カピスタの細き紐
わたしがヒオリに近づこうとしたのは、中等三年の演習旅行のとき、同室の彼女のマスターベーションを目撃したからだ。
ううん、目撃、というのは正確じゃない。午前四時半、みなが寝静まった真っ暗な天幕の片隅で、わたしの隣の彼女だけが、後ろめたそうに息を殺して寝袋を揺らしていた。それを勝手に自慰だったと思っているだけだ。
彼女が見かけよりはるかに欲に弱い人だと。
近づこうとした理由はそれだけど、近づきたくなった理由はもっと簡単だ。ヒオリはハマンズダート弾道学院の今年の一年生の中でも、もっとも聡明で、優しく、リーダーシップがあって、見た目がいい。すらりとした敏捷そうな手足と、バター色の生き生きした肌、流れる墨のように美しい黒髪。二年後には自衛会長間違いなしだって言われている。
憎むのでなければ、誰だって憧れるような子だ。
反対にわたしは地味で、無愛想で、冗談も苦手だ。冷たい印象の銀髪と、白墨のように生気のない肌。野暮ったい眼鏡。城下の男の子に告白されて、不器用なりに付き合ったことはあるけれど、つまらない女だと言われてすぐふられた。そしてそんな自分を変える気力もない。
いい意味でも悪い意味でも、全然たいしたことのない人間。
何も力はないけれど、何かをしたいと思っている人間。
そんな自分に、とてつもないことが出来ると、ある日突然気づいてしまったら、どうするだろう?
たとえそれが常識に反したことでも、やってみたっていいじゃないか?
それは不潔なことだけれど、こんなわたしがあのヒオリを犯せたら、達成感が得られるんじゃないか?
以上、ただこれだけのことが、わたし・セリがヒオリを狙う経緯だ。
ヒオリの弱点は一つしかなく、その部分の守りも堅い。彼女が本当に淫らだったとしても、そんなことを明かすわけがない。まともに考えれば、それを知るのは彼女の夫になるはずの男だけだ。
彼女の弱点に触れるためには、時間と努力が必要だった。
1
泥土を蹴立てて走る彼女の足は、やはり速かった。
「きゃあ、濡れる濡れる!」
車軸を流すような夕立の中、雨具といえば皿型帽の上にかざした小さな手ぬぐいだけで走っているというのに、ヒオリはとても楽しそうだった。きらきらと光の粒が散っているような笑い声。艶のある黒タイツに包まれたすらりとした足が、目まぐるしく動く。わたしは無言であとについて行く。
やがて、尾根の上に立つ山小屋が見えてきた。「あれかな?」と彼女が叫ぶ。わたしは目を凝らす。軒に白と青の学院旗が下がっている。
「ええ、あれよ」
今夜の宿となるはずの小屋に間違いなかった。
転がるようにして小屋に駆け込み、扉を閉めた。室内を見回すと、規定どおり部屋の隅にひとまとめにした宿泊道具が用意されていた。宿泊道具といっても毛布と少しの食料だけだ。それを使って床で寝る。
伝令演習。見知らぬ土地を二人一組で踏破する訓練だ。
「ああ、濡れた濡れた」
振り向くと、ヒオリは皿型帽をテーブルに起き、手持ちの手ぬぐいを何度も絞っては、髪や肩を拭いていた。黒髪がぺったりと頭に張り付いている。それのみか、黒ラシャの制服まで湿って光を吸っていた。
わたしは彼女を正面から見つめて言った。
「中まで濡れたんじゃない?」
「どれどれ……」
縁にパイピングの施された胸元の合わせ目から中をまさぐって、ヒオリが顔をしかめた。
「濡れたわ」
「脱がないとね」
「脱ぐのは――」
ヒオリが何か言いかけたが、わたしは間を置かずにボタンを外した。ベルトを解き、コート状になっている長袖のワンピースを手早く脱ぎ捨てる。彼女の視線を意識していた。見せるために急いで脱いだ。
「先に火を起こさないとね」
ヒオリがつと目を逸らして石組みの小さな暖炉へ向かった。
わたしが下着と太腿までのタイツ姿になって毛布をかぶっても、ヒオリは制服を着たままで暖炉の火に当たっていた。わたしは彼女がどういう反応をするか知っていたけど、重ねて言った。
「ヒオリ、脱がないと風邪ひくわ」
「ん……いいよ、私は」
「恥ずかしいの?」
そう聞くと、こちらを向いたヒオリが、こくりとうなずいた。何も知らなければ、額面どおりに受け取っただろう。
けれどもわたしは、この反応で、彼女がもっと大きな秘密を隠していると確信した。
今の時点ではまだ、彼女がそれを明かしてくれないだろうことも。なんといっても、わたしと彼女は、出会って二年足らずの同級生に過ぎず、幼馴染でもなんでもないのだから。
わたしは焦らないことにした。
背中を向けて、膝を抱えて見せた。
「なら、見ないから。本当に脱いだほうがいいと思う」
「……ん、それなら」
ごそごそと音がし、背後の床にとんと軽いものが座った。ヒオリが腰を下ろしてくれたのだろう。続いて毛布のバサリという音とともに、「もういいよ」という安堵の声が届いた。
これは利用するべきだと思った。わたしはそっと後ろにもたれた。
ふわり、と背中が当たった途端、ヒオリが叫んだ。
「ひゃっ! せ、セリ!?」
「見えなければいいんでしょう?」
絶対乗ってくる、と踏んでいた。バレさえしなければ、彼女は望むはずだ。
思ったとおり、華奢な肩が背中に再び触れた。
「あ、あったかいね、背中」
「そうね」
じわじわと、やがてすっかり、体重がかかってきた。多少はあると思っていた警戒の様子も、まったくなかった。
わたしは決行することにした。
