次へ 戻る メニューへ  皇帝陛下は15歳!
 ――第五話 皇帝陛下の15時間――


 大陸中央に位置する古き国、ジングリット。
 その巨大な帝国を治めるのは、弱冠十五歳の皇帝、クリオン一世である。
 混沌たる古代にジングリットを開いた、初代皇帝ベルガイン一世に連なる高貴な血が、彼を玉座に縛る。十五歳という年齢はかえりみられない。古書には三歳の皇帝の記録もある。彼自身が願おうが願うまいが、帝国九千万の民は、彼の下知で生き、死ぬ。
 そんな気が遠くなるような責任を負わされているうえに、クリオンの周りでは、しばしば事件が起こる。暗殺者の襲来、財政の困窮、戦争の勃発、叛徒の蜂起。前帝ゼマント四世の時代に比べても、最近は騒ぎが多い。クリオンの暮らしは波乱に満ちている。
 しかし、すべての日に騒ぎが起こるわけではない。
 クリオンにも、平穏な一日というものはある。即位以来、次から次へと押し寄せる問題を切り抜けてきた彼にとって、平穏な日というものが普通であるかどうかは少々怪しい。むしろ何か揉めているときの方が平常だと言えるかもしれないが、それにしても、一滴の血も流れず、誰も剣を抜かない日は、確かにある。
 ある意味で特別な、そんなクリオンの平和な一日を、少しここに記してみよう。
 なぜその一日が十五時間しかなかったかをだ。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 フィルバルト城奥院の皇帝私室は、当然ながら城で一番快適な場所である。城館の六階にあって風通しがよく、日当たりもいい。
 しかし、夏の熱気の残るこの季節では、そこでさえ夜が寝苦しくなることがしばしばである。
 朝七時。窓から入る強い陽光に顔を照らされて、クリオンは目を細めた。
「ん……」
 まぶしい。それに暑い。柔らかな絹の寝台に、汗で背中が張り付いている。気持ち悪い。
「ソリュータ……カーテン閉めて……」
「あら、ソリュータじゃないのよ」
 夢うつつにつぶやくと、小さな金の鈴のような声が答えた。薄目を開けると、健康的な褐色の肌の少女が、幼い顔をほころばせていた。
「チェル姫……ごめん、そうだったね」
「そうよ。昨日の夜はいっしょに遊んだじゃない。キオラさまもいっしょよ」
 片腕が重いと思ったら、反対側では亜麻色の髪の少年が頭を預けているのだった。まつげの長い目を閉じて、まだ穏やかに寝息を立てている。
「夜は暑かったね。陛下、のど渇いてない? なにかお飲み物、持ってきます」
「うん……」
 小さな体が寝台から降りるきしみを聞きながら、クリオンはうとうととまどろむ。
「はい」
 ひやりとしたものが頬に押し付けられた。クリオンはのろのろと体を起こすと、チェル姫が持ってきた玻璃グラスに口をつけた。冷たい液体をのどに流し込む。――飲み干した後で、甘さの中にひそんでいたかすかな苦味に気がついた。
「これ、なに?」
「さあ、なんでしょう」
 チェル姫ははぐらかすように笑って、空のグラスをテーブルに置く。それから、再び寝台に乗って、クリオンのそばに近付いた。
「おいしかった?」
「まずくはなかったけど……」
「冷たかったでしょ。でも、熱くなってくるでしょ」
 言われてクリオンはみぞおちを押さえる。喉を通したときには爽やかな冷気だけを感じたのに、腹に落ち着くと、そこからじわじわと熱が広がってくるようだった。
「お酒?」
「ちがうわよ。でも、お酒より気持ちよくなれるのよ」
 にっこり笑うと、チェル姫は体を寄せて、クリオンにぎゅっと抱きついた。
「姫?」
「ね、陛下。またしない?」
「ちょっと姫、夜にしたばっかりじゃない……」
 クリオンはチェル姫の両肩に手をかけて、ぐいと押し離した。正面から彼女を見つめて、断ろうとする。
「あのね、今日も朝から、皇帝の務めがあるんだから……」
 言いかけたとき、とくんと心臓が跳ねた。
 眠るときのチェル姫は、故郷の衣装であるサリーを脱いで、清潔な白いワンピースと下着だけを身につけている。布が白いだけ、褐色の肌も引き立つ。狭い肩と細い腕や、ワンピースの裾から伸びる可愛らしい太ももが、やけになまめかしく感じられる。エメラダやレザを相手にしているときならともかく、姫を前にすると、欲望より庇護心をそそられることのほうが多いはずなのに。
「――ほら、陛下もおげんき♪」
「こっ、これは」
 あわててクリオンは、自分の夜着の前を押さえる。ワンピースの裾のまんなかが、小さく膨らんでいた。
「単に、朝だから……」
「でも、そのままじゃお手洗いいけないですよね? チェル、お手伝いしてあげます」
「姫……」
 止めるより早く、チェル姫はクリオンの膝の上に上半身を伏せて、股間に手をかけてしまった。裾をまくりあげ、下着の上にはみ出してしまっているクリオンのこわばりに、乾いた唇を軽く押し当てる。
「陛下も、その気になったら、チェルにさわってくださいね」
 そう言って、湿らさないまま、さらさらと愛撫を始めてしまった。
「姫ってば……」
 クリオンは軽くため息をついたものの、力を抜いて彼女に任せた。確かに、こうなったら、一度始末をつけてもらうほうが早いと思ったのだ。
 先端をつるつると撫でられる。鼻でくすぐられる。楽しそうな動きだった。促されるまま、クリオンは下着を脱ぎ捨てる。仰向けに横たわったクリオンの上にチェル姫が這い上がってきて、幹を手でこすりながら、唇を胸へと上げてくる。
 朝はいつも、硬い。それにしても今日は度がすぎるようだった。股間から木の棒が生えているような強い屹立感がある。張り詰めている分だけ感覚も敏感で、姫の短い指がじかに神経に触れているような鋭い快感がある。――さっきの飲み物のせいかな?
 敏感なのはそこだけではなく、体中だった。姫の指と唇、軽く温かい胸と独特の香木のような吐息のせいで、体が浮かび上がるような陶酔に落とし込まれてしまう。
 意識せずに両足をピンと伸ばし、少し腰を浮かせて息を荒げながら、クリオンは薄目を開けて聞く。
「ひめ……楽しい?」 
「とっても。感じてるときの陛下って、かわいいんですもの」
 嬉しげに言って、姫はきゅっと指をすぼめる。股の付け根がびくびくっと震えて、クリオンはあっけなく達しそうになった。
「んく……だ、だめ。出ちゃうよ……」
「いいのよ。チェル、陛下がいってしまう時のお顔、見たいな」
 会った時には男女のことなど何も知らなかった彼女なのに、すっかり目覚めてしまったらしい。きっと、クリオンがいない時には、キオラといろいろなことを試しているのだろう。何しろキオラは、そういうことが好きだから……
「お兄さま、ずるい」
「き、キオラ?」
 クリオンは驚いて目を見張った。いつのまにか、少女のように繊細で美しい姿の少年が隣に体を起こし、うらやましそうにクリオンを覗き込んでいた。
「自分だけ姫と仲良くしちゃって。起こしてくださればいいのに」
「こ、これは務めの前にちょっとだけのつもりで……」
「じゃあボクもちょっとだけします」
 いたずらっぽく笑うと、キオラはチェル姫を軽く押しのけて、クリオンの股間に顔を埋めてしまった。まだ稚拙な姫の指戯とは違う。たっぷりと唾液を乗せた舌と粘膜で、隙間なく温かくクリオンを包む。
「き、キオラっ!」
 クリオンはこぶしを握り締めて叫ぶ。下腹の奥の袋を、快感の針で突かれたような感覚だった。今にも破れて噴き出してしまいそうになる。
「だめだってば!」
「どうして我慢するんですか? 思い切り出しちゃってくださいな。お兄さまの今日の初めて、いっぱいほしいです」
「あん、だめ! 陛下はチェルがいかせて差し上げるの!」
 チェル姫がクリオンの胸の上で振り返って、小さな頬を膨らませる。するとキオラも顔を上げて不満そうな表情になる。どちらも他愛なく可愛らしい様子なので、クリオンはつい幸せな気分になってしまう。――いや、そんな場合じゃないんだけど。
 キオラをにらんでいたチェル姫は、不意にくるりと表情を変えた。上目づかいにキオラを見上げる。
「それならね、キオラさま。――チェル、ちょっとむずむずしてきちゃったの。チェルをかわいがってくださらない?」
「……うん、それでもいいか」
 子供じみていることでは、キオラも姫とたいして変わらない。あっさりうなずいて、体の位置を変えた。クリオンに覆いかぶさっている姫の後ろに陣取って、背中からやさしく彼女を抱きしめる。
「姫はちゃんとお兄さまにしてあげて」
「もちろんよ」
 チェル姫は再び体を下げて、クリオンの下半身に顔を寄せた。キオラの口戯に対抗するつもりなのか、小さな唇を開いて、ぺろぺろと懸命に舌を押し付ける。
「ほら、陛下……チェルも上手でしょ?」
「うん……」
 いったん中断された愛撫の再開に、快感の熱が戻ってきた。クリオンは横たわり、体に広がるその波を味わう。
 快感は体からだけではない。耳からも淫靡な刺激が入ってくる。
「姫……体、あったかい」
「うん、キオラさま、やさしいもの」
「むずむずするんだね。こっちも……?」
「あ、やっ。見ないで……」
「見なくっても分かるよ。だって、ボクの指が……」
「やああん……」
 顔だけ起こしてクリオンは見る。姫の背を抱いたキオラが、片手を姫のお尻に回している。差し込んだ指を動かして――下着を下げて――小さな姫の秘密の場所に指を届けている。
「とろとろ。……姫って、すぐこうなっちゃうんだから……」
「キオラさまがそんな風にしたんじゃないぃ……」
 姫はもう、浅黒い頬を真っ赤にして、瞳を潤ませている。幼さのあまり隠すことも知らない純粋な熱情を、ひたすら舌に込めることで、クリオンの体へと逃がしている。
「姫が誘ったんだからね。――ボク、姫をもらっちゃお」
「あ、ンはあ……」
 ぎゅっとクリオンのものを握り締めて、姫が突っ伏した。キオラがその後ろに回って、腰を押し付けている。クリオンは軽く驚く。
「入れちゃった?」
「姫、最近すごく喜ぶようになったんです。ね、姫?」
「ンン……」
 切なげにクリオンのものに頬ずりしながら、チェル姫は舌も回らなくなったようなとろけた声でうめく。
「そうなの……チェル、キオラさまの熱いの、好きぃ……おなか、きゅうってなるぅ……」
「お兄さまのとどっちが好き?」
「どっちも。でも陛下のはちょっと大きいの。だから……」
 姫は汗の玉の浮いた顔で、薄くほほえんだ。
「これ、これ一番いいの。陛下のぺろぺろしながらキオラさまにきゅってしてもらうの。……チェル、しあわせぇ……」
 無垢なチェル姫の幸福感がクリオンにも伝染する。この三人の間にはなんの屈託もない。ただ純粋で温かい快感にひたっていられる――時を忘れさせるような一体感。
「陛下、陛下もきもちよくなってね……」
 チェル姫が舌の動きを速める。もうクリオンもこだわっていられない。自分の絶頂を、早く姫に浴びせてやりたい。下腹の緊張を解く。筋肉の勝手な震えがびくびくと走り、強い解放が近付いてくる。
 その快感が、いっそう加速された。
「お兄さま、ボクにもくださいな」
 姫に覆いかぶさったキオラが、その姿勢のまま小さな姫の体を抱きこんで、姫の隣に顔を突き出した。なかば姫と舌をからませるようにして、二人でクリオンのものを挟み込み、左右から唾液を塗りつけ露をすすり込む。
 からみあった三人の動きが急速に激しくなっていった。
「姫、きゅってなってる、姫のおなかが呼んでるよ!」
「ほしいの、チェルいっぱいほしいの! キオラさまのも陛下のも、いっぱいほしいのぉ!」
「あ、すごい、二人ともっ! すごすぎ、破れちゃうよ!」
「いいです、お兄さま、いっしょにね? いっしょに姫にあげましょう、たくさん、ね? ひめっ、いく、いくよ?」
「んっ、来てえ!」
 チェル姫の叫びとともに、キオラがぶるぶるっと激しく体を震わせた。きゅうっ、と姫が喉から鼻に息を漏らす。
「んあん、キオラさまのたくさんっ!」
 絶頂の硬直そのままに、二人が唇に力をこめてクリオンのものを挟み込んだ。そのとたん、クリオンも撃ち放った。
「んくっ!」
 びゅくっ、と硬直が膨れあがりながら噴いた。ぴったりとくっつきあっていたキオラとチェル姫の頬の間に、鋭く絞られた白い糸がはじけ、幼いつややかな肌をどろどろに覆っていく。
「あっ」「お兄さまの!」
 絶頂を味わうことよりもそのほうが二人には大切らしかった。あわてたように先を争ってクリオンの先端に唇を押し付ける。びゅっ、びゅくっ、と続けざまに放出される奔流を、ぬめる二つの唇が代わる代わる受け止めた。二人はそれでも足りずに、あふれたしぶきを求めてお互いの頬をなめあう。
「お兄さま、いっぱあい……」「陛下、すごくきもちよさそう。うれしいな……」
 びくり、びくり、と体を震わせるクリオンを、二人が愛しげに見つめていた。

