| top page | stories | catalog | illustrations | BBS |


 夜明けの海のひと

 1

 目を覚ました坂上凌太は、しばらくの間自分がどこにいるのかわからなかった。明るい頭上に木目の天井が見える。背を支えるのは自室のベッドではなく布団と畳。クーラーの乾いた冷気の代わりに、水気の多い涼しさが漂っている。
「ん……んあ……?」
 枕元に目をやると、外はもうまぶしいほど明るかった。
 開けっぱなしの掃きだし窓の外にまばらな松林があり、砂地に立つねじくれた幹の向こうで、海がどうどうと波打っていた。
 凌太は隣の布団を見た。水色のタンクトップとショーツだけの姿の佐藤明海が、長い黒髪を顔にまとわりつかせて、すうすうと寝息を立てていた。
 凌太は思い出した。明海と二人で一週間の旅行に来たことを。
 そして昨晩、明海と初体験してしまったことを。
「そっかー、俺やっちゃったなあ……」
 ごろりと再び大の字になって、凌太は記憶を反芻した。いくつかの強烈な印象がよみがえる。手のひらに貼りつくような熱くて柔らかい肌、とてもよく動く舌、小さく甲高い甘え声、そしてゴム越しなのに熱い感触。――しかし無我夢中だったので、全体を通して何をやったのかということはあまり覚えていなかった。
 ともあれ、やったことはやったのだ。それもけっこういい形で。
 もう一度、明海を見た。
 明海は大学二年で、高三の凌太の二つ年上だ。告白したのは夏休み前だから、まだ付き合いだして一ヵ月たっていない。けれども知り合ったのは半年前で、同じコンビニのアルバイトだから、気心もだいぶ知れていた。特に凌太のほうは会ったその日から注目し続けていたから、彼女のことはよく知っている。
 注目していた理由は、簡単だ。――美人で性格がよくて巨乳だから。
 寝ている彼女を見つめていた凌太は、じきにささやいた。
「あけみ……さん?」  
 返事はない。凌太はごくりと唾を飲んで起き上がった。
 明海は仰向けに寝ている。このコテージは暑いのでタオル一枚もかけていない。凌太が体を起こすと彼女の全身を見下ろせた。百六十九センチの凌太よりこぶし半分小さいだけの、白く伸びやかで豊かな肢体が。
 片手を耳のそばに、片手を腹に乗せた寝姿だ。くの字にそろえた両膝を右へ倒している。タンクトップとショーツだけ、つまり腕もわきも太腿もむき出しで、しかも顔を寄せれば胸も股間もわかりすぎるほど透けている――
「……い、いいよな、もう、やっちゃったんだから」
 となれば、凌太が我慢できるわけがなかった。そーっとかがみこんで眺め始めた。
 最初はもちろん胸だ。
「うーん、いつ見てもでっけぇ……」
 タンクトップは特に小さいわけでもないのに、内側の二つの丸みで窮屈そうに膨らんでいる。目測だが、九十はあるんじゃないかと凌太は思っている。その大きな乳房が、仰向けになっているのでやや平たく潰れている。サイズもさることながら明海はカップもすごくて、思い切り細くくびれた腰との段差で、タンクトップの下半分がひらひらと空洞になっている。
 そして、ぽってりした胸の頂上に、二つの尖りがあった。ノーブラなのだ。
「くぅー……」
 思いっきり揉んでやりたくて両手が出かかったが、触れる寸前で我慢した。さわったら起きてしまうに決まっている。
 その時、眠たげなささやきが耳に届いた。
「いいよ……」
「え?」
 顔を上げると、明海が目を閉じたまま、くすっと笑った。
「好きにして」
「え、俺、あのっ……」
「寝ててあげる」
 そのまま、すぅすぅと本当に寝ているような寝息を立て始めた。もともと眉や目つきが優しくてふんわりした顔立ちの彼女だが、寝顔はいっそう穏やかに見えた。
「す、好きにしていいの……?」
 凌太は狐につままれたような顔をしていたが、やがておそるおそる両手で胸に触れた。ふわ、とたまらない感触が指に伝わる。下から持ちあげると、重い肉がほよほよと揺れた。
 それでも明海は穏やかに体の力を抜いたままだった。
 凌太の鼓動が一気に速まった。顔が熱くなって股間が突っぱり出す。Tシャツとトランクスしか着けていないから、たちまち前がテントになった。
「いいならやっちゃうよ、明海さん……?」
 ほよん、ほよん、と持ちあげていた指を広げて、外側から深々とつかんだ。むにぃ、と水袋のような弾力が指の間からあふれそうになって、ため息をついた。
