水素または電力製造のための新型高温原子炉(AHTR)



水素の製造は原子炉に対し厳しい要求条件を課すが、AHTRはこれに対応できる潜在能力を十分備えている。
コストが低くく入手の容易な重油をガソリンに転換するため、ここ数年水素需要が急増している。世界の自動車製造業者は現在、水素燃料車輛の開発に積極的に取り組んでいる。米国では、この取り組みの促進のため大統領主導のもとに開発計画を進めている。もし、これらの計画が成功を収めれば、最初の生産車両は10年以内に市場に出回ることになると思われる。国際的には、欧州連合(EU)が水素経済の開発のために数十億ドル規模の行動計画を発表した。  
ビジネスとしての水素需要の高まりは、原子力を利用した水素製造技術の開発を正当化するに十分なものと言える。もし、自動車製造業者が水素燃料車両の開発に成功すれば、その水素需要量は電力製造に対するそれと同程度か、またはそれを上回る規模のものになると思われる。これらの状況を考慮すると、水素製造を主眼に据えた原子炉の開発の促進は妥当なことと言える。 
エネルギー省が進める、米国の将来型原子炉選択肢を調査するための第4世代原子炉開発計画の一環として、100以上にのぼる原子炉概念が取り上げられ、評価された。その潜在的可能性が高いと見られた19の原子炉概念のうちの1つに水素製造を主目的にした新型高温原子炉(AHTR)が含まれていた。水素の製造は原子炉に対し厳しい要求条件を課すことになるが、AHTRはそれを克服できる潜在能力を有している。その原子炉の概要や、これらの要求条件がそれによってどのように満たされるかがこの論文に述べられている。
原子力による現在の水素製造技術の開発状況は、原子力発電にかかわる1960年代初旬の原子力産業界のそれと似かよっており、水素製造技術の確立のため何をしなければならないかということが徐々にではあるが明らかになりつつある。

原子炉の概要
一般特性
AHTRは以下に定義される2つの顕著な特性を有している(図 1)。
(1) 高温運転を可能にする黒鉛マトリックス被覆粒子燃料炉心。(2) 低圧かつ750から1000℃の高温冷却材出口温度を可能にする溶融フッ化物冷却材。原子炉の開発には以下の3つの技術課題に重点が置かれている。
■ 1950年代の原子力航空機利用推進計画や1960年代の溶融塩増殖炉計画に採用された高温かつ低圧の溶融フッ化物冷却材。
■ 1970年代にガス冷却炉用として開発された黒鉛マトリックス被覆粒子燃料。
■ 1980年代にガス冷却炉や液体金属炉用に開発された受動安全システム。
燃料形態が類似し、かつ冷却材の核断面積も小さいことから、AHTRの炉物理や炉心構造、燃料サイクルはモジュール式ガスタービンヘリウム原子炉(GT-MHR)のそれと多くの共通点を有している。
出力密度の低い黒鉛減速炉心はまた、中性子寿命が長く、炉心動特性が緩慢で、熱中性子スペクトルもGT-MHRのそれに類似している。
一次冷却材としての溶融塩は、炉心から外部熱交換器(水素や電力製造システムに対するインタフェースの役割を担う)に導かれ、熱除去された後、再び炉心に戻される。
これらのフッ化物溶融塩は、原子炉での使用経験がすでにある-1950年代に2.5 MWtの航空機用実験炉(ARE)でNaF/ZrF4 溶融塩が860℃で運転されていた。
AREは大規模航空機用原子力推進計画の一端を担い、原子力を推進力とする飛行距離の無制限な軍事用ジェット機の開発のために使用された。この原子炉は熱交換器に熱を供給し、ジェットエンジンに送り込まれる空気を加熱するよう設計されていた。その後、AREは1960年代に、7LiF/BeF2溶融塩を冷却材とする8MWtの溶融塩実験炉( MSRE )に引き継がれた。
MSREはまた、233U/Th 燃料サイクルで運転される溶融塩増殖炉開発計画の一部を担っていた。 
これら初期の原子炉は、溶融塩への燃料として液体ウランが使用されていたが、AHTRではクリーンな溶融塩冷却材に加えて固体燃料が使用されるようになっている(これにより、溶融塩内には核分裂生成物が含まれなくなる)。冷却材としてクリーンな溶融塩の使用は、液体燃料原子炉特有の複雑な問題の発生を回避する。このことから、AHTRは異なる種類の冷却材を使用する原子炉というよりはむしろ、現行のそれに近い原子炉と見なすことができる。冷却材候補としてのフッ化物塩はほとんど同じような特性を有している。これらの溶融塩は中性子吸収率が低く、かつ大気圧下での沸点が約1400℃と高い。溶融塩は光学的に透明である。溶融塩の運転状態での熱伝達特性は水のそれと類似している。溶融塩は空気や二酸化炭素とは反応しないが、水とは緩やながら反応する。 
フッ化物塩は黒鉛マトリックス燃料との相性が良い。産業界での黒鉛の使用経験は1世紀近くある-フッ化物塩と相性の良いアルミニウムは約1000℃の大型黒鉛槽内で氷晶石(3NaF-IF3)の電解によって製造されている。溶融塩は核融合炉の一次壁の冷却材候補にも挙げられている。水素製造に関しては、溶融塩候補としてARE塩(NaF/ZrF4)や、第3成分を含むさまざまな塩類が考慮されており、それらの価格はいずれも比較的低い。