「陛下、よかったですか?」
「よかったよ。でも……」
 にこにこと見上げるチェル姫に、体を起こしたクリオンは困惑しながら答える。
「これ……どうしよう」
 たった今、思うさま放出したばかりだというのに、クリオンのワンピースは、前よりも元気のいい様子で盛り上がっているのだった。
「困ったな、もう行かなきゃいけないのに……」
「もう一回すればいいのよ」
 白っぽく汚れた顔を拭きもせずに、チェル姫がほがらかに言う。隣ではキオラも期待に満ちた顔を向けている。
「お兄さま、あのですね。――それ、ボクのあそこでもらっていいですか?」
「だめだってば!」
 キオラのしなやかな体は他の姫たちにも劣らない。抱けるものなら抱きたいところだが――何しろ時間がない。
「まだ身支度もしてないのに……」
「身支度なんかいいです。陛下、今日は一日、チェルたちと遊んで」
「お兄さまぁ」
 二人がすりよってくる。クリオンが困り果てたとき、ノックの音がして、返事も待たずにドアが開けられた。
「クリオン様、もうお食事のお時間が……あら」
 ソリュータだった。いつも通りの、清楚で隙のない侍女の衣装に身を固めた彼女は、寝台の三人を見るなり、眉をひそめた。
「……遅いと思ったら、朝からそんな」
「こ、これは姫が無理やり」
「無理やり、なんですか。十歳の姫が力ずくでクリオン様を押さえつけたとでも?」
「そうじゃないけどそんな感じで」
「クリオン様っ!」
 怒ると怖いのが彼女である。柳眉を逆立てて近付きながら口を挟む間もない勢いでまくしたてる。
「皇帝のお勤めですからするなとは言いませんけど、時と場所をわきまえて下さいっ! 今日も朝からご予定が詰まってるんです! なんですかキオラ様も一緒になって、あなた方だけのクリオン様じゃないんですよ!」
「あ、あの、ソリュータさん」「ソリュータぁ」
「言いわけは聞きません時間もないんですキオラ様もチェル姫もお部屋に戻ってくださいクリオン様もお召し替えをなさってお顔を洗って礼拝をしてお食事を済ませて謁見の間にご出御なさってくださいさあ早く今すぐ!」
 言いながらシーツをひっぺがして、子供二人をぐるぐる巻きにして、廊下に放り出して、クリオンの前に着替えをたたきつけるようにして置く。目が合った。
「あの、ソリュータ。まだチェル姫に……」
「まだ何か?」
 何を飲まされたか聞いてないんだけど。
 とてもそんなことを言えるような目つきでは、ソリュータはなかった。


