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ベッドサポート・カンパニー

 file3 人形少女蹂躙コース

 ベッドサポート・カンパニー社は、優良企業である。
 創立以来の決算で赤字を出したことは一度もない。儲かっている。人類最古の職業の例を引くまでもなく、人間は性にたいしていくらでも金を出す。BSC社はありとあらゆる性欲に応えることを仕事としているから、どこからでもどのようにでも収益を得ることができた。
 しかし、そんなBSC社にも弱点はあった。
 ロリコン、そしてショタコン趣味の客である。
 BSC社は、客から性的な趣味を聞くと、それに合うような趣味の相手を探し出して場所をセッティングすることで、双方から料金を取る。社員が出るときは、プレイそのものでは金を取らないが、場所のおぜん立ての料金はしっかり取る。
 どちらにしろ、あとは勝手にやってください、双方の自由意思ですからね、私たちは関知しませんよ、という立場である。法には触れていない。触れないのが社長の高見倉倫子の方針なのだ。
 合法的にやるのが建前である以上、子供にセックスさせるのはどうしても問題になるのだった。
 しかし、倫子はこの難問にも、ついに解決策を見出した。
 それが、今日これから事務所に来るのである。

「解決策が来るって、どういうことなんだよ」
 雑居ビルのBSCの事務所。デスクの上に足を放り出しただらしない姿勢で、池之内攻造がぶっきら棒に聞く。自称、スラムの竹野内豊。公平に見れば、たらしの腕はおそらく本家より上だが、色男ぶりは自称の七割と言ったところか。
「まさか、東南アジアあたりからさらって来るんじゃねえだろうな。戸籍がないから年齢もわからない、とか」
「馬鹿おっしゃい」
 倫子がつんと澄まして答える。三十二歳の女盛りで、テレビでもてはやされている叶姉妹を見て、あの程度でいいの、と臆面もなく言ったことがある。こちらは自称ではなく、人も認める。
「合法もいいところよ。そのためにたくさんお金を使ったんだから」
「いくらですか?」
 聞いたのは白砂川歩。十六歳の少年だが、そう紹介されて信じる人間はいない。また、そんな風に紹介されることもない。「うちの箱入り娘」と言われるのが常で、見た目もその通り。子犬のような童顔で、さらさらの黒髪をショートボブに切り、たいていは性別のよく分からない服を着ている。今日の衣装はミントグリーンのタンクトップにベージュのキュロットスカート。
 歩の質問に、倫子はボールペンをあごに当てて考える。
「……去年の貯金の三分の二ぐらいかな」
「そんなに出したのか?」
 椅子からひっくり返って攻造が叫んだ。歩がびっくりする。
「そんなにって、多いんですか」
「暮れの棚下ろしで、奥の金庫から銀行までトランク五つ運んだんだぞ。全部万札だとしたら億じゃきかない」
「半分は金のインゴットと宝石よ」
 とんでもないことを、倫子は平然という。
「それを惜しまずに注ぎこんだ成果が、そろそろ来るはずなんだけど……」
 などと言っていると、おあつらえ向きに廊下に足音がして、ドアが開いた。来るのはもう一人の社員、九堂なずなのはずである。「お帰りなさーい」と立ち上がった歩が、あれ、と首を傾げた。
「ただいま。あー疲れた。この辺道がでこぼこで、バリアフリーもへったくれもないんだもの」
「なずなさん……その子、どなた?」
「お待ちかねの新顔よ」
 なずなは車椅子を押していた。座っているのは、ジャンパースカートの上に白い薄手のカーディガンをはおった、小さな女の子である。どうみても十歳を越えているようには見えず、大きな瞳と丸いほお、まだ筋の通っていない鼻がかわいらしい。頭の左上にちょこんと飛び出したお下げ髪も、愛らしかった。
「わあ、かわいい」
 歩が声を上げて近づく。
「こんにちは、白砂川歩です。なんていうの?」
 少女はほんの少し首をかしげて歩を見ると、目を細めて微笑んだ。
「愛美です。こんにちは」
「アイミちゃんかあ。それじゃあ……」
 いいかけて、歩は眉をひそめた。振り向いて倫子に言う。
「社長、まさか、この子がその……」
「そう、ロリ客の餌食」
「そんなあ!」
 たちまち泣きそうな顔になって、歩は抗議する。
「こんなかわいい子が裸にされたり触られたりなめられたりするんですか?」
「してみたくない?」
「えっ」
 歩はいそがしく愛美と倫子を見比べた。愛美はなにも知らぬげに微笑している。歩は、ジャンスカの下から伸びるほっそりとした足に目をやって、かあっと赤くなる。
 椅子に這いあがった攻造が、ぼそっと言った。
「おまえ、開発されてきたなあ」
「……されてません!」
「いいのよ、歩ちゃん」
 席を立ってやってきた倫子が、愛美の肩に手を置いて言った。
「この子は、そう思われるように作ってあるんだから」
「いいことないです! ボク全然普通で――つくって?」
 歩はきょとんと瞬きした。なずなが、いつものいたずらっぽい笑顔で、車椅子の愛美にささやいた。
「さ、愛美ちゃん。本名で自己紹介して」
「あたしは、Artificial Inteligence and Mechatronics Interface、AIMI909型です」
 舌足らずな子供の発音が、そこだけ折り目正しいクイーンズ・イングリッシュになった。
 がしゃん、と攻造がもう一度椅子から落ちた。

