がんばろうにっぽん!

 

 

昭和 平成 そして令和へ

平成元年のあの日、通勤途上の車中、ラジオからの情報で昭和が終わった事を知った。

 

 三菱パジェロが国内販売を終了するとの発表があった。

ちょっと前にヤホォーのコラム記事で”1982年4月22日にパジェロが発売された”てのを読んだ後、販売終了のアナウンスを知る。

この日に発表てことは、ずいぶん前から決まっていたんだろうな・・・、三菱どうなっちゃうのかな・・・デリカはあんなカンジだし・・・

などと感慨に耽り、L0パジェロの事を思い出していたら、テレビのニュースでも取り上げられていたんでポケェ〜と観ていた。

その中で、元三菱ディーラーマンが営む中古車屋さんを訪れ、L14#系から現行までの4系統を並べてのレポートでは、

レポーターが「親戚のお兄さんが乗っていまして、子供の頃に憧れたんですよ」と運転席に座り、嬉々としながらエンジンスタートさせた

彼の目はキラキラしていたように見えた。

 

私も免許を取得して直ぐに運転する機会があった。4D55(2,300cc)に5速MT、ロングのハイルーフでサンルーフ付きだった。

この車両の発売当初はフェンダーミラーだと思うが、その後標準になった”ウェスタンミラー”というドアミラーに変更されている。

フロント左右のドアサッシには、”エクシードバイザー”と呼ばれる大きなバイザーが着き、

フロントバンパーの前には当時”カンガルーバー”とか”グリルガード”などと呼ばれていたフォグランプを着けるパイプが装着され、

アフターマーケットの太いタイヤを履いているため、前後のフェンダーにはオーバーフェンダーが装着されている。

4駆ブームだとかRVブームなんて言われた、1980年代後半から90年代前半頃に流行したスタイルのはしりになるのかな。

当時、若者の私は素直に「カッコイイィ・・・」と思ったし、モノすごぉ〜く欲しくなった。

 

 

4D55は非力だけど、5MTとの組み合わせは案外ストレスが少なかったし、マッドテレーン系のシーランド比の高いタイヤのノイズと

ディーゼルエンジンのノイズが合わさって”ズモモモモォガララララ”と今まで聞いたことが無い走行ノイズが楽しかった。

太いタイヤを履いているのにパワーステアリングが着いているから少しも重く感じないのはカンド〜して感涙しそうだった。

前列のシートには、何の恩恵も無い面積の大きいいサンルーフは、開くと中からミサイルランチャーがせり上がって来そうなカンジ。

自動車屋のおじさんが「なんだか戦車みたいな車だなぁ」と形容してたのを30数年経った今でも思い出す。

 

その後、社会人になって整備やらなんやらとL0・L1パジェロに携わったケド、結局オーナーになることはなかった。

毎日のように接触していると、良い所とあんまり良くない所が分かって興味が薄れちゃったんだよね。あ、いやジープの方が好きだし・・

 

元々は1トントラック”フォルテ”だから基本設計は古い。四輪駆動のライトバンとしては良く出来た車だったと思う。

初期にあったロングバンは4D55ノンターボディーゼルでも軽快だったし、その後の4D56ターボディーゼルのも良かった。

乗用車系はリアサスペンションをコイルにしたL14#系になったり、モデルチェンジする度に垢抜けて売れに売れた。

途中で追加された”エクシード”というグレードの見た目はホントにカッコ良かった。

 

ショートモデルは4D56でも走行性は悪くないし、G63Bが載っているヤツはロングでさえホントに軽快だった。

その後の6G72搭載車は、下手な運転したらひっくり返るんじゃないか?と心配になるほどパワフルだった。

でもブレーキはプアだった。パーキングブレーキに問題があった。途中でディスクインドラムになったが、あんまり効果的でなくて

そのためL14#系末期の大径タイヤにオーバーフェンダーが着いたグレードは後輪にドラムブレーキをレトロフィットされた。

なんかだんだん悪評化になってきそうだからもうイイや・・・

 

V系にモデルチェンジした後も大人気で生産が追いつかず、納車まで数ヶ月待ちでも売れに売れたのは昔々々の事なんだなぁと

四半世紀以上前の、今よりも豊かで健康だった頃、懐かしいなぁ・・・と遠い目になる。が、あの頃に戻りたくは無いな。

昭和に生まれ、平成で昇華したパジェロは令和で国内販売を終える。

これ書いてるのはまだ平成だけど、果たしてアタシは令和を迎えているんだろうか?となんだか不安だ。まぁいいか。

 

 

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