 ソリュータの手際は皇帝製造機とでも言うべきで、ただの寝起きの少年だったクリオンが、身だしなみを整えられ、イフラ神へのお祈りをして、朝食を食べさせられているうちに、いつのまにかそれなりに皇帝になってしまった。
 八時半。玉座の間にて下々に謁見。
 クリオンは平民にも会う。格式を重んじる儀典長官などの手前もあって、公然と拝謁者を募るわけではないし、帝国府による事前の調べで、危険がないと判断された者に限るが、基本的に来る者は拒まない。公爵にでも船頭にでも会う。
 相手も多様だが目的も多様である。どこそこの領地を分割するが構わないかとか、シッキルギンと多額の取り引きをするから割符を出せとか、川魚がたくさん取れたから燻製にして献上するとか、そういう意味のある訴えかけをしてくる者はむしろ少ない部類に入る。大体、そういう事務的な用件は帝国府で処理できることがほとんどなのだ。だから、前例に照らしても扱いかねるような事柄が、往々にしてクリオンのところには転がり込んでくる。そのあたり、クリオンはレンダイクに便利に使われている感がないでもない。
「悪魔祓い?」
 もともとそんなに集中せず、ぼんやりしていたから、聞き間違えたかとクリオンは思った。玉座の上で首を傾げる。
「なんでそんなことを予が?」
「おそれながら……」
 南方のギニエ市から、領主同伴でやって来た市長と町の世話役五人ほどが、緋の敷物に額を押し付けながら言う。
「皇帝陛下の御血脈は、はるか昔に大陸を脅かした魔物の軍勢さえ調伏なさったという、高貴にして神聖なるものと聞き及んでおります。昨今わたくしどものギニエの町には、ガジェスの山より得体の知れない妖魔が現れるようになったので、これをぜひ陛下の御威光をもって鎮めていただきたく、お願い申し上げるものでございます」
「高貴って……」
 クリオンは眉をひそめて、玉座の隣に視線を移した。そこには天領総監レンダイク男爵、儀典長官ジューディカ老、それに側室の一人であるレザなどが立っている。壁際の四十人の近衛兵たちとともに、実際的な意味があるというよりは、目通りに来る者たちを威圧するために立っているのだが、もちろんクリオンの下問があれば答える。
 クリオンは小声でレンダイクに尋ねる。
「男爵、予にどうしろっていうのさ。イフラ神官みたいに呪文でも唱えて聖水をかければいいの? 悪魔なんかやっつけようがないんだけど」
「悪魔などいるわけがありませんから、珍しい怪物、動物の類でしょう。帝国府がすでに、国軍の兵五百を送ることを決定しました。その旨彼らにも伝えてあります」
「じゃあ予のやることはないじゃない」
「いいえ。彼らが求めているのは世俗的な力ではなく聖性なのです。未知の恐怖に対抗する権威がほしいのですな。ですからそれを与えてやっていただきたい」
 レンダイクは振り返ると、後ろに控えていたレザに向かってうやうやしく一礼した。あらかじめ打ち合わせがあったものか、レザは支度の間に下がり、一振りの剣を捧げ持ってきた。剣がクリオンに差し出され、レンダイクが耳打ちする。
「調律剣を目覚めさせる文句がありましょう。私は文官なので詳しく存じませんが、あれをひとつ……」
 よく分からないまま、クリオンはその剣を手にとると、立ち上がって適当に詠唱した。
「我、ジングの古き血、ベルガイン・ベルガド・ジングラに連なるもの、クリオン・クーディレクト・ジングラ。聖御の技もてくくりし汝、剣の聖霊に、血と力において命じる。刹那の目覚めを許すに付き、今再び威力を振るえ、悪鬼を撃ち滅ぼせ。いざや、聞かん?」
 そう言って、手の甲に軽く刃を滑らせた。赤いものを見て、おお、と平民たちが脅えたような声を上げた。
 レザがその剣を受け取り、回れ右をして市長に差し出した。市長は魂を抜かれたような顔で、剣とレザの顔を交互に見つめ、おずおずとそれを受け取った。そこにレンダイクがもっともらしく言い渡す。
「今、その剣には陛下のお力が宿った。いかな妖魔悪鬼といえども、これをもってすればたちどころに切り捨てることが出来よう」
「おお、素晴らしい!」「恐れ多いことじゃ、陛下の聖血をいただけるとは!」
「それでよいか」
「もちろんにございます!」「ありがたいありがたい……」
 おじぎを繰り返しながら市長たちは退出していった。クリオンは納得する。
「そうか。別に本当の魔力がなくてもいいんだ」
「王者の権威というものは、それ自体一種の魔力ですよ」
「いや、案外あの剣は力を得ているかもしれませんぞ。ジングリット皇族の血には本物の力が宿ると申します」
 レンダイクとジューディカが口々に言った。ふうん、とクリオンは気のない返事をする。
「では、次の者たちを……」
「ああ、ちょっと待って、長官」
 クリオンは大儀そうに片手を上げた。どうなさいました、とジューディカが振り返る。
「あんまり体調がよくないんだ」
「それは一大事にございますな。侍医のリュードロフめをお呼びしましょう」
「いや、それはいいから。……その代わり、ちょっとだけ一人にしてくれないかな」
「はあ、さようにございますか」
 心配げな顔で、臣下たちは謁見の間を出て行こうとする。その中の一人をクリオンは呼んだ。
「レザ、ちょっと」
「はい?」
 すみれ色のサマードレスを身につけた娘が、長い群青の髪を揺らして振り返った。
「きみは残って」
「かしこまりました」
 広い謁見室が無人になると、クリオンは手招きした。レザの、大きな水鳥を思わせるすらりとした姿が、クリオンのそばに立つ。
 十九歳にして、すでに市中の歌にまで歌われるほど美しい娘である。美しいだけではなく気高い。奥院に侍る娘たちの中で、クリオンが皇帝として臣下に臨む際に同席できるのは、レザだけである。彼女ならばふさわしいと城の皆が認めたのだ。その通りレザの美しさを目の当たりに見た人間は、先ほどの市長のように、そんな彼女を手元における皇帝の権威を感じることになる。
 彼女を見上げるクリオンの瞳は、妙に潤んでいる。
「レザ、あの……」
「なんでしょうか?」
「立てないんだ」
「は?」
 クリオンは、長い緋の皇帝衣の布をかきわけ、最後の短衣のすそを、おずおずと持ち上げた。――そこに、小さな盛り上がりがあった。
「これ……」
「まあ」
 レザは目を見張ってつぶやき、続いて形のいい細い眉をひそめて、非難するように言った。
「どうなさったのです。戦の前にぶどう酒の栓を切るようなことですわ」
 大事な執務の最中に何を考えているのか、という意味だろう。クリオンは情けなさそうにつぶやく。
「分かってるよ。でも、朝からずっと収まらないんだ。チェル姫に何か飲まされちゃって……」
「姫が? まったくあの子ったら……」
 レザは頬に手を当ててため息をついた。そういう上品な仕草をしながら、視線はじっとクリオンの下腹に向けている。
 クリオンはレザの手を取る。
「このせいでまともにものが考えられないんだよ。お願いだから、部屋までつれてってくれない? こんなこと男爵に言ったら怒られちゃうし……」
「部屋に戻られて、どうなさるんです」
「仕方ないから、自分で……」
「自分で?」
 馬鹿にしたように言われて、クリオンは赤くなった。ちらりと見上げると、レザは部屋中が凍りつきそうなほど冷たい眼差しで見つめている。
「うん……分かってる、分かってるよ。皇帝が執務を放り出して一人でいやらしいことしてるなんて……許されないよね」
「ですわね。陛下のお時間は国と民のための時間なのですから。そんなことで無駄になさるなど」
「うん……なんとか我慢してみる。また男爵たちを呼んで、続きを」
「しかし、上の空のままで国事を執り行うのもまた、皇帝に許されることではありませんわね」
「う……」
 クリオンは泣き出しそうな顔でレザを見上げる。
「じゃ、どうしろっていうの」
「どうもこうもありませんわ。早急に陛下に正気を取り戻していただくのが最善でしょう」
 つんと澄ました顔でそう言うと――レザはクリオンの正面に移り、しゃがみこんだ。繊細な長い指を動かして、器用にクリオンの下着の中からこわばりを取り出してしまう。
「れ、レザ?」
 驚いて叫ぶクリオンに、レザは憮然とした表情のまま、ささやいた。
「なんだか、たまたまそばにいたからという理由で使われるようで、わたくしとしては納得がゆきませんけど……せっかくの機会ですし」
「機会って?」
「あら、お忘れですの」
 レザは怒ったように爪を立てる。幹がカリッと引っかかれてクリオンは身震いする。
「前にお情けをくださったのはいつだったかしら?」
「……二週間前、だっけ?」
「五人の側室がいて一人一日としても、五日に一度は招いてくださるのが筋でしょう? 最近の陛下は他の娘ばかり……冷たくはございませんか」
「だ、だって、レザはいつも、そんなこと興味なさそうな顔してるから……」
「このわたくしに、娼婦のように賤しくねだれとおっしゃるのですか!」
 本気で怒っている顔だった。怒りながら、その底に、人付き合いの苦手な彼女の寂しさと、自分が認めたただ一人の異性への思慕をたたえた、いっそ可愛らしいほどの表情だった。
 そうか、とクリオンは思い出す。レザだって、女の子なんだ。
「わたくし、ねだったりいたしません。――陛下がお望みになれば別ですけど」
 そう言ってレザは、ふ、とクリオンの先端に息を吹きかける。背筋にぞくりと寒気を受けながら、クリオンはやさしく命じた。
「レザ……ほしがってくれる?」
「……はい」
 レザはうなずき、磁器のような白い頬にぽうっと桜色を浮かべた。
「陛下のお情けを、下さいませ……」
 城に並ぶ者のない美貌の娘が、輝く唇を開き、ゆっくりとクリオンに吸い付いた。
 ちろちろと舌が動き、小鳥のように唇がついばみ、真珠の粒のような歯がそろりと切れ込みを開く。ちうっ、と慎ましい吸引。レザに技術と熱情はそれほどない。むしろその時だけ、彼女は幼いほど稚拙だ。代わりに献身がある。彼女ほど、私を殺してクリオンに奉仕しようとする娘はいない。
「あ……レザ……もうちょっと深く……」
「ん……ふむ……」
 クリオンに命ぜられるまま、レザは自らの清らかさが汚れていくことにも構わず、クリオンの肉を喉の奥深くまで受け入れる。ぴたりと下腹に張り付いてしまったレザの頭を、クリオンはたまらずに両手で押さえ込む。彼女の長い髪に指をくぐらせて、頭をつかむようにして、前のめりになって抱え込む。息苦しさに耐えてレザが舌を使い、腹の下で彼女がごそごそと動く。
 ふとクリオンは気付く。ついさっきまで大勢の臣下や民が並んで、自分の言葉を待っていた謁見室で、側室とともに淫らな遊びにふけっている、自分のいやしさに。
「レザ……悪いことだよね。ここで、こんなことするなんて……」
 戦乙女を描いた皇帝旗の下で、クリオンは自嘲的につぶやく。レザの声も一緒だった。
「そうですわね。わたくし……娼婦も同然ですわ」
「でも、今だけだよ」
「ええ。ここだけのこと」
 共に禁忌を踏み越える共犯者の連帯。快感だけでなく心もつながる。昂ぶっているのはクリオンだけではなかった。
「へ、陛下、ちょっと……」
 もうすぐ達しそうだったクリオンは、レザに押されて体を起こした。こわばりから顔を離したレザが、はあっと熱い息を吐いて頬をクリオンの太ももに預け、濡れた幹を片手でもてあそびながら、ちらりと視線を上げた。
「陛下……」
 滅多に見たことのないレザの上目づかい。言葉にできない懇願のこもる、湿った眼差し。クリオンはそれを汲み取る。
「レザ、ほしいの?」
「……」
「ほしいならそう言って」
 長い沈黙の後、ぎこちない動きで、こくりとレザはうなずいた。クリオンは顔をほころばせる。
「じゃあ、ぼくを上げる。……レザにたくさんあげるよ」
「はい」
 レザは立ち上がると、恥ずかしげに顔をそむけたまま、ゆたかなドレープの重なったドレスの裾を両手でつまんで、するすると持ち上げた。すらりと長い両足の付け根を覆う、細い絹の布を、クリオンは手を伸ばして引き下げる。レザはもちろん、青玉の靴に下着をひっかけるような無粋はしない。優雅に片足を抜き、下半身をあらわにした。
「ごめんあそばせ……」
 薄い霧のような茂みを一瞬だけ見せて、レザはクリオンの膝をまたいだ。ドレスで覆い隠された空間にクリオンは目を注ぐ。見えなくても分かる。レザの張りのある太ももにクリオンの先端が滑り――その奥のひだに触れ――短い左右の動きの後で、温かさの中に飲み込まれた。
「くうっ……ん」
 じわり、とレザが体重を預けてきた。クリオンより重い、大人になりつつあるレザの体の量感が、触れ合ったところ一点にかかってくる。自分自身の重さでクリオンを奥深くまで飲み込んでしまい、レザが戸惑ったようにうめいた。
「陛下……今日は、すごすぎませんこと?」
「そうなんだ。でも……それは、レザがよすぎるから……」
「わたくしを欲してくださっているから?」
 それを聞くと、レザは硬質の美貌をふっとやわらげて、少女のような微笑を浮かべた。
「うれしい……ですわ」
「いい? ぼく、もう我慢できない……」
「ええ。それで十分です。満たしてくださいませ」
「じゃあ、レザ……」
 クリオンは、レザの形のいい乳房の間に強く顔を押し付けた。爽やかなサフランの香りを鼻孔いっぱいに吸い込みながら、腰に力をこめた。
「いくね」
「ええ、わたくしの中に――」
「レザっ」
 小さくうめくと共に、クリオンは温かい肉の奥にほとばしらせた。頭を抱くレザの腕にも、断続的に力がこもる。
「あ、あ、あは……」
 びくっ、びくっというクリオンの脈動にレザの声が重なる。彼女が奔流の一滴一滴を感じているのが分かる。ドレス越しに触れているしなやかな体がひきつっている。――レザもいってる。
「レザ……ありがとう……」
 放出しつくした後も、震えながら強く自分を抱きしめているレザの体を、クリオンは愛しさと共にしばらく抱いていた。
 やがて、レザの頭がくたりと肩の上に降りてくる。ほうっと熱い息がクリオンの肩掛けに染みる。クリオンが見てみると、瞳をとろんと半眼に閉じ、口元をかすかにほころばせた幸せそうな顔で、レザはゆっくりと胸を上下させていた。
「大丈夫?」
「ええ……」
 レザはほわんとした顔のままで、うわごとのようにつぶやいた。
「二週間ぶりだと、こんなに良いのですね。……待たされて、かえってよかったですわ」
「待ってたの?」
 ぱっ、とレザの目の焦点が合った。顔をそむけて一呼吸、二呼吸。
 それからレザは、元のような近付きがたい表情を取り戻して、体を起こし、スカートの下に両手を入れた。
「失礼します」
 体が離れる少し寒い感触。ぬめりを拭く絹の細かい織目、そして元通りの自分の下着。
 クリオンは自分のものに触れる動きで、レザの手際のよさを感じ取った。
 さわさわと動かしていた手を止めると、レザはダンスを終えた貴婦人さながらに、するりとクリオンの体の上から降り、再びそばに立った。――彼女のスカートの中でクリオンの下半身はすっかり装いを整えられ、今しがたの熱い行いの痕跡は拭ったように消えていた。
 実際拭ったのだ。だからレザのドレスの下は――クリオンは考えようとするのだが、彼女の涼しげな顔を見ていると、そんな想像が妄想のように思えてしまう。それほどレザは、平然としていた。
 ただ、いくら彼女でも、隠せない痕は確かにあった。
「男爵を呼びます。陛下、お勤めを続けられますわね」
「レザ、ちょっと」
「え?」
 クリオンは立ち上がると、レザの顔に手を伸ばし、まだ赤み残る頬に貼りついた髪と、薄い汗の輝きを拭いてやった。
「ばれちゃうよ」
「――ありがとうございます」
 むこうを向くときのかすかな恥じらいの色が、可愛らしかった。
 レザは臣下たちを呼びに行く。それを見ながら、クリオンはまだ、困惑を残していた。
 満足できたどころではない、素晴らしいひとときだったのに――下着の中に、もう硬さが戻ってきている。
 ――これ、いつまで続くんだろう?
 さすがにもうレザに言うこともできず、クリオンは無理やりうずきを押さえつけた。
 