背中合わせのままの簡素な夕食の後で、ヒオリはすぐに就寝を宣言した。わたしはおとなしく従い、毛布にくるまったまま横になった。やがてころあいを見て、寝息を立てた。
けれど、眠るつもりはわずかもなかった。
どれぐらいたっただろう、ふと気がつくと、部屋がすっかり闇に満たされていた。日が落ちたのだ。それに、暖炉の火も消えたらしかった。灰の崩れるカサカサという音が、ほのかに聞こえるだけだった。
いや……。
「くふ、くふ、んく……」
床の小さな震動とともに押し殺した声が聞こえていた。
胸が高鳴って、口の中がからからに乾いた。期待はしていたが、いざそれが起こると夢のようだった。
ヒオリが、こっそりと何かをしている。
わたしと二人きりで、わたしにばれるかもしれないのに、している。やっぱりヒオリは飢えていた。彼女の弱点がすぐそばに現れた、そう思うと、今にも向き直って、彼女の手首をつかみたくなった。
けれどもわたしは自分を抑えた。高いプライドと強い自制心のある彼女のことだ。下手に手を出したら、はねつけられるか、しらを切られるに決まっている。どちらにしろ機会は消えてなくなってしまい、わたしは二度と彼女に近づけなくなる。
彼女の城壁の内側に滑り込まなくてはならなかった。
「んぅ……ん」
わたしはヒオリのほうに向かって寝返りを打った。ほんの半歩ほど離れていただけだから、ほとんど触れる寸前まで近寄ることが出来た。ただ、べったりと触れてしまわないように細心の注意を払った。城門は、押してしまったら開かない。
中から開けてもらわなければ。
わたしが動くと同時に、凍りついたようにぴたりと動きを止めていたヒオリが、長いため息をつくのがかすかに聞こえた。闇の中で、彼女が恐ろしく慎重に動いている気配がする。さわ、と髪がすべり、こく、と関節が鳴る。
不意に、体の前面がほわっと温かくなった。
ヒオリが背中を当てたのだ。背中というより、背面すべてを。わたしの鼻が彼女の髪に埋もれた。胸が肩甲骨に押され、腰に柔らかな尻がはまって、膝頭がすっぽりとふくらはぎに包まれた。
セリ……
感極まったようなつぶやきとともに、いっそうかすかな動きで、彼女が手先を使い始めた。
わたしは鼻腔をいっぱいに満たす髪の香りに、陶然としそうになりながら、はっきりと目を見開いていた。これほどの接触は想像を超えていた。自分の指先ぐらいはつままれるかもしれないと思っていたが、全身で触れてくるなんて。明かす気になったのだろうか?
いや、そうではない。
彼女はできる限り呼吸と動きを消そうとしている。ただ、それがもう全然隠しきれていないだけだ。わたしの肌に、輪郭に惹かれて、胸や腰にどんどん埋まりこんでくる。くるぶしをこすりつけて足首を絡めてくる。
向こうをむいたまま、わたしを犯す夢想をしている。
頃合はもう十分だった――というより、わたしが我慢できなかった。
わたしは片腕を大きく上げて、どこにも触れないようにしながら下ろし、彼女の股間へ直接滑り込ませて、そこにあったものを彼女の指ごと握り締めた。
「ぃっ!?」
かわいそうなほど鋭く彼女が硬直した。突然地が裂けてしまったほどの衝撃だろう。自分がもっとも秘密にしていた部位と行為を、一度に押さえられてしまったのだから。
指の中で急激に縮んでいく男性器が、彼女の恐怖を表しているように思えた。
そこで萎縮してほしくはなかった。彼女に恐れられるのではなく、求められるのでなくては意味がなかった。そっと彼女の指を押しのけて、わたしはじかにその軟骨のようなものを握りしめた。
そして体を大きくずらし、ぴったりと密着させて、手首を動かし始めた。
こすこすと、小さく。熱い雛を撫でるように。
うめくような、あえぐような声が聞こえた。
「セ……リ?」
わたしは答えなかった。どんな答えが必要とも思えなかった。彼女の望みはもう完全にわかっているし、わたしの気持ちは行為で伝えている。要るのは方法論ぐらいのものだった。
「痛かったら言って」
「そん、な……」
「わたし、初めて」
ふぁ、と彼女が啼いた。いったん形を取り戻すと、あとは容易だった。
わたしのまるい指の輪の中で、ヒオリはたちまち勃起し尽くし、そこから生み出される快感に、たやすく溺れた。常に仔鹿のように張り詰めていたヒオリの四肢が、あぶられたようにくにゃくにゃに溶け、腰だけがわたしの指のちょっとした動きを追って、くねくねとくねった。彼女の肩越しに耳を寄せて、わたしはささやいた。
「きもちいい?」
「ひゅん」
子犬の鼻声のような音を立てて、ヒオリがうなずいた。触れているだけでわかるほど、頬も耳も熱かった。
「これでいいの?」
「いぃ、わたっ、も、してもらうの、はじっ、め」
んんんぅっ、とヒオリが不自然に腰を引いた。途端にびくびくと激しい震えが指の輪に伝わってきた。暗くてわからなかったが、手を離して先端にかざすと、ほとばしりがびちびちと手のひらに当たった。ヒオリが切羽詰まった早口で言った。
「ゆびはなさないでっ」
急いでもう一度肉の棒を包んでやったが、機を逸してしまったようだった。「くぅぅん……」と不満そうな鼻声が聞こえた。
それでも、しばらく待っても手の中の堅さは消えなかった。中途半端に反り返ったまま、ひくひくと震えていた。
「もう終わる?」
「そ、そんなぁ……」
「続けるのね。同じ方法で?」
返事の変わりにヒオリが右手で幹をつかんだ。わたしは左手を使っている。片手同士ではやりにくい。