 続けて、当たり前のように顔を押しつけた。左右の頬をかわるがわる擦りつけると、たぷたぷした肉が逃げた。両手で乳房を集めたまま真ん中に顔を突っこむと、谷間に溜まっていた汗と乳の、果物のような匂いが鼻をついた。
「明海さんのおっぱい、最高。口でしていい?」
 聞いたが返事がない。顔を見た凌太は思い出す。そうか、明海さん寝てるんだ。
 そうとわかると大胆になって、タンクトップの裾を思い切りめくった。が、乳房がきつすぎて胸で引っかかる。それにさらに刺激されて、うっわすげえとつぶやきながら苦労して胸の上までずりあげた。
 日が当たって白いつやが浮くほど滑らかな肌だ。その奥に赤と青の血管が透けている。さわるのがもったいないような気持ちになりながら、しっかり凌太はさわる。指先でつついたり、指でちょっとずつつまんだり、手のひらまで使って包んだり、しまいには顔を埋めて両手で挟み込んだりと、たっぷり楽しんだ。
「あ……明海さん、おっぱいがほんのり熱くなってきた」
 やはり返事はない。ただ、顔が少しだけ、つんとそっぽを向いたような気がした。
「明海さん、照れてる……?」
 可愛らしくなって小さく笑いながら、凌太は顔を下げていった。明海の肌から離れたくない。唇で脇腹をなぞって、飛び出した腰骨を通り、尻へと回りこんだ。明海の、横を向いた尻に頬を滑らせる。
「ふぁー……」
 胸と同じように、明海のそこもため息を誘うほどのボリュームがあった。ピンクのショーツが長く引き伸ばされ、二つの丘に斜めに食いこんでいる。指でつかむとやわやわとへこみ、呑みこまれてしまいそうだ。そこにも凌太はキスをした。一度や二度ではとうてい満足できず、十数回もくりかえした。
 ショーツに指をかけたときにも、明海は何も言わなかった。
 ただ、はっきり、びくっと脅えたように身を硬くした。
 それで十分だった。明海が内心では恥ずかしがっているとわかっただけで。凌太はぞくぞくしながらささやいた。
「明海さーん……お尻見るよー……」
 言葉はない。けれどもよく聞くと、ふー、ふー、と荒くなった息が聞こえた。
「見ちゃうからねー……」
 言いながら凌太は両手でショーツをゆっくりと下げた。
 くるくるとめくれていく水色の布の下から、赤茶に色のついた谷間が現れた。小さく閉じられた肛門も。くう、と凌太は息を呑む。勢いでそんなことをしているが、昨日はまだそこを見なかった。というより、そんなに簡単に見ていいような場所じゃないという気がしてくる。
 自分でやっておきながら、凌太は八割がた脱がせたショーツを止めた。
「あ、明海さん、ほんとにいいの?」
 くー、はー、という深呼吸の音に続いて、くい、と小さく尻が振られた。早くして、というように。
「マジかよ……」
 頭ががんがん痛むほど興奮して、凌太はさらにショーツを下ろしていく。尻がすっかり現れると、谷間の先に閉じ合わさった厚いひだが見えてきた。ぷくりと肉付きがあって、内側のひだが少しはみ出ている。今まで布でしっかり覆われていたせいか真っ赤に蒸れて、濃い匂いがした。つま先からするっとショーツを抜き取って凌太はつぶやく。
「エっロぉ……明海さん、ここマジエロい……」
 力を入れたのか、きゅ、と内腿に腱が浮く。
「ていうか明海さんがエロいよ……なんだよもう、日頃エロいこと全然言わないくせに、こんなとこ見せるんだ。こんなエロいの隠してるんだ」
 ぴくっ、ぴくっ、と明海の腰が震えた。それとともにひだの間からつぷりと透明な滴まで漏れ出してきた。息がかかるほどの距離でそれを見ていた凌太は、抑えが利かなくなる。もう指でさわるどころではない。
「もうしゃぶるから。明海さん、しゃぶるから」
「……あ……」
 初めてかすかな声が聞こえた――と思う間もなく、凌太はそこに顔を突っこんでいた。
 びくんっ、と下半身全体で明海が震えた。凌太は両手で太腿と尻をつかむ。噛み付きたいほど脂の乗った白い股の間に、狭くて暗い秘密の場所がある。本当なら真下からしか見えないその場所を、凌太は正面にとらえて突いた。
 汗の味が思ったより多かった。エアコンなんかないからな、と思う。その潮臭さを味わうような、耐えるような、複雑な気持ちで舌を深く伸ばしてすくいとった。耳たぶのように柔らかいふたの内側に、薄いひだがかわいらしく縮こまっていて、唇で吸いこむと意外なほど伸びた。そしてそれをちゅくちゅく吸ってやると明海がぶるぶる震えるので、凌太はすっかり嬉しくなった。