 昼をすぎると、さすがにただ事でないような気がしてきた。
「困ったな……」
 十二時、昼食の時間。今日は陪席はおらず、食堂にはクリオン一人である。テーブルに並ぶのは、焼きたての椰子パン、虹貝と海草の上澄みスープ、崖燕の香草あぶり、碧海亀の卵焼き、トビエビと冷菜のサラダのオリーブドレッシングあえという、海のものをテーマにしたメニュー。前帝時代ほど無際限に豪勢ではない代わりに、数を絞って手を尽くした料理。 
 それを前にしても、クリオンは浮かない顔だった。
「せっかく作ってくれたのに……」
「おなか空いてませんか?」
 エプロン姿のお下げの料理長が、おそるおそる聞く。振り返ってクリオンはなんとか笑ってみせる。
「ううん、空いてるよ。おいしそうだよね」
「たくさん召し上がって下さいね」
 料理長は春の日差しのような明るい笑顔を浮かべる。他でもない、ポレッカである。
 クリオンは、彼女の隣の白帽をかぶった男、つまり城の総料理長に声をかける。
「これ、どれがポレッカの?」
「全部です」
 総料理長は苦笑する。
「朝と昼はもう、私の出番がございません。ポレッカ様は料理の神に愛された方のようでございまして」
「あの、それほどじゃ……」
「ご謙遜なさらなくてもよろしい。あなたならテルーニュで四つ星の店が開けます。――五つ星は、私を凌ぐ晩餐を完成させてからでしょうけどね」
 照れながらうつむくポレッカに、総料理長は帝国一の料理人の矜持を見せながらも、微笑みかけた。
 城下町の食堂の娘だったポレッカだが、彼女にとってフィルバルト城の厨房は、まさに楽園だった。今まで、水車通りの人々の舌を喜ばせようと、材料の不足や質の悪さを補うために発揮してきた腕を、初めから最高の素材と最高の道具を使って振るえるのだ。
 今の総料理長は、前帝の恐ろしいほどの贅沢に応えてきた男である。その彼が太鼓判を押すのだから、ポレッカの腕は確かなもののようだった。
「さ、陛下。毒見はもう済んでおります。冷めないうちにお召し上がりを」
「うん……」
 腹は確かに減っている。食欲にすがるような形で、クリオンは無理やり料理を胃の腑に詰め込んだ。だが味まではとてもわからない。食べながら視線が作り手に向く。ポレッカの、愛らしいエプロン姿に。
 なんとかすべて食べ終えたものの、心も体もそれどころではなくなっていた。最後のデザートを待たずに、クリオンはフォークを置いて、立ち上がった。
「ちょっと、ポレッカ」
「どうしたんですか?」
 ポレッカがおびえたように目を見張る。
「お口に合わなかったですか? それともあの、おこげとか小骨とか……」
「ううん、料理はおいしかったよ。――おいしかったと、思う。でもぼくの体のほうが」
「どこか悪いんですか?」
 ポレッカと総料理長が、そろって心配げな声を上げた。そんな二人の気配りに対して罪悪感を覚えつつも、クリオンは耐えられずに言った。
「ごめん、ちょっと出ててくれる? ポレッカだけ残って……」
「はあ……何かあればお呼び下さい」
 怪訝そうな顔で、総料理長と給仕の侍女たちが出て行った。残されたポレッカが、不安げに尋ねる。
「あの……私、またなにか失敗しちゃいました? お城のことって、なかなか慣れなくて……」
 無理もなかった。料理の腕こそ優れているものの、ポレッカは王宮でのしきたりなど何も知らない。今までにも、食堂に置かれていた飾りの皿にサラダを盛ったり、毒見用に余分に作ることになっている料理を、捨てずに他の人間に回したりしたことが、何度もあった。
 クリオンは苦笑してなだめる。
「そうじゃないよ。ポレッカは何も悪くない。悪いのはぼくのほうなんだ」
「陛下が悪いって、なにが?」
「うん、その……」
 クリオンはためらう。愛妾にこそしたものの、ポレッカはいまだに、一番そういうことに疎い娘だからだ。開けっぴろげなエメラダや、浮世離れしたレザやチェル姫たちと違って、ポレッカの貞操観念はかなり厳しい。他の娘たちが変わっているのであって、むしろポレッカは普通なのだが。
 あまり露骨に切り出すこともできず、クリオンは遠まわしに言う。
「四日前に、ポレッカ……夜、来てくれたよね」
「え、はい」
 夜と言われて気付かないほど鈍くはない。ポレッカは口ごもりながらも、うなずく。
「あの時、どうだった? いやだった?」
「いやじゃ……なかったわ」
 うつむいてエプロンのひもをつまみながら、ポレッカは小声で言う。
「シロン、優しいし、上手だから。私、そっちもやっぱり慣れてなくて、なんかみっともないとこ見せちゃったかもしれないけど……そのこと? あ、あのその、ごめんなさい、シロンじゃなくて陛下だった」
「シロンでいいよ。呼びやすい風でいい。ちょっとこっち来て」
「え、ええ」
 ポレッカがおずおずと近付いて来ると、クリオンは彼女の両手をとって、握り締めた。
「あれ、またしたいって言ったら……どう?」
「また?」
 ちらっとクリオンの顔を見上げてから、ポレッカはうつむき、数呼吸してから、こくりとうなずいた。
「い、いいわよ。私、もうシロンのものなんだから、頑張って慣れなきゃ。……今夜にでも」
「今、だめ?」
「今?」
 目をまるくしたポレッカを、クリオンは腕を広げて抱きしめた。
「うん、今」
「え、ちょっとシロン? 待って!」
「ごめん、待てない。ポレッカ、お願い」
 クリオンは、小鹿のように跳ねる体を強引にテーブルに押し倒す。突然のことに驚いたポレッカが、手足をばたつかせて抵抗する。
「いやだ、こんなところで、どうしたのよシロン! 変だよ!」
「分かってるよ、でも、でも……」
 揉み合いながら、クリオンは高まる欲望のまま、体全体をポレッカに押し付ける。何かに気付いたようにポレッカがはっと動きを止めた。
「シロン……なにこれ」
 彼女が意識を向けているところが分かる。こわばった太もも。そこにクリオンが腰を押し当てている。
「こ、これって……あれでしょ? どうしたの、すごいじゃない」
「朝、チェル姫に何か飲まされてから、ずっとこうなんだよ。ぼくだって無理やりなんかしたくないんだ。でも、ここが熱くってきりきりして」
「チェル姫さまに? お薬か何か?」
 なおも腰を押し付けているクリオンの下で、ポレッカがすっと体の力を抜いた。
「そうだったの……シロンがこんなひどいこと、するはずないと思った」
「ひどいよね。ごめん、ほんとにごめん」
「謝らなくても……」
 ポレッカはようやくおびえた様子をなくすと、心配げな表情を浮かべた。
「そういうことなら……私になんとかできれば、してあげる。どうすればいいの?」
「ポレッカを……食べさせて……」
 ポレッカの耳元にクリオンの甘えるような声。さっとポレッカは顔に朱を上らせる。
「う、うん……そうよね。男の人って、そうするしかないんだよね。だったら私……」
 ポレッカは何度か小さくうなずいてから、言った。
「ここで、させてあげる……」
 手や口を使う技巧は、まったくと言っていいほどポレッカは知らない。四日前の夜もそうだった。クリオンに導かれるまま体を開いただけ。だから、ポレッカが許すということは抱かれるということに他ならない。
 それでも、年のわりに豊富すぎるほどの経験をもつクリオンのおかげで、ポレッカは少しずつ悦びを感じられるようになっていた。それを信じて、ポレッカは今もまたクリオンに任せた。
「我慢するけど……ゆっくりね」
 そう言って、テーブルの上に伸ばした上半身から力を抜き、目を閉じる。
「ごめんね、ポレッカ」
 出来るだけの誠意を込めようと、クリオンはそっとポレッカの上に体を重ね、くちづけを始めた。
 体の大きさはちょうど同じほどだ。頬に頬を寄せれば、胸には胸が、腰には腰が当たる。クリオンが体全体を使えば、ポレッカの体全体が愛撫される。抱きしめ、こすりつけ、指を這わせる。まだ女らしいまるみのそれほどない、未発達な体だが、それは自分と同じだ。似たものと触れ合う近親感が安心に変わっていく。――ちょうど、学園で触れ合っていた時のような、シロンとポレッカとしての感覚が蘇る。
 クリオンの熱がうつったように、ポレッカの体も熱くなり、薄い胸に鼓動が現れてきた。クリオンはポレッカの耳をついばみながら尋ねる。
「もういいかな?」
「ん……多分。私もね、なんだか熱くなってきたよ……」
 それを聞くと、クリオンはポレッカのエプロンとスカートの下に腕を動かし、下着に指をかけた。二人はぎこちない動きで、遮るものを取り払う。
 現れたところに指を触れて、クリオンは少し残念そうに言った。
「やっぱり、まだだめかな?」
「う……ん、そうかも……」
 ポレッカの小さなあそこが、まだ潤んでいない。クリオンの指を感じてぴくりぴくりと震えるが、温かみだけがある。
「……だめ、かな……」
 クリオンはテーブルに両手をついて体を持ち上げ、目を閉じて動きを止めた。くすぶる熱を無理やり抑えこもうとする。
 その様子が、自分で思っているよりも辛そうだったらしい。ポレッカが、ひたむきな顔で言った。
「ご、ごめんなさい。私が慣れてないから……」
「ううん、ポレッカは悪くないってば」
「でも、早く済ませないと、シロンには次の予定も……そ、そうだ」
 ポレッカは首を動かしてテーブルの上を見回すと、調味料の小鉢のひとつに目を止めた。オリーブオイル。それに指を浸し、スカートの中に沈める。
「ん……ふ……」
 眉根を寄せてしばらく指を動かしてから、健気なほほえみをクリオンに向けた。
「これで、いいかな。――シロン、さあ食べて」
「ポレッカ」
 寮に戻ったような、ポレッカのちょっとしたいたずらに、クリオンも思わずほほえんだ。自分の衣服をかき分けて下腹を現し、ポレッカの細身の片足を抱え上げる。
「するよ」「あんまり見ないでほしいな……」
 横を向いたポレッカの頭を抱いて、クリオンは腰を進めた。
 まだ色づいていない、ほぐれきってもいないひだの間に、先端が触れた。普通ならとてもくぐれない狭さ。だが、水とは違う油は乾いたりせず、ポレッカの未熟をうまく補った。
 ぐぐっ、と入っていく。ポレッカのあごが少しずつ上がる。
「んく……し、シロン、ゆっくり、ゆっくりだよ」
「ごめん、痛い?」
「い、痛くはないけど……今日のシロン、すごく大きくて、硬くて……」
 ひきつれるたびに戻して、少しずつ潜りこむ。初めてではないことがよかった。やがてクリオンは、しっかりとポレッカの中に包み込まれた。
「は、入っちゃったね……」
 ポレッカがはあはあとせわしない息遣いをしながらささやく。
「熱ぅい……で、でも、痛くないんだよ。私、ちゃんとシロンを受け入れられるようになってるんだ。よかったぁ……」
「動くよ」
「うん。動いて……」
 クリオンはこわばりの輪郭が伝わるほどゆっくりと、腰を前後させ始める。ポレッカがひくひくとまぶたを動かす。
「すご……おなかの奥まで来てる……ねえ、不思議だね。女の子って、私って、こんなに硬いシロンのが刺さってるのに、平気なんだよ」
「ほんとに平気……?」
「ん、ううん……」
 ポレッカがクリオンの頬を両手ではさみこんで、視線を向ける。涙で潤んだ瞳。痛みのせいではない涙で。
「平気じゃない……胸、苦しい。すごくせつない。おなか動いてる。なんか、ほしいの……」
 ぎゅうっ、とポレッカがクリオンに抱きつき、背中に爪を立てた。
「男の人のが……シロンのがほしいの。私、女の子だ。シロンに食べてもらいたいのぉ」
「おいしいよ、ポレッカ」
 うぶ毛の残るポレッカの首筋を甘噛みしながら、クリオンはささやく。この子がおいしい。もっと味わいたい。まだ味の出きっていない新鮮な素材。手を加えれば加えるほど、甘くまろやかになる。
 切り開くようにきゅうくつだったポレッカの中が、オイルのものだけではないぬめりであふれていく。もとからはちきれそうだったクリオンはたまらない。理性を奪うほどの欲望で張り詰めたこわばりを、同い年の少女の胎内に強くこすりつける。根元にどろどろの粘りがたまっていくのが分かる。朝から二度も出したのに、それを合わせたよりも多いほどの量が。そんなものが溜まるはずがない。ありえない量をしぼり出すために体のどこかが変になっている。それが苦しい。けれどそれよりも欲望が大きい。
「ポレッカ……ぼく、あふれる、あふれそう!」
「来るの? シロンが私の中に来るの?」
「うん、いく! いくよ!」
「いいよ! たくさん来て、私を呑みこんで!」
「あ、くんんっ!」
 どぷっ、と音が聞こえたような気がした。それは錯覚なのだが、つながった二人にとっては確かに聞こえた音だった。びくびくと膨らみながらクリオンが放った滴が、締め付けの中にはじけた瞬間の音を、二人は体の奥で聞いていた。
「んあぁ……溺れちゃう……」
 抱きしめたクリオンの顔の横で、喉をさらしてポレッカがうめいた。
 テーブルクロスの上に横たえられた少女は、身も心も食べ尽くされて、嬉しげに体を痙攣させていた。

