの右手かなたで、ごうごうと大気霊の轟きを上げて『白沢バイズェ』が上昇していった。長大な船体を巡らせたかと思うと、勢いをつけて巨獣へ突っこんでいく。
 影絵を思わせる灰色の巨体が、軽く肩を振って向きを変え、ひどくゆっくりと跳躍した。十枚の翼が五種の動きで悠然と大気を叩いた。
 巨獣が甲板でもう一度跳躍し、陣地の東の端に降り立ち、蹴られた『白沢バイズェ』が傾いて丘陵の向こうに落ちていくまで、二分以上かかった。
 深々と背を伏せて着地の衝撃を吸収した巨獣が、再びこちらを向き、一歩また一歩と歩いてくる。行き過ぎるそれの足元で無数の兵士たちがマッチ棒のように倒れる。炎も悲鳴も上がらなかった。それは何も壊す必要はなかったし、壊さないように丁寧に歩いていた。
 前方の夜空に浮かんだ、凍った池のように大きな顔が、少しずつクリオンに近づいてきた。
 
 さあっ! と森の匂いのする暖かい風が吹きつけた。クリオンが瞬きしてそばを見ると、ソリュータが立っていた。クリオンよりもずいぶん背が高く、そのくせ顔の線は子供のようにまるい。それは十三歳か、十二歳ぐらいの頃のソリュータで、クリオンも十歳の子供になっているのだった。
 日差しと、草原と、腹の虫をくすぐる懐かしい料理と、叱られ愛されることだけがあったグレンデルベルトで、少女が手を引いて明るく言った。
「サルムの泉に行きましょ。泳がなければ叱られません」
 森の奥のその泉にはザリガニや小ブナがいて、釣りをするにはもってこいなのだ。クリオンはうなずいて、走り出そうとした。
 ――クリオン!
 舌足らずの童女のような叫びが、クリオンを押しとどめた。足を止めて、ソリュータの手を振り払った。
「行かないよ。――ぼくのソリュータは、故郷じゃなくて戦場にいる」
 幼いソリュータが寂しげに首を傾けた。

 ふわりと香油の匂いがする湯気が視界を覆い、それが晴れると湯殿が見えた。美しい裸身を恥ずかしげもなくさらして、ジュナが、チュロスが、十数人の娘たちがクリオンを取り囲んだ。
「陛下」
「陛下」
「陛下、お情けを」
 一息嗅いだだけで脳髄がとろけそうな、熱くねっとりした香りがクリオンを包む。背後から腕を回してきた女を振り返って、クリオンは息を呑んだ。
「トリンゼ……」
「もう一度、お仕えさせてくださいませんか」
 侍女はささやき、母のように温かい乳房を背中に押し付けた。
 ――クリオン!
 凛とした女の声が耳に届き、緩みかけたクリオンの意識を叩き直した。クリオンは反射的にトリンゼの腕から飛び出し、女たちを突き飛ばす。
「やめろ――トリンゼは死んだんだ!」
「ここにいては、いけないのですか?」
 悲しげに訴えるトリンゼに向かって、クリオンは喉にこみ上げるものを飲み込んで、きっぱりとうなずいた。

 がらがらと音を立てて目の前を荷馬車が通り過ぎ、クリオンはあわてて飛びのいた。大丈夫ですか、とレンダイクが肩を支え、堤防の端に導いた。
 眼下には広大な沼沢地が広がっていた。毎年雨季になると決まって洪水を起こす、オン川の支流のひとつだった。しかし今年はその心配はない。クリオンのいるところから、左手にはるか六千ヤード先まで、長大な堤防が築かれつつあった。
 土嚢をかついだ人夫たちの蟻のような列が、途切れることなく続いている。感慨深く眺めるクリオンに、レンダイクが満足そうな顔で言う。
「流路が整えば西の平野が耕地に変わります。洪水が防がれるだけでなく、大きな恵みがもたらされましょう」
「雨季に間に合う?」
「間に合わせますとも。百人や二百人の犠牲が出ても元は取れます」
 笑顔のレンダイクがこともなげに言ってのけた。
 ――クリオン!
 厳しさの中にも一片の優しさをたたえた娘の声が、クリオンを貫いた。ゆっくりと身を離し、レンダイクをにらみつけた。
「おまえは男爵じゃない。……男爵は犠牲が出ることを笑って見過ごすような人じゃない」
「私に無駄な情けを持てとでも?」
「本物の彼は最初からそれを持ってる。おまえがそうだというなら泣いてみせろ!」
 レンダイクは、穏やかな笑みを消さなかった。

 ころり、ころり、と楽しげな音がした。
 クリオンは暗い部屋に置かれた籠の中にいた。窓から控えめな日差しが差し込み、綿にくるまれたクリオンを心地よい眠りに引きずり込もうとしていた。
 籠の上に、白い手がボールを突き出していた。ボールを振ると中の鈴がころりころりと鳴る。その軽やかな音が、クリオンは大好きだった。
 日差しの中に、微笑をたたえた女の顔が現れた。その顔は奇妙に輪郭がぼやけていたが、それがなぜなのかはわかっていた。クリオンはまだ赤ん坊で、その人の顔がよく見えないのだ。
 深い愛、それだけに満ちた声がかけられた。
「もう寝んね? それともおっぱいかしら……?」
 ――クリオン!
 人ならぬ娘の訛りを帯びた叫びを聞いて、クリオンはぶるっと体を震わせた。
 ああーあーああああ!