 それに蜜があふれてきた――生暖かい明海の液がいくらでも出てくるので、凌太は夢中になって吸い取った。それがある分、胸や尻よりも楽しくて、ずいぶん長い間凌太はそれを続けた。
 顔が自然に前のほうへと進み、明海の股に頭を突っこむような姿勢になって、最後に隠れたクリトリスを吸い倒す頃には、すっかり明海を仰向けにさせていた。大きく開いた彼女の体の下で、舌先に意識を集中してこりこりした小さな粒を追いかけながら、凌太はもう危険なほど勃起し終わっていた。
 顔を離すと明海のしどけない姿が見えた。目をつぶってまだ必死に寝たふりをしているが、準備体操を終えたように息が荒くて、説得力はさっぱりない。二つの平べったい乳房の上でピンと乳首が天井を指している。凌太の目の前の性器は、これから歌う人の唇みたいに薄く開いて、呼吸に合わせてゆっくり液面を上下させていた。
「させてね、明海さん……」
 凌太がそういうと、明海は細かく首を横に振った。それからちらりと枕元に薄目を向けた。そこにタバコの箱ほどの紙箱が置いてある。封は切ってあって、昨夜一度使った。
 凌太はうなずく。
「ん、わかってる。ゴムつけるって……」
 トランクスをもどかしく脱ぎ捨てて、スキンを手に取った。昨夜はつけ方がわからず――というより暗くて見えず、明海につけてもらった。今自分で手にとってみるとなんとかわかった。しかしくるくると巻き降ろす途中で毛がひっかかるのがじれったかった。
「ん、これでいい……かな」
 根元までつけ終わると、昨日と同じように、妙な安心と自信が湧いてきた。明海の体の上に進んで、左右に両手をついた。
「じゃ、入れる……」
 下げた腰をくい、くい、と押しつけようとして、戸惑った。――入らない。
「あれ……」
 この辺だろう、と思うところを亀頭で押してみたが、抵抗があるばかりでなかなか進まない。凌太はだんだん焦り始めた。赤ちゃんのように両腕を上げている明海に頼む。
「明海さん、まんこここでいいの?」
「……すー、すー……」
「ね、寝んなよー!」
「くー」
 本当に眠ったわけではなく寝息の真似なのは丸わかりだが、それでも明海は目を開けようとしなかった。どうやら思ったよりもずっと本気で寝たふりプレイにこだわっているらしい。
「ちっくしょ、意地でもやってるかんな!」
 凌太はいったん体を起こして、膣口の位置を正確に見定めた。反り返ったペニスを痛いのを我慢して押し下げ、先を当てる。そうしておいてから、また体をかぶせて、徐々に力を加えていった。
「ほら明海さん、手伝って。……じゃないと痛くねー?」
 ぐぐぐ、と圧迫を加えていくうちに、明海が力を抜くか腰を上げるかしたのかもしれない。先から三分の一ほどずぶりと入って、凌太は声を漏らした。
「んわ……」「くぅ!」
 明海は痛みがあったらしく、眉をしかめた。凌太はぎょっとする。亀頭の圧迫感が気持ちよくて袋の裏がひくひくしていたが、痛ませないようにというつもりで小刻みな動きを始めた。
「痛いんならちゃんと言えよ。俺、加減わかんねえからさ……」
「……す、すぅ……」
「い、いい加減にしろって!」
 凌太は明海の背に両腕を回し、乳房ごと抱きしめながら腰を少しずつ動かした。熱く汗ばんで、さっきよりもうまそうになった乳房にそそられたからだが、ペニスから気を逸らすという意味もあった。じわじわと凌太を飲み込んでいく明海の中は怖いほど心地よく、股間が勝手にびくついて射精してしまいそうだった。――現に昨夜は、入れてから二十回も動かないうちに出してしまったのだ。
「ううぅ〜、ちんこ気持ちよすぎ……」
 乳首をちゅくちゅく吸い、乳房を削るように舌を這わせて気を逸らそうとしても、耐えるのは難しかった。溶けた膣の、締めつけながら内側へ取りこむような動きが、否応もなくペニスから伝わってきた。他事を考えているつもりなのに、その心地よさに引きずりこまれる。
「なんだよこれ、ちんこ溶けそう。明海さん、吸うなよぉ……」
 馬鹿なうわごとを言っていると、きゅ、と強く締めつけられて出してしまいそうになった。よく見ると明海が怒ったように眉を寄せていた。凌太は訴えるように顔を寄せる。
「ごめん明海さん、でも俺、でも俺さぁ、気持ちよくって……」
 両腕をずりあげて頭を抱き、キスをした。くふ、と震えた明海がくったりと力を抜く。眠っているところを本当に犯したなら罪悪感を覚えてしまっただろうが、明海は寝たふりをしつつも額に汗を浮かべて目元を上気させ、感じているのがひと目でわかる。否応なく凌太は興奮させられた。