 絶頂が過ぎ去ったあと、ポレッカは腕に触れただけでびくっと震えるほど、体の抑えがきかなくなり、身動きもできずに浅い呼吸を繰り返すだけになってしまった。レザのような強固な克己心があるわけではないのだから、仕方ない。
 放心状態の彼女を、クリオンが介抱することになってしまった。ナフキンで拭き取ると雷に打たれたように震えた。下着をはかせる段になって、あまりに恥ずかしいせいか、やっと顔を起こした。
「ごめんシロン、動けないの……シロンの、すてきすぎる……」
「ポレッカもすてきだったよ」
「そう? よかった……」
 そのままではさすがに他の者に分かってしまうので、続きの間につれていくことにした。立ちくらみとでも言って椅子に座らせておけばいいだろう。
 抱き上げると、ポレッカはきゅうっと体を縮める。
「やだ、触られただけで……ねえシロン、またしてね? きっとよ?」
「いいよ。でもね」
 クリオンは苦笑ぎみに言った。
「ポレッカが料理なら……後片付けもちゃんとできなきゃね」
「う、うん! がんばるから!」
 こくこくとうなずいてから、ふーっとポレッカは幸せそうに目を閉じた。
「でも、今はもうちょっとひたらせて……」
 ポレッカを隣室の椅子に座らせて、浅い眠りに落ちたようだと見て取ると、クリオンは再び、困惑の顔になった。
 下腹が、収まらない。絶頂の瞬間の心地よさは一回ずつ激しくなっているようだが、それとともに何か大事な力が体の中から汲み取られていくような消耗感がある。チェル姫の飲み物はまだまだ効き目を失わないようだった。
「まったく……どうしよう」
 一人クリオンはため息をついた。


 二時。今日の午後は、内務を司ることになっていた。
 務めの前にチェル姫を探してみたが、彼女は朝方クリオンに放り出されたためにひまになったのか、キオラと共に城下へ遊びに出てしまっていた。あの飲み物について聞くことはできない。
 かといって、侍医のリュードロフに相談したらどうなるか。何か危険なものだったらもちろん治療してもらえるだろうが、その際には体中をいじくり回されることになる。以前、子作りのためにクリオンの精を調べたときのように。あの山羊ひげの老人は別にいやらしいことをするわけではないのだが、その逆で、徹底して情緒がない。裸にしたクリオンの体を前から後ろから検分しながら、健康的な房事とはいかにして為すべきかを、隠語のひとつも使わず露骨な単語を駆使して説明し――よろしいですか子作りの要諦はいかにして精を卵に届かせることかでありますれば、陛下の陽物を女性の股に正しい角度で挿入せねばなりません。されば最適な体位というものは一におもて向き合う、二に尻からまぐわるの順によろしく、獣みなこの姿勢にて子を成し人とても違いはございません、うんぬん――実際にそういう姿勢をクリオンにとらせたりする。
 若すぎるクリオンが頼りないのだろうが、はっきり言えば疲れる相手なのだ。
 そういうわけで思い切って彼に話すこともできず、クリオンはやり場のないうずきを抱えたまま午後の務めにあたることになった。
 クリオンが皇帝の務めに慣れるまでそばで監督していたレンダイクは、少し前に城内の帝国府に戻り、最近はクリオン一人で執務を行うようになっていた。文官が届ける書面を吟味して裁定し、陳情の者があれば指示を下す。
 それらは一度レンダイクのところを通ってきた案件ばかりだから、不慣れなクリオンでもなんとか処理できる。しかしそれは普段の場合で、今日に限っては、簡単な案件ひとつ処理するにも、頭が重くて考えがまとまらなかった。
 理財省から上がってきた租税関係の書面に並ぶ、羊皮紙から数字があふれ出しそうな複雑な案件を前にして、ついにクリオンは音を上げた。
「だめだ、頭に入らない……」
 執務机から立ち上がる。側仕えの文官があわてて聞く。
「陛下、ご下問でしたら私めが取り次ぎますが……」
「予が自分で行く。ちょっと気晴らしをしたいんだ」
「しかし……」
「いいから」
 渋る文官を無理やり押し切って、クリオンは執務室を出た。
 帝国府はフィルバルト城の一角に建てられた三階建ての広大な館である。貴族に代わって平民文官が台頭し、口先と腹芸の代わりに書類で国事を取り仕切るようになって以来、こんな建物が必要になった。クリオンは渡り廊下を通ってそこへ向かう。
 中では長い廊下の左右の部屋で、文官たちが活気に満ちた様子で仕事をしている。部屋に出入りする者たちも、誇りと自信に満ちた顔をしている。いまや彼らが帝国を動かしているのだから当然だ。
 だが、動かすのと支配するのとは別である。
 クリオンが姿を現すと、一瞬戸惑ってから、彼らは例外なく廊下の壁に張り付き、深々と頭を下げる。飛び上がって驚いた下級文官が部屋に駆け込み、各省の司が山のような部下を引き連れて飛び出してきて、膝に額をこすり付けんばかりにおじぎしながらおそるおそる聞く。
「これは皇帝陛下、本日はいかなご用件でお越しあそばしましたか」
「ああ、いいからいいから」
 適当に手を振りながら、クリオンは足早に歩いていく。春の変革以来、文官たちの彼への心服は絶対のものとなった。絶対になりすぎていて、彼を神格視する者まで出てきている。それがちょっとわずらわしい。これじゃ気分転換にならないかなあ、とクリオンは後悔しかける。
 だが、うまく距離を保ったうえで臣従している文官もいる。その一人が、理財司のサレスチナ・イマロンだった。
 クリオンが理財省に入っていくと、喧騒に満ちていた室内が潮が引くように静まり返った。窓際の大机で、銀髪の女性が、あら、と立ち上がる。
「クリオン陛下。いかがなさいました」
「うん、ちょっと租税の件で話が……」
「お咎め立てではないのですね。かしこまりました、こちらへ」
 イマロンは奥の来客の間へと歩き出す。その途中で室内を振り返り、音高く手を叩いた。
「陛下のお相手は私がつとめます。ほらみんな、仕事を続けて!」
 文官たちは再び各自の仕事に戻る。失礼いたしました、とイマロンは軽く頭を下げた。彼女と彼女の部局は過度の儀礼で時間を無駄にしたりはしない。皇帝が出て行くまで全員が直立不動だった前帝時代なら、その場で斬り伏せられてしまうような態度だが、クリオンはかえって気が楽で、それを許していた。
 あまり皆が普通の様子なので、奥の間に先客がいることに気付かなかった。
「……エメラダ!?」
「あら、陛下」
 なんとそこでは、エメラルドの髪を持つクリオンの愛妾の一人が、テーブルを挟むソファにかけていた。いつもと大分様子が違う。
 服装は腰を銀鎖でしばっただけのクリーム色のワンピース。ティアラもネックレスもつけておらず、あまり飾り気がない。のみならず、眼鏡をかけている。色気からほど遠い格好で足を組んで、片手に書面をもったりしている。
「なにしてるの、こんなところで……」
「なにって、商談」
「商談!?」
「お父様が泣いて頼むのよ。貴族が落ちぶれたから、彼らと取り引きしていたフィルバルト商工連盟の商人が日干しになっちゃったの。せめて帝国府との取り引きだけでもなんとか増やしてくれないかって」
「困るよ、そんな勝手なことされたら」
「陛下を困らせたりしないわ。あたしだって、あのごうつくばりのお父様の頼みを丸のまま聞く気はないし。でも、まだまだ帝国府には商売がわかってない人が多いのよねえ。そのへん叩き直して、両方の得になるようにしようと思って……」
 言いながらエメラダは、テーブルの向かいの文官に向き直る。誰かと見れば、イマロンの右腕ともいえる、若手の切れ者、キンギュー理財補司である。
「なによ、この赤豆三万袋で六万五千メルダって額は。とんでもない暴利だわ、どこから買ってるの? エイシャム商会?」
「あそこは四十年も前から取り引きのある商人なので……」
「馬鹿にしてるわ、卸値も四十年前のままじゃない。あの頃は第二十九次ガジェス討伐戦で、穀物が軒並み暴騰していたでしょ。今だったらこんなの五万かせいぜい五万一千よ! うちから買ってよ、うちならそれで売るわよ」
 詰め寄るエメラダに、キンギューは困ったような笑みを見せる。なおもエメラダはまくし立て、結局五万とび五百で実家から仕入れさせることを認めさせてしまった。
 クリオンを振り返る。彼が持っている書面を見て、それはなに? と手にとる。
「ふうん、北方領の租税改訂か……なに、人別帳と税額が全然合わないの? こんなの領主が人数ごまかして横取りしてたに決まってるでしょ。再調査よ再調査」
「ああ、それは……私が北方を回った時に調べました。新しい数字がこちらに」
「そう?」
 軽く眼鏡を直して、キンギューが差し出した書面を覗くと、エメラダは慣れた様子で計算尺を動かし、羽根ペンでちょこちょこと数字を書き直して、あっさり税額を決めてしまった。
「思ったより増えないのが妙だけど、まあこんなとこでしょ。はい、陛下」
「へーえ……」
 クリオンはまじまじとエメラダの顔を見つめた。
「エメラダ、才能あるんだね」
「馬鹿にしないでよ、これでもフィルバルト一の商人の娘よ、あたしは」
 エメラダは得意げに豊かな胸をそらす。そういえばそうだった。クリオンを誘惑して、ソリュータとケンカすることばかりが彼女の能ではなかった。いつもはあまり見せないが、そういうところもあったのだ。
「見直したなあ」
 クリオンがうなずいていると、キンギューが手を伸ばして、ごく自然に、エメラダの手を握った。
「ありがとう、助かったよ。やっぱり君は僕にとって必要なひとだ」
「……そ、そう?」
 エメラダは微笑みかけたが、途中で妙な顔になった。キンギューが手を離さない。曖昧な笑顔のまま、エメラダは振り返って、背後のイマロンに小声で言った。
「……ちょっと理財司さん、どうしたの、彼」
「旅の疲れがまだ抜けていないようなんです。執務中に呆けていることもあって。……キンギュー、お妃様に失礼よ」
 イマロンの咳払いを聞いて、キンギューははっと我に返ったような顔になった。あわてて手を引いて、そうか違うんだ、と妙なことをつぶやく。
 薄気味悪そうに彼を見つめると、エメラダは立ち上がり、クリオンの腕を引いた。
「行きましょ、陛下。もう用事は済んだでしょ」
「う、うん」
 ぼんやりとしたキンギューと、申し訳なさそうな様子のイマロンを置いて、二人は理財省を出た。
「ああ、肩こった」
 渡り廊下を歩きながら、エメラダは背伸びして首を動かす。
「お金数えるのもいいけど、やっぱり奥院で遊んでるほうが気楽ねえ。陛下、これからどこかに行かない?」
 振り向いて笑う。確かに彼女は、商売の才能もあるのだろうが、そうやって遊びまわっているほうが生き生きとしているようだった。クリオンもつられて笑う。
「行きたいけど、まだ務めがね」
「なんだ、つまんないなあ。……でもちょっとならいいでしょ? あそこはどう?」
 王宮の庭園の一角を指差す。その先にあるのは、差し渡し三百ヤードもある、こんもりと茂った森だ。半島からの植物を移植した南国庭園である。
「前から行ってみたかったのよ。あそこ泉もあるんでしょ。水浴びしましょうよ!」
「でも……」
「いいから。ちょっとだけ!」
 渡り廊下では他の文官や近衛兵なども遠巻きに見ている。だがエメラダは構わずクリオンを外に連れ出してしまった。付き人たちを半ば振り払うようにして、庭園に駆け込む。
「わあ、ほんとに南国だわ」
 そこは、怪物のようなシダや腕ほどもあるつるを巻きつかせた、雲突くばかりの巨木が立ち並ぶ、密林だった。十歩も入ればまったく見通しがきかなくなり、むっとするほどの熱気と湿気が体を包む。
 小道にはびこる柔らかな苔を踏んで、さらに奥へと向かった二人は、息を呑んで立ち尽くした。
「滝まであるんだ……」
 そこは小さな滝壷になっていた。十ヤードほどの崖から白いしぶきが降りそそぎ、岩に囲まれた澄んだ淵に波紋を広げている。クリオンもここに来るのは初めてで、まさかそんな本格的な造りだとは知らなかった。
「誰も見てないわよね。……もうこうなったら泳ぐしかないでしょ!」
 何がこうなったらなのか分からないが、エメラダは勝手に決めてしまった。頭を使った反動と、森に溜め込まれた晩夏の熱気のせいで、タガが外れたらしい。せっかくの大人びた衣装を、落ち着いた雰囲気ごと勢いよく脱ぎ捨てて、明るさだけをまとった生まれたままの姿で滝壷に飛び込む。
「陛下も早くいらっしゃいよう!」
 白いふくよかな裸身を水に浮かべながら、エメラダが招いた。その姿を目にすると、クリオンの中でうずいていたものがはじけた。
「エメラダ」
 服を脱ぐのももどかしく、クリオンも飛びこんだ。適度にぬるんだ水の中を抜き手を切って泳ぎ、両手を差し伸べるエメラダに追いつく。
「ほら、水かけちゃうわよ。……え、陛下?」
 足が立つか立たないかという深さのところで、いきなりクリオンに強くしがみつかれ、エメラダはあわてて四肢を振り回した。
「どうしたのこんなところで! 気持ちは分かるけど急すぎ……ちょっと、溺れちゃう!」
「エメラダ、お願い」
「こら! いくら陛下でも怒るわよ!」
 溺れかけながらエメラダはクリオンを引きずって、ようやく岸辺の苔の上にたどりついた。その体にクリオンが覆いかぶさる。
「エメラダ、させて」
「ど、どうしたの? 変よ陛下」
 さすがに彼女は、ポレッカのようにおびえて暴れたりはしなかった。巧みに仰向けになってクリオンを抱きとめ、性急に求める彼の体を片手で押しとどめながら、もう片方の手を下腹部に伸ばした。あ、と艶っぽい笑みを浮かべる。
「もうこんなに……おとついの夜よりもすごいじゃない。やっぱり場所が変わると興奮する?」
「そうじゃないけど、我慢できないんだ」
「そうじゃないって、じゃあなんなの」
 言いながらエメラダは、とりあえず手でクリオンのものを刺激して、彼女らしい率直な方法でクリオンの熱情をそらす。
 鋭い欲望をひとまずそうやって受け止められると、くたりと体を任せたまま、クリオンは切れ切れに事情を話した。聞いたエメラダがつまらなそうな顔になる。
「なによ、あたしがほしいんじゃないの。させてあげるなら誰でもいいのね」
「誰でもってわけじゃ……」
「誰でもじゃない。寝起きチェル姫、朝にレザ、昼にポレッカと来て、たまたま次があたしだっただけでしょ」
「みんな好きなのはほんとだよ! お願いだから、意地悪しないで……」
「……いーや」
 エメラダは冷たく首を振った。そんなあ、とクリオンは情けない顔になる。
「エメラダだってぼくのこと好きでしょ」
「もちろんよ。あたしを名指しで求めてくれるんなら、いつでもどこでもどんなことでもさせてあげる。でも、単におかしくなってるだけの陛下なんて、あたしはいらないわ」
「いらないって……ひどい。ぼくだって好きでこんなことしてるわけじゃないのに」
「……そこまで苦しいなら、まあ手伝ってあげないでもないかな」
 不意にエメラダは意地の悪い笑みを浮かべると、クリオンの体をくるりと仰向けに回し、体を起こして後ろから抱き包んだ。
「してあげる。ただし、手だけよ。あたしの中には入れてあげない」
「そんな……」
「さあ、大事な精を外に出しちゃいなさい!」
 脇から腕を出したエメラダが、両手でクリオンのものをしごき始めた。彼女に与えるための精を、受け止めるものもない外に捨てなければいけない。皇帝のクリオンにとって屈辱的なことだったが、そんな些細なこだわりは、激しくなるうずきの前にいとも簡単に溶け消えてしまった。
 エメラダの柔らかな太ももが、下腹が、乳房が、極上の安楽椅子のようにクリオンの尻と背を支えている。背後から耳に息を吹きかけられ、耳たぶに舌が差し込まれる。十本の指がクリオンの幹の裏側やつるりとした先端、内ももや袋のまわりまで繊細にくすぐりたてる。逃げようと思っても逃げられず、逃げたくなくなるほど甘美な拘束だった。
「どうかしら、これじゃ不満?」
「んう……ううん、きもちいい……」
「そうよね。なんだ、これって親切すぎるのかしら?」
 そうかもしれなかった。クリオンは動く必要も、考える必要もない。エメラダの柔らかさに包まれたまま、すべてを預けきって、ただ快感を味わえばいい。
 エメラダもそれに気付いたようだったが、止める気はないらしかった。
「ま、いいか。……こういうのって初めてだものね。ふふ、陛下が我慢できなくなっちゃうところ、しっかりと見ていてあげるわ」
 吹きかけられる言葉に熱がにじんでいる。交わりに慣れている彼女は、男を絶頂に追い込むだけのことにも、喜びを感じられるらしかった。
「ほら……陛下ぁ……あたしのおっぱい気持ちいいでしょ? おなかあったかいでしょ?」
「うん、うん」
「陛下がほしくなってるのよ。でもさせてあげないわよ。あたしだって我慢するんだから、陛下も我慢して出しちゃって!」
「う……ん……出る、出ちゃう」
「そうよ、さあ、ぴゅうって!」
「え、エメラダぁ!」
 泣くような声を上げて、クリオンはひくっと腰を突き出した。硬い幹をエメラダの指が強くしぼり上げる。
 一筋の線となって白いものが飛んだ。がくんがくんと腰を震わせながら、クリオンは滝壷の水面に滴をまきちらす。体の中が真っ白に溶けて先端からほとばしっていくような凄まじい快感。だがそれと一緒に体力も流れ出していくような虚無感。
「あはぁ、陛下、すごぉい……」
 人形のように激しく震えながら忘我のまま絶頂するクリオンの様子に、エメラダも精神的な快感を覚えた。腕の中で無力に痙攣するだけの少年の体が愛しくなり、きゅっと力をこめて抱きしめた。
「えめ……ら……」
 半眼になったクリオンがぐったりと体を預ける。その耳に、甘いささやきが忍び込んだ。
「陛下、とってもかわいい。――今度は夜にいっぱいしてね」


