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envd03-01511281924/第三回公判2 ......

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そこで、よく聞く言葉、
証言その1 医者(飲み屋で同僚に) 
「Aさんの潰瘍全然治ってないんだよね。だって、酒止めないんだもの。バカだよな。」------(患者のこえ)テヤンデイ!
証言その2 教師(医者に煙草を禁じられているのに)
「 おまえらアなにやってんだ!タバコは10年ハエ−!おまえらのせいで、センセ−は胃がなおんね−じゃないの。」-----(生徒のこえ)ウソコケ!
そして証言その3 おまわり君。(スピ−ド違反でつかまって)「ワルイ! 銀行がしまるんで急いでたんだ。非番なもんでなア。みのがして」-----(犯罪者のこえ)非番だとォ。ぱ−タレ!
先生の皆さん、おまわりさん。「私だって人間だ。過ちを犯すこともある。」な-んて調子のいいこというんじゃないっての。ぱ−タレ!ぱ−タレィ!!
 おっと!思わずコ−フンしてしまったのだ。チラっと横の席を見渡します。オバタリアンのおばさんがお菓子を食べています。そのお菓子は自分でもってきた物なのでした
--------それで、オレタチの車にハっとして、手が作動しちゃったんじゃないかと思うな。しかし、それを指摘できる証人はいない。つまり、一番取締の重要な位置にいる人間が一人っきりというのは、捜査や取締の方法として絶対に片手落ちだと思う。いや、違法なんでないの。そんないい加減なことで、免停罰金だなんて。テヤンデイ! テヤンデ〜ぃ!!
 おっと!  またコ−フンしてしまった。また横の席を見渡します。オバタリアンは、こんどはしっかり寝ているようです。
--------それで、オレタチの車にハっとして、手が作動しちゃったとしても、それを指摘する証人がいないわけだ。ス−プラのお兄ちゃんたちが、名乗り出て、、「アウディのおっさんを抜いたときに、レ−ダあったよ」って言ってくれれば、K警官のウソがバレ、「じゃ、なにしてたの、エ?もう一台いれば、たとえ200キロでてても検挙しないんじゃないの」と問いただす。そこで、「じ、実は、」となるシナリオ以外、K警官がイネムっていた事実は明白に去れないのであります。
つまり、だれもそうしてくれない現況では、とても無理な話ッてわけ。だれも40kmスピ−ド超過くらいの事件で、莫大な金と時間をかけて、証人「ス−プラのカリアゲ君たち」を探そうとはしないでしょう。しかし、考えてみんとふざけてるよね。一台で110キロの車を検挙でき、200キロで、ツルんだ車を検挙できないレ−ダを10年もやってて、胸が痛まないのかね。あの人タチャ。
 結局、晴れない真実のために、「はるばるきました山口ィ〜」と函館から一回に20万もかけて6回も往復(しめて、120万!カロ−ラかサニ−が買えそう)したのは、何のためだったのでしょう。その真実とは、殺人事件の真実とそれほどに軽いのでありましょうや。確かに、殺人のほうがスピ−ド超過より重いでしょう。しかし、真実そのものに軽い重いがあるのでしょうか。大岡ウジ! 
 真実にカルイ真実とオモイ真実があり、その軽い重いは人数や時間と関係していて、つまり、人が何人で何時間働くかと関係して、つまりつまりお金と関係しているなんて、知らなかったのです。
という事は、殺人罪は、お金がいくらかかっても判明されるべき真実であるので、お金にいとめをつけない「はぐれ純情派」のような刑事さんがいたとしても、彼がいくら動こうとしても、経理課からクレ−ムがついて、金のかからない自白強要という事になるんでしょうね。あの方法だと、かかるのは、スリ傷、打ち身捻挫などの膏薬(警察には、富山のおき薬もある)と、机の補修代くらいのもんでしょうから。
それに、テレビでは、若い刑事が、赤燈をつけると「空飛ぶ円盤」みたいにみえるイマ風のスポ−ツカ−を乗り回して、証人探しをしています。アンナもんで、キキキキキッなんてカッコよくカッ飛べば、精々走ってリッタ−3キロぐらいかな。一日5時間で一週間走れば、距離として丁度1000キロくらい。ということは、どうせハイオク仕様だから、333リッタx145円は、しめて48285円、つまり函館から山口の片道飛行機代ぐらいは使ってしまうくらいですから、大変なものです。ワカル、ワカル。警察の立場もワカルヨ−。全部税金だモンネ。
 しかし、検察が検察なら警察も警察だね、ほんと。点検はマニュアルどうり行なえばよいので、営業マンが代行し、ほんとうのところはメ−カに聞かなければダメなんて、医療、自動車、スポ−ツ、競馬なんでもそうなこの世の中。それで、病気や、健康や、100m競争や、競馬や、犯罪までが決まったりするこの世の中。なんとも、考えてみりゃ、ザケタはなしだぜィ!