思い切って彼女の胴を抱き締め、仰向けになった。
「やんっ?」
「もたれて。もたれたいでしょう?」
わたしは彼女のベッドになった。一瞬こわばった彼女の体が、すみやかにやわらいでわたしの肉に埋まってきた。身長はほぼ同じだが彼女のほうがずっと細かった。わたしを味わう彼女と同じように、わたしも彼女の軽さを味わった。
肩越しに天井を見ながら両手を彼女の股間に伸ばして、男性器だけでなく、その下や太腿までまさぐった。ヒオリはわたしの上でむずむずとくねり、鋭く跳ね、強く強く突っ張った。
「ふぁ、あ、あ、また、また来ちゃう……!」
きゅーっとブリッジを描いた彼女を抱き締めながら、わたしはささやいた。
「わたしに見せて」
「あっ♪」
びゅううぅっ、と細いひもがくねりながら立ち昇った。薄青い窓明かりの中でかすかに光ったそれが、ひらひらと落ちるより早く、二発目が勢いよく打ち出された。
「あっ♪ あっ♪ ああア……♪」
卑猥そのもののあえぎを耳にすると、経験のないわたしにもわかった。
初めて味わう強制射精の快感に、ヒオリがとろけきってしまったことを。
明け方までには、完全にヒオリが手に入った。ヒオリは溜まっていた。男でも女でもないことを隠して、欲望を一人で処理し続けてきたために、精神的に肉体的にも、溜まりきっていた。わたしの肌にたやすく溺れてくれたし、わたしが抱き締めて搾ってあげるとたやすく撒き散らした。
夜が明けて、曇り空からほの白い光が差してくると、部屋の惨状が目に入った。そこらじゅうが、白濁したしずくまみれだった。これだけ溜まっていたなら自制できなかったのも無理はないと思った。下手に処女を捧げなくてよかった、とも。
今、子供などできたら困る。
精力を使い果たして全裸で朦朧としていたヒオリが、霞のかかったような目で部屋を見回して、つぶやいた。
「夢じゃ……なかったのね」
「ええ」
「こんなにしたの、生まれて初めて……」
満足とも、落胆ともつかない口調で言って、ヒオリはわたしに目を向けた。
「どうしてこんなこと……?」
「わたしはあなたがまぶしかった。とても素敵だと思っていた。そんなあなたがほしがるものを、ただ一つだけ自分が持っていることに気づいたの」
わたしも振り向き、今までわずらわしいと思ったことしかない、重い乳房を見せつけた。ヒオリがまた頬を赤らめた。
「だから使った。それだけよ」
「……何かほしいものがあるの?」
「あなたの恥。あなたのすべてを、いつも見せて」
「セリ……私、女の子と付き合うなんてことは」
言いかけた彼女の唇に、人差し指を当てた。
「愛も恋も要らないから。ただわたしはあなたの一部をつかんでいたいだけなの。好きに生きて。誰にも言わない」
「セリ……」
わたしは起き上がって、半裸のまま部屋の掃除をし始めた。初めて嗅ぐ精液の青臭い匂いは、ヒオリのさわやかな印象にまったく似合わず、それがまたわたしの胸を騒がせた。
「どう?」
振り返ると、ヒオリが食い入るような目でわたしの体を見ていた。多分、ずっと見たかったのだ。飢えが目玉からにじみ出るようなぎらぎらした見つめ方だった。
ここで対応を間違う気はなかった。
わたしは制服に手を伸ばして、さらりと身につけながら言った。
「よかった、乾いてる。さ、急いで出ましょう」
「セリ、あのっ」
「今はだめ」
出鼻をくじいてやると、ヒオリは泣きそうな顔になった。その前に顔を寄せて、ささやいた。
「でも、きっとまたしてあげる。させてあげる。期待していて。いい?」
ヒオリがわずかに笑顔を浮かべて、こくこくとうなずいた。
そんな彼女を抱き上げて、細い体を抱きしめてあげた。勃起している切なそうな性器に腰を押し当てて離すのは、自分にとっても胸のうずく、心地よい苛めだった。
2
太古、男と女に分かれる前のヒトは、その両方の特質を備えたカピスタという存在だったという。カピスタはたいそう強くて美しく、多情でたくさんの子を為したそうだ。
似たような民族創始譚は世界中にあるから、これもいい加減な作り話なのかもしれない。でもヒオリを説明する話をわたしは他に知らなかったし、彼女はこの話によく当てはまった。
ヒオリはわたしに捕らえられた後も、若干抵抗した。一度目よりもむしろ、二度目が一番てこずった。
山小屋の夜から、十日ほど過ぎた日だった。院舎と寄宿舎を結ぶ庭園の並木道に、小さな農具小屋がある。その小屋の前で、一日の終わりに彼女を呼び止めた。
「ヒオリ」
ヒオリは数人の友人と談笑しながら帰る途中だった。細い体に小さな顔、ひときわすんなりした手足がシルエットでも目立つ。わたしを見るとはっと顔色を変え、足早に立ち去ろうとした。わたしはもう一言かけなければならなかった。
「夢じゃないのよ?」
少し先で彼女が足を止めた。じっとうつむいてから「先に言って」と友人に伝えて、硬い顔で戻ってきた。
わたしは聞かずにいられなかった。
「どうして逃げたの? せっかくあなたの処理役を買って出てあげたのに」
「処……!」
顔を赤らめて、ヒオリは辺りをうかがった。わたしは冷然と言い添える。
「こっち、来なさいよ。人に見られたくないなら」
わたしと農具小屋の後ろへ回ると、ヒオリは怒りのこもった目でにらんだ。
「なかったことにして。わたしは肉欲に溺れたくなんかないの」
「期待するって、あんなにはっきり答えたのに?」