 クリオンは泣き出した。いい匂いのする胸でおなかいっぱい乳を飲みたかったから。それをしてはいけないとわかっていたから。
「どうしたの? ここにいるわよ……?」
 抱き上げてくれた腕の中で、クリオンは泣き叫びながら必死に顔を背けた。

「――クリオン!」
 そして自分と同じズヴォルニクの声を聞いたクリオンは、引き抜いたレイピアを旋風のように振り回して、いつの間にか周囲に近づいていた「遷ろう者ども」をなで斬りにした。
 無数の影が舞い狂う雪をかきわけて、周りでうっとりと倒れているレザに、ポレッカに、エメラダに襲いかかる。飛び掛り、貫き、切り倒しながら、クリオンはあることに気づいた。影たちの持つ長い黒髪、しなやかな手足、慣れ親しんだ顔。そいつらはソリュータを装っていた。
 ずぶっ! と一体の胸を貫いた。目を見開いたソリュータが、鼓膜を引き裂くような絶叫を上げる。
「いっ、いやああぁ!」
 偽者だとわかっていても、クリオンは体を凍りつかせてしまった。その澄んだ声は本物と寸分たがわず同じものだったから。
 一瞬の隙を捉えて、ソリュータたちが殺到してくる。
「――クリオンさま!」
 背後から伸びた腕が、その包囲からクリオンを引きずり出した。振り向いた途端にクリオンは満たされた。そこにいたソリュータとは完全に通じ合うことができた。もう見まごうはずもない、本物の彼女!
 失われていた足を再び得たような気持ちで、クリオンは凍土を踏みしめた。背にソリュータの温かみを感じながら、レイピアをまっすぐに突き出し、叫ぶ。
「ズヴォルニク、声を!」
「――応!」
 海王の咆哮が、そして一瞬遅れて、陣地に散らばった天王、明王、森王、闇王の叫びが膨れ上がり、風をまいて陣地を駆け抜けた。
 その瞬間、大陸連合軍は息を吹き返した。
「く……こ、これは!?」
 兵舎の外壁にもたれてぼんやりと体をまさぐっていたデジエラは、炎の針で貫かれたような衝撃を受けて我に返り、周りを見回して愕然とした。雪に倒れた兵士、兵士、兵士。その周りに数知れぬ影がそよそよとうごめいている。空を仰ぐと、信じられないような光景があった。視界の端から端まで覆うような巨大な異獣――グルドが、悠然と陣中を闊歩している。
 その顔を見たから正気を奪われたのだ、とデジエラは悟った。悟ると同時に凄まじい怒りが湧きあがった。
「ロウバーヌ、吠えろッ!」
「諾!」
 長剣を抜きざま、大地の雪をかき飛ばすようにして振り出した。ごうっ! と火の粉をまき散らして炎流が駆け昇る。同時に陣地のあらゆる場所から、海嘯が、火山弾が、針の雨が、雷霆が、旋風が、そして万を越える矢と石礫が、閉じかかる大顎のように巨獣を包み込んだ。
 きらびやかな聖霊の衝突光が巨獣の体躯を彩った。獅子の胴がえぐれ、鯨のひれがへし折れ、オリーブの葉と金の体毛が千万の雪片に混じってはらはらと散った。その猛烈な衝撃は巨獣を傷つけるだけでは済まず、直下の地上にも拡散した。数十の兵舎が兵士と武器ごと吹き飛ばされ、エピオルニスたちが燃えながら舞い上がった。
 最初の攻撃の後の数秒、人間たちは視線を集中させた。
 ――効いたか?
 巨獣の体にはいくつもの大穴が開き、煙を噴き、ぱちぱちと電光をまとわりつかせていた。生白い下腹には針山のように矢が突き立っていた。一国の主城ですらたやすく壊滅させる攻撃が、歴然とした痕跡を刻んでいた。
 しかし巨獣は小揺るぎもしなかった――少なくとも痛みを覚えた素振りは見せなかった。見守る誰もが、身震いとともに思い知る。
「遷ろう者ども」は傷を恐れない。可能なのは破壊することだけ。
 すなわち、彼らの主である巨獣もまた――。
 すうっ、と巨獣が首を巡らせた。顔に攻撃を受けたらしく、半面が風化した岩のように崩れている。その視線に薙がれた者たちは震え上がる。
 だが巨獣は、地上を一顧だにしなかった。ぐっと体をたわめ、後足で力強く地を蹴って大きく跳んだ。
 どおん……と落雷のような羽音を残して、巨獣は夜空に消えた。
「逃げ……た……?」
 デジエラは呆然とつぶやき、長剣を下ろしかけた。
 しかし新たな叫喚が彼女を振り向かせた。兵士たちと「遷ろう者ども」の戦いが始まっていた。数えることも、見分けることもかなわぬほどの数が、陣地内に入り込んでいるようだった。
「……ちっ」
 自分にできることは一つだけだとデジエラは知り、走り出した。
 いや、自分ではできない、あることに気づいたのだ。

 グルドが飛び去ってすぐ、大陸連合軍の将兵は、もうすぐ戦が終わるらしいということに気づいた。――おそらくは、自分たちの壊滅によって。
 矯惑を免れた彼らが見たのは、それを免れず雪上に横たわった仲間の姿と、数え切れない敵の姿だった。陣地の全域で瞬時にして、生き残りを賭けた猛烈な白兵戦が始まった。
 しかしそれは初めから絶望的な戦闘だった。彼らは今まで防壁によって身を守り、陣形を組んで攻撃力を集中し、指揮を受けて敵を見定め、よく鍛えられた武器でそれを倒していた。今はそれらすべてが失われていた。敵を阻む逆茂木は遠く、肩を並べる戦友は離れ、指揮官の聖霊の声は聞こえないか混乱しているか瀕死の苦鳴を伝えるかのどれかで、下手をすると自分自身丸腰だった。
 押し返そうという気運がわずかでもあったのはほんの数十秒で、足が動く者は先を争って最寄の建物に駆け込んだ。少しでも遅れた者は肉色の影たちに飲み込まれ倒れた。扉という扉が閉じられ、窓という窓に兵が張り付いたが、手に入ったのは数十人単位の、おそらくは数刻単位の、恐ろしく限られた安全だけだった。