「ろ、ロボットなんですかあ?」
 歩がまんまるな目でしげしげと愛美の顔を見つめた。
 肌にはうぶ毛が生えていて、血管すら透けて見える。瞳もしっとりと濡れていてレンズには見えない。髪の毛はつやつやで細く、おでこの生えぎわを見ても植毛とは思えない。
「ほんとに?」
 疑わしそうに歩が言うと、なずなはセーラー服の胸ポケットから銀のペンを取り出して、愛美の頬に押し当てた。いきなり、思いきり力をこめて引っかく。
「ああっ! ひどい!」
 歩が悲鳴を上げた。――が、引っかかれたあとを見て息を飲んだ。
「ほんとだ……みみずばれもできない」
「厚さ一・八ミリのCNTハイブリッドポリマー製よ。カッターナイフでも切れないわ」
「痛くないんですか?」
「痛くはないけど、面電位センサーが入ってるから触覚はあるわ。じゃないと、撫でられたとき反応できないでしょ」
「はあ。……あ、あったかい」
 頬に触れた歩がびくっと手を引っ込める。全身三十六℃よ、となずなは笑う。
「人間より少ないけど、表情筋があるから笑うし泣くわ。型も人間から取ったから毛穴まである。汗もかくし、ちゃんとあそこも濡れる。血は流れていないけど、カメレオンと同じ化学変色で赤くなったりもする。――エッチしようと思ったら肌の感じは大事な要素だけど、この子はその点、ほぼ完璧にできてるわ」
「なんだかおまえが作ったような威張りかただな」
 そばに来た攻造が言うと、なずなは得意げにうなずく。
「私も協力してるもの。顔にシリコン塗って、お肌の感じを移したんだから」
「そういえば、このつるつるさって、なずなさんのだ」
 歩が頬を撫でまわすと、愛美は嬉しそうに笑ってその手を握った。両手の小指の爪だけが銀色に光っている。意外とおしゃれなんだね、とつぶやいて、歩は握手した。
 攻造は、うさんくさそうになずなを見る。
「CNTなんだって? 聞いたことないぞ。案外ナイロンだのビニールだのを難しく言ってるだけじゃねえのかよ」
「炭素管分子複合素材よ。金より高いんだから」
「……おまえ、わかってるのか?」
「当然でしょ。あなたとは頭のできが違うのよ」
 なずなは偉そうにうなずいた。
 彼女の服装は、紺のセーラー服と凶悪に短いスカートとルーズソックス、女子高生の定番三点セットである。歩なんかは最初、単に好みでなずながそういう格好をしているのだと思っていたが、あとで聞いて驚いた。現役の本物の女子高生なのである。それも名門大学の付属校だった。
 こんな会社に入っているぐらいだから、登校拒否児なみに出席率は悪いが、テストでは一桁の席次しか取ったことがないという。ちょっとでも好みの相手を見つければすぐにベッドへ引っ張りこんでしまう、淫乱少女の一面しか知らなかった歩にとっては、すごく意外だった。
 だが、もっともなのかもしれない。なずなは優等生というよりお姫様のような顔立ちをしている。今時の女子高生には珍しく、派手な化粧はほとんどせずナチュラルメイクで通しているし、腰まである長い髪の毛を茶髪にもせず流している。その姿で背筋を伸ばして優雅に歩いていると、BSCでのご乱行ぶりは想像できない。
 学校では案外、清楚なお姉さまで通ってるんじゃないかな、と歩は想像している。
 頭の中身も普通じゃないとは思っていたが、今日はそれも証明されたようだ。ケチをつける攻造を、苦もなく論破してのけている。
「しかしなずな、いくら外側がうまくできてたって、それだけじゃただのダッチワイフだ。こいつは人間なみの頭があるのか?」
「当たり前じゃない。愛美のあいは人工知能のAIなんだから。こう見えても日立のテラフロップス級のMPUを積んでるのよ」
「て、てら何?」
「ワークステーション並みの処理能力があるっていってるのよ」
「いくら能力があっても、機械じゃあ――」
「ホログラム構造の思考マトリックスを持ってるから、ちゃんと感情があるのよ。脳と同じ作りよ。チューリングテストにかけたら一時間はもつ。もちろん、あっちのほうの反応は特に強調してある。――私が教えてあげたからね」
「じ、じゃあ、動きはどうだ。ちゃんと二本足で歩けるのか?」
「あ、それは無理」
 意外なひとことに、攻造はのめる。
「無理って……歩けないのか」
「だから車椅子なんじゃない」
 それを聞くと、攻造は鬼の首でもを取ったように言った。
「そらみろ、やっぱりただのハリボテじゃねえか」
「わかってないわね」
 なずなは平然と切り返した。
「忘れないでよ、この子はベッドの上が仕事場なのよ」
「……どういうことだ?」
「エッチするのに、歩く必要はないでしょ」
 なずなは、スカートからつきでた愛美の小さな膝こぞうに手を当てて言った。
「この子の足は、可愛がられるためだけのものなんだから。ベッドの上で横たわってしまえば、歩けなくても問題ない。逆に、横たわった状態での動きは人間よりずっと……色っぽいわよ」
 そう言って、苦笑する。
「ほんとは、二足歩行させると、制御系でリソースが食われちゃうし、骨格やらサーボやらで象みたいに太い足になっちゃうから、省いただけなんだけどね」
「でも、ずっと車椅子なんて、ちょっとかわいそうじゃないですか」
 歩が抗議すると、なずなはなぜか笑った。
「実は、その車椅子が本体なの」
「……え?」
「この可愛いボディにバッテリーと制御部分を全部入れるのは無理。だから、車椅子の中に収めてあるわけ。――体は、椅子からの無線指令で動いてるのよ」
「へええ……」
 歩が車椅子の下を覗きこもうとすると、愛美が手を伸ばして視線をさえぎった。はにかんだような顔で笑う。
「見ないで」
「え?」
「恥ずかしいから」
「なんで?」
 歩が聞くと、なずなが笑った。
「歩ちゃん、初対面の人に服脱いで見せる?」
「……ああ、そうか」
 ごめんね、と歩は謝った。
「……おいおいおい」
 攻造があきれたように言った。 
「さっきから聞いてりゃ、まるっきりSFじゃねえか。オレ程度の頭でも、メチャクチャ高度だって分かるぞ。こんなもんできるわけねえ、中身は人間だろ」
「認めなさい、攻造。現実よ。専門家に頼んだんだから」
「専門家? どこのだ、お茶の水博士か?」
 あざ笑うように攻造が言うと、なずなは軽く答えた。
「ソニー・デジタルクリーチャーズラボ二班、コマツ重機産機事業部、長岡工専ロボット科、総合警備保障、東大生産技研、その辺かしら」
「そーですか。ホンダは?」
「狭山の研究所に当たることも考えたけど、あそこは歩行が専門だからいらないでしょ」
「……マジなんか」
 冗談のつもりで言ったのに、なずなが真面目に答えたので、攻造は呆然となった。
「なずなにそんなコネがあるわけねえ。するとやっぱり……」
「そう、やっと私の出番ね」
 黙って聞いていた倫子が、苦笑した。
「最先端の技術に関係したところばかりだから、こっそり引きぬいてプロジェクトチーム組んでもらうのが大変だったわ」
「で、使った金が億のケタか……」
「億のひとつ上ね」
「ロリ客さばくためだけに、んな金使うなよ……」
「可愛い仲間が一人増えたんだから、文句言わないの」
 こともなげに言うと、倫子は一同を見まわした。
「だいたい納得したわね。わざわざ細かいところまでなずなちゃんに説明させたのは、この子が人間じゃないって言うことを理解してもらいたかったから。でないと、仕事中に問題が起きたときに、あわててしまうでしょう」
「問題が起きるんですか?」
 聞いた歩に、なずながうなずく。
「最大の問題はバッテリーなのよ。ここまで完成度の高い愛美ちゃんでも、車椅子から離れた状態での連続行動時間は、せいぜい一時間。お客さんとしてる最中に止まっちゃうことも十分ありえる」
「死んだと思われちゃうじゃないですか。どうするんですか?」
「決まってるじゃない。電池の充電」
「で、電池?」
 歩は笑いそうになったが、なずなはしごく真面目である。
「ベッドに上がって五十分たったら、何がなんでもこの子を車椅子に戻すこと。病弱とかなんとか、言いわけをつけて。そうすれば、非接触式の磁界充電で、五分で復活するから」
「携帯電話みたいですね。五分ってずいぶん速いけど」
「超伝導バッファを使ったPEFC電池よ。そこだけで予算の半分がかかったんだから」
「……なんか、ボクよりずっと役に立ちそうじゃないですか〜」
 半泣き顔で、歩は愛美を見やる。すると、愛美が困ったような顔で言った。
「ごめんなさい」
「え?」
「泣かないで、おねえちゃん。あたし、まだ何も分からないから、いろいろ教えてください」
「う、うん」
「よかった」
 にこりと愛美は笑う。無邪気な小学生そのものの笑顔に、きゅーんと胸が痛くなって、歩は愛美の頭を抱きしめた。
「やっぱり、この子かわいいです〜」
「よかったわ、仲良くなってくれて」
 倫子はそう言いながら、壁のフックから車の鍵を取った。
「あ、どこか行くんですか?」
「どこかじゃないわよ、仕事。ほら、急いでしたくして」
「え? ボクも?」
「歩ちゃんと愛美ちゃんよ。さっそくで悪いけど、もう予約いれてあるの」
 歩は思わず攻造を見た。攻造はぷいと目を逸らす。
 ――止めてほしかったのに。
 しかし歩は、なずなに言われたことを思い出して気を取りなおした。少なくとも攻造に意識はされているみたいだ。気長にアプローチしつづけていれば、いつかはきっと。
「ほら、行くわよ!」
「は、はい!」
 あわてて、歩は自分のポシェットを取りに走った。

