受 動 安 全 設 計
もし、原子力発電計画をさらに拡大させようと考えるなら、まず最初に幾つかの必要条件を満たされなければならなくなる。これらの条件の内のひとつは、より安全性に優れたプラントを開発することである。これを達成するための方法のひとつは、受動安全設計を導入することである。原子力発電計画を世界規模で拡大させていくためには、幾つかの条件が必要になるが、まず第一に考えなければならないことは、原子力が他の発電システムと経済的に競争できなければならないことである。それと同時に、安全性を容認されるレベルにまで高めなければならなくなる。
安全性を向上させるアプローチのひとつとして、革新的な受動安全システムの導入が考えられる。この受動安全システムを採用することによって、安全性や信頼性、経済性、環境との調和、パブリックアクセプタンスといった世界の原子力コミュニティーに共通の戦略目標を達成することができるようになる。これらの目標が実現できれば、原子力産業の将来性は非常に明るくなる。
ウェスティングハウスの受動プラントに対する設計基準は、新型軽水炉に対する米国や欧州の電力事業者による要求仕様がベースに成っている。受動プラントの設計に際しては、建設の容易性、運転性やメンテナンス性の向上、経済性の改善などが図られるよう、システムやコンポーネントの簡素化に重点が置かれている。受動プラントでの安全システムは、事故時のプラント停止や炉心冷却が、重力や自然循環、エバポレーションといった自然の力のみに依存するようになっている。これら受動システムはまた、システムの簡素化を通して経済性の向上にも寄与している。これによって、現行プラントの安全システムに用いられているAC電源や、駆動ポンプ、サポートシステムなどの必要性が排除されるようになる。ウェスティングハウスは、3種類の受動型PWRプラントについて開発を進めた。AP600型炉は、米国のDOE、EPRI、ARC(新型原子炉法人)や22の他の国際パートナーなどと共同して開発された出力600Mweの2ループ型PWRプラントである。EP1000型炉は、AP600型炉の変形バージョンで、欧州の電力事業者の要求仕様(EUR)が満たされるよう、欧州の7つのパートナーと共同で開発された出力1000Mweの3ループ型PWRプラントである。AP1000型炉は、AP600型炉の設計思想が最大限取り入れられた出力1000Mweの2ループ型PWRプラントである。
受動設計目標
この革新的な受動技術に対する開発目標は、最新の規制条件や安全基準を十分に満たしたシンプル構造の原子力プラントを設計することにあるが、それと同時に他の発電システムと経済的に十分競合できるようにしなければならない。
受動安全システムの特徴 受動安全システムは、プラントの安全性を確保するため、例えば、重力や自然循環、圧縮ガスといった自然の法則のみが用いられるようになっている。ポンプやファン、ディーゼル発電機、回転機器などについては、一般仕様のものが使用される。受動安全システムにはまた、シンプル構造の自動作動弁が幾つか設置されている。これらの弁はそのほとんどが、フェイルセーフ構造になっている。これら受動安全システムの設計は、現在の軽水炉の安全システムに比べ、かなりシンプルなものになっている。このシンプル性に加えて、現世代の原子力プラントに要求されているAC電源やHVAC、冷却水システム、これら機器を収容するための耐震建屋といった安全支援システムなどに対する大規模なネットワーク化の必要性が排除されるようになる。システム数の削減によって、非常用ディーゼル発電機やそのサポートシステム、空気始動装置、燃料貯蔵タンクと移送ポンプ、吸/排気システムなどの設置が不要になる。この革新的受動安全システムは、受動安全注入システムや受動残留熱除去システム、受動格納容器冷却システムから構成されている。これらのシステムは、現在まだ原因究明中の問題点や包括的安全問題、スリーマイルアイランドからの教訓なども含め、NRCの単一故障基準やその他の最新安全基準がすべて取り込まれるよう設計されている。確率論的安全評価(PSA)もまた、システム設計のトレードオフ評価や安全性の定量評価に重要な役割を演じている。
プラントの経済性
受動安全技術導入の推進力のひとつに、プラントの経済性の向上が挙げられる。ほとんどの西側諸国での長きにわたる原子力のキャピタルコストは非常に高いとの認識が、これらの国での原子力利用の拡大への妨げになってきた。これら革新的受動プラントのエンジニアリング活動は、設計の主因子としてプラントの簡素化に重点が置かれているが、これはコスト削減のための重要因子にもなっている。しかし、設計の簡素化やこれに伴うた機器の削減に加え、プラント建設スケジュールの短縮化も設計目標に掲げられた。これによって、建設コストが削減できるようになる。
AP600受動プラント