 強固な塊だった四十万の連合軍は、いまやハンマーを受けた角砂糖のように粉々に砕かれ、膨大な敵の海に浸されて、溶け消えていく寸前だった。
 ただ一つの頼みの綱は、クリオンを始めとする聖霊指揮官によって守られた本陣の陣屋だった。クルビスク城のあらゆる建物のうち、守るだけでなく勢力圏を広げるほどの力を持っていたのはそこだけだった。そこから各所の建物へと防衛線をつないで兵を取り込んでいけば、うまくすれば敵を陣地の外へ押し出せるかもしれない。現に本陣の指揮官たちはそれを始めていた。
 だがこの戦では、それは勝利につながる戦果にならないのだ。本陣の重鎮たちは、自ら武器を振るいつつ、その苦い現実を確かめあっていた。
 折り重なって押し寄せる「遷ろう者ども」に、シェルカと肩を並べて剣を振るいつつ、クリオンは背後に叫ぶ。 
「ソリュータ、頼む!」
「はい!」
 雪の上に倒れているポレッカに駆け寄って、脈を取ったソリュータが、ほっとしたようにうなずいてから、十ヤード後ろの戸口へ引きずっていく。そこに待ち構えていたハイミーナが、戸口へ近づく敵を牽制しながら、ソリュータたちを迎え入れた。
 別のところを守っているフウの声が届き、クリオンが答える。
「クリオン、北口でキオラを助けた」
「こっちはポレッカ! ひとまずみんな助かったね!」
 クリオンとソリュータが二人きりでいる間に、本陣の妃たちを始めとして、多くの文官たちも外へおびき出されていた。周辺を制圧しつつ、そういった人々を救出するために、動ける者はすべて動いていた。
 とりあえず自分たちの近辺には倒れている者がいなくなったと見て、クリオンは強力な声を飛ばす。
「本陣北東口、皇帝だ! 本陣各所、手薄なところはあるか?」
「北西口、大事無い。任せられよ」
 シッキルギン近衛兵たちとともに、使い込んだ封球つきの戦棍を巧みに振って、流れるように「遷ろう者ども」の頭を砕いていきながら、老王キルマが不敵に答える。
「東壁面、順調。本市の二の舞にはさせません」
 陣屋の窓のそばで「アルクチカ」を振るいながら、シエンシアが言う。彼女の前方で銀糸と円い刃が縦横に舞う。戦士テルミスタを始めとするプロセジア占星団の生き残りが、死闘を繰り広げている。
「にっ西側の壁、みんながんばってます!」
「姫、落ち着いて」
 シリンガシュートで連絡役を果たしているチェルの肩を叩いて、スピグラムが窓から押し込まれた負傷者を引き入れる。こちらでは槍を持った剽悍な影が疾風のように暴れている。フェリド長老セマローダと戦士たちだ。
 本陣にはあと一つ、南のオン川に面した入り口がある。そちらからの声がなかったのでクリオンは聞きなおした。
「南口は!?」
「南口……死守しております」
 ぞっとするような暗い声は、ガルモン将軍のものだった。重量霊「マートネール」の宿る巨大な戦斧を手にした彼は、人の背丈の三倍ものレンガの山に寄り添っていた。
 川床からざわざわと現れる異形たちを目にして、戦斧をレンガの山に叩きつける。
「むうぅんっ!」
 撃砕されたレンガが無数の散弾と化して広がった。鉄板に豪雨が降りそそいだような音とともに、五百を越える敵が一瞬で蜂の巣になる。
 無感動にそれを見つめて、ガルモンはつぶやく。
「ご安心を……先ほど、プレータを討ちました」
 クリオンは背筋が冷えるような思いを味わう。一度ならず二度までも娘を手にかけることになったのだ。あの巨漢は復讐の権化になっているだろう。
 マイラの声が届く。
「陛下、征陣府です。レンダイク総監より伝言。各所の窓から糧秣倉庫と船着場が占拠されたことを確認。連合軍は継戦能力を失いました。短期決戦を望むとのことです」
「短期決戦……」
 クリオンは唇を噛む。それができないほど敵勢が多いから持久戦をしていたのだ。レンダイクもそれはわかっているだろうから、遠まわしに、状況が深刻だということを言ってきたのだろう。
 そうするうちにも、各所で孤立している指揮官からの叫びが空中を飛び交っている。
「第八軍、六番砦にて残存千四百名! 馬は全滅、救援乞う!」
「第十一軍百五大隊、兵を把握できません! 包囲厚し、間もなく――ひぃっ!」
「第十五大隊ドーズ! 現在二千百名をまとめた、東外郭で援護が必要な場所は?」
 クリオンはあることに気づいて、すべての指揮官に声を飛ばす。
「全軍、皇帝だ! デジエラはどこか!?」
 一瞬の沈黙の後、再び指揮官たちの声が続いたが、デジエラを見たという報告はなかった。呆然とするクリオンを、さらに衝撃的な報告が襲う。
「本陣へ、第一軍第十八大隊! ネムネーダ軍団長が負傷されました。代わってエトナが指揮を執ります!」
「ロンまで……」
 クリオンは思わず、剣を下げて立ち尽くした。
 彼の前で、シェルカとハイミーナが鬼神のごとき戦いぶりを見せている。嬌声と肉の断たれる音が果てしなく交錯する。その向こうで、ずぅん……と爆音を立てて兵舎の一つが火柱を上げる。かなわぬと見て自爆したのか。剣戟の音、弱々しい悲鳴、扉が破られる音、エピオルニスの甲高い声、怒声、連弩のはじける音、逃げ狂う馬のいななき、それらが渾然一体となり、風に合わせて右に左に揺らめく。
 ごおっ、と吹雪がすべてを巻く。――その向こうから現れるのは、少しも減ったように見えない敵、敵、敵。
 たとえ本陣を守り抜いたところで、それがなんになるのか。何もかも雪と氷に飲み込まれていくようだった。足の力が地に吸い取られていく。世界がすうっと遠くなる。底知れない悔しさがクリオンの拳を震わせる。
 ここまで来て、真の敵の姿まで見て、何もできずに打ち倒されてしまうのか。