「……なんか、変な気分」
 愛美の車椅子を押して歩きながら、歩は誰もいない板ばりの古びた廊下を見まわしていた。
 倫子のミニバンで二人が連れてこられたのは、郊外の古びた廃校だった。今日の客のリクエストは、「放課後の教室密会コース」。愛美と一人で会うことを要求されたが、ロボットということは秘密だから、手助けなしというわけにもいかない。同級生が二人づれで教室にやってきたという設定に変更して、歩の立ち合いを認めさせた。
「でも同級生って……ボク、ほんとなら高校生なのに」
 歩がぶつぶつ言っていると、愛美が落ち着かなげに身じろぎした。歩は声をかける。
「どうかした?」
「ううん……ちょっと怖くて」
「怖いの?」
「初めてだから。何をすればいいかは知ってるけど」
「そっか……」
 歩は、愛美の頭を軽くなでた。
「だいじょうぶ、ボクがそばにいてあげるから」
「うん」
 おとなしく愛美はうなずく。そうだボクがしっかりしなきゃ、文句言ってる場合じゃない、と歩は気を引き締めた。
「2年1組……ここか」
 廊下に突き出たプレートの下で、歩は足を止めた。ごくりと息を飲んで、ガタガタのドアを引き開ける。
「こんにちわー……」
 ほこりっぽい教室の中に、午後の日が斜めに差し込んでいた。教師用の机で、誰かが書類をめくっていた。白い開襟シャツを着た、二十代半ばぐらいの男。振り向いた顔がやさしそうだったので、歩は少しほっとした。
 男は、前置きもなく言った。
「やっぱりか、井上」
「井上……?」
 歩は首をかしげた。男は、構わずに続ける。
「先生わかってたぞ。手紙くれたの、井上だろう? 「山根先生へ。おはなしがあるから、放課後に教室で待っててください」。――このきれいな字は井上のだもんな。でも、おはなしってなんだい?」
 男は席を立ってこちらへやってきた。歩が戸惑っていると、愛美が先に口を開いた。
「みんなの前では言えなかったんです。……せんせい、もっとこっちに来て」
「ああ、わかったよ」
 男は愛美の前にやってきて、床に膝を付いた。言ってごらん、と優しく愛美の顔を見上げる。
 愛美は、かすかに頬を染めてささやくように言った。
「一人じゃ勇気が出なかったから、歩ちゃんに一緒に来てもらったの。……歩ちゃんがいて、いいですか?」
 男は歩を見上げると、にっこり笑った。
「他のクラスの子だね。歩ちゃんって言うのか。いいよ」
「じゃあ、聞いてね」
 愛美はますます小さな声で、つぶやくようにいった。
「愛美、山根せんせいが好きなんです。……およめさんにしてください」
「井上……」
 男は驚いたような顔をしたが、やがて目許を下げると、そっと愛美の手を握った。
「そうか、井上は……アイミは、先生が好きなのか」
「……いやですか?」
「そんなことはない。うれしいよ」
 そう言うと、男は手を伸ばして愛美の体を車椅子から起こし、いとおしげに抱きしめた。目を丸くした愛美が、やがて幸せそうに吐息をついて、体を預けた。
「せんせい、うれしい……」
 その時、小声のささやきが、歩の耳に入った。
「うまいね、君たち。さすがBSCだ」
 はっと歩は気づいた。
 ――これ、演技なんだ!
 つまりイメージプレイだった。歩は全然気づかなかったが、愛美は最初の数語で理解して、話をあわせていたのだろう。すごい、と歩は感心する。
 ――愛美ちゃんにあわせればいいんだな。
 愛美は、山根の耳元で切なそうにささやいた。
「せんせい、愛美をせんせいのおよめさんにしてくれる?」
「してあげたいよ。でもね、先生は生徒を好きになっちゃいけないんだ」
「そんなの知らない! せんせいは愛美が好きなんでしょう? 愛美もせんせいが好き。だったら、およめさんになっても誰も困らないじゃない! 一生先生だけを好きでいるから!」
「無理を言うんじゃない」
「無理じゃないよ! 一生が無理だったら、一週間だけでもいいから」
「愛美……だめだよ」
「じゃあ一日、ううん、今だけでいいの。今ここで、愛美をおよめさんにして!」
「愛美……君は何を言ってるのかわかってるのか」
 たしなめる山根の目に、歓喜の色が浮かび始めている。彼はまさに、こういうやり取りを望んでいたのだろう。
 愛美は山根の腕の中で、なおも狂おしくささやいた。
「わかってるよ。愛美、もう五年生だもん。パパとママが愛し合ってるの見たことある。結婚すると男の人と女の人は、え……エッチなことするんでしょう?」
 恥ずかしくてたまらないというように山根の肩に顔を埋めて、愛美はかすれた声で言った。
「してほしいの、クラスが変わる前に。……愛美、せんせいの授業好きです。あんな風に忘れられないこと、愛美に教えて……」
 山根は目を閉じ、極上の美酒を味わうようにしばらく沈黙していたが、やがて愛美の頭を丁寧になでながら、低い声で言った。
「決心、したんだな」
「うん……」
「なら先生も、愛美に授業してあげるよ。でも、絶対誰にも言っちゃだめだぞ」
「うん。わかってる。あたしたちだけの秘密ね」
 山根は迷ったような目で歩を見た。なんとなく居心地が悪くて、歩は少しひるむ。
 すると、それに気づいた愛美が言った。
「歩ちゃん……ね、シスター様をやって。神父様はいないから。あたしと先生の結婚式を、見届けて」
「……う、うん」
「そして、助けてくれない? あたし、足がこうだから、うまくいかないかもしれない。……ね、いいでしょ? せんせい」
「ああ、いいよ」
 安心したように山根が言った。