 唇を押し当てて、なかば無理やりキスしていると、とうとう根元までペニスが入った。腰の骨がぶつかってこれ以上進まないというところで、凌太はぐりぐりと腰をひねる。
「あけ、明海さんっ、これ奥、一番奥ぅ」
「んーっ、んむぅーぅ、んっんっ」
 凌太の唇の下で明海の顔が小刻みに動く。いやいやをしているのかキスの変形なのかよくわからない。凌太はもう、自分が何をやっているのか意識しなくなった。あれをしようこれをしようと考えなくても体が勝手に動くのだ。というより、凌太の意識が頭の隅に押しこめられてしまって、もっと凶暴で手加減のないものに体を乗っ取られていた。
 凌太はただ、ぼんやりと感じるだけだ。――体の下に熱くていい匂いのする、むっちり張りつめた厚いものがあって、腕の中でぶるぶるがくがく動いている。舌で触れるととても綺麗で滑らかだ。それに心地いい声を出す。
 股間に血と神経と意識が異常なほど集まって、棒のようにどくどく腫れているのでものすごく苦しい。けれども体の下のむっちりしたものに腫れをやわらげてくれる穴があるので、焦りながら入れている。その穴はどこよりも熱くて、棒に集まった血を押し戻そうと上手に押し縮めてくれる。けれども、その押し縮められる感触が、背筋がよじれるほどむずがゆくて心地よいので、凌太はますます血を集めて棒をねじこんでしまうのだ。
「あけみさぁーん……」
 頭の隅の凌太にできるのは、さっきから二つのことだけだった。真っ赤になって目を硬く閉じている明海に、切れ切れに声をかけて、まだ理性が残っているのを伝えることと、イく時期を考えることだった。
 挿入して十秒後に射精欲はMAXになっている。凌太が猿ならとっくに出している。けれどもそれでは早漏過ぎるし、せっかく入れたのにもったいないし、なにより明海を満足させられない。だから凌太は今、ある意味で苦行をしていた。人生最大の快感を感じながら、その仕上げを先延ばしにしなければならないという。
 GOサインは明海がイくことだ。なのにそれがわからない。明海がいつイくのかわからないし、イったのかどうかわからないし、それを言ってくれるのかどうかも。
 それで結局――昨夜と同じで――凌太のフィニッシュは、泣き言になってしまった。
「あっ、あけみさっ、おっ、おれだっ、めっ、も、もいく、もういっ」
 まともに声を出すだけでも快感がそがれるので、喉の奥で小さく息を漏らしてささやくと、苦しそうに顔をしかめていた明海がすーっと微笑を浮かべて、こっくりと一度大きくうなずいた。
 そして長い両足をぐいっと折りこんで、凌太のペニスを突き当たりに押しつけてくれた。
「お、おお、んお、おぅ……んぅーっ! んーっ! うふぅーっ!」
 小刻みに動いていた凌太が、大きく断続的な打ちつけに切り替える。尻に力をこめて溜まりきったものを絞り出す。この瞬間は自分も明海もなくなって世界が尿道だけになる。でもオナニーと比べてちょっと違和感あるな、とも思う。
 でも、そんな即物的なことは体が感じていることで、頭の隅の凌太はちゃんとすべてを理解していた。一番好きな明海さんの中でイってるぞ、明海さんは多分イかせられなかったけど、笑って許してくれたから別にいいんだ、これって最高だよな、などなど。
「んーっ! んんっ! んふ! ……ふぅー……」
 最初の十回ぐらいの強烈な発射のあとも、せっかくだからという気持ちが出て、凌太は意識的に力をこめ、圧力の下がった残りの精液を意地汚く吐き出し続けた。さらに全部出した後でも、中途半端な勢いでくいくいとペニスを押しこんだ。これはもうむさぼっているのではなくて、動き続けたら少しは明海が満足するかもしれない、という浅知恵のせいだ。
 すると明海が凌太の肩を一つ叩いていった。
「も、もういいよ、りょーた、くん……」
「……いいの?」
「凌太くんいったでしょ」
 ようやく凌太が落ち着いて顔を離すと、明海が足をほどいてぐったりと体を伸ばした。たゆたゆの乳房を大きく上下させて深呼吸している。体を離そうとすると、急いだ口調で言われた。
「待って、まだぎゅーしてて」
「こ、こう……?」
 凌太が反省気味に力をゆるめて抱きしめ、背中をさすろうとすると、明海がうなずき、首を振った。
「うん。あ、動かないでいいから、ぎゅーだけ……」
「ん……」