 もうできることはないのか。
「クリオン」
 細い声が、胸に滑りこんだ。
「クリオン……聞きなさい」
 クリオンは顔を上げる。この声は――
「……姉上?」
「そうよ」
 今にも途切れそうなか細い声は、確かに霞娜のものだった。だが霞娜は――
「ご無事なのですか? さっき『白沢バイズェ』は」
「ええ、叩き落された。だからあなたが必要なの。聞きなさい、クリオン。『白沢バイズェ』の大気霊は私の媚香で縛っている。他の妓官たちでは操りきれないわ。でも、私と同じ血を持つ者――あなたならそれが可能なはず。だから、ここへ来て『白沢バイズェ』を舞い上がらせて」
「なぜ?」
「なぜですって? グルドを追う他にすることがあるの?」
 クリオンは目を見張った。それとともに、彼の周りにいた数人も。数リーグ先に落下した霞娜からの思念の矢が、クリオンを中心とする一帯に届いている。
 グルドを追い、とどめを刺す。確かにそれが、この窮状を打開する唯一の方法だろう。しかしそれは――
「みんなを見捨てるなんて! そんなこと、できません!」
「甘ったれるんじゃないわよ!」
 鞭のように厳しい声がクリオンを叩いた。
「あなたは皇帝でしょう! 皇帝が守るものはなんなの。妃たち? 兵士たち? 将軍たち? ――違うでしょう、そんなものはすべてあなたが務めを果たすための道具よ! すべてを打ち捨てて踏み台にしてでも、やることがあるでしょう! クリオン!」
 大明合衆帝国大統領である姉――あらゆる意味でクリオンの行く手に立つ娘は、毅然として言い放った。
「ジングリットを守りなさい!」
 クリオンは首が折れたように頭を下げ、声にならない声を吐いた。わかっていた、結局はそうしなければいけないことが。この遠征はそもそもそのためのものなのだ。――クリオンただ一人をグルドにぶつけるために築かれた、五十万の命からなる砲台。
 深い呼吸を何度も繰り返し、腹に力をためる。ゆっくりと顔を上げた。
「……わかりました。行きます」
「そうよ、急いで……」
 答える声が、安堵のためだけとは思えないほど弱い。クリオンは、はっと気づく。
「姉上、まさか……手傷を?」
「話すことはできるわよ」
 霞娜は銀鎖の戦衣の上から折れた肋骨を押さえ、招繋盤にもたれて歪んだ微笑を浮かべる。――彼女のいる艦橋には物言わぬ妓官たちが累々と横たわり、艦自体、斜めに傾いて雪渓に突っ込んでいた。
「でも、『白沢バイズェ』をそちらに戻すのは無理。なんとかここまで来て……」
「……はい。急ぎます」
 姉の傷の重さを悟り、クリオンは粛然とうなずいた。
 そのそばに、すっと人影が立った。
「聞きました、陛下」
「マイラ……」
 見上げるクリオンの首に、暖かい帯が巻かれる。
「忘れ物です」
 襟巻きを渡した女剣士は、栗色の髪を揺らして照れくさそうに微笑んだ。
「私がこんなものをお渡しするのは似合わないと思いますけどね。……皆、動けないか、戦っているかのどちらかなので」
「きみも手伝ったんでしょ?」
 かすかに深まった笑みが、その答えだった。クリオンは柔らかな毛糸に手を触れる。
 すると、一つに重なった八つの声が流れこんできた。
 ――必ずお勝ちになると信じております。御武運を。
 ……ありがとう、レザ。
 ――さっさと戻ってきてよね、後始末とかいろいろあるんだから。
 ……ありがとう、エメラダ。
 ――祈ってるから。ずっと待ってるから!
 ……ありがとう、ポレッカ。
 ――負けないよね、わたしのだんなさまだもの。
 ……ありがとう、チェル。
 ――一つだけ。好きです、お兄さま。
 ……ありがとう、キオラ。
 ――クリオンが死んだら、身分かれせずに墓を立てて一生守る。
 ……ありがとう、フウ。
 ――天地の祝福と加護と……私の愛をクリオンに。
 ……ありがとう、ハイミーナ。
 それは別に奇跡が起こったわけではなく、ズヴォルニクが声を伝えたに過ぎなかったのだろう。その証拠に、妃ではない娘の声も、ひとつ混じっていたのだから。
 ――戻ったらいろいろ話しましょう、クリオン。
 ……きみとも面白い付き合いだったよね、シエンシア。
 ――私はこの立場が気に入っていますよ。……あなたも、征服しきれなかった娘がいるというのは、戻りたい理由になるんじゃありませんか?
 クリオンはくすりと笑った。戻っても征服するのは無理だろうな、という気がした。
 そんなことはあっても、皆の声を一度に聞けたという幸運には、襟巻きに込められた想いの強さを感じずにはいられなかった。
 最後にマイラが、クリオンのかたわらに目を向ける。
「頼んだぞ、ソリュータ。……行くんだろう?」
「ええ」
 クリオンに寄り添う彼女に、マイラは自分のマントを外してかける。
「陛下をお守りしてくれ」
 ソリュータははっきりとうなずいた。
「それじゃ……」
 クリオンは戦列に目を向ける。ハイミーナとシェルカが依然としてがんばっているが、包囲は恐ろしく厚かった。そこを切り抜けるだけでも苦労するだろう。
 意を決してレイピアを握り締めたとき。
「陛下ーッ!」
 力強い叫びとともに、夜空に忽然と大きな翼が現れた。突風を叩きつけて降りてきた巨鳥から、紅の髪の女が飛び降りる。
 クリオンは顔を輝かせる。
「デジエラ!」
「なんとか連れて参りました、これでグルドを追ってください!」
「聞こえてたの?」
「なにがですか?」
 デジエラは首を傾げる。クリオンは驚く。
「霞娜と同じ考えなんだよ。『白沢バイズェ』でグルドを追えって。自分で考えついたの?」
「でなければ全軍の指揮を放り出したりしません」