ウェスティングハウスは、他のパートナーと共同してAP600型受動プラントを開発した。このプラントは、最初のコンクリート注入から燃料装荷までのサイト建設工程が36カ月に設定された。この建設工程は、材料使用量や機器、建屋容積などの削減によって、現行のプラントより大幅に短縮化されている。これに加えて、構造材やシステムに対する工場製造モジュール数の拡大も、建設工程の短縮に寄与する。これらモジュールの工場製造は、サイトの建設スケジュールと十分に調整を図りながら進められることになる。これらのモジュールは、鉄道、または水路経由によるバ−ジ輸送を考慮して設計される。工場とサイトによる同時並行作業によって、このような建設工程の短縮化が可能になる。プラントコスト削減や建設工程の短縮化によってもたらされる経済効果によって、同一出力の既存プラントに比べ、プラントトータルコストが20-30%削減できるようになる。AP600型プラントのコストは、25000に及ぶ特定項目に対する直接見積り手法の採用による詳細コスト積み上げによって算出された。この結果から、AP600型炉
2基から構成されるサイトを想定した場合のプラント建設コストは以下のようになる。
● 直接及び間接コストが16億5000万ドル ●
プラントオーナーズコストが2億500万ドル
● プラントトータルコストが1520ドル/KWe
安全性
安全性の評価に際しての重要ポイントは、システムの多重性と深層防護思想である。確率論的安全評価(PSA)という新しいリスク評価手法の出現によって、その状況が大きく変わった。AP600型プラントは、現行プラントに比べて、安全性を10-100倍向上させることができた。このほかにも、PSA設計手法の導入によって、共通モード故障(CMF)に対する安全性評価が行えるようになった。これらに対する解析結果から、CMFに対する2つの主要懸念因子としてのメンテナンスエラーと機器故障を大幅減少させる受動システムを採用することによって、安全機能の遂行に多様性が確保できることが分かった。
安全性評価
ウェスティングハウスは1992年6月に、安全解析評価と確率論的安全評価に関する報告書(PSA)を米原子力規制委員会(NRC)に提出した。NRCはこれを受けて、安全評価報告のドラフト版を発行し、ウェスティングハウスが解析により対応しなければならなくなる問題点をいくつかリストアップした。NRCは1996年5月に、AP600型炉のコンピュータ・コードや試験計画に関する安全評価報告ドラフト版に対するアペンディックスを発行した。これらの問題はすべて、NRCの意向に沿った形で解決され、1998年9月にNRCはその最終設計案を承認した。NRCは1999年12月に設計認定証を発行した。
受動プラント 欧州の主要電力事業者は1991年末に、新たな組織形体を確立し、欧州電力事業者要求仕様(EUR)の作成作業を開始した。EUR要求仕様は、次世代の欧州型軽水炉に対する機器調達のためのベースを提供するもので、国際市場での広範な利用が期待されている。この要求仕様は、PWRとBWRの両プラントが対象とされており、従来タイプの安全性と受動安全性の両方が含まれている。欧州の電力7社は1994年に、EP1000型炉として知られる1000MWeプラントを開発するため、ウェスティングハウスとアンサルドと共同して欧州型受動プラントの開発に着手した。このプラントは、EUR要求仕様がすべて満たされるよう設計されており、欧州での建設認可の取得が期待されている。この開発計画に際しては、その参考基本設計プラントとしてAP600型受動プラントが選定された。
設計目標
EP1000型炉は、出力1000MWeの3ループ型受動PWRプラントである。EP1000型炉は、安全システムや原子炉格納容器、建設工法などに関して、AP600型プラントの設計思想が踏襲された。ウェスティングハウスの設計思想との整合を図るため、安全システムに要求される条件をすべて満たす必要のないようなシステムが、発生確率の高い事象に対する第一防御ラインに使用される。第二防御ラインには、プラントに必要な安全性を提供するとともに、EUR要求仕様がすべて満たされるようにするため、AP600型炉と同様に受動安全システムが使用されることになる。AP600型炉と同様に、EP1000型炉には炉心冷却や格納容器の健全性を維持するため、運転員の介入やAC電源を必要としない受動安全システムが導入されることになる。
EURの適用範囲
EUR要求仕様への遵守は、EP1000型炉設計の基本因子になっている。これらの要求仕様への遵守に当たって、ウェスティングハウス設計の受動プラントへの影響度合いを明らかにするため、設計プロセスを通して詳細評価がなされた。この結果、EURの要求仕様を満たすために、以下の設計変更が必要になることが分かった。
UO2と50%MOXの両燃料の使用に関する条件が満たされるようにするため、18カ月運転サイクルをベースとする50%MOX燃料装荷炉心をEP1000型炉の基本設計指針に据えることが決定された。このアプローチによって、MOX燃料とUO2燃料の互換利用が可能になった。
● EP1000型炉の24カ月運転サイクルをベースとするUO2炉心と18カ月運転サイクルをベースとする50%MOX炉心の双方に対し、低ボロン設計が導入された。
● 従来タイプの残留熱除去システムと機器冷却システム(CCS)に対し設計変更がなされ、RNSの単一故障条件の下で、原子炉停止後6時間以内にシステム操作が開始でき、原子炉停止後36時間以内に原子炉冷却材温度を90℃に降下させることができるよう、その能力が増強された。
● EP1000型炉の使用済み燃料冷却システム(SFS)と使用済燃料プール(SFP)は、15年分のMOX燃料と10年分のUO2燃料に加え、1炉心分の放出燃料が貯蔵できる容量を有している。