 夕刻六時から、フィルバルト城の大広間では、西方からの賓客を招いた晩餐会が催されるはずだった。
 だがクリオンはそれに出席せず、一人、抜け出した。賓客をもてなすどころか、まともに話すこともできないほど、体力が消耗していたからだ。
 それなのに体内でくすぶる欲情がますます強くなっていることも、逃げた理由の一つだった。晩餐会には城の内外から美しい娘たちも集まってくる。今そんなものを見たら、その場で押し倒してしまうかもしれない。
 晩餐会を取りしきるレンダイクたちの目をのがれて、ふらふらと城の中をさまよったクリオンは、気が付くと、いつのまにか奥院の鐘楼の上にたどりついていた。
 西の地平に沈む夕日を受けて、街並みの甍が紅に輝いている。日中の熱気はようやく薄らぎ、爽やかな涼風が肌を打つ。しばらくここで休もう、とクリオンはベンチに腰を下ろした。休むどころか、すぐにでも侍医のところへ行ったほうがいいような体調なのだが、そのことに思い至らないほど思考力が落ちている。
 座り込むと、尻が貼り付いたように立てなくなった。冷や汗が浮かび、熱っぽい。そのくせ腹の下を見ると、歩くのも難しいほど固くなったこわばりが、短衣の裾を持ち上げているのだ。
「ぼく、どうしちゃったんだろう……」
 休んだ後にどうするべきなのか、考えがうまくまとまらない。股間はずきずきと熱っぽく脈打っている。自分でも意識しないうちに、クリオンはそこをまさぐりだしていた。布の上から円を描くように撫でさする。
 その時、軽い驚きを帯びた声がかけられた。
「陛下、なにをなさっているんですか?」
 鐘楼の出口に、夕日を背にして人影が立っていた。戴帽した金髪に陽が透けてきらきらと輝く。帝国府文官の二つ揃いに包まれたあでやかな体が、逆光を受けて輪郭を浮かび上がらせていた。――顔は見えない。
「……誰?」
「スーミー・シャムリスタにございます。総監の命令で陛下をお探ししておりました。陛下はよくこちらにいらしているようなので……」
「スー……ミー?」
「はい」
 レンダイクの祐筆である二十五歳の女は、整ってはいるもののあまり生気を感じさせない美貌を傾け、うなずいた。クリオンの様子を見て、ベンチのそばに近付く。
「どうかなさったのですか。お体が?」
 かがんだ拍子に胸元から、香水か体臭か、彼女独特の麝香のような甘い香りが広がった。匂いに記憶を呼び覚まされて、クリオンは思わず両手を突き出す。
「だ、だめ、スーミー。近付かないで」
「そうおっしゃいましても。総監から、必ず陛下をお連れするように命令されておりますし。――第一お体が悪いのでしたら、このまま下がるわけには」
 そう言うとスーミーはベンチに片膝をつき、クリオンの顔を覗き込もうとした。
「だめだってば……」
 突き放そうとしたが、手は意思に従わなかった。スーミーの肩に触れたとたん、獲物を見つけた蛇のように勝手に動き、押し離す代わりにその下へと滑った。布越しに、重いふくらみの感触。そこにぐいっと指を食い込ませる。
「す、スーミー……ごめん……」
 クリオンはあえぎながら顔をそらす。指の震えは、必死にそれを引き離そうとしているからだ。だが、指は貪欲にスーミーの柔らかさを味わい続ける。
 胸元に目を下ろしたスーミーが、別段腹を立てた様子もなく言った。
「お謝りにならなくとも結構です。以前も申し上げましたけれど、こういうご用命ならそうだとおっしゃってくだされば、私は従わせていただきますから」
「でもきみは男爵の」
「それがなにか。この帝国のものは川の水一滴、森の木の葉一枚まで、皇帝陛下のものです。私はイシュナス様の愛人ではありますが、それ以前に陛下のものでございます」
 彼女から一つの許しを受けたことで、クリオンのためらいがかき消されていく。違うのだ、気にしなければいけないのはそんなことではなく、異常の欲望の昂ぶりをこそスーミーに訴えるべきなのだが、禁忌が外され、力を増した情欲の前に、そんな思考は押し流されてしまう。
「スーミーっ」
 胸を這い回る手が、首元に伸び、触れた肌の滑らかさに吸い寄せられて、さらに鎖骨へと潜り込んだ。下へ、胸元へ、力あまって上着のボタンを飛ばしてしまい、薄い下着を引き裂きさえして、飢えたようにスーミーの乳房にからみつき、そのもっちりとした肉を服の外へすくい出してしまう。
 薄暗く暮れていく空の下に現れた、二つの乳房。垂れる寸前まで熟れきった豊かな果実。先端は桜色ではなく黒ずんでいるわけでもなく、唇のように赤い。クリオンはそこに顔を寄せ、母にすがる赤ん坊のように頬を埋める。すると、薄く浮いた甘い香りの汗がぺたりと張り付き、クリオンは思わずそれをなめてしまう。
 押し込んだ舌がぷつりと突き通りそうなほど、スーミーの肌は柔らかい。柔らかいというより軟らかい。エメラダの肌のようなはじけそうな弾力の代わりに、どれだけでも押し包む受身の柔軟さがある。クリオンはそれに溺れていく。
「スーミー、ごめん、スーミー……」
 口の中に吸い込むようにして柔肉をほおばりながら、クリオンは謝り続ける。冷ややかな目でそれを見下ろしていたスーミーが、すうっと薄い笑みを浮かべた。
「何度も申し上げましたけど――陛下は私をお使いくださるだけでいいのです。女だと思う必要もございません。私はそのように扱われるべきものです」
「ものだなんて、そんな……」
「そのほうが、私も――」
 スーミーは不自然に語尾を切る。見上げたクリオンは、彼女の目の異様な光に気付く。
 抑えた無表情はいつものまま。だが瞳の光は明らかに強い。白皙の頬にかすかに朱がさしている。
 世の中には、冷たい扱いを受けることでかえって興奮する人もいるという。ひょっとするとスーミーはそういう人じゃ……クリオンは想像する。
「じゃあ……スーミー……」
「ええ。ご自由に」
 クリオンは震える手をスーミーの頭にかけ、おずおずと引いた。促されるまま、スーミーは頭を下げ、クリオンの腰に顔を近づける。そこでクリオンの意図に気付いたのか、ベンチから降り、短衣の裾に手を入れて、クリオンのズボンと下着を巧みに引き下げた。現れたものをじっと見つめる。
「かなり切迫しておりますね……」
 クリオンのそこは、すでに何人もの娘たちを貫いたものとは思えないほど、今でも鋭くきばり立っていた。細い幹の先で張り詰めた先端がつやつやと光り、切れ込みに滴が浮いている。しかし度重なる酷使のせいで腫れたように赤く染まり、根元近くの皮膚はあまり気味にゆるんでいた。
 スーミーは真紅のぽってりした唇でその皮を甘噛みし、さらに舌を伸ばして、クリオンの根元の凝りをちろちろと刺激した。その部分が勝手に反応して、びくびくと痙攣する。
「……お疲れのようですけど、精は溜まってきておりますね」
「へ、変なんだ。いくらぼくでも、こんなに出るはずないのに……」
「でも、まだ数度分はあるのでは。一度私の口をお使いになりますか」
「お願い……」
「では」
 軽く目礼しただけで、あっさりとスーミーはそれを飲み込んだ。
 クリオンの見下ろす前で、白い頬の内側に、ぬるぬるとこわばりが消えていく。唇が、舌が、口蓋が、そして喉までが、はっきりと先端に感じられた。使って下さい、というのは社交辞令でもなんでもないようだった。スーミーは、その美しい容貌と口を、クリオンの欲望の処理のためだけに捧げる気のようだった。
「んん」
 上目づかいに見上げて、スーミーが口内をうごめかせる。たっぷりとあふれさせた唾液の中で、きゅうっと強烈な吸引の感触があった。スーミーが思い切り吸っている。
「んぐっ!」
 ひとたまりもなくクリオンは暴発した。スーミーの頭を腹に抱え込んで、ぐいぐいと腰を突き出し、大量の液を粘膜の間に流し込む。
 味わいさえせずに、スーミーはそれをすべて飲み下した。いったん放出が止まったあとも、管の中に残っていた一滴までも吸い尽くし、それが済んでからも、顔を離さずに愛撫を続ける。むずがゆいような感じを受けながらも、クリオンは再びたけり立ってしまう。
 受け入れたときと同じように、ずるずると見せ付けるようにゆっくりそれを唇から押し出すと、スーミーは軽く口元を拭って、口調だけは相変わらず冷静に尋ねた。
「まだ残っているようなので、とりあえず次のために立たせて差し上げましたが……もう一度お飲みしましょうか? それとも――」
 ごくり、とクリオンは唾を飲み込んだ。スーミーの静謐な顔の中で、瞳だけが熱っぽく輝いている。何を求められているのかは、明らかだった。
「……させて、くれる?」
「お望みとあらば」
 注意して見なければ気付かないほどの笑みを浮かべて、スーミーは立ち上がった。再びベンチに両手をつき、ぴったりしたスカートで覆われた肉付きのいい尻をクリオンに向ける。
「お使いください――」
 スカートの裾に片手の指をかけ、くるりとめくりあげる。大人の女の、豊かに張った、しかし少しも型崩れしていない見事な双丘が現れる。さらにスーミーは、谷間を覆う藤色の下着を横にずらし、二本の指で二箇所を指し示した。
「どちらでも、お好きなほうを」
 クリオンは無言で体を起こし、糸に引かれるように腰を近づけた。スーミーが指で開いている、充血したひだのあいだに細い先端を押し当てる。
「そちらですか。もう私の準備はできているので――」
 皆まで言わせず、押し込んだ。
 内部にすでに満ちていた粘液がはじけるようにあふれ、ずぷりと音さえした。その音としぶきを封じ込めるように、クリオンは腰を押し付ける。硬さは一切なく、ただ何枚もの舌が重なり合ったような熱いひだが、隙間なく軟らかく締め付けてきた。
「うあ、スーミーぃ……」
 クリオンはうめく。「はい?」とスーミーは平静な様子で聞く。だが彼女がまったくの受身でないことは明らかだった。口ではそっけない返事を返しつつ、胎内では筋肉の管をうねうねと蠕動させて、クリオンのものをさらに奥へ飲み込もうとしている。
「す、吸ってるよ」
「……ええ」
「そんなにほしいの、スーミー。ぼくのがほしいの?」
「ほしいということはございません」
 スーミーは、ついと顔を背けて、つれない返事をする。
「……ただ私は、陛下が心地よくなられるよう、お手伝いするだけです」
「スーミー……も、もうっ!」
 あくまでも冷静さを失わないスーミーの態度に、クリオンの頭の中がかっと燃え上がった。
「ほんとに、ほんとにひどくするからね!」
 言うが早いか、クリオンはしゃにむに腰を動かし始めた。レイピアで敵を刺すような激しさで、スーミーの胎内をめちゃくちゃに突き荒らし、少しでも彼女を乱そうとする。
「あ、陛下、あ」
 スーミーが少しずつ声を漏らし始めた。その背にクリオンは思い切り体重を預け、脇に両腕を回してあらわのままの乳房を強くつかんだ。小柄とはいえ、思春期の少年の若々しい力と全体重をぶつけられては、スーミーも平静な容姿を保ってはいられなかった。
 上体を抱き潰されて肺からくふっと息を漏らし、体を支えきれずにベンチに突っ伏す。ベンチの座板に、クリオンの手のひらごと豊かな乳房が押し付けられる。潰れた乳房が律動にあわせてふるふると前後に滑る。
 乳房だけでなく手足も痙攣を始めている。投げ出された手が何かをつかむように指を開閉させ、ベンチから落ちたしなやかな片足は靴が脱げ、人形のようにがくがくと跳ね回る。
 苦しげな、嬉しそうな、混ざり合った感情のにじむ声でスーミーがうめく。
「そうです、陛下……私を……めちゃくちゃに……」
「してるよ! 壊しちゃうよ、誘ったスーミーが悪いんだからね」
「ええそうです、そして、陛下の心を……すべて、吐き出して……」
「吐き出すよ、好きだからじゃないよ、出したいから出すだけよ?」
「それで……結構です……」
「スーミー!」
「く」
 胸の下の肢体に、ぐっと乱暴なまでの力をかけて押さえつけ、クリオンは腰の奥の圧力を開放した。正体の知れない薬によって作られ、歪んだ欲望によって高められた、二つの意味で汚れた体液が、スーミーの腹の中を無遠慮にどろどろと汚していった。
「…… ……」
 ぐいっ、ぐいっ、と奥にねじ込みながら、軽く噛みついたスーミーの肩で、クリオンは彼女のささやきを聞く。
「スー……ミー……なに?」
「陛下の……暗い、穢れた心が……わかります」
 抑制が外れたような歓喜の、それでも小さな声が言った。
「甘美でしたわ……」
 ぞくりと背筋が冷たくなった。いま、ぼくは――
 だが何か考える前に、スーミーががばっと体をひねって、クリオンの顔を両手で挟み、ぶつけるように熱いキスを押し付けてきた。
「まだです。まだ陛下はご満足されていないはず。私の中のものが、そう言っています」
「す、スーミー」
「全て、全て出し尽くしてください」
 きゅううっ、とスーミーの肉がクリオンを包みあげる。それきりクリオンの理性は溶け、時間もわからなくなるような肉欲に突き動かされ、再び、終わることのないような交わりに引きずり込まれていった。