安全システム
AHTRにはさまざまな固有安全システムや受動的安全システムが使用される。GT-MHRと共通する固有の安全性には(両炉とも同一タイプの燃料が使用されているため)、低出力密度炉心、耐高温燃料、高熱容量炉心などが含まれる。AHTRには、これら以外の固有安全性として(1)運転が大気圧、(2)液体冷却材の使用による効率的熱伝達、及び(3)燃料から漏洩する恐れのある多くの核分裂生成物(希ガスを除く)やアクチニドを高温状態で保持できる溶融塩などが含まれる。燃料の高温ドップラー効果によって、異常時での原子炉出力の上昇が抑えられる。 
高温かつ低圧の冷却材の使用によって、さまざまな受動安全冷却システムの使用が可能になる。受動崩壊熱冷却システムの主要候補に挙がっているのは、元々ゼネラル・エレクトリックのS-PRISM 液体金属冷却炉のために開発されたものである。S-PRISM炉では、崩壊熱は最初に原子炉容器の第1壁に伝達され、次ぎにアルゴンギャップを介する熱輻射によって第2壁のガードベッセルに伝えられ、最終的に自然循環空気によってガードベッセルから除去される。
原子炉容器からガードベッセルまでの全輻射熱伝達率は温度の4乗に比例する。これによって、原子炉容器の温度上昇が僅かでもシステム外への熱伝達は大幅な増加が見込まれるようになる。アルゴンギャップは、通常運転時は熱損失を抑える熱スイッチとしての役割を果たしているが、もし、原子炉に過熱が生じた場合には、輻射熱伝達により熱損失を大幅に増加させる。直径9メートルの原子炉容器領域やその温度は、緊急時冷却能力に制約を果すことになるため、原子炉出力は約1000 MWt(電気出力380MWe)に制限される。
もし、同一タイプの受動冷却システムを同一サイズのAHTR原子炉容器に導入するとすると(図1)、原子炉熱出力は2000 MWt以上に増大させることができる。AHTRはS-PRISMより200から500℃高い温度で運転される(S-PRISMの500から550℃に対し、AHTRは750から1000℃)。冷却用空気の自然循環量は温度に比例して増加し、さらにアルゴンギャップの熱伝達は温度の4乗に比例するため、温度が上昇した場合、同一サイズの原子炉容器からの崩壊熱除去率は増大する。低圧かつ高温の冷却材は、同一サイズの原子炉容器や崩壊熱冷却システムに対し、出力の大幅に増加した原子炉設計を可能にする。
S-PRISMの原子炉容器サイズは崩壊熱除去条件の達成の観点から選定された。これによって、より高出力のAHTR炉心をS-PRISMの原子炉容器にフィットさせることができるようになる。しかし、AHTRは使用済み燃料(SNF)を原子炉容器外で貯蔵しなければならなくなる(S-PRISMでは原子炉容器内に使用済み燃料貯蔵施設が設置されている)。