 つまりは動かず明海に乗ったまま休めということだった。熱さも暑さもひどくて、明海の腹のくぼみに水溜りのように汗が満ちて、ぺちゃぺちゃあふれたが、凌太にとっては心地よかった。だからじっと身を預けた。
「――すー……」
 明海はなんと、まだ目を開けなかった。

 2

「海だぞ、おらぁー!」「らぁー」
 黄色い声で馬鹿みたいに叫んで波打ち際にダッシュする明海に合わせて、大うきわを抱えた凌太も適当に声を出しつつ歩いていった。
 ものすごく不思議だった。端から端まで三百メートルほどの遠浅で綺麗な砂浜だが、地元の人が十数組、ぽつりぽつりといるだけなのだ。いくら都心から四百キロの日本海岸だといっても、八月の盆前なのだから観光客であふれていてもよさそうなものだ。
 もちろん客がいないのは理由がある。駐車場がないからだ。東向きのこの浜は北も南も五キロ先まで街がなく、狭い海岸道路のすぐそばまで崖が迫っている。電車も通ってない。来る方法は二つだけ。
 地元の人のように原付でとろとろやってくるか、崖の中腹に一軒だけぽつんとあるコテージに車を入れるか、だ。後者が凌太たちで、二人は明海のインプレッサで関越を走ってきて、海岸道路から恐ろしく切り立った斜路を上がってコテージに入った。
 凌太が不思議なのはそれ全部だ。コテージ一つとっても実はコテージなんかではなく、どう見ても土地の年寄りが隠居していた一軒家で、最近亡くなったから町に住む息子が管理しています、というような代物なのだ。明海が鍵を受け取った相手は、南の町の雑貨屋の親父だった。
「なにぼけーっとしてるの、よっ♪」
「おわぷぁー!」
 上の空で浮き輪を押していた凌太に、座って押されていた明海が身を翻してダイブした。ぼざーん! と派手な水しぶきが上がる。ボディープレスというか、半分は乳の重量を用いたような嬉しい攻撃だったが、水深が二メートルを越えていた。
「ぶわっは、おぼへる、明海ばんアホらー!」
「おぼれろおぼれろ!」
 もがき回る凌太に、溺死した幽霊のようなタチの悪さで明海がからみつく。限界まで肌を出して乳も尻も絞りきった真紅のマイクロビキニだから、凌太的な幸福度は地球上でも十指に入るが、事実肺に水が入るのだからシャレにならない。この人を殺らなきゃ俺が殺られる、だけど絶対殺せねえ、この瞬間の凌太の苦悩は歴史上のあらゆる偉人を超えた。
 九死というところで浮き輪のロープに指が届き、這いずりあがって一生を得た。げぼげぼと激しく咳きこんで胃と肺から水を吐き出すと、仇敵を求めて視線をめぐらせた。
「明海さん、殺す気っぷぁ?」
 ざばっと浜に上がるイルカのような勢いで、滑らかな体が浮き輪のすぐ隣に上陸した。濡れた黒髪を耳より後ろへかき上げて、にっこりと笑う。
「わりと♪」
「……俺のこと嫌いなの?」
「殺したいほど大好きって言うじゃない」
「うっわー、汚ねえ……」 
 そんな風に微笑まれたら反撃できるわけがない。凌太は思いっきり引いたそぶりをしながら、赤くなった顔を背けた。
 しばらく並んで浮き輪に捉まったまま、ゆらゆらと波に体を任せる。雲はほとんどなくて真上の太陽が猛烈に明るく、海底はところどころに海草の生えた砂地で、十メートル先が見えるぐらい澄んでいる。一番近い人間は百五十メートル離れた浜の爺婆と孫たち。
 かなりパラダイスに近い。
 凌太は四時間前にセックスした女性に聞く。
「……明海さん、あのさあ。いろいろ疑問なんだけど聞いていい?」
「なあに」
「ここ、どうやって知ったの?」
「んー……時期は二年前。他の疑問は?」
「スルーかよ、じゃああの小屋のことは。あれ観光施設じゃないでしょ」
「パス二」
「少なくとも来たことはあるよね」
「うん、一度」
「誰と?」
「男のひと」
 凌太は身を硬くし、ゆっくりと振り向いた。
 明海は悪びれもせず、柔らかな瞳をいたずらっぽく細めて上目気味に凌太を見ていた。
「――元彼?」
「ん」
 明海が小さくうなずいたのを見ると、明るいはずの空が三割がた暗くなったような気がした。凌太は目を逸らして深々とため息をついた。
「そーゆーこと……つまり、ここが穴場なのも、駐車場がないことも、一軒家を借りられることも、みんなそいつに教わったのね」
「ん」
「まあ、初めてのわけないと思ったけどさあ、昨日から……」
 少し言葉を切って、ぼそりと言った。
「ヤったの? そいつと」
「すごく」
 さっきよりももっと凌太は身をこわばらせた。息が止まった。
「な……何回?」
「三箱買って、なくなってからもしたなぁ」