「あ、あれはあなたのせいでおかしくされてたからよ!」
「まるでわたしが薬でも盛ったみたいな言い方ね。あれはあなたのほうから手を出してきたのよ」
「でもお膳立てしたのはあなたじゃない!」
目元を紅潮させてヒオリは詰め寄ってきた。
「いくらかは認めるわ。あの晩のことは、私にも責任がある。私は誘惑に負けて身を任せてしまった。でも、二度と道を踏み外さないと決めたの。意志と理性の力で生きていくと決めたの!」
健気な宣告をぶつけられると、背筋がそわそわとうずいた。それでこそヒオリだ。前向きで熱くて。頽廃に背を向け正道を選び。
そんな彼女にこう言ってやるのは、いい気分だった。
「無理よ」
「無理? ……ひっ!」
「それができる体じゃないもの、あなた」
わたしは彼女の手をとり、自分の胸に当てさせていた。
ぐむ、と肉に指をめり込ませてやりながらささやく。下着はつけていない。
「あなたは淫らなの。淫猥、多情、色情狂。そういう生まれ。二年間一緒にいたわたしが何も気づかなかったと思っているの? あなたは娘の体を見ていた。胸や唇や手足を見ていた。あなたは少年を見ていた。骨格や股間を見ていた。そうして、隠していたでしょう。困ったことになってしまうあそこを。いろいろ言い訳して寮に帰っていたけど、それと知って見ていれば、むしろわかりやすかったわ。あなたが早退を申し出る時は、必ず体の前をうまく隠していること」
「や……やめて、離してっ!」
瞳に恐怖を浮かべたヒオリが、わたしの胸から手を引き剥がそうとした。その踏ん張った足の間に踏み込んで、腰を露骨に押し付けた。
「ひやっ!?」
びくんと跳ねるヒオリ。その股間に隠された小さな異物がわたしの下腹に当たる。押す、押し付ける。後ろは小屋の扉だ。どん、と追い詰めて、わたしは彼女を押しつぶした。
「ど、どいてっ……」
「どかない。自分の力で逃げて」
制服の胸を(その中の乳房を)、ベルトを巻いた腹を(その中の子宮を)、思い切り彼女に押し付けた。すばやさはヒオリのほうが上だ。でも体の肉はわたしのほうがついている。武器はそれだ。ヒオリは人格よりも容姿よりも、肉、そのどろどろした生暖かいものに、動物的な本能で引かれてしまう。だからこそそれを嫌っている。
「くぅ、ぅ、ぅ……きゅ……」
わたしと壁に間に挟まれたヒオリが、目をいっぱいに見張って歯を食いしばる。わたしは正面からその黒い瞳を見つめて、ここに獲物がいることを精一杯印象付けてやる。小さく口を開けて唇を寄せると、とうとうヒオリはぎゅっと目を閉じて顔を背けた。
「いや……っ!」
それがかえって決め手になった。ヒオリが目をそらした瞬間わたしは彼女に抱きつき、全身で愛撫をほどこした。
腰裏に指を這わせ、首筋を噛み。ふくらはぎ同士をからめ、股間を押し付け。
耳を、吸った。
ちぅっ……。
「ぃゅんっ!」
ぞくっ、と彼女が背を丸めた時、勝負がついた。
彼女の下着の中のものが、むくむくと大きくなってきた。鼓動の音が聞こえそうなほど激しい勃起だった。そうなったらあとはたやすいものだった。手を下ろし、手で包み、わたしはゆっくりとしごき始めた。
同時に抱擁をといた。ふぁ? とヒオリが濡れた瞳を向けた。
「逃げていいわよ」
言いながら、スカートを持ち上げる勃起だけを、さわさわとくすぐり続けた。
「あ、あ……あァ……」
ぐったりと壁にもたれて愛撫に身を任せていたヒオリが、それでも、ぐっと拳を握った。一瞬、彼女が殴りかかってくるのかと思った。
不意にヒオリの表情が歪んだ。目じりから大粒の涙をぽろりとこぼして、半開きの口から言葉を漏らした。
「おねがい……やめて……わ、わたひ……いやらしく、なりなくなぁい……」
哀願だった。
華奢な体に似合わない、硬くくっきりした欲情の証を股間に突きたてながら、最後の抵抗をする彼女。ほんの少しだけ、かわいそうだと思った。
だが、はかない抵抗を粉砕したいという欲望のほうがはるかに勝った。
わたしは舌を伸ばし、自分の手のひらにこれ見よがしに唾液を塗りつけた。そのてらてら光る手のひらを、食い入るような視線を浴びながら、彼女の太腿に近づけた。
わたしたちのスカートは、太腿までのソックスの上端にかかるかかからないかという短さだ。その中に手のひらを差し込むのはごく簡単だった。
ヒオリの繊細な下着を指で引き、その中にずるりと手を入れて、やけどしそうに充血した性器をゆっくりと把握してやった。
ヒオリが絶望的な顔でぶるぶる震えながらそれを見ていた。
きゅ、としごいた途端、とろけた。
「ふぁっ♪」
がくん、と膝の力が抜ける。そのままずるずると扉にもたれたままずり落ち、すとんと敷居にお尻を乗せてしまった。皿型帽が落ちて転がる。スカートがめくれている。わたしは初めて、彼女のそこを明るいところで見た。
白い清潔な下着から顔を出す、場違いな肉色の先端を。
「あら……」
頬に血が上るのがわかった。自制しようとしたが、動悸がおさえられなかった。わたしだって、そんなものろくすっぽ見たことがなかった。
落ち葉に両膝をついて、しげしげと見つめた。手を添えて、指の一本一本を巻きつけるように握りなおしてやると、はぁはぁと息を荒げていたヒオリがまたビクッと震えた。
「これは……」
「ん」
「全体が、敏感なの」
「ううん……」
「ここだけ?」