 さすがは五十万の軍勢を束ねる総指揮官だった。デジエラは戦場にあるとは思えない快活な笑みを浮かべ、手綱をクリオンに渡した。
「鳥では凍えます、やはり天舶がいいでしょう。そこまでこの鳥で。――マイラの『シンテンライ』です。使ってやってください」
「うん。代わりにここを頼むよ!」
「お任せを……」
 デジエラは深々と一礼し、少しの間だけ、クリオンを見つめた。それが彼女の挨拶なのだろう。 
 クリオンは巨鳥の首に飛び乗り、ソリュータを引き上げた。レイピアをもう一度掲げて叫ぶ。
「全軍、皇帝クリオンだ! 予はこれからグルドにとどめを刺しに行く! 予が戻るまで持ちこたえよ! ――勅命だ!」
 その途端、戦いの喧騒よりもなお大きな歓声が、凍りついた陣地を地鳴りのように震わせた。――それは単なる忠誠を表す叫びではなかった。死地に赴く十五歳の少年にかける、真剣な激励の声だった。
「勝ってきてくれ!」
「仇を、仇を!」
「クリオン万歳(ウーレー・クリオン)!」
 クリオンは振り向く。ソリュータがしっかりと腰に腕を回す。
 巨鳥が一声鳴き、雪を裂いて舞い上がった。

 北へ飛ぶ天舶の艦橋から暗い夜空を眺めて、クリオンは深い息を繰り返す。
白沢バイズェ』にたどり着き、霞娜に教わりながら大気霊を目覚めさせ、巨艦を再び舞い上がらせるまでに、いくらかの時間を使ってしまった。それ以前に本陣の防衛でてこずっている。
 グルドがかなり遠くまで逃げていても、おかしくはなかった。
 しかし、玉座に身を預けた霞娜は、青ざめた顔にかすかな笑みを浮かべて言うのだ。
「見つかるわ、必ず」
「……なぜ?」
「けりをつけたいのは向こうも同じはずだもの。あなたが一人になった今は最高の好機。手負いであってもきっと現れる」
「……デジエラたちを連れてこなくて、正解でしたね」
「情でしょう? あなたのは」
 霞娜が皮肉っぽく笑う。それから、艦橋の前方でガラスに手を当てているソリュータに目をやった。
「あの娘を連れてきたのはなぜなの。一番大切なんでしょう」
「一番大切だから、です」
 クリオンは彼女の黒髪に穏やかな眼差しを注ぐ。
「どんな時も、最期の時も一緒にいるって決めました。もう他人じゃないんです。ソリュータは……ぼく自身です」
「どちらが幸せなのかしらね? ……ともに死ぬのと、命がけで守るのと」
 物問いたげな視線を向けるクリオンに、霞娜は首を振る。
「私は一度、その問いにぶつかった。――答えはあなたと違ったわ。雪娜ジィナと死ぬのは、幸せではなかった。なぜなら、雪娜が私が死ぬことを望まないから」
「姉上……」
「あなたはもうわかっているはずよ。決めなさい。……私が手助けしてあげるわ」
 霞娜は目を閉じる。クリオンは視線をさまよわせた。
 寒さ避けに艦橋に引き入れてやったシンテンライが、不意に首をもたげ、不安げな鳴き声を上げた。クリオンは我に返り、前方を見つめる。
 ソリュータが言った。
「……いました」
 いつのまにか雪は止み、雲が切れていた。
 極限まで澄んだ闇がどこまでも広がり、くっきりと輝く星々が青い光を投げかけていた。眼下には死者の顔を思わせる平らな氷盤が無数に漂い、その隙間に、闇より黒い北海の海面が網目を張り巡らせていた。
 ひときわ大きな氷盤の上に、ぽつりと点があった。形も定かでないほど遠いのに、見た途端にそれが敵だとわかった。音でも声でもない圧力が感じられる。――それはつまり、敵もこちらを見つめているということだ。
 聖霊に守られたクリオンに、その視線はもはや効かなかった。
 点が動く。翼を広げ、舞い上がってくる。徐々に輪郭が生まれる。獅子に似て、獅子ではなく、何者でもない異形の姿が。懐かしい旧友に会うように、嬉しげにやってくる。
「クリオンさま……」
 近づいてきたソリュータに小さな笑みを残して、クリオンは甲板に出た。
 全長千ヤードの巨艦の舳先に、小さな姿が立った。風はないが、風より速く艦が進んでいる。鋭角の舳先が巻き起こす大気の渦が、緋のマントを激しくはためかせ、吹き飛ばしてしまいそうに見える。
 しかしクリオンは震えない。今は彼が『白沢バイズェ』の主だ。彼と艦はつながっている。艦底の凶暴な大気霊が、ブーツの底を通じて忠実な唸りを伝えてくる。命じよ、と。
 ズヴォルニクがつぶやいた。
「船も奮い立っている……敵に気づいたな」
「おまえは?」
「無論」
 ぼう、と封球がまばゆく輝く。地平線からでも見えそうなほどだ。
 その光に匹敵する輝きを双眸に浮かべて、クリオンはつま先の下の北海にレイピアを差し伸べた。
「さあ……来い!」
 どうっ、と大気をきしませて、グルドが前方に躍りだした。

 人界から隔絶したこの地に、もし目のある者がいたら、その戦いは強力で不可解な自然現象の連続に見えたかもしれない。
 氷塊を持ち上げて巨大な水柱がごうごうと立ち昇る。黒く太い滝が千ヤードを越えると白く煙る。一本ではない。あちらに二本、こちらに三本と、立て続けに海が遡る。遠雷に等しい轟きが数十リーグを渡る。
 頂点で崩れた水柱が、氷霧と化して華やかに散ると、その陰から翼が現れる。身をくねらせて狡猾にかわした翼が、湖畔のように広い孤を描いて飛びかかる。
 ちりっ! と瞬く閃光。その刹那、三日月形の巨影と躍動する巨獣を暗夜に焼き付ける。影はともに少し傾いている。旋回する巨影を突進する巨獣が追い損ねた、という風に。
 くっきりした影絵は一瞬で消え、また青い夜空に二つの影が躍る。どうん、どうん、と重い音を立てて水柱が生まれ、それとさして変わらない重さの羽音がどうどうと海面を震わせる。