水素製造
原子力の利用による水素の効率的製造法については、3つのアプローチが考えられる。最初のアプローチ、原子力の支援による天然ガスの水蒸気改質は、ある一定量の水素の製造に必要な天然ガス使用量を少なくする。2番目のアプローチである熱電解には水素と酸素を製造するための高温水の電解が含まれる。最後のアプローチの熱化学サイクルでは、水を水素と酸素に変換するため一連の化学反応と高温熱が使用される。これらのプロセスでの熱-水素変換効率は約50%である。すべてのプロセスに対し、高温熱源に関して同じような技術的課題が課せられることになる。
従来の低温電解は実証技術であるが、高温プロセスに比べて変換効率が低い。軽水炉(LWR)を使用した場合、熱-水素のエネルギー変換効率は約24%になる。これはLWRでの代表的電力変換効率(33.3%)に産業システムでの代表的電解効率(約72%)を乗じて得られた数値である。熱化学サイクルによる水素製造コストは水の電解による水素製造に比べ約60%低くなるとの調査報告もある。従って、現在、熱化学プロセスが最も注目を集めている。
主要候補は沃化硫黄プロセスで、これは3つの化学反応から成っている。
2H2SO4⇒2SO2+2H2O+O2(800℃での入熱)
2HI⇒I2+H2(450℃での入熱)
I2+SO2+2H2O⇒2HI+H2SO4
水素と酸素の製造プロセスには熱と水が加えられる。
他の化学反応剤はすべて完全リサイクルされる。
第一ステップの硫酸の促進分解は高温エネルギーの集約的ステップになる。それは一方向のみ進むことのできる平衡化学反応である。高温と低圧が右方向の式の完成に向け反応を促進させる。プロセスの化学特性に準拠し、水素化学プラントは原子炉に対し5つの要求条件を課すことになる。これらはまた、AHTRに対する要求条件にもなる。
温度−潜在的低コスト水素製造法はすべて、高温(750から900℃)熱源が必要になる。現在、これらの高温を供給できる唯一の原子炉燃料はガス冷却炉で使用され、AHTRについても採用が検討されている黒鉛マトリックス被覆粒子燃料である。希ガス(ヘリウム)とフッ化物溶融塩が、これら黒鉛マトリックス燃料と化学的に相性の良いことが確認された唯一の冷却材である。
供給熱の温度範囲−水素製造法はすべて、ほぼ一定温度で進行する吸熱高温化学解離反応を伴っている。従って、供給される高温熱の温度幅はできるだけ狭くなるようにしなければならない。さらに、原子炉冷却材温度を低めに維持できる最も効率的な原子炉冷却材の使用が必要になる。これによって、超高温材の使用の必要性が最小に抑えられる。液体冷却材は他の冷却材に比べ熱伝達特性が優れ、ポンピング電力も低くなる。これによって炉心での冷却材の温度上昇幅が小さくなる(表 I)。溶融塩冷却材の使用によって、AHTRは熱をすべて狭い温度範囲内で供給できるようになる。例えばナトリウムのような液体冷却材は沸点が低く、さらに黒鉛ベース燃料との相性も悪いため、候補材にはならない。

表 1.各種の冷却材に対する炉心での温度上昇値

システム 炉心温度差
(℃)
入口温度
(℃)
出口温度
(℃)
冷却材
GT-MHR 369 491 850 ガス
(ヘリウム)
新型ガス炉
(ヒンクリーポイント B)
355 310 665 ガス
(CO2)
PWR
(ポイントビーチ)
20 299 319 液体
(水)
液体金属炉
(スーパーフェニックス)
150 395 545 液体
(ナトリウム)