指の腹でキュッと撫でてやると、「痛ッ」と眉をひそめた。指に唾液をつけ、小鳥を撫でるようにトントンと軽く当ててやると、くん、くぅんと鼻を鳴らした。
「これぐらいなら、痛くない?」
「……ん」
「そう。可愛い」
わたしは身を縮め、それを左右から仔細に見つめながら、さまざまな愛撫を試してやった。握り締めて強くしごいたら達してしまうことはわかっていたから、それ以外の、急所になりそうな部分や触り方を、調べ上げようとした。
「こう……キュッキュッとつまむのは?」
「んっ、ぅぅ……」
「いや? じゃあ猫みたいに、こちょこちょっと……?」
「あ、ふぁっ、そ、れっ」
「ん、これ? こうね」
「そっ! それぇぇ……ああっ、そこ!」
「ここも? このピンと張った薄いとこ? そう、ここ……」
「ひ、ひゅぅんっ」
触るうちに切れ込みからつぷつぷと液が漏れ出して、全体をてろてろに濡らした。ふと見ると、ずり下げられた下着もぐっしょりと湿っていた。指をかけて中を覗くと、薄桃色の女性器が蒸したように温かく潤んでいた。そちらにはあまり興味がなかったが、一応聞いた。
「こっちとこっち、どちらがいいの?」
いまや抵抗も忘れて、後ろの扉にぐったりと頭を預けていたヒオリが、質問から少し経ってからつぶやいた。
「まえ」
「おちんちん?」
こく、とうなずいた。
どうだか、とわたしは思った。ヒオリの造りだと、男性器ばかり触れてしまうのではないか。わざと指を入れない限り。単に女性器の感覚を知らないのかもしれない。
もっとも、人のことは言えない。わたしだってその経験はない。ヒオリをいたぶりながら湧いてくる、自分の下腹のむずがゆさを、どう解消したらいいのかもよく知らない。
今のところは、そんなものよりヒオリに触れることのほうがそそられた。
さんざんいじり倒してやったせいか、それからしばらくして、焼いた腸詰のようにパンパンに腫れ上がった男性器を突き出して、ヒオリが泣き声を上げた。
「おっ、おねがいっ、い、いかせてっ」
言いながら手を寄せて、自分でしごこうとする。それを手で払いのけながら、わたしは注意深く指でくにくにと幹の部分をつまんでやった。比較的鈍感で、ヒオリにしてみればもどかしくてたまらないところ。
「ねえ、ヒオリ」
「はっ、は、なに?」
「いい加減、認めなさいよ。わたしが手を出すまでもなく、あなた自身が淫らだったこと」
「は、はぁっ、ん……」
「ね?」
ぎゅ、と強めに握ると、「ああァ」とヒオリが舌を見せる。声を覚えた。喉から出るこの声が、ヒオリが本当に気持ちいいときの声。
「どうなの?」
「んっ、うんっ、うん」
ヒオリが観念したようにうなずく。なんて危険な弱点。これさえしてやれば、この子はどんな命令も聞くかもしれない。
「あなた、脆いわよ。自分でもわかるでしょ? こんなことされただけで、わたしなんかの言うことを聞いてしまってるのよ」
弱くしごきながら、あられもなく左右に開いてしまっている太腿にキス。眼鏡が邪魔になり、外してさらに強く口付け。情けなさのあまりか、あぅぅ、とヒオリが鳴く。
「だから、言ってるのよ。そんな弱点は、全部わたしに任せてって。あなた、いやらしいのが嫌いなんでしょう? 人前で情欲に悩まされたり、誰かに見られたりするのがいやなんでしょう? それはそうよね、普通の女の子はそんな悩みなんかない。だったら、わたしにぶちまければいいのよ。わたしと済ませておけば、普段以上にすっきりしていられるでしょ」
顔の横で、ぶるぶる震える男性器が真上を向いている。わたしはヒオリの張り詰めた腿の、果実に似たほのかな体臭を嗅いでいる。いい香りだ。でも、性器までは?
ゆっくりと、さすがに抵抗を隠せずに震えながら、顔を近づけた。ヒオリが目を見開く。わたしの唇が近づくにつれ、ビクッ、ビクン、と幹が不規則に震える。
「ちょっ、セリ……!?」
「出したら、汚れるわよ? わたしの……顔」
そう言って、温かみを測るように、反り返った性器を頬にぎゅっと沿わせた。
信じられないというように目を見張るヒオリを見つめなが、根元に深々とキス。
彼女は精一杯、我慢したんだと思う。
「あああああ、あァンっ♪」
数秒、必死にこらえているような痙攣がぶるぶるとあってから、一気に決壊した。わたしの頬の上で、遠吠えする獣みたいに性器が何度も反った。ものすごい勢いで走った精液が、軒に当たるほど高く噴き上がった。五度目か六度目の痙攣は、わたしのこめかみと前髪を一瞬でドロドロに汚した。
「ごめん、ごめんんっ、んああァっ♪」
泣き叫ぶ赤ん坊みたいに、息継ぎの合間に全身を引き絞って、ヒオリは射精を続けた。その力の中心で激しく突き出される男性器に、わたしは取り憑かれたように頬を押し当てていた。
そこはヒオリの肉のにおいがした。装った肌ではなく、隠している肉。
それが好きだということを、わたしははっきり自覚した。好きどころじゃない。猛烈にほしい。高まる一方だった体の疼きを治めてくれるのがそれなのだと、頭ではなく体で、ようやく知った。
いつか、ヒオリのこの狂ったような放出を、自分の体の中で受けるのだ。
それは恐ろしく甘美な想像で、今すぐにでも取り掛かりたくなったけど、わたしは腹の底から息を吐いて妄想を逃がした。
「はぁっ……!」
それは切り札。
それは、ヒオリに対して、もっとも強い力を持つカードになるはずだ。目的もなく使っちゃいけない。もっともっと値を吊り上げてから差し出すべきだ。