 頬に冷たいものを押し当てられて、クリオンは意識を取り戻した。
「……ここは?」
「あ、お気づきになったわ」
 ぼやけた視界に、黒髪で縁取られた清楚な白い顔が現れた。ソリュータだった。
「ソリュータ……ぼく、どうして……」
「まだ起き上がらないで下さい。陛下は鐘楼で倒れられたんですから」
「倒れた?」
「ええ、シャムリスタ様が伝えてくださったんです。だからみんなでお部屋にお運びしました」
 濡れた布でクリオンの頬を拭いながら、ソリュータが労わるように言った。確かにここは奥院の自分の部屋だった。寝台に体を埋めながら顔だけ動かして見回すと、他の娘たちも集まっていた。レザ、エメラダ、ポレッカ、キオラ、チェル姫。しかしスーミーの姿はない。
「……スーミー、何か言ってなかった?」
「え? いいえ、何もおっしゃっていませんでしたけど……」
 するとスーミーは、やはり今までと同じように、あのことを二人だけの秘密にする気なのだろう。クリオンは安堵した。言いわけしてできないことはないだろうが、できればあのことは、ソリュータたちには秘密にしておきたかった。
 寝台のそばに膝をついたソリュータが、姉のような慈愛にあふれた眼差しで見つめる。
「お疲れになったんですね……ゆっくりお休みになって下さい。晩餐会の予定は取り消しましたから。何か召し上がります?」
「ううん、食欲がない……」
 つぶやきながら、無意識にソリュータの手を握ろうとしたクリオンは、はっと思いとどまった。油断するとまた、わけの分からない衝動に突き動かされて、ソリュータに押し倒そうとしてしまうかもしれない。
「ソリュータ、離れて」
「え?」
「ぼく、いま変なんだよ。女の子がそばに来ると、体が勝手にひどいことをしちゃうかも――」
「ひどいと分かっていてなさったのですね。まったく、侮辱ですわ」
 長椅子のレザがご機嫌斜めの様子で言った。クッションを抱きしめたポレッカが同調する。
「ほんとよ。私、シロンが私だけをほしがってしてくれたと思ったのに……他の子たちにもしてたなんて、いやだわ」
「他の子としてたかどうかはともかく、倒れるほど具合が悪かったのに言ってくれなかったってのは、どうもね。水臭いじゃないの」
 エメラダまで非難の眼差しを向ける。クリオンは弱々しく反論する。
「だってそれは、ぼくの意思じゃなくて……」
「はいはい、体が勝手に、なのよね。それで、どう? まだ陛下はいやらしい気持ちでいっぱいなの?」
 言われてクリオンは、自分の体に注意を向けた。そして、ぽかんとつぶやいた。
「あれ? ……治ってる」
 体中に綿を詰め込まれたようなひどい疲労感は、まだ残っている。だが、吐き気にも似た抑えきれないような欲情は、拭ったように消えていた。
「どうして」
「さっきソリュータが解毒剤を飲ませたのよ」
「解毒剤って……あれやっぱり毒だったの!」
 驚くクリオンの前で、娘たちはチェル姫に視線を向ける。
「そうよね、解毒剤なんてものがいるほどの薬って、一体なんだったの?」
「あれはマーラの魅薬なのよ」
「魅薬……?」
「ミゲンドラの苦行僧が使うお薬。あれを飲むと、気持ちいいことをしたくてたまらなくなるの」
 突き刺さるような視線を受けて、居心地悪そうに身を縮めながら、チェル姫がぶつぶつ言う。
「ミゲンドラの苦行僧は、悟りを開くために、燃える石炭の上で寝たり、木から何度も飛び降りたり、それは苦しい修行をするの。あのお薬もそのためのものなの。おかしな気持ちを我慢することで、心を鍛えるのよ」
「それ、ただの媚薬とは違うの?」
「違うわよ。だって、魅薬に流されて気持ちのいいことをし続けると、死んでしまうんだから」
「死……」
 唖然としたクリオンに代わって、ソリュータが怒りの声を上げた。
「そんな大変なものをクリオン様に飲ませるなんて、チェル姫、あなたは一体何を考えていらっしゃったんですか!」
「だってチェル、陛下がすごくなったところを見たかったんだもの」
 泣きべそをかきながらチェル姫が言いわけする。
「解毒剤をお飲ませすれば、すぐ治るんだもの。だから大丈夫だと思ったの」
「だったらそこまでやってから遊びに出て下さい!」
「ソリュータがその前に追い払ったんじゃないの!」
「その辺にしておきなさい、まったく」
 レザがうんざりした様子で割って入った。
「チェル姫には明日にでも、たっぷりとお仕置きをして差し上げます。今日のところは、みんな下がりましょう」
「あ、でも、お兄さまはぼくと一緒に、十二時までデジエラさんに軍学を教えてもらうことになってるんですけど……」
「陛下はお疲れです。キオラ殿下、あなたもチェル姫と同罪なのですから、他人事のような顔をなさっていてはいけません」
「……はあい」
 立ち上がったレザに続き、娘たちが部屋を出て行く。彼女たちが戸口で振り返って、一人の娘に視線を注いだことにクリオンは気付いた。
 その娘が、あとに残った。ソリュータである。ドアが閉じると、クリオンは彼女に目を向けた。
「ソリュータは行かないの?」
「クリオン様に万一のことがあるといけませんから……それともお一人がよろしいですか?」
「ううん、そばにいて」
 ほっとしたようにソリュータが表情を和らげる。微笑み返して、クリオンは深々と布団に体を埋めた。
「でも、よかった。ソリュータにひどいことをしなくて済んで」
「……ええ、私も、薬のせいでクリオン様に求められたら、我慢できませんでした」
 同意したにしては、やや回りくどい返事だった。ソリュータの顔を見つめたクリオンは、はっと気付いた。
 瞳をかすかに潤ませた、物言いたげな顔。その思いに気付かないほど、クリオンは鈍くはない。
 ソリュータも、求めているのだ。
 ためらいがちに聞いた。
「ソリュータ……一緒に寝たい?」
「……はい」
 やや表情をこわばらせたものの、ソリュータはきっぱりとうなずいた。立ち上がり、黒い侍女の服をするすると脱ぎ、たたんで長椅子に置く。
 飾り気のない清潔な白い下着だけの姿になった。つややかな黒髪と、ほっそりした伸びやかな肢体を、ランプの光がほの白く照らす。
「……来る?」
 こくりとうなずくと、ソリュータは寝台に上がってきた。掛け物を持ち上げて、クリオンの隣に体を滑り込ませる。
 同じ枕の上、同じ布団のくぼみの中に、ほんの指二本分ほどの隙間を置いただけで、二人は横たわった。吐息がかかり、体温すらも感じられる。手を伸ばすどころか、身動きしただけで触れることのできる近さに、他の誰よりも愛している相手がいる。
 ソリュータがかすれた声でつぶやく。
「みんな、私をここに残してくれました」
「うん」
「口は堅いですから、私が今夜ここにいることは、城の誰にも伝わりません。私と、クリオン様だけの……一夜です」
「……うん」
「だから……クリオン様……」
 それ以上、言葉に頼ることはせず、ソリュータはただじっと、すがるような眼差しをクリオンに向けた。
 クリオンに魅薬の効果が残っていたら、いや、そうでなくとも、普段の彼だったら、そのままソリュータを抱いてしまったかもしれない。だが、彼は昼の間に、情欲の最後の一滴に至るまで燃やし尽くされてしまっていた。それゆえに、欲望に惑わされない純粋な想いだけで、答えることができた。
「ごめん、ソリュータ。できないよ」
「……なぜですか?」
「ソリュータは他の子と違うもの。ぼく、ソリュータとだけは、政治や成り行きなんかでなく結ばれたい。誰にも文句を言われない時に、みんなに祝福されて、ソリュータと一緒になりたい。……まだ、無理なんだ」
 すでに一度、クリオンはソリュータを抱いている。だがそれ以来、たとえ彼女に対して劣情を抱くことがあっても、クリオンはそれを抑えこんできた。その思いを、クリオンははっきりと彼女に告げた。最初の一度は、情欲の交換ではなく、約束だったのだ。
「だから、ソリュータ、ごめん」
「……私、大切にされてるんですね」
 小さくつぶやいたソリュータは、やがて、明るく微笑んだ。
「分かってます。それなら、無理は言いません」
「……ごめんね」
「いいんです。それに、クリオン様は今、とても疲れていらっしゃるんですものね」
「うん」
 クリオンもようやく笑顔になり、うなずいた。
「そうだよ。とても疲れてるんだ。だから……このまま寝ちゃっていい?」
「ええ。おやすみなさい」
「おやすみ、ソリュータ」
 目を閉じたクリオンは、やがて寝息を立て始める。その横顔を、ソリュータはじっと見つめる。
 見つめながら、手を伸ばしてクリオンの頬に触れる。両手でそっとはさみこむ。頭を寄せる。額をコツンと押し当てる。そして涙声でささやく。
「分かってます。分かってますけど……」
 体を起こして少年の顔を覗き込む。
「抑えられないときがあるんです。他の子たちのように愛してほしいときがあるんです。薬を使ってでも壊れてしまい時があるんです。帝国のことも何もかも忘れて、あなたと二人だけで朝まで触れ合いたい夜が、私にだってあるんです……」
 クリオンの頬に光る滴がはじける。近付く顔。唇に唇が、点のように小さく触れ、そのまま強く押し当てたい思いを表して、さざなみのように細かく震える。
 だが、少女はゆっくりと顔を離す。
「……いけませんよね。クリオン様は、私だけのクリオン様じゃないんだから……」
 そっと体を横たえ、息を吐いた。それから、クリオンの手を両手で包み、宝物のように大切に胸に当てて、切ない祈りを込めたささやきを漏らした。
「でも、いつかは……いつかまた、愛してくれますよね?」
 伝わらない思いを込めながら、ソリュータはしっかりとクリオンの手のひらを握って、目を閉じる。
 ――鐘楼の四点鐘が、夜空の下で静まり返った王宮に、殷々と響く。
 午後十時。ジングリット皇帝は、いつもより早い眠りについている。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 そのような一日も、時としてクリオンにはある。一滴の血も流れず、誰も剣を抜かず、姫君たちの甘いささやきだけに彩られた、少し短めの一日がだ。
 平和な時代に冠を戴いた皇帝ならば、毎日がこういう様相だったろう。
 ――だが、クリオンの治める帝国は、たくさんの問題を抱えて、彼を休ませない。この日この夜にも、別の場所ではさまざまな騒乱の種が、ゆっくりと地下に根を伸ばしている。