 事実それは、両者の必死の一撃を賭けた追いかけあいだった。
 クリオンは体中を目にして周囲を探り、艦の進路を敵の行く手に向ける。『白沢バイズェ』の動きを転がる巨大な玉のように感じている。それは何者にも止められない重さで進んでいき、容易には曲がらない。少しでも気を抜くと敵に回りこまれてしまう。
 まさに、今! ほんのわずかに見失っただけなのに、背後の真上からどうっと羽音が聞こえた。足に力をこめて艦を傾けながら、クリオンは振り返ってレイピアを突き出す。
 兵舎の一つや二つなら両断してしまいそうな鋭利な爪が振ってくる。迎えるレイピアはあまりにも細い。だが、海王の莫大な力が接触の瞬間に込められる。生まれるのは針で象をはじくような異様な光景。態勢を崩した巨獣は錐もみしながら艦の横をなだれ落ちる。
 しかしその接触は激しい漏洩をもたらす。はじいた瞬間、光と衝撃を伴う霧となって飛び散ったズヴォルニクの力が、クリオンにも跳ね返っている。目の前で臼砲が爆発しているようなものだ。一度はじくたびに骨まで揺さぶられ、無数のかみそりで切られたように服が裂ける。
 はじいた後も気は抜けない。その時こそが攻撃の機会だ。振り返りざま敵を探し、レイピアを突きつけて海を呼ぶ。爆音とともに吹き上がった水柱が、はばたく巨獣の脇腹をかすった。城館の大屋根ほどもあるコウモリの羽が、くしゃくしゃになってもぎ取られる。
「……五度目!」
 血の染みる目をしっかり見開いて、クリオンは叫んだ。奇怪な動きで飛び回る巨獣に、今までそれだけ当てた。戦果は翼を三枚、左の後ろ足と尾。
 しかしクリオンももはや無傷ではない。腕も足も細かな傷でびっしりと覆われ、白い肌が赤いまだらになっている。見えない体内はもっとひどく、腹が衝撃でかき回されてしまったように吐き気がし、右腕はすでに上がらない。二の腕に傷ができ、そこから先の感覚がなかった。
 額は裂かれ、あごまで流れた血が切れ目なく滴っていた。その顔で一度だけ振り向いた。ソリュータが真っ青な顔で艦橋のガラスに張り付いていた。ここからでもその震えがわかる。
 クリオンは前に向き直り、もう振り向かないことにした。残った左腕でレイピアを差し上げる。
「ズヴォルニク、まだやれる!?」
「使い手は汝だ。汝死すまで、我死せず」
「敵はあとどれぐらい!?」
「わからぬ。……だが、とどめは刺せる。海に落とせ。さすれば我、食らい尽くす」
「……海は奴の巣じゃなかったの?」
「否、獄だ。我この地を離れしゆえ、敵は安らいだ。いま迎えれば、今度こそ遺さぬ」
「そうか……来るぞ!」
 艦の左に並んで、鯨のように浮かび上がった巨獣が、目を細めて微笑んだ。――ごおっ、と風を巻いてカラスの翼が降ってくる。
「くんんっ!」
 声すら体内に押し戻すほどの圧力を受けながら、クリオンはかろうじてはじき返した。翼の半ばで、大木のような骨格がごきりとへし折れた。巨獣は寂しげな顔で降下していった。
「……はあっ!」
 とうとうクリオンは膝を突く。今の重い一打を受けて、足の筋肉が耐えられなくなった。膝ががくがくと笑い、気を抜くと股間に漏らしてしまいそうだった。
 甲板に立てたレイピアに左手ですがって、必死に体を支える。ズヴォルニクが哀れむように言う。
「少しは避けろ。すべて受けては体が持つまい」
「そして船で受ける? 『白沢バイズェ』が落ちたら、飛び回るあいつをどうやって狙うの?」
「我が水柱で……」
「足元の氷を割られたら、ぼくたちそれでおしまいじゃないか!」
 ズヴォルニクはしばらく沈黙し、やがて強い声で言った。
「わかっているか。船を守っていては負ける」
「わかってる……」
「刺し違えよ。それしかない」
 クリオンはわずかな間、呼吸を止めた。
 それから、レイピアを這い上がるようにして立ち上がった。
 血の匂いのする息を深々と吐き、前方の空で旋回している巨獣を見る。
「わかった、船は捨てる……でも、相討ちは狙わないよ」
 ズヴォルニクは何も言わなかった。あきらめたのか、クリオンを信じたのかはわからない。
 大気霊に降下を命じた。頭に血が上る感覚があり、氷海がぐんぐん迫ってくる。やがて海面すれすれまで降りると、レイピアを持ち上げて、まっすぐに敵を指した。
「――海嘯を」
「水柱ではなく?」
「水柱だと避けられる。ぎりぎりまで引きつけて、正面から」
「……どこが相討ちでないのやら」
 その時、ズヴォルニクの声は、この上なく楽しそうだった。
 そしてカリガナの海王は、朗々たる声で自ら詠唱を始めた。
「我――カリガナのわだつみを統べし者、ズヴォルニク! ジングの古き血ベルガイン・ベルガド・ジングラに連なるもの、クリオン・クーディレクト・ジングラに問う。聖御の技にくくられし我を、血と力と誇りにおいて解き放つか。刹那の目覚めに限ることなく、この日この地に我がすべて顕現せしめるか! いざや、答えよ!」
「――諾!」
 まるで海底で強い炎でも焚かれたように、氷盤の隙間という隙間から激しい蒸気が吹き上がった。広大な氷原を覆ったその雲がみるみるうちに集結してくる。
 彼方の空から、半分の羽根を失い輪郭すら欠け始めた巨獣が突進してきた。蒸気が集まりきる前に攻撃するつもりか、稲妻と見まごうばかりの速度だ。
 崩れた白い顔が、恐ろしい勢いで近づいてきた。クリオンは慄然とする。間に合わない!
 その時、悲痛なまでに力をこめた叫びが背後で上がった。
「走りなさい、闇燦星!」
 砕ける氷のような涼しい音を伴って、闇の星が空に撒かれた。直前まで近づいた巨獣がそれに気づき、翼を打ち振った。
 どうっ!