多分、わたしもこの先ずっと、それを使いたくてたまらないままになるんだろうけど。
「ああん……」
背伸びを繰り返して射精を終えた男性器が、ようやくおとなしくなった。穴の開いた風船のように、ヒオリの体がしぼんでいく。わたしは体を起こし、ハンカチで顔を拭いた。それから、胸のボタンとベルトを外し、制服を脱いだ。
小屋の裏とはいえ、屋外で、下着とタイツだけになる。羞恥で肌が火照った。でも今しておくべきだと思った。
股を開いたままのヒオリが焦点の合わない目で見ている。人形のようにぐったりして見えたが、下着のわたしが覆いかぶさるとわずかに表情が戻った。わたしは体を押し付け、ヒオリよりも体温が低くて重い肌を、彼女の触覚に刷り込んだ。
「ほら、これ」
「う……」
「この体、使わせてあげるから……ね?」
「うぅ……うう〜」
鼻声がしたかと思うと、やにわにぎゅっと乳房をつかまれた。細く強いヒオリの指。
「きゃっ……」
思わず声を上げてから、わたしはヒオリの顔を見下ろす。そして、驚いた。
唇をとがらせて、涙を浮かべて。彼女はすねていた。すねた彼女など初めて見た。多分、学院の誰も見たことがないんじゃないか。ヒオリの両親ぐらいのものだろう。
「わかったわよぅ……」
「わかればいいわ」
わたしはそっけなく身を引いて制服を着た。知らない感情に戸惑っていた。
まさか、ヒオリを子供っぽいと思うなんて。
3
わたしたちの学校が制圧弾道官を輩出していたのは、歴史の教科書を四分の一ほども遡った昔だ。そのころはハマンズダート弾道学院ではなくて、ハマンズダート弾道院といった。王庁の法意に基づき、素質ある貴族の娘たちに弾道術を手解きし、服わぬ者どもを狩らせた。
ネリドがまだ王国だったころの話だ。その頃の地図を見ると、アズベルテ山脈の南側が、もう辺境だと記されている。サンズブレスのそんな近くに、異人や巨怪がうろついていたのだ。大陸の輪郭すら把握されていない地図を見ていると、隔世の感がある。
今では形を把握するどころか、大陸の反対側に住む人々とも交流がある。そこへ出かけていくのは重騎士と装甲馬車に護衛された交易師団であって、制圧弾道官ではない。わたしたちは辺境を失った。弾道学院も弾道術を失伝した。そこで学ぶのは超人的な狙擲能力を持つ弾道官の卵ではなくて、せいぜい軍秘書官を目指すぐらいの娘たちだ。
少なくともわたしはそうだ。冴えない農政官僚の父の元では、冴えない穀物商の息子に嫁入りさせられるぐらいが関の山だ。それは願い下げだから、ハマンズダートに入った。師団に加われば、少しは広い世の中を見られるだろうと思った。
では、ヒオリは?
わたしは彼女も軍志願だろうと何の根拠もなく思っていたが、ある日、そうではないことを知らされた。
「船に乗りたいわ」
測量実習。数人の班を組み、経緯儀を担いで院庭をトラバースし、角度と距離を積算していく。その仕上げに院の裏山に登った際、ヒオリが言った。
海を見ていた。サンズブレスの北に広がるルミニ湾を。鳥の群れのような白帆が散らばり、はるか沖にランドロミア島の不気味な岩礁が見えていた。
経緯儀で近くの山鳥を眺めながらダイアルを動かしていたゼファラが、乗れば? と他人事のように言った。ヒオリは大きくうなずき、両手を広げた。
「きっと乗るわよ。遠くへ行くの。黒のジエッタやシュヴァルスレーも行ったことのないはるかな海で、未知の大陸を見つけてやるわ」
「ジエッタが航海に出たかしら」
「王国時代の人間だよね」
「弾道官でしょ、彼女は! 彼女みたいな冒険をするって言う意味よ!」
みんなが笑った。
そのあとで、十フィート棒をぶらぶらと適当に支えていたわたしが言った。
「海軍に入る気?」
「そのつもりよ」
みんなが真顔になった。ゼファラも顔を上げた。
「どうして?」
「どうしてですって? 理由はいま言ったじゃない」
「それは夢の話でしょ。海軍って言ったら、夢じゃなくて……」
「現実よ。真面目な話をしてるの。私、入学した時から教官にそう言ってるわ」
「ちょっと、ヒオリ、本気?」
「そのためにハマンズダートに入ったのよ。測量術も伝令演習も、海軍なら役に立つじゃない。他にどこでそんな技能が役に立つの? いまの時代に」
「こんな技能が役に立つなんて、そもそも誰も思ってないよ」
ゼファラが呆れたように言って、経緯儀を押し倒した。わたしもうなずいた。
あっだめ、とヒオリは駆け出し、春草の上に倒れた重い経緯儀を大切そうに立て直そうとした。
「精密な機械なのに……」
「ごめん、持つわ」
ゼファラが手を貸しながら、ヒオリ以外の全員にとって自明なことを訊いた。
「死ぬ気?」
「なんで?」
きょとんとする彼女にゼファラが苦い顔で言った。
「海軍の船なんて、沈むために浮いてるようなものじゃない」
「シュヴァルスレーの黒あざらし号は最後まで沈まなかったわ」
ヒオリはサンズブレス港の一角に係留されている――それがハマンズダートの丘からも見える――古びた帆船を指差した。
みんなはそんなヒオリを、しばらくぼんやりと見つめていた。
やがてゼファラが言った。
「ヒオリなら行けるかも知れないね」
わたしは何も言わなかった。
口を開いたら罵倒してしまいそうだったから。
最近はいつも一日おきぐらいにしていた。今日はわたしが三日ぶりに実家から帰ってきたところだから、絶対誘われると思っていたら、案の定、ヒオリが言ってきた。裏山からの帰り道に、ひとこと。