 体を横にしたお姫様だっこで、山根と愛美は教壇の前に立つ。即席の司祭にまつりあげられた歩が、教壇の上からもごもごと言う。
「ええと……山根先生、あなたは井上愛美を一生愛することを誓いますか?」
「誓います」
「じゃあ、井上愛美、なんじは?」
「はい、誓います」
「それでは、誓いのくちづけを……でいいのかな」
 そんな歩にはお構いなしに、二人は熱い視線を交わし合っている。愛美がわななきながら目を閉じて唇を差し出し、それ以上に震えながら、山根が顔を重ねた。
 最初は、触れ合うだけのつつましいキスだった。――が、やがて、山根が我慢できなくなったように、強く唇を押しつけた。舌が愛美の唇を押し分け、小さな口の中でうねった。唇の端から、唾液が愛美のあごへと流れていく。
 一分近くたってから唇を離すと、はっと山根は顔を曇らせた。
「す、すまない、愛美。君があんまり可愛かったから……」
「いいんです、せんせい」
 愛美が頬を赤く染めて答えた。
「せんせいの愛が伝わってきたもの。愛美、せんせいのためなら、なんでもします」
「愛美……最高だ、君は天使だよ」
 うめくように言って、山根は再び愛美を抱きしめた。背中に回されたその手が、じきに下へと降りていって、欲望に突き動かされた動きで、ジャンパースカートに包まれた愛美の尻や太ももをなでまわす。
「いいのかい? こんなことをしてもいいのかい?」
「うん、うん。もっとして……先生の気が済むまで……」
「ああ、ずっと、ずっとしたかったんだ……」
 かき抱かれたまま、愛美は幸せそうな顔で愛撫を受け止めている。少し顔をずらして、歩に向かって潤んだ目で目配せした。ばらばらに倒されている机の方を。
「あ……うん」
 歩は、机をいくつか並べて、ほこりをハンカチで拭いた。山根がその上に愛美を横たえる。
 それから、もう一度困ったような顔で、歩を見た。
「歩ちゃん……やっぱり、その、これからのことは……」
「え?」
「二人きりのことにしたいんだ。だから……そっち、向いててくれるかな」
「え、あっはい! わかりました!」
 あわてて歩は背中を向け、窓際の椅子に腰掛けた。やっぱり相当抵抗があるんだな、とうなずく。
 背後から、二人の声だけが聞こえて来る。
「愛美……君の秘密を見てもいいかい?」
「うん、見て、せんせい……」
「見るよ。……ああ、やっぱりお嬢さんの愛美は白なんだな」
「一番いいの、はいてきたんです。せんせいに見られてもいいように……」
「愛美、君はなんてやさしいんだ……」
 歩は思わずつぶやく。
「愛美ちゃん、すご……」
 愛美の両脚を大きく開いた山根は、綿のパンツの真ん中に顔を押し付けた。最初は、布の上に浮き出る形をなぞるようにやさしく、やがて中心にねじ込むようにして、強く鼻を押しつける。
「愛美……ああ、思った通りだ。君のここはすごく清潔だ。おしっこの匂いなんか全然しない……」
「せんせい、そんなにぐりぐりしないでぇ……」
「痛くないだろう? 我慢しなさい。自分でここに触ったことは?」
「そんな……ないです」
「本当のことを言うんだ!」
「きゃう!」
 山根の唇に、布の上から小さな突起を挟まれて、愛美は甲高い悲鳴を上げた。聞き取れないぐらいの声で言う。
「……に、二回だけ……せんせいのこと、考えて……」
「そうか。それじゃあ、今日はもっと気持ちいいことを教えてやるからな」
「怖いです……」
「大丈夫だ。ほら、もうパンツがしっとりしてきたぞ」
「言わないでぇ……」
 山根の目の前で、純白のパンツの中心が変色し始めた。ゾクゾクと歓喜を覚えながら山根がそこを舌で押すと、ぬるっと谷間の上で布が滑った。
「ほら……真面目な愛美も、女の子なんだな」
「やだぁ……」
 愛美は、両腕を顔の前にかざしていやいやをする。その向こうを見て、山根は、歩がこちらを向いていないことを確認した。
 歩は窓のさんを見つめていた。だが、何も見ていなかった。全身を耳にして二人のやり取りを聞いていた。
 キュロットの布地の上に左手を強く押し当てて、上下させている。