 暴風で地を圧して通り過ぎようとする巨獣を、クリオンは逃がさなかった。真上に突き立てたレイピア越しに、流れる腹を見上げて絶叫した。
「ズヴォルニク、やれーッ!」
 彼と初めて出会ったときと同じように、聖霊は想像を超える力を発揮した。
 嵐の大波は流木をやすりをかけたようにぼろぼろにし、逆巻く波頭は岬に大穴をうがち、海峡の渦は底を薙ぎ荒し、氷山は巨船を押しつぶす。――そのような海の力がすべて一度に現された。
 凝結した蒸気が天に向かって驀進し、巨獣の腹に激突した。海水は獣の表面をこそぎとり、体幹をねじ曲げ、体腔を押し潰し、体躯を砕いた。
 グルドの体から、後ろ半分が消え失せた。
 取り返しのつかない傷を負いながらも、巨獣は声を上げず、穏やかな笑みを浮かべていた。その顔のまま、飛翔力をなくして『白沢バイズェ』の後部に落下した。接触の最初の震動だけで艦上の人間は吹き飛ばされた。
 轟音と氷片と材木が、火山のように吹き上がった。

 クリオンは十一歳の時、グレンデルベルト館の庭に生えていたハルニレの木から落ちた。
 さほど高くない木だったが、幹の途中に折れた枝が残っていて、その先端が落ちるクリオンの右のふくらはぎを傷つけた。手のひらより長い切り傷ができて、コップで汲めるほどの血が流れ、痛みよりも怖さでクリオンは泣き叫んだ。
 シーツを干していたソリュータが飛んできて、綺麗な井戸水で傷を洗い、傷口をよく観察した。そして言った。――クリオンさま、見てください。筋肉が見えていないでしょう? そんなに深い傷じゃありませんよ。
 いつでもそうだった。クリオンがけがをしたり、おなかを壊したりすると、ソリュータが最初は大あわてで、すぐに落ち着いた様子になって、手当てをしてくれた。そのくせ、同じものを食べた自分のおなかも痛んでいるということは言い出さず、ただ青い顔で無理に笑っていた。
 そんな娘だから、クリオンは今、ソリュータがどれだけ重傷かわかる。
 五ヤードほど先に倒れて声をかけるだけで、こちらに近づいてこないから。
「クリオンさま……しっかりして……」
 氷の上に横たわったソリュータが、焦点の合わない目でこちらを見ている。クリオンも全身を苛む激痛に意識を奪われそうだったが、レイピアにすがって立ち上がった。あと数分も放っておけばソリュータの体の半分が凍傷にかかってしまうだろうからだ。
 そして、一歩一歩近づいた。
 スカートから伸びるソリュータの左足が、すねのところで無残に曲がっていた。泣き出したかったが、懸命にこらえた。レイピアを氷に突き立てて、彼女を抱き起こす。口をぱくぱくさせてソリュータがうめいた。
「いっ……い……」
 彼女を氷から引き抜くように立ち上がり、その時初めて辺りを見回した。
白沢バイズェ』は三十ヤードほど向こうだった。舳先が残っているだけで、艦橋から後ろはばらばらの木材の山と化していた。中ほどが爆発したように焦げているのは、解放された大気霊が荒れ狂ったからだろう。
 そして、潰れた後部の上には、小山のようなグルドの前半身がのしかかっていた。二枚だけ残った翼がかすかに動き、オリーブのたてがみがはらはらと鳴っているから、まだ滅びてはいないのだろう。
「クリオンさま……」
 腕の中でソリュータが穏やかな声を上げた。見下ろすと、傷の痛みにもかかわらず、ほっとした顔をクリオンの胸に押し付けていた。今の彼女にはそれがすべてなのだろう。死ぬか生きるかということよりも、クリオンとともにいられるということが。
 しかしクリオンは、そうではなかった。足を折ったソリュータの痛みを想像するだけでつらかった。
 他人事のようなつぶやきが聞こえた。
「あれだけ派手にぶつかったのに敵も味方も絶命してないなんて、なんだか冗談みたいね……」
 少し先の氷の塊の陰から、霞娜が指揮杖にすがってひょこひょこと歩いてきた。二人に目を止めて薄く笑う。
「そのくせ、ちょっとしたことで死んでしまうのが人間だけれどね」
「……ええ」
 クリオンには彼女の言いたいことが分かる。
 そして、それを受け入れるつもりになっていた。
 きーああ、と鳴き声がして、エピオルニスが舞い降りてきた。うまく艦橋から逃げ出していたのだろう。いなければ艦の残骸からジェンを引き出さなければならないところだった。運がいい。
 クリオンは霞娜に言う。
「姉上、乗れますか」
「乗るだけでいいなら」
「乗ってください。その子は自分で帰ります」
 おとなしく身を伏せたシンテンライの背に霞娜がまたがると、クリオンはソリュータを見た。
「さあ、きみも乗って」
「……クリオンさま?」
 ソリュータが黒い瞳を見開き、はっと息を呑んだ。
「そんな、まさか」
「そのけがでこんな寒いところにいたら、体力が尽きちゃうよ。帰って手当てしてもらうんだ」
「だって、鳥には二人しか」
「ぼくはもう少しやることがあるから」
 クリオンは身動きする巨獣に目をやって微笑んだ。ソリュータが身をもがく。
「いや、いやです。ここで待ってます」
「後ろを気にしていたら戦えないんだ」
「それなら隠れてます。足手まといになんかなりません」
「言うこと聞いて」
 額に口づけして、鳥の背に押し上げた。霞娜が自分の前にソリュータを乗せ、もたれかかるように押さえて手綱を握った。
 残った力を振り絞って起き上がろうとし、途端に激痛を覚えたらしく、ぐったりとソリュータは鞍に身を預ける。それでもなお弱々しく身動きして、手を伸ばした。
「クリオンさま……お願い、残して」
「姉上、頼めますね」
「ええ……」
 うなずく霞娜の胸の下で、ソリュータが叫んだ。
「クリオンさまぁ!」
 鳥のはばたきが、叫び声と涙を吹き散らした。クリオンが顔をかばい、やがて腕を下げると、瑠璃色の翼が徐々に星空へ消えていくところだった。
 胸が空っぽになったようだった。ひょうひょうと吹く海風が自分に当たらず、そのまま素通りしていく。じきに涙が湧いた。それでも自分に言い聞かせた。
 帰さずに殺してしまったら、こんな悲しみでは済まないんだ。これであの子は、この先も生き延びてくれる。
 しばらく感情を押し殺していると、その理屈が、十分自分を納得させられるもののように思われてきた。それでもわずかに残った悲しみは、思い切り言葉を吐いて逃がした。