●EP1000の化学体積制御システム(CVS)と液体放射性廃棄物システム(WLS)は、ボロンのリサイクルが行えるよう設計変更された。サイト周辺での被ばく線量限度がさらに厳しくなったため、格納容器の耐漏洩性に対して改善が必要になった。
EP1000型炉の格納容器隔離システムは、格納容器のペネトレーション数が93(従来型の3ループプラントに対し)から50に減少するなど、既存のPWRに比べ大幅に改善された。最新のEP1000型炉には、受動格納容器換気システムが追加された。
EP1000型炉に対する最新評価 設計目標の設定とそれに対する検証作業が1997年から開始され、これに続いて、EP1000型炉の経済性の改善活動や欧州の規制当局に提出するための安全報告書の作成作業などが進められた。これに対する評価結果から、EP1000型炉は同一出力の既存プラントに比べてコストを20%削減できることが分かった。EURボリューム1及び2、改訂版Bなどの要求仕様に対するEP1000型炉の遵守状況に関する評価結果から、EP1000型炉の設計はEURの要求仕様をすべて満たしていることが判明した。
AP1000型受動プラント
AP1000型炉は、AP600型プラントとEP1000型受動プラントの論理的拡張バージョンである。これらに関連して初期に実施された多くの研究結果から、受動技術をベースとする2ループ配置は、AP600型炉に対する最小限の設計変更で、1000MMe以上の出力を発生することができる確証が得られた。実際には、AP600型炉の設計思想をできるだけ多く踏襲することが、AP1000型炉設計の主目標に据えられた。AP1000型炉開発の主目的は、プラント出力を最適化させることによって、発電コストを低下させることであった。この目標は達成され、あらゆる種類の化石燃料プラントや再生可能エネルギー源と経済的に十分に競合することのできるプラントを開発することができた。AP1000型炉は出力1000MWeの2ループ型プラントで、AP600型炉と同一の設計思想が採用されている。機器の変更の中でプラントに最も大きな影響を及ぼしているのは、デルタ75からデルタ125への蒸気発生器サイズの変更と、原子炉冷却ポンプの大型化である。原子炉冷却ポンプの大型化によってもたらされるメリットのひとつは、AP600型炉よりも高いポンプ慣性である。これによる炉心コーストダウン流量の増加によって、冷却材喪失事故時での核沸騰限界(DNB)マージンの増大が期待される。格納容器は、原子炉冷却システムに保有される大量の冷却材やエネルギーを閉じ込めることができるよう、高さに加えて容積も増大している。原子炉容器の直径はAP600型炉のそれと同一にもかかわらず、燃料集合体数は145から157に増加している。炉心出力密度は、その値が非常に低いAP600型炉より増加しているものの、現在運転中のプラントよりはわずかながら減少している。炉心高が12フィートから14フィートに増加した。これによって、原子炉圧力容器長が原子炉圧力容器のノズルの下方向に18インチ延びた。これによって、燃料取り扱い装置や一体型ヘッドパッケージの長さが若干増大した。使用済燃料貯蔵プールの水深がわずかながら増加し、長尺燃料棒の貯蔵に対しても十分なクリアランスが確保できるようになった。
AP600型炉やこれに類似した他のプラントのために開発された試験データを活用することによって、AP1000型炉は、実証技術をベースとした出力増強に対する要求条件を達成できる確証が得られるようになる。PSAの結果から、プラント簡素化は原子炉出力には依存しないことが分かった。
発電コストの経済性
経済性の予測に当たっては、プラントパラメータや、燃料サイクル種別、プラントコストデータなどの設定が必要になる。以下のパラメータは現在米国で運転中のプラントのそれとの整合性が図られている。これらデータの使用による予測計算から、単一サイトにAP1000型プラント2基を建設すると想定した場合の発電コストは、3.2¢/kWh以下になることが判明した。最も注目すべきは、AP1000型炉は、他の化石燃料や再生可能燃料などを使用する発電システムと、経済的に十分競争できるということである。
● AP1000型炉の経済寿命は40年で、60年の運転を想定して設計されている。
● O&Mコストと燃料コストは、米国での稼動実績の良好なプラントのそれと同等である。
● 1号炉と2号炉の間には商業運転の開始時期に1年の隔たりがある。
最新の安全評価
NRCは、AP1000型炉に対する設計認証を取得するために必要な基本設定や評価範囲を明確にすることに同意した。これらは、AP600設計の認証プロセスにてすでにNRCによって認定されたそれらを大きく超えたものになると想定される。AP1000型炉に対する関心の高さが、主にプラントの安全評価の実施に際して、DOEやEPRIからの支援の提供に大きく貢献した。
受動設計の将来
この受動安全の設計概念は、安全性や信頼性、経済性の大幅向上をもたらす誘惑的可能性を世界規模で提供するものである。受動設計開発への積極的取り組みは、モジュール製造の拡大と合わせ、原子力の復活を世界的に実現させる唯一かつ最善な方策を提供する可能性を有している。ウェスティングハウスは、現在の開発状況はそれを現実なものにする時期に十分達していると考えている。