「どんな風に」
「動物みたいに――マシーンみたいに、かな」
「マシーン……」
「あのね、基本的に二十四時間だったの。今できるなと思ったらする。理由もなく離れたらいけない。運転中だろうが料理中だろうが道を歩いてる時だろうが砂浜だろうが、間が空いたらすぐに、しゃぶったり、抱かれたり、求めたり、飲んだりしなきゃいけなかった。そういうルールだったの。そういう人だった。そうするぞって言われて連れてこられて、ついてきた」
「ぐぁ……」
 喉を開けて叫びそうになった凌太は、殺気立った顔で振り向くと、明海の首をつかんだ。
「なんだそれ! なん……それなに、怒らせてんの? 俺を馬鹿にしてるの!?」
「そ……その人はもうとっくに、別の子見つけて別のところに行っちゃったよ。沖縄かバリか……南仏と……か……」
 細い首に悔いこむ指を外そうともせず、明海が顔を歪めていった。
「だか……ら……心配しない……で……もう戻ってこないし……私も携帯変え……」
「だから!?」
「そめて」
 赤黒くむくれてきた顔を無理やりほほ笑みの形にして、明海がささやいた。
「染め直して。忘れたい」
 凌太は手を離した。はあっ! はあっ! と明海が浮き輪に顔を突っこむようにして空気を吸った。
 呆然と見ている凌太の前で、何度も息をして呼吸を整えた明海が、ふーっと唇を尖らせて振り向いた。
「ああ苦しかった……♪」
 笑って、だ。喉に歴然とついた指のあとに触れて目を細める。
「凌太くん、いますごく妬けた?」
「なんだよ……」
「すごい勢いで妬いてたよね。殺したいぐらい。なんだ中古かよって思わなかった?」
「ち……中古って、あのさあ……」
「思ってない? ないかな。ないよね? それだから、そんな子だと思ったから――」
「いい加減にしろよ、もう!」
 凌太が片手を突き出して、明海がまたほんの少し、命の危険に肩を震わせたが、今度は首に食いこんだりせず、腕が頭に回った。軽く目を見開いた明海の頭は強く引かれて、凌太の胸に押しこまれた。その髪に苦しげな息がかかる。
「そんな、そんなこと言うなよ……俺いやだよ明海さんが他の男のだなんて。俺のにしたいよ!」
「――ごめん、そういうの聞きたくて」
「ひっ?」
 凌太はバシャッと波を立てて身をすくめる。明海に乳首を吸われた。
「妬いてほしくて。全力で奪ってほしくて。あいつみたいに使い倒すんじゃなくて、赤ちゃんみたいに求めてほしくて、OKしたの。凌太くんに」
 ちゅく、ちゅく、と珊瑚色のつややかな唇が凌太の胸をつつく。ぞわぞわと背中が引きつるようなおかしな快感を覚えながら、凌太は体を離して見下ろした。
 明海がほんのりと目元を染めて欲情した顔で、ビキニがずれるほど強く乳房を押しつけながら凌太に登ってきた。
「ね、だからね、昨日や今朝みたいなことで遠慮しなくていいんだよ。寝たふりじゃなくて、本当に寝てる私をいきなり犯しちゃっていいの。犯していいの。犯してくれなきゃいけないの。どう、凌太くんはどんなことしたいの?」
「俺……」
「頑張って、思い切りぶつけて。凌太くんのドロドロ、恥ずかしくっても見せて。ちょっとやそっとじゃダメよ? あいつよりすごいって私が思えるぐらい――くふっ?」
 明海が大きく目を開いた。ビキニのショーツの中の性器に凌太が指をもぐりこませていた。
 立ち泳ぎでごそごそと空いた手を動かしながら、凌太が暗く悩んだ目でつぶやく。
「浮き輪の中、入って」
「――ん」
 浮き輪を持ちあげて二人でその中に入った。大人用とはいえ、そんな風に入ると狭い。体がぴったり密着する。押しつぶされて左右にあふれ出した明海の乳房の中に、はっきりと硬くなった乳首を凌太は感じる。明海はへそに当たる凌太のペニスを感じる。
 凌太が水の中から、自分のパンツ水着と明海のビキニのショーツを抜き出して、浮き輪の上に干した。腰を下げ、突き上げて、正面の明海に挿入しようとする。亀頭がふっくらした下腹を滑り、股に入って会陰をこすり、何度も前後する――が、入れられるような角度にならない。
「んっと、んしょ、うう……」
 二、三分試してから、凌太が苦笑しかけた。
「なんか無理があんね、これ。別にこんなとこでエッチしなくても――」
「照れちゃうんだ」
 明海はにこりともせず見ていた。
「冷静になっちゃったんだ。おちんちん入れるのに苦労してる自分が、かっこ悪いって思ったんでしょ」
「……うん」