 フィルバルト城地下の万薬房で、捕虜に食事を届けにきた兵士の死体を発見した者が、日課の戯れを一時棚上げにして、床の血痕を追っている。

 水浴びを済ませて城内の兵舎に戻った若い女が、私室のテーブルにいつのまにか現れた紙片を見て、顔をこわばらせる。

 城下のヘリネ街、貴族や高官の住むその街区の一画にある天領総監私邸で、淫らに体をうねらせる女の肩に目を落とした男が、鋭く問う。

 はるか大陸の東、大河の河口に広がる都市の工房で、薄衣をまとっただけの少女が演算盤に踊り、娘たちの体香で縛られた精霊を、力ずくで巨大な封球に押しこめる。

 代わって南方、雲が渦巻き雷の閃くガジェスの山険の奥地では、夜空の星々を覆わんばかりの巨鳥の大群を引きつれて、金の瞳の娘が吶喊の咆哮をあげる。

 さらに北方、いずことも知れぬ荒涼たる丘では、眠りを知らぬ賢者たちが、複雑に天球を渡る、ザナゴード、プランジャ、シムレス、エラフォン、ジーの五星を、焦慮の顔で見上げている。

 ――それらの災いの種は、やがて地上に芽を出すだろう。
 もっとも早く現れるのは、この芽だ。


 背丈を越える長さの槍斧が、優雅で危険な円を描いて舞い、背教者たちの腕を、胴を、首を、次々と断ち割る。
 絶望のわめき声を上げながら背後から飛びかかる者がいる。しかしそれをいともあっさりと、マントの裾を翻してよける。構えた盾は五星架が浮き彫りにされた巨大なバンカーシールドだ。体重をかけた突進で体ごとその盾をぶつけ、吹っ飛んだ相手を俊敏な歩運びでさらに追い詰め、続けざまの槍斧の突きで蜂の巣にする。
 路地に追い込んだ密偵たちを、五分とかけずに殺戮してのけると、静かに動きを止めた。その背に軍司教の声がかかる。
「ようし、もういいぞ。討伐尼ハイミーナ」
 振り返って、顔まで隠す兜を脱ぐと、銀糸の滝かと見まごうばかりに美しい髪が流れ落ちた。月明かりに照らし出された顔の目鼻立ちはくっきりと強く、口元はかたく引き締まっている。
「背教の徒は、これで誅し終えた、軍司教どの」
「何もすべて殺さずともよかったのだが」
 人がやったというよりは聖霊が暴れたような、無残な死体の数々を見まわしながら、灰色の法衣の軍司教はうそ寒そうにつぶやいた。とたんに、熱した刃のような鋭い反問が飛んだ。
「密偵は転ばない。異端成敗を旨とする我が審問軍が、彼らを生かしたままにしてよいのか?」
「……帰依させることができなくとも、使い道はある」
「それは私たちのするべきことではない。イフラ邪教審問軍団は剣によって神に仕える団だ。改宗せぬ者には死を与える、そのためだけに存在する。――軍司教どのは、団律をお忘れか」
「忘れるわけがない。それよりもハイミーナ、上位格の私に向かってその言葉遣いは、それこそ審理ものだぞ」
 吐き捨てるように軍司教は言った。ハイミーナは少し口を閉じたあと、気をつける、と短く言って再び兜をかぶった。
「引き上げる!」
 軍司教の命令に、審問軍一のつわものたちとして知られる、ザナゴード聖槍隊の討伐僧は、葬列のように並んで、月夜のフィルバルトの路地裏を歩き出した。
 先頭を歩く軍司教の隣で、副司教が耳打ちする。
「どうも扱いにくいですな、あの女は」
「ああ、かたくなに過ぎる。何しろまだ十八だ。その上、六歳のときから教会のパンで育っているから、融通というものが全然きかない。――堕落する心配だけはなさそうだが」
「どうだか。大星拝堂でのあの有様じゃ」
「……なんのことだ」
「ご存知ないのですか」
 聞き返して、司教がうなずくと、副司教はひひひ、と猿のような笑い声を立てた。
「真夜中の大星拝堂で、あの女の声を聞いたという者がおります。……あろうことか、睦言だったそうで」
「真夜中の? 深夜のあそこは、大神官殿しか……」
「だから。大神官殿が」
 突然、司教は、副司教の口元に拳を叩きつけた。副司教は半歩たたらを踏み、きっと司教をにらみつけたが、すぐに彼の意図に気付いて、そそくさと目を伏せた。
 大神官を誹謗したりすれば、断罪は免れえない。それを防ぐための気配りだった。
「くだらん噂を……」
 そうつぶやいたものの、司教はふと、隊列の後ろを振り返った。
 黙々と歩く列の半ばに、ハイミーナの姿が見える。屈強の討伐僧の中にあっても見劣りしない長身の女だが、無骨なマントと鎧の下には、おそらく若さが匂いたつような見事な肢体を隠している。表向き禁欲を強いられている僧たちは、彼女の美貌を見かけるたびに、そのことを想像するのが常だった。
「まさか、な……」
 司教だけではない。今の話を漏れ聞いた僧たちが、ちらちらと彼女に好奇の目を向ける。
 ハイミーナは黙って歩いている。
 十二年受け続けたそういう視線の痛みを、神敵への憎しみに変えて、胸のうちでたぎらせている。


―― 第六話に続く ――




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