 山根は、愛美の両足をそろえて、パンツを抜き取った。片足だけ抜かずに、白いソックスをはいた足を動かして、もう一度ももの近くまで引き上げる。愛美が不思議そうな声を上げた。
「せんせい……?」
「この方がきれいだよ、愛美」
 太ももに残った白い布に、山根は頬ずりした。
 それから、大きく目を見開いて、愛美の秘所を見つめた。
「これが……これが、愛美の大事なところなんだね」
 愛美はきつく顔を覆ったまま、返事をしない。ただ、震えている。
「綺麗だ……芸術品みたいだ。やっぱり、愛美はまだ生えていないんだ」
「……」
「さあ、勉強だ。愛美、大化の改新は何年だった?」
「……六百四十五年です」
「月までの距離は何キロかな?」
「さんじゅう……はちまんきろ」
「よしよし、愛美は頭がいいな。じゃあこれもわかるはずだ。ここは……」
 くちゅり、と指が動いた音。
「標準語で、なんていうのかな?」
「……わかりま……」
「だめだ! 知ってるはずだ。さあ愛美、答えて」
「お……」
「発言は大きな声で!」
「おまんこ、です……」
 のどを使わない、口だけの小さな声だった。だが、山根の耳にははっきり届いた。山根は目をぎらぎら輝かせて愛美の体に覆いかぶさると、顔を覆った腕に耳を押しつけて、何度も聞いた。
「もう一度」
「おまんこ……」
「もう一度」
「おまんこ……」
「もう、一度」
「おまんこです。……せんせい、そんなに言わせないで……」
「だめだ。次はもっと詳しいことを聞くからな、ちゃんと答えるんだ」
 山根は体を下げて、投げ出された愛美の足の間に顔を突っ込んだ。両手で太ももを大きく持ち上げ、ピンクに輝いている粘膜に舌を押しつける。
「これはなんだ?」
「くりとりす……」
「ここは?」
「おしっこ、するとこ……」
「ここは? このぬるぬるしている穴は?」
「ちつ……」
「その奥は? ああ、いっぱいおつゆが出てきたぞ。言うのが嬉しいんだろう? 答えなさい、この奥にある、先生の精子を受け止める愛美のお腹の大事なものはなんだ?」
「し……しきゅう、です」
「ようし、満点だ」
 そう言うと、山根は肉食獣が襲いかかるように、愛美のひだの上に顔を押し当てた。柔らかい粘膜を削ぎ取るように激しく、舌と唇をうごめかせる。
「ああ、すごい、すごいぞ。愛美、おまえのここはもうどろどろだ。このいやらしい娘め! 息もできないじゃないか!」
「せんせい……やめて……」
「だめだ! さあ、もっとおつゆを出すんだ。いま先生が突っ込んでやるからな!」
 猛々しくわめきながら、山根はズボンをずり下ろした。黒い毛むくじゃらのペニスを取り出して、愛美のひだの真ん中にあてがう。
「さあ、入れるぞ。愛美、おまえをおれのお嫁さんにしてやるぞ。いいな? いいんだよな?」
 迷うように沈黙してから、やがて愛美は、こくりとうなずいた。
 山根が思いきり腰を突き進め、硬い肉棒がはかなげな粘膜のくびれを突き破った。
「んぐうっ!」
 ――愛美の悲鳴を聞いた歩は、ついにキュロットの中に手を突っ込んだ。もう、ショーツが汚れることなど気にしていられなかった。