「かっこ悪いよ。当たり前じゃない。エッチってよく見ると笑っちゃうようなことばっかりよ。今朝だってそうだったでしょ? 私はだらしなく足広げてあんなところ丸出しにしたし、男の子はお猿みたいにカクカク腰動かしてたし」
「……」
「もともとそうなのよ。だけど――だからこそ――やるなら夢中でしてくれないと、浸れないよ? 無理があるなんて笑ってる場合じゃないわよ。そこで照れないで。したがり続けて。凌太くんが興奮してるって私に思わせて。そうしてほしいの。わかる?」
 聞くうちに凌太の頬も火照ってきた。おぼろげにわかってきた。単に許されているのではなく、望まれていることが。
 少し萎えかかっていたペニスを離して、改めて明海の体に押しつけた。柔らかいままのそれを、ぐいぐいと腰をせり出してなすりつける。恥骨のふくらみに茂った陰毛がしゃらしゃらとこする。
 目を落とし、胸に当たる豊かな乳房を見つめて、両手で挟むように触れた。汗か海水かわからない水が太陽にあぶられて時おりツッと垂れる。むにっ、むにっとそれをこねながら、凌太は考えた――いや、考えを頭の中から消した。
 前を見つめる。明海が少しあごを引いて様子をうかがっている。胸や下腹からの刺激を感じながら待っている。凌太が何をするのか。
 凌太は舌を出した。ちろちろ、と先を動かす。明海が目を留めて、舌を出してきた。先端でふれあい、からませあい、潜りこませた。唇をしっかり合わせて深いキスにする。舌と舌は細かく動いて熱情や疑問やからかいを伝え、指と同じようにただの愛撫を越えた疎通を起こす。
 明海の口の中の感触がたっぷりと凌太に流れこんで、再び頭をいっぱいにさせた。凌太はもう一度明海がほしくなった。今度はさっきのような、ただ勃起してしまったからもぞもぞこすりつけるだけというような、中途半端な気分ではなくて、この乳房や下腹や意識を持つ女を、きっちり最後まで犯してやる、と決めていた。
 ぎちぎちに硬くなったペニスを押し下げて、凌太は低い声で言った。
「明海さん、股広げてまんここっち向けて」
「ん……こう?」
 水面下で明海が動いて腰を曲げた。凌太の勃起があちこちに触れたが、どこに触れているのかわからなかった。
 しかし凌太は片手を明海の尻にやって引き寄せ、亀頭を谷間にすり寄せると、ペニスの角度に合わせさせるように明海を引きつけて、とうとう押しこんだ。
 ぬぶっ、と少し入れただけで気づく。
「うわ……生って、すげ……」
 ゴムをつけていても十分に気持ちよかったが、いざつけずにしてみると、やはり違った。粘膜と粘膜がふれあって、表面のぬめりや凹凸や蠕動がじかに伝わってくる――皮膚がなくなって相手と神経が直結したと感じてしまうほど、感触がくっきりした。
 それは明海もだった。ひくっ、ひくっ、と膣の筋肉の環が震えて、明海の優しげな眉が急に切なそうに傾けられた。
「あふ、くっつく……お、おちんちんやっぱりすごいね。見てないのにごりごりがわかる……」
「俺も。――やべ、これやばい。明海さん、抜けないかも。俺、このままだと気持ちよすぎて中出ししそう」
「――いいよ」
「え」
 明海が得意げに小さく舌を出していた。
「危険日は昨日まで。今日からぎりぎりオッケー。どくどくいっちゃって……」
「――しがみついてよ、もっと離れないように」
 言いながら凌太は巣穴に潜る魚のように腰をくねらせて、奥へとねじこんだ。「あ、ああ、あ♪」と声を上げながら明海が両足で凌太を挟みこんだ。
 海水の中なのにこってりとぬらついた明海の中で動きながら、凌太は問い詰める。
「前のやつとして、大丈夫だったの?」
「な、なにが?」
「んっ、妊娠」
「だいじょぶ、しなかった。私まだ、赤ちゃんできてないよ」
 明海が頬に頬をぎゅっと押しつける。ぱしゃぱしゃと浮き輪の中に小波が立つ。
「でもっ、わ、わかってる?」
「なにっ、なにがっ」
「あっ、安全日もっ、ぜっ、たい安全じゃないよ?」
「うん、うんんっ」
「ぱ、パパになっちゃうよ? どうするのっ? 最後は、さいごは、あ、んんぁっ♪」
 語尾は音程を外れて高く歪み、明海の全身が激しくひきつった。凌太は明海をきつく抱きしめたまま、ぐいっ、ぐいっ、と尻の筋肉を機械的に引き締めていた。
 細く抱きすくめてやった体が、腕の中で陶然とつぶやく。
「ぬ、抜く気ゼロだったね。おもっいきり中で……きゅうんっ!」
 それから浜に着くまでの午後、つながった二人の部分からはほとんど精液が漏れてこなかった。凌太は明海が喉が渇いて降参するまで、姿勢を変えずに犯し続けたのだ。