「……一人ぼっちか!」
 真っ白な息を吐いて空を仰ぐ。星座などわからないほどたくさんの星が輝いていた。ゆっくりと視線を降ろすと、キシキシと小さな音を立てる果ての無い氷塊が見えた。照り返しを受けた大気が、高くまで青く染まっている。
 いや、それは――照り返しではなく、極光だった。北の水平線を、音もなく揺れ動く壮大な青いカーテンが覆っていた。
 痛みも、戦いも、悲しみも、寂しさも忘れるほど、美しい光景だった。
 突然、遠い昔のベルガイン一世について、一つの考えが頭に浮かんだ。彼もこの景色を見たはずだ。
 彼が戻らなかったのは、あの光を見に行ったからかもしれない。
 ……クリオンは細い煙突のように湯気を立てて、じっと見つめていた。
 すると、焦れたような声がかけられた。
「動けないのか、クリオン」
 振り向いて、まっすぐに氷に突き立ったレイピアを目にし、クリオンは苦笑した。
「……一人じゃなかったね」
「敵はまだ息がある」
「うん。やるよ」
 クリオンは歩き出し――足首が曲がらないほど冷えていたことに驚きつつ――ズヴォルニクを引き抜いた。
 封球の光は、少し穏やかになったようだった。そんな変化に、今初めての感情を抱いて、クリオンは語りかけた。
「おまえは人と同じように話したり、考えたりするけど……もしかして、人のような楽しみもあるの?」
「否。人とは異なると言ったはずだ」
 クリオンはがっかりしたが、続く言葉を聞いて驚いた。
「……しかし、あの天の光には感動する」
「感動!?」
「あれは星の力の表れだ。莫大な――聖霊やグルドなどよりもはるかに強力な力の」
「そう。よかったね、最後にそういうものを見られて」
 そう言うと、ズヴォルニクが抑揚のない口調で答えた。
「最後ではない。我らは勝つ」
「そうだね」
 クリオンは微笑んでレイピアを持ち上げ、冷え切った鋼にそっと唇を押し当てた。
「……さあ、行こう」
 そして少年と一振りの剣は、青白い氷に小さな足跡をつけて、蠢く巨大な敵のもとへ歩いていった。

 大陸連合軍の七千三百の騎兵と三百五十羽のエピオルニスが、北海に面した渚に到着したのは、昼近くだった。
 凍りついた森から海岸に出た彼らは、一目見て絶句した。――渚には町の一街区ほどもある巨大な氷盤がいくつものし上げおり、そのすべてが表面をえぐられたり、割られたり、砕かれていた。海に面した森にも、巨大なものが衝突して木々がなぎ倒されたあとが、何十ヵ所もあった。
 凄まじい死闘が繰り広げられたあとだった。
 エピオルニスの斥候が、ほとんど奇跡のような遠目で、沖の氷盤に乗っている木材の山を発見した。ただちに全騎鳥が向かい、それが『白沢バイズェ』の残骸であることを確かめた。しかしそれは完全なものではなく、激戦の余波か、大部分はばらばらになって海面に散らばっていた。
 鳥使いたちはその場にとどまって調査を続け、陸からも決死の覚悟で氷盤を渡る隊が出されたが、最も重要なことは、調べるまでもなく明らかだった。
 グルドは完全に滅ぼされた。
 明け方だった。数十万にまで膨れ上がっていた「遷ろう者ども」が、突然苦しみだして倒れ、動かなくなったのだ。それは、果敢に防御し続けていた連合軍が、疲弊して崩壊する寸前だった。戦闘が終了するとともにデジエラは被害を調べた。およそ二十二万名が死亡し、二十万三千六百名あまりが生き残っていた。
 全滅覚悟だった軍団が二十万も生き残ったのだ。
 それが勝利なのは確かだった。
 しかし――
 
 分厚い毛布に身を包まれ、左足に添え木をされたソリュータは、痛み止めの薬で朦朧としながらも、馬上にあった。
 デジエラの馬である。彼女はソリュータをまっすぐな背中で支えている。渚に面した高台で、調査の兵がひっきりなしに報告に来ていた。
 どの兵も、決して顔を上げなかった。ソリュータの顔をまともに見られる者は一人もいなかった。
 また一人やってきた兵が――聖霊の交信は他の指揮官にも聞かれるので――デジエラの前にこうべを垂れて、言う。
「足跡は追いきれませんでした。割れた氷の先に消えていました」
「……チェル姫殿下とフウ様はまだ飛んでいらっしゃるな?」
「はい。しかし、お二方の聖霊も、まだ成果は……」
「わかった、砦のほうへ回れ」
 渚では砦の建設と小船作りが早くも始まっていた。そこには千を越える兵が配置される。彼らはこの先何ヵ月も、この北の海で地道な仕事をすることになるだろう。あるいは数日で済むかもしれない。
 しかし、どちらにしろ報われることのない作業になるはずだった。
 デジエラは振り向かない。豪胆さでは並ぶもののない女将軍だが、振り向けない。
 背中が熱い。
 海を見る。空は祝福するように遠くまで晴れ、白い日差しが氷海をまばゆく照らしている。平穏そのものの光景だ。
 そして、残酷極まりない光景。
 それを見るのはデジエラでさえつらかったから、ソリュータが動くことは予想できた。腰の短剣に伸びてきた手をそっと押さえて、押し殺した口調で言う。
「ご自重を、皇后陛下」
「……お願い、許して」
「なりません。あなたは帝国に必要なお方です」
「私は帝国を必要としていません」
「……本当に?」
 問われたソリュータは涙ながらにうなずこうとして、ふと、奇妙な感覚に気づいた。
 永遠に空っぽになったはずの体に、何かが残っている。
 腹の奥に宿る、小さな温かいもの。
 深い悲しみが、少しだけ変化した。ソリュータは細かく頭を震わせ始めた。デジエラが心配げに言う。
「陛下……お気を確かに」
「大丈夫です。死にはしません」
 ソリュータは止まらぬ涙を流しながら、笑っていた。彼のそばへいけなくなった悲しみと、彼が残してくれたものの確かさを噛みしめて。
 ――クリオンさま。私、まだ頑張らないといけないんですね。
 広い背中から体を離して、凛と顔を上げた。デジエラの小さなため息が聞こえた。
 ソリュータはかすむ目を精一杯見開いて、氷海を目に焼き付ける。
 彼が消えた海を。


―― エピローグへ続く ――




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