 ここで、頭をひやしついでに、ふと真面目になったボクは、ある科学者の言葉を思い出したのでした。
 人間の社会が複雑になるに連れて、公式どうりに行かないことも増えてくる。しかし、「複雑だ」って事はより「デタラメだ」ってことで、これをエントロピ−の法則だと言うんだと、さるえらい科学の先生が、おっしゃるんです。わかるかなヒルカワくん。世の中複雑になれば、どこまでがその他大勢なのか、どこまでがフツ−じゃないのか、そのあたりはエラク難しくなるわけです。車社会に関して言えば、大きく分けて、運転する人、自動車、それに道路があって、これが最小単位で、運転する人にとって他の人(これを対人という)と他の自動車や道路の上の物(これを対物という)が邪魔をするという関係が出来上がる訳です。で、自分勝手に身を守る手段が、自動車保険で、邪魔をする人(対人)と物(対物)も守る手段が道路交通法という訳ですな。で、そもそもこの法律は運転する人がデタラメをすると困るので存在し、自動車がアブないと困るので存在するわけですから、人や自動車が変われば変わる必要があるわけです。でないと、デコボコ道で30キロ制限だった道路が舗装4車線になっても30キロ制限ということになってしまうわけです。ところが現実はと言うと、自動車の馬力が10年で3倍になったのに、制限解除のスピ−ドは60キロのまま。それでも、信号機は新品に取り替えたり、車の性能が上がった分だけスピ−ド制限をゆるめたり小細工はやってる。ところが、なお悪いことに、世代も移り変わり、新人類の時代になったのに、こっちに合わせて変えようとしてないんですね。つまり、自動車が変わったのにゃちっとは合わせようとするのに、人が変わったのに法律はそのままってェわけです。自動車は、それだけを取ってみれば良くなっているのに、人の方の変化はむしろ悪いほうに変わっているところもある。お父さんお母さんをお慕い申さない、積み木くずしの世代だよ。子供はゴミのロッカ−世代だよ。そんな新人類が、対人の老人子供を大切にする分けないじゃん。法も厳しくしなきゃないんだよ。(函館弁) たとえば、「朕おもうに、父を敬い、子供は宝。よって、老人子供を発見せしときは、直ちに制動装置にて停止もしくはいつでも停止できる速度にて進行すべし。」とか。どうでィ若いの!
と言うと思ったらおおまちがい。世代はかわったんだからそれに合わせるのが法律や車屋の努めでしょうが。それを20キロ超過免停を35キロ超過免停にゆるめたヤロウはどこのどいつだ。自動車の馬力を3倍したバカはどこのどいつだ。制動距離が1/3に減ったかバカヤロウ。ついでに、酒税をなくしのはダレデい。アルコ−ルを3.5%から5%にふやしたビ−ルを道端で賃金も出さず24時間機械をつかって売ってるふてえヤロウはどこのどいつだ!!! せめて賃金ぐらい払ってやれよ!!
 オッとまたコ−フンしてしまった。僕の横のオバタリアンは、まったく無関係に眠っています。考えてみりゃ最初から無関係なんだけど、オバタリアンっていうだけで、無関係無関心なヤツって思っちゃうから不思議だね。
 結局、新人類が悪いんじゃなくて国がわるいんだとボクは思うのです。自分たちが若者をたきつけてんじゃねえのか。いうに事欠いて、講習会とやらで、みなさんよっぱらい運転、スピ−ドだし過ぎは、りっぱな犯罪行為ですってすごんじゃって。よく人の目をみながらいえたもんだよ。ボキちゃんだったらお目々アワナ〜イ。こう考えてくると、「複雑さとはデタラメのことです」ってェ数学の先生の言うことが良くわかってくるから不思議じゃないですか、ヒルカワさん。
 さて、ひまなもんで、ついついおしゃべりしちゃった第3回公判も終わり、次は、いよいよ被告ボクちゃんと、証人ユミちゃんの登場なのです。