 3

 東の空がほのかに青く明るみ、開け放たれた座敷に白黒の輪郭が浮き始めたころ、明海は股間に割りこまれて目を覚ました。
「ん……」
 ぽふっ、という感触に続いて、すんすんと嗅ぐ音が聞こえ、生暖かい呼気がショーツに染み入ってきた。夢うつつのぼんやりした状態のまま、明海はそれを味わう。
 自分を求める凌太の情欲を。
 目を閉じていると、凌太の舌や指の動きが目の前のことのようによくわかる。凌太がショーツの匂いや味を吸っている。指に触れる肌を楽しんでいる。内腿に頬ずりしてキスマークをつけている。――凌太は全体として、明海の体に食欲を覚えるほど気に入ってくれているようだった。明海の以前の恋人のように、道具扱いしない。
 それは明海に、くすぐったい心地よさをもたらしてくれる。
 けれどもその分、力が弱い。以前の男の色を塗り替えてくれない。まるで墨汁を全身にべったりなすりつけるような、数々の激しい調教の記憶を。
 ――凌太くん、まだまだ足らないよ。
 口に出そうとしたとき、凌太が姿勢を変えた。明海は言葉を呑みこんだ。
 凌太はぐるりと体を回して、明海の股に顔を突っこんだまま体にかぶさってきた。つまりシックスナインの姿勢だ。もうトランクスを脱いでいた。
 唇にぺたりと何かが当たり、明海は閉じていた目を開いた。
 ――わ……♪
 ペニスの裏側にキスさせられていた。
 表面の薄皮がはちきれそうなほど充血して、ゴムのように硬かった。高校の部室や体育祭を思い出してしまうような、酸っぱい汗の匂いがしている。だが、赤紫っぽい色やつるりとした手触りがまだ初々しくて、不潔な感じはちっともしなかった。もともと清潔感のある涼しげな顔立ちの子だから、気に入ったのだ。
 凌太は明海の性器を下着ごと味わいながら、自分のものを無言で唇にこすりつけていた。明海の唇がひっかかれてつるつるめくれ、ころころした玉袋が鼻の上を往復した。
 明海の目の前に凌太のすべすべの内腿と、柔らかそうな尻の穴がある。他の部分の体毛はそこそこ生えているのに、その部分はきれいな感じだった。
 明海の胸の奥が、嬉しさでぶるるっと震えた。すぐにも口を開いて、思い切り奉仕してやりたかった。
 けれどもその前に、冷静なふりをして言ってみた。
「凌太くん……」
「ん」
「これなあに? なんで起きたら凌太くんのおちんちんがあるの?」
「え……っと」
 ためらうような声とともに、凌太の顔がショーツから離れた。明海は軽く失望する。弱気になってほしくない。
 が、凌太はちゃんとわかっていた。彼の腰が少し浮いたかと思うと、指で真下を向けられたペニスが明海の唇に降ってきた。
「んぶ……ふ!?」
「それ頼むよ、明海さん。吸い出して。俺こっちで忙しいから……」
 真下へ曲げられたせいで折った水道ホースのように膨れあがったペニスが、明海の舌をずぶずぶと押し戻して喉まで届く。まるで頭を杭で枕に打ちつけられたようなものだ。息が詰まって、やめてと合図したくなる。とっさにどうしたらいいのかわからず、明海は目を見張ってうろたえる。
 と同時に、体の底から湧き上がる本物の悦びを思い出す。
 ――これだぁ……。
 未知の行為をさせられたときの、恐れと期待。進んでタブーを破るときの、忍び足のような悦楽。それはまさに明海が以前教えられたのと同じものだった。
 ただ、この程度ではまだまだだが。――熱くなり始めた頭で少し考えて、明海は片手で枕を少し下にずらした。頭部の仰向きの角度が増して、鼻で息ができるようになった。凌太の責めはまだ他愛ない。
 けれども続ければ、きっともっと激しいいたずらを思いついてくれそうだった。
 少年らしくカチカチにこわばった性器を、暴発させないようにそっと味わい始めながら、明海は鼻からつぶれた声を漏らして言った。
「りょーばふん、こんらふうれいい……?」
「もっと激しく。……いっぺん、出しちゃいたいからさ」
「いっへん?」
 んぶん! と明海は噛みかけた。凌太がショーツ越しにクリトリスに歯を立てたからだ。
「……明海さん、これ剥いて噛んじゃったら痛いかな?」 
 甘美すぎる電気がぞくぞくと背を登る。明海は大きく口を開けて言葉を逃がす。
「試して……」


 終わり 



| top page | stories | catalog | illustrations | BBS |