「セリ、後でおねがい」
「ええ」
これを言う時のヒオリは、できるだけわたしに顔を見せないようにする。だからいつもは見逃すのだが、今日は見られた。唇をキッと結んで、他の子も話しかけられないような不機嫌そうな顔をしていた。
集中しないと、妄想してしまうからだろう。
「道具、私たちが返してくるわ」
そういったヒオリについて、わたしも演習器具庫に向かった。院舎の片隅にある、大昔からの道具が山ほど押し込まれている器具庫は、演習がなくてもよく使う場所だった。
道具を返したヒオリは、さらに奥の壊れた馬車の陰に向かった。わたしも黙ってついていった。人目の届かない場所まで来ると、ようやく振り向いた。
いつも彼女は笑わない。緊張した顔で少しずつ頬を染めていく。ずっと屈託しているのだ。わたしの前で恥をさらすことを。
それでいい。それがいい、とわたしは思っている。恥をかなぐり捨てて犬のようにつながりたがるヒオリなんて、想像したくもない。
理性的であろうとしつつも、そうできないことを悔しがるヒオリが好きなのだ。
突っ立っているヒオリの前で腕組みして、わたしは軽く体を揺すった。
「それで、今日の希望は?」
すが目でわたしを見ていたヒオリが、そっけない口調で言った。
「……おひざ座るやつ」
「寝なくていいの?」
「ここ、寝る場所ないでしょ」
ヒオリは難しい顔をしたままあたりを見回し、適当な木箱を指して、座って、と言った。わたしが腰を下ろすと、膝の上に横向きにちょこんと腰かけてきた。
「その……おねがい」
彼女がおねがいといったとき、わたしがさわってやるべき場所はひとつだけだ。その他の部分はまだ全然発達しておらず、さわってもくすぐったがるばかり。
わたしは彼女のスカートに右手を差し込み、下着に隠れた盛り上がりを探し当てて、愛撫し始めた。「はふぅ……」とヒオリが目を細め、わたしの首に抱きついた。
ヒオリにマスターベーションをしてやる。
おかしな表現だけど、ヒオリの男性器はとても握りやすくて、触れるのが楽しい。幹の周りに指がちょうど回り、手の平の幅の半分ほど上下させると全長が収まる。すんなりとまっすぐで、変にでこぼこしていない。素手でふれるのが一番愛しい。一度スポンジで包んでやったけれど、痛がゆいだけでだめだと言っていた。わたしもつまらなかった。
でもこれは、多分素手で触るようなものじゃない。ちょっとざらついたところで触れるとすぐに痛がる。唾液をつけてもみたけれど、不潔な感じがして気が進まなかった。
今日は違った。
空いた手でポケットから小瓶を出して上手く開けた。硬い感じの黄色のクリームが入っている。ヒオリはわたしの肩に顔をうずめているから、見えない。握っていたほう指を瓶に入れて、こそぎ取ったクリームを幹に塗った。
「きゃっ……!?」
ぬらり、と一瞬冷たい感覚がしたはず。すぐに温まり、とても滑らかに伸びる。顔を上げたヒオリが訊いた。
「な、何かした?」
「ワセリン。痛くなくなると思って」
すぐに、手のひらから期待通りに摩擦が消えた。少々力をこめても引っかからない。大胆に、リズミカルにしごくことができる。きちゅきちゅきちゅ、と音を立ててやると、ヒオリは目を細めて膝を震わせた。
「い、いいぃ……これ、来るぅ……♪」
言わなくてもわかる。心地いい時のヒオリは実に素直に股を開く。
六十度に開いた股間で手を動かしていると、はぁ、ふぁ、と切なそうに身もだえしたヒオリが、両手をわたしの体に這わせてきた。わたしは抵抗しない。これも約束だし、楽しみの一つだ。
ヒオリの指はわたしの胸に忍びこんで、蛇のようにぬるぬるとまさぐった。目元がぽーっと赤く染まって、正気でないように見える。ぞっとするほどの飢えだ。もしすべてを許したら食べられてしまうかもしれないと思う。
乳房をこねられ乳首をつねられて、わたしも水溜りができるほど濡れてしまう。
と、ヒオリの残りの手が尻に来た。ほとんど目隠しの役に立たない制服の短いスカートをかきあげて、指の一本一本が尻の肌に指紋をつけた。ぎゅぅぅ、と握りながらヒオリがささやく。
「セリの体って……いやらしすぎるよ」
「そういう目で見てるのね。わたしをいやらしい目で」
返事の代わりにヒオリが首を噛む。歯を立てずに、だけどとても強い力で。かぷぅぅぅ、と跡がつくほど肌を吸われる。求められる心地よさで我を忘れそうになる。
尻にいた手が、いつの間にかわたしの股間にするりと入った。
じゅく、と甲で触れる。ズキン、と感じるぐらいの強い快感にわたしは跳ねる。
「くんんっ!」
「させて」
ヒオリが、本能だけに満ちた目と男性器の両方で、わたしを口説きにかかる。
「ぐしょぐしょじゃない。いいでしょ。したい。セリに突っこみたい……!」
「はぁ、ぁ……♪」
わたしは恍惚となる。最高の注目。この人のすべてが今わたしだけに向いている。
「入れたい……わ……わたしも、ヒオリがほしぃ……♪」
「いいの?」
期待に答える代わりに、わたしは手を動かす。
最高の指使いと、すばやさで。
「あはッ!」とのけぞったヒオリが、わたしの下着をまさぐり、甘い髪を押し付けながら、必死の面持ちで訴える。
「やめてぇっ、でちゃう、でちゃぅっ、いやっ、セリにしたいの、セリにしたいセリにしたいっ!」
叫ぶ間にも勃起が張り詰め、射精が近づいてくるのがわかる。容赦なく追い詰めながら、わたしは限りない愛しさとともにヒオリの肩を抱き締める。