 最初は亀頭が入っただけだった。だが、山根は構わずに何度も力をこめ、ぐいっ、ぐいっ、ぐぐぐっ、と、ついに根元までペニスを押しこんでしまった。
 いっぱいにひきつれた愛美の膣口が、痛々しく白んで痙攣している。そのまわりの粘膜を指先でなぞりながら、山根は問い掛けた。
「愛美、痛いか? 先生の突っ込まれて痛いか?」
「痛い……です」
「でも先生は痛くないんだよ!」
 山根は叫んで、愛美のジャンパースカートの裾を押し上げた。すべすべのお腹とがあらわになると、へその下あたりを触診するようにぐいぐい揉みこむ。
「ここだよな。この中におれのチンポが入ってるんだよな。愛美、すごいぞ愛美は! 十五センチもある先生のチンポを全部飲みこんでるんだ! すごいな、女の子ってすごいよな!」
 愛美は腕を上げ、戸惑ったように山根の顔を見つめている。
「ここか? このへんか? 先っちょが子宮にめりこんでるんじゃないか? どんな風なんだろう、ああ、見てみたいなあ!」
「せんせい、どうしたの?」
「嬉しいんだよ、先生は」
 山根は言って、少し腰を引いた。途端に目を細めてうめく。
「愛美とひとつになれてさ。愛美だってそうだろう? ぎちぎちにくわえ込んで離さないじゃないか。いや、大丈夫だな。ほら、こうやって動かせば……」
 山根がゆっくりと腰を引くと、絞り出されるようにペニスが出てきた。もう一度力をこめてそれを押しこむ。何度も何度もそれを続けるうちに、愛液が再びあふれ出し、巨大な山根のものを十分に潤わせるようになった。歯を食いしばっていた愛美が、徐々に薄く口を開けて息を漏らすようになる。
「せんせい……痛くなくなってきたよ。せんせいの、すごく太いみたい」
「そうか? どんな感じだ?」
「おなかの中に手を突っ込まれたみたい。それぐらい大きく感じるよ」
「そうか? 気持ちいいか?」
「気持ち……いいです。うん、気持ちいい。なんか、飛んじゃうみたい!」
「あ、愛美、おまえはいやらしい子だ! いやらしい子だ!」
 叫ぶと山根は、愛美の足を大きく持ち上げて、その体を裏返した。やや飛び出した腰骨の下の、小さく丸いつるつるのふくらみを確かめるようになで回してから、もう一度、不釣合いに大きなペニスを押しこんだ。うめく。
「なんで全部入るんだ? なんでこんなにきゅうきゅう締め付けてくるんだ? それに……なんでこんなに、ぬめぬめして気持ちいい膣をしてるんだ?」
「せんせいのこそ、熱くって……あっ! そこいいよ!」
「ふわっ……愛美、こら! そ、そんなに動かすな!」
「し、しらない! あたし何もしてません!」
 言葉とは裏腹に愛美の体内はびくびくとうごめき、山根のペニスを絞り上げようとする。それに耐えながら、山根は強引に腰を打ちつけ続ける。両手に収まってしまうほど小さな尻を、ペニスを挟むようにすり合わせ、手を下にやって硬く凝ったクリトリスをはじきまわす。
「せんせいそこっ!」
 矢も盾もたまらなくなって、山根は押しつぶすように愛美に体重をかけた。ぐちゅぐちゅと腰をつきこみながら、自分より一回りも小さな体を両腕で抱えこみ、ほんの少しの体温も逃がさないように抱きしめる。ぴんと延髄の浮き上がったうなじに唾液を落とし、やにわに獣のようにそこに噛みついた。 
「愛美、愛美、愛美、愛美!」
「せんせえっ!」
「愛美いっ!」
 叫びとともに、山根は欲望の塊をぶちまけた。余裕のほとんどなかった愛美の膣から、濁った粘液がたちまちあふれ出る。
 それを飛び散らすようにしてピストンを続けつつ、山根はポケットに手を入れた。

「……!」
 びくん、びくんと肩を震わせ、歩は声を殺して絶頂に達した。はじけた精液でたちまち手のひらがぬるぬるになるが、まだ体温のぬくもりを持っているので、どれだけ飛び散ったかわからない。
 きっとべたべただろうな、とぼんやり思う。
「せんせぇ……」
 すすり泣きのような愛美のささやきの残滓が、絶頂を過ぎても嫋々と漂っている。それがふと静かになった。くぐもったうめき声のようなものが聞こえた。
 またキス……
 そう思っていると、不意に足音が背後に近づいた。頭上を越えて、目の前に大きな手のひらが現われる。
 湿った布が歩の呼吸と視界を塞いだ。

 ツンと目にしみる匂いを感じて、歩は顔を上げた。
「目が覚めたか」
 山根が、小瓶を足元に放り出した。カラカラと転がる瓶のラベルには、アンモニアと書かれていた。
 気絶していた、と言うことに歩が気づくまで、数秒かかった。
「あれ……ここ、どこですか?」
 きょろきょろとまわりを見まわす。狭い部屋の中には、壊れた農機具や肥料の袋、ロープで巻いた丸太などが散乱していた。どうやら、納屋のようだった。
「廃校のすぐ裏だよ。――もっとも、林の中に入っているから、地元の人間にしかわからないけどね。そして、地元の人が探しに来たときには、おれはもういない」
「……いない?」
「一時間もあれば済むだろうからね」
 済むってなにが、と聞こうとして、歩は山根が手にしている手術用のメスに気がついた。その輝きと、山根の異様に見開かれた両目が、歩を正気に叩きなおした。
「何をする気?」 
 叫んで立ちあがろうとした途端、歩はガクンと後ろに引き戻された。両手が背中で縛られ、柱に結び付けられているのだ。
「これ、なんですか! 愛美ちゃんはどこ!」
「そこだよ」
「――ひっ」
 歩は、息を呑んだ。すぐそばに、ロープでぐるぐる巻きにした一メートルほどの丸太が転がっていた。
 いや、それは丸太ではなかった。はしからはしまで隙間なくロープで巻かれたそれは、気をつけをした人間の体の形をしていた。わずかに口のところと腹のところだけに、巧妙なロープの隙間が作られていた。
「あ……愛美ちゃん! 大丈夫なの?」
「……おねえちゃん? 起きたの?」
「起きたのじゃないよ! これどうなってるの!」
「おねえちゃんは薬で眠らされたの。あたしも縛られて動けない。無理に動くと、体が壊れちゃうよ」
「そんな……」
 歩ははっと気づいた。とっさに、山根の左腕の腕時計を見る。――愛美が車椅子を離れてから、五十五分が経過していた。
 快楽におぼれて時間を忘れてしまったのだ。歩は死にたくなった。
 うつむいている歩の前を、山根は、ひらひらとメスを見せびらかすようにして通りすぎた。愛美のそばにかがみこむ。
「何をするかって言ったね」
 愛美の腹をなでる。ちょうどへその下からももの上までが現われていた。下着はつけておらず、情事のあとが残る充血した谷間が、ちらりと見えていた。
 山根は、その谷間を指でもてあそびながら、顔を下げていった。
「確かめたいんだ。――愛美が、ほんとにおれのお嫁さんになってくれたかどうか」
「なにを……」
「ペッサリーやリングで邪魔されるの、いやなんだよ。ピルで防がれるのもいやなんだ」
 愛美の腹にまっすぐ顔を押し当て、強く強く押しこみながら、山根はささやいた。
「小学生の女の子がほんとにおれを愛してくれたのかどうか、切って確かめてやるんだ。血も調べてやる」
「やめて下さい! あれはお芝居だったはずで――」
「わあわあわあわあわあ!」
 常軌を逸した山根の大声で、歩の言葉はかき消された。
「何も言うな、いいか、黙ってろ。おれは山根先生だ。そしてこの子は井上愛美だ。二人は愛し合って結ばれたんだ。だから、避妊措置なんかしてるはずがないんだ」
 そう言うと、山根は愛美の顔の周りにメスを滑らせた。力などまったく入れていないようだったのに、太さ一センチはありそうなロープがはらりと切れ落ちた。その切れ味に歩はぞっとする。
 愛美の幼い顔がロープの下から現われた。その顔に向かって、山根は口を開いた。たらたらと唾液が垂れ始め、愛美の目や頬や唇をとめどなく汚していった。
「愛美……おれたち、誓ったよな? 一生愛するって言ったよな? だったら、証明してくれるよな」
「……」
「おまえの子宮におれの精子が入ったの、見てもいいよな」
 愛美は、表情をまったく変えずに山根の顔を見詰めている。
 かちかちと小さな音が湧いた。歩の歯の音だった。
 歩の目の前で、山根の腕時計が、ちょうど一時間たったことを示していた。