原子炉出力−ごく最近発表された天然ガスをベースとした水素製造プラント能力は約3億立方フィート/日で、熱換算すると1200 MWtになる。熱化学サイクルの効率を50%と想定した場合、必要な原子炉出力は約2400 MWtになる。これが実現できれば、AHTRは化学施設と同等の水素製造能力を有することができるようになる。
圧力-水素製造のための化学反応は低圧下で完結に向かうのに対し、高圧状態下では反応は要求とは逆の方向に進む。
水素-(1)有毒化学物質の大規模放出を伴うような化学プラント過圧事故の発生リスクを最小に抑えるとともに、(2)耐高温材問題を解決するため、原子炉とのインタフェース間の圧力はできるだけ小さくなるようにしなければならない。低圧溶融塩冷却材はこれらの要求条件を満たしている。
隔離−施設で想定される災害が別の施設に影響を及ぼさないようにするため、原子力施設と化学施設は1キロ以上にわたって隔離しなければならなくなる可能性がある。このような配置はパイプ・ラインによる長距離の熱輸送の必要性をもたらす。溶融塩は熱損失を最小に抑える高い熱容量を有している(ナトリウムに比べかなり高い)。従って、溶融塩はこれまでに高温かつ低圧の熱伝達に関連した化学産業分野で広く採用されてきた。
1970年代に、ドイツの研究者が化学産業に高温熱源を供給するための原子炉のさまざまな利用方法について調査を行った。彼らは原子炉と化学プラントの間に中間溶融塩熱伝達ループを設けることによって、最後の2つの条件を最も良く満たすことができるようになるとの結論を下した。
AHTRで現在検討されている溶融塩による一次系は、これらのインタフェース問題を最小限に抑えることができる。溶融塩を燃料とする原子炉は元々航空機用に開発されたものである。原子力航空機のジェットエンジンは、熱はすべて超高温状態で対応しなければならなくなる。低圧冷却材は材料への高温応力をできるだけ小さくするために必要とされ、これによって重量を最小に抑えることができるようになる。水素製造原子炉に対する要求条件は、原子力ジェットエンジンのそれと類似している。従って、同一技術が適用できる。技術上の主要相違点は1950年代に存在していなかった黒鉛マトリックス被覆粒子燃料が現在利用できるようになったことである。この燃料の開発によって、溶融塩冷却AHTRの実現可能性が高くなるとともに、液体燃料の複雑さから逃れることができるようになった。

電力製造
水素製造が可能な原子炉はまた、電力製造にも利用できる。AHTRは水素製造か電力製造かのいずれか一方(両方ではない)に狙いを定めて建設されることになる。高温化学プラントの運転経験から、出力サイクル運転は信頼性に重大な問題を引き起こす恐れのことが明らかになった。従って、このようなプラントは出力一定状態で運転される。
水素製造原子炉に課せられる要求条件は、AHTRに対し電力製造に関してこれまでとは異なる出力サイクル運転の導入を課すことになるであろうことを意味している。特に、 AHTRに対してはいくつかの再熱と中間冷却装置を有する多重再熱ヘリウムブレイトンサイクル(図1)が使用されることになる。ヘリウムは各タービンに流入される前に最高温度に再熱され、複数のタービンを通過することによって減圧される。
この発電サイクルでは熱はすべて高温状態(すなわち、水素製造に対する要求条件と同じ)で供給されなくてはならない。
多重再熱ブレイトンサイクルは、化石燃料を使用した従来の多重再熱蒸気サイクルに相当するガスタービンである。この新型ガスタービンサイクルでは、熱はすべてほぼピーク温度状態で出力変換装置に供給されるため、同じピーク温度に対する熱効率は従来のガスタービン発電サイクルのそれに比べ5から8%高くなる。750、850、1000℃での熱-電力変換効率は、48、56、59%になると推定される。温度が850℃、熱出力が2000 MWtの AHTRの電気出力は既存の原子炉にほぼ近い1120 MWeになる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 



図 1.
電力製造のための新型高温原子炉概要

要約
原子力の利用による水素製造は多くの技術的課題を伴う取り組みである。従って、水素製造に対する厳しい要求条件はまた、原子炉設計活動を促進させるための原動力になっている。水素プラント設計ベース要求条件の達成に向けての早期取り組みを代表するAHTRは、2つの顕著な技術特性を備えている。被覆粒子耐高温固体燃料と、クリーンかつ低圧の溶融塩冷却材の使用である。原子炉特性を水素製造要求条件にマッチングさせることによって、AHTRは水素製造に対する厳しい課題を克服できるようになる。しかし、水素製造に対する要求条件は、電力製造に対するそれとは異なっている。この新しい利用方法に狙いを置いた原子炉開発には、大規模なR&D活動が必要になる。