「だ、め。想像だけしか許さない。目を閉じて、これがわたしのあそこ。わたしの最後」
「そんな、そんなぁぁ……ァっ、あァッ……ン!!」
ヒオリはやはり、こらえられなかった。わたしの手の中で果てた。
「あっ、ひぁ! ん! んぁ、アんっ……」
細い腰の痙攣に合わせて、丁寧に丁寧に、搾り出してあげた。いつものように驚くほど長い筋が舞い狂い、目の前の壁に複雑な模様を描いた。
「くぅぅぅ……」
後のほうの勢いのない分は、手のひらで受けた。くぼめた手が半分満たされるほどの精液を、わたしは顔に近づけてしげしげと眺めた。ヒオリの体の他のどの部分からもしない、生臭い花の香りがした。
ヒオリが気づいて、顔を背けた。
「す、捨てて! そんなの」
「嫌いなの?」
「当たり前じゃない……」
横目で見ていた彼女が、目を見張った。
わたしがスプーンのように手のひらを傾け、精液をすすったから。
「セ、リ」
「だってほしいもの」
粘つく露が歯に絡んだ。目を閉じて味わった。あまり味はしなかった。ただ胸騒ぎだけが強かった。
ヒオリの子種を体内に入れてしまったのだから。上と下だけの違いで子供ができるかできないかが決まるのが、とても不思議な気がした。
飲み終えて、彼女を見た。
「気持ちの上では、いくらでも受け入れるわよ。実際妊娠するわけにはいかないけど――」
そう言う途中で、思いついた。受け入れたいなら、何も手を使うことはない。
自然に、指が唇に触れた。ヒオリが敏感に察したらしく、耳まで赤くなった。
「セリ……そんなの、本当にいいの?」
「試す気はあるわ。……ヒオリ、したいの?」
ごくりと唾を飲んでヒオリがうなずいた。
ということは、これも強力なカードなのだ。だったら大事に使わなければ。
「また、何かいいことのあった日にね」
代わりに口付けした。するとヒオリはそれにも興奮したらしく、ゆっくりとわたしの頭に腕を回して、逃れられない強さで、深く長いキスをしてきた。
ことの後まで見せ合いはしない。これは暗黙の同意になった。熱が醒めたら恥を隠すほうが興をそがないというものだ。
ヒオリが背中を見せて汚れた部分を拭く間、わたしは壁やそこらの痕跡を始末していった。
「訊かないのね」
「え?」
ささやき声に、振り向いた。ヒオリの肩は止まっていた。もう拭き終わったらしい。しかし振り向かずに言う。
「私が、どうしてこんな体なのか。あなた最初から一度も訊かなかった」
「訊かないのねって、じゃあヒオリは理由を知ってるの?」
「そりゃあ――」言いかけて、肩がしぼんだ。「知るわけないじゃない」
「でしょう。だからよ。カピスタがどうして出るかなんて、どこの本にも書いてないもの。先祖返りだとしか」
「気味が悪くないの」
「わたしが男で、何も知らずにあなたと結婚したら、びっくりするでしょうね」
床も壁もあらかた拭き終わった。元々薄暗いところだから、多少跡が残っていても気づかれはしない。わたしはヒオリの背に近づき、軽くて美しい黒髪に触れた。
「それがついていてもいなくても関係ない、って言ってほしい?」
「セリ……」
「わたしなんかがそんなこと言っても、意味ないでしょ」
摘み上げた髪に軽くキスすると、ヒオリが振り向いた。わたしは軽く首を傾けた。
「わたしはあなたの淫らさが気に入っている。あなたはわたしの体が好き。今の関係はこうよ。それ以上にしてくれる?」
自嘲の意を含ませて言った。もちろん自嘲以前に、冗談のつもりだった。
ヒオリは傷ついたように顔を背けた。小さな呟きが聞こえた。
「いっしょに来てほしかったのに……」
「え?」
「海軍」
彼女が見た。真剣な眼差しだった。
わたしは動揺した。それに少し、馬鹿らしくなった。髪を手放し、言い返す。
「するだけの相手に何を期待してるの? あなたって、これだけの付き合いでそんなことを言うほど軽い人なの?」
「わたし、カピスタを探したいのよ」
一瞬、意味がわからなかった。彼女は体ごと振り向いて訴えた。
「人より古い人、カピスタを見つけ出して、尋ねたい。こんな体でどうしたらいいのか、どうするべきなのか。ネリドでは絶えたカピスタも、海の向こうにはいるかもしれないでしょう?」
「ああ……それで、船に」
うなずいたヒオリが、ささやくように言った。
「あなたは、どうするの」
交易師団に、という希望は人に言ったことがなかった。言うほどたいしたことじゃないと思っていた。
言っていなくてよかった。一度口に出したことを後から変えるほど、みっともないことはない。
「……まだ決めてないわ」
「じゃあ」
これもカードだ。ヒオリをもてあそぶための。
そう考えようとしたけれど、期待に輝く彼女の瞳の前では、無理だった。
うんと言って、喜ばせてやりたい。思いがけず、そんなことを考えてしまい、わたしはあわてて横を向いた。
「か、考えさせて」
「うん」
それだけの返事で、雲の切れ間から差す日のような笑顔が覗いた。
どういう顔で話を切り上げたらいいのか、しばらく困惑してしまった。
(2007/03/17)
note:
既出のネリド辺境博物誌と、ふたなり女子寮百合ものを混ぜようとしたらこうなった。なかなかエロが始まらないので三回ぐらい書き直したら、今度は読んでもさっぱり世界観のわからない話になった。エロを書くか、物語を書くか。さじ加減が難しい。