「やられた! 逃げられたわ!」
 廃校の表に止めたボルボの中で待っていた倫子は、事務所からの電話を受けて飛び出した。教室に駆けこむなりあたりを見まわして、舌打ちする。
 スーツから携帯電話を引っ張り出して、もどかしげにプッシュした。
「――ああ、なずな? その後情報は入った?」
「ひとつね」
 事務所にいるなずなが、別の電話でよそと連絡を取りながら答える。
「あの客の身分がわかったわ。淫行で捕まった前科より、こっちの方がまずいかも」
「前科持ちって見ぬけなかったのは私の責任だけど、じらさないで早く言って。なんなの?」
「医学部のインターン。それも外科志望」
「……最悪じゃない。現役の医者を除けば」
「歩ちゃん、バラされちゃうかも」
「冗談じゃないわ!」
 倫子は叫んで机をけとばした。電話からなずなの冷静な声が流れ出す。
「社長、落ち着いて。そこに愛美ちゃんの車椅子はあるの?」
「……あるわよ。ああ、ほんとに最悪! もうあの子止まってる頃じゃない?」
「いえ、まだ望みはあるわ」
「なんのことよ」
「プロジェクトチームに総合警備を入れといてよかったって話」
「……奥の手でもあるの?」
 倫子が聞くと、考えこんでいるようななずなの声が返ってきた。
「でも、それには歩ちゃんの協力がいる。……あの子が気づいてくれればいいけど」
「なんのことよ!」
「いいわ。とりあえず車椅子を調べて。ボディの状態がそれでモニターできるはずだから。やり方を教えるから、早く!」
「わ、わかったわ」
 ぽつんと取り残された車椅子に、倫子はあわてて駆け寄った。

「愛美……始めるよ」
 山根が、メスの先を愛美のへそに当てた。歩は思わず叫んだ。
「愛美ちゃん! 起きて! 逃げて!」
「……駆動系にリミッタがかかってる。通常バッテリーがもうない。しゃべれるのも、あと少し……」
「頑張ってよ! なんか方法ないの? 愛美ちゃん天才じゃない! 考えて!」
「うるさい!」
 二人の会話が雑音にしか聞こえないらしい。一声叫んで、山根はメスは愛美の腹につき立てた。歩が悲鳴を上げる。
「やめてぇ!」
「――な、なんだ? これ」
 歩は、山根が戸惑ったように手を上下させているのに気づいた。寒気がするほど鋭利なメスが、わずかもひっかかることなく、左右に滑って流れている。肌は柔らかくへこむのだが、少しも切れないのだ。
 その隙に、歩はなおも叫んだ。
「愛美ちゃん! 逃げられるよ! 早く!」
「……おねえちゃん、おねえちゃんはいま、危険?」
「ボクのことはいいから、愛美ちゃん!」
「おねえちゃんは、危険?」
 愛美が繰り返す言葉に、歩ははっと気づいた。何か意味があるに違いない。
「き……危険だよ! すごく危ないよ!」
「……」
 愛美はしばらく沈黙した。それから、前よりもっと小さな声で言った。
「1st rule action judgment ... Negative. だめ、まだ危険じゃない……」
「危険じゃないって……」
 歩は山根を見つめた。やっきになって愛美の腹にメスを付き立てている山根を。そして、あることに気づいた。
 歩は叫んだ。
「山根さん! 愛美ちゃんは山根さんの恋人じゃない! 関係なんかなんにもない!」
「だ、黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「黙らないよ! 山根さんがそんなことしてる限り言ってやるんだから! 愛美ちゃんが頑張ってあげたのにそんなことするなんて、あんたなんかクズだ! ゴミだ! いもむしだ!」
「うるさい黙れえええええーっ!」
 絶叫して振り向いた山根が、歩に向かってメスを振りかざした。
 その途端、愛美が早口で何か言った。
「1st rule action judgment, Conform! 第一原則行動発動するよ!」
 ビシッと異様な音が響いた。山根があわてて振り返る。彼が見たのは、内部からの圧力で左右にピンと張った何十巻きものロープだった。あざ笑うように言いかける。
「やめろよ、愛美。そんなことしたって……」
 ジーッという低い振動音を聞いて、彼は口を閉ざした。何が起こったのか理解しようと、必死に目を泳がせる。が、外から見たところでわかるわけがない。
 愛美の体内の数十個のサーボモーターに、予備電源のすべての電力が投入された音。
 ビン! とロープの一箇所が切れた。もう一箇所。さらにもう一箇所。
 次の瞬間、ビシビシビシッと激しい音を立ててロープはばらばらにちぎれた。同時に愛美の裸身のあちこちでパシパシと乾いた音がし、白い肌の内側で光が瞬いた。負荷の消えたモーターが過回転で焼けたのだ。
「な……なんだあ?」
 山根は呆然としかけたが、愛美がのどに向かって手を伸ばすと、あわててメスを振りかざした。
「や、やめろ! 来るな!」
 尻もちをついて後ろに下がる。だが、その顔に狡猾な笑いが浮いた。
「そうだ、愛美。その足じゃ無理だろう。ここまで来れるか?」
「歩おねえちゃんに手を出したら……許さない!」
 愛美は、ばね仕掛けのように片手一本で倒立した。二メートルの距離を側転であっという間に詰めると、痴呆のように見上げている山根に、両足を叩きつけて押さえこんだ。
 そして、両手の小指――一対の銀色の爪を、山根のわき腹に突き刺した。
「ギャッ!」
 短い悲鳴とともに、山根の体が三十センチ近くはねた。そして地面に倒れこみ、動かなくなった。
「愛美ちゃん!」
 山根の手から吹っ飛んだメスを、体をひねってつかむと、歩は手を縛っていたロープを切って、愛美に駆け寄った。ぐったりとしている愛美を抱き起こす。
「愛美ちゃん! 大丈夫?」
「おねえちゃんこそ、けがはなかった?」
「ボクは大丈夫だけど! 無理したんでしょ?」
「ああ……」
 愛美は、ゆっくりと目を閉じた。
「よかった……」
「あ、愛美ちゃんッ!」
 歩は絶叫して、すすけた小さな体を抱きしめた。
「歩ちゃん、愛美ちゃん!」
 納屋の外から、倫子の声が近づいてきた。

「それで、こいつはわんわん泣いてたわけか」
 数日後。事務所の来客用ソファで、歩の話を聞いた攻造が、せんべいをかじりながら馬鹿にしたように言った。お茶をいれていた歩がむくれる。
「当たり前じゃないですか。体を張って助けてくれたんだもの」
「でも、おまえが切られそうになるまで、助けてくれなかったんだろ? ポンコツじゃねえか」
「ポンコツじゃないわよ。立派に三原則に従ったんだから」
「なんだそれ」
「あら、知らないの」
 今度はワッフルをつまんでいたなずなが、攻造を馬鹿にした。
「へーえ、そんなことも知らないんだ」
「知らねえよ、どうせオレはばかだよ。いいから教えろよ」
「アシモフのロボット三原則じゃない。
 一、ロボットは人間を攻撃してはならない。また、人間が危険にあうのを看過してはならない。
 二、一項に反しない限り、ロボットは人間の命令に従わなければならない。
 三、一項と二項に反しない限り、ロボットは自分の身を守らなければならない。
 ――宇宙の法則、世界の基本よ」
「あ、聞いたことあります」
 歩がお茶を持ってくる。それを受け取りながら、なずなは説明を続けた。
「歩ちゃんに危険が迫ったことで、この第一項が発動したってわけよ」
「そんなことになる前に逃げりゃよかったんだ」
「ところがそれは二項に禁止されるのよ。何しろ、一生愛してくれって言われたんだから」
「じゃ、なんで土壇場まで動かなかったんだ?」
「決まってるじゃない、三項があったからよ。非常出力でロープをちぎれば、自分の体が壊れてしまう。それを防ぐのが三項。二項と三項の制約を外すためには、より上位の一項が発動する必要があったわけ」
「見事な理屈だな、と言ってやりたいが……」
 攻造は歯をむいた。
「思ッきり人間を攻撃してるじゃねえか! その原則、建前だけだろ!」
「あら、ご明察」
 なずなは意外そうに攻造を見つめた。
「実は、いろいろ補則を設けて抜け穴作ってあるのよね。だいたい一項をそのまま適用したら、テレビのニュース見るたびに事故現場にすっ飛んでいっちゃうもの。それにしても、攻造が気づくなんて意外」
「最初の説明で警備会社が混ざってたからな。おかしいと思ってたんだ。おまえ――」
 攻造は、なずなをじろりと見た。
「仕込んだな?」
「そ」
 なずなは、いたずらっぽく笑った。
「総合警備は警備ロボットも作ってる。そのノウハウをちょっと拝借したの。愛美ちゃんの小指の爪は、スタンガンなのよ。うちはトラブルもよく起こるから、必要だと思ってね。あの子は、私たちを守るためなら、第一原則の拡大解釈をすることもできるわ」
「そのせいで、自称「山根センセイ」は、乳首横断のファンキーな電紋食らって、半年間のリハビリだ。……恐ろしいもん作りやがって」
「あれは山根さんが悪かったんです!」
「淫楽殺人者になるところを未遂で止めたんだから、感謝してほしいわね」
 二人に詰め寄られて、攻造はそっぽを向いた。
「結果オーライで済ませるんじゃねえ」
「でも最初はびっくりしたわ」
 なずなが、歩の顔を見上げて言った。
「歩ちゃん、事務所に戻ってからも、愛美ちゃんのボディ抱きかかえたまま離そうとしないんだもの。説明したって聞かないし」
「あれは……死んじゃったって思ったから……」
「もうわかったでしょ」
「わかってます! もう来るころですよね」
 照れ隠しに時計を見上げて、歩は言った。
 廊下に足音がして、ドアが開いた。倫子に押されて入ってきたのは、車椅子の少女だ。
 なずなが得意げに言う。
「本体は車椅子の方だって言ったでしょ。――データリンクでバックアップは全部取ってあるんだから、ボディさえ直せば、元通りだって」
 少女が、しみひとつない元通りの顔で、微笑んだ。
「迷惑かけちゃってごめんなさい。――歩おねえちゃん、怖かったでしょ?」
「ううん、愛美ちゃんってすごい!」
 そう言って、歩は愛美に飛びついたのだった。

――続く――

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆



 BSCシリーズ第3話、いかがでしたか。今回はロリ&ロボという、その筋の人のストライクゾーンを狙った道具立てです。いや、1話と2話も女装美少年・セーラー服女子高生で、相当濃いところを狙った作りではありますが。
 斯界の俊英、雑破業氏がいみじくも喝破しているように、この手の作品は使えてなんぼです。男性読者の方のオナニーに貢献できるよう、濡れ場は濃くする方向で書いているつもりですが、今回は少々、趣味に走ってしまい、前説と後説が長くなりました。中間部の濡れ場で抜いた後、改めてストーリーを追っていただくのがいいでしょう。

 第1期シリーズ全体の構成は、ほぼ考えてあります。
 4話、5話、6話で、それぞれ倫子、なずな、攻造のエピソードが語られます。私はあまり熟女好きではないので、社長をうまく犯せるかどうかわかりませんが。
 7話は第1期の締めくくりになります。
 計7話でシリーズ終了の予定ですが、設定がわりとしっかりできたので、第2期に入ることもありえます。しかし、諸般の事情により、完結がいつになるかは未定です。申しわけないことですが、気長に待って下さい。

 それではこの辺で。
 ご意見・ご感想をお待ちしております。

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